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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄10
 シェリスの屋敷の使用人の寮内の一室。
 突如仕掛けられた敵襲と主の命を急いで知らせるため、ハンナはそこのドアを蹴破った。
 
「シャロン敵襲よ! いつまでへたれてるの!?」

「敵襲……?」

 ピクリ、とシャロンの耳が動いた。

「そうよ! 配備陣形十三番!」

「十三番……皆殺し?」

「ええ、そうよ! どんだけやばい状況になってるか分かるでしょ!?」

 焦りを隠せない表情のまま、ハンナは持ってきたシャロンの武器を投げ渡す。
 青褪めている顔を両膝に埋めながらも、シャロンは右手でそれを見事に受け取った。
 ――この場において、何が問題だったのか。

 一昨日見た地獄絵図をシャロンが記憶から欠片も消し去れていなかった事か。
 シェリスが使用人たちにとって厳しくも優しい、良き主であったがゆえか。
 はたまた弛まぬ訓練によって、異常な精神状態においても緊急の命令には反応できてしまった事か。

 答えは全て。強いて言うならば――――何よりも運が悪かった。

 いずれにせよ、様々な要素が瞬時にシャロンの頭を駆け巡り、平時ならありえない化学反応を起こした。

 そして、屋敷内でもっとも温和な女性は前代未聞の変貌を遂げた。

「……そうね。捕われてあんな目にあうぐらいなら、殺してあげた方がいいわよね……シェリス様、お優しい」

 柔和な笑みを浮かべ、シャロンは愛用のハルバードをしっかりと握り締めて立ち上がった。
 が、その表情にはなぜか現世に降り立った死神の如き不吉な陰があった。

「シャ、シャロン?」

 やたらと禍々しさを漂わせている同僚の様子に、ハンナは戸惑った。

 が、次の瞬間何かに気付いた彼女の顔が引き締まった。

 直後、窓ガラスを蹴破りながら、数人の男が部屋に侵入してきた。

「その命貰い受け……?」

 部屋に降り立った瞬間、男の一人が当惑した声を上げた。
 彼は最初に、近くで重い物が落ちる音を聞いた。
 次にどういうわけか視界が逆さまになっている事に気づく。
 最後に仲間の悲鳴を聞きながら――彼の意識は消失した。

「ああ、折角苦しまないようにしてあげようと思ったのに、動かれて一人手元が狂ってしまったわ」

 瞬く間に侵入者の命を刈り取った女性は、心の底から痛ましそうに呟いた。
 表情だけなら聖女のようにも見えるのだが、派手に返り血を被ったメイド服と血が滴っているハルバードが
その印象を完全に否定していた。

「あ、あの~、シャロン?」

「そうね、次からは頭を狙いましょう。それなら一瞬だから苦しむ暇もないわよね」

 そう呟きながら、シャロンは一番近い戦場へと向かった。





 




 屋敷の主は敵のリーダーである鉄皮族の男と相対していた。
 お互いに数名の部下を従え、攻撃の機を窺っている。

「……よもやエルガルドが私一人のためにここまでやるとは思っていませんでしたよ」

「己を過小評価しすぎだな。貴様一人殺せばこの国はたちまち防衛機能を失う。
かかる費用は莫大であっても、それと引き換えならばたっぷりと釣りが出る」

「こういう事が無いように、この屋敷では客のボディチェックを行っていなかったんですけどね」

 シェリスは敵を油断無く観察しながら嘆息した。
 本来、屋敷のボディチェックが無しとなれば、彼女を殺そうとする相手が物量任せの力押しを選ぶ事はまずない。
 それなら客として腕利きを送り込む方が、金も手間もかからないし、失敗しても個人の暴走で押し通す事が出来る。
 そしてシェリスとその護衛たちの高い実力があれば、ほとんどの暗殺者はどうにでも料理できる。
 ゆえに、この方法は非常に効果的であった。事実、今まで誰一人としてシェリスはもちろん、護衛に傷を負わせた人間もいなかったのだ。

「今まで幾度と無く暗殺を試みたが、全て阻まれていたからな。
それで一年ほど前から少しづつ金塊の形で資金を持ち込み、力押しが可能な戦力を整えたのだ。
今までにない戦力を集め、最大戦力たるローラ・クリスティアのいない時期を狙って確実を期した」

「なるほどなるほど。たしかにローラがいなければ屋敷の防衛機能は落ちますからね。
ですが……」

 シェリスの周囲に数多の光球が出現する。光球は現れると同時に敵へと襲い掛かる。
 それに合わせて護衛たちも弾かれたように狼藉者へと武器を振りかざした。
 武器同士がぶつかる金属音が鳴り響き、回避された光球が美しい部屋を破壊していく。

 が、不意を打ったにもかかわらず、見事に攻撃を防ぎきられた。
 一つ一つの光球の大きさ、出現した数、狙いの精度、全てが文句のつけようの無い魔法、
それに合わせた息の合った連携、並の戦士達ならば全滅していたであろう攻撃を。
 
 敵ながら見事な反応にシェリスの護衛たちの表情の鋭さが増す。

「ふ、この程度……!?」

 完全に凌ぎきった鉄皮族の男が不敵に笑おうとした瞬間、第二波が襲い掛かった。
 今度は完全には回避しきれず、いくつかの球が肩などを掠めた。
 僅かに動揺した隙を狙ってシェリスの護衛が再び襲い掛かるが、再び防がれる。

 が、攻撃はそれだけではやまず、第三波、第四波と立て続けに男達に襲い掛かる。
 それでも防ぎ続けるが、次第に反応しきれなくなり、ついには一人倒れ伏し、息絶えた。

「何がこの程度、なんでしょうか?」

 苦々しげな顔をしている鉄皮族の男に、シェリスは涼しい顔で訊ねる。
 
 ――それを合図に激戦が始まった。 








 一方、屋敷の庭でも激戦が繰り広げられていた。
 強力な魔法が飛び交い、剣戟の音が絶えることなく屋敷中に鳴り響き、美しかった屋敷は見るも無惨な変貌を遂げている。
 あちらこちらに豪奢な武具を身に着けた死骸が散乱し、エプロンドレスを纏った女性達がところどころ倒れていた。
 屋敷の使用人たちにはいまだ死人は出ていないが、重傷者は数多く、止めを刺されていないだけの者が多い。
 前庭が一番凄惨な状態で、豪奢な鎧ごと両断された死体や、傷口から大量の血を流して力なく横たわるメイドで溢れかえっていた。
 そんな死屍累々とした庭の中心では、オレルスが敵と対峙していた。

「まったく、洒落にならない装備品ですな。使い手は三流ですが」

「好きなだけほざけ。要は勝てればいいんだよ」

「たしかにそうですな。ですが、武具の性能だけで勝てると思わぬことです!」

 気合と共に放たれた剛剣はまさに達人の一閃。
 しかし、敵も彼には劣るが相応の武人。剣を受け止める事は出来ずとも、かろうじて己の剣の腹に当てて威力を減らす。
 威力を殺された一撃は頑丈な鎧に大きな傷をつけるも、中の肉体までは到達しない。
 その隙を逃さず、敵の剣が下から切り上げるように襲い掛かる。

「ちいっ、並の鎧であれば鎧ごと切れたものを……!」

 相手の反撃を剣で受け流しつつ、後ろに飛んで間合いを取る。
 先程からこの調子で、彼の攻撃は全て鎧に傷をつけるだけに止まってしまっている。
 それでも彼はめげる事なく相手を見据えながら次の一手を考えようとしていた。

