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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄11
 途中でルミナスの家から屋敷へ急いで戻ろうとしていたメイド一人と合流しつつ、
ルミナス達は一直線にカナールへと向かっていた。

 カナールにはゲイツとスカーレットがおり、二人を呼びに行ったメイドもいるらしいため、
それなりに踏ん張ってはいるだろうが、早く駆けつけるに越した事は無い。
 遠目に見える町の火の手からすれば、既に相当な数の死人が出ているはずなのだ。
 下手をすればその三人もかなりの重傷を負っているかもしれない、ルミナスはそう考えていた。

 だからこそ彼女はカナールに到着した瞬間、己の目を疑った。

 避難しようとしている町の人間の近くに、ほとんど敵がいない。
 というより、町のあちこちに夥しい数の傭兵や冒険者、エルガルドの兵と思しき死骸が散乱している。
 困惑しつつも町の人間に状況を聞くため避難民に近寄ろうとした時、

「ルミナスとシリルか!? ひょっとしてお前らも戦ってたのか!?」

 ゲイツとスカーレット、そしてエプロンドレスの女性が一人駆け寄ってきた。
 三人ともかなり疲弊しており、各々の武器にへばりついた血が何があったのかを雄弁に語っている。


「私らは今来たばっかよ! つーか何がどうなってんのよこれ!?
エルガルドの連中だけじゃなかったの!?」

「そのエルガルドの連中に町にいた冒険者とか傭兵の大半が雇われてたんだよ!
町の荒事関係の連中はほとんど敵になってやがるんだ!」

「話は後だよ! 今はこっちに向かってきてる連中片すのが先決だ!」

 スカーレットの声に反応してルミナスが振り向くと、大通りの奥の方から百人近い敵が怒涛の如く駆けてきていた。

「あああっ! わっけわかんないけどとりあえずあの連中は敵なのね!?
実は味方だったりとかないのね!?」

「当然だ! この町にいた冒険者とか傭兵の一部は逃げ出して、残りはこの町を襲ってんだからな!」

「それが分かれば問題ないわ。
さっきは室内戦で空飛べなくて調子ガタ落ちだったからストレス溜まってんのよ。
そんじゃシリル、前線行くから援護任せたわよ」

「お任せを」

 シリルが恭しく頷いた瞬間、ルミナスの姿がかき消え――最前列にいた敵の傭兵達の体が、残さず輪切りになった。
 黒翼の羽ばたきが響き、羽根が舞い散る。その羽根が落ちるのを待たずして、再び上空からルミナスの刃が走る。
 瞬く間に数多の敵の命を刈り取るが、残りの敵は深く入りすぎた彼女を取り囲むように動いていた。
 
 ――が、その包囲は完成する事はなかった。

 包囲を閉じようと動いていた者たちに 風を切りながら次々と極太の矢が飛来する。
 その矢は一人を貫くだけでは飽き足らず、最低でも二人まとめて串刺しにしている。
 それどころか、中には一人を貫通した後に別の敵に命中している矢もある。
 
 その狙撃で陣が崩れた隙に、ルミナスは一瞬の足止めすら許さず天高く飛翔した。

 そして再び目にも止まらぬ速度で突撃をかけ、次々に敵の命を刈り取っていく。
 今度は先に狙撃手を仕留めようとルミナスを無視してシリルに向かう者もいたが、
それらは例外なく十mも進まぬうちに飛来したルミナスに狩られている。

 その間も、シリルの矢は容赦なく敵に放たれている。
 運良くルミナスの刃を逃れた者達も、その直後に飛来するシリルの矢には成す術なく討ち取られてしまう。
 
 とりあえず周囲の敵を一掃したところで、ルミナスが口を開いた。
 
「ふん、数は多いけどこいつらは正真正銘の雑魚ね。これなら今の状態でも何とかなるかしらね」

「いや、それでも普通こんな手早く終わらないだろ……って、シリルどうしたんだい?」

 近くにあった武器屋に入っていくシリルを見て、スカーレットが首を傾げた。
 
 が、その疑問はすぐに氷解する。出てきたシリルは大量の矢を抱えていた。
 面倒だったのか、それを纏めていた荒縄ごと。
 あまりに堂々とした火事場泥棒に、スカーレットも二の句が継げなかった。

「矢の残りが少ないので、手近な物を戴いただけですわ。普通の矢でも無いよりはマシですので。
……心配せずとも、代金は置いてきましたわ」

 微妙に冷たい目も向けるスカーレットにそんな事を言いつつ、シリルは矢筒に調達した矢を収めた。














 海人はカナールからかなり離れた上空に背中のロケットで飛翔しつつ、
双眼鏡を使って町の状況を分析していた。
 シェリスの屋敷がある方向の門に、町の人間と思われる者達が続々と集まっている。
 その門の近隣に敵が行かないように、ルミナス達が奮戦している。

 だが、捨て身で強引に横を抜けようとする者達のせいで陣形らしい陣形は組めていない。
 個人個人が自分で守備範囲を決め、そこに入った敵を仕留めている形になっている。
 例外はルミナスで、彼女は空を縦横無尽に飛翔し、飛んでいる敵を片っ端から斬り捨てている。
 それに恐れをなしたのか、空を飛ぼうとする敵は加速度的に減っている。
 
 それでも敵の数が並ではない。まるでレミングの大群の如く町の半分近くを埋め尽くしている。
 このままでは遠からずして誰かの討ち漏らしが、避難民へと向かう事は明白だった。

「やれやれ、町の半分ごと敵を消し去った方が早そうだな」

 対物狙撃銃を始めとした多種多様な武器を放り込んである袋から、
彼の開発した携帯用の爆弾の中では最大火力を誇る物を取り出す。
 何年か前、とある国の諜報機関の拠点となっていた都市を更地に変えた事もある極めて物騒な品だ。
 どう使うべきか頭を悩ませかけ、海人はふと我に返った。

「考えてみたら、町のどこかに隠れている人間がいる可能性もあるか。
それに、あの規模の爆発が唐突に起きればルミナスといえども隙ができる可能性も否定できん。とりあえず保留しておくか」
 
 呟きながら爆弾を再び懐にしまい、思考を巡らせる。
 この場から対物狙撃銃を使って狙撃するのは容易い。
 だが、先程と違い遮蔽物が多すぎるため、狙撃するためには空から撃つしかない。
 つまり、咄嗟の時に身を隠す術が無い。
 先程ルミナスにあっさりと狙撃を見抜かれた事を考えれば、位置が発覚する可能性は無視できない。
 その時に運良く地上に逃れられればまだしも、空中で戦う事になった場合確実に彼の命は無い。

「となると……あの混沌とした町の中に進入し、適当な狙撃ポイントから彼女らを援護するしかないな。
まったく、別の世界に来てまで命が掛かるのか」

 自分の運命を嘆くように息を吐き、海人は袋から取り出した狙撃銃を肩に掛ける。
 そして身軽さを得るため袋と対物狙撃銃を始めとした不要な物を消し、一番手薄な東門の方へ高速で飛行して降り立った。
 
 狙撃ポイントとそこまで辿るべき道順は記憶しているものの、いかんせんこの町は広い。
 背中のロケットを使えば辿り着く事自体は容易だが、ほぼ確実に敵に見つかって袋叩きだ。
 ならばいかに体力皆無であろうと、走って辿り着くしかない。

 海人は時折壊れた建物の瓦礫を飛び越えつつ、息を切らしながら全速力で町を駆け抜けた。

「ええい、本気で運動不足が深刻だな……! ……ん?」

 己の体力の無さを呪いつつ走り続けていると、彼の耳に少女と思わしき泣き声が届いた。
 思わず足を止めて辺りを見回すと、瓦礫に挟まれて動けなくなっている女性と、それに泣きすがる女の子が見えた。

 ――――二人共、覚えのある顔だった。

「お母さん! お母さんっ!」

「ファニル……私はいいから……逃げなさい……」

「やだよぉっ! お母さんも一緒に行くのぉっ!」

「お願いだから逃げて……お母さんはもう動けないから……」

 泣きながらその場を動こうとしない娘を、母親が苦しそうな顔で必死に説得している。
 海人が思わず駆け寄って声をかけると、二人同時に彼に懇願した。

「お兄ちゃん、お母さんを助けてっ! 動けなくなってるのぉっ!」
「わ、私はいいですから……その子を早く安全なところに……お願いします……!」

 二人の必死な様子に海人は瞬時に考えをめぐらせる。

 試しに瓦礫を動かそうとしたが、瓦礫はかなり大きく、肉体強化した彼の力でも動かせなかった。
 手持ちの爆弾はどれも瓦礫は破壊できても、母親も一緒に消滅してしまう物しかない。
 仮に新たに創造魔法で何かを作ったとしても、母親に影響を与えず瓦礫を撤去できるような物はない。
 魔力砲を使えば壊せる可能性はあるが、そもそも上手く出来るかすら分からないうえに、溜めの時間がかかる。

