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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット10
 番外編46



 屋敷の中庭で、海人は困っていた。

「……どうしたものかな」

 自分の腿を見下ろしながら、ポリポリと頭を掻く。

 そこにあるのは、雫の頭。
 幸せそうな表情で、くーくー寝息を立てている。
 時折寝返りを打つが、頭が海人の腿から落ちる事は無く、起きる様子もない。
 それどころかもっと密着したがっているかのように頭を摺り寄せている。

 実に可愛らしい姿でこのまま眺めていたくあるのだが、今日はまだ若干仕事が残っている。
 シェリスから頼まれた書類の処理が、まだ終わりきっていないのだ。

 中庭に来たのは、少し気分転換しようと思っただけの事。
 一息入れたら再び地下に戻って作業に戻るつもりだった。

 が、いつのまにやら一緒に御茶をしていた雫が眠ってしまいこの状況だ。

(気持ち良さそうに寝とるから起こすのは忍びないが……どうも落ち着かんのだよなぁ)

 ふう、と小さく息を吐く。

 別に、書類は急ぎの仕事というわけではない。
 常人が任されれば露骨すぎる嫌がらせでしかない分量だが、
異常な計算能力を誇る海人にとってはまだ余裕がある。
 残っている量は海人なら一時間程度で終わり、締め切りは明後日なので、
今わざわざやらなくても問題ない作業ではあるのだ。

 が、どうにも僅かな仕事が残っているというのは落ち着かない。

 短時間で終わるのだからさっさと終わらせたいという思いと、短時間で終わるなら雫が起きてから、
それこそ夕食後にでも仕上げればいいという思いが競合してしまうのだ。


 量が多ければどうにか雫を起こさないよう抜け出すなり、
はたまた開き直って雫が起きた後全力を注ぐと決めるなり即断できるのだが、
残りの量が少ないとなると、かえって悩んでしまう。 

「……仕方ない、後回しにするか」

 悩んだ末、海人は背後の木に体重を預けた。

 仕事が残っているというのは奥歯に物が挟まったような感じで気分がよろしくないが、
それ以上に気持ち良さそうな雫を起こす方が後味が悪そうだ。

 付け加えるなら雫の寝顔はあまりにも幸福感に満ちているので、見ていて心がとても和む。
 中庭に来た目的である気分転換としては、この上ないと言える。
     
 海人がそう結論を出したところで、庭の片隅にあるドアが開いた。

「………申し訳ございません海人殿、妹がとんだ粗相を」 

 中庭に入ってきた刹那が、海人達の側に寄って頭を下げる。

「なに、気にするな。雫は可愛いからな。むしろ目の保養になる」

「そう仰っていただけるとありがたいです」

「そういえば、君は何でここに?」

「雫と組手をしようと思って探していたのです。
いただいたあの加速魔法を使いこなすには、やはり実戦形式の鍛錬は欠かせませんので」

 海人の横に腰を下ろしながら、答える。

 つい先日の話だが、刹那は海人開発の加速魔法術式を渡された。
 その性能は既存の魔法とは比較にならない程に優れていたが、
加速魔法は速度が上がれば上がる程に制御が難しくなる。
 加速の上限が恐ろしく高い海人製の魔法を使いこなすには、まだまだ修練が必要だ。
  
 そしてその修練は感覚に慣れる為の自己鍛錬も欠かせないが、それ以上に実戦形式の組手で使い慣れる必要がある。
 単独の鍛錬で問題ないように思えても、いざ戦うと見えてなかった問題が露出する事はままある話なのだ。

 なので組手をすべく雫を探していたのだが、海人の膝でぐっすりお休み中であった。   

「ふむ……そういう事なら起こした方がいいか?」

「……いえ、海人殿がよろしければそのまま寝かせておいてください。
こうも安らかに眠っているのを見るのは久しぶりですので」

「そうなのか?」

「はい。その、長らく野宿で暮らしてましたし……たまに奮発して宿に泊まった時も何故か問題が起きてばかりでしたので」

 ふ、と虚ろな眼差しで天を仰ぐ刹那。

 ついこの間までの生活は、本当に酷かった。
 金を稼ごうとすれば依頼が消滅していたり、稼いだら稼いだでその矢先に財布が荷物ごと魔物に食われて無くなったりで、
野宿と自給自足が当たり前の生活。
 たまに金が入った時に宿に泊まっても、火事のせいで寝て一時間もしない内に跳ね起きたり、
地震が起きてボロ宿が崩れたり、不埒な男が夜這いに来たりと、まさに呪いじみた災難が頻発していたのだ。
 
