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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄78
 その日の正午、海人の屋敷の食堂。 
 そこには、大量の食物の海が広がっていた。
 様々な野菜を用いた彩り豊かなサラダ、皮はパリッとしつつも身はしっとりと焼き上げられた魚料理、
絶妙な塩加減でその旨味を極限まで引き出した肉料理などなど、実に豪勢だ。

 これらは全て、ルミナスとローラによる合作。
 特に役割分担を決めたわけではなく、互いに作りたい料理を勝手に作っただけだが、
どちらもバランス良く様々な料理を作った為、極端な偏りはない。
 また、二人共腕は折り紙つきなので大量にあった料理も瞬く間に消費されていく。
 雫などは目を輝かせて一心不乱に二人の料理を食べ比べていた程だ。
 
 やがて全ての料理が食卓から消え、各自食後の御茶を楽しみ始めた時、ローラが口を開いた。

「流石はルミナス様。どれも素晴らしいお味でした」

「あはは、ありがとうございます。
でも、私はローラさんみたいな綺麗な盛り付け出来ないんですよねー」

 言いながら、恥ずかしげに頬を掻くルミナス。

 味に関しては、自信がある。
 食道楽が高じただけとはいえ、料理の精進を怠った事は無いのだ。
 ローラも大した腕だが、少なくとも負けはしないという自負はある。

 が、盛り付けとなると話が変わる。

 と言っても、下手というわけではない。
 さして美的な素養に恵まれているわけではないが、
それでも食欲を煽り、食べたいと思わせるだけの盛り付けは出来る。
 
 ただ、ルミナスのそれはあくまでも食べるという事に重点を置いた物。
 見て思わず涎を垂らす事はあるが、食べるのがもったいないと思う事は無い。

 対してローラの盛り付けは実に煌びやか。
 サラダなどは特にその傾向が顕著で、多様な色彩を持つ材料を存分に活かし、
まるで宝石箱のように美しかった。
 それでいて食べ物としての本分は外さず、きっちり食欲も煽ってくる。
 作り手と同様、万遍なく非の打ち所がない出来だった。 

 あれと比べると、食欲のみを追求した自分の料理がなんとなく浅ましく思えてしまう。  

「ルミナス様には不要かと存じます。
食の本分はなによりも美味しく食べられる事です。
小奇麗にするより、食欲を掻き立てる方が余程素晴らしいでしょう」

「そうですかねぇ……」

 うーん、と悩ましげに唸るルミナス。
 そんな彼女に、海人が声を掛けた。
 
「……少なくとも、私は君の盛り付けは好きだぞ。
煌びやかさには欠けるかもしれんが、毎度毎度食欲をそそってくれる。
ま、唯一の難点は味も良いせいでついつい食べ過ぎてしまう事だな。
屋敷に籠もりっぱなしで運動不足の私としては肥満が怖い」

 冗談めかして笑いながら、腹の肉を摘まんで見せる海人。
 言葉とは裏腹にさして余分な肉はついていないのだが、その仕草は妙に笑いを誘った。
  
「あはは、ありがと」

「……そうそう、忘れるところでした」

 海人の仕草にルミナスが微笑んだところで、ローラが思い出したように口を開いた。

「ん? 何をだ?」

「御約束の宿泊料です。出来れば早めにお渡ししたいのですが」

「ああ、それか……では、部屋を移るか。
そうそう、刹那、雫、君らは気になるんだったら来てくれても構わんぞ」

「……よろしいのですか?」

 意外そうに目を見開き、刹那が訊ねる。
 
「君らに関しては、一応許可を貰っている。
ただし、君らが口外した場合は私がローラ女士にくすぐり技術を教える事と、
教える際には口外した人間をその教材にする事も条件にあるから、同席するなら覚悟はしておくように」

「う……」

 主の言葉に、思わず呻く刹那。

 正直、自分のうっかり具合と罰を考えると背筋が凍る。
 冷静に考えればそうそうローラが血迷うはずもないのだし、
主の気遣いを断って席を外しても問題はないだろう。

 が、護衛として主をローラのような超人と二人っきりにするのはどうかと思われる。

 そもそも護衛とは、いついかなる時何があろうとも主を守る者。
 それが兆分の一の可能性であっても、守れぬ可能性は潰すべきだ。
 まして間抜けさえ起こさなければ下される事も無い罰を恐れ、可能性を潰す事を厭うなど以ての外。
 
 そんな決意と共に刹那が同行を申し出ようとした時、彼女の妹が微笑みながら語りかけてきた。

「大丈夫だよお姉ちゃん。骨は拾ってあげるから」

「どこが大丈夫だ!? というかその言い方では口を滑らせる事が前提だぞ!?」

「他の人ならともかく、お姉ちゃんだからねぇ……注意すればするほどうっかり口滑らせそうなんだよねー」

 溜息を吐きながら、嘆かわしそうに首を横に振る。

 あまりな言われように反論したい刹那だったが、それは出来なかった。
 悲しい事に、今まで散々積み重ねた実績からすれば反論の余地はない。
 まして冒険者時代はそれで雫が一番被害を被っていた。
 反論なぞしようものなら、この上ない正論でボロボロに打ちのめされる他ない。
 
 刹那が悔しげに唇を尖らせていると、海人が助け舟を出した。

「ま、そう言ってやるな雫。刹那とて注意していればそうそう口を滑らせる事はないだろう。
気持ちは分かるが、たまには信じてもいいんじゃないか?」

「おお、素晴らしい心意気です。じゃ、ついでに賭けましょう。
あたしは三週間以内に口が滑るのに三十万賭けます」

 ぴっ、と指を三本立てる。
 雫の表情は自信に満ち溢れており、負けるはずなどないと確信しているようだった。
 それを見て海人は受けて立とうとばかりに鷹揚に頷き、 

「私は二週間以な――――口が滑らないに三十万」

「海人殿ぉぉぉぉぉぉっ!?」

 思わず本音を零した主に、刹那が思わず絶叫する。
 そんな彼女を眺めながら、ルミナスが小さく肩を竦めた。  

「セツナさんも信用ないわねぇ……ってか、良いんですか?
口滑らせる確率が高そうってのは間違いないみたいですけど」

「今回の件に関しては特に問題ありません。漏れたところで、多少煩わしい事が増えるだけですので。
それで得られる物を考えれば、むしろ漏らして下さった方がありがたいとさえ言えます」

