FC2ブログ
ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄60
 数日後、海人は屋敷の応接間でローラと向かい合っていた。

 両者の間には、茶菓子のクッキーと紅茶。
 クッキーはローラが手土産に持ってきてくれたもので、なかなか美味い。
 紅茶は極上の茶葉でローラが淹れた為、素晴らしい味に仕上がっている。

 その味を楽しみながら、会話が始まった。

「美味いクッキーだが、わざわざ手土産など持ってこなくとも良かったんだぞ?」

「お時間を取っていただいたわけですし、何より先日メイベルが御迷惑をおかけしましたので」

「……そういえば、彼女はあまり愉快な反応を見せてくれなかったんだが?」

 からかうように、笑う。

 メイベルの反応は、海人にとってさほど面白くはなかった。
 素の性格がバレたならば、と一気に攻勢を仕掛けてくるのは意外でも何でもなく、そのやり口も予想の範囲内。
 それも分かっていて楽しめるような類のものでもなかった。 

 無論、その後結果としてルミナスの説教に五時間もさらされた挙句、
挑発された怒りを忘れていなかったシリルに止めを刺されたせいでメイベルの印象が弱くなったというのもあるが、
そもそも反応自体があまり面白くなかったのだ。
「それは失礼いたしました。
カイト様なら自信家な身の程知らずの無謀な挑戦を楽しんでいただけると思ったのですが」

「……すまない、ローラ女士。私は君程性根が腐っていないんだ」

 心底沈痛そうな表情を作り、目を伏せる。
 非道な発言に憤るのではなく、ただ相手の卑小さを哀れむ。そんな仕草。
 何とも嫌味ったらしく人の怒りを煽る態度だったが、ローラは事もなげに言葉を返した。
 
「率直に拒否すれば済んだというのに、わざわざ攻め込ませて返り討ちにしたのは十分に根性が根腐れているかと存じます」
 
 ふ、と嘲笑めいた息を漏らす。

 先日のメイベルの行動は、本人から一通り聞かされている。
 メイベルが何をやって、どんな目にあわされたか、余すことなく。

 そして、ローラは海人という人間を良く理解している。

 亡き妻への思い、強靭な意志力、そして手玉に取られる事を嫌う自尊心の強さ。
 彼ならばメイベルが色仕掛けをする前にバッサリ切り捨てられる。
 勿論そうすれば深追いはしない相手だと理解できない低能でもない。
 
 それをあえてしなかったのは、間違いなく悪戯好きなその性根に原因がある。

 ただ断るだけではつまらないから、あえて仕掛けさせて返り討ちにしたのだろう。
 相手の絶大な自信を砕きつつ一方的に弄ぶというなんとも悪趣味な悪戯なのだが、
相手次第ではそれを心置きなく楽しめるだけの歪んだ性格を海人は持ち合わせている。

「どうかな? 案外色香に呑まれてタイミングを逃しただけかもしれんぞ?」

「終始余裕で一方的に弄ばれたと非常に悔しがっておりましたが?」

 互いに一歩も譲らず、かわしたり皮肉ったりを繰り返す。
 内容はどんどん辛辣になっていくが、両者の表情はあくまで静謐。
 語気を荒げる事もなく、ただ相手を追い詰めんと口舌の刃を交わしていく。
  
 それを眺めながら、刹那は冷や汗を垂らしていた。

(な、なんと心臓に悪いやり取りだ……) 

 別に二人の仲が険悪なわけではないと、頭では分かっている。

 海人もローラも互いに皮肉を言い合ってはいるが、それとは対照的に空気は非常に穏やかなのだ。
 あれはシリルと殴り合う時のような、じゃれ合いの一種なのだろうと理解はできる。

 が、こうも心を削る舌戦に慣れてない身からすれば、見ているだけで胃が痛くなってくる。
 どちらもその気はないのだろうが、自分が言われているわけでもないのに精神力が削られるのだ。
   
 早く終わってほしい、そんな祈りが届いたのか、ふと話が打ち切られた。

「っと……夢中になるところだったな。遊びはこの辺りにしておこう。
魔法学の授業をしてほしいとの事だったが、時間はどのぐらいある?」

 姿勢を正し、問いかける。

 先日のローラの手紙には、自分も試しに授業を受けてみたいという旨が記されていた。
 どうやら部下達の評判を聞く内に好奇心が湧いたらしかった。
 忙しい中時間を空けて授業を受けに来たのだから、時間の無駄は省かなければならない。
 彼女の場合一分一秒が後の仕事に影響するのだから。
 
 そう思っていただけに、ローラから返された答えは海人を驚かせた。

「明日の昼まで休暇を取って参りましたので、たっぷりとございます」

「は? 休暇? 君がか?」
 
「はい。色々面倒でしたが、正式に許可を頂きましたので、何一つ問題はございません」

「ふむ……君にとっては、じゃないか?」

 にやりと笑い、ローラの目を覗き込む。

 ローラの職務のほとんどは、替えが難しい。
 部下への戦闘訓練に関してはメニューを決めておけば済むかもしれないが、
多くの重要書類の決裁に関してはシェリスが代わる他ないだろうし、主の護衛は屈強なメイド達といえど一人での代替は不可能だ。
 海人が知っているだけでもこれだけあるのだから、実際はもっと多いだろう。

 その彼女が休暇を取るとなれば、事が穏便に進むはずもない。
 
 正式に許可を取ったと言っても、喜んで許可を出したかはまた別の話。
 普通に考えれば、シェリスは相当渋ったはずである。
 一番しわ寄せが来るのは、彼女なのだから。

 それに許可を出させたとなると、どう考えても穏やかな方法は使っていないはずだ。

「御想像にお任せいたします。ところで、今日はルミナス様達は?」

「ああ、自宅に帰りがてらカナールで買い物もして来ると言っていた。それがどうかしたか?」

 不思議そうに、首を傾げる。

 ルミナスは今朝早く、シリルを伴って自宅に帰っていった。
 彼女らは実質この屋敷に住み込んでいるが、仕事の連絡などは当然自宅に届く。
 その為、定期的に家の様子を見に行かなければならないのだ。
 
