ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄99
 その日、シェリス・テオドシア・フォルンの執務室は緊張感に包まれていた。
 ピリピリとして、ちょっとした切っ掛けで弾けそうなほどに危ういその空気の発生源は、この屋敷の主。
 そしてその横の机で書類仕事に勤しむ、屋敷最優の超人ローラ・クリスティア。

 そんな彼女らの前で、タチアナ・コグラストは臆する事無く報告を行っていた。
 命令違反の結果、手に入れた情報について。

「……と、なかなかに貴重な体験をして参りました」

「なるほど……色々と面白い情報が入ったわね。勝手に動いた件は不問にするわ。
独断専行とはいえ、貴女達が手に入れた情報にはそれだけの価値があります」

 しばし唸っていたシェリスだったが決断を下すと、机を軽く指で叩き、眼前の部下に告げた。

 先日の戦いでエアウォリアーズの担当区域に入った事は問題だが、
それで手に入れた成果はそれを挽回して余りある。

 秘密主義の権化のような怪物―――天地海人の手札を見てきたのだから。

 はるか高空にいたコグラスト三姉妹の完全な捕捉。これだけでも、値千金の情報だ。

 察知はおそらく雫の気配探知。
 状況的に見て、それ以外にはありえない。
 そして彼女の察知技能がそこまで届きうるというのは、完全に想定外。
 実に有意義な情報と言えるだろう。

 が、真に驚くべきはコグラスト三姉妹と判別し、声をかけてきた事だ。

 ただの遠隔視の魔法の発展形では、位置的に三姉妹と判別は出来ない。
 彼女らは自ら生み出したドラゴンに騎乗していたのだから、その腹しか見えないはずだ。
 おそらく指定した空間を多角的に視認可能な魔法を使ったと考えられる。
 さらに、その空間に自分達の映像を映し出し、音声を届ける事も可能。
 そんな魔法、現代はおろか古代遺産からすら見つかっていないが、海人なら現実味がある。
 あの男のデタラメ具合は、これまで十分に思い知らされてきているのだ。
    
 コグラスト三姉妹をドラゴンごと上空から引きずり落した風魔法も、イカレている。

 三姉妹が脱出困難だったという威力もだが、射程が明らかにおかしすぎた。
 状況から推測した二組の距離からすれば、それで攻撃を仕掛ければどんな軍隊も対応できない。
 現代における遠隔視魔法では、まず視認可能な距離ではないからだ。
 比喩でもなんでもなく、唐突に災害が襲ってきたとしか思えないだろう。  

(少し間が空いただけでこの超進化……相変わらず恐ろしいわね。
まあ、平和的でただ素晴らしいと喜べる知識も多いのだけど)

 思わず、苦笑してしまうシェリス。

 海人の知識や開発能力は恐ろしいが、必ずしもそれだけではない。
 穏やかで、人の幸福に役立つ知識も数多くあり、むしろ彼の人格にはどちらかと言えばそちらの方が似合っている。

 例えば、先日のパーティーで披露された料理。

 ヒノクニの天ぷらという調理法は難度が高いと聞いたが、彼はそれをある程度マニュアル化していた。
 本人曰く出来は名職人の技術の劣化版らしいが、それでもシェリスの舌を満足させるだけの質に届いている。
 いかに腕の良い料理人に教えたとはいえ、僅か数時間教えただけで、だ。
 より多くの人に美味を届けられる、素晴らしい研究と言えるだろう。

 しかも翌日交渉したところ、教えたのはこっちの勝手だから好きに使えと言ってくれた。
 それでは面目が立たない、と半ば強引に対価を押し付けたら、今度は申し訳ないから次までに本にまとめておくと言い出す律義さ。
 なんだかんだで、お人よしなのだ。 

 同じパーティーで催された花火という空に炎の花を咲かせる企画も、素晴らしかった。
 海人の故郷では割と一般的な催し物だったらしいが、あの色彩の見事さは彼の感性あればこそ。
 友人一人の為にあそこまで考え抜く人間はそうそういないだろう。
 あれについても知識の提供こそ拒まれたが、秘匿さえ守れればシェリスの誕生会などで限定的に開催する事は請け負うと言ってくれている。
  
 危険で恐ろしい男ではあるが、同時に穏やかで頼れる有能な男。
 それがシェリスの海人に対する評価だ。 

「報告は以上になりますが、何かございますか?」

「いえ、特にないわ。仕事に戻ってちょうだい」

 シェリスがそう言うと、タチアナは恭しく一礼して踵を返す。
 そしてその手がドアノブにかかった瞬間、

「――――報告は全て、正確に。タチアナ、まさか忘れてはいないわね?」

「うっ……!?」

 ローラの言葉に、タチアナの足が止まった。
 一見普段と変わらぬその声音に、かすかな怒気が滲んでいるのを感じたが為に。
  
「……どういう事? カイトさんに口止めされたなら分からなくもないけど、
あの人が口止めしたのなら、そもそもさっきの報告もなかったでしょう?」

「その通りですね。ですが、タチアナが何かを隠しているのは確実です。
仕事に戻れと言われた際、呼吸、表情、体の動き、全てに安堵の色がありましたので。
付け加えますと、先程呼び止めた際は怯えの色が出ておりました」

「―――――そう」

 シェリスも目を細め、タチアナに冷たい視線を向ける。

 言い逃れを許す気がない二人に対し、タチアナは必死で思考を巡らせた。
 隠し事をしている事実を見抜かれた以上、とぼけ続けるのは悪手。
 給料程度ならカットされても構わないが、命をカットされてはたまらない。
 
