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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄67
 翌日、海人は描き上がったゲイツの絵をじっくりと観察していた。

 題材は、昨日と同じく猫。
 やはり描き込みはまだまだ甘く、構図の取り方も今一つ。
 木炭独特の濃淡による味も出せているとは言い難い。
 技術的には、及第点には程遠い出来。

 が、丸まって熟睡している姿はなかなか可愛らしく見える。
 昨日と五十歩百歩と言ったところではあるが、それでも教えられた内容を身につけて努力しようとした形跡は見受けられた。 

「ふむ、まあ付け焼刃としては上々だな」

「へへっ、これでも昨日寝るまで頑張ったからな」

 少し誇らしげに、ゲイツは笑った。

 昨日、彼は家に帰るなり海人から教わった内容を忘れまいと再び作画に取り掛かった。
 さして物覚えは良くないはずなのだが、不思議と描いていると海人の教えが脳裏をよぎり、
結果として彼にとってはなかなか良い出来の絵が仕上がった。

 が、冷徹な教師は若干高くなったその鼻を容赦なく叩き折る。

「調子に乗るな阿呆。昨日教えた内容は概ね覚えているようだが、守れていない事も多い。
力加減が掴めなくなり始めたら一旦筆を置けと昨日何度言った?」

「うぐ……つい焦っちまうんだよ」

 手痛い指摘に、ばつの悪そうな顔をするゲイツ。

 昨日の海人の教え方それ自体は、的確で分かりやすかった。
 筆を動かす時の力加減から何から、全て再現可能な程に。

 が、だからといって使いこなせるとは限らない。

 元が不器用なゲイツにとって、海人の言う力加減はかなり難しかった。
 数瞬維持する程度ならなんとかなるのだが、秒単位になると途端に厳しくなる。
 そこで力加減が持続できている内にとつい急いでしまうのだが、それが絵に悪影響をもたらす。
 急ぐあまり筆を動かす方向に乱れが生じたり、かえって力加減が狂ったりしてしまうのだ。 

「それ自体は仕方ないが、焦っても上達が遅れるだけだと思え。
お前の場合一枚描くに当たって千回筆を置くぐらいの気構えで丁度良い」
「いや、千回は流石に……」

「ただの例えだ。今のお前は所詮練習段階。
一枚早く描き上げる事より、無理なく筆を運べるようになる事を優先しろ。
結果的にはそれが一番早道になる」

「理屈じゃ分かってるんだがなぁ……」

 もどかしそうに頭を掻くゲイツ。

 海人の言葉は、理屈としては理解している。
 所詮昨日描き始めたばかりの不器用な初心者。筆を持つ力加減など下手で当然。
 それが維持できている間に、と焦って描くより確実に維持できる時間で小まめに筆を置いて描いた方が加減を身につけやすい。  

 が、いざ描いているとついつい焦って動いてしまう。
 それがいけないと分かってはいるのだが、半ば反射的に動いてしまうのだ。

「ま、考えた通りに動けるとは限らないのが人間ではあるな。
そういう時は、腕が無理を感じ始める少し前に筆を置け。
それこそ本当に一枚描くに当たって千回以上置いたって構わん」

「やってはみるけどよ……ってか、そうなると必然的にしばらく通う事にならねえか?」

「初めからそのつもりだった。ま、時間は取られるが、早めの結婚祝いだと思っておけ。
他の仕事との兼ね合いがあるから毎日とはいかんが……ここに書いてある日は大丈夫だ」

 言いながら、懐から取り出した一枚の紙を手渡す。

 そこには断続的ながらも多くの日付が記され、日によっては何時から何時まで授業可能など、
事細かに空けられる時間が記されていた。 

「ありがとな。こことここ、ついでにここも……後は……」

 言いながら、木炭で次々に空いている日付に印を付け、訪れる時間を書いていく。

 適度に間隔を開けてはいるが、その決め方にはあまり遠慮がなかった。
 申し訳なく思わないわけではないのだが、やはり最愛の婚約者への感謝の証となると、なりふり構ってはいられない。
 元々不器用なゲイツが胸を張ってプレゼントできるような作品を描けるようになるには、相応の訓練が不可欠。
 当然自宅でも続けるつもりではあるが、やはり有能な教師の有無の差は絶大なのだ。
 
 海人はそれを知ってか知らずか、書き込まれた授業希望日の山を何でもなさそうに受け取った。

「ふむ、この程度なら十分空けられる。ああ、それともし何か良い仕事があった場合は勝手に休んで構わんぞ。
これだけの回数やれるなら、一度や二度休んでも十分取り返せるからな」

「了解。んじゃ、もう一枚描きながら授業か?」

「ああ、しっかり覚えていけ」

 やる気満々の生徒に笑みを向け、海人は授業を再開した。





















 海人の屋敷の一室に、ルミナス達の姿があった。
 
 部屋の窓際で雫とシリルがディルステインをしており、その横にルミナスと刹那が立っている。

 戦況は、いつも通りシリルの圧倒的優勢。
 雫も決して弱くはないのだが、流石にシリル相手では分が悪すぎる。
 彼女は巧みに相手の心理を読み、罠を幾重にも張る熟練の指し手。
 少し前にディルステインをやり始めたばかりの雫が太刀打ちできるはずもない。 

 結局、毎度のように雫はボロ負けしてしまった。

「うう……ホント強いなぁ……」

「ふふふ、ですが貴女の成長は大したものですわ。
油断しているとその内抜かれてしまうかもしれませんもの」

 突っ伏す雫に、穏やかに声を掛ける。

 シリルの言葉は、決してお世辞ではない。
 やや攻撃偏重に傾きすぎているきらいはあるが、雫の打ち筋はなかなか良い。
 シリルが罠に落とし込もうとしても、それに落ちる前にこちらの意図に気付く勘の良さもある。
 その上、一度嵌められたら同じ手に二度かかる事はない。
 むしろ隙あらば似たような手で嵌め返そうとするしたたかさも持っている。

