ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄38
 夕方に差し掛かった頃、海人達はカナールにいた。

 シェリス達が帰った後、ルミナスから食材を買いに行きたいと要望があったためだ。
 海人が用意してくれた様々な極上の素材で色々試したいが肉や魚がまだ不足している、と。
 海人達としてもルミナスが作る試作料理は楽しみだったので、特に異論もなくカナール行きが決定した。
 
 それから時間が経過した現在――海人は萎びていた。

「う、迂闊……予想してしかるべきだったというのに……」

 己の間抜けさを悔やみ、肩を落としながら呟く。

 彼がそれに気付いたのは、カナールに着いた時。
 まだ日が高く昼食時にも若干早い、そんな時間。
 目的の食材だけ買って帰るのも、なんとなく損な気分になりそうな時間帯だった。

 そこでとある小悪魔が――シリルが提案したのだ。
 せっかくだし服でも見に行かないか、と。

 ルミナス達の服の事だろうと海人も素直に了承したのだが、これがまずかった。

 その瞬間、嬉々としたシリルに腕を掴まれ、では海人の服を見に行こうと言われた。
 可憐な笑みの中に含まれた悪戯っぽい光に気付くも、後の祭り。
 前言を翻すのか、そもそも昨日続きは明日と言っていたではないか、と発言する前に逃げ道を潰され、
結局昨日と同じく着せ替え人形の運命を辿った。

 しかも今日はルミナスと刹那まで参加し、二人共妙に乗り気であったために、昨日以上に過酷だった。
 挙句、最後の店ではシリルの服選びのセンスにプロ意識を刺激された女性店主まで時折参戦し、ダメージが増えた。 
 昨日に比べれば拘束時間はかなり少なかったが、それでもかなり疲弊した。

 とはいえ、それでも満足そうな四人の顔を見る彼の顔は和やかだった。

 なんのかんの言っても、彼も楽しんでいたのである。
 
「ふふ、とても有意義な時間でしたわ。色々収穫もありましたし」

 一方、シリルは海人とは対照的に、体力的にも精神的にも元気一杯だった。
 その原因は、必ずしも海人を着せ替え人形にした事だけではない。

 昨日とは違い、後半は海人も自分からコーディネートを考え始めたのだ。
 どうせ拘束時間が変わらないのなら自分も楽しんでしまえという、
前向きなようでいて後ろ向きな考えの産物ではあったが、間違いなく良い傾向だった。

 ――そしてもう一つ、割と重要な事が発覚したという事もある。

「もう……あんた女性用の服選びも普通にセンス良いじゃない。
何で今までは意見出してくれなかったのよ?」

 不貞腐れたように、ルミナスが睨む。

 丁度海人の服を見終わった店が男女両方の服を扱っていたため、
そのままルミナス達の服を見たのだが、その際珍しく意見を出した海人のセンスが思いの外良かった。

 絶賛するほどではないが、本人の好みを尊重しつつ配色のバランスとシルエットを整えるため、そつがないのだ。
 しかも彼女らの好みから着る頻度を計算し、その上でどれが良いと薦めてくれる気の遣いようだ。
 あれならば、迷った時には是非意見を求めたい。

 だというのに、今まではルミナス達の服選びが始まると店の椅子に座って目を瞑り、
そのまま終わるのを待つだけだったのだ。 

「センスの良し悪しはともかく、私の選び方は即断即決なんでな。
折角楽しんで選んでいるのに水を差しては悪いと思っていただけだ」

 嘆息しつつ、説明する。

 海人の服の選び方は感覚よりも理論が先行している。
 そのため、例えば色はどの色が良さそう、ではなくどの色、といった感じでほぼ決まっているのだ。
 無論実際の決め方はシルエットから何から総合的に精密な計算が行われているのだが、
海人の思考速度は結論を瞬時に叩き出してしまう。

 ゆえに、悩む時間がほぼ皆無。
 本来、服選びは過程も楽しむものだというのに。

 一応それは分かってはいるので、海人はあえて余計な口出しをしないよう視覚を閉ざし、
終わるまで魔法についての考察などで時間を潰していたのである。

「そんじゃ、私達が意見求めたら答えてくれるわけ?」

「ああ。選ぶ過程を楽しみたいのなら、最後の方にする事を勧めるがな。
ところで――買い忘れは無いだろうな?」

 言いつつ、若干据わった目をルミナスに向ける。

 彼らは服選びに思いの外時間をかけてしまったので、
急いで本来の目的である食料の買い出しを済ませていた。
 確認しながら買ってはいたが、買い忘れた物がある可能性は否定できない。
 
 流石に残り少ない体力で戻ってくるのは御免だったので、海人はかなり真剣に念を押した。
   
「えーっと、小間切り、ひき肉――ん、大丈夫よ。そんじゃ帰――あれ?」

 再確認を終え、いざ帰ろうと門の方へ向かった瞬間、ルミナスが足を止めた。
 その視線の先にある光景を見て、シリルが呟く。

「……これはまた、色々と珍しい光景ですわね」

 彼女の視線の先には、とある屋台があった。

 『素性は秘密! でも美味しい謎の肉! 興味のある方は是非試食を!』と
やたら豪快な男らしい文字で書かれた怪しさ抜群の看板が目を引く。
 陳列はかなりいい加減で、残り少ない事を差し引いても、ただ部位ごとに分けただけの印象が強い。
 魔法で明るくしてはあるため暗さはないが、屋台も古ぼけており若干貧乏臭さを感じる。
 小奇麗な店舗の多いこの町ではかなり珍しい店だ。

