ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄53
 海人の屋敷の応接間。
 そこにはルクガイア王達を打倒したメンバーが集っていた。
  
 海人から話は着替えてからに、という提案も出たのだが、
シェリスやラクリアから緊張感が途切れない内に聞きたいという要望があった為、各々戦闘終了直後の姿ほぼそのままであった。

 唯一違うのは、海人の白衣を纏ったシェリス。
 ボロボロになったドレスの露出が些か扇情的すぎた為、海人が貸し出したのである。
 体格差のせいでサイズは大きいが、意外に似合っている。
 
「まずは、改めてお礼を申し上げます。いつぞやの一件もでしたが、
今回も一般人という身にもかかわらず最大の戦果――感謝してもしきれません」

「こちらの勝手でやった事だ。感謝する必要は無い。
というか、私は殆ど活躍しとらん。感謝するなら後ろの二人にしてくれ」

 つまらなそうに、後ろに控える刹那達を指差す。
 その表情には謙遜や照れの色は一切見当たらない。

「相変わらずですね。貴方らしいと言えば貴方らしいですが。
では、早速本題に移っていただいてもよろしいですか?」

「その前に言っておくが、私が知っている内容は王子から聞いた話だけだ。
どうしても一面的な内容になる。それでもかまわんか?」

 淡々と、念押しする。

 王子が嘘を吐いていない事は表情を読んで確信していたが、所詮は彼の主観で語られた話である。
 彼が嘘を教えられそれを信じていた可能性もなくはないし、他に思わぬ裏話が隠れている可能性もある。
 可能ならば後で裏を取っておく必要がある。  

 シェリスの性格を考えれば無用な心配だろうが、前提は語っておく必要があった。

「ええ、問題ありません。必要なのは情報量です。裏はこちらで取れば済む話ですし」

 短く答え、シェリスは僅かに身を乗り出す。
 同時にラクリアも居住まいを正し、背筋を伸ばした。  

 それを見ながら海人は一息吐き、話し始めた。

「……全ての始まりは、先々代の王の時に額の宝石が小さい第二王子が生まれた事だ。
当然ながら跡継ぎとしては間違いなく第一王子である兄の方が良い。継承順位的にも、見栄え的にもな」

「まあ、自然な流れですね」

 特に異論もなく、シェリスは頷いた。

 ルクガイアの法からすれば第一王子が王位につく事が当然であるし、
額の宝石が小さい第二王子は国の象徴たる王としては見栄えにも欠ける。

 第一王子が王位を継ぐのは、いたって自然な流れであった。

「で、ここで問題があったんだが、どうも第一王子は弟と仲が良かったらしいんだな。
普通なら喜ばしいはずだが、いかんせん当時の王は額の宝石一つで他の能力を見ず息子に冷淡に当たるような男だ。
それでも寿命が残っている時は強硬手段には出なかったようだが、どうやら老いて死を目前にしたら自制が効かなくなったらしい。
国の根幹となるべき有能な兄の側にあんな無能がいて良い事があるはずがないと、自分が死ぬ前に馬鹿な事をやったんだ」

「それが、第二王子の暗殺……馬鹿としか言いようがありませんね」

 はあ~、と深い、どこまでも深い溜息を吐く。

 先々代の王の行為は人道的な話を脇に置いたとしても、愚かという他ない。
 その第二王子は騎獣の力、そして仲間の力があったとはいえ、ローラをあそこまで手こずらせたのだ。
 戦闘能力一つとっても、運用の仕方などいくらでもあったはずだ。
  
 しかも、第一王子と仲が良いというのならますます殺す理由が無い。
 妻を殺された事であそこまでトチ狂うような人間ならば、仲の良い兄を害そうなどとは考えもしないだろう。
 第一王子の身に何かあった時の為にも、生かしておくべきなのだ。
 
 もっとも話からすれば、先々代は息子の人格はおろか能力の把握さえもしていなかった可能性が高い。
 そのため判断材料が無かったがゆえの愚行と見れなくもないが、それでも無能という他ない。
 息子とそこそこの仲を築いているだけでも手に入る程度の判断材料なのだから。

「ま、死んだ人間の事をとやかく言っても仕方あるまい。
そして先々代が死に、先代が即位したわけだが、その当時は上手く回っていたようだな。
兄を当時頻発していたガーナブレストとの小競り合いに集中させるために、
どこかの村に遊びに行きがてら市井の情報収集をしたり、適当に魔物を狩って回ったり、色々やっていたらしい。
が、一年もしない内に兄が亡くなって王位に就き――――後は先程本人が言っていた通りだ」

 一気に語り、海人は一息ついた。

 海人が聞かされた王に関する話は、これで全てだった。
 傷の深さからすれば長々と持ち堪えたが、なにしろ死の直前の話である。
 そう濃密な内容が語られたわけでもなかった。
 
「なるほど……で、幼い頃からトチ狂った親に育てられて王子の人格も歪んだ、と」

「いや、父親は王子が狂った一因だろうが、大きな要因は別にある。
おそらくだが、ラクリア王女は切っ掛けになった出来事ぐらいは分かっていたんじゃないか?」 

「いいえ。父が王位に就いたあたりから徐々におかしくなり始めたとしか……確かに、昔は良い子でしたが」

 静かに、首を横に振る。

 ラクリアには、心当たりがなかった。
 父が王位に就き、次期国王という立場になったあたりから徐々におかしくなっていたという事ぐらいだ。
 それでも八歳ぐらいまでは真面目に勉強や鍛錬に励み、時折自分に成果を報告しに来ていたのだが、
いつからか乱暴な行動が目立ち始め自分を避けるようになり、その末に婚約者と使用人三人を焼き殺してしまった。

 父に続いて弟まで、と嘆いてはいたが――その理由は深く考察しなかったのである。
 おそらく、父の好き勝手な行動にあてられて真面目にしているのが馬鹿馬鹿しくなってしまったのだろうと考えて。 
 
「……そうか。さて、どうしたものか」

「どういう意味です?」

「君に話すのは構わんのだが……王女には衝撃が大きそうなんでな。
正直、彼女はもう少し世の中を知ってから聞いた方が良いかもしれん」

 ふう、と軽い溜息を吐く。

 これまでの情報からして、ラクリアが大した事を知らない事は察しがついていた。
 彼女の性格からして、知ってさえいれば弟が壊れる前に必死で守ったであろうし、
壊れた後に知ったのだとしても使用人に自らの髪やドレスを餞別に渡すような事はしないだろう。

 だとすれば、刺激が強すぎる。
 ショックで呆ける程度ならいいのだが、自責から早まった真似をされたり人格に致命的な影響を与える事になっては寝覚めが悪い。

「そんなに、きつい話なんですか?」

「いや、よくある話ではあるんだが……」

 シェリスの問いに、小さく唸りながら考え込む。

 実際、よくある事である。
 誰かには愛想よく別の誰かには冷酷に当たるなど人間など、珍しくもなんともない。
 シェリスならば眉を顰める程度で済ませる程度の話にすぎない。
 
 が、世間知らずの箱入り娘にとっては酷な話になってしまう。

「……構いません。覚悟は出来ています」 

 海人の気遣いを断り、ラクリアは話の続きを促した。
 その目には悲壮な気迫が漂っており、決してひかぬ意思を感じさせた。

 仕方なく、海人はアイザックが壊れた理由を説明し始めた。
 なるべく衝撃が和らぐよう順を追って、少しずつ。
 極力罪悪感を煽らぬよう、話の間や言葉の抑揚まで調整して。
 
 ――――それでも、ラクリアは衝撃のあまり目を見開き、呆けてしまった。

 途中何度か否定の言葉をあげようとはしていたが、その度に海人が何か言う前に否定できる根拠が無い事に思い至り、
それを繰り返すうちに全身から力が徐々に抜けていった。
 今はもはや姿勢を正す気力すら失い、視線が虚ろに空中を彷徨っている。
 
 そんなラクリアをよそに、シェリスは深い溜息と共に言葉を吐き出した。

「……なるほど、確かによくある話ですね。
しかし、それが事実だとすればいくらなんでも使用人の心構えに問題がありすぎると思うんですが……」

 自らの額を指で叩きながら、愚痴る。

 使用人は、主の機嫌を損ねない事も仕事の内だ。
 まして王城の使用人ともなれば細心の注意が求められる。
 陰口をするなとまでは言わないが、一度でも本人に聞かれてしまえば大失態という他ない。
 しかも相手は王族。それこそ不敬罪で処刑されても文句は言えない。

 はっきり言って、他の能力が高くともその一事で使用人失格の烙印を押す他ない。
 なぜそんな者達が王城の使用人などやっていられたのか、理解不能である。
 
「これはただの推測だが……先々代がどんな国王として書物に載っているか、覚えているか?」

「民の目線での国政、というのが指針でしたね。王宮に閉じこもらず各地の民と直接触れ合う機会を多く設け、
多くの国民に親しまれ――――ああ、そういう事ですか。確かに推測止まりですが、可能性はありますね」

 言葉の途中で海人の意図を理解し、溜息を吐く。

 ルクガイアの先々代の国王は、一般的には良君として知られている。

 というのも、それまでルクガイア王家の者が大っぴらに姿を見せる機会は建国祭などの記念日に限られていたのだが、
彼の代でもっと民と触れ合うべきだと、それなりの頻度で国内のあちこちに姿を見せる事になった為だ。
 その為、それまでの王より民の事を考えてくれる人物だという評価を得ていたのである。
 
