ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄65

 ケルヴィンの唐突な行動は、周囲を硬直させていた。
 エアウォリアーズ団員達のそれは特に顕著で、誰もが目を見開いて呆気に取られている。
 
 と言っても、ケルヴィンの土下座それ自体はさして珍しい事ではない。

 仕事で失敗をやらかした際は副団長に許しを乞う為にやるし、
団内随一の性悪と名高い同僚に教えを乞う時も高確率でやる。
 何があろうと頭を下げられない男、というわけではないのだ。

 が、副団長は失態の度合いに見合った態度を見せねば即斬撃が飛んでくる為、
毎回土下座が確定しているが、それ以外の時はとにかく粘る。

 第二部隊の隊長に教えを乞う時でさえ、最初は普通に頭を下げるだけ。
 次いで言葉でへりくだって懇願し、それでも駄目なら徐々に姿勢が低くなっていくという塩梅。
 最終的にほぼ毎回土下座が確定しているというのに、無駄に粘るのだ。 

 そんな男が、部外者に突然の土下座。
 ケルヴィンを知る者ほど、その驚きは大きい。  

 最初に硬直から抜け出したのは、周囲より驚きの少ない海人だった。

「……あー、一つ聞きたいんだが」

「何でしょう、師匠」

 恭しく面を上げ、海人の顔を見据える。

「師匠はやめい。弟子とは、何の弟子だ?」

「無論、恋愛のです」

 迷いなく、きっぱりと明言するケルヴィン。
 その表情を見る限り、冗談でもなく言い間違いでもないようだ。

「……人の話を聞いていたか?」

「はい。しかし、信じたとしてもやはり教えを乞うに値するはずです。
今から説明いたしましょう」

「……その前に、その似合わない敬語を止めて普通に話してくれ。なんというか、違和感が凄まじい」

 はあ、と疲れたように息を吐く。

 なんというか、ケルヴィンという男は敬語があまりに似合わない。
 態度に問題はなく敬意も感じるのだが、使い慣れていないのか微妙に音程が狂っている。
 どうにも聞き苦しく、耳障りな印象が抜けなかった。
 
「では、御言葉に甘えまして……まず、今までルミナスと付き合ってるなんて噂になった奴はいなかった。
こいつの周囲にゃ結構良い男も揃ってるんだが、そいつらでさえ誤解もされた事がねえ。
これだけでも、あんたが特別だってのは分かるだろう」

「単に団員はお姉さまがばっさりと切り捨てているからでしょう」

 ケルヴィンの言を、シリルは即座に切って捨てた。

 確かに、ルミナスの周囲には良い男が多い。
 というより、エアウォリアーズ団員という段階で能力的には優れている。
 戦闘能力は言うまでもなく、収入も同世代の平均年収の倍以上。
 職業柄少々教養に欠ける者が多いが、知力自体は悪くない。

 そしてルミナス率いる第一部隊は彼女の人徳からか、性格も善良な者が集まっている。
 あまりに揃った好条件故に、実家に帰れば必ず縁談が待っているという者も多いのだ。 

 が――――ルミナスはそんな者達を幾人も一刀両断している。

 誤解の余地がない程綺麗に、ばっさりと。
 その気になれないという、実にシンプルな理由で。
 付き合ってみれば気が変わるかも、と食い下がる者もいたが、
それさえもそんな軽い気持ちで付き合う気はないと問答無用で却下している。

 その断り方は団内ではあまりにも有名で、ゆえにこそ誤解の余地がない。
 誤解される余地があるのは、むしろ海人のような団外の男なのだ。  
 
「それもあるだろうな。が……ルミナスに加え、お前と同居してられたってだけで教えを乞うには十分な理由だろうが」

「……まあ、確かに極めて珍しい事例ですわね」

 小さく鼻を鳴らし、腕を組む。

 確かに、ルミナスだけならともかくシリルも一緒に同居してたというのは並大抵の話ではない。
 シリルは基本的に不快感を許容しない人間。まして団員以外の男が愛するルミナスと同居など以ての外だ。
 普通ならシリルの威圧に耐えられず、早々に次の住居を決めてルミナスの家を出ているし、
仮に耐えきったとしても今この場でシリルの機嫌が傾いていないはずがないが、彼女の態度は平静そのもの。

 となれば、シリルが認めているという事になる。ルミナスとの同居を許容できてしまう程に。
 そこに女心を強烈に掴む何かがあるはずと考えるのは、ごく自然な事。
 その秘訣を伝授してもらいたくなっても、不思議はない。

 それでも即土下座は短慮にすぎる気はするが、色々追い詰められているケルヴィンなら理解できなくもない。
 彼の失恋記録は既に五十を越えているのだから。
 
「って事だ。いずれにせよ、あんたがこの二人の心を掴んでる事は間違いない。
ルミナスはまだしも、シリルが普通に認めてんだからな」

「ふむ、こうなった経緯は概ね理解できた。が、恋愛関係で師事するなら私より適任がいるぞ」

 酒樽を豪快に傾けている老人へと視線を滑らせる。

 色恋沙汰においてなら、オーガストの経験量は莫大だ。
 表に出ているだけでも百を超える恋愛遍歴。
 その相手も農民から王女までと実に多様。
 なにより、成就に到った相手の数が多い。

