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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄49

 シェリスと顔を合わせたラクリアは、猛烈な緊張に襲われていた。

 戦闘の緊張感とはまた違う、肩が重くなるような嫌な感覚。
 父に諫言をした際に幾度も味わった感覚ではあるが、今回は重さの次元が違う。
 慣れた感覚を肩を抑えつけられると形容するならば、今は肩から地面に沈められるかのようである。 

 それほどまでに、自分とさして年の変わらぬ目の前の令嬢は恐ろしかった。
 遠目に観察した時とはまるで違う、圧倒的なまでの重圧。
 たかが公爵家の小娘とはとても思えない、女王の如き威圧感である。

 と言っても、最初からこうだったわけではない。

 むしろ、この部屋に入ってきた時に自分とフェンを見て目を丸くした時は愛嬌すら感じていた。
 その後の自己紹介も完璧な礼節と柔らかい物腰で非常に優しげであったし、
海人達から手短に現在の状況を聞いていた時も淑女然とした様子を崩さなかった。

 ――が、まだ捕まる気が無い事などを話し始めた途端、様子が一変した。

 表情それ自体は、全く変わっていない。
 最初から変わらず微笑んでいるし、目つきが鋭くなったというわけでもなく、口元も優しげに見える。
 しかし、纏う空気だけは明確に変貌していた。

 一応態度が変わるだろうと覚悟はしていたのだが、
それまでとのギャップとかつて感じた事が無い強烈な威圧感は脆弱な覚悟を一瞬で爆砕した。
 しかも返される言葉は簡単な相槌だけで、微笑みの裏の真意がどうなのかまるで読めない。
 正直、叶う事ならこのまま気絶したいぐらいに恐ろしい。
 
 だが、ラクリアはそれでも話を続けなければならなかった。

 委縮する心は抑えようもないが、言うべき事は言わねばならない。
 話が進むにつれてどんどん汗の量が増えていくが、気合で無視する。
 汗の量と反比例して体温が低下し、意識さえ危うくなってくるが、爪を掌に突き刺して繋ぎ止める。

 そうやってラクリアがどうにか虚勢を張りながら自分の主張を述べ終えると、


「……ふむ、思った通りなかなか肝が据わった方のようですね」

 久しぶりに相槌以外の言葉が返され、それと同時に空気が緩んだ。

 ――シェリスは、素直に感心していた。
 
 ラクリアがどの程度の覚悟を持ってこの敵陣で自分の意志を表示したのかを試す為に威圧したのだが、
まさが最後まで表向きは怯えを隠したまま言い終えるとは思っていなかった。
 自分の威圧を受ければ、そこそこ名の通った冒険者でも目に見えて怯むというのに。     

 しかも話の時の様子から立てた推測では、まだ隠し事がある。

 国王達を討つという話、ルクガイアを託す事になる国とそこを統治する貴族達の見極めの話、
どちらもあえて何か重要な要素を排しているような印象があった。
 気を抜いていれば確実に見逃すような僅かな時間だが、時々必要ないはずのところで言葉を選んでいる様子があった。

 自分を相手に虚勢を張りつつ隠し事をする。
 そんな事が出来る人間は、そう多くはない。
 まだまだ拙いが、磨けば確実に輝く原石だ。

 何を隠しているのかは気になるが、初対面であまり突っ込み過ぎても悪印象を与えかねない。
 唯一の懸念であった国王達が透明化魔法を持っていないという言質を取れた以上、無理に急ぐ必要もない。
 
 そう判断したシェリスは、再びの変貌に呆気に取られているラクリアを他所に話を進めた。

「分かりました。ある程度は御要望を受け入れましょう。
まず、貴女の透明化魔法の詮索を行わない事はお約束いたします。
国王達を討つ事に関しても、彼らを見つけ次第連絡を差し上げましょう。
私共の見極めに関してましても一年差し上げますので、その間存分に見極めていただいて結構です。
ガーナブレストを見極める際も国境のパスなど可能な限り協力いたします」

 告げられた言葉に、ラクリアの目が微かに見開かれた。
 想定していた最高の条件すらも上回っている。
 
 それを見計らって、シェリスは言葉を付け加える。

「ただし、一つだけ条件を呑んでいただきます」

「……どのような条件でしょう?」

「我が国がルクガイアを託すに値する、と結論を出した場合は私の指揮下に入っていただきます。
その際仕事として透明化魔法を使っていただく事はあるでしょうが、約定通り術式を教えろとは申しません。
総合しても悪い条件ではないと思いますが?」 

 そんな穏やかなシェリスの言葉に、ラクリアは若干考え込んだ。

 確かに、最後に付けられた条件を考慮に入れても決して悪い条件ではない。
 透明化魔法の詮索はされず、もし父達が自分の予想外の行動を起こした場合でも自分の手で討てる可能性が生まれる。
 
 そして、その後は制約なく当初の目的の為に動けるという事なのだから、今までよりも色々楽になる。
 ガーナブレスト側を見極める際も、堂々と行動できるのだから願ったり叶ったりだ。
 透明化魔法を使えば裏で何をしているか探る事も出来るはずなので、ごまかされる心配も少ない。
 なにより、猶予が長いので平常心で見極めが行える。

 結果次第でシュッツブルグに組み込まれる事になってしまうのが少々考えどころだが、
元々両国共に合格だった場合は出頭して処刑されるつもりだったのだから、特に不満は無い。
 不満があるとすれば、自分がのうのうと生きていていいのかという問題だが、死ぬだけならいつでもできる。
 ルクガイアの民が自分の死を求める声が大きくなるまでは、生きて償うのも一つの道ではある。

 条件の真偽に関しても、状況を考えればシェリスがわざわざ嘘を吐く理由もない。

 現在この部屋にはいつでも自分を取り押さえられるだけの戦力が揃っている。
 自分にナイフを命中させた化物メイドだけでなく海人達までいるのだから、
フェンがいると言っても自決を防ぎつつ捕らえる事は、造作もないはずだ。
 
