ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄75
「しっかし海人さん大サービスでしたね。
マリアさん達の要望聞いた上で記憶操作するなんて」

 夜道を軽い足取りで進みながら、雫が苦笑する。 
 
「彼女らの提案が一番ごまかしやすそうだったからな。
ま、アルザード公爵には些か気の毒だが、運が悪かったと思って諦めてもらおう」

 肩を竦めながら、楽しげに笑う。

 先程ラムサス達の記憶処理を行うべく路地裏に引き摺っていこうとした時、近くで待機していたマリア達から提案があった。
 もし可能なら、自分達が考えた内容の記憶改変を行ってほしいと。

 とはいえ、海人は最初聞くだけ聞いて断ろうと思っていた。
 今回は記憶改竄だけでは少々問題が残るのだが、大概は勝手に各々が植え付けられた記憶に合うよう補完する。
 何か取引材料でもあるのなら話は別だったが、その様子もなかったのだ。

 しかし、話が進むに連れて気が変わった。
 
 彼女らが言う程度の記憶捏造は容易いし、その後彼女らが行う事を考えれば、より確実な隠蔽が可能になる。
 それに加え関係者の口封じやその他後始末もやってくれると言うのだから、最早断る理由はない。

 本音を言えばラムサスが些か哀れではあったが、海人には関係ない話でもあった。

「しかし……知らんところで色々と話が動いているようだな。まったく、厄介な事だ」

 億劫そうに、頭を掻く。

 先程、海人はラムサス達の記憶を改竄するついでに多少情報も引き出した。
 他国の諜報員がどの程度カナール関連の情報を掴んでいるのか、知っておきたかったのだ。

 そう多くは知られていないだろうと思っていたのだが、出てきた情報は予想外に多かった。
 以前やった事で海人が名無しの英雄と呼ばれている事。
 判明しているのはそういう存在がいたはずだという事のみで性別・年齢・容姿・能力全てが不明な為、
今回の仕事ついでに女王から調査の命が下っていた事。
 そして海人がそうではないかとあたりを付け、少し前からカナールでラムサスが探っていた事。

 有益かどうかはともかく、知らなかった情報を掴む事は出来た。
 今回の戦いも決して無駄ではなかったと言えるだろう。

 とはいえ、ガーナブレストがこの国の隠し戦力たる海人の存在を感知している事に変わりはない。
 次は今回のようなついでではなく、もっと真っ当に人を送り込んでくる可能性は高いだろう。
 
 これからは、少々息苦しい生活になりそうだった。

「ま、シェリスさんもいますし、何とかなるんじゃないですか?
……にしても、お姉ちゃん随分考え込んでるね?」
「……やはり、解せんのだ。何か拙者の知らぬ要素があるとしか思えん」

 雫の言葉に、思わず唸る。  

 彼女が考えているのは、先程ラムサスに突破された事だ。
 技の練度こそ相手が上回っていたが、補助魔法の性能のおかげで結果的には刹那が圧倒していた。
 にもかかわらず、突破された。油断もしていなかったはずなのに。

 最初は我知らず海人製の魔法という圧倒的アドバンテージに酔い、気が抜けていたのかと思ったのだが、
考えれば考える程そうではない可能性の方が高く思えてくる。
 
 確かに優位だったが、それでもラムサスは気を抜けるような相手ではなかった。
 ルミナスが称賛するだけあって、技量それ自体は自分を上回っていたのだ。
 そしてそれを認識したうえで、海人の方に抜けられないよう細心の注意を払っていた。
 立ち位置の調整は勿論の事、肉体強化の限度越えをやった場合の事も想定し、
更には相手の上限を己の分析より少し上に見積もって戦ったのである。

 しかし、現実には最後の一瞬ラムサスは見積もりを上回って弾き飛ばしてきた。

 分析自体が甘かった可能性も考えたが、それがあり得るとすれば最初から演技を続けていた場合のみだが、
もしそうであれば体力をあそこまで削られる前に勝負に出ていたはずだ。
 気絶後に体を触って確かめたところ骨が砕けた様子もなかったので、限度の超え方が異常だったという可能性もない。

 考えれば考える程、謎が深まっていくのだ。

「ふむ、君がそこまで頭を悩ませ続けるとは余程だな。
時間さえあればそこらへんも吐かせられたと思うんだが……すまんな」

 口惜しそうに、呟く。

 今日、海人達にはあまり時間がなかった。
 海人達はルミナス達には雫を探しに行くと言って店を出てしまい、
雫はラクリアに用事が終わったら迎えに行くと言ってしまった為、
あまり遅くなれば探しに来られる可能性が高かったのだ。

 そして最優先である記憶処理や他の情報の引き出しにも時間がかかった為、
刹那の疑念の答えに関しては諦めざるを得なかったのである。

「いえ、お気になさらず。それに、何か拙者の考えが及ばぬような要素があったとしても、それを上回れば良いだけの話です。
加速魔法を完全に使いこなせるようになれば、今回のような事態は防げるでしょう」 
 
 申し訳なさそうな海人に、凛とした言葉を返す。

 刹那は、未だ海人製の加速魔法を完全に使いこなせていない。 
 今の刹那では、まだ全力で用いると己の動きを制御しきる事が出来ないのだ。
 それでも一般的な加速魔法など比較にならない加速を使えるが、まだまだ上限は遠い。
 せめて今の一割増し程度で使いこなせていれば、最後の突破はありえなかっただろう。

「一応、より制御しやすい術式を開発中だ。それが完成すれば今よりはやりやすくなると思う」

「ありがとうございます。ただ、その、非常に申し上げにくいのですが……」

 感謝しつつも、刹那は何故か言葉を濁した。 

「ん? 何か問題があったか?」

「その、拙者の頭では術式を覚えるのがかなり大変なので……この先も発展するようでしたら、出来ればそれを開発してからに……」 
 
「同感でーす。あたし達の頭じゃそろそろ記憶容量超えて爆発しちゃいまーす」

 おずおずとした姉の言葉に同調する雫。

 海人の気持ちは、とてもありがたい。
 自分達の為に次から次へと新たな魔法を開発し、惜しげもなく与えてくれる。
 これほど主から恩恵を受けている護衛は他にいないだろう。

 が、魔法を使う為には自らの頭に術式を叩き込まねばならない。
 そして海人の開発した術式はかなり複雑なうえ、かなりの量に及ぶ為、いい加減脳が限界を迎えそうになっている。
 というより、今まで与えられた術式全てを頭に叩き込んでいるだけでも自分で絶賛したくなるほどに奇跡的な成果なのだ。
  
「……すまん。そっちの事はまったく考えていなかった。
とはいえ、まだまだ発展させられそうだしなぁ……術式盤の改良案でも練ってみるか。
と言っても魔力効率の改善に加え、戦闘で邪魔にならないレベルの小型薄型軽量化、多少の攻撃では壊れん頑強化。
ふむ、加速魔法を改良したらしばらくそっちに集中してみるか。
幾つか案はあるし、早い段階でそれなりの形にはなるだろう」

 頭を掻きながら、先の展望を呟く海人。

 ――――その発言内容は、普通なら正気を疑われる。

 術式盤を用いれば、魔法術式をいちいち記憶する必要が無くなるが、
代わりに消費魔力は増大し、術式の性能自体もかなり落ちてしまう。
 そして使う素材によっては戦闘中にあっさり壊れてしまう事もある。

 ゆえにその改良には過去に数多の人間が挑戦してきたのだが、
現状は変形しやすい純金を用いて作るそれが一番効率が良いとされており、
小型化も彫る術式が小さくなりすぎると起動しないせいで不可能とされている。
 全部実現するとなれば、もはや夢物語を通り越して妄想だ。 
 
 が、発言者は他ならぬ天地海人。
 表に出してこそいないものの、この世界に来て半年にもならぬ身で魔法学の常識を何百と覆してきた真性の怪物だ。
 この男なら、やれそう――――というより、絶対にやる。
 研究関連に関しては、もはや何をやらかしても不思議ではない男なのだから。

 つくづく、事もなげに常識を無視する主。
 雫がそんな事を思っていると、ふと何かが勘に引っかかった。
 方向は、やや上方。位置からしてどこかの屋根の上のようだ。

 そこで、雫は自分のミスに気付く。
 戦闘に突入した際、彼女は戦いに集中する為気配察知の範囲を狭めていたのだのだが、戦闘後もそのままになっていた。
 慌てていつも通りの範囲に広げると、少し離れた屋根の上に二人の人間の気配を感じた。
 試しにちょっと殺気を送ってみると、気配の主は慌てて振り向く。
 そして数瞬後、まるで観念したようにこちらにやってきた。
 