 ルミナスの問いに、ローラは淡々と答えた。

 今回の交渉材料については、漏れたところで実質的な被害は少ない。
 一応予想される被害は明確に存在するが、せいぜい日常の片手間で済む程度の事。
 それと引き換えに海人のくすぐり技術が手に入るのなら、安いもの。

 むしろ、積極的に誘導して漏らすよう仕向けたいぐらいである。
 もっとも、それで技術を得たところで海人の機嫌を損ねる可能性があるのでやるつもりはないが。

「そうですか……んじゃ、私はカナールにちょっと買い出し行って来ますかね。
屋敷で暇潰しってのも健康的じゃないし」

「あ、お姉さま、私もお供いたしますわ。人手はあった方がよろしいでしょうから」

「そうね、ありがと。カイトー、カナール行くけど夕食はなんか要望あるー?」

 シリルに礼を言いつつ、ルミナスは海人に話を向けた。

 そこまで信用がないのですか、と涙ながらに詰め寄っている刹那を宥めているので、
あまり返事は期待していなかったのだが、思いがけず素早い返事が返ってきた。 

「例の海老料理」

 彼らしからぬ即答にルミナスは一瞬呆気にとられるが、すぐさま嬉しそうに笑った。

「ふふ、分かったわ。そんじゃ、夕食楽しみにしててね」

「ルミナス様、よろしければついでにハロルド様の花屋にも寄っていただけませんか?
昨日頼んだ物がいつ入るか、確認していただきたいのです」

「へ? そりゃ構いませんけど……何頼んだんです?」

「少々特殊な食材です。いつぞやの不法侵入のお詫びが御二人にはまだでしたので、
自信作を御馳走しようと思いまして」

「あー、あの時のですか……別に気にしなくてもよかったんですけど」

 すっかり忘れかけていた事件の事を思い出し、居心地悪そうに頭を掻く。
 
 お詫びはありがたいが、あまり思い出したくない事でもあった。
 なんせ戦いを生業にする自分が、成す術もなく自宅に侵入され昏倒させられたのだ。

「そうは参りません。それに延び延びになっていた不義理の分も兼ねて色々奮発しておりますので、
お楽しみいただける事は間違いないかと」

「へえ……期待していいんですね?」

「無論です。期待を上回って御覧に入れましょう」

 楽しそうに笑うルミナスに、ローラは恭しく一礼した。 




























 応接間に移動したローラは、席に着くなりポケットから小さな本を取り出した。

 随分と古い物らしく、表紙から何から随分と擦り切れている。
 表紙に記された文字も読めはするが、所々擦れており歴史を感じさせる佇まいだ。

「こちらがお約束の物になります」

「確かに。しかし……君も厳しいな。
こんな事に使うぐらいなら、シェリス嬢に使わせてやれば良かっただろうに」

「あまり甘やかすのは好ましくありませんので。
後で知れるとうるさいでしょうから、約定通り内密に願います」

「……良く分かりませんが、その本は相当貴重な物なのですか?」

「歴史的に稀少な史料である事は事実です。
もっとも、普通なら換金しない限り考古学者以外には暇潰しぐらいにしか使えませんが」

 刹那の問いに答えながら、自分で淹れた紅茶を一口含む。

 発言内容に一切の偽りはない。
 海人に渡した本は、数百年前にとある人物が記した手記。
 史料価値は非常に高いが、考古学者以外には特に有用でもない。
 普通ならそれこそ売り飛ばすか暇潰しの読み物にしか使えず、
ローラも長らく保管庫の奥に放り込んで忘れ去っていた物だ。 

「……そんな本がどうして取引材料になったんです?」

「表紙を見れば分かる」

 訝しげに訊ねてきた雫に、海人は本の表紙を見せた。
 古ぼけてやや擦れてはいるが、片隅にしっかりと著者の名前が記されている。
 
「パトリック・オーゼスティン・クラッド……? ん? どっかで聞いたような……」

「そうだな。過去の偉人だろうが……」

 姉妹揃って、頭を悩ませる。
 誰だかは思い出せないが、間違いなく聞き覚えのある名だった。

「城塞王と言えば分かるか?」

『ぶっ!?』

 主が放った言葉に、宝蔵院姉妹が揃って噴出した。

 二人共歴史に造詣が深いわけではないが、城塞王の名は知っている。
 その行いは良くも悪くもこの近隣国家の歴史を語る上では欠かす事が出来ず、
大陸史を記す歴史書にも必ずと言っていいほど登場する傑物。
 その生涯で三つの国を滅ぼし、かつての小国を数十年かけて大国に変貌させた男である。
 
 ――――が、この場において最重要なのはそこではない。

「ちょ、それって確か……!」

「私の前に現れた創造魔法の使い手。一日に十の砦を作ったという王だな。
ついでに言えば当時の王国はとっくに滅んでるし、彼に関する文献なんかもその過程で大半が失われてるらしい。
その経緯を考えれば出てきた事自体奇跡とも言えるな……本物であれば、だが」

 試すような視線をローラに向ける。

 城塞王は死後数百年を経た今でも尚その名を轟かす英雄王だが、彼について記した当時の書物はあまり現存していない。
 その稀少性は、どこかで見つかればそれを国家が買い取って国有にしてしまう程である。 

 というのも、かの英雄王の王国は彼の死後十数年で滅びてしまった為だ。
 かの王はそうならぬよう生前に色々と手を打っていたのだが、
彼の死後多くの対策を嘲笑うかのような不幸が相次ぎ、やがて大規模な内戦が勃発。
 栄華を築いた王国はあっという間に分裂し、呆気ない程あっさりと滅びる事になったのである。
 
