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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄41

 地下へと下りた刹那と雫は、驚愕に身を震わせていた。
 理由は、あまりにも念入りに隠された地下室とその内部。

 とはいえ、地下室への入口が階段の下の絨毯に隠れている事は二人共知っていた。
 海人が出入りするところを何度も見ているし、彼も別段隠してはいなかったからだ。

 問題は、地下室に足を踏み入れた後だ。

 魔法で周囲を照らしながら予想よりも狭い地下室を眺めていたら、海人が壁を押して隠し扉を開けた。
 その先に広がっていたのは、それまでいた空間の倍以上はある広大な空間。
 そこには米や酒など長期の保存に向く食材が置かれており、なかなかに見応えがあった。

 いつぞやシェリスがつけた酒の値を考えれば、これだけで一財産。
 刹那がそんな事を考えながら周囲を見ている間に、海人は奥の壁で何やらごそごそとやっていた。
 見れば彼は先程の壁と同じように手を当てて壁の一部を押し込んでいた。
 数か所へこみが出来ると同時に壁が大きく開き、次の部屋への扉が開く。

 一段と複雑になった隠し扉に驚愕しつつ海人の後を追うと、直前の部屋と同程度の広さの部屋に入った。
 その部屋には宝石や金塊などが数多く並べられており、まるでお伽噺の財宝部屋の様に煌びやかであった。
 それこそめぼしい物を探すまでもなく、適当に近くの物を売るだけで一財産になる、そんな光景である。

 基本的に貧乏性な刹那があまりに豪華すぎる光景に意識を飛ばしかけているのをよそに、
海人はさらに奥の壁の前に立った。
 そのまま軽く壁に手を触れると数瞬動きを止め、その後壁に向かって小声で何やら呟いた。

 そして――刹那と雫は、それまでで一番驚く事となった。

 その部屋は、それまでとは随分趣が違っていた。

 まず、整然と物が並んだ光景が壮観でさえあった前の二部屋とは違い、この部屋は非常に雑然としていた。
 床には術式改良中に書いたと思しき文字や図形で埋め尽くされた膨大な量の紙が散乱し、
ぽつぽつと簡素な魔法術式が刻まれた純金の板が転がっている姿も見える。
 一応部屋の奥にある机近辺とそこまでの道には物がないが、それがかえって散らかりようを際立たせている。
 海人の自室が整然としているだけに、なかなか衝撃的な光景であった。
 
 だが、二人が一番驚いたのはそこではない。

 彼女らが驚いたのは、部屋に数多く鎮座している見慣れぬ奇妙な形状の箱や複雑精緻な構造をした金属の物体。
 ただの飾りかとも思ったが、ここまで部屋を散らかしながらインテリアに気を配っているとは思えない。 

 ならば何か明確な用途がある道具だという事なのだろうが、その用途が分からない。
 机の上に乗っている、おそらくは頻繁に使っているであろう物でさえ、
妙な形状の板に脚が付いた物とその手前にある多くの突起が突き出た板、それらの横にある妙な箱とわけが分からないのだ。
 何のための道具かさえ理解できないそれらは、二人にとって不気味でさえあった。 

 だが、二人には同時に一種の高揚感もあった。
 
 この部屋の位置からして、あまりにも異質なそれらこそが海人が一番隠したかった事であると理解できる。
 おそらくはルミナス達にさえ明かされなかったであろうそれらを、自分は見せてもらえたのだと。

 若干の緊張を感じた二人が生唾を飲み込んでいると、海人が椅子に腰かけた。

「刹那、明かりをつけるから照明魔法を解いていいぞ」

 言いつつ、慣れた様子で机に設置してあった照明に手を触れる。

 すると瞬時に感温式の照明が点灯し、それに連動して周囲の照明も光を放った。
 刹那が使っている照明魔法より数段上の光量が、あっという間に部屋を照らし尽くす。
 今まで控えめだった光のせいで見えなかった部分までもが照らされ、部屋の隅々まで克明に見えた。 

「……魔法具、じゃないですよね?」

「ああ、魔力なぞ使っとらん。ここに触れてみろ」

 言いながら、つい先ほど触れたスイッチ部分を指差す。
 
 言われるがままに雫がそこに触れると、僅かばかり部屋が暗くなった。
 驚いてもう一度触れると、また少し暗くなる。
 それを何度か繰り返すと地下室が闇に包まれるが、もう一度触れると再び明るさが戻った。

「へえ~、なんだか分からないですけど面白い道具ですねぇ。
魔法使った方が早いと思いますけど」

 雫は未知の照明器具に感心しつつも、あまり評価はしていなかった。

 確かに魔力を使わずに蝋燭よりも明るく部屋を照らせるというのは美点だ。
 術式を思い浮かべる必要もないのだから便利と言えば便利だろう。

 だが、照明魔法は子供でも使える単純な術式で魔力消費も少ない。
 さらに言えば意思一つでより細かい光量の調整が出来る。

 海人にとっては便利な道具でも、雫達にとっては手間がかかるだけなのである。

「その通りだが、生憎私の住んでいた場所には魔法なんて技術が無く、魔力の事さえ知られていなかったものでな。
それを補うかのように、こんな道具が生まれたわけだ」

「魔法が無かった……?」

 海人の言葉に、刹那が怪訝そうな声を上げた。

 刹那の知る限り、魔法が無い地域など存在しない。
 無論未開の大陸は不明だが、少なくとも公式に認められている地域では存在しない。

 さらに言えば、彼女にはそんな地域での生活など想像すらできなかった。 
 魔法がなければ火や水の調達さえも一苦労なうえに、魔力を使えないのなら魔物と遭遇しただけで食い殺されてしまう。
 仮にそんな地域があったとしても、ごく短期間で消滅する以外の結末は考えられないのである。

