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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄64

 カナールの町。
 そこはかつて商業界に名を馳せた四人の大商人が共同で作り上げた、森の中の町。
 場所柄交通の便は良くないのだが、それでもこの町には多くの人が訪れる。
 
 が、今日はいつにも増して活気に満ちていた。

 屋台はどれも休む間が無い程の大繁盛。
 固定店舗も人がひっきりなしに入れ替わり、中には行列が出来ている店さえある。
 特に食べ物系の勢いが凄まじく、どの店も大混雑である。

 昼間っから心地良さそうに酒を飲む者達もちらほらと見え、
孫に酒を勧めて娘に蹴っ飛ばされている老人や、酔い潰れて爆睡している父の膝で一心不乱に御菓子を貪っている女の子、
果ては眠ったまま妻らしき人物に引きずられていく青年までいる。

 そこには、騒がしいながらも笑顔が満ち溢れていた。 

「ふむ、やはりこういうお祭りの活気は良いものだな」

 広場の片隅で人ごみを眺めながら、天地海人が呟く。
 その目は優しげに細められ、心からこの風景を楽しんでいる事が窺える。
 
「確かに。まあ、それを考慮してもあれははしゃぎすぎだと思いますが」

 主の言葉に同意しつつ、雑踏の方に目を向ける宝蔵院刹那。

 彼女の視線の先には、あちこちの屋台で食べ物を買い漁っている妹――――雫の姿があった。
 楽しげにあちこち食べ回っている姿は微笑ましいのだが、頬にたっぷり食べかすが付いている。
 一応年頃の乙女なのだから、もう少し気にしてほしいものだ。
  
 そんな事を考えていると、雫が戻ってきた。

「これ是非食べて下さい! 肉汁たっぷりですんごく美味しいですから!」

 言いながら、二本のソーセージが乗った皿を差し出す。
 焼き立てなのか、じゅうじゅうと音を立てている姿がなんとも食欲をそそる。

 海人達が試しにフォークで突き刺してみると、中の汁が飛び出した。
 だらだらと皿に広がっていくそれは、実に食欲をそそる。

 肉汁が滴り落ちるそれに、海人はガブリと齧りついた。

「ふむ、確かに美味い。良い肉を使っているし、使っている香辛料の加減も丁度良いな」

「でしょでしょ!? 他にも美味しい物沢山あったんですけど、
海人さんは少食ですからとりあえず一押しのだけ買ってきました!」

 褒めて褒めて、と言わんばかりに笑顔を振りまく雫。
 どこか子犬を思わせるその仕草は、彼女の愛らしい容貌と相まってなんとも保護欲をそそられる。
 そんな彼女の頭を、海人は優しく撫でた。

「食べ歩きは十分楽しめたようだな」

「もっちろん! そもそもお祭り大好きですし!
ってか、こないだの戦勝記念でしばらくお祭りはないと思ってたのに、まさかの条約締結記念っ!
こないだ食べ逃した屋台も出てましたし、言う事なしです!」

 にかっ、と天真爛漫に笑う。

 昨日――――この国と隣国ガーナブレストの間で友好条約が無事締結した。

 条約内容は互いの不戦と一方が他国に攻められた際共闘するという単純なものだが、
結んだ相手国の力を考えれば極めて強固な安全保障になる。
 これ一つあるだけで、周辺国による脅威の大半が取り除かれると言っても過言ではない。
 
 その為国全体が祝賀ムード一色に染まっており、この町でも条約締結記念のお祭りがおこなわれているのだ。
 あちこちの広場で大々的に賑やかな大道芸が行われ、全屋台一日食べ放題のカードが三千ルン、
服屋は最低二割引きの特売セール、などなどまさに町を挙げてのお祭り騒ぎである。

「ってあれ……? ルミナスさん達まだ来てないんですか?
冒険者ギルドで良さそうな依頼見繕ってくるだけって言ってたのに……結構時間経ってますよ?」
 
「そういえばそうだな。あれから一時間弱……なんとも微妙な時間だな」

 小さく、唸る。

 久しぶりに小遣い稼ぎしたい、と言って依頼を探しに行った二人は紛う事なき超人コンビ。
 本職である傭兵で名を轟かせている上、仕事が無い間の稼ぎ用でしかない冒険者免許のランクもそこそこな強者だ。
 職業柄敵が多いが、時間が遅いからと言って特に心配する意味は無い。
 あの二人をどうこうするなど、騎士団一つ引っ張って来ても難しいのだから。

 が、いつもならもっと早く合流しているのも事実。
 食いしん坊ゆえに途中で屋台の匂いに魅かれて遅くなっている可能性もなくはないが、
どちらかと言えばさっさと合流して皆で食べ歩こうとするのが彼女らの思考パターンだ。

 探しに行くべきか考えていると、一人の老人がやってきた。   

「お、いたいた。三人共久しぶりじゃのう」

 老人――――オーガスト・フランベルは気楽そうに片手を上げて、挨拶した。
 もう片方の手には、飲みかけのワインが握られている。

「おや、オーガスト老。ようやく会えましたな」

「なんじゃ、わしを探しておったのか?」

「いつぞやの口止め料、まだお支払してないでしょう」

 まるで覚えがない、といった様子のオーガストに若干肩を落とす海人。
 
 以前他言されてはまずい手札をオーガストに見られた時、酒を奢れば他言しないという話になった。
 今度一緒に酒を飲んだ時という約束だったので慌ててはいなかったが、
それでも早めに果たす為、海人はこの町に来るたび彼の姿をそれとなく探していたのである。

 なのに、ようやく会った本人がこの反応。
 海人ならずとも、力が抜けようというものだ。 
 
「……おお、あれか! はっはっは! すっかり忘れとったわい!
なんじゃ、今日奢ってくれるのかの?」

 豪快に笑いながら訊ねるオーガスト。

 元々他言する気が無かった為すっかり忘れていたが、最近は財布の中身が寂しい。

 高値で売れる魔物を狩りに行って小遣い稼ぎ出来ればいいのだが、これでも一応魔力判別所の局長を務めている。
 あまりサボりが過ぎると、給料を減らされた上に局員達による苛烈なお仕置きが待っているのだ。
 少し前など、仕事をサボって屋台を引いていたら最終日に局員総出で攻撃魔法を叩き込まれた。