 ――その瞬間、屋敷の一角が轟音と共にどこからか飛来した巨大な火球に吹き飛ばされた。

「なっ!?」

 慌てて振り返ると、オレルスの頭上高くを黒い影が高速で横切り、風穴が開いた屋敷の中に突っ込むのが見えた。
 よくよく見れば、影が突っ込んでいった部屋は現在屋敷の主がいる場所だった。

「シェリス様!」

 オレルスはすぐさま後を追おうとするが、それは同時に敵に背中を見せるという事でもある。
 背後から下位魔法の火球が襲い掛かり、彼の背中に命中する。
 威力が宝石で増幅されていても、所詮は下位魔法。
 肉体強化をしている彼にはさしたるダメージにはならない。
 しかし、体勢を崩すには十分な衝撃だった。

「死ねぃっ!」

 隙を逃さず、男は痺れた腕で剣を上段に振りかぶる。
 その刃はオレルスの頭部を叩き割って余りある速度と威力があった。
 自分の失策を呪い、ここまでかと彼が覚悟を決めかけた瞬間、

「さようなら」

 背後から振るわれたハルバードが男の頭を兜ごと豪快に叩き割った。
 その直後に頭部を失った肉体が薙ぎ払われて10m近く吹き飛び、彼の仲間に衝突する。
 それによって体勢を崩された女戦士は、直後に振るわれたメイドの斧に首を飛ばされた。

「ふふ……うふふふふふふふふふふふふ。ああ、彼はなんて幸せなんでしょう。
狼藉者の分際でこんな簡単に死ねるなんて」

 そしてその剛槍を振るった女性は、低く陰鬱な笑い声を上げながら、己の武器を軽く振って付着した血を払い落とす。
 地獄のそこから響いてきそうな笑い声とは裏腹に、彼女の表情は慈愛溢れる笑顔。
 あまりに矛盾した表情と声に、彼女の背後にいる同僚がガタガタと震えている。

「シャ、シャロン? 大丈夫なのですか?」

 あまりに異常なシャロンの姿に、オレルスは先程の黒い影を追うことも失念し、恐る恐る問いかける。

「何がですか? ああ、狼藉者相手にこれほどの慈悲をかけた事を心配なさってるんですね?
大丈夫ですよ。
苦しめずに死なせる以上の慈悲はかけませんから……うふふふふ……あははははははは!!!」

 高らかに哄笑しながらシャロンは自身の同僚にとどめを刺そうとしていた男に襲いかかった。
 どう考えても精神に異常をきたしているとしか思えない女性の襲撃に、男は振り下ろそうとしていた剣の矛先を変える。
 が、シャロンはそれに構うことなく全力を用いて防具ごと相手の体を唐竹割りにしてしまう。
 見るも無惨な死骸へと変わり果てた敵に一瞥もくれることなく、彼女は次の敵に襲い掛かる。
 死ぬ寸前の敵の剣で腹部を少し斬られ、鮮血が流れているのだが、それを気に留める様子もない。
 今の彼女はまさに殺戮マシーンと化していた。

「ハ、ハンナ! 彼女に何が起きたのですか!?」

「こっちが聞きたいですよ! どこをどうすればシャロンがあそこまで変貌するんですか!?」

 詰め寄るオレルスに、ハンナは恐慌を起こしながら怒鳴り返す。
 普段のシャロンは大人しい性格でこそないが、敵といえども命を奪うことは好まず、主の命が下されない限りはまずやらない。
 そして命が下された時も、実力が拮抗して余裕が無い時も、命を奪った後は心苦しそうな表情になる。
 それが、

「あはははは! 死ねる事の喜びを噛締めなさい!!」

 防御を顧みず敵を攻撃し、敵と己の鮮血でメイド服を汚しながらもハルバードを振るう手が止まらない。
 狂気の哄笑を上げながら、まるで聖母のような慈愛に満ちた表情で敵を蹂躙していく。
 流石に敵を次々に薙ぎ殺していくほどの芸当は出来ていないが、近寄る敵は全て問答無用で薙ぎ飛ばされている。
 声と表情のギャップ、防御ごと敵を吹き飛ばす攻撃力、留まる事なき攻撃速度、それら全てが敵に凄まじい恐怖を与えていた。
 非常に頼もしいのだが、敵の恐怖を煽るついでに味方の恐怖まで煽っていた。

「ほ、本当に何があったというのですかっ!?」

「だから分からないんですってば!」

「心当たりぐらいは……!? 危ないっ!」

 オレルスはいつのまにかハンナの背後に忍び寄っていた男に気付き、叫ぶ。
 振り下ろされる斧を遮ろうと剣を突き出すが、不安定な体勢で力が足りない。
 剣ごとハンナの頭が叩き割られようとした時――――横から飛んできた矢が男の頭を兜ごと打ち砕いた。
 そのまま男の体は地面に強かに叩きつけられる。

「シリル様!」

「話は後に。それと先程屋敷に突っ込んだのはお姉さまです。シェリスさんは任せられますわ」

「そうだったのですか!? どうやら運が向いてきたようですな……!」

「そうかもしれませんわね。ただし、一つ忠告を――」

 言葉の途中で、五人の戦士がシリルに斬りかかってきた。
 それらの猛攻を彼女は突き、蹴り、投げ、多様な体術で遠くに弾き飛ばしつつ、

「――私の邪魔だけはなさらないように」

 オレルスの背筋を凍らせるような声と共に、十本の矢を放った。
 その矢は敵の防具を易々と貫き、魔力で強化された鍛え抜かれた肉体をも貫く。
 半数の矢は襲い掛かってきた五人に、残りの半数は使用人と戦っていた五人に――――等しく死を与えた。
 かけられた声の冷たさと、あまりに圧倒的な強さに老執事が硬直していると、

「正直、その場合は命の保証が出来かねますわ」

 可愛らしい顔に似合わぬ残忍で獰猛な笑みを浮かべ、シリルは再び矢を番えた。




























「……まったく、鉄皮族は厄介ですね。強引にここまで押し込めるなんて」

 苦々しげに舌打ちする。
 威力は低いが数が多い魔法で、敵のバランスを崩しつつ、崩れた瞬間に集中砲火という戦法を取っていたが、ある程度数が減ったあたりで、鉄皮族の男が味方を己の頑丈さに任せて庇い始めた。
 
 こうなると、部下との連携をしているとはいえ装備の差もあって状況が不利になってしまう。
 いまや立っている部下は一人もおらず、唯一立っているシェリスも部下に庇われたおかげで立っているという状況。
 
 率直に言って絶体絶命であった。

「ふん、いい加減諦めてはどうだ? この屋敷の人間は貴様を助けに来る余裕はないぞ」

 ハルバードに付着した血を軽く振り落としながら間合いを詰めていく。
 予想以上に強い相手ではあったが、向こうは一人しか残っておらず、こちらは五人残っている。
 その上装備の差が著しい。質自体は同等だが、シェリスが武器しか持っていないのに対し、
男達は強固な防具も纏っている。
 容易く仕留める事は出来ずとも、数分もあれば仕留められる事は明白だった。

「生憎ですが、私は諦めが悪いんですよ。
それに、最初にルミナスさんの家とカナールに部下を向かわせましたからね。
最善でルミナスさんとシリルさん、次善でスカーレットとゲイツさんが来るまで持ち堪えればいいだけです。
片方だけでもやってくればこの程度の戦局はひっくり返せます」

 この期に及んでも、シェリスは不敵に笑った。

 戦況はシェリスとて正確に把握している。
 普通ならば、この状況でこれ以上持ち堪える事は出来ない。持っても一分である。
 運良くルミナス達かスカーレット達が伝令が来る前にここの異変に気付いてでもいない限りは、救援は間に合わない。