 とはいえ、これはローラには関係ない話のはずである。
 彼女の性格からして、ルミナス達にも用があるなら手紙にその旨を記しているはずだ。

「いえ、気配を感じないので気になっただけです。では、早速よろしいでしょうか。
こちらに質問事項を一通りまとめて参りましたので、御覧ください」

 ポケットから折り畳んだ紙を取出し、海人に手渡す。
 広げてみると、質問事項が整然と並んでいる。
 量は多くないが、なかなか高度な質問が多かった。

 それを眺めながら海人は用意しておいた筆記用具を机に置きつつ、授業の進め方を考える。

「ふむ、火属性系の話が主体……この順番で良いか。
早速始めるが、分かりにくかったら即座に言ってくれ」

「承知いたしました」

 ローラが頷くと同時に、授業が始まった。

 その授業は、冗談のように高度だった。
 火属性魔法の構築理論、その応用。そして術式を組む際の最適な構築法。
 破壊力を優先的に上げるにはどの構築法を使うべきか、
魔力消費の減少を優先するならどんな魔法文字を活用すべきか、事細かに説明していく。

 その内容は全てシェリスの屋敷の蔵書に記されている範囲に止まっているが、
第一線級の研究者でも全てを理解出来ている者がどれだけいるか疑わしい次元だ。
 
 ローラは、それを速やかに吸収していく。
 少しでも引っかかった箇所は迷わず言葉を挟んで説明を求め、一部の隙も許さぬと言わんばかりに完璧を求める。
 それどころか理解した事で新たに湧き出した疑問を遠慮なしにぶつけ、更なる説明を求めてくる。
 教師としては教え甲斐のある、素晴らしい生徒だ。
 
 そんな優秀な生徒を前にして、海人の説明にも熱が入る。
 一を聞いて十を知るタイプではないが、着実にそして貪欲に知識を増やそうとする姿勢は好ましい。
 昔の自分を見ているようで、ついつい興が乗ってしまう。

 楽しみながら丁寧に話を進めていると、ローラが話を止めた。

「カイト様、少々質問をよろしいでしょうか」

「何だ?」

「今まで説明していただいた話を総合して思ったのですが、アグニッシュ配置法、バーンブレスト配置法、
ブレイズ系魔法文字、イグニス系魔法文字……これらの組み合わせは現状不可能とされているはずですが、
グラーゼン構築法とカルナード構築法の応用で組み合わせる事が可能なのでは?」

「……流石に優秀だな。良い読みだ」

 ローラの言葉に、海人は不敵な笑みで応えた。

 彼女の考えは、見事に的中している。
 現在の魔法学では不可能と記されている組み合わせだが、実は抜け道が存在する。

 そして、それを活用すれば既存の火属性魔法術式の改良が可能になる。
 勿論海人開発の魔法とは比べるべくもないが、一般的には画期的な手法だ。

「それについての解説はしていただけませんか?」

「私がやるのは、あくまでシェリス嬢の蔵書の解説だけだ。
それを組み合わせ発展させた物の説明までする気はない」

 ローラの言葉を、にべもなく切り捨てる。

 シェリスとの契約は、あくまでも彼女の蔵書の解説まで。
 直接新理論に繋がるような内容や理論の矛盾点に関してを問われても答える気はない。
 今のところ一度もその手の質問は受けていなかったが、契約書にもしっかりと明記してある。

 番外の授業とはいえ、そこを譲歩する気はなかった。

「……残念ですが、仕方ありませんね」

 軽く目を伏せ、息を吐く。
 相変わらず表情は変わらないが、その様子にはどことなく落胆の色が見えた。
 
「と言っても、私から得た知識を発展させて自分で掴む分には文句の言いようもないぞ?」

 試すように、ローラの目を覗き込む。

 海人は自分から書籍外の知識について話すつもりはない。
 これは事実だし、どれだけ頼まれても変える気はない。
 
 だが、書籍で解説されている範囲内ならばいくらでも答える。
 もちろん絶対に新しい知識に繋げられない解説などという愚劣な小細工をするつもりもない。
 仕事である以上、契約の範囲内では最上を目指す。

 そして、その知識から生徒が勝手に発展させる事は止められるはずもない。
 言うまでもなく、得た知識をどう使うかは生徒の自由なのだから。 

「無茶を仰いますね。名立たる学者達が疑ってもいない定説を、一介のメイドに覆せと?」

「無理とは思わんがな。これに関しては本当に細やかな閃き一つで覆せる。
そこまで思いついてるんだったら、今日中に理論化に到る可能性もあるぞ」

 冷たく睨んでくる美女に、あっさりと言葉を返す。

 今回ローラが気付いた事は、本当に些細な思いつきで解決する。
 海人からすれば、未だそれが発表されていないのは秘匿、あるいは学者達の怠慢にしか思えない、そんな内容なのだ。
 それなりに広く深い知識は必要になるが、本職の学者なら気付けるはずの事だ。

 そして気付きさえすれば、真っ当な学者なら一時間以内にそれを理論化できる。
 質問の内容から推察できるローラの知識量からすれば、それと同様の事は可能なはずだった。
 
 淡々と述べる海人に、ローラは少し考え込んだ。 

「……ちなみに成功した場合、どの程度の価値があると思われますか?」

「定説を覆すわけだし、魔法学の本に名前が乗るかもな。実用性もあるし」

「となりますと、成功すれば小賢しい知識を身につけるよりもはるかに有用ですか。
既存の理論の範囲であれば、質問に答えていただけるのですね?」

 やる気が出たのか、僅かに前傾姿勢になるローラ。
 その目には、ひっそりとだが明確な闘争心が宿っている。

「ああ。折角だし、見事理論化に到ったら景品も出そう。その方が気合も入るだろう?」

「それはそうですが……景品、ですか?」

「うむ。もし手に入れれば多少なりとも仕事の負担を軽減できるはずだ。
なんだったら、シェリス嬢に製法も売ってやるぞ」

「……それは実にやる気が出ますね。では、お願いいたします」

 目の奥に潜む闘争心を静かに滾らせ、ローラは授業の再開を促した。 

























 数時間後、屋敷に帰って来たルミナスとシリルを雫が出迎えた。

「おかえりなさ~い。なんかありました?」

「いや、特に何もなかったわ。食材は良いのが揃ってたけど」

 袋を掲げ、微笑む。

 仕事の連絡などは来ていなかったが、カナールではなかなか良い買い物ができた。
 町の広場で海鮮祭りと題して種々折々の魚介類が販売されていたのだが、それが実に良かったのだ。
 普段は見慣れない魚は勿論、海老など見慣れた物も新鮮な物が安く売られており、思わず色々買い込んでしまった。