 何よりも異彩を放っているのは店員二人。
 一人は筋骨隆々とした小柄な老人。もう一人は獣人族のハーフの青年。
 どちらもかなりの有名人であり、見る者が見ればえらい豪勢な店員だと分かる。
 客の波が途絶えて一息ついたところなのか、二人共椅子に座ってのんびりとしていた。

 怪しげな看板の意味を聞くべく顔見知りに声を掛けるべきか五人が考えていると、  

「おーっす、相変わらず仲良いな」

 青年――ゲイツが軽く片手を上げて声を掛けてきた。

「おや、これはまた華やかじゃな。何か用かの?」

 老人――オーガストも顔を上げる。

「オーガスト老。この看板、何か秘密にする理由でもおありで?」

「いや、特にはないんじゃがな。
普通なら絶対食用にならん肉じゃから、名前出すのもどうかと思っての。
あ、勿論これはちゃんと良い肉になっておるぞ。ほれ」

 言いながら、試食用に塩胡椒で焼いた肉が載った皿を差し出す。

 時間が経っているのか少し冷えて硬くはなっていたが、その味は確かに美味だった。
 噛めば噛むほど柔らかくなり、その度に肉汁が溢れる。
 味わいは牛肉に限りなく近いが、どこか卵にも通じるまろやかさがあった。

「へえ~、たしかに美味しいわね~……でも、なんか食べた事があるような気が……」

「ルミナス殿もですか? 拙者もなのですが……」

 顔を見合わせ、二人仲良く考え込む。
 そのすぐ横ではシリルと雫も似たような様子で思案していた。

 それを横目に、海人はオーガストに問いかける。

「これはオーガスト老が御自分で狩られたのですか?」

「うむ。何の肉か分かるのかの?」

「エンペラー・カウの肉でしょう?」

「ほう……正解じゃ。よく知っとったのう」

 軽く目を見張る。

 エンペラー・カウの肉はとても食べられない肉として有名である。
 塩に漬けようが酒に漬けようが、普通の人間ではまず噛み切れず、
しかも独特の血生臭さが全く消えないため、絶対に食用にはならないと。
 
 その名を出した以上、海人の言葉が単なる当てずっぽうでない事は明白だった。

「私としてはその年齢であの非常識極まりない仕留め方ができるというのが驚きですが。
というか、首はどうやって落としたんですか?」

「かなり面倒じゃったが、全力の手刀で強引に千切った。
しかし……ふうむ、仕留め方の事まで知っておるとは……」

「ローラ女士から聞いたんですよ。少し前についでという事で肉を分けてもらいまして、その際に」

 素直に感心しているオーガストに、種明かしをする。

 エンペラー・カウが食べられるなどという記述は、最新の魔物図鑑にも載っていない。
 海人は以前ローラが狩に行った時に肉を分けてもらい、その際に教えてもらったのである。

 なので、実は熟練の冒険者の間では有名な話だったりするのだろうかと思っていたのだが、 

「なんじゃ、お主もか。実はわしも彼女がやっとるのを一度目にしただけでのう。
その時の記憶を頼りに、最近ようやく出来るようになったんじゃ」

 返ってきたオーガストの言葉が海人の思考を否定した。

 冒険者歴六十年にも達するオーガストも、少し前までエンペラー・カウが食べられるなどとは夢にも思っていなかった。
 なにせ若き日に空きっ腹を抱えてやっとの思いでようやく仕留めたというのに、固すぎて食べられなかったのだ。
 その固さたるや、泣く泣く近くに生えていた毒草で空腹を紛らわせたほどである。 
 
 偶然ローラが屠殺して肉を持ち帰る現場を見ていなければ、死ぬまで食べられるとは思ってなかっただろう。

「……二人だけで会話されてもわけ分かんないんだけど?」

 いつの間にやら蚊帳の外になっていた者代表で、ルミナスが口を開いた。

「ああ、すまんすまん。
エンペラー・カウの肉をこのような極上の肉にする仕留め方があるらしいんだが、
聞いた限りえらい難しい手法でな。で、それが出来るオーガスト老に感心していただけだ」

「どんな方法なんですの?」

「詳しくは知らんが、二秒以内に特定部位五ヶ所に二十発ずつ打撃を打ち込み、すかさず首を落とすんだそうだ」

「さらに言えば、打ち込む打撃はそれなりの威力が必要じゃ。
具体的にはハイゴブリンの頭蓋骨を砕けるぐらいかの。
それより弱いと柔らかくならんのじゃよ」

「あの~……さっき、手刀で首を千切ったって仰ってましたけど、
エンペラー・カウの首ってあたしの小太刀でも結構斬りにくかったんですが……」

「うむ、大変じゃった。
じゃが、わしにも一応格闘家の矜持があるでな。刃物を使う気にはならなんだ。
ゆえに、手刀で真横から両腕を首に突き刺し、そのまま上下に千切ったのじゃ。
しかも最後の打撃を打ち込んでから即座に首を落とさねば肉が生臭くなるんでの。
いや~、成功するまで苦労したわい」 

 かっかっか、と豪快に笑うオーガスト。

 軽い調子だが、内容は決して容易な話ではない。
 そもそもエンペラー・カウは単に狩るだけでも難しい。
 計百発の高威力の打撃を二秒以内に打ち込み、すかさず首を落とすともなれば尚の事だ。

 とはいえ、これだけなら現在海人の周囲にいる女性陣にとってはそれほど驚く事ではない。
 慣れが必要だろうが、ルミナスや刹那なら練習すればさほど時間をかけずに出来る事だ。

