ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄52
 ラクリアは全身を貫いた痛みの余韻を味わいながら、己の甘さを痛感していた。
 
 透明化魔法と魂の石さえあれば、自分一人でも父達を討てると思っていた。
 姿を消した上で強化された魔法の乱舞を叩き込めば、回避も防御も不可能なはずだと。
 念を入れてフェンの咆哮で魔物の逆支配を行い、それと同時に魔法の射程ギリギリから仕掛けるつもりではあったが、
正直神経質すぎると思っていた。
 
 ――――甘かった、と言わざるをえない。

 ガルゼストの嗅覚で察知されるとは思っていたが、姿が見えずともああも的確に狙ってくるとまでは思わなかった。
 父達自身の戦力も侮っていた。あれだけ放蕩していたのだからさして強くないとふんでいたのに、
父はおろか側近達でさえも自分など比較にもならない騎乗技術と戦闘技術を見せつけてきた。
 おそらく、予定通り自分一人で仕掛けていれば今頃碌な戦果も挙げられず無意味な屍をさらしていただけだろう。

 父達が仕掛けてくる時期も、大幅に見誤っていた。
 魂の石や財宝を集めていたのは、もっと時間をかけて戦力を集めてから攻めるだろうと見込んでいたからだ。
 今日偶然海人の屋敷にいなければ魔物を従える魔法の事も伝えられず、さぞかし大きな被害が出ていただろう。
 
 そして、今回ラクリアは結果として何の役にも立っていない。
 虚を突いて隙を作った事と集めた魔物を壊滅させた事は戦果と言えば戦果だが、代償に魂の石を奪われてしまった。
 それで父の魔法が増強される事を考えればむしろ足を引っ張ったとさえ言える。

(……とことん、役立たず……!)

 激痛に軋む意識の中で、己の不甲斐なさを噛みしめる。

 既に戦闘は終わっている。
 相手は間違いなく強かったはずだが、それすらもあの銀髪のメイドの前では無力だった。
 まるで蟻を踏み潰すかの如き圧倒的な暴力によって、数分で全員が始末された。

 シェリスも息は絶え絶え衣服はあちこち破れ傷だらけ、という痛々しい姿ながらも無事に生き延びている。
 ボロボロになりながらも己の足で立つその姿は無惨でありながらも高潔さが漂い、美しくさえある。

 あまりに自分と違うその勇姿に、ラクリアは気分を沈ませかけるが、  

(……違う、そんな事今はどうでもいい……!)

 思考を切り替え、どこまでも脆弱な自分への憤怒を糧に体に力を入れる。
 
 失敗した、役に立たなかった、むしろいない方が良かったのではないか。
 様々な思考がよぎるが、今はそんな自虐に浸っている場合ではない。
 とにもかくにも立ち上がり、父達を追わなければまた犠牲が出る。

 無能な主に付き合わされるフェンは気の毒だが、もうしばらくは付き合ってもらわなければならない。

「ぐぅぅぅっ、ぁぁぁああぁぁっ!」

 未だ動けないと言っている体を気合と共に強引に起こす。
 どこかに罅でも入っているのか、アバラが妙に傷むがそれさえも無視する。
 涙をこぼしながらも、ラクリアはどうにか両の足で立った。
 
「……本気で大した根性ね。私が最初に似た状態になった時は立ち上がるまで十分かかったけど」  
 
「単に、やるべき事がある為かと存じます」

「それを差し引いても大したものだと思うけれどね――で、どうして取り逃がしたのかしら?」

 厳しい眼差しを、己の部下に向ける。

 あの状況、ローラであれば国王を討つ事は十分可能なはずだった。
 ラクリアとゲイザーが会話をしている間に攻撃を仕掛けていれば、逃げる余裕などあったはずがない。
 多少手間取りはしただろうが、この場で決着を着けられたはずなのだ。

「一つ見極めるべき事柄ができました為に対応が遅れました。申し訳ございません」 
  
「……見極める? 確かに国王達は聞いた話とは随分違っていたけれど、そんな事はどうでもいい事でしょう?」

 目を細め、ローラを睨みつける。

 国王達の技量が伝聞から推測されたものとはかけ離れていた事は事実だ。
 騎獣の機動性を活かしきる事も出来ないと読んでいたというのに、見事な騎乗術と武技を披露してくれた。
 少なくとも、巷で言われているようなただの放蕩者ではなかったという事だ。

 だが、そんな事はどうでもいい事である。
 
 相手がいかなる人格であろうが、侵略者である事に変わりはない。
 今優先すべきはその排除であり、その理由の考察などは二の次である。

 無論、それはローラとて理解していた。

「はい。気にかかっていたのは別の事ですが……まあ、今は置いておきましょう。
どうやら杞憂だったようですので、後程報告させていただきます。今は急ぐべきかと」

 言いながら、ゲイザー達が去っていった方向に目を向ける。
 ノーブルウルフの速度に合わせているはずなので遅くはなっているだろうが、
それでも消費した時間は馬鹿にならない。

「――そうね。王女、行けますか?」

「はい――フェン、お願い」

 主の頼みに応えフェンが身を屈めると、ラクリアは鞍へ腰かけ、
シェリスがその腰に、ローラは己の主の腰に掴まった。

 そして、フェンは駆けた。
 遥か先にいる、父達を目指して。






















 ゲイザーは苦々しい思いを胸に、草原を駆けていた。

 道中でも魔物を集めるつもりだったが、あの化物メイドが追って来る事を考えるととてもそんな余裕はない。
 おそらく、ラクリアならば自分達がカナールを目指すと推測するはずだ。良くも悪くも、彼女は父親の性格を知っている。
  
 そのため行先を変更するという案も考えたが、フェンの嗅覚を考えればどのみち通った道を追われてしまう。
 ならば一番近いカナールを目指す以外の選択肢はない。

 例え、仲間を見捨てた事に見合うような成果は得られずとも。

「ゲイザー、気にすんな」

「無理だ」

「にべもねえな。まあ、無理にとは言わねえよ。
だが忘れんなよ。俺達は俺達の意志でお前に付き合った。
死ぬ事もとっくの昔に了承済み。どうなったってお前に責任はねえよ」

「けっ……ようやくあの化物すり抜けたってのに、もう諦めてんのか?」

「まさか。最低でも力は示さにゃ死んでも死にきれねえ。
シュッツブルグのでかい町片っ端から潰して、
屑と蔑まれた連中でもこれだけの事が出来んだって証明しなきゃあな……」

「そうだな――――っと、これで一通り終わったな」

 ラクリアの魔力を流し自分の魔力を込めた石を見て、不敵に笑う。
 
 この石さえあれば、自分の魔法の効果は劇的に高まる。
 単純な攻撃魔法は当然ながら補助魔法の類も強化されるため、近接戦能力も跳ね上がるはずだ。 
 それでも先程のメイドとやり合えば負けるだろうが、頼もしい事には変わりがない。  

 試しに側近達のノーブルウルフに加速魔法を使ってみると、速度が飛躍的に向上した。
 おそらく、平時にゲイザーがガルゼストに加速魔法を使った時に近い速度が出ている。

 これならば、当分追いつかれる心配はない。
 フェンの速度はガルゼストには及ばないのだから。
 
 ゲイザーは破格の効果をもたらした宝石を、嬉しげに見つめた。

「……流石魂の石、話に違わねえ効果だ」

「ははっ、ここまでの速度で走ったのは初めてだな」

 これまでの生涯で最も速い速度を体験した側近の一人もまた、嬉しげに笑った。
 
 普段のノーブルウルフの速度も凄いが、今の速度は横の景色が凄まじい勢いで流れていく。
 全能感、とは少し違うが何か凄い事を体験している気分になる。
 風圧を風の魔法で制御する事が大変だが、それを差し引いても気分が良い。

 その爽快感に浸りながらしばらく無言で走っていると、別の側近が唐突に口を開いた。

「だが、考えてみりゃ皮肉だな。ルクガイア建国の為に身を削った初代国王の石が、お前の力になるなんざ」

「それも誰よりもルクガイアの平和を願ったラクリアから奪い取ってだからな。
確かに皮肉なもん――――」

 途中で、ゲイザーの言葉が止まった。

 前方から、武器を持ったメイドと思しき者達が凄まじい勢いで近づいてきている。
 服装を考慮の外に置いても、恐ろしく妙な光景である。
 なにしろ己の足で走っているメイド達の速度は、ノーブルウルフと互角以上。
 さらに各々持つ武器はバラバラだが草原を駆けながら構えるその姿に隙はなく、練度の高さをうかがわせる。
 なにより、その気迫が凄まじくまだ距離は離れているというのにビリビリと身に染みるような圧迫感があり、
こちらの速度にまるで臆した様子が見当たらない。

 服装とは裏腹に、歴戦の傭兵団も霞むほどの迫力を誇る軍団である。

「……こ、この国のメイドはバケモンばっかなのか!?」 
 
「俺が知るか! ったく、まあ試し撃ちには丁度良い――――行くぞっ!」

 ゲイザーは気合を入れるように叫び、下位魔法を起動させた。 






































 カナールの周囲を覆う森に入った海人達は、道の途中で足を止めた。

「ふむ、まあこの辺りに陣取るのが妥当か」

 周囲を確認し、海人はそう呟く。

 防衛という点ならばカナールに入るのが最善だが、その場合防衛に当たっている他の人間に戦いを見られてしまう。
 防御魔法一つとってもバレれば厄介事に発展するのが目に見えている以上、町から離れ、かつ王達が通るであろう場所に身を潜める事が最善。
 今いる場所は、巨体を誇るカイザーウルフ達でも集団で通れるカナールへの道路。
 周囲は森になっているので、身を隠すにも好都合な場所だ。