 恋愛について師事するのであれば、彼以上の存在は考えにくいと言える。
 
「その爺さんが?」

「名前ぐらいは知ってるだろう。彼がかのオーガスト・フランベル老だ」

 海人の紹介に、オーガストは鷹揚に頷いた。

 老いてなお若者顔負けの熱情を持つ人物だが、それでも一応人生の先達者。
 教えを乞われれば、悩める若者に女性を口説く秘訣を教えてやるぐらいの寛容さはある。

 オーガストは年長者らしい大らかさで獣人の言葉を待っていたが、

「いや、俺は結婚して末永く幸せに暮らしたいんでそれじゃ駄目だ。
必要なのは、長続きする秘訣なんだよ」

 実際に放たれた言葉の内容に、派手に椅子から転げ落ちた。

 ケルヴィンの目的は、あくまでも一人の女性と添い遂げる事。
 愛する女性と末永く幸せに暮らしたいというのが、彼の願望なのだ。
 その為に稼いだ金は常に半額以上を貯蓄に回しているし、性格は悪いが頼りになる同僚に頼みこんで良い土地を買ったりもしている。
 全ては、結婚後の穏やかな生活の為に。 
 
 その意味では、オーガストへの師事は目的と真逆になる。
 彼の恋愛経験の豊富さは、言い換えれば一人の相手と長続きした例がない証明。
 だからこそ、百人を軽く超える女性と恋愛関係を結ぶ事が出来たのだ。
 
 痛い所を突かれ渋い顔をしているオーガストを眺めながら、海人は口を開いた。

「だが、私とて女性の心を掴んで離さないような技術を持ち合わせているわけではないぞ。
そもそも、彼女らとは普通に一緒に暮らしていただけだしな」

 厳然たる事実を、淡々と諭す。

 海人の感覚としては、この世界に来てからずっと自然に暮らしてきただけである。
 ルミナスには良くしてもらった分その恩に報いようとはしたが、特別気に入られるような事をした覚えはない。
 単に喜んでもらえる事なら色々としたが、それは特技で彼女の生活を豊かにしただけの事。
 それだけで心を掴めるほど、ルミナスは簡単な女性ではない。

 シリルにいたっては、もっと心当たりがない。
 ルミナス絡みの問題を考えればむしろ嫌われる要素の方が多かったはずだが、そこそこ穏やかに接してもらっている。
 一応初対面で威圧されたり矢で射かけられたりした事はあるが、それでも本気で排除にかかられた事はなかった。

 ゆえに、海人としてはたまたま両者と性格の波長が合っただけとしか言いようがない。
 どこまでも自然体のまま、普通に暮らしてきただけなのだから。

 が、当然ケルヴィンはそれでも納得しなかった。
 
「なら、その普通の中に秘密があるはずだ。頼む! しばらくあんたの生活を観察させてくれ!」

「却下。男に観察される生活なぞ、どんな拷問だ」

 必死の懇願をにべもなく切り捨てる。

 ケルヴィンの頼みは、海人にとって到底承服できるものではない。
 海人の場合、日々の生活も部外者に見られてはまずい物のオンパレード。
 それを隠しながらとなると生活に相当な制約がかかるし、万一見られた場合後処理が面倒極まりない。
 
 無論、男に観察される生活が嫌だというのも嘘偽り無い本音だが。

「うぐ……じゃ、じゃあどんな生活してたのか口頭で教えてもらうってのは?」

「彼女らの私的な話も関わるからそれは出来ん」

「あぐ……」

「そもそもこの二人から耳にした限り、君の失恋回数は女運の悪さが一番の要因だ。
それがどうにかならん事には何やっても意味がないだろうな」

 軽く肩を竦め、断言する。

 あくまでルミナス達との雑談で少し耳にした程度だが、海人も多少ケルヴィンの恋愛事情は知っている。
 彼が失恋した理由の大半は、相手の浮気。
 それもきっちり別れてから相手と付き合うのではなく、ケルヴィンとの関係は維持したままでの浮気。
 金蔓として彼を確保した上で浮気を楽しむという、碌でもない相手ばかりだ。

 仮に海人が女心を掴む術を教えられたところで、相手がそれではどのみち良い結末にはならない。
 ケルヴィンの願望を満たすためには、まずそれに相応しい相手が必要だろう。 

 そんな正論ではあっても身も蓋もない海人の意見に、ケルヴィンは半泣きで抗議する。

「それじゃ一生独身確定じゃねえか!」

「落ち着け。焦って相手を探しても意味がないという事だ。
飢えていると変な女に引っかかりやすくなるし、一度落ち着いてこそ見える物もある」

 淡々とした声音で、静かに諭す。

 海人からすれば、ケルヴィンが焦る意味はどこにもない。
 稼ぎが良く、それなりに容姿に恵まれ、ついでに力にも恵まれている。
 先程から話している限りでは、性格も相当善良な部類に入るだろう。
 総合的に見れば、むしろ女性を選べるぐらいの優良物件だ。

 彼の場合なら、焦って相手を探す事はむしろ害悪になる可能性が高い。 

「だ、だけど十代から頑張ってんのにもう俺二十五だぞ!? いや、このままいけば三十だってすぐだ!」

 ケルヴィンは、焦りに焦っていた。

 十代半ばから良い相手を探そうと躍起になっていたのに、気付けば既に二十五。
 特にここ数年の忙しさは尋常ではなく、時間の経過が異常に早く感じる。
 気分的には来年には三十路になりそうな勢いなのだ。
 
 が、逸る彼を海人はあくまでも静かに諭す。

「その年で焦る必要は無かろうし、十分な稼ぎさえあれば年齢だけで敬遠される事もあるまい。
それに、そうやって焦っているからこそまともな女性が寄ってこないという事もある」