 そして内戦の過程で彼に関する書物なども失われ、今となっては当時の周辺諸国にあった史料と戦火を免れた極僅かな書籍が残るのみ。 
 ここの大陸史において絶対に欠かせない人物だというのに、最も史料が少ないと言われる人物なのだ。

 はっきり言って、本物である確率より偽物である確率の方が圧倒的に高い。
 もっとも、海人が以前見た史料の筆跡と似ている事も事実ではあるが。

「詳しくは申し上げられませんが、優秀な鑑定士が本物と判断しましたので間違いないかと存じます。
仮に違ったとしても、カイト様の役に立つかどうかはすぐに分かるかと」

 海人の視線を真っ向から受け止め、淡々と答える。

 この書籍の真贋について、ローラは相応の確信を持っている。
 というのも、この書籍は本物と専門家のお墨付きを受けているのだ。
 鑑定した人間は既に故人だが、未だその分野に名が残る権威。
 入手経路に繋がる可能性があるので口に出す気はないが、何よりも真実を追求したがゆえに獄中死した彼の末路を考えれば、
わざと違う鑑定をしたという事は無いだろう。

 とはいえ、それでも鑑定が間違っている可能性は存在するのだが、
この場で最重要なのは海人にとって役に立つかどうか。
 
 そして、それはすぐに分かる事。
 今海人の手にある書物の中には、非常に簡易な創造魔法の術式が一つ記されているのだ。 

「ふむ……魔力よ、我が意を現せ《アピアランス》」

 短い詠唱と共に、海人の手にチョコレートが出現する。
 が、彼は掌に収まったそれを口に放り込み味を確かめると、何故か肩を落とした。
 
「ど、どうなさいました? まさか味に問題が!?」

「……いや、魔力の消費が少なすぎてな……」

 心配する刹那に軽く手を振り、海人は呟いた。

「へ?」

「この魔法、手の平に収まる程度の量しか作れんのだが、それを考慮に入れても魔力消費が私の知っている魔法と比較してかなり少ない。
しかも術式も簡単だから気軽に使えるし、途轍もなく便利なんだが……今までどれだけ無駄に消費してたか考えるとな」

「具体的にはどんぐらいです?」

「そうだな……御茶をしている時に茶菓子が足りなくなったら、棚にあってもその場で魔法を使いかねんレベルだ」

「そりゃ凄いですね。ってか、落ち込む必要ないじゃないですか。便利な術式手に入って万々歳でしょ」

「まあな。が、こんな身近にそんな術式が存在した事を知らなかったというのがなんとも癪でなぁ……」

 恨めし気に、ローラを見つめる。

 これまで、海人は創造魔法を使う際それなりに制限があった。
 作れる物品の種類もだが、海人の超魔力でも一日に使える回数が少ないので必要な物をまとめて作らねばならなかったのだ。
 どんな量を作ろうが消費魔力に変わりはない為、一度になるべく多く作らねば凄まじい無駄が出てしまうのである。

 が、体感からしてこの魔法の消費なら特に魔力の消費量を気にする事無く使える。
 作れる物の大きさは制限があるが、それさえクリアすれば思いついた物を必要に応じて気軽に作れるのだ。
 もっと早く教えてくれれば、相応に対価を払ったものを。
 そう思わずにはいられなかった。

「当初創造魔法の事を秘密にされていた事へのちょっとした意趣返しです……と言いたいところですが、
単に存在を忘れていただけです。覚えていればもっと早くに交渉材料として使っておりました」

「だろうな」

 小さく肩を竦め、海人はローラの説明に納得した。

 この手記は、海人相手ならこの上ない交渉カードになる。
 ローラの性格からして、忘れていなければ今までにもその存在をそれとなく匂わせるぐらいはしてきただろう。

 そんな事を思っていると、ふと雫が疑問の声を上げた。

「……あれ? でも昨日一回交渉打ち切ろうとしませんでした?」

「ああ。最初は創造魔法に関する有益な情報を教えるから泊まらせろ、という話だったんだ。
この本の存在はまったく明かされなかったんで、明確な根拠のない話に付き合う気はないと打ち切ろうとしたわけだ」

「ですので、どうやら全く信用されていないと判断し、この本の存在を明かして交渉材料にしたのです。
本来であれば小分けに開示しながら色々と搾り取っていきたかったのですが」

「そこが少々意外だったな。一週間の宿泊料としてはいくらなんでも奮発しすぎている。
小分けに使う方法はいくらでもあっただろうに」

 探るようにローラの瞳を見つめる海人。

 この手記に記されている術式は一つだが、城塞王が自身の魔法について行った研究も記されている。
 要約すると彼が思いついた全ての仮説が例外なく否定されただけの内容ではあるが、
中には魔力消費の関係で海人が未だ試していなかった内容も一部含まれている。
 この上なく有益、とまでは言えないがそれなりに役に立つ事は間違いない。

 何も一冊丸々譲渡せずとも、小分けに内容を利用する方法はいくらでもあり、
それを思いつかないローラでもないだけに、腑に落ちない話だった。

「今回に関しては、最悪それについて確証を持っていただくだけでも十分でしたので。
これからも交渉は数多あるでしょうし、高めの先行投資をさせていただきました」

「……おい、まさか」

「御察しの通り、他にも数冊所持しております。
昨日確認したところ、その全てに最低一つは術式が記載されていました。
お譲りするのはやぶさかではありませんが、昔苦労して手に入れた物ですので、
手放すには相応の対価をいただかねばなりません」

「お、おのれ……」

 しれっと語るローラに、海人は突っ伏しながら悔しげに呻いた。

 城塞王の日記の複製は、存在しないと見ていいだろう。
 日記という特性上人目に晒す意図はなかっただろうし、また彼の時代には印刷技術がなかったので、
よしんば使用人がこっそり写そうと考えても複製には凄まじい手間がかかったはずだし、
国王相手にそんな馬鹿げたリスクを犯す人間がいたとも思えない。
 
 そして、ローラが持つ手記以外が現存していたとしても入手はおろか閲覧すら絶望的だ。
 城塞王直筆の手記など発見次第その国の王家の管理下に置かれるような代物。
 入手するなら奇跡的な偶然の末手に入れるのでもない限り相当な金がかかるだろうし、
閲覧するにも相応の資格が求められるだろう。
 静かな生活を望んでいる海人にとっては、どちらも極めて困難だ。