 どういう事か刹那が頭を捻りながら考え込んでいるのをよそに、海人は話を進めた。

「ちなみに、他にも色々な道具が生まれている。
例えばこれは一般的な道具の一つだが……ちょっと使い方を当ててみろ」

 机の隅に置いてあった電卓を、刹那に投げ渡す。

 投げ渡された彼女はやや戸惑っていたようだが、好奇心が勝ったのか、直に雫と一緒に電卓をいじり始めた。
 数字以外のボタンは読む事さえできないため二人共少々苦戦しているようだったが、
何度かいじっているうちに一部が計算記号である事に気づいた。

 そしてその後は直感的に使い方を迅速に覚え――姉妹仲良く戦慄した。
 
「け、計算用の道具、でしょうか?
もはや便利という次元すら突き抜けている気がしますが……」

「御名答。言っておくが他言はしないようにな。
特にシェリス嬢やローラ女士には。伝わると襲い掛かってきかねん」

 頬を掻きながら、釘を刺す。

 この世界で事務処理に携わる者にとって、電卓は神の道具にも等しい有用性を誇る。
 毎日書類仕事に追われながら己の頭脳で計算を続けているシェリス達に知れればどうなるかなど想像に難くない。  

「でしょうねえ……あげるわけにはいかないんですか?」

「これに使われている技術はこっちでは異質の塊だからな。
余計な注目を浴びない為には誰にも教えないのが一番無難だ」

「なるほど……そういえば、あっちのなんかすんごい複雑そうな金属の人形は何なんです?」

「それは――いや、見せた方が早いな」

 言いながら、金属の人形――仕立てロボットの前に置かれた台に生地を置く。
 そしてそのままロボットの背に回り、起動ボタンを押した。

 静かな駆動音と共に起動するロボット。
 円筒状の頭部の中心に赤い光が宿り、台に置かれた布を認識する。
 そして、ロボットは最後に入力されたデータを元に服を作り始めた。
 
 最初に指先から切れ味鋭そうな銀色の刃が現れた。
 そして、ロボットは肉眼では分からぬほどの超高速振動を行うそれを構え、頑丈な布を裁断し始める。
 やや無機質ながらも人間の熟練職人の貫録を漂わせるその動作によって、みるみるうちに服のパーツが揃っていく。
 
 そして裁断が終わると、ロボットはすかさず刃を引っ込めた手に針と糸を持ち、
まるで人間の職人のように背を丸め、迅速かつ丁寧な動きで服を縫い始めた。
 
 もはや夢にしか思えない光景に、刹那と雫は己の目を疑っていた。
 何度も自らの目をこすり、頭を横に振り、両頬を引っ叩くが、それでも目の前の光景は変わらない。
 そして、ようやく認識する。目の前の光景は、まぎれもない現実であると。
 
「……こ、これは、勝手に裁縫をやってくれる人形なのですか?」

「少し違うんだが……どう説明したものか」

 刹那の言葉に、海人は頭を悩ませた。

 便利な仕立てロボットだが、実際はパソコンに接続し採寸データとデザインを入力しなければならない。
 だが、いきなり説明しても理解できるとは思えなかった。
 刹那や雫にとっては、完全に未知の技術なのだから。

 まずは机の上にあるパソコンについて説明すべきか、と海人が考え始めた時、雫が口を開いた。  
 
「ん~、道具の使い道聞いといてなんですけど、やっぱり先に肝心の素性の話をしてもらえませんか?
正直、これ以上道具の説明受けてると素性聞く前に頭がパンクしちゃいますんで」

 にっこりと笑いながら、催促する。

 一応これらが海人の素性にまつわる話に説得力を持たせるための前置きだとは分かっているが、
これ以上見せられたところで混乱するばかりである。
 というか、ここまで常識から外れた物を見せられてしまえば、もはや何を言われても信じざるを得ない。

 ならば頭がまだまともに働いている間に肝心の話を聞きたいところであった。
 刹那もそれには同意見なのか、妹を窘めるでもなく海人の言葉を待っていた。 

「それはそうなんだが……何から話したものかな」

「とりあえず、どこ出身かだけ教えてくださいよ」

「……実のところ、それが一番の難題なんだがな。
なにせ、私自身分かっているとは言い難い」

「どういう意味でしょう?」

「ふむ……まず確実に言えるのは、私の知る限りシュッツブルグだのエルガルドだのルクガイアだのという名前の国は世界に存在しないはずだった。
ついでに言うと、一般認識として魔力や魔法などというのは空想の産物だった」

「あの……現実に国はありますし、魔法は海人殿も使っておられるではありませんか」

「魔法に関して言えば、私は覚えてまだ半年にもならん。
そして国に関してだが、これは確実だ。私は世界の地図をきっちり覚えているんでな。
完全に未開の大陸なんぞないはずだから、地図に載っていないだけという可能性も無い。
さて二人共……ここまで聞いて、どう思う?」

「……話を総合すると、お伽噺の魔王みたいに魔界とかそんな感じの別の世界から来た、っていうふうに聞こえますねー」

 熟考の末に、雫が推測を口に出した。
 今一つ自信がないのか、その口調は普段よりも大人しい。   
 
「それも候補の一つだな。ただ、太陽、月、その他諸々共通項が多すぎる。
言語に関しても文字は違うが会話においては私の母国語がそのまま使えている。
だから――果てしなく未来か過去、という可能性も考えられなくはない」