 覚悟を決めたタチアナは、振り向いて深々と頭を下げた。

「……申し訳ございません。実は、カイト様にドラゴンの構成要素が魔力ではない事を見抜かれてしまいました」

「ああ、その事……うーん、私としては減給一ヵ月程度でいいと思うんだけど……」

 タチアナの言葉を受け、シェリスがローラに視線を向ける。

 コグラスト三姉妹が生み出したドラゴンそれ自体は、見られてもそう大きな問題ではない。
 魔力で出来た動物を作り操る魔法が一応存在する為、その一種と考える可能性が高いのだ。
 しかもその動物の色は例外なく白なので、普通はコグラスト三姉妹が作ったドラゴンとは見分けがつかない。

 とはいえ、それは並の人間であればの話。

 実際は、非常に分かりづらくはあるものの差異が存在する。
 魔法で生み出した動物は黄色がかった白、コグラスト三姉妹が作るドラゴンは赤みがかった白なのだ。
 その色彩は常人にはとても見分けられないレベルだが、ローラは見分けられる。
 それに匹敵するであろう観察眼を持つであろう海人なら、見分けていてもおかしくない。

 ――――が、これが厳罰ものかというと、シェリスとしては疑問が残る。

 そもそも、観戦していた場所自体が一種の安全地帯。
 普通なら観戦どころか、意識を失いそのまま墜落してしまう超高空。
 海人達の高度からあそこに生物がいると察知した雫が規格外すぎるのだ。
 その上、海人がローラ級あるいはそれ以上の観察眼を持っているなど想像も出来るはずがない。 

 また、コグラスト三姉妹にまつわるドラゴンで最も有名なのは焔のドラゴン。
 白のドラゴンの話がないわけではないが、知る者はかなり少ない。
 ドラゴンの構成要素の違いを見破ったところで、コグラスト三姉妹と即座には結びつかないはずだ。

 そして、仮に海人がコグラスト三姉妹と気付いたとしても彼は口が固い。
 さらに金や物で操れる人間ではなく、実力を知った上でローラを挑発できる無駄度胸と類稀な義理堅さまで持ち合わせている。
 身内を人質に、という手法も事実上通じない。
 彼の護衛も友人も人質に取れるような生易しい戦力ではない為、自殺行為にしかならないのだ。
 彼からの情報漏れを心配するなら、コグラスト三姉妹をよく知る旧トートレッタ王国反乱軍の皆殺しを検討しなければならないだろう。

 独断専行は問題だが、それで得た結果と本来なら失態がありえなかった事も考えれば強く咎められる話でもない。
 なにより、あくまで結果としてはだが知られても問題ない相手なので実害はほぼ皆無。
 これなら罰はかなり軽めにしても全く問題ない。
 
 もっとも、作り出したドラゴンの処理方法によっては話が変わる。

 あれは三人の意思だけで分解可能だが、演奏によっての分解・吸収も可能だ。
 もしそれをやって見られたのであれば、厳罰は不可避。
 彼女らの奥の手という事もあるが、世界広しと言えど楽器を戦闘で使うキワモノなぞコグラスト三姉妹のみ。
 使ったなら彼女らの正体を暴露したに等しく、実害はなくとも戒めとして厳罰が必要になる。
 
 が、シェリスはその可能性はないと考えていた。
 ドラゴンの処理法についてまでは語っていなかったが、単に大前提だから省いただけだろう、と。
 ローラから厳重に注意されているはずだし、なんだかんだでコグラスト三姉妹は想像を絶する修羅場を潜り抜けている。
 いかに不測の事態とはいえ、そんな失態を犯す事はまずないだろう。  

 ――――と、これらがシェリスの認識だが、実のところあまり意味はない。

 というのも、コグラスト三姉妹を始めとする最古参メイドの処遇についてはローラが最大の権限を持っているからだ。
 他ならぬシェリスが、まだ自分では御しきれない曲者共に的確な処断を下せるのは彼女しかいないと判断している為に。 

「格別の温情という事であれば、今回は問題ないかと――――その話についてだけであれば、ですが」

 ローラが言葉を切った瞬間、部屋の空気が一気に重みを増した。
 
 それを受け、シェリスの顔が歪んだ。
 まるで、肺を直に締め上げられているかのように呼吸が辛い。
 どうにか息を吸えば体内に入った嫌な熱を伴った空気が体をじわじわと蝕み、
吐けば熱と悪寒だけ残して大事な空気は外に出ていくという悪循環。  
 正直、許されるのであれば今すぐ窓をぶち破って外に脱出したいぐらいだ。

 そんな心境でふとタチアナに視線を向けると、彼女は平然としていた。
 頬をひっきりなしに汗が伝ってはいるが、表情は神妙な面持ちを取り繕っている。

 流石に年季が違う、そんなシェリスの敬意を受けながら、タチアナは先程よりもさらに思考を加速させていた。  

(ヤバいヤバいヤバい!? い、いやいや、まだ! まだごまかせる……! 
その為に自滅覚悟の暴露したんだから!)

「その顔で、一番隠したい事がさっきの失態絡みでない事も見当がついたわ。
失態の内容があれで全てでない事もね。貴女が私相手にこの状況で希望を抱けるなんて、それぐらいしかないもの」

 タチアナの表情から心情を読み取り、希望を粉砕するローラ。
 口調は淡々としているが、その内心を示すかのように室内の空気の重さが一段と増した。   

(ぎゃぁああああああああああっ!? やっぱ報告自体やめるべきだったぁっ!
ってーかなんであの日に思い出さなかった私達っ!?)