 それが誰なのか推測し、雫は溜息を吐いた。
 
「どうした、雫?」

「いやー、迂闊でしたねー……もっと早く警戒範囲広げ直しとくべきでした。
ま、どのみちラクリアさん迎えに行かなきゃいけないから時間はありませんでしたけど」

 怪訝そうな海人に、ぺこりと頭を下げる。

「おい……まさか」

「そのまさかよ」

 静かな声と共に、ルミナスが翼をはためかせて海人達の背後に着地した。
 それに続くように、シリルも軽やかに着地する。

「やれやれ、どこで気付いたんだ?」

「最初っからに決まってるでしょ。あの状況であんたが口封じしないはずがないでしょうが」

 肩を竦めながら、呆れたように言うルミナス。

 秘密主義の強い海人が、あの状況下でラムサス達の口封じを考えないはずがない。
 海人達三人がいなくなった段階で行動は読めたので、ルミナスとシリルもまた動いた。

 心配ないだろうとは思っていたが、万一取り逃がした場合に備え、
海人達が展開した闇のドーム全域を見渡せる場所に陣取り、どう脱出しても足止め可能なように待機していたのだ。

「……流石だが、それなら終わった直後に来ても良かったんじゃないか?」

「本当は先に酒場戻って何もなかった事にするつもりだったのよ。その途中でシズクちゃんに勘付かれたってわけ」

「そうか。ま、そろそろ夜も遅くなるし、さっさと店に戻ってゲイツ達に口止めしてからラクリア嬢を迎えに行くとしよう」

 言いながら、ゲイツ達のいる店へと足を進めていく海人。

 今日の事は、ゲイツ達への口止めもする事が望ましい。
 まだラムサスがこの町にいる以上、接触すれば話の食い違いなどで問題が起こる可能性がある。
 なので、事が終わった後でルミナス達共々口止めを頼むつもりだったのだ。
 
 と言ってもルミナス達はともかくゲイツ達が素直に頷いてくれるかは不明だったのだが、
今回はある意味嬉しい誤算があった。
  
(しかし……自分の名前を出せば大丈夫って、マリア女士、どれだけ恐れられてるんだ?)

 自分が漏らした懸念に簡潔に答えた女性の一見聖母のような微笑みを思いだし、海人は若干背筋を震わせた。






















 海人達がラクリア達を迎えに店内に入ると、中は混沌としていた。

 やけくそのように酒を次から次に飲み干すケルヴィン。
 それを傷ましげに見つめながら、静かにつまみと次の酒樽を準備する彼の部下達。
 そして、困惑した様子でそれを眺めるラクリア。
 
 状況が掴めず、海人はラクリアに訊ねた。
 
「何事だ?」

「私も良く分からないのです……貴方の御屋敷でお世話になっている事を言いましたら、この有様でして。
いくら酒豪でも、体に悪いのではないかと心配なのですが……」

 困った様子で、ケルヴィンを見つめるラクリア。

 本当に訳が分からなかった。
 先程雫が後で迎えに来ると言って、それを切っ掛けに海人の屋敷で世話になっているという話をする事になったのだが、
話が進むにつれてケルヴィンの様子がおかしくなっていったのだ。

 他に話した事など、詳細を伏せて海人に色々世話になった事ぐらい。
 それも感謝はたっぷりとしているが、恩人以上の感情はないと明言したにも関わらず、
ケルヴィンは急に浴びるように酒を飲みだした。
 
 途中ラクリアが体に良くないと何度か止めたのだが、それを振り払うように次々に酒樽を開けている。
 全く話が耳に入っていないようなので、すっかり困り果てていたのだ。

 海人達が揃って困惑していると、ケルヴィンがゆっくりと立ち上がって寄ってきた。 

「おう、兄ちゃん……あんたの女運、やっぱすげえなぁ……」

「女運……彼女の事なら、勘違いだぞ? お互い、友人止まりの感情しか持ち合わせとらん」

 ラクリアを示し、断言する。

 海人は当然の事ながら、ラクリアの方も海人に恋愛感情は微塵もない。
 何日か滞在していた時それなりに話もしたが、互いにそういった色っぽい話とは無縁だった。
 話題など学問系かフェン関連の話ぐらいで、盛り上がりはしたがどこまでも友人の域は出ていない。

 ラクリアもそれは態度に出ているはずなのだが、 

「んなこたぁねえだろ……! 俺ぁ見たんだ! 
ラスリナさんの表情が、あんたの話が出た途端、僅かに変わったのを!
元々優しかった顔が、もっと穏やかで柔らかくなるのを……!」

(……そういう事か)

 ケルヴィンの悲嘆に、内心で嘆息する海人。

 おそらく、ラクリアの表情が緩んだというのは本当だろう。
 およそ完璧な演技で表情を取り繕っている彼女だが、それは王女としての外面なので、
明るい話題においては素の感情が出てくる可能性がある。

 それを、ケルヴィンは勘違いしたのだろう。
 自分には見せてもらえなかった、女としての微笑みだと。
 こんな笑顔をさせられる海人は、惚れられているに違いないと。 
 
 言うまでもなく、ケルヴィンの認識は完全な誤解だ。
 
 ラクリアの笑顔が変わった理由は、親しい相手の話題が出た為。
 それもただ親しいだけでなく、演技ではない素の自分を見せても問題ない相手。
 おそらく現在ではこの世で一番気楽に接する事が出来る相手の話が出て、素の感情が顔を覗かせただけだ。
 当然、そこに恋愛感情など介在してはいない。

 ケルヴィンがそれを見ていなかったのも当然。
 あくまで社交用の態度で接し続けているのだから、短い付き合いで見れるはずはない。
 海人の話題が出てそれが出てしまっただけでも、ラクリアからすれば失態だろう。

 とはいえ、それを説明するわけにはいかない。
 その為にはラクリアの演技の暴露は避けられず、ただでさえ混乱している場が救いようのない混沌と化してしまう。

 ラクリアを連れてさっさと帰る。これも却下だ。
 ラクリアが渋るだろうし、それこそエアウォリアーズ団内でまた変な噂の元になりかねない。

 理想はケルヴィンに元気を取り戻させて、この場を収める事。
 かつ、海人に恨みや妬みを持たせず終わらせる事だ。

 少し考え、海人は行動を決めた。

「やれやれ……重ねて言うが、私とラスリナ嬢はただの友人だ。
そもそも、君はしばらく落ち着く事にしたんじゃなかったのか?」

「……ラスリナさんほど良い女、滅多にいねえ。動くのは当然だろうが」

 諭すような海人の言葉に、憮然と返すケルヴィン。
 モテる男に俺の気持ちは分からない、と言わんばかりの態度だ。

「ならばこそ、焦るべきではないだろう? 言っただろう、がっつけば相手が離れていく場合もあると」 

「それは―――」

「ああ、勿論声を掛けて繋がりを持つというのは大事だ。
縁無くしてはどんなに努力しようが、結ばれる事などありえないからな」

 ケルヴィンの言葉を遮り、先読みした内容を告げる。
 あくまでも淡々と、静かに。

「それなら……!」

「だが少し待とう。今の君は、ラスリナ嬢に相応しいか?」

「ど、どういう意味だ!?」

 海人の言葉に、ケルヴィンだけでなく周囲の部下の視線も鋭くなる。
 が、彼は歴戦の傭兵達の眼光を意に介さず、ゆっくりと言葉を続けた。

「確かに、君の能力は素晴らしい。エアウォリアーズ第三部隊の隊長を務め、稼ぎも人望もある。
世間一般で見れば十二分に素晴らしい逸材と言えるだろう」

「そ、そりゃあ流石に褒めすぎじゃねえか?」

「いや、能力的には妥当な評価だ。しかし、心が弱すぎる」

「んなっ!?」

 持ち上げて落とされ、ケルヴィンが思わず言葉に詰まった。

「違うか? 相手に想い人がいそう。それだけで酒に走り、彼女が君の身を案じて止めるのも聞かず飲み続ける。
周囲に、なにより想い人に心配をかけ、一時の享楽にふけり全てを酒で押し流そうとする。
こんな人間の心が強いと言えるか?」

「うっ……!」

「無論、いかに優れた人間でも弱さはある。時として酒に溺れる事もあるだろう。
だが、話を聞くに君は今までフラれるたび酒を浴びるように飲み――――逃げていた。
これでは、フラれるたび成長がないと言われても仕方あるまい」

「くっ……」

「私とてラスリナ嬢の事を深く知っているわけではないが、
それでも彼女が容姿に優れ、知に富み、向上心高く、清廉で優しい人柄だという事は知っている。
その彼女を、今の君は胸を張って口説く事が出来るか?」 

「あうう……」

 立て続けに浴びせられる海人の言葉に、ケルヴィンがみるみる萎れていく。
 が、海人は同情した様子もなく冷酷なまでに穏やかな口調で話を続ける。

「出来る、というのならそれもいいだろう。
精神的に成長したところで結ばれるとも限らんわけだから、現段階で口説くのも一つの道だ。
しかし、本当に相手が素晴らしい女性だと思い、本気で結ばれたいのなら――――まず、己を磨くべきだ。
それで結ばれるとは限らないが、可能性を高める事は出来る。
そして思い叶わなかったとしても、必ず次に繋がるだろう。
いずれは素晴らしい女性の方が言い寄ってくる程になるかもしれん」