 淡々と、自分の見解を述べる。

 この世界は確かに差異が多いが、海人の住んでいた世界との共通項も非常に多い。
 太陽も月も一つずつ存在し、夜空を見上げれば共通する星座が数多く見つかる。
 重力も同じ、大気の成分もほぼ同じ――言ってしまえば、大きく違う要因はそこに住まう生物のみ。
 ここが海人の住んでいた世界となんらかの関係がある可能性は否定できない。

 だが、それでも一つだけ断定できる事実があった。

「ま、いずれにしても私は場所にせよ時間にせよここではないどこか――異世界の人間であるという事だ。
どうだ、信じられるか?」

 そう締めくくり、海人は二人の反応を待つ。

 色々と見せはしたが、海人の素性が荒唐無稽である事には変わりがない。
 そうかもしれないと信じさせる物は幾つか見せたが、それも明確な証拠とは言えない。
 信じてもらえる可能性は五分と言ったところだろう。

 とはいえ、信じてもらえなかったとしても海人は二人を責める気はなかった。
 逆の立場であれば、彼も信じない可能性の方が高いのだから。
 
 そんな半ば諦観が滲んだ思考をしていると、刹那がゆっくりと口を開いた。

「……確かに荒唐無稽なお話です。話したがらなかった理由も痛いほど分かります。
正直、初対面で言われていたらまず信じなかったでしょう――ですが、今ならば信じる事が出来ます」

 胸を張り、海人の目をまんじりと見据えて言い切る。
 その目に偽りの光はなく、眩いほどに純粋で真摯な輝きのみが宿っている。 
 どうやら、彼女は海人の説明を微塵も疑っていないらしい。

 その無垢とさえ言える視線に、海人は軽い驚愕を覚えた。

「ふむ……ありがたいが、よく信じる気になったな。
自分で言うのもなんだが、見せた道具を考慮に入れても妄言にもほどがあると思うぞ?」

「……今更なに言ってんですか。そもそも海人さんの存在自体妄言みたいなもんじゃないですか。
知らない人に海人さんの話したって誰も信じないですよ、常識的に」

「その通りです。創造魔法という伝説の再来にして他の研究者の努力を欠伸混じりに嘲笑う事が可能な開発能力、
そしてどんな武人にも何もさせず、一方的に殺戮可能な武器の所持者……他言して信じてもらえそうなのは創造魔法ぐらいです。
全て備えた人間がいるなどと言っても妄想としか受け取られないでしょう」

 仲良く肩を竦め、やれやれと言わんばかりに嘆息する姉妹。

 二人共まだまだ短い付き合いではあるが、それでも海人が常識を事もなげに踏み潰している人間だというのは嫌になる程理解させられている。
 最たる物は魔法を知って半年も経たずに他の研究者数百年分の成果を出す開発能力だが、それの根幹となるのは常軌を逸した知力であり、応用範囲は極めて広い。
 おそらく、その気にさえなれば現実の政争などでも冒涜的なまでの能力を発揮するだろう。
 それに加えて異質にして凶悪極まりない、ただの村人すら超人と化す数々の武器に、それらを容易に大量生産できる創造魔法まで持っている。
 
 総合すれば、海人は世界征服さえ真剣に狙えそうな常識外れの怪物なのである。
 そんな存在自体出鱈目の塊な男の素性がいかに荒唐無稽でも、二人には世の中は不思議な事ばかり、という程度にしか思えなかった。

 そんな彼女らの反応を見て、海人は大きく安堵の息を吐いた。
 信じてもらえない可能性は覚悟していたが、それでも緊張はしていたのである。

「……二人共、信じてくれてありがとう」

「いえ、感謝されるような事ではございません。ところで、海人殿はなぜこの世界に?
話を伺った限りでは御自分の意思でいらしたわけではなさそうですが……」

「分からん。元の世界の屋敷の研究室で寝ていたら、いつの間にかフォレスティアの森近くの草原のど真ん中で寝ていた」

「……あれ? その時って海人さん魔法どころか魔力も使えなかったんですよね?」

 海人の言葉に、雫が首を傾げる。

 フォレスティアの森近くにある草原はかなり広い。
 そこの中心となると、近くにある町まで軽く徒歩で二時間はかかってしまう。 
 
 その間に、魔物に襲われなかったはずがないのである。
 魔物が大量に生息しているような場所ではないが、それでも普通に歩いていれば町に着くまでに何度も遭遇するはずだ。
 銃を持っていたところで、魔力無しの海人では町に着く前に体力が尽きて魔物のエサになっているだろう。
 
 その時は余程幸運が積み重なったのだろうか、などと思っていると海人が種明かしをした。  

「一度魔物に襲われたが、ルミナスが前日にその魔物の脚に傷をつけていたのと、
たまたま一撃必殺可能な武器を持っていたおかげでどうにか返り討ちに出来た。
で、その後私を襲った魔物を狩りに来たルミナスに会って家に保護されたんだ。
まったく、何から何まで彼女には感謝してもしきれん。
あれ以来、非常に楽しい毎日を送れているしな」

 穏やかに、微笑む。

 海人は、心底からルミナスに感謝している。
 切っ掛け自体はおおよそ偶然とはいえ、彼女のおかげで命を拾った。
 それがなければ、海人は状況すら把握できぬまま誰にも知られずこの異世界で生涯を終えていただろう。
 突き詰めれば、今の穏やかな生活があるのは全てあの日ルミナスと出会ったからとさえ言える。

 本当に感謝してもしきれない――そう思い、海人の口元が僅かながら緩みを増した。 

 一方で、刹那はそんな海人の態度に若干戸惑っていた。
 右も左も分からない異世界に唐突に放り込まれたわりには、それをまるで気にした様子が無い。
 それどころか、知り合いも碌にいないこの世界での生活を心底楽しんでいるように見える。
 早い段階でルミナスと会ったとはいえ、違和感があった。

