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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄8
 翌日、シェリスの屋敷内図書室。
 光の魔法の照明に照らされた室内で、シェリスは二つの宝石を覆うように両手をかざしていた。
 彼女の手に宿る膨大な魔力の白い光が、際限なく目の前の宝石に吸い込まれていく。
 それに伴い、微弱ながら宝石自身から放たれる光が僅かずつ強くなっている。

「……こんなところね。さて、そろそろカイトさん達がいらっしゃる頃かしら」

 放出していた魔力を収め、シェリスは宝石を手に取る。
 そして自身が纏う水色のワンピースのスカートを捲った。
 そこから現れたのはシミ一つ無い色白の太股。そして、その両太股に巻かれた皮製の黒いバンド。
 左右のバンドにはそれぞれに投げナイフ用と大型ナイフ用のホルダー、
そして宝石を収めるためのケース状のホルダーが付いている。
 ホルダーの中に魔力を込めた宝石を丁寧に収め、スカートを元に戻した。

 最後に服装を近くの鏡で簡単にチェックしてから図書館の外に出ると、メイドの一人と目が合った。

「おはようございます、シェリス様」

「おはよう、ハンナ。シャロンはどう?」
「すいません……昨日から何も変わってません」

「そう……外傷がなかった事を考えると、余程恐ろしい光景でも見たのかしらね」

「総隊長と対峙する以上に恐ろしい光景があるとは思えませんけど……」

 カタカタと震えながら現在不在の自分の上司の事を思い返し、ハンナは主の言葉に疑問を呈した。 

 この屋敷の人間は、シェリスを含めた全員が毎日戦闘訓練を行っている。 
 その成果を試すため、月に一度屋敷内最強を誇る女性との試合がある。

 その試合内容は、一言で言えば処刑。
 未だに誰一人として件の女性に手傷を負わせる事も出来ず、圧倒的な力でねじ伏せられている。
 が、これだけならば格の違う相手の存在を認識し、慢心を戒めるためでしかない。

 問題はその試合に制限時間が設けられており、その時間内に倒れると悪夢のような追撃が放たれる事だ。
 その力加減は非常に絶妙で、相手が意識を失わず、かつ激痛に苛まれる限界を見切って繰り出される。
 それが試合時間が切れるまで延々と続き、終わる頃には指一本振るわせる余力すら残らない。
 ミスを犯さなければ制限時間内に倒れる事は無いように手加減されているとはいえ、
ミスを犯したときのペナルティの恐ろしさは下手な拷問など比較にもならない。

 シャロンも数度それを味わっており、かつ現在に至るまで正気を保っている。
 その彼女がどんな光景を見れば正気を失えるのか、ハンナには想像すら出来なかった。

「でもそれ以外はもっと現実味がないわよ?
最低条件としてシャロンを無傷で捕らえなきゃいけないんだから」

 そんな使用人の疑問を、シェリスはやんわりと否定した。

 シャロンの実力は紛れも無い一級品。
 元々の優しい性格ゆえに少々甘さがあるものの、一人で並の兵士数十人を相手取れるだけの実力がある。
 仮にルミナスが不意を打ったとしても無傷で捕らえるというのは不可能に近い。

「そうなんですよねえ……ですけど、その、どんな理由にしても一つだけ手がかりがありますよね?」

 同僚がここ数日与えられていた任務を知っているハンナは、躊躇いがちに主に問いかけた。
 詮索禁止を厳命されているだけに、口にするには相当な勇気が必要なようだ。
 縋るような目をした部下にシェリスは軽く頷き、

「分かってるわ。とりあえず探りは入れてみるつもりよ」

 ちょうど大量の荷物を抱えてやってきた3人の姿を視界に収めながら、応接室へと向かった。




 





 しばらくして、シェリスは内心で頭を掻き毟っていた。
 世間話の合間に、目の前の3人それぞれに探りを入れたのだが、手応えがあまり無い。
 
 あまりあからさまな事を言うと監視の件が発覚する可能性があるために
かなり遠回しな聞き方をしていたとはいえ、どうにも有益な情報が聞けていない。

 先程ようやく昨日武器屋に行った時の話が出て三人の態度に変化が見られたが、
少し深く聞こうとした瞬間にルミナスに話を逸らされた。
 それでもどうにか遠回しに話題を調節して再び武器屋の話に持って行ったが、
今度はシリルに話を逸らされた。
 流石にもう一度話題を持っていくと怪しまれる危険があるため、諦めが彼女の脳裏をよぎる。 

 が、ここで素直に諦めるようなシェリスではない。
 どうにか怪しまれないように探れないかと考えていると、

「どうした、シェリス嬢。上の空のようだが…」

 海人が声をかけてきた。
 
 声に反応して意識を三人に戻すと、一様に心配そうな表情になっていた。
 彼女は自覚しているよりも長い時間考え込んでいた。

 思わぬ失態に内心で己を叱咤し、三人に礼を失した謝意を込めて頭を下げた。

「申し訳ありません、少し考え事をしていました。
それで、何の話でしたでしょ……う……」

 話を続けようとしたシェリスは、海人達の後ろの壁にかかっている時計を見て愕然とした。
 なんとか情報を引き出そうと粘ったせいで、終わらせる予定の時間を二時間も過ぎていた。
 
 この後の面会は無いが、今日中に片付けなければならない書類が山のように待っている。
 その他にも考えなければならない事案がある事を考えれば、徹夜にはならずとも午後のティータイムは消滅し、夕食は書類を書きながら食べられる軽食になってしまう。
 しかも、今日の夕食はスカーレット一番の自信作であり、シェリスの大好物の肉料理がメインのはずだった。
 唐突に突きつけられた残酷な現実に、滝のような涙が零れた。 

「お、おいシェリス嬢、どうしたんだ?」

「なんでもないんです。私が凄まじい大ポカをやらかしただけです。
……申し訳ありませんが思いのほか時間が経ってしまいましたので、話を変えさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「いや、それは構わんが……大丈夫か?」

「はい、ご心配ありがとうございます。
それで今回のお支払いに関してなんですが、少し金額が大きいので、できれば数日お待ちいただけるとありがたいのですが」

 シェリスが申し訳無さそうに海人に尋ねた。
 
 今は下がってこの場にいないが、彼女は今回もスカーレットに値段を判定させた。
 その結果、全部合わせて実に250万ルン。
 即金で支払えない額ではないが、現金が少なくなってしまうため、できれば時間をもらいたい額であった。 