 つまるところ、かの英雄王が用いた術式を手に入れるには、ローラから入手する他ない。

 いっそ研究して独自に新術式を開発して鼻を明かしてやりたいが、それが出来ればそもそも苦労はない。
 今回手に入れた術式を含め、今まで見た創造魔法の術式にはこれといった共通項が存在しない。
 魔法文字、図形、配置など、ありとあらゆる要素が術式ごとに異なっており、他の魔法と共通する部分も碌にない。
 それこそ全てに文字や図形が使われている、という至極当然の共通項しかないのだ。
 いかな海人と言えど、これでは現状手の打ちようがない。

 創造魔法の発展を望むなら、ローラの協力は不可欠と言える。
 この海人でさえ手玉に取る性悪メイドの協力が。 

「うっわ、海人さんがここまで弄ばれんの初めて見たなー」

「いつもはなんだかんだで優位に立っておられるからなぁ……」

 珍しい主の姿に、護衛二人が軽い驚きを見せる。

 海人が人をからかう姿はよく見るが、こうも翻弄される姿は初めて見た。
 珍しくもあるが、それ以上に新鮮な光景であり、人間味を感じられる姿でもある。    

 が、それよりも気になるのはやはり海人をここまで執着させる超稀少品の入手経路だ。

「ローラさん、こんな超稀少本どうやって手に入れたんです?」

「秘密です」

 雫の問を、冷たく切り捨てるローラ。
 そのにべもない態度に、海人がむっくりと起き上がりながら不貞腐れたような声を出した。

「ふん、前私に向かって心を開けと言っていたような気がするがな」

「私に、という言葉もつけていたかと。
カイト様のみであれば、教えるのはやぶさかではありません。
そうですね……いつぞやのようにベッドの上で語り合うのでしたら喜んでお教えいたしましょう」

『ぶっ!?』

 ローラの発言に、宝蔵院姉妹が揃って噴出した。
 
 海人とローラがベッドの上で語り合ったなど、聞いた事が無い。
 以前ローラが宿泊した際も、彼女が海人と二人っきりになる事は無かったし、
海人がルミナス達の家に居候していた時にそんな事があったとも聞かされていない。

 いつの間に、と二人が問い質そうとしたところで、ふと海人が黙っている事に気付いた。
 顔を見れば思い当たる事が無い、と言わんばかりに思案気にしている。 
 
「……ベッドの上……ああ、あれか。あれは語り合ったとは言わんだろ」

 海人が、納得したように呟いた。

 その言葉を聞き、刹那と雫が安堵の息を漏らす。
 なんだ性質の悪い冗談か、と。

 が、それは海人が続けた言葉によって一瞬にして打ち砕かれる。

「あれは、一方的に私がベッドの上に押し倒されたというべきだ」

『ぶぅっ!?』

 さらに発展したとんでもない言葉に、護衛姉妹が再び噴き出した。
 その反応を見て、海人は楽しげに笑う。
 
「うむ、なかなかに面白い反応だな。からかい甲斐があるというものだ」

「か、海人殿! 性質の悪い嘘はお止めください!」

 意地悪気に笑う海人に、刹那が珍しく強い口調で食ってかかる。
 が、性悪男は笑みを崩さぬまま、軽い調子で反論した。

「一応嘘は言っておらんぞ。なあ、ローラ女士?」

「はい。重要な情報を意図的に省いているだけです。
ただ一点訂正いたしますと、正確には押し倒したではなく圧し掛かったと言うべきですね」

「ふむ、確かにそうか。寝込みを襲われて動きを封じられたわけだしな」

「……察するに、海人殿がベッドで元々寝ていた所にローラ殿が何らかの用事兼悪戯心で来襲。
反撃しようとした海人殿の動きを封じる為に圧し掛かったという事でしょうか?」

 二人の言葉から状況を推察する刹那。
 勘もかなり混ざった予想だったが、それは概ね的を射ていた。 

「うむ、あっという間に両手を封じられて悪足掻きの魔力砲も避けられてしまった。
ついでに言えば、ルミナスとシリル嬢はその前に襲われて昏倒させられてたようだな」

「あ、ひょっとしてさっき言ってた不法侵入って……」

「その時の事です。ところでカイト様。
話は変わりますが、あのプチドラゴンの事で少々提案があるのですが……」
 
「ほう? 聞こうか」

 ローラが振った話題に、海人は興味深そうに身を乗り出した。 










 
















 カナールに着いたルミナスは、シリルを伴って買い物を楽しんでいた。

「うん、鮮度の良いのがたっぷり揃ったわね。
ま、ちょっと散財しすぎた気はするけど……こんだけあればまた色々試せそうだし、楽しみだわ」

「いえ、お姉さま。今日は流石に奮発しすぎかと。
明日セツナさんを連れて来ればもっと安く出来たでしょうに」
 
 機嫌良さそうな上司に、思わず忠告するシリル。

 活きの良い海老をたっぷり買った為、今日のルミナスは結構な散財をしている。
 質からすればむしろ安くはあるのだが、それでも額自体は大きい。
 明日改めて刹那と来れば、修羅の如き値切りで後二割は安くなったはずなのだ。

 少々、衝動買いが過ぎると思わずにはいられなかった。

「明日じゃ海老の鮮度が落ちて味も落ちちゃうでしょ。カイトがああも執着するなんて他にないし、
色々世話になってる分少しでも返せると考えりゃ安いもんじゃない」

 心配するシリルに、ルミナスは朗らかに返す。

 買った海老は、どれも今日町に届いた鮮度抜群の品。
 魚介系は特に鮮度の差が大きく味に影響するので、少しでも新鮮な物を使いたい。
 
 まして、今日は非常に珍しい海人の御要望だ。
 あまり味にこだわらず、極論不味くなければ特に問題なしというような彼が、自ら特定の料理を望んだのである。
 少しでも美味しい物を作ってやりたいと思うのが人情であるし、また彼は味に興味がない割に味覚はかなり鋭いので、
食べさせ甲斐も十分にある。 

