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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄50
 シェリスはおそるおそるといった様子で、手元の吸い物の椀を手に取っていた。
  
 幼少時から貴族として食事のマナーも厳しく躾けられた彼女にとって、
器を持ってスープを飲むというのは、それがこの場合の作法だと分かってはいてもなかなか躊躇いが抜けなかった。

 が、意を決して漆塗りの器に唇を触れ、一口含むとその表情は一気に和らいだ。 

「ふぅむ……単純なようでいて実に奥の深い繊細な味付けですね。
これはシズクさんの腕が素晴らしい、と言うべきなのでしょうか?」

 はふう、と艶めかしい吐息を漏らしながら椀から口を離す。

「や、あたしの腕は普通です。使ってる材料がほとんど極上物なんで、こんぐらいの味にはできるんですよ。
本職の料理人が作ったらもっと上行くはずです」

 頬を掻きながら、訂正する。

 基本的に生物は作れない海人の創造魔法だが、何故か出汁などの液体は作れる。
 おおよそ料理の基本となるべきそれが極上物なので、雫でもある程度の味にはできる。
 
 とはいえ多少慣れているとはいえ所詮雫は素人である。
 繊細な味付けの代表格とされるヒノクニ料理の素材の味を十全に引き出しきるというわけにはいかない。
 本職の専門家が作れば、必ずこの上を行けるはずであった。  
 
 そんな謙遜ではない率直な言葉に、シェリスは小さく唸った。

「是非一度食べてみたいですね。ヒノクニ料理の腕が優れた方どなたか御存じありませんか?」

「無理だと思いますよ。この大陸だと醤油とか鰹節とか基本的な材料の入手が難しいですから、
腕を磨く事もそうそう出来ませんし……どうしてもって言うならヒノクニに行くしかないと思います」

 肩を竦め、にべもない事を言う雫。

 この大陸でヒノクニとの交流が始まったのは、そう昔の事ではない。
 雫達のように渡って来ている者はいるが、祖国の素材をこの大陸で再現するような剛の者は少ないのである。
 当然、そんな状況下で優秀な料理人が生まれるはずもない。

 シェリスもそれには納得し、残念そうに肩を落とした。

「にしても、シェリス嬢がこれだけできるというのが意外だったな」

 シェリスが手掛けたと思しき料理の数々を見て、海人が感嘆の息を漏らす。
 いわゆる洋風の料理ではあるが、どれもこれも店で出せそうな逸品ばかり。
 割と万能らしい御令嬢に、感心せずにはいられなかった。

「それほどでも、と言いたいところですが、ほとんどはローラですよ。
私は魚を焼いてサラダのドレッシングを作っただけです」

「そーでしたよねぇ……特別シェリスさんの手際が悪かったわけでもないのに、次々に料理が完成してるんですもん。
あれって完全に全部計算してないと無理ですよねぇ……流石と言うかなんというか」

 隅で上品かつ黙々と、だが凄まじい勢いで食事を平らげている絶世の美女に目を向ける。

 雫達が目にしたローラの手際は特筆すべきものがあった――というか、特筆すべき点しかなかった。
 味が良い、手際が良い、盛り付けが良い、これらは重要だが基本的な事である。
 全て兼ね備えるのは料理に慣れた者ならある程度は出来る。

 が、一人でフライパンを十個近くも操りつつ、という要素が加わるとなれば話は異なる。
 そのどれもこれも完璧な火加減を行っているとなれば尚更であり、もはや化物と表現する他ない。
  
「……正直参考に出来ればと思っていたのだが、その暇すらなかったな」

「そういえば、セツナさんがあまり料理が得意でないというのは少し意外でしたね。
イメージからすると凄い料理が出来そうに思っていたんですが」

「あっはっは、お姉ちゃんは家事系ほぼ壊滅ですよ?
料理だって最近は色々と寛大な人達のおかげで真っ当に作れる物が増えましたけど、
前は調味料三種以上扱わせたら危なくて食べられなかったんですから」

「えっと……危なくて、とは?」

「殺人的な味か文字通りの猛毒料理かになってたんですよ。
ええ、本当にそれで何回命が危なかった事か……」

 あっはっは、と軽快に笑う雫に、冷や汗を垂らすシェリス、恨めし気に妹を睨む刹那、
そして穏やかな顔でそれらを見つめる海人とラクリア。
 横を見ればフェンは大量の料理を既に平らげ満足そうに寝っ転がり、
隅では同じく食事を終えたローラが空いた皿を片付け始めている。

 平和な情景であった――――この時までは。 
 
「ん……? なんだ、あれは?」

 眉を顰め、海人は遠方の空を睨んだ。

 それは澄んだ青空を穢し尽くすような漆黒。
 立ち上る姿からして爆発による黒煙のようにも見えなくはないが、その色からして闇魔法によるものであろう。
 みるみるうちに空に広がっていくそれは、言い知れない不吉さを感じさせる。

「何か見え―――」

 怪訝そうにシェリスが背後を振り返り、絶句した。

 遠い空の下から立ち上る闇の煙は、晴れ渡った空の中で一際目立つ。
 なにより、その方角と意味する内容があまりにも危険すぎる。 

「……どうやら《死の狼煙》のようですね。距離と方角からすると、おそらくはドースラズガンの森近くの砦の国境警備隊かと」

「――手に負えないようであれば迅速に撤退するよう指令を出しておいたはずよね?」

「はい。考えられる可能性としては――撤退も許されないような戦力で攻められた、
あるいはあまりにも危険な戦力と判断し、速やかに最も危険度の高い合図を出したか……」

「二人共、あれはどんな合図なんだ?」

 静かな声で、海人は尋ねた。

 二人の会話からして良くない知らせの類である事は間違いないと判断できるものの、
具体的な内容までは判断できない。
 場合によっては自分達にも関わってくる事なので、訊ねないわけにはいかなかった。

「御察しかもしれませんが《全滅》です。
転じて圧倒的すぎる戦力を目にした時なども危険度を知らせる意味で出される事があります。
いずれにせよのんびりしていられる合図ではありません。申し訳ありませんが失礼させ――」

「待った。刹那、正確な状況を見せてやれ。
それと、必要ならば声も届けて欲しいところに届けてやるように」

 席を立とうとしたシェリスの言葉を遮り、淡々と指示を出す。

「――よろしいのですか?」

「構わん。この程度の手札なら、開示する程度は問題ない」

 主の肯定を受け、刹那は軽く頷いてからシェリス達と共に空へと飛んだ。
 そして、海人から貰った魔法術式の一つを思い浮かべ、起動する。

「光よ、世界を歪め我が眼前に遥か彼方を映し出せ《クレアヴォヤンス》!」

 詠唱完了と同時に、刹那達の前に国境の砦の映像が映し出される。
 既存の魔法学ではありえない距離の遠隔視魔法――それも空間に映像が映し出されるなどという異質な魔法に
シェリスとローラが軽く目を見開くが、それも一瞬だった。

 ――映し出された光景は、激戦。

 門は破壊されて跡形もなくなり、そこから侵入した魔物達が所狭しと暴れ回っている。
 魔物の種類は様々で、鳥形、狼型、猪型、果ては虫型まで実に節操がなく、数えきれぬほどの圧倒的な物量。
 それらの背後に、カイザーウルフ、そしてノーブルウルフという上位の魔物が主を乗せて悠然と佇んでいる。
 時折彼らの背に乗った輝石族達による魔法の援護が行われている為、もはや理不尽なまでの戦力と化していた。

 砦を守る兵士達も決してやられっぱなしではない。
 ある者は仕留め損ねたもののどうにか一瞬動きを止めた魔物の体を別の魔物の口に放り投げ、
止めのついでに隙を作って二体を効率的に潰し、またある者はあえて敵陣深くに切り込んで自分に放たれた攻撃魔法を利用して
同士討ちをさせ、と数で劣るなりの巧みな戦術を繰り広げている。
 
 が、それでも数の差は圧倒的であった。
 みるみるうちに反撃の勢いは衰え、追い詰められ始めていく。
 練度がそこそこ高い兵達ではあるが、一人で百人相手取れるような超人は存在しない。
 合図通り全滅するのはそう遠い話ではない。

 流石と言うべきか、一秒にも満たぬ間でそれを把握したシェリスの動きは迅速だった。 

「セツナさん! 私の声を届けられますか!?」 
 
「――風よ、絶え間なく世界を渡り続ける永劫の旅人よ、我が意に従い音声を届けよ《オムニプリセント・ヴォイス》!」

 シェリスの声とほぼ同時に刹那の詠唱が終わり、またしても既存の魔法学の限界を軽く破壊した伝声魔法が起動した。 


























 国境の砦を守る兵士達は、凄まじい焦燥感に駆り立てられていた。
 
 敵の戦力があまりにも圧倒的で、勝ち筋が見えないのだ。
 それどころか、この状況では撤退できるかどうかも怪しい。
 撤退戦を始めようとした瞬間に押し切られて全滅する可能性さえ否定できない。
 急を知らせる狼煙は無事上げられたので正真正銘の最悪だけは避けられたが、
全滅が願い下げである事には変わりはない。