 敗北の度に学習し、みるみるうちに戦略のレベルを上げてきている。
 シリルから一本取るにはまだまだ遠いが、一年もすれば分からない。
 
 なかなか、戦い甲斐のある対戦相手だった。 

「そうよ、シズクちゃん。初心者でシリル相手にこんだけ粘るって本当に大したもんだから、胸張っていいわ」

 ぽんぽん、とルミナスが優しく雫の方を叩く。

 シリルのディルステインの腕は、群を抜いている。
 二回りは違う老獪で高名な指し手にも引けを取らぬ勝負が出来、そこらの趣味人程度なら相手にもならない。
 初心者の雫なら、それなりに粘っただけでも十分評価に値する。

「うう、情けが身に沁みる……でも、どーしていの一番に慰めてくれるべきお姉ちゃんはずーっと窓の外眺めてるのかな?」

「ん? ああ、すまん。いや、珍しい光景だったものでな。つい見入ってしまった」

 恨めし気な雫の声に振り向きつつ、窓の外を指差す。

 彼女の指の先では、海人とゲイツが絵画に勤しんでいる。
 淡々と教える海人とどこか必死な形相でそれに従うゲイツが好対照で、なかなかに面白い。
 時折海人が毒舌を放っているらしく、ゲイツが半泣きになる時もあるが、概ね仲良さそうで微笑ましくもある。  
 
 が、刹那が見入ってしまった理由はそれだけではない。

「……あ~、そういう事か。確かに考えてみると新鮮な光景だよねー」

 姉の横から窓を覗き込み、雫が納得したように頷いた。 

「ん? 何が?」

「海人さんの周囲に女の人がいない事ですよ。
普段はどこをどう見渡しても女の人ばっかりじゃないですか」

「なるほど……確かにね」

 雫の言葉を、ルミナスは苦笑いしつつも肯定した。

 実際、普段海人の周囲は女性ばかりだ。
 彼が関わっている相手は、シェリスとその部下がほぼ全て。
 その他もいない事はないが、それも大半を女性が占めている。
 数少ないながらオーガストやゲイツなど男性もいるが、それは町でたまたま顔を合わせる事がある程度。
 会っている時は仲が良いようだが、会う機会自体が絶対的に少ない。

 付け加えるなら、事実上同居状態にある人間は全員女性。
 そして役割上基本的に刹那か雫どちらかは側にいる。 
 海人の側に男しかいない状況など、極めて珍しい光景なのだ。

「まあ、あの秘密主義な性格上仕方ありませんわね。
もう少し積極的に交友関係を広げれば男性の友人も増えるでしょうが……」

 小さく肩を竦め、そんな感想を述べる。

 海人の周囲が女性ばかりなのは仕事上の側面も強いが、彼自身の問題も絡んでいる。
 身内として扱っているルミナス達にさえ、多くの事を隠している徹底した秘密主義。
 それゆえに海人は自分から交友関係を積極的に広げようとしないのだ。

「ま、本人に変える気がない以上どうしようもないでしょ。
それに、カイトは下手に交友関係広げたら何が寄ってくるか分かりゃしないし」

 嘆かわしそうに、溜息を吐く。

 海人と会ってまだ半年にもならないが、その間に彼が巻き込まれたトラブルは尋常ではない。
 エルガルドによるカナールの襲撃事件も規模としては歴史に残りかねない大事件、
先日やったというルクガイアの残党との一戦も同様。
 どちらも、一生で一度巻き込まれるか否かという特大級のトラブルだ。    

 基本家から動かず、町に買物に行っても用事を済ませて即帰るような生活だというのに、だ。

 これで交友関係を広げようと積極的に外出するようになったら、何が寄ってくるか本気で分からない。
 お忍びで来ていた馬鹿貴族と一戦やらかす、密入国していた他国の特殊部隊と交戦など、
普通なら一笑に伏すような低確率の事件がこぞって寄ってきそうだ。 

(さらに言えば、広げたら広げたで逆に女性比率がもっと凄い事になったりするかもしれないってのもあるよねー)

 声には出さず、雫がそんな感想を抱く。

 今の海人は、女性との遭遇率自体恐ろしく高い。
 ルミナスが最初に会ったのも、ある意味偶然。
 その後シェリスと関わったのも、忙しい彼女がたまたま魔力判別所の仕事に行っていたから。
 最初に刹那達と会ったのも、屋敷裏の森で修行していた彼女らが出た先が偶然この屋敷だった為。
 この間も、これまた超低確率のはずなのに亡国の王女と二度遭遇している。

 ここまで無駄に女性との縁がある男が積極的に交友関係を広げればどうなるか。

 勿論、シリルが言ったように男との縁が出来る可能性も十分ある。
 が、今までの延長線で考えれば――――女性の比率がさらに増大する可能性の方が高そうに思える。

 約一名に危険な刺激を与える可能性があるので、とても口には出せないが。

「まあ、狭くとも深い交友関係なら問題ないかと。
無駄にどうでもいい友人を増やすより、身近な心許せる友人を作る方が有意義でしょう」

 静かに、刹那が自分の意見を述べる。

 彼女としては、現状は特に問題はないと思っていた。
 一般的には問題のある交友関係かもしれないが、海人自身は不満を感じていない。
 ならば、刹那としては特に異論はない。
 