 もっとも刹那がいなかった為、出費の関係上量は控え目にせざるをえなかったが。

「そっちは何かあった?」

「ローラさんが来て、海人さんの授業受けてる真っ最中です」

「ああ、そういえば今日来るかもって言ってたわね。どんな感じ?」

「ちんぷんかんぷんです。人間の言葉に聞こえません。
実は二人で示し合せて無学なあたしらをおちょくってるんじゃないかとさえ思いました」

 ふ、と悟りきった老人のように微笑む雫。

 授業の前半は、まだ良かった。
 意味不明で話の一割も理解できなかったが、それだけの話。
 分からないなりにどんな話なのか理解しようとする事は出来た。
 
 が、後半――――海人が景品の話を持ち出してからは本気で訳が分からなくなった。
 
 矢継ぎ早に放たれる高度な質問、飛び交う未知の単語、吹き荒れる理解不能な言葉の嵐。
 理解しようとする暇さえなく交わされる言葉は、もはや暴力に等しい。
 
 あそこまで来ると、無学な身としては話を聞き流す事で自己防衛する他なかった。

「凄そうねぇ……何か出てきた単語覚えてる?」

「覚えてる限りではバーンブレスト配置法とかカルナード構築法とか……」

 雫がかろうじて記憶に残っていた単語を絞り出すと、シリルが目を覆って天を仰いだ。

「……理解できなくて当然ですわ。どちらも火属性魔法系の超高等理論ですもの。
私も多少知ってはいますが、理解しているとは言い難いですわ」

「ってか、そんな単語が出てくるだけでローラさんの異常性が分かるわよね。
あの戦闘力にその知力、んでありえないぐらいの美貌……ありゃもう人間じゃないわよ」

 はあ、と溜息を吐く。

 ルミナスとて、自分が才能に恵まれていないとは思っていない。
 努力で文武共にそれなりの領域に達する事が出来ているし、努力で変えにくい容姿にも十分恵まれている。
 総合的に見て、人に羨まれるレベルだという自覚はある。

 が、ローラと比較すれば流石に鬱になってくる。

 死にもの狂いで鍛錬を積んでいる武力で足元にも及ばず、容姿も到底敵わない。
 そして、今の話からすれば知力も大きく水をあけられている。
 これでたった二歳しか違わないというのだから、泣きたい気分になる。

 世の不条理を嘆きながら歩いていると、前方のドアがゆっくりと開いた。

 そこから出てきた三人に声を掛けようとしたところで――――ルミナスは固まった。
 
 ローラの右手に、あるはずのない物がある。
 ルミナスにとっては既に見慣れた物だが、ローラは見た事がないはずの物。
 つい先日まで、海人がその存在を教えるべきか悩んでいた物が。

 彼の性格からして、気が変わるにしても早すぎる。
 何か脅しをかけられたにしては海人の機嫌が良すぎるし、訳が分からなかった。
 
 呆気に取られていると、海人達の声が聞こえてきた。
 
「やれやれ、まさか本当にやってのけるとはな」

「失礼ながら、自分で自分の首を絞めただけかと。
あの状況で他属性に目を向けてみろ、などと言われれば猿でも分かるというものです。
もっとも、そのおかげで素晴らしい物が手に入りましたが」

 景品――――万年筆を、どこか誇らしげに掲げるローラ。

 形状は握りやすいクリップ付きの実用性重視な物だが、
黒基調のボディの所々のパーツで純金が使われており、高級感が滲み出ている。
 キャップ部分にはアクセントのように桜の枝の蒔絵が施されており、見ていても楽しい逸品だ。

 これに加え、魔法学の定説を覆した術式構築法。
 尋常ではなく頭を酷使したが、それでも手に入れるのに要した時間を考えれば破格の報酬と言えた。

「確かにそれが致命的だったな。かといってあのまま袋小路でも面白くなかったしなぁ……」

 ふ、と天を仰ぐ。

 ローラは確かに優秀だったのだが、火属性に集中するあまり途中で完全に行き詰っていた。
 それでも諦めず次々と質問をぶつけて糸口を掴もうとしていたのだが、かえって泥沼に嵌まってしまった。
 表面上無表情は保っていたが、海人の目には憔悴は明らかだったので、つい助け舟を出してしまったのだ。

 とはいえ、他属性に目を向けろと言われた瞬間、即座に閃いて一気に完成させたあたりは流石という他ない。
 目を向けるべきは光属性と闇属性の構築法だったので、他属性を考えて余計に袋小路という可能性も十分あったのだ。

「部下から話は聞いておりましたが、カイト様は授業中非常にお優しくなる傾向があるようですね。
普段ならあの助け舟は望めないでしょうし、なにより憎まれ口の一つもなく授業が終わるとは考えもしませんでした」

 薄く、海人にしか分からない程に薄く微笑む。

 部下達から聞いてはいたが、授業中の海人は温厚そのものだった。
 早とちりなどで理解が若干ずれても穏やかに訂正するだけで、皮肉の一つも言わない。
 それでいて、理解できた事に関しては時折優しく褒めてくれる。
 部下の中に惹かれる者が出てくるのも、頷けない話ではない。

 素の海人の性格の悪さを知っている身としては、化かされている気分だったが。

「いくら私でも仕事中に余計な遊びは入れんさ。
……ん? どうしたそんな所に突っ立って?」

 ようやくルミナス達に気付いた海人が、首を傾げた。   

「えっと、カイト……何でローラさんがそれを?」

「ちょっとした賭けに負けてな。ま、決断を下すには良い理由になったとも言えるが」

「どちらかと言えば、勝たせていただいた気がします。
もっとも、あそこまでヒントを出されて負けていたら後々まで馬鹿にされたでしょうが。
授業が終わったら相変わらずの態度に戻られましたし」

 冷たい目で、海人を見据える。

 授業が完全に終わるまでは毒舌を封印していた海人だったが、終わったらすっかりいつも通りに戻っている。
 流石に直後に馬鹿にする事はしないだろうが、後々チクチクと甚振ってきた可能性は非常に高い。

「おやおや、普段の私はそんな酷い事をするような人間に見えるか?」

「初対面で散々に罵って下さったのはどなたですか?」

「哀れでひ弱な一般人をあんな大規模戦闘に巻き込んだ悪女が悪いな」

「疲弊した体で孤軍奮闘しようとした健気な女を無情に見捨てようとした殿方の方がもっと悪いかと」

 じゃれ合い程度の、下らない罵り合い。
 海人はいつも通り皮肉を言っているだけだし、ローラは相変わらずの無表情でそれを受け流しているだけ。 
 特別変わった事はない。漠然と、ローラがそれを楽しんでいるような気がするだけだ。
 