 ――兵士と言っても、彼らは正規兵ではない。

 その実態はシェリスが有事に備えて契約を行っていた傭兵団。
 国王達がシュッツブルグに攻め入ってきた場合、この国の正規兵では間違いなく不足だという理由で   
元の国境警備隊を外して入れ替えさせていたのである。

 が、幾多の戦場を潜り抜け、そこそこ名を馳せている彼らでもこの戦力差は覆せない。
 相手が人間ならば数十人ばかり惨殺する事で士気を挫く事も出来るが、相手の大半は魔物である。
 効果がまるでないわけでもないが、人間相手よりも効果は薄い。   

 しかも、見る限りどうにも魔物達は正気を失っているらしく、いくら死骸を積んでも臆せず――否、
視界に入ってすらいないかのように襲い掛かってくる。
 無尽蔵に湧いているかのような数とその勢いに圧され、諦めを知らぬ者達にも諦観がよぎりかけたその時、

『――銀の薔薇より緊急指令314! 繰り返す! 各員314に従い行動せよ!』 

 気合を叩き込むような、気高く美しい声が響き渡った。

 その声には現在砦を守っている者達全員が聞き覚えがある。
 破格の報酬で彼らを雇い、仕事において常に打てる最善策を提案してくれた、大恩ある御令嬢。
 
 ――はっきり言って、その声が発した限られた者しか知らぬ暗号の内容は非常に物騒であり、生存の保証はない。
 むしろ現状では極めて少ないと言えるだろう。
 
 だが、それでもやる価値はあると誰もが思っていた。
 このままではどのみち遠からず全滅するという事もあるが、それだけではない。 
 その場の誰もが、声の主が指示する内容は最善であると信頼しているからだ。

 だからこそ、その無情な指令に対する決断も迅速であった。

「はっ――てめえら今の指令は聞いたな!? 総員死力を尽くして時間を稼げ!」

『おおぉっ!』

 団長――今は警備隊長の指示に、雄叫びで応える部下達。
 彼らは今まさに一体となり、遠方にいるであろう――救援には間に合わぬ位置にいるであろう令嬢の指示に従っていた。

 そんな様子を砦の門のやや手前から眺めていたアイザックが、怪訝そうに呟く。

「銀の薔薇? 314? 彼らは一体何を言ってるんでしょう?」

「ふん――大方上司からの撤退の合図だろ。この状況じゃ他に考えられねえ」

 冷酷な眼差しを砦に向けたまま、ゲイザーはそう結論を出した。

 戦力差は、依然として圧倒的だ。
 今まで持ち堪えていたのは、あくまで個々の技量と作戦でどうにか誤魔化していただけに過ぎない。
 相手に優秀な輝石族でもいない限り、これを覆す事は出来ない。

 が、ラクリアがこの国についたというのならこの状況の可能性が伝わっていないはずもない。
 おそらくアイザックが言っていたように自分の力だけでなんとかするつもりで、最悪の結果を出したのだろう。
 彼女がついているのなら、こんなドースラズガン近くの国境などという攻める可能性の高い箇所をこんな戦力で守っているはずがないのだ。

 そして、上空から遠隔視の魔法を使っている者から増援の姿が見えたという報告もない。
 
 となれば、残る可能性は撤退戦のみ。
 それでも全滅の可能性は高かろうが、敵の詳細を伝える為にそれを選ぶ可能性は十分ある。
 指示を出したのが女の声だったのが気になるが、警備隊長がかく乱を狙って風の魔法で声を変えつつ部下に指示を出したのだろうと考えられる。

「となると、今が好機ですか?」

「いや、まだだ。撤退の準備なら確実に俺達に背を向ける瞬間がある。
そこを狙って集中砲火浴びせりゃ、上の連中は一網打尽に出来る。
後は俺らが突撃して後ろから魔法撃てば間違いなく全滅だ。
援護の魔法とは別に上位魔法の術式を起動させとけ。おそらく、隙が出来るまで二十分はかからねえはずだ」

 気が逸っている息子を宥めるかのように、落ち着いて指示を出すゲイザー。

 総攻撃をかければ撤退戦だろうがなんだろうが有無を言わさず始末する事が可能だが、
そうなると魔力の消費はどうしても激しくならざるを得ない。
 狼煙が上がった事を考慮に入れても時間に多少の余裕があるはずなので、
可能な限り温存してきたいところであった。 
 無論、あまり時間がかかるようであれば多少の消耗は覚悟で突撃を掛けなければならないが。
 
 が、ゲイザーの思惑通り、程なくして砦の兵士達の様子が変化を始めた。
 あからさまな逃げ支度、というわけではないが各々の顔に何かを計るかのような緊張の色が見え始めたのだ。
 そして、それが最高潮に達した瞬間、 

「総員撤退っ!」  

 その声が響くと同時に、砦上部を守っていた者達が身を翻した。
 そのまま脇目も振らず、飛翔魔法を使って一斉に散り散りに逃げようとする。
 姿は見えないが、おそらく内部にいた兵士達も同様の事を始めているはずだ。

 ゲイザーは不敵に微笑み、号令をかけた。

「上空を片付けた後、砦内部に突撃っ!」

 その言葉と共に一斉に魔法が放たれ、上空に逃れた者達に殺到する。
 魔法による高威力広範囲の砲撃が標的を滅ぼし尽くさんと迫っていく。
 速度、範囲共に申し分なく、確実に一掃できる。

 ゲイザー達がそう確信した直後――突如巻き起こった大爆発によって、その確信は打ち砕かれた。 

























 砦の様子を見ていた刹那は、驚愕の声を漏らしていた。

「……これはまた、凄まじい。あれだけの魔物の大半を……」

 先程まで目の前に映し出されていた砦は、数十箇所で起きた大爆発で跡形も無くなっていた。

 当然その中に集結していた魔物達も同様の末路を辿ったのだが、その光景はなんとも無惨だった。
 良くても足がもがれたりなどで行動不能、大半は粉々に吹き飛んで原形をとどめていない。
 爆死を免れたのは、門の外にいた少数だけだ。

 肝心の国王達こそほぼ無傷で生き残り、飛翔魔法を使って無人となった砦の残骸を越えてきているが、
あの状況下での戦果としては破格と言って差し支えないだろう。

 だが、シェリスの顔色はお世辞にも良くなかった。

「……正真正銘最後の手段ですよ。最悪、こちらの兵全員が命を落とすような最低の奥の手です」

 ギリギリと歯軋りをし、拳を強く握り締める。

 先程出した指令は砦の随所に隠してある爆破魔法の術式盤を起動させ、砦諸共侵入者を殲滅するためのもの。
 一度術式が起動すれば埋め込まれた宝石から魔力が供給されるため、
術式盤を破壊しない限り何があっても起動し、敵が砦に深く攻め入っている程大きな損害を与える事が出来る。

 ――――その反面、起動させた者達の命の保証は無きに等しい。
 
 こんな仕掛けを起動するような状況となれば、脱出もままならない可能性の方が圧倒的に高い。
 それでいて、その破壊力は砦を作り直す事が前提という超火力。
 運良く爆死を免れても、大量の瓦礫に押し潰されて圧死する可能性もある。 
 一応一部の術式盤の近くに抜け穴は作ってあるものの、砦の強度の関係上数は多くない。
 目の前の映像を見る限り今回は多くの数が逃れてくれたようだが、運が良かったに過ぎない。

 そんな判断を下さざるをえなかった自分に、なによりもその元凶である元ルクガイア国王達に憤激を覚えずにはいられなかった。

 しかし、シェリスはその猛り狂う感情を迅速に沈める。
 今は何よりも先にやらねばならない事がある。
 あんな愚劣な手を使ったというのに、事後の対処が遅れては何にもならない。

 シェリスは刹那に頼んで自分の声を屋敷へと届けると、庭へと降り立った。

「派手な爆発があったようだが、仕留められたのか?」

「いえ、戦力は大幅に削れましたが、肝心の標的は大半が生き残りドースラズガンの森へ抜けています。
よほど慌てていたらしく、砦の兵士への追撃もなかったのが幸いですが。
ところで王女――ほとんどの戦力を削っていたはずなのですが、国王達の戦力はむしろ増していました。
何かご存じの事はございますか?」

 カタカタと震え涙をこぼしているラクリアに、静かな目を向ける。

 削りに削っていたはずの国王の戦力があれほどの数であるというのは、あまりに不自然だ。
 仮にローラと話していたように諜報部隊などの存在があったとしても、この短期間で人目を避けてあの数を集められるとは思えない。

 そして、その考えは的中していた。  
 
「ご、ごめん、ごめんなさい……」

「責めているわけではありませんので、どうか落ち着いて話してください。
その反応からすると心当たりがあるようですが、具体的には何ですか?」

「……かつて祖父が開発した、カイザーウルフに使う事で低位の魔物を従属させる魔法があります。
それを使って少し時間をかければ……こんな大事な事を先程言い忘れて……本当に、ごめんなさい……」