 ――――下手に交友関係を広げられると、刹那としては面白くない事になるかもしれないのだから。
 
「確かにね。さて、もうしばらくしたら授業終わるだろうし……遅めの昼食作っとこっか」

 ルミナスが、微笑みながら提案する。
 
 昼時だというのに、眼下の二人はどちらも何か食べようとする様子はない。
 作業に集中するあまり、すっかり空腹を忘れてしまっているのだろう。
 そういう場合えてして一段落ついた頃に一気に空腹感に襲われる。
 現在暇な身の上としては、対策ぐらいしてやるべきだろう。

 そんなルミナスの言葉に、皆は笑顔で頷いた。 
  































 ケルヴィンは、カナールの広場のベンチでぐったりとしていた。

 昨日、彼は海人に言われた通り、近場の画廊に入って良さそうな絵を見繕ってもらおうとした。
 その際海人から買い取った絵と並べておかしくない、あるいはそれよりももっと良い絵をと頼んだのだが、ここで少し問題が起きた。

 画商に見てもらったところ、海人から買った絵は所々手を抜いた点が見受けられるものの、画家の凄まじい技量が窺えるという。
 白黒基調でありながら極めて巧みに濃淡をつけられた絵はそこらの油絵より余程色鮮やかに見え、
小犬の毛一本一本に到るまで計算が入ったかのように繊細でもある。
 ここまでやってどうして所々手を抜いているのか、としきりに首を傾げていた。

 いわゆる名画とは違うらしいが、これだけ偏執的な技巧を凝らしながら、ただの技術自慢に陥らず絵に活かしきっている絵は稀だという事だった。
 珍しさ、純粋な絵の美しさ、技量の高さそれら全てを加味して値を付けるとそこそこの額になるらしい。
 実際、結構な値段で譲ってくれないかという話を持ちかけられたので、嘘ではないのだろう。 

 そして、それに見合う絵だが――――難しい、と言われた。

 普通の相手なら問題ないらしいのだが、絵画に相応の造詣を持つ人間ならこの絵の質はすぐ見抜けてしまうとの事。
 そういう相手には、物珍しさのせいで一緒に多少上の質の物を贈っても印象がかき消されてしまうだろうと言われた。
 かと言って並べて印象が薄れぬ程の絵となると、今度は値段が跳ね上がるらしい。

 実際、聞いてみたら本当に恐ろしかった。
 なんだかんだで良くしてくれる友人の為ケルヴィンが奮発して確保した予算。
 その倍近い値段。正直、手が出ない。
 
 いっそこの絵だけプレゼントするか、とも思ったが所々手抜きされているという点が引っ掛かった。
 質は良いとはいえ、お礼なのだから手抜きされた作品だけというのは避けたい。

 そして町中の画廊をくまなく回った末に、ようやく予算内で収まる良い絵を買えた。
 本来は倍以上の値段らしいが、お祭り中という事で粘りに粘り、拝み倒してどうにか値切れたのである。

 今は部下に頼み、団御用達の運送屋に配送の手配をしてもらったところ。
 運送屋が絵を受け取りに来るのを待っている状況である。

「しっかし……あの絵が五千か、悪い気がすんなぁ……」

 なんとはなしに、ぼやく。

 値切る事に罪悪感はないが、流石に画商が買い取りたいと提示した額より二桁安く買ったのは問題な気がした。
 向こうが勝手に値段を付けたので気にする必要はないとは思うのだが、どうにも申し訳ない気がしてならない。
 そもそも、一昨日からずっと世話になりっぱなしなのだから。

「金追加すんのもなんか違う気がするしなー……」

 ぼやいていると、ふと視界の端に老人の姿が入った。
 顔の皺からして相当高齢なようだが、彼はそれを感じさせない程に背筋が伸び表情も若々しい。

「失礼じゃが、ケルヴィン・マクギネス殿でよろしいかの?」

「そうだが……あんたは?」

「ハロルド・ゲーリッツと申します。この町の責任者の一人です」

「……へえ、ゲーリッツ商会の創始者か。どうりで風格があるわけだ。
で、その大商人様が何の用だ?」

「町中の画廊に見せて回ったという絵を見せていただきたいと思いましてな。
無論、お嫌であれば仕方ありませんがのう」

「別に構わねえよ。ほれ」

 言いながら、ぞんざいに海人から買った絵を見せる。

 絵は昨日画廊で薦められた額縁に収めた事で、より見栄えが良くなっていた。
 額縁の値段は比較的安かったが、これが付いただけで倍美しくなったように見える。 

「ほほう……なるほど、これはなかなか良い絵じゃな。
しかしこの手の抜き方は……ふむ、早く仕上げる為かの。
とはいえ、それが不自然にならん程度に工夫もしとる……大したもんじゃのう」

「昨日さんざん聞かされたが、やっぱその絵すげえのか?」

「いや、これより良い絵自体はそれなりにありますがの。
これだけの技巧を用いて、ここまで絵の質に活かした物は珍しいのです。
全ての技巧が題材の可愛らしさを引き立てる、その為のみに使われております。
そしてもう一つ……山のように絵画を扱ってきたわしもこのタッチの絵を見た事が無いというのがありますな。
最近出てきた若手か、埋もれていた画家かは知りませんが……なんという方ですかな?」

「ああ、名前だったら確か……あれ?」

 名前を思い出そうとして、ケルヴィンが硬直する。
 遅まきながら、自分の失態に気付いた為に。

「どうなさいましたかの?」

「考えてみたら初対面から一回も名乗ってねえし名乗られてねえ!?
うわっちゃー……散々世話になったのに、何やってんだ俺は……」

 ガシガシと、頭を思いっきり掻き毟る。

 話の流れですっかり忘れていたが、ケルヴィンは一度も海人の名を聞いておらず、自らも名乗っていなかった。
 少々懐に痛い事もしてくれたが、それを差し引いても色々世話になった人間に対しかなりの非礼だ。
 腐れ縁の友人が耳にすれば、躾と称し鞭百叩きぐらいはやられかねない程の。