 ――が、生憎と彼女の手札には数日前まではなかった奥の手がある。

 それを軸とした時間稼ぎを考えつつ、シェリスは周囲の部下の位置をさり気なく確認した。
 部下達は全員が彼女から近い位置に倒れ伏している。
 とりあえず見殺しにだけはしなくてすみそうだと安堵し、先程から準備していた奥の手を使う機会を窺う。

「……ふん、たしかにな。《黒翼の魔女》の恋人誘拐が失敗した以上、かえってここに来る可能性は高くなってしまった。よもやセリシアが失敗するとは夢にも思わなかったがな」

「ルミナスさんの恋人? そんな人がいるはずが……まさか!?」

「お喋りはここまでだ、救援が来る前に死ん……!?」

 言葉の途中で爆音と共に、外から飛来した巨大火球が窓のある壁と部屋の天井を吹き飛ばした。
 火球はちょうどシェリスの目の前を横切る形になっていたため、
彼女の前方にいた男三人がそれに飲み込まれる。
 残りの二人は咄嗟に後ろに飛びなんとか回避したが、それでも靴の底が僅かに溶けていた。

 隻腕の鉄皮族の男が攻撃の方向に顔を向けた瞬間、黒い影が飛来し、超高速の剣が襲い掛かる。
 その剣は生き残っていた部下の首を容赦なく刎ね飛ばし、その勢いを衰えさせることなく男の首に迫った。
 長いハルバードの柄で首を防御するが、その一撃の重さによって部屋の壁に勢いよく叩きつけられる。
 影の突撃速度を物語るように、途中で抜け落ちた艶やかな漆黒の羽根が、風圧で部屋中に舞い広がる。

 そして黒い影――ルミナス・アークライトはシェリスを背後に庇い、雄々しく男の前に立ちはだかった。

「あんたが親玉か。よっくも無関係なカイトを巻き込みやがったわね……!」

「貴様《黒翼の魔女》……状況は悪くなったが、天は私に復讐の機会を与えてくれたようだな……!」

「復讐……あんた誰よ? そんな見苦しい顔や姿に覚えなんかないわよ?」

 ルミナスは大仰に歓喜の声を上げる隻腕隻眼の鉄皮族の男を、胡散臭げな目で見た。
 当然ながら、恨み骨髄の男は激昂した。

「なんだと!? 貴様、この私を、ギルバート・グランズを覚えておらんとぬかすのか!?」

「当たり前でしょ。将軍クラスならともかく、あんたみたいな三下いちいち覚えてらんないわよ。
まさか、あの程度の状況で部下も庇えない奴が将軍クラスって事はないでしょ?」

 馬鹿馬鹿しい、と息を吐き、つまらなそうにギルバートの顔を見た。

 本当は、彼女はギルバートの名前も顔もはっきりと覚えている。
 いかな鉄皮族とはいえ、以前彼女が仕留めにかかって片腕片目だけしか奪えなかった相手。
 忘れようはずもない。

 が、彼女はあえて忘れたふりをした。
 海人を巻き込んだ元凶を、これ以上無い程に侮辱するため。
 そして、武人として最大級の恥辱の中で惨めに息絶えさせるために。

「貴様……許さん!」

 あからさまに眼中にないという態度に、ギルバートは己の武器を振りかざして突撃した。

「許さないのはこっちの方だってのよ……!?」

 ハルバードを弾く準備を整えていたルミナスが何かに気付き、後ろに飛びのいた。
 それと同時に、彼女がそれまでいた地点を下位魔法が抉った。
 間をおかずに敵の兵がドアの方からぞろぞろとやってくる。

「隊長、御無事ですか!?」

「よく来てくれた! 迅速に片付けるぞ!」

「雑魚が、数だけはウジャウジャと……!!」

 一気に増えた敵軍に臆することなく、ルミナスは一人で立ち向かう。
 数に任せて彼女の横をすり抜けようとする者達の首を造作も無く飛ばし、一人たりとも背後には通さない。

 が、放たれる魔法までは流石にカバーしきれなかった。
 幾つかの攻撃魔法が彼女の脇を抜け、シェリスたちに降り注いだ。

「しまった、シェリス!」

 ルミナスが思わず声を上げた瞬間、シェリスと部下の周囲を取り囲むように白く輝く大きな箱が現われた。
 火球、氷弾、雷撃、岩石、放たれた魔法全てが、その壁に傷一つつける事無く弾かれた。

「残念でしたね。あと数日襲撃が早ければ今ので決まっていました」

「あ、あれだけの集中攻撃で罅すら入っておらんだと!?」

「当然です。本来の強度の半分程度とはいえ、元々が上位ドラゴンの鱗に匹敵する強度ですからね」

 もはや見る意味も無い、とばかりにギルバートたちから視線を切ってシェリスは部下の止血を始めた。

「よくやったシェリス! その調子でしばらく防いでなさい!」

「はい。ですがお早めに決着を。私はまだ余力がありますが、この子達が持ちそうにないので」

 メイド達の傷口を止血しながら、焦燥感に駆られた声音でルミナスに頼む。
 いまだ一人も息絶えてはいないが、早めに治療しなければ命に関わる事は明白だった。

「分かってる!」

 魔力の出し惜しみをせず、ルミナスはありったけの補助魔法をかけて敵に挑みかかった。













 
 一方、海人は創造魔法を使って装備を調えていた。
 背中には狙撃中に敵が来た時用に、緊急脱出用ロケットを背負っている。
 これはロケットから手元まで伸びているコントローラーを使えば、ある程度の機動性もある。
 そして懐にはカナールでも使った二丁の拳銃と毒ガス缶。
 さらに両手で彼が開発した対物狙撃銃を構えている。 

 彼はルミナス達の様子をスコープで覗いていた。
 追い詰められている様子ではないが、一人で十人を超える敵を相手しているため苦戦しているようだった。
 しかも横をすり抜けようとする敵も防いでいるため、なかなか攻撃に手が回っていない。

「……ふむ、ひょっとしたら援護は必要無いかと思ったが、手助けしたほうが良さそうだな」

 状況を認識し、海人は巨樹の幹を支えにしつつ、遠方の樹に向かって試射を行った。
 耳をつんざく轟音と共に弾丸が発射され、見事に狙った樹の枝に命中した。
 元来地面に設置して使用するほどの反動も、肉体強化をしていれば何の問題も無い事を確認し、海人はほくそえむ。

「シリル嬢に加えて、あんな女性がいるのなら庭の方は援護はいらんだろうしな。
ルミナス達の方にだけ集中するとしよう」

 呟きながら軽く肩と首を動かし、最後に軽く息を吐いて緊張を解く。
 
 この銃の弾丸は彼が開発した横風をほぼ完全に無視できる物。
 凡人を超一流のスナイパーに変える悪魔の弾丸。
 威力に関しても懐の拳銃で鎧を纏った敵を仕留められた事から考えて、申し分ない。
 
 だが、彼の手のぶれ方によっては、味方に必殺の弾丸を当ててしまう危険もある。
 それを考慮し、海人は後方で援護している敵から順々に狙撃を開始した。




 



 
 四方八方から降りかかる剣、槍、斧、魔法それらを全てルミナスは独力で防ぎきっていた。
 そのうえ補助魔法を使って炎を纏わせた剣を用いて時折反撃も行っている。
 
 しかし、敵の防具の優秀さに加え、威力の高い攻撃はギルバートが鉄皮族の頑丈さと防具の強度にまかせて身を挺して仲間を庇っているせいで、いまだに一人も倒せていなかった。

