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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット6

 番外編26





 海人は、自分の屋敷の研究室でぼんやりと天井を見上げていた。
 進めていた研究の大半に目処が付いた為、次に何をやるか考えているのである。

 既に、彼は様々な事をやり終えてしまっている。

 建築用の新素材の開発もやったし、砂漠地帯でも大量の収穫が得られる農作物の開発もやったし、
不治とされた病の特効薬の開発も、小さな町一つ吹き飛ばす小型爆弾の開発もやった。
 思いつくまま気の向くままに様々な研究に手を出し、成果を出し続けた。

 あまりにも多くを研究しすぎた為か、最近は次に研究したい事が出てくるのに少し時間がかかってしまっている。
 もっとも、海人という存在に慄き注視している各国政府でさえ気付かない程、僅かな誤差ではあるのだが。
 
(うーむ、思いつくには思いつくが……どれもピンと来ないな)

 そんな事を考えていると、ふと今日の日付が視界に入った。

 その日付を見ると、妻と結婚して一年以上。
 同居してからであれば既に四年以上が経過している。

 ふむ、と声を漏らしながら視線を滑らすと、そこには夫婦で撮った写真。
 背中から満面の笑顔でエミリアが海人に抱きつき、彼は苦笑しながら倒れないよう踏ん張っている。
 この時は普通に写真を取ろうとしたのだが、エミリアがそれではつまらないと抱きついてきたのだ。  
 

 ――――たまにはこんな研究馬鹿の妻をやってくれている女性の為だけに開発してみるのも悪くはない。
 
「……そうだな。何を研究して欲しいか聞いてみるか。ま、どうせ美容系か食物系だろうが」

 妻が特に興味を示す分野を思い浮かべながら、頭の中で候補を挙げていると、唐突に研究室のドアが蹴り開けられた。
 ついでに、勢い余ったドアに近くに積んでいた書類の束が薙ぎ払われ、派手に散らばっていく。
 昨日片付けたばかりの床は、あっという間に大量の紙で埋め尽くされてしまう。

 それを気にした様子もなく、エミリアは夫の元に駆け寄った。

「海人海人海人! これ! これ見てこれ!」

 エミリアは、何やら興奮した様子で棒状の物を海人につきつけた。 

「やれやれ、これじゃ近すぎてそれが何かすら分からんだろ……う……が?」

 鼻の頭に押しつけられた物を手に取り、海人は絶句した。
  
 それは、とある検査薬。 
 ある意味生物にとって最重要な事をお手軽に調べられる便利道具。

 それが―――妊娠検査薬が、陽性を示している。

「なに、どしたのよ。嬉しくないの?」

 少し不安そうな顔で、エミリアは固まったままの夫の顔を見つめた。

 自分としては非常に嬉しい事だったのだが、夫にとってはそうでもなかったのだろうか。
 やはり自分達が子供を作るとなると色々厄介事が増える事が目に見えているせいだろうか。
 自分としては産みたいが、堕胎も考えなければならないのだろうか。

 そんな事を考えていると、硬直が解けた海人が携帯電話を取り出した。

「クロードか? 私だ。明日までに産婦人科系の機器一式全て取り揃えて屋敷に届けてくれ。
無理? 仕方ない、お前の会社の株を全て売り払う事にしよう。
……分かったならいい。では、明日までに頼む」

 ぴっ、と通話を切ると、海人は別の所に電話をかけた。

「磯崎女士か? 私だ。明日までに今市場に出ている命名辞典を一通り揃えてほしい。
作家の締め切りが重なってるから暇がない? 
分かった、次から医学書の代筆は他に……よろしい」

 淡々と通話を終え、再び別の所にかける。

「久しぶりだなハインリッヒ。お前が知る中で最高峰の木工職人を手配してほしい。
なぜ? 私の子供の為にベビーベッドから何から最高の物を特注したいだけだ。
……騒ぐな阿呆が。ああ、まだ妊娠が確定しただけだが流産なぞ絶対にさせんから問題ない。
それと、出来れば何人か候補を挙げて、その作品を送ってくれ。厳選したい。
明日までに送る? それは助かる。ありがとう」

 通話を終え、また別の所にかける海人。
 再び手短で有無を言わさぬやり取りを終え、また別の所に。
 それを何度も何度も繰り返している。

 あくまでも静かに、だが普段ならありえない強引さで事を進めていく夫を眺め、
エミリアは呆気にとられていた。

「さて、次は……どうした?」

「えっと……最初に言っとくけど、産んだら研究の時間も結構削ってもらうわよ?
ちゃんと毎日両親の顔見て育ってほしいんだから」

 おずおずと、懸念している事を訊ねる。

 子育てをするとなれば、エミリアとしては海人の研究の時間をそれなりに奪うつもりだ。
 全てを奪うつもりはないが、やはり父親として子供と接する時間が長いに越した事はない。
 健やかな子供の成長の為にも、今のように気分次第で何日も地下に籠もるような生活は続けさせられないのである。

 研究馬鹿な夫にはかなり過酷だろうと思っていたのだが、

「なんだ、そんな事か。研究と我が子であれば優先順位なぞ決まりきってるだろう。
どうせ金はたっぷりあるんだし、全身全霊で我が子を愛しまくってくれるわ!」

 ふはははは、と妻の懸念を高らかに笑い飛ばす海人。

 当然だが、海人にとって研究は大事である。
 物心ついて以来何も研究しない日はなかったので、何もしないでいると全然落ち着かない。
 最近でこそ妻とのデートの際にはそれだけに注力できるようになったが、それも一日が限界。
 仕事中毒ならぬ、研究中毒なのである。