「お、己を磨くって何すりゃいいんだよ。そもそも問題は心の強さなんだろ?
んなもんどうやって鍛えればいいんだか……」

「それは私にも分からん。だが、一つの道を極めた者は往々にして心が強いという。
君なら、戦いの道を極める事で少しずつ鍛えられていくのかもしれん。
今まで成長出来ていなかったと思うかもしれんが、ならばより困難な状況に身を置いてみるのも手だろう。
あるいは、今まで冗談交じりに吐いていた弱音を心の中にしまい、黙々と鍛えるなどというのもいいかもしれん」

「……そうだな。確かに、今のままじゃ俺にラスリナさん口説くほどの資格はねえ……しかもこの間は近接戦でシリルにまで負けた不甲斐なさだ。
よっしゃああああっ! 今から徹底的に鍛え直すぜ! まず手始めにシリルに勝ち! 
そしてその後鍛え抜いてラスリナさんに恥じない男になってから口説く! ラスリナさん! 今度会う時を楽しみにしててくれっ!」

「あ、はい……頑張ってください」

 ケルヴィンの剣幕に圧され、思わずとってつけたような励ましをするラクリア。
 いかにも反射的に、といった様子の言葉だったが、ケルヴィンへの効果は絶大だった。

「おっしゃ! その言葉で当分頑張れらぁっ! 手始めに集団組手だ! てめえらついて来い!」

『はいっ!!』

 上司の言葉に部下達が頷き、勘定を置いて共に酒場を出ていく。
 後に残ったのは、海人一行のみ。

「よし、問題解決。煽動しやすい相手で助かった」

「乗せられやすいケルヴィンも大概だけど……あんた、良く即興であんだけ煽動できるわねぇ」

 満足げな海人を見て、ルミナスが溜息を吐く。

 言葉の内容だけ見ればただ正論と綺麗事を並べ立てただけだが、
海人の場合口調の抑揚、説得力を感じさせる堂々とした態度、更には相手の反応を読んでの最適な間の取り方と
あらゆるものを活用して相手を呑み、芸術的なまでに上手く相手を煽動している。

 特に性質が悪いのは、時間が経っても海人に悪感情は向かないだろうという事だ。
 言ってる事はどれも正論や綺麗事なので、冷静に考えてもせいぜいそういう考えもあるか、で済んでしまう。
 それどころか、単に厄介払いする為だけに煽動したこの男を、親身に理想を説いてくれた親切な男と勘違いする可能性さえある。
 
 どこまでも性質の悪い友人に、ルミナスは頭を抱えずにはいられなかった。
 無論、あっさり乗せられてしまったケルヴィンの単純さにもだが。

「あれでもちっと間の取り方が甘かったんだがな……では帰るとしようか」

「それなんですが、帰るにしてもこの時間は少々物騒ですから、明日にすべきかと。
私はフェンがいるから平気ですが、皆さんは……」

「あー、そっちの心配はいらん。今日手に入れた私達の交通手段なら、まず何も寄ってこない」
 
「交通手段、ですか?」

 頬に手を当て、不思議そうに首を傾げる。

 ごく短期間の付き合いだが、海人達に交通手段がない事はラクリアも知っている。
 町に行く時は長らく、飛翔魔法を使えない海人を刹那がおぶるか、ルミナスが抱えるかだという事も。

 今日交通手段を手に入れたというのならあまりに今更だし、魔物が寄ってこないような交通手段となると、
魔物の嫌う匂いを発する薬品をたっぷりと塗りつけた馬車ぐらいしか思いつかないが、海人が今そんな物を用意するとも思えない。
 あれで結構フェンを可愛がってくれているので、嗅覚の鋭い彼が苦しむような事はしないはずだ。
 
 分かっていないラクリアに、雫がヒントを与えた。

「今日貴女が退治しようとして肩透かしくったんじゃないですかね」

「…………あの、まさか?」

 引き攣った顔で、ラクリアが訊ねる。

 真っ当な交通手段なら、魔物が避けるのは匂いを付けた馬車しかない。
 多様な匂いを維持しなければならず金がかかるが、道中に生息している魔物さえ把握していれば、
それなりに出費を抑える事も出来、効果も高い。
 無論稀にそれが通じない時もあるが、信頼度は極めて高い。

 ――――が、真っ当とは言い難い交通手段なら、より安全な手段が一つある。 

 それが、ドラゴン系の魔物。 
 ドラゴン系は、世に魔物の王族と呼ばれている。
 その最大の由来は無論その強大な力なのだが、もう一つ理由がある。

 それが、他種族の魔物を寄せ付けないという事。
 まるで貴き者のいる場に下賤が近寄る事は許されない、とばかりに寄ってこないのだ。
 一部例外もいるが、基本的に同格の魔物までなら寄ってこないとされている。

 そして今、この国にいそうなドラゴンと言えば、言うまでもなくこの近隣に出現したプチドラゴンだ。
 
 あの魔物は、格的には上位ドラゴンと同等なはずだ。
 かつて飼い慣らしたドラゴンマスターの伝記によると、上位の魔物でさえその姿を目にした途端逃げ去ったという。
 更に、プチドラゴンが主に移動する空においては、強力な魔物は数少ない。
 なので群れで飛び回って集団で襲う魔物が多いが、そういった魔物はプチドラゴンを見るなり群れごと方向転換する。

 例外の記録もあるにはあるが、それこそ遭遇率が天文学的なので安全極まりない乗り物。
 海人のまず何も寄ってこないという言葉とも合致するし、自分が退治しようとした魔物という言葉とも見事に、
とそこまで考えたところで、ラクリアが目を見開いた。

「あの……私が出掛けた理由、気付いてらしたんですか?」

「君は分かりやすいからな。
もっとも、同じように黙って狩りに行こうとしてた人間はそっちに意識が向きすぎて気付いてなかったようだが」

 海人のからかうような視線を向けられ、ルミナスとシリルはふいっと視線を逸らした。















































 海人の屋敷に着くと、プチドラゴンは身を伏せて翼を地面に這わせた。
 強靭な翼は降りやすいスロープとなり、主達を次々に大地へ送り届ける。
 
「しかし、あの短時間でよくもまあ、ここまで躾けましたわねぇ……」

 シリルが、呆れ混じりの感想を漏らす。

 思い出すのは、町を出てプチドラゴンに乗った時の事。
 なんと海人がポケットから取り出した笛を一吹きした途端、凄い勢いでプチドラゴンがやって来た。
 速度はともかく、あの短い時間でどうやれば笛の音に反応するよう仕込めるのかまったくもって理解不能だ。
 
「かなり賢いから、躾けるのは楽だったぞ」

「貴方が言う楽は当てになりませんわね。それはそうと、この子名前は付けましたの?」

「いや、まだだ。帰ってから付けようと思ってたんでな。まあ、既に考えてはあるんだが」

「……一応、聞くだけ聞いて差し上げますわ」

 自信満々な海人に、シリルは冷たい眼差しを向ける。

 率直に言って、海人のネーミングセンスは0だ。
 シリルが知る彼が名づけた名は一つだが、それだけで十二分に断言できるほどに酷い。
 社交界に出ても注目を集められそうな美しい生地に、がっちり布三号などという名を付けているのだ。
 このズタボロになってなお美しいドラゴンもどんな名を付けられるか分かったものではなく、
美を愛するシリルが看過できるはずもない。
 
 とはいえ、このプチドラゴンの飼い主は海人だ。
 いくら良い名前でも、第三者が名を押しつけるべきではない。
 口出しするにしても、海人が付けた名を聞き、その由来を訊ねて相応しい名に修正するのが妥当なところだろう。

 そう結論を出し、シリルはどんな奇矯な名が飛び出しても平静を取り繕えるよう、覚悟を決めた。
 
「うむ、きらずっしんという名まげぶはぁっ!?」

 言い終える前にシリルの拳が海人の腹に突き刺さり、彼の体がくの字に折り曲がった。

「あら失礼、手が滑りましたわ」

 崩れ落ちた海人の胸ぐらを掴みながら、言葉面だけ謝罪するシリル。
 その態度は実に平然としたもので、何ら悪びれた様子はない。
 
「それで、どんな理由でそのクソボケた名前を考えましたの?」

「か、体がきらきらしてて、体がずっしり重いからだが……」
  
「……頭が痛いですわね。面倒ですし、皆で決めると致しましょう」

「いや、だからきらずっし……すまん、なんでもない」

 尚も自分が考えた名を推そうとする海人だったが、シリルに睨まれて諦める。
 次は手加減抜き、そんな視線だった。
 
「物分かりが良いのは良い事ですわ。ところで、この子は雄雌どちらですの?」

「雌だ。腹を見せた時に確認した」

「……雌ですか。では、リレイユというのはいかがでしょう?
とある御伽噺に出てくる、聖女が駆ったドラゴンの名前ですわ」

 また女か、という言葉を飲み込み、考えた名を提案する。
 御伽噺から取るというのは陳腐だが、これは元の話が少々マイナーだ。
 他と被る可能性は低く、悪くない名前であった。
 