「支払ってもらえるならそれで構わんよ。さて、仕事があるのなら、早々にお暇した方がいいな」

「そうね。シェリス、今度から時間が無い時は遠慮なく言っていいからね?」

「お気遣いありがとうございます。では、お気をつけて」

 そそくさと立ち去る3人に頭を下げながら、シェリスは風の魔法で部下に今日の監視の中止の指示を出した。

 本音を言えば監視を続行させたいところだが、シャロンが使えないのでは危険が大きい。
 しかもああなった原因が不明の状態では、今日も犠牲者が出る事になりかねない。
 幸い早急に情報を収集しなければならない問題ではないため、素直に諦める事にした。

 そもそも、最優先で考えなくてはならない問題として、ここしばらくの最高級の武具の買占めの問題がある。
 
 その裏である国が動いている事は掴んだが、目的が未だに掴めない。
 もちろん推測ならば幾つかあるが、どれもあまりに使っている金額が大きいため、目的を達したとしても割に合わない。
 はっきり言って今回その国が使っている金額を国の事業に回した方が確実に国益に繋がるものばかりだ。
 考えれば考えるほどきな臭く、不気味な問題だった。
 
 この状況ならば海人の事を後回しにする理由が出来たのはむしろ幸運、とシェリスは前向きに思考を切り替えた。

 ――――楽しみにしていた夕食が消えた事は嘆きつつも。







 


 シェリスの屋敷を出た三人はミッシェルの店で昼食を食べ終え、のんびりしていた。
 店内はほぼ満席になってはいるものの、ピークは過ぎたらしく待っている客はいない。
 徐々に空いていく席を眺めながらまったりしていると、シリルが思い出したように口を開いた。

「でも、珍しいですわね、シェリスさんが上の空になった上に時間まで失念するなんて」

「私達と違ってあっちゃこっちゃやる事がたくさんあるからね。たまにはそういう時もあるでしょ。
それに、今はローラさんがいないし」

「ローラさんが? 昨日から珍しく姿が無いとは思ってはいましたが……あの方がシェリスさんから離れるなんて、何があったんですの?」

「ガーナブレストの大物と交渉しに行ったらしいわ。それが誰だかは教えてもらえなかったけど。
それで屋敷をしばらく留守にするから、何か大事があったらシェリスに協力してくれって頼みに来たのよ」

「あら、そうでしたの。報酬はいかほどでした?」

「大きな問題が起きてそれの解決に貢献した場合に限ってこんだけ。問題の程度によっては更に上乗せするって言ってたけど」

 指を2本立て、言われた報酬額を示す。
 彼女が指で金額を示す時は基本的に一本に付き一千万ルンである。
 シリルがその金額の大きさに感嘆の吐息を漏らして頷いていると、

「一つ聞いていいか?」

 話の意味が全く分からない海人が口を挟んだ。

「なに?」

「ローラというのは? 名前からすると女性のようだが……」

「あ、そっか。カイトは知らなかったわね。ローラ・クリスティアって人なんだけど、シェリスの雇ってる全使用人のトップなのよ。
で、その人がガーナブレストに交渉に行ってるから、シェリスの仕事が増えてるんだろうって言ってるの」

「なるほど。ちなみに、一言で言えばどういう人物なんだ?」

「「滅殺の女神」」

 二人の声が即座に、そして見事に唱和する。
 それ以外に思い浮かぶ言葉などありえないと言わんばかりの見事なハモリ方だ。

「待て。何だその表現は。普通、使用人に使うようなものではないんじゃないか?」

 即答されたあからさまに関わりたくない呼称に、海人が恐る恐る聞き返す。
 『女神』だけならともかくその前に付いた『滅殺』という言葉はあからさまに危険を感じさせる。

「それ以外表現のしようがないわね。事務や交渉の仕事でも凄い有能みたいだけど……」

「一番印象に残るのは、あの女神の如き美貌と狼藉者相手の容赦なき蹂躙ですわね」

 その女性の圧倒的な美貌と戦闘力を思い出し、二人同時にうんうんと頷き合う。
 言葉だけなら冗談めいた会話にも聞こえるのだが、海人の目の前にいる二人は普段は血色の良い顔を死人の如く真っ青にさせ、額から冷や汗をダラダラと流している。
 二人の表情はいかなる弁舌よりも雄弁にその言葉が冗談抜きの真実であると語っていた。

「本っっ気でどういう人物なのか気になるんだが」

「ま、まあ、百聞は一見にしかずよ。予定通りならあと数日で帰ってくるはずだから、あんたの目で判断すればいいわ」

 ルミナスは引きつった顔で覗き込んでくる海人から目を逸らし、意味もなくティースプーンで紅茶をかき混ぜた。
 シリルはシリルでまるで肉処理場に連れられて行く子羊を見るかのような目で海人を見ている。

「……あまり関わりたくないんだが」

「シェリスと取引するんじゃそれは無理ね。帰ってきたが最後、絶対に顔を合わせる羽目になるわ。
あの人のメインの仕事はシェリスの護衛だから」

「そんなに強いのか?」

「戦うなら私とシリルが組んで……いや多分それでも勝てないわね。はっきり言って化物よあの人」

 あっけらかんと自分より強いと断言する。
 傭兵という職業上、ある程度のハッタリは利かせなければならないはずのルミナスがである。
 海人にはどの程度の強さかなど窺い知る事すらかなわなかった。

「……もしやと思うが、シェリス嬢に同性愛的な感情を持ち、近寄る男は問答無用であの世逝きだったりは?」
「あ、それはない。あの人はそっち方面ではまともなはずよ。
ただ、一番肝心なはずの人間の倫理をどっかに置き忘れて……」

 カラカラと笑いながら海人の懸念を切り捨て、直後にある事に気づいて笑顔のまま固まった。
 その横ではシリルも同時に同じ事に気づき、固まっている。

「……お姉さま、今気がついたのですけれど、性質の悪さはカイトさんもいい勝負なのでは?」

「うん、私も今気付いた。二人が会った時にどうなるかも」

 二人揃って頭を抱える。今話題になっている女性と目の前の男は問題点がかなり似通っているように思えたのだ。
 と言っても今はまだ彼女たちが目にしている限りでは殺人はしていないため、海人の方がいくらかマシに見える。
 が、一時的ながらも相手の人格を完全に破壊してなんら罪悪感を持っていないような人間が、
本当に自分の命に危険が迫った時にどういう行動をするかを考えると、甲乙つけ難い。

