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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄61
 翌日、シェリスの屋敷。

 シェリスがそれに気付いたのは、ローラが仕事を始めて十分程経ってからの事だった。
 ふとインクの付け直しがてら首を上げた時に、たまたま横にいる部下の違和感に気付いたのだ。
 
 ――――思い返せば、初めからおかしかった。
 
 帰ってくるなり二時間早めに休暇を切り上げて仕事を手伝うよう頼んだのに、一言の皮肉もなかった。
 心を抉る毒舌の一つや二つは覚悟していたというのに。

 これを昨日やり残した仕事の処理に追われ、都合が良いと喜んで流してしまったのが失敗だった。

 普通に考えれば、休暇を二時間短縮などと言われてローラが黙っているはずがない。
 ただでさえ碌に休暇を与えていない上に、殴られたら相手の首を刎ねるような恐ろしい性格。
 素直に受け入れてただ粛々と仕事に戻るなど、天地がひっくり返ってもありえない。

「シェリス様、手が止まっておられますが何かございましたか?」  

 主に問いかけつつも、ローラの手は止まらない。

 多くの人間の生活を左右する重要書類の山を、まるで一桁の足し算でもするかのような軽快さで片付けていく。
 見ようによっては碌に目を通していないようにも見えるが、その処理は実に的確。
 優れた知力に一切の感情を交えぬ判断力が加わり、人材揃いのこの屋敷においても他者の追随を許さぬ処理速度を実現している。
 
 が、それでも今日の速度は一段と速い。
 それもそのはずで文字を書く速度が、いつも以上に速いのだ。
 まるで本来必要な工程を省いているかのように。

 原因は、その手に持った謎の筆記具。

 ローラは、仕事を始めてから一度もインクの付け直しを行っていなかった。
 それどころか、ペンに付き物であるあるはずの文字の僅かな擦れさえも見当たらない。
 ありとあらゆる書類は一瞬の間を置く事もなく文字を綴られている。
 
 言うまでもなく便利であり、素晴らしい筆記具。
 これを使えば執筆時間の短縮になるし、同時に腕を動かす頻度も減って疲労も軽減される。
 文句を付けられるはずもない画期的な性能だ。 

 問題は――――なぜシェリスがその存在を知らないのか、という事だ。
「……ローラ、それ何?」

「万年筆、という筆記具だそうです」

 平坦な声の質問に、淡々と返す。
 その間も、仕事の手は止まっていない。
 かつてない快調さで次々に書類を捌いていく。 

「どこで手に入れたの?」

「昨日、カイト様からいただきました」

「凄い便利な物に見えるのだけど」

「事実、便利です。手に持った感触や書き心地も素晴らしいですが」

 だがごく僅かに弾んだ口調で答えるローラ。

 その言葉を証明するかのように、次から次へと書類を捌いていく。
 適度な弾力、持ち易く安定した重量、そして手に良く馴染む質感。
 どれ一つとっても格別の書き心地。これだけでも、羽ペンとは雲泥の差がある。

 そのいつになく楽しそうな様子に、ついにシェリスの感情が爆発した。

「んっがあぁぁぁぁあああっ! どうしてよ! そういう物を頂いたのならどうして報告しないの!?」

「報告する前に仕事に戻れと仰いましたので。
私が困るわけではありませんから、後回しでもいいかと」

 ようやく手を止め、静かな目をシェリスに向けた。
 いつも通り静謐なその眼差しが、どこか嘲りを含んでいるように見える。

「くっ……! 確かに私のミスだけど……!」

「そう気分を荒げる必要もないかと。条件次第では製法を譲っても良いとの事でしたので」

 ローラの静かな声に、シェリスの目が鋭く細められた。

「……大奮発ね。念の為確認するけど、危険な事はしてないでしょうね?」
   
「疑念は理解できますが、特にリスクは犯しておりません。純粋に幸運とカイト様の気紛れでしょう」

「そう……それならいいわ。さて、交渉はいつにしようかしら」

「明後日の正午からであれば、時間を空けられるかと」

「ならそうしましょう。今日中に急いで他の仕事仕上げないと……」

 小さく息を吐きながら、肩を回して解す。

 昨日ローラがいなかったせいで、仕事が溜まってしまっている。 
 幸い急を要する内容はないが、それでも海人の屋敷に出向くとなれば頑張らねばならない。
 移動時間と交渉時間を合わせると、どうしてもそこそこの時間が必要になるのだ。 

 正直昨日以上に過酷になりそうだが、あの筆記具があれば仕事の効率は上がる。
 製法を譲って貰うついでに必要な本数を卸してもらえば、皆喜ぶだろう。
 上司としては、一刻も早く供給する為の努力を惜しむわけにはいかない。

 今日明日と食事が貧しくなりそうだ、などと覚悟を決めていると、ドアがノックされた。
 入室の許可を出すと、メイベルが入ってくる。

「シェリス様、アルバート商会への融資の件ですがどう処理いたしましょう。
早めの返答を頂きたいとの事ですが」

「ああ、一億欲しいという話だったわね。
利益を着服してる息子を何とかしてから出直してきなさい、と言っておいて。
下らないごまかしは無駄とも付け加えておいてね」

 軽く手を振り、シェリスは迅速に決を下した。
 思考時間一秒未満。まさに即決である。
  
「……いいのかしら? 業績を見る限りそこそこ有望だと思うのだけど……」

「商会長の能力は高いけれど、ここで息子をどうにかできないようなら先は知れてるわ。
横領なんて、規模が大きくなる事はあっても小さくなる事はまずないもの。
それに、この条件はただの試験よ。蹴ったりごまかすようであれば、折を見て上層部の首を挿げ替えましょう」 
 