「ああ、ったく! うざったいったらありゃしないっ!」

 苛立ちながら叫ぶ。個々の敵の強さは装備を考慮に入れても彼女の相手にはならない。
 それこそ一対一なら数秒かからず斬り殺せる程度だが、人数任せの手数とギルバートの高い防御力によって、総合的な差がかなり詰まっていた。
 
 と言ってもギルバートの纏う鎧はあちこちに斬撃による大きな穴が開いており、後数回の攻撃で確実に直接肉体に当てられるようになる。そうなれば、彼も威力の乗ったルミナスの剣を防ぐ事は出来ない。

 ――つまるところ、ルミナスの勝利は時間の問題だった。

「くそ……化物め! 全員怯むな! せめてシェリス・テオドシア・フォルンだけは命に代えても討ち取れ!」

『おおおおおっ!!』

 指揮官の檄に反応し、雄叫びを上げながら捨て身でシェリスに向かおうとした瞬間―――最後方の男が唐突に横に吹き飛んだ。

 あまりに脈絡のない出来事に、全員の動きが一瞬止まる。そしてもう一人、二人、と玩具のように吹き飛んでいく。エルガルドの兵士のみが、次々と冗談のように倒れていた。
 狙われている当人達はもちろん、シェリスでさえ状況が把握しきれず、困惑している。

 そしてルミナスは、自分が開けた巨大な風穴の方を驚愕した様子で見ていた。

 その様子を見て我に返った男がいた。

「覚悟っ!!」

 ギルバートは反射的に剣を振るったルミナスに肩を斬られながらもシェリス達に肉薄し、魔力の壁に向かって全力で武器を振り下ろした。
 重々しい打撃音と共に、強固な壁が甲高い音とともに砕け散る。
 しかも強固な壁を破壊したにもかかわらずハルバードの勢いは止まらない。
 そのままシェリスの頭部へと一直線に向かっている。

「愚かね。地獄に行きなさい狼藉者」

 が、シェリスは自分から距離を詰め、隠し持っていた武器をギルバートの衣服に押し当てた。
 次の瞬間――鉄皮族の男は目を見開いて激しい痙攣を起こした。

「グガアアァァァッ!?」

 スタンガンの電撃によって、雄叫びのような悲鳴を上げながらギルバートの体が崩れる。
 が、倒れる直前に渾身の精神力をもって踏み止まり、再びシェリスの頭に武器を振り上げた。
 予想外の事態にシェリスの体が一瞬硬直し、振り下ろされる死の一撃への反応が遅れた。
 ルミナスも捨て身で食らいついてくる敵に手を塞がれており、間に合わない。

 ――――その瞬間、ギルバートの体が勢いよく吹っ飛んだ。

「……ぐ……おおお……なんだ……こ……の衝撃は……」

 だが、ギルバートはそれでも倒れなかった。
 強烈な電撃を浴びせられた挙句に、吹き飛ばされたにもかかわらず、踏み止まった。
 足元はおぼついていなかったが、己の武器を杖にして体を固定している。

 が、そんな好機を見逃すほどルミナスは甘くない。
 食らいついていた敵も、間に入ろうとした敵も斬り捨て、疾風の如き速度でギルバートに肉薄する。

「せりゃあっ!!」

 そして鎧に開いた斬撃の跡に沿って高温の炎を纏った剣を振るい、
肉体強化によってミスリル鋼ですら比較にならぬ強度を得ている鉄皮族の皮膚を融かしながら、
まるで温かいバターでも斬るかのように、易々とギルバートの体を袈裟斬りにした。

 ――これによってかろうじて保っていた戦力均衡は完全に崩れ去った。

「後はあんたらだけよ! 急いでんだから遺言は死にながら考えなさい!」

 目まぐるしく変化していった状況についてこれず混乱していた残党を、瞬く間に斬り捨てる。
 相手に武器を一合交える事すら許さない、まさに電光石火の瞬殺であった。
 さっと見回して生き残りがいない事を確認し、庭に下りようと焦げた壁材に足を掛け―――安堵の息を漏らした。

 バサバサと大きな黒翼をはためかせ、庭に下りる。

「シリル、予想外に早かったじゃない」

「ええ、いささか暴れ足りませんわね……主に彼女の予想外の活躍のせいですが」

 シリルは引きつった表情で使用人の中では最大の戦果を挙げた女性を指差す。
 その女性は大した傷は負っていないものの、僅かな己の傷と大量の返り血によってメイド服が真紅に染まっていた。

「ああ、可哀想に。でもあなたたちはまだ幸せなんです。
世の中にはいくら殺してと懇願しても殺してもらえない方々がいるんですから。
あのような残虐非道鬼畜悪魔冥府魔道冷酷無比な仕打ちを受けないだけ幸せなのですよ?」

「……えっと、たしかシャロンさんだったわよね。あんな人だったっけ?」

 足元に散らばる無惨な死体に向かって慈愛溢れる笑顔で語りかける女性に、思わず冷や汗が流れる。
 ルミナスの記憶が正しければ、目の前の狂人はシェリスの屋敷の中では1、2を争う温厚な女性だった。

「私の記憶では花を愛する心優しい女性だったはずです。
いずれにせよ、トチ狂った彼女の活躍のおかげで私の出番はあまりありませんでしたわ」

 無論、シリルも何もしなかったわけではない。
 敵の鎧、兜、盾、ありとあらゆる防具を矢でぶち抜いて一撃必殺し続けた。
 それだけでなく使用人と戦っている敵にも矢を放ち、腕なり足なりに命中させて致命的な隙を量産していた。
 戦闘への貢献という点においてはその場の誰よりも上をいっている。

「ふーん……ま、今はとりあえず怪我人の治療しないと。医者はいるの?」

「現在そこで重症で倒れているのがそうらしいですわ」

 痛ましげに、倒れ伏した女性を指差す。
 止血はなされ、近くにいたメイドの手当ては受けているものの、
彼女の出血量を物語るかのように、周囲の芝生がドス黒く染まっている。

「ありゃ致命傷ね……私らがやるしかないか。治らない奴に止め刺すのってやなんだけど」

「下手に苦しめるよりは……って、お姉さまあれを!?」

 言われるままシリルが指差す先を見ると、やたらと大きな鞄を二つ抱えた白衣の男が見えた。

「え~、医者~、医者~、医者はいらんかね~、
本日は特別にシェリス・テオドシア・フォルン嬢の屋敷の方々限定で無料治療を行います。
各種薬もちゃんとありますので、御用の方は御遠慮なくお申し付けください」

「ちょっ、どうやってここに来たんですの!?」

「秘密だ。……それよりもシェリス嬢。どうするね? 一応私は医者だが」

 突然の事に当惑している使用人たちを睥睨し、海人は場の中心にいる令嬢に訊ねた。
 自分を信じて皆の治療をさせるか、と。

「無論信じます。どうか、皆を手当てしてください」

 一切の逡巡もなく、シェリスは海人に頭を下げた。
 それを見て、戸惑っていた者達が一斉に海人の元へ集まってくる。

「おいおい、自分で動けん連中が優先だろうが! 例えばその女性とか!」

 海人はそれらを制し、近くに倒れていた女性の元へ慌てて駆け寄った。
 彼女は大量の出血で顔が完全に青ざめていた。 

「で、ですが、その……彼女は、もう助かりません……から」

 すぐ近くにいたメイドが悲しげに目を伏せる。
 これだけの出血量では助からない、と。

「こらこら、医者でもないのに勝手に死ぬと決めるな。
おそらく、今視界にいる範囲で私に助けられない人間はいないぞ」

「……本当ですの? このような場合での大言壮語は不謹慎ですわよ?」

 自信満々の海人に、シリルが疑念を投げかけた。
 彼女の目から見ても、目の前の女性はどう足掻いても助かりそうにないのだ。

「まあ、見ていろ。道具もそれなりに揃えてあるから、なんとでもなるだろう」

 抱えた巨大な鞄の中から、必要な物を取り出し、海人は不敵に笑った。





 