 さらに日頃から創造魔法からなにから散々世話になっている事を思えば、
この程度の出費は大して痛くはない、
 
「それはそうですが……」

「いーじゃないの、出費がデカいっつったって前程じゃないし、
なによりみんなで美味しい物食べて楽しい思いできんだから」

「……お姉さまらしいですわね。あ、ハロルドさんの屋台が見えてきまし……?」

 シリルの言葉が、途中で途切れる。

 少し前方に見えるのは、お目当ての屋台。
 店自体は質素ながら、色とりどりの商品が美しく見栄えのする店だ。
 店主は多忙なはずだが、それを感じさせぬ程に元気が良く愛想も良い良店である。

 が、今日は何故か店主たる老人が屋台の奥で椅子に座ったまま呼び込みもせず項垂れていた。
 どうにか眠らないよう気を付けているようではあるが、時折船を漕いでいる。
 年齢と忙しさを考えれば当然ではあるのだが、実に珍しい光景だ。
 
 ついでに、その老人の親友たる伝説の冒険者―――オーガスト・フランベルも屋台の前で座ったまま熟睡している。
 老いてなお若手最有力の冒険者を軽く上回る能力を誇る怪物が、珍しく完全に疲れ果てているようだ。
  
「……あのー、大丈夫ですか?」

「お、おおルミナス嬢ちゃんか、いらっしゃい。どの花が欲しいんじゃ?」

 ルミナスに声を掛けられ、ハロルドは慌てて顔を上げ優しげな笑顔を見せた。
 流石大商人と言うべきか、完全に営業用に切り替えたその顔には疲労の欠片も見当たらない。

「あ、いや花じゃなくってローラさんから頼んだ物がいつ入るか聞いてきてくれって頼まれまして」

「……それか。明日の昼までには揃う事になったと伝えとくれ……えらいしんどかったがのう」

 再び項垂れ、言葉を絞り出すハロルド。
 先程までの快活さはどこへやら、もはや人生に疲れ果てたかのような風情である。

「えっと……奮発したとは言ってましたけど、ハロルドさんが苦戦する程の食材だったんですか?」

「まあ、大半の材料は問題なかったんじゃがの……よりにもよってメルティストロベリーの完熟物と、
赤味の無い青い状態の物を揃えてくれと言われたんじゃよ」

「……そりゃきっつい注文ですね」

 ハロルドの言葉に頬を引き攣らせるルミナス。

 メルティストロベリーは、最高級とされる苺の一つだ。
 完熟した実は強烈でありながら軽快な甘味、程良く聞いた酸味、何よりも高貴で魅惑的な香りと見事に三拍子揃っており、
食べた者の心を鷲掴みにする。
 ただし、栽培は困難であり絶対数が少なく、また各国の王侯貴族もこぞって求めるので常に品薄状態。
 これを手に入れろ、というだけで普通ならかなりの難題である。

 と言っても、完熟物だけならハロルドの人脈をもってすればそう難しくはないだろう。
 引退した今でも国内最大級の商会に多大な影響力を保持する彼なら、
何人かに頭を下げて頼めば多少時間はかかっても確実に集められる程度の物だ。
 まあ、一日で手を回すなら相当苦労しただろうが。
 
 問題は、赤味がない青い状態の物。
 
 メルティストロベリーは、青い状態では酸味が強烈過ぎてとても食べられない。
 砂糖をどっさり入れてジャムにしてもなお脳髄に突き刺さるような酸味を誇る為、とても食用にはならない代物だ。
 そして粒ごとの手入れをしくじるとその粒は青い状態で固定されてしまう上、
放置しておくと周辺の粒まで熟さなくなるので、出来次第すぐさま取り除かれ捨てられてしまう。
 手入れが難しいだけに青い大粒の数も相応にあるのだが、即座に捨てられてしまう為結果として入手困難なのだ。

 もっとも、ハロルドなら農家に手を回してわざと青い状態のままにした物を手に入れる事も出来なくはないのだが、
  
「今回、あっちこっち手を回したが近隣の栽培農家は熟し始めてる物しかなくてのう……念の為オーガストにも頼んでおいてよかったわい」

「あ、だからオーガストさんがいますのね」

「うむ……野生のメルティストロベリーがある所は数十ぐらい知っておったが、
どこもこの時期魔物が集まる地域でのう……一匹一匹は大した事ないんじゃが、
一箇所数百匹単位で片付けねばならんかった上、熟した物ばかりじゃったからえらい大変じゃった」

「そりゃ大変だったわね。でも、んなに急ぐ必要なかったんじゃないの? 
ローラさんの口振りからすると、一週間以内に入れば問題なしって感じだったし」

「……おい、ハロルド。お主昨日二日以内とか言っておらんかったか?」

 ギロリ、と数十年来の親友を睨みつけるオーガスト。

 昨日オーガストは二日以内に頼むと言われた。
 ローラからの依頼だから下手を打つと命が危ないかもしれないとも。
 だからこそ、徹夜であちこち駆けずり回って必死で集めたのだ。

 一週間以内で良かったのなら、もう少し安全で確実な収集方法もあった。
 むしろ仕事が終わり次第、報酬で酒盛りを楽しめたぐらいだろう。

「ふぉっふぉっふぉ、完熟の物なら二日以内に手配できるからのう……ま、迅速に揃えてこそ商人というものじゃ。
ついでに言えば、ローラ嬢ちゃんから二日以内と言われたとは言っておらんぞ?」

「ぐおらあっ!? わしがどんだけ必死こいたか分かっておるのかぁ!?
両腕に齧りついてきたシルバーウルフぶん回しながら森から脱出したり、
ポイズンリザード数十匹に噛みつかれて自分ごと魔法で焼いたり、えらい大変だったんじゃぞ!?」

「……その年でそんな無茶やって、何で生きてますの?」

 引き攣った顔で、そんな感想を述べるシリル。

 シルバーウルフに両腕を齧られた場合、普通は両腕無くなっている。
 顎の力、牙の鋭さ、そして突進速度。
 これらの相乗効果で、そこらの冒険者なら食いつかれた次の瞬間にはその部位を食い千切られてしまうのだ。
  