「は……?」

「君の姿勢は早く良い恋人を、と闇雲に探しているようにしか見えん。
付き合えれば誰でもいいように見える男など、真っ当な女性からは嫌がられるだろう」

「いやいやいくらなんでも誰でも良くはねえぞ!?」

「君がどう思っているかではなく、周囲がどう見るかだ。
どんな真意があろうと、相手にそれが伝わらなければ意味がない」

「むう……」

 冷淡なまでに静かな海人の言葉に、ケルヴィンは考え込む。

 言っている事は、理解できる。
 確かに今の自分は一向に改善されない恋愛状況に焦り、必死で相手を探している状況。
 誰でもいい、とまでは言わないが徐々に選ぶ相手のレベルが下がり、結果として口説く女性の数が前より増えている気はする。
 それを客観視すれば、確かに真面目で添い遂げられるような女性ほど敬遠するだろう。
 自分以外の女でも良さそうに見える男など、一途な女性に気に入られるとは思えない。

 言っている事の筋は、通っている。
 
「……それと、女運に関しては悲観する事は無いかもしれんぞ」

「どういう意味だ?」

「今の私の状況を見て、どう思う?」

「……殺意が湧くぐらいに女運良さそうだな」

 ほんの一瞬だが、ケルヴィンの目に僅かな殺気が滲んだ。

 海人の右に座っているルミナスは、類稀な美女。
 傭兵稼業で鍛え抜いた体は美しく引き締まり、それでいて女性らしい柔らかさも兼ね備えている。
 顔の出来も非常に良く、性格も心優しく、料理の腕はプロに近い。
 さらには団内屈指の知力と武力まで併せ持つ、いっそ現実味がない程に良い女だ。

 その隣に座るシリルも、幼くは見えるが特筆すべき美人。
 性格には少々難があるが、基本的に面倒見が良く品も良い。
 そしてエアウォリアーズ最強の後衛でありながら素手でケルヴィンを打ち負かすという近接戦能力を誇り、
知力においては上司であるルミナスさえ越えている。
 幼く見えるという点さえ気にならなければ、やはり優良物件だ。

 海人の左に座っている女性も、これまた凄まじい。
 ルミナス自慢の黒翼に勝るとも劣らぬ艶やかさを持つ黒髪に、凛然として引き締まった美麗な顔立ち。
 タイプは違うが、ルミナスと同等以上の美女だ。
 そして、一見しただけで尋常ならざる戦士だと分かる実力者。直感的には、ルミナスと同等以上に感じる。
 性格や知力は流石に分からないが、十分反則的なスペックの女性だ。

 その隣に座る少女も、相当な美少女。
 短く切り揃えた黒髪が、快活そうな顔立ちに良く似合っている。
 先程から絶やしていない笑顔も、なんとも魅力的。
 武力に関しても、おそらく他の三人と同様突き抜けているはずだ。
 些細な身のこなしから感じる凄味が、シリルと同等以上なのである。
 やはり性格や知力は分からないが、十分将来が楽しみな少女だ。 

 これだけの女性達を侍らせられる女運など、ケルヴィンからすれば本気で殺意が湧く。
 全員ケルヴィンの好みからは外れているが、それでもこれだけの容姿の持ち主が周囲に揃っているというだけで妬むには十分な理由になる。
 一応彼の部下にもハイレベルな女性達はいるのだが、目の前の女性達には及ばないし、なにより大半が彼氏か夫持ちだ。
 
 少しで良いから、その女運を分けて欲しいものであった。
 
「だろうな。だが、私の女運は最近になって劇的に改善しているだけで――――元々は凄まじく悪かった」

「悪いって言ったって、俺ほどじゃねえだろ?」

「はっはっは――――昔の私の中では、シリル嬢から気品と良心抜いて二倍性質悪くなったのが平均的な女性像だったと言えば少しは伝わるか?
まあ、戦闘能力はシリル嬢に遠く及ばんかったが」

 さらっと放たれた海人の言葉に、周囲の空気が固まる。

 シリルは、基本的にルミナスさえ関わらなければ立派な淑女だ。
 造作の端々から漂う優雅さ、幅広く深い教養、そして時折顔を覗かせる高潔さ。
 どれ一つとっても凡百な貴族の及ぶところではない。

 が、同時に性格が悪いという側面もある。
 相手は選ぶが、それでも彼女はサディストであり甚振る事に快楽を覚える気性。
 仕事においてはその幅広い知識を優れた知力で活用し、数多の敵を嵌めてきた策略家でもある。

 そんな人間を二倍性質悪くしただけでも脅威だというのに、更に気品と良心を抜く。
 
 それで誕生するのは、老若男女善悪問わず人を破滅させて悦に浸る大魔女だ。
 しかもそこらの策士では利用され、かえって被害を増大させかねない知略の持ち主。
 仮に戦闘能力が人並みだったとしても、即時抹殺すべき邪悪と言えるだろう。
 
 それが平均的な女性像となると、女運以前にどうして今まで生きていられたのか不思議になる。  

「……それ、本当に人間か?」

「人間の形はしていたし、外見は美女が多かったな。行動は悪魔どころではなかったが」

 ふ、と遠い目になる海人。

 十代の時に海人が女性に騙された回数は、果てしなく多かった。
 最初の恋人には人体実験の材料に使われかけ、次の恋人には濡れ衣を着せられて危うく犯罪者にされかけ、
その次は暴力組織のボスの愛人でそれをネタに脅して研究させる為に寄ってきた。
 他にも国家組織絡みのハニートラップやらなにやら、もう女性を見ただけで逃げ出したくなった程である。

 ――――どれもそれなりの規模の組織が絡んでいたので、片っ端から叩き潰す以外の逃げ道はなかったが。

 当時既に人格が歪み始めていて防衛策を山程講じていたから助かったものの、そうでなければとうに地獄行き。
 そんな哀愁に満ち溢れた男の表情を眺めながら、ケルヴィンが問いかける。
  