 そしてそんな性質の悪い似た者同士の人間が遭遇した場合、彼女らでなくとも二つの道のいずれか以外ない事など容易に理解できる。

「運が良ければお互い潰し合って片方が消え、最悪の場合は意気投合して周囲に今までの比ではない被害が出ますわね。今の内に間引きやすい方を間引いておくというのはいかがでしょう?」

「はっはっは、冗談にしては笑えんぞシリル嬢。とりあえず手に魔力を込めるのはやめておけ。まるで冗談に見えん」

 海人は自分の手をそっと乗せてきたシリルを笑顔で、なおかつ必死な口調で制止した。
 彼も肉体強化をして対抗しているにもかかわらず、右手の上に乗せられた小さな手はミシミシと手の骨に食い込んでいる。
 逃げるためには右手を引きちぎるしかなさそうなほど強烈な力であった。

「冗談ではありませんもの♪」

 手の力は緩めぬまま、海人の手首にその細指を絡める。
 同時に傍目には柔らかく握られているようにしか見えない海人の右手首が不吉な音を奏で始めた。
 そしてシリルの右手が海人の首に伸びそうになった瞬間、

「ミッシェルさん、お会計お願いしま~す」

 ルミナスが大きな声でミッシェルに会計を頼んだ。
 その声に彼女が反応して振り向こうとしたときには、既にシリルの手は海人を放していた。
 手首の状態を確かめている海人と、拗ねたような目でルミナスを見ているシリルが気にはなったものの、
すぐにミッシェルは三人からそれぞれ代金を受け取り、厨房に足早に戻っていった。









 《リトルハピネス》を出た3人は連れ立って歩いていた。
 シリルが二人の間に入る形になっており、見方によっては親子連れにも見える構図だ。
 ただし、シリルはルミナスの腕に抱きついているため、親子としては少々奇妙に見えるが。
 そんな状態で少し歩き、人ごみの中に入ったあたりでシリルが口を開いた。

「まったく、お姉さまったら……なんでいいところで邪魔をなさるんですの?
もう少しで虚勢を崩してカイトさんの怯え慄く顔が見れたかもしれませんのに」

 ぷく~っと頬を膨らませてルミナスに抗議する。
 仕草そのものは非常に可愛らしいが、その口から紡がれている言葉は危険極まりない。

「カイトをうちらと同じように考えちゃ駄目よ。冗談のつもりで間違いが起こってからじゃ遅いのよ?」

 ふて腐れる部下の頭を優しく撫でながら諭す。
 先程のようなやりとりは傭兵団の仲間内では良くある事なのだが、海人相手にやるには問題があった。
 肉体の鍛え方がまるで違うため、肉体強化したシリルでは加減していても、ふとした拍子に彼の手首を握り潰しかねないのだ。

「……間違いが起きてもそれはそれで」

「シリル嬢。少し追加で甘い物でも食べたくないかね? 奢るからそこのアイスでも食べていかんか?」

 ボソリと物騒な言葉を吐いている少女の気を逸らすべく、海人はアイスの専門店を指差す。

「ふふん、甘い物で機嫌をとろうとは浅はかですわね。まあ、今日のところは乗って差し上げますわ」

 シリルは海人の見え透いた意図を鼻で笑いつつ、ルミナスの腕に自分の腕を絡めて店の中に入っていく。
 店内は白を基調とした明るい内装。席はそこそこ空いているが、点々と見える若い女性グループの声で十分な賑わいを感じる。
 カウンターでは20~30台前半と思しき女性店員が数人、入って来た客に笑顔を向けていた。

「いらっしゃいませ。何になさいますか?」

 応対する店員に少し待ってもらい、シリルとルミナスはどれにしようか考え始めた。

 彼女らの前には一面だけガラスになった冷蔵庫のような箱があり、その中にさらに何種類かのアイスが入った箱が埋め込まれている。
 良く見るとアイスが減って表に出た面に凍結系魔法の術式が刻まれていた。

 実はこの容器は純度の低い銀製で、刻まれている凍結魔法の効果を程よく弱め、アイスに滑らかな食感を出している。
 そしてそれを全体を覆っている箱に刻まれた別の術式で一定の温度に保ち、溶けないようにしている。
 それを維持しているのは店員の魔力だが、使っている術式は下位魔法の物であるため、魔力消費はそれほど多くない。
 そのため、一人で屋台を出していても魔力切れで倒れるような事もない、となかなか上手くできている。

(私から見れば箱の構造から何から山ほど改良の余地はあるが……)

 海人はじっと目の前のボックスを観察しながら、思う。
 目の前の道具は良くできてはいるが、それでもこの世界より進んだ科学知識を持つ彼にとっては改良すべき点が多い。

 魔力を使う以上、この道具は店員がいない時には保温機能が働かない。
 ならばボックスそのものに遮熱効果を持たせるべきだが、このボックスは一体成型の物を組み合わせて作っただけの単純な物なので、それは期待できない。

 自然、その日の内に作ったアイスを売り切るか、あるいは溶けた物を再び凍らせて売るかになる。
 前者は仕入れの加減が難しく、後者はどう足掻いても初日より味が落ちる。

 海人は既にこの世界の技術で十分可能なはずの改良案をいくつか思いついていたが、
店員に言っても意味がないため、この場はただ考えるだけにしておいた。
 機会があればシェリスに提案して見ようかなどと考えていると、二人が注文を決めた。

「私はチョコレート」

「私はミルクを。カイトさんはどうなさいますの?」

「ふむ……ラムレーズンをもらおうか」

「かしこまりました、少々お持ちください」

 注文を受けると店員の女性はテキパキとそれぞれのアイスをガラス製の器に盛り、スプーンを添えて三人に差し出す。
 マニュアルで決まっているのか、それとも自分で考えて決めているのか、それぞれアイスの色が良く映える色の器に盛られていた。

