ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄51
 順調に魔物を集めていたゲイザー達だったが、途中でその歩みが止まった。
 先頭に立つゲイザー、その騎獣であるガルゼストがなぜか唐突に足を止めたのである。

「どうした、ガルゼスト?」

 長年の相棒に、心配そうな声を掛ける。
 
 ガルゼストは、カイザーウルフの中でも賢い部類に入る。
 主が急がなければと思っている時は速度を上げ、手綱で操らずとも曲がりたい方向に曲がる。
 従順でもあるため、主が急ぎたいと思っている時に足を止める事など普通はありえない。

「ウォン……」

 主の声に、悲しそうな声で応えるガルゼスト。

 確かめるように何度も鼻をひくつかせ、何かの匂いを嗅いでいる。
 その姿は何とも言えぬ物悲しさに満ちていて、言葉無くともその心情を伝えてくる。  
 そして、ガルゼストの鼻は南西の方角へと向けられていた。
 叶う事ならば生き延びて欲しい息子がいるはずの方角へ。

 悪夢のような可能性に思い当たり、ゲイザーは目を大きく見開いた。 
 
「おい、まさか…………ガルゼスト、呼応!」

「――――ウオォォォォォォンッ!」

 主の命に従い、ガルゼストが大きな雄叫びを上げた。
 《王者の咆哮》ではなく、ただ広範囲に呼びかける、相手の無事を知るためだけの雄叫びを。
 高らかに放たれたそれは広大な森全域に響き渡り、やがて僅かな残響を残して消えていく。
 それからしばし待つが、返答である雄叫びは返ってこなかった。
 緊急時のこの雄叫びには、危険があっても返事を返すように打ち合わせていたというのに。

「マジ……かよ――くそ、どこのどいつがアイザック達をっ!」

 息子とそれに付き添っていた者達の死を悟り、ゲイザーは怒りに震えた。

 覚悟はしていたつもりだった。
 自分はそれだけの事をしてきたし、息子もたった四年で随分悪行を重ねてしまった。
 ゆえに自分が殺される覚悟は勿論、息子の死も覚悟はしていた――そのつもりだった。

 だが、それが現実となると感情が抑えきれなかった。

 アイザックに十代で死なねばならない程の罪があったというのか。
 自分と同じく王族でありながら輝石族としての才に恵まれなかったというのが、それほどの罪だったというのか。
 その一事で周囲から蔑まれ続けながらも努力を重ね、ついに十歳で壊されてしまった少年がそれほど悪いのか。  
 何よりも罰を受けなければならないのは、王族に仕える立場にありながら心無い陰口を叩き続けた者達ではないのか。

 そんな幾つもの思考が脳裏に浮かんでは消え―――最後に残ったのは、深い悔恨。

 己が突き進む道を決めた時、ゲイザーは娘と息子を突き放す事に決めた。
 狂った自分の末路に巻き込まぬよう我が子達を突き放し、自分を軽蔑し厭うように仕向けた。
 そうすれば全ての悪意は自分へと向かい、二人の子供には同情が集まるだろうと考えて。
 その末に我が子に殺される事も覚悟した上で。

 ――――その結果が、これだ。

 放っておいても愛されていたはずの娘には思惑通り同情が集まったが、
才に恵まれなかった息子には同情どころか陰湿な悪意が集い、心を壊されてしまった。
 挙句、父親の浅はかさと周囲の無思慮で壊れた少年は、父親よりも早く短い生涯を終えた。

 何もしないどころか、惨い事しかしてやれなかった己が、あまりにも情けなかった。  
 
「ゲイザー……」

「……すまん、待たせた。手勢集めを続けるぞ」 

 そう言ってガルゼストを促し前進しようとしたゲイザーを、側近の一人が止めた。

「いや……アイザック達がやられたんなら、既に森の外は手が回ってると考えていいだろう。
だが、いくらなんでも包囲は完成してないはずだ。あの状況でそんなに早く人を集められるはずねえからな。
一か八かかもしれねえが、多分今の手勢でそのまま森の外に出てカナールを目指すのが最善だ」

「確かにその通りだが……それじゃあ数が足りねえだろ」

 言われた内容に納得しつつも、ゲイザーは素直に頷けなかった。
 
 戦いにおいて、数の利というのは非常に大きい。
 それを最大限活用せずに戦う事は、あまり気が進まない。

 が、男はそれを見越した上で更に言葉を連ねた。  

「カナールの周辺は森だし、向かう途中にも低位の魔物はそれなりの数いるはずだ。
砦の戦いからしてラクリアちゃんが向こうについてるとは思えねえ。
なら、周辺の魔物を前もって処理されてる可能性もない……数は後で集められるはずだ」

「……そうだな。よし、手勢集め切り上げて森を出るぞ!
森を出た瞬間に敵とぶつかる可能性が高い! 全員覚悟決めとけ!」

 絶望を全て推進力に変えたかのようなゲイザーの力強い叫びに、彼の仲間は力強い頷きを返した。 
























 シェリス達は、目の前に広がる広大な森をじっと睨み据えていた。
 
 敵が北部から出てくるだろうと考えて行動したものの、ドースラズガンの森は広大である。
 シェリスは勿論、ローラでさえも北部全域を完全に警戒する事は出来ない。
 部下達が到着すれば手分けして探る事で全域のカバーも可能だが、生憎まだ到着していない。
 視界の端の影一つ見落とすわけにはいかない。

 が、三人共なかなか落ち着いてはいた。

 確かに即興で手勢を集められるという事実は脅威的だ。
 低位の魔物しか従えられないとはいえ、それでもあれだけの数を集められるのなら立派な戦力である。
 従える方法も魔法をかけたカイザーウルフの雄叫びを聞かせるだけと実に簡素なので、時間も短くて済む。
 
 しかし、今の状況下においては一つだけ欠陥がある。

 総戦力では脅威とはいえ、集められる魔物一匹一匹は低位の魔物にすぎない。
 当然その最高速度はカイザーウルフはおろかノーブルウルフとも比較にすらならない。
 この付近で手勢を集めたところで、進軍速度は必然的に低位の魔物のそれに合わせられる事になる。
 
 諸々考えれば、向こうの準備が整うよりも先にシェリス達の準備が整う可能性の方が高い。

「……唯一の懸念は、数を揃える前に進軍してきた場合、か」

 ふう、とシェリスは溜息を吐いた。

 今の状況で一番シェリスが打たれたくない手は、適当に手勢を集めてこちらに来る事だ。
 それをされてしまうと、大きな危険が生まれてくる。

 ローラならば実力的には単独での敵軍の全滅も可能だろうが、それはあくまで敵が全て自分に向かってきた場合に限られる。
 カイザーウルフの速度などを考えれば、敵にすり抜けられてしまう可能性はかなり高い。
 そして、ラクリアの言うように彼らの目的が一種の八つ当たりなのであれば、
立ち塞がる化物をやり過ごして碌な抵抗も出来ないであろうカナールの人間を襲いに行く可能性は十分にある。 
 