「相当過酷な生活だったようだなぁ……」

「ええ。ですが、過ぎた事です。
いまや三食付きで温かいベッドで眠れ、装備一式完全支給、さらにはお給金までいただけている大出世。
あの生活が今の幸福を得る為だったと考えれば、十分納得出来ます……!」

 思わず力説する刹那。

 冒険者時代は本気で祟りを疑ったが、将来この幸福を得る為だったと考えれば帳尻は合う、彼女はそう確信していた。
 なにせ、待遇が良いなどという次元ではない。
 海人は創造魔法で用意できる物は全て最高の品を出してくれる。
 日々の食材、装備、寝具、家具、どれも素晴らしい物ばかり。
 これだけでも感涙ものの高待遇だというのに、給料まで出ている。
 しかも仕事内容があまり表に出たがらない海人の護衛なので、普段は鍛錬に勤しむのみ。
 また海人は守る価値がある、ではなく守りたい、と思う相手なのでやりがいもある。

 これだけ恵まれた生活を送る為であったなら、あの過酷な日々も納得できるというものだった。

(……能力からすればまだまだ待遇は不足だろうに。余程今までが酷かったんだな)

 瞳に涙を滲ませている刹那を眺めながら、海人はそんな事を考えていた。

 刹那も雫も、武人としては間違いなく一流の部類に入る。
 知識には欠ける所があるが、その不利を補って余りある程の戦闘力があるのだ。
 挫滅轢断なまでの不運さえなければ、間違いなく一流冒険者として名を馳せていただろう。 

 ゆえに本人は感激しているようだが、海人としては待遇はまだまだ不足と考えざるをえない。
 一般的には高待遇だとは思うが、二人の能力に見合っているとは思えないのだ。

 また、二人が側にいてくれているというだけで海人の心は随分救われている。
 日々食事を共にし、他愛もない雑談に興じる。
 小さな事かもしれないが、それは海人にとって何よりもありがたい事だ。

 それも含めると、やはり今の待遇のままで良いとはとても思えない。
 得難い大切な人間を粗末に扱うなど、許されるはずがないのだ。  
 
(と言ってもこれ以上何が出来るわけでもないんだが……せめて、給料はもう少し上げてやらんとな)

 今の幸福に打ち震える刹那とお気楽そうにすやすや眠る雫を眺めながら、海人はそんな事を思っていた。
 
   
  




 番外編47



 

 刹那と雫は、眼前の光景に開いた口が塞がらなかった。

 そこに広がるのは、甘物の海。
 色とりどりのフルーツ、多種多様な和菓子、様々な形状のチョコレート、
他にもシャーベットやゼリーなど、もうこれでもかと言わんばかり数のデザートが大きなテーブルを占拠している。

 あまりの光景に呆気にとられている二人を見て、海人は首を傾げた。

「む、やはり足りなかったか?」

「いやいやいや!? 何ですかこれ!?」

 困った顔をした海人に、慌てて訊ねる雫。

 今日の昼食の時、おやつに趣向をこらすから食べすぎないようにと言われていたので楽しみにしてはいたが、
これは予想をはるかに上回って凄すぎる。
 今まで何度も金を稼いだらたっぷりと贅沢な美味い物を食べてやると妄想した事はあるが、
それですらここまで膨大な数は考えていなかった。  

「見ての通り、色々菓子を揃えてみた。味は保証するぞ」

「そ、そうではなく! これほどの数を揃えては出費も……あっ!?」

 しれっと語る海人に詰め寄る刹那だったが、そこで気付いた。
 
 普通なら、これだけの物を揃えれば凄まじい出費になる。
 全てが安物だったとしても、数万や数十万では足りないだろう。

 が、昨日主になったばかりのこの青年は例外だ。
 また、その例外を用いた証拠として、この大陸では入手至難、ひょっとすると不可かもしれない物が含まれている。
 
「御察しの通り、全て創造魔法による産物だ。作れればクッキーなども作りたいところだったが……」

 言いながら、若干肩を落とす。

 今回のこれは、刹那と雫に対する歓迎の意味が強い。
 この間から見てる限り二人共女性らしく甘い物が好きなようだったので、
思う存分色々な物を楽しんでもらおうと創造魔法で用意したのだ。