「お待たせいたしました。全部で1500ルンになります」

「あ、私の分は……」

「構わんよ。ついでだから私が奢ろう。前に一食奢ってもらってるしな」

 自分の分を払おうとしたルミナスを遮り、海人は店員に一万ルン紙幣を渡した。

「……ありがと」

「おつり8500ルンになります。ありがとうございました♪」

 釣りを受け取ると三人は近くのテーブル席に座った。
 シリルがいち早く自分のアイスに手を伸ばし、海人に向かってこれ見よがしに一口食べる。

「ん~、美味しいですわね♪ 奢りだと思うとなおの事」

「ふん。この程度の出費、痛くも痒くもない」

 海人に見せつけるように至福の表情を浮かべるシリルに負けじと言い返す。

「奢られてる私が言うのもなんだけど、負け惜しみにしか聞こえないわよ?」

「やかましい」

「ほらほら、そんな不機嫌な顔なさらないで、一口味見なさいません? かなりレベルの高い味ですわよ」

 自分のアイスを一匙すくい、スプーンごと海人に差し出す。
 彼は不機嫌な表情のまま受け取るが、味を確かめた途端、少し表情が和らいだ。
 軽く目を見開いたまま、感想を漏らす。

「確かに美味いな。さすがは専門店と言うべきか《リトルハピネス》で食べた物より美味い」

「ホント? シリル、私にも一口ちょうだい」

「口移しでよろしければ」

 シリルは瞬時にミルクアイスを口に含み、ルミナスに対して柔らかそうな唇を突き出した。
 その目は期待に満ちてキラキラと輝いている。

「……やっぱいらないわ」

「ああ、もう、冗談ですわよ。はい、あ~ん♪」

 シリルは含んでいた物を飲み込み、スプーンにアイスを一掬い乗せて彼女の口元まで運ぶ。
 ルミナスは差し出されるまま素直に口を開けてゆっくりとその味を確かめ、満足げに軽く一つ頷いた。

「ん、確かにあそこで食べたのより一枚上手ね。ここまでの滑らかさはあそこで食べたのにはなかったわ」

「ラムレーズンも気になりますので、一口くださいません?」

「構わんぞ。ほれ」

 シリルの要請を受け、海人は適度な味のバランスになるようラムレーズンとアイスの量を調節してスプーンに乗せ、彼女に渡す。
 普段の態度からは想像しにくいが、変にマメな男である。

「あら、ミルクアイスの中にラムレーズンを入れてあるのかと思いきや、少量ですがアイス全体にお酒が混ざってますわね。
それによってラムレーズンとアイスの相性がより一層良くなって……感心感心ですわ♪」

「カイト、私にも一口」

「一口と言わず、好きに取っていいぞ」

 ルミナスが言葉を言い終わる前に、取りやすいよう自分の皿を彼女の近くに寄せる。
 このラムレーズンのアイスは確かに美味いが、元々甘い物が好きなわけではない彼はさほど執着はない。
 横で睨んでいるシリルはともかく、世話になっているルミナスにならば半分やそこらは譲ってもいいと彼は思っていた。

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 食べ終えた自分の器を横にのけ、海人の器を自分の前に置く。
 そのまま一口食べ、じっくりと味わい、飲み下すと同時に至福の表情が浮かんだ。

「なにも器ごと持っていかずとも、そこからスプーンで削ればいいだけ……ってまさか全部取る気か!?」

 海人は初めは苦笑していたが、いっこうに器を返す様子のないルミナスの意図を悟って、驚愕した。
 大半を渡してもいいとは思っていたが、さすがに全部食べられてしまうというのは予想外だった。

「好きに取れって言ったじゃない。それにあんた甘い物あまり好きじゃないんでしょ?」

「おーい、常識と言う言葉を知ってるか~?」

 悪びれた様子も無く答えるルミナスに、気の無さそうな声で苦情を言う。
 が、この男に常識について語る資格があるかどうかは甚だ疑問が残るところだろう。

「主にカイトに足りない物ね」

「常識とか良識に関してはカイトさんが言っても説得力がありませんわ」

「……否定はせんが」

 二人から注がれる冷たい視線にそれだけ答え、諦めたように肩を落とす。
 一応彼にも自分の常識などに問題があるという自覚はあるらしい。

「ま、冗談はさておき。思いのほか美味しくて気に入ったのよ。
できれば今度また何か奢るって条件で今回は全部くれると嬉しいんだけど」

 お願い♪ と手を合わせて頭を下げるルミナスに海人は軽く肩を竦め、

「やれやれ、別にかまわんがな」

 食べ終えられたルミナスの皿を自分の前に置き、スプーンを乗せた。
 そしてそのまましばらく呆れたような、だが暖かさを感じる目で食べ進める二人を眺めていた。

 ちなみに彼は気づいていないが、店内の女性の大半は仲睦まじく見える三人に注視している。
 ひそひそと勝手な想像を膨らませて会話している女性達の話の種になっている事に、まるで気づいていなかった。







 三人は家に帰ってすぐに早めの夕食をとり、談笑していた。
 特に共通の話題もないのだが、円滑に話が弾んでいる。

「では、この修理はカイトさんが? しかもこの出来栄えで本職ではないんですの!?」

 リビングの修理の話を聞き、シリルが驚嘆した。
 修理されている事自体は一昨日家に入った時に気付いていたが、
彼女は完全にプロの仕事だと思いこんでいた。
 海人の思わぬ特技に、シリルは感嘆の眼差しを向けていた。

「お褒めに与り恐悦至極。が、いささか過大評価だと思うぞ?」

「そんな事ありませんわ。完全にお姉さまが思い切って職人に頼んだんだと思いこんでましたもの」

「ちょうどそうするか悩んでた時に、こいつ拾ったのよ。
本職顔負けの技能持ちだったなんて、ホントにツイてたわ」

「拾った……? そういえばお二人はどうやって知り合ったんですの?」

「う……」

 シリルの何気ない言葉に、ルミナスは思わず唸った。
 
 ついつい口が滑ってしまったが、創造魔法の事を知っているシェリスならともかく、
シリル相手では海人の事情に関係する内容は迂闊な説明が出来ない。
 
 どうやって誤魔化すべきか頭を悩ませている彼女の横で、
海人は数瞬どう誤魔化すべきか考えを巡らせ、口を開いた。

「端的に説明すると、私が草原を歩いていた時にルミナスに声をかけられた。
思わずそちらを振り向いたら突然蹴り倒されて昏倒した。そして家に持ち帰られて後は半分なし崩しだ」