 しかし、最後の断頭を素手で行う。これは驚愕するしかない。

 これを実行するためには強靭極まりない筋力は当然ながら、手刀を寸分の狂いなく突き通す技量が必要になる。
 しかも瞬時にとなると、打撃を打ち込んでいる最中にそこまでの流れを組み立てなければならない。

 そんな芸当をやれるのは、才に恵まれ莫大な経験を積み、己の拳一つに全てを賭け続けてきたオーガストだからこそだ。   

 流石は国内史上最高の冒険者、と武人達が感嘆していると、

「ま、そんな事はいいとして――カイト殿、ちょいと言わせてもらってよいかの?」

 殊更に真剣な眼差しで、オーガストは海人を睨み据えた。

「なんでしょう?」

「この間も思ったが……お主はなぜそんな羨ましすぎる状況で平然としておる!?
シズク嬢ちゃんとシリル嬢ちゃんはともかく、ルミナス嬢ちゃんとセツナ嬢ちゃんの両手に花じゃぞ!?
出来心で胸の感触を堪能するとか、手が滑ったふりをして尻を撫でるとか、普通色々やるはずじゃろうが!?」 

 カッ、と目を見開き怒鳴りつける。
 その様はまるで悪漢に人道を説く英雄のようではあるが、内容は真逆である。

 あまりと言えばあまりな言葉に、オーガストの言動に慣れていない刹那と雫が脱力した。
 慣れているはずのルミナスとシリルも思いっきり溜息を吐き、ゲイツも肩を竦めている。

 そして怒鳴られた海人は――小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。

「やれやれ……オーガスト老、貴方の意見には致命的な見落としがあります」

「ほう、なんじゃ? 言うてみい」

「やれば確実に私の命はない!
実行し終えてから死ぬならまだしも、その前に首が飛ぶ可能性さえあります!」

「たわけが! 欲しい物のために命を懸けてこそ男! リスク無くして幸福を掴めるとでも思うか!
危険を承知で進む勇気を持つ者にこそ輝かしき未来があるのじゃ!」

「勇気と蛮勇は違います。いえ、貴方の言うそれは蛮勇ですらなく、ただの自殺でしょう!」

「やる前は自殺にしか見えずとも、やってみれば些細な勇気にすぎん事も多いものじゃ!
やる前から諦めるは愚か者にすぎぬ! そんな事も分からぬかっ!?」

「笑止っ! やる前に危険を考えてそれに備え、対処できてこそ人間!
危険を考え対処できぬ事が分かっているのに突っ込むなど、獣にも劣る!」

 ぎゃーぎゃーと、言い合う老人と青年。

 最初のオーガストの発言さえなければ割とまともな論争に聞こえるのだが、
それがあるせいで全てが台無しであった。

 それを横目に、他の者は普通に会話を交わしていた。
 激しい応酬ではあるがどちらも楽しそうなので、放っておくのが一番だという結論に達したらしい。

「あ、ゲイツ。残ってる肉全部貰える?
ちょっと色々試してみたくなったわ」

「あいよ、ちょっと待ってろ……全部で二万二千八百ルンだな」 

「先程から思っていたのですが、御味からすると随分安い気が……」

 明らかに安い値札を見ながら、刹那が首を傾げた。

 味からすれば、目の前の肉はもっと高価でも不思議はない。
 それどころか手に入れるための手段を考えれば、それこそレスティア牛の数倍の値段になりかねない。
 だが、現実には数倍どころかほとんど半額である。

 そんな当然の疑問に、ゲイツは苦笑気味に答えた。

「ああ。なんせこの肉は相場がねえからな。オーガストの爺さんが適当に決めた値段なんだ」

「ま、買う側としちゃ安い方が良いわ。はい、丁度ね」

 ルミナスがさっさと代金を支払い、肉を受け取る。
 それを丁寧に買い物袋の中にしまいこんでいると、雫がゲイツに問いかけた。

「そういえば、御二人共何で屋台なんかやってるんです?」

「俺はバイト。装備の新調費とこの間のデートで生活費とへそくり使い果たしちまってな。
新調が終わるまでどうやって生活すっか考えてたら爺さんに誘われたんだ。
バイト料は純利益の一割もらえるし、かなり割が良い」

「……この間も思ったんですけど、どうしてゲイツさんお金がないんです?
貴方ほどの冒険者なら相当稼いでると思うんですけど」

 訝しげに、雫が問う。

 冒険者は基本的に実力と知名度で収入が決まる。
 どちらもない者はそれこそ接客業にでも転職した方がマシな収入だが、
どちらも兼ね備えている者は下手な豪商よりも稼ぎが良い。

 そして、ゲイツは後者だ。

 『孤狼の後継』ゲイツ・クルーガーと言えば、国の内外を問わず名を知らぬ冒険者はそう多くない。
 これと言った新発見を行ったわけではないが、若手の冒険者の中では最多と言われる程に様々な魔物を退治しており、
その中には中位ドラゴン四種を始めとした強力な魔物も多く含まれている。
 
 一部では将来的にはオーガストの後継どころか、その上に至るのではないかと噂される程の男だ。 

 そんな男が金に困る。なかなか想像し難い話だった。
 今まで噂に聞いた実績だけでも、既に老後まで安泰に暮らせる額を稼いでいるはずなのだ。 

「俺は婚約者がいるからな。
何かあった時のために備えて稼ぎの大半はシェリスお嬢に頼んで運用してもらってんだ。
残りで生活費賄ってっから、金が無いってわけ」

「お~、感心ですね~……ってあれ? そういえばオーガストさんは何でまた屋台を? 
ぶっちゃけ人生何回も遊んで暮らせるぐらいの額稼いでると思うんですけど」

 ゲイツの意外な計画性に拍手しかけた手が、途中で止まった。

 当然ながら、オーガストがこれまで稼いだ額はゲイツの比ではないはずである。
 よく知られた功績だけ並べても、十億や二十億は稼いでいておかしくない。
 今更屋台など出して小遣い稼ぎをする必要などないはずなのだ。
 