 が――――これらの行為は一見良い事のようにも見えるが、問題もはらんでいる。

 王族が身近になるという事は、疎遠であった事で生じていた神聖さや威厳を削ぐ事でもある。
 同時にそれに対する畏怖も減じられ、ややもすれば侮られる事にもなりかねない。 

 勿論わざわざやって来てくれる王族への親近感は高まるだろうし、
高貴な身分にありながら目線を合わせてくれると新たな尊敬の念も生まれるかもしれないが、
決して良い事ばかりではないのだ。

 それを間違いなく考えが足りなかったであろう国王がやる―――正直、良い結果は想像できない。

 一時的にしか接しない地方の村人ならまだしも、日常的に接する使用人相手ならば箍を緩め、
王族の権威を貶めていてもおかしくない。   

「付け加えると、宝石が小さい王子なら尚の事迷惑を被る、だな」

「ですね……輝石族とはいえ、宝石一つで才が決まるわけでもないでしょうに。困ったものです。
ちなみに、嘘を語られた可能性はあると思いますか?」

「まあ、ありえんだろう。私は嘘を見抜く為の技術を確立しているが、あの王子の話はまったくそれに引っかからなかった。
ついでに言えば、死に際の王の話もな」

「なるほど……では、失礼ですが貴方の技術とやらが外れる可能性は?」

「絶対に無いとは言えんが、限りなく零に近い。なんなら試してみるか?」

 不敵に笑いながら、問いかける。

 確かに見抜けない可能性は零ではないが、それでもこれまで見抜けなかった事は一度もない。
 なにしろ、散々騙された昔の海人が必死であらゆるデータを集め、全精力を傾けて確立した技術だ。
 少なくともその場で思いつく小細工で誤魔化せるようなものではない。

 その自信の程を見て取ったシェリスは小さく頷き、

「いえ、貴方がそこまで自信を持ってらっしゃる以上疑う気はありません。
それを確立するに至った経緯はとても気になりますが」

 悪戯っぽく微笑みながら、探るような視線を向ける。
 
「それは秘密だ。で、こんなところだが……多少は参考になったか?」

「ええ、とても。少なくとも、ルクガイア貴族や王城の使用人の評価を見直す必要は感じられました。
情報を元に後の災いの芽を摘んでいくとしましょう」

 表情を引き締めつつ、これからの作業工程を組み立てる。

 三年前から色々とルクガイア滅亡の下準備を進め情報収集も怠らなかったつもりだったが、
今回の国王達の実力からして手抜かりがあったと言わざるをえない。
 王達の行動を詳細に調べていれば、あの戦闘能力も予想不可能ではなかっただろう。
 放てた間者の数が多くはなかったなどの事情も一因ではあるが、やはり伝聞からの先入観に影響された事が一番大きい。 
 
 ならば、一通り再調査を行わなければならない。
 
 あれほどの武力を持った者達を放蕩者としか評価しなかった貴族達は勿論、
王子が壊れた一因らしい王城の使用人達も人格を含めた調査が必要になる。
 場合によっては前者は領地を削る、あるいは奪う必要があるし、後者にも新たに仕えた先で同じ愚を犯されては困る為、
再教育なりなんなり手を打たねばならない。 
 
「となると、授業は再び延期か?」

「いえ、ルクガイアの件が片付いた事で余裕もできますし、先日言った十人ももうすぐ仕事が終わり戻ってきます。
ですから、迅速に準備を終わらせていただきたいですね」

 小さく肩を竦め、苦笑する。

 秘密裏に進めねばならなかった下準備の時とは違い、今度は父を通して国費を使える。
 今までなら財務大臣の横槍が入っただろうが、国費の横領などの証拠をきっちりと集めて国王に送っておいたので、
遅くとも一週間以内には職を解かれる。その後の運命も既に決まっているので、何の憂いもない。
 人員は質に不安がある為子飼いの者を使う他ないが、陰で動き回らなければならなかった時よりはるかに効率的に動ける。

 資金的には負担0、人員的にもかく乱用に潜り込ませていた間者だけで事足りるはずだ。

 なので、一部の貴族に反乱を起こさせる為に潜り込ませていた部下達は、最後の仕上げを終え次第戻ってもらう事が出来る。
 その仕上げも金と女であっさり落ちた無能貴族の始末だけなので、彼女らにとっては大した作業ではない。
 ブランクはあるが、元々屋敷の上位にいた武人達なのだから。
   
「その十人とやらが妙に気になるんだがな……どうも一筋縄ではいきそうにない気がする」

「ふふ、確かに私の屋敷の中では変り種ですが、あくまで変り種止まりですよ。
少なくとも、わざわざカイトさんの機嫌を損ねるような愚か者はいませんので、御心配なく」

 海人の視線を受け流しながら、保証する。

 十人の部下は確かに屋敷の中では変り種だったが、異常者というわけではない。
 むしろその実力から他のメイドの信頼も厚く、シェリスも信を置いている。

 ただ――――色々な面で個性的すぎて、かなり扱い辛いだけだ。
 
 もっとも、節度はきっちりと弁えていたので害があったわけではない。
 その意味では、なんら他のメイドと変わる事は無い。
 ひょっとすると、変わり者同士海人と気が合う可能性もある。
  
「そう願いたいな。そうそう、教室の準備自体はとっくに終わってるから、
持ってきた本の解説で良いならばいつ始めてもらっても構わんぞ」

「当面はそれで問題ありませんよ。貴方が書かれる教科書の内容も気にはなりますけれどね」

「時間をかけた分、分かりやすくなっている事は保証しよう。
ところで……今日は本当に泊まっていくのか?」

 疲れたような目を、シェリスに向ける。

 先程屋敷に帰ってくる途中でズタボロにされたメイド達と遭遇したのだが、
その際今日は休みである事を伝えに行くよう命じたついでに、自分達は海人の屋敷に泊まるからゆっくりと羽を伸ばせとも言ったのだ。
 海人としては寝耳に水な話で反論したくもあったが、流石にボロボロの状態で気兼ねの無い休暇を喜んでいるメイド達の前で言う事は憚られた。

 が、今なら一言ぐらい文句は言える。

「あら、使用人に休みをくれてやれと仰ったのはカイトさんじゃないですか。
なら、上司に煩わされる事なく心置きなく休めるよう、私達の寝床を提供するぐらいの器は見せるべきでは?」

「やれやれ……言っておくが、部屋の大半は買い取った時そのままだから寝心地は保証せん。
それでよければ空いている部屋を好きに使え」

「ありがとうございます。ところで……どうしましょう、彼女?」

 視線をラクリアに移す。

 目の焦点はどうにか合い始めていたが、体の力は戻らないらしく姿勢が崩れたままだ。
 時間をかけて放心状態からは脱したようだが、衝撃は抜けきっていないらしかった。

 自分が見ていよう、と海人が提案しかけた時、

「……大丈夫、です。ただ……カイトさん、よろしければ少しお話をよろしいでしょうか?
また、二人きりで」

 弱々しい声で、ラクリアが海人に声を掛けた。
 予想外に回復が早かった王女に感心しつつ、海人は小さく頷いた。
 
「構わんよ。では、私の部屋に行こうか。
っと、そうそうシェリス嬢。サイズは大きいだろうが、私の服でよければ着替えも進呈するぞ」

 シェリスがその言葉に頷いた事を確認し、海人は席を立った。
 

 





















 多種多様な服に目移りしつつも迅速に着替えを選んだシェリスが部屋を出るのを見届けると、海人とラクリアは話始めた。

「で、話とは?」

「まず……アイザックの、最期。まだ聞いてない」

 じっと、海人の顔を見つめる。

 先程聞いたのは、あくまでアイザックが狂った理由。
 それは非常に重要な話だったが、どんな最期だったのかも大事な話だ。

 何も気づいてやれなかった姉のせいで、弟がいかなる最期を迎えたのか。
 己の罪を明確にする意味でも、聞かないわけにはいかなかった。
 
「……刹那の一太刀で深手を負い、そのまま失血死した。
騎獣が死の淵で庇ったから即死は免れたが、十分致命傷だった。
私達が聞いた話は、彼が死ぬまでの時間に聞かされた物だ」

「死に顔は、どうだった?」

「満足げ、とはとても言えないが比較的穏やかだった。
あの年の子供としてはなかなか立派だったかもしれんな」

 息絶えた時のアイザックの顔を、海人はそう評した。

 海人が見たその表情は、静かだった。
 死への恐怖もなく、怒りもなく、悲しみもなく、ひたすらに平静。
 それだけ見れば、眠っているだけと勘違いしそうなほどに穏やかな顔だった。

「そう……」

 小さく息を吐きつつ、ラクリアは悲しそうに呟いた。

「……私さえしっかりしていれば、アイザックはああならなかったかもしれない。
お父様も、止められたのかもしれない……我ながら、情けない」

「違うな。君の弟の人格矯正の可能性はあったかもしれんが、父親の方は無理だっただろう」

「どうして?」

「君の父は全て承知の上で破滅の道を突っ走った。
その原動力が妻を殺された事に対する怒りでは、止まれるはずもない。
まして、真っ先に恨みをぶつけるべき人間はとうにこの世にいないんだからな」