 いつ敵が来るか分からない以上、母親の願いを聞いて女の子を強引に逃がすのが最善。

 そこまで零コンマ一秒未満で考え、海人は――――魔力を溜め始めた。

 莫大な魔力の白い輝きが、かざされた彼の右手の前に集まっていく。
 そして魔力の蓄積を行いながらルミナスに教えられた事を思い出す。

『魔力はイメージ通りに動かせる』

 その言葉を信じ、海人は魔力を溜める間にイメージを構成していく。
 作るイメージは堤防。莫大な魔力をかろうじて押し止めている堤防を正確に想像する。
 そして十秒ほどの魔力の堆積の後、その堤防が一気に崩壊し、ありとあらゆる物を押し流していく様をイメージした。

 同時に母親を押しつぶしている瓦礫に光の奔流が放たれる。
 溜め込まれた絶大な魔力を用いた魔力砲が放つ白い輝きによって、その場の全員の目が眩む。

 ―――そして、目を開けたときには瓦礫は綺麗さっぱり消え去っていた。

「凄い凄い! ありがとうお兄ちゃん!」

「あ、ありがとうございます! なんとお礼を申し上げてよいか……!」

「礼はいいので、早く避難しましょう。この位置から北門に抜けるのは不可能でしょうが、おそらく東門からなら抜け出せます」

「は、はい! ファニル行くわよ!」

「うん! お兄ちゃん、ホントにありがとう!」

 母子の返事を聞き、海人は再び門へと戻る事にした。










 とある服屋の店内の入り口付近で、一人の女性が息を潜めていた。
 その神の造形の賜物としか言いようの無い美貌は、今日の戦いで掻いた大量の汗や土埃に塗れてなお色褪せてはいない。

 この女性は開戦直後から独力で襲撃者達を駆逐し続けていた。
 まずは町の北半分にいた敵を化物じみた速度で片付け、町の最重要人物達を北門の方へと向かわせた。
 その後町の各門の外も縦横無尽に駆け回り、案の定潜んでいた敵兵を根こそぎ始末した。
 姿を隠しながらの奇襲によって戦果を上げ続けたが、いい加減魔力が限界に近づいていた。

 本来ならばいかに無茶な働きをしているとはいえ、こんな短時間でここまで消耗する事は無いのだが、彼女は迅速に片付けるために上位魔法を使い過ぎていた。
 しかも敵を狩る事と姿を隠す事に集中しすぎたあまり、途中で味方を見かけた時に合流するタイミングを逸した。
 だが、彼女を責められる者はいないだろう。

「よもや二千近く始末してもまだこれだけ残っているとは思いませんでしたね……迂闊でした」

 人外としか言いようの無い女性が憂鬱そうに呟いた時、表の通りに数十人の集団がやってきた。
 その様子からすると、どうやら生き残りがいないか探しているらしい。
 自分が隠れている事もすぐに勘付かれる。そう判断し、先手を打つために両手のナイフを構えて店の外に飛び出した。
 突然の強襲に男達の動きが一瞬止まるが、すぐに彼女に向かって一斉に駆け出す。 
 
 ――その瞬間、男達の横合いから放たれた閃光が直線状の全てを押し流した。

「凄い凄いお兄ちゃん! 悪い人たちやっつけちゃった!」

「結構疲れるんだがな」

 興奮のあまりピョンピョンと飛び跳ねていた少女の頭を海人は優しげに撫でる。
 少女の方も、どこか心地の良いその感覚に嬉しそうに目を細めていた。

「あ、ありがとうございます。本当にどれほどお礼を申し上げればいいか……」

「礼などいらんというに。……で、君は敵かね?」

 ナイフを構えた女性に気付いた海人が、鋭い視線を向ける。

「あ、違います! この方は……」

 少女の母親が剣呑な雰囲気になった海人を慌てて制し、その女性について説明しようとしたところで言葉は遮られた。

「行方が分からないと伺いましたが……とりあえずご無事で何よりです。が、残念ながら暢気に話している時間はございません。
 幸い、門の外の敵は一掃しておりますので、そこから森を通って北門へと向かえば安全にお父上たちと合流できるはずです。
 ここは食い止めておきますので」

 二百mほど先に見える新たな敵の集団を見据えながら、女性は背後の大きな門を指差した。

「は、はいっ!」

 母親が娘を抱き上げ、東門へと駆けて行く。
 海人もその後ろに続こうとしたが、

「どちらへ行かれるのですか?」

 冷たい声と共に背後から首にナイフを突きつけられ、止められた。

「どこへと言われても……お言葉に甘えて逃げるんだが?」

 首筋の冷たい感触に冷や汗を掻きながらも、海人は自分達の様子を見て足が止まっている母子に先に行け、とジェスチャーを行った。
 二人は数瞬迷っていたが、すぐに海人に深々と頭を下げて、全力で駆け出した。

「女性が孤軍奮闘しようというのに手助けする気ゼロですか。殿方として恥ずかしいとは?」

「まったく。私は虚弱だしな。まあ頑張って……離してくれんと逃げられんのだが」

 海人は突きつけられたナイフから逃れようとするも、それらは全て無駄に終わった。
 後ろに下がろうと横に逃げようと、冷たい刃は彼の首に張り付いたかのようについてくる。
 
 しかも移動しているはずにもかかわらず、女性はなぜか動いたように見えない。
 
 いっそ清々しいほどに何の呵責もなく美女を見捨てようとした男は、その動きを完全に制されていた。

「逃がす気がないのだから当然です。先程の魔法からすると、さぞ有能な魔法使いでしょう。
前衛は私が務めますので、後方支援をお願いいたします」

「ちなみに断った場合、私の首に当てられている刃物は何をするのかな?」

「ご想像にお任せします。
一つだけ断言できますが、私に希望を持たせてそれを潰すなど、神が許しても私が許しません」

「やれやれ、怖い女性だな……私に関する黙秘と詮索禁止。これを守れるかね?」

 一切表情を動かさず、淡々と語る女性に呆れつつ、海人は最低限の条件を提示した。
 女性がその条件を呑むとは限らない上、呑んでも約束を守るとは限らないが、そうせずにはいられなかった。

「承知いたしました。他には何か?」

「合図したら、これをあの集団の中心に投げてくれ」

「……なんでしょう、これは?」

 手渡された物を見て女性は首を傾げた。
 見た事も無い物である上に、投げろと言っている男は、なぜかそれについている金属のリングから手を離していない。
 はっきり言って、目の前の男が何をしたいのかまったく理解できなかった。

「やれば分かる。いまだ!」

 言葉と同時に海人は手渡した物からピンを引き抜く。
 銀髪の女性は困惑しながらも、言われたとおり集団の中心ど真ん中に向かって投げた。
 そして、投げられた物――海人特製手榴弾――は最大限の効果を発揮する地点でその威力を開放した。

『ぎゃあああああああああっ!?』

 中心からやや遠かった者達の悲鳴が一帯に響き渡る。
 彼らは不幸にも、手榴弾からの距離と己の肉体強化のせいで即死できなかった――致命傷は負っているというのに。
 その苦しみ方は尋常ではなく、まだ悲鳴を上げる事すら出来ずに消し飛んだ爆心地の者達の方がマシに見えるほどだ。

「ま、こういうわけだ。残りの数は多く無いから節約せんといかんがな」

「……なぜ、先程はそれを使わなかったのです?」

「たしかにこちらの方が魔力も使わんですむし手っ取り早い。
が、こんな物他人に知られれば碌な事にならんし……なにより子供の教育上、これはよくないだろう?」

 そう言った彼の視線の先にあるのは見るも無惨な死体の山。
 普通の精神の持ち主が見れば、大人でも確実に吐き気をもよおす凄惨な光景だ。
 
 先程の魔力砲を当てられた人間は全て息絶えてはいたが、今の手榴弾の犠牲者とは違い、死体は綺麗な物だった。
 一応彼なりに、少女の情操教育を考慮していたのである。

「つまり、殺す事自体に躊躇いはないと」

「軽蔑するかね?」

「いいえ。頼もしい限りです。ですが、ああ散らばられるとその武器では効果が薄いでしょう。
今度は魔法を使った方がよろしいかと。詠唱の時間は私が稼ぎますので御安心を」

「無理だ。自慢ではないが、私は攻撃魔法を覚えていない」

 勇ましくナイフを構えた女性に、海人は悲しい現実を突きつける。
 が、冗談だと思われたらしく、女性はつまらなそうな口調で海人の言葉を否定した。

「嘘はいけません。先程使っておられたではありませんか。無詠唱で光の上位魔法を」

「あれは魔力砲だ」

 即答した海人に、女性の無表情が一瞬崩れる。
 が、瞬時に元に戻り彼女は深い溜息と共に口を開いた。 

「……僣越ながら申し上げてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「馬鹿ですか貴方様は。というか、馬鹿ですね?
魔力砲などという非効率極まりない攻撃であんな馬鹿げた威力を出せるくせに、
攻撃魔法を覚えていないなど愚の極み。
自分は戦火に一生巻き込まれないとでも思っていたのでしょうか?
もしそうならば、人生を千回ほどやり直すべきかと思われます」

 女性は表情を一切変えぬまま、早口で淀みなく海人を罵倒した。
 しかも相当な速さで喋っているというのに、一音一音はっきりと発音している。
 言うは易いが実行するにはかなり高度な技術が必要である。