 だが、それでも海人には我が子の為なら研究時間を大幅に削れる自信があった。

 愛する妻と自分の血を受け継いだ子供。
 生まれる前から、既に楽しみでしょうがない。
 なにせ、聞いた時は歓喜のあまりに硬直してしまったほどなのだから。

 我が子が幸せになれるよう、己の全てを尽くせる―――というか、尽くしてしまう自信がある。

「……それに、私達の子供となると間違いなく狙われるでしょ?」

「くっくっく……心配するな。人間と見分けがつかない完璧なロボットを開発してくれる!
それに護衛できるだけの力を持たせ、双子として育てればどこにいても安心だ!」

「あのね、感情はどうすんのよ? 感情が無きゃすぐバレるだろうし、
それに感情があったらあったで色々困るでしょうが」

「感情についても研究開発する自信がある。そして、あっても別に困らんはずだ。
言っただろう? 双子として育てると」

「つまり、生まれてくる子供もあんたが作るロボットも同様に可愛がるって事?」

「無論。人間との違いなんぞ体の構成物質ぐらいにするつもりだからな。問題あるか?」

「……ま、問題ないわね。外見も感情も人間と遜色ないなら気にならないでしょうし」

 不敵に笑う夫に、小さく肩を竦める。

 ロボットを我が子として可愛がるという事に全く抵抗を感じないわけではないが、
外見も態度も人間と遜色ないというのなら楽観できる。

 なにせ、今まで人面獣心の輩を山ほど見てきているし、
かつては様々なしがらみでのせいでそれらと笑顔で付き合わねばならない時もあった。
 それに比べれば、体の構成物質が違うだけの『人間』を我が子として育てるなど大した事はない。
 生みの親が海人である以上、自分の子供でもあると受け入れる自信もある。

 そして、夫がこうも自信たっぷりに宣言した以上間違いなく人間と遜色ないロボットが出来上がる事は間違いない。
 その規格外すぎる能力もだが、そもそも確証無しに断言できるような性格ではないのだ。
 既に見通しは立っているのだろう。 

「そういう事だ。ふふふ、来年には私も父親か……! さあ、早速今日から始めなくてはな!」

 いつになく上機嫌でパソコンに向かう海人。
 彼は席に着くやいなや、作業に取り掛かった。
 珍しく、鼻歌など歌いながら。

 その背を眺めながら、エミリアは柔らかく微笑む。

(……良かったわね。あなた、生まれる前からこんなに愛されてるわよ)

 新たな命が宿ったばかりのお腹を撫で、エミリアは心の中でまだ見ぬ我が子に語りかけた。

  








 番外編27







 海人の屋敷の食堂。
 ここでは毎日のように多種多様な料理が並ぶ。
 王侯貴族でさえ食した事が無いような高級食材をふんだんに使った贅沢な逸品が出る事もあるし、
しみじみとした素朴な味わいで毎日食べたくなる料理もあるし、
我を忘れて一心不乱に貪ってしまう程食欲をそそる料理が出る事もある。

 その最大の要因は言うまでもなく海人の創造魔法にあるが、ルミナスの力も忘れてはならない。
 多種多様なレパートリーと毎度毎度新作料理を思いついて直ぐに作る彼女がいればこその、豊かな食卓だ。
 元々はルミナスが作らない日もあったのだが、最近は膨大な食材に刺激されたのか、
はたまた別の要因か他の人間の食事当番の時にも横で作っている為、彼女の料理が全く食卓に出ていない日はほぼ無くなっている。
 
 付け加えると刹那は純粋な向上心から、雫は破滅的な料理の生産者であった姉に抜かれまいと、
そしてシリルは愛するルミナスと共にいたいと、各々の理由で海人以外の全員がほぼ毎日料理をしているせいもあるのだが、
その三人合わせた数よりもルミナス一人で作っている種類の方が遥かに多い。

 おかげで毎回毎回この食堂のテーブルは大量の料理で埋め尽くされるわけだが、
海人を除けば鍛錬を欠かさぬ食欲旺盛な武人集団。
 一品一品大目に作られた料理も、意外にあっさりと無くなってしまう。

 そして――――足りない場合は不埒者が出る事もある。

「あ!? こら雫! 私の分を取るな!」

「もぐもぐ……ん~、やっぱこの海老料理美味しいですね」

 主の皿から奪った料理を飲み込むと、雫は満足そうに笑う。
 それはとても可愛らしく、思わず許してしまいそうになる魅力に満ち溢れていたが、
海人はふざけた真似をした部下の両頬を引っ張った。

「雫、一応主である私の食事を奪って、言う事はそれだけかな?」

「御馳走様でしたー♪」

「ほほう、喧嘩を売ってるという事でいいな?」

「あっはっは、冗談ですってば。ほら、肉野菜炒めあげますから。はい、あーん♪」

 こめかみをひくつかせた主に臆する事無く、雫は自分の皿に乗っている肉野菜炒めを箸で掴み、海人に差し出した。
 海人は半眼で雫を睨みながらも、軽く口を開ける。

「むう……美味いがあの海老には及ばんな」

 よく噛んで味わった後に海人から出てきた言葉は、落胆だった。
  
 肉野菜炒めも、美味いには美味い。
 油通しを行い、しっかり濃いめに味付けされたそれは良い味をしているし、
雫も味のバランスが一番良くなるよう肉と野菜の量を調整して口に運んでくれた。

 だが、雫に奪い去られたあの海老料理には及ばない。

 少し前にルミナスが作った新作料理なのだが、海老自体の味付けもそれに付けるソースの味も、
作った当初より格段に美味くなっている。
 作るたび海老はその甘味を更に引き立てられ、ソースは味のバランスを崩さない程度に濃密さを増し、
それを組み合わせた料理の味は堪えられない程に旨味を増しているのだ。
 今日など、味にさしてこだわりの無い海人が、勿体無いから最後の一匹はじっくり味わおうと思っていたほどだった。

 肉野菜炒めが美味くとも、あれを奪われた事を許せるほどの味ではないのだ。

「はいはい、また作ってあげるから怒らないの。ってか、私の分あげようか?」

 珍しく、食事絡みで恨めしそうにしている海人を苦笑しながら宥めるルミナス。

 この海老料理はルミナスにとってもお気に入りだが、
海人がここまで執着してくれるのなら譲るのはやぶさかではない。
 惜しくないと言えば嘘になるが、味に頓着しない彼がそこまで気に入ってくれたというのはそれほどに嬉しい事なのだ。

「遠慮する。君の分を貰っても後味が悪そうだからな」

 苦笑しながら、海人はルミナスの提案を断った。

 これがルミナスの好物でもあるというのは、良く知っている。
 彼女は自分の料理を食べた際、上手く出来ていると顔が分かりやすい笑顔になるのだが、
この海老料理は毎度毎度本当に幸せそうな表情になるのだ。