 そろそろ真剣に命が危なくなってきた為、ほとぼりが冷めるまでは大人しくしなければならない。
 必然的に収入が減る為、飲酒量を減らさざるをえなくなっている。
 彼にとって、思う存分酒を飲めないというのは拷問にも等しいというのに。

 ゆえに、海人の言葉は渡りに船。
 ここしばらく続いている禁欲的な生活の憂さを晴らす、絶好の機会である。
 束の間ではあるが、一日一樽安い麦酒しか飲めない生活から解放されるのだ。
    
「御都合がよろしければ。今、ルミナスとシリル嬢を待ってますので、
彼女らと合流してからになってしまいますが……酒場が開く前には十分間に合うでしょう」

「ああ、それなんじゃがな。彼女らから伝言を預かっとるんじゃ」

 海人の言葉を聞き、本来の用件を思い出すオーガスト。

 そもそも彼がこの広場に来た理由は、今名前が出た二人から伝言を頼まれたからだ。
 今手に持っているワインは、その報酬なのである。 

「伝言?」

「うむ、野暮用が発生したので、合流は三時にしてほしいとの事じゃ」

「……野暮用、ですか」

 海人の目つきが、若干鋭さを帯びた。

 心配はないと分かっているが、それでも大事な友人。
 野暮用とやらが物騒な用件なのかどうか、やはり気になってしまう。

 が、そんな海人の懸念をオーガストはあっさりと一蹴した。 
 
「なに、心配せずともそう物騒な用件ではない。気になるなら行ってみるかの? 
連れてくるなとは言われておらんし、カイト殿はともかく、そっちの二人なら多少見る価値はあるはずじゃからな」

「ふむ……内容は着いてのお楽しみですか?」

「その方が面白いじゃろう?」

 互いに悪戯小僧のような笑みを浮かべた青年と老人は、軽く頷き合うと刹那達を伴って歩き出した。





























 ケルヴィン・マクギネスは、遅まきながら深い悔恨に襲われていた。

 少し前に傭兵団エアウォリアーズで行われた大会。
 そこで、団内五位の実力であるはずの自分が六位の女に敗北を喫した。
 これが開けた場所ならまだ言い訳もできたが、闘技場という限られた場所において接近戦を専門とする自分が
遠距離戦を得意とする人間に負けた以上、弁解の余地はない。

 部下達は彼女が異常に強くなっていたから仕方ないと慰めてくれたものの、このままでは第三部隊隊長の沽券に関わる。
 ゆえに二度と負ける事が無いよう、己を鍛え直すべく修練に励んだ。 
 同僚兼悪友に散々ズタズタにされたが、その分強くなった手応えは掴めた。
 その後入った仕事での体のキレを考えれば、間違いなく気のせいではない。 
   
 そしていざ再戦、と仕事の疲労を癒し終えてカナールにやって来たのが、今日の昼。
 流石にただ一方的な再挑戦をするのは気が引けた為、目的の相手がいるであろう場所に向かう前に手土産を買うべく寄ったのだが、
偶然にもそこで目当ての相手と遭遇した。

 渋る相手に、手土産とは別に用意しておいた交渉材料を見せてやる気を引き出し、
共に素手という条件下で再戦を引き受けさせることも出来た。

 ――――――ここまでは、良かったのだ。

 全てが順調に進み、後は勝利して砕けたプライドを修復するのみ。
 敗北後に腕を上げた速度を考えれば、結果の決まりきった作業。
 悪友の第二部隊の隊長も太鼓判を押してくれたのだから、自惚れではない。
 そのはずだったのだ。

 誤算は、使った交渉材料。
 最高級でこそないが、それに次ぐと言われる事もある素材の剛弓。 
 強靭な木材で出来ており強く軽いが、素材の稀少さゆえになかなか市場に出回らず、
出回ったとしてもその価格故になかなか買えない逸品だ。
 
 これが、予想外に相手に火を付けてしまった。
 凄腕の弓兵なのでこの反応は当然と言えば当然だが、目つきが武人を通り越し飢えた獣になっている。
 並の大人と子供以上の体格差があるというのに、今にも食われそうな気がしてしまう。
 実力差云々を通り越し、純粋に怖い。

 ――――本当はもう一つ本命の用事があったというのに、ついでのはずの用件が命懸けになっている気がする。

「うふふふふ……ケルヴィンさん、言葉は違えませんわね?
私が勝った暁には、あのゼリスナード製の弓、譲っていただきますわよ?」

 優雅な、それでいて隠しきれない獰猛さが滲んだ笑顔で、シリル・メルティは確認した。

 実年齢二十歳にして外見年齢十歳程度という時の流れを無視したかのようなその姿は実に可憐だが、
ありもしない不老の秘密をしつこく聞いてくる女性団員達を幾度となく殴り倒したり、
鼻息荒く告白してきた団内上位の男性団員を一瞬で昏倒させたりと、武勇伝には事欠かない超人である。

 しかも、欲に駆られて冷静さを失ってくれていればまだ可愛げがあるというのに、
飢えた魔物のような闘争心に満ち溢れながらも、その瞳は普段の理知的かつ冷静な輝きを保っている。
 これは、過去最高のコンディションと言っても過言ではない。
 
 そんな相手をじっと見据えながら、ケルヴィンは重々しく頷いた。

「男に二言はねえ」

 多少気後れしてしまうのはどうしようもないが、この場には部下達がいる。
 勝手な自主訓練に長々と付き合ってくれた上、今またあらん限りの声援を送ってくれる者達が。
 隊長として、彼らの前でみっともない姿は見せられない。

 呼吸を整えて気合を入れ直そうとしたその時、

「シリルー! 勝ったら今日はあんたの好物中心に御馳走作ったげるわよー!」

 暢気そうな、それでいて他の声援を圧する音量の声援がシリルに掛けられた。

 同時にシリルの目が更に獰猛さを増し、ケルヴィンを喉に牙が突き立てられたかのような錯覚が襲った。
 ペロリ、と舌なめずりするその仕草はなんとも可愛らしいはずなのだが、今の彼には上位ドラゴンが涎を垂らしているようにしか見えない。
 子供どころか、並の大人でも泣いて逃げ出す……否、その前に泡を吹いて失神しそうな迫力だ。  
 
 余計な事をしてくれた黒翼の女性――――ルミナス・アークライトに、ケルヴィンは心の中で罵声を浴びせた。

(なんて事してくれやがんだあの女ぁぁぁぁあっ!?)
 
