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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄157


 翌朝、海人の屋敷の厨房。

 そこは食材を抜きにしても、設備が立派過ぎる程に整っている。
 術式盤を用いた複数の冷蔵庫や冷凍庫に加え、大勢の人間が同時に仕事できる調理場。
 本来なら数十人単位の食生活を賄う場所なので当然だが、
それだけにたかが四人の住人が使うには広すぎ、時として寒々しささえ感じる。

 が、現在はそんな物を感じさせない程、温かい空気が流れていた。

「せつなおねーちゃん、みそらなにすればい~い?」

「ふふ、この卵をまぜまぜしていただけますか?」

「は~い!」

 刹那から大量の卵を割り入れたボウルを渡された美宙は、元気よく返事をするとそれを混ぜ始めた。

 美宙はその身長ゆえに踏み台を使っているが、その動きに危なっかしさはない。
 習った重心の安定をあらゆる動きに応用し、外見に似合わぬ安定感で卵を勢いよくかき混ぜている。
 そればかりか『まっぜまぜ~♪ まっぜまぜ~♪』なんて歌いながらリズムを取る余裕すらあるほどだ。

 それを横目に見ながら、刹那は手元にある卵を溶いてそこに出汁を注いで混ぜていく。
 卵はカナールで買ったレインバードの卵、出汁は海人が創造魔法で作った合わせ出汁。
 これを合わせて焼き上げた物に、大根おろしと醤油を合わせて食べる。
 この組み合わせこそが、一番刹那の好みに合った卵焼き。
 そして、海人好みの卵焼きでもある。

 ゆえに今までは卵焼きと言えばこれだけ作ればよかったのだが、今は違う。

「せつなおねーちゃん、これでい~い?」

「ええ、ありがとうございます。とてもお上手ですよ」

 刹那はそう言って美宙に微笑みかけると、優しい手つきで彼女の頭を撫でた。


 そしてちょっと誇らしげにしている美宙から受け取ったボウルに、かえしと少量の砂糖を放り込むとそれを焼き始めた。   
 砂糖が入っている分焦げ付きやすくなっているのだが、手慣れた様子で巻いては卵液を注ぎを繰り返し、巻き上げていく。
 
「良い匂~~い♪」

 くんくんと鼻をひくつかせ、うっとりとした表情になる美宙。
 この際アニメで見た下から頭を掬い上げるような動きを真似ているのだが、やはりその重心は不動。
 さして広くもない踏み台の上にもかかわらず、安定感抜群であった。
 
(……本当に、この短期間で凄まじい成長ぶりだな)  

 横目に確認した美宙の様子に、刹那はそんな感想を抱く。

 美宙が武術の型を教わり始めて、まだ間もない。
 普通の子供であれば、一応の動きをなぞるのが精一杯な頃だ。
 それが美宙はまだ未熟ではあるものの、淀みなく動きをなぞり、学んだ重心の安定を生活に応用している。

 その恐るべき才に若干嫉妬を覚えなくもないが、だからこそ教え甲斐がある。
 そんな事を考えていると、美宙が唐突に踏み台を降りてとことこ歩き始めた。

「美宙殿、遠くへ行っては駄目ですよ?」

「はーい!」

 刹那の注意に元気良く返すと、美宙はそのままてくてく歩いていき、厨房の入口から廊下へと首を出した。

「しずくおねーちゃん、なにしてるの?」

「もぐもぐ……んっふっふ、つまみ食いだよ」

 ごくりと卵焼きを飲み込むと、雫はどこか自慢げに次の一切れを頬張る。

 実に、美味い。
 香ばしくも甘い香りもさる事ながら、中に含まれた汁が格別。
 噛むまでもなく滲み出る甘じょっぱく旨味たっぷりの汁は、一噛みすれば一気に溢れ出る。
 すると暴力的な旨味と共に食べる前から食欲をそそっていた香りが一気に強まり、陶然とするほどに美味い。
 なにより、普段なら運んでいる間にある程度冷めてしまう物が、焼き立て熱々。
 これで美味くないはずがない。

 そんな御満悦で卵焼きを堪能する雫を見ながら、美宙は首を傾げる。  

「しずくおねーちゃん、つまみぐいってわるいことじゃないの?」

「もちろん悪い事だよ~? だからおうちの外では絶対やっちゃ駄目。
でも、だからこそ美味しいのです。はい、あ~ん♪」

「あーん♪ はぐはぐ……おいし~♪」

 卵焼きの味に、花が咲くような笑顔になる美宙。
 その反応に雫は一度満足げに笑うと、これ見よがしな仕草で自分の顔を手で覆った。

「たしかにつまみ食いはやっちゃ駄目な事!
でも、本当の出来立てはつまみ食いでしか味わえない……!
折角の美味しい料理を最高の状態で食べないなんて、あたしには耐えられないっ……!
だからこそ、悪い事と知りつつもやってしまう! これを罪の味といいます♪」