「人聞きの悪すぎるデタラメ言ってんじゃないわよ!?」

 海人の口から放たれた、誤解を招く事この上ない発言につんのめったルミナスは、その直後に勢いよく椅子を蹴る。
 これだけ想起させる内容が違うのに、嘘はないというのはまさに言葉の恐ろしさである。

「何を言う。嘘は言っとらんだろう」

「確かに嘘は言ってないけど誤解させる内容だけ抜き出してるでしょうが!
シリルの表情がとんでもない事になってるじゃないのよ!!」

「お、お姉さま……ひゃ、百歩譲って、殿方に目を奪われて声を掛けるのは仕方ありませんけれど、
通り魔の如く薙ぎ倒して家に持ち帰りはさすがに鬼畜かと……」

 シリルはかなり怯えた目でルミナスを見ていた。
 女性が男に目を奪われるという事を百歩譲らないといけないあたり、色々と末期ではあるが、
彼女にも一応常識とか良識は残っていたようだ。

「だああああっ! やっぱ誤解してる! 違う! 全然違うから!
こいつが私の下着を覗き込もうとしたから蹴り飛ばしただけよ!」

「こら、いつ私が覗き込もうとした。本当に振り向いただけだろうが」

「やかましいわこの根性悪! ああ、もう! 一から説明すると、私がホーンタイガー狩りの依頼を受けた時に、
こいつがホーンタイガーが縄張りにしてた草原でうろちょろしてたから、声を掛けたの!
で、その時、空を飛んでてスカートを穿いてたからこいつが私の方を向いたら下着を覗き込まれそうになったの! これが真相よ!」

 必死に誤解を解こうとしている自分の言葉を容赦なく訂正する悪党を怒鳴りつけ、
そのまま一気呵成にあの日彼女が見た限りの事をシリルに説明した。

「……なるほど、そういう事でしたの。呆れるほど見事な誘導の仕方ですわね」

「君が勝手に誤解しただけだぞ?」

 コロコロと楽しそうに笑うシリルに、上手くいったかと海人は内心胸を撫で下ろした。

「そうですわね。……で、カイトさん。煙に巻いたおつもりでしょうが、質問に答えていただいてませんわよ?」

 が、笑顔のままシリルが放った言葉にその安堵は粉砕された。
 
 彼女はあくまでも笑っているが、目の奥に剣呑な光が宿っている。
 話を逸らそうとした事で、かえって彼女に不信を抱かせてしまったようだ。
 
 もはや下手なごまかしは通用させてくれそうに無いと悟り、海人は素直に答える事にした。

「秘密だ」

「ほほう……お姉さまからも話していただけませんの?」

 率直かつ簡潔に躊躇いもなく拒絶した男にこめかみを引きつらせ、ルミナスに話を向ける。
 目の前のひねくれ者に聞くよりは、彼女の方がまだ聞きだせる可能性が高いと判断したようだ。

「ん~、それを話したら必然的にこいつの一番の隠し事がばれるからね……駄目よ」

「ううっ……酷いですわお姉さま! 誠心誠意、全身全霊を尽くしてお姉さまのために働く私よりも、
こんな美形ではあってもあからさまに悪人系な顔で性格も根腐りしている殿方を優先なさるなんて!」

 やや申し訳無さそうに断るルミナスの言葉を受け、芝居がかった口調と動きで大仰に泣き崩れる。
 きっちりと海人を罵倒しているあたり、この娘も相当いい根性をしている。

「ド素人相手に組み手と称して一方的な射撃の的にする外道に言われる筋合いはないわ!」

「あなたに外道などと呼ばれたくありませんわ! 昨日の洗脳などどう考えても相当な経験を積んでないとできませんわよ!? 今までどれだけの無辜の民を惨たらしい目に合わせてきたんですの!?」

「私は降りかかる火の粉を払うために仕方なく覚えた事だ! 自分から積極的にやった事は一度も無い!
然るに君は何も罪を犯していない私を一方的にいたぶり、弄んだ! どちらが外道かなど言うまでもなかろう!!」

「年若い可憐な乙女の頭上に二度も容赦の無い鉄拳ぶち込んだ悪魔が何をほざいてますの!?」

 ぎゃあぎゃあと罵りあう二人を眺めながら、ルミナスは苦笑する。

(やっぱ相性いいみたいねぇ……)

 怒鳴りあい、つかみ合い、終いには殴り合いまで始めている二人だが、どちらもちゃんと手加減をしている。
 特にシリルの方は完璧で、大人気なくガードを潜り抜けて海人に打撃を加えてはいるが、反撃できるだけの余力を与えている。
 その気になればいつでも気絶させず、かつ反撃も許さず一方的に殴り続ける事が可能なはずなのに、である。
 
 どう考えてもあの殺伐としたやりとりを楽しんでいるようにしか思えない。
 人としてどうかとは思うが、両者共に楽しんでいるなら口出しする必要は無かった。

 この際海人とくっついてもいいので、自分に対する同性愛的な行動が止んでくれないかな~、と密かに期待する。
 彼女は男嫌いというわけではないので、可能性は考えられないわけではないのだ。

 そうこう考えているうちに、シリルはマウントポジションを取り、邪悪な笑みを浮かべて海人の顔に往復ビンタをかまし始めた。
 彼の頭とシリルの右手が凄まじい速度で左右に動いているのを見ながら、今度はどのあたりでシリルを止めるか考え始める。
 
 ――――罵りあう直前に一瞬シリルが見せた真剣な表情の意味も考えつつ。






 その夜、すっかり暗くなった部屋で海人が寝ていると、ドアノブがゆっくりと動いた。
 ドアが少し開くと同時に入ってきた冷たい風に反応し、まだ熟睡していなかった彼は目をうっすら開けようとする。
 が、海人の目が開かれる前に、侵入者は疾風の如き速度で音も立てずにその体に馬乗りになり、首にナイフを突きつけた。
 反応する間も与えられなかった海人が硬直していると、