 特に感情を見せる事もなく、海人は答えた。
 ラクリアの顔を真っ直ぐに見据え、ただ冷たく。

「……家族が理由を知った上で止めれば……」

「それで止まれるのなら、初めに止まっていただろうよ。
ついでにいうと、王子もああなってから止める事は難しかっただろうな。
彼もまた破滅を承知で好き勝手やっていたようだし。
君に何か出来るとすれば、殺して止める以外に道はなかっただろう」

 そこでいったん、言葉を切る。
 そして僅かな逡巡の末に、海人は言葉を続けた。 

「……そして、透明化魔法を上手く活用すればそれは可能だったはずだ。
あの二人も年中騎獣に乗っているわけではなかったはずだしな」

「……っ」

 海人の指摘に、ラクリアは思わず顔を歪めた。

 確かに、透明化魔法を使えば二人を抹殺して止める事は決して不可能ではなかった。
 ガルゼストやアロンドの嗅覚は厄介だが、例えば寝静まった頃に透明化して寝室の上に行き天井を崩せば、
暗殺できた可能性は高い。
 初撃による即死は免れるかもしれないが、続けざまに上位魔法を叩き込めば対応しきれるはずがない。

 もしかすると対応されたのかもしれないが、少なくとも試すに値する案ではあった。
 失敗した時に自分の命が消えるリスクと天秤にかけたとしても。
 
 それを見透かしたかのように、海人は静かに言葉を続けた。

「出来なかったんだろう? 家族への思いが強すぎて」

「……許されない事は、分かってる。王族にあるまじき、私情」

 華奢な拳を握り締め、言葉を絞り出す。

 父達を止められる手段を持ち、止めるべき理由も持ち合わせていながら止めなかった自分は、ある意味二人以上に救えない愚者だ。
 私情に溺れ、己に言い訳を続けて王家の義務を怠った大罪人。
 それこそがラクリア・ベルゼスティアード・トレンドラ。

 ――――握り締めた拳から、血が滲んだ。 

「やれやれ……最初に話を聞いた時から思っていたんだが……君の場合、王族という言葉が呪いにしか聞こえんな。
王族であるせいで父や弟を討たねばならず、王族であるせいで民の幸せを考えなければならない。
どこを見渡しても、君自身が望んでいると思える言葉が見つからん」

 自責するラクリアに、海人は冷淡な感想をぶつけた。

 ラクリアの言葉は確かに正論だったし、それを実行する意志力も痛い程に感じた。
 
 だが、同時にその意志からは義務感以外の感情も感じなかった。
 義務としてやらなければならない、というだけで義憤はおろか相手への敵意すら感じない。
 やるべき事、その理由を考えれば間違いなく他の感情も滲むはずだというのに。
   
 自分の内心がどうあれ、絶対にやらねばならないという義務感。
 自分の意思は関係なく、ただ突き動かされるその衝動。
 それはもはや呪いという他ない。

「だって……! 私達王族は、貴族は皆民の血税で生かされてる! 
だから私達は私情を殺して民の為に――!」

 涙を滲ませ、海人に言葉を返そうとして――気付いた。

 今言おうとした言葉こそが、まさに義務感であると。

 ルクガイア王女としての義務。
 民の税金で養われてきた者としての義務。
 祖父に徹底的に叩き込まれた王族としての義務感である。
 
 無論それは悪い事ではないが、  

「――君個人の本音は、そんな綺麗事ではないだろう?」

 静かに、だが柔らかい口調で語りかける海人。
 
 その労わるような声音はラクリアの脳髄に染み渡り、
長らく無視されていた部分を刺激した。

 それによってラクリアの体に震えが走り、嗚咽が漏れ始める。

「―――なんで、何でこんな事に……! 昔のお父様は卑屈だったけど優しかった……!
アイザックだって、次期国王なんだからって一生懸命頑張ってた……!
なのにどうして……どうしてこんな事に……!」

 堰を切ったように涙が溢れ出す。

 民の税によって命を繋ぐ存在が、我欲で民を害していいはずがない。
 それを行う者が王位にあるのならば、他の王族が処断せねばならない。
 これはルクガイア王女としてのラクリアの、偽り無き考えだ。

 ――しかし、一人の人間としての本音はそんな綺麗事ではない。

 昔は仲良く暮らしていた家族がなぜこんな事になってしまったのか。
 欠点はあれど美点も多かった家族が、どうしてこんな末路を迎えなければならなかったのか。
 家族の事を何一つ理解せず、何もできなかった自分だけが何故生き残っているのか。

 そんなやりきれない思いが、心の大半を占めている。 

「言い方は悪いが――――運が悪かった、つまるところそれだけの話だ」

「そんな簡単に片付け――」

「そうとしか言えんのだよ。世の中息子に才能が無くとも愛する親は吐いて捨てる程いるし、
才能が無くとも努力して補おうとする少年を愛おしむ者も多いだろう。
だが、あの二人は周囲にそれがいなかった。それだけの話だ。
ついでに言えば先王が早死にしなければ、世継ぎを産んでいれば――――過去の可能性を上げていけばキリがない」

 つらつらと、機械的に言葉を並べる海人。

 今回の事態を防げた可能性は、過去に遡ればいくらでもあっただろう。
 アイザックならば使用人の中に一人でも努力を認める者がいれば、そしてその声が彼の耳に届いていれば壊れずに済んだかもしれない。
 ゲイザーならば妻が殺されなければ、あるいは父親から愛情を注がれていれば、この顛末は防げただろう。
 そして先王の早世が無ければ――――ゲイザーも仲の良かったらしい兄諸共国を滅ぼそうとはしなかったかもしれず、
アイザックもまた親と接する機会を増やし違う道を歩んだかもしれない。

 だが、それは所詮過去の可能性にすぎない。

 そんな空想をしたところで、現在は変えられない。
 どんなに悔やんだとしても、やり直せるわけではない。

 ――――海人は妻を亡くした時に、それを身を引き裂かれる程に思い知っている。

 理解したところで、後悔が尽きるはずもない事も。
 最後には、自分でどうにか折り合いをつける他ないのだという事も。

 ゆえに、言葉を失い俯いたラクリアに海人は折り合いをつける為の小さな手助けをする事にした。
 
「無論こんな話で納得は出来んだろうが――――少しだけ教えてやろう」

「何を?」

「君の父は間違いなく満足しながら死んだ。私に言った言葉に偽りはなかったからな。
あれが最高の最期だとは言わんが、間違いなく満ち足りた終わりではあったんだろうよ」 

 苦笑しつつ、肩を竦める。

 あの時海人に礼を言ったゲイザーの表情に、偽りの色は無かった。
 本当に、彼にとってあの最期は満足できるものだったのだ。
 息子を殺した人間と分かっていながら、それでも感謝してしまう程に。

 もっとも、当然と言えば当然だ。

 派生的な目的は潰え、息子も殺されたものの、主目的は達成し愛する娘に看取られて最期を迎えた。
 何も成し得ず、孤独に死んでいく人間の多さを考えれば贅沢すぎる終焉だ。
 その所業を考えれば、まさに勝ち逃げのような死に様だろう。

 ラクリアはその言葉には思いのほか素直に頷いたが、その直後には肩を落としていた。
   
「……だとしても、アイザックは……弟はきっと私を恨みながら死んだ。
偉そうな事を言いながら、何も知らずに安穏としていただけの馬鹿な姉を恨みながら」

 俯き、歯を食いしばるラクリア。

 行いを諌めるたび乱暴に振り払われ、時には攻撃魔法まで浴びせられたが、事情を聞かされてみれば当然だったと思う。
 何も知らず周囲の良い顔しか知らなかった姉がただやめろと言ったところで、怒りを煽る以外の効果が生まれるはずがない。
 傍にいながら何も気づかず、理解しようとすらしなかった愚かな姉を、憎まなかったはずがない。

 ――そんなラクリアの考えを、海人は事もなげに否定した。 

「そうでもないと思うがな。死に際の話では、君への恨み言は一度も出なかった」

「……きっと、その前に力尽きただけ」

「やれやれ……ではもう一つ重大な事だが、恨まれていたのなら、なぜ君は何も知らずにいられた?」

 あくまでも淡々と、だがどこか優しさを漂わせながら語る。

 アイザックがラクリアを本当に憎んでいたのなら、母の死の真相や使用人達の本性をぶちまけているはずだ。
 何も知らぬ彼女にはこれ以上ない程のショックを与えられるだろうし、それに気付かぬ程馬鹿には見えなかった。
 仮に父に止められたのだとしても、それを無視して実行しない理由もない。
 既に命は捨てているつもりだったらしいし、どんな罰も恐ろしくないだろう。

 となれば、実行しなかった理由は一つしかない。

 ラクリアもそれを理解したのか、目を見開き体を震わせている。
 
「……憎しみがまるでなかったとは言わんが、それ以上に慕われていたはずだ。
おそらく君が何も知らなかったのも、何も出来なかったのも、家族に愛されていたからこそだろう」

 微かな哀れみを込めた眼差しで、そう締めくくる。

 今となっては想像にすぎないが、海人にはラクリアが何もできなかったのは、
張本人たちが誰一人として彼女に救われる事を望まず、徹底的に切っ掛けを排除した為に思えてならなかった。
 おそらく側近達も口を滑らさぬよう努力していたのだろう。
 そうでなければ、ここまで何一つ事情を知らぬままいられるはずがない。

