ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット4
 番外編16



 屋敷の地下室で、海人と雫がパズルゲームで対戦している。

 一応、傍で見ている分には楽しい勝負だろう。
 ボンボンボンと忙しなく花火が上がる音が鳴り響き、
無意味な程大きい大画面に次々に華麗な光の芸術が咲く。
 せいぜい音がもう少し落ち着いていればと思う程度で、間違っても不快感は抱くまい。

 が、対戦している当人達――――より正確には、今にも負けそうな雫は事情が異なる。

 ハンデは、たっぷりと付けてもらった。
 海人とはこの手のゲームにおける経験が違いすぎるし、なにより素の知力の差が大きすぎる。
 なので、海人には下段五列に五回花火玉を隣接させて消さないと消えない妨害ブロックを積んでもらった。
 それでもまだ勝ち目が薄いだろうと思ったので、開始から五分は三連鎖以上禁止という縛りも付けてもらった。
 ついでなので海人側が消した時に雫に送る妨害ブロックの数を半分、雫が送る数は倍にもしてもらった。

 ここまでやれば、いかな海人相手とはいえそこそこ戦えるだろう。
 ゲームが始まるまでは、そう考えていた。

「なんであんだけハンデ付けてこんな早く追い詰められてんですかぁぁぁぁ!?」

「はっはっは、甘いな雫。せめて妨害ブロックの耐久度を十回にしておくべきだった。
それならもう少し持ち堪えられただろうになぁ」

 必死で花火玉を消し続ける雫に対し、余裕の笑みを向ける海人。
 
 当然ながらその間画面からは視線を逸らしているのだが、それにもかかわらず次々に五連鎖以上を引き起こしている。
 予告の花火玉を見た段階でどこにどう置くべきか完全に把握しているからこその芸当だ。

 そして、花火玉を粗方消し終えると再び一瞬の迷いもなく積み上げまくり、次の攻撃の準備を開始する。
 ハンデの妨害ブロックの大半を消してから、延々続けている鬼のようなループだ。
 妨害ブロックを送れる数のハンデさえなければ、とうの昔に勝負は決まっていただろう。

 とはいえ、雫はかなり立派に戦っている。
 山のような妨害ブロックが送られてきた際も、めげずに持ち前の動体視力と反射神経を活用して着実に消し続けているのだ。


 そしてこのゲームでは対戦限定でキャラごとの固有技が使えるのだが、雫はそれも最大限活用してもいた。
 彼女が使うキャラの固有技は一時的に花火玉やブロックの落下を止め、任意の一列を消すというもの。
 海人相手ではまるで役に立たなそうな技だが、
これは一列を消した際四連鎖以上するとまだ落下していない妨害ブロックを全て消す効力も持ち合わせている。
 これでどうにか雫は何度かあった即死の危機を乗り越えていた。

 そればかりか、彼女は未だに勝負を諦めていない

「ぬぐぐぐ……まだ、まだです! まだ勝負は終わってません……!」
 
「くっくっく、確かにそうだ……が、私がまだ固有技を一度も使っていない事には気づいているかな?」

「海人さんのは大した事ない固有技じゃないですか。いくらなんでもそれだけじゃ敗因にはなりません!」

 邪悪に嗤う主に、雫は雄々しく叫び返した。

 確かに、海人はまだ一度も固有技を使っていない。
 単純に連鎖を作って消しているだけで、雫を追い詰めている。
 固有技を使えば、更に脅威となる事は間違いないのだろう。

 が、海人が使っているキャラの固有技は大したものではない。
 妨害ブロック一つの色を任意の色の花火玉に変えるというだけの物。
 色を選択している間は落下が止まるし、それで連鎖を起こすと送る妨害ブロックの数が増えるという利点もあるが、
変わるのはたかが一個、それもどの妨害ブロックが変わるかは選べないのだ。

 実力差は変わらず圧倒的だが、それゆえに今更固有技を使われたところで大した意味は無い。
 雫はそう思っていた。 

「ま、確かに使い方は難しいな。
だが雫……私の妨害ブロックが既に一つしかなくなっている事には気づいているかな?」 

 海人の言葉に、雫の肩がびくりと跳ねた。

 防御に手一杯で海人の状況までは確認できていなかったが、見れば確かに妨害ブロックの数は残り一つ。
 つまり、邪魔なこのブロックを任意の色に変えられる。
 十連鎖すら造作もなく組み上げるこの怪物が。

 慄く可愛らしい護衛に海人は優しく、だが無慈悲に止めを刺す。

「これで終わりだ」

 海人は雫の顔を眺めながら、おもむろに妨害ブロックの色を変化させた。

 まず、最下段の花火玉が六個消えた。
 次にその上に乗っていた花火玉が連鎖して消え、それで崩れた上の段が更に連鎖を起こす。
 まるで手品のように次から次に花火玉が消え、どんどん大きな花火が打ち上がる。

 同時に画面から楽しげな野太い男の声が聞こえ始める。
 三連鎖以上になると、選択キャラクターの音声が流れる仕組みなのだ。 
 海人が選んだキャラの声はやたら元気で威勢が良く、たーまやーだのうっしゃあだのひゃっはーだの、
うっひょーだの、もう腹立たしくなるほど楽しげな声が次々に放たれる。

 そして海人の画面に残されていた最後の花火玉までが消え去ると、

『俺様っ! ビィィィィッグボンバァァァァァ!』

 海人が使用していたキャラが、叫び声を室内に轟かせる。
 それは、海人の勝利を祝う声でもあった。

 というのも、もはや雫に打つ手はないからだ。
 
 固有技使用に必要なゲージはほぼ空。
 多少の連鎖で打ち消せる妨害ブロックの量ではない上、今の雫に出来るのは三連鎖止まり。
 隕石に小石を投げる以外の対抗手段がないようなものだ。