 涙をこぼし、消え入りそうな声で語る。

 ラクリアの祖父が晩年に開発した恐るべき魔法。
 それは《王者の咆哮》の範囲を広げられないかという研究から偶発的に生まれた物だったという。
 ただ音量を大きくするだけでは出来ないそれを行う為に様々な試行錯誤を重ねていた途中で、
より凶悪な効果を持つ術式が誕生したのである。

 完全な偶然によるものであったらしいが、それを発見した祖父は喜んでいた。

 当時のルクガイアは因縁があるガーナブレストと頻繁に小競り合いをしていた。
 どれもこれも小規模な戦いであったが、いずれは全面戦争が起こる可能性もあった。
 
 が、もしそうなった時にこの魔法があればどうなるか。
 常識では考えられないほど短期間で兵を蓄えられ、魔物による被害も減少させられる。
 まさに一石二鳥の事が出来る。

 秘密を守るために詳細な実験は出来なかったが、五百体の魔物を一ヵ月従わせる事には成功していた。
 
 父に渡す事は悩んでいたようだったが、結局カイザーウルフを飼っているのは王族だけという事もあり、
有事の際には戦力が必要という事で本人には知らせず、苦心の末に効果を本来より抑えた――従属期間二週間程度の術式を渡した。
 これならば、もしそれを使って反乱を起こしてもより強い支配で操り返り討ちに出来る、と。

 ゆえに自分であれば支配を打ち破る事が出来たはずだというのに、今回も手遅れになってしまった。
 なぜいつも馬鹿さ加減で間に合わないのか、とラクリアが自責していると、

「ふう……別に君の責とは言えんだろ。事が起きたタイミングから考えればさっきシェリス嬢に言ってたところで結果は同じだ」

 海人が呆れたような声を掛けた。

 確かに重大なミスだろうが、結果だけを見ればあの場で言っていたところで変わらない。
 戦力を集めて国境に注ごうとする事は出来たかもしれないが、どう考えても間に合ったはずがないのだ。
 
 なんの咎もないか、と言われると悩みどころではあるが、結果だけ見れば泣くほどの事ではない。 

「その通りです。付け加えますと、私の失態でもあります。
情報を全て正確に伝えてもらう事を最優先すべきであったのに、余計な圧力をかけてしまいましたから。
それで、何かそれ用の有効な対策はありますか?」

「……私とフェンなら、より強力な支配で魔物をこちらに付ける事が出来ます。
二人が再び数を集める前であれば――逆手にとってあちらの致命傷にする事も出来るはずです」

 涙を拭い、静かな声で語る。

 ラクリアであれば、ゲイザーに支配された魔物を自分の味方につける事が出来る。
 魔法の性質上相手の近くに寄らなければならないが、フェンの一吠えで周囲を守る魔物をこちらの尖兵にする事が出来るのだから、
運が良ければゲイザー達の近くに寄ってからの一吠えで決着を付けられる可能性もある。
 透明化魔法も併用すればその可能性はさらに上がるし、しくじっても魔物と共に襲い掛かれば仕留められる可能性は高い。

「ならば、御協力を願います。ドースラズガンの森は低位の魔物が多く、時間をかけるわけにはいきません」

「はい、ですが広いあの森で父達を探すのは……」

「問題ありません。先程援軍を要請しましたので、二時間もあれば包囲用の布陣が完成します。
森から出てきた時こそ、最後です」

 感情を押し殺したような平坦な声で、シェリスは告げる。

 先程声を届けてもらった際《死の狼煙》を見て動き始めていた屋敷の者達が既に出撃準備を整え始めていた事は確認したので、
遅くとも二時間以内には屋敷の戦力の八割がドースラズガンの森近辺に集結する。
 そして残りの二割は他の場所からの増援を呼ぶ任に当たる。
 この布陣ならば、今度こそ取り逃がす事はない。

 勿論、できれば更なる万全を期したい事も事実である。
 これだけ予想外の事態が重なり、万全の準備が破壊されている状況。
 まだ何か起こる可能性は否定できない。

 そして、いかなる予想外も持ち前の理不尽さで蟻の如く踏み砕きそうな男が直ぐ隣にいる。  
 
 ――が、シェリスはそれをしなかった。

 既に遠見の魔法、伝声魔法とかなり大きそうな手札を見せてもらっている。
 一応友好的な関係とはいえ、とてもこれ以上の助力は期待できない。 
 シェリスの立場と海人の性格を考えれば仕方ないとはいえ、まだまだ警戒心がたっぷりと残っているのだから。

 なにより、どれほど能力があろうが立場的には海人は一般人であり、貴族たるシェリスが守るべき民である。
 向こうから申し出てくれるのならともかく、虚勢を張ってでも自分から助力を乞うわけにはいかない。

「王女、伺いますが国王達の行先に、何か心当たりはありますか?」

「……これと言ってはありませんが、性格を考えれば人の多く住んでいる場所を目指すと思います。
おそらく、今回の進軍は――破滅を運んできたシュッツブルグに対する憂さ晴らしだと思いますから」

「――となると、カナールが一番危険か。間に合うとは思うけど――手配はしないと。
セツナさん、すみませんがもう一度お願いできますか?」

 もう一度刹那に伝声魔法を頼み、シェリスは必要な各所に指示を出してから去っていった。
 おそらくは一番国王達が出てくる可能性が高いであろう、ドースラズガンの森北部へと。 
 ローラ、ラクリア、フェンを伴って。































 シェリス達が去った後、刹那がおずおずと口を開いた。

「……あの、海人殿」

「なんだ?」

「その……い、いえ、何でもありません。申し訳ありませんでした」

 言いかけた言葉を飲み込み、刹那はそのまま黙り込んでしまった。
 どうかしたのだろうか、と海人が気にしていると、

「やれやれ……我が姉ながら世話が焼けるなぁ、もう」

「どういう意味だ、雫?」

 呆れたような様子の妹に、不機嫌そうな顔を向ける。
 が、雫は悪びれた様子もなく言葉を続けた。

「お馬鹿で間抜けなお姉ちゃんに少し教えてあげようかと思ってるだけだよ。
海人さん、もしお姉ちゃんが護衛として問題ある発言したりとか海人さん怒鳴りつけたりぶん殴ったりしたら――どうします?」

「別にどうも。私に非があると思えば甘んじて受け入れるし、非が無いと思えば諭すなり怒鳴り返すなり殴り返すなりするだけだ。
まあ、普通にぶん殴られると死にかねんから、手加減はしてもらわんと困るが」

「ですよねえ? で、多分ですけど――前々からお姉ちゃんにちょっと言いたい事あるんじゃないですか?」

「……なるほど、大体分かった。刹那、私としてはもう少し君が遠慮を無くしてくれた方がありがたい。
雫のように気分のままに行動されすぎると少々困るが、どちらかというと君みたいにあまり遠慮されてしまう方が寂しくて嫌だ」

「で、ですが……一応主従関係なのですから、節度は守らなければ」

「主従関係の節度なぞ、必要な場で他人に見せればいいだけのものだ。
普段こうして身内だけで話している時は、遠慮が無くても問題ない――というか、遠慮が無い方が私としては嬉しい」

「って事だよ。どうするお姉ちゃん? また言いたい事のみ込んで海人さんに寂しい思いさせちゃう?」

「むぐ……で、では海人殿、少しお話をよろしいでしょうか?」

「何なりと」

「その、シェリス殿は言葉に出さないながらも、助けを欲しているように見えました。
もしあの方々がしくじった場合、こちらに被害出る可能性もありますし……その、海人殿が全く助けないというのは少々意外だったのですが……」

 ついさっき飲み込んだ言葉を、恐る恐る紡ぐ。

 刹那としては、これはただの疑念だ。
 海人という男は、基本的にある程度気を許せる人間には甘い。
 そして、自分に被害が出ると思えば率先して排除にかかれる人間でもある。
 ゆえに意外だった。刹那でさえ分かったシェリスの表情を無視した事が。
 
 だから真意を聞きたかったのだが、この疑念は聞きようによっては助けないのか、と皮肉っているように聞こえてしまう。
 それで海人の気分を害したり、まして苛立ち紛れに手助けするなどと言いだされてしまったら、刹那としては嘆くしかない。

 その為遠慮はいらないと言われても若干及び腰になってしまったのだが、海人はあっさりと言葉を返した。

「ああ、その事か。別に助けないと言った覚えはないぞ?」

「は?」

「この間言わなかったか? 彼女に死なれてしまうと今の平和な生活が脅かされる可能性が高い。
少なくとも、死なせない為の努力はした方が良い」

 淡々と、事実を語る。

 現状、海人の生活はシェリスによって成立していると言っても過言ではない。
 この屋敷とてシェリスから分割で買っている物だし、その為の金を稼ぐ手段も全て彼女由来である。
 もし彼女が死んでしまうと、色々と面倒事が増える。
 稼ぐ手段はいくらでも思いつくが、今まで程楽にはいかないだろうし、
何より国防の低下でこの国に住んでいる事自体危なくなりかねない。
  