「容赦がないな。……おっと」

 距離を詰めてきた敵数人に懐から抜いた拳銃を乱射し、事も無げに射殺した。
 ただ狙いはかなり甘かったため、弾倉の半分を使ってしまっていたが。

「……精密な遠距離攻撃はできないはずでは?」

「攻撃魔法を覚えていないと言っただけだ」

 やたらと冷たい目で睨む女性に、素っ気無い言葉を返す。
 顔がニヤニヤと笑っているあたり、この男の性根がよく現れている。

「失礼ながら、今この場で貴方を殴り殺したいのですが構いませんでしょうか?」

「却下。そら、そろそろ前衛の仕事がやってくるぞ」

 敵の最後方に向かって手榴弾を投げつつ、海人は暢気に呟いた。
 途中で反応の早い敵がキャッチして投げ返そうとしていたが、その瞬間に起爆し、辺りが吹き飛んだ。
 この手榴弾、ピンを抜いてから手放した後に握るとその瞬間に起爆するというどこまでもえげつない代物である。

 が、数を減らせたのはあくまで後方の敵。
 最前列にいた者たちはそのまま迷い無く突き進み、海人の前にいる女性に襲い掛かった。

「大事な話の最中です。邪魔をなさらないように」

 周囲を覆った刃の壁とも言うべき集中攻撃に眉一つ変えず、女性は全員を瞬時に返り討ちにした。
 ある者は首を落とされ、ある者は胴体を両断され、と絶対的な実力差を知らしめる見事な手際であった。

 海人の手榴弾と拳銃に加え、女性の太刀筋の視認すら叶わないナイフ。
 あまりに理不尽な二人に、泡を食って敵が逃げ出し始める。
 
 が、どちらもそれを見逃すほど甘くはない。

「先程の物を二個ほどいただけますか?」

「起爆はそのピンを引き抜いて三秒後だ。散らばっている方は私がやろう」

 二人は短く言葉を交わし、見事な呼吸で同時に動き出した。
 
 まず女性が手榴弾のピンを二個同時に引き抜いて、投げつける。
 その狙いは実に見事で、爆破の殺傷範囲を完全に見切った上で一番多くの敵を仕留められる地点を狙っていた。
 轟音と共に、残っていた敵の八割以上が無情に命を散らす。

 そして残った僅かな敵に向かって海人が銃を乱射した。
 相変わらず狙いは甘かったが、二丁の銃の残弾と敵の数は同時にゼロになった。
 空になった弾倉を入れ替えている海人を横目に見つつ、周囲に視線を走らせていた女性が口を開く。

「生き残りはいませんね」

「そうだな。さて、用もすんだ事だし、私はこれで失礼す……何をする?」

 役目は果たした、とばかりにさっさとこの場から離れようとする海人の襟首が掴まれた。

「先程は無礼な事を申し上げ、大変失礼いたしました。
これほどの戦力になるなど夢にも思っておりませんでした。
そこで相談なのですが、毒を食らわば皿までもと申します。戦いが終わるまで御助力願えませんか?」

 言いながら女性は抵抗も許さず、海人をズルズルと引きずって歩き始めた。

「相談と言いつつ強制だな!? 待て! 私は本当に体力に自信がないんだ!」

「それは私が補いましょう。まあ、抵抗は無駄ですので諦めた方が利口かと思われます」

「随分えげつないな君は!? そんな性格では嫁の貰い手が見つからんぞ!?」

 さらりと拒否権は無いと断じた女性に、海人はそんな事を言い返した。
 が、激昂するかと思われた女性は立ち止まり、

「……どのみち、人権などまるで考慮なさらない主人のおかげで、私には結婚する暇などないのです。
いっそ辞表を叩きつけてやろうかとも思うのですが、そうもいかず……私の青春は灰色なのです」

 物憂げに目を伏せた。
 
 飾り気のない平凡な服装であるにもかかわらず、その姿は額縁に入れて飾りたくなるほどに美しい。
 今の彼女の憂鬱を拭い去れるのなら、己の命を捨てても良いと断言する男は星の数ほどいるだろう。

 が、今回は相手が悪かった。

「なかなかの名演技だが、口調の抑揚の調整と表情の取り繕いがまだ甘いぞ。
ところで要約すると、元々外見からすれば騙される男は多そうなのに、決定的に破綻した人格のせいで男が逃げるのだが、最近では君の仕える主の人使いの荒さのおかげで言い訳が出来るようになった、という事になるのだが修正はあるかね?」

「……この私を相手にこの距離で真正面から罵倒なさるとはいい度胸です。
斬殺、撲殺、焼殺、絞殺など多種多様な末路をご用意できますが、どれがお好みですか?」

 演技を看破された女性は再び冷たい無表情に戻った。
 が、よく観察するとこめかみの辺りが引き攣っている。
 どうやらこの女性、無表情ではあるが無感情ではないらしい。

「どれも御免だな。一億歩譲っても腹上死がせいぜいだ。外見は良いから、それならば……まあ、犬に噛まれ、猫に引っ掻かれた挙句、猪の突進を背中から受けて吹き飛んだ先が肥溜めで、そこで溺れ死んだというよりはマシだろう」

「素晴らしい胆力です、感服いたしました。
戦いの後にその暴言をしっかりと償っていただきますので、お覚悟を」

 冷淡に宣告する彼女は、相変わらずパッと見は無表情。
 が、声に若干震えが出ており、表情の方も分かりにくくはあるが、頬が僅かに引き攣っている。

「悪かった悪かった。さて、そろそろ真面目に話しても良いんじゃないか?」

「……そうですね、冗談はここまでにしておきましょう。
正直、私だけでは荷が重いので御助力をお願いいたします。
勿論貴方様の事に関して他言も詮索もいたしません。追加の要求も必要であれば仰ってください。
検討いたします」

 ぺこり、と女性は頭を直角まで下げた。
 先程までとは異なり、真摯な態度である。

「いや……普通、そういう時は金銭の話を持ちかけんか?」

「金銭で動かせるお相手であればそういたします。ですが、そのような凶悪な武器がいまだに流通していない事を考えれば、金銭よりは己の安全、あるいは倫理道徳を大事になさる方とお見受けします」

「ま、金銭だけで動かんのは間違っとらんな。いいだろう追加条件は不要だ。
ただし、その条件だけは破るなよ」

「ご心配なく、これでも私は約定を違えた事はございません。
貴方様の事は、我が主にも内密にいたします」

「よろしい。では、契約成立だ。以後よろしく……えーっと……」

「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私はローラ・クリスティアと申します。
フォルン公爵家長女、シェリス・テオドシア・フォルン様にお仕えしております。
貴方様のお名前も教えていただけますか?」

 スカートの裾を軽く持ち上げて一礼し、最強にして最凶たるメイドは本日初めての名乗りを上げた。












 ルミナス達は苦戦していた。一人一人は弱いが、数があまりに多すぎた。
 たかが数十人で戦うにはあまりに無茶な数。
 むしろこれだけの数を相手に、後方にいる避難民の方に一人も通さずこれまで持ち堪えているというだけで、奇跡的である。
 だが、倒しても倒しても数が減った気がしないという悪夢のような状況に、徐々に皆の精神が追い詰められ始めていた。

「ったく次から次へと倒しても倒してもどっからか涌いてくる!
このままいけば討ち漏らす奴だって出てくるわよ!?」

「分かってます! ですがどうにか食い止めなければどうしようもありません!
向こうにも護衛はいますが頼りに出来るほどの力量ではないんです!」

 カナールの長老達にはそこそこ腕の良い護衛達も付いているのだが、その実力はシェリスの使用人の見習いに劣る。
 シェリスの部下が強いだけで決して彼らの腕が悪いわけではないのだが、この状況では頼りに出来る相手ではない。

「こーいう時のために護衛雇ってんでしょうが! なんでもっとマシな連中付けとかないのよ!」

「これだけの数をやり過ごせるような猛者が普通の給料で雇われてくれるはず無いでしょう!?
一度ルミナスさんにお願いしたときもとんでもない額取ったじゃないですか!」

 以前一度だけルミナスに護衛を頼んだ時の事を思い出し、シェリスが怒鳴り返した。
 値段分の働きはしてくれたものの、一週間で支払った報酬が凄まじく高かった。
 ルミナスの実力を考えれば格安だったが、もし年間で契約すれば中堅の商会が傾く額だ。
 そんな大金、そうおいそれと出せるはずが無かった。

「ああああっ、耳が痛いわね!」

 身に覚えのある内容にルミナスが絶叫しながら周囲の敵を薙ぎ払った瞬間、遠方から複数の爆音が響いた。
 野太い声による断末魔の合唱が遠く離れたこの場にまで届く。
 それに混ざって時折聞こえる断続的な轟音に、彼女は聞き覚えがあった。

「ちょ、何が起こってるんですか!?」

 突然の異変に混乱しかけているシェリスの声も、ルミナスの耳にはどこか遠く響く。
  
 気のせいであって欲しい。なのに、直感的な確信があった。
 先程危険を冒したせいで自分に相当な威力で殴られたのに、すぐにそれ以上の危険に首を突っ込んできた馬鹿がいる、と。
 
 何故。ルミナスの頭はその文字で埋め尽くされていた。
 
 あの貧弱な体にはキツすぎる一撃を入れて危ない事をするなと言ったのに。
 自己嫌悪で零れそうな涙を堪えて怒鳴りつけたというのに。
 この戦場が先程以上に危険な事など分からぬはずが無いというのに。
 