 が、気がかりな点もある。

 この圧倒的優位な状況下にありながら、シェリスの案はあまりにも条件が良すぎる。
 何か裏があるのではないかと勘繰らずにはいられない程に。  

「ふふ――そう警戒なさらなくとも、他意はありませんよ。
こうして直に向かい合って貴女が約定を違える方ではないと判断した事、
そして我が国がルクガイアを託すに値すると評価を受けられるという自負があればこその提案です」

 警戒心が僅かに滲み出たラクリアに対し、シェリスは優しく諭した。
 その口調には優しさと同時に、自分の判断や自国に対する強烈な自負が垣間見えている。

 数秒迷った末に、ラクリアは結論を下した。

「……分かりました。寛大な御処置、感謝いたします」

「いえ、こちらにも十分に利がある話ですので。
さて、真面目な話が無事に終わったところで……」

 一瞬間を置き、シェリスは体を左に――ラクリアの隣にいる海人の正面に移動させた。

 そして、笑顔を向けた。
 にっこりとした、絵に描いたような満面の笑みを。

「カイトさん、少しよろしいですか?
色々と言いたい事があるんですけど」

 泣く子を宥めるかのように、優しげな声で尋ねる。

 慈愛すら感じる穏やかな言葉だが、それを発した口元の微笑みは若干引き攣っていた。
 その瑕疵は徐々に大きくなり、ピクピクとした頬の痙攣にまで至った。
 まるで、もはや我慢しきれないとでも言うかのように。

「……ま、言い返される覚悟があるなら構わんぞ」

 そんなシェリスに対し、海人は疲れ切った様子でぼやいた。

 彼女が言いたい事など、見当はついている。
 今の状況と引き攣った表情から考えれば推察の必要すらない。
 その内容は理不尽極まりないとは思うが、気持ちは分からなくもない。
 むしろ、優先事項があったとはいえ割と感情的なシェリスが今の今までよく我慢したと言えるかもしれない。
 
 付け加えるなら、目の前の御令嬢にはなんのかんので色々世話になっている。
 控えめに言っても狭量な身ではあるが、そんな相手の文句を受け付けない程ではない。

 とはいえ、理不尽な文句に反撃せずにいられる程大きな度量の持ち合わせもない。
 なので、即座に反撃できるよう軽く息を吸った。
 
 そうやって準備を整えた海人を見て、シェリスの笑みが深まった。
 無理に我慢する必要は無い、目の前の男は暗にそう保証してくれている。

 そしてシェリスは心置きなく、

「貴方は一体どんな強運持ってるんですか!?
いいですか!? 王城陥落以降この私のところに目撃情報すらろくに回ってこなかったんですよ!?
それをこの短期間で二回直接遭遇!? しかも今回は逃げた一直線上に貴方の屋敷があったから!?
私の屋敷からだだっ広いドースラズガンの森に逃げて貴方の屋敷に当たる可能性がどれだけ低いと思ってるんですか!?」

 血の涙を流さんばかりの、魂の叫びを上げた。

 理不尽とは分かっていたが、堪えきれなかった。
 今回ラクリアを探す為に費やした労力や費用は、決して馬鹿に出来ない。
 似顔絵の手配までは間に合わなかったが、輝石族らしき姿を見かけたら報告が来るよう忙しい中方々手配したのである。

 だというのに、目の前の男はただ普通に生活していただけで、望みもしないのに二回も直接遭遇している。
 しかも一度目は出不精が珍しくカナールに行った日に偶然遭遇し、
今日はラクリアが逃げたルートの直線状にたまたま海人の屋敷があったなどという出来過ぎた偶然。
 数値化すれば、まさに天文学的な確率だ。

 分野を問わない神がかった知力だの数百年に一人の魔力属性だのおそらくは人類最大の魔力量だの、
山ほど才能があるのだから、そういう運命を引き寄せる運ぐらいこちらに分けて欲しい、そう思わずにはいられなかった。 

 が、それは海人からすれば甚だ心外な訴えである。
 予想通りの内容であっても、どうしても語気は荒くなった。
 
「どこが強運か! ただでさえ厄介事に巻き込まれそうだと思っていたところに、
性悪令嬢が突貫してくるなぞ不運以外の何物でもないわ!」

 激しい気炎を吐きながら、猛然と怒鳴り返す。

 海人からすれば、今回の事は断じて強運などではない。
 揉め事は嫌いだというのに、大規模な揉め事の中心が頼みもしないのに突っ込んできたのだ。
 挙句、好感は持ちながらも迂闊に情報は開示できず、それを抜きにしても油断ならないシェリスが突貫してきた。

 ラクリアがいる今は触れてこないが、おそらくシェリスは後日改めて透明化魔法の対策を聞きに来るだろう。 
 万一彼女が乱心した場合の保険とか適当な理由をつけ、その実透明化魔法をより有効活用するために。

 無論必要以上の情報を渡す気など微塵もないが、相手はシェリスである。 
 極端に粘りはせずとも絶対に油断はできない相手なので、間違いなく心労が溜まる事になる。

 強運どころか、不運ここに極まれり。
 もはや海人にとっては天中殺と言って差し支えない。
  
 そんな激情のままに放たれた言葉は、シェリスの感情の焔を更に燃え上がらせる事となった。

「しょ、性悪……!? カイトさんにだけは言われたくありません!
私は生業の関係上仕方なくそのような行動もとらざるをえないだけです!
貴方は日常生活から根性悪でしょう!?」

「はっ! 人が少し迂闊な発言しただけでこれ幸いと無茶苦茶な量の書類を押し付けてくる人間には言われたくないわ!」

「どーせ貴方は暇でしょう!? ならば少しぐらい徹夜したって罰は当たらないはずです!
私達と違って戦闘訓練の時間もないはずなんですしね!」

「私は私で色々やる事があるんだ! ついでに言っておくが授業の準備もまだ全ては終わってないんだぞ!?
あんな書類片付けてたらますます完了が遠のくわい!」

 ぎゃーぎゃーとひたすらに言い争いを続ける二人。 

 言葉の内容こそ子供の喧嘩のようだが、両者共に語気の荒さや口調の抑揚と言った些細な変化を相手の精神力を削る武器へと変え、
周囲で聞いているだけの者の心さえもすり減らしていく。
 傍迷惑極まりない無意味に高度な舌戦という、しょうもない喧嘩である。