「こんばんは、カイトさん」

 侵入者――シリルが柔らかく微笑んだ。
 彼女の格好は暗殺にしても挨拶にしても場違いな格好だ。黒の薄いネグリジェを羽織りその下に着ているのは白いレースの下着のみ。
 やたらと大人なデザインのそれは彼女が着ると凄まじく倒錯的で、その趣味の人にはたまらない魅力がある。
 
 が、それは普通に考えれば夜這いをする時の衣装以外の何物でもない。

「色々言いたい事はあるが……とりあえず、何の真似だ?」

「先程の話の続きを伺いたいと思いまして」

 目を白黒させつつもこの状況に臆することなく訊ねてくる海人に、シリルは笑顔のまま警戒を強める。

 今現在ナイフの刃は海人の首に強めに押し付けられている。軽く手が滑るだけで致命傷になりかねない状態だ。そんな状態で落ち着いていられる胆力というのは、明らかに普通ではない。
 彼女は自分が海人の実力を見誤っている可能性も視野に入れ、彼の動作を油断無く観察していた。

「ふむ……話す前に一つ言ってもいいか?」

 シリルの真剣な態度に海人は顔を引き締め、彼女の目を見ながら口を開いた。
 やや気圧されたようにシリルの体が動くが、さすがと言うべきかそれは常人には分からぬほど微細なものだった。
 
 シリルは笑顔を消し、厳しい目線で彼に言葉の先を促す。

「何ですの?」

「君のサイズならブラはいらなぐぼっ!?」

 真面目な顔で戯けた事をほざこうとした男は、言い終える前に喉仏をナイフの腹でぶっ叩かれて黙らされた。

「黙ってくださいませ女の敵。次なめた事ぬかしたら、ぶち殺しますわよ」

「分かった分かった」

 再びナイフの刃を首に突きつけたシリルに両手を小さく挙げて降参の姿勢をとる。
 あまりにいつもと変わらぬ海人に脱力しそうになるも、シリルは気を引き締めて本題に移った。

「分かってらっしゃるとは思いますが、実のところ私に必要な情報はただ一点です。
ですが、その一点すら答えていただけないのであれば、力尽くで聞き出すしかなくなりますわ」

 表情を厳しくして首にナイフを突きつけたまま、海人の左人差し指を軽く握った。
 この状態ならもしも海人が黙秘を続けた場合、一瞬で指をへし折れる。
 
 正直、やりすぎだとは思っている。そもそも海人に恨みはなく、むしろ気に入っているのだ。 

 ルミナスと親しい事は非常に妬ましいが、それで我を忘れるほど彼女は愚かではない。
 
 が、そのルミナスに危険が及ぶ可能性を確かめずにいられるほど、大人でもない。
 せめて張本人である海人からなんらかの保証を得なければ、納得は出来なかった。

「心配せずとも、誰かにバレたところで私の身が危うくなるだけだ。
私を守ろうとでもしない限りは、ルミナスに危険はないだろう」

「……信じましょう。隠し事の内容自体も気にはなりますけど、とりあえず今は聞かないで差し上げますわ」

 シリルはじっと海人の目を覗き込んだ後、軽く頷き、彼の指を離してナイフを鞘に収めた。
 同時に睨みつけるようだった表情も和らぎ、穏やかで可愛らしい顔に戻る。

「それは感謝しよう」

「……ん~、やっぱり代わりに一つ別の事をお尋ねしてもよろしいですか?」

 言葉とは裏腹に表情には全く感謝の色が見えない海人に、シリルは意地悪げな笑みを浮かべた。
 先程までの妙な緊張感は既に霧散し、どことなく和やかな雰囲気になっている。

「その秘密に関係しない事ならいくらでも答えるぞ」

「あら、言いましたわね。では……なぜ、あなたはお姉さまに興味をお持ちにならないんですの?」

 言質は取った、とほくそえみ、シリルは質問をぶつけた。
 彼女は昨日から今日にかけての観察で、海人がルミナスに恋愛感情を持っていないという事は信用していた。

 ルミナスの服装は基本的に家にいる間はタイトな薄着で、上は胸元がそれなりに開いている物を特に好んでいる。
 しかも翼がある関係上、服の多くは背中が肩甲骨の下まで開いている。過激な露出ではないが、男の情欲を否応無くそそってしまうのだ。

 今朝などは寝惚けていたせいで右肩の部分がずり落ちている事に気づかず、
しかも下着をつけていなかったせいで片胸全体が見えそうになるという事まで起こった。
 普段ならば大抵は前の部分に繋がった紐を首で止める袖なしの服を着ているため、ありえないハプニングなのだが、今日はキャミソール状の服を着ていたために男をほぼ確実にケダモノ化させる状態になってしまった。

 が、海人はそれら全てに無反応。家にいる時のスタイルの良さが強調された色気たっぷりの服装に目がいく事もなく、今朝はあられもない姿を見た瞬間に呆れ、平然とした口調で服の乱れを指摘し、服を整えさせた。

 ――余談だが、彼はその直後に赤面したルミナスに蹴り飛ばされ、朝食途中で熟睡する羽目になった。

 しかし、ここまでくると逆に疑問が出てくる。
 一応は若い男である彼が、なぜそこまで無関心でいられるのか、と。

 からかうような笑みを浮かべ、シリルは海人の答えを待った。

「おいおい、興味はかなりあるぞ? あれほど一緒にいて楽しい人物はそう多くはないだろう」

「そういう意味ではありませんわ。なぜ、異性として興味をお持ちにならないのかを聞いているんですの」

 とぼけたような海人の返答に、今度は曲解のしようのない言葉で訊ねた。
 
 実のところ彼女はこの質問の答えを既に予想している。
 意地は悪いが男としては非常に屈辱的であろう言葉を彼の口から言わせたいだけで、答えそれ自体は分かっている。
 
 シリルはそう認識していた。

「ああ、そういう意味か。……ふむ、単純に好みのタイプではないからというのはどうだ?」

「好みであろうとあるまいと、よほど特殊な趣味の持ち主でもない限り、お姉さまにまるで興味を持たない事はありませんわ。
うちの団でも違うタイプの女性が好みと公言していた数人が、お姉さまに告白して振られてますもの」

 玉砕覚悟で告白し、そして一人の例外もなく見事に振られた男達を思い出し、苦笑する。
 
 シリルの知る限り、今までルミナスが誰かと付き合った事はないが、振った数は三桁に達している。
 類稀な美貌、世話好きな性格、料理上手、とモテる要素が揃いすぎ、放っておく男が少ないのだ。
 