 思わず、素朴な疑問が口から漏れる。 
 
「あの、元の世界に帰りたいとは思わ――」

 そこまで口に出し、はっと口を噤んだ。

 冷静に考えれば、海人の能力からして元の世界で穏やかな生活を送っていたとは考えにくい。
 やってきて半年にもならないこの世界でさえ、表に出せば世界が混乱する事必至の研究成果を出しているのだ。
 元々住んでいた世界、しかも思慮が足りなくなりがちな十代をそこで過ごした事を考えれば、
それこそ世界を敵に回していてもおかしくない。 

 ――帰りたいと思うような生活を送っていなかった事ぐらい、容易に分かる事だった。
   
「はっはっは、察しはついてるようだが、あちらでは敵が多すぎて外出するにも色々下準備がいる生活だったんでな。
基本的にのんびり過ごせるこっちの世界の方がはるかに楽しい。
家族も既にいないし、帰りたいと思う動機はどこにもないんだ」

 嫌な記憶を思い出させてしまったか、と失態を悔やんでいる刹那の頭を撫でながら、軽い調子で笑う。
 彼としては終わった事であるし、そんなつまらない事で刹那が自責するのは本意ではない。
 なので、気にする事はない、と軽快に笑い飛ばしたのである。

 が、残念ながら言葉の内容が内容であったため、刹那はおろか雫の表情まで引き攣った。

「なんというか、相当過酷な人生送ってそうですねぇ……」

「なに、ただの自業自得だ。私のせいで路頭に迷った人間も多かったからな。
生涯を捧げた研究を先に完成された人間にいたっては首を括る連中も出たし」

「……自殺者に関してはその者達の心が弱すぎただけでは?
いかに生涯を捧げたとはいえ、先を越されただけで首を吊るなど……」

 海人の言葉に、刹那が控えめに反論する。

 自害したくなるほどの絶望感、というのは分かる。
 つい先日雫を失いかけた時の自分がまさにその心境だったのだから。

 だが、先に研究を完成されたというだけでそこまでの絶望感を抱くとは思えなかった。
 衝撃はさぞ大きかっただろうと思うが、それでいちいち首を吊っていては命が幾つあっても足りない。

 学者の心理は分からないながらも、また別の研究を始めればいいだけでは、としか刹那には思えなかった。 

「何十年もかけた研究を、たかが十四、五の小僧があっさりと完成させたんだぞ?
しかもその馬鹿ガキは当時自分の異常さを理解してなかったもんだから、
同時進行させた複数の研究を常識的にありえないと言われる速度で完成させ続けた。
彼らの自己責任というには些か酷だろうよ。無論、全て私が悪いというのも筋違いだとは思うが」

「十四、五でそれですか……あたしなんかじゃ想像できないぐらい大変な人生だったんでしょうねぇ……」
 
「多分君が思っている程ではなかったし、さっきも言ったように自業自得だ。
だがまあ、そんな事があったんでこっちでは研究をしても基本的に公表するつもりはないんだ。
正直、君らには申し訳ないと思うんだが……」

「へ? 何でです? 揉め事起こるの目に見えてるんですから、当たり前じゃないですか」

「君らの能力に対し、今の給料は少なすぎるだろう?
元々の収入が多くない上にこの屋敷の代金の支払いがあるから、どうしても支払える額が少なくなってしまうんだ。
シェリス嬢のとこの学費が入り始めれば多少上げられるが、それでも能力に見合っているとは言えないから、
本来なら適当な魔法の研究成果を売って金に――」

 言葉の途中で、刹那が海人の口を柔らかく手で塞いだ。

 が、優しい手つきとは裏腹に、その目は険しい。
 思わずかしこまって正座してしまいかねない、そんな眼光であった。
 
「海人殿、金が不要とは断じて申し上げませんが、装備支給、衣食住も完備、
これだけの条件が整っていて今以上の給金をいただいてはこちらが申し訳ありません。
そんな些事はお気になさらぬようお願いいたします」

 穏やかながらも、一本心の通った口調で諭す。

 海人の気持ちがありがたくないわけではない。
 むしろそこまで考えてくれていたのか、と感動さえ覚えた程だ。

 だが、今はそれを胸の奥にしまい、極太の釘を刺しておかなければならなかった。

 今の海人の悩みは他ならぬ彼に悪影響しか及ぼさない。
 なんのかんので身内に甘い海人の事、ここで諭しておかなければいずれ思いつめて本当に研究成果を売りかねない。
 それは、刹那としても最悪の結末なのだ。 
 
 いつになく語気の強い刹那に、流石の海人も気圧される。

「だ、だが……将来の備えにも金は……」

「お給金がそのまま貯金になるのですから、備えには十分すぎます。
無論、遠からず拙者共を解雇すると仰るのなら話は変わりますが……そのおつもりでしょうか?」

 たじろぎつつも反論しようとする海人に、静かに問いかける。

 とはいえ、刹那は解雇されるとは微塵も思っていなかった。
 海人の性格から考えれば、そのつもりなら初めから雇わないだろうし、
何より彼は将来の備えと言いつつも、退職金代わりに小粒の宝石を幾つか渡せばいいという事に思い至っていない。    