 神妙な表情の仮面の裏で泣き叫ぶタチアナ。

 先日見物した戦いは、実に素晴らしかった。
 縦横無尽に空を舞うプチドラゴン、鍛え抜かれた武人達の武技、
古代遺産であろう超魔法、まさしく神話の英雄達の戦いのようで、
新曲のインスピレーションがどんどん湧いてきたのだ。

 その中でも特に素晴らしかったのがシリルが聖槍の力を引き出した光景。
 体が碌に動かぬほどのダメージを負いながらも、姉を救う為立ち上がったシリル。
 その強い思いに呼応するかのようにその色彩を変え、真の力を発揮した聖槍。

 想いによってどうしようもない状況を打ち破り、用意された結末を覆す。
 物語ではよくある話だが、現実ではまず見れない劇的と言う他ない光景。 
 現実で起きたそれは、いかなる名優達の演劇よりも心が震えた。

 なのだが―――感動のあまり、見た光景の危険性を完全に失念していた。

 ただの聖槍であれば普通に報告出来たが、あれは違う。
 真っ正直に報告してしまえば、何が起きるか分からない。 
 最悪、報告した人間の命がゴミのように吹っ飛びかねない物だ。

 かといって、報告自体をやめるのもそれはそれで問題だった。
 あの刺激的な光景は到底忘れられるものではなく、完全に忘れない限りローラにはどこかで勘付かれるからだ。
 そうなった場合、ローラが荒ぶる確率は一気に跳ね上がってしまう。

 だからこそ二重三重の対応策を用意して疑念をかわそうとしたのだが、考えが甘かった。
 事前練習までしっかり行った演技といえど、この超人の目を欺けるはずがなかったのだ。  

「……例の技術に関わる要素が大きく絡んでいますので、この場では申し上げられません」

 必死に思考を巡らせ、とりあえずこの場をしのごうとするタチアナ。
 
 今の言葉ならば嘘は言っていないし、理由も正当だ。
 聖武具最大の特徴にまつわる力。それはまだシェリスや後輩達に開示してはならない事になっている。
 それを厳命しているのは他ならぬローラなので、この場で語れなどと言うはずがない。
 なにしろ、昔タチアナ達の作るドラゴンがそれ絡みだとシェリスに漏らしただけで、姉妹揃って半殺しにされたのだから。
 
 上手くすれば時と場所を改めての報告となり、その間に荒ぶる化物を鎮める為の生贄の頭数を揃えられる。
 そうなれば、可愛い主君や後輩達が巻き添えを食らう事態は避けられるはず。

 その健気な打算は、儚くも打ち砕かれる。  

「秘すべき内容が明確である以上、この場でも言葉を選べば報告はできるはずよ―――吐きなさい」 

 ついにローラが視線だけでなく顔までもをタチアナに向けてきた。
 これ以上とぼければ、次は拳圧が飛んでくるだろう。

 もはやこれまでと悟ったタチアナは、最後に一足掻きする事にした。

「か、かしこまりました。ですが総隊長、聞いた後はどうか御平らに願います」

「それ程の内容、と。いいわ、心がけはしましょう」

「……かつて総隊長が探しておられた物の一つが、見つかりました」

 出来れば秘しておきたかった話を、白状する。
 なるべく刺激しないよう、少しずつ。  

「そう……候補は色々あるわね。とはいえ今更見つかったとしてもそこまで驚くような物は――――」

 ローラの言葉が、途中で途切れた。
 
 かつてこの屋敷に務める前は、様々な物を探していた。
 リスクを厭わず大陸各地を駆け回った事で多くは集まったが、それでも手に入らなかった物もある。
 死地に赴き、屍山血河を生み、あらゆる物を破壊し尽し、それでも手にする事は叶わなかった、そんな品々が。 

 と言っても、今となってはさしたる意味はない。
 求めた理由は消えて久しく、今更手に入ったところで意味がない物が多い。
 
 が、今手に入っても十分に――――否、かつて以上に有用な物がある。

 一つは古代魔法帝国時代の術式盤、その大当たりに分類される物。
 現在見つかっている術式盤の多くは現代のそれよりも劣っているが、
極々稀に現代のそれが足元にも及ばない効果の物が見つかる。
 その術式は戦闘用であろうと生活用であろうと極めて使い道が多い。

 しかし、この可能性は極めて低かった。
 雫が使用したであろう魔法は、海人の化物じみた開発力を知らなければ古代遺産としか思わない。
 魔法を隠すならば、先程の報告もなかったはずなのだ。
 
 ゆえに―――本命はもう一つの物。

 それは、存在自体ごく少数しか知らない物。
 厳密には仮説としてそれがあるのではないかと考えた人間は多いが、明確な根拠を持つ者は少ない物品だ。
 さらに言えば、それが変化した物は知らぬ者がない程に有名な物でもある。
 
 こちらであれば、タチアナの反応は頷ける―――頷けてしまう。
 
 なにしろ、ローラが当時一番執着していた物だ。
 それを求める過程でどれほどの屍を築いたか、数える気にもならない。
 今更見つかったとなれば、助かりはしても腹立たしくも思う。
 当時それがあれば、結末もまた少しだけ変わりえたのだから。 
 
 さらに言えば、それは一度本当の意味で他人に振るわれてしまえば価値が激減する。
 そしてタチアナがあの場で見たというのであれば、既に振るわれた後という事だろう。
 報告を躊躇うのも、無理はない。

 ―――――が、これだけであればローラは溜息一つで済ませられた。

 腹立たしく、悔しくもあるが、それだけの話。
 誰が悪いわけでもないのだから、気分を切り替えるのが最善だ。
 怒ったところで、元の状態に戻るわけではないのだから。

 問題は、それをこの現代で作り上げた馬鹿野郎がいるかもしれないという事だ。
 それもおそらくは偶然という要素を大きく含んで。

 根拠となるのは、その容疑者の度外れた能力と先日聞いた言葉。
 趣味が常識破壊と言われても頷いてしまう程の男が、先日シリルの為に槍を作ったはずなのだ。
 その素材がかつてローラが追い求め続けた物である可能性は、否定できない。
 状況からして槍に心血を注いだ事は疑いようもなく、あれの心血なぞ注ぎ込まれれば何が出来ても不思議はないのだ。