 そんな嫌すぎるBGMを聞き流しながら、刹那がローラの元に歩み寄った。

「……ロ、ローラ殿、止めなくてよろしいのですか?」

「お互い楽しんでらっしゃるようですので、特に止める理由はございません」

 刹那の言葉に、あくまで静観の構えを崩さないローラ。
 
 彼女の言うように、見方によっては二人共楽しんでいるようにも見える。
 両者共に罵倒以外の何物でもない言葉をぶつけ合っているが、
時間が経過するごとに疲れるどころか生き生きとしていき、
しかもお互い口元には微かな笑みが浮かんでいる。 

 この殺伐とした口喧嘩を楽しんでいるのか、日頃の鬱憤を晴らしてすっきりしているのか、
はたまた別の理由かは不明だが、激しい争いに反して仲良さげに見える。
 この調子ならば、良好な関係に罅が入るような事にはまずならないだろう。

 が、その程度の事は、刹那にも分かっていた。

「そ、そうではなく! こんな見苦しい所を見せて良いのですか!?」

 言いながら、目を丸くしているラクリアに視線を移す。

 控えめに言っても目の前の争いは見苦しい。
 これから評価されるというのに、こんな争いを見せては初っ端から悪印象が根付く可能性もある。
 その末にあまり愉快でない結果に結びつくかもしれない。

 が、そんな懸念をローラはあっさりと一蹴した。

「下される評価の元はあくまで実績のはずです。
それに、例えこれで多少評価が低下したところで、その分も成果を上げれば良いだけの事。
違いますか、王女?」

「はい、その通りです」

 ローラの問いに、ラクリアは迷う事無く頷いた。

 国家運営において評価すべきは実績であって人格ではない。
 いかな人格者であっても能力がなければ評価に値しないし、
逆にいかなる人格破綻者であっても国家にそれを補って余りある利益をもたらすのであれば評価できる。
 要は、結果さえ残せば問題ないのである。

 さらに言えば、ラクリアの個人的意見としては常に冷静沈着で感情が動かない人間よりも、 
時々は感情を乱す人間の方が望ましい。
 感情を御する事さえ出来れば、そういう人間の方が民の心情を汲み取れるはずなのだから。 
 
 なので、ラクリアは目の前の醜い争いをむしろ微笑ましく思っていたが、  
別の意味で彼女は目の前の争いを止めたかった。

 そう――鎮痛剤を使ってなお続く頭痛の原因は、まだ排除できていない。

 先程どうにか頭痛を耐えきったのは、本当に奇跡的だった。
 もう一度同じ事をやって耐えきる自信は、全くない。
 まだまだ時間はあるが、万が一口論の終息を待っているうちに薬が切れてしまえば、今度こそ発狂する可能性は否めない。

 とはいえ、目の前の争いは易々とは止まりそうにない。

 どうしたものか、と思っていると意外な所から助け舟が出た。

「キュウ~ン……」

 突然ピスピスと鼻を鳴らしながら、フェンが切なそうな鳴き声を上げた。
 威風堂々とした姿にはあまりにも似つかわしくない可愛らしい声と仕草に、一瞬口論が止まる。

「どうしたの、フェン?」

「ワォン……」

 主の問いに、フェンは体を丸めて体にぶら下げた荷物を鼻で示した。
 くんくんと匂いを嗅ぐそのバッグは、食料用の物であった。

「……お腹が空いたの?」

 その言葉を肯定するかのように、フェンが小さく一鳴きした。

 考えてみれば、フェンはシェリスの屋敷からここまで全力疾走という過激な運動をしている。
 朝食は摂っていたが、昼食が近い頃合いにそんな運動をして空腹にならないはずがない。

 とはいえ、生憎フェンを満足させられるような量の食糧の持ち合わせは無い。
 彼の食べる量は尋常ではないため、食料はあくまでラクリア用しか持ち歩いていないのだ。
 それも彼女が元々小食な事もあり、大した量ではない。
 
 どうするべきか悩んでいると、

「カイトさん、丁度昼食時ですし、よろしければ王女達共々昼食を御馳走していただけませんか?
私達も食べてませんので、正直空腹なんです。お金はちゃんと支払いますので」

 お腹を撫でながら、シェリスがそんな提案を持ちかけた。

 これは勿論フェンやラクリアの為の提案であるが、必ずしもそれだけではない。
 急な予定変更で昼食を食べ損ねた事もあって本当に空腹であるし、
なによりこの屋敷で出される料理には非常に興味があった。

 米を主食にしているこの屋敷ならば食べた事の無い料理が出てくる可能性は高いし、
以前一度御馳走になったカレーという料理を思えば、味の質もかなり期待できる。

 そんな食い意地の張った御令嬢に苦笑しながら、海人は言葉を返した。  

「金はいらんが、代わりにローラ女士共々料理を手伝ってくれ。
あ、念の為に聞いておくが、料理が出来ないという事はないだろうな?」

「ええ。数年ぶりですが一通りは嗜みとして身に付けていますので、御心配なく。
では王女、その子と一緒に出来上がるまで……」

「あの、カイトさんにお話があるんですが……出来れば、二人きりで」

 シェリスの言葉を遮り、ラクリアが声を発した。

 若干、シェリスの目が細まる。
 知られたくない内容なのだろうが、蚊帳の外にされて面白いはずもないし、何より海人と二人きりという理由が分からない。
 確かに二度も運命じみた遭遇をしているが、話を聞いた限りではそれほど接触した時間が長いわけではないはずだ。
 自分の知らない何かがあるのか、と気にせずにはいられない。