 が、創造魔法は材料に卵が含まれていると作成が出来ない。
 他にもクッキーだのマカロンだのフィナンシェだの色々と思いつきはしたのだが、
どれもその制約のせいで作成できなかった。

 正直、二人に対する海人の歓迎の意を示すにはかなり不足していた。
  
「いやいやいや十分ですから! ってかどれ食べてもいいんですか!?」

「無論。気に入った物が無くなったら言ってくれれば追加で作成しよう。
ま、今日のところはとりあえず一通り味見して自分の好物を探す事を優先した方がいいと思うがな」

「あの、その御言葉からすると今日だけでなく今後も作って下さるように聞こえるのですが……」

「そのつもりだが、何か問題があるか? 創造魔法で定期的に食材を作る事には変わりないし、
どうせだったら好きな物を食べたいだろうと思ったんだが……」

「い、いえ、その……途轍もない厚遇ですので、なんというか恐れ多い気が……」

 刹那は、昨日までとは比較にならない環境の変化に戸惑っていた。

 なにせ昨日まで寝床は大地、食事は狩りなどによる現地調達というのが基本的な生活だったのが、
寝床は温かく柔らかいベッド、食事はそうそう食べられない極上に変わった上、
好物まで考慮に入れてくれるという。
 
 あまりに恵まれ過ぎて、本当にいいのだろうかと思ってしまう程の高待遇だった。
 
「なに、気にする事は無い。私の場合最大でも魔法を少し余計に使う程度の手間だからな。
さ、二人共気にせず食べてくれ」

『……ありがとうございます!』 

 気前の良い主に、護衛姉妹は揃って一礼した。 


 
 








 しばらくして、雫は感動に打ち震えていた。

 食べた物全てが、とんでもなく美味かったのだ。
 和菓子も洋菓子も果物も、全てが今まで食べた最高峰。
 こんな物がこれから日常的に食べられるなど、感動のあまり涙が出そうだった。

「どれも、どれも美味しいよう……!」

 瞳に涙をにじませながら、苺を頬張る雫。

 苺を噛んだ瞬間、酸味と甘味が見事に調和した果汁が飛び出て、なんとも言えない幸福感が訪れる。 
 香りも甘く上品で、これだけでも延々食べられそうだが、食べながらミルクを飲むとまた堪えられない。
 ミルクと合わさって尚存在感を消さず、むしろ程良い濃厚さが加わって一際美味くなるのだ。

 次に食べたリンゴも、これまた素晴らしい。
 齧りつくとシャキッとした感触と共に中から蜜が溢れ、
口中に心地良い歯ごたえと甘さが広がってくる。
 食べ応えもあるので、満足感もたっぷりだ。
 
 その後手を伸ばした葡萄も、やはり凄まじい美味。
 酸味より甘味が若干勝っているたっぷりとした果汁。
 しかもどういうわけか、種が全く入っておらず食べやすい。
 皮がやたらと剥ぎにくいのが唯一の難点か、と思ったが、

(……ひょっとして、これ皮ごと食べられる?)

 物は試しとばかりに新たに一粒もいで咀嚼する。

 案の定、その粒は皮ごと食べられた。
 むしろ皮の食感とほのかな苦みがアクセントとなり、
中身だけ食べるよりも更に美味く感じるぐらいだ。

 雫が小さな感動を覚えていると、刹那が声を上げた。

「……やはり、これは美味しいですね」

 言いながら、食べている物の断面を見下ろす。

 物は大福だが、中に大粒の苺が入っている。
 やや酸味が強い果汁と濃厚な餡子の甘味が合わさり、実に美味い。
 まず濃厚な餡の甘味が広がり、次いで爽やかな苺の味がそれに混ざる時の変化は何度食べても飽きる事が無い。
 また最後に御茶を飲めば餡子の残滓も綺麗さっぱり消え去り、新鮮な味覚で次を楽しめる。