 諸々考えると、個人的感情を抜きにしてもシェリスには万が一にも死なれるわけにはいかないのである。

「あの、ではなぜ……」

「非常時とはいえ手札を二枚もさらしてしまったからな。
これ以上手札をさらす事は避けたい。さて、その上で尋ねるが――君らはどう動くべきだと思う?」

「ん~……その条件を満たすとなると――なるほど、この捻くれ者♪」

「どういう意味だ?」

「んふふ……要は手札をさらさず――シェリスさん達に見つかる事なく相手に打撃を与えるって事。
当然恩も売れないし、こっちにとって利益は皆無だねー」

「ま、実際に動くとすればそうなるな。ただ、当然ながら動かないという選択肢もある。
私達が動かずとも、シェリス嬢が動き、ほぼ万全のローラ女士までいるとなれば多少の予想外は叩き潰してしまうだろうし、こちらでも十分問題はない」

 欠伸混じりに、冷静な見解を語る。

 少し前の話だが、以前海人がローラと共に戦った際、彼女は一人で二千を超える敵を始末した。
 これだけで十分すぎる程に圧倒的な戦力だが、後で聞いた話ではその時でさえ休暇を捻出するために数日間全力走行を行い、
どうにかカナールに辿り着いた直後であったという。

 忙しい身の上で万全とは言えないだろうが、その時に比べれば今日の彼女は体力も魔力もたっぷりと残っているはずだ。
 単独だというのに、いっそ相手を哀れみたくなるような超戦力である。
 しかも、シェリスの部下達も数はそう多くないながらも十分一流の域に達した武人達である。
 
 普通に考えれば、海人どころかラクリアの協力すら無くとも、国王達は見つかり次第圧倒的戦力で殲滅される。

「海人殿は、どうなさりたいのですか?」

「揉め事は避けたいが、戦力は多い方が良いだろうからな、多少の助勢はしてやりたい。
まあ、まずはドーズラズガンの森で手勢を集めるだろうから、この屋敷の近くの森を見回って、発見したら殲滅すると言ったところか。
どうせ効率を考えて二手に分かれてるだろうし、片方だけならそれほど手間もかからんだろ」

「この屋敷の近くだと低位の魔物結構多いですしねー。そんじゃ、出掛けますか?」

「それはいいが……君らは良いのか? 
有り体に言って、わざわざやらなければならない程の事ではないから、屋敷にこのまま引き篭もっていても問題ないんだぞ?」

 そんな少し後ろめたそうな海人の声に、刹那と雫は揃って顔を見合わせた。
 そして、二人揃って苦笑を漏らす。

「まったく……お姉ちゃんもですけど、海人さんも遠慮しすぎです」

「その通りです。海人殿がお望みなのであれば、拙者共はそれを叶える為に最善を尽くすだけです。
どうぞ、いかなる命令でも御遠慮なく――」

「や、あたしはそれは無理かなぁ……お姉ちゃんほど大胆じゃないし」

 姉の言葉を遮り、ニタニタと笑う雫。
 そんな妹に、刹那は不思議そうに首を傾げた。

「……大胆?」

「若い女が男の人にいかなる命令でも従いますなんて――ねぇ?」

 微妙に発言内容を改変し、いやん、と身を捩る雫。
 それで刹那も先程の発言を思い返し、その誤解を招きかねない言葉を悟り、

「ち、ちちちちち違う! そ、そんな意味では! い、いえ勿論海人殿が嫌だというわけでもなく――!」

「はあ……雫、これから戦いに赴くんだから、あまりからかうな。
さっさと戸締りして出掛けるぞ」

「はーい」

 雫はそんな軽い返事を返しながら、あっさりと姉をからかう事を止めた。
 そして、顔を真っ赤にして睨む姉を宥めながら出発の準備に取り掛かった。
























 ドースラズガンの森へと駆け抜けたゲイザーは、焦燥感も露わに唇を噛んでいた。

「くそっ……! まさかあんな手があったとは……!」

 冗談ではない。
 結果だけ見れば敵は爆発に巻き込まれずこちらの戦力だけを大幅に削られたが、
一歩間違えれば確実に向こうも全滅していた。
 命懸けどころか、ほとんど命を捨てる前提の自爆策である。

 あれだけの規模の大爆発を起こす準備もそうだが、それを迅速に指示した声の主、
それに迷いなく従った兵士達、どれもこれも狂っているとしか思えない。

 おかげで、せっかく集めた戦力の大半を失う事になってしまった。
 こんな事なら余力を残す事など考えず素直に全力で殲滅していれば良かったと思うが、
既に終わってしまった事であり、取り返しはつかない。

 作戦の初期から大打撃を受けた事に、動揺せずにはいられなかった。

「ち、父上、二手に分かれましょう。早急に魔物を集め直さねば一暴れも出来ずに死ぬ事になりかねません!」

 父親以上に動揺しつつも、アイザックは比較的冷静な提案を行った。

 手駒の数が激減した以上、補充は必要になる。
 そして咆哮で魔物を従える関係上、二手に分かれた方が効率的に手勢を集められる。
 一時的とはいえ少なくなった戦力をさらに割く事になるのが問題だが、
一度魔法を使ってしまえば後は低位の魔物に咆哮を浴びせれば従えられる。
 従えられる数に限度はあるものの、今度は人目を逃れながら集める必要が無いため、
さほど時間はかからず集める事が出来る。

「……そうだな。俺はこのまま半数連れて北へ向かう。お前はこのまま真っ直ぐ突き進め。
アミュリール川の近くなら低位の魔物も数多くいるはずだし、あの近辺には人里もねえから危険は少ねえはずだ」

 アイザックの声に落ち着きを取り戻し、そんな指示を出す。   

 東へ戻るという選択肢は無い。
 闇魔法の狼煙で急は伝わっているはずなのだから、ルクガイア国内に戻ろうものなら挟撃されかねない。
 かと言って南へ行こうものならガーナブレスト軍が援軍として出てくる可能性もある。

 事実上行ける方角は北と西。
 そして、北の方角には大きな町が一つ存在し、さらに北上し続ければ王都に辿り着く。
 未熟な息子は比較的安全であろう西へと進め、自分が危険度の高い北の方へと進み偵察がてら手勢を集める。

 万全とは言い難いが、悪くない作戦のはずであった。
 アイザックもそれに納得したのか、最後の確認を行う。   
 
「合流はどこで?」

「このカナールって町だ。森の中だが、でかい町だから空から見ればすぐ分かるはずだ」

 そう言って地図を息子に手渡し、ゲイザーは手勢の半数を引き連れて北上していった。
 視界の悪い森の中であるというのに、彼らの騎獣を駆る様は実に淀みなく、するすると走り去っていく。

 それを見届け、アイザックは打ち合わせ通り西へと向かった。
 一刻も早く手勢を集めて父に合流するために。

 ――――まさか自分の向かった先にこそ、世界最悪級の理不尽が待ち受けているなどとは知る由もなく。 





































「荒々しく猛り狂う覇王の風よ! 我が声に応え弱者を支配する力を与えよ《タイラ二カル・オーダー》!」

 森の中にアイザックの詠唱が響き、直後彼の騎獣であるカイザーウルフ――アロンドの《王者の咆哮》が響き渡る。
 すると周囲で威嚇していた魔物達が一斉に大人しくなり、アロンドが今度は普通に軽く吠えると彼の後ろへと従った。

「とりあえず、百五十ってところか……まだ魔力に余裕はあるし――――」

 呟きの途中で、背後から轟音が響いた。

 数本の極太の光線が木々を薙ぎ倒しながら突き進み、彼の背後にいた魔物達を根こそぎ飲み込んでいく。
 せっかく集めた手勢があっさり一掃された事に驚愕するも、アイザックはすぐに顔を引き締めた。    

 光線が飛んできた方向に、三人の人影がある。
 隙の無い女が二人に立ち姿で素人と分かる男一人という妙な組み合わせだが、間違いなく自分達の敵だろう。

「一応確認するが、旧ルクガイア王国王子一行で合っているな?」

 一歩進み出て、海人は念の為確認する。
 カイザーウルフ、輝石族、さらにはノーブルウルフまでおり、
なおかつ魔物を従えていたとなれば確認するまでもない事だとは思いつつも。 
 
「それがどうした?」

「潔く自害するなら見届けよう。が、これ以上この国で暴れ回るというのなら――私達の手で始末を付けさせてもらう」

「ふふ……それだけの人数、それもただの人間で何が出来ると?
こちらは輝石族が十人以上、そしてカイザーウルフやノーブルウルフもいる。
冒険者だか賞金稼ぎか知らんが、身の程を知る事だ――――ま、後悔はあの世でする事になるがな」

「あっはっはー♪ たかが輝石族如きが何囀ってんですか?
カイザーウルフだのノーブルウルフだのに乗ってたって、魔法以外取柄が無い種族ってのには変わりないんですよー?
自慢の宝石も、皆さん随分小さいみたいですしねぇ?」

