ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄9
 翌日、海人達三人はカナールの街にやってきていた。
 時刻は正午前、屋台や飲食店が賑わい始め、場所によっては行列も出来始めている。
 そんな活気に満ちた街の中で、三人は今日の行動を決めかねていた。

「さってと……今日はどうしようかしらね」

「来てみたはいいものの、考えてみたら用事がありませんわね。屋台の食べ歩きでもしましょうか?」

「あんまお腹減ってないからなぁ……」

「とりあえず歩きながら考えればいいんじゃないか?」

 海人の言葉に二人が軽く頷き、立ち並ぶ店先を眺めながら歩き始める。
 三人並んで歩いてはいるが、漂う空気はどこかぎこちなかった。

 そもそも本来なら三人の内の誰一人として用がないのにこの街に来る理由はない。
 だが、家にいると昨日の海人との会話の影響で気まずい空気になりそうだったので、気分を明るくするためにやってきたのだ。
 幸い今日の天気はまさに雲一つない晴天で、沈みそうな気分も晴れやかにしてくれていた。
 その甲斐あって、徐々に3人とも普段の調子に戻り、歩きながら雑談を始める余裕も出てきていた。
 
 話しながら街の門の近くの広場に差し掛かった辺りで、シリルがふと立ち止まる。

「あ、お姉さま、あの髪飾り可愛いですわよ」

「ウサギの彫刻つきって……あんたならともかく私には似合わないわよ。ねえカイト?」

 シリルが指差した髪飾りを見て呆れたような声を出す。
 彼女が指差しているのは小さい精巧な兎の彫刻が付いた銀の髪飾りだ。
 確かに可愛らしい物だが、ルミナスの年齢や雰囲気からするとあまり似合いそうにない。

「似合わんとまでは言わんが、もっと似合いそうなデザインはあるだろうな。
そこの火をモチーフにしたようなペンダントなど良いんじゃないか?」

 髪飾りの上の方に置かれているペンダントを指差す。
 陽光を浴びて白く輝くそれはなかなか趣味の良い品で作りに安っぽさが無い。
 ペンダントヘッドに使われている意匠も目を引きはするが下品さは無く、
そこに使われているルビーらしき宝石の輝きも目立ちすぎず、服のアクセントにはちょうど良さそうだ。
 全体的に少々シンプルなデザインではあるが、様々な服に合わせられそうな良い品だった。

「あら、確かにお姉さまに似合いそうですわね。これ、試してみてもよろしいんですの?」

 露天商が頷くのを確認し、シリルはルミナスの首にペンダントをかけてみる。
 チェーンの部分が細めの作りになっているため、軽快な彼女の服装とよく合っている。
 今着ている服の色との相性も良く、宝石の鮮やかな赤が良く映えていた。
 それこそ服次第ではフォーマルな席で着けていても問題なさそうな雰囲気だった。

「いい感じですわね。普段着にも合わせやすそうですし、掘り出し物の部類かと。
これなら多少高くても買ってみる価値はありますわね。
お姉さまはこの手のアクセサリーはお持ちではありませんし」

「ん~そうか……」

 シリルの言葉に腕を組んで考え込む。

 彼女の言うとおり、ルミナスはアクセサリーをあまり……というか全く持っていない。
 元々装飾品にそれほど興味がないというのもあるが、身に着け慣れていないせいで着けるとその感触が気になるのだ。
 
 が、彼女は王宮などのフォーマルな場所に招待される事は少なくない。
 流石にその場合はアクセサリーの一つもなくては格好がつかないため、その度に女性団員の誰かに良い物を借りて着けている。
 毎回部下や他の部隊の隊員に頭を下げるのも癪なので、確かに自分の物が一つは欲しいところだった。

 少し奮発してもいいか、と思いつつ財布を取り出しながら訊ねる。

「おじさん、これいくら?」

「9万ルンだ」

「げっ!?」

 金額を聞いて財布を取り出そうとしていた手が硬直する。
 この手の露天のアクセサリーとしては非常に高額だ。
 手が出ないほどの金額ではないが、悩むには十分すぎる額だった。

「それはプラチナ製で、小さいルビーも付いてるし、腕の良い職人の自信作だからな」

「う~……欲しいけど……」

「あら、お姉さま。何の問題もありませんわ」

 寂しい懐を考えて諦めようとしているルミナスに、シリルが優しい声をかける。
 何も問題は無い、と言わんばかり自信に満ち溢れた表情で。

「なんでよ?」

「この場合、カイトさんが薦めたのですから、殿方として責任を取るべきです」

「ちょ、ちょっと待て! 私は単に良さそうなのを薦めただけだぞ!?」

「カイトさんがおっしゃらなければお姉さまは気付かず素通りなさっていたかもしれません。
それをあなたが薦めたせいで葛藤なさっているのですから、多少の援助はして差し上げてもよろしいんではありませんの?」

 そもそも最初に足を止めたのは自分だという事を棚に上げ、シリルは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
 海人からすれば素直に従う義理もないのだが、世話になっているルミナスの葛藤を見過ごすのは気が引けた。
 そして今持っている金はあぶく銭といえばあぶく銭なため、ケチる必要もあまり無い。

 海人は諦めたように懐から財布を取り出す。
 そして一万ルン紙幣を五枚取り出そうとしたところで、動きが止まった。
 財布は黒い革製の上等な物だが、これも実は先日服を買った際にルミナスに見繕ってもらったのだ。

 ――――しばし考え、彼は取り出す紙幣の枚数を増やす事にした。

 その枚数は全部で九枚。全て一万ルン紙幣だ。

「わかった、私がプレゼントしよう。日頃世話になっている礼だ」

「ホント!?」

 海人の気前の良い言葉に、ルミナスは歓喜の表情を浮かべる。
 苦笑しながら彼が財布から紙幣を取り出そうとしたところで、横合いからずいっとウサギの髪飾りが彼の目の前に差し出された。

「私はこの髪飾りでいいですわ。支払い、よろしくお願いしますわね♪」

「さり気なく自分もたかる気か!?」

「あら、お姉さまにはプレゼントして、私には何も無しですの?
ああ、なんとあからさまな差別! はっ……もしや愛の差!? 最初の言葉を再び疑う必要があるかもしれませんわねぇ?」

 やたらと仰々しい仕草で顔を俯かせ、唇を邪悪に吊り上げた。
 それと同時に両腕にうっすらと魔力の白い輝きが宿る。
 徐々にその手が海人の手首に伸びていき、

「だあああああっ! わかったわい! 全部でいくらだ!?」

 手首を鷲掴みにされる寸前で海人が音を上げた。
 シリルがすっかりいつも通りになったのは良いのだが、もう少しなんとかならんものか、と思わず頭を抱えてしまう。

「あ~、合わせて12万なんだが……うん、特別に合わせて10万にしとくよ」

「……感謝する」

 店主に紙幣を十枚渡し、財布を白衣の中にしまう。
 毎度あり、と威勢が良いのにどこか同情の色が滲み出ている声を聞きながら、
早速アクセサリーを身に着けている二人をどんよりとした眼で見やる。