 それが現実になりかねない要素も、一応揃ってはいる。
 第一に、狼煙が上がった事によって援軍がやってくる事は想定されているという事。
 第二に、低位の魔物が多い森とはいえ、数を集めようとすれば探す時間がそれなりにかかってしまう事。
 そして第三に――せっかく揃えた手勢を一瞬で消し飛ばされ、相応の焦りを抱いているはずだという事。

 効率から何から総合して考えれば、ドースラズガンの森で手勢を集めて進軍というのが自分達の最善手と判断するはずなのだが、
ラクリア曰く小心者との事なので冷静さを失って特攻してくる可能性は無視できない。

 なので、シェリスは落ち着いてはいるものの、緊張の色を隠しきれていなかった。

「シェリス様、打てる手は打っているのですから、あまり緊張しても無意味かと存じます」

「分かってるわ。でも、これだけ予想外が頻発した状況――何が起こってもおかしくない気がするのよ。
もしカイトさんがいなかったらと思うと、背筋が凍るもの」

 その言葉通り、シェリスの体がかすかに震えた。

 今回あまりにも予想外な事が頻発したものの、それでも悪運には神がかって恵まれていた。
 侵攻が始まった時海人の屋敷にいた事、そこにラクリアがいて早期に相手の情報を手に入れる事が出来た事、
なにより海人が優れた手札であろう魔法を二つも公開し、協力してくれた事。 

 これらがあったからこそ、手配すべき事柄の把握とそれに手を回す時間が確保できた。
 おかげで緊張感は依然残るものの、冷静さを保ち頭を真っ当に回すだけの余裕もある。

 この悪運の中でも一番大きな要素こそが、海人の存在。
 もしも彼がいなければ砦に指示を出せなかった事は当然ながら、ラクリアと会う事さえかなわなかった。
 そうであれば砦の兵士は狼煙を残し全滅、そして相手の戦力が補充可能という事も分からず、
確実を期して持久戦に持ち込み、更なる被害を出していた可能性もある。 
 
 そして、海人の存在はある意味で究極の反則カード。
 それも基本的に自由意志で勝手に動く操作不能のカードだ。
 
 そう考えれば今回の悪運は、戦争を始めた途端相手の国が無数の隕石の落下により勝手に大打撃を受けたようなものである。
 そんな奇跡的な事に頼らず、理屈立てて動いて勝利を掴む為にこそ貴族がいる。
 その為に自分達は民の税で養われ、幼い頃から教育を受けているのだ。

 天運、と割り切れば済む話だとは分かっているのだが、それでも自分の不甲斐なさを痛感せずにはいられなかった。
 まだまだ、あまりにも自分は足りていない、と。
 シェリスがそうして己の及ばなさを噛みしめていると、

『――――ウオォォォォォォンッ!』

 森の奥から、どこか悲しげな遠吠えが聞こえてきた。

 シェリスがその音色の出所を探っていると、ふとラクリアがフェンの頭に軽く手を当てた。
 見ればフェンは首を長く伸ばし、遠吠えをする寸前であった。 
 
 遠吠えの残響が消えた時を見計らい、シェリスはラクリアに尋ねた。

「今のは一体何でしょう?」

「呼応の雄叫びです。仲間の無事を確認するための。
ドースラズガンの森全域でも、聞こえるはずです」

「それは、返答が無くともわかるものなのですか?」

「いいえ、呼応の雄叫びは同じ雄叫びで返し緊急時に相手の無事を確認するためのもの――返事が無いのなら、
息絶えたか返せないような状況にいるという事のはずです」

 ラクリアは首をゆっくりと横に振りながら、静かに答えた。

「つまり、王か王子に何かかが起こった、と?」

「そのまま受け取れば。
ただ、今のフェンのように意図的に返さない事もできますから……私の存在に勘付いたのなら、かく乱の可能性もあります。
あの森の生物では父達の障害になるとは思えませんし……」

「エンペラー・カウやシルバーウルフなども生息していますが?」

「私も遭遇しましたが、私とフェンだけ――いえ、フェンだけでも問題ありませんでした。
数も揃っているあちらの障害にはなりえないでしょう」

「となるとかく乱……しかし、貴女の存在に気付く要素があったとも思えませんが……」

 ふむ、と唸る。

 王達がラクリアの存在に勘付いた可能性は低い。
 現状向こうが分かるように打った手は砦の爆破のみ。
 これだけではとても決定打にはならない。
 むしろ、砦があそこまで追い込まれたという事実からラクリアの協力は得ていないと判断するだろう。
 つまり、雄叫びの意味が分かるとは思われていないはずなのだ。

 それでは、かく乱として成立しない。
 ひょっとしたら分かるかもしれない可能性に賭けて居場所を教えかねない愚を犯すなど、愚の骨頂だ。
 砦の攻め方を見る限りではそこまで愚かしい相手にも思えない。 
  
 どういう事か、と頭を巡らせていると、

「――――おそらく、極めて単純な話です」

「どういう事?」

「王女の存在に気付く要素はなく、魔物は脅威になりえない。
その前提で考えれば、魔物などより余程恐ろしい存在にぶつかったのかと思われます。
何かして下さるとは思っていましたが――――ここまでやって下さるというのは些か予想外でしたね」

 相変わらず淡々と、だがどこか喜色を滲ませながら語る。
 
 ローラには、強い確信があった。
 この状況、最終的な勝利はおおよそ確定しているが、いくらでも予想外は起こりえる。
 そんな状況で、己の平穏を脅かされる事を何よりも厭う男が大半を人任せにするはずがない。

 もっとも、別行動を取った段階で何か仕出かしてくれると予想はしていたものの、この事態は予想外だった。
 てっきり自分達が王達と交戦を始めた段階でいつぞやのように超長距離からの援護射撃が始まると思っていたのだ。 
  
「……まさか、カイトさん達!? どうして!?」

 ローラが言いたい事を悟り、シェリスは驚きに目を見開いた。

 確かに、あの三人ならば輝石族だろうがなんだろうが問題なく始末できるはずだ。
 海人の性格、そして先程刹那が使った魔法からして、二人が海人から戦闘用の魔法を教わっている可能性は高い。
 元々強かった二人が海人開発の凶悪な魔法を使うとなれば、その戦闘力はローラに匹敵しかねない。