「成程。それでは、早速誰か向かわせ――――どうかした?」

 退室しようとしたメイベルが、足を止めた。
 その視線の先では、シェリスが怪訝そうな顔で鼻をひくひくと動かしていた。

「いえ、ほのかに良い香りが漂っていると思って」

「……多分、先程昼食を取ったからその香りね。そんなに匂うかしら?」

「いいえ。嗅ぎ覚えのある香りだから気付いただけなんだけど……何だったか思い出せないのよね」

 腕を組み、う~んと考え込む。

 メイベルからほのかに香る残り香には、覚えがある。
 より正確には、これと似た傾向の香りを嗅いだ事があるはずなのだが、
それがどこでどんな食べ物から嗅いだ香りか思い出せないのだ。
 昨日ローラ不在の穴埋めに奔走した疲れが溜まっているせいか、今一つ記憶が引き出しにくくなっている。
 
 唸っている主に、メイベルが苦笑しながら答えを述べる。
 
「ローラがお土産に持ち帰ったカレーとかいう料理――――どうしたの?」 

「……それも聞いてないのだけど、味見分ぐらいは取っておいてもらえているのかしら?」

 引き攣りに引き攣った笑顔で、ローラに問いかける。

 返答は、予想出来ている。
 この寡黙で非道な悪戯好きが、秘密にしておいて後で喜ばせようなどと考えるはずがない。
 むしろ、後でその事をしれっと教えて絶望に突き落とすタイプだ。

 そして、シェリスの読みは悲しいまでに的中していた。
 
「言われておりませんでしたし、希望者も多かったので特には何も」

「……食べたいなら急いだ方が良いわよ? 
量はあったけど、あの様子だとすぐ無くなるわ」

 哀れむように主を見つめ、メイベルは忠告した。

 ローラが持ち帰ったのは、大きな寸胴一つ分。
 結構な量だったが、味見した料理長の悔しそうな表情と物珍しさが相まって凄い勢いで減っていた。
 メイベルは一番早く食事を終えて仕事に戻った為、まだ残っている可能性はあるのだが、確実とは言い難い。
 
 なにしろこの屋敷の人間は、日課である戦闘訓練の激しさ故か大食家が揃っている。

「ローラの馬鹿ぁぁぁぁぁあっ!」

 子供のような罵倒を残し、シェリスが駆け出す。
 その瞳には、僅かに涙が滲んでいた。

「あらあら可愛そうに。少しからかいすぎじゃないかしら?」

「二時間も休暇を短縮させられた仕返しとしてはまだ足りないわね。
それに、疲れていたにしても追及が甘すぎるもの。お仕置きも必要だわ」

 言いながら手を止め、万年筆を見つめる。
 その様は、どこか誇らしげに見えた。 

「そういえば、それ何?」

「昨日カイト様から頂いた、一度インクを補充すれば延々と使える筆記具よ」

「あら、それは便利そうだけど……なんでそんな物貰えたわけ?」

 メイベルは、至極もっともな疑問を口にした。
 海人がけち臭い男だとは思わないが、こんな物をタダでくれるとも思えない。
  
「当然の疑問ね、シェリス様は忘れていたけれど。――――授業途中でこんな物を確立できたからよ」

 机の下に入れた手提げ鞄から、昨日の授業の成果をまとめたノートを取り出す。
 
 差し出されたそれに記されたタイトルに、メイベルは目を見開いた。
 紐で括られたそれを次々に捲っていき、論旨の穴が無いか確かめていく。
 
 やがて、読み終えたメイベルは鋭い視線を向けた。

「……つまり、貴女が考えた新理論を教えたお礼って事? 
確かに便利な道具だけど、そこまでの――」

「いいえ。カイト様がとうに開発していた物を見つけられた御褒美よ。
あの方からヒントを頂けなければ、無理だったでしょうけど」

 メイベルが言い終える前に、勘違いを正す。
 そして、彼女がその内容に絶句している間に言葉を続けた。

「ところで、渡しそびれたこれを今から渡しに行こうと思うのだけど、一緒に来るかしら?」

「貴女も大概酷いわよねぇ……」

 咎めるように、己の上司を見つめる。
 二時間分の休暇の恨みとはいえ、疲れ切ったシェリス相手にあまりに容赦がないと責めるように。

「なら、貴女はいかないのね?」

「そんなはずないでしょう」

 そんなえげつない会話を交わしながら、シェリスの部下の中でも屈指のサディスト二人は揃って部屋を後にした。










































 二日後、海人の屋敷。

 応接間に、交渉時の定番メンバーが集まっていた。
 海人はそこそこ大きめのソファの中央に座り、両隣にルミナスとシリル、その後方に刹那と雫がいる。
 対するシェリスは大きなソファを一人で優雅に独占し、背後にローラを控えさせている。

 シェリスが海人に万年筆販売に当たって必要な情報を訊ね、海人が製法に直結しない範囲で丁寧に説明していく。
 大まかに必要な材料、推定耐用年数等々、一通りの情報を聞き終えると、シェリスは満足そうに頷いた。  
 
「……なるほど、お話からすると一本当たりの単価はそう高くせずに済みますね」

「ま、材料はそれほど特殊な物ではないからな。腕の良い職人は必要になるだろうが」

「御心配なく。良い職人の当てはいくらでもあります。
では、早速交渉に移りたいと思いますが……何がお望みでしょう?」

 真剣な面持ちで、僅かに身を乗り出す。
 おっとりとした顔立ちながらも、その表情には内面の凛々しさが良く出ていた。

「そうだな……具体的に、どこまでしてくれる?」

「カイトさんに御満足していただけるだけの事はするつもりです。
お金でしたら十分な額をお支払いしますし、物でしたら金だけでは手に入らない貴重な品も御用意します。
どうぞ、気兼ねなくお望みを仰ってください」

 探るような海人の視線に、笑顔で答える。

「ふむ……参考までに、金の場合はどんな条件になる?」

「とりあえず、売上の一割を月払い。それに加えてこの屋敷の代金の残額を棒引きにしましょう」

「……少し条件が良すぎないか?」

「それだけの価値のある品ですよ。各国の上流階級ならばこぞって欲しがるでしょうし、
書類仕事の多い組織などにも確実に売れます。正直、もっとおまけを付けさせてほしいところですね」