 ――――それでも雫は小石を投げた。

 容赦ない主に恨めし気な視線を向けながら。
 そして儚い抵抗は打ち砕かれ、ずしんずしんと妨害ブロックが積み上がり――――雫は敗北した。

「んっがあぁぁああぁぁっ! 完全に負けたぁ! あんっっっだけハンデ付けたのにぃぃぃぃっ!」

 画面を見て、雫は頭を掻きむしる。

 そこにあるのは、妨害ブロックに埋め立てられた多くの花火玉と、綺麗さっぱり何もなくなった闇。
 かなりやりこんだ上大量のハンデまで付けたというのに、あまりにも圧倒的な差だ。

「あの程度のハンデで勝てると思うあたり、まだ甘いな。
だがまあ……私相手によく粘った。偉いぞ」

「偉いと思ったんだったら手心加えて下さいよぅ……」

「はっはっは――――必死で立ち向かってくる相手を叩き潰すのは楽しいと思わんか?」 

「……ふん、いいですよーだ。今度やる時はきっちり必勝の策立てますから」

 腐れ外道な発言をする主に向かって、べーと舌を出す。 
 その仕草は外見と相まって実に可愛らしい邪気を感じないのだが、海人は念の為釘を刺しておくことにした。 

「言っとくが、ゲーム中に私に直接攻撃するのは禁止だからな」

「えー?」

「そこで不満そうにする自分をおかしいと思わんか?」

「勝つ為にはいかなる卑怯卑劣な手段も用いる。それこそが戦いってもんです」

 何ら恥じる事はない、と胸を張る雫。
 実戦ならともかくお遊びのゲームにその価値観は問題大有りだ。
 
 が、海人は部下の発言にこれといって動じた様子もなく、あっさりと言葉を返した。

「ふむ、まあもっともだ。では、今度は刹那に審判をやってもらい、負けたらくすぐり一時間という事で。
あ、勿論ハンデは無しだぞ」

「うわー、容赦皆無ですねー」

 あまりの徹底っぷりに、むしろ感心する雫。

 刹那が審判を務めれば直接攻撃など許すはずがない。
 やろうとしたところで、その前に止められるか迎撃される。
 その上ハンデ無しとなれば勝ち目はなく、罰ゲームは確定する。
 最悪、怒った刹那にぶん殴られた挙句くすぐり地獄に御招待だ。 

 一応こういう容赦の無さも雫にとっては好ましいのだが――――対象が自分でさえなければ、と但し書きが付く。

「人聞きの悪い。本当に容赦しなかったら、すぐにでも刹那に今の発言を教えて協力してもらい、
教育という名目で今後私に対してそんな企みを抱けないよう明け方までくすぐりフルコースだ」

「鬼ですねっ!?」

「はっはっは、えげつなさで私に勝とうなど百年早い。さて、丁度昼食時か。今日は何だろうな」

 壁にかかっている時計を眺め、海人は上で作られているであろう料理に思いを馳せた。
 今日の食事当番は刹那だが、最近はかなり上達しているので期待できる。
 自分で新しい料理を作ろうとすると、途端にリスクが跳ね上がるのが難点だが。 
 
「ブラウンライオットの塩焼きに大根おろし乗っけて丼にするって言ってましたよ。
それとルミナスさん直伝ドレッシングを使ったサラダにお豆腐と油揚げのお味噌汁。
あとは昨日あたしが作ったのの残りを小鉢でちょいちょいと」 

「そういえば、昨日のひじきは美味かったな。
味付けがいつもよりほんのり甘めだったが、良い感じだった」

「ふっふっふ、ちょっと工夫してみたんですよ。
最近お姉ちゃんが上達してきてますし、あたしのプライドの為にも抜かれるわけにはいかないです」

 めらめらと、瞳に闘志を燃やす。
 
 姉の料理の腕が上達したのは、喜ばしい。
 文字通り殺人料理か、不味さで人を殺せそうな料理しか作れなかった姉が普通に美味い物を作っている事自体は、
妹として嬉しい事は本当だ。

 しかし――――だからと言って料理の腕で抜かれる事を許容できるかは別の話だ。

 文字通りの殺人料理はともかく、あまりの不味さに死にそうになった料理の数々。
 あんな味を作り出していた人間に抜かれるなど、プライドにかかわる。  
 これでも実家で母から丁寧に手習い、貧しすぎる冒険者時代も美味い物を食おうと頑張って腕を磨いていたのだ。
 今更、姉に負けるわけにはいかないのである。
 
「ふむ、まあ私としても美味い物が食えるならその方が嬉しい。
切磋琢磨して頑張ってくれ」

 負けず嫌いで向上心旺盛な護衛の頭を撫でながら、海人は研究室を後にした。







 番外編17






 海人の屋敷で、ラクリアは掃除に励んでいた。

 何故こんな事をしているか、理由自体は単純だ。
 海人の厚意で好きなだけ滞在していいと言われはしたが、それでも三食付きの居候である事は事実。
 多少なりともこの屋敷に貢献しなければ肩身が狭いのである。
 
 なので何かやろうとしたのだが――――彼女に出来る事は思いのほか少なかった。

 最初に考えたのは、裏の森へ食料を狩りに行く事。
 この屋敷は人数の割に肉の消費量が多いようなので、多くあって困る事はないと思ったのだが、致命的な問題が一つあった。
 気配察知が出来ないラクリアでは獲物を探す事も難しく、どれほど時間がかかるか分からないのだ。
 ゆえに狩りをするならフェンの力が不可欠だが、彼は現在傷を癒す為休養中である。
 ラクリアが行かずとも刹那が毎回悠々と狩って帰ってくる事もあり、この案は却下せざるをえなかった。
 
 次に考えたのは料理だが、悲しい事にこれも却下せざるをえなかった。
 一応、連日野外で野宿している時に腕は磨いたが、この屋敷で出てくる料理はどれもレベルが違う。
 刹那はまだ努力すれば短期間で手が届きそうなレベルだが、海人と雫は無理そうだった。
 海人は幅広い料理をそつなく比較的高レベルでこなし、雫は幅で海人に劣るが質ではるかに上回る技量がある。
 聞けば海人は幼い頃から母に仕込まれ、雫は冒険者時代少しでも美味い物を食べようと必死で腕を磨いたという。
 最近料理を始めたラクリアが及ぶはずもない。