 が、それを尋ねようと口を開く寸前で、海人が遮った。

「構わんが、そのフェン君も別室で待機してもらえるか?」

 シェリス、そして心配そうにしている護衛二人を視線で制しつつ、条件を出す。

 室内でならば、何かあっても一対一で海人がラクリアに後れを取る事はない。
 彼女の体は華奢で、おそらくは海人の方が身体能力は上だ。
 ならば、海人製の発動時間が異常に短い防御魔法と拳銃で十分対処できる。
 
 とはいえ、ラクリアからすれば密室で男と完全に二人きりという状況である。
 海人としては難色を示すかと思ったのだが、

「勿論です。フェン、この人達と一緒にいて」 
 
 ラクリアはあっさりと条件を受け入れ、フェンに指示を出した。 

























 海人の部屋のソファに腰かけたラクリアは、少しだけ目を瞠った。

 部屋そのものは、別に驚くほどの物ではない。
 室内はそこそこ広く内装も見栄えがするが、王城育ちの人間からすれば驚くには値しない。

 驚いたのは、そこに当然のように小さな丸いテーブルと三つの椅子が置かれていた事だ。
 しかも、テーブルの中央にはたくさんの菓子らしき物が乗った大きな皿が鎮座している。
 そこから視線を外してみると、ティーカップなども全て三つ揃っている。

 これが示す事は、屋敷の主が護衛とそれなりの頻度で同じテーブルで談笑しているという事実。
 主の寝室で、護衛二人が気兼ねする事無く普通にくつろいでいるという事だ。 
 身分故に私室で使用人と同じテーブルを囲んだ事が無いラクリアにとっては、軽いカルチャーショックであった。
 
 そんな彼女に、海人は素っ気ない口調で問いかけた。 

「それで、話とは? 一応言っておくが、態度は素で構わんからな」

「――私を助けてくれた日、カナールで石を手に入れた?」

 態度を素に戻し、問いかける。
 やはり丁寧な態度を演じるよりも、こちらの方が楽であった。  

「……これの事か?」

 海人がポケットからハロルドから貰った石を取り出すと、ラクリアの顔に嬉しそうな色が覗いた。
 
「それ。突然で不躾だけど、それを譲――」

「気に入ってるから却下」

 言葉の途中で、すっぱりと断る海人。
 
 あまりにも問答無用で容赦の無い拒否に、ラクリアの声が一瞬止まる。 
 が、気を取り直して彼女が話を続けようとしたところで、

「――と言いたいところだが、説明、あるいは対価によってはやぶさかではない」

 悪戯っぽい笑顔と共に、海人が前の言葉を否定した。

 からかわれた事に気づいたラクリアは不満そうな顔をするが、
もう一度気を取り直して殊更に真剣な顔で理由を説明した。

「――父達を私の手で討つ為に必要」

 目を鋭く細め、強い意思を込めて語る。
 それと生まれ持った容貌や品格と相まって強い威厳さえ生じている。
 流石は一国の王女と言うべきか、思わず従いそうになるだけの貫録もある。  

 彼女が真剣そのものである事を疑う余地もない様子であったが、
海人は呆れたように息を吐いた。 

「やれやれ……君はアホか?」

「……いきなり、失礼」

 身も蓋もない言い方に、ラクリアの唇が僅かに尖った。
 
 ラクリアとしては、この上なく真剣な決意を込めて語ったつもりだ。
 欲する意思は勿論、求める理由もなんらふざけたつもりはなかった。
 それを一笑に付されては、愉快なはずもない。

 が、海人はそんな彼女の顔をつまらなそうに眺め、

「アホをアホと言って何が悪い。先程とはまるっきり状況が違っているんだぞ?
この状況ならシェリス嬢の助力で計画的に討伐する事が最善だ。君の手でやる事には何の意味もない。
政治的な意味でも、シュッツブルグとガーナブレストが討ったという方が良いだろうしな」

 当然すぎる正論を語った。

 この国に捕まれば殺される、という前提の元でなら、確かにラクリアは独力でやるしかない。
 最後に責任を果たしたい、と言ってもどうにか逃げる為の口実程度にしか思われないはずなのだから。
 
 だが、現在は国政にすら影響を与えているシェリスによって生存が保証された状態だ。
 ならば、王族としての責任を果たすにしても助力を得て片付けるのが最善である。
 間違いなくその方が成功率が高く、後の統治にも良い影響を与えるはずだ。

 それを嫌というのなら、我儘という他ない。 

「で、でも……」

「なにより、私が求めている説明を誤解している。
私が求めているのは、この石に関する説明だ。
魔力を溜められない、役に立たないはずの宝石、だが武器として使えると思しき宝石――これは一体どういう物なんだ?」

 手で宝石を弄びながら、問う。
 
 少なくとも、海人試した限りでは手元の宝石は少々美しく手触りが良いだけの石だ。
 魔力が溜まらない以上、魔法具としては使い道が無い。 

 だが、ラクリアはその役立たずのはずの宝石を明らかに武器として欲している。

 ここから考えられるのは、宝石に何らかの使用条件があるという事。
 それが何かは不明だが、興味深い事には違いなかった。

「――それは輝石族にしか使えない宝石。
他の種族にはただの手触りの良い石だけど、輝石族にとっては最高の魔法具」

 迅速に言葉を選び、淀みなく答える。

 やや後ろ暗いが、嘘は言っていない。
 海人が持つ宝石は輝石族にしか使えないが、最高の魔法具だ。
 実際に確かめた事は無いが、おそらく最新の魔法具でも足元にも及ばないだろう。

 ただ、どうしても隠し通さねばならない事を一つ、明かしていない。

 が、宝石、輝石族にしか使えない、魔法具として最高峰、これだけ揃えばカマをかけられる可能性は高い。
 しかも嘘を言っても見抜かれてしまう事は証明済みだし、はぐらかせばそれは殆ど間接的な肯定である。