 恋愛感情に直接結びつくかどうかは別としても、ルミナスと数日一つ屋根の下で暮らしてまったく異性を意識しないなど、健全な男には不可能といっても過言ではない。 

「そうかもしれんが、人それぞれじゃないか?」

「ん~……どうしても言いたくないんですの?」

 あくまで白々しくとぼける海人に、困ったような目を向ける。
 彼女にとってこの質問はちょっとした意地悪程度のつもりだった。
 シリルが予想している肉体的な問題は、人によっては死んでも言いたくない事も考えられるので、嫌なら強制はするまいとも思っている。
 が、海人は特に躊躇した様子も無く軽い調子で彼女の問いに答えた。

「いや、単にこういうやりとりが好きなだけだ」

「ふふっ、私も嫌いではありませんが、そろそろお答えいただけませんの?」

 海人の答えに満足そうに微笑み、答えを促す。
 どうやら本人はその肉体的な問題をさほど気にしてないようだと安心しての言葉だったが――

「まあ、大した話でもないんだが……死んだ妻が忘れられんのでな」

 返ってきた予想外の答えにシリルは目を極限まで見開き、凍りついた。
 慌てて謝罪しようとするもショックのあまり言葉が出ず、パクパクと口が空しく開閉している。
 そんな彼女の様子も目に入っていない海人は淡々と自嘲するように言葉を続けた。

「色々と変わり者だったが、それを差し引いても非常に出来た女でな。私には勿体無いほどの良い女だったよ。で、死後二年ほど経った今でもまだ乗り越えられんのだ。なんとも情けない話だがな」

 口調は普段通りにも思える軽さ。肩を竦めるような仕草も、目を閉じて口元を皮肉気に歪めた表情も一見軽く見える。
 普段と比べれば違和感を感じるものの、気のせいに感じてしまう程度の差でしかない。
 が、目が閉じられる前にシリルが垣間見た彼の瞳に秘められた深い悲嘆は、それが気のせいではないと彼女に確信させていた。

「……ご、ごめんなさい……」

 自分の考えていた答えが致命的に間違っていた事を思い知らされ、ようやく出た弱々しい声で謝罪する。
 先程までの楽しげな雰囲気はなりを潜め、今は叱られた子供のようにただただ小さくなっていた。

「なに、気にする事はない。たしかに普通ならルミナスほどの女性相手に興味を示さないというのは、
男として不能か、男色とか幼女趣味など特殊な連中だけだろうからな。気になるのは仕方ない」

「……てっきり、不能かと思ってましたわ……本当に、ごめんなさい」

 軽い口調で答える海人がかえって痛々しく見え、海人の体から下りて深く頭を下げる。

 彼女が予想していた答えは海人が男として不能だということだった。
 男色の可能性は初対面時の言葉で消滅。幼女趣味の可能性も自分に興味を示していない事を考えればまずない。
 他の可能性も考えられなくは無かったが、どれも低いと思っての結論だった。

 海人のあまりに淡々とした性格と過激な行動に目を奪われ、精神的に深い傷を抱えているという可能性を失念していたのだ。
 自分の思考はあまりに短絡的すぎた、とシリルは深く後悔していた。

「だから気にせんでいいというに。それと、私は一応健全だ。しかし女性の趣味に関して言えばある程度下の年齢でも問題なしだ。
昔の私だったら今の君の姿も喜んだかもしれんぞ。 ……そういえば、なんでそんな格好なんだ?」

 己を深く恥じているシリルの頭を優しく撫でながら、海人は冗談まじりに先程気になっていた事を訊ねた。
 再び開かれた彼の瞳にはいまだ悲嘆の色の残滓が残っていたが、態度は既に普段通りのものに戻っていた。

「……あなたの判断力は侮れませんもの。もし起きて咄嗟に逃げられたらその音でお姉さまが起きてしまわれる可能性がありますわ。
そこで、ほぼ確実に一瞬硬直させるために意外性の大きい格好で来たわけです」

 暗くなった雰囲気を払おうとしている海人の気遣いを悟り、シリルも気分を切り替えてややぎこちないながらも普段の調子で応対する。
 無い胸を自慢げに張り、なにか文句はあるかと言わんばかりの口調で衣装の理由を解説した。

「まあ、確かに見えていれば一瞬と言わずしばらく硬直しただろうな。
しかし、元々そういう衣装を持っていたという事になる訳だが……」

「無論、本来はお姉さま用の勝負着ですわ」

「まあ、頑張……いや、頑張られてしまうとルミナスには悪いのか。
ふむ、では全力で健闘し、その後見事玉砕してくれたまえ」

「なんで応援の言葉が失敗祈願になりますの!?」

「はっはっは、気にしたら負けだぞ」

「おのれ、見てなさいカイトさん! 今からこれでお姉さまに夜這いをかけ、見事思いを遂げて見せますわ!」

「お~、せいぜい頑張って……っと最後に一つだけ」

「なんですの?」

「無理かもしれんが、本当に気にしなくていいぞ。
むしろ君とのやりとりは結構楽しいので、普段通りの方がありがたい」

「……わかりましたわ。明日までには戻します。ただし、後悔はなさらないように♪」

 最後にニタリと不敵な笑いを残し、海人の部屋を出る。
 そしてドアを閉め、その途端にシリルは頭を抱えて落ち込んだ。
 ここが自分の家であれば、頭を壁に叩き付けたい気分だった。
 
 海人は普段通りに、と言ったが実際はそれが一番難しい。
 怒鳴られたり責め立てられていればまだ楽だった。それならばまだ多少罰を受けたという実感を持てた。
 しかし、海人は彼女を一切責めなかった。悪い事をした自覚があるのに罰を与えられず、普段通りにと言われても難しい。
 それが本当に気にならないほど彼女は無神経ではなく、すんなり割り切れるほど大人でもなかった。

 言ってしまった手前、明日までには普段通りにならなければならない。
 彼女は肩を落としながら、とりあえず部屋に戻ろうと二階に上がる。

 階段を上るとすぐに、廊下の壁に背中を預けて腕組をしている人物が見えた。
 自慢の艶やかな黒い翼が、窓から差し込む月明かりに照らされてその存在を誇示している。
 そしてその人物はシリルの姿を視認すると同時に、無詠唱魔法で周囲の音を遮断し、彼女をジロリと睨みつけた。