 悪気も他意も一切ない事は、よく分かる。
 なにしろ、あれで団内随一の心優しい女性だ。
 声を張り上げたのはこちらの声援に負けないようにする為だろうし、言葉の内容は純粋に部下の鼓舞の為だろう。
 
 だが、元々シリルの気合いは十二分。
 そこに性別を越えた愛を抱く上司の大声援となれば、効果は絶大。
 最上位の火炎魔法で燃え盛っている村に、上空から雨あられと火薬と油をばら撒くようなものだ。

 部下思いは結構だが、その為に同僚を地獄に放り込むような事はやめてほしかった。

「ふふふふふふ、さあ、早く始めましょうケルヴィンさん。
あまり開始を遅らせられては、臆したのかと思ってしまいますわよ?」

「はっ。舐めんじゃねえよ。第三部隊隊長の俺様が第一部隊副隊長如きに臆するわけねえだろうが」

 実際臆してんだよ! という言葉を強引に呑みこみ、挑発を返す。
 部下達の手前、どんなに怖くても見栄を張らなければならないのだ。

 なにより、冷静に見れば素手同士である以上分はこちらにある。
 身体能力に優れた獣人の中でも、ケルヴィンのそれはトップクラス。
 技量ではシリルに分があるが、その差は容易に埋まるものではない。

 魔物が可愛く見えるような形相と気迫とはいえ、実力には関係ない。
 現実的に判断すれば、勝率は自分の方が高い。
 惑わされさえしなければ、叩き潰せる。
 
 ケルヴィンはそう思考を冷やすと、表情を引き締め拳を構えた。

「ふふふ、終わってから同じ言葉を吐けるか、今から楽しみですわね。審判、合図を!」
 
 シリルの高らかな叫びと共に審判の手が上がり――――激戦が、始まった。






















 海人がオーガストに案内されるまま進んでいくと、町近くの森に入った。

 そのまましばらく歩いていると、徐々に打撃音が響いてくる。
 大地が粉砕される音、肉が弾かれる音、樹がへし折れる音、多種多様な音が。
 程なくして、音源である二人の戦闘が視界に入った。
  
 一方は、見覚えの無い獣人族の青年。
 高身長な海人より更に頭一つ以上大きく、体格それ自体もがっしりとしてその姿を更に大きく見せている。
 彼はその体格に見合った腕力と圧倒的な速度で、周囲に破壊を撒き散らしていた。
 動きは荒いが、攻撃が外れてもその余波が周囲に影響を与える為、結果として隙が少ない。
 
 もう一方は見慣れた天然年齢詐称女性。
 彼女は妖精の如く可憐に軽やかに跳ねまわり、青年の猛攻をひらりひらりとかわしている。
 実に見事な身のこなしだが、攻撃が軽く、幾度となく良い所に入れているのに効果が薄い。
 その上徐々に疲労が出ているのか、かわし方に余裕が無くなり始めていた。
 
 そんな二人を取り囲むように、多くの観客がいる。
 その大半は青年の部下のようで、隊長負けるなー、とか勝ったら一杯奢りますよー、
などなんとも親しみのある歓声が響いている。

 対峙する二人とは裏腹に和やかな周囲を海人達が眺めていると、ルミナスが近づいてきた。

「わざわざ来てくれたの? 気にしないで楽しんでてくれて良かったのに」
  
「なに、それほどやりたい事が多かったわけでもないからな。ところで、なんでこんな事になっとるんだ?」
 
「いや、あれうちの第三部隊隊長なんだけど、前シリルに負けたのがよっぽど悔しかったらしくてね。
雪辱戦したかったらしいのよ」

 獣人の青年――――ケルヴィンを指差し、溜息を吐く。

 彼の気持ちは分からなくもない。
 副隊長の中でも突出した実力者とはいえ、斧使いが接近戦で弓兵に負けたのだ。
 その赤っ恥を迅速に雪ぎたいという気持ちはよく分かる。

 が、出来れば休暇中は避けてほしかった。

 ケルヴィンと一戦交えるとなれば、勝敗を問わずシリルの体の負担は大きくなる。
 顔には出さないだろうが、明日から少し体が軋む事になるだろう。
 かといって手抜きが出来る状況ではなく、する性格でもない。 
  
 休暇を満喫している部下に、余計な負担をかけないでほしかった。

「ほう、よくシリル嬢が引き受けたな」

「最初渋ってたけど、景品がゼリスナード製の弓だったからねぇ……」

「……確か、七千万以上するんじゃなかったか?」

「こないだ、ルクガイアの兵からかっぱいだんだって。
あいつらは国王達の方に割り当てられたから、良い物揃ってたんでしょうね」

 むすっ、と唇を尖らせる。

 最後に会った時、ケルヴィン達の部隊は随分と上機嫌だった。
 というのも、彼らは旧ルクガイア王達と戦った際、倒した敵から相当良い武器を手に入れていたのだ。
 ルミナスの剣も良い武器なのだが、流石に予算の問題がないような連中が使っていた武器と比べれば見劣りする。
 仕事の給金はケルヴィンの倍貰えたのだが、やはり口惜しさは拭えない。
 