「……ちなみに、何歳の時に改善したんだ?」

「明確に改善したと言えるのはルミナスと会ってから……まだ半年ぐらいか」

 どこか遠くを見つめながら、感慨深げに応える。

 一応亡き妻と出会った事は良い女運に該当するが、当時はそれ以外が酷すぎた。
 結婚後は落ち着いたものの、それでもハニートラップを仕掛けてくる組織がいたぐらいだ。
 同時期に知り合った女性の友人達も嫌いではないが、わざと妻の嫉妬を煽りその暴威から海人が必死で逃げる様を見て楽しむ者ばかり。
 女運が良かったとは、口が裂けても言えない。

 それに対して、今の女運は不気味な程に良すぎる。

 癖のある人間が多いが、ルミナスと出会って以来会う女性は善良な人間ばかり。
 怖い女性もいるにはいるが、いちいち怯えなければならない程ではない。
 初対面の女性と会って逃走ルートや死体の始末法を考える必要がないなど、昔からは考えられないのである。 

 これ以上ない程に実感が籠もった、重みのある言葉にケルヴィンは思わず頷いていた。

「そ、そうか……じゃあ、とりあえずしばらく落ち着いて考えてみる事にする」

「それが良いだろう。とはいえ――――これだけは少々芸が無いな。
参考までに、多少役に立つ知識を教えてやろう」

 薄く微笑むと、海人は近くから椅子を持ってきてケルヴィンをルミナスと自分の間に座らせた。

 そして、即興の講義を始める。
 どこか昔の自分を思わせる獣人への、細やかなサービスとして。
















 シュッツブルグ王国王都セルトリティア。
 ここには多くの貴族が住まい、また訪れるその土地柄から会員制の店が点在している。
 どこも会員の高い要求を満たす為日々改良を重ね、高みへ上り続けている店舗。
 会費は一様に高額で庶民は到底入れないが、それだけにどの店もこの国の最高峰が揃う。
 
 その中でも更に突出したレストランの個室で、静かな会合が開かれていた。

「……ふむ、良い酒じゃな。実に美味い」

 赤ワインを一口嚥下した女性が、満足そうに笑う。

 女性は短く切り揃えた金髪、整ってはいるが化粧っ気のない鋭い面立ち、
引き締まった体と優れてはいるが、大きな町を探せば一人ぐらいはいそうな容貌。
 体型で映えてはいるが、身に纏う物も些か高級感に欠けるタイトな青のワンピースだ。
 一見、高級感が滲み出ているこの部屋にそぐわないようにも見える。

 が――――彼女の纏う空気はそれら全てを補って余りあった。

 何もせずとも視界に入れただけで眼前の存在を圧殺せんばかりの威厳。 
 そこから生じる存在感は、ただ座っているだけでそこそこ広い部屋全てを蹂躙している。 
 彼女が一歩動いただけで部屋が壊れるのではないか、そんな錯覚さえ抱いてしまう。

 そんな相手の真正面に座り――――シェリス・テオドシア・フォルンは笑顔で応対した。

「気に入っていただけたようで何よりです。
自信はありましたが、実際にお気に召していただけるかはやはり不安でしたので」

「そう謙遜するでない。これは間違いなく余が今まで飲んだ中でも紛れもない最高の物じゃ。
ふふ、お主への褒美に足を運んだというのに借りが積み上がってしまったのう」

 鷹揚に語り、再びグラスを傾ける。

 相当な種類の高級酒を味わってきた自負はあるが、今手元にあるワインは群を抜いていた。
 口に含む際は柔らかく、それでいて味わいは重厚極まりない。
 嚥下してなお残る後味もどこか爽快感を漂わせ、ついつい飲み進めてしまう。
 ワイン愛好家の貴族にでも売りつければ、一本一千万以上の値を出してもおかしくはない。
 ラベルも何もないのが少々気にかかるが、真に味の分かる者なら金は惜しまないだろう。
   
 ゆえにこそ、少々後ろめたさを感じる。

 元々彼女がここにいるのは、己の無理難題に完璧以上に応えた目の前の女性への褒美。
 これほどの物とは知らず、約束遂行の礼に是非と言われ受け取ったが、少し悪い気がしてしまう。

「では、残りの酒は不要でしょうか?」

「それは流石に悲しい。また別の事で返させてもらおう」

 悪戯っぽく笑うシェリスに、女性もまた同様の笑みで応えた。

 これだけの味となると、未だ開けていない残り二本も気にかかる。
 後ろめたさはあるが、この借りは次の機会にまとめて返したいところだった。
  
「しかしこの酒もそうじゃが、この店に関しても急な要求に良く応えてくれたのう。感謝するぞ」

 からからと、女性は笑った。

 美味い物が食べたいと言ったのは、つい一時間前の事。
 それも、唐突にシェリスの前に現れての頼み。
 
 だというのに、すぐさま部下に指示して店の手配を済ませてしまった。
 しかも、案内されてみれば王都最高の味を誇るという完全予約制のレストラン。
 公爵でも予約無しでは入れないという厳格さで有名な店だ。
 味も、噂に違わず素晴らしい物ばかり。
  
 彼女ならば期待に応えてくれるだろうと思ったがゆえの要請だったが、ここまで見事に答えてくれるとは思わなかった。

「ふふ、実はローラが今日あたり抜け出してくると読んでいたんですよ」

「む、読んでおったのか」

「性格上、当然の帰結かと。夜だけとはいえ連日大人しくしているなど耐えられないでしょう」

 視線を向けられ、シェリスの後ろに控えていたローラ・クリスティアが淡々と応じた。

 どうしても緊張が抜けない主とは対照的に、彼女はどこまでもいつも通り。
 その絶世の美貌に揺るがぬ無表情を張り付けている。

「相変わらず見透かしておるのう。では、もう一つ用件がある事にも気付いておるか?」

「……そうなのですか?」

 ローラの目が、微かに見開かれる。
 余程意外だったのが、彼女にしては珍しく分かりやすい形で驚いていた。

「そちらは気付いておらんかったか。ふむ、出し抜けたようで気分が良いな」

 無邪気に笑いながら、再びグラスを傾ける。

 戯れ程度の用件、さらには情報量の差があればこそとはいえ、ローラを驚かせる事が出来たのは素直に嬉しい。
 そこそこ長い付き合いだが、彼女は毎度毎度こちらの思考を先読みして滅多に驚く事が無いのだ。