 ――――が、その一点がルミナスには妙に癪に障った。

 刹那が海人と仲良くしていた時以上に、得体の知れない怒りが込み上げてくる。
 ローラが海人と仲良くしている事は、ある意味刹那と仲良くしているよりも良い事だというのに。   
 一番の危険人物に気に入られれば、それだけ海人の生存率が上がるというのに。

 そんなルミナスの内心など関係なく、話は進んでいく。
 
「そういえば、今日はこれからどうするんだ?」

「それですが、よろしければ一泊させていただけますか?
折角の休暇、ゆっくりと休みたいので」

 静かに、頭を下げる。

 休暇を取っているとはいえ、屋敷の仕事の総量が変わるわけではない。
 帰ったらシェリスに泣きつかれる可能性も考えられる。
 無論そうなっても無情に却下するが、それもまた面倒な作業だ。

 かと言って、町に行って宿を取る気にもならない。
 散々苦戦した結果、既に日が落ち始めている。
 宿を探す手間から何から考えると、ゆっくり体を休める事は望めない。

 となると、最善はこの屋敷に泊めてもらう事になる。
 ここならば明日の朝食後に出立しても、予定時間前に余裕で戻れる。

「構わんよ。どうせ部屋は余っているしな」

「ありがとうございます。代わりと言ってはなんですが、夕食は私が腕を振るいましょう」

「あ、私も一緒に作りますよ。今日は作りたい物幾つかありますんで」

 恭しく頭を下げるローラに、ルミナスが申し出た。

 ローラの料理はチーズケーキぐらいしか知らないが、彼女は自信無くして申し出るタイプではない。
 おそらく他の料理も相当な技量があるのだと見当がつく。

 なのでローラに全て任せてその腕をじっくり見てみたいという思いもなくはないのだが、
生憎今日は色々新作を作ってみるつもりで材料を買ってきた。
 鮮度の問題もある為、今日料理しないわけにはいかないのだ。

「是非お願いします。ルミナス様の腕は素晴らしいと伺っておりますので、勉強させていただきます」

 ルミナスの提案を快諾し、ローラは粛々と一礼した。

  













 二時間後、海人は食堂の自分の席で目を丸くしていた。

 目の前にある大きなテーブルに、数々の料理が所狭しと並べられている。
 更にその横にいくつかの小さなテーブルがあり、そこも料理で埋まっている。
 皿の数を合計すると、いつぞやルミナスが作りすぎた時をはるかに上回っていた。

「……壮観、だな」

「ご、ごめん。なんかローラさんの手際見てたら対抗心湧いちゃって」

「ルミナス様の料理に触発されて、つい色々と試してしまいました。申し訳ありません」

 ルミナスは心底申し訳なさそうに、ローラは静かに頭を下げる。
 最初は二人共普通に作っていたのだが、いつの間にか料理が大量生産されていた。

 切っ掛けはローラの凄まじい手際を見たルミナスが、プライドを刺激されて品数を増やした事。
 といっても少量の前菜だったのだが、それを見たローラが何やらインスピレーションを得て品数を増やした。
 その出来栄えを見たルミナスがまた対抗心を発揮して品数を増やし、それを見たローラがまた増やし、と繰り返しているうちにこの状況である。

 先日ルミナスの箍が外れた時以上の皿の数。
 増やされた一皿一皿は少量なのだが、いかんせん増えた皿が三十皿以上だ。
 健啖家揃いのメンバーと言えど、厳しそうな量である。

「いや、どれも美味そうだから構わんのだがな。ま、食べるとしようか。いただきます」

 海人の言葉を合図に、夕食が始まった。
 山ほどある料理の中から、各々目を付けた物を自分の皿に取り始める。
 海人も同じく料理を取ろうとしたが、その前にローラから皿が差し出された。
  
「カイト様、まずはこれをどうぞ。食欲を増す味付けにしております」

「ありがとう……おお、これは美味いな!」

 渡されたサラダを頬張り、海人は感嘆の声を漏らした。

 サラダはトマトとレタスのシンプルな物だったが、ドレッシングが凄かった。
 素材の味を引き出すのは勿論の事、柑橘系の香りの奥底にほのかに漂う香辛料の香りが食欲を刺激する。
 矛盾するようだが、食べれば食べる程腹が減るような逸品だった。

「お気に召して何よりです」

 海人の反応を見届けると、ローラは自分の食事にとりかかった。
 次々と料理を盛って平らげていくその速度は人間離れしているが、その食べ方は実に優雅。
 速やかに、そして美しく食べ進めている。  

 それを横目に、サラダを食べ終えた海人は次の料理の選定にかかった。
 
 が、つい色んな皿に目移りしてしまう。
 料理はどれも盛り付けが美しく、味も保証されている。
 それだけに、何から食べるかつい考えてしまう。 

 海人が迷っていると、横からルミナスが声を掛けてきた。
 
「カイト、ちょっとこれ食べてみて。こないだの奴材料少し変えてみたんだけど……」

 はい、とパンを差し出す。

 その上にはこの間海人が気に入った、海老のスープにからめた素揚げの海老が乗っている。
 香ばしく焼けたパンの色と上の具の色の相乗効果で、なんとも美味そうに見える。

 受け取ったパンを頬張って、しばし味わう海人。
 もぐもぐと咀嚼するその表情には、控え目ながら確かな幸福感が漂っている。
 
 が、食べ終えた海人は何やら難しい顔になっていた。
 
「ふむ、私はこっちの方が好みだが……少し危ないな」

「へ? 何かまずかった?」

「いや、この間もそうだったが妙に後を引いてな。運動不足だというのについ食べ過ぎてしまいそうだ。
気を付けんと、太ってしまう」

 心配そうなルミナスに、苦笑を向ける。

 定期的に運動するようにしてはいるものの、海人の運動量は少ない。
 授業にしても研究にしても大して動くわけではない為、日常生活における絶対量が少ないのだ。
 なので美味くても食べすぎないよう普段から自制しているのだが、流石にここまで後を引く料理だとそれもあまり役に立たない。

 そんな事を考えていると、ローラが話しかけてきた。 

「後を引くで思い出しましたが、折角ですからカレーも食べてみたかったですね。
先日頂いた種類以外を」

「食べるのは明日の朝になるが、それでも良ければ作るぞ?」

「それはありがたいのですが……今この場にある料理で肉も魚介も全て使い切ってしまったのですが、大丈夫でしょうか?」

「は……? 待て。ルミナス、今日材料買ってきたんじゃなかったのか?」

「や、セツナさんいなかったから、抑え目にしとこうと思って……野菜のカレーは出来ないの?」

「いや、作れるんだが……実はあれが一番時間がかかってな。作るだけで丸一日かかる。
徹夜で作れない事もないが、寝かせる時間がないから正直あまり美味くない物になってしまう」
 