 何故――来てしまったのか。

 思い当たる要因は、最後に囁いた言葉。
 本当に海人のためを思うならば言うべきではないと思いながら、言わずにはいられなかった感謝の言葉。
 自身のあまりの迂闊さに、ルミナスの脳裏を絶望にも似た思いがよぎる。

 が、彼女はすぐさま気持ちを切り替え、目の前の敵に集中した。
 最速で敵を殲滅する事こそが、その男が生き残る可能性を上げる唯一の手段だと考えて。

 


 










 一方その頃、海人とローラは暢気に会話をしていた。
 内容は多彩だったが、主に今日の経過、シェリスと会った経緯とその後の関係などであった。

「なるほど。私が不在の間にシェリス様と知り合われたのですか」

「ああ。にしてもこの連中、ゴキブリのようにしぶといな」

「ゴキブリ……ああ、言いえて妙ですね。叩けばすぐ潰れますが、潰しても潰してもどこかから沸いてくる。
実に的確な表現です」

 そんな二人の侮蔑に満ちたやりとりにも、生き残っている者達の誰一人として動けない。
 そうやって襲い掛かり、自分達の仲間は屍になったのだ。
 
 一見のんびりして見える二人だが、彼らが動こうとした瞬間に猛然と攻撃を仕掛けてくる。
 海人が即座に放てるレベルの魔力砲と拳銃で牽制・撃墜し、彼が討ち漏らした者達をローラが神速の刃で仕留める。
 
 ただこれだけの単純な戦い方だったが、未だ誰一人として横を抜けるどころか海人に接近する事さえ叶っていない。

「しかし、向こうで迂回しようとする連中がいないのはやはり残りの数が少ないせいか?」

「それもあるでしょうが、シェリス様達が上手くやっておられるのでしょう。
敵の大半はあそこで足止めを受けているようです」

 まるで他人事のように話していると、上物の装備品を纏った見目麗しい女性が敵の後方からやってきた。
 他の敵とは違い、どことなく風格が漂っている。

「貴様ら、何をモタモタしている!」

 女性は来るなり自分の部下を怒鳴りつけた。
 その一喝に海人とローラを除く全員が身を強張らせ、その内の一人が恐々と報告した。 

「イリーナ様、も、申し訳ありません、この連中が……」

「何? おや、貴様は……」

 部下が指差す二人の片割れを見て、イリーナと呼ばれた女性は軽く目を見開いた。

「……先日の女性か。やれやれ、なんとも形容しがたい気分だな」

 イリーナの顔を思い出し、海人は歯噛みした。
 眼前にいるのは先日三人組に絡まれていた女性だ。
 実験を兼ねてとはいえ、一応彼が助けた相手である。なんとも複雑な気分だった。

「カイト様、この狼藉者をご存知で?」

「ああ、一応男三人に絡まれているところを助けた、という事になる」

「ふん、あんな雑魚程度どうにでも出来たんだが、雇い主から決行まで騒ぎを起こすなと言われていたからな。貴様のおかげで助かったぞ?」

 助かった、と言いつつ彼女の表情には一切感謝は見られない。
 それどころか海人を蔑むような視線を向けている。

「顔の作りはともかく、中身の品性が伴っていないな。なんとも宝の持ち腐れだ」

 そんな彼女の視線などどこ吹く風とばかりに受け流し、海人は軽く肩を竦めた。
 尊大な傲慢さが滲み出るその仕草に、イリーナの顔が怒りで強張る。
 その瞬間を狙い、海人の拳銃が火を噴いた。

「小賢しい! 貴様らもとっとと動け! おそらくランダムに動けばその男の攻撃はそう当たらん!」

 不意を打った未知の武器の攻撃を難なくかわし、イリーナは駆けた。
 彼女の指示に従い、周りの者も銃弾を避け始める。

「あっという間に看破か。ローラ女士、私に構わず好き勝手に動け。
こちらに気を取られながら動けば二人共倒れの可能性もある。
ただ、すまんが私の弾は勝手に避けてくれ」

 言葉を終える前に海人の体を純白の光が包み始めた。
 その輝きは徐々に、だが確実に強くなっている。

「承知しました。お墓に花ぐらいは供えましょう」

 何かするつもりだと悟ったローラは、海人の言葉に一瞬の逡巡もなく頷き、護衛を放棄した。
 それまで海人を守る事を最優先に動いていたが、今は己の刃で効率的に敵を狩れる動きにシフトしている。
 敵を減らす速度は先程までとは比較にならない速さだったが、海人は完全に無防備になっていた。

「凄まじい武器だが……接近すれば恐るるに足らん!」

 そこを狙ってイリーナは息絶えた部下の体を盾にして、単身海人との間合いを最短距離で詰めた。
 その優れた判断力と脚力によって、ほどなくして己の剣の間合いまで肉薄する。

 ほぼ同時に、海人の銃の弾丸が切れた。
 攻撃がやんだ事に気づき、イリーナの顔に笑みが浮かぶ。
 彼女の部下も同時にそれに気付き、動きを変えて一直線に海人へと向かう。
 海人を包む魔力の輝きが気にはなったが、攻撃魔法はもはや間に合わず、防御魔法もこの短時間で発動できる物なら防御ごと切り裂ける。

 彼女は今までの経験から勝利を確信し、必殺の一撃を放った。

「やれやれ。こうも上手くいくと、かえってつまらんな」

 海人が酷薄な笑みを浮かべると同時に、イリーナの斬撃が突如現れた黄色く輝く壁に容易く阻まれた。
 彼女が驚愕に目を見開いている間に、海人はポケットの中の毒ガス弾を放り投げる。
 そして、すぐさま別の防御魔法を起動させ、己の周囲をドーム上の分厚く堅固な壁で覆った。

「お、おのれ……っ!」

 周囲を毒々しい煙が覆うと同時にイリーナも我に返り、剣を振るう。
 
 が、体を毒に蝕まれた状態での彼女の剣は、あまりにも弱々しかった。
 海人の周囲を覆っている壁に傷一つ付ける事無く、彼女は地に倒れ伏した。
 それと同時に彼女の部下も倒れ伏す。全速力で海人に向かっていたため、彼らもガスの効果範囲から逃れられなかった。

「柔らかな風よ、吹き抜けよ《ソフト・ウインド》」

 その直後、ややハスキーな声の詠唱と共に優しい風がその場を吹き抜けた。
 風が去った後、周囲にはもはや立っている敵の姿はなかった。

「これが狙いだったのですか。凄まじい道具ですね」

「まあな。道具に頼って一切動いてないのだから威張れた話でも無いが」

「御謙遜を。嵌めたのは間違いなく貴方様の手腕です。
それに、あの状況で防御魔法を二連続で起動させる胆力。
私の部下にも見習わせたいぐらいです」

「買い被りだと思うがな。で、これはどうする?
一時間もかければ全員操り人形の如く洗脳する事も出来るが」

 足元に転がっている美女の顔を踏みつけながら、海人は外道な提案をする。
 その表情はどこまでも無機質で、足元の人間を実験動物程度にも思っていない冷淡な物だった。

「そこまでの時間はございません。この場で始末しておきましょう」

 言うが早いか、ローラの右腕が霞む。
 一呼吸もおかず、倒れ伏していた者達全ての首が胴を離れた。
 血の海と化した場を後にしながら、二人は暢気に会話を続ける。

「しかし、貴方様のご助力は非常に助かりますね。
正直、この速度でこの数を駆逐できるとは思っていませんでした」

「君という頼りに出来る前衛がいればこそだ」

「お褒めに与り恐悦至極。しかし、いくら疲弊しているとはいえ、
ルミナス様とシリル様の助力を得てあの程度の数をまだ仕留められないとは。
なんとも情けない気分ですね」

 遠目に見える自分の主と部下の戦いぶりを見て、ローラは嘆息した。

 彼女の見立てでは普段の三割程度の力でも、向こうは既に敵を殲滅していておかしくないはずだった。
 それが外れているというのは彼女の決めた訓練が予定通りの成果を発揮していないという事になる。

 己の未熟を痛感し、彼女は自分自身を含めての訓練内容の再検討を考えていた。

「そう気を落とす事は無いと思うがな。治療したとはいえ元々深手を負っているのだから健闘している方だろう。ところでローラ女士、悪いが周囲の警戒を頼めるか?」

「構いませんが……今度は何をなさるのですか?」

「見ていれば分かるさ」

 ちょうど上手い具合に崩れていた家屋を伝って近くの建物の屋根に上り、海人は肩の狙撃銃を構えた。
 自分がそこに上る途中で、背後のローラが僅かに眉を顰めたことに気づかぬまま。
  


















 一方、自分達の区画の敵を全滅させた二人とは違い、ルミナス達は最前線で絶え間ない怒号と断末魔の中で休む間もなく戦い続けていた。
 シリルにいたっては補充した矢まで尽きてしまい、仕方なく予備の剣を抜いて不得手な武器で戦っていた。
 が、所詮はそれほど得意ではない武器。善戦してはいたが、ほどなくして限界がやってきた。

「け、剣が折れましたわ!?」

「これを使ってください!」

 予備の武器までなくなってしまったシリルに、シェリスが慌てて足元の死体から強奪した剣を投げ渡した。
 これによって当面シリルという貴重な戦力が減ることは防げたものの、
時を同じくして一向に減っている気がしない敵の数に弱音を吐く者が増え始めた。

「ったく、倒しても倒してもキリが無い! 実は途中から生き返ってんじゃないだろうね!?」

「んなはずねえだろ! つーかやり辛え! 人間相手は専門じゃねえんだよ!」

「文句を言う前に目の前の相手をどうにかしなさいっての! ……って、え!?」

 ルミナスが弱音を吐き始めた者達に激しい檄を飛ばしていると、唐突に後方の敵兵が吹き飛んだ。
 それに驚く間もなく、次から次へと敵が木の葉のように吹き飛ばされていく。
 屋敷で起こった現象が再び起こっていた。

「なんだいこりゃ!?」
「またこれですか!?」

 スカーレットとシェリスが同時に驚愕の声を上げる。

(……っ!)