「いや、あの爺さんは金使い粗くて若い頃の稼ぎ全部使い果たしてんだよ。
魔力判別所の局長もやってっけど、給料安くて金が無いって毎度ぼやいてんだ」

「どう考えても数十億は稼いでいたはずですのに、よく使い切れましたわよねぇ……」

 外野がそんな会話をしている間に、海人とオーガストの論争は幕を閉じようとしていた。
 
「ええい、男のロマンを解さぬ小僧めが……!」

「命あっての物種と何度言えば分かる……!」

 憎々しげに顔を歪めるオーガストを、海人は臆する様子もなく睨み返す。

 いまや両者の眼光は、間に火花が幻視されるほどに到っている。
 ド素人相手に強烈な眼光を放つオーガストの大人気なさもだが、
それを真っ向から受け止めて逆に威圧せんとする海人の胆力も無駄に凄い。

 しばし睨み合いが続いた後、オーガストが折れた。
     
「むう、日が落ち始めたか……今日はこのくらいにしておいてやろう。
行くぞゲイツ! 稼いだ事じゃし、今日はわしの奢りで宴会じゃ!」

 言うが早いか、オーガストは屋台を引きながら去っていく。
 海人がそれを慌てて追いかけるゲイツの背中を眺めていると、雫が感慨深げに呟いた。

「なるほど、あーやって稼いだ端から使ってれば残らなくても不思議ないですねー。
でも数十億のお金が消えるかぁ……豪快な人生と言うべきかなんと言うべきか」

「……ま、金は使うためのものだし、間違ってはおらんだろ。
さ、そろそろ帰るぞ。早く帰らんと魔物と鉢合わせる可能性もある」

 そう言うと海人はオーガスト達から視線を外し、門の方へと歩き始めた。 


























 それから三日後の朝。前日に雨が降ったが、それが嘘のような晴天だった。
 深夜の雨の存在を物語っているのは、いつもよりも濃い土の色ぐらいのものである。
 
「ん~、良い朝だな」

 海人は軽く伸びをし、清浄な空気を心行くまで吸い込んだ。
 若干冷たさを感じるそれは、覚醒しきっていない彼の意識を一気に呼び覚まし、
同時に形容し難い充実感を与えてくれる。

 そして何より、今海人がいる中庭の風情が良い。
 ぬかるまない程度に濡れた地面、草木に若干滴る雨露の名残、時折吹くどこか水気を感じるそよ風。
 普段も落ち着く良い庭だが、今現在は雨上がりにしかありえない独特の空気を醸し出していた。
 
「おはようございます海人殿。今日はお早いのですね」

 海人が庭の風情を満喫していると、刹那が庭に入ってきた。
   
「ああ、おはよう。早めに目が覚めたんでな。朝の鍛錬は終わったのか?」

「はい。そろそろ雫も来ると思います」

「おはようございま~す。羊羹とお茶持ってきました!」

 元気良く庭に入ってくる雫。

 ちゃんと人数分の羊羹と湯呑が用意されている事からすると、
彼女は気配で海人が庭にいる事を把握していたようだ。

「すまんな」

 渡されたお茶を啜りつつ、周囲の風景を楽しみ始める。

 華やかという言葉には遠い、緑だらけの庭。
 そこには木々はあれども花はなく、どこか物悲しさを感じさせる。
 視界の隅でひっそりと存在感を主張する池も、石で造られた寒々しい色彩だ。
 
 だが、それでもこの庭は生気に満ち溢れていた。

 やや暗めの濃緑基調の庭は青空の明るさを際立たせ、
遠くから聞こえる屋敷の背後の激流の音は程良く静寂を崩し、
鼻孔をくすぐる空気に滲む緑の匂いはささやかながらも植物の生命を主張している。

 そして何より――

「どうかなさいましたか?」

「ひょっとしてあたし達に見惚れちゃいました~?
ああ、美しいって罪……」

 きょとんとした顔の姉と、わざとらしく身悶えする妹。
 この二人の存在こそが、この庭に強い生気を与えていた。

 刹那は白の半着に紺の馬乗り袴、雫は濃緑の半着に紺の四幅袴、
と二人共この和の庭園に溶け込む装いだが、その実あまり溶け込んでいない。
 刹那は涼やかで凛然とした雰囲気によって、雫は陰気なぞ根こそぎすっ飛ばすような陽気で、
それぞれ黙っていても強烈な存在感を放っている。
 
 服装によって風景に馴染みつつ、身に纏う雰囲気によって自身の存在を主張する二人は
まるで今まさに花開かんとする新芽のようで、強い生気を感じさせる。

 閑居を楽しむには若干賑やかすぎるが、これはこれで良い風情であった。

 海人はなんでもない、と手を振り再び茶碗を傾け――そこで、ふと気付いた。 

「……そう言えば、ルミナス達は?」

 不思議そうな面持ちで訊ねる。 

 和みすぎて失念していたが、ここ数日ルミナス達と刹那達は一緒に朝の鍛錬を行っているはずだった。
 刹那達が戻っている以上二人も既に鍛錬を終えているはず、そう思っての問いだったが、 