 とはいえ、まだ確定ではない。

 敵方の誰かが持っていた武器がそれだった可能性もゼロではないだろう。
 昔集めた断片的な資料の情報からすると、それは変化しない限り頑丈なだけの白い金属。
 知らずに使っていた可能性もあるだろうし、戦場であれば変化する可能性も十分にある。
 
 そんな欠片も信じていない可能性を考えながら、ローラは今にも腰を抜かしそうな眼前の部下に視線を向けた。
 最近愛用している万年筆をポケットにしまいつつ、周囲の生物全てを圧殺せんばかりの強烈な威圧感を放ちながら。

「そ、そそそそれで、なんです、が……シリル様がお持ちになっていた槍の材質が、アレでひいっ!?」

 恐怖に震えながら報告していたタチアナの声が、悲鳴に変わった。
 ローラから放たれる威圧感が、先程までとは比較にならないほど跳ね上がった為に。

 冷や汗をだらだら流しながらも、気合と根性で体の震えを止める。
 そうしなければ、次の瞬間には命が消し飛びかねない。
 なにしろ、これにあてられて吠えた中位ドラゴンの頭を拳圧で消し飛ばした事があるのだ。
 
 軽く視線を滑らせてみれば、机に突っ伏している主君の姿。
 気の毒に、威圧感に潰されて失神してしまったらしい。
 
 いかにしてこの哀れな主君と共にこの場を離脱すべきか、タチアナは必死で頭を回転させ始めた。 
 
 




   







 

 カナール近辺の平原。

 そこの空はどこまでも青く、晴れ渡っていた。
 ゆっくりと流れていく雲を見ていると、だんだん眠たくなってくる。
 空から降り注ぐ陽光の強さも程よく、木陰にでも入れば昼寝にもってこいだろう。

 そんな空の下、ケルヴィン・マクギネスは地面に激突していた。

「っぐうぅぅぅぅっ! もういっぺんだシリル!」

「まだやりますの? 流石にお腹空いてきたのですが」

 溜息を吐きながら、シリル・メルティは槍を肩にかけた。

 今しがた吹き飛ばしたので、本日十戦目。
 朝食後から延々戦い続けているので、流石にうんざりしてきた。
 今のところは十連勝中だが、ケルヴィンの身体能力を考えれば油断はできない。
 さらに、元々彼は手加減も上手くはないので、ここまで追い詰められているとまぐれ当たりで即死の危険もある。

 これまでほぼ互角、あるいは若干下だと思っていた相手にボロ負けして苛立つ気持ちは分からなくもないので延々付き合ってきたが、
そろそろその我慢も限界だった。  

「ええい、余裕こきやがってこの野郎!」

「むしろ余裕がないからやめたいのですが。
そこまで頭に血が上ってらっしゃると、そのうち組手じゃなく殺し合いになりかねませんし」

「白々しい事言ってんじゃねえ! 最初っから槍の穂先を碌に使ってねえだろうが!」

「ああ、それで怒ってますのね……これ、余裕ではなく諸事情で使うに使えませんの。
決して馬鹿にしてるわけではありませんので、御容赦くださいませ」

 シリルは頭を抱え、心底申し訳なさそうに語る。  

 槍術において、穂先の使用は非常に大きな要素だ。
 槍の部位の中で最も殺傷力が高く、槍術の要と言っても過言ではない。
 それを使わないとなれば、相手を舐めていると思われても仕方ないだろう。

 が、シリルとしてはケルヴィン相手にこの穂先を使うわけにはいかなかった。 

 なにしろ、この穂先の切れ味は常軌を逸している。
 素人が持っても突けば鎧を容易く貫通し、斬れば武器ごと相手を叩っ斬る代物だ。
 シリルが振るえば、ケルヴィンの武器も真っ二つになってしまう。

 なので、穂先は受け流しと腹での打撃でしか使ってなかった。
 万一にも、非常に値が張る上に易々とは手に入らない仲間の武器を破壊しない為に。
 
「くっそ、とことん舐めやがっぶほぅっ!?」

「はーい、そこまでっすよー。しつこい男いくないっす」

 なおもシリルに突っかかろうとしたケルヴィンを、アンリエッタ・マーキュレイが背後から蹴り倒した。
 そのまま流れるように地面に沈んだケルヴィンの頬をぐりぐりと踏みにじる。

「あだだだだ!? て、てめっ、何しやがる!?」

「そもそもの目的忘れてやがる馬鹿野郎の頭冷やしてるだけっす。
シリルさんが珍しく優しさ出して長々付き合ってくれてたのに、キレるたぁ何事っすか?」

 ぐ~りぐ~りとふさふさしたケルヴィンの頬を踏みにじりながら、冷たく見下ろす。

 そもそもこの組手の最初の目的は、十年槍を握れなかったシリルの技量の確認。
 先日の戦いの最中にかつて以上の技量を発揮したとは言っていたものの、聞く限り極限状況下での話。
 一時的な技量の向上があった可能性は否定しきれず、その場合今後定着しない恐れもあったので、確認の為ケルヴィンと戦ってもらったのだ。
 シリルの身のこなしからして、杞憂だとは思いつつも。

 結果から言えば、アンリの心配は本当に杞憂だった。
 戦闘能力のみでエアウォリアーズ三隊長に名を連ねているようなケルヴィンが、まるで赤子扱い。
 ケルヴィンにとって極めて相性の悪いカウンタータイプという事を加味しても、とんでもない技量だ。
 それどころか、正面から戦えばアンリでさえも負けかねない。