「はあ……二人共大事にしてくれよ?」

「あ、あはは……ありがと、カイト」

「ありがとうございますカイトさん。気前の良い殿方って素敵ですわ♪」

「おのれ、覚えていろよシリル嬢……!」

 純情可憐な乙女のような綺麗な笑顔でのたまうシリルに憎々しげな目を向ける。
 元々目つきが鋭いだけにかなりの迫力があるが、彼女は意に介さずわざとらしく身を竦めた。

「あら怖い♪ お姉さま、カイトさんが怖いので、ほとぼりが冷めるまであちらに服でも見に行きましょう」

「わっ、ちょっ、引っ張んじゃないわよ! ああもう! カイト! 悪いけどしばらくそこで待ってて~~!!」

 大声で呼びかけながらルミナスはシリルに強引に引っ張られていく。
 それを手をひらひらと振って見送っていると、シリルは柔らかく微笑んで手を振り返した。

「やれやれ。まったく、いい性格をしてる」

 苦笑しながら二人の後姿を見送っていると、ふと彼の視界に妙にカラフルな屋台が目に付いた。
 興味を引かれて近寄ると、そこには色とりどりの花が飾られていた。どうやら花屋の屋台らしい。

「いらっしゃい。何か欲しい花があるかい?」

「そうだな……おや、これは」

「お目が高いね。それはゼオンシュライツ。
ギュルックス山脈の山間の村にしか生えてない、珍しい花だよ」

「……図鑑の絵は見たが、実物はこれほど美しいのか」

 海人は、目の前の花の美しさに感嘆の息を漏らした。
 儚く、今にも空気に溶けてしまいそうなほどに透き通った黄の花びら。
 その色の美しさを強調し、自身も気品を感じさせる青みがかった緑の茎。
 花全体のフォルムも優雅さに満ち溢れ、まさに自然が生んだ至高の芸術と呼ぶべき花だった。

「ああ。ただ、摘んできたのが一昨日だから、綺麗なのは明日までだね。
その分安くなってるんだが、どうするね?」

「明日までか……これは次の入荷はいつになりますか?」

「四日後だよ」

「四日か……我ながら運がないな」

「どうかしたのかい?」

 肩を落とす海人に老店主が気遣わしげに声をかける。

「妻の命日が三日後なんです。綺麗な花が好きだったもので」

「なるほどねえ……いやいや、最近の若い者にしちゃ一途だね」

「未練がましいだけです。……他の花はちと好みではないので、申し訳ありませんが」

「っと、ちょっと待った。三日後だったね?」

 踵を返そうとした海人を、老店主が引きとめた。

「はい」

「わかった。三日後にまたここにおいで。何とか仕入れておく」

「……よろしいんですか?」

 老人の言葉に、海人は軽く目を見開いた。
 先日植物図鑑を読んだ限りでは、ゼオンシュライツの生えている場所はこの町からはかなり遠い。
 しかもその山には多くのモンスターが生息しているため、
 定期的な仕入れならまだしも、急遽必要だからと調達するのは相当な労力か金がかかる。

「ああ。代金もまけとくから、奥さんに捧げておやり」

「……ありがとうございます。では、三日後に」

 優しげに笑った老人に、海人は感謝を込めて深々と一礼した。
 と、その時、身なりの整った青年が息を切らせて走ってきた。

「こ、こんな所におられたんですか!」

「なんじゃい、また何か問題でも起こったのか?」

「いえ、そちらは問題ないのですが……先程お孫さんが探しておられました。
またお花の話を聞かせて欲しいのにどこに行っちゃったんだろう、と」

「それを先に言わんか! ええいこうしてはおれん、すぐに戻るぞ!
では、お若いの。三日後には確実に用意しておくから楽しみにしといとくれいっ!」

 お祖父ちゃんはすぐ行くぞぉぉぉぉっ! と叫びながら、
ズドドドドッ! と、とても老人とは思えない速度で走り去っていく。

 そして声をかけてきた青年は、海人に申し訳無さそうに一礼すると、
置き去りにされた屋台を引きながら、老人の走り去った方向へと歩き去っていった。

 海人は少し呆気に取られていたが、すぐに一息つくために近くの空いているベンチに座る。
 軽く伸びをして、日光を全身に浴びる。良くも悪くも清々しい気分が彼の体を通り抜ける。 
 
 海人がそんなのどかな気分に身を委ねかけていると、背中に巨大な剣を背負った大柄な獣人族のハーフの男が赤毛の女性を伴って近寄ってきた。
 どちらも覚えのある人物ではあるが、彼にとっては奇妙な組み合わせだった。

「うっす、カイト」

「ゲイツ、それにスカーレット女士か? 妙な取り合わせだな」

「妙って……なんかおかしいかい?」

 自分とゲイツの格好を見比べ、不思議そうに首を傾げる。

 今日の彼女の服装は非常にラフな格好で、群青の短パンに茶系のTシャツ、それに日除け用の濃緑の帽子だ。
 鎧こそ身に着けていないものの、冒険用の姿と大差ないゲイツとは特に服装のアンバランスさはない。
 ゲイツの体格は大きいが、スカーレットも女性としてはかなり高身長なため、バランスは取れている。

 特に違和感を感じるような要素はないはずだった―――彼女にとっては。

「料理人と冒険者だと今ひとつ接点が掴めん。
考えられる可能性は依頼でゲイツが料理用の珍しい食材を取りに行っている事ぐらいか」

「半分当たりで半分外れだ。確かに依頼は受けてるが、それ以前に俺らは幼馴染なんだよ」

「こら、ゲイツ。またそんな紹介して。婚約してどれぐらい経つと思ってんだい」

 拗ねたような言葉と共に、ズドンと重い音を立ててゲイツの脇腹に肘がめり込む。
 軽い動きだが、彼の鍛え抜かれた腹筋の防御を軽々と打ち破っている。明らかにただ者ではない。
 が、ゲイツも大した物で慣れているのか頑丈なのか、すぐに立ち直る。

「いや、照れくさいし…」

「婚約者……なるほど、初対面の時に話していたのはスカーレット女士の事だったか。
にしても、それなら腕を組むなり手を繋ぐなりして歩いても良さそうなものだがな」

「あたしはそうしたいんだけどさ、この馬鹿が変に照れて嫌がるから出来ないんだよ」

 純粋な疑問に、スカーレットは自身の恋人を不満げに睨みながら答えた。
 海人も仕方のない奴だ、と言わんばかりの目でゲイツを見る。

「そりゃ違うぞ。腕を組まないのは最初に誰かさんがなぜか関節技を掛けやがったからだし、
手を繋がねえのは誰かさんがたまに悪戯で俺の指をへし折……」

 言葉が紡がれ終わる前に、スカーレットの掌底が目にも留まらぬ速度でゲイツの腹にめり込んだ。
 そして彼女は瞬時に逆の手で、体をくの字に折って苦悶する彼の背中をゆっくりとさすり始める。
 正面で見ていた海人はともかく、周囲の人間には突如咳き込んだ恋人を優しく介抱する女性に見えただろう。