「ふむ、聖女アルテミスの騎獣か」

「あら、御存じですの? アルテミスの御伽噺はともかく、騎獣が出てくる話は有名ではないと思いますが」

「シェリス嬢の屋敷で読んだ世界各国の御伽噺を集めた本に載っていた。
確か、アルテミス関連だけで十種ぐらいあったか」

「相変わらず知識の幅が広いですわねぇ……それはそれとして、お姉さま達は何か良い案はございます?」

 シリルに話を向けられ、ルミナス達は唸った。

 アイデア自体は、なかったわけではない。
 海人が考えた名を聞いた段階で、哀れなプチドラゴンを救うべく色々考えた。
 ただ、名の由来はともかく、言葉の響きが今一つ目の前の生き物とそぐわない。

 一応それぞれ考えた名を試しに提案するものの、やはり何かが違う気がする。
 悪くはないのだが、シリルの考えた名ほどしっくりこないのだ。

「う~ん、現状リレイユが最有力候補のようですが……カイトさんはどれが気に入ったとかありますの?」 
 
「どれも悪くはなかったが……その中ではリレイユが一番良いな。それを採用させてもらおう」

 小さく頷き、海人はプチドラゴンに向き直った。
 
 本音を言えば自分が考えた名は捨てがたいが、シリルの名も悪くはない。
 御伽噺に出てくる名の由来は、古代語で輝ける大山を意味する言葉を捩った物。
 由来に関しては、海人の意見はちゃんと尊重されているのだ。
 
 自分の考えた名はどう考えても受け入れられる事はなさそうなので、シリルの案を採用するのが妥当だった。

「よし、今日からお前の名はリレイユだ。分かったらギャオンと鳴け」

「いや、無理でしょ」

 当然すぎるルミナスの指摘だったが、 

「ギャオンッ!」

 リレイユは当然とばかりに返事を返した。
 ルミナスばかりでなく、シリルや雫、ラクリアまで唖然としている。

「……ぐ、偶然、ですわよね?」

「そう思うなら、試しに呼んでみろ」

 引き攣った顔をしているシリルを軽く促す。
 恐る恐る頷いた彼女は、若干どもりながらリレイユに声を掛ける。

「リ、リレイユさん?」

「グルルルッ?」

 何か用? といった様子で首をひねり、鳴き声を返すリレイユ。
 姿は恐ろしげだが、その仕草は妙に可愛げがある。

「……分かってるわね、絶対」

「どうもこいつ、ある程度言葉の意味が分かるようでな。おかげで色々仕込むのもかなり楽だった」

「そういや、芸って何仕込んだの?」

「ふむ……百聞は一見にしかず、だな。リレイユ、噴火!」

 海人が指示するとリレイユは両腕を天高く伸ばし、上を向いて炎のブレスを吐いた。
 ゴォォォォォッ、と天に向かって炎が噴き出す様はまさに火山の噴火の如し。
 迫力と美しさだけなら、非の打ち所がない芸である。

 それを見て海人は満足したかのように頷き、次の指示を出した。

「突き! キック!」

 海人の言葉に同調するように、リレイユは華麗な動きを披露していく。

 突きはちゃんと左腕を引きつつ右腕を突き出して威力を乗せ、キックもきっちりと左を軸足にして回転し、
やや短めの脚とは思えない見事なローキックを放っている。

 一挙動ごとに周囲にもの凄い風が吹き荒れるが、流石というべきか海人以外はまったく微動だにしない。
 その海人も刹那が風圧から庇っているので、多少ふらつく程度で済んでいる。

「決めポーズ!」

 指示を受けるなり、仁王立ちになって右腕を高々と突き上げ、左手を腰に当てるリレイユ。
 その姿は力強さに満ち、圧倒的強者としての風格を漂わせている。

「と、こんな感じだが……なぜ頭を抱えている?」

 怪訝そうに、首を傾げる海人。

 なぜか、振り返ると刹那と雫以外の三人が頭を抱えていた。
 雫が笑い転げ、刹那が肩を竦めている横で、美女三人が頭に手を当てている姿は、なかなかにシュールだ。
 その後ろで何故かフェンが突きを真似ようとして転んでいるのが、より奇矯な印象を強めている。
 
「言葉多少理解してるにしてもここまで仕込むあたり流石って感心しつつも、
こんなしょーもない事仕込むアホさ加減に頭痛がしてきたのよ」

「凄いとは、思うんですが……他に、もっと真っ当な芸があった気がします」

「というか、ドラゴンマスターに憧れる人間がこれ見たら世を儚んで引き篭もりますわね」

 疲れきった顔で、それぞれ感想を零す。

 ドラゴンとは、誰もが認める魔物の王族。
 御伽噺では英雄の頼もしきパートナーとして描かれる事も数多く、
自らもそれを駆って戦場を駆け巡ってみたいと夢を抱く若者は決して少なくない。

 だが、最弱とされる下位ドラゴンでさえ屈服させるのは至難の業であり、初挑戦と同時に生を終える者の方が圧倒的に多い。
 運良く生き残った者も、大概はドラゴンマスターを諦めて地道に生きていく。

 まして、プチドラゴン。
 ブレスの範囲と腕力こそ上位ドラゴンに劣るものの、そのドラゴン系トップの機動性ゆえに総合的には同等以上と称される化物。
 付け加えるなら全ドラゴン系の魔物の中で最も美しいとされる種でもあり、見栄えも良い。
 全ドラゴンマスター志望憧れの魔物と言っても差し支えない存在だ。
 
 それがこんな芸を仕込まれて素直に従っている姿など見れば、ドラゴンマスター志望の人間の夢は粉々に打ち砕かれるだろう。
 
「面白いと思うんだがなぁ……まあいい。もうちょっと芸を仕込んで更なるウケを狙ってみよう。
シェリス嬢のとこのメイドが来た時も親しみやすくなるだろうし」

「……どう考えても見た段階で怯えられるでしょ」

 呆れた様子で海人の顔を見るルミナス。

 中位程度の魔物が似たような芸をやるなら、あのメイド達は気にもしないだろう。
 むしろ、芸を仕込んだ海人の手腕に感心して拍手さえ送るはずだ。
 
 が、リレイユはプチドラゴン。
 あの屋敷の中堅レベルのメイドが十人束になってかかっても、ブレス一つで丸焼きにしてしまえる怪物。
 欠伸混じりにでもブレスが飛んできたら、その段階で回避か焼死以外の未来が無くなるし、
寝返りで尻尾が飛んできても、これまた回避か撲殺という二択。
 いかな猛者揃いのメイド達といえど、これに慄かないはずがない。

 というより、まるで犬猫のようなペットとして扱っている海人がおかしいのであって、
本来は見ただけで泣き叫んで逃げだすのが自然な反応である。

「むう、素直でよく従う奴なんだがなぁ……」

「確かに屈服したドラゴンは大人しくなるそうですが……それにしても、なぜ屈服させたのですか?
餌代もかなりの高額になると思うのですが……」

 ラクリアが、首を傾げる。
 
 短い付き合いだが、それでも海人が目立ちたがっていない事はラクリアにも察せられた。
 そんな彼が、目立つ事この上ないプチドラゴンを飼う事を許すとは思えない。
 もし仮に刹那が駄々をこねたのだとしても、はねつけるだろう。
 身内に甘いが、それでも言うべき事はきっちり言う男だ。 
 
 それだけならまだしも、プチドラゴンに限らず、ドラゴンを飼う時の最大の問題が餌だ。

 ドラゴン系の魔物は総じてよく食べる為、餌代がかなりとんでもない事になる。
 リレイユの体はドラゴン系としては小さいが、それでも一日に牛三頭分ぐらいは食べるはずだ。
 唯一の救いは雑食だという事だが、穀類だけ食べさせても出費は凄まじい。
 おそらくは資産家であろう海人の財布にも、かなりのダメージを与えるはずだ。
 
 創造魔法の事を知らないラクリアとしては、リレイユのペット化は不思議でならなかった。

「ドラゴン系は雑食だからな。屋敷の裏で魚取るなり、獣狩るなり色々手はある。
飼った理由についてはあれだ――――かっこいいからだ」

「は?」

「まるで御伽噺の英雄の如く勇壮なドラゴンを駆る! まさしく男のロマン!
こいつの背にふんぞり返って立ち高笑いなどしたら、さぞかし気分が良いと思わんか!?」

「ああ……確かに殿方なら憧れるのでしょうね。それに、カイトさんでしたらとても栄えると思います」

 熱弁を振るう海人を、微笑ましげに見つめる。

 今の海人を見て、亡き弟が物語の英雄に憧れていた事を思い出した。
 将来は昔話の英雄の如く強くなって、騎獣と共に悪い魔物をばったばったと薙ぎ倒すのだ、
と目を輝かせて話していたのだ。

 それを思い出している間にも、海人の演説は続いていた。
 御伽噺を引き合いに出し、その勇壮さ、逞しさ、男の憧れを朗々と説き続けている。
 
(ん、カイトさんもやっぱり男の人……ちょっと、可愛いかも)  