 ゆえに実力的には不思議はないのだが、あの海人が何も言わずそこまで手出しをしてくれるというのは考えにくかった。

「あの方は御自分の平穏を乱す事を嫌っておられますから、むしろ先程程度の手出しで済ませるはずがないかと」
   
「……じゃあ、あの時何も仰らなかったのは?」

「ただでさえ手札を二枚公開した上に、更に上乗せするのがお嫌だったのではないかと存じます」

「はあ……それならそれで仰ってくれればそれ相応のやり方があったの――待って、だとすれば今の状況は――!」

「はい、極めて危険です。流石にこの事態は予期不可能でしたでしょうから、カイト様に責があるとは言えませんが」

 ふう、と小さく息を吐く。

 この森で手勢を集めると読んだ最大の理由は、本来ならば狼煙が上がり砦の兵が急を知らせに走ったとしても、
兵をドースラズガンに集結させる為には相応の時間がかかる為だ。
 その時間は間違いなく向こうが手勢を集めるよりも遅い為、それを見越して王達が万全を期すと思っていたのである。 

 だが、状況は変わった。
 予想が当たっていれば相手は今の雄叫びで片割れが何者かに潰された事を悟ったはずだ。
 強大な戦力が近くにいると知れば、手勢集めを早急に切り上げて出てくる可能性は一気に高まる。

 この森で集めるのが一番効率的で確実ではあるが、低位の魔物は個体数が多いため、道中で適当に集めてもそれなりの数が期待できる。
 ならば相手の準備が完全に整う前に打って出ようと考えるのはそれほど不自然な事ではない。 

 そんな悪い予想を確定事項のように語るローラに、そしてそれを鵜呑みにしているシェリスに、ラクリアはおずおずと問いかけた。

「……あの、それは本当に当たっているのですか?」

 言うまでもなく、二人の話には穴がある。
 仮にそれが当たっていた場合、どのように相手の死の可能性を悟ったのか、という点だ。

 一緒に行動していた途中で襲われ別行動になった場合なら考えられなくもないが、
そうであればもはや手勢集めなど切り上げて森から逃れようとしているはずだ。
 しかし、それにしては先程聞こえた遠吠えの音は遠すぎる。

 それらの疑問をまとめて伝えると、シェリスは意外そうに小さく眉を上げた後、静かにフェンの顔を指差した。 

「死を悟った理由は、それと同じものを見た為ではないかと思います」

「あ……」

 言われて、ラクリアは初めて気づいた。

 フェンの瞳が物悲しそうに森の方を見ている事を。
 そして何かを確かめるように、鼻をひくつかせて遠吠えが聞こえた方向とは別の方角の匂いを嗅いでいる事に。

 ルクガイア王族が飼っているカイザーウルフは、全てが親族だ。
 アイザックが駆るアロンドはフェンの弟、ゲイザーの駆るガルゼストはフェンとアロンドの父である。
 そして感覚の鋭いカイザーウルフならば、近しい家族の死を嗅ぎ取ったとしても不思議はない。

 長い付き合いにもかかわらずすぐに気付いてやれなかった。
 その事実に、ラクリアは自分が途轍もなく情けなく感じられた。

 が、自虐に浸る間もなく状況は動き始める。

「付け加えますと、今森の方からこちらへ向かってきている集団の気配があります。
速度からして従えた低位の魔物に合わせているようですが、こちらの援軍到着よりは早く来るかと思われます」

「……分かりました、では打ち合わせ通りに動きます。どうか、持ち堪えて下さい」

 そう言い置くと、ラクリアはフェンと共にその場を離れた。
 より確実に父達を討つ為の下準備として。
























 燦々と降り注ぐ日光の元、二つの塊がひたすらに駆けていた。
 その速度はまさに疾風。遠くの景色さえも瞬く間に流れていく。
 そんな追いつく者などあるはずもない速度で広大な草原を駆け抜けている。
 
 だが、その姿を見る者はいない。
 元々人通りの少ない地帯ではあるが、今日はめっきり人の姿が見えない。
 日中で人がごった返しているはずの町に近付いているというのに。

「ここまで来ても人の姿がないって事はやっぱ周辺一帯避難させてるんですかねー?」 

「シェリス嬢の性格と人脈を考えればさほど不思議ではないだろうな。
いつぞやのエルガルドの一件もあったから町の人間も素直に従うだろうし、既に避難が完了していても私は驚かん。
ま、そう思っていたからこそこんな物を使う気になったわけだが」

「うう、やっぱりこれ今回限定なんですか?
移動手段としては魔法よりもよっぽど使えるのにぃ……」

 現在跨っている物――海人特製マウンテンバイクを見下し、雫は涙した。

 これは己の脚で走るよりも圧倒的に疲労が少なく、速度を緩める際も手元の動きだけで可能なので非常に便利なのだ。
 付け加えるなら速度も己の脚で走る時の数倍なので、最高速度ならカイザーウルフさえ上回るだろう。
 方向転換が大雑把にしかできないので速度と機動性のアンバランスが凄まじいが、移動用と割り切ればそんな物は欠点でも何でもない。
 
 正直、泣き縋ってでも今回限定ではなく買物用に使わせてほしい性能であった。  

「仕方ないだろう? 海人殿は目立つ事がお嫌いなんだから」

 未練がましい妹を窘める刹那の声にも、どこか拗ねたような響きが滲んでいる。
 どうやら彼女としてもこの機体性能は手放すには惜しいらしい。

 そんな刹那の背中にしがみつきながら、海人は困ったように笑った。

「それもあるが、これもこっちでは未知の技術の結晶だからな。
あまり衆目にさらすべき物ではない」

「むう……しょうがない、諦めま~す」

 穏やかだが譲る気が一切ない海人の言葉に、雫はすんなりと諦めた。
 彼女の主は比較的我儘を聞いてくれるが、譲らない事に関しては絶対に譲ってくれない。 
 あまりしつこく言っても、困らせるだけで実りが無いのだ。

「そう言ってくれると助かる。ところで雫、気配の方はどうなってる?
まだカナールを探るには遠いか?」

「いえ、ギリギリ……うわ、カナールの町が寂れてますね。気配が……四十人ぐらいですかね。
配置は上手いです。どこから侵入されてもすぐに別のところから援軍が駆けつけられる布陣ですね」
 
「流石だな。森の中の魔物はどうだ?」

「町周辺の気配が少しずつ減り始め――あ、気配が幾つか上空に昇り始めてます。
ついでにこっちの方――ってかドースラズガンの方に向かおうとしてると思しき気配も幾つか」

 言いながら、海人の顔色を窺う。

 彼女の気配察知は範囲もさる事ながら精度も恐ろしく高いため、間違いという可能性はほぼ無い。
 まだ離れている今ならば自分達を見られてはいないだろうが、これ以上は遠隔視の魔法で見られる可能性が出てくる。
 自転車の存在を隠したいのなら、早急に降りて始末した方が良い。