 最後に考えたのが、掃除。
 ラクリアはそこそこ綺麗好きなので、子供の頃から勉強部屋は自分で片付けていた。
 本格的な掃除は使用人の役割だったが、時々その光景を見ていたので要領も知識としては知っている。
 そして、この屋敷は三人で住むには広いので、使っていない部屋も多い。
 聞けば雫が一通り掃除しているらしいが、やはり面倒という思いは拭えないという。
 なら、使われていない部屋を自分が掃除すれば多少なりとも役に立てる。
 更には、一応掃除用の奥の手とも言うべき特技もある。

 やるまでも無く、掃除以外の選択肢は消えてしまったのである。
 本音は料理などをやってみたかったが、余計なお世話にしかならない事が目に見えている以上是非もない。 

 とはいえ、少し汚れ始めていた部屋を綺麗にするのは良い気分にもなる。
 僅かながら世話になっている者達の役にも立てるのだから、悪い事はない。

 なのでラクリアは鼻歌など歌いながら作業を楽しんでいたのだが―――――唐突に響いてきた音に、手が止まった。

「……なんでこんな音?」

 隣の部屋から聞こえてきた音に、首を傾げる。

 音からすると、磁器が割れた音だ。
 王城で何度か聞いた事があるので、間違いないだろう。
 
 だが、それにしてはやたらと音が大きかった。
 まるでただ落としたのではなく、床に思いっきり叩き付けたような音色。

 何かの拍子に高い所から物が落ちたのなら、早めに破片を回収した方が良い。
 そう思ったラクリアは、拭いていた花瓶を手早く拭い終え隣の部屋に入り――――絶句した。

 その部屋は、めちゃくちゃであった。
 窓ガラスは無惨に砕け散り、カーテンは千切れ、壁には穴が見受けられる。
 ベッドの足も折れており、微妙に角度が傾いていた。
 
 そんな惨状の中心には、刹那の姿。
 暗い顔で、花瓶と思しき物の破片を一つ一つ丁寧に拾って袋に入れている。
 大きな物を一通り拾い終えたところで、彼女はようやく部屋の入口にいるラクリアに気付いた。

「あ……ラクリア殿。申し訳ありません、花瓶の破片がそこら中に飛び散っていると思いますので、
入らないでいただけると……」

「問題ない。穏やかなる風、逆巻きて場を吹き抜けよ《ロウ・ワールウインド》」

 ラクリアの詠唱が終わると同時に、部屋の隅に小さなつむじ風が起きた。

 それは微細なゴミを巻き上げ、集まったゴミをその中に捕らえながら移動を始める。
 ゆっくりと、だが着実に部屋中の磁器の破片はおろか埃すらも内部に溜めていく。
 風が粗方ゴミを集め終えたところでラクリアは刹那にその場を退いてもらい、
彼女の足元にあった小さな破片を回収させた。

 そして最後にラクリアが手に持っていた袋へと、全てのゴミを風で放り込む。

「ん、たっぷり取れた」

 少し満足げに、微笑む。

「す、素晴らしい……! おそろしく便利な魔法ですね!」

「そうでもない。この魔法はこういう作業だと制御が難しいから、真似しない方が良い」

 目を輝かせる刹那に、苦笑しながら釘を刺しておく。

 ロウ・ワールウインドは本来敵の目くらましを目的とした魔法だ。
 低位魔法ゆえに威力は弱いが、それでも普通に使えばゴミが散らかるどころか部屋がメチャメチャになる。
 今やった事を実現するには、威力を極限まで減衰させ、気流の操作もつむじ風が大きくなりすぎないよう調整せねばならず、かなり神経を使う。

 ラクリアとて半ば監禁状態であった時に室内で出来る高等魔法制御の練習として考え、その後何度も練習したから上手く出来るだけだ。
 最初の時など、加減を間違えて集めている途中でゴミが全部自分目がけて飛んできた。
 
 完全に出来るようになるまで時間がかかり、出来てもかなり神経をすり減らすという事を考えると、普通に掃除した方がはるかに楽だ。 
 
「そ、そうですか……」

「……それはそうと、何があったの?」

 部屋の惨状を見回し、問いかける。

 この凄惨な荒れ具合からすると、日頃の鬱憤を部屋にぶつけているように思えた。
 自分には何もできないかもしれないが、それでも愚痴ぐらいは聞ける。 
 ラクリアがそんな善意に満ちた思いを抱いていると、刹那が後ろめたそうに口を開いた。

「そ、その……掃除の練習をしていたのですが……気付いたらこの有様に」    
  
「……嘘はいいから。何か、鬱憤溜まってるんでしょう?」

 刹那の正直な告白をにべもなく否定し、あくまでも労わるように問いかける。
 常識的に考えて、掃除しようとしてこの惨状はありえない。
 まして相手は料理も上手く、何でもそつなくこなせそうな刹那。信じられるはずがない。
 
「で、ですから本当に違うのです! 
拙者は昔から恐ろしく掃除が下手で……その、七歳の時に母から禁じられてしまった程なのです。
海人殿は、出来るようになるまで練習すればいいとこの部屋をあてがって下さったのですが……いまだ、御覧の有様という次第でして」

 恥ずかしそうに、顔を俯かせる。

 海人はいくら壊しても創造魔法やロボットで何とでもすると言ってくれているが、まるで上達しない。
 正確には上達はしているが、効率の悪さが凄まじいのだ。
 普通の人間が十壊せば百上達するとすれば、刹那の場合万壊して一上達すると言ったところ。
 申し訳ないやら情けないやらで、もはや恥じ入る他ない。

 そのあまりに真剣な落ち込みっぷりに、ラクリアもようやくそれが本当だと信じる気になる。
 
「……コツ、教える? 使用人達を見て覚えたコツだから、少しは役に立つと思う」  

 淡々と、だが気遣わしげにそんな提案をする。

 今日掃除をしていて、掃除の知識を実践する事にも特に問題ない事が分かった。
 知ってさえいれば、誰でも出来る程度の事である。
 それでも箱入り育ちの自分が教えるなどおこがましいとは思うが、
そこまでひどい人間相手なら参考程度にはなるだろう。