「ふむ、熱烈な愛情表現だな。仲が良くて羨ましい事だ」

「カイト、頼むから俺の目を見て同じセリフを言ってくれ」

 言葉とは裏腹にゲイツから視線を逸らす海人の頭を掴み、自分の方に向けさせようとする。

「……それはそうと、料理長がこんな時間にこんな所にいてはまずいんじゃないか?」

「強引に話を逸らしやがった!?」

「今日はあたしは休みなんだよ。今日の厨房は副料理長が取り仕切ってる。
久々にシェリス様に料理出せるってんで張り切ってたから、シェリス様の感想が楽しみだね。
ま、あとであたしも試食して採点する事になるんだけどさ」

 海人の往生際の悪さに驚き呆れている恋人をよそに、スカーレットは質問に答える。
 無視するな、と喚いている彼を軽いデコピンで窘めつつ。

「なるほど。休暇を取るのを兼ねて、何かあった時のために副料理長も鍛えておくという事か」

「そういう事。で、ゲイツ、わざわざあたしとのデート中に声掛けたってのはなんか用事があったんじゃないのかい?」

 やや不機嫌そうな声でゲイツに訊ねる。

 スカーレットは基本的にゲイツとのデート中は友人とも関わりたがらない。
 休みが少ない上に、普段は忙しくて会う暇がほとんどないため、たまのデートは水入らずで過ごしたいという気持ちが強いのだ。
 ゲイツの方が友人に声をかけようとするのも同様に好まない。その分会話する時間が減る、と怒るのである。
 その事は彼も重々承知しているため、普段はよほどの事がない限りデートに完全集中している。

 今回はそれを押して声をかけたのだから、それなりの理由があるはずだった。

「あ、そうだった! カイト、お前一昨日あの連中に何したんだ!?」

 とっとと用件をすませろ、と睨むスカーレットから逃れるように海人に詰め寄る。

「あの連中?」

「最初に会った時にお前がのした連中だよ! 何があったのか知らねえが、町のゴミ拾いとか奉仕活動してるぞ!?」

 ゲイツは今日スカーレットとこの広場で待合わせをしていたのだが、少し早く着いていた。その時に件の3人組を見かけたのだ。

 彼らはやたらと爽やかな表情で広場に散らばるゴミを拾い集め、まとめて燃やしていた。
 そのおかげでこの広場にはいまだにゴミが少ない。
 スカーレットが来るまでに見ただけでも他に、転んで腰を痛めた老人を助け起こして目的地までおぶって行ったり、迷子の子供の親を探すために走り回ったり、空いているベンチが無くて落胆している妊婦のために椅子を用意したり、と絵に書いたような善行を行っていたのだ。

 彼でなくとも何があったのか非常に気になるだろう。

「ほう、そうなのか。予想以上に効果が……ん? 待てゲイツ。何故私がやったんだと知っている?」

「……そういえばお前気絶してたっけな。一昨日武具屋に俺も行ったんだよ。で、ルミナスからお前の仕業だって言われた」

「なるほどな。いや、大した事はしとらん。色々とやったが、相手に多少なりとも心理上の素養がないと効果はそれほど大きくもないし、
長続きもせん。ボランティアなぞやっているという事は、元々善良な素養があったんだろう」

 ゲイツの言葉に頷きながら、自分の分析を語る。

 海人が一昨日行った洗脳は必要な道具が無かったために、彼からすればかなり欠陥が多かった。
 中でも一番大きな欠陥が、元々相手に洗脳後の人格の基本となる素養がなければ、劇的な効果にはならず、持続もしないという点。
 今回の場合必要となるのは奉仕を好む善人としての素養だ。2日経った今でもボランティア活動をしているという事実は、あの三人は根っからの悪人ではなかったという事を示している。

 が、これらはどちらかと言えばどうしてそうなったかという理由であり、具体的に何を行ったかというゲイツの質問には答えていない。
 無論、ゲイツとて馬鹿ではないので、その程度の事にはすぐに感づいた。

「あ~、聞かない方が身のためな内容か?」

「身のためというより精神のためだな。まともな神経の人間が聞くと精神的に不安定になる可能性が高い」

「……ちなみにその現場を直で見た場合はどうなるんだい?」

 スカーレットは二人の会話に一昨日起きた、あるメイドの狂乱事件を思い出しながら訊ねる。

 その日精神的には非常に頑健なはずのその女性が、屋敷に帰るなり青褪めた顔で倒れ、
起きた途端自分の頭を砕かんばかりの勢いで壁に打ちつけ始めたのだ。

 原因は不明だったが、彼女はここ数日、目の前で話している男の監視を命じられていた。
 そして、その日監視から帰ってきた途端にそうなったのである。
 さらには主から昨日ルミナス達が露骨に武具屋の話を避けていたと愚痴られている。
 その探りに夢中になったせいで楽しみだった夕食が食べられなくなってしまったと。
 
 ――なんというか、状況証拠が揃いすぎていた。

「精神的に強い人間でもしばらく見た光景を忘れようとそれに全力を尽くすようになる事が多い。
壁に頭を叩きつけたりとかな。大概の場合性格が善良な人間ほど悪影響が大きく長く残り、場合によっては一時的に人格が反転する事もある」

(や、やっぱこいつが原因か……!)

 しれっと語る海人を思いっきり殴りたくなる衝動をなんとか堪え、平静な表情を保つ。
 いまだに部屋に引きこもったまま出てこないメイドの仇討ちをしたいのは山々だったが、やってしまえば監視の件がほぼ確実に発覚する。
 ルミナスに悟られぬ監視などという無茶を何日も続けた挙句、精神に傷を負ったシャロンの苦労が無に帰すのだ。
 空の彼方まで殴り飛ばしたい義憤に駆られようとも、やるわけにはいかなかった。

「どうした、スカーレット女士」

「なんでもないよ。そんじゃ用も済んだみたいだし、そろそろレストラン行かないかい?」

 不思議そうな顔の海人に引きつった笑顔で返し、足早に去ろうとする。
 早くデートを再開したいという思いも強かったが、なによりこのままここにいた場合、高確率で海人の顔面を破壊してしまいそうだった。

「あ、ああ。じゃ、またなカイト」

 強引に自分の腕を引っ張って歩き去ろうとする婚約者を妙に思いながらも、ゲイツは抵抗することなく付いていく。
 まだ結婚していないのに、今から尻に敷かれているようだ。
 そんな二人を海人は優しく、そしてほんの少し羨望の混じった視線で見送る。