 海人としても異論があるはずもなく、迅速に肯定を返した。

「では、降りて徒歩で向かうぞ。念の為、爆破魔法で消し飛ばしたように見せかけるとしよう」

 海人の言葉と同時に、甲高く耳障りなブレーキ音が響いた。

 ブレーキと車輪との摩擦でほのかに煙を立ち上らせるそれから降りると、
二台まとめて近くの草が生えていない地面に転がす。
 
「我が言葉は破壊の祝詞、暴悪なる業火の舞姫よ、踊り狂いて弾け飛べ《ダンシング・ボムズ》」

 刹那の詠唱と共に薄絹のような炎が周囲に現れ、数か所に集まり始める。

 それらは程なくして大きな火球となり、自転車へと殺到する。
 その焔が自転車の姿を完全に覆い尽くした時、海人が念じて自転車を消す。

 ――それを見計らったかのように、一つの巨大な炎となった火球が轟音と共に弾けた。
 
 その魔法の爆発の熱量は凄まじかったが、その規模は狭い。
 爆破の衝撃も大半が上へ逃げた為、ギリギリ周囲に延焼する事無く土の地面だけを燃え溶かした。

「刹那、その魔法の制御は難しいか?」

 草原に延焼する寸前だった魔法の跡を見ながら、海人は尋ねた。
 理論上は術者の意思一つで、もう一回り爆発の範囲を狭められるはずだったのだ。
 その制御が難しいのなら、術式に改良の余地ありという事になる。

「いえ、非常に楽でした。急ぎでなければもう少し範囲を狭める事も出来たと思います」

 海人の懸念を、刹那は笑って否定した。
 
 今使った魔法は特別制御が優しいわけではないが、難しいわけでもなかった。
 早急に使うべきと判断したために、延焼しないほぼギリギリの範囲に止めただけである。

 その言葉を聞いた海人は一瞬安堵の笑みを浮かべ、

「……いや、だがあの配置法を使えば制御改良の余地はまだあるか……実験も色々しなければならんが……」

 刹那に負ぶさりながら、再び術式改良の為の思考を始めた。
 どうやら、また新しい改良案を思いついたらしい。 

 そんな主に姉妹は苦笑を漏らした。

 海人は秘密主義で他人に情報が漏れる事を恐れる割には、身内に甘い。
 雰囲気とは裏腹に意外に間が抜けている刹那に対してさえ、注意はしても出し惜しみはしない。
 それどころか、今のようにもっと良い魔法を、と考え続ける。

 強い警戒心を上回る程に身内に甘いわけだが、海人のそんな甘さは二人にはありがたかった。
 それを向けられる自分達は、間違いなく彼に受け入れられていると実感できるが為に。
 
 しかしそれは同時に――――先程のアイザックの話を思い返し、一抹の不安を感じずにはいられない部分でもあった。







 
  
 
   



























 ――従えた魔物達と共に弾けるように森から飛び出した直後、ゲイザー達は運が良かったとほくそ笑んだ。
 
 なにしろ、そこにいたのは貴族の令嬢らしき人物とメイドが一人のみ。
 立ち姿からしてどちらも腕は立ちそうだったが、この数の敵になりえるはずがない。
 応援を呼ばれる前に始末しようと考えるのは当然の流れだった。

 そして現在、ゲイザー達はその時の自分の判断を心底悔やんでいた。

「くそっ! なんだこの化物女は!?」

「ただのメイドにございます」

 相手の悪態に律儀な言葉を返しながらも、ローラは淡々とその暴威を振るう。

 何気ないナイフの一振りは空気を斬っているかのように容易く数匹の魔物の体をまとめて裂き、
時折繰り出される拳の風圧は離れた場所にいる相手さえも吹き飛ばし、
しなやかな脚から繰り出される蹴撃は回避したところでその余波が大地を裂いて足場を崩し、機動力を奪う。

 実に無駄が無く静かとも言える動きだというのに、それが引き起こす現象はまさに天災。
 天に才を与えられた者、その中でもさらに一握りにしか成し得ない超越者の猛威。
 
 ただのメイド、などとは笑止千万にも程がある。

「くっ……こんな化物がいるなら人数が少ないのも当然か……!」

 ゲイザーは間合いを開きながら、舌打ちした。
 時既に遅しと分かっていても、己の判断を悔やまずにはいられなかった。

 眼前の美女は明らかに人間の領域を逸脱した怪物だが、
最初からすり抜けるつもりであれば数人の犠牲と引き換えにやりすごす事ぐらいは可能だったはずだ。

 それが対応を間違えた為に初手で戦力をごっそりと削られた。
 中位程度の威力を持つ攻撃魔法を数十発叩き込んだのだが、それをかわされた直後に上位魔法五発が返ってきた。
 その段階で従えていた魔物の軍勢が大打撃を受け、さらに動揺した一瞬の隙で仲間が五人斬り捨てられた。
 その後もあれよあれよという間に戦力を削られ、今残っているのは当初の七割程度だ。 

 それでどうにか勝負になっているのは、速度で勝るカイザーウルフを駆るゲイザーがいればこそ。
 側近達だけなら、多勢でかかったところで順繰りに返り討ちにされて始末されているだろう。
 そのゲイザーでさえも、ローラの攻撃を最低限に留めるのが精一杯で彼女に攻撃する機会にはほとんど恵まれていない。
 
 このままではカナールに行くどころか、たった二人に全滅させられかねなかった。

「化物化物と、たかが小娘に人聞きの悪い事です」

「あなたは、小娘、なんて、年じゃ、ないでしょう!?
っていうか、少しは、助けなさいっ!」

 ローラから少し離れた場所で、懸命に両手のナイフを振るうシェリス。

 部下とは対照的に、その姿には優雅さの欠片もない。
 大量の汗で髪が顔に張り付き、綺麗なドレスはあちこちを爪や剣で裂かれ、火炎魔法による焦げ跡まで散見される。
 本来なら恥じらうべき扇情的な姿になっているのだが、生憎それを気にするほどの余裕はない。
 
 ローラという超人を師に持ち、努力も積み重ねているシェリスではあるが、その武才はあくまで秀才止まり。
 カイザーウルフはおろか、ノーブルウルフ一匹でも楽には倒せない。
 その背中に予想外に鋭い太刀筋の輝石族が乗っているとなれば、尚更である。