「あー、詳しい話は分かりませんが、御存じないと」

「そうなる。あ、でもルミナスは分かるか?」

「ええ。有名人ですし、少々縁がありましてな」

「これ描いたのはあいつが最近一緒にいる男なんだが……知ってるか?」

「……ひょっとして、白衣を着ている御方ですかの?」

 少し笑みを引き攣らせ、問い返す。
 
 聞くまでもなく、答えは分かっている。
 傭兵業界にその名を轟かす黒翼の魔女がこの町で共に歩く男は、唯一人。
 ハロルドにとって大恩人である、白衣の青年のみだ。 

「少なくとも、俺が見た時は着てたな」

「……本気で才能を腐らせとるんじゃのう、勿体無い。
いや、しかし今回は絵を売ってもらうだけで良いから、条件次第では……」

 嘆かわしそうに息を吐きつつ、頭を巡らせる。

 以前、海人は閑古鳥が鳴いていた屋台を三時間ほどで大繁盛店に変えた事がある。
 その商才を見込み、可能な限りの援助を条件として店を開いてみないかと持ちかけたのだが、にべもなく断られた。
 曰く、初対面の相手は反射的に警戒してしまうので疲れが酷く、商売には向かないと。

 ――――あまりにも勿体無い、そう思った。

 陳列の方法などに人を惹きつける秘密があったらしいが、それでもあの短時間で屋台を繁盛させるのは並大抵ではない。
 それに、遠目に見た限りでは接客自体も如才なく完璧にこなしていた。
 間違いなく、優れた商才がある。その才能を腐らせてしまうのは、あまりにも勿体無い。
 結局諦めはしたが、それからも常々惜しいと思っていたのだ。

 そして、今回の絵。
 正直、上手いには上手いが一流とまでは言えない。
 構図の取り方は卓越し惹きつけられるものがあるが、些か迫力が足りない。
 とはいえ磨けば光る物を感じるし、今のままでも伯爵級の貴族の家に飾るのでもなければ問題ない。
 この才を今まで表に出してこなかったというのなら、これもやはり惜しい。
 
 ――――だが、画才ならば手の打ちようはある。

 絵画の才能を発揮するなら、画商との接触だけで済ませられる。
 さらに言うとハロルド直々に出向けば、知り合いとの接触だけで終わらせる事も出来る。
 現役引退して尚忙しい身ではあるが、月に一度ぐらいなら時間を取れなくはない。
 彼に懐いている孫娘も一緒に連れて行けば家族サービスにもなる。

 上手くいくかどうか断定はできないが、交渉する価値は十分にあった。
 
 となると、現状で残る問題は唯一つ。
 海人が住んでいる場所は、ハロルドも知らないという点だけだ。 
  
(……ま、シェリス様のとこに聞けばどこに住んでいるか分かるじゃろう)

 そう結論を出すと、目の前でケルヴィンが手を振っていた。
 どうやら、しばらく考え込んでしまっていたらしい。

「おーい爺さん、生きてっかー?」

「おっと、これは失礼。お時間いただき、ありがとうございました。
では、失礼いたします」

 丁寧に絵を返し一礼すると、ハロルドは去って行った。
 その歩みは速く、老いを感じさせない程に颯爽としていた。

「しっかし……あんな大物とも繋がりあんのか。大した兄ちゃんだなぁ、まったく」

 感心したように頷くと、ケルヴィンは再びベンチに寄りかかった。 















 三時を過ぎた頃、海人の屋敷の中庭では遅めの昼食が始まっていた。 
 
 彼らの中央には大きな寸胴と釜があり、寸胴では食欲をそそる香りを立てた茶色の物が湯気を放ち、
釜では容量目いっぱいに炊かれた真っ白な米が眩いばかりに輝いている。
 その脇に申し訳程度に添えられた漬物や味噌汁、その他の野菜料理もなかなか美味そうだ。
 それらを、各自勝手に己の器に盛っていく。

 そして食事が始まった直後――――ゲイツが驚愕の雄叫びを上げた。

「う、うめぇぇぇぇっ!? 何だこれ!? 美味すぎるぞ!?」

 がつがつと豪快に丼の中身をかっ込む。

 米の味単独でも、充分に美味い。
 噛むほどに穏やかな甘味が広がり、いつまでも噛んでいられそうな魅力がある。
 茶色の具材も、やはりそれだけ食べて充分に美味い。
 牛肉と玉ねぎを醤油が入っていると思しきソースで煮込んだそれは少し塩気が強いが、
それぞれの素材の味が混然となって実に美味い。

 が、その二つを組み合わせた時は、もはや筆舌し難い美味だ。

 米の甘味と茶色い料理の旨味が混然と混ざり合い、恐ろしく魅惑的な美味を生み出してしまう。
 噛めば噛むほど様々な味が楽しめるのだが、少し気を抜くと碌に噛まず一気にかきこみそうになる。
 洗練された、というのとは対極にある味だが――――それがどうした、と我を忘れて食べてしまう。

 おまけのように添えてある漬物が、また美味い。
 メインだけでは食べている内に重たくなってくるが、時折これを齧ると口の中がさっぱりして再び楽しめる。
 これを繰り返すと、本気で食べても食べても食べ足りなくなってしまう。 