 刹那達を解雇するという事を全く想定していない事は明白であった。

「……そりゃあ、君らに務める気がある限りは解雇する気はないが」

「ならば今以上の給金は必要ありません」

「むう……雫は?」

「あたしも同意見でーす。お金は欲しいですけど、今でも十分すぎるお給料貰ってますし。
大体、物なら大概海人さんが揃えてくれるから使い道もあんまりありません」

 けらけら笑いながら、姉の言葉に賛同する。

 実際、刹那も雫も金の使い道はあまりない。
 なにせ生活費は実質0で、本来必要経費たるべき装備の費用も掛からない。
 シリルに化粧を教えてもらったためそちらに興味は惹かれているが、海人に頼めば化粧道具ぐらいは何かのついでに作ってくれる。
 正直、今は貰った給料をどんな用途で使えばいいのか悩んでいるぐらいなのだ。
 
 しかも海人から貰っている給料は、せいぜい一般平均の少し下程度のはずだ。
 冒険者時代、実力に反して壊滅的な金運で貧乏を続けていた二人に不満があるはずもなかった。 

「それならいいんだが……どうも申し訳ないな」

「んふふ、それならこの辺りにある道具の説明とか一通りしてもらえません?
具体的にどんな事が出来るのか、気になって気になって仕方ないんですよ。
お姉ちゃんもそうでしょ?」

「そうだな。他にどんな事が出来るのか、非常に興味深い。
つまらない事は置いておいて、説明していただけますか?」

「ふむ……そういえばまだ一部しか説明していなかったな。
いいだろう。まずこれだが……」

 好奇心に目を輝かせ始めた姉妹に、海人は今度こそパソコンの説明をし始めた。 














































 深夜のカナールの町。

 昼間の賑わいとは打って変わって、町は静けさに包まれていた。
 人々の雑踏が入り混じっていた通りの音は自警団の見回りの足音に変わり、
所狭しと各々の店先に並べられた商品群は全て消え去っている。
 
 とはいえ、町が寒々しいかというとそれも違った。

 大半の店は閉まっているが、深夜営業の酒場は元気に営業している。
 大通りからは外れた場所が多いが、店からこぼれる明かりや笑い声はなかなかに賑やかである。
 眠らぬ町、というほどではないが、それは静かな夜の町ほんのりとした温かさを与えていた。
 
 そんな町の酒場の一つで、ルミナスが愚痴っていた。

「……すんごい間抜けな気分だわ。久々の仕事だって気を引き締めた自分が馬鹿みたい」

 苛立ちを飲み込むかのように、ワイングラスを傾ける。
 
 なかなか良い酒だが、ここしばらく飲んでいた酒の質が高すぎたせいか、あまり美味く感じない。
 つまみのチーズも乳の質や熟成具合が良い感じなのだが、海人提供のチーズには及ばない。

 ――無性にやるせなくなり、ルミナスはテーブルに思いっきり突っ伏した。

「まあ、皆が弛んでいない事は確認できたのですから良しとすべきかと」 

 気力を根こそぎ奪われてしまったかのような上司を哀れみつつ、シリルは手元のグラスを置いた。

 ルミナスとは違い、中身は酒ではない。
 彼女は基本的に酒はあまり好きではないため、必要がなければ滅多に飲まないのである。
 唯一の例外が極甘口のワインだが、生憎海人に出された物以外ではお目にかかった事が無い。

 シリルは仕方なく、ホットミルクをちびちびと飲んでいた。

「にしたってさあ……緊急招集かけといて、装備整える必要があるから出発は明日の昼ってないでしょ?
しかも仕事の説明は三十分もしないで終わっちゃったし」

 チーズをフォークで突きながら、愚痴る。

 彼女は、今日中に仕事に出発するのだと思っていた。
 緊急招集をかけられた以上、急ぎの仕事なのだろうと。

 だが、現実には随分とのんびりしていた。

 仕事の説明は依頼主の意向で詳細は現場に着いてからという事だったし、
急な招集のせいで団員の一部の装備が整っていなかったので、明日武器屋で買い揃えてから出発という事になった。
 おかげで、折角入れ直した気合が思いっきり抜けてしまったのである。

 しかも、装備の不備は単なる怠慢ではなく、訓練に熱が入りすぎて武器を壊してしまったという理由だったので、あまり怒れない。
 この上なく間抜けだとは思うが、仕事に対して誠実であるからこそ起きた失態なのだ。
 ましてその原因がいつの間にか実力を一気に高めていた自分とシリルに負けじという思いからと聞かされては、尚の事怒れなかった。

 気合を抜かれた挙句やり場のない怒りまで溜まり、本当に散々だったのである。

「まあ、急な仕事だったそうですし、多少段取りが荒くなるのは仕方ないと思いますわ。
宿が取れないから今日は野宿するか酒場で朝まで時間潰せと言われたのには些か殺意が湧きましたが」

「そっちは別にいいじゃない。一晩過ごせるだけの酒代は貰ったんだから」

「それはそうなのですけれど……」

 はあ、とシリルが哀愁の滲んだ吐息を漏らす。
  
 確かに酒代は貰ったが、スローペースでギリギリ一晩といった額だ。
 この程度の額なら、と大半の団員は懐にしまってそのまま野宿に行ってしまった。
 本当に酒場に来たのは、海人が起きるまで待っていたせいで夕食を食べ損ねた二人ぐらいである。
 それでも退屈はしないが、ここ数日が賑やかだったせいでやはりテーブルが寂しい。

 無論、店内には他の客もいるのだが、生憎知り合いはいない。
 時折声を掛けてくる者もいるが、ルミナス目当てで口説きに来る男達だけだ。
 それもシリルの軽い一睨みで追っ払われてしまう程度の、根性無しばかり。