 ――その様子を、物陰から数人の男女が眺めていた。

「………後どれぐらいで二人は戻ってくる?」

 女が海人への視線を切らぬまま、部下に確認を取る。
 問われた男は風の魔法でルミナス達の監視を行っている者達に連絡を取った。

「現在会計の途中で、終わったらすぐにこちらに向かうようです」

「ちっ、リスクは大きいが、これほどの機会は逃せん……足止めを頼む。
迅速にあの男を攫うから、深入りはするな。できれば兵力を減らしたくない」

 部下の返答に少し逡巡するも、行うべき命を下す。
 二人と別行動している今は絶好の好機だったが、あの花屋の老人もその後の2人も下手に手出しできない人物だった。
 大騒ぎになる事を避けるために焦る気持ちを抑えて待ったが、もはや時間に余裕は無い。
 これほどの機会が次にあるかどうか分からない以上、部下の犠牲を覚悟してでも今行わねばならなかった。
「「はっ!」」

 苦々しげな上司の言葉に横に控えていた2人の男が同時に頷く。
 女が海人に近づいていくと同時に、彼らは己の役目を果たすべく駆けて行った。











 ルミナスとシリルは手短に服選びを済ませ、店を出ていた。
 二人の容姿を見て店員が色々と熱心に勧めてきていたが、人を待たせているから、と断った。
 待たせている海人に気を使ったのか、二人は早く戻れる人通りの少ない裏道を歩いている。

「で、カイトを広場に置いてきたのはそれ買うためだったわけ?」

「ええ、さすがに下着を買うのに殿方を連れて行くのは問題ありますもの。
可愛い髪飾りも手に入りましたし、一石二鳥ですわ」

 海人に買ってもらった髪飾りをルミナスに示しつつ、軽い足取りで先に進む。
 当然と言えば当然ながら、その髪飾りは可愛らしいシリルには良く似合っている。

「ったく、あんたも昨日の今日でよくすんなり態度戻せるわよね。
つーか、いくらなんでも気安くなりすぎだと思うけど?」

「態度を戻すためですわよ。あれぐらい過剰な事をしないといつも通りに振舞う自信がありませんもの。
今回の分は機会を見て別の形でお返しするつもりですわ。お姉さま、カイトさんの好きな食べ物とかご存知ありません?」

「さあねえ。甘い物はあんま好きじゃないって言ってたけど……さっきからなんか用? そこの不細工面達」

 冷たい視線で店に入る少し前から自分たちを監視していた男達を見回す。
 数は四人。予想よりも人数は多かったが、大方増援でも呼んだのだろうと考え、気にしていない。
 ルミナスもシリルもどこの誰とも分からぬ襲撃者に街中で唐突に襲われるのは慣れているのだ。

 彼女のあからさまな侮蔑の言葉と、相手にもならないと軽んじている視線に男たちの目が怒りに染まった。

「お姉さま、正直すぎますわよ。せめて顔の出来にまったく恵まれなかった方々ぐらいになさるべきですわ」

 挑発するように目前の痴れ者達を嘲笑い、物事は柔らかく言うものです、と付け加えてルミナスを窘める。
 まるで自分たちを意に介していないかのような態度に、男達のボルテージがどんどん上がっていく。

 どんどん不穏になっていく空気に、近くを歩いていた者たちがざわめき始めた。

「大して変わらないじゃない。で、やる気なら相手に……ならないか。弱すぎるうえに数もいないし。
せめてまともな装備だったら砂漠の砂一粒程度の勝機はあったかもしれないけどね」

 周囲の人間にこの場から離れようとする者が現れ始めたところで、ルミナスは男達を鼻で笑った。
 彼女が言うように、男達の装備は安い革製の軽装鎧と比較的良質ではあるが量産物の剣、と三流の冒険者以下の物だった。
 よっぽどお金がないのかしらね、とわざとらしくシリルに話しかける。

 その嫌味ったらしい態度に、男達の怒りが頂点に達した。

「貴様らぁぁぁぁっ!」

 男たちが怒声とともに武器を抜くと、遠巻きに眺めていた者達が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

 パニックを起こしている群衆に構うことなく男たちはそのまま一直線に2人に斬りかかった。
 しかし彼女らは武器を抜きもせず、素手のままひょいひょいと振るわれる武器を避ける。
 辺り一帯から部外者がいなくなるまで避け続け、最後の一人の姿が見えなくなったところで二人は拳を構えた。

「聞き忘れたけど……武器を抜いたって事は命は要らないって事よね?」

 ルミナスは振り下ろされる男の剣の腹を左腕で弾きつつ、右の拳で男の肋骨を砕いた。
 激痛に男が呻いた瞬間、彼女は男の首を掴んで両足を払い、地面に叩きつける。
 そして相手が起き上がる前にその後頭部を容赦なく踏み砕く。

「おのれっ……!」

 すかさず背後から襲い掛かってきた男の剣を避け、相手の右腕を掴み、叩き折る。
 そして既に息絶えた男の横に引き倒し、残った腕と両足を踏み砕き、魔法を使えぬよう頭蓋を蹴って激しく揺らし、意識を混濁させる。
 自分の担当分が終わり、シリルの方を振り向こうとして―――その前に聞こえてきた声に硬直した。

「その動き、エルガルドの正規兵ですわね。隠そうとしても独特の癖がありますわ」

 シリルは鋭い目つきで男達の動きを観察し、その正体を看破した。
 見破られて動揺した片方の男がショートソードを振るうも、シリルはそれを難なく掻い潜り、相手の顎にその小さな拳を叩き込む。
 威力自体は劇的ではないが、脳を激しく揺さぶられた男の体は大きく傾いた。
 すかさず足を払って倒し、その首を足で思いっきり踏みつけてへし折る。

「く、くそっ!」

 ヤケクソ気味に突き出されたナイフを軽く身をよじって避け、そのまま相手の腕を掴み、関節を極めつつ地面に叩きつける。
 地面に衝突した拍子に相手の右肩が外れるが、彼女は気にする事もなく、さらに男の腰椎を踵で踏み砕き、下半身の自由を奪った。
 彼女が自分の担当分を終えると同時に、ルミナスは自分が生かしておいた敵に止めを刺し、彼女に凄まじい勢いで詰め寄った。

「シリル! エルガルドの正規兵ってのは確か!?」

「ええ、間違い……まさか!?」

 ルミナスの剣幕に一瞬当惑するも、瞬時にシリルも彼女の焦燥の意味を悟る。
 正規兵、一昨日の武具屋での情報、軽装すぎる装備、少ない襲撃者。合わせて考えれば答えは一つしかなかった。

「こいつらは足止めよ!」

 ルミナスが叫んで広場に駆け戻っていくと同時に、シリルも足元の敵を踏み殺し、すかさず後を追う。
 幸い、逃げた者の一人が自警団を呼び、経緯を説明していたので彼女らが追われるような事は無かった。


















 二人が襲撃を受ける少し前、海人は気配を感じさせず唐突に近くに現れた女性を警戒していた。
 彼は勘が特別鋭いわけではないが、自分の方に誰かが歩いてきている気配ぐらいは分かる。
 明らかに怪しげな相手に、ベンチから僅かに腰を浮かし、いつでも逃げられる体勢を整えて問いかける。