 海人達が陣取る場所としては、最善であった。 

「でも、普通に考えれば来ない可能性の方が高いんですよねー」

「シェリス嬢がローラ女士を含めた布陣で当たる以上、すり抜ける事もままならんだろうな。
可能性があるとすれば、シェリス嬢の布陣が整う前に進撃する事ぐらいだが……」

「常識的にはありえないかと。王子の話からして、馬鹿とも思えませんし」

「そうなんだが習性でな、完全に終わるまでは――――雫、どうした?」

「誰かこっちに走って来てます。結構速いですけど、誰ですかね?」

 言っている間に、海人の視界の端に土埃が入った。
 遠目で分かりにくいが、その起点には一つの人影が見える。

 その人影――オーガストはどんどん近づき、海人達の手前でピタリと止まった。
 
「やれやれ……お主ら何しに来たんじゃ? 今ちょっと厄介な事が起きとるんじゃが」

「元ルクガイア王達の事ですか?」

「なんじゃ、知っとったんかい」

「まあ、知ったのは偶然ですが」

 少し驚いた様子のオーガストに、飄々とした態度で返す海人。

 知っているどころかほぼ事件の中心にいて、戦力を大幅に削ってきたわけだが、それを言うわけにはいかない。
 いかに刹那達の足が速いとはいえ、本来ならこの短時間でドースラズガンからここまでは来れない。 
 それを言えば、いらぬ詮索を招く事になる事は明白だった。

「そうか……もしよければ、手伝ってくれんかの?
シェリス嬢ちゃんのとこのメイドやら傭兵やら集まってはいるんじゃが、
やはり戦力は多いに越した事はないからのう」

 どこか余裕の表情で笑うオーガスト。

 現在カナールにいるのは万全の戦力とは言い難いが、それでもそこらの騎士団程度なら退けられる軍勢だ。
 国王達が多少腕が立ったところで、退けるには十分な戦力。
 魔物を従わせる魔法の話も聞いたが、既に近隣の魔物は始末したので、ここで集める事は出来ない。
 海人達が断ったとしても、備えは十分だと思っていた。

 そんなオーガストを眺めながら、刹那が真剣な表情で訊ねた。

「……ちなみにオーガスト殿、シェリス殿のメイド達の力量は現在あの町にいる兵力の中ではどの程度でしょう?」

「トップから上位陣占有しとるじゃろうな。
なんせローラ嬢ちゃんの惨たらしい訓練を何年も続けとるからのう……並の傭兵では敵うまいて」

 ふ、と遠くを見つめるオーガスト。

 普通の貴族の使用人でも戦闘訓練を受けている者はいるが、シェリスの屋敷の使用人は次元が違う。
 一対多数の組手は当然ながら、それを完全に囲まれた状態で、さらに後方から射撃が飛んでくるなど、
戦争中でさえそうそう起こらない過酷な状況下で行われる。
 それが日常の鍛錬に含まれるのだから、そこらの傭兵などとは練度の次元が違う。

「……となると、少し不安がありますね。先程王子達と交戦してきたのですが……
正直、向こうの騎獣の機動力を考えると厳しいと思います」

 真面目な顔で、カナールの戦力を分析する刹那。
 シェリスの屋敷のメイドは何人か目にしているが、ローラを除けば化物じみた人間はいなかった。
 と言っても平均的にそこらの山賊団程度なら単騎で潰せる程度には優秀なのだが、今回ばかりは些か分が悪い。
 先程の王子達との戦闘を思い返すと、一対一で対抗できるとは思えない。
 ローラ以外の使用人になら圧勝する自信がある自分達でさえも、海人開発の魔法が無ければ相当手こずったはずなのだ。

 そんな大真面目な考察だったのだが――――彼女は無自覚に主の配慮を叩き潰していた。

「は? 待て待て。疑うわけではないが、王子と交戦して何故ここにおるんじゃ?
ドースラズガンからここまではどう足掻いても……」

 オーガストは怪訝そうな顔で刹那に訊ねた。

 嘘と断じたわけではなく、自分の考えが足りないのかと思っての問だったのだが、
それを向けられた刹那は顔を強張らせ、ダラダラと冷や汗を流していた。
 その横では雫がやれやれ、と言わんばかりの呆れた顔をしている。

 刹那が微かに震えながらギギギ、とぎこちない動きで横にいる主の顔色を窺った。  
 
 そこにあったのは、笑顔。
 普段の海人ならば絶対に浮かべない、胡散臭い程に爽やかな笑み。
 それを刹那に向けながら、海人は横にいる雫に問いかけた。 

「はっはっは。雫、君の愛すべきお間抜けな姉に下す罰は何が妥当だと思うかね?」

「ん~、いつぞやのくすぐりの刑でどうでしょう?」

 さらりと凄惨な罰を提案する雫に海人は鷹揚に頷き、

「採用。そういうわけだから、帰ったら覚悟するように」

 一瞬刹那の顔をジロリと睨み付けると、話は終わったとばかりに彼女に背を向けた。
 いかなる言い逃れも聞く気はない、と言わんばかりに。

「お、御慈悲を! どうか御慈悲をぉぉぉぉっ!」

 己の罪状は自覚しつつも、主に縋り付いて必死で許しを乞う刹那。

 一応致命的ではないものの、秘匿すべき内容を口にしてしまった事は事実。
 罰は受けるべきだと思うし、鞭打ち百回でも甘んじて受ける覚悟はあるが、海人のくすぐりは流石にまずい。
 下手をすれば冗談抜きに発狂する。いっそ死刑にされた方がマシかもしれないレベルだ。

 そんな刹那の必死な形相にようやく海人は視線を向けた。

「やれやれ仕方ない……その必死さに免じて今回は許そう。ただし、次同じ事をやった場合……」

「そ、その場合は……?」

 ごくり、と生唾を飲み込む刹那。
 いかなる罰を与えるつもりなのか、と戦々恐々しながら続きを待っていると、

「……その時のお楽しみだ」

 最悪級に不安を煽る言葉が放たれた。
 それを語った邪悪極まりない笑顔が、効果を更に倍加させている。

「は、はははははい! に、二度と、二度とこのような失態はいたしません!」

 ずざあっ、と海人の前で土下座する。
 反省からか、はたまた恐怖からか、その態度は覚悟に満ち溢れていた。
 
 あまりに必死なその様子を見て、オーガストが気まずげに訊ねた。

「あー……何かまずい事聞いてしまったんかの?」

「御気になさらず。それと詳しい事は伏せますが、刹那の言っている事は事実です。
王子とそれに付き添っていた連中は全滅させてきました。
そして彼女の言うとおり、手強かった事も事実です」

 嘆息と共に、海人は刹那の言葉を肯定した。

 刹那の言葉は失言には違いないが、話しやすくなったことも事実である。
 敵がここまで突破してきた場合、王子の姿が無い事に気付いて援軍の可能性だの潜んでいる可能性だの言われてしまうと、
いらぬ混乱を招きかねない。既にこの世にいない事は、戦略上は言っておいた方が良い事は間違いない。

「……ま、よかろう。見栄で下らん嘘を吐くタイプでもなかろうしな。
しかし、そうなると些かまずいかもしれんのう……」

「どういう事ですか?」

「いや、実はメイドの戦闘能力上位陣はドースラズガンの森の包囲へ向かったんじゃよ。
こちらの防衛は主に下位陣なんじゃ」

「……被害を出さず確実に殲滅するための布陣ですか」

 ふう、と溜息を吐く海人。

 最大戦力をぶつけて敵戦力を確実に殲滅する。
 この戦略は一人の被害も出さずに済むが、万一失敗すれば被害が大きくなる方法でもある。
 こちらにも相応の人員を配置して保険はかけているつもりなのだろうが、
先程の王子達の力からして、もしシェリス達が突破された場合は太刀打ちできない可能性が高い。

 おそらく、先程の自分達と同じく敵戦力を甘く見積もっているのだろう。

 放蕩者の王とその側近達が相手では無理もないのだが――――シェリス達が仕損じる可能性は確実に上昇した。
 いかなローラと言えど、敵を過小評価した状態でカイザーウルフの速度とぶつかればすり抜けられる可能性は否めない。
 他の戦力と合わせればそれでも取り逃がす可能性は低いが、それでも安心はできない。
 
 そして、それが現実となった場合は海人達が仕留めるしかない。
 傭兵はどうでもいいのだが、メイドの方は近々海人の生徒になる予定なのだ。
 殺されてしまえば海人の心情は勿論、収入にも悪影響が出てしまう。
 
 そんな憂鬱を味わっている海人に、オーガストが声を掛けた。
 
「やはり不安かの?」

「……突破された場合を考えますと、些か。
万が一に備えて準備はしておくとしましょう」

 億劫そうに答える海人だったが、その口調に悲観はない。

 シェリスの計算通りに事態が進めば、よしんば突破されたところで確実に戦力は大幅に減っている。
 王一人と側近の一人二人がかなりの手傷を負った状態で生き残れれば上出来だろう。