 出会い頭の時は相手が侮ってくれていた為上位魔法を一つ放ち、側近一人斬り殺すぐらいの活躍は出来たが、
今現在は武器、魔法、騎獣の三位一体の攻撃、さらには数に任せた低位の魔物の猛攻の前に、
攻撃に転じるどころか、しのいでいるだけでも精一杯だ。

 現状はどうにか持ち堪えているが、遠からず限界が来ることは明白である。
 だが、この場の誰一人として彼女が足手纏いになるとは思っていなかった。

「まだ二十代です。減らず口を叩くぐらいなら、その分体力を温存なさった方がよろしいかと」

 主に冷たい言葉を返し、庇う気配など微塵も見せないローラ。
 先程からシェリスが何度も死の綱渡りをしているにもかかわらず、彼女の顔には一切の動揺が無い。
 そのメイドにあるまじき――根本的に何かが間違っている冷徹さは敵味方問わぬ戦慄を誘い、
シェリスが足手纏いになりえない事を何よりも雄弁に示している。
 
 とはいえ、仕方の無い側面もある。

 ローラにとっても、現状は決して楽なわけではない。
 最初は向こうから襲ってきてくれたが、実力を悟った今ではどうにか通り抜ける方向へと戦術が変わっている。
 こちらの勝利条件は敵の全滅だが、向こうの勝利条件はこの場の離脱なのだ。

 それだけでも厄介だというのに、相手の速度は異常に速い。
 
 ノーブルウルフ達に乗る貴族達はまだどうにでもなるが、問題は王の駆るカイザーウルフだ。
 年齢差ゆえか、鍛え方が違うのか、はたまた生まれつきなのかは不明だが、フェンよりも明らかに速い。
 後先を考えなければそれ以上の速度を出す事も不可能ではなく、仕留める事も可能なのだが、いかんせんまだ敵の数が多い。
 おそらく、それをやってしまえばゲイザーを仕留めてからかなりの苦戦を強いられる事になる。  
  
 ――――ゆえに、不意打ちの為にこの場を離れていた第三者に期待がかかっていた。

「ウォォォオオォォォンッ!」

 どこからともなく、狼の雄叫びが響く。

 それと同時に、低位の魔物達の動きが止まった。
 続いてもう一度どこからともなく狼の吠え声が聞こえると、今度はまるで夢から覚めたかのようにきょとんとした様子を見せた。
 味方である魔物の突然の変貌に、ゲイザー達の動きが若干乱れる。

 その隙を狙ったかのように、どこからともなく火の攻撃魔法が豪雨のように吹き荒れた。
 降り注いだのは、火球。一つ一つが人間を飲み込むほどに大きく、それでいて外れた物が大地を溶かすほどの超高熱を発している。
 一つ一つが上位魔法級――総合すれば最上位魔法にさえ匹敵しかねない殲滅攻撃。
 それが無差別ではなく正確にゲイザーと魔物達だけを狙って降り注ぐ。

 立て続けに起こった異常事態に混乱する男達を尻目に、シェリス達が動いた。

 渾身の力を使い、シェリスが疾駆する。 
 狙われた男が慌てつつも迅速に身構えるが、その瞬間彼女は更なる加速を加えた。
 己の肉体強化の限度を越え、僅かな苦痛と共に生まれたその加速はほんの一瞬だけノーブルウルフの速度を僅かに上回る。

 繰り出される爪を紙一重で避け、牙に肩を掠らせ、火球に衣服を削られながらもシェリスの勢いは止まらない。
 苦痛に顔を歪めながらも動きに淀みは出さず、ただひたすらに標的の命を刈り取らんと突き進む。
 そして彼女は右のナイフでノーブルウルフの喉を裂き、その勢いのままに身を翻し上に乗る男の喉元へ右のナイフを突き立てた。 

 僅かな間を置いてその主従は大地に倒れ伏す。
 敵の数から考えれば僅かな戦果であるが、シェリスの実力と状況を考えれば上出来な結果である。
 少なくない損害を受けてはいるが、十分意地を見せたと言えるだろう。

 だが、よりにもよってローラの方の成果が芳しくなかった。
 主から少し離れた場所にいる彼女の顔には、珍しく苛立たしげな色が滲んでいる。

 原因は、依然健在である目の前の元国王主従。
 突然の奇襲で彼らにも隙は出来たのだが、咄嗟に下した判断が彼らの命を繋いだ。

 その時、彼らは身構えるのではなく後ろへと大きく下がった。
 それも、降り注ぐ巨大な火球を事もなげに回避しながら。
 止めとばかりに側近達がローラに食らいついてきたので、完全に追い切れない間合いまで離されてしまった。
 
 敵ながら天晴な実力と判断力だが、ローラからすれば絶好の好機を逃してしまった。 
 予定していた手はもう一つ残されているが、成功率は今ローラが仕留められた可能性とは比べ物にならないほど低い。
 そもそも、予定通りならば混乱していたあの魔物達は目の前の国王に襲い掛かっていたはずなのである。
 もう一つの手も何らかの予想外によって破られる可能性は否定できない。

 そうこう考えているうちに、降り注ぎ続けていた攻撃魔法が止んだ。

「……どういう事だ? 他の術者はおろかラクリアの姿さえどこにも見当たらん……」

 どうにか間合いを離した怪物メイドからは注意を逸らさず、ゲイザーは周囲を警戒した。

 魔法が降り注ぐ前に響いた雄叫び、そしてその後の吠え声は間違いなくラクリアの騎獣であるフェンのものだ。
 ガルゼストの支配を打ち消す事が出来るのはもはやラクリアとフェンの主従だけなのだから。

 そして雄叫びの響きと効果範囲を考えれば、確実に視界に入る位置にいるはずだ。

 だというのに、まだ日中で見通しが良い開けた周囲はおろか、上空にさえ人影一つ見当たらない。
 あれほどの魔法の乱舞となれば、ラクリアでも単独では不可能なはずだというのに。
 仮に一発勝負の罠にしても、それに必須のはずの術式盤さえ見当たらない。
 
 もし同じ攻撃が繰り返されれば、一度目ほどではないにせよ大きな隙が出来る事になる。
 そうなれば今度こそ銀髪のメイドは自分の命を奪うだろう。
 そしてゲイザーが死ねばパワーバランスは崩れ、その後は当然の如く仲間も全滅する事になる。

 彼女の主と思しき娘を人質に取る手も手間取りそうであるし、
なにより先程からの冷徹な放置っぷりを見る限り、人質として使えるとはとても思えない。  

 ゲイザーが嫌な汗を流しながら頭を働かせていると、
  
「――――ガルルルルッ!」 
 
 突然ガルゼストが唸り声を上げ、何もない空間へと襲い掛かった。
 直後、何かに当たった感触が手綱から伝わり、それと同時に何もないはずの場所から血が現れ、草原に飛び散った。
 