 クスクスと、意地悪く笑う雫。

 分かり易すぎる程に見え見えの挑発。
 せいぜいが相手の集中力を削げれば儲け物という程度の、安っぽい罵倒。
 雫としても効果は期待していなかった口撃。

 が、それはアイザックには十分な効果を発揮した。   

「貴様――その無礼、命で償えっ!」

 怒号と同時に、無詠唱の下位魔法による火球が数十個浮かび上がる。
 それらは出現から一瞬の間もおかず海人達へと襲い掛かった。

 下位魔法とはいえ、額の宝石によって威力が増幅された火球は一つ一つが中位魔法級の火力を持つ。
 それらが数十個ともなれば総合すると上位魔法級の破壊力に達する。
 並大抵の防御魔法など一瞬で燃やし尽くし蹂躙する、それほどに恐ろしい攻撃。

 だがそれは――ある理不尽の存在によって見るも無残に敗れる事となる。

「ふむ、下位魔法の多重起動による一点集中砲撃といったところか。大したものだ。
輝石族の利点を存分に活かした戦術だな――――まあ、あの程度なら防ぐのは造作もないが」

 事もなげにアイザックの魔法を防いだ障壁を眺めながら、海人はそんな感想を漏らした。

 周囲を覆うその障壁は、海人が独自開発した無属性魔法による物。
 発動時間が五秒かかってしまうが、その分最短の術式と比較して強度が圧倒的に高い魔法だ。
 その防御力は実に馬鹿馬鹿しく、刹那と雫二人がかりによる上位魔法連発でもビクともしなかった程だ。
 最悪最上位魔法でも破れないかもしれない、あまりにも理不尽な防御魔法である。

 ――海人という怪物の事を何も知らぬアイザック達が、戦慄しないはずがなかった。

「な、なんだよ今の魔法―――輝石族でもないのに、なんであんな強度の防御魔法が咄嗟に出せるんだよっ!?」

 あからさまに狼狽し、口調が変わるアイザック。
 取り澄ましたような安っぽい品が無くなった代わりに、耳障りは良くなっている。
 
 とはいえ、狼狽えるのも無理はない。
 海人が使った防御魔法と同じ効果は、アイザックでも出せない。
 多重起動を使えば強度だけなら実現可能だが、それでも発動時間は比較にならないはずだし、そもそも魔力消費を考えれば確実に昏倒する。

 いかなる魔法具を使っても輝石族が魔法における最強種だというのは常識である。
 同種族間での優劣は大きいが、最低レベルでも普通の人間が最高級の魔法具で武装したよりは間違いなく強い。

 それをこうもあっさりと覆されて、慄かないはずがなかった。

 が、海人としてはそんなアイザックの内心など知った事ではない。
 興味なさそうに、淡々と無慈悲な言葉を告げる。 

「知っても意味が無い。どうせお前はここで死ぬんだからな」

 言いながら海人は魔力砲を放った。
 言葉通り手加減など微塵も感じられない、極太の砲撃を。
 
 とはいえその砲撃は威力と範囲こそ上位魔法級だが、ただの直線攻撃一つ。
 それなりの反応速度があれば射線のど真ん中にいる人間でも回避は可能だ。
 まして世界最速と謳われるカイザーウルフや世界有数と謳われるノーブルウルフならば、避けられぬはずもない。
 
「舐めるなよ、若造共がぁぁぁっ!」

 アイザックの側に控えていた男の一人が、猛りながら騎獣と共に突進する。
 
 剣を抜き放ち突撃を行うその姿はまるで勇敢な騎士のようである。
 両手を離してノーブルウルフに跨っている状態でありながら構えにも無駄は少なく、
牽制として火炎魔法も放つ、良い攻撃だった。

 が、所詮は『良い攻撃』程度でしかない。
 放った魔法は造作もなく海人の魔法によって阻まれ、そしてそのまま突撃した主従は、
 
「せやぁっ!」

 裂帛の気勢と共に放たれた雫の双刃によって、瞬く間に首を落とされた。

 命を奪われた者達は突進の勢いはそのままに、制御を失って近くの樹へと衝突した。
 太い樹木を若干傾かせたその亡骸の傷口からはおびただしい量の血液が流れだし、地面を赤く染める。
 
 あまりにも呆気ない、それでいて疑いようもない仲間の死にアイザック達は慄いたが、それでも戦意は失われなかった。

「仕掛けるぞ!」

 アイザックの激と共に全員が突撃する。

 今度は数が数であるため、あっさり返り討ちというわけにはいかない。
 順々に仕留めていくか、と海人達が考え、効率的に仕留めるために少し散ろうとした時、
 
「かかったな!」

 その声と共に、敵の動きがただの突撃から海人達の間を切り裂くようなものに変わった。
 狙いが分散である事に気付くも若干遅く、雫だけは海人達の側から引き放されていった。
 
 



























 かなり離れてしまった主と姉を遠目に、雫は顔を顰めた。

「うわっちゃ~、海人さんと引き離されちゃったよ……後が怖いなぁ」

 やれやれ、と嘆息する。
 
 冗談めかしてはいるが、雫の内心は結構荒れている。
 本格的な護衛の初仕事だというのに、いきなり主と引き離されてしまった。
 予想外に相手の動きが良かった事を差し引いても、大失態という他ない。

 先程から殺意を向けられているせいで悪癖である殺戮狂が刺激されている事もあり、
軽い態度とは裏腹にその思考はどう甚振り殺してやろうかという恐ろしい方向に傾いている。

 目の前の暢気そうな少女がそんな事を考えているとは露知らず、男の一人が剣を構えた。 

「――ふん、後などない。ここが貴様の墓場だ!」

 怒号と同時に、ノーブルウルフが突撃を仕掛けてくる。

 カイザーウルフには劣るものの、その速度は世界有数。
 しかもその背に乗る男の手には剣があり、突撃の速度を乗せた斬撃を放ってくる。
 その剣技もなかなかに磨き抜かれており、非常に厄介である。

「ひょいっと」

 そんな突撃を、雫は軽やかなステップでかわした。
 
 ノーブルウルフの移動の軌跡だけでなく、その上に乗る男の太刀筋まで見切り、
最小限の動きで相手の死角に潜り込む。
 雫にとっては必殺できる絶好の間合いであり、相手にとっては己の死が確約される絶望の間合い。
 後は彼女が両手の小太刀を振るうだけでノーブルウルフもその主もまとめて仕留められる。

 ――が、そうそう上手くはいかなかった。

 横合いから突撃してきた男達が雫へと刃を振り下ろしてきたのである。

 雫は突進を跳躍で回避し、振るわれた剣を両手の小太刀で巧みに受け流し、
そのまま危なげなく近くの木の枝に着地するが、邪魔されたという思いは拭えない。

 暢気そうな表情を張り付けたまま、雫の機嫌は確実に傾いていた。

「ふふん、敵は一人ではないのだぞ小娘」

「その小娘一人に三人がかりってどうかと思いますけどねー。
そんな見下げ果てた事してると、天罰が下っちゃうかもしれませんよ?」

 あくまでも表面上はふざけた態度を崩さず、めっ、と叱る雫。
 外見的にやや幼い印象の彼女にそれをやられると非常に腹立たしいが、
男達は激昂するでもなく淡々と返した。

「戦いは勝利こそが最優先だ。ゆくぞ!」

「おお凄っ!? 流石は輝石族――ってか厄介ですねー。
魔法は飛んでくるわノーブルウルフは突撃してくるわ背中の人間は武器を振り回すわ……手が付けられないなぁ」

 怒涛のような攻撃を避けながら、若干真面目な顔で困ったような声を上げる。

 実際、厄介な相手だった。
 正直会うまでは放蕩者の国王の側近など大した事はないだろうと高を括っていたが、
なかなかどうして剣技、魔法、そして仲間同士の連携まで侮れない。

 少なくとも、剣技に関しては一朝一夕で到れる境地ではない。
 驚愕するほどではないが、習慣的に剣を振り続けていなければまず不可能な剣技だ。
 それにノーブルウルフの加速と魔法が加わるのだから性質が悪い。

 下手に気を抜いたり、まして油断などすれば確実な死が待ち受けているだろう。

「ふはははっ! 後悔してももう遅い! 貴様の運命は既に決している!」

 そんな勝ち誇った声を上げながらも、男の内心は戦慄に満ちていた。

 今使っているこの陣形は、通常は出した瞬間に決着が着く。
 ノーブルウルフの突撃に加え上に乗る者の剣技、そして輝石族特有の高威力の魔法の連射、
周囲を囲まれた状況でこれを受けて生きのびるには、包囲の一角を切り崩して死中に活を見出す他ない。
 そしてそれは、ノーブルウルフの速度とそれを更に加速する騎手の存在がある以上、どうしても一か八かにならざるを得ない。

 ――そのはずだった。

 だが、目の前の少女は突撃の軌道もそこから放たれる剣の軌道も、
さらには緻密に放たれる魔法の隙間さえも見切って華麗なまでにかわしきっている。

 魔法の隙間が無い時は無詠唱の魔法で相殺しているのだが、その魔法もまた恐ろしい。
 ただの人間であるはずなのに、輝石族である自分達の魔法と拮抗して各一発で打ち消しているのだから。
 古代遺産の大当たりの魔法か、はたまた別の何かかは不明だが、脅威という他ない。