 無論王達が戦力が整う前に進撃してきた場合はその限りではないが、
カナールに向かってくるのならば進路は読めるし、刹那と雫がいればどう転んでも負けはおろか損害の可能性さえ薄い。
 さらに言えば、より確実に仕留める為の手段も用いるつもりなので、悲観する必要はどこにもない。
 事情を聞いたせいで今一つ気分が乗らない事に加え、自分達の出番があると考えるだけでも面倒なだけである。
 
 妙に疲れた様子ながらも自信を窺わせるその態度に、オーガストはニヤリと笑った。
  
「何か企んでおるようじゃな? わしも一枚噛ませてくれんか」

「ふむ……」

 オーガストの言葉に、海人は若干考え込んだ。

 彼の人格は信用に値するが、やはり手札を見せたくない事に変わりはない。
 ゆえに普通ならば断わるのだが、彼がいれば仕留められる可能性は飛躍的に上昇する。
 実力もさることながら、王子から聞いた国王の今の目的を考えると、彼の存在は非常に効果的なのだ。

 僅かな逡巡の後に海人は軽く頷くと、

「分かりました。まあ、大した企みでもありませんが……」

 そう前置きし、海人は自分の作戦を語り始めた。

 

 
  



















 































 どうにか武装メイド達を突破したゲイザー達は、息も絶え絶えであった。

 個々が強いというのもあったが、それ以上に連携が恐ろしかった。
 輝石族相手に遠距離戦は不利と考えたのか近接戦一辺倒だったが、
各々の攻撃一つ一つが確実に相手の逃げ道を潰していく、計算されたような戦い方。
 集団が一つの意思で動いているかのようなその波状攻撃は、相手に休む間さえも与えない。

 それでもゲイザーの思惑通り彼の能力が強化されていれば問題なかったのだが、思わぬ盲点があった。

 近接戦で最重要と言える加速魔法が、異常なまでに扱い辛かったのだ。
 直進している時はさして問題がなかったのだが、戦闘で動き回り始めた途端まともに動けなくなった。
 それもそのはずで、加速魔法はいわば自分の意思で追風を操って速度を上げる魔法。
 普通の魔法でも完全に使いこなすには才能と熟練が必要で、異常に強化された魔法を使いこなすとなればまさに天才と呼べるセンスが必要になる。
 ゲイザーでは強化された魔法を扱いきれず、あえて効果を下げるしかなかったのだ。

 無論それでも強化はされていたのだが、いかんせん先程の武装メイド達の力は凄すぎた。
 側近の援護で間合いを離し、ゲイザーの下位魔法の乱打を浴びせる事によってどうにか退けたが、
一人として息の根を止める事は出来なかった。
 
 一応相手をボロボロにはできたのだが、彼女らの生への執念は尋常ではなく、撃破する為にはかなりの時間がかかる事が予想された。
 グズグズしていては先程の銀髪の怪物が追いついてくる可能性が高かった為、止めを刺す事を諦めて先に進んだのだ。
  
 あれでもし数が先程の倍いれば――そう思うと、背筋が凍った。 

「……この国、いったいどうなってやがんだ……?」

 ゲイザーの側近の一人が、思わず弱音を漏らす。

 現在のシュッツブルグは、経済的にはともかく軍事的には弱小国だ。
 だからこそ、名立たる傭兵団を大量に雇い入れるという裏技的な方法で戦いを仕掛けたはずなのだ。
 雇った傭兵団の大半がルクガイアをうろうろしている状況下ならばいくらでも蹂躙できる、そのはずだった。

 だが現実には初っ端から派手にやられ、次いでそこらの自警団程度なら数秒で殲滅できるアイザック達が仕留められ、
自分達も謎のメイドによって大半の戦力を奪われ、その後に遭遇した武装メイド達を命からがら退けた。
 
 放蕩していたとはいえ、その間も鍛錬は一日も欠かさず、総合すれば一流どころの傭兵団にも引けを取らぬ自分達がこの有様。
 周知こそされていないものの、この国はまさに人外魔境と呼ぶにふさわしい。
 
「……ま、いい加減品切れのはずだ。いくらなんでもあんな連中がゴロゴロしてるわきゃねえ」

 にいっ、と強気に笑い仲間を激励する。

 最初の化物メイド、その後に遭遇した武装メイドと傭兵の混成軍、そしてアイザック達を殺した相手、
ここまで恐るべき戦力が続いて更に隠し玉があるとは考えにくい。
 おそらく、確実に仕留める為に最強戦力を投入した結果のはずである。
 
 というより、この上隠し玉があるのならばもはや状況は絶望的だ。
 勝ち目は端からないが、一矢報いれるかどうかさえ怪しい。
 目的の達成も、事実上不可能になると言って過言ではない。 
 
 どうしようもなくなる可能性を考えて迷うよりは、何も考えず突撃した方がマシ。
 そんなある意味前向きなゲイザーに、仲間も触発され元気を取り戻す。
 
 そうこうしているうちに、彼らはカナール周辺の森へ入った。 

「よし、町が見え――!?」

 ゲイザーが凄絶な悪寒を感じ身構えかけた瞬間、唐突に森の中から大量の光線と火炎魔法が放たれた。
 咄嗟に回避したが、光線はゲイザー達の後方にあった木々を薙ぎ倒し、火炎魔法は地面を大きく燃え溶かした。
 火炎魔法に到っては咄嗟に回避したにもかかわらず余波だけで軽い火傷を負わされている。
 余計な被害を出さぬためか範囲は狭められているが、明らかに上位魔法級の攻撃だ。
 
 いかなる相手によるものか、と攻撃が放たれた方向を睨むと、男女の二人組がゆっくりと姿を現した。

「ようこそ、元ルクガイア国王御一行」

 恭しく一礼する海人。
 その横では刀を抜いた刹那が油断なく控えている。

「くっ、もうここまで手が回っているとは……だが!」

 舌打ちしつつも、ゲイザー達は即座に発動待機状態だった中位の攻撃魔法を多重起動させた。

 先程の襲撃の際に集中が薄れ幾つか術式が霧散してしまったが、元々カナールへ放つために準備していた魔法。
 欲を言えば上位魔法が理想的だったが、騎獣を操りながら術式を維持する事は現実的ではない。
 その為中位魔法の多重起動を行い、数で威力を少しでも補おうとしたのである。

 とはいえ、それでも各々が出せる限界の威力を求めたその攻撃は絶大な威力を誇る。
 予想外の襲撃で幾つか術式が霧散し威力は減ったが、たった二人の個人へと集中させるのなら生き延びれるはずがない。

 ――――が、生憎彼らの眼前の化物はそんな常識が通じる相手ではない。

 光り輝く障壁の前に打ち砕かれていく攻撃魔法。
 大木ほどの大きさがある氷の槍は砕け散り、闇の砲弾は衝突した瞬間に弾け飛び、
果てはゲイザーの放った巨大な火球さえもが無為に消えていった。 
  
 そんな圧倒的な光景を生み出しながらも、海人の目に優越感はなかった。
 
「……国王の魔法の威力が妙に強いな。まさか障壁が軋むとは」

 冷たい眼差しで、海人は障壁が破られた後を睨み据えた。

 放った男の額にある宝石の大きさは、アイザックと同程度。
 普通に考えれば魔法の増幅効果も同じはずであり、強化された中位魔法を数発放ったところで海人の障壁はびくともしない。
 
 だが、現実には障壁が悲鳴を上げた。
 何らかの要因によって威力が増幅されていた事は疑いようもない。
 
 が、そんな海人の驚愕など、ゲイザーのそれに比べれば無きも同然であった。 

「ば、馬鹿な! 中位魔法だぞ!? 中位魔法を魂の石によって増幅したんだぞ!?」

「何だか知らんが、あらかじめ下準備さえしておけばあの程度の魔法を防ぐ事など造作もない。
取柄も封じられた事だし、諦める気はないか?」

「ほざくな小僧が! 我らが魔法、もう一度防げるものなら防いでみろ!」

 怒声と共に、ゲイザー達は一斉に下位魔法の術式を浮かべた。
 強化された魔法を防いだという事は、あらかじめ準備しておいたより高位の魔法――おそらくは上位魔法で防いだはずである。
 ならば、発動時間が短い下位魔法を使えばそんな小細工は使えない。
 同時に多重起動可能な数も増えるため、手数の差で確実に防ぎきれなくなる。

 もしまだ起動させていない術式が残っていて防ぎきられたとしても、それはそれで意味がある。 
 無属性魔法はただでさえ魔力消費が多い。
 それを多重起動させる魔力量は驚嘆の値するが、ならば宝石に魔力を溜めていたところで防御できる回数はたかが知れている。
 せいぜいがあと二回。それどころかもう一度防ぐほどの魔力が残っていなくても不思議はない。
 この攻撃で魔力を削れば、確実に後方支援としての能力は激減する。
 立ち姿は隙だらけなので、魔法さえ封じれば怖くもなんともない。

 後は、男を守るように前に立った女の動向にさえ気を付ければ問題ない。
 それも先程の銀髪の化物のように突っ込んでこない事からして、この数相手に攻めきる自信がなく、
守りに徹する気でいるのだろうと見当がつく。
 