 そんな事を考えている間にも、シリル達の戦いは進行していた。 

 雄叫びを上げながら、超高速で殴りかかっていくケルヴィン。
 素人目にも拙さが映る攻撃だが、彼の基本性能はそれを補って余りある。
 並の相手なら回避する間もなく体が木端微塵になる、そんな一撃。

 シリルはその暴悪な拳を、腕の側面を払う事で横に受け流す。
 それだけでは超高速で突進するケルヴィンの巨躯に吹っ飛ばされるが、
彼女はそのまま器用に投げへと移行して獣人の巨体を宙に舞わせた。

 が、相手もさる者。
 ケルヴィンは投げられながらも空中で体を捻り、そのままシリルの腕を振り払って何事もなかったかのように地面に着地した。
 それでも体勢が崩れている為、即座にシリルの膝蹴りが顔面を襲ってきたが、強引に後ろに飛んでそれを回避する。
 そして、膝を放ったせいで若干体勢が崩れているシリルへと再び殴りかかっていく。

「お~、流石というべきか、あの獣人さんかなり強いな~。
あの体勢で膝避けるの相当きっついはずなんだけど」

「ああ。だが、身体能力に頼りすぎて技巧が拙いな。
もう少し体捌きが上手ければ、投げられている途中で反撃に転じる事も出来たはずだ。
とはいえ、基本能力の差は大きい……シリル殿には辛い戦いか」

 常人では視認も不可能な超人達の攻防を、冷静に分析する姉妹。
 
 ケルヴィンは身体能力で圧倒しているが、技巧の差で戦闘は上手く進んでいない。
 高速・高威力故に受け流しているシリルの体力は徐々に削られているが、
彼女も毎回受け流すついでに同じ所に打撃を打ち込み、着実に相手を崩している。
 しかも多様な攻めを見せながらも足を重点的に狙っているため、徐々にケルヴィンの機動力が落ちている。

 結果として、両者の戦いはほぼ互角。
 今のままならどちらが勝ってもおかしくなく、先にミスをした方が負ける。

 だが、やはりその頑健さゆえに多少のミスは許されるケルヴィンより、
小柄な体格ゆえに僅かなミスが敗北に直結するシリルの方が不利であった。

「けっ、また腕上げやがってんなぁ……!」

「毎日必死で鍛錬しているのですから、当然ですわね……!」

 何十回目とも知れない激突を終え、両者が睨み合う。

 双方共に、もはや隠しようもない程息が荒い。
 ケルヴィンは幾度となく大技を外した隙に一点集中の猛攻撃を受け、
シリルは回避しても気を抜けば体勢を崩される超威力にさらされ続け、とどちらも消耗が激しいのだ。
 
 互いに隙を窺いながら、会話を続ける。

「必死に鍛えてんのは俺も同じだっての。ってか弓兵が接近戦で俺と張り合える事自体おかしいだろうが」

「それだけ貴方には無駄が多いという事ですわ。その力を上手く御せれば、いずれお姉さまさえ越えられるでしょうに」

「団長や副団長は無理かね?」

「あんな規格外に達する才覚があるなら、素手の私如きに苦戦などしているはずがありませんわね。
さて……疲れましたし、そろそろ決めさせていただきますわよ?」

「……へっ! 上等! かかってこいやぁっ!」

 ケルヴィンの雄叫びに呼応するかのように、シリルの足元が弾けた。

 肉体強化の限界ギリギリまで引き上げた、彼女の最高速。
 その加速のまま突き進み、後一歩というところで――――強化の限度を越え、更なる加速を行った。
 そして、急な超加速で迎撃のタイミングを狂わせた獣人の顎へと、全身全霊を込めた拳を放つ。

 が、ケルヴィンもまた超人の一角。
 
「っつぁぁぁあっ!」

 シリルの拳が命中する寸前で、強化を限界以上に引き上げ、どうにか打点を肩へずらした。
 腕力に欠けるとはいえ、捨て身のシリルの打撃はかなりの威力があり、骨が軋む音が響く。
 
 が、その代価にケルヴィンの拳のすぐ上にシリルの腹が来た。
 後は右拳を振り上げるだけで、彼の勝利が確定する。

「もらったぁぁぁぁあっ!」

 いざ勝利を掴むべく足を踏ん張り、拳を上へと打ち上げる。
 まるで勝利を誇示するかのように、高々と。

 そしてシリルの華奢な体は凶悪の威力の一撃によって吹き飛――――ばなかった。 

 原因は、シリルの行動。
 彼女は肩に当たった拳をそのまま滑らせて、ケルヴィンの首の体毛を掴んでいた。
 そこを起点に自らの体を引き寄せる事で、強引な回避に繋げたのである。
 無茶な使い方で腕の筋肉を突き抜ける激痛を、強引に無視して。 
 
 と言っても、それだけではケルヴィンの拳が当たる方が速かっただろう。
 それほどまでに彼の攻撃速度は速く、シリルの体勢は悪かった。
 
 それが覆った理由は、足に蓄積したダメージ。
 執拗に一点に集中させられたそれは脚力を完全に奪う事こそできなかったが、
ほんの一瞬バランスを崩させるには十分な蓄積があった。
 
 本当に些細な、本来取るに足らぬ程の時間差。
 それこそが、勝敗を分けた。 
   
 体を引き寄せた勢いのまま宙を舞ったシリルは、ケルヴィンの頭を背後から両手で鷲掴む。
 そして、愕然としている彼の頭上から声が響いた。

「獣人族は掴みやすくて助かります――――わっ!」

 裂帛の声と共に、ケルヴィンの後頭部に渾身の両膝が打ち込まれた。

 ぐらり、とケルヴィンの巨体が傾く。
 衝撃が強すぎて、立っている事さえ難しい。
 一瞬で意識が吹き飛ばなかっだけでも上出来だろう。

 だが、負けるわけにはいかない。
 景品の弓はどうでもいいが、慕ってくれている部下達を落胆させてしまう。
 彼らに見せるべきは、自分が勝利する姿だ。

 遠のく意識を強引に引き戻し、根性で体勢を立て直す。
 周囲の景色が回っているが、一撃ぐらいはどうにか放てる。
 力が入りにくいが、それでもシリル相手には十分な威力が出せるはずだ。