 腕を組んで、深く考え込む。
 
 海人の野菜カレーの材料は全て創造魔法で作れるのだが、調理に時間がかかる。
 材料のエキスを根こそぎ煮出し、それを漉してを何度も繰り返さなければならないのだ。
 更にその後最低一晩寝かせなければ、ローラが求めるレベルには程遠い。

 時間的に、今から作っては間に合わない。 

「……仕方ありませんね。残念ですが、またの機会にさせていただきます」

 そう言って、ローラは僅かに肩を落とした。
 彼女にしては珍しく、海人以外でも見て取れる落胆ぶりだ。

「むう……できれば、食べたいか?」

「ええ。可能であれば、是非」

「……では仕方ないな。君がここで食事をする機会など多くないだろうし。
正直、あまり気は進まんのだが……」

 海人は言いながら一息吐くと、魔法の詠唱を始めた。
 ここしばらくですっかり慣れた、創造魔法の詠唱を。
 そして、滞りなく発動させる。

『へっ……?』

 魔法の発動と同時に現れた物を見て、ルミナス達が目を丸くした。

 そこにあったのは、御櫃と皿、そして小さめの寸胴。
 御櫃の中には湯気を立てる炊き立てのご飯、皿の上にはこんがりとソテーされた野菜、
そして寸胴の中にはホカホカと温かいカレーが入っていた。

 驚く周囲を気にした様子もなく、海人は一通りを皿に盛ってローラに手渡した。

「これが野菜カレーだ。肉系とは味の傾向が違うが、質は保証しよう」

「って、ちょっと待ちなさい!」

 ルミナスが席を蹴った。

「ん? 何だ?」

「あんた創造魔法で料理作れたの!?」

 胸ぐらを掴まんばかりの勢いで、海人に詰め寄る。

 ルミナスの知る限り、海人は創造魔法で料理を作った事は一度もなかった。
 いつもいつも材料を作り、そこから料理を作っていた。  
 なので、てっきり料理は作れないと思い込んでいたのである。

 それは何もルミナスに限った話だったわけではないらしく、シリルばかりか刹那と雫まで唖然としている。
 唯一ローラだけは表情が変わっていないが、よく見れば彼女も微かに瞳が見開かれている。

「ああ。だが当然だろう? 出汁は作れたし、和菓子も立派な料理だ」

「……言われてみればそうね。って、じゃあなんで今まで作んなかったのよ!?
魔法で作れば手間かからないし、色々食べれたじゃない!」

「あー、そこら辺は理由があるんだが……話しても理解はしにくいかもしれん」

 興奮しているルミナスを宥めつつ、頭を掻く。

 海人が今まで魔法で料理を作らなかった理由は非常に単純なのだが、
この世界の人間には若干理解しにくいものでもある。

「あら、言ってみなければ分かりませんわよ?」

「そですよ。言うだけ言ってみたらどうです?」

 いかにも興味津々といった様子で、シリルと雫が説明を求める。
 その目の輝きからして、追求を逃れるのは難しそうだった。

「やれやれ……仕方ないな。では、まずはこれを」

 再び創造魔法を使い、漆器の椀と袋を作り出す。
 すると海人は椀の中に袋の中身を開け、刹那に頼んでお湯を注がせた。
 
 そしてそれを――――インスタントのわかめスープを、ルミナスに差し出す。

「へえ~……味は普通にスープ作った方が美味しいと思うけど、便利ね」

 一口飲んで、そんな感想を漏らす。

 傭兵であるルミナスにとって、この手軽さは魅力だった。
 長い時間かけて材料を煮出す事無く、お湯を注ぐだけでスープが出来る。
 戦場の非常食としてはなかなか魅力的だ。

 残念ながら、味の方は口の肥えたルミナスを満足させるには程遠かったが。

「私の住んでいた場所ではこの手の手軽な食品が多くてな。
一から自分の手で作る料理、という物にはそれなりの価値が見出されているんだ」

「価値って?」

 首を傾げるルミナスに、海人は少し寂しそうに微笑んだ。

 ルミナスに分からないのも、無理はないのだ。

 この世界にはインスタント食品などなく、店で出来合いの物を買った方が安くつくという事もない。
 どこの家庭も、大概は各々の家庭で材料を買って作るのが当たり前だ。
 屋台などで持ち帰れる料理もあるにはあるが、それは外食と同じくあくまで嗜好品の一種だ。

 まして、ルミナスの家は大家族ゆえに貧しかった。
 聞けば外食など傭兵になって稼ぎ始めてからだったという。
 つまり、家族が料理を作るのは至極当たり前の生活。
 そんな環境で育った人間には、海人が手料理に感じている価値は想像し辛くても不思議はない。

 価値観が共有できていないという事実は、やはり寂しく感じるが。

「大概は食べさせる相手への愛情表現だな」

「へえ……」

「ついでに、私の場合は母の教育もあってな。
多少味が悪かったとしても、大事な人に食べさせる物は思いを込めて自分の手で作れと教えられた。
勿論、おめでたい日の外食とかはあったがな」

 懐かしそうに、目を細める。

 両親の失踪前、海人は家では手料理以外ほとんど口にした事がなかった。
 母が家にいる日は必ず手料理が振る舞われ、不在の日も温め直せる料理を作り置きしてくれていた。

 そして、自分の言葉の正しさを示すように海人が作った料理は何でも喜んでくれた。
 味にうるさかった母にとって、十にも満たぬ子供がえっちらおっちら作った料理が美味かったはずもないのに、
いつも美味しいと言って優しく頭を撫でてくれた。
  
 もっとも、こういう味も覚えた方が良いと海人にインスタントラーメンを食べさせた父にバックドロップをかました時や、
利き腕を怪我した際に夫を蹴り飛ばしながら作らせた時は、子供心にもいかがなものかと思ったが。 

「へえ~……って、そうなると今まで魔法で作らなかった理由って……」

「……大事な人間に食べさせるんだから、な。
自分の手で作れるのに創造魔法ではい出来上がり、ではどうにも不実な気がして良くない。
野菜以外のカレーも具なしなら作れると思うんだが……」