 無我夢中で料理を貪っているゲイツに、海人が淡々と言葉をかける。

「牛丼という料理だ。あと、箸に慣れてないならフォークを使った方が食べやすいぞ」

 海人は、少し気遣わしげに言葉をかけた。

 周囲に倣ってゲイツも箸を使っているのだが、持ち方が違う。
 二本の箸を逆手で強引に一本にするかのように纏め、それで料理を口に放り込んでいる。
 明らかに、フォークで食べた方が楽なはずだった。

 ゲイツは海人の言葉に数瞬手を止め考えていたが、

「気遣いはありがてえんだが……こう全員普通に使ってる中で一人だけフォークってのは負けた気がするから嫌だ」

 持ち方を周囲と同じように変え、フォークは手に取らなかった。

 慣れていない為か、箸で食べ物を掴むのではなく箸の上に乗せた食べ物が落ちる前に口に放り込む事が多いが、
使いこなそうと努力しているようではあった。
 努力の甲斐あってか次第に上手くなり、徐々に物を掴めるようになっていく。

 そして、食事が終わる直前には、時間を掛けつつも米粒を一箇所に集め、その上に具材を乗せられるようになっていた。
 そして時間を掛けて綺麗に整えた最後の一口を、おもむろに呑みこむ。 

「……いやー、美味かった! マジで食べてる手が止まらなかったなぁ。
ってか、この米の上に乗っける料理誰が作ったんだ? ルミナスの味付けじゃなさそうだが」

「拙者です。もっとも、作り方は海人殿に習ったそのままですが」

 少し誇らしげに、刹那が手を上げる。
 
 刹那は、元々料理が破滅的に駄目だった。
 扱う調味料の数が二種を超えると不味さで人を殺せる料理が出来上がり、
野外で独自の工夫を凝らそうとすれば猛毒入り食材が混ざるという駄目っぷり。
 その恐ろしさたるや、七歳にして母が教えるのを諦めた程だ。

 その自分が、人に美味いと言ってもらえる料理を作れるようになった。
 感慨深いを通り越し、もはや感涙ものである。
 一応最近は海人達からも高評価を貰っているが、普段顔を合わせないゲイツに高評価を貰ったのは、なんとも嬉しかった。

「へえ~、カイトから……あ、そういやこないだスカーレットがカイトになんかすげえ美味い料理食わされたって言ってたな。
これ、お前が作ったらもっと美味かったりすんのか?」

 様子を窺うように、海人に視線を向ける。

 少し前の話だが、ゲイツは婚約者から海人の料理について聞かされた。
 おそろしく美味く食べ始めた手が止まらなかったが、いくらやっても再現が出来ないと。
 
 この料理も十分過ぎる程美味いが、味の構成は比較的単純なので一流のプロである彼女が再現出来ないとは思えない。
 そして、ゲイツは婚約者からこれより美味い物を沢山御馳走になっている。
 語弊はあるが、彼女がこの程度の味の料理にそこまで拘泥するとも思えなかった。

「これについては変わらんよ。ついでに言えば、スカーレット女士が言ってるのはカレーの事だろう。
彼女が私の料理を食べたとすれば、それしかない」

「へえ~……金稼げて絵も描けて料理も出来る……つくづく万能だなぁ、お前」

「なに、多少芸が多いだけの事だ。ところで、そろそろ帰らんとまずいんじゃないか?」

 懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 まだ夕刻前だが、ここからカナールまで帰るにはそれなりに時間がかかる。
 安全な帰り道の為には、そろそろ帰らねばならない時間帯だった。

「っと、そうだな。いいかげん帰らねえと町に着く前に日が暮れちまう」

 ゲイツも自らの懐中時計で時間を確認し、席を立った。

 まだ多少余裕はあるが、道中で魔物と鉢合わせない保証もない。
 日暮れ前なら遭遇率が下がるというだけで、遭遇しないわけではないのだ。

 一応食器だけは片付けようとするゲイツだったが、直後ルミナスが止めた。
 時間の余裕はあった方が良い、と。

 それに礼を言ってゲイツが飛翔魔法を使おうとしたその時、ふと何かを思い出したような顔になった。

「ああ、忘れるとこだった。昨日ギルドで聞いたんだが……プチドラゴンがフォレスティアの森近くで目撃されたって話がある。
もし遭遇してもお前らなら問題ねえとは思うが、しばらく警戒しとけ。んじゃ、また今度な」

 最後に忠告を残し、ゲイツは屋敷の外へと飛んで行った。
 少し遅れて聞こえてきた疾駆音を耳にしながら、ルミナスが難しい顔で呟く。

「……プチドラゴン、か。昨日見たの、それかしらね」

 プチドラゴンは名前こそ可愛らしいが、れっきとした上位の魔物だ。

 サイズこそ下位ドラゴン程度だが、銀色の鱗が誇る強度は中位ドラゴン級、
吐くブレスも範囲こそ狭いが熱量は上位ドラゴン級と言われ、筋力もずば抜けている。
 これだけでも恐ろしいが、かの魔物の真価はその敏捷性。
 中位の魔物最速を誇るノーブルウルフを、速度で攪乱して仕留めてしまう程に動きが速い。

 あまり考えたくはないが、昨日見たのがプチドラゴンであったなら視線を振り切られたのも頷ける。
  
「ゲイツさんの口ぶりではまだ討伐依頼が出ていないようですし、断定は早いと思いますわ」

「ってか、そうだとしてもあたしらの所に来たらあの世行きでしょ」

 雫が軽い口調で、断言する。

 プチドラゴンの恐ろしさが分からないわけではない。 
 攻防速全てに秀で、凶悪なブレスまで吐く魔物。
 直接遭遇した事はないが、話を聞いた限りでも恐ろしいという事は分かる。