 流石に攻撃に転じる事は出来ないようではあったが、外見に似合わぬ化物っぷりだ。
 いずれ体力が尽き、勝利を手に入れられる事は間違いないが、非常に恐ろしい相手である。

「ま、確かに運命は決してますよねー……天罰、てきめ~ん♪」

 そんな軽薄な声と同時に、数匹のノーブルウルフ達の足がメキメキ、という音と共に一斉にもつれた。
 その凄まじい速度ゆえに、派手にバランスの崩れた体躯は成す術なく転倒する。
 背に乗っていた男達も、一緒に。
 
 彼らは何が起こったのか分からないながらも騎獣を起こそうとしたが、
そこで足元に細い糸のような物が張られている事に気付く。
 
 太い樹木の間に張られたそれは非常に頑丈な素材で出来ているらしく、
ノーブルウルフの脚力を受けて尚、支えとなった樹木を若干傾かせただけで切れていない。
 
 とはいえ絡まっているわけではないので、直ぐに立ち上がる事も可能だ。
 激しい転倒とはいえ、気合で我慢できる程度のダメージなので戦闘続行にも支障はない。 

 ――にこにこと微笑みながら、自分達を見下している少女さえいなければ。

 絶対的な死の気配を纏った一見可憐なその死神に、
男達だけでなくノーブルウルフ達までもがガタガタと震え、自由を奪われる。
 他の仲間が魔法による砲撃で援護をしようとしてくれようとしたが、
その全ては疾風の如き速度で投げ放たれた多数の苦無で明後日の方向へと飛んで行く。

 これまで、目の前の少女は飛び道具を使っていなかった。
 あんな芸当が出来るのなら、わざわざ糸を張り巡らせるまでもなく、数を削る事が出来たはずだというのに。  
 
 ―――つまりは、遊ばれていたという事だ。

 追い詰められたように見せかけ、調子に乗ったところで罠を使って覆す。
 そして、冥土の土産とばかりにいくらでも覆す方法はあるのだと見せつける。
 そのどちらも、相手を甚振り殺すための残忍なる策略。

 それを悟った男達の顔が絶望に染まる様を満足そうに見つめながら、雫は唇を小さく舐めた。

「だ~から言ったんですよ、天罰が下るって。それじゃ、さよーならぁ~♪」

 どこまでもお気楽そうな声と共に無慈悲な双刃が振るわれた。

 ――――血の雨が降った。

 バラバラに刻まれて宙を舞った人のパーツから血が降り注ぎ、従順なる魔物達の死骸が深紅に染まる。
 白く、光の加減で銀色にも見えるその毛並みが血に染まる様は、形容しがたい禍々しさを醸し出している。
 
 そして、その雨が濡らすのは敵だけではない。 
 血の色が目立たぬ衣装を纏う一見可憐な少女の体をも平等に濡らしていく。
  
 が、常人ならば卒倒しかねない凄惨な光景の中心に立つ少女は、

「んふふ……やっぱり怯える敵を刻み殺すのって最高だねぇ♪」

 血の雨を忌避するどころか、心の底からの笑顔で受け入れていた。

 深紅に染まるその表情は、恐ろしい程に妖艶。
 まだ成熟しきらぬ外観とはあまりに対照的なそれは、見る者を全てを引き込むような妖しい色気に満ちている。
 いかなる堅物も遊び人も目を奪われずにはいられない、そんな悪魔の如き魅力。
 その始めて見る魔性の美に、敵である男達でさえも目を奪われてしまっている。

 が、雫としては、それではつまらない。

「んふふ、ぼけっとしてる暇はないですよ? 次は貴方達なんですから♪」

 殺戮の愉悦に染まった笑みを向け、雫はわざわざ正気に返した獲物を狩りに掛かった。 
 






   

 
 


    
 








 遠目にも血飛沫を浴びて心底楽しそうに笑っている事が分かる妹に、刹那は微かに溜息を吐いた。

「まったく、我が妹ながらあの悪癖だけはいかんともし難い……」

「そうか? 前見た時に比べると幾分落ち着いとるだろ。理性は完全に残っとるようだし」

 以前雫が悪癖を出した時を思い返し、海人は落ち着いた感想を漏らした。

 敵を甚振り殺していた事には変わりないが、一点だけ――それも非常に重要な点が違う。

 その時の雫はごく自然に敵の血を飲んでいたが、今回は一滴たりとも口に入れていない。 
 一瞬浴びた血を舐めようとしかけたものの、寸前で思いとどまったように舐めようとした腕で口元についた血を軽く拭っていた。

 飲めば理性が飛び、凄まじく適合した血の持主である海人に襲い掛かるという事が分かっているからだろうが、
以前見た時なら分かっていても思いとどまらなかった可能性が高い。
 あの時の雫は、それほどに狂気に満ちていた。
 
 おそらく、自制心という側面では画期的と言っていいほどの進歩を遂げているはずだ。

「それはそうなのですが――そもそもあの悪癖自体人間としてどうかというものですから」

 海人の言葉に一応の賛同はしつつも、刹那は素直には頷けなかった。

 そう、改善されようがなんだろうが、雫の悪癖自体が人間的に問題がありすぎる。
 敵限定とはいえ人間相手の虐殺を好むなど、御世辞にもまともではない。
 普段はある意味自分よりもしっかりしている妹なだけに、余計にそう思ってしまう。  

「完全に治るとは思えんし、ある程度は許容するしかないと思うがな。
基本的に真っ当な生活している人間には害が無いわけだし」

「それはそうですが――――雫のあれは言ってしまえば『無駄』でもあります。
昂ぶる程に動きも多少鋭くはなりますが、それ以上に余計な手数を増やしているわけですから。
相応の実力差がある場合は良いのですが、もし無い時にあれが出てしまったらと考えますと……」

「ふむ……確かにそういう意味では危険だな。ところで、こうしてのんびり駄弁っているのは無駄ではないのか?」

「数を考慮しても相応以上の実力差がございますので。
なにより―――海人殿が後方支援として優れすぎていますので、負ける要素は微塵もないかと」

「御世辞でも嬉しいが――この状態で戦える君の方が凄すぎると思うぞ?」

 言いながら海人は――妙齢の美女の背中にしがみついた男は呆れたような声を出した。

 先程引き離されそうになった際、刹那は咄嗟に海人を背に乗せ、しがみつかせた。
 そして海人に白衣の袖を使って、しっかり自分に括り付けさせた。
 これならば引き離しようがなく、防御をしくじらない限り海人に害が及ぶ事もない、と。

 当然のように敵方からは激しい嘲笑が返ってきたのだが――いざ戦うとそれは一斉に恐怖の表情へと変わった。
 
 的が大きいとはいえ、ノーブルウルフでも捉えきれないような速度で移動する戦士。
 二本の刀による攻撃も恐ろしく鋭く、防御してもそれごと叩き斬られる。
 しかも、的の肥大化分である男も時折光の魔法の砲撃による援護を行ってくる。
 それがまた全ての行動を読みきっているかのような的確さで、ただの援護に止まらず何人か仕留めている。
 的が大きくなったハンデを補って余りある、恐るべき援護能力である。

 そして、二人ならば各個撃破という手段が使えるが、事実上一体化しているのではどうしようもない。
 まさに打つ手なしの無敵の超人。最強の人間兵器である。
   
 だが、やられている側からすればたまったものではない。

 なにしろ、背の高い細身の男が美女の細腰に足を絡ませ、睦言の如く首に手を絡めているのだ。
 見ようによっては変態が痴漢行為に及ぼうとしているようにも見える。

 そんな姿の敵に成す術なく敗北するなど、許容できるはずがない。

「ふ、ふざけるなっ……! こんなふざけた姿の奴に! そんなふざけた態度の奴に!
やられてたまるものかぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 怒声と共に、アイザックが無詠唱下位魔法の乱射を浴びせる。
 自らの騎獣の圧倒的速度と仲間との連携を活用した、全方位からの砲撃。
 着弾まで若干時間はあるが、逃げ場はない。
 防御魔法で防ごうにも全身を覆う以外の方法はなく、その瞬間は確実に動きが止まる。

 ――――はずだった。

『小賢しい』

 海人と刹那の声が同時に響く。

 まず、砲撃の一角を発射と同時に防げる位置に小さな障壁が現れた。
 それは狙いを外す事なくその砲撃を防ぎ、そこに空白ができる。
 当然すぐさまその穴を埋めようとアイザックの側近が動いたが――その瞬間、刹那の足元で爆発が起きた。

 原因は、刹那が踏み込んだ際の凄まじい脚力。
 その力を推進力に変え、さらには魔法による強烈な加速を加える。
 その速度はノーブルウルフ如きが反応できる速度ではない。

 魔法が放たれる前――否、術式を浮かべる前に刹那の双刃が閃き、男とその騎獣は斬り捨てられた。
 返す刀で反応できずにいた主従二組へとさらに刃を走らせ、計三組の主従を仕留める。
 