 居心地悪そうに、頬を掻く。

 つまらないこだわりと言われてしまえばそれまでだったが、
これはもはや意識に染みついてしまっている。
 しかも結婚後は妻からも同じような事を躾けられた為、最早変えようがない程根深くなっている。
 
 その為、ルミナス達がカレーを食べ足りなそうにしている時、
具なしを作ってやろうと思った事が無かったわけではないのだが、
やはりどうにも気分が乗らず今まで作らなかった。
  
 極めて個人的な感傷なので、文句の一つもぶつけられるかと思っていた海人だったが、

「……成程ね。うんうん、いいじゃない。それだけ私達を大事にしてくれてたって事でしょ? 凄い嬉しいわ」

 海人の頭をよしよしと優しく撫でる。

 海人は動けない時以外、ルミナスの家に居候していた頃から一度も食事当番を休んだ事がなかった。
 怪我をしている時も本の執筆で疲弊している時も調理を行い、代わろうと言ってもやんわりと断っていた。

 その理由が今の説明なら――――そう思うと、心が温かくなる。

 穏やかな気持ちが胸に広がり、自然と笑顔が浮かんでくる。
 周囲に目を向ければ、シリルや刹那達も同様に柔らかく微笑んでいた。

 そんな好意的な反応を見て、海人は嬉しそうに笑った。
 
「それは良かった。恨み言ぐらいは覚悟してたからな」

「んな事しないわよ。で・も……作れる料理、他にもあるんじゃないかしら?
昔あんたが食べた事のある料理も、肉魚卵入ってなきゃ作れるんでしょ?」

 にんまりと笑い、追求する。
  
 海人は美食にあまり興味がなく、多少味付けに失敗した物でも黙々と食べる男だが、口は非常に肥えている。
 流石に食べたら材料を全て当てられる程ではないが、稀にルミナスが味付けに微妙に失敗した場合でも、
その原因を正確に言い当てられる程の味覚がある。
 
 それは、一朝一夕で身に付くものではない。
 美味い物をそれなりに食べていなければ、あそこまで細かい判別は出来ない。

 となれば、創造魔法で作れる美味い物も多いはずである。
 動物系でも出汁であれば制約に引っかからないらしいので、意外に幅は広いはずだ。
  
「……多分な。私が作れるネタが完全に切れてからにしようと思ってたんだが」

 降参、とばかりに苦笑しながら両手を上げる。

 ルミナスの予想通り、創造魔法を使えば海人が作れる料理は非常に多い。
 なにしろ、美味しい物が大好きだった妻に付き合って世界各国最高峰の料理を食べ歩いていたのだ。
 創造魔法の制約を考えても、作れる料理は数多い。

「参考になるだろうし、今度から毎食一品出してくれると嬉しいわね。
勿論、嫌なら無理にとは言わないけど」

「いや、構わんよ。ところでローラ女士、気に入ってくれたのは嬉しいがあまりがっつくな」

 ルミナスの言葉を快諾しつつ、彼女の隣へ視線を向ける。
 そこには黙々と、だが超高速で次々にカレーをおかわりしている絶世の美女の姿があった。

 嫌な予感を覚えて雫が寸胴を確認すると、驚くべき光景が待ち受けていた。

「ああああああああっ!? もう半分以下に!?」

「美味しかったもので。これのレシピもいずれ頂戴したいものです」

 次の御代わりに手を伸ばしながら、しれっとのたまうローラ。
 相変わらず感情を掴めない表情だが、口調はどこか楽しげだった。

「もういいじゃないですか!? あたし達の分が無くなっちゃいますってば!」

「その気になればいつでも食べさせていただける方々より、
機会が限られている人間が優先されるべきかと」

「……その理屈でいくと、仕事でここにいない事が多い私とシリルも優先されるべきよね。
セツナさんとシズクちゃんは文字通りいつでも食べられるんだし、うん」

「ですわね。御二人はまたの機会、という事で」

『ええぇっ!?』

 あまりにも無情な自己完結をしたルミナスとシリルに、思わず悲鳴を上げる姉妹。
 それを気にする事もなく、二人は自分の皿にたっぷりとカレーを盛っていく。

「くうっ……ええい所詮この世は弱肉強食! 早い者勝ち! 残りは貰ったぁっ!」
 
 雫はそう叫ぶと、寸胴をひっつかんで残っていたルーを全て自分の皿に注ぎ込もうとする。

「させるか愚妹!」

 横から刹那が手を伸ばして寸胴を弾き、その縁を掴んで自分の手元に引き寄せる。

 それを盛ろうとしたところでシリルの腕が伸び、刹那がそれを左手で迎撃したかと思えば
ルミナスが伸ばした手に寸胴を奪われ、と凄まじい攻防が繰り広げられる。
 
 その激戦を眺めながら、海人は楽しげに笑った。

(……もう一回作る気がないとは言ってないんだがな。ま、楽しそうだし放っておこう)

 宙に浮く寸胴を横目に、海人は一番のお気に入りであるルミナスの海老料理を黙々と平らげ始めた。













   















 シェリスの部屋は、静まり返っていた。

 現在部屋にいるのは二人。どちらも書類に埋もれながら作業を続けている。
 ただ無言で書類に目を通してはサインをしたり、要修正や却下と書かれた箱に放り込んだり、
時折挟まっているやたら複雑な決算書類に涙を流している。
 
 やがて、片割れ――メイベルが口を開いた。

「シェリス様……一つ聞いていい?」

「後でまとめて聞くから今は手を動かして、お願いだから。
そうしないと今日中に終わらないわ」

 返事をしながらも、シェリスの作業は止まらない。
 目で書類を追い、手でサインを行い、時折書類をしかるべき場所に放り込んでいる。

「というか終わるわけないでしょ!? 何よこの重要書類の数は!?」

 バンバンと山積みになった書類の山を叩く。

 その量もさる事ながら、内容が凄かった。
 魔物に襲われ予想以上の大損害を被った商人達への融資やら、横領をしている貴族の逮捕計画やら、
大量発生した虫に作物を荒らされた農村への補償やら、どれも多くの人間の運命を左右する物ばかり。
 いい加減に目を通せば、それだけで死人が出かねない。 

 それが周囲を取り囲むように積んであるのだから、怒りたくなるのも無理はない。 

「貴女がいない間に仕事がどんどん増えてったのよ。
取り込んだ商会の数も増えたし、情報網も広くなったし、間接的に経営する農地も増えたし、
表に出ないままこれだけやったんだから誉めてくれてもいいと思うわ」  