 最後の大博打に臨むべく彼女の姿を探そうとしたところで、

「頑丈ですわね、本当に」

 称賛が含まれた声音と共に再び後頭部に衝撃が走り、そのままケルヴィンの意識は途絶えた。 
























 敗北したケルヴィンは、うんうん唸りながら大地に転がっていた。
 周囲では、彼の部下達が目覚めぬ上司に呼びかけている。
 それに参加していない部下達もいるが、彼らは目覚めた後どう慰めるべきか話し合っていた。
 どうやら、シリルに二度目の敗北を喫して尚、彼の人望は衰えていないらしい。
 
 それを微笑ましそうに眺めた後シリルは汗を拭って爽やかに微笑み、戦利品を手にした。

「ふふ、ゼリスナード製の弓、確かにいただきましたわ。少々危なかったですが」

「偉い偉い。ケルヴィンも強くなってたのに――――よくやったわ」

 見事勝利を収めた部下の頭を、優しく撫でる。

 御世辞ではなく、ケルヴィンもかなり強くなっていた。
 以前より省かれた動きの無駄、拙いながらも虚実織り交ぜた攻撃、と全体として戦い方が洗練されている。
 まだまだ無駄は多いが、伸びは大したものだ。 
 
 その彼に、紙一重とはいえ勝利を収めた。
 上司として、なんとも誇らしいかぎりである。

「お姉さま! ならば抱擁をっ! 頑張った部下を優しくその胸に抱きしめて下さいまし!」

「却下。どうせあんた胸揉んでくるつもりでしょーが」

 飛び掛かってくる部下を、平手ですぱんと迎撃する。
 激戦を制した猛者は、まるで蠅のように地面に叩き落とされた。 

 シリルが恨めしそうにルミナスを見つめていると、海人が話しかけてきた

「お疲れ様。ところで、ちっと前にオーガスト老に酒を奢る約束をしていてな。
それで今日は一泊しようと思うんだが……どうする? 君らは先に帰るか?」

 言いながら、二人の顔色を窺う。

 オーガストに酒を奢るとなると、終わるのは確実に深夜になる。
 かなりの量を呑むし、そもそも宴会好きで話好き。
 過去の武勇伝なども面白く周囲の人間を引き付ける為、どうしても長引いてしまう。

 が、深夜は魔物が活性化しており、帰宅には危険が伴う。

 実力的にはまるで問題なく帰宅できるメンバーではあるが、
それでも何かの間違いが起きないとは限らない。
 脆弱な海人は特にそうだ。

 ゆえに一泊したいのだが、同居しているとはいえルミナス達まで付き合う必要は無い。
 彼女らだけなら、鍵を渡して帰ってもらうという選択肢もある。
 
「……シリル、御馳走明日でもいい?」

「問題ありませんわ。多少待つのも良いスパイスですもの」

 すまなそうに頭を下げる上司に、柔らかい微笑みを返す。
 帰って御馳走を食べたところで、あの広い屋敷にたった二人では虚しくなるだけ。  
 どうせ美味い物を食べるなら、皆で食べた方が楽しい。 

「ありがとう。さて、ではどこの酒場にしますか?」

「ロンドの酒場じゃな。あそこなら酒もつまみも良いのが揃っておるからのう。
それに、今日は祭りのせいか既に店を開けておった。さあ、今日はたっぷり飲むぞぉっ!」

 いざ出陣、とばかりに足取り軽く歩き出すオーガスト。
 老いてなお若者以上に元気な老人に苦笑しながら、海人達はその後をついていった。





 
  

 
 
   













 
 ロンドの酒場。 
 ここは極端な安酒こそ揃っていないが、良質な酒が手軽な価格で飲める。
 つまみも豊富でどれも味に定評があり、カナールでも人気がある酒場の一つだ。
 
「っぷはぁ~、美味いのう!」

 生き返った、と言わんばかりの爽快そうな表情で樽を空にするオーガスト。
 乾杯から僅か数十秒。凄まじい勢いの飲みっぷりである。

「相変わらず良い飲みっぷりですな。にしても……やはり条約の話題ばかりだな」

 周囲に視線を走らせ、海人は軽く息を吐いた。
 酒が入っているためか周囲の声が大きく、会話内容が嫌でも耳に入ってくるのだが、
海人の聴覚の範囲では条約の事以外の話をしている人間は皆無だった。
 
「詳しい情報が出てない分、色々勝手に憶測できるからでしょ」

 小さく肩を竦め、豪快に麦酒を煽るルミナス。

 今回の条約締結は、非常に唐突だった。
 何しろ締結するその日まで、一切発表が行われなかったのだ。
 本当に突然条約締結とその内容だけが発表され、王都で祝賀会が開かれた。
 
 この徹底して秘匿された経緯のせいで、周囲では様々な話題が出ていた。
 実は国内に知られざる外交の傑物がだの、何年も前から密約があったに違いないだの、
ガーナブレスト女王の気紛れだの、この国の国王が必死で懇願しただの無根拠な話が飛び交っている。
 まあ、誰もが笑いながら話しているところを見ると、全て冗談半分の話なのだろうが。

 ルミナスが言うように、真相が分からない分無駄話のネタには丁度良いらしかった。 
   
「確かにそうですね。調印には女王が直々に来てるって話ですし、尚更憶測呼びますよねー」

「……私はそこが一番引っかかるんだがな。何があったのか知らんが、いくらなんでも女王直々というのは……」

 腑に落ちない、といった様子で唸る海人。

 ガーナブレスト女王は、基本的に賢君で知られている。 

 父王が上げた税率を元に戻して民の生活水準を上げ、税収が少ないという理由で魔物が野放しになっていた地域に騎士を派遣し、公職にある者の給料を引き上げる代わりに贈賄時の罰を極刑を含む厳罰化した。
 結果として国が地方を含めて活気づき、新たな名産が生まれ、商人達の切磋琢磨によって流通する商品の質も上がった。
 一時的に税収が足りなくなった時期もあったらしいが、国が活気づいた事で今は税率が下がったままにもかかわらず以前以上の税収がある。
 全体的な数字で見れば極端な成果ではないが、王位に就いてからの十年間、確実に国家を良い方向に進めていると言っていいだろう。