 程なくして、まるで通夜のようだったその場の雰囲気は活気に満ちた物になっていた。
 海人の宣言通り、誰一人として死人は出なかった。 
 自分たちが知る医学の常識では考えられない結果に、誰もが歓喜していた。

「こ、この短時間で死ぬ寸前だった連中まで……」

「どんな手品を使ったのか知らんが全員内臓は傷ついていなかったからな。
しかも肉体強化の自己治癒力強化のせいか、傷口もかなり塞がっていて、深刻に深いのは一つもなかったからな。
作業らしい作業はせいぜい痕が残らんように処置するぐらいしかなかったんだが……さっきの連中はなんだったんだ?」

 信じられない様子のルミナスに、海人も少し困惑した様子で答えた。
 先程から彼は使用人達に涙ながらに感謝され、握手を求められていた。
 大した事をした気がしていない彼は、ひたすら首を傾げていた。
 
 実際、彼が行った治療はそれほど複雑なものではない。
 大雑把に言ってしまえば、人工血液による輸血を施しただけである。

 と言っても、輸血という物がいまだ存在しないこの世界の人間にとっては、神の御業に等しい。
 自分の育った時代の治療においてあまりに当然の事すぎて、海人は輸血が本来は非常に画期的な技術だという事を失念していた。
 まして使っているのは血液型の問題さえ乗り越えた人工血液。オーバーテクノロジー全開であった。

「まあいいか……にしても、ここまで早く動けるようになるのは異常なんだがな。これも肉体強化の効用か?」
 
 周囲の元気に動き回っている人間を見て、変な所で間が抜けている男は首を傾げた。

 死にかけていた人間は大量出血による失血死寸前の人間だけであったのだが、
全員輸血を始めてすぐに意識を取り戻した。
 しかも、目が覚めた直後に自分の体に刺さった得体の知れない管を抜こうとするほどに元気だった。
 どう考えても、普通ではありえない現象である。

 意識を失っていた時も微弱ながら続き、意識を取り戻した時に強まった肉体強化にその理由がありそうだと
当たりをつけ、海人が簡単に分析しようとしていると、

「えっと、とりあえず全員の治療は終わったのね?」

 ルミナスが横合いから声をかけてきた。

「少なくとも予断を許さんような状況の患者はいなくなったな」

「そっか、ならもういいわね。ちょっとこっちきてくれる?」

 そう言いながらルミナスは少し離れた場所を指差し、歩き始めた。

「なんだ?」

 海人は首を傾げながらルミナスについていく。
 ちょうど周囲に誰もいなくなったあたりで、彼女は立ち止まった。
 そのままなにやら考え込み、

「ん~、色々聞きたい事はあるけど、やめとくわ。
でも……歯ぁ食いしばんなさい」

 ルミナスは唐突に海人の腕をしっかりと左手で掴んだ。
 そのまま腰を軽く落とし、右腕を引く。

「待て待て待てっ!? 君の拳で殴られれば私なぞげぶはぁっ!?」

 海人は言葉の途中で高々と振り上げられた拳によって宙を舞った。
 実に十秒もの滞空時間の後、彼の体は無様に地面に叩きつけられる。
 幸い、ルミナス一流の手加減によるものか、内臓破裂も骨折もしていなかった。

「がはっ! げほっ! い、いきなり何をする!?」

「……なんで殴られたか、本当に分からない?」

「ああ、まったく分からんが」

 ルミナスの問いに、海人は首を傾げざるをえなかった。
 先程の狙撃中にルミナスと目が合ったため、狙撃がバレていた事は分かる。
 が、彼女の性格からして、ああいう事ができる事を隠していたからといって殴るとは思えない。
 理不尽だとまでは感じなかったが、不可解ではあった。

「この、馬鹿っ!」

 ズガンッ、と棍棒で殴り飛ばされたような音と共に、海人が額から吹っ飛んだ。
 一見華奢な女性の中指一本で大の男が吹っ飛ばされるという、冗談のような光景だった。
 ルミナスはデコピンを放った体勢のまま、海人を怒鳴りつける。

「伏兵や第二波がなかったからよかったようなものの、もしいればあんた来る途中で殺されてるわよ!?
なんのためにあそこに置いてったと思ってるのよ!」

「……いや、遠目に見てもかなり出血の多い怪我人がいたからな。
治療に向かった方が良さそうだと思っただけだ。
後々治療できたのに来なかったと知られれば、良い結果にはなるまい」

 涙目になっているルミナスから思わず目を逸らし、不貞腐れたように答えた。

「そのために今人生が終わりかねない危険冒すこたぁないでしょうが。
ったく、もういいわ。馬鹿につける薬はないって言うし」

 居心地悪そうに顔を背けている男から視線を外し、ルミナスは踵を返した。
 その視線の先には瓦礫の撤去を行っている使用人達の姿がある。
 痛々しい包帯を巻きながらも、少しでも綺麗にしようと頑張っていた。

「……あ、あと一つ肝心な事言い忘れてたわ」

 歩き出そうとしたルミナスが急に振り返った。
 そのまま海人の耳をぞんざいに引っ張り、

「手助けありがと、ね」

 囁くように、耳打ちした。
 そして海人に優しく微笑みかけ、瓦礫撤去の手伝いに向かった。
 柄にも無く海人が呆けていると、

「カ・イ・ト・さん……?」

「ぬおわあっ!?」

 背後から聞こえてきた禍々しい声に、悲鳴を上げて飛びずさった。

「随分とお姉さまと親密ですわねぇ?」

「そんなことはないから、首にかけた手を離してくれ。折られても絞められても困る」

「ご心配なく、今回はただの冗談ですわ。……ところでカイトさん、ああいった精神を病んだ方はさすがに治療できませんの?」

 シリルは肉体的な損傷がほとんどなかったため、手当てを後回しにされたシャロンを指差した。
 彼女は先程から一切変わらず敵の亡骸に懇々と何事か説いていた。

「できん事もないが、大元の原因が分からんことには根本的な治療にならんぞ」

「原因の方はさっぱりですわ。少なくとも元は今のような人格でなかったのは間違いありませんけど」

「うーむ、ちょっと話を聞いてみるか……もし、お嬢さん」
 
 直接話を聞いて判断しようと、海人はシャロンに優しく声をかけた。
 相手が取り乱した時の事を考え、肉体強化も忘れず行っている。

「はい、なんで……きゃああああああああああああああああっ!?」

 振り返って海人の顔を見た瞬間、シャロンは悲鳴を上げて海人を突き飛ばした。
 成す術無く彼の体は吹き飛び、10mほど飛んだところで止まった。
 海人が強烈な痛みに呻きながらシャロンを見ると、

「お願いです何もしませんから見逃してくださいごめんなさい指も動かしません首も動かしません目も動かしません息もしませんですからどうかその手を止めてください助けてください潰れます砕けます助けて助けたすけタス……」