「おお~~~っ」

 ぱちぱちぱち、と拍手する美宙。
 それに対し雫が仰々しく右手に胸を当て一礼したところで、

「そうだな。が、罪が見つかれば当然罰を受けるものだ」

「…………おねーさま、いつからそこに?」

 ギギギ、とぎこちなく背後を振り返る雫。
 そこには言い知れぬ迫力を纏った刹那が、腕組みをして仁王立ちしていた。

「つまみ食いの魅力を高らかに語り始めた時からだが、最初から会話は聞こえていた――――さて、覚悟はいいな?」

「……ちなみに、何をなさるおつもりで?」

 腕組みを解いた刹那に、後退りしつつ問いかける雫。
 
 質問してはいるが、予想はついている。
 腕組みを解いた刹那の手が、拳骨ではなく平手なのだ。
 そこからこの状況で下される罰は、雫の経験上一つしかない。

 そして案の定、雫の予想通りの返答が刹那から返ってくる。

「最近拳骨ばかりだったからな。久方ぶりにこれにする。無論、回数は変わるが」

「お慈悲とか容赦とか……」

 じり、とさりげなく後退しながら、雫の頬を冷や汗が伝う。

 予想通りではあるが、最悪だ。
 たしかに、刹那の拳骨は罰としては強烈すぎるぐらいに痛い。
 雫をして衝撃の逃げ場を与えない状況を作るか、衝撃を緩和してなお骨身に響く威力を出すか。
 いずれにしてもその威力はかなりのもので、慣れている雫も回復に時間がかかる。

 が、今から刹那が執行しようとしている罰は、それ以上にキツい。

 その瞬間のダメージこそ拳骨より軽いが、あれは痛みが持続する。
 むしろ少し後になるとダメージが激増し、悶え苦しむのだ。
 
「海人殿の前でやらぬ事が最大の慈悲だろう?」

「戦略的撤退っ!」

 不吉な姉の笑顔に、雫は即座に身を翻して全力疾走を開始した。

 傍で見ていた美宙からすると、それは芸術的神技。
 右を軸足に回転しつつ左で床を蹴り、加速しながら身を翻す。
 それにより、本来大きなロスとなるはずの方向転換の時間が大幅に減少。
 一連の動きが全て流れるように美しく、正面を向いていた雫がいつの間にか背後に全力疾走していたかのような錯覚を感じさせる。
 こんな動きができるのか、と思わず美宙は感動してしまった程だ。
 
 が、その直後に起きた現象による衝撃は、それをはるかに上回った。

「殊勝だな。自ら罰を受けやすい態勢になるとは」

『は……?』

 雫の真横で語る刹那に、思わず雫と美宙が揃って呆けた声を漏らす。

 その硬直とすら呼べぬ一瞬の間に、刹那は床を蹴ろうとしていた雫の足を払った。
 いかな超人といえど、両足共に地面から離れては宙を舞う他ない。
 魔法を使おうにも、その暇すらない早業なのだから。

 そして刹那は信じがたい速度で雫の腰の帯を解き、袴を下着ごとずり下ろした。
 肌艶の良い雫の尻が見事に露出した直後、

「みぎゃーーーーーー!?」

 スパァン! という軽快な音と同時に雫の絶叫が響き渡った。

 刹那による、超高速の尻叩き。
 あまりの高速ゆえに、本来連続すべき音が一度に聞こえる絶技。
 そんな物を繊細な尻に叩き込まれては、雫といえどたまったものではない。

 その痛みに思わず尻を抑えようとした雫の手よりも先に、刹那の手が動く。
 ずり下ろした下着と袴を元の位置に戻し、簡易的ながら手早く帯を結び直した。
 万一にも海人に尻を見られるような事態は起こすまい、という気遣い。
 罰を与えても不慮の事故は起こさない、そんな姉の愛が感じられる。

 とはいえ、刹那が気遣ったのはそこだけであった。

「あだぁーーーーーっ!?」

 雫の先程とは違う質の悲鳴が廊下に響き渡る。

 足を払われただけなら、着地に問題はなかった。
 手足の反動と体幹で強引に体を引っ張って時間を稼ぎ、そこで態勢を立て直すだけ。
 組手で散々やっているので、慣れたものである。

 が、久方ぶりの超高速尻叩きの激痛に加え、強制脱ぎ着による態勢の崩れ。
 そこに思わず尻を押さえようとしてしまったタイムロスまで加わっては難しい。
 衝突の際首にかかる負荷を最大限抑えるのが、せいぜいである。

 結果、雫は床に顔面をすりおろすかの如く激しく突っ込み、そのままゴロゴロと転がっていく羽目になった。
 顔面着地は不可避ながらも、首への衝撃を最大限逃そうとした結果である。
  
 一応見た目の割にダメージは少ないのだが、それは見る者が見ればの話。
 生まれたばかりの幼子には、衝撃恐怖映像でしかない。
 
「あわ、あわ、あわわわわ……」

「さて、美宙殿もお仕置きです。雫に誑かされたとはいえ、悪い事と承知で食べてしまったのですから」

「ぴいぃぃぃぃっ!?」

 雫に一瞥もくれずゆっくり歩み寄ってくる刹那に、美宙は思わず悲鳴を上げた。
 腰が抜けて立てないながらも、両手で必死にずりずりと後退っている。

「――――と、言いたいところですが、最初ですので今回だけは大目に見ましょう」

「……ホント?」

「嘘は申しません。が、次につまみ食いをすれば、美宙殿もああなります」

 言いながら、廊下の先に転がっている雫を指差す刹那。

 ほあっ!? ほあーーっ!? と涙目で叫びながら、のたうち回る姿。
 痛みから逃れんとばかりに身をよじっているが、逃れられるはずもなく尻から響く痛みに悶えている。
 しかも尻に何かが触れるだけでも痛みが増えるらしく、最初に尻を押さえようとした手は万歳で伸ばされ、
袴すらもなるべく尻に触れぬよう苦心している様子が窺える。

 ついには袴を脱いでダメージを減らそうとさえしたが、直前で手が止まった。
 廊下の奥から、海人がやってくる気配を察知してしまったがために。

 万策尽きて年頃の少女らしからぬ声で呻き始めた雫を見て、美宙はブルブル震え始めた。    

「分かりましたか?」

「ひゃいっ!」

 にっこりと、迫力ある笑顔で念押ししてきた刹那に、美宙はどもりながらも大きな声で返事を返した。

 

