 海人がどこかにいるという確信を補強する現象に、ルミナスがギリギリと歯軋りする。
 海人の気持ちは本当にありがたい。手助けの内容もこれ以上ないほどに極上だ。

 だが、この場は戦場であり、敵の数も位置も正確に掴みきれてはいない。
 いくら規格外の遠距離から攻撃できるとはいえ、接近されれば一般人とさして変わらぬ海人には危険すぎる。
 目の前の敵から手が離せない現状が今まで以上に苛立たしく思えた。
 
「驚いてる暇に攻撃ですわ! この攻撃は私達は狙ってきません!」

 そんな中、シリルはなぜかこの異常事態にも動じずに指示を飛ばしていた。
 その確信に満ちた口調に、浮き足立っていた者たちもすぐに気を取り直して攻撃を再開する。

 ルミナスもまた、苛立ちを始めとした荒れ狂う感情をとりあえず目の前の敵にぶつける事にした。

「だあああああああっ! うざったい! 三流の雑魚なら雑魚らしく一太刀であの世に逝きなさいよ!」

「まったくですわ! 男も女もそれだけ容姿に恵まれなかったのなら、生まれ変わった方がマシですわよ!」

 とんでもなく勝手な事を叫びながら、ルミナスもシリルも敵を次々に斬り捨てていく。
 二人が実力も容姿もとびきり優れているだけに、この挑発はそれなりに効果を発揮していた。
 見え見えの挑発を気にする事もなく受け流す者が多いが、2割ほどの敵は引っかかり、冷静さを失っている。

「一ヶ月ぶりのデートの邪魔しやがってぇぇぇぇっ!」

 スカーレットは恨み辛みを込めた叫びと共に、凄まじい膂力と技術で2本の大鉈を振るい、次々にエグイ死体を作り出している。
 まるで般若のような形相で敵を威圧しながら戦い、味方の戦意高揚に一役買っていた。
 で、その婚約者はというと、

「うおりゃああああっ!!」

 獣人族の血統の高い膂力と敏捷性を生かし、本来大型モンスター用の巨大な剣を振るっておおよそ一撃あたり三人の敵を葬っていた。
 が、やはり得物が大きすぎて間合いに余裕がないため、一撃を振るうペースがどうしても遅い。
 結果としてはルミナス達は勿論、スカーレットよりも戦果は劣っていた。
 しかも、

「でえええええええええやあああああああああああっ!!」

 ゲイツからそれほど遠くない位置で、シャロンは長さ的には同じ程度のサイズの武器を振るい、相当な戦果を挙げている。
 流石に性格が反転していた時のように、いるだけで敵の戦意を挫くような芸当はできていないが、それでもゲイツより有能だった。
 シェリスや他のメイドたちも、それより一歩か二歩譲る程度である。しかも、かなり年がいっているはずのオレルスも意外に活躍している。

 本当に普通の人間か疑いたくなるほどの戦いぶりを見せる周囲にへこみながらも、
ゲイツが気を取り直してもう一度剣を振るおうとしたとき、東の空から巨大な羽ばたきの音が聞こえてきた。

 それに反応して、彼が空を見上げた瞬間――愕然とした。

 手強さでは先日狩ったフレイムリザードより多少厄介な程度だ。だが、これだけ疲弊し魔力も残り少ない状態では勝ち目などない。

 頭上を覆った影はその種族の中では中級程度とはいえ、魔物の王族と呼ばれる種。
 
 その体躯はビッグイーグルですら比較にならぬほど巨大。
 巨体から吐き出されるブレスは、家一軒をも跡形もなく消し去る。
 その皮膚や鱗は並の武器では刃が立たず、生半可な戦士では一矢報いる事さえかなわない。

 ドラゴン、そう呼ばれる種族の威容に、ゲイツは脱力しそうになる体を必死で奮い立たせていた。












 海人は背後に立っているローラが狙撃銃に大した反応をしていないことに疑問を感じていた。
 驚きのあまり声が出ない、という様子でもなく、危険だから今のうちに、という物騒な気配でもない。
 どうにも気になった彼は、率直に聞くことにした。

「予想外に反応が薄いが、この程度では驚かんかね?」

「いえ、驚いています。凄い武器です……ですが、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 相変わらずの無表情、淡々とした口調だが、今の彼女の言葉にはどこか真剣な響きが含まれていた。 

「何かね?」

「先程ここに上ろうとされている途中に気付いたのですが……おそらくは肋骨数本の骨折。
鎮痛剤を使っておられるとしても、それほどの怪我で何故戦うのですか?」

「……よく分かったな」

 ローラの観察眼に軽い驚愕を覚えつつ、海人は淡々と呟いた。

 屋敷でシャロンに声をかけた際、彼は肉体強化をしていたにもかかわらず肋骨をへし折られていた。
 ルミナスに余計な心配をかけないため、そしてシャロンの行動に何の悪意もなかったためにやせ我慢をしていたが、鎮痛剤を使っている今でもかなりの痛みがある。
あれだけ激しい動きをすれば当然ではあるが。

「これでも観察眼には自信がございます。というより一目で見抜けず、自信を失いかけている真っ最中です。
それで、何故でしょうか? いかな凶悪な武器を保持しようと、貴方様では危険が大きいでしょう。
それに頭が回らぬお方だとは思えませんが?」

「ルミナスは私の命の恩人、しかも短期間で色々と世話になっているのでな。
その借りを少しでも返すためだ」

「命を救われ、世話になったからといってそこまでなさるのですか? 随分と御人好しなのですね」

「まさか。これは私の我侭だ。おそらく、私は後で彼女にぶん殴られるだろうな。
が、私は出来るはずの事をやっておかないで後悔するなら、死んだ方がマシだと思っているのでな。
ルミナスには悪いが、彼女にどう思われようと結果がどうなろうとやれる事はやるつもりだ」

「……そうですか」

 ふ、とローラの無表情が崩れ、柔らかい笑みがこぼれた。
 それは彼女の顔の奇跡的なまで造形と相まって、見る者全てを虜にするほど美しかった。

 が、残念ながら海人が狙撃に集中しているせいで、それを目にする者はいなかった。
 そうこうしている内に、あちらこちらから湧いて出ていた敵の増援の数が減り始めた。
 
 それでも数百人はいそうだが、このままいけばなんとか勝利は確定する。
 残りの弾倉は少ないが、それでもルミナス達の力と合わせれば多少余裕が残るはずだった。

「そろそろ終わりが見えて……ん? 連中の動きが変わったな」

 安堵の息を吐きかけた時、海人は敵の動きが変わった事に気づいた。
 どうにかルミナス達の防衛ラインを突破しようという動きではなく、各所で戦っているシェリス達を徐々に一箇所に誘導し始めている。
 集った段階で上位魔法の集中砲火を浴びせるつもりか、と海人が思ったところで遠い東の森から巨大な生物が出現した。
 その生物は巨体に似合わぬ速度で瞬く間にルミナス達の元へと飛来した。

 それが彼女らの頭上にやってきた時に、味方の顔に驚愕と絶望の表情が見えた事からすれば、味方ではない。
 その背に人間が乗っているのを確認して狙撃するが、相手がかなりの速度で動いてるために弾丸が外れてしまった。
 幸い気付かれはしなかったが、手持ちの武器ではこの場から手出しができないと気付かされた海人は、反射的に舌打ちをした。

「……レッドドラゴン、ですね。ドラゴンライダー付きの」

 魔法で遠くの巨大生物――レッドドラゴンとその主の姿を確認したローラが、重々しく呟く。
 あの場の味方の一割でも万全の状態であれば、レッドドラゴンとその主程度は瞬殺できる。

 しかし、全員の魔力が残り少ない状態で戦えるほど甘い相手ではない。
 炎のブレス一つ防ぐにもそれなりの魔力が必要なのだ。

 そのうえ、そのドラゴンは今まさにその業火の吐息を吐きかけようとしている。
 捨て身の行動で動きを制御され、シェリス達が集結させられてしまった地点へと。
 間に合わない事を承知でローラが走り出そうとした瞬間、海人が背中のロケットを点火した。

「ええい、やむをえん! 行ってくる!」

「あ、私も……!?」

 直感的にその速度を悟ったローラが咄嗟に海人の手を掴むも、その手はなぜか滑って外れてしまった。
 それに驚いている間に、海人は背中のロケットで一直線にドラゴンへと向かってしまった。