「それは是非お願いしたいですが……よろしいのですか?」

「ん、お世話になってるから」

 申し訳なさそうにしている刹那に、ラクリアは優しく微笑んで答える。

 この屋敷の人間は皆優しく、フェン共々良くしてもらっている。
 それを思えば拙い知識を教える程度の手間、何でもない。
 むしろそれを惜しんだら罰が当たるだろう。
 命の危険があるわけでもないのだから。

 ほんの数分後、刹那の手からすっぽ抜けた花瓶で昏倒するまで――――ラクリアはそんな事を考えていた。

    


 番外編18




 海人の屋敷の食堂。
 ここは二十人以上でのパーティも可能な広さがある。
 現在屋敷に定住しているのは三人。
 ほぼ定住と言って差し支えない人間を入れても五人。
 この人数で使うには、あまりに過分な広さだろう。

 とはいえ、五人で使う時はあまり広いと感じる事はない。
 料理好きなルミナスが毎度のようにこれでもかと新作料理を大量に並べる為、
またどこに収納されているのか海人が首を傾げる程に食らい尽くす女性陣の勢いもあり、
これだけの広さがあってなお寒々しさは感じない。
 さらに言えばなんのかんので仲の良い面子である事もあり、がっついて食べながらも楽しく賑やかに雑談もしている。

 広すぎる部屋にもかかわらず、それを忘れる程に和やかで温かい空気が流れる。
 それが普段の海人邸の食堂だ。

 が――――今日は少し趣が違った。

 五人揃っているのに寒々しい、というわけではない。
 むしろ形容しがたい熱気に満ちており、いつも以上に賑やかだ。

 皿の数が少ないというわけでもない。
 いつものような手を掛けた料理が載った皿はないが、数はやたら多い。
 どれもこれも生の食材が載っているだけだが、盛り付けも美しい。
 観賞される事も無くどんどん消えていってはいるが。

 誰かが喧嘩して空気が悪くなっている、というわけでもない。
 料理の消費速度は速いが、皆普段通り楽しげな雑談に興じている。
 
 なのだが――――――なぜか、互いにけん制し合っていた。

 和やかに会話しながら相手の一挙手一投足に神経を張り巡らせ、
穏やかに笑いながらさりげなく視線を滑らせ何かを確認している。
 そういった腹芸が苦手な刹那でさえも、例外ではない。

 唯一普段と変わっていないのは、海人のみ。
 彼だけは能天気に箸を進め、マイペースに自分の舌を満足させている。
 
 もっとも、あからさまな周囲の空気に気付いていないわけではないが。

「やれやれ……各自スープを取り分けて好きな締めを食べればいいんじゃないか?
というか、元々その為に色々作ったんだが」

 手を止め、呆れたような視線を周囲の女性陣に滑らせる。

 けん制し合っている原因は、非常に単純だ。
 今日の料理は、多種多様な具材をたっぷりと放り込んだ寄せ鍋。
 次々に大鍋に張られた出汁へと放り込まれた食材によって、その汁には混然とした極上の旨味が生じている。

 未だ旨味を増していくそれに、最後何を入れるかで互いにけん制しているのだ。 

「論外ですわね。どんな物でも大量に作った方が美味しいというのは常識ですもの。
そして、これほど濃厚で美味しいスープなら御飯を入れるのが正道ですわ」

 さりげなく手元に引き寄せた米櫃を撫でながら、シリルが断言する。

 ありとあらゆる多様な旨味が溶け込んだ極上のスープ。
 これほど濃厚な物に対抗できるのは、米以外にはありえない。
 米をどっさりと放り込み、醤油を一回ししてから卵を割り入れて雑炊にする。
 それこそがこのスープを味わい尽くす最高の方法。
 
 シリルは、そう確信していた。

「なーに言ってんですか。雑炊にしちゃったらそれ一つしかなくなります。
おうどん入れればスープの味自体を楽しみつつ、うどんとの組み合わせも楽しめます。
あ、勿論一通り食べ終わってから雑炊にするってのはありだと思いますけど」

 シリルの言葉に、雫が笑いながら噛みつく。

 一口味見した限り、このスープはそのままで十二分に美味い。
 ならばその味を楽しみつつ、良く合う物との相性を楽しむべきだ。
 雑炊の素晴らしさを否定するつもりは毛頭ないが、それはうどんの後であるべきだろう。

「概ね同意だが、うどんでは太すぎると思うぞ。これならば蕎麦でさっぱりと食べるべきだ。
そしてそれを楽しんだ後で雑炊。蕎麦湯と同様良い味が出るだろうし、これが最善だと思うがな」

 妹の提案に賛同しつつも、微妙に異なる意見を述べる刹那。

 このスープの味は濃厚だが、同時に繊細でもある。
 うどんは好きだが、これに合わせるには少々太すぎるだろう。
 むしろ蕎麦のように細くしゃっきりとした物にスープをたっぷり絡ませて食べるべきだ。
 幸い、海人が十割蕎麦の良い物を作ってくれている。
 これならば潜らせた後に蕎麦特有のほんのりした甘味もスープに溶け出て、良い味に仕上がるはずだ。

「……二人の意見は分かるんだけど、私も雑炊がいいと思うのよね。
蕎麦とかうどんも良いと思うけど、それやった後に雑炊やるとスープに粘り気出すぎちゃうと思うのよ」

 少し難しい顔をして、ルミナスがシリルの意見に乗っかる。

 うどん、蕎麦。
 確かにどちらも魅力的ではある。
 スープに絡めて啜って食べれば、さぞかし美味い事だろう。

 だが、この面子が満足する程の量を湯に潜らせるとなると、溶けだした麺の粉によってスープの粘度が馬鹿にならない。
 まして、食べている間にもスープはどんどん煮詰まっていく。
 その場合、雑炊の食感がどうなるかどうしても不安が残る。
 