 朝食後、海人は尻の痛みに悶えっぱなしの雫の苦悶を聞きながら、苦笑していた。

「はっは、相当痛いようだなぁ、雫」

「笑い事じゃないですよぅぅ……」

 尻を押さえながら、半泣きで抗議する雫。

 久しぶりの尻叩きだったが、かつて受けたそれより数段パワーアップしている。
 昔は座る事さえ諦めれば、かなり楽になったのだが、今はそれでもとても痛い。
 空気椅子で朝食を食べていた時でさえ、ジンジンと涙が出そうなぐらい痛かった。

 本当なら部屋で大人しくしていたいところだが、下手に動くとまた痛みが増すので、この場でジッとしているのが最善だった。

「しずくおねーちゃん、だいじょうぶ?」

「ふっふっふ……痛いけど雫お姉ちゃん強いから大丈夫だよ! 
でも、ちょっとしばらくはお外で遊ぶの無理かなー……」

「ん、みそら、おうちであそぶからだいじょーぶだよ!」

「ま、美宙もこう言ってるし、しばらく大人しくしておく事だ」

 そう言うと、海人は用意していた彫刻用の道具を手に取った。

 そして樫の木片を手に取ると、それを眺めて何事か考え始める。
 そのまま木目を観察しながら指を動かし、何度か首を横に振り、最後に一度首を縦に振ると、作業に取り掛かり始めた。

 そんな父の様子に美宙が興味を持ち、トコトコ歩み寄ってくる。
 
「おとーさん、なにしてるの?」

「これはな、彫刻を彫っているんだよ」

「ちょーこく?」

 こてん、と首を傾げる美宙。

「これでこういう木とかを削って、色々な物を作るんだ。
ま、しばらく見ていなさい」

「はーい!」

 元気よく返事をした美宙の頭を優しく撫でると、海人は彫刻を再開した。

 小さな木片が、みるみるその形を変え始める。
 彫刻刀が動くたび、まるで邪魔な木くずを払うかのように曲面が生まれ。
 生まれた曲面を再び彫刻刀が撫でる度、粗かった表面が滑らかになっていく。
 
 海人がそれを幾度か繰り返したところで、美宙が声を上げた。 

「あ、ねこさん!」

「正解だ」

 見事言い当てた美宙に、優しく笑いかける海人。

 その間にも海人の手は止まらず、どんどん猫の姿を彫り上げていく。
 頭からぴょこんと立った、おしゃまな印象の猫耳。
 どこかとぼけた印象のある、円らな瞳。 
 ぐ~っ、と伸びをするしなやかな体。

 それがみるみる姿を現し始める。 

「わぁ~……! すっご~いっ!」

 凄まじい勢いで彫刻が彫り上げられていく様に、美宙は思わず感嘆の叫びを上げた。

 最初は、積み木よりも小さな木片だった。
 それがあれよあれよという間に削られていき、可愛らしい猫の形に。
 そして滑らかなそれの表面を、ちょこちょこと削っていく事で、毛並みが出来上がっていく。
 その毛並みは本当に柔らかそうで、触るとフワフワしてるのではないかと思わせる程。

 最後に仕上がり具合を一通り見直すと、海人は満足げに頷いた。 

「これでとりあえず完成だな。こうやって、自分の好きな形にするんだ」

「おもしろ~い! ね、ね、おとーさん! みそらもやってみたい!」

 好奇心に目を輝かせ、海人におねだりする美宙。
 予想以上に食いつきの良い美宙に苦笑しつつ、海人はそのお願いに首を縦に振った。

「もちろんいいとも。ただ、刃物を使うと怪我をするかもしれない。
だから、今から言う事をちゃんと守れると約束できるなら、だ」

「はーい!」

 美宙が元気に返事をすると、海人は彼女の目を見て注意事項を述べていく。
 
 刃物は危険なので、自分の方には向けない事。
 もし削りにくくなっても、無理に力を入れない事。
 作業の手を止める時は、一度彫刻刀を置く事。

 その他にも色々と注意をした上で、美宙がそれをちゃんと覚えたか確認していく。
 流石というべきか、美宙は一度言われただけでそれらを全部復唱してのけた。

「――――よろしい。それじゃ、やってみようか」

 そう言うと、海人は用意しておいた美宙用の彫刻セットを彼女に手渡した。

 どれも美宙の小さな手に合わせた、完全オーダーメイド。
 持ちやすく、滑りにくく、彫りやすい、極めて高性能な彫刻刀のセット。
 ローラからの依頼を受けた時に急遽作成した物ではあるが、性能面の妥協は一切ない。

 そんな新品ピカピカの道具を手に意気揚々と美宙は彫刻に取り掛かったが、

「……みゅ?」

 やり始めてすぐ、首を傾げた。

 なんだか、思ったように彫刻刀が動かない。
 思わずうにに、と力を入れそうになるが、すぐさま父から制止が入る。
 少しずつならある程度思い通りに動くのでそうしてみるが、それでも形が歪んでしまう。
  
「むう……」

 上手くできない事に不満を抱きつつも、美宙は彫り続ける。

 苦心してどうにか猫の頭っぽい物は出来たが、不格好。
 両目が顔の半分近くの面積を占有し、口も尖りすぎて犬のよう。
 特に目立つ口の出っ張りを削ってみるが、まったく思い通りに削れない。
 そうして何度か繰り返しているうちに、口と呼べる部分が消えた。