 そう――――ラクリアは多くの者に愛され、それゆえに家族を救う機会を奪われてしまったのだ。

「う、うう……うああああああああああっ……!」

 感情の堰が完全に決壊し、ラクリアは泣き叫んだ。

 後悔の念が、脳裏を所狭しと駆け巡る。
 切っ掛けが無くとも、父や弟をもっと信じていれば、原因があると気付けたかもしれない。
 だというのに、自分は現状を嘆き父や弟をただ諌めようとするばかりだった。
 自分が家族からどれほど愛情をかけられていたのか、理解する事なく。
   
 もっと家族を信じていれば、もっと深く物事に思いを巡らせていれば――――過ぎ去った過去の可能性が、
ひたすらにラクリアを責め立てる。

 そんなラクリアを見ながら、海人は立ち上がった。
 そして彼女の側に寄ると、ゆっくりと頭を撫でた。
 柔らかい手つきで、穏やかに、優しく――――少しでも心を癒そうとするかのように。

 それが功を奏したか、次第にラクリアの様子は落ち着いていった。

「……落ち着いたか?」

「ん……ありがとう。……そうだ、これ、返す」

 涙を拭いつつ懐から海人から借りた魂の石を取り出し、返却する。

 忘れかけていたが、二人きりにした最大の理由はこれだ。
 シェリス達はこれの存在を知ってはいるが、袋に入れていた為個数も粒の大きさも知らない。
 海人に余計な迷惑をかけないように返却するには、この方法しかなかったのである。 

「確かに。ふむ、やはり面白い石だな。魔力が入っただけで石の艶そのものが変わるとは……」

「それがその石の本来の姿。ただ、一ヵ月ぐらい新しい魔力を入れないとまた元通りになるはず」

「そうか……まあいい、当分は楽しめる。にしても……やはり素性が気になるな?」

 悪戯っぽく、訊ねる。
 無論本気ではなくただの冗談だったのだが、意外な言葉が返ってきた。

「……知りたい?」

「出来ればな。ただの好奇心だが」

「誰にも言わないと誓えるなら、教えてもいい。話を聞いてもらった、お礼」

 愛らしい顔立ちに小さな微笑みを浮かべ、問う。

 本来口約束程度で漏らしていい秘密ではないが、不思議と海人ならば大丈夫な気がしていた。
 皮肉気な態度の割に甘さを消しきれていないこの男なら、信用できるだろう、と。 

「誓おう。私とて人様の秘密を触れ回る程恥を知らんわけではない」

「ん…………私達輝石族が死ぬ時、幾つか条件が揃っている時、稀に額から宝石が外れる事がある。
それがその石。今となってはルクガイア王族に僅かに伝わっているだけだけど……《魂の石》と呼ばれてる」

「条件?」

「詳しい基準は分からないけど……極限まで魔法の修練を積んだ輝石族が充足感に包まれながらその生涯を終えた時、と言われてる。
輝石族が激減した時代現れなかったのは、皆無念を抱えて死んでいったからだとも」

「ふむ、随分と曖昧な基準だな。となると……ひょっとしてあの時驚いていたのは」

「これが、お父様の額から転がり落ちたから……何百年も、新たな石は生まれてなかったのに」

 言いながら、父の額から転がり落ちた魂の石を見せる。
 ラクリアが今持つ他の石に比べて小さいそれは、優しげに七色に輝いている。
 
 ある意味、父は最後の最後で偉業を成し遂げた。
 《魂の石》を遺すという偉業を。
 
 伝えられている条件は、あくまでも最低条件。
 それを満たさなければ石は外れないが、満たしたからといって必ず外れるわけではない。
 事実、ここ数百年ルクガイア王家で新たな石が生まれた事は無かった。
 大きな戦争の直後など、貴族の誰もが有事の為に魔法の修練に励み続けながら平和が続き、
多くの魂の石が生まれていてもおかしくなかった時期もあったというのに。

 その稀少性という点では、本人の意思とは関係なくとも偉業に分類されるだろう。

「そうか……それで、君はこれからどうするんだ?」

「予定通り。これからルクガイアを支配する国々を見極めて、その上で行動を決める。
王族として……最後の責任ぐらいは、果たさないと」

 瞳に強い決意を湛え、ラクリアは宣言した。

 父や弟達にいかなる事情があったと知ったところで、やる事は変わらない。
 ラクリアは個人であると同時にルクガイアの王族でもあるのだから、
今までルクガイアの民の税で養われてきた分は働かなければならない。
 シュッツブルグ、ガーナブレスト両国がルクガイアを平和に治められるのならそれでいいが、
不当な冷遇を受けるのであればルクガイアの民の先頭に立って反乱を起こす必要もあるかもしれない。

 滅亡したとはいえ、果たすべき仕事は残っているのだ。

「そうか、頑張ってくれ。それと、君の騎獣の傷が癒えるまでは泊まってくれて構わんからな。
これからも長い付き合いになる相棒だろうし、労わってやれ」

「うん、ありがとう……あの、もしシェリスさんの下につく事になったら、時々顔出していい?」

「む、何故だ? 他に知り合いも出来るだろうし、そちらと交流を深めた方が……」

「我儘かもしれないけど……たまには、素に戻りたい」

 ふう、と息を吐く。

 ラクリアの素の態度はお世辞にも社交的ではないので、これからも隠していく必要がある。 
 ここまで無愛想な態度は、気分を悪くする相手がかなり多いはずなのだから。 

 とはいえ、久方ぶりに素に戻ると随分気が楽になった事も事実なので、時々は戻りたい。
 
 が、幸か不幸か、最期の父と話した際口調は素に戻ってしまったものの、おそらく態度が悪い事まではシェリス達にはバレていない。
 口調の変化も、驚愕から家族用の言葉遣いになってしまったとしか思われていないだろう。
 評価を下げない為にも、素の態度は隠しておいた方が良い。

 そうなると、素のラクリアを知る者はこの屋敷の住人のみ。
 素の自分を隠すつもりである以上、息抜き場所としてはここが最適なのだ。
  
「なるほど。いっそ素のまま過ごしてみるというのもありだと思うが……まあいい、いつでも遊びに来い」

 納得した海人が快く頷くと、ラクリアは嬉しそうに微笑んだ。
























 シェリスとローラは宛がわれた部屋で、静かに紅茶を啜っていた。
 
 茶葉、ティーセット共に創造魔法で作られた最高級品、淹れ手はローラ。
 極上の茶を楽しむには部屋の内装が些か物足りないが、贅沢を言ってはキリが無い。
 それに、わざわざ雫が茶菓子まで持ってきてくれたのだから、文句を言っては罰が当たる。
 
 そんな感想を抱きながらシェリスは口を潤し、横に侍る部下に声を掛けた。  
 
「……さて、伸び伸びになっていたけど、あの時王を取り逃がした理由を聞こうかしら?」

「大した話ではございません。
王女と王が話していた際、王は罵倒しつつも口調に不自然さが滲み、目には慈愛さえ漂っていました。
加えて、王女は初めお会いした時から口調を含め態度全般に僅かな不自然さ――――演技の色がございました」

「……まさか、示し合わせて逃がすつもりかもしれない、とでも考えたの?」

「いえ、前後の状況からしてそれは無いと考えました。
ですが、王女の攻撃の手が途中で鈍る可能性は考えました。
それがどの程度の確率かを見極める為に観察していたのですが……」

 淡々と、失態の理由を語る。

 状況から判断してラクリアとゲイザーが揃って何かを図っている可能性は無視できたが、
ラクリアの中に言葉とは裏腹な感情がある可能性は否定できなかった。
 
 だとすれば何かの拍子にラクリアの動きに迷いが出る可能性がある。
 その可能性を見極める為に彼女の表情を観察していたのだが、
困った事にほぼ完璧に近い演技が感情を覆っていた。

 そして僅かに滲み出ている情報を集めながら分析している間に、
 
「その間に思わぬ方向に状況が動いてしまった、と。まあ、流石にあの展開は予想できないわよね」

 シェリスが疲れたように息を吐く。

 正直、あの状況でラクリアが集中して狙われるとは考えていなかった。
 確かに厄介な魔法使いだろうが、フェンの機動力を考えれば仕留めるには時間がかかる。
 それよりはどうにかこうにか攻撃をしのいでいたシェリスを狙う方が良い。
 頭数を減らせば、その分戦いやすくなるのだから。

 あの時持っていた情報では、ラクリアが真っ先に狙われる可能性は低かったのだ。
 
「失態は失態です。申し訳ございませんでした」

「別に構わないわ。そのおかげで気になる話も聞けたわけだし」

 微笑む瞳に、獲物を狙う狩人の如き光が宿る。

 そう、おかげで興味深い話が聞けた。
 海人達のおかげで実害も出なかったのだから、結果としては上々だ。

「魂の石、とやらの事でしょうか?」

「ええ。まさかあの数であの子達を突破するとは思わなかったもの」

 紅茶を啜りながら、楽しげに呟く。

 ゲイザー達を追う道中、シェリスは見事に蹴散らされた部下達の姿を見た。
 どうにか生き延びはしたものの、消耗しきって動けなくなった姿を。

 確かにゲイザー達は脅威的な相手だったが、ローラがその数を激減させていた。
 各々が跨る騎獣の機動性は確かに恐ろしく、魔法の威力も脅威だったが、
それでもローラの地獄の訓練を毎日のように受けているメイド達が突破される、
ましてボロ負けするなど考えてもいなかった。