 そして――残すはアイザック唯一人となった。
  
「な、そんな馬鹿な……発動時間が足りたはずがないっ!」

「アホか。何かあった時に備えて術式を浮かべておけば容易だ。驚くような事ではない」

「あの高速戦闘中にずっと使いもしない術式を維持し続けてたって言うのか!?」

「御想像に任せよう。さて、残すところその少年主従だけなわけだが……刹那、正直な感想は?」

「……予想以上に手強い相手だったかと。
伝聞からするともっと弱いと思っていたのですが、なかなか面倒な相手でした」

 主の問いに、刹那は素直な感想を返した。
 
 極端に強い、というわけではないのだが、アイザックを含めた全員の動きがそれなりに磨かれていた。
 聞いた話から想像していたのとは、随分と印象が違っている。
 それこそ、その話さえ知らなければ騎士団と言っても通じるのではないかという程に。

「同感だな。使っている魔法もさっきから下位魔法ばかりではあるが――かなりの数の多重起動を平然と行っている。
あれだけの数、ノーブルウルフだの、ましてカイザーウルフに乗りながら起動させるには相応の集中力と練習が不可欠だろうな」

「……何が言いたい?」

「なに、どういう事情があったのかは知らんが勿体無いと思っただけだ。
それだけの努力が出来たのなら、全員で父親を排して真っ当に国を治める事もそう難しくはなかっただろうに。
そうしていれば私達もわざわざ出張らずに済んだ」

 やれやれ、と嘆息する。

 海人としては、ルクガイアの民がどんな生活を強いられていようがどうでもいい。
 赤の他人の不当な境遇に激昂するような良心はとうの昔に失っている。

 が、これだけの力を身につけられた者達が、なぜわざわざ国の滅亡を助長していたのかが分からない。
 あれだけの速度を誇る騎獣の操縦技術など一朝一夕で身に付くものには思えないし、
定期的に修練を行っていなければ確実に勘を狂わせるだろう。
 伝聞にあるようなただの放蕩者ではないはずなのだ。

 そんな疑念から出た興味本位の問いに、アイザックは怒りをあらわにした。

「何も知らないくせに、僕達の何が分かるっていうんだ!」

「んなもん分からんし、分かる気もない。
私の野次馬根性を満足させている間ぐらいは長生きさせてやる、と言っているんだが?」

 冷徹に、告げる。

 当然ながら海人はアイザックを生かしておくつもりなど毛頭ない。
 詳細は悟られていなさそうではあるが防御魔法から何から、色々と手札を見せすぎた。
 死人に口なし。情報が漏れる危険性は極力排除しなければならない。
 ついでに言えば、アイザックに同情しているわけでもないので心情的にも問題はない。

 あくまで聞けるのであれば聞いてみたい、その程度の話でしかなかった。 

「くっ……舐めるなぁっ!」

「――――生憎だが、これ以上付き合う気はない」

 冷たい声と共に、刹那の刀が走った。

 まず、右の刀が突進してきたアロンドの首へと向かう。
 咄嗟に体を曲げ刃を回避しようとするも、僅かに遅い。
 首を深々と切り裂かれ、鮮血が噴き出る。首は一応繋がってはいるが、致命傷だ。
 
 そして左の刀をアイザックへと向ける。
 あまりの速さに反応できずにいる彼を袈裟斬りにせんと刃が振るわれた。

 その瞬間、アロンドの瞳に僅かな生気が戻り、脚が動いた。

 その強靭な脚は刹那の刃を止めるには至らなかったものの、威力を確かに減衰させた。
 肩から斜めに両断するはずであったその一撃は、両断までは至らなかった。

 ――――が、それでも深手は深手。

 止まらず流出を続ける血液は、アイザックの余命が残り少ない事をこれ以上なく示している。
 肉体強化によって出血がある程度止まるも、完全には止まらない。   
 そんな体で、アイザックは死の間際でなお自分を庇ってくれた騎獣の顔に手を当てた。
 
「ア、アロン、ド……ごめ、ん……」

 別にいい、とでも答えるかのようにアロンドは主の顔を舌で舐め、そのまま目を閉ざした。

「……敵ながら、天晴な忠誠心だ。どうなさいますか、海人殿? 
どのみち長くはないでしょうし、もはや魔法も使えないと思いますが……」

「ま、一応聞いておこう。せいぜい残り十分前後で死ぬと思うが、止めを刺してほしいか?」

 刹那の背から下りながら、問う。
 普段ならば問答無用で止めを刺すところだが、既にアイザックはこの世界の医療技術では助からない深手だ。
 非情な海人も、アイザックを庇ったアロンドの忠誠心に免じて、本人の希望次第で放置してやるぐらいの気遣いをする気にはなった。

「―――アロンドが折角、稼いでくれた時間だ……その分は、長生きしたい、かな」

「……そうか、ならばせいぜい一秒でも長く生きろ」

 そう言い捨て、海人は刹那を伴って踵を返した。
 自分の持ち分の敵を片付けて戻ってきた雫が止めを刺そうとするが、それも片手を上げて制する。
 そのまま二人を伴って立ち去ろうとした時、

「――――待ちなよ。どうせ、最期だ……下らないけど、理由を、話してあげるよ」

 アイザックの言葉に、足を止めた。
 それを確認すると、彼は苦しそうな呼吸のまま話を始めた。

「……僕は昔から、王城の使用人達に陰でずっと言われ続けてきた……『出来損ない王子』って、ね。
姉上に圧倒的に劣る、父親似の無能だって……どんなに努力しても『努力しても所詮』……はは、ふざけ、るな」

 虚ろな顔で、言葉を紡ぐアイザック。
 
 どうすれば良かったのだろう、未だにそう思う。
 自分は生まれつき額の宝石が小さく、それゆえに稀な程に大きな宝石を持つ姉と比較され続けた。 
 勉強して様々な魔法を身につけても、姉以外の誰一人として認めてはくれず、蔑みの声はむしろ大きくなった。
 魔法で駄目ならカイザーウルフの騎乗技術、と方向性を変えても輝石族の落ちこぼれだから、などという陰口になっただけ。

 かといって家族に相談しようにも、母は既に亡く、姉は使用人達と仲が良く、父は遊んでばかりで滅多に会ってもくれない。
 そうして、徐々に追い詰められていき――――とある事件で、ついに爆発した。

「それでも、王族なんだからって我慢してたんだ……婚約者もいたから、みっともない所は見せられなかったし、ね。
でも、十歳のあの日……」

 そこで、一瞬言葉を切れた。
 感情が昂った為ではなく、遠のき始めた意識を引き戻そうとしたために。

「……僕の婚約者、使用人達と、なんて話してたと思う? 
あんな無能でも王子は王子……適当に媚び売って陰で好きな男と子供作れば、
完璧に楽しく暮らせるって……あの馬鹿なら気付かないだろうって……」

 五歳年上だった婚約者の顔を思いだし、自嘲する。
 あんな女にみっともない所を見せられないなどと、当時の自分は何と馬鹿だったのだろうか。
 愚かしいにも程がある、と。

「それで、衝動的にその場の全員魔法で焼き殺して――――はは、楽しかったなぁ。
僕を無能無能蔑んでた連中が怯え、許しを請いながら死んでいく……あれほどすっきりした事はなかったよ」

 虚ろながらも明確に壊れきった笑顔で、回想する。

 笑いながら無能と嘲っていた者達が、その無能の魔法に怯え慄き許しを請う。
 あれは実に爽快だった。自分の一挙手一投足に必死で一喜一憂する憎い人間達の姿は。
 あの時は比較的あっさり殺してしまったが、後になって考えればもっと楽しめばよかったと思う。

 後にも先にも、あの時以上に楽しかった瞬間は存在しなかったのだから。

「それで、なんか吹っ切れ、ちゃってね……好きなように生きる事にしたんだ。
使用人の陰口聞いたら即抹殺、城下に出たら適当に好みの女捕まえて犯して……好きなように遊んで……はは、楽しかったよ。
それまでの習慣で、勉強や鍛錬は止められなかったけど、ね」

 婚約者達を殺した直後、父から御咎めがあるかと思っていたのだが、実際には全くなかった。
 王族を侮辱した者達が悪い、という事で片付けられてそれで終わってしまったのだ。
 
 同時に、父が何故暴政を振るっていたのかも聞かされた。
 自分と似たような境遇であった父が、どのようにして壊れてしまったのかを。
 同時に今までほったらかし、そのせいで苦しめてしまった事を謝られた。

 それで、歯止めは無くなった。
 もう好きなようにしていいのだと分かってしまったから。
 父からは国を捨てて生活する事を勧められたが、ここまで我慢した分楽しまなければ損だと思っていたから。
 そして暴虐を振るいに振るい続け、この末路。

 これすらも死を目前にした今は無能と呼ばれ、才にそぐわず暴虐を振るい続けた自分には相応しい結末だと思えてしまう。
 結局、自分はどこまでも屑だったのだろう、と。   
 使用人達が言っていたように、姉に遠く及ばぬ出来損ないの屑であったからこそ、この末路なのだろうと。