 が、生憎この場に集うのは類稀な超人ばかり。

 特に刹那と雫は海人製の補助魔法により、機動性が世界最速と言われるカイザーウルフを超える。
 更に中位ドラゴンの首なら花を摘む程度の感覚で落とせる攻撃力を素で持ち合わせ、
海人製の防御魔法を使えばブレスも爪も微風に等しい。
 そしてルミナスとシリルも、海人製の魔法という絶対的な差がなければ刹那達と同格以上の実力者。
 海人はこの場で最弱だが、それでもサポート役としては破格の能力を持つ。

 この五人が揃っていて負けるなど、上位ドラゴン相手でもありえない。 
 
「付け加えるなら、いるかどうかも分からない魔物に頭を悩ませるのは時間の無駄だな。
本当にいるなら近々冒険者ギルドに討伐依頼が出るだろうし、考えるのはその後でも良いだろう」 

「……それもそうね。じゃ、片付け終わったらディルステインでもやりましょっか」

 海人の言葉に苦笑を返し、ルミナスは気分を切り替えた。
 なんとなく引っかかる物を、意識的に切り捨てて。
 



 






































 カナールの一角で、二人の男が何やら話し込んでいた。

 一人は、逞しい体つきの巨漢。
 これといって重武装しているわけではないのだが、その体躯が物々しさを醸し出している。
 顔つきも体と同様武骨で、いかめしそうな表情が張り付いていた。

 対するは、昨日海人達をしばし観察していた青年。
 細身ではあるが鍛え抜かれたその体は、相手と面白い程に対照的だ。

 やがて話が終わり、巨漢が静かに去って行った。

(……さてさて、これでとりあえず当分待つしかなくなった、と)

 近場の屋台でソーセージを買いながら、青年はそんな事を思う。

 今の男とのやり取りで、当面できる仕事は終わったと言っていい。
 肝心な工程はまだ多く残っているが、今準備しなければならない事は大概終わった。
 残る作業は今からは準備出来ない事や、用意のしようがない事ばかり。
 
 数日中に来るであろうあの青年からの連絡を待つ他、当面やる事はない。
 ゆえに、他の事に手を出す余裕もある。

(さて、あの白衣の男について調べてくかな……まあ、あんまり期待はできないだろうけど)

 心の中でぼやきつつ青年は町を歩き始めた。

 屋台での買い物する時や、服屋で品定めをする際など、
さりげなく世間話に混ぜて探っている事がバレぬよう情報を集めていく。
 あくまでも一般人が軽いノリで聞いて回っている風情。
 それを崩さぬよう細心の注意を払いながら、聞き回る。 
  
 が、予想通り今まで集めた情報以上の内容は出て来ない。
 表情を見る限り、あの青年について深い事を知っていながら隠している者も誰一人いなかった。
  
(ん~……住まいも分からないし、今度町に来た時尾行するしかないかなぁ。
でも、こないだの結果からして成果が得られるかは疑わしい。
その上次に来るのがいつか分からないから、最悪その前に仕事終わって僕が帰国ってのもありえる……)

 憂鬱そうに、溜息を吐く。

 個人的に色々と興味深い調査対象ではあるが、それはあくまでもついでの仕事。
 メインの仕事が終わったら、彼は帰国しなければならない。
 そうしないと、どやされる程度では済まない。
 
 とはいえ、ただ諦めるのは惜しい。
 
(……何人かえらい僻んでるのがいたから、そっちを煽動してみるかな?
数が揃えばやれると思い込みそうだったし……いや、彼を引き摺り出す前に皆殺しになるだけか)

 分かりきった未来予想図に、溜息を吐く。

 あの白衣の青年が名無しの英雄か調べるには、やはり戦闘能力の確認が必要だ。
 それには実際戦うところを見るのが、一番手っ取り早い。

 だが、それは極めて難しい。

 周囲の女性の力量が、あまりにも卓越しすぎているのだ。
 チンピラ二十や三十集めてけしかけたところで、十秒かからず皆殺しだろう。
 仮に全員気絶に止めたとしても、一分はかからないはずだ。
 わざわざあの貧弱そうな青年が手助けする意味がなく、動かない可能性の方が高い。
 
 かといって別行動の隙を狙おうにも、最大で三人離れるのが限度だろう。
 確実に一人は残り、そして一人いればチンピラを片付けるのに三分はかからないはずだ。
 この場合も、やはり青年が動くとは思えない。

(いっそ覆面でもして僕が動――――!?) 

 思考の途中で、不意に背筋が凍った。

 考えた事を実行した時のシミュレーションをしていたら、唐突に悪寒が襲ってきた。
 家まで尾行しようと考えた時の、数百倍は嫌な予感が。

 それを押し殺して続けようとするが――――何故か、自分が生きている未来が思い浮かばない。

 全身から血を流して彼らを見上げている自分の視界が、強烈な現実感を伴って目に見える。
 手強い相手だとは分かっているので、方法を何パターンも考えるが、自分が無惨に地に伏す未来しか浮かばない。
 一撃放って即座に逃げる場合を考えても、やはり自らの死の光景しか映らない。
 まるで手を出した瞬間、絶対の死が待ち受けているかのように。

(……て、手を出すのは絶対にやめておこう。
あくまでも情報収集主体で、じっくり、失敗しても構わないぐらいの心持ちで頑張ろう。うん、それがいい)

 ぷるぷると震えながら、結論を出す。

 これほどの嫌な予感を感じたのは、過去に一度だけ。
 機嫌が傾いている幼馴染に組手の相手をしろと言われた時のみだ。

 その時は適当な口実を付けて逃げたが、その数分後別の幼馴染が計三枚の分厚い壁を貫いて建物の外まで吹っ飛ばされた。
 どちらかと言えば守りを得意とする彼が両腕と肋骨を骨折したそうなので、攻撃偏重の自分であれば死んでいたはずだ。 
 