 最初の三戦ぐらいでそれは確信できたのだが、納得がいかないケルヴィンが延々挑み続け、
珍しく寛容さを見せたシリルが黙ってそれを受け続けてくれたのだ。
 感謝こそすれ、怒るなど許される事ではない。  

「ぐうぅ……」

「はいはい、そんな不貞腐れないの。今日の昼はソース焼きそばにするから。
でも、つまんない事ぐちぐち言ってる男にゃ勿体ないかしらね?」

 なおも唸るケルヴィンに、ルミナス・アークライトが悪戯っぽく笑いながら黒い液体の入った瓶を見せつける。

「言われて見りゃ俺が弱いのが悪いんだからぐちぐち言うのは良くねえな。
すっぱり気分切り替えますんで大盛りでお願いいたします」

 先程までの態度はどこへやら、ケルヴィンは表情を一変させた後ぺこりと一礼した。
 凄まじいまでの変わり身の早さである。

「……すんごい効果。やっぱレシピ貰っときたかったっすねぇ……」

「素直に諦めなさい。あんだけ渋るカイトから譲歩引き出すのはまず無理だから。
ってーか、ソース含めて一式くれただけでもありがたいでしょーが」

 未練がましいアンリを、軽くたしなめる。

 確かにソースのレシピこそくれなかったが、海人はかなり譲歩してくれた。
 これから仕事に出向くルミナス達が道中楽しめるように、とソースと麺を渡してくれたのだ。
 それも、ルミナス達だけでなく部下の分まで。術式盤を仕込んだ冷蔵箱までおまけにつけて。

 アンリもそれは重々承知しているのだが、それでも愚痴がこぼれてしまう。

「そらそうなんっすけどねぇ……料理でこの馬鹿の手綱をこんな簡単に握れるなら、これ以上楽な話はないっしょ」

「おいこら、さっきから好き放題言いやがってくれてるが、あくまで超絶美味いから多少へーこらすんのも仕方ねえってだけだかんな?
間違ってもソース焼きそば一つで俺を意のままに出来るなんて思うんじゃ―――」

「あらそうなんですの? ではお姉さま、本当かどうか試してみましょう。具体的には今日の昼食から」

「すんません生意気言いました。見栄張りました。認めますんで食わせてください」

 愉し気に嗤うシリルの言葉に、即座に土下座へ移行するケルヴィン。
 その姿は、控えめに言ってもかなり情けなかった。

「……レシピ欲しくなるの、当然だと思わないっすか?」

「こりゃ否定できな―――!?」

 苦笑しながら肩を竦めようとしたルミナスが、弾かれたように右を向いた。

 一瞬遅れてケルヴィン、アンリ、シリルもそちらに顔を向ける。
 凄まじい速度で接近してくる気配へと。 

 それとほぼ同時に、気配の主が彼女らの前に姿を現した。 

「あら、皆様奇遇ですね」

「ロ、ローラさん……?」

 ごく自然に声をかけてきた絶世の美女に、ルミナスが引きつった顔を向ける。
 その周囲では、他の人間も似たような顔をしていた。

 当然だ。この場の四人の気配察知の区域はかなり広い。
 にもかかわらず、この女性はそれをほんの一瞬で踏破したのだ。
 しかも停止する際も一踏みでピタリと完全に止まっていた為、おそらく全速力ではない。
 もし彼女が敵であれば、何も分からぬまま全員の命を奪われていてもおかしくなかった。  
 
 が、そんな周囲の戦慄を気にした様子もなく、ローラはシリルに視線を向けている。

「……なるほど。それが例の槍ですか」

「な、なんですの!?」

「よろしければ、見せていただけませんか?
いささか、確認したい事がございますので」

 いきり立つシリルの言葉を軽く流し、ローラは静かに頼む。
 それに毒気を抜かれたシリルは、軽く息を吐いて槍を差し出した。

「ありがとうございます。なるほど……」

 槍を受け取ったローラは、じっくりとそれを観察し始めた。
 重さを確かめ、太さを確かめ、バランスを確かめていく。

「少し、振ってもよろしいでしょうか?」

「お好きにどうぞ」

 シリルがそう言うと、ローラは槍を構え素振りを始めた。
 
 そこから繰り広げられた演武に、周囲は絶句する事となる。
 
 全ての動きに、無駄らしい無駄がなかった。
 あらゆる動作が繋がり流れ、見惚れる程に美しい。
 まるで舞のようにも見えるが、見る者が見れば仮想敵が成す術なく蹂躙される姿が幻視される。
 
 シリルの槍術すら霞んでしまう程に洗練された技巧。
 それに周囲が心を奪われている間に、演武は終わった。
 
「ありがとうございました。シリル様用に最適化された、良い槍ですね」

「は、はい……あの、槍術も習得してらっしゃいましたの?」

 槍を受け取りながら、尋ねる。

「ええ、一般的な武器は全てほぼ同レベルで習得しております」

「他の武器もあのレベルなんですの!?」

「昔、習得する必要を感じていましたので。結局無駄になりましたが」

「……並行して習得してあれですの……槍術使いとしては早急に追い越さなくては面目が立ちませんわね」

「素晴らしい意気込みです。ところでシリル様、少し御耳を拝借いたします」

 そういうと、ローラはシリルの耳元へ口を近づけ、何事か囁いた。
 その瞬間、シリルの目が驚きに見開かれる。 

「えっ……!? ちょっ、なぜ貴女がそれを……!?」

「ゆめゆめ、お忘れなきよう。では、失礼いたします」

 問い質そうとシリルに一礼すると、ローラは再び走り出した。
 追っても無駄、それを見せつけるかのような速度で。 






 