 そんな計算の上に成り立った攻撃。
 わずか数秒程度で行えるその猛攻が始まる直前に、

「ずおりゃああああああああああああああああああああっ!」

 周囲を激震させる雄叫びと共に、森の中から筋骨隆々とした老人――オーガストが飛び出してきた。

 敵を委縮させるその叫びと共に放たれた拳は防具で固めた男の頭蓋を容易く打ち砕き、
それと同時に放たれた蹴りがその騎獣の頭を叩き潰す。

 慌てて体勢を立て直すゲイザー達だったが、それよりも早く老戦士が動いた。

「遅いわっ!」

 オーガストは頭部を失ったノーブルウルフの前脚を鷲掴みにすると、そのままぶん回した。
 
 反応する間も無く、近くにいた男の一人がそれに衝突して騎獣ごと弾き飛ばされる。
 グシャ、と惨たらしい音が響き、離れた場所にある木に叩き付けられたところで主従は絶命した。

 その勢いのままオーガストは今度は掴んだ亡骸を別の男へ投げつけ、武器へと変える。
 今度は命中はしなかったものの、それでも掠めた鎧の部分は砕けていた。

 その次の行動に移ろうとしたところで、ゲイザーから投げナイフが放たれ、ようやく老戦士の行動は止められたが、
彼は続けて飛んできたナイフを事もなげに回避しながら、軽やかに海人達の元へと移動していく。  
 
「ふぉっふぉ、すまんの。もう一人ぐらい減らすつもりだったんじゃが」

「十分な成果かと。流石は伝説の冒険者、老いを感じさせぬ強さですな」

「いやいや、若い頃ならば大将首まで狙えとった。
人間老いれば力も一気に衰える。上位ドラゴン狩りの記録更新しとった頃が懐かしいわい」

 素直に賞賛する海人に、老獪な笑みを向ける。
 この老戦士は、一流冒険者数人がかりでようやく出せるようなこの結果でも満足は出来ないらしかった。

「――――貴様、オーガスト・フランベルか!?」

「いかにも。で、それを承知の上で向かってくるかの?
老いて衰えたとはいえ、まだまだ若いもんに遅れはとらんぞ?」 

 にいっ、と獰猛な笑みを浮かべるオーガスト。
 その目の輝きは外見とは裏腹に若さに満ち溢れている。

 ――それを見ながら、ゲイザーは悪運に歓喜していた。

 カナール襲撃は、言ってしまえば売名行為。
 自分達にこれだけの事が出来る力があるのだと示すためのものだ。
 大きな町とはいえ、一つ潰した程度では目的達成とは言えない。

 だが、目の前の老人の首を取ったとなれば話は違う。

 なにしろ、かつては世界各国を股にかけ数々の偉業を成し遂げた伝説の冒険者。
 彼が狩った上位ドラゴンの数の記録など、引退から時が経った今でも破られていない。
 老いたとはいえ、その首の価値は計り知れない。 
  
「ふっ、その首貰っ――――!?」 

 ゲイザーが下位魔法の連打を叩き込もうと術式を浮かべた瞬間、ガルゼストが横に跳ねた。

 僅かに遅れて、五本の苦無がそれまでいた場所に突き刺さる。
 凶器はその姿の大半を地中に埋め、その威力を雄弁に物語っていた。
 当たっていれば串刺しになる事請け合いだっただろう。
 
 が、騎獣の判断で命を拾ったと安堵しかけたのも束の間、今度はいつの間にか横に現れた小柄な人影が襲いかかってきた。
 攻撃回避直後の間髪入れぬ攻撃に、今度はガルゼストも反応しきれない。
 咄嗟に飛びのくも、不安定な体勢ゆえに先程よりも跳躍が短い。
  
 それにどうにか追いつき、襲撃者は双刃を振りかざした。
 その太刀筋は鋭く、剣一本のゲイザーでは咄嗟に捌ききれない。
 甲高い音と共に重量で勝るはずの剣が小太刀一本に弾かれ、それと同時にもう一本の刃がゲイザーの首へ迫る。
 それを強引に剣を引き戻しがてら手甲で防ぐが、刃筋を逸らされて尚その刃は手甲を深々と切り裂いた。 

 慄くゲイザーに襲撃者は再び刃を振るおうとするが、 
 
「おわっとっとっと!?」

 寸でのところで横合いから放たれた火炎魔法の連撃に間抜けな悲鳴を上げながら退いた。

 が、彼女もさるもの。
 回避しながら攻撃を放った男の元へと方向転換し、苦無を二本放った。
 一本は男の心臓だが、一本は騎獣の眉間。
 不安定な体勢とは思えない程、正確に相手の急所を狙っている。
 
 その苦無を男は見事に剣で弾き落としたが――――そこで、失策に気付いた。
 
 苦無を弾き落とすために右手が上がり、一瞬死角が出来た。
 その隙に、相手の姿が見えなくなっていた。
 そして今現在敵がいる場所は、剣を振るって空いた右脇。
 どうにか身を捩ってかわそうとするが、間に合わない。

 そして男は右脇から体を両断され、息絶えた。
 その騎獣もまた、主の亡骸を蹴落とした襲撃者によって首を刎ねられた。
     
 そうして王の最後の側近を始末した襲撃者――雫は主の側に戻り、
  
「ん~、しくじったなぁ……ってか、あたしやっぱり暗殺嫌いです」

 そんな声を漏らした。

 能力的には、雫は非常に暗殺向きだ。
 気配察知による敵の動向把握もさる事ながら気配消しの技量も極めて高く、戦闘能力も兼ね備えている。 
 敵の死角に潜り込む技にも長けており、天性の暗殺者とさえ言える。

 が、いかんせんその趣味が暗殺とは相容れない。

 殺意を向けてきた相手を甚振り殺す事に至福を覚える彼女にとって、
存在に気付かれさえしない事が求められる暗殺は非常につまらない。
 必要なら実行に躊躇いはないのだが、気乗りはしないのである。
  
 そんなふてくされた様子の護衛に、海人は苦笑した。    

「すまんな。こういう場合には不意打ちで大将首を仕留めるのが一番なんだ」

「分かってますよ。あたしだって早く終わらせて帰りたかったから素直に引き受けたんですし」

 平和な雰囲気で物騒な事を話す主従。

 海人の立てた作戦は実に単純で、オーガストという伝説の武人に不意打ちを仕掛けさせた後で、
おそらくはそれに気を取られるであろうゲイザー達の死角から雫が襲撃を仕掛けるというもの。
 単純ではあるが、効果的な作戦だった。

 ついでに自分達の戦闘を見られないために、もし予想外の何かがあった時の為にと言って
カナールの守備についていた者達には町の外部で戦闘が起きてもその場を動かないように頼んでおいた。
 傭兵は渋ったが、メイド達は海人達の事を良く知っていた為比較的素直に受け入れ、彼らを説得してくれた。
 これによって、大きな手札を使わなければならなくなった時でも、オーガスト一人の口止めで済む為、
心置きなく臨機応変な対応ができるようになった。
  
 仮に二連続の不意打ちが破られたところで刹那達ならば力押しも可能。
 場合によっては幾つもある反則的な手札を使えば確実に仕留められる。
 つまるところ、そういう作戦だった。
 
 だからこそ、海人達はまだまだ余裕があった。
 襲撃は失敗したものの、残すはゲイザー一人。

 これならば手札を切らずとも仕留め損なう事は考えられない、と。

「二人共暢気じゃなぁ……にしても、敵さん随分動きが鋭いのう。
シズク嬢ちゃんの襲撃、普通なら最初の苦無で決まっとるぞ?」

 対して、オーガストはゲイザーの強さに戸惑っていた。

 雫の襲撃は結果として失敗したが、それ自体はおおよそ完璧だった。
 オーガストが気配を探っても全く探知に引っかからず、苦無を投げた時はおろか刃を振るった時でさえも殺気を感じなかった。
 そのうえ苦無、小太刀共に凶悪としか言いようがない程鋭い攻撃だった。 

 失敗したのはカイザーウルフの超反応に加え、ゲイザーの剣技がかなりの冴えを持っていたからだ。
 もしオーガストと雫の役割を入れ替えていれば、最後に一人仕留めるどころか、戦果無しで手傷を負わされていたかもしれない。
 噂から想像していた人物像とは大きく異なるゲイザーに、困惑せずにはいられなかった。

(ば、化け物どもが……!) 

 あっという間に最後に残った側近達を皆殺しにした者達を、ゲイザーは慄きながら眺めていた。

 放蕩の一方で他の貴族など比較にもならない厳しい訓練を積んでいた男達が、成す術もなく殺戮された。
 今自分が生き残っているのは、優れた騎獣のおかげにすぎない。
 おそらく、玉砕覚悟で町へと突っ込もうとしたところで、目の前の四人に手傷さえ負わせる事なく返り討ちになる。
 
(くそ……この場は退いて、一か八か捕まるまで手当たり次第町を潰しにいってみるか……?)