 できればもう少し退屈しない話相手が欲しい。
 シリルがそう思った矢先、酒場の入り口が開いた。 

「ふい~、今日も頑張って稼いだわい。
ロンド! いつものつまみと酒樽を一つじゃ!」

「あいよ。ちなみに今日はグレイブバードの肝の良いのが入ってるぜ」

「ならばレバーパテも二皿ほど貰おうかの。
おや? ルミナス嬢ちゃんにシリル嬢ちゃん、なに突っ伏しとるんじゃ?」

 ルミナス達の近くの席に腰を下ろしたオーガストは、力なく突っ伏した二人に問いかけた。
 願いは叶ったものの、喜ぶべきか嘆くべきか微妙な人選に脱力したシリルは、それでもなんとか体を起こす。

「いえ……ここ、行きつけなんですの?」

「うむ。値段が安くて質が良いのでな。そういえば、カイト殿はどうしたんじゃ?
ここ最近、いっつも一緒におったのに」

「生憎、私達はこれから仕事なのよ」

「む? ならばなぜ酒場におるんじゃ?」

「今日この町で仕事の招集かかったんだけど、出発は明日の昼なのよ。
宿が無いんで、仕方ないから朝まで時間潰してるってわけ」

「大変じゃなぁ……よし、今日はわしの奢りじゃ! 好きなだけ頼むがよい!」

 がっはっは、と鷹揚に笑いながら、分厚い胸板を叩く。
 鍛え抜かれた腕力と胸筋が奏でる音色は実に頼りがいのある男らしさに溢れており、
老いてなお雄々しき威容を示していた。

 が、ルミナスはそれを冷たい目で見つめ、

「……いつぞやみたいに代わりに胸揉ませろとか言ったらはっ倒すからね?」

 平坦な声で、釘を刺した。
 
 ルミナスは数年前にも同じ事を言われた事があった。
 その時は嬉々として酒を口に含んだ瞬間に言われたので、彼女は思いっきり噴出してしまった。
 年頃の乙女としてはとても許容できない恥をさらす羽目になったのである。

 もっとも、直後にオーガストに胸を揉まれそうになった彼女はその仕返しも兼ねて投げ技と魔法を併用し、
町の外の森まで投げ飛ばしたのだが。

「むう……よいではないか、減るもんじゃなし」  

「却下。酌ぐらいならしてあげるけどね」

「ケチンボめ。ま、構わんがの」

 かっか、と老獪に笑い、オーガストは壁に掛けられたメニューを指差す。

 ルミナス達がそれをざっと眺めていると、店主が注文された酒樽を持ってきた。
 中身がたっぷりと詰まったそれは重量感に溢れており、置かれた瞬間古びた床板が小さな悲鳴を上げた。 

 ルミナスは一仕事終えて去っていく店主につまみを二品ほど頼むと、
オーガストの酒樽を片手で抱え上げ、彼のグラスになみなみと注いだ。
 
 律儀な美女の酌に気を良くしながら、オーガストは口を開いた。

「しかしお主らが仕事に行くとなると、カイト殿も寂しかろうなぁ」

「そうでもないはずよ。
うちの居候やめて時間経ってるし、今はセツナさんとシズクちゃんが護衛として一緒に暮らしてるからね」

 どこか寂しげに微笑みながら、ルミナスはワイングラスを傾けた。
 
 刹那と雫に含むところはないはずなのだが、どうにも気分が良くない。
 これでいいのか、と心のどこかで何かが引っ掛かっている。
 
 二人共、大事な友人の安全を任せるに足る人間には違いないというのに。
 それが間違いなのかと、初対面時からずっと観察を続け、それでも結論は変わらなかったというのに。
 それでも、何かが引っかかる。
 
(……ま、私がガキだって事なんでしょうね) 
 
 赤ワインを嚥下しつつ、そう結論付ける。
 幼稚な独占欲のせいで友達を取られたような気がするだけだろう、と。

 そんな事を考えていると、オーガストが何やら少し考え込んだ顔で問いかけてきた。
 
「……護衛じゃと?」

「ええ、あれで色々揉め事に巻き込まれやすい奴だからね……必要っちゃ必要なのよ」

「いや、それはなんとなく分かるんじゃが……なぜあの二人が?
冒険者だったはずじゃが?」

「さあ? それは三人共口を濁して教えてくれなかったのよ。
ま、カイトが納得してるし、二人共やる気も実力も充分みたいだから、詮索する気はないけど」

 言葉とは裏腹に、ルミナスの顔はどこか膨れている。

 詳細は秘密にされたが、刹那と雫が護衛になる過程の出来事でローラに創造魔法がバレたというのは聞いていた。
 となれば、その時起こった出来事の大雑把な概要を想像するのは難しくない。 

 刹那か雫、あるいは両方の命が死に瀕し、それを助けるために創造魔法を使ったのだろう、と。
 そうでもなければ、海人が創造魔法を暴露するような行為をするはずがないのだから。

 おそらく三人が隠したがっていたのはその前提となる、何故二人、またはどちらかが死に瀕したのかだろう。
 そこに興味がないと言えば嘘になるが、追求する気はない。
 どんな事があったのだとしても、当の三人が互いに納得して隠しているのなら穿り返す趣味はないのだ。