 木の陰に極限まで身を縮こまらせて隠れ、心底から怯えた様子で頭を抱えてブツブツと呟き続けていた。
 これが夜だったら怪談に使えそうなほど陰鬱とした様子だった。

「つう……私を見ての反応か? いったいどういう……ああ、なるほど」

 海人はなんとか平静を装い、痛む部位を押さえながら立ち上がる。
 そして自分に対する過剰反応と、今日会ったスカーレットの態度と話を思い出し、今の状況を理解した。
 身から出た錆か、と溜息をつき、手近に転がっていた槍を一本手に取った時、

「ちょっと! どうしたの、カイト!?」

 派手にすっ飛ばされた海人を心配してルミナスが駆け寄ってきた。

「いや、なんでもない。ルミナス、悪いが私の横に立ってくれ。
かなり大雑把な荒療治だが、この状態なら上手くすればすぐに正気に返らせられる」

 シャロンの近くまで歩み寄り、海人は自分のすぐ横にルミナスを立たせる。
 ―――そして手にした槍をシャロンの頭上に向かって振り下ろした。

 瞬間、彼女は鋭い表情になり、反射的に槍を掻い潜って海人の腹に手加減抜きの拳を打ち込んだ。
 が、命中する直前にその手はルミナスに止められた。

「……はっ!?」

 己の拳を止められ、飛びずさってルミナスに構えを取り――シャロンは我に返った。
 それを確認すると、海人は咎めるような目で自分を睨むルミナスを無視してシャロンに軽く頭を下げた。

「すまなかった。刺激の強すぎる光景を見せてしまったようだ」

「……カイト、色々と説明して欲しいんだけど?」

「この件に関して言えば、彼女はシェリス嬢の命で私の監視についていたんだろう。
その過程で先日の三人組相手の洗脳の一部始終を見て人格が反転したんだろうな。
あれは私のような人でなし以外には相当刺激が強い」

 監視、という言葉に反応したルミナスがシェリスを強く睨みつけた。
 が、その横の監視されていた当人は涼しい顔をしている。

「気付いていたのですか?」

 神妙な面持ちで、シェリスが海人の目の前までやってきた。

「まさか。予想していただけだ。君の立場上、私を完全に放置しておくという可能性は低かろう」

 実に楽しそうに、海人は笑った。悪意も含みも何も無く、ただ純粋に楽しげに。
 怒っていたルミナスが毒気を抜かれてしまうほどに、彼は柔らかく笑っていた。

「……あの、なぜ笑っていられるのですか?
正直、怒鳴られたり殴られたりぐらいは覚悟していたんですが」

「この程度なら可愛らしいものだよ。これでも危険人物の自覚はあるからな」

 申し訳無さそうに自分から視線を外すシェリスを、海人は微笑ましく眺めていた。

 彼からすれば、シェリスの反応はあまりにも可愛らしかった。
 彼女はあまりに素直に監視の事実を認め、報復を受ける覚悟を決めている。
 監視をつけた挙句、言いがかりだ、名誉毀損だと逆に難癖をつけ、利益を得ようとする者達と関わってきた彼からすれば、シェリスの殊勝さは評価に値するほどだった。

 監視をつけられていたこと自体は腹が立たないわけでもないが、
己の危険性と彼女の殊勝さを考慮すれば、とても怒る気にはなれなかった

「寛大ですね。ですが、あまり褒められた事ではありませんよ?」

「私にとっては気にするほどの事では無いだけだ。
それに、なかなか目の保養になる物も見せてもらっている事だしなぁ?」

 海人はからかうように笑いながら、シェリスをいたぶるように眺めた。

 今のシェリスの姿は非情に扇情的である。
 なにせスカート部分は立っているだけで下着が見える寸前まで短くなっており、
上半身の方は両袖と腹部の布が無くなってこちらも下着がかろうじて見えていないだけだ。
 あちらこちらからシェリスの色白の艶やかな肌が露になり、なんともいえない色っぽさを醸し出している。

「うっ……しょ、しょうがないじゃないですか!」

 シェリスは頬を赤らめ、海人から両腕で体を隠した。

 彼女の現在の格好の理由は、先程の戦闘中に部下の止血をする際の布が足りなかったためだ。
 布の代用としてシェリスは自身のドレスを引き裂いて部下の治療に使ったのである。

「で、今回この間のあれは役に立ったかな?」

「ええ。特にこれは役に立ってくれましたよ」

 笑顔で答えながら、背中に括りつけていた純金の板を取り出す。
 その板には無属性の防御魔法の術式が刻み込まれていた。
 これを使い、先程部下と自分を守ったのである。

「それは何よりだ。効果が半減するから正直微妙な気もしていたんだがな」

 先日自分が作成した板を眺めながら、海人は軽く頬を掻いた。
 今シェリスが持っている板は、先日図書館で海人が渡した物だ。

 残念ながら術式を刻み込んだ状態の板を作成出来なかったため、同時に造ったインゴットをシェリスが溶かして固め、それに海人が工具を使って術式を刻み込んだ、と結構手間がかかっている物である。

「まさか。この術式を刻み込んだ純金の板が役に立たないはずがありません。実に素晴らしい物ですよ」

 馬鹿げた事を言う海人を、呆れたように眺める。

 板に刻まれた術式は、他の無属性魔法を嘲笑うかのように馬鹿げた性能。
 中位魔法の中でも最低レベルの消費魔力で最上位魔法に届きかねない効果を発揮する術式。

 ――――そんな非常識な術式を構築する前代未聞の理論を、目の前の男は本を読んで数時間で見出した。

 他の研究者が知っても絶対に認めない、もし認めたとしてもその瞬間に絶望して首を括りかねない、知力の化物。
 
 あの日、シェリスはこの頼もしくも恐ろしい男と会った事を、改めて極上の大幸運と確信した。

「……そこまで言うならもう一つは必要なかったんじゃないか?」

 その日の交渉で、純金の板に加えてスタンガンまで手に入れた令嬢を海人は恨めしげに睨んだ。
 見事な話術による誘導で、本来なら渡す予定のなかったスタンガンまで渡す事になったのだ。

「貰える物は貰っておく主義なのです。それに、貴方ほどの人物の存在を知りながら情報を漏らさないのですから、情報公開によって得られる利益以上の物を貰わなければ割に合いませんよ」

 ジト目の海人にも動じず、シェリスは楽しげに笑っている。

「ったく、喰えん女性だ。しかし……存外、あっさり終わってしまったな」

 あまりにのれんに腕押しなシェリスの態度に呆れつつ、海人は話を変えた。

「……どこがあっさりですか。使用人の七割が深手。おそらくそのうちの半分はあなたの治療が無ければ死者になっていました。
私も腹は斬られるわ肩は斬られるわで、かなり深手なんですよ? しかも魔力も三割程度しか残ってませんし」

 周囲を眺めながら、シェリスは海人の言葉を咎めた。
 彼女の言うとおり、現在の屋敷の惨状は目を覆いたくなる物がある。
 多くのうら若き女性たちが体中のあちこちに包帯を巻き、ベッドに横になっている。
 美しかった屋敷も、庭も無惨に打ち壊されて見る影もない。
 あっさり、というにはあまりに酷い光景だった。

「深手は深手だが、君らの傷はもはや何の問題もない。傷も残らんよ。
結果を見れば、奇襲をかけられ、装備品の差も大きかった状況にしてはあっけなく片付いた部類だろう」

「たしかにそうですが……妙なんですよね。これほどの金額を使い、私の命を狙ったという事もそうですが、
それ以上に作戦が二段構えにすらなっていなかったことが気になります。
普通は今のように一息ついたところを狙って増援による奇襲などがあるものですが……」