「うにゅう……」

 めげずに美宙は体の部分を彫り上げていくが、これはもっと上手くいかなかった。
 綺麗な形にしようとすればするほど形が歪み、どんどんおかしな物になっていく。
 それでも頑張って彫り進めていくが、ついぞ思い通りに彫る事はできなかった。  
 
 そして美宙は彫刻刀を置き、自分が彫り上げた彫刻をしばし眺めると、

「ううう~~~っ! おとーさんみたいにできない! で~き~な~いぃぃぃっ!!」

 半泣きで、じたばたと手足を振り回し始めた。

 美宙の手にある彫刻は、彫刻と呼ぶには粗雑すぎる出来で全体的に不格好。
 毛並みはさながら逆立った鱗、顔は丸みがなく猫耳らしき部位のおかげでかろうじて猫っぽく見えるだけ、手足にいたっては長さも不揃い。
 父の彫り上げた可愛らしい猫とは、似ても似つかぬ物体であった。

「はっはっは、美宙。初めてなら当然だ。
お父さんもやり方を考えて、練習して、ようやくこうしてできるようになったんだよ」

 暴れる美宙を抱き上げながら、海人は優しく諭した。
 しばらく暴れ続けていた美宙だが、その柔らかい抱擁に、次第に勢いを弱めていく。

「……みそらもできるようになる?」

「頑張れば、きっとな。もう一回やってみるか?」

 美宙の目を見つめながら、問いかける海人。
 その目には、優しさと同時に己の言葉への確信が宿っていた。

 実際、海人からすれば美宙の彫刻はむしろ上出来なのだ。

 なんせ、美宙にとって初めての彫刻。
 上手くできないなぞ当然だし、猫っぽい形を整えられただけでも上々。
 海人が最初にやった彫刻よりも出来は悪いが、始めた年齢に乖離がありすぎる。
 あるいはその当時の自分であれば、美宙に負けん気を燃やしていたかもしれない。
 
 そんな海人の思いを感じ取ったのか、美宙は気を取り直すように涙をぐしぐし拭った。

「……うん!」

「良いお返事だ。ただ、もう一度やる前に、少し考えてみようか」

「かんがえる?」

「そう。美宙はお父さんの真似をしたが、違う物が出来た。
なら、どうしてそうなったのか考えてみれば、違いは小さくできるだろう?」

「なるほどー……おててのおーきさがちがうから?」

 ちょっと考え、美宙が思いついた答えを返す。
 が、海人はちっちっち、と人差し指を横に振った。

「それもあるが、他にもあるぞ~?」

「うーん、うーん……」

 悪戯っぽい顔で尋ねてくる父に、美宙は再び頭を悩ませ始める。
 が、考えてもこれという答えが出てこず、父におねだりする事にした。

「おとーさん、ひんとちょーだい!」

「ヒントか。そうだな……ちょっと待ってなさい」

 海人は数秒考えると、手近にあった木材を加工し始めた。

 あっという間に小さな玉と同じ直径の円盤が出来上がり、
続いてそれを綺麗にはめ込める板が出来上がった。

 そして、板にはめ込んだ球と円盤にそれぞれマジックで一本の線を引く。

「さて、美宙。こっちとこっちの線の違いが分かるかな?」

「こっちはくりんっ、てしてて、こっちはまっすぐ!」

「そうだな。では、こうするとどうかな?」

 そう言うと海人は球を回転させて、描かれた線を美宙の正面に向ける。
 すると、美宙から見れば円盤に書かれた線と同じ長さの直線となった。

「あ、ちょっとちがうけどおんなじ!」

「そう。これがヒントだ。考えてごらん」

「うみゅー……? あ、わかった!」

「言ってごらん?」

「ぺったんこなとこにかくのと、まんまるなとこにかくのだと、ちがう!
だからおとーさんのうごきも、こっちからみただけじゃあんまりわかんない!」
 
「正解だ。美宙は賢いなぁ~~♪」

「えへへ~~♪」

 うりうりと可愛がってくる父に対し、嬉しそうに胸を張る美宙。
 そんな親子のやり取りに対し宝蔵院姉妹は一瞬首を傾げていたが、

「……ああ、なるほど。美宙殿は面だけで模倣し、立体的な視点、というか認識がなかったという事ですね?」

 刹那が、一足早く解答に辿り着いた。
 そんな姉の言葉に、雫も納得した顔で小さく頷く。

 彫刻とは、絵画とは違い立体を作る作業だ。
 当然そのための動きも立体的な要素が強くなり、模倣するにもその視点が重要になる。
 
 が、美宙は海人の手元を一方向からしか見ていなかったので、模倣のための情報が足りなかった。
 無論遠近感や手の角度などから立体の類推は可能だが、美宙にそんな事を望むのは酷だろう。

「その通り。まあ、だからと言ってすぐに真似できるわけでもないだろうが、
そこを理解していれば練習の効率は大きく変わる」

「じゃあ、おとーさん! もっかいやって!」

「いいとも。言ってくれれば手を止めるから、しっかり見るんだぞ?」

 可愛らしくおねだりする娘に笑顔を返すと、海人は再び彫刻に取り掛かった。
 自分が盛大にやらかした事に、気付かぬまま。 



















 二日後の夜。レザリア・ハーロックの自室。
 そこで、部屋の主はまったりとしていた。

「ん~……毎度の事ながら、有意義な時間だったねぇ……」

 ベッドでごろ寝しながら、レザリアはそんな事を呟く。

 思い出すのは、今日受けてきた海人の授業。
 毎度毎度思う事ではあるが、あれは本当に素晴らしい。
 
 特に素晴らしいのは、思考力を求められる内容。
 魔法学であれば、習った理論を元に構築した術式の穴埋め問題。
 数学であれば、その数式はどう使い、何の役に立つのか。
 単に知識を叩き込むのでなく、自らの手で問題を解かせる事でそれを定着させる。