 だからルミナスとしては、予想がつく範囲の事は教えて欲しかった。
 予想できる程度の情報を与えるのなら、直に教えて欲しかったのだ。

 とはいえ、彼女は怒っているわけではない。
 言いたがらないのは当然だというのも、充分分かってはいるのだ。

 が、それでも仲間外れにされた感は否めず――少しだけ、拗ねているのであった。

 そんなルミナスをよそに、オーガストは思案気な顔で小さく唸っていた。 
 
「そうか……ふぅむ、どうしたもんかのう」

 難しい顔で黙り込むオーガスト。
 険しい顔ではないが、若干彼らしからぬ真面目な顔である。

「どうかなさいましたの?」

 珍しく顔を引き締めているオーガストに気付き、シリルが訝しげな目を向けた。

「なに、大した事ではないわい。ほれほれ、遠慮せず好きな物を頼まんか。
それっぽっちで足りるような食欲しとらんじゃろ?」

 一転して豪気そうな笑顔に戻り、再びメニューを指差す。

 あからさまに何かを誤魔化すかのような態度だったが、白状する気はなさそうだったので、
ルミナス達は仕方なさそうにメニューに目を向けた。

 が、メニューの一番隅にひっそり書かれていた文字を見た瞬間、彼女らの表情は一転した。

「……そんじゃ、レバーパテとソーセージとローストビーフの塊を追加お願いしま~す」

 丁度レバーパテの皿を持ってきた店主に、ルミナスが清々しいまでの笑顔で追加注文を出す。

 その内容に、オーガストの笑顔が一瞬にして固まった。
 前半は平均的な価格だが、最後の一つは酒場のメニューの相場を足蹴にするような価格である。
 というか、普通はこういう酒場のメニューには載っていない。

 どういうことか、とオーガストがメニューを見ると、ちゃんと載っていた。
 レスティア牛の、という恐ろしい言葉と共に。
 言うまでもなく、値段も戦慄すべき額だ。
 
 驚愕に固まっているオーガストをよそに、シリルもまた注文を増やす。

「私はホットミルクの御代わりとチーズの盛り合わせとナッツとドライフルーツの盛り合わせ、
それとドラゴンステーキを追加で」

「あいよ。ところでお嬢さん、丁度レンドリア産の蜂蜜があるんだが、ミルクに入れてみるかい?
どうせ爺さんの奢りらしいし、たっぷり目に入れると最高に美味いぞ」

「確かに美味しそうですわね。是非お願いします」

 花が咲くような可憐な笑顔で店主の言葉に答える。

 レンドリア産の蜂蜜は、仕入れ価格で最低一瓶一万という高級品だ。
 店で出されれば利益も上乗せされるため、大匙一杯分でも馬鹿にならない値段になる。
 それが入ればホットミルクもあっという間に市販の高級酒並の値段に早変わりするはずだ。

 無論、ドラゴンステーキも材料が材料なのであまり笑えない金額になる。
 というか、実際に五万ルンというとても笑えない値段がメニューに書いてある。
 どうやら上位ドラゴンの肉らしいので、それでも割安なのだが。

 流石のオーガストも慌てに慌てた。

「待て待て待てぇぇぇいっ!? 何故ドラゴンステーキとかレンドリア産の蜂蜜なんてレアな物があるんじゃ!?」

「ドラゴンステーキはガイアドラゴンの肉がたまたま屋台で売ってたから今日限定で出してみた。
蜂蜜の方はうちの爺さんがレンドリアの村長でな。たまに一瓶持ってきてくれるんだよ。
普段はうちの嫁と娘で食べちまうんだが、今回はまだ一瓶残ってたんでな。これも試しに店で出してみた」
 
「ぬっがぁああああっ!? で、ではローストビーフは何なんじゃ!?
四日前に来た時は間違いなくなかったはずじゃぞ!?」

「いや、常連の娘さんの誕生日パーティー用にって頼まれたんだが、
奥さんは奥さんで別の店に頼んでたみたいでな。二つはいらねえって事でうちが品を引いたんだ。
本人は買い取るっつってたんだが、誕生日につまんねえケチつけんのもなんだから、店で出す事にしたんだよ。
自信作だから味は保証するぜ?」

「お、おのれぇぇぇっ……!」

 悔しそうな声を上げながら、頭を抱えるオーガスト。

 エンペラーカウの肉を売った売り上げがあるので払えない額ではないのだが、
とてつもなく財布に痛い金額である。
 並の収入の男性では奥さんに家から閉め出される、それほどの出費だ。

 男のプライドと現実の財布の狭間で苦悩し、オーガストは苦悶の声を上げ始めた。

「あははっ、冗談よ。いくらなんでもそこまで厚かましくないってば。
ローストビーフは一切れ、あとはパンでいいわ」

「私もドラゴンステーキではなくブラウンライオットのローストをお願いしますわ。
蜂蜜入りのミルクは一杯分だけいただきますけど」

 あっさりと注文を変えた二人に、店主は心得たように笑顔を返した。
 彼は二人がオーガストをからかっているだけだと、表情から悟っていたのである。
 実際、改めて注文された内容はやや控えめな、限度をわきまえた注文だった。

 これならばオーガストの財布はさして痛むまい。
 三人はそう思っていたが、ここでオーガストは誰もが予想しなかった行動に出た。

「……いや! 男に二言はない! この際真の男の懐の広さを見せてくれるわ!
聞けぇぇいっ! 今ここにいる客全てわしの奢りじゃぁぁあああああっ!
全員好きなだけ飲み食いせぇぇええええいっ!」

 店内の隅々まで響き渡る声で、高らかに宣言する。

 その威勢の良い声と気風の良さに店内の客全てから歓声が上がった。
 元々賑やかだった店内はにわかにお祭り騒ぎの様相を呈し、あちこちで飲み比べや食べ比べが始まる。
 それを煽るようなテンポの良い拍手の音が響き、誰が持ち出したのかノリの良い音楽まで流れ始めた。

 そして、その発端となった老人は飲み比べの輪に突貫し、数々の男達を打ち負かし始めた。
 その目にはもはやルミナスとシリルは映っておらず、ただ目の前の酒の山だけを映している。