 そうなった原因は、唯一つしか考えられない。

「破壊痕とあの子達の証言からすれば、おそらく効果は魔法効果の飛躍的な増幅。
確かに興味深い話ですね」

「ええ、どんな物かは分からないけど、折を見て王女に探りを入れる価値はあるわ」

 再び、紅茶を啜る。

 話からしてルクガイア王家に代々伝えられた石なのだろうが、
あれだけの増幅効果を持つ石ならば是非とも手に入れたい。
 未だ発見されていない宝石なのか、はたまた特殊な製法によって脅威的な増幅効果を持つのかは不明だが、
どんな物なのか知っていれば調べる事は出来る。
 
 もしそれを新たに手に入れる事が出来るのであれば、まさに僥倖。
 飛躍的な戦力増強が期待できる。
 
 石の存在を黙っていた事からして容易に聞き出せはしないだろうが、
これから信頼関係を築いていけば可能性は十分にある。  

「意外に、カイト様も御存知かもしれませんが。
二人きりで話されていた際にどんな会話が交わされたのかも現状不明ですし、
今どんな会話をなさっているのかも不明ですので」

「カイトさんと王女、どちらの方が御しやすいかしら?」

「……なるほど」

 楽しげに笑う主に、小さく頷きを返す。

 海人が知っている可能性はあるかもしれないが、あれは尋常ならざる曲者だ。
 色々と譲歩してくれてはいるが、彼本人が定めたラインを越えた譲歩は絶対に望めない。
 ラクリアから口止めされていれば、まず頑として口を割らないだろう。

 対してラクリアはいくらでも翻弄できる。
 頭は悪くないのだろうが、いかんせんシェリスとは人生経験が違いすぎる。
 彼女相手ならば、探られたと悟られぬよう情報を引き出す事も不可能ではない。

 ゆえに、海人が知っていようがなんだろうが探るべき相手はラクリアにしかなりえない。 

「……でも、あの魔法に関してはカイトさんに交渉する以外ありえないのよねぇ……」

 天を仰ぎ、脱力する。

 今回見せてもらった遠隔視や伝声の魔法。
 あれは、何としてでも手に入れたい魔法だ。
 遠隔視は斥候兵の危険を劇的に下げられるし、伝声の魔法は情報伝達速度の桁を二つ変えかねない。
 どちらも国によっては兆の単位の金を払ってでも手に入れたがる代物だ。

 あれの価値に比べれば、魂の石とやらでさえ道端の石ころと変わらない。
 
 だが、それの開発者は他ならぬ海人。
 あの秘密主義者が教えてくれるとはとても思えず、刹那達から聞き出す事も現実的ではない。
 
 極上の御馳走が目の前にありながら食べる事が出来ないようなものだ。
 しかもその影には見えている数百倍以上の御馳走が隠れている可能性さえもある。
 
 正直、泣きたい気分であった。

「当面、考えるだけ無駄かと。信頼を強めていただく事が一番の近道でしょう」

「それは分かってるんだけど……そうね、折角大きな問題が一段落したんだし、無駄に頭を悩ませる意味もないわね。
湯浴みでもして気分をさっぱりさせましょう」

 軽く頭を振って、思考を切り替える。

 海人から着替えは貰ったものの、体自体は汗だくのままだ。
 服を変えた分べたつきは少なくなったが、肌触りはあまり良くない。
 なにより一通りの仕事が終わった以上、体臭が強まっている現状は許容できなかった。
 
 幸い、ここは元々シェリスの手持ちの物件だったため、わざわざ刹那達を探して浴室まで案内してもらう必要もない。
 しかもここの浴室の一つは広く造られているので、そこならば伸び伸びと体を洗える。 

 気分転換にはもってこい。そう考えながらシェリスはローラと共に浴室へ向かった。
 

























 ラクリアが部屋を出て少しすると、不意にドアがノックされた。

「海人さ~ん、ちょっと良いですか~?」

 返事を待つ事もなくそのままドアを開ける雫。
 すかさず、背後にいた刹那の拳骨が妹の頭に落下した。

「訊ねながらドアを開ける馬鹿がどこにいる。海人殿、少しよろしいでしょうか?」

 痛みに転げまわる妹を足で押さえつつ、海人に伺いを立てる。 

「構わんよ。何か用か?」

「……その、御怪我の具合はどうかと思いまして」

 申し訳なさそうに、自分がへし折ってしまった海人の肋骨へと目を向ける。
 
「ああ、綺麗に折れていたし固定しておけば問題ない。
君こそ、右手は大丈夫か?」

「ええ、御覧の通り何の問題もございません。
死なない限りは能力を使えば元通りになりますので」

 苦笑しつつ、再生した右腕をヒラヒラと振る。

 見るも無残に食い千切られた右腕であったが、今は何事もなかったかのように存在している。
 むしろ再生した事で肌艶が良くなったぐらいであった。
 流石に、一緒に食い千切られた袖までは再生していないが。

「まったく、あの生地を食い千切るとは大した化物だったよなぁ……で、本題はなんなんだ?」

 海人はじっと、二人を見つめた。

 部屋に入ってきた時から、二人の様子はおかしい。
 雫は普段なら必ず守る礼儀を無視したし、刹那も何か言いたげな様子だ。  
 今の話とは別の、何か言い出しにくい本題がある事は察せられた。
 
 数瞬の沈黙の後、刹那がおずおずと口を開いた。

「……国王に酒を渡されたでしょう?
カイト殿にしては妙に同情的というか……敵への処置が甘い気がしたのです」

 海人の性格からして、敵に情けをかける事はほぼありえない。
 普段は比較的穏やかだが、敵に対する冷酷さは尋常ではないのだ。
 
 ラクリアと初めて会った時に遭遇した男達は生きてはいるようだが、
あれは町中という状況と他人事に首を突っ込んだからこその処置だろう。
 それでさえもあの後聞いた話からするといっそ殺された方がマシそうな洗脳を施されたらしいので、
容赦という言葉とは無縁だ。

 根は甘いので、王子のようにすぐ死ぬか少しして死ぬかを選ばせる程度ならあってもおかしくは無いと思えたが、
王のように止めが必要かどうかも聞かず酒を渡すのは、妙にらしくないように思えたのだ。

「その後共感を覚えなくもない、とも言ってましたしねー」

 軽い口調で付け加える雫に刹那が鋭い目を向けるが、窘める様子はない。
 どうやら彼女もその言葉が引っ掛かっているらしい。

「……その口ぶりからすると、察しはついてるんじゃないか?」

 皮肉気な、それでいてどこか悲しそうな笑みを浮かべる。

「……やはり、海人殿も同じ道を歩むかもしれない、という事でしょうか」

 一拍間を置き、刹那は静かに言葉を紡いだ。

 アイザックからゲイザーが狂った理由を聞いた時、刹那と雫は真っ先に海人を連想した。

 身内に非常に甘く、それでいて敵には一切の情け容赦をかけない男。
 それが何者かに身内を理不尽に奪われたらどうなるか――少なくとも、良い光景は思い浮かばない。 

 そして海人はそれを軽い調子で肯定した。

「同じ目にあわされれば、確実にな。私は狭量だし、執着心も並外れて強い。
大事な人間を理不尽に奪われれば、間違いなくトチ狂う。我ながら女々しいとは思うがな」

「……あたし達が海人さん守って殺された場合はどうなると思います?」

 おどける海人に、雫がようやくここに来た本題を持ち出す。

 自分達は、護衛だ。
 それこそ身を盾にしてでも海人を守る事が役目である。
 今回は刹那の右腕が食い千切られただけで済んだが、次が吸血族でも再生不可能な頭でない保証はない。

 その時海人がどうなってしまうのか、それが怖かった。

 勿論自分達は海人の伴侶ではないし、殺されたとしても衝撃は極端に強くはないかもしれない。
 だが、そもそも根が甘く何よりも身内を大事にする海人の事、楽観など出来ようはずもない。
 悲嘆から正気を失ってしまう可能性は、十分過ぎる程に高い。
 
 そして――――その懸念は、見事に的中していた。

「最低でもそれに直接関わった連中は、生まれてきた事を心底後悔させた後に皆殺しだろうな。
その後どこまでやるかは分からん」

 肩を竦め、予想を語る海人。

 仕掛けてきた人間を嬲り殺す事は、もはや確定事項だ。
 それをせずして自分の激情が収まる事などありえない。
 
 だが、それをやったところで収まるとは限らない。
 それを育てた親類縁者、果てはそれを育てた国の風土すら憎み、叩き潰す可能性もある。

 ――――そして、後先を考えなければそれらは容易に実現出来てしまう。

 いざそうなった時にどこまでやってしまうのかなど、分かりはしなかった。
 理性さえ失ってしまえば、どこまでもやれてしまうのだから。
 
「……拙者共が復讐など望まないとしても、ですか?」

「やれやれ、どうも私を過大評価をしているようだな……いいか?」

 一呼吸置き、言葉を続ける。 

「君たちに限らず、私は誰かの為の行為などそうそう考えられんし、考える気もない。
雫が言った場合にやる行為は、いわば私から大事な者を奪った連中で憂さ晴らしするだけの事だ。
君らの意思なぞ関係ない。私がやりたいからやる。それだけだ」