 ならばいっそ、最初から雑炊にして食べるのが一番だ。
 うどんや蕎麦も魅力的だが、やはり雑炊が放つ魅力には及ぶべくもない。 
 
 そんな事を考えているこの屋敷の食における最大権力者の言葉に、刹那と雫が若干怯む。
 
 ルミナスがこう言う以上、確かに最善は雑炊なのだろう。
 この場でもっとも料理が上手く、尚且つ舌も非常に肥えている。
 そして自分の欲求の為だけに他者の要望を排除するような嘘を吐ける女性でもない。

 だが――――自分達は麺類を食べたいのだ。

 雑炊は確かに魅力的だが、今の気分は麺類。
 この最高のスープをたっぷりと絡ませ、これみよがしに啜りながらその旨味を満喫したい。
 一口食べたら今度はスープを啜り、その繰り返しだけで一夜明けてしまいそうな程に食欲をそそられる。
 例えそのせいで雑炊が食べられなかったとしても、今は蕎麦なりうどんなりを食べたいのだ。
 残念ながら、この屋敷での立場上あまり強硬な主張は出来ないのだが。

 そんな二人の意思を、ルミナスはすぐに察知した。

「んー……納得できなさそうねぇ。数の上でも二対二。
となると角が立たないのは……カイト、あんたは何が良い?」

 どうでもよさそうにしているこの屋敷の主に、話を向ける。

 現状数の上では同等。海人の判断が加われば、軍配は傾く。
 なにより彼は一応この屋敷における最大権力者なので、その意思は最大限尊重される。
 刹那達は海人の決定なら不承不承でも頷くだろうし、自分達もそうだ。
  
 周囲の視線を一身に浴びて考え込み始めた海人は、数秒して結論を出した。
 
「……蕎麦だな。雑炊も良いが、今日の気分はそれだ」

 その言葉を聞いて、ルミナスとシリルが肩を落とした。
 覚悟していなかったわけではないが、自分達の意見が通らなかったのは少々悲しいものがある。
 とはいえ、決は下った。もはや、麺を食べた後のスープで作った雑炊の食感が悪くならない事を祈る他ない。

 対して、刹那と雫は喜んでいる。
 麺類を食べるという要求さえ通れば、スープに潜らせるだけなので両方食べて問題ないのだ。

 そんな悲喜交々な状況を眺めながら、海人は心の中で呟く。
  
(スープなんだから創造魔法でいくらでも作れるはずなんだが……さてさて、いつ気付く事やら)      

 そんな事を考えながら、この場最悪の根性悪は素知らぬ顔で粗方具材が消えた鍋の汁を漉し始めた。





 番外編19





 海人の屋敷の地下室。
 ここは、普段は割と整った部屋だ。
 大量に作成された研究系の書類は分野別に丁寧に分けられ、
研究機材もすっきりと収まる場所に配置され、道具はどれもしっかりと手入れされている。
 少々無機質ではあるが、程良い清潔感と生活感が漂う部屋だ。
 
 一度部屋の主が研究を始めると大量の紙で部屋が埋め尽くされるが、それでも生活感は消えない。
 清潔感は消え、ついでに膨大に生み出される叡智の数々に現実感も消えるが、
一目で分かる膨大な労力の結晶が明白なだけに生活感だけは消えないのだ。

 ―――――が、今日に限っては、それが皆無と言っていい程に失われていた。

 地面に散らばっているのは、無数の小太刀。
 半ば程からへし折れた物、砕け散った物、柄だけになった物等々、
実に多種多様な壊れっぷりを晒している。

 その様は、まさしく剣の墓場。
 一本たりとて無事な物はなく、その生を燃やし尽くしてしまっている。
 とりあえず、溶かして打ち直す以外の修繕方法があるものはない。
 生活感どころか、凄惨な戦場の風情である。

 そしてその中心に雫が立っているのだが――――ひどい有様だった。

 普段の快活な笑顔は鳴りを潜め、代わりに今にも倒れそうな疲弊が現れている。
 全身汗だくで短めの黒髪も顔に張り付き、やたら薄汚れて見える。
 
 しかし、彼女はそんな状態でも二本の小太刀をしっかりと握っていた。

「……だああああああっ!」

 本日何百回目かになる、雫の雄叫びが響く。

 同時に二本の剣閃が閃き、彼女の眼前にある光輝く直方体に襲い掛かる。
 姉には及ばずとも、雫の技量は卓越している。
 中位ドラゴンの鱗も易々と切り裂く、恐るべき攻撃だ。

 が、直方体――――海人作成の無属性防御魔法は、ひたすら理不尽だった。

 バキィン、と鈍くどこか甲高い音が響き、一本目の小太刀がへし折れた。
 次いでガキィン、という音が響いてもう一本の小太刀が砕け散る。

「また折れたぁぁぁぁぁあっ!? どんだけ出鱈目な強度なんですか!?
ってかそもそもこれ壊せる物なんですか!?」

「理論上壊せなくはない。まあ、現実的には難しいと思うが」

 地団太を踏む雫に、淡々とした口調で答える海人。

 今やっているのは、新作防御魔法の耐久実験だ。
 今まで開発した魔法のどれよりも圧縮率を上昇させ、それによって強度を跳ね上げた物。
 発動時間の長さに難があるが、悪夢のような強度とかなりの長さの持続時間を併せ持っている。

 とはいえその性能はあくまでも理論上の話。
 魔法は未だ未知の要素が多いので、計算外の事が起こる可能性は否めない。
 無論持続時間は計測したのだが、強度はやはり実際に試してみて確かめたかった。

 出来れば刹那に試してもらいたかったのだが、生憎彼女は裏の森に肉を狩りに行っている。
 帰宅を待つか、と思っていたところに雫が名乗りを上げたのでやらせてみたのだが、結果が今の現状だ。
 途中で作戦を変更して同じ個所に連撃を叩き込んでいるのに、ビクともしていない。
 それどころか、使った小太刀が次々とへし折れるという惨状だ。
 創造魔法のおかげで予備は山ほどあるが、まるで地獄のような光景である。
 