 そんな人間がわざわざこの国に直々に出向いて友好条約を結ぶとなると、違和感が拭いきれない。

 軍事力を含めた総合力では、まだこの国はガーナブレストに劣っている。
 トップが出向くのならどちらかと言えばこの国であるはずだ。
 
 この国としてはガーナブレストに対等以上と認められているという事になって利益が多いのだが、
逆にガーナブレスト側にとっての利益が思いつかない。
 せいぜい、女王直々に出向いた事から寛容さを感じさせる程度。
 むしろ他国に舐められる可能性がある分、不利益さえあるかもしれない。
 
 何か、裏があるような気がしてならなかった。

「ま、あまり難しい事を考えても仕方ないわい。
どうせわしら一般市民の得られる情報は限られておるしのう。
それに、あまり真面目な話をしてたら酒が不味くなるもんじゃぞ」

「……ごもっとも。話題を変えましょう」

 苦笑しながら、頭を切り替える海人。

 今日の主題はオーガストに酒を奢る事。
 そんな席で大真面目な政治絡みの話は無粋に過ぎる。
 かといって周囲のように気楽な無駄話にする自信もない。

 ここは迅速に話題を変えるのが最善。
 そう判断して次の話題を探そうとしていると、店主が酒樽を抱えてやってきた。

「ほい、酒樽一つ。つまみとかはいらねえか?」

「ああ、あった方が良いな。今日は何かお薦めあるか?」

「よくぞ聞いてくれた! 今日のお薦めはこのボードに書いてある!
どれもこれも自信作! ぜひ頼んでくれ!」

「ほう、どれど……」

 差し出されたボードに目を通し、思わず絶句する海人。
 その反応に興味を示した周囲の面々がボードを覗き込むが、その途端彼と同じ反応を示した。 

 そこには、実に愉快なメニューが並んでいる。
 どれもこれも想像するだけで食欲をそそられる品々。
 名前を見ただけでも、食べてみたくなる物ばかり。

 が――――値段がぶっ飛んでいる。

 最低でもこの店のつまみの平均的な価格の三倍以上。
 ひどい物になると、桁が一つ違っている。
 いかにお祭り中とはいえ、この店に来る客層が頼みそうな価格ではない。
 だというのに、やたらと種類が豊富で限定との記載もない。

 周囲を代表するかのように、海人が口を開いた。

「聞きたいんだが……お祭り中とはいえ、売れると思ったのか?」

「はっはっは。実は勢いで仕入れ決めてやっちまったんで、思いっきり後悔してる。
…………頼む! 一品で良いから何か頼んでくれ!
売れ残りが多すぎると女房と娘にはっ倒されちまう!」

 ヤケクソ気味に笑っていた店主だったが、言葉の途中で懇願に転じた。

 今日のつまみはどれも値段以上の価値があると自負している。
 急な話だったとはいえ、折角のめでたいお祭り。
 それに相応しい、最高のつまみを出そうと思ったのだから当然だ。

 が、いかんせん値付けが高すぎる。
 祭りの熱気に浮かされるままメニューに加えたものの、あとテーブル一つ埋まれば満席という状況でも全く売れていない。
 このままいけば妻子からの説教に加え、来月の小遣い無しや禁酒まで言い渡されてしまう。
 無様な懇願に接客中の娘の視線が鋭く突き刺さるが、なりふり構っていられる状況ではないのだ。

「ま、美味しそうだしいっか。私はレイルスフィッシュの燻製」

「私はヘルオクトパスのフライをいただきますわ」

「あたしはエンゼルピッグのソテーで」

「拙者はスカイエンペラーの半熟卵クラウンソルト添えを」

「私はソルジャーバードのレバーパテを」

「わしは最高級チーズ五種の盛り合わせにするかの」

 次々に店主に告げられる注文。
 売らねばならない数に比すれば少ない注文だが、盛り付けなど工夫次第で他の客の興味を引ける可能性がある。
 上手く回れば、一気に売れていくかもしれない。 

「ありがてえ! 絶対後悔はさせねえ味だから期待しててくれ!」

 意気揚々と去って行く店主。
 途中ウエイトレスをやっている娘からトレイで頭を叩かれていたが、
それでも彼は元気一杯に厨房へと入って行く。
 一方で、彼の娘は海人達に向かって深々と一礼すると迅速に仕事に戻っていった。
 
 そんな家族経営ならではのやり取りに一同が苦笑していると、入り口のドアが開いた。 

「あーくそっ! まさかまた負けるたあ……!」

 ガリガリと頭を掻きながら入ってきたのは、ケルヴィン。
 牙をむき出しにして、無念そうに唸っている。

「まあまあ落ち着いて。ここはアンリ隊長お薦めで酒も料理も……うげっ!?」

 ケルヴィンを宥めていた女性が、嫌そうな悲鳴を上げる。
 彼女の周囲にいる同僚達も、一様に嫌そうな表情をしていた。
 上司を慰めようと入った酒場に、元凶がいたのでは無理もないが。

 そんな失礼な反応に気を悪くする様子もなく、シリルは小さく肩を竦めた。

「奇遇ですわね。ちなみに、再戦ならお断りですわ」

「アホ。いくらなんでも今日もう一戦挑むわけねえだろ。ま、ここで会えたのは丁度良かったんだが。
負けるとは思わなかったんで話しそびれちまったが、お前らにもう一つ用件があんだよ」