「……そういう事か。よくやったガルゼスト。ラクリア、出て来るがいい!」

 威厳を感じさせる怒声で、ゲイザーは周囲に呼びかける。
 
 何かに当たった時も、ゲイザーは相手の姿を見る事は出来なかった。
 そして、まるで避けた攻撃が掠った時に傷口から流れた血だけが見えたかのような現象。
 妄想じみた話ではあるが、答えなど一つしかなかった。 

 そんなゲイザーの確信をよそに、ラクリアは透明化したまま状況を分析していた。
 先程の攻撃からして、ガルゼストは見えずともこちらの位置を正確に掴んでいる。
 黙したままもう一度襲い掛かったところで返り討ちになる可能性が高い。
 
 だが、それでも手は考えられる。
 襲い掛かる途中でフェンから飛び降り、分かれて攻撃すれば混乱を誘える。
 やや博打ではあるが、もう一度中位魔法の多重起動を使って牽制しつつ襲い掛かれば仕留められる可能性は高い。
 先程は自分の魔法を避けきりながら攻撃する自信が無かった為避けた戦法だったが、
それで失敗した以上リスクは覚悟しなければならない。
 むしろ、リスク一つで勝率が上がるのなら安いと考えるべきだろう。

 ――――そんな甘い考えは、直後に打ち砕かれる事になる。

「出て来いと言ったぞ!」

 荒げた声と同時にゲイザーが放った下位魔法が、正確にラクリアのいた地点目がけて飛んできた。
 慌てて回避して事なきを得るが、驚愕は隠せなかった。

「そんな、どうして……」

 思わず、そんな声が漏れる。
 それと同時に透明化が切れ、ラクリアの姿が現れた。
 ガルゼストの牙が掠めた肩から、痛々しく血液が流れている。

「……おそらく、足元の草でしょう。四か所も不自然に潰れていればそこにいると見当はつきます」 

 ラクリアの声に、ローラが淡々と答えた。

「ほう、すぐに理解したか。武術だけでなく思考も鋭いようだな」

「この程度、少し観察すればすぐに分かる事です。
もっと早く気付くべきでした。不覚という他ありません」

 己の失態を恥じるかのように、ローラの口調に若干の淀みが生じる。
 
 そう、一見完璧な穏行であるラクリアの透明化魔法だが、冷静に考えれば欠点の可能性は思いつく。

 姿が消えているだけという事は、間違いなく実体は存在する。
 草原に立ったまま透明化していれば、踏み潰された草が見えてもおかしくはない。
 他にもぬかるんだ地面など、足場次第で何らかの痕跡が生じる事になる。

 飛翔魔法を使うという単純な事で解消できるはずの欠点なだけに、
気付かなかった自分に怒りが抑えきれなかった。

 ――――が、それを差し引いてもまだ余裕はあった。

「ですが、お二人に苦戦してらしたお父様達が、私も相手取れるとは思えません」

 強い意思を秘めた瞳で、父とその側近達を見据える。

 今の奇襲は、あくまでも念を入れて確実に始末するための手段だ。
 真っ向からぶつかったとしても、ローラの近接戦能力にラクリアの魔法が加われば敗北はありえない。
 そしてその状況下であればシェリスも相手取る数が減るため、攻撃に転じる事が出来る。

 これだけの戦力差であれば、横を抜ける事も至難である。

「ふん、久しぶりに会った父に対しそれか。この親不孝者めが」

 尊大そうに、娘を見下すゲイザー。
 腐っても元国王と言うべきか、口調にも態度にも威厳が宿っている。
 
「お父様の子である前に、私はルクガイアの王女です。
滅びたとしても、既に何もかも手遅れだとしても――私は王族の最後の責として貴方を討ちます!」

 己に活を入れるかのように、一際大きな声を上げるラクリア。
 ゲイザーはそれを小馬鹿にするように見つめ、

「ふん……本気で我らを止められるとでも思っているのか?」

 鼻を鳴らし、健気な娘をこれみよがしに嘲笑った。
 
 ――――視界の端で、銀髪のメイドが自分と娘に観察するような冷たい目を向けている事には気付かぬまま。

「……虚勢は無駄です。私一人では無理だったでしょうが、お二人と一緒にならば――」

「おそらくお前はこう思っているのではないか? 
『なぜフェンの咆哮が支配を打ち消すに止まったかは分からないが、それを差し引いても戦力は上のはずだ』と」

「なっ……!?」

「ふん、あの男が私にまともな術式を渡すはずがないと思ったが、やはりそうだったか。
道理で少し術式の細部をいじっただけで支配力が増大したわけだ」

 ニヤリ、と不敵に笑うゲイザー。

 彼は父親が考えそうな事など術式を教えられた時から見透かしていた。
 事あるごとにラクリアと同じく才に恵まれていた兄と比較し侮蔑の言葉を投げつけてきた男が、
有事の時にのみ国家の為に使えなどという言葉一つでこんな強力な魔法を渡すはずがない、と。

 そしてよくよく術式を調べてみれば案の定不自然な箇所が散見された。
 今ゲイザーが支配に使っている魔法はそれを修正した術式なのである。
 
「……あの魔法はもはや関係ありません。既に魔物の大半を焼き尽くしたのですから」

 父が語った言葉に衝撃を受けつつも、ラクリアは冷静な言葉を返した。

 確かに先程支配を打ち消すに止まった時は驚いたが、その直後に放った魔法の乱舞で従えられていた魔物は大半を焼き尽くした。
 新たに魔物を集めに行けるはずもない現状、あの魔法はほとんど意味が無くなったと言える。

 が、ゲイザーとてそんな事は百も承知であった。
 これはあくまで下準備に過ぎない。
 次に出す言葉で娘を少しでも大きく揺さぶる為の、細やかな小細工だ。

「確かにその通りだが……貴様の持つ《魂の石》が手に入れば違うな?」

 にいっ、と唇を吊り上げる。

 この場には、目の前にいる三人の姿以外は見当たらない。
 そして最初から戦っていた二人に無詠唱で別の魔法を使う余裕があったとは思えない。

 となれば先程の攻撃魔法の雨はラクリアの仕業という事になるのだが、
いかに優れた輝石族といえど単独であれほどの芸当を行うのは不可能だ。
 あの火球の数、熱量、降り注いだ時間、多重起動を用いたとしても集中力が続くはずがないのである。
 
 しかし、それを可能にしかねない物は存在する。
 それが《魂の石》と呼ばれる宝石。
 輝石族にしか使えないその宝石は、魔法の効果を飛躍的に高める事が出来る。
 それを元々優れた輝石族であるラクリアが使えば、あんな芸当が出来ても不思議はない。