 しかも難度が絶妙で、軽くは解けないがしっかり考えれば解ける内容。
 生徒一人一人の理解度や理解力を分析し、それに合った問題を即興で作ってくれるのだ。
 しっかり頭を使う事で知識が強く定着し、頑張って解いた事で自信も得られると良い事尽くめ。
 一分野ではなくありとあらゆる分野でこれをやれるのは、海人以外には存在しないだろう。

 が、単なる暗記においても、海人の教授能力は怪物じみている。

 本人は覚えるのに苦労した事が無いらしいが、そうとは思えない程に上手い。
 歴史であれば、暗記すべき内容と共に覚えやすく要約した当時の情勢などを教える。
 すると、不思議な事にどこかしら失念しても全体を思い出している間に、ポンと思い出す。
 これだけでも凄いのだが、そもそも海人に教わった事は忘れる事があまりなく、もし忘れてもすぐに思い出せる事が多い。
 教える合間に紛れ込ませる海人の冗談や豆知識などが印象深く、教わった時の事を少し思い出すと何かしら引っかかってそこから記憶を引きずり出せるのだ。
 
 他にも数多知識を刻み思考力を鍛える工夫が凝らされており、毎回満足感が凄まじい。
 なんせ自分が賢くなったという満足感だけでなく、それに伴った実力も付けられている。
 
 天才共に囲まれて生きてきたレザリアとしては、一種麻薬じみた楽しさがあるのだ。

「楽しかったようで何よりだわ。それで、カイト様の娘さんはどうだった?」

 紅茶を一口啜り、メイベル・ハーロックが問いかける。

 メイベルが狙っている海人にいつのまにやら娘が生えてきた。
 それはいいのだが、メイベルとしてはきちんと把握しておきたい。
 あるいは海人本人よりも、娘との交流を深めてからの方が攻めやすいという事もあるかもしれないからだ。 
 
 無論、美宙の情報自体は屋敷で共有している。
 海人が最重要人物扱いになっているので、美宙もそれに準じているのだ。

 が、接した人間それぞれの印象や分析をまとめて書面にしたそれはある程度信が置けるものの、完全ではない。

 なにしろ、文章にしてしまうとどうしても微妙な点が抜けてしまう。
 言葉にしきれぬ要素もあるし、文字だけ見ればその通りだが微妙に違う、なんて事もある。
 その辺りを多少なりとも補完するには、実際に接した人間から話を聞いた方が良いのだ。

 無論最善は自分が直接会って確かめる事だが、生憎メイベルの授業日はまだ遠い。
 なので、美宙と会った中でも特に思考を理解できる人間――親友であるローラや妹であるレザリアに話を聞いているのだ。

「超良い子だけど、才能溢れすぎて末恐ろしすぎる子、かなぁ?」

「……そこまで?」

「そこまでだよ。あの年で重心の安定が凄すぎるし、動きに無駄がない。
下手するとガングラールの戦い終わった直後のあたしぐらいかもね」

 休憩時間中ちまちま駆け回る美宙の姿を思い出し、レザリアは小さく肩を竦める。

 美宙の好物だというアーモンドチョコをお裾分けしてくれたのだが、これが凄かった。
 これでもかとアーモンドチョコをてんこ盛りにした皿を頭の上に掲げていたのだが、その山が崩れないのだ。
 とてとてと小走りしていたのに、その間まったく山が崩れる事無く各テーブルを回っていた。
 アーモンドチョコと交換で貰った菓子を加えた状態でも、なんら変わらぬまま。

 一緒にいた後輩達共々、その戦慄を押し隠すのは一苦労だった。     

「かなり過大評価入ってるとしても、それは凄いわね」

「あとはこっちの方はまだ分からないけど、それでもかなり賢いんじゃないかな。
まあ、所詮お子様と言えばお子様だけど、可愛いよね~」

 言いながら、こんこんと自分の頭を指でつつくレザリア。
 その顔には、なにやら楽しそうな笑みが浮かんでいる。 

「何かあったの?」

「ミソラ様、お父さんが大好きみたいでね。
休憩時間終わってもカイト様から離れたくなくて、全身でしがみついたんだよ」

「あら可愛い。でも、賢さとは関係ないんじゃない?」

「それがねぇ……カイト様の背中で、白衣と服握り込んでたの。
これならくすぐれないもん、って鼻息荒くしながら」

「ふふ……なるほど。カイト様相手なら上手い手ね。で、誰かが引き剥がしたの?」

「いやーそれがねー……セツナ様がお尻ぺんぺんって言ったら、凄い速度で離れてったんだよね」

 くっく、とその時の事を思い出し、レザリアが笑う。

 その時、海人は美宙の対応に困っていた様子だった。
 背中にしがみつかれた状態では、力尽くで引き剥がすのも容易ではない。
 服を脱いで逃げようにも、白衣とその下をしっかり掴まれていては、うら若き女性陣の前で上半身裸になる。
 それで反応する人間などあの場にはいなかったが、海人の良識的に難しかったのだろう。

 そうして海人が十秒ほど悩んだところで、部屋の隅で佇んでいた刹那が動いた。
 海人の背中に回ると、美宙のお尻に手を振って風圧を与え、そして宣言したのだ。
 どうしても御父上との約束を破るのであれば、お尻ぺんぺんですよ、と。 
 