 が、彼女は追いかけるよりも、海人の速度に驚愕するよりも先に、
手が滑った最大の要因である大量の汗が付着した己の手を見下ろしていた。

「……恐ろしいほどの意志力。あんな戦闘訓練すら受けていない貧弱な御方が。
ならば、専門家が諦めては面目が立ちませんね」

 自分の手に残る恐怖の震えの感触を反芻し、彼女は己の行動を決める。
 残り少ない魔力を使い、敵の目に付く危険を承知で屋根を伝って最高速度で疾走した。









 頭上で今まさに自分達を焼き尽くそうとしているドラゴンを見上げながら、ルミナスは歯噛みしていた。
 エルガルドの兵と思しき数人が命を捨てて彼女に食らいつき、それを迎え撃っている内に位置を誘導され、最後に重力魔法で地に落とされた。
 シェリス達も突破するのでなく防御主体で取り囲もうとした敵達に追い詰められ、彼女と同じ地点にいる。

 このままでは確実に焼き殺されるが、自分達の頭上の空間に重力魔法の結界が張られているため、飛翔して逃げる事ができない。
 強引に地上の敵を突破しようとしても、敵が自分達を逃がさないために防御に専念しているため、その総数と相まって突破できない。
 救いは町の外壁部分にこちら側の重力結界を張っているため、門を塞ぐ位置にいる自分達が死ぬまでは敵も追えないという事ぐらいだ。

「くっそ……万事休すか……」

 狙撃が止んだ事が海人がこの町から逃げ始めた証明であってくれ、と思いながら、
ルミナスは状況を打開するべく頭を働かせた。

「お姉さま、私がなんとしても退路を切り開きます。生き延びてくださいませ」

「無理よ。あのブレスが放射されるまで時間がない。防御に全力を注いで一撃凌いで……それでも生き残る目はないわ」

 使い慣れない剣を持って悲壮な言葉を吐くシリルに、ルミナスは弱々しく頭を振る。
 せめて目の前の部下は生き残らせてやりたかったが、包囲が完成した状況で残り数秒で上空から火炎がくるのでは無理がある。
 が、そこまで分かっていても、彼女は足掻く。

「つっても、大人しく死んでやる義理はないわよっ……!」

 叫ぶと同時にルミナスは地面を全力で蹴り、翼を羽ばたかせ、飛翔魔法で加速し、重力魔法の領域を強引に突破した。
 案の定体内の魔力が尽きかけたが、彼女は剣の柄の宝石から魔力を吸収しつつ、さらに加速する。
 一か八か、捨て身の特攻でドラゴンを瞬殺するために。

「ギシャアアァァァァァァッ!!!」

 が、彼女が最高速に達しようとした瞬間、狙ったかのようにブレスが吐き出された。

「っ!?」

「お姉さまぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 予想より早い攻撃にルミナスの顔が驚愕に歪み、シリルが絶望と共に悲鳴を上げる。
 ルミナスは反射的に向かう方向を変えつつ風の下位魔法で少しでも炎を逸らそうとするが、
降り注ぐブレスの範囲と勢いの前には何の役にも立たない事は明白だった。

 森を瞬時に焼き払うほどの業火がルミナスに襲い掛かり、彼女は反射的に身を竦めて目を閉じた。
 一秒、二秒、と経過し、そのまま数秒の時が過ぎるが、一向に炎に焼かれる感覚が来ない。
 恐る恐る彼女が目を開けると、

「カイト!?」

「うむ。生きているようで何よりだ。すまんが、あの巨大トカゲを片付けるのを手伝ってくれるか?
下の方は今の炎を逸らした事でそれなりに楽になったはずだから任せて大丈夫だろう」

 海人がそう言って指差した方向を見ると、包囲の前線が燃えていた。

 ルミナスは見ていなかったが、海人は無属性魔法の盾を炎に向けて円錐状に展開していた。
 そのために、本来降り注ぐはずだった真下のシェリス達を避けて包囲網の方に逸れたのである。
 流石はドラゴンのブレスと言うべきか、防御が間に合わなかった者は残らず焼死していた。

 言うまでもなく、状況をひっくり返すには絶好の好機である。

「わかった。多分、あのジジイも一緒にかかってくるから、そっちは私が止めるわ。
早めに片付けるから、それまでなんとか持ち堪えて。
帰ったらさっきの倍の威力で数十発ぶん殴ってお説教すんだから、死ぬんじゃないわよ?」

「死んだ方がマシ級に痛そうだが……」

「うっさい馬鹿」

 冷や汗を垂らす海人に拗ねたような顔を向けた後、ルミナスはエルガルドの老将軍との戦いに赴いた。









 まるで御伽噺の騎士の如く颯爽とルミナスを救った海人を見て、シリルがぼやいた。

「まったく……見事においしいところを持っていかれましたわね。
しかもお姉さまと肩を並べて戦うのは私の特権だというのに、それさえも。
戦いが終わったら、カイトさんには懇々とお説教をしませんと」

「素直じゃありませんね」

 言葉とは裏腹に嬉しげな笑みを浮かべているシリルに、シェリスも笑みがこぼれる。

「五月蝿いですわ。非戦闘員に助けられた挙句、死人を出しましたでは処刑ものですわよ?」

「分かっています。まだ数は多いですが、何とかしなければ面目が立ちません」

 顔を引き締め、周囲に鋭い視線を走らせる。
 多少数は減ったとはいえ、依然として大勢の敵に包囲されている。
 負けはせずとも、このままでは数人の死者は免れそうになかった。
 なんとか被害を出さずに終わらせるため応戦しながら思考を巡らせていると、聞き慣れた美声がシェリスの耳に届いた。

「汝終焉にして始原の焔よ、我が敵を燃やし尽くせ《メギドブレイズ》」

 詠唱が響き渡ると同時に彼女らの周囲の敵が一斉に炎で包まれた。
 あまりに高温な炎によって、鎧が融解し、変形する。中の人間にいたっては悲鳴を上げる間もなく炭化してしまった。

「この声……!? 帰ってたの!?」

「はい。ですがすでにこの有様ですので、御期待はなさらぬよう」

 そう言ってローラは己のナイフの片割れを見せた。
 シェリスはそれを見て息を呑む。その鍔にある真紅の宝石から魔力の輝きが消失している。
 宝石に溜め込んでいた魔力を使い切ってしまった証だった。

「まさか、一人で戦っていたの?」

「ええ。それなりの数を始末しましたが、情け無い事に魔力が底を尽きかけ、戦力がガタ落ちいたしました。
偶然通りがかった親切な殿方に助けていただいたおかげで、どうにかまだ戦える状態ですが」

「……シリルさん、どう思います?」

「助けられた、ではなく強引に巻き込んだ、では?」

 目の前の美女の人格を知る二人が、胡散臭げな目でローラを見る。

「些細な違いです。そんな話は置いておくとして……不甲斐ない部下達に告げます」

 冷たい呟きに、シリルとシェリスを除いた全員の動きが一瞬硬直する。

「十分以内に敵を殲滅します。一分遅れるたび今日の懲罰が倍になると心得なさい」

 ビクッ、と全員が恐怖に背筋を凍らせ、我を忘れたかのように敵に襲い掛かり始めた。
 先程までの様子が嘘のように、次々と敵が駆逐されていく。
 が、その分味方の負傷の数も尋常ではない比率で増えている。

「何を考えてるの!?」

「この状況で普通に戦ってもジリ貧です。まして頭上のドラゴンに気を奪われるなど持っての他。
ですので、目の前の敵を仕留める以外の思考をカットさせました。
損害を減らしたいのであれば、早急に敵を駆逐する事です」

 言葉一つで己の部下に背水の陣の気構えをさせたメイドは、悪びれもせずに答えた。
 
 その間も彼女の手は止まっていない。
 魔力が尽きかけてなお部下達とは格が違う実力を持って、他を圧するペースで敵を駆逐していく。
 
 意識してか偶然かは不明だが、彼女のその雄姿はこの場の全員の士気を上げて余りあるものだった。















 上空のルミナスは、ドラゴンの背から降りた老将軍と対峙していた。
 魔力・体力共に消耗は激しく万全には程遠く、敵の実力も侮れないが、不思議と負ける気はしなかった。

「さってと、さっさと潰すから覚悟しなさい。死に損ない」

「はっ、ワシの半分も生きとらん小娘が吠えよるわ。
万全の状態ならば若さによる身体能力で貴様の方が上じゃろうが、今の状態ならそれは互角程度。
そしてワシには年輪を重ねた技量がある。貴様の勝利は無い!!」

 言い終わると同時にゲルバルトは巨大な己の愛斧を携え、ルミナスに突っ込んできた。  
 武器の大きさやその老体からは信じられない速度に、彼女の反応が僅かに遅れる。
 回避はしたものの、鎧の胸の部分が僅かに切り裂かれた。

「ちっ……万全の状態なら余裕だったんだけどね」

「ふん、負け惜しみか!」

 老将軍は不敵に笑いながら身の丈を超える巨大な斧を両手を駆使して振り回す。
 斧の重量と遠心力を利用し、彼の攻撃は一撃一撃が必殺の威力を秘めている。
 しかも、その攻撃速度はどんどん加速している。