「何か用かな、御婦人」

「大人しく付いてきてもらおう」

 女は逃げる間も与えず、海人が立ち上がる前に彼の腹にナイフを突きつけた。
 一瞬、彼の表情が凍る。今までの経験上、似たような目には何度もあっているが、
それでも警戒している状態で、反応も出来ずナイフを腹に押し当てられるような事は無かった。
 改めて、今いる場所がファンタジーな世界なのだと痛感させられる。

 だが、女は甘かった。目の前にいる人間の事を何も知らないのだから無理もないが、
海人はこの状況を覆して余りある手札も持ち合わせている。

 海人は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、中にある対人用護身具を使おうとする。

 が、その瞬間視界に入った光景に――指が止まった。

 数瞬迷った末、海人はベンチから立ち上がり、苛立たしげに顎で女に案内するよう促した。
 女はそんな彼を小馬鹿にしたように笑い、ベンチの後ろの花壇に便箋を放り込んでから歩き始める。
 海人は軽く息を吐き、勝ち誇ったように笑う女についていった。




 





 一方、ルミナスとシリルは街中を全力で走っていた。
 飛翔魔法を使えば人ごみは避けられるが、速度は肉体強化と風の魔法を併用した疾駆には及ばない。
 かといって人を避けながらではその速度を活かしきれない。
 ゆえに二人は、

「お姉さま! そんな脚力では足場を砕きかねませんわ!」

「んな事言ってる場合じゃないでしょうが! もし壊したら後で弁償するわよ!」

 建物の屋根を伝って走っていた。
 その健脚と風の魔法を併用し、ただひたすらに先程海人と別れた広場へと駆け抜けていく。

 ――その途中、唐突に遠くから轟音が聞こえた。
 
 一度ではおさまらず、二度、三度と断続的に響いている。
 よく耳を澄ませば怒声も聞こえる。どうやら近くで戦闘が起こっているらしい。

 ルミナス達の脳裏に、白衣の男の顔がよぎる。
 どう考えても、ただで捕まるような人間ではない。
 そして二人は顔を見合わせ、一瞬で意思疎通をやり遂げた。

「シリル! 広場は任せた!」

「了解ですわ!」

 シリルはそのまま広場に向かい、ルミナスは音のする方角へと向かっていった。
 自分達に巻き込まれただけであろう男を助けるために。





 町の門を出てしばらく歩いたところで、海人が躓いて転んだ。
 ポケットに手を突っ込んだままだったので、受身も取れずに顔面から地面に衝突する。
 鼻血こそ出ていないが、かなり痛そうだ。

「大丈夫?」

 海人の腹に突き刺さりかけたナイフを咄嗟にしまった女は、屈んで親しげに手を差し伸べた。
 周囲に人の姿は無いが、万一を考えての演技である。

「ああ、全く問題ない」

 そう言って海人が立ち上がろうとした瞬間、白衣のポケットから凄まじい勢いで毒々しい色の煙が噴出した。

「なにっ!?」

 一瞬、女に隙が出来る。それを逃さず海人は全力で跳躍し、その場から距離をとった。
 そのまま彼はポケットから取り出した錠剤を飲みつつ、背を向けて街に向かって逃げ始める。
 当然ながら女も黙って見逃すはずはなく瞬時に反応し、海人を追いかけようとした。

 ――――が、手を伸ばした体勢のまま、女は顔から地面に倒れ伏した。

 瞬時に己の肉体の自由を奪われた事を悟り、女は慄いた。
 よほど強力な猛毒でもない限り、肉体強化を行っている人間に毒は通じない。
 そしてそのレベルの毒であっても、開けた場所で煙状に散布したのでは効果は格段に落ちる。
 彼女の知識の中にはこんな凶悪な毒物の存在はなかった。

(何者だあの男は!? いや、それよりも近くに待機している連中は……!?)

 かろうじてまだ動く眼球で、必死にこの周囲に待機していた仲間を探し始めた。
 それと同時に、剣を抜く音が数度周囲に響く。
 そちらを見ると、逃げ出した男が潜ませていた仲間に退路を塞がれて立ち止まっていた。

「ちっ、流石に《黒翼の魔女》の恋人か。こんな手札を持っていたとはな」

「ん? 《黒翼の魔女》とはルミナスの事か?」

 海人は訝しげに訊ねた。彼の知る限り、男達の言葉から連想できる人物は一人しかいない。
 先日悪質な洗脳を施した三人組の仲間だろうと思っていた彼は、いささか意表を突かれていた。

「他に誰がいる。とぼけたところで意味はないぞ」

「とぼけたつもりは無いんだがな。そうか、ルミナスの敵か。
となると、なおの事大人しく捕まるわけにはいかなくなったな」

 やれやれ困った事だ、と海人は軽く肩を竦めた。

「ほう……逃げられると思っているのか?」

「まさか。私の身体能力では逃げる事などできん」

 男の小馬鹿にするような言葉を、海人はあっさりと否定した。
 脚力ではるかに上回る相手に、乗り物も無しで逃げきれると思うほど、彼は愚かではない。

「ならばあの二人がここに気付くまで粘るつもりか? 愚か……」

 ニタリと男が笑った瞬間、轟音と共に男の体が吹き飛んだ。
 そのまま大の字に倒れ、男は動かなくなった。

 突如起きた仲間の不可解な死に男達が困惑している隙に、
海人はいまだ硝煙を立ち上らせている二丁の拳銃を乱射する。
 
 一人、二人、と順調に仕留めていくが、その間に男達は我に返った。

「おおおおおおおおっ!!」

 裂帛の気合と共に剣を振りかざし、海人へと突進する。

 が、その動きは速くはあるが直線。絶好の的でしかなかった。

 銃声と共に男の体が吹き飛び、その背後にいた男に衝突して体勢を崩す。
 それを狙って海人は再び引き金を引く。淡々と、機械人形の如く。






 ルミナスが轟音の方向に向かって一直線に飛翔していると、町から少し離れた場所で見覚えのある白衣が視界に入った。
 数人に取り囲まれながらも、どうにか応戦しているらしい。
 急いで助けるべく速度を上げた瞬間、ルミナスは我が目を疑った。

「な、なんなのよあれ!?」

 次から次へと敵が吹き飛んでいく。
 魔力砲を使っている様子はない。
 彼女の位置からでは、ただ右手を掲げて敵に向けているだけにしか見えない。
 それだけで森に響き渡る轟音と共に、敵が吹き飛んでいる。

 ほどなくして取り囲んでいた敵が一掃され、白衣の男は倒れ伏していた人間の一人に歩み寄る。

 ――その背後で、剣を振りかぶる男に気付かずに。

「カイトォォォォォッ!」

 その悲痛な叫び声は、距離が遠いため届かなかった。
 全速力で加速するが、それでも魔法の射程にすらギリギリ足りない。
 直前で海人が背後の襲撃者に気付き咄嗟に前に飛ぶも、それでも遅い。
 振り下ろされた凶刃は海人の白衣を切り裂――――かなかった。