「……お姉さま」

「叱るつもりだったけど……そこまでへこんでると叱りようが無いわね。
ナイフ突きつけた事も反省しときなさいよ?」

 普段の元気が見る影もない部下に深々と嘆息し、視線を和らげる。
 自分を心配しての行動だから怒り辛いというのもあるが、何より今のシリルは彼女が叱っても意味がないほどに憔悴していた。

「はい……お姉さまは、ご存知でしたの?」

「いや、私はカイトが当分どんな魅力的な女も口説く気にならないって聞いてただけよ」

 今度は小さく溜息をつく。
 魔力判別所での話で予想していたとはいえ、あの年にしては随分重い話だ、と思う。
 傭兵という職業に忌避感を持って無さそうな事を考えれば、目の前で殺されたという話では無いだろうが、
 病気にせよ事故にせよ、それが辛いという事実に変わりはないだろう。そう考え、彼女は頭を抱える。

 ルミナスは強引に止めると後に悪影響が出そうだと考え、シリルが海人の部屋に入るのを見ながら止めなかった。
 よもやこんな方向に話が進むとは予測していなかったためだが、やはり止めておくべきだったか、と後悔の念が拭えなかった。

「そうですか……」

「そうやって素直に反省できるのはあんたの美点よ。カイトも許してくれてるんだし、気にしすぎないようにね」

「はい。……しかし、今思ったのですけど、お姉さまは立ち聞きを謝らなくていいんですの?」

「うっ……!? い、いやほら、本来はあんたが暴走した時に止めるために待機してたわけだから。
あれは事故よ。うん、不可抗力ね。大体、謝るにしたってタイミングってもんがあるでしょ?」

 痛い所を突かれ、ルミナスはうろたえながら何かと言い訳を続ける。
 流石にシリルの直後に海人の部屋に行くには気まずいらしい。  

「まあいいですけど……謝罪なさるのであれば、早い方がよろしいかと」

「ああ、もう! わかったわよ!」

 思いっきり正論を言われ、ずんずんと大股で階段を下りる。
 いってらっしゃいませ~、と上で可愛らしく手を振るシリルを睨みつけ、そのまま海人の部屋の前までやってきた。
 コンコン、と既に眠っていれば起こさない程度の軽いノックをする。

「……カイト、起きてる?」

「起きてる。用があるのなら入ってきて構わんぞ」

 ドアが開き、ルミナスが部屋に入ってくる。
 大きな翼も小さく見えるほどおどおどとした様子で部屋に入ってきた彼女に、海人は体を起こしながら声をかける。

「先に言っておくが謝罪はいらんぞ」

「立ち聞きしてた事、気付いてたの?」

 ルミナスは不思議そうな顔になる。
 海人が人の気配を察知できるような技能を持っているとは思えず、魔法で音も遮断していたため気付かれているとは思わなかったのだ。
 どうして悟られたのか分からず、首を傾げていると、

「そんなはずないだろう。先程ドアが閉まる音もしないのに、シリル嬢の足音が唐突に消えたからな。
何かあったのは間違いないが、揉め事にしてはこの家の造りで振動が響かないのはおかしい。
となると彼女が出てくるのを待ち構えていた君が、私に気を使って風の魔法で音を消したと考えるのが自然だ。
そしてわざわざここに来た事を考えれば、会話の一部始終を聞いてしまって謝罪に来たと考えて間違いないだろう」

 海人が解答を語った。
 確かに彼に気配を読む技能はないが、シリルがたてていた音の不自然さは彼に状況を推察させるには十分だった。
 もし彼女がシリルが部屋を出た直後から音を消していれば、彼といえど咄嗟には状況が分からなかっただろう。

「……全部正解よ。今度から参考にさせてもらうわ」

「で、謝罪以外に何か用事があるのか?」

「いや、特には無いんだけど……ドライよね、あんた」

「そうか? ならば色々な意味でウェットに。ふっふっふ、謝罪の証として君の体で」

 好色そうな笑みを浮かべ、手をルミナスの胸元辺りの高さでワキワキと動かす。
 しかも少しずつ彼女の体に手が伸びている。

「ていっ♪」

 可愛らしい掛け声と共に、海人の腹部に手刀が突き刺さった。
 どうやら彼女はセクハラには厳しいらしく、手加減しつつもその手はきっちり人体急所を貫いていた。

「鳩尾が!? 鳩尾がぁぁぁ!?」

「冗談でもそういう事しないの。ったく……で、それはごまかしてるの? それとも、それなりに楽しんでるの?」
 悶え苦しむ海人に呆れた目を向け、ある程度落ち着いたところで訊ねる。
 単に一人になりたいのだろうと素直に思えるのなら、軽く流して出て行けるのだが、
海人の今までの行動を見ていると人をからかうのを楽しんでいるだけという可能性も高い。
 やりづらいな~、などと思いつつ海人の返答を待つ。

「半々だな。が、いつも楽しませてもらっているよ。君にも、シェリス嬢にもシリル嬢にもな」

「それならいいけど、さ。ま、悩み事とか愚痴があったらこの美人なお姉さんに相談しなさい。
聞くだけなら私でも出来るから」

「その時はそうさせてもらおう。さて、用がないならもう寝た方が良い。
睡眠時間を削るのは健康に良くないぞ」

「ん。騒がせて悪かったわね……じゃ、おやすみ」

 自分を気遣う海人に軽く手を振り、ルミナスはそのまま自分の部屋に戻っていった。

 足音が遠ざかっていくのを聞きながら、海人は誰にともなく呟く。

「やれやれ。こちらに来てから、会う女性会う女性美人な上に善良な相手ばかりだ。
……そろそろ化けて出てきてくれんと、恥知らずにも気が移ってしまうかもしれんぞ」

 目を閉じ、嫉妬深かった妻の怒り顔を思い出す。
 以前は見るたび屋敷中を全力で逃げ回っていた形相すら、今となっては懐かしく愛しかった。
 そんな何よりも大切な記憶を懐古しながら彼は眠りにつく。

 ――この世界に来て以来、生きる事を楽しみ始めている自分を嘲りながら。



テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

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