(ったく……なーにが技量よ。力押し以外の能がないくせに)

 そんな達人の技を、ルミナスは冷たい眼差しで見ていた。
 
 目の前の老人の攻撃は、たしかに威力も速度も恐ろしいとしか言いようがないものだ。
 適当な魔法で遠距離から攻撃しても、斧に叩き落とされるか、それに伴って発生した風に阻まれる。
 
 が、攻撃そのものは単調。それを遠心力を使った加速によって補っているだけだ。
 ルミナスからすれば回避は容易。ゆえに彼女は斧を避ける距離を適度に変化させ、
一見ギリギリ、その実悠々とゲルバルトの攻撃を避け続けていた。
 
「うおぉぉぉりゃあぁぁぁぁっ!」

 己の斧が完全に見切られている事にも気付かず、ゲルバルトは途切れる事無く攻撃を続ける。
 動きとしてはかなり大きな隙もあるのだが、その力任せの速度ゆえにルミナスもそれを突く事ができない。
 それでも、このまま避け続けていれば速度でカバーしきれない隙が出来るのは間違いない。
 
 が、ルミナスはそれを選べなかった。
 自身よりさらに上空に、ドラゴン相手に立ち回っている一般人がいる。
 かなり危なっかしい動きで、どうにかこうにか生き延びているが限界は近そうだった。
 リスクを冒しても早急にこちらの決着を着ける必要があった。 

(しゃーないか。宝石はほとんど潰れるけど、四の五の言ってる場合じゃないし)

「ふふん、口ほどにもないのう……死ねぃ!」

 ゲルバルトは巨大な戦斧を振りかぶり、それまでに倍する速度で突っ込む。

 対するルミナスは静かに剣を構える。その動きはゆっくりとしていて、
 相手の速度を考えると防御も間に合いそうにない。

 ゲルバルトはそんな彼女を嘲笑いながらさらに加速し、瞬く間に彼女の眼前まで到達する。
 そしてルミナスに対し、容赦なく斧を振り下ろした。
 斧が彼女を無惨に両断するかと思われたとき、

「技量ってのはこういうもんよ。あの世で覚えときなさい」

 静かな声と共に剣の鍔に填められた宝石四つの輝きが消失し、無詠唱魔法が発動する。
 斧の横合いから突風が吹きつけ、振り下ろす角度がほんの僅かながらずれる。
 その瞬間を逃さず、ルミナスは剣の腹越しに左手を斧に押し当て、思いっきり弾いた。
 斧の軌道が決定的にずれ、ルミナスから完全に外れる。
 そして狙いが外れた老戦士は体勢が完全に崩れ、致命的な隙をさらしていた。

「でえりゃあっ!!」

 すかさずルミナスは凄まじい気勢と共に剣を振るった。
 その雷光の如き剣閃は、頑強な鎧をものともせず老戦士の胴を呆気なく両断する。
 驚愕の表情のまま絶命した老戦士に構うことなく、ルミナスは上空へと向かう。
 彼女の視線の先には、ドラゴン相手に必死に逃げ回りながら隙を窺っている男の姿があった。

















「ちっ……爬虫類の分際で頭が働く。この距離で炎は使わんか」

 海人は次々に振るわれるドラゴンの尻尾や爪を危ういながらも避けていた。
 背中のロケットの機動性は元々安全に着陸が出来るようにと付けた機能なので、決して高い物ではない。
 元々空を飛べる生き物と比較すればサイズ差があってなお若干劣る。
 それを彼は瞬間的な最高速度の差とドラゴンの大まかな行動パターンの把握でどうにか補っていた。

 選択肢を増やすため、先程試しに爪に無属性魔法の防御壁を当ててみたが、それはまったく意味をなさなかった。
 爪は余裕で止められたものの、間髪入れずに別の角度から振るわれた尻尾は対処しきれなかったのだ。
 しかも、尻尾はかすっただけだというのに、海人の左腕をあっさりとへし折っていた。
 いい加減逃げる事に限界を感じ始めていたところに、

「お待たせ。苦戦してるみたいね」

 ゲルバルトを倒したルミナスが駆けつけた。

「私が前線に出てこれだけ粘っているだけでも褒めて欲しいところだがな」

「まあね。で、どうすんの? 万全の状態ならともかく、今の私じゃあれに一人で致命傷与えるのは無理よ?
それに、倒せたとしてもあの巨体がそのまま地面に落っこちりゃ下の連中が死ぬわよ」

「それ自体は問題ない。粉々にあれを吹っ飛ばせそうな物がある。
ただ、肉片が残って下に飛んでいく可能性は否定しきれんが」

「肉片ぐらいなら皆対応できるはずよ。他に問題は?」

「威力が強すぎるからな。下手をすれば私たちも巻き込まれて死ぬ。
だからドラゴンの体内にそれを取り込ませようと思う。そうすれば起爆してもあれが腹からバラバラになるだけですむだろう。
が、その状態で地上に降りられてしまえば、味方も巻き添えを受ける。
私たちも距離をとらねば吹っ飛んでくる肉片に当たって死ぬ可能性も考えられる」

「つまり、空であいつにそれを飲み込ませて、私らが囮になって地上から引き離しつつ、
安全な距離も保ってなきゃいけない、と」

「そういうことだ。ま、考え自体はある。それで協力を頼みたいんだが」

「はいはい、何すればいいの?」

「私を抱えて、あのドラゴンとの距離を徐々に引き離して欲しい。
それも私たちから注意が逸れる事のないように、だ。できるか?」

「誰に物言ってんのよ。いくら疲れてるっつったってそんぐらいは余裕よ」

 こと空中での機動性ならば自分に勝る者はいない。
 そんな自負に溢れたルミナスの言葉に、海人は力強く頷いた。

「ならば問題ない」

 海人はルミナスの手を握りつつ、ロケットのエンジンを停止させる。
 すかさずルミナスは背中から海人を抱え、持久戦が始まった。

 次々と襲い来る爪や尻尾をルミナスは持ち前の機動力で回避する。
 それでいてドラゴンの注意が逸れぬよう常に相手の視界から姿を消さず、徐々に、慎重に距離を少しずつ離していく。
 
 荷物一人抱えて見事な動きなのだが、当のお荷物は高速で縦横無尽に引っ掻き回され、折れた骨と三半規管が悲鳴を上げていた。
 吐き気と痛みを渾身の精神力で堪えつつ、海人は油断なくドラゴンの様子を観察し続ける。
 
 やがてドラゴンの口の端から炎がこぼれた時、海人は不敵な笑みを浮かべた。

「よし、いい加減頃合だな。ルミナス、合図をしたらこれをあのドラゴンの口の中に放り込んでくれ」

 逃げ回る間蓄積し続けた魔力に身を包みながら、海人はルミナスに箱を見せた。
 箱は無機質な銀色の直方体。箱の横には5本のピンが刺さっており、それぞれのピンに番号が振ってある。

「分かった。魔力砲使うんだろうけど、上手くやれるの?」

「先程からそれなりの回数を使ってるから、自信はある。……そうら、焦れて馬鹿口を開けたぞ!」

 ドラゴンの巨大な口から吐き出された火炎に臆する事無く、海人は魔力砲を放った。

 魔力を溜めに溜めたその威力は、煉獄の焔を易々と貫いた。
 莫大な魔力の奔流はそのまま進路上にあったドラゴンの牙を根こそぎ打つ砕き、喉の奥にまで達する。
 威力を加減したため体に風穴を開けるには至らなかったが、それでも十分すぎるダメージを負わせた。
 ドラゴンは、あまりに凄まじい激痛に悶え苦しみながら悲鳴と憤怒の篭った雄叫びを上げる。

「今だルミナス!」

 海人が一番と書かれた位置のピンを引き抜き、ルミナスに手渡す。
 ルミナスは無言で銀色に光る金属製の直方体をドラゴンの口の中に投げ込んだ。
 彼女はそれほどコントロールが良いわけではないが、相手の口の大きさゆえに見事にその体内に入り込んだ。

「これでいいの!?」

「ああ、後は二分弱逃げ回るだけだ! 怒り狂っているから私たちを追ってくるはずだ!」

 海人の言葉を証明するかのように、ドラゴンが怒りに満ちた眼差しを二人に向けた。
 辺り一帯を揺るがす兵器じみた雄叫びを上げながら、その巨体からは想像できない速度で突進してくる。

「やば……今の魔力じゃ逃げ切れないかも」

 追いかけてくる速度を見てルミナスに焦りが浮かぶ。
 
 ドラゴンの向かってくる速度は予想以上に早く、彼女の素の飛翔能力ではとても敵わない。
 残っている宝石を上手く使い、魔法を併用すれば一分程度なら逃げ切れそうだが、それ以上は魔力が持ちそうにない。
 魔力が切れれば追いつかれるまで数秒はかからない。そして残り数十秒を機動性だけで逃げ切るには無理がある。
 なにより、安全な距離を保てない。
 