 心の中でそんな感想を漏らし、熱弁を続ける海人を優しく見つめ続ける。
 普段冷静で物静かな彼が熱く語っている姿は、なかなか可愛らしく見えたのだ。
 
 が――――そう見えたのは、ラクリア唯一人。

 ルミナスとシリルは疑いの籠もった鋭い視線を、雫は苦笑しながらもまるっきり信じていない眼差しを、
そして刹那はどこか傷ましげな目線を、それぞれ海人に向けていた。

 
 


 

 











 少しして、海人の部屋。

 夜だというのに、ここはなかなか華やかだった。
 なにしろ、ラクリアを除いたこの屋敷にいる女性陣が勢揃い。
 男なら見ているだけで金を払いたくなるような光景だ。

 とはいえ、その場にいる海人からすれば暢気に目の保養などとは言っていられない。
 一応同じテーブルを囲んで茶と茶菓子を楽しみながら談笑してはいるが、
本題に移るタイミングを計っているのが丸わかりなのだ。

 もっとも、それだけ心配してもらえているという事なので、嬉しい事でもあるのだが。
 
「さて、そろそろ本題に移りましょうか。まさか、あんな説明で納得するとは思ってないわよね?」

 カップを置いて、ルミナスが話を切り出した。

「やはりそう思うか……しかし、私から聞くより刹那から聞いた方が楽だったと思うんだがな」

「お馬鹿。あんたの行動の理由聞くんだったら、あんたに聞くのが筋でしょうが」

「もっともだ。しかし、それを言うなら友人とはいえ、余計な詮索をすべきでない、
というのも筋な気がするが?」
 
「……無理に聞こうとは流石に思ってないわよ。でも、話してくれるんだったら聞きたいわ。
やっぱり、話したくない?」

 若干悲しげに、訊ねる。

 プチドラゴンを飼うなどという事を、海人が考え無しにやるとは思えない。
 相応の理由がある事も、隠蔽に関して何らかの対策を考えている事も予想がつく。

 なので、理性的には問い詰める意味はないと分かっている。
 どうせ知ったところで何が出来るわけでもないはずだと。

 しかし、それでも大事な友人が今回のような危険を冒した理由は気になってしまう。
 無理強いする気は毛頭ないが、出来れば教えて欲しいところだった。
 
「いや、別に構わん。というか、君らなら少し考えれば分かりそうだが」

「……ひょっとして、薬ですの?」

「正解だ。プチドラゴンの爪や牙などは薬にもなるからな。
薬の研究にも色々使えそうだし」

 シリルが出した答えに、小さな拍手を送る。

 プチドラゴンの爪や牙は、薬にもなる。
 それも海人の世界にはなかった病の特効薬に。
 滅多にかかる病気ではないものの、出来れば確保しておきたい。
 しかし、困った事に本体を離れて二週間前後で薬としての効果が消えるという話なので、
生かしておかねば有事に使えない。
 
 さらに言えば、それを用いた研究にも興味がある。
 プチドラゴンの素材が特効薬となる病は、海人が知る医学の常識ではありえない現象。
 凄まじい発熱で部屋を熱帯に変える病、逆に体から発する冷気で部屋を凍てつかせる病、
更には徐々に体が石化していく病など、実に恐ろしく、変わった病ばかり。
 それを癒せる薬の成分がいかなる物なのか、どう活用できるのか、興味は尽きない。
 
 生かしておけば再生するので、これら研究素材を延々採取できるのだ。

「あとは、鱗を調べてみたいというのもあるな。
ドラゴンの鱗は、死体から剥ぎ取った物以外は一週間で劣化しボロボロになるという。
その原因を突き止められれば、刹那達の武器を強力にして大量生産する事も出来るだろう」

 刹那達の武器に視線を移す。

 プチドラゴンの鱗は、強力な武具の素材になる。
 今二人が使っている刀も強力だが、こちらは更に桁が違う。
 量さえ確保できれば屋敷をプチドラゴンの鱗製に変え、並の攻撃ではへこみもしない不滅の城塞にも出来るだろう。
 
 しかし、殺してしまえば一頭分で終わりだ。
 飼ったところで生きてるドラゴンから剥ぎ取った物は一週間で劣化して崩れてしまうそうだが、
鱗を時々剥いで調べ原因を突き止めれば大量生産できる可能性も生まれる。
    
 海人からすれば、とりあえず生かしておけば色々と役に立つのだ。

「……こーして聞いてると色々利益あるんですねー。
でも、わざわざ屈服させるってよくやる気になりましたね?」

「いや……実は、屈服させたのは半ば偶然なんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。実を言えば最初は研究素材じゃなく、絵の題材として描こうと思って、
魔力砲使って昏倒させ続けてたんだが……途中で一発逆鱗に当たってしまってな」

 まったく間抜けだ、と呟き苦笑する。

 リレイユが屈服したのは本当に偶然の産物だ。
 周囲を巨大な五枚の障壁で覆い、全障壁からの一斉砲撃。
 暴れたところでさして狙いが狂うはずもなかったのだが、プチドラゴンの素早さは想定以上だった。
 ほぼ密着しているような距離だったのに、顎を狙った砲撃が首元の逆鱗にずれてしまったのだ。

 そのせいでドラゴン系の魔物を屈服させる条件の一つを満たしてしまい、
ついでにどの程度の魔力消費でどの程度のダメージが期待できるかの実験も行った為、
結果として一対一で戦うという条件も満たしてしまった。

 それでも戦闘によって圧倒的な力を見せつけなければそれまでだったわけだが、
海人がやった事はその条件すらこれでもかという程に満たしている。
 なにしろ、起きるたび逃げ場なく全方位を囲んで意識を奪うという、御伽噺の魔王も真っ青な圧倒的かつ無慈悲な蹂躙。
 他のドラゴンマスターの勇壮な戦いとは真逆ながら、それらが比較にならない圧倒的な力を見せつけた。

 結局、五回目に目覚めた時リレイユは障壁の中で腹を見せたのである。 

「で、丁度屈服したところで粗方描き終わったんだが……冷静に考えてみたら、活用法が広くてな。
まあ、屋敷で大人しくさせておく分には害がないし、見つからないようにする対策もいくらか思いついたんでな。
折角だから飼う事にした。もう一度プチドラゴンと遭遇する事なぞ、まずなかろうしな」

「ふーん……あんたの性格だと、面倒が多くなりそうだからさっさと殺して素材に変えるって言いそうな気がするけど」

「それも考えたがな。やはり、素材は多いに越した事はない。
生きて餌を与えていれば再生するんだから、利用しない手は無かろう」

「……確かに、そうですわね。ですが、この程度ならラクリア王女にも教えてよかったのでは?」

「彼女がいると、魔力砲で屈服させた事とか色々伏せる事が多いからな。
幸いあれを信じてくれたようだし、部屋に戻れば君らしか来ないだろうと思っていたんだ」

「あら、王女には大した情報教えてませんの?」

「彼女自身は好ましいが、目的を考えると迂闊な情報開示は出来んのでな。
で、理由としてはこんなところだが……他に何か質問はあるか?」  

「……僭越ながら、よろしいでしょうか?」

 刹那が、ゆっくりと手を挙げる。
 その表情は普段より更に凛々しく、引き締まっていた。

「ほう、珍しいな。何が聞きたい?」

「リレイユを飼う気になった、本当の理由です」

「……今の理由では納得できんか?」

「いえ、十分な理由だと思います。リレイユが屈服した現場に居合わせていなければ、ですが」

「……そうか。何が引っ掛かっている?」

「リレイユが屈服した直後の事です。海人殿――――貴方は、止めを刺そうとされたでしょう?」

「それはおかしくないと思うが? というか、止めを刺す直前であの理由を思いついたと考えるのが自然だろう?」

「かもしれませんが――――体に魔力を纏った直後、貴方は僅かに身を震わせ驚愕しておられました」

「……気のせいじゃないか?」

「いいえ。付け加えますと――――驚愕した後、顔が青褪めておられました。
拙者が何事かと思った直後、海人殿はリレイユの有効活用を語られ始めたのです」

 いったん言葉を切り、あの時見た光景を思い出す。

 一瞬確かに纏っていた魔力を霧散させてしまった海人。
 寸前まで特に感慨もなく平静そのものの表情をしていた彼は、一転して真っ青になっていた。
 よくよく見れば微かに手が震えており、明らかに様子がおかしかった。
 
 自分の見た物が間違っていない事を再度確信した刹那は、ゆっくりと続けた。

「無礼を承知でお尋ねいたします―――――あの時、貴方に何があったのですか?」

 真摯な瞳で、まっすぐに見つめる刹那。

 その目に、無理強いするような色はない。
 拒まれれば素直に引き下がる、そんな潔さが滲んでいた。
 同時に、海人の事を案じる色も強く出ており、心底気遣っているのが良く分かる。
 そして彼女の横にいるルミナス達もまた、同様の眼差しをしていた。

 海人としては話しても構わないと言えば構わないのだが、

(……我ながら情けなすぎて、士気に関わりかねんのだよなぁ)