「……これお姉ちゃんでも無理なんじゃ……いや、でもお姉ちゃんなら壊せはしなくても斬れるかも……」

 山積みになった予備の小太刀を手に取りながら、考え込む。

 正直、この障壁の強度は異常だ。
 純粋な衝撃の威力での破壊は不可能に思える。
 
 が、刹那なら切断による破壊が望めるかもしれない。
 雫は技量的にそれは無理と判断し、連撃による衝撃の一点集中で破壊を試みたが、
姉の技量ならば斬れるかもしれない。

 幸いというかなんというか、さんざっぱら小太刀をへし折り続けている間に、姉は帰宅している。
 気配の動きからして、ついさっき厨房を出て今はこの地下室へ向かっているようだ。
 ひょっとすると、可愛い妹の仇を討ってくれるかもしれない。
 また、討てずとも姉で駄目ならどうにもならないと諦めもつく。
 
 そんな事を考えていると、部屋の入り口が開いた。
 
「ただいま戻りました。良いブラックボアが……あの、何が?」

 きびきびと報告していた刹那が、途中で唖然とした。

 まあ、無理もない。
 研究室であるはずの部屋に入ったら、部屋中央に光り輝く直方体、床には大量の小太刀の残骸、
ついでに疲弊しきった妹とそれを見つめている主。

 彼女ならずとも、分析するまで若干の時を要するだろう。

「お姉ちゃん、あれ斬って。あたしじゃ無理だったけど、お姉ちゃんなら……!」

「……察するに、防御魔法の強度を試したいという事ですか?」

「ああ。まあ……できれば、君の攻撃に耐えられるかも試しておきたいな」
   
「承知いたしました。では――――」

 海人の言葉に、刹那は粛々と頷いて腰の刀を抜いた。

 普段とは違い、抜く刀は一本。
 それを両手で持ち、青眼に構える。

 雫は未熟だが、決して弱くはない。
 その彼女がこれだけの数の小太刀を無駄にしたのなら、強度は間違いなく桁外れだ。
 打撃で壊す事は無理だろうし、斬撃も通るか怪しい。
 ならば自身が持てる全力、それを一撃に注ぎ込む必要がある。

 神経を極限まで研ぎ澄ます為、ゆっくりと呼吸を整える。
 その間にも対象との距離、踏み込み方、最高の一撃を放つ為の計算を進めていく。
 
 そして数瞬後――――刹那は一気に直方体へと踏み込んだ。

 無駄に優れた動体視力を持つ海人でさえ完全には捉えきれない、彼女の最高速。
 その速度を全て鋭さに変換し、対象を斬り捨てる事に注ぐ。
 全身全霊を込めた一撃が直方体へと振り下ろされ、

「…………なっ!?」

 直後、硬質な音と共に刹那の驚愕の声が響いた。 

 刹那の一撃は、直方体に傷一つ付ける事もできなかった。
 それは振り下ろされた刃をものともせずへし折り、何事もなかったかのように佇んでいる。
 やや遅れて、折れ飛んだ刃が地面に落ちる音がした。

「刹那でも無理だったか……とりあえず、この場で出来る耐久テストの結果としては満点だな」

「お姉ちゃんでも全く斬れないってどんな強度ですか、ホントに……」

 満足そうに頷く主に、げんなりとした声を出す。
 
 ここまでの強度となると、正直相手に何を想定しているのか分からない。
 姉より凄い剣技の使い手がいないとは思わないが、それでも世界有数だとは思う。
 使っている刀も相当な名刀なのにあれでは、他の人間に斬れるとも思えない。
 しかも雫の数百にも及ぶ攻撃を防いだ事で、衝撃面での耐久性も証明している。
 
 御伽噺に出てくる山よりも大きい悪竜とでも戦うつもりか、と言いたくなってしまう。

「……まあ、良い事だろう。これほどの強度の防御魔法なら、いかなる攻撃も防げる。
拙者達が独占できるという事まで考えれば、強力どころの騒ぎではない。
今までの防御魔法でも十分すぎる程強力だとは思うがな」

 海人から受け取った刀を腰に差し、淡々と諭す刹那。

 武人としてのプライドは少々痛んだが、これほどの防御魔法を独占できるとなれば心強い事この上ない。
 いかなる戦闘でも、相手の攻撃を確実に防げるならそれは大きな有利。
 全身全霊の攻撃を防げば、直後に必殺する事も可能だ。
 
 もっとも、今までの防御魔法でも十分似たような効果が期待でき、それが無駄な程に補強されただけでもあるのだが。

「あー……実は、この魔法色々問題があってな。君らが使えるように調整するのは、相当時間がかかりそうなんだ」

「ほえ? いやまあ、発動時間大体一分ぐらいでしたから実戦だと使い勝手悪いでしょうけど……持続時間文句なしですし、
耐久性は限界不明……とりあえず教えてもらう価値はあるんじゃないですか?」

「一分か。実戦では厳しいが……それで一撃必ず防げると思えば、使い道はあるな。
海人殿、とりあえず術式を教えていただけませんか?」

「いや、教えても無駄だ」

 刹那の言葉を海人は逡巡もなく切り捨てた。
 どこか後ろめたそうに、視線を逸らしつつも。

「そんなに難しい術式なのですか?」

「そうではなく……その、魔力消費がな」

「ん? いくつです? 二十万とか三十万ぐらいなら、それでも使い道ありますよ?」

「あー……五百万だ」

『ぶっ!?』

 海人が放った数字に、姉妹は仲よく噴出した。

 五百万。自分達も魔力量は多い方だが、それでも二百万には届かない。
 というより、世界的に見ても百万以上でさえ恐ろしく稀だ。
 五百万など、おそらく目の前の怪人以外に持っている人間はいないだろう。
 さらに言えば、その海人でさえ魔力補給なしでは一度しか使えない。