 上品に、それでいて不敵に微笑む。

 万年筆は多くの一般市民にとってはさほど喜ぶべき物ではないが、
書類仕事が多い者達にとっては革命的な品である。

 そして、彼らの大半は裕福な人間だ。
 毎食十万以上大金を使う者もいるし、ドレス一着に数千万払う人間も珍しくない。
 耐用年数も長いとの事なので、一本十万でも飛ぶように売れるだろう。
 
 しかも売り方次第では売れるのは一人一本とは限らない。
 ローラに渡された物のように美しい装飾が施されていれば、購買意欲を刺激する。
 裕福な者は大概美しい物が好きで物欲も強いため、デザインさえ良ければ何本でも売れるだろう。
 毎日使う実用品という点も踏まえれば、その日の気分で選ぶために多くの種類を揃える者も出るはずだ。
 そして、そうなれば次第に収集家という存在も生まれる。

 勿論そのうち商品を分解して模造品を作る者達も出てくるだろうが、
それまでにブランドを確立してしまえば売上の減少はたかが知れている。
 模造品よりも純正の方が信頼性は高く、そして金持ちはより信用できる物に大金を支払うのだ。

 そして、シェリスにはそれを成し遂げるだけの勝算がある。
 他国まで広がった広大な人脈、その中に含まれる多くの優秀な職人、そして莫大な資金。
 それら全て活用すれば、ブランドの確立もそう難しい事ではなく、事実何度かやっている。

 将来的に見込める利益を考えれば、たかが格安の屋敷一つ程度おまけにもならない。
 己の器量を示すためにも、是非何か要望を言ってほしいところだった。

「ふむ……そういえば、この周囲の土地の所有権はどうなっているんだ?」

「ドースラズガンの森は国有ですが、それ以外はこの辺り一帯私の所有です。
周辺の土地も欲しいですか?」

「ああ、この屋敷は気に入っているんだが、周囲に色々作ってみたい物があってな。
値段さえ折りあえば買い取りたい」

「分かりました、ではこの周囲の土地……この屋敷五軒分程をおまけに付けましょう。
土地代は大した事ありませんので、御遠慮なく。他には何かありますか?」

「いや、後は特にないが……注文は製法だけなのか?」

「察しが良くて助かります。出来れば、万年筆を五十本ほどいただけますか?
使い勝手さえ良ければデザインは問いませんので」

「そう言うだろうと思って、多めに用意しておいた。雫」

 海人が右手を軽く上げると、雫が部屋の棚から金属製の鞄を持ってくる。
 彼はそれを受け取るとテーブルの上で開き、中身をシェリスに晒した。
 
 中にあったのは、ごくシンプルな万年筆。
 装飾らしい装飾は無いが、素材である金属の輝きが密かな気品を放っている。
 種類も豊富で、黒、白、緑、青、紫、と実に色鮮やかな品々が各二十本ずつ揃っていた。

 一本一本手に取り吟味した後、シェリスは満足げに頷いた。

「シンプルではありますが、なかなか良いデザインです。
一本十万でここにある物全て買い取らせていただきたいのですが」

 右手を軽く上げローラから鞄を受け取ると、シェリスは中から札束を取り出し始めた。

 静かに、粛々とテーブルの上に札束が積み上げられていく。
 その無造作な動きに貧乏な金銭感覚が染みついている姉妹の体が僅かに傾く。
 高収入な傭兵二人は平然としていたが、それでも目の前の光景には一瞬目を奪われていた。
 
 が、元の世界で莫大な大金を造作もなく稼いでいた男だけは、全く動じない。

「売った。ああ、それと後で言ってくれれば別の色への交換に応じるぐらいのサービスはするからな」

 なんとも豪気な買いっぷりを披露した女性に、海人はそんな提案をした。

 実用品とはいえ、色の好みは各個人異なる。
 ましてシェリスの屋敷に勤めるのは殆ど女性ばかり。
 仕事柄もあり、美的なこだわりが強い者が多いだろう。
 人気が偏って、好きな色が無くなって渋々他の色にという事もありえる。
  
 さりげなく気配りの細かい男に、シェリスは丁寧に一礼した。

「ありがとうございます」

「なに、いつも君には世話になっているしな。
それで、今日の交渉はこれで終わりか?」

「ええ、円滑に終わって嬉しいかぎりです。
それはそうと……手に入れた土地には、何を作るつもりなんですか?」

 どこか楽しげに、シェリスは尋ねた。
 必要な話が終わった為か、今の彼女の表情には柔らかい雰囲気が強く出ている。

「ん? ああ、鳥の飼育小屋とか茶室とかだ。
屋敷の庭に作れん事もないが、折角計算された風景を壊してしまうからな」

 何でもないように、答える。

 この屋敷に不満は無いのだが、住み慣れてくると少し欲も出てくる。
 心安らかな時間を楽しむ為に茶室を作ったり、卵の安定供給の為に鳥の飼育を試みたり、
より良い生活を求めたくなってしまう。

 特に卵の安定供給は前々からの望みであった。
 現在はカナールまで買いに行くか、刹那に裏の森で狩ってきてもらうかの二択。
 前者は時間がかかり過ぎ、後者に到っては時間が読めない上に必ず狩れるとも限らない。

 餌は創造魔法で作れる為手間さえ考えなければ費用は0だが、問題は飼育場所だった。
 魔物除けを考えるとそこそこ大きな建物が必要になるが、庭に作っては折角の景観が台無しだ。
 かといって勝手に誰の土地とも分からぬ周囲に建物を建てるわけにもいかない。 

 差し迫った話ではなく、土地を買い取れるほど資金に余裕があるわけでもない為、
あまり話題には上らせなかったが、やってみたいとは思っていたのである。

「それはいいですね。もっとも、それだけではなさそうですが。
嘘ではないが、全ては語っていないといったところですか?」
 
 言いながら探るような視線を向けてきたシェリスに、海人は不敵な笑みを返した。

 彼女の言うとおり、鳥の飼育などをしたいのは事実だが、最大の目的はそこではない。
 むしろ、それはカモフラージュの意味が強い。

 ――――海人の真の目的は、地下室の拡張だ。

 今の地下室も十分に広いのだが、研究用は三区画に区切った中の一画なので本格的に何かやるには手狭だ。
 魔法の研究ならまだ当面は問題ないのだが、科学技術系の研究は工作用ロボットなどの関係でどうしても広さが欲しくなる。
 ここしばらくで巻き込まれた騒動の規模を考えれば、科学技術系の武器開発などもするに越した事はない。
 頼もしい護衛がいるとはいえ、海人に害が及ぶ可能性は零ではないのだから。 