 直後、美宙は父の背中から手を放し、凄まじい速度でテーブルの下に逃げ込んだ。
 プルプル震えて刹那の様子を窺いながら、それでもすぐに逃げられる準備をして。 

「凄い反応ね。セツナ様、よっぽど怖がられてるのかしら?」

「いんや。多分怒ると怖いって知ってるだけだと思う」

 面白がるように笑うレザリア。

 お尻ぺんぺんへの反応はアレだったが、美宙は刹那を慕っているようだった。
 なんせ部屋の隅で気配を薄れさせている彼女の元に行って、わざわざチョコのおすそ分けをしていたのだ。
 刹那も刹那でそれを受け取る時は表情を緩め、礼を言って美宙の頭を撫でていた。

 良好な関係である事は、間違いないはずだ。

「なるほど。他には何かあった?」
  
「ん~、特には……あ、ちょっと気になる点はあったかな?」

「あら、どんな事?」

「ミソラ様じゃなく、カイト様達の方なんだけど、珍しく疲労が見えたんだよね。
あんだけ聞き分け良い子なら、そこまで疲れそうには思えないんだけど」

 むう、と首を傾げるレザリア。

 隠してはいたが、今日の海人達には疲労が見えた。
 特に刹那と雫が顕著で、体力限界まで突っ走った所でドラゴンと戦ったかのような疲労具合。
 隠し方が上手く変装術の一環で人間観察に優れているレザリア以外は気付いていなかったが、気のせいではないと確信していた。

 が、理由が分からなかった。

 慣れぬ子守で疲れるのは分かるが、美宙の聞き分けはとても良い。
 授業の時にちょっと駄々をこねはしたが可愛い範囲だし、それですら刹那の鶴の一声で解決。
 普通の子供に比べれば手間はかからないだろうし、三人がかり、それも二人は体力に優れた超人という条件でそこまで疲労するとは考えにくかった。 

 そんなレザリアに対し、メイベルが呆れたように溜息を吐いた。

「はぁ……レザリア? どれだけ良い子でも、子供は子供よ?
好奇心は強いはずだし、あそこの裏は一定範囲は魔物がいなくなってるとはいえ、それでも多くの魔物がいる森。
カイト様の性格を考えれば、全員常時気を張りっぱなしでもおかしくないじゃない」

「あー……なるほど。でも、そうなると結構負担ヤバいんじゃないかな。
子守の手伝いできるようなのとなると――――姉さんぐらいか。調整厳しそうだなぁ……」

「ふふ、他にも一人いるわよね?」

 一瞬言い淀んだ妹の言葉を、からかうような口調で追及するメイベル。
 それに対し、レザリアは苦々しい顔で吐き捨てた。

「……ミソラ様相手なら問題は起こさないだろうけど、適任じゃないでしょ。
少し懐かれやすいだけで、扱いが上手いわけじゃないんだから」

「あらそう? ま、いずれにせよそっちの心配はいらないでしょうね。
三姉妹が演奏会でカイト様の屋敷に行くの、もうすぐだもの」

 妹の怒気を軽く受け流し、話を続けるメイベル。
 飄々としたその言葉にレザリアは毒気を抜かれ、直後首を傾げた。

「……ん? あの三馬鹿に子守なんて……いや待った。いくらなんでもやらないでしょ?
原則ロー姉から禁じられてるし、そもそも切り札の一つだし」
 
「音楽楽しませるのに、あの三人がそんなこと気にすると思う?」
 
「……音楽絡むと命知らずだもんねぇ、三馬鹿」

 説得力抜群な姉の言葉に、レザリアはそっと溜息を吐いた。  




























 数日後の朝。コグラスト三姉妹は海人の屋敷に向かって、全速力で駆け抜けていた。

「ふはははははっ! ついに、ついにこの日が来た!」

 タチアナが、魔物を火炎魔法で燃やしながら、駆ける。

「あはははははっ! 嫌がらせみたいな仕事量を駆逐し!」

 ナンシーが、魔物に雷撃魔法を叩き込みながら、駆ける。

「ははははははっ! 体調に影響が出ないギリギリで練習重ねたその成果!」

 チェルシーが、魔物を突風魔法で吹き飛ばしながら、駆ける。

『とくとご覧に入れましょうっ!!』

 唱和しながら、ひたすら駆ける。
 それぞれが背負った楽器の山に、極力負担をかけぬようにしながら。
 血走った目で平原を駆け抜けるその姿は、下手な魔物よりも恐ろし気だった。
 
 そのまま走り続け海人の屋敷の門に辿り着いたところで、呼び鈴代わりの銅鑼を鳴らす。
 しばらくして海人と美宙が門を開けて出てきたところで、三人は唱和しながら一礼した。   