 ――――譲ってもらうと、後で強烈な罪悪感を感じそうな程に。

「では、私のを差し上げましょうか? 
カイトさんがこうも執着するのは珍しいですし、構いませんわよ?」

 ルミナスに続きシリルが同様の提案をするが、海人はそれも断った。
 
「同じ理由で遠慮しておく――――という事で、雫は後でくすぐり十分だ」

「いいいいいっ!? ちょ、十分は流石にきっつすぎるんじゃないでしょうか!? せめて三分に!」

 海人から下された判決に、雫は必死で減刑を懇願した。

 普通なら軽い罰なんだろうが、海人のくすぐりは次元が違う。
 なにしろ、あの姉が身も蓋もなく泣き叫んで慈悲を求めた程だ。
 時間はたかが十分だが、それでも気が狂いかねない。
 つまみ食いの罰としては、いくらなんでも厳しすぎる。

 ―――実は本気であれば三分以内に発狂した人間もいるのだが、雫がそれを知る由もなかった。

「だそうだが、刹那はどう思う?」   

「即座に減刑を求めるあたり反省が足りないようですので、加減して三十分でもよろしいかと。
無論、途中逃げようとしたら拙者が殴り倒し、再び最初からという形式で」

 主の問いに、刹那は粛々と答えた。
 妹を救うどころか、地獄の底に叩き落とすような言葉を。

「お姉ちゃぁぁぁぁぁん!?」
 
「よりにもよって海人殿の皿から奪ったお前が悪い。
拙者のを狙っていればお前が次に取った料理を奪うだけで済ませてやったものを」

 悲鳴を上げる妹に構う事無く、食事を進めて淡々と語る。

 実質的には上下関係などないに等しいが、一応海人は二人の主だ。
 最低でも形式的には敬意を払うべき対象であり、ましてその皿から物を奪うなど言語道断である。
 付け加えるならルミナスとシリルは客人なので、この場で狙うべきは刹那しかない。

 正論すぎる言葉にがっくりとうなだれかけた雫だったが―――次の瞬間、慌てて顔を起こした。

「いや待った! そもそもお姉ちゃんが買ってきた海老の半分を踏み潰さなければこうはならなかったでしょ!?」

 妹の口から放たれた言葉に、刹那の全身から冷や汗が噴き出した。

 そう、今日料理された海老の数は買った量の半分。
 準備をしている時に肘で海老の入った袋を床に落としてしまい、
続けて足を滑らせて袋を踏み潰してしまったのだ。
 袋越しだったので使えない事はなかったが、踏まれた物は身が完全に崩れてしまったので、
他のスープの出汁などに使われ、海老本体の数は激減してしまったのだ。 

 そして――――刹那はそれを海人に報告しそびれていた。

「ほう、結構高かったと思うんだがな、あの海老」

 嗜虐的な笑みを浮かべ、刹那の顔を覗き込む。
 先程までの少し拗ねた雰囲気はどこへやら、完全に楽しんでいる雰囲気だ。

「も、申し訳ございません! 弁償はさせていただき――――」

「なに、それは君が値切ったから半額だったし、値切らず買ったと思えばいいだけの事だ。
ただ、いかなる事情でも食べ物を粗末にしてはいかん。
ついでに言うと君はそういう事故で食材を駄目にする事が少なくないから、尚更戒めが必要――――そう思わないかね?」

「……そ、それは、勿論です」

 肩を落とし、刹那は怯えの滲んだ声を返した。

 海人が何を企んでいるのか、既に察しはついている。
 というか、この嗜虐趣味の主がこの状況で考えている事など他にない。  
 
 それでも、自分が地獄行きになると分かっていても、刹那は突き進む以外なかった。
 言っている内容自体は正論という事もあるが、そもそも悪戯好きで無駄に頭が回る海人相手では、
下手に足掻けばより厳しい罰を下す口実にされかねない。

「というわけで、両方くすぐりの刑に処す。
意図してやった雫は十分、悪気は皆無な刹那は一分だ」

 楽しげな口調で、海人が判決を下す。

 その内容に、刹那は僅かに戸惑った。
 雫と同じく十分と言われなかった事への安堵と、一分でも充分地獄という現実への絶望の狭間で。
 喜ぶべきか悲しむべきか、少しだけ迷ったのだ。
 
 が、それも一瞬。
 少し考えれば、喜ぶのも悲しむのもありえない事だ。
 
 そもそも、雫が余計な事を言わなければこうはならなかった可能性が高い。
 あれで海人は甘いので、嗜虐的な面が表に出ていない時であれば、
失態を知られても軽く窘められる程度で済んでいた可能性が高いのだ。
 少なくとも、くすぐりのような厳罰はありえなかっただろう。
 最悪でも、潰してしまった海老の代金を給料から引かれる程度だったはずだ。

 つまり、やるべき事は喜ぶでも悲しむでもなく――――巻き込んだ元凶に怒る事。
 
「雫、よくも……!」

「死なば諸共だよ……!」

 主を挟んで睨み合う護衛姉妹。
 食事中である事も忘れ武器に手をかけそうになったが、

「はい、そこまで。食事は楽しく。カイトも遊ばないの」

 ルミナスが二人の額に放ったコインによって、強制的に止められた。
 
 二人が額を押さえて蹲りながら横を見ると、海人も額を押さえている。
 どうやら、彼もコインをぶつけられたらしい。
 
「っつ~~~~、別に遊んでたわけじゃないんだが……?」

「嘘言わない。どーせあんたの事だから二人をからかうだけからかって、
後で思いついたように適当な理由つけて罰軽くするつもりだったんでしょうが。
今更その性格直せとは言わないけど、食事中はやめなさい」 
 
 海人の抗議を、ばっさりと切り捨てるルミナス。
 
 ルミナスの指摘に、海人の目が泳ぐ。
 見慣れていないと分かりづらい程度の変化だが、どうとぼけようか考えている時の仕草だ。
 ルミナスはそれを許さんとばかりに身を乗り出し、海人の顔を見つめる。
 数秒膠着状態が続いたが、彼女の視線に若干険が宿ったところで海人が根負けして頭を下げた。