 とはいえ、そんな事を馬鹿正直にシェリスに言うわけにもいかない。
 その為目的の一部だけを話したのだが、相手が悪かった。

 なにしろ、社交界の聖女だの至高の淑女だの称賛を浴びている裏で、情報通には傀儡師だの魔女だの畏怖されている御令嬢。
 海人相手でも何気ない表情の裏に隠された何かを感じ取るなど、朝飯前である。

「言っておくが、詳細は黙秘を貫くからな」

「でしょうね。まったく、ローラには随分甘かったようなのに、どうして私にはそんなに冷たいんですか?」

 恨みがましそうに、海人を睨む。

 一昨日ローラが持ち帰った収穫は、実に素晴らしかった。
 それを使って散々からかい倒された挙句、止めに授業の成果とやらを食事中に見せられたせいでカレーが気管に入ってえらい目にあったが、
その惨劇を忘れそうになるほど、秀逸な物ばかり。

 あれを一日で容易く手に入れて来たなど、贔屓されているとしか思えなかった。
  
「それはあれじゃないか? 人使いの荒い令嬢に酷使される同士と張本人の差。後は容姿の差か。
私も一応男だからな。彼女ほどの美女相手には甘くもなろうというものだ」
 
「……ま、相手がローラじゃ仕方ありませんね。
そういえば、カイトさんの中で恋人にする順位を付けるとしたらどんな感じになります?」

「ほう……やはり君も年頃の女性らしく、そういう話に興味があるのか?」

「ええ。で、どんな感じなんですか? この場にいる人間だけでも構いませんから教えてくれません?」

 好奇心に目を輝かせながら、シェリスが身を乗り出した。

 若干気圧されながら海人が周囲を見渡すと、刹那と雫は興味深そうに、
ルミナスとシリルも少し申し訳なさそうにしながらもその表情に好奇心が覗いている。

 唯一ローラだけは表情が変わっていないが、主を止めないあたり、興味はあるのかもしれない。
 
「ふむ……ま、たまにはこういう話題も良いか。
少々客観的な話になるが、それでも構わんか?」

「ええ、勿論」

「ではまずトップだが……問答無用でルミナスだな。これは全員納得してもらえるんじゃないか?
性格能力諸々含め、全てが破格の超高水準。総合力で彼女に勝る人間はそういない」

 臆面もなく語られた言葉に、ルミナスの心臓が激しく脈打った。

 この手の称賛には慣れているはずなのに、なぜか胸の動悸が鎮まらない。
 全身の熱が集まったかのように顔が火照り、赤くなる事が抑えられない。
 以前雫経由で同様の評価内容を聞いた事があるにもかかわらず、平静を取り繕えない。

 緩みそうになる表情を引き締めるが、無駄な努力。
 すぐに口元が緩んで、笑みが零れてきてしまう。
 翼の動きも、なかなか止まらない。
 表情よりは抑制しやすいが、それでも緩やかにパタパタと揺れてしまう。

 自分のすぐ右で起きている百面相にも気付かず、海人は話を続けた。 

「次は刹那だな。素直で生真面目、なにより善良。
家事は壊滅的だが、最近改善してきてるから将来的には問題ないだろう。
時折恐ろしく間が抜けるのは困りものだが、それも一応許容範囲で収まるしな」

 その言葉に、背後で刹那が目を丸くした。

 いつもいつも叱られているし、皮肉を浴びせられるし、馬鹿にされる事も多いので、順位は下だと思っていた。
 それがルミナスに次ぐ、などと言われれば驚く他ない。
 恐れ多くもあるが、それ以上に嬉しくもあった。 

 密かに喜んでいる刹那に気付く事もなく、海人はさらに言葉を紡ぐ。

「で、次が雫。彼女の場合能力的には刹那より魅力的だが、性格に問題がある。
友人や家族なら楽しい事この上ないが、恋人となると気の休まる暇がないだろう。
ま、退屈はしないだろうがな」

 己の評価に雫は普通に納得した。

 海人の性格を考えれば、今のところ順位は順当。
 ルミナスがトップなのは当然だし、なんのかんので優しく真面目な姉は同性の目から見ても魅力的。
 性格の評価も納得できる。あくまで楽しい遊び相手、あるいはやんちゃな妹分という事だろう。
 実際そういう感覚で甘えているので、当たり前の話だ。 

「次はシリル嬢になるが、基本的には雫と同等。
意外に世話焼きで多芸な分雫よりも上かもしれんが……ルミナス一途過ぎて、そもそもそういう感情を抱きそうにない」

 短く語られた海人の評価に、シリルは小さく頷いた。
 友人としての順位で雫に劣ったのなら面白くないが、恋愛対象としてなら問題はない。
 客観的には男性として魅力的だと思っているが、主観的にはそんな感情は微塵も抱いていないのだから。 
 
「……なるほど、やはり上位は身内で固まるんですね」
 
「ま、私は基本的に臆病者だからな」

 シェリスの言葉に、海人は苦笑しながら応じた。

 上位が身内で占められるのは、警戒心が強い海人にとっては当たり前の事。
 それ以外の人間に恋愛感情を抱く可能性が無いわけではないが、身内以外はやはりハードルが高い。
 
 それを何となく嬉しく思いながら、ルミナスが口を開いた。

「となると、次はローラさんかしらね」

「そうだな。能力的には料理以外君さえ確実に凌駕しているし。
性格に難があるが、私にとっては一応許容範囲だしな」

「……なるほど、軒並み高評価ですね。
となると、私も期待して良いんでしょうか?」  

「いや、君は恋愛相手としてはほぼ最底辺だな。友人としては非常に良いと思うんだが、
正直恋人として選ぶなら君の部下達が上に来る。メイベル女士は微妙だが」

「ちょっ、なんでですか!?」

 思わず、シェリスは席を蹴っていた。

 ローラに劣るのは、まあ仕方ない。
 性格は別にしても他の要素では勝っている点が一つもないのだから。
 その性格も海人はあまり気にならないというのなら、勝てるはずがないとも言える。