「御二人なら今日は別行動です。
フォレスティアの森に赴き、匂い袋を使って狩りをしてくると仰ってました。
なんでも、対集団戦用の勘を鈍らせないためだとか」

「ああ、あれか」

 納得し、再びお茶を啜る。

 刹那の言う狩りは、海人が同居している間にもそれなりの頻度で行われていた。
 
 内容は匂い袋を使い自分達の周囲に魔物を呼び寄せ、襲い来る魔物を片っ端から仕留めるという荒っぽい物。 
 使う匂い袋は高級品で、強い魔物こそ寄ってこないが代わりに半端ではない数が寄ってくる。
 本来の用途は自分達とは離れた場所に置き、そこに周囲の魔物を集めた隙に通り抜けるための物だが、
二人はそれを鍛錬のために使用しているのだ。 
 
 だが、海人は心配はしていなかった。

 無茶どころか自殺に等しい鍛錬ではあるが、それはあくまで常人の話。
 この鍛錬から帰ってきた二人は疲弊はしても手傷を負っていた事は一度もないのである。
 本人達曰く、死んだら元も子もないので最低でも確実に逃げられる程度に抑えている、との事だった。

 その辺りの匙加減を間違える二人ではないので、海人は安心してのんびりしていた。 

「信頼なさってるんですね」

 そんな、どこか羨ましそうな刹那の言葉に海人は穏やかな微笑みで応え、再び茶を啜った。

 ――しばし会話が途切れ、場に静寂が満ちた。

 誰も彼もが無言のままただお茶を啜り、茶菓子を頬張る。それだけの時間。
 激流の音が一際大きく聞こえるような、そんな静けさに満ちた空間。
 ややぎごちないながらも、そこには穏やかな温かみが漂っていた。
 
 そんな中、ふと雫が顔を上げた。  
   
「ありゃ……まだちょっと遠いですけど、お客さんみたいですね。海人さんも出ますか?」

「ああ。誰だか分からんが忙しい中わざわざ来てくれたんだろうし、顔ぐらいは見せておくのが礼儀だろう」  

 こんな外れた屋敷に訪れる人間は滅多にいない。
 来客の正体を予想した海人はお茶を一気に飲み干し、席を立った。  























 三人が門に出向くと、紺色のエプロンドレスを纏った赤髪の女性が立っていた。
 彼女は女性としては高身長な刹那よりもさらに目線が高く、美人の範疇に入る顔はどこか獣性を感じさせる。
 何よりスタイルが印象的で、高身長で凹凸がこれでもかとはっきりした体でありながら非常にバランスが取れている。

 ゲイツの婚約者にしてシェリスの屋敷の料理長――スカーレット・シャークウッドであった。

「や、久しぶりだね。ほい、うちの総隊長から御注文の品だとさ」

「わざわざすまんな。では、これをローラ女士に渡しておいてくれ」

 紐で括られた木箱と交換で、蝋で封をした便箋を差し出す。
 封蝋の印は林檎に絡みつく蛇がデザインされており、なかなかに目を引く。

「あいよ。しっかしあんたどんな手品使ったんだい?
この短期間であの人が二回も焼くなんて、天変地異の前触れとしか思えないよ?
しかも同じ相手のためになんて――よっぽど気に入られたんだね」

 海人にからかうような目を向けるスカーレット。

 が、この言葉は半分以上冗談ではあったが、偽り無き本心でもあった。
  
 あのローラ・クリスティアが誰かに自作の料理を御馳走する。
 これだけでも相当な驚愕に値する事である。
 元々やりたがらないという点もあるが、それ以上に彼女には暇な時間が無い。
 作る為には唯でさえ忙しい中仕事の時間を強引に圧縮し、時間を捻り出すしかないのだ。
 それだけに、彼女は自分の為にしか料理を作らない。

 だというのに、さして付き合いが長いわけでもない男に二回。

 これはもう、邪推はやむを得ない次元だ。
 あの無表情で非現実的なまでの絶世の美女にも、そういう感情はあったのだと。
 いつまでに相手を落とせるか、はたまた性格が災いして落とせないのか、部下の間で賭けが行われるのも無理はない。

 が、当事者である海人はそんな事を知る由もなかった。

「それは分からんと思うぞ。どちらもそれなりの理由があっての事だからな」

「つーか、あたしとしちゃ今回の理由が気になるんだけどね。
よっぽど美味いみたいだし、ねえ?」

 にいっ、と唇を吊り上げる。
 凄味はあるが同時に強い愛嬌を感じる、そんな笑みだった。
 
「言っとくが私のレシピはやらんぞ。基本的な作り方はローラ女士から聞いただろう?」

「一応その通りに作っちゃみたけどね。とてもシェリス様に出せる味じゃないよ。
できれば一度現物を食べたいとこだね」

 軽く肩を竦め、両手を小さく上げる。

 口頭ではあったが一応ローラから基本のレシピは伝えられ、休憩時間を使って試しはした。
 決して不味いわけではなかったが、あくまで普通に食べられる止まり。

 そこからどう発展させるべきか色々と思いついてはいるが、
やはり一度主が感嘆し、ローラがレシピを欲したという現物を食べてみたいところだった。

「分かった。機会があれば御馳走しよう」

「ありがたいね。で、それはそれとして、頼みがあるんだけど……」

 感謝しつつも、背後にある三つの大きな木箱を示す。
 中身は見えていないが、海人にとって推測は容易だった。

「却下。授業の準備が終わるまで書類仕事は断っているはずだぞ?」
  
「いや、それがねえ……詳しい事情は省くけど、しばらくはあたしら厨房組が書類仕事の大半やらなきゃいけないんだよ。
で、いざ始めたはいいんだけど、あんま慣れてないもんで苦戦しててね。
もし引き受けてくれたら、臨時手当たっぷり弾むってシェリス様は仰ってるんだけど……駄目かい?」