 それを眺めながら、刹那と雫は思う。

(流石ルミナス殿というべきか……よく、あそこまで海人殿の思考を読めるものだ)

(なんのかんので、一番海人さんの手綱握れてるのルミナスさんなんだよねー)
 
 まだまだ主に対する理解がルミナスに及ばない現実に、護衛二人は密かに溜息を吐いた。
  
  
 



 番外編28







 海人の部屋の片隅。
 そこには、とても優雅な光景があった。

 まず目を引くのは、ティーセット。
 煌びやかな花の絵付けがされたティーポットは、まさしく芸術品。
 それに合わせたカップも使うのが勿体無く思える程に、美しい。

 それに入れられる紅茶もまた、素晴らしい。
 高度な技術で淹れられた紅茶は縁に金の輪を作り、非常に鮮やかな色彩を放っている。
 最高級の茶葉で淹れられたそれは味も素晴らしく、一口ごとに至福を与えてくれる。

 次いで目を引くのは、急須と湯呑。
 急須はティーポットに比べると地味だが、なんとも言えない落ち着いた味わいがある。
 目を楽しませるティーポットに対し、心を和ませる急須と言ったところだろうか。
 
 入れられている緑茶も鮮やかな緑で眩く、美しい。
 味も素晴らしく、一口飲めば思わずほっと一息ついてしまう味わいだ。
 海人が知る限り最も美味い煎茶の味を、淹れ手が見事に引き出している。

 そして、それらの御茶の横に鎮座するは山盛りの御菓子。
 安っぽいチョコレートもあれば質の良いオレンジピールやドライフルーツ、
更にはルミナス特製のクッキーもありと色々と節操のない組み合わせだが、
子供が見れば大喜びしそうな程に多様な物がてんこ盛りだ。

 これだけ揃えば、大概の人間は笑顔になるだろう。
 事実、この場にいる人間の大半は笑顔だ。
 各々好みの茶菓子を食べながら好みの茶を飲み、舌鼓を打っている。
 食べ物から視線を動かすと少しばかりそれが歪んだりするが、まあ笑顔と言って差し支えないだろう。  
 
 そう――――ただ一人を除いては。

「おぉぉぉのぉぉぉぉれぇぇぇぇぇえええっ! 全て、全て仕込みだったとはぁぁぁぁぁっ!」

 呪いじみた声を上げ、好物のドライフルーツを一掴み口に放り込むシリル。
 
 普段ならはしたないながらも至福に浸れるはずのそれだが、
今の彼女の怒りには山火事に放り込んだ水一滴よりも効果がない。
 彼女の燃え上がる怒りは、この程度では到底収まらないのだ。

「はっはっは、今回こそは勝てるとでも思ったか? 
通算百八十二連敗してるんだし、そう易々と勝ち目が見えるはずがない事ぐらい、
気づくべきだろうになぁ?」

 とてつもなく嫌味ったらしい笑顔でシリルを見下す海人。
 そこには非常に邪悪極まりないながらも、至上の愉悦が宿っていた。
  
 この状況の理由は、非常に単純。
 海人が、ディルステインでシリルを弄んで叩き潰したのだ。

 具体的には、シリルの思考を読んで序盤から善戦しているような印象を与え、
中盤で接戦になりつつあるように思わせ、終盤で僅かな勝ち目を感じさせ、
最後の最後で一気に叩き潰した。 

 まさしく、鬼畜外道の如き所業。
 シリルは見事にその犠牲者になってしまった。

「あの、海人殿。今回は流石にやりすぎでは?」

「――――刹那、私は気付いてしまったんだ」

 窘めるような刹那の言葉に、海人はおもむろに俯いて首を振った。
 その仕草は一見すると沈痛そうに見えるが、よく見れば口元に笑みがある。
 
 主の性悪な性格にすっかり慣らされてしまった刹那は、溜息を吐きながらも問う。

「何にでしょう?」

「以前、シリル嬢は私に手加減されるなど最大の侮辱だと言い、
私はそれを受けて全力で叩き潰す事に決め、毎度大差をつけて勝つ事にした。
だが、それは考えてみれば―――――本当の全力とは言えんのだ。
毎度毎度終盤はかなりの余裕があり、予定調和として磨り潰すのみ。
これではシリル嬢の求める手加減抜きには程遠い、そう考えた」

 いかにも心苦しそうな表情を作り、大仰な仕草で演説する海人。
 上を向いた瞬間笑みを消して表情を作る辺り、芸が細かい。

「へー、それで?」

 ルミナスがクッキーを齧りながら、暢気な声で訊ねる。
 やたら、達観したような目つきで。

「ゆえに! 私はただ大差をつけるのではなく、精神的にも更なる大ダメージを与える勝ち方を選んだ!
シリル嬢相手にここまでやるには、私といえどそれなりに苦労する! 
今までとは比較にならんほど難度の高い、そして徹底的な勝ち方! 
実に! 実に心苦しかったが! これでこそシリル嬢の覚悟に報いたと言えるだ―――」

「単に甚振りたかっただけでしょうこの腐れ外道ぉぉぉぉぉっ!!」

 大仰に大演説を締め括ろうとした海人を、シリルが拳で殴り飛ばす。

 その速度は常にない早さで海人の胸に叩き込まれ、防御魔法を使う暇すら与えなかった。
 適当な口実で人を甚振った腐れ外道の体が、部屋の端へ飛んでいく。
 余分な物が少ない室内を横切り、ベッドへと一直線。

 ベッド付近に到達したあたりで高度が下がり、海人の体はベッドに叩き付けられるが、
勢い余ってワンバウンドし、枕元の壁にぶつかってまたベッドに落下する。
 
 ちゃんと枕に頭を置く形で気絶させているあたり、流石の技量であった。

「まったく……!」

 海人が無事にベッドに落ちた事を確認すると、シリルは紅茶を一気に呷る。
 そして、再びドライフルーツを豪快に鷲掴んで口に運んだ。
 
「つーか、あんたも懲りないわよねぇ」

「ふふふ……私、ここまで恥をかかされて引き下がれるほど出来た人間ではありませんので」

 半ば呆れたようなルミナスの言葉に、やたら凄味のある笑顔で返す。

 ここまで惨敗を続ければ、もはや負けた回数など気にならない。
 例え現在の百八十二連敗が千連敗や一万連敗になろうが、絶対に土をつけてやるつもりである。
 その時こそはあの人を弄んで悦に浸る腐れ外道を、思いっきり見下してやるつもりだ。
 