 困ったように、頭を掻く。
 
 青褪めた理由は、我ながらかなり情けない内容。
 恥ずかしくて自分の口からは言いにくく、言えば周りを失望させる恐れもある。
 なので話すのは、あまり気が進まない。

 しかし、これだけ心配をかけて言わないというのも、好ましくない。
 海人は意を決し、少し間を置いてから口を開いた。 

「……実はな、私は命乞いをする人間は山のように殺してきたが、命乞いをする動物は殺した事が無いんだ。
そのせいか……腹を見せたリレイユを見て、初めて人を殺した時のように硬直して動けなくなってしまった」

『は……?』

 呆けたように目を見開く周囲に、海人が苦笑する。

 彼女らの反応は、無理もない。
 なんのかんので、全員にかなり非情な面も見せている。
 敵とあらば容赦なく人格を踏み躙り、場合によっては殺害。
 それを間近で見てきた人間からすれば、今更命乞いする魔物の命を奪う事を躊躇うなど信じられないだろう。

 実際、人間相手なら何一つ問題はない。
 一応無関係の人間は極力巻き込まないなど幾つかの制約を己に課してはいたが、
これまで殺害した数と手段の豊富さはそこらの殺人鬼が可愛らしく見える次元。
 ある者は新開発の毒ガスで殺害し、ある者は洗脳して拠点で自爆させ、またある者は死ぬまで人体実験の素材に、
と人道という言葉など投げ捨てて、ひたすら自分にとって最良の形で敵の命を使い捨てていた。
 命乞いをされようが許しを乞われようが、そんなものは幾度となく聞いてきた耳障りな騒音にすぎず、
黙らせる為により非道な事をするぐらいの物。
 経験上そこで仏心を出せば必ず報復されるので、見逃す理由は欠片もないのだ。

 が――――動物は、違う。

 人間に命じられて誰かを狙ったとしても、一度手酷い目にあわされて屈服すれば諦める。
 再度命じられて狙ってくる事はあるだろうが、身柄を確保さえしていれば再度狙ってくる事はない。
 なので、仏心を出してもそれほど大きな問題にはならないのだ。

 とはいえ、海人は動物を殺す事も相応に慣れている。

 潰す予定の建造物内部に警備用の犬が放たれていたりという事は、そう珍しくなかったのだ。
 極力殺さぬよう心掛けてはいたが、己の安全の為殺さねばならない場面は少なくなかった。 
 なので自分に襲い掛かってくる、あるいは単に危険な動物ならば殺す事は出来る。
 実際、この世界に来てから何匹か魔物を葬っている。

 しかし、命乞いをしてきた動物を殺した経験は皆無。

 いつも苦しむ間もない程の大火力で爆殺、あるいは夢見心地のままあの世に送る毒殺など、
反撃の間も与えない殺傷だったので、命乞いされる事など無かったのだ。
 この世界に来てから魔物と戦った際も、同様である。

 そのせいで、腹を見せたリレイユを見て硬直してしまった。
 かつて一度も遭遇していない殺生を前に、初めて人を殺した時のような躊躇いが湧きあがってきたのだ。
 しかも、それと同時に一度屈服したドラゴンは主に絶対服従という知識まで思い出してしまった。
 それが、海人の手を止めてしまったのである。

「おかしいと思うだろう? この私が、たかが命乞いする魔物に手を下せなかったんだ。
それで思わず殺さずに済むような逃げ道を探し――――あの理由が出てきた。
一応思いついてから自分でも飼う理由はあると思ったんだが……最初の理由はそれだ。
私は今更、殺生を躊躇った。我ながら、本当に甘くなったものだ」

 思わず、ぼやく。
 元の世界にいた頃の自分であれば、違っていただろう。
 そう思わずにはいられない。

 日常的に敵への凄惨な報復を行い、いかなる悪逆非道もただの作業。
 それが当然となる程に敵が多かった頃なら、動物といえど飼えばリスクが大きい一度牙を剥いた生物を飼うなど、ありえなかった。
 
 しかし、この世界に来て以来、海人に敵らしい敵はいない。

 普通に気兼ねなく町に出て人々と会話する事が出来るし、屋敷にいても警報に煩わされる事なく身内と談笑を楽しめる。
 たまに町で嫉妬に駆られた馬鹿が襲ってくる事はあるが、頼もしい護衛のおかげで実害は一度もなく、
たまに面倒な事がある、程度の認識でしかない。
 また、一応警戒対象はいるが、彼女らとも現状は厚遇こそされ一度として敵対はしていない。
  
 これだけ平穏な環境で、どんどん甘くなってしまっているからこそ、今回のような事態になった。 
 前々からそれを感じ、このままでは危ないと危惧してはいたのだが、今回それがついに現実になってしまったのだ。 

 とはいえ、次はない。
 今回は予想外の出来事で硬直してしまったが、自分がそういう反応を起こすと分かっていれば、
それを押し殺して行動に移す事は造作もないのだ。
 次は同じように屈服されても、迷いなく止めを刺すだろう。
 
 ――――まだ口にしていない、もう一つの理由を加味しても。

「なるほど……カイト、そんだけ?」

「……まだ疑問があるのか?」

「疑問っちゃ疑問だけど……あんた、まだ何か隠してるでしょ?」

「勘か?」

「違うわ。あんた演技上手いけど、今話してる時少しだけ目が泳いだのよ。
話したくないんなら無理に言う必要はないけど、ぶちまけた方が楽になる事もあるわ。
大丈夫。どんな理由だって、私達があんたに幻滅する事なんてないから」

「はあ……分かった分かった。ここまで来たら素直にぶちまけてくれる。
ここ最近描いてた動物の絵があるだろう? あの絵はな、どれも私が昔拾って飼ってたペットなんだ」

「は……? あの、凄い数でしたが?」

「最終的には犬一匹残して全部里子に出した。で、拾って来た内の何匹かの目とあの時のリレイユの目が被ってな。
僅かばかり、昔に引き戻されて躊躇いが大きくなったんだ。ったく、情けない話だ」

 ふう、と疲れたように息を吐く。

 幼い頃の海人は、捨てられた動物などを拾って飼っていた。
 人に捨てられ、山の生存競争で敗北し、ズタズタになった動物達を。
 海人は彼らを拾って治療し、とても可愛がり、里子に出す時も大泣きするほどだった。

 その彼らを拾った時の目と、あの時のリレイユの目が被った。
 助けて、と懇願するようなあの瞳が。

 そして―――――なんでこんな酷い事をするの、とペット達が泣いているような姿が幻視された。
 
 それで、完全に動けなくなった。子供の頃の感情が呼び起されて。
 とうに捨て去ったはずの感傷が、未だ消えきっていなかったそれが、蘇ってしまったのだ。
 覚悟していればそれを無視する自信はあるが、あの時は完全に想定外だったので、硬直してしまった。

 海人が未だ捨てきれぬ己の弱さを嘆いていると、

「ったく……お馬鹿。んな理由だったら素直にぶちまけなさいっての。
あんたらしい理由じゃない。昔の家族と被って躊躇うなんて」

「ルミナス殿の仰る通りです。要は拙者が雫に似た顔の人間を相手に躊躇うようなものでしょう?
海人殿なら、手を下せなくなっても不思議はありません」

 ルミナスと刹那が、労わるように穏やかに語りかけてきた。

 海人をそれなりに知る身からすれば、そう驚くような理由ではない。
 身内に対してはかなり甘い男だし、そもそも敵対されないだけでも対応はかなり甘くなるのだ。
 一度屈すれば主に絶対服従というドラゴンの服従を見て戦意が薄れ、
その上で昔飼ったペット達と被ったからこそ手が止まった。

 そう考えれば、海人らしからぬ判断にも納得がいく。

「まあ、プチドラゴンとあの絵の可愛らしい動物達が被るというのは感覚が独特すぎて、
正直分かりかねますけれど」

「それでも色々トチ狂ってる海人さんだったら不思議と納得出来ちゃうのが怖いですねー」

 シリルと雫は、苦笑しながら肩を竦める。

 概ねルミナス達の意見には同感だが、流石にあの凶悪生物と絵に描かれていた可愛らしい動物達ではギャップが大きすぎる。
 どこをどうすれば被って見えるのか、心底不思議でならない。
 
 が、それでも海人だから、で納得できてしまう。
 あの大真面目に考えた嫌がらせのような名前といい、リレイユに仕込んだ珍妙な芸といい、
妙なところで変な思考をする男なのだ。

「……んじゃ、今度こそ隠し事無くなったみたいだし、いいかげん夜も遅いし……そろそろ寝ましょっか。
悪かったわね、カイト。無理に聞き出すような事して」

「いや、君の言うとおり、話したら気分は楽になった。礼を言おう」

 頭を下げてドアに向かうルミナスに、感謝の言葉を返す海人。

 かなり強引の手法だったが、気は楽になった。
 自分で思っていた以上に、隠し事の後ろめたさは大きかったらしい。
 抱えっぱなしだった時の心理的負担を考えれば、ルミナスの行動は英断だったと言えるだろう。