 海人達主従は、屋敷の中庭でのんびりと茶をすすっていた。 
  
「……のどかだなー」

「そうだな。こういう時間も悪くない」

「ここのところドタバタしていたから、余計にな」

 桜を象った和菓子を飲み込み、海人はぼやいた。
 今でこそのどかだが、今朝までは本当にドタバタしていたのだ。
 
 シリルの誕生パーティーがつつがなく終わったは良かったが、
その時に出したソース焼きそばのソースのレシピを是非教えてほしいと翌日からアンリの猛攻が始まった。

 が、海人としては教える気はなかった。

 あのソースは、かつて海人の父が生み出した偶然の産物。
 酔っぱらいながら様々な材料を使って製作し、そのまま封をして倉庫の隅に放り込み、
丸一年後に見つかった結果出来上がった物だ。
 いたく気に入った母にレシピを聞かれ、覚えてないと正直に答えてしまった父を助けるべく成分分析を行い、
その結果をもとに当時家にあった材料と父の朧気な記憶を手掛かりに辿り着いたのが、あのレシピ。

 実際は完全再現ではなくオリジナルより良い物を作ってしまったのだが、
母の機嫌が直り、しょぼくれていた父も元気になったので、海人としては結果オーライであった。
 三日徹夜した結果、見事に試食後熟睡する羽目にはなったが、いい思い出である。
 他人に譲渡する気にはならない程度には、思い出深いものなのだ。

 なのでバッサリと断ったのだが、流石エアウォリアーズ随一の交渉人というか、諦めが非常に悪かった。 

 金では動かせないと悟るや否や、迷わず希少品を提示してきたのだ。
 古代魔法帝国時代の書物やら、ユグドラシルの木片を加工したお香やら、
美容に良いという既に絶滅した魔物の脂やら、どこから仕入れたと言いたくなるものばかり。
 その品々の希少性と多様性は、海人をして思わず心動かされそうになった程である。 
 
 それらに加え、交渉術も手を変え品を変え忙しかった。
 物の価値を説明する話術は勿論、時に品を引き、時に品を増やし、時に日を改め、まさしく千変万化。
 脅しの類は一切使わなかったが、それでも対峙していた海人が感心するほどの腕だった。

 海人としても楽しめる交渉ではあったのだが、やはり疲労は大きかった。

「アンリ殿の攻勢は凄まじかったですからね……」

「だねー。ま、結局は制限時間の方が先にきたけど、あの粘り腰は見習うべきものがあるよね」

「度が過ぎたせいでルミナス達に殴り倒される羽目になってたがな」

 肩を竦め、海人は今朝の事を思い返す。

 アンリの出した条件はどれも魅力的だったが、海人を翻意させるほどではなかった。  
 それでも諦めずに交渉を続けようとしたところで、彼女の部下からストップがかかったのだ。
 道中で何か起きた時の事を考えると、そろそろ出発しなければならないと。

 意地になっていたアンリはそれを振り切ろうとしたのだが、
それを見越して呼ばれていたルミナスとシリルに殴り倒され、引きずられていった。
 
「つーか、シリルさんメチャメチャ強くなってましたよねぇ。
槍握っただけであそこまで変わるって、いまだに信じらんないんですけど」

「拙者は当然だと思うがな。シリル殿には剣術を振るう際独特のぎこちなさがあった。
技量自体は悪くないから長らく不思議だったんだが、あれほどの槍術の基礎と才を持ちながら剣術を振るっていたのなら、無理もない」

 不思議そうな妹に、刹那が答える。

 シリルの剣術は、決して悪くはなかった。
 剣士ではなく弓兵である事を加味すれば、破格と言えるほどに。
 その割に技量に見合わぬぎこちなさがあったのが、長らく疑問だったのだ。
   
 それを踏まえれば、シリルの激変は不思議でもない。

 群を抜いた槍術の才、そしてそれを活かしきれる堅牢な基礎。
 それは素晴らしい事この上ないのだが、反面体に染みつき抜けないという側面もある。
 
 そして、それは剣術を振るうにあたっては枷となってしまう。
 剣と槍では使い方がまるで違う為、槍の癖が抜けなければ無駄が多くなる。
 リーチ一つとっても、槍の適正な間合は剣では遠すぎるのだから。   
 
 それを膨大な戦闘経験と鍛錬で無理矢理補い続けていたのだから、槍を振るえば激変するのは当然。
 十年のブランクは大きいが、これまでの枷さえ外れればシリルの才はそれを埋めて余りある。
 
「おや、刹那は気付いていたのか」

「はい。とはいえ、まさか槍使いだとまでは思っていませんでしたが。
今思い返せば、確かにそれらしい片鱗は端々に出ていましたね」 

 我ながら未熟です、と付け加え肩を竦める刹那。

「そういや、槍で思い出したんですけど、結局シェリスさん達からシリルさんの槍については追及されませんでしたね。
報告していいって許可は出したんですよね?」

 不思議そうに首を傾げる雫。

 シリルが所持している槍は、聖槍。
 それは力を目の当たりにしたコグラスト三姉妹も分かっていたはずだ。
 海人からあの場で見た物の報告の許可を得ているので、シェリスに報告しない理由もない。

 にもかかわらず、シェリスが追及してこなかったのだ。
 力を発揮した聖槍などという話を、放置できる性格ではないはずなのに。 

「ああ。あの場で見た事に関して全て許可している。
が、あの槍の製作者が私というのは流石に結びつけられ――――ん? 
いや……まずい、あの時口を滑らせてしまったな。
しかも、彼女らなら外見でサイズがシリル嬢に合いすぎている事を見破っていてもおかしくない。
シェリス嬢はまだしも、ローラ女士が勘付かないというのは楽観が過ぎる」