 役立たずもここまでくればいっそ清々しい。

「いや、強度を極限まで追求したらどうなるかという実験だったんだが……発動時間と持続時間は使える程度にできたんだが、
魔力消費が悪すぎてな。正直、ここから改良するにしてもどれだけ改善できるか分からん」

「あのー、つまりあたしは自分じゃ使えない上に海人さんもまず使わない魔法の検証の為にこんなバテたんですか?」

「一応途中で止めたが、君が意地になってしまってやめなかったんだろうが。
本当は君らに一回ずつ全力で斬ってもらったら、宝石で魔力補給しつつ六枚作って中に爆弾何個か入れて耐久実験しようと思ってたんだ」

 恨みがましく睨んでくる雫から、さりげなく視線を逸らす。
 
 実のところ、雫が五回目斬ったぐらいで海人は止めた。多分無理だから止めておけと。
 それを聞かず意地になって止めなかったのは雫であり、海人に非はない。
 
 が、あまりにも血走った目で色々試す雫に細かい話をしそびれ、疲労困憊まで放置してしまったのも事実。
 少々後ろめたくはあった。

「あうう……も、やだ」

 虚ろな目でそう呟くと、雫はバタンと床に倒れた。
 そしてそのまま、しくしくとこれみよがしに啜り泣く。
 
「……あー、うん。なんだ、私も止め方が悪かった。
詫びというわけではないが、今日は君の好きな菓子を作ろう。何が食べたい?」

「……冷やし汁粉食べたいです。白玉付きで」

 ピタリと泣き声を止め、はっきりと要望する雫。
 海人は図々しい妹に拳骨を入れようとする刹那を制し、承諾した。

「よし、では昼食のデザートはそれにしよう」

「……ついでに無駄に疲れた間抜けを食堂までおぶって運んでくれると元気が出るかもしれません」

「はいはい」

 苦笑しながら、倒れた雫を背中に乗せる海人。
 彼はどのタイミングで妹をはっ倒すべきか考えている刹那を宥めつつ、地下室を後にした。
   
 


 番外編20





 静かな屋敷の一室で、一組の男女が向かい合って朝食を取っている。

 一方はその筋では有名な天災科学者――――天地海人。
 もう一人は最近彼の妻になった女性――――エミリア・天地。

 そんな新婚ほやほやな二人の献立だが、一見すると華やかな二人に似つかわしくない程に味気ない。
 ベーコンエッグにパン、緑黄色野菜のサラダ、そして牛乳。
 一応食後にはフルーツも揃っていて栄養バランスは悪くないのだが、反面平凡すぎて芸がない食事だ。

 が、その中身は平凡という言葉からは程遠い。
 
 まずベーコンエッグだが、材料はどれも最高級で、かつベーコンは自家製。
 しかもカリカリに焼けた薄切りの物と、厚めに切られた食べ応えたっぷりの物という、対極的な二種が用意されている。
 卵は定番の目玉焼きだが、白身が凝固し、かつ黄身の旨味が最大限活性化するギリギリの火加減。
 カリカリに焼けたベーコンにその黄身をまぶし、トーストと一緒に食べるとそれだけで堪えられない美味さである。
 
 次にパン。これも良い小麦を使った自家製だ。
 しかも海人が食卓に着く直前に焼き上がった、出来たてほやほやの物。
 千切るとそれだけで湯気が出る程に熱々である。

 サラダもそれ自体は平凡と言えば平凡だが、それにかけるドレッシングの種類は実に二十種。
 その日の体調や気分で好みの物を選んで食べる、贅沢この上ない手法だ。
 しかも、作り立てが一番という事でどれも今朝作られたばかりの物である。

 牛乳やフルーツは小細工なしにそのままだが、これもやはり品質は高い。
 見た目こそ平凡だが、自宅でこれだけ用意している者は他にいないだろう。

「ね、今日のベーコンはどうかしら?」
  
「ふむ、ベーコンの香りがいつもより強いが、燻製の時間を変えたか?」

「ええ、ちょっと長めにしてみたの。少しキツかった?」

「それほど気にならんが、いつもの方が好きではある。ま、誤差範囲だから気にする必要はないさ」

 少し心配そうに問いかけてくる妻に、苦笑を返す。

 確かに香りがキツめだが、そこまで強烈というわけでもない。
 真っ当なレストランに行ってもありえるような、微々たる違いだ。
   
「了解。そんじゃ、次からいつものに戻すわ。
それとパンもちょっと材料の比率変えてみたんだけど……」
 
「ああ、いつもより極僅かに甘く感じるな。
しかし、ベーコンと一緒に食べると存外相性がいい」

 パンを飲みこみ、そんな感想を述べる海人。

 パン単独では集中しないと気付かない程度の差だが、
ベーコンと一緒に食べるといつもとの違いがくっきり表れる。
 単独なら普段食べている物の方が美味いのだが、一緒に食べた時はそれが逆転する。
 他の味と組み合わさった時の旨味の膨れ上がり方が、倍近く感じるのだ。

「そりゃあ、それを狙って変えましたからね。
で、どうかしら今日の朝食は。美味しい?」

「ああ、総合すればいつもより更に美味い食事だ――――で、何をして欲しいんだ?」

「うっ……バレた?」

「お前が味の感想を殊更に聞いてくる時は、大概何か頼み事がある時だからな。
で、今度は何を頼みたいんだ?」

 冷や汗を掻く妻に、苦笑を向ける。

 エミリアは、普段は料理の手法を少し変えても特に何も言わない。
 海人が気付いて問いかけてくれば答えるが、気付かないなら気付かないであっさり流す。 

 それが殊更に、しかも満面の笑顔で尋ねてくる時は、決まって何か頼み事がある時。

 それも、デート行きたいだの研究中断していちゃつこうだのと言ったある意味可愛らしい内容ではなく、
海人にとってあまり気乗りしない内容の時が多い。

「えーっと、ね……ほら、大分前に作った美容ドリンクあったじゃない」

「ああ、あれか。確か、まだ売れてるんじゃなかったか?」

 エミリアの言葉に、かつて開発した美容飲料を思い出す。

 それはまだエミリアと出会って間もない時の話。
 世間話の過程で、当時大ヒットしていた美容飲料の話が出た。
 試しに一月飲んでみたのだが、広告程の効果は感じない。
 他の会社の同系統の製品も試したが、どれも似たり寄ったり。
 そんな愚痴を聞かされたのである。