 そんな考えが脳裏をよぎった時、妙に耳に響く声が彼の耳朶を打った。 

「王子もなかなか強かったですから、父親が強くても不思議はないかと」

「――――何?」

 聞こえてきた言葉に、一瞬思考が中断する。
 現状の危険を一瞬忘れそうになるほど、聞き捨てならない言葉であった。
 
「ああ、そう言えば言っていなかったか――――貴様の息子とその護り手は私達が殺した。
想像していたよりかなり強かったから、手間がかかったがな」

 なんでもなさそうに、海人は事実を告げる。
 静かな口調だが、その言葉はまるで楔でも撃ち込むかのように相手の意識に響き渡り、無視を許さない。 

「……下らぬ嘘だな。多少時間を取られたとはいえ、あの森からここまで我らよりも先に辿り着けるはずがない」

「色々と奥の手があってな。そうそう、特に王子の騎獣のアロンドとかいうカイザーウルフは素晴らしい忠誠心だった。
首を深々と切り裂かれた状態でさえ、主を庇ったからな」

 どこまでも淡々と、起こった出来事を説明する海人。
 そのあまりにも感情を動かさない静かな語り口は、それだけに強い真実味を醸し出していた。

(…………っ!)

 沸騰して突撃しそうになる己を、必死で戒めるゲイザー。

 この国の人間が、アイザックの名前ならともかく、その騎獣の名前を知っているとは思えない。
 アイザック達と接触して何らかの形で名前を知った事は疑いようもなく、状況と合わせて考えれば本当に目の前の者達が始末したと考える根拠にはなる。
 どんな手段を用いたのかは知らないが、古代遺産の大当たりの加速魔法でも存在すれば自分達より速く移動した可能性もあるかもしれない。
 
 常識的にありえない、と思おうにも既に先程の銀髪のメイドから何から常識外の存在を目の当たりにし続けている。
 魂の石で強化された中位魔法を防ぐ魔法使い、不意打ちとはいえ老いた身で騎獣に乗った輝石族をあっさり始末する元冒険者、
ガルゼストの感覚から逃れ超人的な暗殺術を仕掛けてきた少女。どれもこれも規格外の怪物ばかりだ。
 知られていなかっただけで、この国は本来途轍もない非常識が跋扈する場所なのではないかと思ってしまう程に。

 そして、息子を死に追いやった馬鹿な父親でも、仇ぐらいは討ってやりたいという思いがある。
 例えその後に殺されるとしても。

(だが、あいつらの事はどうなる……!)

 もはや死は恐ろしくないし、殺されたところで気にもならない。
 最大の目的はとっくに達しているのだから、ある意味では既に勝利している。

 ただ、もう一つの目的がある。
 既に成し遂げる事は絶望的だが、それでも最後まで足掻かねば面目が立たない。
 自分の愚劣さを自覚するだけに、その程度の筋は通さなければ気が済まない。

 だが、だからと言って、逃げたところで目的達成まで生き延びられる可能性は低い。

 先程蹴散らしてきたメイド達は直ぐに追いつけるほどの余力はないだろうが、
それでも一人たりとも致命傷は与えられなかった。
 そしてラクリアやフェンが生きている以上先程の銀髪のメイドも遠からずこちらにやって来るだろう。
 逃げたところで、今までこの国で遭遇した化物総がかりで袋叩きにされる可能性の方が高い。

 ゲイザーが絶望的な状況に歯を食いしばっていると、ガルゼストが突然唸りだした。

「グルルルルルッ……ウゥゥゥッ……ウオォォォォンッ!」

 高らかな雄叫びが周囲に響き渡る。

 その決意の大きさを示すかのように、雄大に。 
 そこに込められた忠心の強さを示すかのように、力強く。
 
 同時に、ガルゼストの体は銀色に輝いていた。
 日の光の加減による不安定な輝きではなく、己の体から発する白い輝きによって。
 
 それは、魔力の光。
 賢しき知能により主の危機を悟り、己の限界を打ち壊した事を示す、決意の輝き。
 
「まさか――」

 その意味を思考する前に、刹那は海人の体を横に殴り飛ばしていた。
 ボキリ、と嫌な感触が伝わってくるが、その感覚は一瞬にして消える。
 
 ――――海人を突き飛ばした刹那の腕が、刀ごとガルゼストに食い千切られたが為に。 

「あぐっ!?」

 苦悶の悲鳴を上げる刹那。
 食い千切られたのは、利き手である右腕。
 それが頑丈な生地ごと無惨に食い千切られてしまっている。
 追撃が来る前にガルゼストの体を蹴って思いっきり間合いを離したが、かなりの痛手だ。

 とはいえ、彼女もただではやられていなかった。
 持っていた刀ごと食い千切られると悟った瞬間、刀の向きを変えて口内に傷を負わせている。
 ガルゼストの口からこぼれる血を見れば、その傷がかなり深い事も分かる。
 
 が、それにも構わずガルゼストは手近にいた老人に高速で爪を振り下ろした。

「ぬおおおっ!?」

 ギリギリで爪ではなく肉球部分を籠手で受けたオーガストだったが、
そのあまりの衝撃に周囲の木々をへし折りながら飛んで行ってしまう。

 それを見届ける事もなく、ガルゼストはその場に残ったもう一人の獲物へと牙を剥いた。

「やばっ!?」

 寸前で防御魔法を発動させ障壁を作る雫。
 それが轟音と共にガルゼストの牙を受け止めている間に、急いで間合いを離す。

 結果としてガルゼストは獲物を全て仕留め損ねたが、まだ攻撃は終わっていなかった。
 獲物は全て彼と距離を置いているが、一人だけ仕留められそうな相手がいる。
 突き飛ばされた際に骨を折り、うずくまっている弱そうな標的が。
 
 まずはそれを仕留めるべく、ガルゼストは突進をかけた。
 弾き飛ばされて若干距離は離れていたが、それでも確実に仕留められる必殺の間合い。
 この距離ならば仲間の援護も間に合わない。
 
 その絶体絶命の状況で、海人は激痛を渾身の精神力で無視して防御魔法を使った。

「障壁よ、連なり集いて敵を阻め《マルチプル・バリア》!」

 詠唱完了と同時に、海人の姿を隠すように障壁が発生する。
 枚数は実に十枚。一枚でさえ下位ドラゴンの一撃を容易く防げるその障壁の強度は、堅固の一言だ。
  
 バキ、と一枚目の障壁が砕かれる。
 それに連鎖するように二枚目三枚目四枚目とガラスのように脆く砕かれ、
五枚目で僅かに時間がかかり、七枚目が破られたところでようやくガルゼストの突進が止まった。

 その隙を突くように、海人の周囲にさらなる障壁が現れた。
 配置は直方体。一面あたり計二十枚の障壁が使用されており、もはや要塞の如き強度を誇っている。

 ――この間一秒にも満たなかったが、海人としては生きた心地がしていなかった。

 刹那にへし折られてしまった骨の痛みで集中力を減じられていた為魔法を使えるか怪しかったというのもあるが、
なにより障壁を七枚まで破られるとは思っていなかった。
 こんな突進、直撃していれば脆弱な海人の体など跡形も残らなかっただろう。

 いかな世界最速のカイザーウルフと言えど、これほどの威力があるはずがなかった。
 こんな威力を恒常的に出せるのなら、かの魔物の危険度は上位ドラゴンを上回っている。

 だが、現実にはカイザーウルフの危険度は上位ドラゴンよりも下に位置付けられている。
 となれば、答えは唯一つ。

「魔物が、肉体強化の限度越えだと……!?」

 海人が目を見開き、戦慄する。

 魔物も肉体強化を使っている、これは常識だ。
 そして魔法を使う種もいるのだから、器用な使い方が出来てもおかしくない。

 しかし、魔物が限界を超えた力を発揮したという例はない。
 どんな魔物も、体に悪影響が出ない範囲でしか強化を行わない。
 おそらくは本能的に体にダメージを与えないよう制限がかかっているのだと言われている。

 後の悪影響を甘受し今を生きのびる為に限界以上の力を得る、そんな使い方は人間しかできない。

 ――――そう思われていた。   

「はっ、はは――――お前がそこまでやってくれんだったら、俺も負けてるわけにはいかねえよなぁっ!」

 魔物としての常識を覆した騎獣に応じるかのように、ゲイザーもまた後先を捨てた。
 
 背後から襲ってきた雫の双刃を、限界を超えた肉体強化を用いて剣一本で見事に打ち払う。
 無理な負荷に痛覚が絶叫を上げるが、どうせ最後だと気合一つでそれを無視して下位魔法を多重起動させる。
 その中位魔法の領域を超える程に増幅された魔法の群れと真の極限まで強化された武技は高い機動力を誇る雫の動きをも縛り、
どうにか戻ってきたオーガストとの連携すら許さない。

 十分程で全身が砕け確実な敗北が待つが、その戦いぶりはまさに獅子奮迅。
 そんな主の覚悟に応えるかのようにガルゼストもまた攻撃速度を上げ、縦横無尽に暴れ回る。

 そんな蝋燭の最後の輝きの如き主従の活躍を眺めながら、海人は感心したように呟いた。

「見事だ。忠誠心が限界を越えさせ、それに主も応え、またそれに応えんと更なる力を発揮する。素直に賞賛せざるをえんな」

 そんな事を言っている間にも、眼前の主従の勢いは増していく。

 雫とオーガストが肉体強化の限度越えを行えれば勝ち目もあるが、この状況では危険すぎる。
 限度越えは元々無理な負荷であるため、行うに当たって激痛が伴う。
 気合で無視する事は不可能ではないが、使用した瞬間に隙が出来る可能性は否めず、
それはこの超高速戦闘において確実な致命傷となる。 
 