 速度は緩めずも諦観が彼女の脳裏をよぎった時、

「私の道具ならなんとか逃げられるはずだ。しっかり掴まっていろ!」

 海人がルミナスの腕の中で身をよじって、己の向きを逆に変えた。
 無事な右腕でルミナスを抱きしめつつ背中のロケットを再び点火すると、ドラゴンが徐々に引き離され始める。
 抱き合うような体勢になった事に頬をほんのり染めつつも、ルミナスは無言で海人の言葉に従う。
 
 自分の翼による物でも魔法による物でもない、なんとも不安定な加速。
 しかもその速度は自分の最高速に匹敵、あるいはそれ以上。
 生まれて以来自分の力以外で飛んだ事の無い彼女には、かなり怖い。
 それを堪えるように、彼女は海人に力強くしがみ付く。
 
 海人はと言えば、激痛を堪えながらロケットの方向がぶれないよう調整するのに必死だった。
 肋骨に加えて左腕まで折れている状態で、超高速飛行、しかもルミナスの腕力でしがみつかれているのだ。
 鎮痛剤だけではその痛みを抑えきれるはずも無い。

 思いは違えどそれぞれ永遠とも思えるような苦しい時間を味わっていた。

「くっ……二分ってこんなに長かった!?」

「こういう時の時間は遅く感じるものだ!」

 海人が怒鳴るような声でルミナスに答えた瞬間――――ドラゴンの体が大爆発を起こした。
 腹部を基点とした最上位魔法級の爆破に、魔物の王族は悲鳴を上げる間もなく絶命する。

 だが、さすがドラゴンと言うべきか、ほんの一部ながらも肉片が残り、それらが地上に向かって勢いよく落下していく。
 一部とはいえ、それでも数十キログラムの塊が数十個である。
 それが爆風の勢いと高空からの重力加速度によって加速しているのだから、並大抵の事では防げない。

『ぎゃああああああっ!?』

 地上にいる多くの敵兵が肉片の下敷きになり、絶命していく。
 当然シェリス達の上にも降ってきたが、彼女らは軌道を読み、上手く回避していた。
 それどころか、敵が肉片を避けた隙を狙って仕留めるという芸当までこなしている。
 ドラゴンとその主の敗北という精神的打撃に加え、シェリス達の活躍と落下した肉片による兵数の激減。
 戦意を徹底的に削がれた敵兵は、さほど時間を掛けずに全てが駆逐された。

 ――――そして、この長い一日の勝敗は決した。

 だが、爆発地点からかなり距離を取っていたはずの海人達は爆風に呑まれていた。
 あまりに強力な爆弾が起こした爆発は、もう少し距離が近ければその製作者をもまとめて葬るほどの威力だった。
 殺傷範囲からはギリギリ逃れていたものの、錐もみしながら海人はさらに上空に飛ばされていた。
 その過程でルミナスとも引き離されている。

 が、流石と言うべきか、彼女は吹き荒れる暴風の中にありながら、徐々に体勢を整えていた。
 ほどなくして完全に体勢を立て直し、ルミナスは引き離された海人の姿を探し始めた。

 当の海人は、この状況で体勢を立て直すようなセンスの持ち合わせなどなく、風に飛ばされるまま上へ上へと飛んでいた。
 ただでさえ空気の薄い上空からさらに上へと吹き飛ばされ、まともな呼吸までできなくなった彼の意識が薄れ始める。
 それでも最後の力で意識を失う前にロケットを操作し、地上に逃れようとするも、

「燃料切れ、か」

 ロケットはまったく反応しなかった。
 新たにパラシュートでも作ろうとするも、酸欠のせいで創造魔法の術式を浮かべるほどの集中はできなかった。
 さらに困った事にやはり酸欠で彼の意識は急速に薄れ始めている。意識を保っていられるのは残り数秒といったところだ。
 
 ルミナスが助けてくれる事に期待したい所だが、彼女との距離はえらく離れてしまっている。
 魔力が残っていないという状況では海人の位置に気づいたとしても間に合わないだろう。
 
 そして今の海人の位置はシェリス達のいた場所からもかなり離れている。
 落下している彼に誰かが気づいた所でやはり間に合わないだろう。

 結論――墜落死確定。

「やれやれ、まあ……会わせる顔はないし、そもそもこの世界では会わせられるかどうかすら分からんが、
今となっては意味のない研究を完成させる……よりも……価値……は……」

 嘆息と、未練と、ほんの少しの充実感と共に、海人の意識は途絶えた。
 その直後にやってきた、耳をつんざくような叫び、己を包む柔らかい腕、そして翼の羽ばたきの音に気付くことなく。


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コメント
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[2009/10/19 02:13] | # [ 編集 ]

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[2009/10/19 12:25] | # [ 編集 ]

感想
いつも楽しく拝見しています。
戦闘から目が離せない状況が続いてましたがそれも一段落ついた感じですね。でも自分的には日常風景も好きなので続きが楽しみです!
ところで疑問なのですが、手榴弾のピンを抜いて放した後に握ると爆発するとありますが彼女に手渡したといった記述もありましたがそれは大丈夫なのでしょうか?ちょっと気になりました。
[2009/10/20 23:14] URL | ハチ #27Yb112I [ 編集 ]


 いやー、お約束ですけど燃えますね、こういう展開。
 そういえば、動き回ってる相手を狙撃するのって難しい気がするんですけど、割かし簡単に当ててる様に見えるのは、狙撃銃の高性能故だったりするんでしょうか。
[2009/10/21 09:19] URL | エーテルはりねずみ #mQop/nM. [ 編集 ]


無表情で感情豊かだと……素晴らしいです
 
生物がダメってことは卵ダメなのか
つまりプリンも無理か
牛乳はいけるのかな
 
主人公は偏屈なのにどこか一途なのね
[2009/10/21 17:35] URL | か #- [ 編集 ]

試行錯誤
魚の干物とかも無理だからな~
マヨネーズはいけるんじゃない?卵の中身じゃなくて卵の殻だし。
まずはチョークを作ってみては?チョークって同じように卵の殻やホタテの貝殻などを材料に作られてたはずだし
そうなると象牙とかの部分とか作れたりしないかな?


漢方薬とかでも中国とかでは象牙や鹿の角、虎の牙や爪、鷹の爪などが使われてますし
人工血液がいけるならいけないのかなと思ったりしてます。

生物が駄目なのではなく生物(生態?)活動を直接している(していた)実際に生きている(た)『部分』の所が駄目だとか
創造魔法は非生命体ならばほぼ例外なく作成できるとも書いてありますし

卵の殻や象牙や角とかが作れるなら
魚や獣の身は駄目でも
海の生物や鱗のある生物や獣の鱗や甲羅・殻、角や牙や爪が使われた防具や武器が作れたりできると思う。
ドラゴンメイルに使われるドラゴンの鱗とか作れないかな?
[2009/10/24 09:11] URL | kkk #J8TxtOA. [ 編集 ]

御久しぶりです。
先週試験でその試験勉強でカキコできませんでした。今週より復帰!

ローラ嬢、初登場!!  ですが、キャラがコイですね~。
海人との掛け合いが、なんか息ピッタリな様子。面白く読ませてもらってます。

ボスのドラゴンライダー自体はすぐに退場しましたが、ドラゴンは苦戦・・・
最後、強威力な爆弾で内部からの爆発でトドメを指しましたが、市民や他の敵味方の戦闘員の目の前で大きな花火を上げたようなもの・・・
その後、どのような状況になるのか、楽しみに待ってます。

後、「ヒット数の異常な増加」ですが、理想郷・捜索板・まとめ・最近、更新を楽しみにしている作品 で、10/16・なんじゃもんじゃ氏により紹介されているのも一躍買っているのかなと思います。

では、執筆活動を頑張ってください。
[2009/10/24 17:24] URL | Gfess #knJMDaPI [ 編集 ]


風の魔法が合図という方法が使われていますが、なぜシェリスの屋敷が襲われている時、ルミナスの家に風の魔法で知らせなかったのでしょうか。
[2009/10/25 11:47] URL | 774 #- [ 編集 ]


ドラゴンってわざわざ爆弾で倒す必要は無かったんでは?
カイトの魔力砲の威力ならドラゴンが怒って追いかけてきた時に
なら見方がいない所へは、楽に誘導出来るでしょうしその後、魔力
砲の描写の威力から、魔力砲なら楽に倒せそう。
[2009/11/02 18:21] URL | がーちゃん #qbIq4rIg [ 編集 ]

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[2009/11/16 05:22] | # [ 編集 ]

今更ですが・・・
この時点でのカイトの魔力値っていくらくらいを想定してますか?

シェリス邸狙撃する時の創造魔法75万
医療道具の創造魔法75万(上の時は武器を創造としか書かれていなかったので、追加で創造したはず)
母親上の瓦礫撤去(魔力砲?)70万
【親子を連れて逃げるのに魔力砲使ったかも?】?万
ローラと出会った時の魔力砲70万
【牽制に魔力砲使ったらしい】?万
ドラゴンの口に魔力砲70万

確定しているだけでも魔力の約半分を使っているから、5,6発しか・・・
でも牽制に使うくらいだから雰囲気的にもっと使っていそう・・・

5割増しくらい成長してたりするのでしょうか?
[2014/01/14 20:10] URL | ふぃろう #O9zY3UwY [ 編集 ]

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[2019/01/31 00:07] | # [ 編集 ]


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