 そんな細やかな優越感に浸る女性に、シェリスが問いかける。
  
「それで、もう一つの用件とは?」

「うむ――――名無しの英雄について話を聞きたい」

「名無しの英雄?」

「いつぞやエルガルドの連中がカナールを襲った際に活躍した者の事じゃ。
仮称に繋がるような情報が得られなかったので、便宜上そう呼んでおる」

「ああ、それでしたらエアウォリアーズの第一部隊隊長と副隊長の事ですね。
勿論、ローラが予定より早く帰ってきた事も大きかったですが」

 納得したように微笑み、問いに答えるシェリス。

 エルガルドによる襲撃事件は現状秘匿されているが、目の前の相手なら知られていて不思議はない。
 そして、彼女相手ならばある程度の情報開示もまた問題ない。
 万全ではなくとも、その程度の協力関係ではある。 

 なにより――――この程度の情報開示で最重要機密を守れるのであれば、安いものだ。

「ほう、あの二人か……確かに強いが、まだ足らぬな」

「と仰いますと?」

「集めた情報を総合すれば、それでもまだ足らぬ。
ギルバート・グランズ率いるエルガルドの特務部隊にゲルバルト・グランザス率いる一軍級の者達数十名。
さらに有象無象とはいえ数千の兵。これをあの時のお主の兵力で潰すならば最低でもローラが万全でなくてはなるまい」

 女性から楽しげに放たれた言葉に、シェリスの表情が一瞬強張った。

 ありえない、とまでは思わない。
 その戦いの時ローラが万全でなかった事は、目の前の女性なら簡単に予想できる事。
 敵兵の数の把握に関しては難しいだろうが、それでも精度の高い推測なら可能だ。 
 
 とはいえ――――それがより難しくなるよう隠蔽工作は行っていた。

 例えば敵兵の死体の大半を痕跡も残さず消し去ったり、諸事情で処分しなかった物に関しては自分の屋敷の地下に保存したり、
敵に雇われた傭兵達や冒険者の存在に関しても適当な噂を流して第三者が正確な数を把握できないよう工夫したりもした。
 他にも色々やった為、ここまで正確に把握されるのは少々予想外だ。

 若干冷たくなったシェリス達の視線を涼しげに受け流しながら、女性は言葉を続ける。

「付け加えれば、お主らの死者は0だったようじゃのう。それだけの事を成し遂げるには、絶対的に手札が足りぬわ。
さて、もう一度聞くが……名無しの英雄、あるいは英雄達について何か教えてくれぬかの?」

 グラスを置き、真正面の相手を見据える。

 なんという事のない動作だったが、それでシェリスに掛かった重圧は桁が違った。
 意識的な威圧ではないが、それでも明確に意識が向けられたという事は大きい。
 悪気が無くとも、ドラゴンが蟻の頭を撫でればほぼ確実に潰れてしまうのだ。
 
 が、シェリスは気合で冷や汗をも止め、落ち着いた声を返した。

「聞いてどうなさるおつもりですか?」

「なに、ただの好奇心じゃ。あの十人をルクガイアに送り込みまだそれほどの人材が残っていたのか、あるいはあの後新たに手に入れた手札かの?」

「……申し訳ありませんが、黙秘させていただきます」

 朗らかな笑顔を作り、問いを受け流す。

 あの時に使った――――より正確には勝手に場に出てくれたカードは、ある種の究極。
 もし使いこなす事が出来れば、いかなる大国をも捻り潰せるであろう反則カードだ。
 なにしろ、彼が手札一枚切るだけで戦略・戦術の前提条件が崩されてしまうのだから。
 さらに言えば、おそらく彼の性格上手札の数は日々増大している。

 そんな凶悪極まりない手札を、他国の人間に漏らせるはずがなかった。

「……ふむ。まあよかろう。美味い物を食いながらこんな話も無粋じゃしな」

 少し残念そうな顔になった女性だったが、あっさりと表情を切り替えた。

 今ここにいる最大の理由は、シェリスへの褒美。
 しかも今日は借りを積み増しされてしまったばかり。

 それを考えればたかが秘密一つ程度、この場は見逃してやるべきだろう、と。
 
「それで、次の料理は何じゃ?」 

「……アルドーレス牛のステーキです。クラウンソルトとシャイニングペッパーのみで焼き上げた物ですが、
この店の物は私の知る限り最高の肉料理の一つです」

 話題を変えてくれた事に感謝しつつ、シェリスは次出てくる料理を簡単に解説する。

 次の料理は、言ってしまえば最高の素材を最高の状態で料理する。それだけの物だ。
 旨味が最高潮に達し、後一歩で味が悪くなるというギリギリまで熟成させた肉を最高級の塩胡椒を使って焼く。
 単純だが、他所では味わえぬ完璧な塩加減と焼き加減により、その味は究極の域に達している。

 シェリスの屋敷自慢の料理長でさえ、ここのステーキは再現できない。
 食べてもらえれば、とりあえずこの場においての不満は流されるだろう。
 
「おお、それは楽しみじゃ。王城で出された料理も悪くはなかったが、少々手をかけすぎのきらいがあっての。
それぐらいシンプルな方が余の好みに合っておる」

 朗らかに笑いながら――――ガーナブレスト女王ティファーナ・クラウザード・セルディスは再びワインを一口味わった。
 
   