『我ら楽団三姉妹! 御用命により、ただいま馳せ参じました!』

「三人とも、よく来てくれた。この子が、娘の美宙だ」

「はじめまして! ミソラ・テンチです!」

 元気よく挨拶すると、美宙はぺこり、と頭を下げた。
 その動きには子供らしからぬ安定感があったが、それでも可愛らしい。

「これはこれは、噂に違わず礼儀正しい娘さん」

「御丁寧にありがとうございます」

「こちらも自己紹介させていただきます」

 コグラスト三姉妹は口々にそう言うと、タチアナから順に恭しく頭を下げていく。

「私、タチアナ・ソグアウト」

「私、ナンシー・ソグアウト」

「私、チェルシー・ソグアウト」

『人呼んで楽団三姉妹、どうぞお見知りおきを!』

 最後にそう唱和したコグラスト三姉妹に対し、美宙は思わずぱちぱちと拍手をする。
 
「ところでカイト様、護衛の御二人は……?」

 タチアナが、怪訝そうな顔で尋ねる。

 海人が完全に単独行動する事は、あまりない。
 この屋敷の中であっても、大概は刹那か雫が側にいる。 
 
 どちらも視界に入っていないというのは、初めての事だった。

「あー……ちょっと色々あって疲弊していてな。今は休ませている」

「御病気でしょうか?」

 ナンシーが、首を傾げる。

「単なる……という言い方はあれだが、過労だな。まあ、命に別状はない。
大事を取ってゆっくり休んでもらっているだけだ」

「遮音魔法は使っておられますか?」

 チェルシーが、確認する。

「使っとらんはずだ。何かあった時に反応が遅れるから、と言ってな」

「せつなおねーちゃんとしずくおねーちゃん、ちょっとまえからげんきないの」

 しょんぼりとした顔で呟く美宙。
 そんな美宙に対し、コグラスト三姉妹は優しい声音で語り掛けた。

『あらあら、可愛らしいお子様がそんな顔をなさってはいけません』

「子供は元気に」

「そして無邪気に」

「音楽を楽しむのが一番です」

『という事で、御挨拶代わりに音楽の力の一端を御覧に入れましょうっ!』

 コグラスト三姉妹はそう叫ぶと同時に、各々の楽器を手に取った。
 そして不敵な顔で顔を合わせ、一応の確認をする。

「いけるわよね、二人共?」

「ったりまえ。なんのために溜め込んどいたと?」

「二曲だけなら憂いすらなし!」

『ではお聞きください≪安寧の揺籃≫!!』

 そう宣言すると、三人の軽やかな歌声が響き始めた。

 低域、中域、高域、それぞれの歌声が、見事に調和する。
 それによってもたらされる音量は屋敷全域に響き渡る程だが、不思議と間近にいる海人と美宙に不快感はない。
 音量は大きいが、一音一音に体に染み渡っていくような柔らかさがあり、むしろ心地好ささえ感じる。
 それどころか聞いている間に疲れが抜け始め、それが空に解けていくような錯覚さえ覚えた。

 ふと海人が美宙を見ると、気持ち良さそうに目を閉じ、ゆったりとしたリズムに合わせている。
 眠っているのではなく、ふわふわとした気持ちよさに身を委ねているようだ。
 
 長めの曲だったが、そうして聞き入っている間に演奏が終わり、次の曲が始まる。
 
『続いて≪清澄たる朝日≫!!』

 その言葉に続いて奏でられたのは、打って変わって清冽な旋律。

 包み込むような優しさの代わりに、身を引き締める鋭さがある。
 冬の寒い日にカーテンからこぼれる朝日に誘われ窓に行った時の、冷たくも心地良い空気。
 それを胸いっぱいに吸い込んだところでカーテンを開け、まばゆい陽光を全身に浴びる。
 聞いているとそんな光景が思い浮かんでくる旋律であった。
  
 そしてその演奏が終わったところで、刹那と雫が屋敷の中から駆け出てきた。

「海人殿! 遅れて申し訳ございません!」

「回復しましたんでもう大丈夫です!」

「いやはや……凄まじいなこれは」

 二人の様子に、海人は思わず目を瞠った。

 昨日見た限り、刹那と雫の疲弊具合はかなり凄まじかった。
 ここ何日か、疲労を美宙には悟られぬようにしていたもかかわらず、悟られてしまう程に。
 
 が、今の二人の顔色は、海人から見ても万全。
 治癒魔法と言われても信じてしまいそうな程の回復具合である。

 そんな海人の反応に気を良くした様子で、コグラスト三姉妹は解説を始めた。

「ふっふっふ≪安寧の揺籃≫は、睡眠の深化と疲労回復を」

「≪清澄たる朝日≫は心地良くすっきりとした目覚めを」

「続けて奏でれば、短時間の睡眠で劇的な疲労回復と心地良い目覚めをもたらせます」

『これが、音楽の力ですっ!』

「すごいすごいすっごーいっ! おねーさんたちすごーい!」

 どうだとばかりに胸を張るコグラスト三姉妹に、美宙は手が千切れんばかりの拍手を送る。
 ここ何日か元気がなく、美味しい物を食べてさえ反応が鈍かった二人が、元通り。
 これが音楽の力だというのなら、感動する他なかった。

『心のこもった拍手、誠にありがとうございます』

 純粋な感動の拍手にコグラスト三姉妹は誇らしげに笑い、一礼した。

「しかし、これほど凄まじい効果があるなら、日頃から要求されそうなものだが」 

「あ、それは無理です」

「色々制限がある上に、準備無しにやると私共の仕事に支障が出ますので」

「緊急時以外は総隊長に厳禁されております」

「……やって大丈夫だったのか?」

『バレなきゃいいので~す♪』 

 海人の呆れ交じりの確認に、悪戯っぽく笑う三姉妹。
 そんな彼女らに苦笑しつつ、海人は宝蔵院姉妹に向き直る。 

「一応聞くが、本当に疲れは問題ないんだな?」

「はい。信じがたい事ですが、本当にすっきりと回復しております」

「昼まで熟睡もありそうな感じだったんですけどねー」

 体の調子を確認しながら、海人の問いに答える宝蔵院姉妹。

 強がりでなく、嘘のように疲れが消えていた。
 今日の明け方までは体が重く不調が残っていたのが、今や絶好調。
 一日休めと言ってくれた海人の指示を投げ捨てる程に、劇的な回復だった。
 
「ちなみに、御二人はなにゆえそこまでお疲れに?」

「今回は色々備えて準備しておりますので」

「内容次第では演奏でお力になれますが」

「いえ、慣れぬ頭を使いすぎただけです」

「ホントにね……普段鍛錬だけしてるって楽だったんだねぇ……」

 コグラスト三姉妹の言葉に刹那は首を横に振り、雫はふ、と遠くを見つめた。

 二人の疲労の原因の一つは、美宙の子守。
 彫刻を習って以来、美宙は色々なものの観察にハマった。
 屋敷の備品に始まり、近場の植物や木々、昼寝中のリレイユまで。
 そこまでであれば問題なかったのだが、美宙の好奇心はそこで止まらなかった。