 追及されないよう内心で必死に祈っていると、 

「……なるほど。使いこなせないのなら持っていてもしょうがないと言えばしょうがないな」

 その祈りが届いたかのように、海人は追及しなかった。
 まるで興味を無くしたかのように、つまらなそうな顔をしている。

 その表情に、ラクリアは深い安堵を覚えた。
 おそらく今回の交渉における最大の難関はクリアできた、と。

 ほんの一瞬――海人の顔に苦笑が浮かんだ事には気付かぬまま。

(……まったく、我ながら情けないな)

 表情を取り繕いつつ、海人は内心で嘆息していた。

 ラクリアの緊張や何を聞かれたくないのかなど、彼からすれば少し見ていれば分かってしまう。
 少し本気で追及すれば、非道な手段を用いて洗いざらい吐かせるまでもなく、
十分な情報を手に入れる事も可能なはずだった。

 それをしなかった理由は、二つ。

 一つ目は、単純にこの世界に来て以来海人が甘くなっている事。
 ラクリアのような人間は彼にとって割と好ましい事も手伝い、
怯える相手を更に追い詰める事は気が進まなかった。

 そしてもう一つは――それを上回る程の興味を、手元の石に持てないという事だ。

 研究対象として不足が無いわけではない。
 輝石族にしか使えない、というのがいかなる条件によるものなのかは実に興味深い。
 それを見つけ自分でも使えるようにする方法を探るとなれば、手応えも抜群だろう。

 ――が、それは妻を亡くす前の海人であればの話。

 妻の死以来探究心を完全に失ってしまった今では、そこまでの情熱は抱けない。
 現在色々と進めている魔法の開発でさえも、必要だからやっているだけで好奇心による情熱は皆無に等しいのだ。
  
 心優しい友人や護衛に囲まれた生活を送っているおかげか、最近は多少探究心も鎌首をもたげる事が出てきたが、
それでも昔とは比べるべくもない強さだ。
 
 とはいえ、それでもラクリアからもたらされた程度の情報で石を譲るのは、若干惜しい。
 創造魔法で複製可能というのは確認したが、創造魔法自体まだ不明な点の多い魔法である。
 複製した石が手元のオリジナルの石となんらかの差異がある可能性も、決して零ではない。

 それなりの付き合いがあれば譲歩しても良い程度の事ではあるが、ラクリアとの関係はほぼ赤の他人。    
 多少好感を抱いてはいるが、現状はそれ止まりでしかない。
 
 もう少し条件を引き出すべく、海人は話を続けた。

「……で、他の対価は何か用意しているか?」

「今金銭で用意できるのは、これが限界」

 財布を海人に渡す。
 言うまでもなく中身は殆ど入っておらず、対価としてはあまりに心許ない。
 案の定呆れた顔になった海人を見て、ラクリアは言葉を続けた。

「……一つだけ、満足してもらえそうな対価はある」

 言いながら、ベッドへ視線を向ける。

 それは現実的にラクリアが用意できる対価としては最高の物。
 相手が男でさえあれば特殊な趣味でもない限り満足してもらえるはず、と自負できる対価。
 海人と二人きりでの交渉を望んだ理由の一つでもある。

 だが、乙女としては出来れば使いたくない手段である。
 提案だけしている現状でさえ恥ずかしさのあまり顔から火が出そうなのだから、
実行するとなったらどうなってしまうのか想像するだけで怖い。
 一応、ラクリアの好みではないものの海人が美形に分類される事が救いと言えば救いだったが。
  
 だが、当の海人はその対価を明確に悟った上で、
 
「それは対価としては高すぎるし、受け取れん」

 嘆息と共に一切の躊躇を見せず断った。

 確かに、魅力的な対価ではある。
 ラクリアは疑いようもない美人であるし、性格からして受け取った瞬間に殺される心配もないだろう。
 むしろ、男に生まれたならば殺されたとしても迷わず飛びつくべき対価かもしれない。
 
 が、海人の場合はそうもいかなかった。
 
 亡き妻の事もそうだが、護衛達の問題もある。
 雫は気にしなさそうだが、刹那は性格上そんな対価を受け取ったとなれば良い顔はしないはずだ。
 色々面倒が増えるし、最悪関係悪化も十分あり得る。 

 どんなに魅力的だったとしても、受け取る事は出来ない対価だった。

「……でも、どうしても欲しい」

 にべもなく断られても、ラクリアはまだ諦めなかった。

 海人の手元の石は、父達の話を別にしても間違いなく必要な物だった。
 将来シェリスの下で働くのなら相応の武力が求められるであろうし、向こうもそれを期待しているはずなのだから。
 
 そんな彼女を半眼で見ながら、海人は仕方なく妥協する事にした。

「やれやれ、仕方ないな。聞くが、ひょっとして頭痛の原因はこれか?
だとすれば、探すには便利なんだろうが……」

「……今まではあんなに酷い痛みは無かった。
集めるたびに少しずつ強くなってたけど……せいぜい爪で強く引っ掻いた程度だった」

「ふむ……その言葉からすると、頭痛はこれに魔力を溜めた段階で治まるんだな?」

「そのはず」

「そうか……譲りはしないが、君の目的が終わるまで貸し出すという事なら構わんぞ。
そして、そのうち対価が用意できたらその時は譲ってもいい」

「本当?」

「ああ。ただし、実際に魔力を込められるのかこの場で見せてくれ。
自分の目で確かめん事には納得できない性質でな」

「……分かった。貸してみて」

 海人から石を受け取り、ラクリアは魔力を注ぎ始めた。

 海人の時とは違い魔力の光がみるみる石に吸い込まれ、徐々に輝きを増していく。
 注がれる魔力量の増加に比例するように輝きは強くなっていくが、それは必ずしも魔力それ自体の輝きではなかった。

 魔力が注がれるにつれて、宝石その物が徐々に変化しているのである。
 その変化はまるで水を得た魚のように劇的で、鈍かった輝きは鮮やかな色彩を取り戻し、宝石の表面も磨かれていくかのように透明感が高くなり、
とまるで生まれ変わっていくかのような変化を続けている。