 困ったような顔で海人の顔色を窺う。

 事実、スカーレットはかなり困っていた。
 主であるシェリスが当分屋敷に帰る暇があまりないため、
スカーレットを始めとした厨房関係者は本業が暇になっている。

 普通の環境ならば休暇が与えられるところかもしれないが、
あの屋敷はそんな甘っちょろい労働条件ではない。
 時間が空いたならば、他の人間の書類仕事の代行を行わなければならないのである。

 が、これが意外に難行である。

 一通り仕込まれてはいるものの、厨房関係者は普段料理の仕込みと戦闘訓練しか行わないため、
他の部署に比して処理能力が低い。
 しかも今回は普段書類仕事に携わっている者の多くが別の仕事に奔走しているため、
かかる負担が尋常ではなく大きい。

 なので切羽詰まってシェリスに申請してみたところ、条件付きで海人に頼む事を許可された。
 苦りきった顔ではあったが、このままでは仕事の支障が大きくなりすぎると判断されたらしい。

 付けられた条件は唯一つ――三度断られたらそのまま引き下がる、という事だった。     

 まだ二度目だが、これを断られると後が無い。
 自然、スカーレットの顔に緊張が表れていた。

「……期限はいつまでだ?」

「一応、一週間後までなんだけどね」

 すまなそうなスカーレットの顔を見て、海人は軽く息を吐いた。

 シェリスが一度請負った事で交渉を許可している以上、かなりの窮状である事は間違いない。
 彼女の仕事を考えると、それが転じて最終的に海人にとっての不利益になる可能性も高い。
 そして先日話が無かった事と合わせて考えると、おそらく予想以上に厨房組の処理能力が低かったのだろうと予測もつく。
 
 海人は保身と――ほんの少しの同情で引き受ける事を決めた。 

「分かった、引き受けよう」

 ありがたい返答に、スカーレットの表情が明るくなった。

 海人が引き受けた以上、今日持ってきた書類は事実上片付いたと言える。
 残った書類程度なら、スカーレット達でもどうにか処理が可能だ。

 心底ほっとしていると、狩りを終えたらしいルミナス達が戻ってきた。

「あれ、スカーレットさん?」

「なんだ、あんたらもいたのかい?」

「ま、色々とあって、ちょっと泊り込んでんのよ。
スカーレットさんは一体何しに?」 

「ほれ、この間のローラ女士との取引があっただろう?
あれの配達に来てくれたんだ」

「って事は、いよいよ何か判明すんのね?」

「なんだ、物が何か教えてなかったのかい?」

「そちらの方が楽しみが倍加するからな」

「はは、確かにそっちの方が面白いだろうねぇ。
そんじゃ、あたしはそろそろ失礼させて――っと、その前にもう一つ頼みがあるんだけど、いいかい?」

 身を翻す寸前で止まり、スカーレットは再び海人達へと振り向いた。

「何だ?」

「いや、時間があったらでいいんだけど、ゲイツの様子見に行ってやってほしいんだよ。
こないだ装備が全滅したらしいのに、あたしとのデートで見栄張って強引に代金全額出したから、
そろそろへそくりも底を尽きてるはずなんだ。
ま、見栄で死ぬのは自業自得だけど、流石に結婚前に死なれんのは嫌だからね」

 そっぽを向きながら、そんな分析を語る。
 全て的中しているあたり、ゲイツの掌握されっぷりが窺える。

「それなら大丈夫だ。今はオーガスト老に付き合って肉の屋台で日銭を稼いでいるらしい。
当分は飢え死にの心配はないだろう」

 海人は淡々と説明しつつも、内心必死で笑いを堪えていた。

 スカーレットは素っ気ない仕草を装っているつもりらしいが、傍から見れば本心は一目瞭然だ。
 妙にそわそわして落ち着きが無いし、頬も赤い。
 しかも忙しなくこちらの反応を窺っている目には縋るような色が漂っている。
 
 心配で心配でしょうがない、と全身で叫んでいるようなものだ。
   
「……ひょっとして、会ったのかい?」

「三日前にな。元気そうだったぞ」

「そっか、それならいいんだ。時間取らせて悪かったね。
そんじゃ、今度こそ失礼させてもらうよ」

 そう言うと、心底嬉しそうな笑みを浮かべたままスカーレットは去っていった。

 

