 若干忌々しい事に、それをラクリアが持っている可能性も十分ある。
 元々国王の器ではないと断じられていた自分と違い、ラクリアは先々代の王であるゲイザーの父に可愛がられていた。
 伝承では初代の国王が所持していたはずなので、秘密裏に彼女にそれが伝えられた可能性はある。 

 未だシェリス達にさえ話していない秘密を看破され、ラクリアの顔に僅かな動揺が走る。
 渾身の精神力で一瞬にしてその色を消去するが――――僅かに遅かった。

「やはりか……! 総員全力でその二人を止めろ! 私はラクリアから《魂の石》を奪う!」

 ラクリアの反応で己の考えを確信したゲイザーは猛然と号令をかける。

『おおおおおおおおおおおおおおおっ!』

 疲弊していた男達の顔に、生気が戻った。
 
 《魂の石》は今となってはルクガイア王族にのみ伝わる御伽噺だ。
 ゲイザーから聞かされていた彼らも半信半疑だったのだが、ラクリアが使った魔法の強大さによって信憑性が一気に高まった。
 本当であれば、それを手に入れさえすれば願ってもない程の戦力増強が可能となる。

 先程までは命を捨てて他の仲間を逃がすのはただの博打だったが、
仲間が《魂の石》を手に入れつつ逃げられるのならこの場で命を捨てるだけの価値はある。
 何としてもゲイザーにラクリアへの血路を開かんと、全員が覚悟を決めていた。

 が、言うまでもなくそれを阻止出来るだけの力を持つ障害が存在する。

「話は掴めませんが――させると思いますか?」

 ローラの目つきが、鋭さを増した。
 どこまでも静謐な瞳の輝きは鳴りを潜め、代わりに普段は奥に潜んでいる劫火の如き闘志が姿を現す。
 無表情はそのままに、ただ纏う空気だけが誰の目にも明らかな変貌を遂げていた。

 ローラのしなやかで美しい左脚が、僅かに曲がる。
 特に力を溜めた様子も感じない、ごく自然な動作。
 まるで軽い挨拶でもするかのような小さな動き。

 ――その直後、真正面にいたノーブルウルフの体が爆発した。
 
 正確には、爆発などではない。
 あまりにも速く重い蹴撃が、ただの一撃で強靭なノーブルウルフの肉体を木端微塵に砕いてしまったのだ。
 当然、周囲に血と肉片の雨を降らせたその一撃の余波を受けた主もただでは済んでいない。
 外見こそ無事だが、その衝撃だけで心臓を含めた内臓が根こそぎ破裂し、空中で息絶えている。

 敵が驚き硬直する間も与えず、ローラは一直線にゲイザーへと向かう。

 その間に全速力で強引に体を挟み込んでくる者達がいるが、ローラは慌てずナイフを握った右拳を突き出した。
 全属性中強度・発動時間共に最高と呼ばれる無属性魔法の障壁が何枚も行く手を遮るが、
ローラはその一撃で全てを貫き、術者の頭部を消し飛ばす。
 そしてついでと言わんばかりに思いっきり伸ばした左足で足元のノーブルウルフを踏み殺しつつ、
突進速度を更に上げる。
 
 その僅かな間に、また別の者がローラの進路に割って入っていた。
 懲りずに命を捨てに来る者達への僅かな憐憫すら覗かせず、ローラはナイフで障害を一閃する。
 案の定相手はそれで命を散らす事になるが、そこから先が今までとは違った。

 死の間際に最期の力を振り絞り、上半身だけでローラにしがみつこうとする男。
 無論下半身と切り離された状態でさしたる動きが出来るはずもないが、
結果としてその行動は願ってもない効果が生じさせた。
 
 手は届かずローラの服に掠りすらしなかったものの――直後に吐いた血反吐が偶然格好の目潰しになった。
 無論すぐさま拭い去られるが、その間にまた別の者が行く手を阻むべく身を挺していた。

 ――その間に、ゲイザーは娘の元へと辿り着いていた。

 その勢いと気迫に僅かに怯むラクリア。
 元々彼女は女であるがゆえに武術に関してはさしたる鍛錬を受けていない。
 それが怯んでしまった以上、もはや鍛え抜いたゲイザーの攻撃を防げる可能性は消えている。
 
 そんな主を守るべく突進してくるガルゼストに牙を剥くフェン。
 その様は忠義の騎士のように尊く気高い。

 しかし、戦いにおいて何よりも重要なのは根本的な実力。
 まだ年若いフェンは、今が最盛期であるガルゼストには及ばない。
 さらに言えば主との付き合いの長さも違い――忠誠心においても、ガルゼストが劣るはずはない。

 当然のようにフェンの儚い抵抗は打ち砕かれ、己の毛皮を赤く染める事となった。
 
 それに伴い、体勢を崩したラクリアの体が近くの樹に叩き付けられる。
 どうにか受け身だけはとれたものの、それでも基本的に箱入り娘である彼女には耐え切れない衝撃が全身を貫いた。
 魔法術式だけはどうにか崩さなかったものの、意識が遠のき発動が若干遅れる。
 その間にゲイザーの剣が丁度良い高さにきたラクリアの胸元を切り裂き、懐の六つの宝石入りの袋を切り離した。

 ゲイザーは剣の先端にそれを引っかけ己の手元に収めると同時に、ラクリアの体が地面に落ちた。、

「石は手に入れた! このままこやつらを――!」

「ここは我らにお任せください! 御先に目的地へ! 我らも後で追います!」

 上手く石を手に入れた歓喜からか、打つ手を致命的に間違えかけたゲイザーに男の一人が強く響く声で訴える。
 確かに《魂の石》の効果は絶大だろうが、まずはラクリアの魔力をゲイザーの魔力で流さなければならない。

 が、圧倒的暴威を振るう銀髪の怪物がそんな猶予を与えるはずもない。
 まずはこの場から逃げない限り、間違いなく全滅してしまう。

「――――すまん!」

 そう言い捨てると、ゲイザーはわずか数人の供を伴って走り去っていった。
 が、それを黙って見送る程相手は甘くない。

「お待ちなさい!」

 叫びと共にシェリスの投げナイフが飛ぶが、側近達の手によって阻まれる。
 その間にローラが射線上にいた敵を弾き殺してナイフを投げるが、
その投げナイフにはありえない射程と威力を誇る攻撃も、ゲイザーに付き従っていた側近の一人に身を挺して防がれる。
 それでもナイフは限度越えの肉体強化をした体を豪快に貫いたのだが、勢いが減衰したナイフはゲイザーには届かなかった。