 やがてそれらの反応が頂点に達したところで――海人はある事を念じた。
 
「……ん、頭が軽くなった。もう痛くない」

 魔力を収めたラクリアが、微かに顔をほころばせた。
 微弱に続いていた頭痛も完全に消え、不快感は残っていなかった。

「となると、原因はやはりその石だったという事か?」

「多分。これ、粒が大きいから」

 手元の宝石を眺め、そんな感想を漏らす。

 ラクリアの言う通り、宝石の大きさは非常に大きかった。
 おそらく、これまで集めた最大の石の三倍はあるだろう。

 宝石は大きければ大きい程魔法具としての性能も優れている為、
そのせいで反応も凄かったのではないか、とラクリアは納得していた。

 ――そんな亡国の王女を観察しながら、海人は内心で安堵の息を吐いていた。

 ラクリアの言葉で、頭痛の原因が海人が大量に複製した宝石であろう事は容易に予想が付いた。
 断定には些か性急だったかもしれないが、現状思い当たる要因はその程度だった。

 そしてそれが当たっていた場合、魔力を注いだ時に頭痛が僅かながら軽くなるはずなので、
そこから地下の宝石の存在に勘付かれる可能性があった。
 
 だからこそ、この場で魔力を込めさせたのである。
 そうすればタイミングを合わせて地下の宝石を消し、ごまかす事が出来る。

 無論、頭痛がどのタイミングで消えるかは正確には分からなかったが、
多少の誤差ならば向こうが勝手に誤解してくれる可能性の方が高い。
 頭痛が完全に消えた歓喜によって細かい事に考えが回らなくなる可能性も高い為、
成功率はかなり高かった。    
 
 そして見事目論見は成功し、ラクリアは何も知らずに素直に喜んでいる。
 今回に関してのみ言えば、完璧に事が進んだと言えた。

 海人がその成果に満足していると、ノックの音と共に雫の声が響いてきた。

「海人さーん、お話終わりましたー?」

「ああ、終わった。もう食事が出来たのか?」

「はい。色々すっごいですから楽しみにしててください。
多分、ラクリアさんも満足してもらえるだけの料理になってますんで。
フェン君なんか、よだれ垂らしながらお座りして待ってますよ」

「――ありがとう。楽しみ」
 
 雫の明るい言葉に、ラクリアは柔らかく微笑んだ。

 ――この時ラクリアは一つ重大な事を忘れていた。
 
 本来ならば先程のシェリスとの話で言っておくべきであった事を。

 今日一日でめまぐるしく変化し続けた状況に思考が完全には追いつかなかったが為に、
シェリスのプレッシャーをしのぐ事に必死になり結果として最小限の言葉しか紡げなかった為に、
なにより今日までずっと自分一人で父達の後始末をつけるつもりであったが故に、大事な事を失念してしまっていた。

 彼女は、程なくしてそれを深く後悔する事となる。     
 
 


























 ルクガイアとシュッツブルグの国境付近のとある山。
 未だ日は高いが、その一角は高い木々に囲まれ薄暗い。

 そこで、ゲイザー達は真剣な面持ちで自身の軍団を眺めていた。

「ふん……ま、十分戦力は整ったか」

 そう呟く彼の眼下には、無数の魔物の群れ。

 低位の魔物が大半とはいえ、これだけの数が揃っていればそこらの軍など相手にもならない。
 まして、増員されたとはいえ国境警備に配された程度の兵数では太刀打ちなど出来るはずもない。

 とはいえ、欲を言えばもう一押し欲しいところではあった。
 なにしろ、自分達の人生最後の一暴れである。
 火の最上位魔法でも用いて、派手な開戦の狼煙を上げたいところだ。

 だが、現在国境近辺に限らず多くの場所では最上位魔法の射程範囲は厳重に警戒されている。
 迂闊に使う準備でも始めれば、瞬く間に察知されて殲滅される可能性が高い。
 残念ながら、そんな一か八かの賭けをする気にはならなかった。

 若干の物足りなさを感じながら物思いにふけっていると、背後から足音が響いた。

「アイザックか。どうした?」
 
「…………父上、僕達は生き延びられるでしょうか?」

 元ルクガイア王国第一王子アイザック・ベルグデン・トレンドラは気弱そうな声音で、父に問いかけた。
 答えの分かりきった、虚しい問いを。

「無理だな。よしんばシュッツブルグの国王まで殺したところで、他の国が黙ってるわけねぇからな。
ま、あと二週間捕まらなきゃ頑張った方だろ」

 気楽な口調で、息子の問いに答える。

 事実、ゲイザー達に生存の可能性などありえなかった。
 シュッツブルグの王都まで攻め上って勝利を収める可能性自体も皆無と言って差し支えないが、
仮に奇跡が積み重なった末にそれが成功したとしても、今度は周辺国家が黙ってはいない。
 ガーナブレストは当然ながら、グランベルズやエルガルドもこれ幸いと軍事介入してきて、
あっという間に皆殺しになる事は目に見えている。

 ――自分達のやる事は、本当に最後の一華にしかならない。

 改めてその事実を突きつけられた少年の体が、恐怖に震えた。

「……怖いか?」

「はい……覚悟はとうに決めたつもりでしたが……やはり、僕は駄目なんですね」

 卑屈そうに、自嘲する。

 殺されるにたる理由があり、それを自覚しているにもかかわらず、自分は覚悟を決められない。
 王族以前に男としてあってはならない惰弱さだ。
 せめて運命を受け入れずとも、立ち向かうと言い切れる強さが欲しかった。

 ―――姉のように。
  
 歴代ルクガイア王族有数の魔法の才を誇る姉のように。
 弟から幾度も攻撃魔法を受けてなお、必死で行いを諭そうとした姉のように。
 何も知らぬせいもあるとはいえ、強く純粋に民を思い国を憂いていた姉のように。
 