 軽く、顔を顰める。

 直接的な内容を口にしたわけではないが、少し前に繋がりそうな内容を漏らしてしまった。
 まだまだ未熟なシェリスだけならば気づかず見落とす可能性もあるが、
ローラがいた以上その可能性は消えたと言っていい。

 こちらの性格を熟知し、まともな判断が出来る彼女らならそう厄介な事にはなるまいが、
出来れば秘匿しておきたい事を知られたのは好ましくなかった。

 が、疑問もある。

「しかし、そうなると今に至るまで追及に来ない理由が……どうした、雫?」
  
「な、なな何これ!? こないだのリレイユより――――」

 雫が慄き慌てている間に、ズドォン、という重々しい音が屋敷の門の方から響いた。

 それと同時に、大地が微かに揺れる。
 それを証明するかのように、海人の脇にあった湯呑が倒れた。
 海人は一瞬地震かとも思ったが、すぐにその考えを捨てる事となる。

 門の方から、今度は世界に響けとばかりに銅鑼の大音声が鳴り響いた為に。

「……し、雫? 気を抜いて察知が遅れた、な?」

 冷や汗をたらしながら、刹那が妹に確認する。
 お願いだから頷いてくれ、と祈りつつ。

 が、無情にも雫の首は激しく横に振られた。
 まき散らされる汗と涙が、それが嘘でない事を何よりも雄弁に物語っている。 

「嫌な予感しかしないが……出迎えんわけにはいくまいな」

 気合を入れるように頬を叩くと、海人はゆっくりと腰を上げた。

















  


 先程の音の主―――ローラを応接室に通した海人は、首を傾げていた。

 まず、来客はローラ一人。
 主君であるシェリスはいない。
 聖武具なんて大きな話なら、間違いなく顔を出しそうなものなのに。

 そして、ローラの服装が私服。
 白のシャツに黒のタイトパンツという、シンプルな服装。
 それだけに彼女の美貌が際立ち、かえって存在感を増している衣装だ。

 まるで、私用でここに来たかのようである。

(……これは、案外見落としてくれたか?) 

「本日は突然押しかけて申し訳ありません」

「いや、構わんよ。それで、用件は何かな?」

「まずは、万年筆の注文をお願いいたします」

「ん? それは構わんが、何かあったか?」

 思わぬ言葉に、海人は思わず首を傾げた。

 以前シェリスの屋敷に万年筆を卸してから、さほど時間は経っていない。
 補充が必要になるとは思えなかった。

「先日諸事情でいただいた万年筆を握り潰しそうになったので。
実用品を別に一本持っておきたいのです」

「……そ、そうか。どういう物が良い?」

 非常に含みを感じる言葉に、海人は若干どもりながらも問い返す。
 かすかな希望が完全に潰えた事を悟りつつも。
 
「出来れば、この場で実物を見て選びたいのですが」

「分かった。雫、確かそっちの棚に予備の万年筆一式を入れていたはずだ。
すまないが、持ってきてくれ」

 海人がそう言うと、雫は指示通り万年筆一式が入ったケースを持ってきた。

 ローラは自分に向かって開示されたケースの中身を数秒吟味すると、
紺色の万年筆を手に取り、海人に十万ルンを差し出した。

「これをいただきます」

「お買い上げありがとう。それで、他には何かあるか?」 

「ええ、また一週間ほど泊めていただけますか?」

「―――は?」

「実はまた休暇をいただきまして。折角ですので、一番くつろげるここで過ごしたいのです。
こういう機に距離を詰めておきませんと、貴方相手ではいつまでも進展しそうにないですしね」

「……諦めた方が、余程有意義だと思うんだがな」

 涼し気な顔で語るローラに、海人は静かに息を吐いた。

 前回の休暇から、まださほど時間は経っていない。
 ローラなら何年分もの休暇が溜まっていてもおかしくないが、
彼女の仕事量を考えれば、この短期間で再度の休暇など許可されるはずもない。
 ほぼ確実に強引な手段を用い、犠牲者も少なからず出ているはずだ。 

 それだけなら、まだいいと割り切れる。

 元々、ローラの仕事量と休日数が異常なのだ。
 主に現状を再認識させる為と考えれば、多少のおいたは許されるだろう。
 比喩でもなんでもなく、絶対に手放せない人材なのだから。

 が、海人にとって問題なのはその動機。
 無論別の動機もあるだろうが、先程の言葉からして私情が大きく入っている。
   
 一切の打算などなく――――海人の愛を手に入れたいという、純粋な私情が。

「それは私が決める事です。私の意思で、私の勝手で決めた事。
それで傷つく事になったとしても、自業自得でしかありません。お気になさらず」

「その言葉に甘えるのは、男として最低だろうが」

 健気とも言えるほどに真っ直ぐなローラの言葉に、海人は顔を顰める。
 その表情に苦悩の色をにじませながら。
 
「違います。貴方はしっかりと考えて意思表示をしようとした。
それを私が拒んだのですから、貴方に非がある話ではありません。
それで、返答は? 嫌でないのなら受け入れてほしいのですが」

「むう……」

 ローラの言葉に、海人は唸ってしまう。

 ローラの滞在が嫌か、と言われれば否だ。
 話は合うし、その在り方には敬意すら払っている。
 自分を愛してくれていると分かった今では、前程の緊張もない。
 むしろ、心情的には歓迎してもいいぐらいだ。

 が、ローラの事を思えば突き放すべきだろう。

 彼女の愛には、まず応えられないからだ。
 友情ならばいくらでも応えるつもりだが、愛には応えられない。
 互いの立場、在り方、なにより自分の臆病さがそれを許さないのだ。