 が、恋愛相手として最底辺だからなどと言われるのは心外極まりない。
  
 海人にそんな感情は微塵も抱いていないが、それでも淑女としてのプライドがある。
 本性を知らぬ相手ばかりとはいえ、求婚相手には事欠かないのだ。
 それがこの扱いとなれば、黙っていられるはずもない。

「いや、君の場合恋愛関係になったら遠慮なく酷使してくるだろうし、
仮に結婚したとしても国の為に必要なら後ろから刺してくるだろ」

「うぐっ!?」

 痛い所を突かれ、シェリスは呻いた。

 海人の言っている事は、おそらく当たっている。
 彼ほどの能力の持ち主が伴侶になれば、それこそ遠慮の欠片もなく酷使するだろう。
 その気にさえなれば、世界に君臨しかねない男。
 それを使わずにいられるような精神の持ち合わせはない。

 国の為に必要なら殺害もありえる、というのも否定できない。
 海人の能力が世界に知れ渡りこの国が狙われるような事になれば、可能性はある。
 無論彼の有用性を考えれば極少ではあるが、夫と国なら国を取るのがシェリスという人間だ。
 時に非情が求められる貴族としては実に優れた資質なのだが、確かに恋人にするには恐ろしい。

 自身の性質を鑑みて思わず納得してしまったシェリスに、海人は穏やかな口調で語りかけた。

「ま、そう気を落とすな。私は御免だが、君ならその気になれば男などよりどりみどりだ。
本性さえ知られてなければ、ちょっと色仕掛けすれば大概の男はあっさり落ちるだろう。
お飾りの夫でも使い捨ての恋人でも、好きなだけ選べるはずだ」

「私はどれだけ外道なんですか!? というか色仕掛けなんてやった事ありませんし、
これでも恋に憧れる純な乙女なんですよ!?」

 あまりと言えばあまりな言い草に、シェリスは激昂した。

 彼女とて、年頃の乙女。
 どう転んでも適齢期は逃す事になるだろうが、結婚に憧れも抱いている。
 立場上本当の意味での自由恋愛は許されないし、仕事の過程で恋愛の汚い側面も山のように見聞しているが、
それだけに純愛への憧れは強いのだ。
 恋愛すら策略の為にしか使わない人間のような評価は、断じて看過できない。

 そんな割と切実な思いの籠もった訴えだったのだが、

『……え?』

 返ってきたのは、眼前の一同からの悪気が一切ない呆けた声。
 そして、無邪気な反応は時としていかなる毒舌よりも心を抉る。

「なんですかその反応はぁぁぁぁあっ!?」

 瞳から涙を零し、シェリスは絶叫した。

 
 
























 数分して、ようやく落ち着いたシェリスが口を開いた。
 
「ぜえ、ぜえ……しかし、少し意外でしたね」

「何がだ?」

「ああいう観点で考えられる、という事がですよ。
カイトさんはあまり恋愛関係は得意ではないんじゃないかと思ってました」

「得意ではないが、仮定であれば分析ぐらいはできるさ。
もっとも恋愛なんて打算でするものではないから、正しいとは限らんがな。
それこそ、血迷って君に惚れる事も絶対ないとまでは言えん」

 肩を竦め、断りを入れる。

 先程の順位はあくまで仮定の、それも客観的な評価にすぎない。
 実際にはそもそも現状の海人が誰かに恋心を抱く事自体ありえないし、
なによりも恋愛は必ずしも相手のスペックで決まるものではない。

 平凡な女性と非の打ち所のない美女を天秤にかけて前者を取る者もいる。
 文武に優れた女性が駄目男と付き合う事もあれば、非の打ち所のない青年が普通の女性と結婚する事もある。
 周囲から見れば不釣合いでも当人達が納得すれば成立し、逆に周囲がいくらお似合いだと言っても当人達が納得しなければ成立しない。
 
 誰がどんな相手と結ばれるか分からないのが恋愛。
 ゆえに、どんな奇矯な相手でも可能性が0とは断言できない。

「血迷うのが前提という段階でいたくプライドが傷つくんですが」

「そこは諦めてくれ。君みたいなタイプ相手に進んで恋できる程、私は勇敢ではない」

 意地悪気に笑いながら、断言する。

 シェリスの事は気に入っているが、あくまで友人としての話。
 彼女相手に恋など、海人にとってはシリルに夜這いする以上の度胸がいる。

「そんな事はないと思いますけどね……エルガルドの一件もですが、護衛二人に護られていたとはいえ、ルクガ――――」

『おっと手が滑ったぁぁぁぁあっ!』

 三人の男女の声が、一斉に唱和した。

 そして、同時に機密事項を口走ろうとした令嬢に攻撃が殺到する。
 三者三様の動きだが、攻撃内容は全員共通。
 咄嗟に放てて、かつ殺傷能力の低い攻撃となると全員それしかなかった。

 それは、とても贅沢な攻撃。
 普通の人間ならやろうとしても躊躇いが出る一撃。
 色々な意味で、そもそもやれる人間自体稀少極まりない珍技。

 ――――魔力貯蓄用の大型ダイヤモンドをぶん投げるという、あまりに罰当たりな攻撃だった。

「ふぎゃっ!?」

 無様な悲鳴を上げる御令嬢。

 タイミング的には、回避できたはずだった。
 所詮咄嗟の投擲。全力で投げられたわけではなく、速度も大した事は無い。
 毎日ローラの地獄の鍛錬を耐え抜いているシェリスならば、全ての攻撃を視認して回避するなど造作もない。