 とはいえ、このままではもうじき二人が危うくなるし、海人はもっと危ない。
 ゲイザー達と距離を離してはいるものの、彼は二人へ魔力砲での援護を行う為に防御魔法を解いてしまっている。
 思考の端で防御魔法を発動待機状態にしてはいるが、起動のタイミングを僅かに間違えただけで彼は挽肉になる。

 それでも海人はいたって落ち着いた声音で――――戦いの終わりを告げた。 

「――――だが、私の護衛はそれすらも上回る」 
    
 その声に応えるかのように、ゲイザー達の前に刹那の姿が割り込んだ。

 敵を睨み据えるその瞳は、普段の漆黒ではなく艶やかな真紅。
 それと同色の薄霧を纏うその体には、一切の欠損が無い。  
 食い千切られたはずの右腕が何事もなかったかのように存在し、両の手で一本の刀を構えている。

「ま、まさ――――!?」

 ゲイザーが驚愕の声を出しきる前に、銀光が奔った。

 肉体強化の限度越えによって得られる筋力は、せいぜい普段の強化限界の三倍。
 それ以上は体が耐えられず、筋力を発揮する前に骨が砕け筋肉が千切れてしまう。
    
 しかし、刹那の能力発動によって得られる筋力は普段の実に七倍強。
 鍛錬で培った体技によって、そこから生じる速度や威力は数十倍をゆうに超える。
 さらには海人が与えた補助魔法の凶悪な加速までもが上乗せされる。

 結果など、火を見るよりも明らかであった。 

























「くそっ、たれ……ただでさえ化物だってのに吸血族だと……どこまでいかれてやがんだ……」

 憎々しげに言葉を漏らすゲイザー。

 その体は肩から腰骨近くまで深々と袈裟斬りにされており、無惨な姿を晒している。
 主を庇ったガルゼストにいたっては、その巨体を完全に両断されもはや痙攣さえしていない。
 彼らの命運は、遠からず尽きると決まっていた。
 結局、今回の目的は達せられぬまま。
  
 そんな恨み言をこぼす男を眺めながら、海人はオーガストに話しかけた。

「オーガスト老、酒をお持ちですか?」

「ふむ……末期の酒というやつかの? 甘いと思うが……ま、よかろう」

 言いながらオーガストは懐から酒の入った金属製の容器を取出し、ゲイザーの手元に投げた。
 彼は訝しげにしながらもその蓋を開けると、一口含んだ。
   
「良い酒だが……変な、野郎だ……情けのつもりか?」

「ただの感傷だ。貴様が狂った理由には共感を覚えなくもないんでな」

 溜息と共に吐かれたその言葉に、ゲイザーは小さく目を見開いた。

「……アイザック達から、聞いたのか?」

「ああ。まったく、余計な好奇心を抱くべきではないな。
何も聞いてなければ始末するだけで済んだというのに……下らん感傷を抱く羽目になった」

 忌々しそうに吐き捨てる。
 
 ようやく面倒事が終わったというのに、どうにも後味が悪い。
 狂った理由さえ聞かなければ達成感さえ覚えられたと思えるだけに、なんとも気分が悪かった。 

「けっ、最後に酒よこすぐらいだったら、しばらくほっときやがれってんだ……」

「この近辺でさえ暴れなければ普通に関わりなく放置したんだがな。
それに今回のは狂った理由とは関係ない御乱行なわけだし……ま、運が悪かったと思って諦めろ」

「くく、確かに、運が悪かったなぁ……会う奴会う奴、バケモンばっかだったぜ……」

「……あれ? 誰か来ますね」

 雫がそう呟いて数秒後、疾風の如き速度でフェンに乗ったシェリス達が到着した。
 ガルゼストが両断され、ゲイザーが深手を負っている様を見て、シェリスは事が終わった事を悟った。

「……王子だけでなく王まで仕留めて下さったんですね、ありがとうございます」

 フェンから下りるなり、シェリスは深々と頭を下げた。

「待て、何故知ってる?」

「フェンが、アロンドの死を察知しました。それで、ローラさんがきっとカイトさんだろうと……」

 死を間近にした父を悲しげに見つめながら、ラクリアが淡々と説明した。
 海人がローラに視線を向けると、無表情ながらもどこか自慢げな様子が目に入る。

「なるほど……現在、君の父の最後の言葉を聞いているところだ。
おい、娘に何か言いたい事はないのか?」

「ふん……親不孝者に語る言葉など持ち合わせん」

 尊大な口調に戻り、娘を冷瞥する。
 肉親の情など微塵も感じさせないその態度に、ラクリアは悲しげに目を伏せた。 

「最後まで憎まれ役を通そうという精神は見上げたものだが、真相を語った方が彼女の為だと思うぞ」

「……余計な事をほざくな、若造」

 死に際とは思えぬ強い語気で、海人を牽制する。
 そんな態度に臆する事もなく、海人は言葉を続けた。

「言った方が良いと思うがな――――彼女の尊敬している祖父こそが、全ての悲劇の土台を造ったのだと」

「黙――ごふっ……!」

「……どういう、意味?」

 口調を取り繕う事も忘れ、呆然とした様子で問いかけるラクリア。

 祖父が悲劇の原因というのは、聞き捨てならない。
 偉大な王だった、とは思わないが王たろうと立派に生きていた人物だとは思っているのだ。
 彼が全ての原因だなどというのは、寝耳に水だ。

「ここまで言っておいてなんだが、私が語るべき事ではない。本人に聞け」

 小さく肩を竦めつつ、ゲイザーを顎で示す。
 ラクリアは躊躇いがちに頷くと、父の横にしゃがんで目線を合わせた。
 
「……お父様」

「ふん……根性無しのくせに、妙なところで譲らねえ……相変わらずソフィア似だな」

 口調を素に戻し、低い声で笑う。

 外見もさる事ながら、ラクリアは性格も母親似だ。
 基本的に物静かで大人しいにもかかわらず、こうと決めたら絶対に退かない芯の強さがある。
 妙に抜けているところは、自分に似てしまったが。

 血は争えない、そう思わずにはいられなかった。

「お父様」

 父の顔を自分の方に向けさせ、じっと見据える。
 その目は、なんとしてでも教えてもらう、と何よりも雄弁に語っていた。  

「けっ……まあ、まだどうにか生きてんのは、話せって事なんだろうな……ソフィアが死んだ時の事、覚えてっか?」

「……うん。お父様と一緒にどこか視察に行った時、魔物に襲われたって……」

 その日の事は、今でも覚えている。

 やや虚弱ながらも数日前まで元気だった母が、視察先で死んでしまった。
 その唐突すぎる別れもだが、それ以上に守れなかったと涙を流し続けていた父の姿が目に焼きついている。
 悲しみにくれながらも、すすり泣く自分が落ち着くまで優しく抱きしめてくれた事も。
  
「あれの……真相は、親父が放った刺客から俺を庇って、殺された、だ」

「えっ……!?」

 初めて聞く話に、ラクリアは耳を疑った。

 母の遺骸は、綺麗なものだった。
 魔物に襲われた直後に父が助けた為に、損傷は少なかったのだと聞かされた。
 だが、今改めて考えてみれば魔物に襲われて死んだのなら間違いなく損傷は激しい。
 牙で貫かれたにせよ、爪で引き裂かれたにせよ、埋葬用のドレスや化粧で隠しきれる傷ではないはずだった。 

「……やったのは視察に行った先の村人だったんだが……王族が民に殺されるなぞ醜聞だってんで親父は事故死に変えやがった。
あいつを守れなかったのは俺だし、下手人は殺した……それに王族殺しを出したなんて知れれば関係ねえ村人にも影響が出る……そう思って、その時は納得した」

「だが……王位に就いた後、俺は知った……あの事件が親父の仕組んだ物だった事を……!
あの村の人間全員がグルで、他の連中は俺と駆けつけたガルゼストにビビッて手出しができなかっただけだって事を……!」

 未だ治まらぬ憤怒を露わに、ゲイザーは吐き捨てた。

 それを知ったのは、偶然だった。
 王位を継いで間もない時に、父の代からの旧臣が話していたのを立ち聞きしたのである。

 ――――王位を継いだ時はどうなるかと思ったが、先々代による暗殺が失敗していて良かったと言っていたのを。

 そして秘密裏に情報を集めてみれば、自分の滑稽さが嫌になる程理解できた。
 愛する妻を殺した一族郎党皆殺しにしても飽き足りない憤怒を、王族の端くれとしての責任感と倫理観で抑え込んでいた。
 それを抑える必要など、どこにもなかったというのに。 
 
 あまりに間抜けな己に、笑いしか出てこなかった、

「許せなかった……王位に就いた途端、昔っから俺を馬鹿にしてた連中がヘコヘコしてきた時なんざ比較にならねえぐらい殺意が湧いた。
だが、元凶はとっくに墓の中……だからせめて、あいつが大事にしてた国家を、ルクガイア王家の権威を、粉々にぶち壊そうと思った……!」

 途切れ途切れながらも、荒ぶる激情を感じさせる声音を放つ。

 やると決めてからは、早かった。

 まず手始めにまともな執政から不自然ではない程度の速度で暴政に移行した。
 一気に暴政に移っては、事件に関わっていた者達に警戒される恐れがあったからだ。
 税率を上げ、福祉を顧みず、気に障る意見をした者には問答無用で罰を与えた。
 屑と蔑まれてきた自分に相応しい、最悪の暴虐を振るい続けた。