 激昂する部下を宥めるように、シェリスは努めて冷静に答えた。
 怒鳴り返したいのは山々だったが、口論を始めれば睡眠時間が大幅に削られかねない。
 
「物には限度があるわよ! 普通たった三年でここまで手を伸ばす!?」

 シェリスの努力もむなしく、メイベルは喚くのを止められなかった。

 三年前も忙しかったが、ここまで異常ではなかった。
 色々重い判断を求められる書類も多かったが、山積みになる程ではなかった。
 これでも海人に計算系の書類の大半を押し付けた後なのだから、本来の量がどれほどなのかは想像する気にさえならない。

 休暇が終わるなりすぐにこれなのだから、喚きたくなるのは当然と言えば当然だ。

「努力したもの。喚いても書類は減らないんだし、手を動かした方が良いわよ?」

 淡々と答えながら、羽ペンのインクを付け直す。
 が、口調に反して感情は揺らいでいるのか、若干字が荒くなっていた。
 
「そんな正論言わなくても分かるわよ! 大体、こんな状況でどうしてローラに休暇あげたの!?」

「仕方ないでしょ!? 大人しく休暇を与えるか、屋敷の人間全員ボロ雑巾にされた挙句仕事を投げ出されるかなんて二択なら、
怪我人が出ない分休暇与えた方がマシじゃない! 好きでやったわけじゃないわよ!」

 ついに冷静さを取り繕えなくなったシェリスは、魂を振り絞らんばかりの勢いで叫んだ。

 シェリスとて、最初は断ったのだ。
 悪いとは思うがこの忙しい中抜けられては困る、と。
 
 だが、それに対してのローラの返答が危険すぎた。
 前言撤回して休暇を進呈しなければならない程に。

 というのも、彼女は戦闘訓練に励む部下達を窓から見下ろして、こう呟いたからだ。  

「たまには一対多の実戦訓練も良いかもしれません。罰ゲーム付きなら気合も入るでしょうし」

 この言葉の意味が分からない程、シェリスは愚鈍ではない。

 暗に、休暇が与えられないなら強行突破すると言っているのだ。
 止めに入った全員をその圧倒的戦闘力で打ち倒して仕事を抜けると。

 他の部下ならただの脅しと切って捨てられるのだが、ローラだけは例外だ。
 実際にそれが可能な力を持ち、それを躊躇わぬ心を持ち、なにより何年も休暇無しという動機まで揃っている。
 実行可能で、その気になったら絶対に止められない。

 出る被害とそれに伴う仕事の圧迫を考えれば、素直に休暇を与えた方がマシだった。

「はあ……まあ、確かにいつまでも騒いでても仕方ないわね。
シェリス様の言う通り、騒いでも書類は減らないもの」

「理解してもらえて何よりだわ。それじゃ、さっさと仕事に戻って――――」

「それはいいんだけど、そろそろ狙いを話してほしいわね。
私を使って何を企んでるのかしら?」

 主の言葉を遮るように、問いかける。
 軽い調子だが、その視線には僅かな鋭さがある。

「企みという程のものではないのよ、本当に。
ただ、今までの話からして貴女は期待した役割を十分果たしてくれたみたいね」

「……まさかとは思うけど、私は当て馬かしら?」

「結果としてそうなるだろうとは思っていたわね。
もっとも、貴女が手玉に取られるとは全く思ってなかったのだけれど」

 クスクスと、意地悪気に笑う。

 海人の多芸さは知っていたつもりだったが、まさかメイベルを翻弄するとは思っていなかった。
 あれで一途な男なので、それほど女慣れはしていないだろうと踏んでいたのだ。
 そもそも色事で彼女を翻弄できる人間がいるとも思っていなかったというのもあったが。

 そういう意味では、メイベルは大活躍してくれた。
 得る事が難しい海人の情報をこの短期間で手に入れてくれたのだ。
 ボーナスを出しても良いぐらいの働きだ。

「嫌な事思い出させないでほしいわね……というか、素直に教える気はないのかしら?」

「ないわ。でも、貴女だってもう一つの目的は教えてくれてないんだから御相子ね。
これは勘だけど、どちらかと言えばそっちが本命じゃないかしら?
可能ならつまみ食いしておこう、そんなところかしらね?」

「……そこまで見抜かれてたなんてね。ま、今更言っても負け犬の遠吠えだけど」

 見透かすように笑う主に、メイベルは小さく肩を竦めた。

「相手が悪かったわね。どんな分野でもお遊びでやり合える相手じゃないわ。
これに懲りたら私生活の方も自粛しなさい」

「お断りね。それに、まだ終わってはいないわよ?
ああも見事にプライド砕かれたんだもの。折を見て細やかなお返しぐらいはしないとね」

 瞳に悪戯っぽい光を宿し、メイベルは微笑んだ。






テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2012/04/08 22:59] | # [ 編集 ]


更新お待ちしてましたああああああああああw

万年筆が景品になったりとか…いいのか・・・?w

というかルミナス…さりげにヒロインしてるようにしか見えないですはいw

それは嫉妬デスヨネ?ジェラったんですよね?そうとしか見えないですw

シェリス…御愁傷様…(チーン)そりゃ許可出すしかないわw
全滅か素直に休暇をよこせ…オニデスネw

メイベル再度粉砕フラグ勃発(ニパー)

今後も非常に楽しみですねw

次回更新&没ネタもお待ちしてます。
[2012/04/08 23:04] URL | リョウ #X5HgHQV. [ 編集 ]

帳尻あわせのしすぎ?
まずは、更新ありがとうございました。
うーん、作者が更新を渋ったのがよく解ります。
結局、伏線のはりすぎと、それらを今回でまとめて回収しようとしたのが無理だったということではないでしょうか。
ちょっと例をあげてもローラの要望、海人が創造魔法で料理を作らなかったこと、万年筆の技術譲渡等々、欲張りすぎということでしょうね。上から目線で申し訳ありません。
私としては、これでもまだ、海人の魔力量の飛躍的向上の伏線回収がすんでいないよなーなどと言いたいところですけど、これはそれこそ余計なお世話でしょう。
結局、私のストーリーテラーの才能は作者とはそれこそ蟻と上位ドラゴンです。
ただ、私の才能は、データベースなんです。私は読書が大好きで、小学校以来何千冊と読んできました。そして、その断片が、読んだものに対して私なりの感覚で浮かんでくるという能力があるのです。
全く、ストーリーテラーの才能としては役立たないのですが、批評としては役立つというやっかいな能力なのです。このために、私は小説家になろうという高校生からの夢を現在は断念しています。創造力より批評能力が高すぎる。困ったものです。長文と自分のことばかり語りました。大変失礼しました。
[2012/04/08 23:09] URL | hatch #QGsADGPw [ 編集 ]


更新お疲れ様です。
今回のローラさんの休暇はシェリスにとってもプラスになったのかな?
ローラさんの完璧さ(性格を除く)がまた出てきましたが、女性陣でローラさんに買ってそうなのは刹那の値切りぐらいでしょうか?
ほかに何かありますかね?