 が、悲しいかな、シェリスは同時に物の稀少性を悟る知力もあった。

 投擲されたダイヤモンドは、シェリスでさえ持っていない大きさ。
 魔力貯蓄量もさる事ながら、魔法増幅効果も非常に高い。
 金に換算すれば億を軽く超える事は明白。
 それどころか、稀少性を考えれば金で買える代物ですらない。  

 なまじ優れた動体視力と知力によりそれを把握してしまったシェリスは、
あまりにありえない光景に我を忘れ、無防備に三つの宝石を顔面で受け止めてしまった。

 そんな気の毒な御令嬢に、ルミナスが声を掛けた。

「え、えっと……大丈夫?」

「大丈夫じゃありません! 三人共いきなり何するんですか! ローラもなんで止めなかったの!?」

 振り向き、護衛を放棄した部下を叱りつける。
 呆然としたのは失態だったが、それにしてもローラならば直撃前に弾き落とせたはずだった。  
 そんな抗議を、ローラは冷たく切り捨てる。

「今回に関しては自業自得ですので。少々、発言が迂闊すぎるかと」

「へ……? ちょっと待って……あっ!?」

 数瞬考え、ようやくシェリスは自分の迂闊さに思い至った。

 特に口止めもしていなかったので、てっきりルミナス達も旧ルクガイア関係の話は海人から聞かされているものと普通に考えていたが、
冷静に判断すればそれはありえなかった。

 見つかるはずもない王女をひたすら探し回った人間に、少し前まで屋敷に泊まってたなど言えるはずがない。
 そして、海人ならば聞かずとも一般的な情報からルミナス達が何をしていたのか察しはつく。
 わざわざ地獄の炎に裸で突っ込むが如き無謀をするはずもない。

 シェリスが己の失態に頭を抱えたその時、  
 
「――――そうか」

 ルミナスが言葉を漏らした。
 その声音は普段からは考えられない程に低い。
 
 それを耳にした海人の背筋が、凍った。
 同時に、だらだらと脂汗が滲み出てくる。
 平静を取り繕おうとするが、体の震えが治まらない。

「カ、カイトさん、顔色が悪いですわよ?」

 ただ事ではない様子の海人に、シリルが心配そうな声を掛ける。
 が、普段なら真っ先に心配するであろう女性は、彼を一瞥もせずに言葉を続けた。

「いや、迂闊だったわね。この間セツナさんが口走りかけた時に気付くべきだったかしら。
そうよね、あの会話の流れなら人名だし、前後の状況からして可能性は考えるべきだったわよねぇ……」

「な、なななんの事でしょうか!? せ、拙者にはさっぱり……!」

 視線を向けられた刹那は、ガタガタと震えながら否定した。

 だが、彼女の反応は実質的な肯定。
 とことん隠し事に向いていない性格である。
 そんな彼女の反応は、結果として更なる修羅まで生み出してしまう。

 刹那の反応に不信感を覚えたシリルが、話の分析を始めたのだ。 

「……ラク、の付く人名。ルクガ、の付く何か……そして私達がいない間に出来たであろう隠し事。
なるほど、そういう事でしたの。確かに気付かないのは迂闊でしたわね」

 先程まで海人を心配していたシリルが、一転して冷たい眼差しを向ける。
 口元だけはどうにか笑顔なのが、余計に恐ろしい。
 
 海人は観念したように溜息を吐き、

「……さて、すまんがちょっと席を外がぐあっ!?」

 往生際悪くその場を離れようとしたところで、悲鳴を上げた。

 慄きながら自分の体を見下せば、右足をルミナスが踏み抜き、左脇腹をシリルが鷲掴みにしている。
 どちらも尋常ならざる力が込められており、逃れる為にはその部位を千切られる覚悟が必要だった。

 激痛に苦悶しながらどう逃れるか考えていると、ルミナスが口を開いた。

「……まさかラクリア王女がこの国の方に逃げてきてたなんてね。
どうやったんだか知らないけど、大したもんだわ」

「ただひたすらに無駄足を踏んでいたわけですわね。あらおかしい」

 軽やかな声で笑い合う傭兵コンビ。
 だが、その目はまったく笑っておらず、声音も軽快すぎて触れれば切れそうな鋭さを感じる。
 
「ホントにねぇ……私達がどんだけ苦労したのか分かってて、陰でこっそり笑ってたのかしら?」

「カイトさんの性格からしますと、十分ありえますわね。どうなんですの?」

「んな事するはずがなかろう!?」

 ついに笑顔を消した友人二人に、海人は思わず反論した。
 盛大なまでの言いがかりの否定という意味もあるが、なによりそうしなければ命が危ないと感じたのである。

「じゃあなんで最初に教えてくれなかったのよ!」

「こうやって八つ当たりされるのが目に見えてたからに決まってるだろうが!」

 海人がそう叫ぶと、ルミナスは若干怯んだ。

 自分が激情家である自覚はある。
 会った直後に教えられていたら、我を忘れて八つ当たりをした可能性は高い。 
 実際、今こうして怒っている事実もそれを示している。

 それでも不満は抑えられずに唇を尖らせていると、 

「……まあ、確かに八つ当たりはいけませんわね。
それに、内容を考えれば機密扱いでもおかしくない情報ですし。
黙っていた事それ自体はとても責められませんわね」

 シリルが海人から手を放し、肩を竦めた。
 
「そうだろう。シェリス嬢に機密を漏らしたなぞと言われたら、何を要求されるか分からん。
うむ、やはり私は間違っていなかった」

 シリルの言葉に、海人はうんうんと頷く。
 その表情には逃れられるのなら何でもいい、と言わんばかりの必死さが漂っている。

 が――――彼は重要な事を失念している。

 ルミナスと海人、シリルの天秤に掛ければ常に前者に比重が傾く。
 まして、八つ当たりでもなんでも憂さ晴らししたくなるこの状況。
 彼女が助け舟など出すはずがない。
 
「で・す・が……シェリスさんの口振りからすると、国王達とも戦ったんではありませんの?
一般人のくせに特大級の揉め事に特攻した馬鹿は友人として戒める必要がありますわよねぇ?」