「なるほどな。お前が連れていた男達は?」

「そっちは、父上の友達、さ……壊れてしまった父上に、最後まで付き合おうって決めた……」

「……国王の方も何かあるのか?」

「はは……父上は僕なんかより、よっぱど凄い、人だよ……あの人は……」

 最後の余命を振り絞り、アイザックは父がなぜ暴政を振るうようになったのかを話し始めた。
 
 その内容は、特別驚くような内容ではなかった。
 王家だの貴族だのならどこにでもありそうな、そんな陳腐な話。
 それが原因で虐げられた当の民が聞いても、同情はしないであろう話。
 だが、関係の無い第三者ならば自分がその立場なら、と考えさせられてしまうかもしれない話。 

 そんな話を遺言代わりに――――アイザックは息絶えた。

「……なんか、やり辛くなる話でしたねー」

 ふう、と雫が憂鬱そうに溜息を吐いた。

 どんな理由でも所業からして同情の余地はないはずなのだが、
それでも釈然としない物が残っていた。

「よくある事だ。どんな行いをしても認められず、それどころか良い事をしたはずなのに敵意をぶつけられるなどというのはな。
強いて言えば――――誰も彼も、運が無かった。それだけの話だ」

「落ち着いてらっしゃいますね」

「気持ちは分からなくもないんだが、それでも、な」

 溜息を吐き、空を見上げる海人。

 そう、気持ちは分からなくもない。

 十代の頃――最も荒んでいた頃の自分はアイザックなど比較にならない程の悪行を成している。
 死に追いやった人間の数だけでも彼の比ではないはずだ。
 何をやっても光明さえ見えない状況に狂う気持ちは、理解できなくもない。

 ――だからと言って、それが何をやっても許される免罪符になるわけでもない。

 それを理由に好き放題やるにしても、外道を語っても、許される限度というものは存在する。
 それが分かっているからこそ、海人の気分は複雑だった。   

「……さて、それでこの後はどうします?」

「カナールに行くとしよう。シェリス嬢達がここで防げればそれでいいが、
防げなかったらあそこを守らんと以後の買物に差し支える。
王子がこっちに来た以上、屋敷の方に国王が来る事はないだろうからな」

「それもそうですねー。そんじゃ、全速力で行きますか?」

 雫の言葉に海人が頷くと、三人は一路カナールへと向かった。 









テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント
更新乙です
剣士に魔術師がおぶさって戦うとかスレイヤーズ以外で見たのは初めてだなw
      
遅れてもちゃんと続いてくれるから待つのは平気だぜ!これからも頑張ってね~

[2011/08/24 22:59] URL | コケ #FahgRXZo [ 編集 ]


刹那の速度でブラックアウトしないって身体強化すごすぎ?
まぁ今まででも片鱗見えてましたけど。
輝石族の身体強化って他の種族と大差ないかんじかな?

新魔法がさっそく2つ。テレビ電話ですねわかります。

雫は急成長中!!親が泣いて喜びますね。
[2011/08/25 00:09] URL | とまと #mQop/nM. [ 編集 ]


お疲れ様です
とうとう戦闘開始ですね

光の屈折とか科学的なことが完璧に解ってる海人にとって魔法中心のこの世界では考えられないような魔法は次々と出てくるんでしょうね
ただ、今回の魔法はその魔法の存在そのものが考えられないようなものなんですか?
それとも距離が考えられないようなものなんですかね?
この世界の魔法の種類が解らないためちょっと気になりました
伝達魔法とかは他のファンタジー小説とか読むとあってもおかしくないなぁと思ったので

魔法使い?を背負った剣士……
普通は戦力ガタ落ちだとおもいますけどねぇ
剣士は普通戦えないだろぉ……
まあ、今回の組み合わせは動けさえすれば海人だけで殲滅することも可能だったでしょうけど

では、次がどのような更新になるかわかりませんがどの更新にしろ楽しみに待っています

P.S.
遅くなりましたが50話目の更新おめでとうございます!(でいいのかな?)
これからも一読者として応援しています
次は目指せ100話ですね!
話を聞く限り十分届く話数の気がしますが
[2011/08/25 00:16] URL | 華羅巣 #zR7lJLBY [ 編集 ]


ラクリアの祖父が話が進むごとに愚王具合が増してる気がしますね

国が滅ぶとわかっていて何もしてないし
すっごいラクリア贔屓の爺さんにしか感じなくなってきたw
もし何らかの方法でラクリアからその術が漏洩したら一瞬で国が滅ぶんですねわかります

この世界の兵がよくわからないんですが
傭兵って準国軍な位置づけなんですか
普通傭兵なら自分の命を第一に置くので無理とわかったら即効撤退しますよね
あと国軍を保有する意味ってあるんですかね?
5名程度の第一級レベルの兵士とそのちょっと低いぐらいの兵士30人程度で
ヘタをすればルミナスレベル5人ぐらいいれば国落とせますよね
それなのに兵糧とか金のかかる兵士って…
[2011/08/25 01:09] URL | 通りすがる #6xKiXaJs [ 編集 ]


お疲れ様です

今回も楽しく読ませて頂きました!
久しぶりの海人達の活躍が嬉しいです
実はちょっと屋敷の防衛システムが火を吹く展開も期待してたんですがw

次の更新楽しみに待ってます
感想の語彙が少なくてすいません;
[2011/08/25 01:44] URL | スウ #- [ 編集 ]


おつかれさまです。
今回も楽しく読ませていただきました。

本文中に「そして、上空から遠隔視の魔法を使っている者から増援の姿が見えたという報告もない。」なんて一文があるから、遠距離索敵用の望遠鏡のような魔法自体はあるようなのでそれをいじくったんでしょうね。

ただ、距離が望遠鏡と天体望遠鏡並みに違う上に使用者以外にも見えるというのがシェリス嬢達が驚いた点でしょうし、すぐに声を届けられるかと聞いた辺り音声伝達魔法も可能距離に違いはあっても存在するんじゃないかな?

なにせこの世界の魔法、有効範囲などがでかくなるだけで魔力だけでなく発動術式が頭の中で巨大なジグソーパズルを組み立てるようなもんになるわけですし。
[2011/08/25 01:45] URL | とある人 #vXeIqmFk [ 編集 ]


え?王子の理由ってこんだけですか?ちょっと想像以上になんて言うかアレで
ここまで引っ張った割りになんて言うかちょっと残念です
王の方は何かあるみたいなのでそちらで色々あるのかな?
正直もっと複雑な裏事情とか今後への複線があるのかなと思っていたので
王はわかりませんが、今回の王子関連はかなり肩透かし感がw
でもまだ事件解決してないので次回以降期待してます
[2011/08/25 17:32] URL | つうぉい #64TjWBNY [ 編集 ]

祝、白衣の英雄50話!!
50話更新お疲れ様です。

いよいよルクガイアの残党との戦闘開始で第五部のクライマックスへの導入部って感じでしょうか?

>が、一人でフライパンを十個近くも操りつつ、という要素が加わるとなれば話は異なる。
シェリスさんの家の筆頭メイドは化物か?(質問では無く反語です)

>イメージからすると凄い料理が出来そうに思っていたんですが
ある意味「凄い料理」が出来ますよね……。

ルクガイア王子のああなった理由、ある意味単純でそれ故に解決しづらい問題ですね。
もっともそれで横暴に振舞われたらやられた方はたまりませんし。
まあ今回の結末も、いずれ自分より強い存在にぶつかれば当然こうなると本人も予測出来たはずですしね。

しかしラクリアの祖父ももうちょっとどうにかならなかったのか?
それともラクリアがもっと非情になって自分の身内でも粛正(場合によっては粛清)出来ると思っていたのかも知れませんね。

海人、相変わらずの魔法の開発能力ですね。
今回刹那が使ったのはどういう属性なのでしょう?
無属性なら海人も使えるんでしょうが、光よとか風よとか詠唱に入ってるからそれぞれの属性なんでしょうね。

さあ、いよいよルクガイアの王との対決も近いのかな?
更新楽しみにしています。
でも無理しない程度にがんばって下さい。
[2011/08/25 21:16] URL | 戸次 #Wjzbkqqg [ 編集 ]

はじめまして
 楽しく読ませて頂いています。
 まだ20話を読んでいる途中なのですが、どうしても気になったことがあったので作者さんに気付いて頂け易いように、最新話に書かせて頂きました。

 気になった事とは、『人間』という言葉を不適切な時にも頻繁に、使い過ぎているように見受けられたからです。
 この場合、『人間』以外にも表現の仕方があるかと思いますので、『者』『人』『人物』『住民』『国民』『通行人』『患者』など挙げれば切りがないほどに、多様な表現が出来るはずですので、使い分けを意識して今後は執筆された方がよろしいのではないかと愚考します。


 それでは、体調には十分気を付けた上で、完結目指して執筆を頑張って下さい。
 微力ながら応援致しております。
[2011/09/10 06:40] URL | Chaos #VRd54iEw [ 編集 ]


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