「やっぱ歪んでるなぁ……」

「今更だな。ま、復讐に限らず私の行動方針は基本的にそんなものだ。
やりたいからやる。やりたくない事はやらない――――むう、改めて考えてみるとガキ丸出しだな」

 腕を組み、軽く唸る。
 言葉にしてしまうと、一応成人している割に子供っぽい行動方針に思えた。
 もっとも、今更生き方を変えるつもりなどさらさらなかったが。

「ほーんとガキですよねぇ……ま、あたしも同じですけどねー♪」

 けけけ、と楽しげに笑う雫。

 そんな二人の様子をよそに、刹那は一人悲しげに目を伏せていた。
 それを目聡く見つけた海人は、達観したかのような口調で、

「……刹那。幻滅したのなら、まだ引き返せるぞ。
色々渡しすぎた気はするが今回はなんのかんので命を救われたし、
退職金代わりと思えば記憶操作などもする必要は――――」

 言いかけた言葉を、海人は途中で飲み込んだ。
 刹那から発せられた、凄まじい迫力に気圧されて。
 
 威圧感とも圧迫感とも違う異様な迫力を漂わせながら、刹那は静かに口を開いた。

「……海人殿。申し訳ございませんが、拙者の話を聞いていただけますか?」

「はい」

 命じられたわけでもないのに、思わず正座してしまう海人。

 未知の体験であった。
 刹那の表情は瞳こそ激情を示す真紅に染まっているが、他は平易だ。
 鬼の如き怒りが浮かんでいるわけでもなく、凄味のある笑顔でもない。
 
 が、それでいて逆らう思考を消滅させられる。

 今命じられたら素直に己の首にナイフさえ突き立ててしまいそうな、そんな感覚。 
 それを強引に乗り越えて逆らっても、次の瞬間には殴り飛ばされて頭が消し飛んでいそうな恐怖感。
 こんな精神状態は、無駄に人生経験豊かな海人でさえ今まで一度も体験した事が無い。
 
 無駄な足掻きとは思いつつも視線で雫に助けを求めるが、

(うっわ、久しぶりだなぁ……この状態のお姉ちゃん)

 雫は目を逸らしながら、こそこそと部屋の隅へと移動を始めていた。
 生真面目で礼儀正しく基本的にからかいやすい要素が揃っている刹那であるが、この状態の時は理不尽なまでに無敵だ。

 一番凄まじかったのは、十歳の雫の前で夫婦の営みを披露してしまい、挙句開き直った両親に説教した時だ。
 あの時は三時間程説教を続け、最後に反省の色が無い、と簀巻きにして滝に叩き込んだ。真冬だったというのに。
 しかも反省の色が無いと断じられたのは、ボロい床材が足に刺さって痛い、と小声で訴えたせいだった。
 衝撃的映像を目撃して目が冴えてしまっていた雫はその一部始終を目撃し――こうなった姉には極力関わるまいと心に誓ったのだ。

 なので、雫は部屋の隅で合掌しつつ海人の無事を祈った。
 直前に逆らっちゃ駄目です、というジェスチャーも付け加えて。

「まず申し上げておきますが、先程黙っていたのは断じてあなたに幻滅したからなどではありません。
思わず殴り倒しそうになるほどのとんっっっでもない勘違いです……!」

 ブルブルと拳を振るわせながら、怒りを強引に押し殺したかのような声を出す。

 海人はまるで噴火寸前の火口でも眺めているような錯覚に駆られつつも、
どうにか言葉を絞り出した。
 
「げ……幻滅したのでなければ、なんであんなに沈んだ表情をしていたんだ?」

「力がまだまだ足りない、と確信できたからです。
海人殿から色々といただきながら、拙者共の力はまだまだ足りません」

「……どういう意味だ? 今の君なら上位ドラゴンだって余裕だろう?」

「拙者も雫も、貴方を狂わせたくはありません。
ならばいかなる相手でも貴方をお守りしつつ、自分達も確実に生き残る力が必要です。
その為には今の力ではまだまだ不足――――だから、落ち込んでいたのです」

「あー……私の我儘勝手な行動方針はなんとも思わなかったのか?」

「海人殿の方針が真に我儘勝手とは思いませんし、なにより自分の意思で動いているのは拙者とて同じ事です。
その程度の事で幻滅などするはずもありません。正直、あの言葉は拙者にとって侮辱以外の何物でもありません」

 ギロリ、と睨み殺さんばかりの眼光を向ける刹那。

 久しぶりに、本気で腹が立っていた。
 自分は、海人がどういう人間であるかは百も承知で仕えている。
 とても全てを知っているとは言い難いが、それでも海人の非情さの片鱗程度は知っているし、
ここしばらくで性格の悪さも色々と知っている。
 それらを含めた上で、海人という人間に喜んで仕えているのだ。
  
 だというのに当の本人はまるで気付かず、たかがあの程度の事で幻滅されたか、と勝手に思ってしまう。
 正直、もう少し理性の箍が緩んでいれば胸ぐらをつかんで往復ビンタ後、折れた肋骨の辺りをぐりぐりと攻め立てているところだ。

 そんな刹那の思いが伝わったのか、はたまた気迫に圧されたのか、
 
「……す、すまん」

 海人はらしくもないほど素直に謝罪した。
 それを聞いて、刹那はようやく得体の知れない迫力を収めて笑みを浮かべた。

「分かっていただければ構いません。それに、分かっていただく努力を怠っていた拙者にも非があります。
この際ですから明言しておきますが――――拙者は、貴方が不要と仰らぬ限りいつまでもお傍にいさせていただきたいと思っております。
例えこの先何をなさろうと、地獄の底までお供いたします」

「あたしも同じですよー」

「む……ありがとう。正直、かなり嬉しい」

「そう言っていただけるのなら、拙者も嬉しいです」

 心底嬉しそうに笑う刹那。
 凛々しい印象の彼女だが、微笑む姿はどこか可愛らしい。

 だが、海人はそういう相手こそからかいたくなるという困った性分の持主であった。

「とはいえ……刹那に言われっぱなしというのは些か悔しいな。
少しばかり仕返しをさせてもらおうか」

 にや、と意地悪そうな笑みを浮かべる。
 
「む、何をなさるおつもりですか? ま、まさか今更オーガスト殿に対する失言の罰を……!?」

 不吉な予感を感じ、後退る刹那。
 一度罰しないと言った事を蒸し返すのは些か大人気ないのではないか。
 そんな事を思っていたが、海人はあっさりと否定した。

「こらこら、私を何だと思っている。そんな前言を翻すような事をするはずがないだろう?
あれに関して咎める気は一切ない」

「ほほう、それなら何するつもりなんですか?」

 雫が性悪そうな笑みを浮かべながら、海人に問う。

「別の罪状がある。君が引き離された時の罪状がなぁ……」

 不敵に笑いながら、手をわきわきと蠢かす。
 おおよそ最悪級の罰の準備である。

「あ、あのそれは流石に……雫が引き離されたのは雫の落ち度であって拙者の落ち度では――」

「それではない。雫、君の姉は私を背負って王子達と戦ったんだが、どう思うかね?」

「は……? ちょ、ホントお姉ちゃん!?」

 目を見開きながら、姉に詰め寄る。
 その顔には驚愕が張り付いており、普段の彼女らしからぬ真剣味が滲んでいる。

「あ、ああ。海人殿をお守りしつつ、援護もしていただける、
思いつきにしては良い作戦だったと思うんだが……」

「……自覚なーし。こりゃくすぐり一時間確定ですねー」

「だろう?」

 はっはっは、と笑い合いながら、海人は刹那に更ににじり寄り、
雫は今から行われるであろう罰を見物するためにやや離れた椅子に腰かけた。

「ちょ、何故ですか!?」

「くっくっく……自慢ではないが私は貧弱だ。それこそ肉弾戦で殴り合ったらラクリア王女にも負けるかもしれん程にな。
身体能力的にはどーしようもない程に脆弱なのだよ」

 男としてやたら情けない事を、むしろ誇らしげに語る海人。

「そ、それは承知していますが……」

「あっはっはー。そんな人間がカイザーウルフと対等以上の機動性で暴れ回る化物の背中でぶん回されたらどうなるかなぁ、お姉ちゃん♪」 

「……あ!?」

 言い逃れ出来ぬ罪状にようやく気付き、刹那は目を見開いた。

「分かったようだな。私では肉体強化の限度を大幅に超えなければしがみついている事さえままならなかった。
明日からしばらく強烈な筋肉痛が続くだろう……というか、今でさえもかなり痛いんだぞぉぉぉっ!?」

 目を見開き、涙を滲ませながら絶叫する海人。

 一応刹那は持ち前の武才により加速魔法を器用に使いこなして海人への負担も極力軽減していたが、
なにしろ超高速で縦横無尽に動き回っていた。
 海人の通常の肉体強化では首が折れかねず、それ以前に強烈なGで意識が飛ぶ可能性もあった。
 
 それを防ぐためには肉体強化の限界突破が必須であったが、
無茶な強化を続けた彼の肉体は身を引き裂かんばかりの筋肉痛が襲い掛かっている。
 隠れて鎮痛剤を飲んだため痛みはかなり緩和されているが、それでも痛い。

 実のところ、この屋敷で話す事にしたのもシェリスの屋敷に行けば気力が尽きて今日中に帰れなくなる可能性があったためだ。
 碌に活躍しなかった手前見栄を張って平静を装ってはいたが、海人はかなりのダメージを負っていたのである。
 