 ロンドの酒場のテーブルの一つで、静かに講義が行われていた。

 内容は、関わるべきでない女性の見分け方。

 様々な行動パターンを系統ごとに分け、どんな状況下でどの行動をしたら、あるいはそれが幾つ重なったら要注意か、
またその場合何を企んでいるケースが多いかまで、事細かに解説している。
 それをメインで聞いているのはケルヴィンだが、オーガストやルミナス達女性陣も興味深そうに聞いている。  
 割と複雑な内容なのだが、噛み砕いているため非常に分かりやすく、さらには聞いてて飽きないよう随所で実例を挙げたりといった工夫が為され、
聞いていて妙に引き込まれるのだ。
 しかも、口頭での説明だというのに不思議と頭に染み込んで記憶に残る。

 時間を忘れて聞き入っている内に、一時間以上続いた講義が終わりを迎えた。
 
「とまあ、即興で教えられる見分け方としてはこんなところだが……満足できたか?」

「ああ、ありがとよ。これからは注意して女選ぶ」

 満足そうに頷きながら、ケルヴィンは感謝の言葉を口にする。

 海人の講義の内容は、非常に参考になった。
 説明の上手さもさる事ながら、講義中質問をぶつけても気を悪くする事無く応じてくれたし、
少し頭を悩ませているとすかさず更に噛み砕いた説明へと変えてくれていたので、理解できなかった箇所は微塵も残っていない。
 
 今まで付き合った女性の九割以上が要注意項目に十以上当て嵌まったのはそれなりにショックだったが、
今後は気を付けられると考えれば、喜ぶ理由はあれど嘆く理由はない。
 どうしても目に涙が滲みそうになってしまうが。
    
「しっかし……あの説明からすっとうちの団員口説くのが一番になっちまうなぁ……」

 言いながら、頭を抱える。

 先程の講義で覚えた内容を反芻していくと、普通の女性より団内の女性の方が外れが少ない。
 今まで関わった女性に限っても、前者は最低要注意項目が十を超えているのに対し、後者は最高が十。
 なんというか、今まで優しそうな一般女性を口説いていたのが馬鹿馬鹿しくなってくる話だった。

「試しにアンリでも口説いてみたら?」

「俺の人生終わらせる気か」

 からかうようなルミナスの言葉に、即答するケルヴィン。

 悪友である第二部隊隊長アンリエッタ・マーキュレイの事は、決して嫌いではない。
 長い付き合いにもかかわらず未だにまったく考えが読めない恐ろしい女性ではあるが、
先程の解説を聞いた限り自分にとっては決して悪女ではないようだし、
思えば今までも変な女と付き合う前に散々忠告をしてくれていた。

 が、付き合いたいかと言えば、断じて否。

 なにしろ、いざ忠告が現実となった時の辛辣さが凄まじい。
 毎度毎度人が悲しみに沈んでいるところにひょっこり顔を出して、
言葉の槍を嬉々として何百と突き刺してくるのだ。
 その惨たらしさたるや、今まで首を吊っていない自分を褒めてやりたくなる程。 

 そんな相手と結婚などした日には、思い描く幸せな結婚生活など夢のまた夢。
 毎日のように言葉の斧が飛んできて、さして強くもない心をズッタズタにされるだろう。
 というか、告白の段階で世を儚んで自決したくなるほどの罵詈雑言を浴びせられかねない。

 ゆえにケルヴィンにとっては当然の結論だったのだが、彼を見るルミナスの目はなんとも生温かかった。 
 
(……アンリも報われないわよねぇ)

 迷いなく断言したケルヴィンを眺めながら、ルミナスはこの場にいない同僚に同情した。
   
 ルミナスから見れば、アンリ以上にケルヴィンを思いやっている女性はいない。
 ケルヴィンからすれば口も態度も悪魔のようだろうが、その実団内で最も彼を心配している。

 なにしろ団長達と共に日々情報収集に駆けずり回って忙しいはずなのに、
ケルヴィンに新しい恋人がと聞くと、すかさず下調べして忠告を行っているのだ。
 そのせいで彼女が部下達に泣きつかれている姿を見たのは、一度や二度ではない。
 それどころか、それをうざったいの一言と共に鞭で吹っ飛ばしているのを見た事もある。
 
 そんな裏事情を知っているルミナスからすれば、ケルヴィンの失恋遍歴は自業自得。
 折角仕事の合間を縫い部下を酷使してまで行った調査を活用し、これから起こるであろう事の忠告をしてくれているのに、
今まで一度も聞き入れた例がないのだから。 

 そればかりか、失恋時に放たれるあの悪魔のように辛辣な言葉の嵐に、
どれほどの思いやりが含まれているのかにも思い至っていない。
 あの多忙な同僚がケルヴィンが失恋するたびに時間をおかず現れている事の不自然さにさえ、気付いていないのだ。

 と言っても、アンリに非が無いというわけではない。

 そもそも、ケルヴィンの悩みなど彼女なら一瞬で解決できる。
 その為に必要な材料を十分に持ち合わせ、それを扱う能力も持ち合わせているのだから。
 自他共に認めるほぼ確実な解決策を持ちながら、その一番簡単で楽なはずの方法は決して使わない。
 それどころか、一度それを使わせようとしたルミナスに笑顔で脅しをかけてきた事もある。