 食堂で箱の中身が御開帳された瞬間、ルミナスが素っ頓狂な叫び声を上げた。

「――――チ、チ、チ、チーズケーキィっ!?」

「いや、驚くのも無理はないが、これは本気で美味いんだぞ?
いつぞやのビーフジャーキーすらこれには……」

 安っぽいと思われてしまったか、と海人が若干慌て気味にフォローを入れる。

 確かに外見は何の変哲もないチーズケーキなのだが、中身は違うのである。
 さらに隅の小瓶に入ったブルーベリーソースもまた、そこらのソースとは次元が違う。

 が、説明されるまでもなくルミナスはそれを承知していた。

「そうじゃないわよ! あんたこれがどんだけ希少だと思ってんの!?
シェリスでさえ散々頼んでるのにまだ二回しか食べた事ないって言ってたのよ!?」

「そうなのか?」 

「そうよ! ああもうっ……!? あれ? ちょっと待って。
あんた、さっき本気で美味いって言ったわよね?」

「い、言ったが……」
  
 ずずい、と近づいてきたルミナスに海人の腰が若干引けた。
 今の彼女の目は控えめに言っても冷たく、やたらと迫力がある。

「それ、食べた事あるっていう意味に聞こえるんだけど?」

「あ、ああ、君らがグランベルズ行っている間に――確か家を出てから一週間しない時に貰ったんだ。
いつぞやの不法侵入の時の詫びという事で」

「うがああああああああっ!? どうしてあのタイミングで呼び出されたのよ!? 
あと少し時間がずれてれば私達も食べられてたのにぃぃぃぃっ!」

 頭をかきむしって絶叫するルミナス。
 
 このチーズケーキについては、シェリスから何度か聞いた事はあった。
 ローラの最高傑作にして、見る事さえ滅多にない幻のケーキ。
 その味はスカーレットのデザートでさえ遠く及ばぬ至高であると。

 今回食べられるのは確かに幸運だが、前回僅かな時間差で食べ損ねた現実は非常に悔しかった。
  
「うわー凄い悔しそうですねー……っていうか、そもそもローラさんって料理上手いんですか?」

「知らん。だが、これは確実に絶品だ。
異論を挿める人間がいるとすれば余程の味音痴か神がかった腕の料理人だけだろう」

 雫の疑念に、海人は即答した。
 
 海人は元の世界で色々と美味い物を食べている。
 少なくとも、公式に世界最高峰と言われる料理は一通り味わった。
 
 だが、そんな彼の記憶と照合しても、このケーキほどの食べ物にはついぞお目にかかった事が無い。
 文字通り、想像を超えた美味だったのである。 

「へえ~それは楽しみですね。早速食べてみたいんですけど」

「そうだな。食べるか」

 うきうきと軽く体を弾ませている雫に苦笑を向け、海人はナイフでケーキを切り分けた。
 ほどなくして小皿にケーキとソースが盛られ、各人の口に運ばれる。

「――――――」

「これは、素晴らしいですね……」

「凄い、ですわね……」

「ふあ~……」

 ルミナスは絶句し、刹那はありきたりな言葉を述べ、シリルは呆け、雫も口が半開きになっている。

 なんというか、本当に凄まじい美味だった。

 重さを感じるほどに濃密なチーズクリームでありながら、舌に乗せるとさらさらと雪のように溶ける。
 旨味もまた同様に濃厚でありながらも、後味はさっぱりと、ほのかな余韻だけを残す。

 土台となっているタルトも、フォークを刺すと小さくサクッという音が鳴り、
口に含めば甘やかな香ばしさと心地良い食感が広がる。
 
 添えられたブルーベリーソースがまた凄まじく、濃厚さを抑えて味を少し変えるための物かと思いきや、
ほんのりとした果実の香りとほのかな酸味と甘味で、ケーキのさらなる旨味を引き出すための物。
 これと一緒に食べた後では、無しでは物足りなく感じてしまうほどのソースであった。

 が、皆が驚愕する中、一人だけ普通に食べている人間がいた。
 
「うーむ、変わらず絶品だなぁ……きっちり気も利かせてくれているし」

 気軽にケーキを頬張りながら、満足に頷く。

 注文通りの一ホールだが、以前海人が食べた物とは大きさが違う。
 多人数で分ける事を想定してか、二回りほど大きくなっている。
 勿論、ブルーベリーソースの量も同様に増えていた。
 ありがたい心遣いだった。

「こ、これが、これがローラさんのチーズケーキ……!
チーズケーキってこんな、ここまで凄い可能性秘めてたの!? 
っていうかこれのレシピ一部貰ったのよね!?」

 ようやく言葉を出せたルミナスが、ギラついた目を海人に向ける。
 他意は無いのだろうが、今にも取って食われそうなほどに怖い目つきだ。

「厳密にはまだ貰っていないが――どのみち見せるわけにはいかんぞ。
お互い、相手以外に絶対に漏らさない事を前提とした契約なんでな」

「む――それは仕方ないけど、まだ貰ってないってのは?」

 にべもなく制した海人に僅かな拗ねを見せつつも、ルミナスは疑問をぶつけた。

「まだ受け取っていないし、見ての通り箱の中にもパッと見はどこにもレシピと思しき物がない。
おそらく、持ち運ぶのがスカーレット女士だったから念を入れたんだろうな」

 そう呟き、海人はケーキが入っていた木箱をつぶさに観察し始めた。
 そして、すぐに違和感に気付いた。

「これか。となるとどこかに刺し易い隙間も――ここか」

 海人はそう呟くと、懐から取り出したナイフを木箱の土台部分の横に突き刺した。
 そのまま軽く力を込めて周囲を一周させると、下の部分がパカッと外れる。
 そこから蝋で封をされた便箋が現れた。