(はあ……でも、羨ましいね。僕なんか、周囲の女に何回殺されかかったか……)

 己と白衣の青年の立場を比べ、嘆息する。

 自分は、五歳の頃から妻に束縛され続けてきた。
 初めて婚約者として顔を合わせた時以来、ずっとだ。
 将来の為に、と顔を合わせるたび延々組手をやらされ、その度ボコボコにされた。
 成長すると独自の訓練メニューまで組み立てられ、それを強引にやらされた。
 おかげで強くなったが、臨死体験の回数は覚えている限りで百を超えている。  

 そして、幼馴染に殺されかけた回数も同様に百を越えている。
 危険なのは数いる中で一人だけなのだが、その一人の気紛れ一つで何度も死にかかった。
 妻は間違いなく美人だし、幼馴染も一応魅力的だが、彼女らとの関係に付随する危険は常軌を逸している。
 正直、今生きているのは全ての運をその為に消費しているからではないかと思う程に。

 それに比べて、あの青年の恵まれよう。
 美女・美少女四人と一緒にいるだけでも羨ましいというのに、彼は彼女らに護られてもいる。   
 自分は散々周囲から命を懸けた鍛錬を強要されたのに対し、彼はあんな貧弱な体と身のこなしが許されているのだ。
 羨ましさのあまり、涙が零れそうである。

 あまりにも不公平な神を呪いながら、青年は近くの屋台でソーセージを買った。
 虚しい気分の時は美味い物で気分転換するのが一番だと考えて。

 が、彼はとことんついていなかった。

「うわっちぃっ!?」

 齧りついたソーセージから飛び出した肉汁の熱さに思わず叫び、涙を浮かべる。

 しかし、青年は口の中で暴れ回る灼熱の物体を吐き出さなかった。

 火傷した口内に思いっきり痛みが走るが、それを無視して強引に飲みこむ。
 不味い物なら吐きだせるが、美味い物を吐き出すのは信条に反する。
 幼い頃から強くなる為にと食わされてきた妻の特製強壮料理の味を知る身からすれば、
これほど美味い物を痛いからと言って吐き出すなど、とても出来ない。

 青年は気合と根性で残りのソーセージも平らげると、やり遂げたような顔で近くのゴミ箱に木串を捨てた。  

「……この町、どの料理も美味しいよねぇ……ああ、うちの国でもこんだけ良い店が多ければなぁ……」

 思わず口に出し、ぼやく。

 青年の母国の料理が不味いわけではない。
 町に出ればそこそこに美味い店はあるので、平均点は高いはずだ。
 
 が――――この町の店のレベルは、明らかにそれを大きく超えている。

 お祭りの屋台なのだから多少味が悪くても許されそうなものだが、
今まで彼が食べた屋台はどれも思わず唸る程に美味かった。
 固定店舗に入っても、値段が安いのに味は良く量もたっぷり。
 この町にいる間、食べ物を食べて外れた試しがなかった。

 正直、許されるのであればこの町に住みたいぐらいであった。

(ま、無理なんだけどね……あー、不自由なこの身が恨めしい)

 トボトボと肩を落としながら、青年は町の中に消えて行った。

   


 
 
 




  





 ティファーナは、あてがわれた部屋の一室で不貞腐れていた。

 部屋に不満があるわけではない。
 少々華美すぎて好みではないが、他国の女王を歓待する部屋としては満点だ。  
 部屋には埃一つなく、最高級の調度品はどれも曇り一つなく磨き上げられている。
 
 食事にも、これといった不満があるわけではない。
 上品すぎるきらいはあるが、それでも最高の材料を腕の立つ料理人が魂を込めて作っている。
 単純に好みではないだけで、食べた瞬間は感心もさせられる。

 では何が不満かというと、

「退屈じゃなぁ……」

 万感の思いを込めて、ぼやく。

 やる事が無いわけではないのだが、国王との会談を除けば大半が日常の延長線。
 刺激も何もなく、ただ流れ作業のように淡々とこなすだけだ。
 国王との会談はそこそこ楽しめるが、元々腹の探り合いのような事自体好みではない。 

 そんな事を思っていると、部屋にノックの音が響いた。

「入れ」

「御機嫌いかがでしょうか、陛下」

「何じゃローラか。退屈で死にそうじゃ」

 入ってきた絶世の美女に、身も蓋もない言葉をぶつける。
 そのまま流れるように視線を壁際にあるティーセットへ向けた。

 ローラはそれを受けると、ゆっくりと壁際へ歩み寄っていく。

「もうしばらくは、我慢していただく他ないかと」

 淡々と答えながら、ローラは紅茶を淹れ始めた。

 彼女は一国の女王を相手に臆す事も無く、普段通り粛々と動いていく。
 カップに注ぐ時間まで計算に入れ、極上の茶葉の味と香りを極限まで引き出し、
食器がこすれる音さえも立てずにセットし、ティファーナの元へ運ぶ。

「ふむ、美味いのう……これで余の退屈をお主が紛らわせてくれれば最高なのじゃが?」

 紅茶を啜りながら、ローラへと視線を向ける。
 その表情には挑発めいた色が浮かび、何かを期待しているようであった。
 
「謹んで辞退させていただきます。それと、御届け物があります。本国からのようですが」

 ティファーナの発言を受け流し、ローラは懐に入れていた便箋を取り出した。

「ほう? どれど――!?」

 手紙に目を通した途端、ティファーナの表情が強張った。
 その硬直はほんの一瞬で解けたが、彼女はそのまま頭を抱えてしまう。
 まるで、頭痛を堪えるかのように。

 数瞬後、ティファーナはゆっくりとローラに問いかけた。

「のう、ローラ……今向こうには誰を派遣しておる?」

「ソニア、メイベル、カーナ、それにコグラスト三姉妹を」

「……ならば、万一もありえぬな。とはいえ、些か戦力多すぎではないかの?」

 半眼で、ローラを睨み据える。

 今ローラが名を挙げた人物は、どれも卓越した武人。
 一人いれば最低二百の兵を単独で殲滅可能な猛者達である。 
 彼女らに任せたであろう仕事を考えれば、あまりに過剰戦力だ。