 ルミナスは海人の言葉にくすぐったそうに目を細め、ゆっくりと部屋を出る。
 そしてそれにシリル、刹那と続いたが、雫だけは椅子から動かなかった。

「……雫? お前は寝ないのか?」

「あっはっは、まだ御茶残ってるから、飲み終わるまでいようと思ってねー。
明日の鍛錬に響かない程度の時間には寝るから気にしないで」

「海人殿に御迷惑だろう」

 溜息を吐きながら、妹を窘める。
 これからまだ居座るのは、流石に迷惑だろう。
 そう思っていたのだが、海人はあっさりと許可を出した。

「いや、構わんよ。まだ寝れそうにないし、話し相手の一人ぐらいはいた方が楽しいからな」

「だってさ。そんじゃ、お休みなさーい」

 雫の言葉を背に受け、刹那は静かに部屋を退出していった。
 迷惑をかけるなよ、と妹に視線で念を押して。

 そしてドアが閉まって一分程したところで、海人は雫に向き直った。

「……で、君はまだ話が残っとるのか?」

「んー、まあ話というかなんというか……素朴な疑問が出てきまして。
でも、聞かない方がいいのかなぁ、と思うんですけど」

 うーむ、と唸る雫。
 正直、この疑問を口にすべきかはいまだに迷っている。
 海人の逆鱗に触れる可能性が、否定しきれないのだ。

「要領を得んなぁ……ま、とりあえず言ってみろ」

「んー、前置きしときますけど、嫌なら答えなくていいです。
聞かれた事自体腹立たしいんだったら、顔引っ叩いたって構いませんから、我慢はしないでください」
 
「私が君にそこまでしかねん質問って、正直想像もつかんのだが」  

「……んー、じゃあ聞きますけど、あの動物の絵、誰の為の物なんです?」

「―――――っ!?」

 雫の問いに海人は大きく目を見開き、絶句した。
 何故それを、と表情で叫んでいる主に、雫は静かに言葉を続ける。

「ずっとおかしいと思ってたんですよ。海人さん絵に興味なんてないんですから、自分の為に描くとは思えません。
昔を懐かしむにしたって、海人さんの世界にはカメラって姿をそのまま映す道具があったんでしょう?
わざわざ描く理由があったとは思えないんですよ」

「……それで?」

「でまあ……多分、家族とか大切な誰かの為なんじゃないかと思ってたんですが、
今日ゲイツさんとかアルザード公爵に対する態度見て、なんとなく察しがつきました。
結構、苛立ってましたよね? 幸せの自覚が薄そうな二人に」

 海人の顔を、覗きこむ。
 ごまかしても無駄ですよ、と言わんばかりに。

「はあ、その通りだ……あー、くそ……今日は随分と心理的に引っ掻き回されるな……」

「やっぱり嫌でした? ムカついたんなら、本当に手加減抜きで引っ叩いていいんですからね?」

「いや、自制が効かなかった自分が情けないだけだ。で、したかったのは確認か?」

「そんなとこです。あと、もう一つありますけどね」

 微笑みながら、付け加える。

 主目的は、あくまで確認だ。
 海人がわざわざ絵を描くほどに愛した、おそらくは既に故人であろう誰かの存在の確認。
 傷口を抉る可能性もあったが、傷の深さを推し量っておかなければ、いらぬ所で不和の元になりかねない。
  
 だが、目的はもう一つある。
 身内に過度に気を遣い、色々抱え込んでしまいがちな主の為に、言っておくべき事があるのだ。

「海人さん、弱音なんていくら吐いてもいいんですよ。
あたしらにあんまり情けないとこ見せられないって思ってるんでしょうけど、逆です。
強い面も弱い面もぜーーんぶひっくるめて見せてもらった方が嬉しいです。
折角一緒に暮らしてる家族なんですから、ね」

「……そうか。雫、ありがとう」

 雫の言葉に一瞬呆気にとられた後、海人は嬉しそうに笑った。

 実は刹那にも似たような言葉を言われているが、雫にも言われたというのは純粋に嬉しい。
 正直余計な心配をかけてしまった後ろめたさはあるが、二人に多少弱音を吐いても大丈夫という安堵は、それにも勝る。
 
「いえいえ、礼には及びません。あたしの我儘ですから。
まあ、ちょっと気が楽になったというなら御褒美を頂きたいところですけどね?」

「最高傑作の話か?」

「はい。ま、見せたくないんじゃしょうがないんですけどね」

「あれの所有権は私にないからな。勝手に見せるわけにもいかんのだ。
ま、もう少し割り切れるようになったら、約束通り見せてやろう」

 あっさり引き下がった雫の頭を撫でながら、やんわりと語る。

 最高傑作の所有権は、海人にはない。
 あれは最愛の妻の誕生日プレゼントに贈った物。
 独占欲が強かった彼女は、その絵の写真を人に見せる事さえ嫌がっていた。
 だから、今の家族であろうと見せられない。
 
 彼女亡き今、所有権も消滅したと言えるかもしれないが、
それでも最低限のけじめをつけるまでは、妻の意を叶えてやりたい。

 雫には悪いが、見せられるのはもう少し先の話だった。

「はい、期待して待ってます。ところで、明日はどうするんです?」

「ん? 予定通り公爵達の記憶操作の調子の確認をしがてら、買物でもしようかと思っているが?」

 茶を啜りながら、事もなげに言う。

 明日記憶操作の具合を確認すべく、ラムサス達にはちょっとした暗示をかけておいた。
 決まった時間に、指定された店に行くように。そこで接触し、違和感を見せなければ問題なしだ。
 時間も店もバラバラに指定し、一人一人しっかりと確認できるようにもしてある。
 
 とはいえ、その確認だけではつまらない。
 なので、ついでに買物もしようかと思っているのだ。
 
「今日ルミナスさん達守った御褒美に屋台食べ放題なんてあると、可愛い護衛は喜びます」

「分かった分かった。明日は腹一杯食べるといい」

 可愛らしくおねだりする護衛の頭を撫で、海人は優しく微笑んだ。










































 翌日の昼、ラムサスは食堂リトルハピネスにてかつてない恐怖を味わっていた。

 彼の前には、三人のエプロンドレスを纏った女性。
 全員がかなりの美女で、一見すると羨ましい環境に見えるかもしれない。
 テーブルに所狭しと並べられる料理が全て自分の奢りだとしても、
これだけの美女達とテーブルを囲むなど、なかなかできる体験ではないのだ。

 しかし、ラムサスはカタカタと震えながら大量の冷や汗を流している。

 現状を一言で表すなら――――人生最悪の窮地。

 気楽な様子で料理を次から次に平らげている美女達は、外見に似合わぬ凶悪な経歴の持ち主達。
 それは表に出てはいないし結果としては善行ではあったが、大量の人間を死に追いやっているのも紛れもない事実。
 その動機も、一人を除けばほぼ完全な私欲。手段まで考えれば、これほど魔女という言葉が似合う女性達もいないだろう。
 
 はっきり言って、関わりたくない。
 それで逃げ延びられるなら、自分はきっと魔力を使い果たすまで全速力で地平線の果てに向かって走り続けるだろう。

 だが、今回は逃げられない。
 逃げたら状況がより絶望的になる――――というか、絶対の死が待ち受けている。
 
(よ、酔ってたとはいえ、この三人押し倒そうとしたって……!
前後不覚どころの騒ぎじゃない! 自殺志願通り越して惨殺志願じゃないか!)

 全身の水分が汗に変わったのではないかと思う程に、冷や汗が止まらない。

 昨日ルミナス達との戦闘後、説明ついでのお詫びで町の店で酒込みの食事を奢った。
 そして、たまたまやって来た白衣の青年一行と遭遇し、その際に画家特有の眼力で化粧の色のむらを見破られ、
周囲の視線に耐えかねて正体を暴露する事になった。
 そのせいで弟の部下達の視線が痛かったが、その後白衣の青年とオーガストから妻を御する際に使えそうな手を色々教えてもらえたので、
結果としてはプラスが大きかったはずだ。

 ――――ここまでは、よかった。

 問題は、その後打開策が見えた嬉しさのあまり羽目を外して飲みすぎた事だ。
 どうせ残り短い自由だから、と酒の消化を促進する為の肉体強化も解除し、
思いっきり酔っ払い気分を楽しんだのだが、その後目の前の女性達が訪れた。
 
 この場にあるはずの無い顔に大層驚いたようだったが、流石歴戦の魔女達というべきかあっさり気を取り直して酒盛りに加わった。

 ――――今思えば、まだかろうじて正気が残っていたこの時に、宿に戻って寝るべきだったのだろう。

 ラムサスがこの場にいる理由を聞き、この三人は口を揃えて言った。『へたれ』と。 
 聞き捨てならなかった。確かに妻には弱いが、自分は決してへたれではない。
 普段はきっちり仕事をしているし、なんだかんだでティファーナの組手から逃げた回数も両手で足りるのだ。
  
 なのでその旨を力説したのだが、帰ってきたのは呆れたような吐息。

 これで最後の箍が外れ、変な方向に暴走した。
 なんと、自分がへたれではない事を証明してやる、とその場で三人を押し倒そうとしたのだ。
 この辺りからかなり記憶があいまいなのだが、その場の女性全員がかりで袋叩きにされた気がする。
 