「なにっ!?」

 剣を振り下ろした男が、目を見開く。
 背中を深く切り裂くはずだった刃は、白衣に阻まれていた。
 が、それでも斬撃が打撃になっただけである。
 前に飛んでいた事でかなり和らいだものの、その衝撃は海人の体を勢いよく前方に飛ばした。

「くそっ、まだ残っていたか……!」

 海人は地面を転がりながら、面を食らっている男に銃口を向けるが、照準が上手く定まらない。
 吹き飛ばされたおかげで距離はとれたものの、強烈な衝撃に体全体が痺れていた。
 手間取っている間に男が我に返り、瞬く間に距離を詰め、

「させるかぁぁぁぁぁぁっ!」

 背後から飛来したルミナスに首を刎ねられた。
 剣を振りかぶった体勢のまま、男の体が崩れ落ちる。

「はあ、はあ……大丈夫、カイト?」

「ああ、ありがとう。すまんな、心配をかけた」

「謝んなきゃいけないのは私の方よ。こいつら、本命で狙ってたの私かシリルだと思う……ごめんね」

 ルミナスは俯きながら、海人に頭を下げた。
  
「気にするな。そもそも面倒をかけているのは私の方だ」

「……ありがと。それで、その……あんた何やったの? 
多分手に持ってるそれを使ったんだと思うんだけど……ど、どうしても駄目なら答えなくていいから」

 海人の言葉に感謝しつつも、ルミナスはおずおずと尋ねた。
 職業病か、あまりに得体の知れない武器の事を彼女は訊ねずにいられなかった。

「……ふむ、まあいいか。これは……」

 海人は数秒考えた後、適当な木に向かって引き金を引いた。
 轟音と共に弾丸が発射され、木を激しく揺らしつつ穴を開けた。

「とまあこんな感じの飛び道具だ。しかし、鎧越しとはいえこれをこの距離で使って原型が残っているとはな。
使う人間が使えば肉体強化はここまでの芸当を可能にするのか」

 軽く肩を竦め、海人は死体に目をやった。
 どれもこれも鎧と服に穴が開いているだけで肉体の状態は綺麗なものである。
 人間の頭など粉々に吹き飛ばしてしまうはずの弾丸は、鎧と敵の肉体によって体内への侵入を阻まれていた。
 それによって絶大な運動エネルギーが全て敵の体にかかり、敵が吹き飛んだのである。

 ちなみにこの銃、本来は欠陥品――厳密には実験品である。
 海人が開発した特殊合金を用いた拳銃が、どこまでの威力を出す事が可能かという実験の際に作られた物だ。
 あくまで最大威力にこだわったため、屈強な軍人でさえ両手持ちで撃って両肩が外れたという曰くつきの品である。

 それを海人が片手で狙いを定めて撃てるのだから、肉体強化の効用は恐ろしいとしか言いようがない。

「まさかとは思うけど……それ、銃?」

「そうだ」

「……どうりで銃が役に立たないってのを不思議がったわけね。
つーかどこまで発展させればそんな凶悪な代物になるのよ……」

「火薬の力で発射する点は同じだが、仕組みがまったく違うからな。
まあ君の持っていた銃と比較すれば異常に見えるだろうさ」

「そっちの白衣もね。あの一撃を受けても傷一つないなんて……熱が防げない事なんて、欠点でもなんでもないじゃない」

 改めて海人の白衣を触り、ルミナスは己の認識が甘かった事を痛感した。
 海人が受けた一撃は、攻撃の重さはともかく、鋭さは相当なものであった。
 例え鎧を着ていたとしても、よほど良い素材でない限り、それごと斬り捨てられそうなほどに。
 それをこの白衣は難なく防いだ。たかが布一枚が単純な強度という面では下手な金属製の鎧の上をいっていることは確実だった。

「衝撃は吸収できんから、痛い事にはなんら変わりないんだがな」

 背中に手を当て、顔を顰めた。
 実際、先程の一撃は痛いどころではすんでいない。
 服に隠れて見えていないが、彼の背中には大きな青痣が出来ている。
 白衣があったとはいえ、肉体強化をしていなければ衝撃だけで致命傷だったことは間違いない。

「そこまで贅沢言ったら罰が当たるわよ。で、その~……色々と追求していいかしら?」

「できればやめてくれるとありがたい。それと、そんなに気を使わんでくれ。かえって反応に困る」

「……わかった。そんじゃ、今後それらが流通する可能性ってある?」

「ほぼゼロだな。白衣の方は私が製法を漏らさん限り……というか漏らしても作れんだろう。
銃の方は拾われて分析でもされれば近い物を作られる可能性はあるが、私が作った物だからな。
用が終わったら消しておけば、生産される事はあるまい」

 ルミナスの問いに答えつつ、海人は散らばった薬莢と弾丸を消していく。
 敵の肉体強化の強度ゆえに弾丸が体内に入っておらず、全て消えた事を確認するのは容易であった。
 最後に白衣の中に安全装置をかけた拳銃をしまい、海人は軽く手をはたいた。

「ならばよし。この寛大なお姉さんに、たっぷりと感謝しなさい」

「うむ、感謝しよう。敬意と感謝を込めて、今度肩揉みでもしよう。
目上は労らねばならんからな、うん」

 やや無理をして明るく振舞うルミナスに、海人はからかうような笑みで答えた。

「そこはかとなく、婆さん扱いされた気がするんだけど?」

「いやいや、君のような美しい女性を老い耄れ呼ばわりなどとてもとても……」

 おどけた態度で海人は嫌味ったらしく笑う。
 そのあからさまに自分に気を使った態度をありがたく思いつつ、
とりあえず軽い拳骨をかましてやろう、とルミナスが軽く拳を振りかぶった瞬間、聞き慣れた声が響いた。

「お姉さまぁぁぁぁ!」

「こっちよシリル! カイトも無事!」

 振りかぶった拳をそのまま上に上げて振り、自分を探すシリルに呼びかけた。
 シリルが声に振り向くと、その横にいる男を見て目を丸くした。
 
「ご無事でしたの? 広場の花壇に脅迫状入りの便箋が置いてあったのですが」

「攫われたみたいだけど、途中で逆襲したらしいわよ」

「エルガルドの正規兵相手に、カイトさんが?
……具体的な方法をお尋ねしたいところですが、どうせまた黙秘なさるんでしょうね」

 意味のなくなった便箋を破り捨てつつ、シリルは溜息をついた。

「よく分かっているじゃないか。
さて、これからこの連中について情報を引き出そうと思うが、何か必要な情報はあるか?」

 海人はシリルの理解の早さに感心しつつ、仲間の末路を見て青ざめている女を冷たく見下ろした。
 よく見ればなかなかの美人ではあるが、彼には何の感慨を抱かせる事も叶わなかった。