 嬉しい誤算ではあるが、何か企んでいそうな人選でもあった。
 
「主は心配性でして。不測の事態が起こっても力尽くで打破できる戦力を、と。
幸い、こちらについては多少人員が少なくとも問題ありませんので」

「……なるほど、良い配慮じゃの。それに比べてあのアホは……読んでみよ」

 読み終えた手紙を、静かに差し出す。
 ローラはそれを丁寧に受け取って目を通し――――小さく息を吐いた。

「本当に、アホという他ありませんね」
 
 ローラの表情には、珍しく分かりやすい感情の色が浮かんでいる。 
 呆れ、という明白な感情が。

「全く同感じゃ……まあ、余としてはありがたいがな。帰ってからの楽しみが出来たからのう」

 低く、そして楽しそうに笑う。
 その表情には、さながら飢えた獣の如き凶暴性が滲み出ている。
 獰猛な魔物も、今の彼女を目にすれば一目散に逃げ出すだろう。 

「今回やる事は楽しみになりませんか?」

「なってほしいものじゃが、無理なんじゃろう?」

 つまらなそうに、唇を尖らせる。
 既に三十路突入している女性らしからぬ仕草だが、妙に似合っていた。

「なるぐらいであれば、そもそもこんな事になっていないかと。
主は能力さえ高ければ活用しようとされますので」

「じゃろうな。それで、今後の予定はどうなっておるのじゃ?」

「あと二日程城に滞在していただき、ゆったりと国内視察しつつ帰国していただく事になります」

「なるほど。まあ、今の状況から解放されれば丁度良い骨休めじゃ。
国内の視察は悠々と楽しませてもらおう」

 最高の紅茶を飲み干しながら、ティファーナは不敵に笑った。 

 




 

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント
更新ありがとうございます
いや、本当に、心は表題そのものなんですがね。
今回の更新が伏線だけって、蛇の生殺し・・・・・・・・・・
いえ、すいません、どうも私はストーリーの進み具合ばかりを気にしすぎです。
苦手ですけど、諜報員のお兄さんの奥さんが誰なのかを詮索して、次回更新を楽しみにします。
[2012/10/14 23:36] URL | hatch #QGsADGPw [ 編集 ]


 本気で才能の塊ですねw さすがに本職の一流どころには及ばずとも50万ルン程度の価格をつけられる絵を手早く描けるというのはとんでもないですね。
 きっとフェルメールとかドラクロワとかそんなのと比べて大したことないと思ってるんでしょうね。
 でも後々、仔猫の絵の価値をルミナスが知ったらまた嫉妬しそうですねw
[2012/10/14 23:47] URL | 法皇の緑 #USanPCEI [ 編集 ]

更新お疲れ様でした
いやはや・・・次回が気になってしょうがないです

覗き見兄さん・・・かわいそうです・・・
どんだけ女運というか・・・無いんですか?ww

カイトが適当に書いて50万・・・。本気で書いたらいくらになるんだ!!もうカイトって体の貧弱さ以外に非の打ちどころがなさすぎる・・・

ほんとに今回はお疲れ様でした!――――――以上

[2012/10/15 00:10] URL | yubell63 #- [ 編集 ]

誤字報告
 更新お疲れ様です。
 最新話、「白衣の英雄67」にて1ヶ所誤字を見つけましたのでご報告いたします。


**** 誤字 ****
> 適度に感覚を開けてはいるが、その決め方にはあまり遠慮がなかった。
[感覚]
< 適度に間隔を開けてはいるが、その決め方にはあまり遠慮がなかった。


 頑張れ。負けるな。諜報員! 君の明日はどっちだ!?
 ますますのご活躍を願っております。
[2012/10/15 00:10] URL | MH.GrePon #bYmzQGbM [ 編集 ]


更新お疲れさまです
カイトと絵で思いだしたんですがどっかの動画に渦をグルグル描いて一筆描きで人物画をつくるのを思いだしました。
たまに出るカイトの超絶技巧なら楽勝でしょうが周りのリアクションが見てみたいものです。

謎の青年が十三階段を登る映像が脳裏をよぎってしまった。
あと何段かは知らないですが冥福を祈ります。
[2012/10/15 10:50] URL | 煉恋々 #h2YGRmSs [ 編集 ]


波乱の予感…!

更新乙です。

にしても、改めてわかるカイトの誘蛾灯の如き美女ホイホイ
どーせこの女王とも懇意になるんだろ?と思ったのは私だけじゃないはず(^_^;)

そして、大きな影がチラチラと…
今後の展開に期待してます!
[2012/10/15 18:52] URL | vec #adGPv4JA [ 編集 ]


 ルミナスとシリルに海人製の魔法を教えていないようなのは、以前に危惧したように国の敵側に雇われた時のことを考えてのことなんでしょうね、やっぱり…………。
 実際問題としてないとは言えない危惧ですからねぇ。
 さすがにそれを考えると教えられないし、ルミナスたちも教えてくれとは言い難いということなんでしょうね。
[2012/10/16 18:30] URL | 法皇の緑 #USanPCEI [ 編集 ]


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