 そして自分が暴君であるという話が広まった頃合いを見計らって、暗殺計画に関わっていた村を適当な口実で焼き払った。
 金を渡された村人達は事件を悔やまぬどころか、真実を知らぬ自分を蔑みそれを庇って死んだ妻をも嘲弄していたのだ。
 ラクリアを産んだ事ぐらいしか、価値が無いと。
 許す理由は当然ながら、情けをかける理由すら一片もなかった。
 
 事件の真相と共にそれを突きつけ、命乞いも許さず皆殺しにした。
 村があった痕跡すらもほとんど残さず、完全に消し去った。
 そして事件に関わっていた旧臣を排し、予定を調べて遊びに行くフリをして暗殺しに行った。
 護衛諸共ガルゼストに食い殺させた為、通りすがりの魔物に殺された事になり、真相は闇の中になった。
 
 そうして討てる仇を一通り討った後、ゲイザーは本格的な暴政を振るい始めた。
 自身諸共、ルクガイアという国を崩壊させるために。 

「そ、そんな……」

 ラクリアは、あまりの内容に言葉を失っていた。

 父と祖父の仲が悪い事は知っていたが、まさか暗殺を考える程だとは夢にも思っていなかった。
 なにより、あれだけ厳しくルクガイア建国の経緯を教え込んだ祖父が、そこまで非道な真似をするとは未だに思えなかった。 

 そんな疑念を見てとったのか、ゲイザーは補足した。

「親父のあれはな、身内には適用、されねえんだよ……民を守る者として、統治者は強者でなければならないってのが、
あの野郎の考え方だった……アイザックはまだ赤ん坊だったから、静観してたみてえだが、な……」

 殺意をたぎらせ、ゲイザーは吐き捨てた。

 輝石族を虐げた者達と同じ事をしてはならないという戒めを口にしながら、父は実の息子を虐げていた。
 おそらく、王である自分に酔っていただけの男だったのだろう。
 だからこそ、王子の一人が一目で分かる出来損ないである事が気に食わなかった。
 必死で勉強して知識は兄よりも多かったというのに、宝石の大きさでしか子の価値を計れぬ愚者であった。 

 もしあの世で会う事があれば改めてぶち殺そう、ゲイザーがそう考えていると、  
 
「……その内容では、我が国への侵攻理由が無いと思いますが?」

 今まで黙っていたシェリスが、厳しい目で問いかけた。
 
 これまでの話からすれば、国の滅亡自体が目的なのだから実現次第殺されても悔いはないはずだ。
 わざわざ逃げて、戦力を整えてまでシュッツブルグに攻めてくる理由が見当たらない。
 大人しく殺されないまでも、ルクガイア国内で暴れる方がより自然だ。

「へっ……ぶっ壊れた馬鹿に、最後まで付き合おうって馬鹿達が、いたんだよ。
俺と同じく、宝石が小さいってだけで蔑まれてた貴族の次男坊とかがな」

 言いつつ、小さな笑みを浮かべる。

 最初、彼らは暴政を振るう自分を止めにきた。
 王位に就いたからと言ってここまで見境を無くすのは、あまりにもらしくないと。
 これではまるで自分達を蔑んだ家族達と同類ではないか、と。

 無論聞く耳持たず、息子達と同じく遠ざけたのだが―――彼らは、それでも諦めなかった。
 
 彼らは王城に忍び込み、寝室まで押しかけてきた。
 そしてそのまま寝ぼけたガルゼストの脇をすり抜け、ゲイザーを叩き起こして再び説得にかかったのである 
 ゲイザーの人望がなく、警戒も緩かったとはいえ大した度胸である。

 仕方なく事情を説明したのだが――そこで、予想外の返事が返ってきた。
 
 なら俺達も付き合ってやる、というトチ狂った言葉が。
 今度は逆にゲイザーが説得する事になったのだが決意は固く、考えを変えさせる事ができなかった。
 『元々宝石の大きさ一つで蔑まれてきた者、この国をぶち壊したい思いはあった』と言われては、それ以上説得の言葉は紡げなかった。  
 
 そしてゲイザーは諦め、友人達を傍に侍らせる事にした。
 そこから話を聞きつけてまた別の友人がやって来て、と繰り返し、最終的に側近だけでは収まらなくなり、
接触機会が多い大臣なども入れ替えた結果、国の中枢は彼の友人達で占められた。

 ――――分かっては、いた。

 付き合うと言った者達の真意が、どこにあったのかなど。
 大馬鹿の決意を覆せないのなら、せめて道連れになってやろうと思ってくれたのだと。
 そうでなければ、あんな寂しそうな目で語るはずがない。
 そんな友人達の思いを理解しつつも、今更止められなかった。

 だからせめて、

「何か返してやりたかったが、目的達成したらそいつらも一緒に破滅する……ならせめて、歴史にあいつらの存在を刻んでやろうと思った。
俺と同じく、額の宝石だけで蔑まれてきた連中が、その力でどれだけの事ができるか、見せつけてやろうってな……!」

 彼らの力を、蔑まれながらも磨き続けてきたその力を世界に知らしめてやりたいと思った。
 所業が間違っていても、その力だけは本物だったと後世に伝わるように。
 蔑まれ陰口を叩かれてきた者達が、他の真っ当な貴族達を押しのけて後世にその存在を残せるよう。

 そんな勝手な言い分を聞きながら、シェリスは更に問いかけた。

「なぜ、自国でやらなかったのです?」

「ふん……ルクガイアで虐殺、やったところで、今までのと一括りにされる、可能性の方が高い。
だが他の国でやらかせば、一括りには出来ねえ……滅びた後隣接する国のどっかで虐殺やんのは前々から、決めてたんだよ。
この国を、選んだ理由は……言うまでも、ねえ、だろ」

 射殺さんばかりの眼光を放つ令嬢に臆する事もなく、理由を語る。

 今回の目的は主に、歴史に名を残す事である。
 ルクガイア国内で虐殺をやれば今までの所業の一環として記されかねないが、
他国でやればそれは新たな一つの事件になる。
 暴君とその側近達による最後の悪足掻きとして、歴史に刻まれる可能性は高い。

 周囲には語らなかったが、例えば革命のような形で滅びたとしても、
ゲイザーは滅亡と同時に他国に攻め込むと心に決めていた。
 今回他国に滅ぼされる形になったのは、周囲への良い口実になった。
 ゲイザーにとっては嬉しい誤算だったのである。

 そしてこの国が選ばれたのは、隣接する国家の中で最も弱いから。
 だからこそ、狙われる事になった。より確実に歴史に悪名を残すために。

 理屈としては理解でき――なにより、自分達この国の貴族の不甲斐なさも一因である為、シェリスは黙るしかなかった。
 断じて、許す気はなかったが。
   
「お父様……」

「ふ、ん……そろそろ、限界、か……おい、若造……」

 どんどん意識を引き戻しにくくなっていく事を感じたゲイザーは、海人に視線を向けた。

「何だ?」

「ふん……アイザックを、殺したのは、許せねえが……」

 一瞬、言葉が途切れる。
 死が間近だと悟ったゲイザーは消えていく意識をどうにか引き戻し、言葉を続けた。

「感謝するぜ……まさか娘に看取られて死ねる、とは思ってなかった……みんなには悪いが……すげえ満足な、死に様だ……」

 心底満足そうな顔で、ゲイザーは海人に礼を言った。
 
 真意はどうあれ、止めを刺されなかったからこそ、最後に娘の顔を見れた。
 好き放題暴虐を行った馬鹿の末路としては、あまりにも幸福だった。

 が、その言葉を聞いたラクリアは、静かに涙を流していた。
 ゲイザーは昔と変わらず優しい娘の頭を最後の力で柔らかく撫で、最期の言葉を発した。

「ったく……泣くんじゃ、ねえよ……いいか、俺は屑だが、お前は違う……幸せに、なれ……」

 言い終えると同時に、ラクリアの頭に乗っていた手から力が抜け、地面に落ちていく。
 
 海人が近づき脈をとるが、完全に停止している。
 まだ体はほのかに温かいが、すぐに冷たくなるだろう。   

 そんな父の体を、ラクリアは力なく抱きしめた。 

「お父……様……」

 身を震わせながら、父の亡骸に顔をうずめる。  

「……今は、そっとしておきましょう」

 傍目にも悲しみを堪えている事が分かるラクリアを見て、シェリスがそう提案した。

 ゲイザーは許されざる大罪人ではあるが、それはラクリアの罪ではない。
 彼女が父の死を悼むのなら、その気持ちは尊重せねばならない。  

 一同も異論はなかったので、その場を離れる。

「……カイトさん、もう少し詳しい話は御存じですか?」

 ラクリアに声が聞こえない所まで歩いた辺りで、シェリスが重々しく口を開いた。

「一応王子から聞いたが、何故だ?」

「まず誤解のないよう言っておきますが……国王達のやった事には一切の同情の余地も弁護の余地もありません。
どんな理由であれ、無関係の人間に率先して害を与えた段階でいかなる情状も酌量に値しません」

 毅然とした言葉で、ゲイザーの罪を明言する。

 彼のやった事は、いわば八つ当たりだ。
 復讐しようにも元凶が既にこの世におらず、せめてもの腹いせにそれが大事にしていた物を壊した。
 それで壊される側からすれば、たまったものではない。