「情報っつったって……狙いは私とシリルでしょ。所属もエルガルドって分かってるし、
これ以上の情報なんてないでしょ」

「いえ、お姉さま。冷静になって考えてみれば、それでは説明がつきませんわ。
私達二人、それどころか第一部隊全員の命を狙ったにしても、資金をかけすぎています。
団長と副団長ならまだ可能性はありますが……」

「どちらかっつーと、この国の要人、それもかなりの影響力を持った人間が本命だと考えた方が自然か。
私らは雇われて敵に回る可能性があるから、カイトを攫ってその間遠ざけようとした、と。
となると……ローラさんの不在を狙って、シェリスの暗殺かしらね」

 意外に苦労人な貴族の令嬢の顔が思い浮かび、ルミナスは渋い顔になる。

 長く続いた平和により、この国の貴族の大半は危機意識を失っている。
 それに伴い軍隊の質も落ち、いまや他国から攻め込まれれば国の陥落は瞬く間という恐ろしい状態だ。

 シェリスはそれを危惧し、他国からの侵略を未然に防ぐべく尽力している。

 人脈を利用して稼いだ金で有能な商人に融資を行い、その事業規模を大きくする。
 その過程で得た利益を用いて農作物の生産に力を入れさせ、それを融資をした商人を使って他国に売らせる。
 10代前半の頃から彼女はひたすらにそれを繰り返し、他国の食料自給率を下げ、食料供給をこの国に依存させた。

 その上で傭兵ギルドや盗賊ギルドといった戦争の際に有用な組織の上層部と渡りをつけ、
 いざという時に相応の助力を期待できるだけの関係を築き上げた。
 さらには数多くの有能な傭兵団と表向きは商人の商品輸送の専属契約という形で契約し、
有事には国の戦力として働いてもらうための準備も整えている。

 この他にも国を守るために数多くの対策を練り、その準備を整え続けている。

 無論、シェリス一人でできた事ではない。
 彼女の父を始めとして、数少ないながらも彼女が生まれる以前から国の現状を憂いて事を進めていた貴族達がいたからである。
 さらに言うならば、この国の商業の主力たる幾つかの商会の基盤を作り上げてきた商人たちがいればこそ。
 だが、ここまで一気に状況を作り上げられたのはシェリスの存在が大きいというのもまた事実。
 爵位継承権も領地も持たぬ力無き小娘という仮面で動ける、国内随一の才女がいればこそだ。
 もしもシェリスが暗殺されれば、この国にとって大打撃になる。
 そのため、他国が彼女の暗殺を企む事は決して珍しい事ではない。

「……思いつく可能性の中では、それが一番高そうですわね」

 そう言いつつも、シリルはいま一つ腑に落ちない様子だった。
 引っかかるのはそのために投じたであろう資金。
 軽く見積もっても数十億に達する額は、どうにも使い過ぎのような気がするのだ。

「ごちゃごちゃ考えるより、この連中に聞いたほうが早いと思うがな。
少し時間をもらえれば、知っている情報は全て吐き出させるが?」

「ん~……先日の洗脳術からすれば期待できそうですが、反撃される可能性もありますわよ?
どうやって動きを縛っているのかは分かりませんけれど、喋らせるためにはそれを解かなくてはならないでしょう?」

「その点については大丈夫だ。口だけしか動かないようにする事など造作も無い」

「……つくづく恐ろしい方ですわね。では、お願いできます?」

「任されよう。……あ、そうそう二人共、私が仕留めた連中の装備は好きにして構わんぞ。
ただ、売り払った物は売却価格の半額をこっちにくれ」

「んっと……つまり、宝石とかを自分が使う分にはタダ、
それを売った場合は売却価格の半分をあんたに渡せばいいって事?」

「そういう事だ。それなら計算が楽だろう?
それじゃその辺で適当に尋問するが、見ない方がいいぞ」

 後ろ手を振りながら海人は女の襟首を掴んで近くの木の陰へと向かった。
 彼の尋問術は色々と問題があり、二人に見せるには刺激が強すぎるのだ。

 二人は海人の軽い調子の忠告を素直に聞き、待つ間エルガルド兵の装備を漁る事にした。
 
「うっわ、この宝石の質と数……きっとこいつの装備、買ったら五千万近くいくわよ」

「こっちも似たような物ですわね。というか、ミスリル鋼製の鎧に風穴がいくつも開いてますわよ!?
カイトさん一体何やったんですの!? これでは売値がガタ落ちですわ!」

「まあ、溶かして売ればそこそこの値になるんじゃない?
宝石だけは取っておいて、こいつらの魔力を洗い流してから使いましょ」

 ひょいひょいと鎧を引っぺがし、分解した上で手持ちの袋に詰めていく。
 携えていた武器も予備の武器に、と握り締めている手を剥がして奪い取る。

「あ、この服も良い生地ですわね。最近売り出されたアーマーシルクですわ。
多少強めに力を入れても引き裂けず、肌触りはシルクそのものという優れ物ですわよ」

「ただ、上は使い物にならないわね。穴が開いちゃってるから」

「下だけでも買えばかなりの値段になりますわ」

 好き勝手批評しながら、二人は死体の服までも剥ぎ取っていく。
 そして引っかき集めた戦利品を持ちやすいようにまとめた。
 それから程なくして、海人が女を引き摺りながら戻ってきた。

「終わったぞ。随分徹底して引っぺがしたようだが、そんなに高値で売れるのか?」

「勿論。久々にメイン装備の新調が出来そうだわ」

「カイトさんには感謝感謝ですわ。ところで情報の方はいかがでした?
どうやら情報を搾り出しきる事には成功したようですが」

 シリルは海人に引き摺られながらケタケタと口だけで虚ろに笑う女を一瞥し、訊ねる。
 とりあえず女は自決しておらず、精神は完全に壊れていそうだった。
 これで何の情報も引き出せていないというのは考えにくかった。

「残念ながら君らが言った以上の内容は特に無いな。
こいつらはエルガルドの特務部隊で、シェリス嬢の暗殺を企んでいる、と。
ただ、急いだ方がいいかも知れんな。
どうやら、仲間がやられている間に無詠唱魔法で失敗の合図をしていたらしい。
襲撃は明後日の予定だったらしいが、予定を早める可能性がある。
口が固かったから情報漏れは考えていないとは思うが、一応な」

「ん~……明後日襲撃予定なら、早くても今日の夜だと思うけどね。
ま、知らせるのが早いに越した事は無いか」

 そう言うと、ルミナスは地面に転がった女を始末し、中位の火炎魔法で他の襲撃者の亡骸と一緒に消し炭へと変えた。






 



 カナールから飛行する事しばし、巨木が連なる森の上で三人は目を剥いていた。
 目的地から大量の黒い煙が上っている。煙の数からして屋敷が穏やかな状況ではない事は確実だった。