「も、もももも申し訳ございませんでした! に、二度と、二度とこのような馬鹿げた案は……!」

「いや、一応相手の速度を考えたら最善の案だったと思うぞ?
私から引き離されないように気を付けながら戦うより、あの方がより確実に守れる。
後は怖いが、命あっての物種だしな」

 素の表情に戻り、刹那の言葉を否定する。

 事実、作戦それ自体は悪くなかった。
 あれならば短期決戦で片付けられるし、海人と引き離される可能性も無い。
 敵の速度を考えれば、間違いなく良案であった。

「で、でしたら……」

「うむ、咎める理由はあまりないな……理解した上でやったのなら、だが」

「う……」

 冷たい目と共に放たれた海人の言葉に、刹那は黙らざるをえなかった。
 
 生み出す結果を承知でやったのなら戦術だが、知らずにやったのならばただの無謀だ。
 結果はともかく、護衛としては大失態という他ない。

「納得できたようだな。さて、それでは久しぶりに地獄を見てきてもらお――――」

 言葉の途中で、海人の部屋のドアが鳴った。
 ガンガンガン、と三回連続で殴りつけるような音が。 

 そしてその直後ドアが蝶番を破壊せんばかりの勢いで開いた。 

「カイトさん? 伺いたい事があるんですがよろしいでしょうか?」

 そう言いながらシェリスはずかずかと部屋に入り、海人に詰め寄った。
 礼儀正しい淑女たる彼女にしては極めて珍しい態度である。

「ど、どうしたシェリス嬢!? 返事も待たずドアを開けるとは君らしくないぞ!?」

「ふ、ふふふ……私、我慢したんですよ? 見せていただいた手札はなんとしてでもお譲りいただきたいものですが、
カイトさんの性格からして無理でしょうし、なにより今回はお世話になりっぱなしでしたので、
今日は一切詮索するつもりはなかったんですよ? ……でも、その後止めを刺されてしまっては、仕方ないですよね?」

「ちょ、ちょっと待て何の事だか……!?」

「ほほう、白を切りますか……どおぉぉぉぉやって浴室のあんな大改造をなさったんですか!?
良い職人の伝手もないはずの貴方が、私を介する事もなく、この短期間で、どうやってあんな芸当をやってのけたんです!?
まさか自分でやったとか仰らないでしょうね!?」

 凄まじい剣幕で海人に詰め寄るシェリス。

 それを眺めながら、海人達主従は遅まきながら自分達の失態に気が付いた。
 考えるまでもなく、専門の職人を雇いでもしなければあんな見事な檜風呂を仕上げる事は不可能だ。
 しかもヒノクニならともかく、需要が少なく見本すらないこの国では作れる職人の数は極少数。
 
 風呂の事がシェリスに知られればどうなるかなど、分かりきった話であった。

 とはいえ、今更そんな事を考えたところで後の祭りだ。
 現実にシェリスには知られ、なにやら暴走を引き起こしている。
 彼女なら即興の嘘程度はたちまち見破ってしまうだろうし、
仮に騙せたとしてもその後ろに控えるローラの目まではごまかせない。

 海人は少し考えた末に、

「………………頑張った! 以上!」

 文句あるか、とばかりに堂々と胸を張り、白を切った。
 色々考えたが、シェリス相手にこれ以上の方法は思いつかなかった。

「それで納得すると思いますかぁぁぁぁっ!? 良い機会です! 一度じっくり話し合いましょう!
具体的にはどれほど幅広い芸をお持ちなのかとか私の為に使ってくれる芸がどれだけあるのかとかぁっ!」

「私に微塵も利益が無いんだが!?」

 かつてない剣幕のシェリスに気圧されながらも、しっかりと言葉を返す海人。

 シェリスは更に芸術的なまでの舌の動きを披露しつつ追い詰めんとするが、すんなりとは進まない。
 海人もまた巧みに言葉を操り、シェリスの猛攻をのらりくらりと回避しつつ時折反撃に転じている。

 やいのやいのと賑やかに怒鳴り合っている二人を見ながら、外野は暢気な会話をしていた。

「……これで、口論が終わったら気が削がれて罰が減刑されるとか、あると思うか?」

「どうだろうねぇ……むしろ、逆にこれのストレス解消兼ねて罰を増やされるかも」

「何をなさったのかは存じませんが、正当な理由があるのなら罰は甘んじて受けるべきかと。
どうせカイト様の事ですから、死の危険がある罰ではないでしょう」

 そう淡々と正論を語るローラに、刹那が恨めし気な目を向けた。

「……死の危険は無くても、発狂する危険はあるのですが」

「海人さんのくすぐり、本気で悪魔の技だからねー」

「あら……それは興味深いですね。後学の為に見学させていただきたいところです。
早速、口論を止めて見学許可を―――」

「待てぇぇぇぇっ!?」

 碌でもない目的の為に二人を止めに入ろうとしたローラを、刹那が強引に止める。
 
 意外に解説好きな海人の事、もしもローラが許可を取ってしまったら懇切丁寧に教える可能性がある。
 そうなれば解説用に使われるであろう自分の正気が危ない。

「やりすぎないよう進言はいたしますので、放していただけませんか?」

「保証がない! どうしてもと言うのなら拙者を倒してからにしろぉっ!」

 宣言し、ローラへと拳を構える刹那。
 血走ったその目には、不退転の決意が宿っていた。

「……そこまで必死になるとは。是が非でも見たくなりました。御覚悟を」 

 刹那の決意に応えるかのようにローラもまた拳を構え、刹那へと襲い掛かっていった。 



















 海人の部屋で巻き起こる騒動の音を聞きつけたラクリアが部屋を覗き込むと、
そこでは混沌とした状況が繰り広げられていた。
 
 部屋の奥ではシェリスと海人が互いに唾をかけ合いながら激論しているし、
手前の方では何故か刹那とローラが凄まじい速度で殴り合っている。

 凄まじい迫力のせいか、一緒に来たフェンが若干怯えている。

「……あの、何の騒ぎ?」

「あっはっは、いつも通りのじゃれ合いです。メンバー違ってますけどねー」

 目の前の狂乱を、楽しそうに見物する雫。
 
 その間にも海人達の口論は激しさを増し、早口すぎて聞き取れなくなっていき、
刹那達の殴り合いにいたってはもはやラクリアの動体視力では捉えきれない次元に達している。

 絵画として題するならば人外共の狂乱、と言ったところだろうか。

「……凄い環境」

 目前の状況を見ていると、顔を出したいというのは早まったかもしれない、と思ってしまう。

 海人達の超高速の口論にはついていけそうにないし、刹那達の殴り合いに巻き込まれたら一撃で木端微塵。
 これが日常と称されるのなら、自分ではとても身が持たない。

 が、その一方で真逆とも言える感想も抱いていた。

「んふふ……でも、楽しそうでしょ?」

 見透かしたように笑う雫に、ラクリアもまた微笑みながら頷きを返した。




























テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

頑張れ、超頑張れ。
大丈夫きっともっと書けるはず。

今回も楽しめました。
次回はもっと期待しておきます。
[2011/10/30 01:39] URL | 終夜 #2NFEem4w [ 編集 ]


更新お疲れ様です!そして祝・第5部完結!
いや、なんとなくでページ開いたら更新されてて驚きました……
まあ、読み手としては嬉しい限りなのですが

今回、序盤は少し暗めの話だったので終わりがシリアスなのは珍しいなとか思ってました
そしたらシェリス壊れたwww
海人は劣化版でいいから一家に一台欲しいほどのスペック持ちですもんね
まあ、海人本人が一家に一台あった場合世界が変わってしまいますが

途中で授業の話が出てましたね
自分の中では海人先生の授業風景に興味を持っていましたが……
なんか変な生徒が出てきそうですね
期待できることが増えて嬉しいです

毎度のことながら海人の構築する人脈の質は凄いですね
一流傭兵から超有能暴走貴族に化物メイド、それに一流?冒険者ときて元王女って
どれだけの権力があっても作ろうとして作れるメンバーじゃねぇ!

では、次回の更新というか第6部も楽しみにしています
[2011/10/30 03:41] URL | 華羅巣 #zR7lJLBY [ 編集 ]


今回は思ったより早かったですね。次回も楽しみ待ってます。

頑張れシェリス嬢、貴女への警戒も段々と緩んでる。もう一……千息くらいだ!
[2011/10/30 04:44] URL | kuro #LEUra8kw [ 編集 ]


最近このブログsmoopyで読み込めないんですが何かありましたか?
[2011/10/30 05:10] URL | てst #wLMIWoss [ 編集 ]


途中で、紅茶が緑茶になってますがな。
風呂でフラグが立つかと思えば、これですか。シェリスは入浴した後なのだろうか、ちと気になる。

は兎も角として、ふぅむ。これは先々代ジジイ王と言うよりは、石の大きさ一つが全てに隔絶して優先する輝石族の根本問題である原因だと見ましたね。その認識が輝石族に広まらねば、同じ歴史の繰り返しでしょうが、根深くて是正は困難を極めるでしょう。
でも、経緯を公表したりするのか?、と疑問。結果として、ゲイザー達が元からクズだったから、石も小さかったし、とスルーされて元の木阿弥に陥るのかと。

でもその話の筋では、一章どころか三章四章で済めばマシな泥沼な話の展開に成るでしょうし、巧く行かなければ、輝石族を民族浄化(独立していた民族人種国家だったからそれ以上か)に迄話が突き進みかねない。そんなヘビーな話を書くのには作者への負担がとんでもないきつい物に成るでしょうし、ラノベっぽくないですよね。いやそれでも書く、という事であっても嬉々として読み耽らせて頂くのではありますが。

前話からするとシェリスは是正に向けて動くらしいですが、筋肉痛の主人公共々、作者様も含め御苦労様です。
[2011/10/30 15:17] URL | K #xkV7C90E [ 編集 ]


はじめまして

こないだ「白衣の英雄」を知り、第52話までいっき見、
今日、更新された第53話を読みました。

めちゃくちゃ面白く、もう一回1話から見直しています。

次回も楽しみです。頑張ってください。
[2011/10/30 17:13] URL | ひらきょん #- [ 編集 ]


第5部完結おめでとうございますw

>>ルクガイアの闇
・・・つまりアレだなぁ、環境が悪かったという事なんだろうなぁ・・・。
ひとまず国が崩壊する原因の1つになった、元使用人たちの再教育はきっちり
しないといけませんねぇ。
(それこそローラさんのしごきクラスのを・・・フフフ)

>>刹那さんマジ無敵
本気で怒った刹那マジ無敵すぎる・・・ッ!
というか思えばがっちり布製の服着てたのに破られているんだよね・・・
カイザーウルフ恐るべし。
(そういえば吸血時能力全開刹那とローラさんってどちらのほうが強いんだろう?)