 達成出来るまでにかかりそうな時間を考えると、仮に勝ったとしてもその瞬間大往生する気もするが、
そこは根性で何とかして見せよう。
 どれほどの年月がかかろうと、今ベッドで気絶している怨敵に一矢報いて踏みつけねば気が収まらない。

 そんな闘志を燃やしているシリルを眺めながら、雫が思わず呟いた。
   
「うーん、凄い執念だねー……」

「あれ程の執念があれば大概の事は成せるだろうな……海人殿に土をつける以外であれば」

 緑茶を啜り、冷静な意見を述べる刹那。

 シリルの執念は、確かに凄い。
 その執念の焔で部屋が燃えるのではないかと思ってしまう程である。
 あれほどの執念があれば、国王暗殺だろうが国家滅亡だろうがやり遂げられそうだ。  

 が――――海人に知力方面で土をつけるのは、それでも無謀という他ない。
 
 実のところまだそれほどよく分かっているというわけではないが、
それでも周囲と世間話をしていると自分の主の化物っぷりだけはよく分かるのだ。

 一番分かりやすいのは、魔法学関連の話。
 世間一般では十年かけて攻撃魔法の威力が一割上がった術式を作れれば、それは偉業らしい。
 かつてそれほどの成果を挙げた者は、百年に一人程度。
 特に現代は研究が行き詰まり始めていると言われ、次第に出る成果が少なくなっているという。
 人によっては、魔法学は完成に近づきつつあるなどという者までいるらしい。

 が、今ベッドで暢気に気絶している主は、この世界に来て間もなく無属性中位防御魔法の強度を数十倍に変えた術式を開発したという。
 ついでに発動時間も短縮するというおまけ付。
 そして刹那達という身内が出来た途端基本属性魔法の開発を始め、
この世界に来てまだ半年にもならないはずなのに低位攻撃魔法の威力を数十倍に変え、
これ以上は不可能とさえ言われているらしい発動時間をさらに短縮、ついでに消費魔力も軽減させている。
 
 ――――常識どこ行った、と言いたくなる。

 本人曰くこちらの世界にない知識も利用しているから早いとは言っていたが、
それだけでどうこうできるほど単純ではなかろうし、開発能力を抜いても充分に恐ろしい点がある。
 
 それは、彼が吸収しているこの世界で生み出された知識の量。
 話を総合するとカナールでの噂話やルミナス達との世間話の他は書籍からの知識しかないらしいが、
その書籍の数が恐ろしい。
 ルミナス曰く、数年かけても読みきれないのではないか、という量があるらしいシェリスの図書室。
 そこの本の知識全てを、海人はメイド達への授業の為に一日で吸収したとのたまっていた。
 目を通すだけでも厳しそうなそれを、高度な専門知識が大量に含まれているそれを、だ。

 本人曰く、それまでに得た知識の応用的な内容が多く元の世界と被ってる知識もあったからそれほど凄くはないそうだが、
そんな短期間で得た知識で応用までやる事自体以上だし、数学などはともかく魔法学や歴史学などに関しては0だったはずであり、
生息している生物などもかなり違うらしいので被っている事は少なかったはずだ。

 ――――常識という言葉の意味を、忘れそうになる。
    
 計算能力も、桁が外れている。
 以前海人が愚痴っていたのを聞いたのだが、シェリスの屋敷から送られてくる書類の量は、
仕事を始めた当初ですらあの屋敷で上位の処理能力を持つ人間が命じられたら首を括るという量だったらしい。
 今でこそロボットによる自動計算筆記であっという間に労力皆無で終わっているが、
それまでは当初の何倍もの量を期日前に、ミスなしで終わらせていたのだ。
 そして恐ろしい事に、辛かったのは最後の最後まで頭ではなく数字を書く指だったという。

 ――――お願いだから、これ以上常識を壊さないでほしいと本気で思う。

 シリルは、そんな真性の怪物に相手の得意の土俵で土をつけると言っているのだ。
 まだ、肉体強化で皮膚を上位ドラゴン以上の強度に出来るかに挑戦する方が有意義に思える。
 それならば、一応御伽噺ではやり遂げた人間がいる。  
  
 が、シリルの執念からするとまず断念はしないだろう。
 それこそ一生を棒に振ってもやり遂げる、否―――やり遂げようとするだろう。

 素晴らしい執念なのに、そのせいで無駄に苦しむ事になる。
 あまりにも哀れで、少々涙が零れそうになった。

「……セツナさん? なんですの、そのドラゴンの生贄に捧げられる乙女を見送るような目は」

「いえ、何でもありません」 
 
 刹那は短く応えると滲んだ涙を拭い、心の中でシリルに敬礼した。
 数千の魔王が跋扈する大魔王の城に身体一つで挑む勇者を見送るような心持ちで。 






 番外編29





 海人の屋敷の地下室、その最奥部。
 ここには現在のこの世界にはありえない叡智が山のように詰まっている。
 屋敷の主が開発した大量の術式もさることながら、パソコンなどの海人の世界では一般的な電子機器に加え、
その世界でさえ海人しか所有していなかった高性能ロボット、
果ては使い方次第で容易に大国を滅ぼせるような兵器までここには存在している。
 
 とはいえ、やはり一番の目玉は海人が作った研究資料だろう。
 今現在そこら中にぞんざいに散らばったり適当に積み重ねられたりしているそれは、
天啓と呼ぶに相応しいアイデアに満ち溢れ、学者であれば誰もが驚愕と共に読み漁る事間違いなしの代物。
 散らばる紙束の一部を適当に拾って世に出せば、それだけで一生遊んで暮らせる大金と歴史に名を刻む栄光が約束される。

 海人の世界の文字で書かれている内容を解読できればの話ではあるが、
書かれている内容を知れば、数万人の学者が一生を解読に費やしてなお多大な御釣りが来ると分かるだろう。