 何を企んでいるのかは知らないが、ケルヴィンの受難を長引かせるのにはアンリも一役買っているのだ。
 
「ま、いずれにせよ一度女性に対する飢えを捨てて、落ち着いてみる事だ。
今まで気付かなかった周囲の女性の魅力に気づいたりなどもあるかもしれん」

「そうかもな……よし! 色々相談乗ってもらった礼だ! なんか好きな物一品奢るぜ!」

「と言われてもな。あの程度の話で礼をされるのも少々気が引ける。安い物にしておこう」

「遠慮すんなって! これでもかなり稼いでんだ。酒場の料理の一つや二つどうってことねえよ。
なんだったら一番高いの頼んだって構わねえぜ!」

 はっはっは、と豪快に笑うケルヴィン。

 貯蓄に多くを回してはいるが、それでもケルヴィンはエアウォリアーズに三人しかいない隊長の一人。
 稼いでいる額は平団員の五倍を超えているし、ルミナスと違って実家への仕送りもない。
 戦い方の荒っぽさゆえに装備の費用がかなりの負担になるが、それでも人に羨まれるだけの稼ぎがある。 

 それは事実であり否定の余地がないのだが――――彼には、重要な情報が欠落していた。

 まず、海人の性格。
 割と親切に接してもらっているので気付くはずもないのだが、
海人は非常に性格が悪く根性が捻じ曲がっている。
 
 奢りと言われたら容赦なく最高額商品を頼むぐらいの悪戯は朝飯前。
 少なくとも、ただ遠慮するような可愛い性格はしていない。
 そんな事をするとすれば、何か企んでいる時だけだ。

 そして、今日この酒場には店主が勢いで出した限定メニューがある。

 この二つが合わさった以上、これから起こる事は必然であった。

「ふむ、そこまで言われては仕方ないな……これを頂こう」

 いかにも仕方なさそうに、メニューの隅にひっそりと記された料理を指差す。

 そこに記されているのは、レスティア牛のローストビーフ。
 最高級牛肉の一つで、普通ならこういう酒場で出るような品ではない。
 ソースの材料も一緒に記されているのだが、その材料も錚々たる物でどれも高級食材。
 中には醤油などというどこから手に入れたのかすら分からない珍調味料も入っている。
 材料名だけでも涎が出そうな程美味そうだが、それだけに値段も相応だ。 

 ケルヴィンの顔に驚愕が浮かぶが、次の瞬間更なる驚きが彼を襲う。 

 海人の指先は良く見れば一枚当たりの値段の下に置いてあり、その横から0がはみ出ている。
 ケルヴィンがゴクリ、と生唾を飲むと同時に海人の指が下にスライドしていく。
 そこから出てきたのは――――塊一つの値段。  
 
 店で食べると考えれば割安ではあるが、それでも目が飛び出そうなお値段。
 王族でも1日の食費にこんな額は掛けまいという恐るべき価格。
 もはや財布に負担どころか、風穴が開く。  

「ちょっ、なんでこんなもんが酒場のメニューに載ってんだよ!? ってか鬼だなおいっ!?」

 高収入の自分をしても懐に痛すぎる値段に、ケルヴィンは思わず絶叫した。

 好きな物一品と言ったので、海人の要求はその範囲から逸脱していない。
 一切れの値段がメインで出ているとはいえ、その下にひっそりと一塊の値段も出ているのは事実なのだ。
 値段は桁が違うが、一品には違いない。

 が、ここまで高額な物を頼むのは人として激しく間違っているだろう。

「おや、心外だな。私は一番安い物にしようと言ったのに、一番高い物でもいいと言ったのは君だぞ」

「ぬぐおぉぉぉっ!?」

 自分の落ち度を指摘され、派手に後ずさるケルヴィン。

 確かに、一度は遠慮した海人に余計な事を言ってしまったのは自分だ。
 実際その気があったかどうかは別として、確かに海人は遠慮した。
 彼が浮かべた邪悪な笑みからして嵌められた可能性が高そうだが、それは厳然たる事実。
 
 それでも、この額はあまりに財布に優しくない。
 諦めず反論しようとするが、その前に海人が畳み掛ける。  

「くっくっく、まさか前言を翻しはすまいな?
いや、まさか己の落ち度を棚に上げて前言を翻すなどという新米商人でもやらんような事を、
世界的傭兵団の幹部級の者がやるはずないとは思うが、念の為なぁ?」

 嫌味ったらしいが、それだけに心に染み込んでいく海人の言葉。
 それはそこそこプライドの高いケルヴィンには、実に効果的だった。
  
「うがががが……! ええい分かったよこんちくしょう! 
姉ちゃんレスティア牛のローストビーフ一塊くれ!」

 やけくそ気味に、近くを歩いていたウェイトレスに注文するケルヴィン。
 その剣幕にやや気圧されながらも、彼女は頷いて厨房へと足を向けた。

 それを、海人が呼び止めた。

「ああ、すまないが塊の半分は向こうのテーブルに運んでくれ」

 言いながら、ケルヴィンの部下達がいるテーブルを指差す。
 ウェイトレスは若干困惑しているようだったが、軽く頷くと再び厨房へと足を向けた。 

「……どういうつもりだ? 俺の落ち度なんだから、変な情けかけんなよ」

 不貞腐れた顔で睨みつけるケルヴィン。
 海人はそれを冷たく見つめ返した。

「誰が間抜けに情けなぞ掛けるか。初っ端で大恥かかされたのに、文句も言わず待っている忠臣達への差し入れだ」

「大恥……? あっ!?」

 顔を顰め、自分の失態に思い至るケルヴィン。

 教えを乞うに当たっての土下座それ自体は仕方ないにしても、ここは客がごった返す酒場。
 仮にも隊長ともあろう者がそんな場でやるのは、問題がある。
 まして、部下達の目の前でなど。