「まさかとは思うが……これが陽動で、本当の狙いは別にあるという可能性は?」

「他の可能性ですか……思いつき……!? え、まさか……いくらなんでもそんな馬鹿な事は……!」

 一つの可能性に思い当たり、シェリスの顔が青褪めた。
 この考えが正しければ、これだけの資金を懸ける価値はある。
 だが、それは上手く立ち回ればであり、最悪の場合エルガルドの滅亡すら視野に入る危険な賭けだ。
 そんな馬鹿げた事をするとは考えにくかった。

「考えられる可能性は全部潰した方が良い。とりあえず言ってみろ」

「……カナールの街は引退した豪商が何人も住んでいます。国内で名高い商会の創業者なども。
彼らはいまだに商会に多大な影響力を持っているうえ、今の会長も意見を聴きに来る事が少なくありません。
そして、この国は主に隣国群の食料の半分以上を握る事で侵略を免れていますが、それも彼らの世代で結んだ協定あっての話。
しかも今の代では不満を持つ者も多く、あの方々の睨みが利いているからこそ崩れていないという面もあるんです」

 そこまで聞いて話の先を予想し、海人の顔色が変わった。
 たしかに馬鹿げた可能性だが、絶対にやらないとまでは断言できない可能性だった。
 
「もし今彼らが亡くなれば、この国の商業に大規模な混乱が起こります。
この国を侵略から守っている機能が著しく落ち、この国を攻め滅ぼす事は容易になりますが、その場合他の隣国も黙っていません。
最悪、どさくさ紛れにグランベルズがこの国を支配し、エルガルドへの食糧供給を止めつつ、武力で攻め滅ぼすでしょう。
もしもエルガルドがこの国を支配すれば、グランベルズを始めとするこの国の隣国群に強力なアドバンテージを持てますが、軍事力の面からして成功する可能性は低い……あまりに馬鹿げた大博打です」

「……でも、どうやらその馬鹿げた事をやってるみたいよ。カナールから大量の火の手が上がってる……!」

 シェリスの言葉に胸騒ぎを覚え、飛翔したルミナスが告げた。
 屋敷が森に囲まれた立地なために今まで気付かなかったが、上空に上がればすぐに分かるほど大量の煙がカナールから上がっていた。

「そんな……! なんて事を!」

「くそっ、今からじゃ間に合わないかもしんないけど……行ってみるしかないわね!
シリル、あんたまだいける!?」

「ええ、先程の敵の数では物足りなかったところですわ……!」

 やや消耗した様子ながらも、ルミナスとシリルはいち早く飛翔した。
 数秒も待たずに彼女達の姿が見えなくなる。

「戦える人間は何人残ってるの!?」

『総員問題ありません!』

「ならば総員出撃!!」

『はっ!!』

 二人の後を追って、シェリスと使用人達も飛び去っていく。
 あっという間にその場に残されたのは海人だけになってしまった。
 誰もいなくなった屋敷の庭で、海人はしばし考えにふける。

「……ふむ、どうしたものか。ルミナス達も行ってしまっているのだから、参戦しないという選択肢は無い。
かといってこんな事で手札を大公開するのも馬鹿馬鹿しいし、何より敵に負けた気分になりそうだ。
となると……目指すべき目標は可能な限り手札を隠しつつ、ルミナス達の援護に回る、か」

 目標を出し、そのために踏むべき手順と必要な物を超高速で割り出していく。
 ここからカナールまでの所要時間、敵を倒すために必要な火力、町の地形条件……ありとあらゆる要素が
彼の脳内を駆け巡り、瞬く間に一定の方針を打ち出した。
 後は現地に着いてからの状況で臨機応変に決めようと考えながら、鎮痛剤を打ちつつ海人は創造魔法を使った。








 一方、その頃のカナールでは、エルガルドの兵士、そして彼らに雇われた者達がパニックを起こしていた。
 指揮官としてこの街にやってきていた、エルガルドの将軍ゲルバルト・グランザスも次々に届く報告の内容が把握しきれていない。

「何を馬鹿な事を言っている! ならば雇った傭兵団の三割が既に全滅し、我が兵も二割がやられているというのか!?」

「私も信じられませんが現実です! いつの間にか町のあちこちで傭兵や我が軍の死体が散乱しています!
重要ターゲットも町の住人もまだ街の外には出ていないようですが、このままでは逃げられるのも時間の問題です!」

「ぬうう……ターゲット達が集まっているのはどこだ!?」

「北の門です!」

「むう……ギルバートたちが既に勝利を収めていれば挟撃が可能じゃが……頼りにはできんじゃろうな」

 老将軍は苦虫を噛み潰したような顔で唸った。

 彼らはギルバート達がシェリスの屋敷に急襲をかけるタイミングに合わせ、この町に攻撃を仕掛けた。
 この方法ならば、ギルバート達が敗北しても彼女らに痛手を与えて時間を稼ぐ事ができる。
 勿論本当に敗北されては困るので、彼ら全員をこの国で調達した最高の装備で武装させた。
 個々の実力と合わせて考えれば、いかな強者揃いの屋敷でも短時間で殲滅できるはずだった。
 
 ――ルミナスとシリルという、二人揃えば一騎当千をも可能とする化物達が参戦しなければ。
 
 正直、ギルバートたちの勝率は極めて低くなったが、これはこれで作戦成功のためには悪くはなかった。
 この街で彼女らと戦う羽目になっていれば、一番肝心な標的達を逃す可能性が格段に高くなっていた。
 それを考えれば、ギルバート達の誘拐失敗はある意味功をそうしたと言える。

「遺憾ながら……ですが、確実に善戦するはずです。
ギルバート殿たちが敗北しても、十分な時間稼ぎと相応の傷を負わせる事はできるでしょう。
私たちにできる事は、それを無駄にしないことかと」

「じゃな。奴らが命を懸けて作ってくれた好機じゃ。
なんとしても、この作戦を失敗させるわけにはいかん。
そのためには情報が必要じゃ。お主はこの状況、なんと見る?」

「こちらの息のかかっていない冒険者や傭兵もいるにはいますが……」

 上司の言葉に、思わず考え込んでしまう。
 彼らはこの街の襲撃にあたって多くの準備を進めてきた。
 その過程の一つに、今現在この街に滞在している傭兵と冒険者の雇用がある。
 その大半を買収、あるいは騎士に取り立てるなどの条件で懐柔し、六割以上が味方についている。
 残りの者達なら向かってきても敵ではなく、また戦況の不利さを考えれば向かってくる事もない、そう考えていた。

「二流や三流の冒険者でどうにかできるほど柔な鍛錬はしとらんじゃろ」

「無論です。ただ、冒険者の数少ない一流、ゲイツ・クルーガーが、婚約者と一緒に戦っているようです」

「それでも変わらんな。どちらも我が軍の一軍上位レベルの実力者じゃが、理解の範疇の者じゃ。
こちらの息のかかっていない冒険者達とあの二人が協力したところで、こんな状況にはならん」

「まさかとは思いますが……あの女が帰還しているのでは……」

「……ありえん。昨日の報告にあった位置からここまでどれほど離れていると思っている。
夜通し走って帰ってきているのであればともかく、普通に進んでいればまだ国境も越えておらんはずじゃ。
帰還していたとすれば計画が漏れていたという事になる。
それならば町の長老達もシェリス・テオドシア・フォルンも、完璧な対応策を用意して待ち構えていたじゃろう」