 裏の川を観察に行き、ついには裏の森にまで興味を示し始めたのだ。
 リレイユがいるおかげで一定範囲の魔物はいないが、それでも魔物蔓延る森。
 美宙一人で行かせる事は勿論、刹那や雫が付いていても緊張は緩められない。

 しかも持ち前の身体能力と行動力で、美宙は放っておくとずんずん奥に進んでしまう。
 一応言葉が聞こえていれば制止の声に従ってくれるのだが、観察に夢中になっていると聞こえていない事がままある。
 そしてそういう時に限って危険な魔物が近くに寄ってきていたりするので、見ている側としてはたまったものではない。
 海人の教育方針で極力好奇心を妨げぬようにしているので、安全とそれとのバランスにかなり苦心したのだ。

 この慣れぬ気疲れが、基本体力お化けな二人を大きく消耗させた原因の一つだった。

『左様で。ですが、もし何かあれば御遠慮なくお申し付けを』

「では、前回と同様好きな部屋を使ってくれ。雫、案内を」

「あ、みそらもあんないするー♪」

 雫の先導で歩き出したコグラスト三姉妹の後ろを、美宙もとてとて付いていく。
 その背中を見送りながら、海人は心配そうに刹那に声をかけた。

「…………刹那、本当に大丈夫なんだな? 無理は許さんぞ」

「はっ。体は問題なく――――どうにか、美宙殿の鍛錬方針も決まりました」

「……習得速度、そこまで凄まじいのか?」

「誇張でなく、超天才と言って差し支えないかと。
破竜の型は習得に二十年、実戦に三十年と言われていましたので」

 難しい顔をしている海人に、淡々と事実を伝える刹那。

 今日姉妹揃って寝入ってしまった最大の原因は、予想外の美宙の成長だ。
 
 宝蔵院流拳術、破竜の型。
 これが美宙に教えていた型だが、その習得難度は非常に高い。
 才ある者でも習得に年月がかかり、生涯習得できぬ者も珍しくない程だ。
 その難度のあまり、史上三度失伝の危機に陥った事があると伝えられている。

 それを美宙は、昨日でかろうじてながら習得と呼べなくもないレベルまで高めてしまった。
 実戦レベルにはまだまだ遠いが、止まっている的相手に攻撃するだけなら、凄まじい威力が出せるだろう。
 そしてここまでの成長速度を加味すれば、実戦レベルまで高めてしまうのも時間の問題。
 
 ゆえに習得に時間がかかると見込んでいた美宙の鍛錬計画は、急遽大幅な見直しを迫られた。
 美宙の子守にその心労と対策会議が加わった事で、宝蔵院姉妹の疲労が限界に来たのだ。

「……ひょっとして、君でも実戦では使えないのか?」

「いえ、一応拙者は十の時には実戦で使えておりました。
が、今の美宙殿レベルに使えるようになるまで、習って三年はかかっていたはずです。
拙者は他の型と並行して習っていましたが、それを加味しても拙者より数段上の才かと」

「娘の天才を喜ぶべきか、前途を憂いて嘆くべきか、悩みどころだなぁ……」

「とりあえず、喜んでいただいてよろしいでしょう。問題の方は、一応解決手段を思いつきましたので」

「そうなのか?」

「はい。現在細かい点を雫と詰めているところですので、御安心を」

「……ありがとう。しかし、まさか立体的な分析という考えを手に入れただけでそこまで伸びるとはなぁ……我ながら迂闊すぎた」

 己のやらかしを思い、海人は思わずぼやいた。

 彫刻を教えた時の、立体的な動きの分析。
 つまるところ、これが美宙の急成長の原因だった。 

 刹那や雫が手本として見せる型を、様々な角度から観察。
 そしてその結果を元に自分の動きに反映させ、改善していく。
 これによって一方向から見ていた時に比べて習得速度が劇的に加速し、
宝蔵院流拳術の中でも難度が高いという型を習得と呼べる領域まで押し上げてしまった。

 以後習う武術にも大きな影響を及ぼすであろう事を考えれば、これはかなり大きな失敗だった。
 早すぎる成長、高すぎる能力、そういったものが何を引き寄せるのか、海人は嫌になるほど知っている。
 
「元々習得速度は異常でしたし、美宙殿なら時間の問題だったでしょう。
それに、思いついた解決策には自信がございますので、どうか御安心ください」

「そうか……ありがとう。つくづく世話になるな」

「とんでもない。海人殿に頼っていただける機会など、そうそうあるものではありませんから」

 申し訳なさそうにしている海人に対し、刹那はそう言って穏やかに微笑んだ。
コメント

美宙の正体を知らない人から見ると流石は海人の子!ですが、知ってる人からしても流石は海人の子!になる不思議w

しかし、ちょっと視点の見方を教えたら即今まで出来なかった事が出来るようになるとは…今後の成長も期待と不安が一杯ですねぇ

追伸
餃子の手作りとかいかがでしょうか?
[2024/01/29 06:55] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


音楽狂三姉妹ktkr 今回も隙あらば演奏するわで気合い入ってて最高、天真爛漫な美宙ちゃんへのシェリー陣営の戦慄、狼狽が楽しみですね、反比例して増大していくカイト達の気苦労もね!
[2024/01/29 19:47] URL | Gentle #- [ 編集 ]


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