 そんなアイザックの内心を見透かすように、ゲイザーは笑った。
  
「ま、ラクリアと違ってお前は思いっきり俺に似たからなあ……が、思い残す事がないよう色々やってきただろ?」

 くっく、と低く笑う。

 自分も大概好き放題にやってきたが、息子も相当に悪行を積み重ねている。
 何しろ十歳の時から女遊びに目覚めて相手の合意関係なしに弄び、気に入らない使用人を焼き殺し、と散々やっている。
 国家全体に影響するような行為こそ少ないが、死罪になるには十分な罪状が揃っているのだ。

 そんな父のからかうような言葉に、アイザックは今にも消え去りそうな儚い表情で尋ねた。

「……だから、潔く死ぬ覚悟を決めろと?」

「まさか。そんな聖人だったらとっくに法変えてラクリアに王位を譲ってらぁ」

 笑みを一層深め、ゲイザーは言い切った。

 死ぬ覚悟を決めろなどと、言うはずがなかった。
 そんなに潔い人間であるならば、そもそもこんな事にはなっていないのだから。
 
 むしろ、ゲイザーはこの期に及んでも息子に死んでほしくなかった。
 
 彼は加害者であると同時に、愚かな父親の哀れな被害者でもある。
 ゲイザーがしっかり息子を見ていれば、こうならなかった可能性は十分にあった。
 全ての責が自分にあるなどとは断じて思わないが、やはり息子に対しての負い目はある。

 今更手遅れな事は分かりきっているので、口には出さないが。

「……そういえば、ラクリアと言えば少し妙だな。
あいつがこっちの奥の手漏らしてねえとも思えねえんだが……」

 むう、と小さく唸る。

 奥の手――ゲイザーの父が開発した魔法は非常に強力だが、効果を最大限発揮するには手間がかかる。
 追われている状況で準備を整えるのはなかなか難しいはずなのだが、思いのほかあっさりと終わってしまった。
 一応何度か敵軍に見つかって危うい事があったが、それさえもカイザーウルフの速度のおかげで無事逃げ切れてしまった。

 ラクリアが奥の手についての情報を漏らしていればこんな事はありえず、彼女が漏らさない理由もない。
 何らかの罠という可能性も考えたが、そんな迂遠な手段を使う理由もない。
  
 結果として都合が良かったので放置していたが、不思議な話であった。

「言われてみれば確かに……ひょっとすると、準備万端整えたところを叩き潰して示威するつもりなのでは?」

「確かに効果はすげえだろうが……予想できる被害を考えるとリスクが大きすぎんだろ」

「こちらの行動さえ予測できていれば、それほどではないかもしれません。
姉上なら対抗手段もありますし、僕らの行動の予測も出来るかもしれませんから……もしそうなら、姉上と戦う可能性も高いわけですが」

「先に言っとくが、そうなっても手は抜くなよ?
家族でもみすみす命をくれてやる理由はねえし、あったとしても下手に手を抜きゃその後のあいつの立場に問題が出かねねえ。
全力でかかって殺しちまったら仕方ねえ、ぐらいに考えとけ」

「御心配なく。姉上の事は尊敬していますが――憎しみも、十分にありますので」

「……別に、あいつが悪いわけじゃねえだろ?」

「分かっていますが、やはり姉上の存在あってこそ、という面もあったと思うので。
それに――真っ先に憎むべき者達は十歳の時に殺してしまいましたしね」

 にいっ、と口元を獰猛そうに歪める。

 十歳の時の初めての殺人――アイザックにとってそれ以上に楽しい経験はなかった。
 あれ以来様々な事をやったが、どんな美女を抱こうと、どんな美食をしようと、どんな殺しをしようと、
あれ以上の充足感と幸福感と解放感に満ち溢れた快楽は無かった。  

 そんな壊れてしまった息子をゲイザーは一瞬悲しそうに見つめ、
 
「……ま、どのみち今更作戦変更できるわけでもねえ。
死ぬまで計画通りに派手に暴れるだけだ」

 迷いを振り切るように、眼下に視線を移した。

 そこには先程までとは違い、魔物だけでなく人も集まっていた。
 魔物の数に比べれば僅かな割合だが、それでもそこそこの数がいる為、
雑談の声が合わさってなかなか騒がしくなっている。

 懐中時計を見れば、既に計画決行の予定時刻が迫ってきている。
 それを確認したゲイザーは数歩前に出ると、腕組みをして悠然と己の軍団を見下した。
 その仕草は流石は元一国の王と言うべきか、なかなかの威厳が滲み出ていた。

 彼らはゲイザーが自分達を見ている事に気付くと、一人、また一人と話を止めて真剣な顔をそちらへ向ける。
 程なくして全員が沈黙し、場に静けさが戻った。
 
 若干の間を置いてから、ゲイザーは額の宝石を――娘の半分以下の大きさのそれを撫でながら、重々しく言葉を発した。

「ま、今更ごちゃごちゃ言うのは野暮ってもんだが……所詮俺らは負け犬だ。
負け犬になるべくして生まれ、運命を覆す事も出来ず、挙句の果てにぶっ壊れたクソ野郎共だ。
だが――」

 一瞬言葉を切り――直後、ゲイザーは自らの喉を張り裂かんばかりの雄叫びを放った。

「負け犬には負け犬の意地があるっ! 屑、カス、下衆、好きなように呼べばいいっ!
だが俺らの事を忘れさせはしねえっ! 英雄なんぞよりも大きな名を――最低の悪名を歴史に刻み込んでやらぁっ!」

 狂気と妄念に満ちた激を飛ばすゲイザー。

 その声に反応し、旧ルクガイア重臣達から勝鬨の如き雄叫びが上がる。
 それに呼応して各騎獣も雄叫びを上げ、その他の魔物の軍勢も同様に絶叫する。
 遮音魔法による結界で外には漏れないが、山を微かに揺るがす程の大振動である。