 が――――割と頻繁に入り浸っている人間は、そんな事を気にもしていなかった。

「っしゃああああああああああっ! クリアです!」

 エンディングが流れ始めた画面を眺めながら、雫が絶叫した。

 今、彼女は海人製作のシューティングゲームをやっている。
 戦闘機を操作する古典的な縦スクロールでシステム自体は単純だが、難度がやたら高い。
 それでも雫は持ち前の動体視力で全六面中四面までは初見で突き進めたのだが、五面以降は無理だった。

 それまでの道中は突如砲台が出現したりはするものの注意していればどうにか避けられる程度だったのが、
五面では画面外からの高速砲撃が雨あられと降り注ぎ、さらに撃破した敵が大爆発を起こして道連れにしようとする。
 初見は勿論、二回目以降も敵弾のパターンを把握していなければ必殺されてしまう内容だった。 

 それらを潜り抜けてボスに辿り着くと、更なる苦難が待ち受けている。
 なんと、ボスのサイズが自機と同じサイズだというのに耐久力はそれまでの三倍。
 時間切れによる撃破などという優しい設定はない為、それを削りきらねば先に進めない。
 しかも戦っている最中延々画面外からランダムな砲撃が飛んでくるため、中央付近に陣取らねば高確率でそれに潰される。
 一応道中とは違い砲撃が飛んできた方を攻撃すれば砲台を撃破出来るのだが、ボスの攻撃が激しく意識してそこまでは出来ない。  
 
 とはいえ、それでも雫はそこを突破し更に凶悪化した六面道中もラスボスも撃破した。
 何回やり直したのかは忘却の彼方だが、とりあえずエンディングに辿り着いたのである。
 
 ラスボスが最後の最後で、俺様一人では死なんぞぉっ! という言葉と共に画面全体に広がる大爆発を起こしたが、
それまでのあまりに鬼畜すぎる内容に撃破しても気を抜かなかった雫は無事ボムでやり過ごした。
 残機がなかったので直撃すれば死んでいたが、どうにかクリアに到ったのである。

「ふむ、最後のアレもしのいだか」

 研究作業を中断し後ろから画面を眺めていた海人が、感心したように呟いた。 

「ふっふっふ……五面以降の嫌がらせとしか思えない難度を考えれば、最後の最後でも何か来ると思うのは当然ですよ。
流石に爆発が画面全体に広がるとは思ってませんでしたけどねぇ……」

「私がいた世界では、悪の首領の最期は基地ごと盛大な自爆をすると相場が決まっていてな。
そのゲームの設定上それをやらんわけにもいくまいと思ってそうしたんだ。
ま、いずれにせよよくぞクリアした。大したものだ」

 楽しそうに笑いながら、海人は雫の頭を優しく撫でた。

 実際、大したものだった。
 このゲームのコンセプトは『心を折られず時間を掛けられればクリアできる』というもの。

 雫は初見でクリアしていたが、一面から四面も人の心をへし折る内容が色々と盛り込まれている。
 完全ランダムで出現する敵機、それが放つやはり完全ランダムな弾幕、そして自動回復付きのボス、
分裂した二機が重なった瞬間に撃破しないと全回復で復活するボスなど充分酷い難度なのだ。

 これは昔研究の気分転換に開発したゲームで、稼ぐつもりが毛頭なかった為無料でネットに公開したのだが、
ダウンロード数が数百万だったのに対し、クリア後の画面に現れるメールアドレスに届いたメールは僅か百。
 しかも、最初のメールが届いたのは公開から半年後である。
 
 始めて三週間の雫がクリアにこぎつけたのは、快挙と言って差し支えないだろう。

「こんだけ苦労して言葉と頭撫でるだけじゃあ足りませんねー。何か御褒美ないですか♪」

「御褒美、か」

 期待に満ちた目で見てくる雫に、海人は苦笑を返した。

 実はこのゲーム、クリア後に現れるメールアドレスに一番乗りで送ると、
次回作のジャンルと傾向を決められるという特典を付けていた。
 そして海人はそれを一年以内に製作し、再びネットに流す一週間前にその人物に贈った。

 ネットの攻略情報など何もなしに初見で最短記録を大幅更新した身内相手ならば、
やはり何らかの御褒美があってしかるべきだろう。  

「ふむ、構わんがどんな御褒美が良い?」
  
「そですねー……やっぱ美味しい物ですかね。
大概はわざわざ御褒美にしてもらう必要もなくいただいてますし」

 にっこりと笑う雫。

 海人の自分達に対する手厚さは、凄まじい。
 護衛に必要となる物はすぐに手に入る範囲では最高の物。
 他にも寝心地の良いベッド、枕、温かい布団などなど多数良い物が揃い、
日々の食材も創造魔法で作れる物ならどれも最高峰。
 化粧道具も一式揃えてくれているし、頼めば創造魔法で作れる物は何でも作ってくれるだろう。
  
 わざわざ御褒美、それも度が過ぎないとなるとやはり食事に行きついてしまう。

「美味しい物、ね。となるとやはり超一流の店―――おそらく王都になるな。
今度シェリス嬢に良い店がないか聞いてみるか」

 軽く頷き、最善案を考える。

 雫の口は非常に肥えている。
 というのも、この屋敷では最高峰の食材を本職顔負けのルミナスが調理する事が多いからだ。
 御褒美となれば食べ慣れたそれを越えないわけにはいかず、必然的に本職の超一流になってしまう。

 カナールも良い店が揃ってはいるが、土地柄上レストランは最高級とまではいかない。
 行くとすれば、そういう系統の店が一番揃ってそうな王都になる。

「シェリスさんに頼んでスカーレットさんに料理してもらうってのは駄目なんですかね」

「それ自体は問題ないと思うし私は構わんのだが、君はあそこだと思う存分楽しめんのじゃないか?」

「あー……確かに。特にローラさんがいたら、ずっと視界に収めてないと安心できないかも」

 海人の言葉に、納得したように頷く。

 仮にあの屋敷での食事が実現するとしても、それを満喫できるとは思えない。
 なにしろ、あの屋敷の使用人は全員がハイレベルな武人。
 荒事はまずないと分かっていても、海人の護衛としてはどうしてもそれなりの警戒をせざるをえない為、
食事に集中できそうにはない。