「ありゃ、匂いしなかったけどベチャックの樹液使った接着剤かしら?」

「みたいだな。ま、いずれにせよこれは後で読むか」

 とりあえず、食い入るような目で見ているルミナスから隠すために懐にしまった。
 この程度の事で我を忘れるとは思えないが、念の為である。 

「ちぇー。でも、ホントこれどうやって作ってんのかしらね。
スカーレットさんも一部の材料は予想できるけど、作り方までは分からないって言ってたし」

 唸りつつも、ルミナスはあまり調理法に興味は持っていなかった。

 スカーレットでさえ分からない物を分析するには何年かかるか分からないし、
彼女のように作るところを盗み見ようとして超高速で飛来する寸胴の餌食にもなりたくない。
 
 ならば、素直にこの至高のデザートを楽しむのが最善である。
 そんな事を考えながら食べているうちに、いつの間にやら大きかったチーズケーキは無くなっていた。
 
「ああ~、美味しかったぁ……あ、そういえばカイト、あのでっかい木箱は何だったの?」

「シェリス嬢のとこの書類だ。よっぽど手が足りんようだな」

「……それじゃ、しばらくあれにかかりっきり?」

「いや、あの程度なら今日の夕方には確実に終わる。
終わるまでは集中するために地下に引きこもるが」

 確信を持って、答える。

 確かに尋常ならざる量の書類ではあるが、以前頼まれた量に比べれば半分程度である。
 前にどうにか夕方に終わらせた事を考えれば、多少前より難度が上がっている可能性を考慮しても、
夕方までに終わらぬはずがない。

 その自信溢れる返答に、ルミナスは安堵の息を漏らした。

「そっか、それならいいんだけど」

「なにか用事か? 急ぎなら書類は明日以降に回してもいいが……」

「へ……?」

 問われ、ルミナスは呆けた声を出した。

 考えてみれば、特に何か用事があるわけではない。
 色々な食材で料理を試すのに支障はないし、地下に籠もるとはいえ食事の時には顔を合わせるだろう。
 今日までのように海人と頻繁に顔を合わせる事が無くなるというだけで、別に何も困る事はないはずだ。
 
 なぜ自分が安堵したのかは分からなかったが、それを考える間に何故か咄嗟の思いつきが口から出た。

「い、いや、久々にあんたとディルステインやりたいな~、と思っただけよ。
ほら、ハンデ付きでも負けっぱなしだったから、雪辱果たしたいし」  

「ほう、珍しいな。分かった、仕事が終わり次第相手になろう。
単調な計算の気分転換には丁度良い」

 仕事後の良い楽しみが出来た、と海人は嬉しそうに笑った。  



テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

もうこの際睡眠時間のためにも3週間更新で良いんじゃないですか?と悪魔の誘惑をしてみたり(^-^)b


あまりふれられていませんでしが今回海人さんが使っていた封蝋にも何かしらあるのでしょうか?

次回も楽しみにしています♪
[2010/12/19 23:22] URL | さとやん #6x2ZnSGE [ 編集 ]


更新お疲れ様です。
さすがオーガスト老、ローラがやったことを見ただけでマスターするとは、やはりとんでもない。これで全盛期じゃないなど信じられないw
しっかし、登場キャラが魅力的すぎる。
立体像を描いてみたいとかも思うのですが、私の絵心が無いのが残念。
個人的にはルミナスはあるゲームのキャラ絵を当てはめたりしている。
キャラの中身は違えども、見た目は近いかなと思いながらですけどね。
それと個人的には下手な商業レベルなどより面白いです。
では次回も楽しみにしています。
ではでは
[2010/12/20 00:05] URL | 光 #- [ 編集 ]


更新お疲れ様です!

>>ゲイツ&オーガスト

肉 屋 台 再 び!

というか謎の肉と書かれて買う人いるんだろうか・・・
あー、でも有名人の2人が売っているんだし、そこそこ売れるのかもw

>>幻のチーズケーキ

おお、めずらしく私の予想が当たるとは。

ローラが海人に食わせたものなんてビーフジャーキーか
チーズケーキしかないよなーという考え方は間違ってなかったようで、
ちとホッとしてますw

それにしても1度食べてみたいなそのチーズケーキ・・・


今回も楽しく読ませていただきました!
[2010/12/20 00:21] URL | リファルス #- [ 編集 ]


毎回読んでいましたが久々にコメントを書きます(と言ってもまだ二回目ですが^^;)

これ読んだときが食後だったので非常にデザート(ケーキ類)が食べたくなりましたw


しかしゲイツは相変わらずスカーレットに財布の紐を結ばれていますなw
後半のスカーレットの態度にラブラブだなぁ~と感じました。


今回も楽しく読ませていただきました!
次回更新も楽しみにしています^^
[2010/12/20 00:53] URL | baru #ZujHqT5A [ 編集 ]


こんばんわ、毎度楽しく見ております。

>>封蝋の印は林檎に絡みつく蛇がデザインされており

 知恵の実を貪り尽くすのですね、わかります
[2010/12/20 02:41] URL | 黒いハーピィ #KJRT1U.Q [ 編集 ]

更新お疲れ様です
執筆お疲れ様です。少し前にとても面白いと紹介されてるのを見て読みに来てハマりました。キャラはそれぞれ個性的ですし、読みやすく書かれていてとてもいいです。リアルが忙しく執筆が大変かもしれませんが頑張ってください。
P.S  目次に38まだリンクされてないみたいです。知ってられるかもしれませんが一応報告しときます。
[2010/12/20 16:12] URL | 剣士 #t50BOgd. [ 編集 ]

誤用のご報告
いつも楽しみに読ませて頂いています。
このクオリティで提供されるものをただ読みしていることに後ろめたさを感じるほどにw

今回は誤用の報告です。
38話最後のルミナスのセリフより「雪辱晴らしたいし」は、「雪辱したい」か「雪辱を果たしたい」だと思います。晴らすを使うとしたら屈辱ですね。
雪辱は「はずかしめをすすぐ」という意味なのでもう終わっている状態です。
[2010/12/21 09:55] URL | ごぼう天うどん #- [ 編集 ]


女性陣の好きな食べ物が知りたいです。
やはりみんな甘いものが好きなんでしょうか
[2010/12/22 22:36] URL | 通りすがりの名無し #- [ 編集 ]


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