 禍々しい声と共に、シリルの五指が先程より深く海人の脇腹に食い込んだ。
 薄い筋肉の守りなどものともしないその指は、内臓を掴まんばかりの握力が込められている。

「……そうね。どうせそれで止まりはしないだろうけど……枷ぐらいは付けておかないといけないかしらね?」

 いかにも仕方ない、と言わんばかりの口調で、ルミナスは踏み抜いた足を更に踏み躙った。
 ギリギリ骨を砕かない程度の力で、海人に更なる苦しみを与えている。

 一応、言っている事は本心である。

 能力はともかく、海人の身分は一般人なのだからわざわざ危険に首を突っ込む必要は無い。
 平穏を望んでいるのだから、それらしくしていればいい。
 言っても聞かないだろうが、殴って聞かせれば同じ事があった時に躊躇いぐらいは産まれるだろう。
 これは友人としての、偽りない本音だ。

 ただ――――それに八つ当たりの分も少し上乗せしようと思っているだけである。    

「教育というからにはお説教だな? 断じて足を踏み砕いたり腹の肉を引き千切ったり、
ましてその後拳でボッコボコにするとかいう事はないよな!?」

 必死の形相で、問い質す海人。

 冷徹な理性は、無様な己を嘲笑っている。
 どうせ無駄だと、発言した内容が全て実行されるか、それ以上に酷い目に遭わされると。
 ならば叫んだりなどせず少しでも体力を温存し、生存率を上げるべきだと。 

 そして、理性の訴えは悲しいぐらいに正しかった。 

「言って聞く馬鹿ならやらないけどねー」

「言っても聞かない馬鹿にはそれしかありませんわよねぇ?」

 にっこりと微笑みを浮かべる傭兵コンビ。
 それは実に華やかで、男なら見惚れずにいられないほど魅力的である。
 だが、その当人達に拘束されて、運び出されようとしている男にそんな余裕はない。
  
「ま、待て! 暴力はいけない! まずは話し合いをしてこそ人――――」

 そんな言葉を残し、海人の姿は部屋の外へと消えていく。

 それを見送りながら、シェリスは思考した。
 切っ掛けは自分の発言。今からでも追いかけて 弁護をすべきかもしれない。
 そもそも海人は何一つ悪い事はしていないのだから、許される可能性も高いだろう。

 が、その場合行き場を失った激情が心の底に澱となって溜まってしまう。

 二人共、海人が危険を冒す事を心配しているというのは事実のはずだ。 
 多少理不尽でも、ぶちまけておいた方が良い事は多々ある。
 海人達程仲が良いなら、その方が賢明だろう。

 そう自己完結すると、シェリスは席を立った。

「では、交渉も終わりましたので失礼させていただきますね。
このダイヤモンドも気にはなりますが、またの機会にさせていただきましょう」

 床に転がったダイヤモンドを名残惜しげに見つめながら、シェリスはドアへと向かう。
 その背中を、雫の声が呼び止めた。

「あ、その前に少し聞きたい事あるんですがいいですか?」

「あら、何でしょう?」

 足を止め、振り返る。

「さっきの質問、メイベルさん筆頭とした一部のメイドさん達の挙動と関係あります?」

「――――ええ。しかし、思ったよりも状況は良いようですね。
私が最底辺などと言われたのは流石に堪えましたが」

 一瞬虚を突かれたような表情になりつつも、直後に柔らかい微笑みを浮かべる。
 真意を覆い隠すようなそれに、雫は探るような目を向けた。 

「ん~……何が狙いなんです?」

「ふふ……秘密ですが、大した事ではありませんよ。
そもそも私は何もしてませんし、そうなったら良いなと勝手に期待しているだけです」

 そんな謎めかすような言葉を残し――――シェリスは今度こそドアを開けて去って行った。

コメント

シェリス嬢堂々の恋愛好感度一位Getおめでとう!!
無視はされてないから逆転もありますよ!


選択肢つ隠居……海人邸住人+2
      
[2012/05/03 02:22] URL | anos #- [ 編集 ]


たまにはこうゆう話しもニヤニヤできていいですね~はたしてシェリスはなにを企んでいるのやら(汗)

なんやかんやでこの楽しい物語をもう年単位で楽しませてもらってるんですね……色々大変かとは思いますがどうかご無理をせずに、これからも楽しい物語をお待ちしておりますm(__)m
[2012/05/03 02:23] URL | さとやん #6x2ZnSGE [ 編集 ]

感想&誤字脱字報告
 前半面白かった、中盤微妙だけど、こうゆう話も一回ぐらいやっても良いかな? 後半、う~ん、手が出やすくなってきたな~、結局八つ当たりっぽい印象が抜けてませんし、
 言い訳にしてる、言っても聞かないから、って海人の性格部分にしても、変わらないんじゃ折り合いつけなきゃしょうがないしな~、
 理不尽が過ぎて、ウザキャラにならない事を願ってます。

>インクの付け直しが無くとも、羽ペンとは雲泥の差がある。
 無くとも、じゃなく無いのを差し引いたとしても、かと

>庭っては折角の景観が台無しだ。
庭っては→庭に作っては

>それこそ、血迷って君に惚れる事も絶対ないまでは言えん」
ないまでは→絶対ないとまでは言えん
[2012/05/03 02:31] URL | 冥 #heXXx5yE [ 編集 ]

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[2012/05/03 03:36] | # [ 編集 ]

ペン先についての質問
高級もしくは高品質の万年筆のペン先にはイリジウムが電気溶接されています、この溶接の強度や精度がペン先における高品質品と低価格量産品との越えられない差になっているのですが、この世界には電気溶接の技術があるのでしょうか?
無いのでしたら高品質品は製造できないかと存じます。

ペン先を金属を曲げたタイプの旧式にすると言う手もありますが、あれは書き心地も悪く、直ぐに紙の繊維が詰まって字が乱れてしまいます。
差し出がましいことながら、海人が開発した新方式と文中で説明されていますと、違和感無く受け入れられるかと存じます。
[2012/05/03 09:52] URL | Sho #GAkJEmLM [ 編集 ]