 その話で好奇心を刺激された海人が開発したのが、今話題になっている美容飲料。

 定期的な摂取が必要になるが、一月飲み続ければ劇的な効果が表れる。
 美肌効果は勿論、むくみ除去、代謝促進、腸内環境改善、更には髪の増毛作用まで。 
 それは本人もさる事ながら、周囲も人目で違いに気付くほどで、究極の美容飲料とまで呼ばれた。

 特許料の半額を支払う事で別の人間を表に立てたのだが、それでも未だに莫大な収入が懐に入ってきている。

「まあ、確かに売れてるみたいだし人気もあるけどね……問題もあると思わない?」

「――――値段と味、いやお前の場合味だけか」

 はあ、と溜息を吐く。

 海人の開発した美容飲料は、確かに凄かった。
 あちこちで売り切れが続出し、名前とパッケージを模倣した粗悪品まで出回った程に
 
 が、問題が二つ。

 一つは値段。
 一日一本を一ヵ月続ける事が推奨されているが、一本三万という超高額商品。
 材料や製造工程の関係でどうしても値段が高くなってしまう為だが、一月飲み続ければ総額九十万。
 一般庶民ではまず手を出そうとも思わない額であり、そのせいで買い手は上流階級ばかりだ。
  
 そしてもう一つが――――あまりにも惨たらしいその味。

 最初に口にした人間全員が毒かと思ったという程に不味く、吐き出さぬ事に絶大な精神力が求められる。
 しかも砂糖など味を変質させる物を加えてしまうと、効果が目に見えて落ちるというおまけ付。
 結果として天地海人製である事、そしてその意味を知る者を除けば大半が一週間耐えられずに断念してしまった。

 もっとも、一度その効果を実感した女性はほぼ全てがリピーターになっている。
 飲むだけで維持できるなら、まだ手軽。美を得られるならこの程度の犠牲は容認すると。

 が、エミリアはその果てなき味へのこだわりのあまり一日で断念してしまった。
 今も十分美人だからそれでいいと負け惜しみを言いながら。

 それがなぜ今更こんな話を持ち出したかと言えば――――今日の早朝に電話で話した友人との会話にある。

 どうにか美容飲料を毎日飲みきっている友人はこう言ったのだ。
 貪欲に美を求めなくなったら、女はもう終わりだと。
 いずれ魅力も無くなり、亭主にも愛想を尽かされると。

 その言葉に憤激し、美を求めてやると決めたが――――あの不味さはそれでも嫌だった。
 というか、元々美へのこだわりは強いが、食へのこだわりがそれ以上に強いというのが問題なのである。
 どちらも捨てたくない、というのが本音だが今回は両立できない。

 そうして悩んだ末に――――結局、その飲料の製造者にして自慢の亭主でもある海人に丸投げしようと考えたのである。
   
「そうよ。話で聞いて、効果が凄いのは知ってるけど、あんなの二度と飲みたくないわ。
そこでお願いというわけよ」

「味に関しては改良するなら私でも多分年単位の時間が必要になるな。
当然、その間デートなどする余裕はな――――」

「なんとかなんないの!?」

「どーにもならん」

 お手上げ、と両手を上げる。

 海人とて、改良を考えなかったわけではない。
 元より呼吸するように世界の先を行く物を開発し、それを改良する事を趣味とするような男。
 意図せぬ不味さなど、すんなり許容するはずがない。
 それでもどうにもならなかったからこそ、あの美容飲料はあの味で世に出てしまったのだ。

「……じゃ、じゃあ例えば美容クリームとかってどう!?
塗る物だったら味関係ないじゃない!」

 にべもない夫の言葉に、半ば苦し紛れで提案する。
 以前聞いた時は余計な物を加えられないと言っていたので無駄だとは思っているが、
それでも言わずにはいられなかった。

 が――――海人は予想外の反応を示した。

「ふむ…………それは盲点だったな。
美容飲料という事だったから、頭が完全にそれにしか向いてなかった。
体に塗布する形式ならアプローチの仕方はいくらでもあるな。
ああ、しかも値段も多少マシに出来る可能性も……」 

 ポンと手を打つやいなや、思考の海に沈み始める海人。

 余計な手を加えられない、というのはあくまで味を変える場合の話。
 そして経口摂取以外の方法であれば、同じような効果を出す手法は色々思いついた。
 既存の美容飲料よりはるかに安上がりに作れる方法さえも。
 
 あまりにも間抜けな夫の姿に、エミリアは思わず溜息を漏らす。

「ホントあんたって……変なトコで馬鹿なのよねぇ……」

「そういう言われ方をすると著しくやる気が削がれるなぁ……やはりやめるか。大して面白くなさそうだし」

「待って待って! ごめん、悪かったってば!」

 フォークを置いてそっぽを向いた夫に、慌てて謝る。
 一応演技だとは思っているのだが、海人のそれは無駄に上手すぎていつも乗せられてしまう。
 もっとも、今回は自分で興味を持った事しか研究しない夫の気分屋な性質を知っているせいでもあるのだが。

「冗談だ。ま、美容クリームなら上手くやれば女連中に貸しも作れるしな。
ちゃんと取り組ませてもらうさ」

「む、愛する妻の為ってのはないのかしら?」

「本来ならさして面白そうでもない研究はもっと後回しにする、とだけは言っておこう」 

「……素直じゃなーい」

 捻くれた言い回しで悪戯っぽく笑う夫に、エミリアは幸せそうに微笑んだ。









コメント

誤字報告です

>それを両手で持ち、青眼に構える。

正眼の誤りではないでしょうか?
[2013/01/28 09:23] URL | h #- [ 編集 ]


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