 一方で、ここまで言ってくれる女性をただ拒否するのも不実に思える。
 せめて一度距離を近づけ互いをもっと知り、その上で拒むべきなのではないかと。

 どこまでも悩む海人に、ローラは静かに口を開いた。

「実利としても悪い話ではないかと。シリル様の槍に偶然ついてしまった機能。
それにまつわる貴方には観測できないであろう力について、私の知識はかなり豊富ですので」

「なっ!?」

「あえて語るつもりはありませんが、気が緩めば口が滑る事はあるかもしれません。
泊めていただければ接触が増え、より気が緩みやすくなると思いますが?」

「……メルヴィナ女士から、一歩間違えれば死に至る力と聞いた。
ならば、君が口を滑らすとはとても思えん」

「力それ自体についてはその通りです。ですが、申し上げたはずです。私の知識はかなり豊富だと。
あの力が強く影響する貴方が作った金属についても存じ上げておりますし、その性質についても然りです。
そしてその程度の知識であれば、口を滑らせたとしても危険はありません。
付け加えますと、おそらくカイト様がまだお気付きでない性質もあるかと思われます」

「……そこまで奮発してまで、か」
 
 反論をやんわりと否定したローラの言葉に、海人は天を仰いだ。

 要するにローラは、泊めて接触を増やしてくれれば情報を教えると言っているのだ。
 聖武具にまつわる力それ自体は危険なので教えられないが、海人の開発した金属についてであれば問題ないと。
 おそらく、極めて貴重かつ希少な情報であるはずなのに。
 
 海人ともっと関係を深めたい、それだけの為に迷いもせずそんな手札を切ったのだ。

「奮発したかどうかは、カイト様次第ですが」

 意図を悟った海人に、ローラは淡々と返す。
 その声音に、かすかな期待の響きを乗せながら。

「―――――分かった。そこまで言うなら、もう何も言うまい。
接触が増えた事で、かえって幻滅するかもしれんがな」

「それならそれで構いません。では、これから一週間よろしくお願いいたします」

 負け惜しみのような海人の言葉に、ローラは動じる事もなく静かに返した。
 その声音に、どこか楽し気な響きを乗せながら。



コメント

短っ
[2017/06/05 04:12] URL | #SFo5/nok [ 編集 ]


ローラさん再び! この時を待ってました!
海人と彼女の組み合わせが一番好きですので……
もはや二人のために読み続けてる言っても過言ではないくらいに!

次の更新をお待ちしておりますうううう!
[2017/06/05 06:19] URL | #- [ 編集 ]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2017/06/05 12:57] | # [ 編集 ]

感想
更新楽しみにしています。ローラさんは相変わらず怖いですね。
[2017/06/05 22:22] URL | ロボット三等兵 #- [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2017/06/06 01:45] | # [ 編集 ]


ローラ派の自分にとって俺得な展開ktkr
[2017/06/06 20:41] URL | #- [ 編集 ]


う~む、あの槍についての秘密かぁ…気になると言えば気になりますなぁ…。
そして、ローラの過去も気になりますね。まあ、傭兵か冒険者をしていた時期があるというのは予想がつきますが……
またもやローラが泊まる…ルミナスが知ったら焼きもち焼きそうですね(笑)

追伸
知恵の輪等知的なアイテムの話はいかがでしょうか?
[2017/06/06 21:01] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


楽しみにしてました!
いやっほぃ!
ローラさんきたぁー!
[2017/06/07 11:33] URL | #- [ 編集 ]


なるほど、ローラなら伝説武器のオーダーメイドの対価を払えますわな。

恋愛としては玉砕するとしても、雇い主シェリスを介さない個人的な友誼をカイトと結んでおくに越したことは無いわけで。

いち読者としては、カイトはいろんな意味で奥さんが独り占めできるような人物におさまらないと思うので、ルミナスにはカイトとある意味相性悪いような気もするんですよね……というかローラと違ってまともな恋人候補いくらでもいるだろうし、ルミナスよりローラを応援してます。

[2017/06/07 19:35] URL | #- [ 編集 ]


んー……これ、ローラのオーダーメイド対価としては、素材情報だけだと足りないよね。
「素材情報+城塞王本数冊+聖武器破壊目処たった後」でトントンかなぁ……。(例の食材もプラスかな)
その上で、雫や刹那には同等以上渡さないと、護衛としてダメな気がする。(前の話的に)
あくまでローラは身内カテゴリではないわけだし、身内確定のルミナスでさえ人生の数年削ってやっとだしなぁ……。
[2017/06/17 02:52] URL | 級 #- [ 編集 ]


ローラさんキターーーーーーーーーーーーー!
これは、記念すべき100話でローラさんのデレを見られるのか!?
続きが楽しみで死にそうです!!
[2017/06/26 20:38] URL | ローラ好き #Ypu6lp9k [ 編集 ]


ローラさんの出番きた!
ううっ…ありがてぇっ…
感謝っ……!圧倒的感謝っ……!

距離を詰めるってことはキスより先に進むってことですよね!既成事実ですね!
ただいまの決まり手は寄り切り。寄り切ってローラの勝ち!

[2017/06/27 23:10] URL | #pYrWfDco [ 編集 ]


ずっとROMでしたが、つい。ソースが繋ぐ親子再開とか楽しみすぎ更新が待ちきれない!
[2017/06/28 09:25] URL | ぷー #- [ 編集 ]


遅ればせながら99話読ませていただきました。
ニヤニヤが止まりませんでした。
ローラさん、一週間と言わず、永久就職しちゃいなよ!
[2017/07/04 23:51] URL | #- [ 編集 ]


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