 瞬く間にゲイザー達の背中が小さくなっていく。

 こうなってはローラといえど、この距離で今から追いつく事は不可能だ。
 幸い、ラクリアとフェンは致命傷は免れており、フェンの足にも傷はついていない。
 ラクリアが動けるようにさえなれば自力で追うよりも速く追う事が出来るはずだ。 
 ならば今は追う為に無駄な消耗をするより、この場を確実に片付ける事を優先すべきである。

 ローラは頭を切り替えると、まんまと自分達の足止めを成し遂げた者達の顔を見渡した。
 その表情は相変わらずの無表情だが、それを見た元ルクガイアの重臣達は一人の例外もなく確信する。

 ――――自分達は、ここで終わりだと。

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

お疲れ様です!
毎回楽しく読ませていただいてます


続きが凄く気になる所で次回までお預けが辛すぎます;
かといって次を急かすのは厚かましすぎだ・・・と理解しているのですが、我慢が(笑)
できるならば、お速い更新をぉぉ


目次に反映されてないのは自分だけですかね?
[2011/09/14 01:28] URL | スウ #- [ 編集 ]


更新乙です。

MTBがものすごく好評ですね、バイクや車の時があるならリアクションに期待です。
でも簡素な自転車なら作っても問題ないのでは?
銃があるならどこかで自転車があっても良い気がします、木製とかなら特に。

魂の石ですか~、なんとなくゲイザーが使ったら暴走しそうな名前ですね。


次回の更新も待ってます。
[2011/09/14 19:43] URL | 煉恋々 #h2YGRmSs [ 編集 ]


ふむ、ラクリア王女はちと前に出過ぎましたね。
まぁ戦闘はそんなに得意じゃないみたいですし致し方ない・・・のかな?
(少なくても石が狙われた時点で逃げるべきだったかなぁ、
でも相手のカイザーウルフの方が足速そうだしなぁ)

それにしても「あの」ローラさんをここまで苦戦させるとは。
(いや、まぁローラさん自身はノーダメージですけど)

相手の実力が凄いと思うべきか、そんな相手に無双とは言わないまでも
優勢に戦いを進めるローラさん半端ないと思うべきかww

今回も面白かったですー。
[2011/09/14 19:43] URL | リファルス #- [ 編集 ]


ローラ女士は海人を信頼(信用?)しているようで


たしかに良い雰囲気になるのはいまいち想像できませんが

それはそれで良いかもしんないです、このジレンマがw
[2011/09/15 00:09] URL | ななし #- [ 編集 ]


MTBって銃と同じく魔改造して乗りこなせないやつだったり?
というよりは、乗りこなせないような重ギアが有るけど、それ以下なら普通のMTBなのかな?

予想外の奮闘でしたが、残念。カイト軍が待ち受けてますw

にしても、息子と同じくはた迷惑な理由な予感。息子が死ぬほど悪いことしたのかって…めっちゃしてるがなww
まぁ、こういうところが王(笑)ってところなのかな?
[2011/09/15 08:45] URL | とまと #- [ 編集 ]


まだ二度目のコメントですが、毎度愉しんで読んでおります。

うーむ、分からんですね。ゲイザーは何故ドースラズガンの森を第一の到達目標地点にしたのか。
目的は命続く限り暴れ回ってみせる事だとしても、無計画にはやらんでしょう。暗君も、暗君たる為に才能は必要で、愚者ではないと聞きますし。読んでいてもそう感じます。
作戦の初期から大打撃と50話で評価している点を見ると、やはり作戦計画は立案していた様ですし。シェリス狙いでもなさそうですね。
51話でカナールに向かった様ですが、目的地という言葉を使っているのを見ると、それは次の段階のなのか、はたまた最終的なそれが想定されているのか。49話でシュッツブルグ王都迄は無理だろうと言っている点を見ると、今のところ分からんですが、それでも作戦内容は全員共通認識となっている様です。

いやまあ、ドースラズガンの森へ行かなければ最悪級理不尽にぶち当たらずに済んだものを、雉も鳴かざればの心持ちなだけなんですけどね。

さておき。海人特製とはいえ、刹那も雫も一踏み込みで自転車のタイアをバーンアウトさせチェーンを引き千切るんじゃあないかなあ、と想ったりもします。
[2011/09/16 06:52] URL | K #xkV7C90E [ 編集 ]


更新お疲れ様です

うーん、ラクリアは一貫していいとこ無しというか、チョンボが多いですね
内罰的すぎて人の上に立つのにもあまり向いて無さそうだし
もしこの子が女王になってても、ルクガイアの先行きは暗かったような気がしますw
[2011/09/16 09:52] URL | #j4ekpsMA [ 編集 ]

MTB
雫や刹那が欲しがっていたMTBですが、折りたたみ式で組み立てたあとはフレーム強化パーツを
取り付けるタイプにすれば、街の近く、人の気配がする前にMTBから降りて折りたたんで専用ケースに
入れるようにすれば問題なく使えるのではないでしょうか。
街で購入したものは背中のナップサックかリュックサックに背負うようにして、帰りもまた人気のない
ところ(雫が周りにいないと確信した地点)でMTBを組み立て乗って帰ればノープロブレム!
[2011/09/16 15:02] URL | zzz...! #7B.dbibU [ 編集 ]


宝蔵院姉妹が運転しても壊れないMTB、頑丈そうだ。

ラクリア王女、ポカが多い。
実戦慣れしてない感じか?
ローラ女士、相変わらずの化物っぷりですが、ゲイザーを仕留め損なうとは、ちょっとらしくないかも?まあローラ女士も人間って事かw

やはり最後は海人が関わって解決かな。
ラクリアが奪われた魂の石がどれ程の物なのかだけが不安要素ですね。

次の章のほのぼの展開が待ち遠しい。
[2011/09/16 23:13] URL | 戸次 #Wjzbkqqg [ 編集 ]


毎回楽しく拝見させていただいています。
 
疑問に思ったんですけど何故MTBを爆破したのでしょうか?
カイトが創造魔法で作ったものならば自由に消せるんじゃなかったですか。
それとも別の理由があったのかな。

お体に気をつけてこれからも頑張ってください。
[2011/09/18 08:21] URL | #X.Av9vec [ 編集 ]


更新お疲れ様です
自転車って単純構造でありながらかなり便利な発明品ですよね

こういった苦戦シーンを見るとローラも人間だったと逆に安心できるときがあります
ローラと海人は半分以上人外の域に脚を突っ込んでますからね(笑)
しかし、次回はゲイザーVS海人組か?
・・・・・・サシで理不尽と戦うとか(笑)
あ、街を守ってる人たちとの戦闘の可能性もあるか

では、次回の更新も楽しみにしています

[2011/09/18 23:38] URL | 華羅巣 #zR7lJLBY [ 編集 ]


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