 それが最高潮に達した頃合いを見計らい、ゲイザーは拡声魔法を使い大地を揺るがすような号令を放った。 

「目指すはドースラズガンの森! 行く手を阻む者は全て磨り潰せ!」

 ――かくして、負け犬達の最後の宴が始まる。











 

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント
えっー、もう一回引っ張るんですか
hatchです。私が言いたいのは表題で言いました。
2週間待たされたあげくに、戦闘開始に至らないんですか?
いや、文句言える立場じゃないですね、2週間か3週間か分かりませんが次回の更新をお待ちしています。
[2011/07/31 23:18] URL | hatch #eZUPPjB6 [ 編集 ]


はい。やはりこうなっちゃうwww
でも、カイトよりはラクリアメインになるのかな?
一応は、カイトも考慮してくれるだろうし?w
あと、開発魔法がどんなんかさっぱりわからんw

カイトという存在がいなければ容赦なく透明魔法吐かせてたかな?
利益はあるけど、カイトの警戒感が跳ね上がりますからねw
[2011/07/31 23:45] URL | とまと #mQop/nM. [ 編集 ]


更新お疲れ様です

ゲイザーはある意味、誰よりも「人間」なんでしょうね
欲望に忠実で、自分の子どもを愛して、罪を理解しても無意味に死にたくない
王族じゃなかったら、ただの凡人だったんでしょうね
王族に生まれたのは良かったのか悪かったのか

さて、次回はそろそろ戦いが始まるのかな?
次回の更新も楽しみにしています
……刹那は料理の時何をすることを許されてたんだろうなぁ
[2011/07/31 23:55] URL | 華羅巣 #zR7lJLBY [ 編集 ]

読者様1名ごあんな~い
なんか、読んでやってると言わんばかりの読者様が涌いていますが
どうか焦ることなく、九重さまの納得のいく作品に仕上げてください。
それにしても夏休みですねぇ・・・。
[2011/08/01 00:11] URL | 儲 #oKl.2HdU [ 編集 ]


ここまで精巧な作品をネット上で見ることができたのは初めてです。
ここまでの文章のレベルを保ち続けることに驚嘆を覚えました。
これからも是非とも頑張ってください、期待しております。
[2011/08/01 00:34] URL | #- [ 編集 ]


今回も楽しく読ませて頂きました
次回はいよいよ開戦ですかね?

あぁ、続きが気になりすぎて辛いですw

悶々としながら次の更新を楽しみにしてます!
[2011/08/01 01:19] URL | スウ #- [ 編集 ]


相変わらず「ローラ女士」なのですな
○女史:見識や教養が豊かで、社会的に活動している女性。また、そういう女性に対する敬称として名前の下につける語。
○女士:中国語における女性に対する呼称の一つ
と認識していますが……
[2011/08/01 01:26] URL | Siva #YeFwB4VE [ 編集 ]

更新お疲れ様です!
ラストを見ると、やはり海人は巻き込まれる体質というか厄介事を引きつける体質というか。「白衣の英雄」という題名なので「たまには英雄やれよ海人」と思う反面「らしくないよな」とも思うし……。まあ頑張れよって感じですね。

次話が楽しみです。
[2011/08/01 01:46] URL | 戸次 #Wjzbkqqg [ 編集 ]

夏バテ~
まぁ一番上の読者様は気にしないほうがいいですよ……。

今回も楽しく読ませていただきました!ラクリアが何を忘れていたかは気になるところですが次回に期待しています。

体調には充分気をつけてくださいm(_ _)m私はタイトルにも書いたように軽い夏バテですので(笑)

次回の更新も楽しみに待っています。

[2011/08/01 23:07] URL | baru #ZujHqT5A [ 編集 ]


ちょっと方向性が違うだけで、ルクガイア王家の三人は
実に似たもの親子というか、自己陶酔と自己弁護と自己憐憫の仕方がそっくりだと思いました
ラクリアも、個人としては好ましい性格だとは思いますけど、
本人が言ってるように、情に流されやるべきことをやらなかったという時点で論外ですし

父と弟についても、この先どんな事情が明かされようと、まるで同情する気にはなれないだろうなぁ
[2011/08/02 11:20] URL | #j4ekpsMA [ 編集 ]


いやーさすが主人公、見事なフラグメイカーっぷり。
言葉で表すとカイトの遭遇頻度がやっぱり高いですねww厄介事のみみたいですが。

ラクリアさんこの大事な時に何を忘れてるんですかね?
危険が目前に迫ってから思いだして、しょうがないからカイトが魔法を使って何とかする流れですね、きっと。
[2011/08/02 23:14] URL | 煉恋々 #h2YGRmSs [ 編集 ]


シェリス嬢がどうも面倒なキャラになってきてしまってるかなと、容姿、年齢の割りにやたら大物に描写されすぎなのと交渉、取引有りとはいえ主に権力側で要求側なんでしょうがないのかな?
もっとシェリス嬢と敵対なりしてる同国の上か同程度の嫌な権力者みたいのが出ていれば、また印象は違う気もするのですが、すこし物語というか世界観が狭い気がするので、大分この世界に慣れた主人公なら、この国にいなきゃいけない理由もなさそうですし、色々と距離を置く意味でも他の国や場所にも行って欲しいかなと個人的に思います
[2011/08/04 05:06] URL | ガヤ #mQop/nM. [ 編集 ]

手加減をどれくらいするのかなあ?w
普通に考えると、ガーディアンを出せば殲滅(虐殺)して終わりそうだけど‥‥。

一様攻めてくる側に、光学迷彩がある可能性はわかってるんだし、それらへの対策もあるみたいだから、あとはシェリス嬢に、そのへんの光学迷彩系への対抗手段情報をどれだけ渡すか考慮しながらの戦闘になるかなあw

あとはいま住んでいる住居へ攻められたときの防御能力をどれだけ開示するか?もかなw


次話にも期待!!
[2011/08/16 14:17] URL | 通りスカ裏 #l.rsoaag [ 編集 ]


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