次回の更新もお待ちしています。
[2012/04/08 23:23] URL | fuji #viWYSvG2 [ 編集 ]

満腹満腹
くっはぁ~~~っ!!!!
いろんな意味で満腹です。
GJです。
でもってルミナス特製シチューのフォンドボーを作らない
理由も理解できてスッキリです。
・・・そのぶん次の話に餓え・・・カユ・・・ウマ・・・・
[2012/04/08 23:53] URL | おさふね #- [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2012/04/09 02:06] | # [ 編集 ]


更新乙であります。
キタ! 超人同盟キタ! ローラさん回キタ! これで勝つる!

以前、計算機はともかく万年筆くらいは……と感想で書きましたが
譲渡に渋ってたカイトがキッカケありとはいえ、渡すとはサービスいいですね。
ローラ的にもローラ推しの読者的にも。これは嬉しい限り。
彼女なら技術売買交渉の前にシェリスに見せびらかして、からかいそうです。
そんな彼にほだされたのか、今回はローラさんの喜怒哀楽、ちょっと多めに
出てましたね。ルミナスらにもしなかった創造魔法料理という矜持を曲げて
カレーを創りだすほどに、何かカイトにも感じる所があったのでしょうか。

複数の伏線(といえるほど大仰なものでもないか)回収が難産だったのが
伺えますが、うまい具合にキャラクターと絡めて消化できたと思います。
和気藹々とした話でしたが、それだけにシェリス邸との温度差が酷い(笑)
そして新たな伏線が。59話でもチラっと出たメイベルの真の目的とは一体……
まあ今回はローラさんに萌える回なので細かい事はいいですね。
次回も楽しみです。

[2012/04/09 14:42] URL | Vebulid #CjlWd7YA [ 編集 ]


大量発生した虫に作物を荒らされた農村への保証やら、

「補償」ではないでしょうか?


で、今回術式の組み合わせについて不可能とされていたことが可能になりましたが、
術式の組み合わせが不可能とされていたのは、「いろいろ試したができなかった」
ということでしょうか?
それとも「不可能であるという証明に穴があった」のでしょうか。

図形や文字の組み合わせや配置だけなら無限にあるでしょうし、
「どう組み合わせても不可能」というなら、数学的に証明しなければならないと思うのですが。
技術として研究しているので、そこまで厳密さを求めていなかったのかもしれませんが。


そしてシェリスのところは相変わらずブラック企業ですな。
とりあえずローラが休みもらったことで、万年筆が手にはいって、効率アップですね。

しかし、海人にかなりの量の仕事を押し付けてこれでは、昔はどんな状態だったのでしょう。
これでもだいぶましになったのだと思いますが。
[2012/04/09 22:06] URL | 科蚊化 #9ODPgEpw [ 編集 ]


独眼竜「馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなす事である」
[2012/04/10 01:45] URL | #- [ 編集 ]


更新お疲れ様です

ローラさんが可愛すぎですw
海人とローラの組み合わせが一番好きです
[2012/04/10 07:37] URL | スウ #- [ 編集 ]


更新お疲れ様です

>>今回のお話で誰が一番損をしたでしょう?
→絶品野菜カレーを食べ損なった上に万年筆と言う作業効率アイテムも入手し損ね、
さらにローラが強行突破したせいで書類整理地獄に陥ったシェリスさんです。
(ローラが万年筆をそう簡単にシェリスに渡すとも思えんし・・・w
カレーをタッパにでも詰めて持ってかえってあげてくださいローラさん)

ちなみに次点に屋敷のメイド&執事さん達が並ぶ事でしょう。
というか海人がこの世界に来てから間違いなくメイド&執事さん達の仕事増えたよね
主にローラがちょくちょく抜けるせいでwwww

>>インスタント
そりゃあ創造魔法でポンと出した物と手間隙かけて作った物とだったら、
同じものでも前者の方が心理的に美味しく感じるよね。

海人母はいい教育しているなぁ。
ただ、
>>こういう味も覚えた方が良いと海人にインスタントラーメンを食べさせた父にバックドロップをかました時や、
>>利き腕を怪我した際に夫を蹴り飛ばしながら作らせた時

・・・ずいぶんとアグレッシブなお母さんだったようで・・・w

今回も面白かったです!
[2012/04/11 04:05] URL | リファルス #- [ 編集 ]


更新お疲れさまです。

創造魔法はやはりチートですね。カイトがいた地球は現代を発展させた未来だから肉魚卵なんてあって無いようなもんですし、まぁ精々精進料理くらいしか思いつかないですが。

でも魔法の制限が曖昧なのが問題です、虫料理はどうですかね?生き物だから無理ですかね?
よく知らないですが冬虫夏草?は虫?植物?どっちでしたっけ?


できればそろそろ創造魔法についての実験話などをして欲しいです。
まとめないから出来る事もあるのでしょうが、多少は設定を固めていただけるとありがたいです。
[2012/04/11 11:25] URL | 煉恋々 #h2YGRmSs [ 編集 ]


不可能とされていた術式に関してはもともと必要とされる理論が超高度だったので思いつける人間が限られていた上に思い込みなどでそうそう思いつけるものでもなかったと考えれば納得できます。

それにしてもルミナス可愛いなv-345
嫉妬と気がつけば恋にも気がつくでしょうがシリルが危惧していたように海人には亡き妻が。
そのあたりを解決しなければ恋を自覚しても動けないでしょうし、どうなるのかドキドキしてます♪
[2012/04/11 12:14] URL | 法皇の緑 #qy7Uhj02 [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2014/05/02 15:21] | # [ 編集 ]


コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://nemuiyon.blog72.fc2.com/tb.php/222-81fa14ae
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

九重十造

Author:九重十造
FC2ブログへようこそ!



最新記事



カテゴリ



月別アーカイブ



最新コメント



最新トラックバック



FC2カウンター



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QRコード