 ポイズンリザードに到っては、普通食いつかれた瞬間に即死だ。
 一匹の一噛みでも手当しなければ十分以内に死ねるような猛毒を持つ魔物なのである。
 付け加えると、かなりしぶとい魔物なので火炎魔法なら最低でも中位魔法を使わなければ焼き殺せないはずだが、
オーガストを見る限りピンピンしている。
 並の冒険者なら良くて火傷、最悪魔物諸共焼死していてもおかしくないはずだというのに。

 一応ルミナスやシリルも同じ芸当は可能だが、オーガストの年になって可能かと言われれば首を横に振らざるをえない。
 老いて衰えた体では、肉体強化をしても耐えられるとは思えないのだ。

 態度は軽いが、伝説の冒険者と呼ばれるに相応しい力と言わざるをえない男だった。
 
「昔からオーガストは殺しても死なんような男なんじゃよ。
だからこそ、今回のように他の冒険者には頼めんような無茶な仕事も安心して頼めるんじゃ」

「……そーじゃのう。薬の材料が必要だからって産卵期のフレイムリザードの群の真っ只中に突っ込む羽目になった事もあったし、
鉱山の奥から湧き出てきたアシッドスライムの群に突っ込んで鉱員全員救出なんて事もやらされたし、
レイクサーペントがうようよしとる湖の底にブルーシャインの指輪探しに行かされた事もあったのう」

「……ハ、ハロルドさんそれは流石に酷くないですか? 
下手すりゃ、ってか普通は死んでますよそれ」

「いやいや、今出た依頼は全てわしは仲介しただけじゃし、一応止めようとしたんじゃ。
が、大元の依頼人はどれも妙齢の美女だったせいで、このアホは碌に考えずに引き受け、
全員依頼が終わるなり口説きにかかりおったんじゃよ」

 無茶な依頼を斡旋した時の親友の姿を思い出し、懐かしそうに目を細める。

 ルミナスが言ったように、先程の依頼はどれも死んで来いと言わんばかりの難度だ。
 一つでも成し遂げれば立派に英雄、全部こなせば完全に化物という次元である。
 実際当時のオーガストは内容を少し聞いただけで断ろうとした。

 が、彼はどの依頼も大元の依頼主が美女だと聞いた瞬間に意見を翻し、
もう少し考えろというハロルドの諌めを後方に置き去りにして現場に急行し、
見事依頼を完遂したのである。

 で、達成報告直後、ハロルドに仲介を頼んだ依頼人を例外なく口説きにかかり、内一人を見事に口説き落とした。
 残りの二人が人妻だった事を考えれば、恐ろしい成果と言えるだろう。

「前言撤回です。確かに殺しても死にそうにありませんね」

「じゃろう? そういえば、なんでお主らがローラ嬢ちゃんの代わりに?」

「あー、あの人色々あって一週間カイトの屋敷に泊まる事になりまして。
で、買物行くついでに頼まれたんですよ」

「……そりゃまた大変そうじゃのう」

「ええ……正直あの方表情のせいで何考えてるのか分かりませんし、
色々緊張を強いられる一週間になりそうですわね」

 はあ、と溜息を吐くシリル。

 昨日は海人の手前賛同せざるをえなかったが、
実のところローラとの生活はシリルが危惧する問題を別にしてもあまり歓迎できる事ではない。

 というのも、彼女はあまりにも無表情で感情を見せる事が無いからだ。
 海人はその無表情の僅かな揺らぎから感情を読み取れるようだが、
シリル達一般人には言葉の抑揚からどうにかその時の感情の傾向らしきものを感じるのが精一杯。
 
 全く喜怒哀楽の感情が読めない相手と一つ屋根の下で暮らすのは、正直好ましくない。
 ローラはその気になればルミナスもシリルもまとめて駆逐可能な力の持ち主なだけに、尚の事。 

「うーむ、確かにローラ嬢ちゃんは無表情で性格悪いし、容赦ないし、主もおちょくるし、
部下に課す訓練は非人道的らしいし、老人を労わるという心すら微塵も持っておらん子じゃが……悪い子ではないと思うからのう。
そう心配する事は無いと思うぞ?」

「今の言葉のどこに心配しない要素がありますの!?」

「いや、なんだかんだで色々と無茶を言うシェリス様に十年も仕えておるし、今まで部下に死者も出しておらんからな。
ついでに、ここ三年は現役時代のわしが楽隠居に思える程の多忙っぷりだったじゃろうに辞めとらんし……まあ、根は悪い子ではない、
かもしれんと思うわけじゃ。一応今回も苦労に見合う額の金を支払ってくれたしのう」

「それだけ聞けば実は凄い良い方のようにも聞こえますけれど……」

「現物思い出すと、そんな感想抱けなくなってくんのよね……せめて表情の変化があれば多少は違うと思うんですけど」

 シリルとルミナスが、揃って溜息を吐く。

 確かに行動の結果だけ見ていると、ローラはむしろ御人好しのようにも見える。
 主の無茶な要求に完璧に応え、過酷な鍛錬を課してでも部下達の生存率を極限まで高め、
無茶を要求するならちゃんとそれに見合った対価を支払う。
 これだけ見るとむしろ人格者と言って差し支えないかもしれない。
 
 が、やはり問題はあの氷の無表情。
 温かみが感じられないあれは、見れば見る程冷徹さ以外何も感じられない。
 敵を殺す時も部下を鍛える時も一切変わらぬそれは、本当に人間味というものを消している。、
 あの見惚れずにはいられない美貌さえも、それのせいで無慈悲で絶対的な女神のようでむしろ恐ろしさを増す。

 あれがなければ、まだ仕事が絡まなければ良い人という評価を出来る可能性もあるのだが。

「気持ちは良く分かるのぅ……ま、いずれにせよ彼女は無闇に悪行を働く類の人間ではないし、物騒な事は無いと思うぞ。
さて、折角来てもらったんじゃし、気分を和らげられる綺麗な花束でもプレゼントしようかの」