「報告です! 傭兵達の残り兵数五割! 我が軍の残り兵数六割です!」

「なんじゃと!?」

「しかもギルバート殿の部隊が失敗し、シェリス・テオドシア・フォルンが兵を率いてこの町に向かっています!
それに先行して《黒翼の魔女》と《弓姫》もこちらに向かっているそうです!」

「なっ……あれだけの装備を整えたギルバートの部隊がこの短時間で負けたじゃと!?
ありえるはずがない!」

 最悪の報告に、ゲルバルトは耳を疑った。
 ギルバートは大部隊を指揮するには向かないため要職にはついていないが、
個人戦闘力や小規模の部隊の指揮力だけならば将軍に任じられてもおかしくない力量がある。
 その部下達の力量も高く、エルガルド国内上位の実力者達で構成されている。
 いかに相手が腕利き揃いに化物二人が加わったとはいえ、極上の装備を調えてこの短時間で敗北するなど考えられなかった。

「ですが間違いありません! ギルバート殿の部隊が連中を追撃している様子はありません!」

「ええい、次から次へと……! これよりワシは待機させているブレイザーを連れてくる!
ワシが戻るまで絶対に長老共や町の人間を逃すな!」

 次々にやってくる悪夢のような報告に、ついに老将軍は立ち上がった。
 万一に備えて人目につかない森の奥深くに待機させていた相方の元へ向かうために。

「お待ちください! それでは我が軍の侵略行為がシュッツブルグに完全に露見してしまいます!」

「商業の要を握る人間がいなくなればシュッツブルグなどどうにでもなる。
それに既に我が軍の兵がやられておる以上、死体を検分されれば関与は発覚する。
いかなる手段を用いても、いかなる危険を冒しても、この戦いに勝利する事を優先せねばならんのだ」

「そ、それはたしかにそうですが……」

「それにワシが戻る前にお主らがこの異常事態の原因を突き止めておいてくれれば、
ワシがブレイザーと共にその原因を排除する事も可能なはずじゃ。頼んだぞ」

 部下の返事を待たず、ゲルバルトはその場から走り去った。
 一刻も早く、この場に舞い戻るために。







 ――――時を遡り、カナールが戦火に包まれる少し前。ある女性が通りのカフェで一服していた。

 その女性は気に留めていないようだが、周囲の客と通りかかる人間の視線は完全に彼女に集中している。
 服装はさして珍しくもない紺のワンピース。上半身はタイトだが、スカート部分はゆったりとした作りになっている。
 悪くない生地だが上物というわけではなく、目を引くほどの物はない。
 コーヒーを啜る仕草も優雅ではあるが、格別足を止めて見入るほどの物ではない。

 しかし、その絶世と言っても過言ではないほどの美貌は誰もが注視せずにはいられなかった。
 遠目にもよく分かるのが、肩で切り揃えられた輝くようなプラチナブロンドのソバージュヘアー。
 その美しい髪が、人間の小賢しい計算を打ち砕くほどに端整な顔を幻想的なまでに引き立てている。
 顔のパーツの中でも特に印象的なのが磨き上げられた宝石の如く美しいコバルトブルーの瞳だ。
 その色は静謐ながらも意志の強さを窺わせる輝きを放っており、それが幻想的な彼女の容貌に現実感を与えている。

 スタイルも芸術的で、胸は程よく盛り上がり、腰のくびれも美しい。
 ヒップは座っている事とスカートのせいで周囲の人間からは分かりづらいが、これまた魅惑的な曲線を描いている。
 いかなる芸術家であっても、彼女以上に美しい物は創れまいと思わせるような美女であった。

 周囲の人間が同性異性問わず見とれていると、にわかに遠くの方が騒がしくなった。
 女性が訝しげに少し顔を上げ、その視線を騒ぎの元の方に向けた瞬間、カフェに巨大な氷塊が飛んできた。
 周囲の人間が悲鳴を上げて逃げ出すと同時に、氷塊は彼女の目の前を横切り、店の中を破壊した。

 それを確認した後、彼女は目の前に置かれていた茶菓子と最後の一口のコーヒーが床にぶちまけられている事に気づく。
 誰にも分からぬほど小さく息を吐き、彼女は代金をテーブルの上に置き、店の外に出て行く。
 そして氷塊の飛んできた方へ歩いていき、柄の悪そうな男達数十人と出くわした。

「……街中で何を暴れてらっしゃるんですか?」

「あ~? 仕事だよ仕事。この街を壊滅させろってな。ま、途中で楽しんじゃいけないとは言われてねえからな。楽しませてもらうぜ、美人の姉ちゃん」

 下卑た笑みを浮かべ、女性の柔らかな膨らみへと手を伸ばす。

 ――その瞬間、男が伸ばした腕の関節が一つ増えた。

 悲鳴を上げてのたうち回っている男に、女性は表情を一切変えずに告げる。

「たしかあなた方は傭兵団《ラベルトランズ》でしたね。
生憎ですが、あなた方では私の体を楽しむなど夢のまた夢。
分不相応な望みは死を誘うという事を、地獄で覚えておくとよろしいでしょう」

 ワンピースの裾を捲り上げ、太股に巻いたベルトから、大型のナイフ二本を取り外す。
 各々の武器を構える数十人の男達を前にしながら、彼女に臆する様子は全くない。

 それが気に入らなかったらしい男達は、各々の武器を構えて威圧するかのように女性を包囲した。
 これならば多少腕が立ったところで殺す事はおろか、無傷で捕らえる事も可能だと思ってしまったがために。

 それに対し彼女は薄く、注意深く観察しなければ分からぬほど薄く、微笑み――男達の視界から姿を消した。標的を見失った男達が慌てて周囲を探すが、一向に姿が見つからない。

 ――次の瞬間、十人もの男の首が同時に飛んだ。

 その光景に理解が追いつかず、鮮血を噴出した仲間の首なし死体を呆然と眺める男達。
 それを嘲笑うかのように、再び別の男達の首が宙を舞った。

 姿も見せぬ一方的かつ無慈悲な殺戮に、いまだ首が残っている男達は恐慌をきたし、闇雲に周囲に向かって己の武器を振るい始めた。
 時折近くにいる仲間も攻撃しているが、その場の誰もがそれを気にする余裕などなかった。
 これだけの人間が無軌道に武器を振るっているというのに、誰の手にも仲間以外に武器が当たった手応えがないのだ。
 しかも、それでいて仲間の首は一定のリズムを刻み、一つ、また一つと飛んでいく。
 男達は恐怖のあまり、魔法を、武器を、矢継ぎ早に味方も巻き込みながら狙いも定めずに放ちつづけた。

 そして数十秒後。女性は周囲に広がる血と亡骸の海の中心で傷一つ無く立っていた。

「……狙いがこの町の壊滅ですか。放置して戻りたいところですが、長老方を守らねば後が面倒ですね。
まったく、久方振りに休暇を作れたと思っていたというのに……」

 嘆息し、女性は優雅な足取りで歩き始めた。
 気負い一つなく、少し先に見える総勢数百ほどの傭兵団の混成軍の正面へと。



テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント
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[2009/10/06 04:26] | # [ 編集 ]


 更新が無いなーと思っていたら、ブログに移っていたんですね。なんとなく覗いた理想郷の捜索板で知れたのは僥倖でした。

 続きも楽しみにしてます。
[2009/10/12 21:32] URL | エーテルはりねずみ #mQop/nM. [ 編集 ]

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[2009/10/13 12:57] | # [ 編集 ]


やっとローラさん登場。1番好きなキャラです。
[2015/07/24 23:59] URL | ten #- [ 編集 ]


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