 その光景を眺めながら、ルミナスは苦笑を浮かべた。

「ったく、こういう事ばっかしてるからお金が無くなるんでしょうにね。
馬鹿っつーかなんつーか……」

「ま、あの方らしいと言えばらしいかと思いますわ。
折角ですし、私達も思いっきり食べるといたしましょうか」

 職業女の敵と呼べる日常を送りながらも、不思議と女性に憎まれない老人を横目に見つつ、
ルミナスとシリルは残っているつまみを平らげ始めた。






テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

最近毎日のようにここに来てるので更新嬉しいです

やっとこさネタばれ、ついでに最奥の部屋前の二部屋も何気に危険度のある秘密ですねw
刹那も雫もいい娘ですねぇ、裏切ろうとする欠片もないですし

今回はシリアスなネタばれでしたが、次回は刹那のうっかりでなし崩しでバレそう?
異質さや技術の重大さが伝わらないコミカルな感じを希望です
[2011/02/20 22:37] URL | 煉恋々 #h2YGRmSs [ 編集 ]


>そしてどんな武人にも何もさせず、一方的に殺戮可能な武器の所持者

あれ、2人にそれを見せてましたっけ?
[2011/02/20 23:01] URL | #mQop/nM. [ 編集 ]


執筆お疲れ様です!

>>宝蔵院姉妹パソコン初体験
Q:そんなにホイホイチャさわらしちゃって大丈夫か?
A:大丈夫だ(創造魔法で作れば)問題ない

>>電卓ネタ
やっぱり海人の予想でもシェリス&ローラにバレたらヤバイと思ってたかwww

>>裁縫ロボット
よくよく考えると刹那クラスでやっと裁断できるがっちり布(まぁあの時はハンガーに掛けてたから難易度は数倍になってたのかもしれない・・・)を切ることのできるロボットすげえwww

>>海人の住んでいた世界との共通項も非常に多い
なるほど、星座もおなじなら同じ時間軸で他の星に飛ばされたっていうのは無さそうですねぇ。
謎がますます深まるなぁ。


今回も面白かったです!
[2011/02/21 00:54] URL | リファルス #- [ 編集 ]


海人のとこの地下室の仕組みは考えられてますねぇ
普通は財宝の所まで来たらもうこれ以上はないだろうと思うでしょうしね

綺麗に話が終わりましたが、次は新章かな?
このままほのぼのが続くのも好きですし、何か一騒動起こるのも楽しみです
次の更新も楽しみにしてます
[2011/02/21 16:22] URL | 鳴 #UYppvBwQ [ 編集 ]


そろばんないのかw
[2011/02/22 02:26] URL | #- [ 編集 ]

いいかげん気づけルミナス…………
いいかげん気づけルミナス…………
さあ気がつくんだ! その感情は嫉妬だと。なのだと! そしてラブってコメってくれ!!
[2011/02/22 16:40] URL | ぼるてっかー #mc9/rPhk [ 編集 ]


算盤に限らず、アナログな計算道具類は結構あると思うんだが・・・
カイトはそれらを使った事がない(創れない)のかな?


あと裁断機は高速振動剣? 高周波ソード?
[2011/02/22 19:38] URL | 無刃 #- [ 編集 ]


裁縫ロボットは、あまりにも先に行き過ぎて一周して戻ってきたような驚かれ方ですね。
電卓はおろかパソコンですら比べ物にならないくらい高度なのに……。

一点少し違和感が。
星座関連ですが、海人の頭の良さであれば、
「地球から見える星の配置(暗記orPCのデータ)」+「星の時間による移動のシミュレート」くらいは可能ではないかと。
さらに、そこから
「現在見える星空が時間移動で起こりうる星の移動かどうか」や
「時間移動であれば、どのくらいの移動なのか」
を調べることが可能というのが自然かなと思います。

PC等を外に出せないので高精度の測定ができないとしても、原始的な装置によるそこそこの精度の測定はできるはずですし。
[2011/02/22 21:28] URL | ぱし #bjX/C94Y [ 編集 ]

はじめまして
ずっと読ませていただきました。

ふと気になったのですが、そろばんなら提供できるのでは?
そうとう計算が楽になると思うのですが(笑)
[2011/02/22 22:52] URL | Filith #- [ 編集 ]


ミシンをつけたほうが絶対手っ取り早いのに、
無意味に人型にして、わざわざ人間と同じように縫わせるところに
マッドなこだわりを感じます。

ミシンでは縫えないような縫い方をさせたかったにしても、
人型にする意味はないですよね……
[2011/02/23 21:57] URL | 科蚊化 #9ODPgEpw [ 編集 ]


王様の仕立て屋参照。 おそらくはミシンでは固く縫いすぎて、かえって解れやすくなってしまったりするようなところをどうにかしたかったんでしょう。
ロボットなのは元々ロボットを作ろうとしていたから、その名残ではないでしょうか?
[2011/02/24 13:40] URL | ぼるてっかー #mc9/rPhk [ 編集 ]


とりあえず秘密バレ終了、といったところかな?
刹那も散々頭が悪い子的なこと言われてたけど、理解力とか頭の回転はすごいんだよね。まあそうじゃないと冒険者なんてできないだろうけど。

そして海人は酒創りすぎだろうとww
もっとコーヒーとかも創ればすごいことになると思うよ!
そしてやってほしいのが苺大福。あれは至宝。
その後に粒あんかこしあんかの論争に巻き込まれるがいいww
[2011/02/25 09:38] URL | 神楽 #- [ 編集 ]


ミシンに関しては縫い目から未知の技術だってバレるのもあるような。
手縫いを再現するのにロボットアームとか作るならロボットにしちゃえって感じがします。
[2011/02/25 22:10] URL | #GqKYlh.g [ 編集 ]


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