私は、こういう話のが好きですね~。

まぁ、ルミナス・シリルが手をだすのは、海人が多少とも望んでるのもあるんでしょうしね。
拒否ならとっくに言ってるでしょうから。

ルミナスは一応ヒロイン補正として色々あるのでウザキャラにはならないでしょうが、シリルがちょっと微妙かも?
友人としての暴力と嫉妬暴力の比率が「>」ではなく「<」になってる感がするので、そろそろシリルの展開が欲しいかもですね。


個人的には、シリル・シェリル・雫好きなんですけどね~。
え?
いえいえ、決して3人がロリ貧乳3連星だかr───うわなにをするやめrくぁwせdrftgyふじこlp;@:



[2012/05/03 10:38] URL | takeway #Z9czMKss [ 編集 ]

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[2012/05/03 16:05] | # [ 編集 ]


更新お疲れ様です

ご機嫌なローラさんといじられるシェリスが可愛かったですw
[2012/05/03 16:10] URL | スウ #- [ 編集 ]


あの中ではローラさんが断トツで好きですかね~。
やっぱり海人とローラの最強コンビが好きですし。
ローラのデレも見たいのでw
次点で刹那ですかね。あの娘もなかなか。
だが貧乳三人。てめーはだめだ(キリ

ん?誰か来たようだ…………ウワナニスルヤメ(ry
[2012/05/03 18:33] URL | 『 』の深淵 #sCTdotXw [ 編集 ]


政略結婚で身内に取り込まんとするのは貴族の本能ですよね。
御自分を含めて話を振ったのに最底辺扱いのシェリス嬢に涙を禁じえない。
まあ、自分以上の能力が一つも無いオスに魅かれるメスもいないでしょうから、ローラ女史ほどの人には知の魔人で創造魔法使いの海人は千載一遇のチャンスというか、生涯唯一の良縁かもしれませんね。
[2012/05/03 19:15] URL | #- [ 編集 ]


……おみやげ(万年筆現物)を貰わずに帰りやがった。
これは、後でお仕置きでしょうか?
[2012/05/03 20:23] URL | ほがー #mQop/nM. [ 編集 ]


ラブコメな話大好きですが、ちょっと理不尽な感じがします。
海人はそんなに悪いことしてないですよね?
[2012/05/04 02:22] URL | #- [ 編集 ]

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[2012/05/04 04:30] | # [ 編集 ]


今回の話はちょっとキャラ崩壊が著しいですね。
特に、カイト・シェリスの2人は同姓同名のそっくりさんレベルに見えます。

【カイト】
何かあったら即逃亡がデフォルトになった、という設定はどこへ行ってしまったんでしょうか?
ネタを優先(おっと手が滑った)して設定がおろそかになってませんか?

【シェリス】
話にオチをつけさせるために無理やりうっかりさんにしている感じがします。
こんな簡単にポロっと口にしてしまうほどのおっちょこちょいなら、

 「私の全力を注ぎ、カイトさんの存在の隠蔽を行います」 (20話より)
 「情報管理には最大限の注意を払っていた~」 (42話より)

単にシェリスが間抜けなだけであり、情報管理(笑)程度の能力しかないように見えてしまいます。
薬の製法を渡す話を白紙に戻すレベルのひどさですね。
[2012/05/04 21:06] URL | これはひどい #S6MNYVhA [ 編集 ]


おもしろかったです。
ところで、今回ローラさんはカレーの入った寸胴を背負って、帰宅したんでしょうか?
美女がカレーの寸胴を背負っていることを想像して一人で受けていました。
でも、牛とかを背負ってと言うのには私の中で違和感が ないのは 何なんでしょうか?
[2012/05/05 15:35] URL | ふみくん #- [ 編集 ]


カイトの好み発覚!
と言うか分析結果による100%客観的順位な気がします。理由聞いたらルミナス、刹那、シェリルは固定で残りは好みの差でしかないと思う。

しかしカイトの亡くなった嫁は破天荒みたいだったから参考にはならないな。
[2012/05/05 18:24] URL | 煉恋々 #h2YGRmSs [ 編集 ]


更新お疲れ様です。

>>カレー鍋
さすがにタッパでは無かったけど、そんなに大きい鍋持って帰ってたのか
ローラさん・・・w

>>ルミナスさん1位おめでとう
さすがメインヒロインは格が違った。
読者から見てもお嫁さんにしたいヒロイン1位だろうしねー。

>>シェリスェ・・・
本当にねー、能力とか外見とかは他に引けを取ってないはずなんだけどねー、
なんでこの子はギャグの星の下に生まれてきちゃったのかwwww
頑張れシェリス!個人的にはルミナスの次に好感度が高いぞ!
(ローラさんやら他のメイドも国の為というか主の為に夫を殺しそうな感じが
するけどなぁ)

>>口を滑らせた
おや、シェリスにしてはなかなか珍しいミスですな、
ある意味一番滑りそうに無さそうですがねぇ。

今回もおもしろかったです!
[2012/05/06 03:32] URL | リファルス #- [ 編集 ]


はじめましていつも楽しみに読んでいます。
加筆分も含めて読み終わったのですが、少しシェリスがおっちょこちょい過ぎますね。
48話ですべてが終わったらお礼をすると言ってたのを忘れてるようですしそれと今回のミスで
すね。
落ちた好感度をどうやって取り戻すのか楽しみです。
それと気になるのが、地下室の拡張でなぜ地下2階以降を作っていないのだろうというところですね。買い取るよりもそっちのほうがとりあえず手っ取り早く面積を増やせたのでは?
[2012/05/12 22:49] URL | シャオ #xDU5tAck [ 編集 ]


>別の色への交換に応じるぐらいのサービスはするからな

そう言えばこれは万年筆の外装の事ですけど、中身の方をカラーインク用の万年筆も用意すればもっと実用的かもって思ったり……。
まあボールペンを実用化すると3色ボールペンとかすぐなんですけど、万年筆はそういうわけにはいかないですからねえ。

ラクリアの再登場はいつなのか若干気になっています。
[2012/05/13 21:30] URL | 戸次 #Wjzbkqqg [ 編集 ]


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