「ん? 何かあったの?」

 ケルヴィンを見上げながら、首を傾げるルミナス。

 ケルヴィンが自分達に用件、というのはかなり珍しい。
 悩み事があればなんだかんだで仲の良い第二部隊隊長の方に行くし、
揉め事の類であれば大概自分の隊だけで解決してしまう。

 仕事以外で明確な用件があった事など、今まで数える程しかない。

「あー、厳密にはお前らじゃなくて……多分そこの兄ちゃんだと思うんだが……あんたがルミナスの男か?」

「違う」

 即座に、そして簡潔に否定する海人。
 あまりにきっぱりとして嘘が感じられない否定に、ケルヴィンが若干たじろいだ。
 
「そ、そうなのか? そりゃ悪かっ……いや、だがシリルが団員以外でルミナスの隣許す若い男なんざ噂の男以外……」

「……お待ちなさい。今度はどんな噂が流れてますの?」

 ぶつぶつと呟くケルヴィンに、シリルが問いかける。

 以前ルミナスや自分が海人と恋愛関係にあるという噂について何度も聞かれたが、その都度訂正していた。
 前回の仕事の時は聞かれなかったので、努力の甲斐あって噂が消えたと思っていたのだが、
彼の口振りからして噂は未だ消えていないらしい。

 どうにも、嫌な予感が拭えなかった。 

「ん? そりゃあ難攻不落のルミナスを口説き落とし、それに嫉妬したお前をルミナスと一緒に三日三晩諭して、
見事仲を認めさせた男がいるって――――ど、どうした!?」

 言葉の途中でぐったりと突っ伏した三人を見て、ケルヴィンが目を見開いた。

「き、聞かれなくなって安心してたのに……」

「……ど、どこでどう捻じ曲がればそんな噂に……」

 広まっているらしい噂に頭を抱える傭兵二人。
 
 噂の内容が、明らかに発展していた。
 前は単に男が出来たらしいという噂だったというのに、いつの間にか細部が出来ている。
 妙な具体性が加わった分、以前より信じる者が増えていていもおかしくない。
 次の仕事終了後にでも、噂の元を辿って断つ必要があるだろう。
 二度と憶測で噂を発展させられないよう、念入りに。  

 今はまだ良いが――――――もし噂が悪化した場合、今一緒に突っ伏している男がどう動くか分からない。

「えーっと、とりあえず、あんたがルミナスの男って事なのか?」

「……だから違う。噂の元になっているのは私なんだろうが、関係は友人だ」

 海人は億劫そうに顔を上げると、ケルヴィンを睨みながら明言した。

 先程はケルヴィンが噂と海人が無関係と勘違いして去る事を期待して簡潔な言葉による否定を行ったのだが、
ここまで事実と異なる噂が独り歩きしているとなるとそうもいかない。
 後で噂の元の男だと知れた時、やましい事があるからではないか、と噂が悪化する恐れがある。

 となれば、最善は噂の元の人間である事を認めた上で、毅然たる態度をもって否定する事だ。
 面倒なので、どうしても気は進まないが。

「この二人と同居してたってのは?」

「事実だが、諸事情でしばらくルミナスの家に居候してただけだ」

 軽く肩を竦め、淡々と答える。
 事実上同居状態は持続しているのだが、それは口にしない。
 そんな事を言えば、話がますますややこしくなる。

「……ちなみに、そっちの二人は?」

「私の護衛だ。一応言っておくが、この二人もそういう関係ではないからな」

 据わった目で、念を押す。

 今はまだ美談とも言える噂だが、刹那と雫まで加えられたらどうなるか分かりはしない。
 下手をすれば、エアウォリアーズ殲滅を本気で計画しなければならなくなる。
 ルミナスの人望を考えると、噂の内容次第で団員の何割かが暴走しても不思議はないのだ。
 世界屈指の傭兵団を敵に回すなど、断固として願い下げである。

 が、割と必死な海人の心情をよそに、ケルヴィンは何やら考え込んでいた。

「…………まあ、いずれにせよ俺の目的には問題ないか」

 言いながらケルヴィンは愛用の斧を部下に渡し、ゆっくりと姿勢を正した。
 その目はやたらと真剣な気迫に満ちているが、周囲は訳が分からない。
 後ろで席を取っている彼の部下達でさえ、上司の態度に困惑している様子だ。

「ん? どういう意味だ?」

「――――頼みます! 俺を、俺を弟子にして下さい!」

 いっそ見事なまでの土下座を披露し、ケルヴィンは海人に懇願した。  

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

・・・ぼーぜんw
[2012/07/29 20:25] URL | #mQop/nM. [ 編集 ]


はははははははははは
腹が痛い!!
[2012/07/29 21:35] URL | #JRF4jLPA [ 編集 ]


追いつめられてるんですね、彼。
非戦闘系の人間に弟子入りって・・・・・・よくする気になったな。
彼が男友達になるのか?

今再度読み直しているのですが、疑問に思ったことが一つ。
肉体強化の限度越えって筋肉痛になるので結果的には筋肉を酷使するのと変わらないと思うのですが、そうすると海人の筋肉が初期より強くなる気がします。
肉体強化の限度越えは筋強化につながりますか?
[2012/07/29 21:51] URL | fuji #- [ 編集 ]


迷走してますなぁ。
[2012/07/29 22:21] URL | 名無し@ネタなし #- [ 編集 ]

これぞ想定外 まいりました
いやー、てっきり新しい男キャラはエアウォリアーズの団長様だと思っていました。
まさか、ケルヴィンとは。まあ、ボツネタで出てきていましたから、伏線を考えれば当然ですけど。参りました。
しかし、海人に弟子入りですか、でもシリルやルミナスと同じ経験をするには、海人の安全を考慮すると難しいのではないかと愚考します。
いっそのこと、海人がケルヴィンの訓練をローラに丸投げという選択肢もありではないかと思ってしまいます。
[2012/07/29 22:33] URL | hatch #QGsADGPw [ 編集 ]