 確かに海人の言うとおり、部下達に恥をかかせてしまっていた。

「追い詰められていたのは分かるが、立場を自覚して場所は常に意識しろ。
次はあるまいが、私も場所を移してやるぐらいの度量は持ち合わせている」

 言い終えると海人は、しっしと追い払うように手を振る。
 それに苦笑を返すと、ケルヴィンは部下達の元へと去って行った。

 それを見送りながら、ルミナスが小さく溜息を吐く。

「理屈は分かるけど……何も、あんな馬鹿高い料理にする必要なかったんじゃないの?」

 半眼で、横にいる男を睨む。

 ケルヴィンに注意するだけ、そしてそれを印象付けたいのならもっと適切な価格の料理が幾つかある。
 彼の懐に風穴が出来る程ではないが、割と寒々しくなる程度の物が。
 それに気付かない程、海人は間抜けではないはずだ。
 
「そこはそれ。どうせなら与えるダメージは大きい方が楽しぐおっ!?」
 
 予想通りの返答を返した海人に、ルミナスの拳骨が落とされた。

 そのままルミナスは恨めしそうに睨む海人を一睨みで制し、お説教へと移行する。
 悪戯好きは仕方ないがやりすぎ、もうちょっと限度を弁えろ、などなど内容は陳腐だがそれだけに反論しにくい。
 そもそも言ってる事は正論なので、海人も一応大人しく聞いている。

 そんな実の姉弟のようなやり取りを、周囲は微笑ましげに見つめていた。
 
(……あれだけの人材と交流がある男。しかもなんだかんだでその中心にいる、か。
どうせついでだろうから遊び半分だったけど、普通に調査してみるかな?)

 ――――店の一角に、不穏な事を考えている青年がいるとも知らずに。

 

 



テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

更新乙です。

なんだかカイトがだんだん表に近づいていってますねぇ
カイト自身、過去にないくらい交友関係が広がっていってるっぽいですし
後悔するぐらいの破綻の足音が聞こえてきそうですねぇ( ̄ー ̄)ニヤリ

しかし暑い、体調管理にはくれぐれもお気をつけ下さい

[2012/08/20 01:09] URL | vec #adGPv4JA [ 編集 ]


前回コメントを書いた後に「あれ?戦闘じゃなくて恋愛の師匠じゃね?」と思ったけど訂正できなかったので恥ずかしー!w

それはともかく、これからはケルヴィンの受難も落ち着くのかな?いつアンリと付き合うことやら・・・。

あと、不穏な事を考えているって・・・身内のイタズラ的なものならともかく、敵対勢力とかの干渉なら・・・哀れとしか言いようが無い・・・。
酒場の中で騒いでる最中ならともかく・・・それ以外だと無理くさくね?
[2012/08/20 02:56] URL | とまと #- [ 編集 ]


>――――店の一角に、不穏な事を考えている青年がいるとも知らずに。

さようなら、名も知らぬ青年…さて、尋問結果や如何に?
[2012/08/22 00:25] URL | 無刃 #- [ 編集 ]


最後の青年に死亡フラグ立ちました!
[2012/08/22 01:03] URL | すわい #1olHiW.o [ 編集 ]


更新おつです

戦闘ではなく恋愛の師匠ですか予想が外れましたね
しかしカイトのアドバイスは有効なんですかね?
たしか鉄皮族?だったかな?みたいな謎種族が多いこの世界だと腐っても人間の相手だったカイトだと価値観の違いが問題になりそうですね。あの天才っぷりだと問題なさそうですけど。

アンリはど思ってんですかね?
好きは好きなんでしょうけども口止めを考えるに自分の考えを押し付けたくない的な考えだと問題ないんでしょうけど、「自分がアドバイスしたけど変な女に引っかかって失恋するケルヴィンの姿が好き」なんてハイレベルの変態だと最後は殺し合いか追放ENDしか収集つかなさそうですね。でも後者でそれ以外のハッピーエンドがあるなら読んでみたいですね。

最後の男は・・・・・・拷問ですめば良いです、次点で死ぬ、最悪は予想すら出来ない。
[2012/08/22 20:16] URL | 煉恋々 #h2YGRmSs [ 編集 ]


さらば青年...
その人は遊び半分どころか、本気だったとしても手を出しちゃダメなパターンの人だよ....

それにしても主人公の存在がだんだんと浮かび上がってきてますね
おそらく戦いの結果に疑問を懐いた人は少なからずいるはず。
これからどうなることやら....

そしてルミナス嬢...
毎度毎度殴りすぎやで...

次話も楽しみにしてます。
応援してます!
[2012/08/23 23:47] URL | #- [ 編集 ]


周囲は〜知らずに

つまりカイトは気付いてるんですね、わかります。


>>恋愛講座
いつかの商品陳列だったりこういった何か凄い知識等を、内容には触れずにどこがどう凄いとか表現する手法が毎回見事ですね。
[2012/08/26 23:11] URL | gin #pwutJTUc [ 編集 ]


更新乙です。
なんか新キャラの人がかわいそうな目に遭う未来しか見えない・・・TT

批判的な意味ではなく普通に疑問なのですが、どうして女性キャラ(まれに海人も)の容姿や特技や人格が素晴らしい、という点に関する同じような説明文(描写ではなく)を何度も入れるのでしょうか?
別々のキャラから見た印象を語っているのだとしても、毎回出てくるたびに特にその内容に差異がないので、「あのキャラから見た女性キャラはああだが、このキャラから見た女性キャラはこうだ」といういわゆる別視点によるキャラの印象語りみたいなものとは違うようですし。
ブログタイトルが「ラノベを目指してみよう」なので、もしかしたら、一章をラノベの一冊に見立てているためかな?と思ったのですが。
[2012/08/26 23:59] URL | にょっき #SWa1SdiU [ 編集 ]


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