「え!? いや、そんな悪いですよ!」

「いいからいいから。少し待っていなさい」

 遠慮するルミナス達をよそに、ハロルドは手早く花束を作り始めた。






















 夕日が地平線の先に沈み始めた頃、ルミナスとシリルは海人の屋敷付近の上空にいた。
 二人の手には、ルミナスが厳選した数々の食材、そして煌びやかな花束が握られている。

「うーん、結局貰っちゃったわねぇ……」

「まあ、大商人相手にああいう論戦は分が悪いですわね。
ですが、流石に素晴らしい出来ですわ。今度はちゃんとお金を払って買わせていただきましょう」

 言いながら、貰った花束に視線を落とす。

 はっきり言って、素晴らしい出来だ。
 様々な色彩の花を用いながらも全体のバランスを損なわず、
遠目に見れば一輪の大きな花に見える程の一体感を作り出している。 

 しかも、二人の花束はそれぞれ違う色調で作られている。
 
 ルミナスが持つ物はオレンジを基調とした花束。
 活発な彼女に良く似合う、生命感溢れる色彩である。
 シリルが持つ物は、淡い黄色を基調とした花束。
 可憐な外見と気高い性格を併せ持つ彼女に相応しい、優雅さが漂っている。

 これ程の物を、遠慮する二人を言葉巧みに丸めこみつつ短時間で作ったのだから、
大した御老人だと言わざるをえない。 
 
「そうね。部屋の良い彩りになるし、カイトに頼んで大きめの花瓶用意してもらいましょっか」

 二人でそんな話をしながら飛行していると、海人の屋敷が見えてきた。

 見ると、門前に皆が揃っている。
 遠目なのでよく見えないが、リレイユを囲んで何かやっているようだ。

 気になった二人は加速し、門前へと向かったが―――その途中で、荷物を落としかけた。

 原因は、リレイユの現状。

 と言っても、暴れているわけではない。
 むしろこの上なく大人しく、極力動かないよう努力している。
 微かにプルプルと震える巨躯が哀愁を誘う程だ。

 ――――問題は彼女がいる位置だ。

 人間から見ればそこそこ高い位置だが、プチドラゴンからすれば軽く地面を蹴った程度の位置。 
 そこに用意された無属性魔法による直方体状の狭い足場に、リレイユは両足で器用に立っているのだ。
 両腕を横に伸ばし必死にバランスを取っているその姿は、実に健気なのだが、 

「……慣れてなきゃ、不気味なだけよねぇ」

「慣れていても奇矯でしかありませんわね。まったく、折角美しいペットですのに……」

 リレイユの前に着地しながら零されたルミナスのぼやきに、シリルが応える。

 リレイユの姿は、実に美しい。
 白く輝く鱗、全体的に細身で流麗な体躯、細く鋭く凛々しい顔つき、と非の打ち所がない。
 更に背に生えた翼を広げれば魔物の王族に相応しい威厳が醸し出され、思わず伏し拝みそうになってしまう程だ。
 特に空を飛ぶ姿は美麗で、かつてそれを見かけた一流と呼ばれた画家が我を忘れて追いかけ、
そのまま行方知れずになったという話まである程だ。

 が、そんな容姿も珍妙な芸をやっていれば色々台無しである。
 むしろなまじ美しいだけに奇矯さが際立ち、見た者の思考を悪い意味で停止させてしまう。
 これが他のドラゴンであれば、ひょっとすると笑いも取れたかもしれないが。

「……不評のようだな、ローラ女士」

「おかしいですね。流れるような造作でなく、懸命に頑張ってる仕草なら親近感を覚えると思ったのですが。
無意味な提案をしてしまったようです、申し訳ありません」

「って、これローラさんの提案なの!?」

「うむ、親近感を持たせられそうな芸の案があるというので採用してみたんだが……不評だなぁ。
私は愛嬌たっぷりで可愛らしいと思うんだが」

「ええ、私もこの巨躯でああもいじらしく頑張る姿は愛嬌に溢れていると思うのですが……良いと思うのが私達だけとは」

 むう、と同時に首を傾げる非常識コンビ。

 先程のローラの提案とは、初対面の相手にもリレイユが受け入れられる為の方法だった。
 彼女曰く、海人が仕込んだ芸の受けが悪かった理由は、あまりに器用にこなしすぎたからではないかとの事。
 面白い姿ではあるが、流れるようにこなしては絶大な威厳や威圧感がそこまで減じられない。
 もっと苦戦して見える芸でなければならないのではないかと。

 そして改善案としてローラが出したのが、この平均台芸。
 美しく強大な魔物が人間の子供でも出来る事に必死で挑戦している。
 この印象で心理的な距離を近づけ、親近感を抱かせるように仕向けていく。
 彼女の考えに海人は大いに納得し、これなら成功するだろうと思っていた。

 だからこそ、ルミナス達の反応は二人にとって予想外だった。
 ある程度見慣れた彼女らでさえこの反応では、初対面の相手には期待できそうにない。
 一応話を聞いていた刹那と雫が微妙な反応を見せていた段階で懸念はあったのだが、
これで目論見が完全に崩れた事が証明されてしまった。

 何が悪かったのだろうと考え込んでいる二人だが――――実のところ、これはそもそもの大前提が間違っている。

 プチドラゴンを前にした時の一般的な反応は、逃げる事すら忘れる程絶望し膝をつく。
 少し心の強い者なら、咄嗟に回れ右して全速力でその場を離脱する。
 相当図太く腕に覚えのある者でも、武器を構えつつ逃げる隙を窺う。
 
 ルミナス達のような一流の武人でさえ、それと極端な差はない。
 むしろその威容から強さを感じ取ってしまう分、一般人よりも恐怖は強いかもしれない。
 それを軽々乗り越えるだけの胆力も持ち合わせているが、恐怖自体は存在するのだ。
 