 特にローラがいる場合は海人製の魔法無しだと雫では対抗も出来そうにないので、余計に神経が疲れる事になりそうだ。

「でも、そういうお店だとかなりお金かかるんじゃないですかね?
服もかなり上等なの揃えなきゃいけないでしょうし」

 少し、言いよどむ。

 海人が言うようなレストランとなると、服装も相応の物が求められる。
 冒険者時代は、そのせいで大金が入ってもそういう店には入れなかったのだ。
 流石の海人も雫サイズの女性用ドレスを見た事があるとは思えない為、
生地は持ちこむにしても仕立てに金がかかってしまうはずだった。

「そっちに関しては任せてもらおう。屋敷のローンは無くなり、収入はそのまま。
その程度の負担は大した事はないし――――そもそも服に関しては、創造魔法と裁縫ロボットがある。
採寸さえしっかりやればどんな服でも作れるぞ」

「へ? あの裁縫ロボットって、普通に服作れるだけじゃないんですか?」

「侮ってもらっては困るな。ちゃんとデータを入力すればどんなデザインの物も作れる。
シェリス嬢のドレスに負けない出来の物だって作れるぞ」

 不敵に笑う海人。

 裁縫ロボットは、海人が気合を入れて作った傑作の一つだ。
 基本的にデザインは海人がやるが、一応基礎データとして数百種のデザインが入っており、
それを使えば無難だが見栄えの良い服が出来るし、がっちり布三号を含めたありとあらゆる生地の加工が可能で、
おおよそ欠点らしい欠点は存在しない。

 完成までには作業途中で人の視線に晒されると鶴型ロボットになって逃げだすシステムやら、
服を作ってる最中に音を立てるとその音源に目から光線を放つシステムやら、
色々問題のある機能が付随した事もあったが、それらは全て海人の妻の襲撃により削除されて現在の形に落ち着いている。

 とりあえず、美しいドレス一着仕立てる程度なら何の問題もない。

「へえ~……そんじゃ、折角だし一緒に全員分の綺麗なドレス仕立ててもらうってどうでしょう。
お姉ちゃんと、ルミナスさんとシリルさんの分。ついでに海人さんもカッコいい服。
それ着てお食事しましょう」

「待て。それをやると高確率でシリル嬢が暴走しそうなんだが」

 雫の言葉に、慌てて突っ込む。

 全員分の服を作る事自体は構わないが、問題はシリル。
 あの美に凄まじい執着を燃やす女性の前に、美に頓着の無い自分が自作の見栄えの良いドレスを見せるなど自殺行為だ。
 質は満足してもらえるだろうが、だからこそなぜそれだけのセンスがあって美に拘らないと凄い剣幕で怒られてしまう。
 仮にやったのはデザインだけという種を明かしたところで、結果は同じだろう。
 
 そして彼女は美が関わると冷静さがすっ飛ぶので、そうなれば締め落とされるぐらいは覚悟しなければならない。

「折角だからみんなで綺麗なドレス着てお食事したいなー♪」

「……はあ、分かった分かった。ただし、シリル嬢の暴走止める時は手伝うように」

「はーい!」

 なんだかんだでとても甘い主に、雫は元気な声で了承を返した。








 番外編30






 海人の屋敷の中庭で、雫が大の字でぶっ倒れていた。
 
 可愛らしい顔には疲労が張り付き、小柄な体からは絶える事無く汗が噴き出ている。
 その周囲にはぼっきりと折れた二本の小太刀が横たわり、砕けた苦無の破片が散らばり、
滅多な事では切断できないはずの糸が本来の長さの半分となってばら撒かれている。
 完全に使える装備を全滅させられたためか、彼女の目には自棄ぎみな光が宿っていた。
 
 それを見下しながら、刹那が溜息を吐く。

「雫、諦めが早すぎるぞ」

「今日すっごく頑張ったんですけど!?」

 無情な姉の発言に飛び起きて抗議する雫。

 今でこそ力尽きているが、今日の雫はかなり頑張った。
 なにしろ、刹那相手の組手で実に二時間以上も戦い続けたのだ。

 開始から三十分で二本の小太刀をへし折られたが、すかさず懐の苦無を二本取り出して戦闘を続行した。
 二十分しない内にその手に持った苦無も砕かれたが、魔法を駆使して逃げ回りながら投擲に使った苦無を回収して戦い続けた。
 やがて全ての苦無が粉々に砕かれたが、それでも諦めず雫は海人製の糸を刹那の刀に放った。  
 刀を絡め取るはずの糸は恐るべき剣技によって真っ二つに切り裂かれたが、それでもなお素手で殴りかかった。
 そして投げ技で地面に叩き付けられた直後足を鳩尾に叩き込まれかけたところを転がって逃げ、
そのまま後ろに飛んで逃げようとしたところに、刹那の両の刀による峰打ちの乱打を浴び、今の状況。
 
 ―――これ以上、どう頑張れと言うのだろうか。

「今日の頑張りは認めよう。だが今の状態はいかん。
この距離で、まだ多少なりとも余力があるのに完全に勝負を投げているだろうが。
普段の小癪な策は、こういう時にこそ用いるものだ」

 目を鋭く細め、妹を睨む。

 確かに今の雫は疲労困憊で武器もなく、有効な手立ては残されていない。
 魔法を使おうとしても発動させる前に潰されるだろうし、一矢報いる事すら至難だ。

 しかし、全く手がないわけではない。
 魔力が尽きているわけではないので、残る魔力を振り絞って最後の攻撃を仕掛ける事ぐらいはできる。
 刹那は手の届く位置にいるので、攻撃が掠って打ち身を作れる可能性ぐらいはあるのだ。

 そして、余力がある時の雫ならそれを試みる。
 より成功率を高める為に力尽きたフリをして奇襲をかけ、一発逆転を狙う。
 通じた事は一度もないが、それでも懲りずに試すだけ試す。
 事実、今日も失敗はしたが苦無を拾ってる途中で一度試みた。

 だというのに、本当に力尽きた今それをしないのでは困る。
 疲労困憊自体は演技ではないのだから、成功率はこちらの方が高いし、
本来一発逆転を狙うのは今のように後がない場合であるべきなのだ。
 