「……お姉さま、流石にこれは計算外ですわ」

「まったくだわ。急いで決行したにしても行動が早すぎる……!」

「準備自体は既に整えていた、という事ですわね。早く向かいませんと」

 シリルの言葉にルミナスが無言で頷き、先程の戦利品を放り出して加速を始めようとする。
 が、その直前にシリルが抱えているもう一つの荷物を思い出した。

 慌てて周囲を見渡して危険の有無を迅速に、かつ注意深く確かめたのち、海人を手近な巨木に下ろさせた。
 そして戦利品を纏めた袋を彼に押し付けつつ、一方的に告げる。

「……周囲に人の姿も気配も無し。カイト、悪いけど後で拾ってくからここで待ってて。
もし動くんだったら昨日の武具屋かミッシェルさんの店に行って。ヤバイようだったら荷物捨てて逃げていいからね!」

 言い終るやいなや、ルミナスはシリルと共に屋敷に向かって飛んで行った。
 先程までとは違い、その速度はまさに疾風。瞬く間に海人の視界から二人の姿は消えてしまった。

「……ふむ、ある意味理想的な状況になったな」

 二人の姿が見えなくなると同時に、海人は不敵に笑った。

 ルミナスの言葉を信じるならば、現在この近くに人はいないため、創造魔法を使っても誰も見る者はいない。
 しかも彼がいる巨木の枝は太くしっかりとしており、数種類の火器を作ったとしても置き場に困らない。

 この世界において、自分の武器がどれほどの効果を発揮するか試す絶好のチャンス。

 そう判断した海人はとりあえずシェリスの屋敷の大きさを間近で見たときと比較し、おおよその距離を電卓で算出する。
 その距離、実に2km。が、彼はまったく動じることなく、様々な武器を纏めて作り出した。






 


「……それにしてもお姉さま、なぜカイトさんを連れて行かなかったんですの?」

 海人を置いていってから数分後、無言を貫いていたルミナスにシリルが訊ねた。

 先日の段階では戦場に無理矢理連れて行くと言っていたのは、ただの冗談だった。
 評価に値する胆力ではあるが、殺し合いの場で萎縮しないとは言い切れなかったのだ。

 が、今日の誘拐未遂でそれは本当に検討すべき事に変わった。
 いくら不意を打ったとしても単独であれだけの人数を実戦で仕留められるのなら、立派な戦力である。
 まして状況から考えれば、確実に一人は至近距離で彼の動向を警戒していたはずなのだ。
 どんな手段を用いて逆襲したにせよ、連れて行って損は無いはずだった。

「身体能力が低い事には変わりないんだから、足手纏いになる可能性もあるってのが一つ。
そもそも私のせいで誘拐されかかってたんだから、これ以上巻き込みたかないってのもあるわね」

「足手纏いになる可能性は極めて低いでしょうし、巻き込まれた事は間違いなく気になさっておられませんわよ?
むしろ、何の手出しも許されず置き去りにされる方がカイトさんにとっては不本意なのでは?」

「分かってるわよ。最大の理由は――思いっきり暴れたいからよ。
カイトがいたらどうしてもそっちに意識を割かれるからね」

 瞬間、先程まで完全に押さえ込まれていたルミナスの凄絶な殺気が解放された。
 普段の怒っていてもどこか優しげな表情はなりを潜め、鬼神の如き迫力の憤怒が現れている。

「お、お姉さま?」

「シリル、あんたの言うとおり、カイトは巻き込まれた事は気にしてないわ。
あいつなんて言ったと思う? 『そもそも面倒をかけてるのは私だ』って言ったのよ?
私たちに巻き込まれて! 命まで取られかけたってのに! それでも私に恨み言一つ言わなかった!」

 まるで慟哭のような叫び。
 
 昨日のシリルと同じく、責められなかった事がルミナスにはかえって堪えていた。
 それに加えて武器の詮索までしてしまったことで、より自己嫌悪が強くなっている。

 それら行き場の無い激情は、元々の憤怒に上乗せされて事の元凶に向けられていた。

「あそこにいるクズ共全員、この手でぶっ殺さなきゃ気が済まないわっ!」

 大気を震わせるような、怒りの雄叫び。 
 久方振りに見るルミナスの激怒に、シリルは思わず身を震わせた。
 
 そして確信する。目的地にいる敵は、誰一人として生き残れないと。
 命乞いも許されず、ただただ地獄へ叩き落されると。

「……あんただって似たようなもんでしょ。カイトと離れてから殺気が駄々漏れよ?」

 ――――ルミナスの言葉に、シリルは獰猛な笑みで応えた。 

 この魔法の世界の軍事バランスですら容易く崩壊させる悪魔の発明を操る化物科学者、
一軍級の正規兵数百人を単独で潰した事もある怒り狂った《黒翼の魔女》、
同じく怒り狂い、一切の情けが消えている百発百中一撃必殺の矢を放つ《弓姫》。

 不運な襲撃者達にとって、想像を絶する悪夢が始まろうとしていた。





テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント
ラスト改定・・・だが、ほとんど新話?
更新お待ちしておりました。
そして、祝!改定終了!! ということですが、この9話、ほとんど改定前と違った展開でびっくりです。
が、この方がカイトらしいような感じがします。
っというか、この話を読んだ後だと、気絶もせずにそのまま連行される展開のほうが違和感を感じられるようになったような気がします。

この後のルミナス、シリルの暴走?を楽しみにしています。
[2009/10/05 01:52] URL | Gfess #knJMDaPI [ 編集 ]

誤字ではないけど報告を…
9話
>起きた途端自分の頭を砕かんばかりの勢いで壁に頭を打ちつけ始めたのだ。
頭を~が被ってるので削った方がいいですね。

起きた途端自分の頭を砕かんばかりの勢いで壁に打ちつけ始めたのだ。

もしくは

起きた途端頭を砕かんばかりの勢いで壁に打ちつけ始めたのだ。

後者だと誰の?って部分が少しだけ分かりにくいので前者ですかね。
[2010/08/21 12:20] URL | 冥 #heXXx5yE [ 編集 ]

非常に面白いので何度も読んでしまいますw
初めてコメントさせていただきます。
凄い勢いではまってしまい、何度も何度も読んでしまいました。続きも楽しみです。
ただ、この9話の中で、敵の女にナイフをつきつけられる場面の話ですが、
海人はどのような光景を見て、道具を使うのをためらったのかが解らないんですが、なんか見落としてるんですかね??
いずれにせよ、更新を楽しみにお待ちしております。
[2010/09/11 20:49] URL | iagant #hCXXJgqU [ 編集 ]


なんというリア充たちの宴……
まさに俺TUEEE
[2011/03/20 22:18] URL | #- [ 編集 ]


海人、喬られ過ぎではないですか
今のところ登場しているヒロイン全員、魅力を感じない
海人が財布兼食べ物製造機にしか見えていないのが最大の原因
ちやほやされても魂胆が見え見えなので、媚びてるようにしか見えない
それが不愉快で面白くないです
[2013/04/30 02:20] URL | #- [ 編集 ]


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