 そして、目覚めたのが二時間ほど前。
 寝ぼけ頭で目の女性達と弟の部下達から昨日の奇行を聞き終えたのが、一時間前。

 暴れた際に弟の部下達にも攻撃したらしいが、彼らは笑って許してくれた。
 きっと色々溜まってたんですよ、という同情と憐憫に満ち溢れた言葉と共に。

 許すのにこの店での奢りという条件を付けてきたのが、目の前にいる女性達。
 無条件で許しても構わないが、どこからともなく風の噂が伝わるかもしれない。  
 そう脅されれば、もはや奢る以外の道はなかった。

 結果として、ラムサスの財布はこの国に来た当初の二割弱の厚さになっている。
 女性達はもうじき食事を終えそうだが、エリオットの部下達への労い兼詫びとしてもお金を渡すつもりなので、
それが終わる頃には一割以下になっているはずだ。

 とはいえ、そこまで終わればもはや口外される心配はないだろう。
 幸い約束は守る女性達だし、昨日騒いでいた酒場は実質貸し切り状態で他の客はいなかったので、もはや漏れる心配はない。

 記憶の大半が偽りとも知らず、ラムサスは悲しい安堵をしていた。

(ああ……帰りには美味しい物、腹がはち切れるまで食べながら帰ろうと思ってたのになぁ……)

 帰る前に食べようと思っていた食べ物を幾つか思い浮かべ、心で別れを告げていく。
 財布を空にしたとしても、金額が足りないだろうから。

 そうさめざめと涙している彼の横を―――海人と雫が通りかかった。

「おや、アルザー……エリオット殿」

 アルザード公爵、と呼びそうになったのを咄嗟に変える。
 既にラムサスは再び変装し、エリオットの顔に戻っていた。
 聞く者がいるとは思えないが、念の為だ。

「お気遣いありがとうございます。昨日は……その、御迷惑おかけしたようで……」

「なに、疲れていたんだろう。人生たまにはああいう事もある」

 鷹揚な口調で、気にしていない素振りを見せる海人。
 さり気なく相手の態度に不自然がないか、記憶改竄が上手くいっているか確認しつつ。

「ありがとうございます。ところで、それは……?」

「ああ、ちょっと気が向いたんで町の賑わいを描いてみた」

 ラムサスが見ている絵を、彼の前に差し出す。
 荒削りだが、町の賑わいがよく表現できている見事な水彩画だった。

「……あの、よければこれ譲ってもらえません?」 

「構わんが、何故だ?」

「いや、かなり荒っぽく描いてありますけど、この色彩が気に入りまして。欲しいなぁ、と。
それほど高いお金は出せないんですが……」 

「そうか、一万で良いぞ」

「良いんですか!?」

「気紛れに描いた物だからな。絵具代にちょっと上乗せすれば十分だ。
もう会う事はあるまいが、元気でな」

「ありがとうございます! よっし、良い手土産が出来た! エリオットに持たせて、僕が頼んだ事にすれば……ふっふっふ」

 去って行く海人達を笑顔で見送りながら、絵を眺める。

 この絵は、実に良い出来だ。
 カラフルな色彩が鮮やかで美しく、かつ町の人々の活気が伝わってくるようなパワーがある。
 至高の作品とは程遠いが、それでも妻が受け取っても十分喜びそうな出来だ。

 これをエリオットに頼んで買ってこさせた事にすれば、妻の機嫌も取れるだろう。
 これからは記念日以外にもたまにプレゼントをしてちょこちょこ機嫌を取っていくつもりだが、
その手始めとしては実に素晴らしい。それが、たったの一万だ。 
 
 もはや、目の前で食べている女性達の事も気にならない程に嬉しかった。











 一方その頃。カナールから少し離れた平原。
 そこをのんびりと走る豪奢な馬車の中で、和やかな会話が行われていた。
 
「……もうそろそろカナールかの?」

「はい。あそこでも美味しいお店を手配しておりますので、どうぞお楽しみに」

 ティファーナの問いに、笑顔で答えるシェリス。
 厄介事が一つ片付いた為か、心持ち晴々しているように見える。 
 
「うむうむ、楽しみじゃ。そういえば、あやつらもまだおるのじゃな?」

「そのはずかと。いくらなんでも、昨日の今日で町は離れていないはずですから。
それと、今後はもう少し厳しく監督していただくようお願いいたします。
今回は実害がなかったとはいえ、何か想定外の事が起きればそれだけで大混乱になりかねなかったのですから」

 若干、シェリスの目が鋭さを帯びる。
 それにティファーナは重々しい頷きを返した。 

「うむ、分かっておる。さて、どうするかの。さっさと絶望のどん底に突き落とすべきか、
それとも束の間の幸せを感じさせてから突き落とすか……」

 言いながら、ティファーナは先日手元に届いた手紙の一文に目を落とす。

 現在夫が義弟に化けてますので、次の組手の際には厳しくお願いいたします。
 という、実に簡潔で分かりやすい文章。

 差出人はラムサスの妻、レイチェル・フレデリカ・アルザード。
 夫に化けた義弟を一目で見破り、屈強な彼を以後の演技に支障が出ない範囲でぶちのめした生粋の女傑。
 そして、爵位継承十周年という事で密かに夫に美味しい手料理と絵画のプレゼントの準備を進めていた女性でもある。 

 ――――ラムサスの試練は、ここからが始まりだった。






テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

カイトの周りの女性は鋭い人ばっかりだな~。
そのぐらいじゃないと付き合えないとも言えるか?w

それと、ラムサス南無。いろんな意味でw
[2013/06/14 01:29] URL | とまと #mQop/nM. [ 編集 ]


更新きてた!
いろんな伏線の回収をしつつ、海人の心理が大きく揺れ動いていたことが判明した珠玉の回だったんじゃないかと思います。
海人を取り巻く環境、周囲の心理変化、そして本人が熱意を取り戻した時、覚悟を決めた時、名無しの英雄が白衣の英雄として世に躍り出るシーンを夢想しました。
このまま変化流転が緩やかに続けば、今回のように、いつの間にか
(隠匿≦誰かの為に活躍)
という(ダーク)ヒーローまっしぐらな路線に入りそうでわくわくしますし、そうでなくとも予想外の楽しみがあり、待つという行いも喜びにかわります。

八章は日常編ということで、増えた人員や変化した関係なんかを整理しつつ楽しく小さい事件を起こしていくのでしょうか。楽しみであります。
[2013/06/14 02:31] URL | anos #- [ 編集 ]


相変わらずの面白さ。しかし、ネーミングセンス凄いなあw

>私は今更、殺傷を躊躇った。我ながら、本当に甘くなったものだ

殺傷ではなく殺生では? 傷はすでに遠慮なく与えてますし
[2013/06/15 23:32] URL | h #- [ 編集 ]


ん、今回で7章は終わりでしたっけ?

とにかくお疲れ様です
がんばってください
[2013/06/16 21:35] URL | #- [ 編集 ]


どこのポケ〇ンだ!
しかし海人が段々、弱さを見せるようになってきましたね。
最初に比べると、警戒的なものも緩んでいるように見えます。まあ、線の内側限定みたいですけど。

しかし何時の間に更新されていたのか、忙しくて最近、来ていませんでしたのでびっくりデス。
これからも、楽しみに待っています。
[2013/06/17 22:56] URL | 飛べないブタ #t50BOgd. [ 編集 ]


記憶操作 記憶処理 記憶改変 記憶改善 記憶捏造
改竄と捏造は使い分けて良いと思いますが、もう少し統一感が欲しかったです。
記憶改善は流石に誤変換ですかね。

次回の更新も楽しみにしてます。
失礼しました。
[2013/06/30 11:01] URL | 坊主 #xVyQTwi6 [ 編集 ]


今回も楽しく読ませてもらいましたー。一つ読んでひっかかったところが

「海人さん、弱音なんていくら吐いていいんですよ。

いくらでも吐いていいんですよ。 もしくは いくら吐いてもいいんですよ。
の方が自然かなと思いました。
[2013/07/02 21:25] URL | #- [ 編集 ]

里親→里子
「里親に出す」は「里子に出す」あるいは「里親に託す」ではないでしょうか?
多分、推敲中に混同されたのだと思います。
[2013/08/14 22:27] URL | とり #mQop/nM. [ 編集 ]


カイトの家にプチドラゴンがずっといたら、付近の肉(笑)が逃げると思うのですが……
まぁ少々離れたところで食料調達の時間がちょびっと増えるだけかもしれませんが(苦笑)

あと、たぶん答えてはいただけないでしょうが、エアウォリアーズの名前の由来を教えていただけたらな~と。個人的には団長副団長がカイトの親で天地の天からエアになったのでは?とか妄想してます。
[2014/01/20 06:15] URL | へむへむ #- [ 編集 ]


なにげなく読んでいたのですけれど、
最後にカイトがアルザード公爵に遭遇して絵を買ってもらったのは、あらためて画家としての人物だと印象づける目的がありそうですね。
きっと待ち構えていたに決まってる。
[2014/08/21 04:04] URL | #ffVU29mw [ 編集 ]


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