 最後の最後で粘り切らなかった妹に嘆いていると、雫が疲れ切った声を出した。
 
「あっはっはー、今それやったら蹴っ飛ばされて完全に意識飛ぶよねー。
そしたらあたしの朝御飯どうなるのかな?」

 首だけを動かし、顔を姉に向ける。

 今、最後の奇襲をかける事は出来なくはない。
 峰打ちの衝撃で全身痺れてはいるが、強引に動かして足掻く事は出来る。

 が、完全に警戒している姉にそれをやれば間違いなく反撃で意識を奪われるだろう。
 毎度試してはいるが、基本的に奇襲が通じるような甘い相手ではないのだ。
 そしてこの疲労状態で気絶すれば、昼まで目覚めない可能性の方が高い。

 そうなると朝食が―――最高の状態まで熟成された海人のカレーが食べられなくなる。

 混じりっ気なしな本気の声音に、刹那は再び溜息を吐いた。 

「あのな、いくら拙者でもお前の分を残しておくぐらいの気遣いは―――」

「絶対残しておけるって言いきれる?」

 半眼で、姉を睨みつける。

 他の料理であれば、姉の事を信用するだろう。
 鍛錬は悪鬼羅刹も裸足で逃げ出すほどに厳しいが、基本的には優しい姉。
 気絶させた妹が倒れている間に楽しみにしていた食事を奪うような非道はすまいと、素直に信用できる。 

 だが、今回の料理は海人のカレー。
 毎度理性を飛ばして一心不乱に食べ続けてしまうそれとなると、流石に信用しきれない。
 困った事に、雫の分を残しておかねばならないという事を忘れ去って食べ尽くしてしまう可能性がある。
 前もって雫の分を分けておけば済む話ではあるが、この粗忽で変にお間抜けな姉はそれすら忘れる可能性も高い。
 
 これが野菜カレーなら海人にねだれば作ってもらえるだろうが、物は牛肉のカレー。
 それも、海人が最高の状態と断言するレベルに熟成された品だ。
 毎度毎度完全熟成前に食べ尽くされてしまう為、今回初めて食べる逸品でもある。
 とても食べ逃せる物ではない。

 付け加えるなら、初めて食べる物だけに味のレベルの予測もつかず、
それゆえに刹那以外の人間の反応も予測が出来ないという事もある。

 心優しいルミナスやなんのかんので気配りの細かいシリルも普段なら信用できるが、
海人のカレーに関して信用するのは危ない。
 二人共美味い物への執着心はそこらの人間が及ぶところではなく、血迷う可能性は十分にある。
 最悪、悪魔の誘惑に屈して別に分けられていた雫の分を奪ってしまう可能性さえ否定できない。

 唯一海人だけは冷静さを失わないだろうが、あれは極度の悪戯好き。
 雫の反応を楽しむ為に周囲を止めない可能性が否定しきれない。 
 もっともその場合、彼の性格上後で雫用に特別に作ってくれるだろうが、
今食べられるはずの物が先延ばしになるのは願い下げだ。
 
 同じ事に思い至ったのか、刹那が渋い顔になった。

「ってわけで、今回は素直にぶっ倒れました。
ま、次はしっかりきっちりかっちり策練って奇襲狙わせてもらうよ。
いくら実力差が大きいっていっても毎回ただ負けっぱなしじゃ癪だからねぇ……」

 言いながら雫の眼差しが、ギラついた。

 姉との力量差は、離される事はあっても埋まる事はない。
 年齢差だけでなく武才にも差があり、しかも姉は武に関しては類稀な努力家でもある。
 どんな鍛錬を積もうが、実力ではいつまでたっても届くはずがない。

 が、それでも負けっぱなしは癪だ。

 海人とシリルのボードゲームの腕程に絶望的な差があればともかく、
姉と自分の力量差はまだ現実味があり、今の姉の力にならば十年以内には届くと思える程度でしかない。
 この程度の差ならば、策と運次第で一度は覆す事が出来る。

 実際に覆した時、姉が反応を見せるか今から楽しみで仕方ない。
 
「せいぜい頑張れ。ま、拙者も易々と一本取らせてやるつもりはないがな」

 変な所で負けん気の強い妹に苦笑しつつ、近くのベンチに置いておいた水筒の一つを投げてやる。
 雫は起き上がって受け取ったそれをゴクゴクと飲み干すと、ぷはぁ~と満足そうな息を吐いた。
 
「くぅ~、生き返るぅ~……! 鍛錬後のこれはやっぱ美味しいねぇ!」

 若干口の端から零れた飲料を拭いながら、笑う。

 水筒の中身は海人特製の飲料。
 運動していない時に飲んでも美味くないのだが、運動した後だと何故か異様に美味く感じる物だ。
 不思議な事に、これを飲んだ後は鍛錬後の疲労が抜けきるのも早くなっている。
 心なしか、飲み始めてから肌が少し綺麗になった気もする。

 最後は気のせいかもしれないが、なかなかに面白い飲み物だった。

「確かにな。飲み易いし、鍛錬後ならいくらでも飲める」

 言いながら刹那も、自分の分を一口飲む。

 やはり、美味い。
 味もそうだが、体の隅々にまで足りない物が行き渡るような爽快感がある。
 味だけならこれより美味い飲み物はいくらでもあるが、この感覚はなかなか得難い。
 刹那にとっての至高の飲料と比べれば比較する事すらおこがましいが、
それでも十分かからず大きめの水筒一本飲み干してしまう。

 ――――ちなみに刹那達は知らない事だが、この飲み物は海人の世界では有名だったりする。

 べたつかずさっぱりとした飲み味に、最高効率の水分補給効果、異様なまでの疲労回復効果、
そして飲む度荒れた肌を少しずつだが着実に整えていく美容効果まで兼ね備えた飲み物。
 特に美容効果は一年も飲み続ければどんなに荒れた肌も艶やかさを取り戻せるので、
スポーツドリンクとして、特に女性アスリートにとって理想的とも言える条件を揃えた飲み物なのだが、あまり売れなかった。
  
 その原因こそが、コップ一杯で高級レストランのフルコースが食べられるという価格。
 そして二人が今飲んだ水筒一本でコップ十杯分はあり、鍛錬後には毎回二本程空ける。

 ――――知らぬ間に、恐ろしく贅沢な事をしている二人であった。
  
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