 つまり、リレイユの姿を目の当たりにした段階で絶大な恐怖に襲われるのが当然であり、
見ただけでは一切の恐怖を覚えないような非常識人はまずいない。
 ちょっとした芸を仕込んだ程度で万人に恐怖を感じさせないようにする事など、そもそも不可能。
 二人が最初にすべきは、己の非常識具合の把握なのである。

 そんな当然すぎる事に気付かず仲良く頭を悩ませている二人を見て、ルミナスが呟く。 
  
「……なんつーか、規格外同士似たような感性してんのかしらね」

「そう、ですわね。まあ、一定以上突き抜けると感性の狂い方も似てくるのかもしれませんわね……」

 頭を抱えながら語るルミナスに答えながら、シリルは内心冷や汗を掻いていた。

 というのも、一見普通なルミナスの様子に所々おかしな点が散見されるのだ。

 一番目につくのは、花束。
 先程まで左手に握られていたそれは、今何故か脇に抱えられている。
 そしてそれで開いた手が握り締められ、ミシリと嫌な音が聞こえた。
 
 次に、視線。
 一見すると規格外二人の非常識っぷりに呆れて頭を抱えているだけのように見えるのだが、
先程手の隙間から一瞬海人とローラに向けられた眼光が異様に鋭かったのだ。
 すぐに元の穏やかな目に戻ったが、とても気のせいと断じられるような鋭さではなかった。 

 そしてなにより、視線が戻る寸前に一瞬見せた何かを恥じるような表情。
 途方もない愚行をしてしまったかのような、強い自戒の色。
 これもまた、気のせいとは思えない程明確に現れていた。

(……そうですわねー。ローラさんが怖いとかなんとかより、こっちの方が大問題ですわよねー)

 脳裏に浮かんだ投げやりな思考を微塵も表に出さず、シリルは平静な表情を取り繕っていた。

テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

更新お疲れ様です。
久しぶりの本編更新うれしく思います。

海人でも全く分からないとは城砦王さんはどうやって術式を知ったのでしょう?…唯の勘?

次回の更新もお待ちしています。
[2013/10/21 08:55] URL | fuji #viWYSvG2 [ 編集 ]


術式の例が増えると自分で術式を作っていきそうですね・・・
ますます手がつけられない存在になりそう
[2013/10/21 10:46] URL | shin #mQop/nM. [ 編集 ]


お疲れ様です。

城砦王さんのスペックが気になりますね。
術式の共通項がない以上、派生して作ったわけでもないでしょうし……。

改良だけで数十年の世界で、想像魔法の改良というと城砦王さんはカイト以上となりますが……カイト以上だとすると、砦コピー程度が伝説として残るわけもないですし。
魔力もそれ程多いわけでもないでしょうし。

実は城砦王さん時代の前に何代か創造魔法使いが居て、城砦王さんはあくまで資料を残しただけで開発まではしていないって感じですかね……。


しかし、どう考えてもカイトの性格だと、自力開発して新しい創造魔法の術式開発しそうなようなw
今までのを見ても、さすがにローラが資料をもってる状況でノウノウと交渉材料にされるのを待ってるという性格でもないでしょうしね。
[2013/10/21 11:23] URL | sec #- [ 編集 ]


ぐわー。なんかすごい交渉材料握られてるww
できるだけ早めに入手して創造魔法の把握に役立てたいところですが、カイトの持つ手札もそうそう表に出しちゃうわけにもいかない感じですからねー。
どういう風に手に入れるんだろうか・・・。

それにしても、超人2人はやはりズレてますね・・・w
[2013/10/21 15:41] URL | とまと #mQop/nM. [ 編集 ]


久しぶりの本編更新嬉しいんですが、なんか今回はオチが番外編っぽい気がしますね
なんとなーく違和感を感じました
[2013/10/21 19:46] URL | #- [ 編集 ]


あ~あれだ・・・妙に脱力感漂う・・・番外編の空気です・・・

というかローラ女史の引き出し多すぎる・・・
海人の最大の切り札が、大幅に強化される部分を押さえているから、
下手に譲歩もできない状態なんじゃ・・・

ハロルドとオーガストの関係
・・・ハロルドさんやめたほうがとかいってるくせに
ガソリンぶっ掛けたCL-20の上で、毛皮を着てエボナイトを持って、
マグネシウムの鋲をつけた靴でタップダンス躍らせているようにしか見えない

危険だと骨の髄から理解しているのに突っ込むオーガスト老もアレですが・・・
[2013/10/22 19:46] URL | おさふね #hdGsHuvw [ 編集 ]


自分は普通に楽しめました。
番外編のオチとか空気とか言われてる方いますが、前から本編もこんな感じだと思うけど。
そもそも、作者様が一時スランプ?だったので先入観でみてしまうのではないでしょうか。

[2013/10/22 23:04] URL | ゆうひん #- [ 編集 ]

更新お疲れ様です。
今回も楽しく読ませていただきました。
リレイユ健気で泣けてきますね~これからも主人の無茶にがんばって答えてほしいものです。
以前から気になってたのですが城塞王の話が出たので質問なのですが創造魔法で作ったものは術者が死亡すると消えてしまうのでしょうか?
城塞王の死後数年で国が滅びた天災の中にこれも混じっているのではないかと思いました。
次回も楽しみにしています。
[2013/10/23 02:40] URL | FUMI #SymBCo4o [ 編集 ]


面白いけど、無駄に長いですね。
キャラが沢山出るわりにたいした魅力もないし。
羽のはえた暴力ヒロインと、ジャッジメントですのな中学生をパクったような舎弟。わけのわからんメイド軍団に、吸血鬼姉妹。
主人公マンセーを繰返し、グルメ話もワンパターン。そろそろ終わりが見たいな。
飽きてきた。
[2013/12/02 22:26] URL | #no8j9Kzg [ 編集 ]


カイトとローラとオーガストだけがお互いを真に分かり合えていて対等でいられる存在なんですよねえ
そういう意味でヒロインの中ではローラ以外がカイトの横に立っている姿が想像できない
ただ、後から出てきたキャラがメインヒロインになるというのもなかなか難しいのかな、うる星やつらなどなくはないですが
[2013/12/03 22:30] URL | #- [ 編集 ]


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