え~と・・・。
うん、何があった??
[2012/07/29 23:12] URL | ユエ #TY.N/4k. [ 編集 ]


>難攻不落のルミナスを口説き落とし
我こそは失恋の達人たるケルヴィンということですね。
[2012/07/29 23:29] URL | 名無し #- [ 編集 ]


弟子入り来たw
しかし手加減が苦手だからカイトが危なすぎるw
まぁカイトなら自分が相手せずとも訓練メニュー考えられるかもだけど。
[2012/07/29 23:31] URL | とまと #mQop/nM. [ 編集 ]


まさかの弟子入りww

まぁでもこのケルヴィンの性格からしたらあり得ない話ではなさそうですねw
一体何を言われてそう決断したのやらw

海人が鍛えるならやはりどうしても秘匿技術を使わざるを負えなさそうなので
無理っぽいですよね~。

やはりある程度を指導して実践訓練的な物はローラかそれに
準ずる強者に訓練を託すしかなさそうですね。
その訓練内容を海人が指導、組み立てれば良いかも。

………ってこれは完全に九重さんが考える所ですよね、勝手にすいません。
やはり読むと想像してしまう物で。許して頂ければ幸いであります。

更新お疲れさまでした。そして有難うございます。いつも
楽しみにしております。

次回も待ってます!
[2012/07/30 00:21] URL | 『 』の深淵 #sCTdotXw [ 編集 ]


女を口説く修行ですねw
わかりますともwww
[2012/07/30 00:42] URL | uyr yama #- [ 編集 ]


 まあ、ケルヴィンの場合は作中で描写されているように身体能力に頼りすぎで無駄な動きが多かったり、先読みとかが甘かったりするのを修正すれば格段に強くなれそうなので、海人に弟子入りというのは、あながち間違いではない?
 海人は反射神経の遅さで肉弾戦は駄目かもしれないけど、防御魔法の発動の速さと設置、読みや駆け引きの上手さでルミナスやシリルと鬼ごっこできるわけだから、あながちなにも教えられないわけではないですね。

 ところで、このさき海人×ルミナスになった場合、やっぱりデキてたんじゃないか。と言われそうですねww
 まあ、いまのところは海人のほうは友人としか思ってないor自分のせいでルミナスに妙な噂が立ったらルミナスに恋人が出来にくくなるとか思ってそうですけど。
 シェリルが意図的に海人に恋愛関係になる相手を配下から出そうとしてるっぽいのにルミナスは海人の事情を知っているので無意識に海人に惚れてる事実を否定している。
 これを覆すにはシェリルが海人の事情を承知で恋愛相手を作ろうとしていることをルミナスが気がつく以外にないかも?
[2012/07/30 01:28] URL | 法皇の緑 #USanPCEI [ 編集 ]


モテモテじゃなくてもいいからただちょっと騙されることなく幸せになりたいだけなんだよな、
きっと。
[2012/07/30 04:26] URL | . #xw27v.Lk [ 編集 ]


ちょw
失恋の達人、哀戦士ケルヴィン、海人に弟子入りして愛戦士になれるのか!?
……頑張ってほしいもんだ。無理っぽそうだけど。

新たにレギュラー化しそうな男性キャラが増えて幅が広がりそうなのが嬉しいです。
[2012/07/30 09:39] URL | 浅黄 #SFo5/nok [ 編集 ]


更新お疲れ様です

ケルヴィン不幸だな
弓兵相手に二度の負けとわ哀れ

弟子入りに成功したらいのししが技術を得てトラになる的な話は無いだろうな。
カイトは博識とはいえ日本とは戦闘技能が雲泥の差だから地球式トレーニングは意味なさそうだし。いつぞやの刀みたいに。
かといって同居してのふれあいは手加減できないからプチッと逝きそう。
そもそも影の薄い創造魔法がネックですしな。
[2012/07/30 20:02] URL | 煉恋々 #h2YGRmSs [ 編集 ]


これでケルヴィンも非常識軍団の仲間入りですか。
どんなふうに絡んでくるか楽しみです。
[2012/07/30 21:02] URL | シャオ #xDU5tAck [ 編集 ]


普通に断る→お願いします→断る→お願いしますのループになってまた一波乱(爆笑系)起きるわかる
[2012/08/01 08:51] URL | すぅわ #JalddpaA [ 編集 ]


初コメです。

ちょっとした事でこのブログを見つけ、怒濤の勢いで読ませていただきました。
久々に、ここまで嵌る作品に出会えてよかった…と思っております。

軽く、それでいてたまにシリアス、もうとっても大好物でした!

これからも続きを楽しみにしております。

ファイトです!
[2012/08/03 12:40] URL | あぎ #- [ 編集 ]

更新お疲れ様です
相変わらず面白くて、更新を続けてくれて安心しております。あまり無理をせず続けていただけると嬉しいです。次回を楽しみにしています。 
[2012/08/05 21:40] URL | osu #- [ 編集 ]


理論の神様・海人による、戦術・戦闘訓練プログラム。
組手の相手は刹那、ローラ、オーガスト老と揃っているので、「ふむ、プログラム検証も面白いかもな」と、引き受けそうですね。

ケヴィン改造のあと、団長・副団長がこれから絡んでくるのかどうか、どんな波乱があるのやら。
[2012/08/08 15:48] URL | ulysses #- [ 編集 ]


初めてコメントさせていただきます。

ガーナの女王がくる・・・
またなにか面倒なり不幸が起きるんですかね?


弟子入りって戦闘じゃなくて女に浮気されないための弟子入りでしょうか?
カイトの戦闘能力については隠されてて知られていないはずですから、戦闘訓練とかではないと思うんですけど、またいつものトラブル体質ですかね?



ところでこれ勝手に思ったんですけど、
もしかして団長さんと副団長さんカイトの親ですかね?
とくに根拠もなにもなくて勝手な想像ですが


いつも楽しませてもらっています。
これからも頑張ってください。
[2012/08/10 08:09] URL | 生え際の魔法使い #- [ 編集 ]


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