 この一点だけで、ゲイザーは弁解の余地が無い大罪人だ。
 それに付き合った者達も同罪である。

「ふむ、それで?」

「しかし――――先程の話からしてそうなる土壌があった事もまた事実でしょう。
ならば、それがいかなる物だったのか、いかにして形成されたのかを知り、同じ事を繰り返さぬようにする事が私の役目です」

 試すような目を向ける海人に、堂々と語るシェリス。

 惨劇を起こした罪人の罪を裁くだけでは、いずれ同じ事が繰り返されかねない。
 ゆえに罪は裁きつつ、それがいかにして形成されたかを探り、対策を打つ。
 それを行うのが統治者――貴族の仕事である。
 
 誰よりも、何よりも貴族としての誇りを持つ令嬢に、海人は薄く微笑んだ。

「君らしいな――分かった。王子から聞いた又聞きの話になってしまうが、それでも良ければ私の屋敷で話そう」

「カイトさんの御屋敷ですか?」

 不思議そうに、シェリスは首を傾げた。

 この場所からならば、シェリスの屋敷の方が間違いなく近い。
 海人の屋敷に行く事自体は問題ないのだが、理由が分からなかった。
 
 困惑するシェリスに海人は苦笑を向けた。

「折角臨戦態勢が解けるんだし、たまには日頃重労働にさらされている使用人達に自由時間をくれてやれ。
ま、付き合わされるローラ女士は気の毒だが、いつもの事だろうし諦めてもらう他ないな」

「御同情ありがとうございます。ですが、仰るとおりいつもの事ですのでお気になさらず」

 そんな人聞きの悪いやり取りをする二人。

 シェリスとしては何か言いかえしてやりたかったが、言い返しようがなかった。
 困った事に、二人が言っている内容は純然たる事実なのだ。

 その意地悪くも和やかな光景を見て、オーガストは微笑んだ。  
    
「ふぉっふぉ、仲が良いのう。ではわしは終わった事を皆に伝えてくるかの」

 言いながらカナールへと足を向けるオーガストだったが、途中で止まった。

「……っとそうじゃ、カイト殿、今回わしが見た物については黙っておいた方が良いのかの?」

 振り返り、訊ねる。

 最初にゲイザー達の魔法を防いだ時は上位魔法を器用に使うとしか思っていなかったが、
ガルゼストが突っ込んできた際に使った魔法は明らかに発動時間が既存の常識ではありえなかった。
 相当な切り札である事は、容易に想像がついた。

「そうしていただけると助かります」

「ふむ、今度一緒に飲んだ時、勘定そっち持ちで手を打とう」

 その言葉に海人が苦笑しながら頷くと、オーガストは再び踵を返して去って行った。
 海人達がその背中を見送っていると、離れた所にいるラクリアから驚愕したような声が聞こえてきた。

「……そんな…………!」

 その声に反応して海人達がラクリアの方へ視線を向けると、
彼女はなにやら手元を見ながら目を見開いていた。

「どうした?」

 海人達が彼女の元に行って問いかけると、彼女は軽く首を横に振った。

「……いえ、何でもありません。ところでカイトさん……その、よろしければアイザックの最期について伺いたいのですが」

 躊躇いがちに頼むラクリアに、海人は軽い調子で返した。

「シェリス嬢に話すついででよければ構わんよ。……さて、それではそろそろ行くとするか」





テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

今回も楽しく読ませて頂きました!

気が早いですが六部も楽しみです
あと、また目次に反映されていない気がします
[2011/10/09 01:38] URL | スウ #- [ 編集 ]


祖父ェ…。
話数が進むごとに微妙なヤツだと思ってたけど、元凶かよww
差別されてきた者が差別をしてはならない、とかいいながら差別するのは珍しいことではありませんが…アホだ…。
しかし、人外魔境パーティを手こずらせたにも関わらず名を残せそうに無いのは不憫ではある…。

刹那が殴り飛ばしたのはカイトの防御魔法が間に合わないという判断から…?
カイトは戦闘経験不足だからしょうがないですが、瞬時発動のバランスは小説的に難しいww
カイトの防御詠唱って殴り飛ばされてからすぐに唱えてないと間に合わないだろうし…。
漫画やアニメで技名を呼ぶのって演出上しかたないけど、アレですよねw

あと、カイトの肋骨は何回ダメージを負えば気が済むのだろうかwww
[2011/10/09 14:02] URL | とまと #mQop/nM. [ 編集 ]

読ませていただきました。
相変わらずの化け物ぶりで・・・
まあ少してこずったみたいですがそれでもやはり化け物振りですね~
さあ次回で代5部も終わりですね。
どんな結末なるやらそして6部のほうも期待してます。
[2011/10/09 22:44] URL | なお #Qi8cNrCA [ 編集 ]

初めまして
いつも楽しく読ませてもらってます

海人の複製による大量の魂の石による頭痛で一網打尽とか想像してたけど王様普通に殺っちゃいましたね
ラストのラクリアの驚いた理由も気になります

いつまでも待ってますので気負わずに頑張ってください
[2011/10/10 00:30] URL | ふうりん #- [ 編集 ]


おつかれさまです。今回も面白かったです。

王たちの目的は悪名でも歴史に名を残すということでしたが、今後のオーガストの気分しだいではある意味達成できるかもしれません。
オーガストが酒場で連中の戦力が上位ドラゴン並で合ったとぶちかませば王たちの世間的
評判はどうあれ、オーガストの武勇譚の一つとして残るかもしれませんね。
[2011/10/10 01:30] URL | とある人 #- [ 編集 ]


更新お疲れ様です

なんでしょう……ゲイザーを嫌いになれない
どんな理由があろうがやったことは間違いだらけですけど同情してしまいますね
それにここまで芯を通すと清々しいです

さて、ローラの杞憂やラクリアの最後の驚嘆など気になる部分はありますが
次回の更新を楽しみにしています
[2011/10/10 03:32] URL | 華羅巣 #zR7lJLBY [ 編集 ]


まぁ、いくらお涙頂戴されても、まったく同調出来ないんですが。
実はいい人だったんです、とか、同情すべき理由があったんです、っとアピールされても、
冷めるだけで、全然共感出来ません。
所詮、屑は屑だったんだねって、お爺さんのいう通りだったじゃん、結果が示してるでしょ?っとしか。
[2011/10/10 06:09] URL | 名無しさん #9wJjGJG2 [ 編集 ]

始めまして『 』です
親父……………なかなかいい奴ではあったのか…………そしてその更に親父ェェェェェェェ…………こいつが全ての元凶かよオイwwwww


前からこの小説は拝見させて頂いてましたがコレが初感想?でしょう。『 』の深淵、通称『 』です。今回もとても読み応えのある出来に仕上がっていると思いました。執筆大変かと思いますが無理せず自分のペースで完結まで往ってくれれば良いと思う次第です。影ながら応援しております。
[2011/10/10 18:53] URL | 『 』の深淵 #kfbW3ExY [ 編集 ]

こくおうっ…!
この国王様、なんというかデュエルセイバー完全版のダウニー・リードみたいなキャラですね。
やったことは許されないけど、嫌いになりきれない一本筋の通った自覚がある悪党です。

第六部、期待して待っています。
[2011/10/10 19:32] URL | zzz...! #mtjpAqsE [ 編集 ]

結局は一種のお家騒動だったのか……
それししても、つくづく微妙な印象だった先代のルクガイア王のラクリアの祖父。結局は自分が一番ルクガイアの為にならない行為を行なってしまったという事に……。そりゃあんな仕打ちをされれば息子はひねくれて当然ですね。
ただシュッツブルグにしてみれば「ルクガイアに攻めこんだその報復に王達が攻めて来ます」っていうのならともかく、「先代王への恨みから発展し派生した目的で攻め込まれる」ってのはおかしな話ですからねえ。

しかし結局は海人、刹那、雫、オーガストが解決した感じですねえ。ラクリアは……どうする…いや…どうなるのでしょうねえ、次話がこの章の最終話らしいし結末が楽しみです。
でも……次章の海人先生の授業風景の方がもっと楽しみだったりして……すいません。

更新楽しみにしていますので、無理をなさらない程度に頑張って下さい。
[2011/10/10 23:50] URL | 戸次 #Wjzbkqqg [ 編集 ]


実は親父は良い奴だったのか!・・・・・・そうでもないか?

ラクリアの一言フラグですね、わかります。
なんのフラグかは分からないですけど。
この一連の騒動が終わったらラクリアの扱いはどうなんですか?
もしやレギュラー化のよていですか?
[2011/10/12 20:56] URL | 煉恋々 #h2YGRmSs [ 編集 ]


海人は内心怒っているのかな、愚王にはまだ残されたものがあったのに結局無責任だったし。
ちょっと感傷になる感じじゃないのかもしれませんね。
[2011/10/29 21:23] URL | rai #SylmDlSI [ 編集 ]


「親に嫁を殺された上に、回りから悪口ばかり言われるので、腹いせにそのへんの他人を殺しまくります」

さすがにこんな行動理由は無茶苦茶すぎるかと・・・

でも逆に安心しました。死に方はちょっと物足りませんが、『悪人だと思ってたけど実は深い理由があってホントは良い人だったんだよ!』な展開はストレスが溜まるだけ溜まって解消されませんので。
悪人は悪人のまま退治されるのが一番です。
[2012/03/19 05:56] URL | 蜜艦 #YUeu7SAQ [ 編集 ]


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