>>くすぐり
ローラさんくすぐり上手くなかったっけ?と思ったらあれは没ネタの話でしたっけ。
もし習得したらメイドとシェリスのストレスがマッハですな。

>>授業
なんか授業に来るメイドに変人フラグが立った気がする

今回もおもしろかったです!
[2011/10/30 20:46] URL | リファルス #- [ 編集 ]


ぶっちゃけ国王関連の記述は微妙ですね。
まったく共感出来ません。
先々代の王だとか貴族だとか使用人だとか、
どうしても記述に違和感がぬぐえません。
[2011/10/30 20:52] URL | 名無しさん@ニュース2ちゃん #h0D/NfaY [ 編集 ]


そしてこの混乱の中に、二人が帰ってくる訳ですね

カオスだ・・
[2011/10/30 21:00] URL | 未樹 #- [ 編集 ]


やっぱ、日常パートの方がこの作品にあっていると思います。
面白かったです。
[2011/10/30 21:48] URL | 古屋敷 #- [ 編集 ]

第五部完結おめでとうございます!
"ルクガイア王国編完"という感じでしょうか?
そもそものルクガイアが乱れていった原因が海人の口から語られていったという感じでしたね。
ラクリア王女、疎まれていたのか妬まれていたのかは分からないけど、父親にも弟にも何処かで愛されていたんでしょうね。祖父にも愛されていたでしょうから、立場的には仲介が出来た可能性も有っただけに本人には後悔は有るでしょう。
もっとも読者的には「祖父の考えがこれでは……なるべくしてなった、起こるべくして起こった事だったんだな……」って感じでしたが。

シェリス、立場からすれば遠隔視と伝声の魔法は欲しいでしょうねえ、海人との交渉頑張れって事でしょうか。刹那のうっかりからあっさり知る事が出来たりして……もしそうなったら刹那はくすぐり地獄で決定(それ以上か?)ですね。

次からは第六部か。
海人先生の講義が開始されるのが楽しみです。
あの二人も帰ってくるでしょうし、新キャラらしい10人の登場もある様子。
ほのぼのしながらも目が離せない展開になりそうですね。

更新楽しみにしています、無理しない程度に頑張って下さい。
[2011/10/30 22:50] URL | 戸次 #Wjzbkqqg [ 編集 ]


はじめまして、こんばんは。
いつも楽しく読まさせて貰ってます。

誤変換です。

 もしそれを新たに手に入れる事が出来るのであれば、まさに行幸。
 飛躍的な戦力増強が期待できる。

行幸 → 僥倖
行幸だと天皇の外出を意味してしまいます。

次の更新も楽しみにしています。
失礼しました。
[2011/10/30 23:40] URL | 坊主 #- [ 編集 ]


五章完結おめでとうございます。
お疲れ様でした。

あぁ。
これでルミナス達が帰ってくる。

この騒動はルミナス達は知れないのでしょうが刹那がミスって洩らしてそれで海人にお説教とかになるのでしょうか?

シリアスも好きですが自分は日常の掛け合いとかほのぼのとか無自覚なラブコメとかを早く読みたいです。
次回の更新もお待ちしております。
[2011/10/30 23:58] URL | fuji #- [ 編集 ]

出)53話!!おめでとうございます^^
難しい事は言えないから簡単に、
今回のお話も面白かった~、王様の結末はひどいながら色々と良かった部分もあったと思う!
これからも続き見たいですの^^
[2011/10/31 00:45] URL | 耶麻杜 #E8mFVRUo [ 編集 ]


五章完結、おめでとうございます

いつも同じような感想しか書けてませんが、今回も面白かったです
何だか最後の騒がしさにほっとさせられましたw

次章を楽しみに待ってます!
[2011/10/31 04:45] URL | スウ #- [ 編集 ]

第5部完結おめでとうございます!
執筆お疲れ様でした。
まだか…まだ更新されないのか…
とストーカーのように見てましたwwww
更新されて、ほっとw

シリアスでちょっぴり重い話も一区切り。
これでやっとルミナス帰宅(笑)篇ですね!
シリルも加えてのじゃれあいを想像すると、今からニヤケがとまりませんw
いやもういっそのことルミナス、カイトの家に引っ越せ(ry ゲフンゲフンッ
風呂に狂喜する二人が目に浮かびますw(脳内変換でシリルの声が白〇黒子なのは内緒の話w)
第6部家庭教師変(誤字に非ず)楽しみにしてますw

暖かかったり急激に冷え込んだりと気象変化が激しいですが
お体にはお気をつけくださいまし^^
では執筆がんばってくださいませ!
[2011/10/31 07:22] URL | 水谷 陽 #2B3L1McM [ 編集 ]


魔力が満ちた状態の魂の石を創造できるようになった…?
どちらにせよ輝石族しか使えないのか…。もしくはダイヤモンドの上位互換として使えるのか…。

とりあえず、第五部完結おめでとうございます!
最後は笑うことのできる結末でよかったよかった。
メイドがなにやら濃いらしいけど、カイトと会ってどんな反応するやら…。
2人も帰ってくるらしいし…。
第六部を楽しみにしております!
[2011/10/31 13:44] URL | とまと #- [ 編集 ]

5部完結お疲れ様です
毎回楽しく読まさせてもらってます。

騒動の区切りがついたので、6部はやっぱり閑話のようなものになるんでしょうか。
シリアス展開や戦闘も良いですが、日常パートも好きですので楽しみにしてます。


メイドさんの授業は結構引っ張られてたので楽しみですね!
[2011/10/31 23:56] URL | ひー #- [ 編集 ]

5部完結おめでとうございます。
今までROMってましたが、毎回楽しく読ませて頂いてます。

個人的に5部はシリアス分とギャグ分、日常分がいい塩梅に混ざっていて読んで楽しかったです。

今回のラストのシェリス嬢が素敵すぎます。
さぁ浴室へ、と脱衣所で服を脱いで全裸で扉を開けた瞬間を想像すると笑いが止まりませんw
[2011/11/01 13:34] URL | げじげじ #QX39o1GI [ 編集 ]


五章完!おめですー
次から日常編ですね、戻ってきた二人と共にカオスの宴です。

しかしカイト製魔法は待つことが出来るのに菓子や風呂など娯楽系はシェリスも我慢できないんですかね?

今回の章は様々な国がでましたが旅行編と銘うって出かけないんですか?
[2011/11/02 18:56] URL | 煉恋々 #h2YGRmSs [ 編集 ]

更新お疲れ様
更新お疲れ様&第5部完結おめでとう。
海人が改造?もしくは開発した魔法の価値はすさまじいものがありますね。
その気になれば一国ぐらい買い取れるほどの価値があるのを開発しそうですね。
もしも創造魔法ではなく普通の魔法(ある程度の基礎魔法)の素質があったらどうなってたのやら考えるとすごいことが出来そうなきがするんですが・・・・
[2011/11/02 23:23] URL | なお #Qi8cNrCA [ 編集 ]


国王や王女の悲哀なんかよりも犠牲になった多数の人たちへの話がないのがどうなのかな
狂うのはいいけどその矛先が自分勝手な欲望を満たすって方向なのは過去話からでも理由としては不自然でお粗末かなと
狂って暴虐に走るなら綺麗な最後なんてやらないでとことん堕ちて下種な最後の方がいいし、綺麗な最後をやりたいなら、もう少し狂って暴虐に走ることに説得力と意味を持たせないと?って感じです
正直この章は書くのが大変だったようですが中途半端だったかなと思いました
[2011/11/20 05:02] URL | ガヤ #mQop/nM. [ 編集 ]


かなり好きな作品で一気にここまで読みました
ただどうしても一点だけ、趣味ゆえの問題なんですが
いくらギャグパートとはいえ女性陣がいささか理不尽に暴力をふるいすぎではないかと思います
読者の分際で意見してしまい本当に申し訳ございません
数度ならば気にもなりませんがくどいくらいにこうまで行われては、と感じました
[2013/04/10 20:21] URL | 名無し #- [ 編集 ]


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