 珠玉の菓子、と言って差し支えないだろう。

「確かにな。それは気に入ったか?」

「ええ、とても気に入っております。もっとも、他の菓子も魅力的なので特に気に入った物と言われると難しいのですが」

 海人に笑顔を返し、刹那は周囲の菓子に目を向けた。
 
 苺大福の味はとても気に入っているが、他もかなり気に入っている。
 あんみつは寒天の食感が心地良く、またかかっている黒蜜の甘さも丁度良かった。
 おはぎは粒の残った米の食感と周りの餡の食感の対比が素晴らしかったし、
水羊羹も餡子らしからぬ爽快な甘味とつるんとした食感が応えられなかった。

 洋菓子系もシャーベットは爽やかな柑橘系の味わいが心地良かったし、
チョコレートも舌に乗せた瞬間から柔らかくとろけ始める物や、
噛むと中からトロリとしたクリーム状のチョコが溢れる物、少し酒が入ってる物など色々あり、
どれも素晴らしく美味かった。

 既に一通りは味見を済ませているが、どれが気に入ったかと言われると、
全てとしか答えようがないぐらいにどれも甲乙つけがたい美味さなのだ。
  
「ま、あまり気にせず楽しんで食べればいい。
特にこれ、という物がないならその日の気分に合わせて作ればいいだけの話だ」

「そ、それは流石に御面倒をかけすぎでは……」 
  
「あまり気にするな。あくまでも好物は参考程度に聞いておきたいと思っただけだ。
作り置きすると味が落ちる物も多いし、必要に応じて作るぐらいの手間は惜しまんよ」

 恐縮する刹那に、海人はそう言って穏やかに微笑んだ。

 
 




 番外編48






 美食。それは、ある意味究極の娯楽である。

 そもそも食とは人が生きる為に必要不可欠な要素。
 美術を愛する者も、音楽を愛する者も、戦いを愛する者も、食を行わぬ者はいない。
 日々に欠かせぬそれを芸術の域にまで高め楽しむ事は、
人が生を謳歌する上で最重要と言っても過言ではないだろう。

 が、時としてそれは争いの元になる。

 食というものは往々にしてその場限りという特性がある。
 ステーキが食べたい日もあれば素麺が食べたい日もある。
 いつもは少食でもたっぷり食べたくなる日もある。

 食卓を共にする者達でこれらが上手くかみ合えば争いは起きないが、
場合によっては芸術的なまでに競合し、不毛な争いを招く。
 そしてもし、その者達が武の高みにいる超人達であれば、時としてその被害は傍観者にも及ぶ。

「……うーむ、今度からもっとたくさん作らんとなぁ」

 障壁の内部でカレーを食べながら、外を眺める海人。

 普段は落ち着いた雰囲気の中庭は、戦場と化していた。
 あちらこちらで銀光が閃き、打撃音が鳴り響いている。
 普段は仲の良いルミナスと刹那、シリルと雫がそれぞれ戦っているのだ。
 
 原因は、現在海人の横にある寸胴。
 それには三日間熟成され最高の状態になったカレーが入っているのだが、
今日までに全員がたらふく食ったせいで量が少ない。
 それを見越して大量に作ったつもりだったのだが、
あの超人達の食欲は海人の計算すら軽く上回ってきた。

 そのせいで、目の前の大激戦だ。
 全員が一皿目を平らげ、残量を確認した瞬間、五分割しては絶対に足りないと確信した。
 海人がいつもの如くおかわりを辞退して四分割になるが、それでも足りない。
 だが、二分割なら至福の満足感に浸れそうな量ではあった。
 そこで、武人らしく戦って決めようという話になったのである   
 
 そんな事を思い出していると、シリルが飛んできた。

「がはっ!?」

 頑丈な障壁に思いっきり背から激突し、シリルが呻く。 
 その隙を逃さず、雫が追撃をかけてきた。

「もらったぁぁぁぁっ!」

「―――まだですわ!」

 苦悶しつつも、どうにか身を捩って雫の拳を回避する。
 彼女の拳は岩すら砂山の如く粉砕できる威力だが、海人の障壁の強度は桁が違う。
 ガンッ、と鈍い音がした直後雫は悲鳴を上げた。 

「いったぁぁぁぁぁっ!?」

「今ですわ!」

 雫の隙を逃すまいと、シリルが蹴りを放つ。
 未だ体に残る衝撃の残滓で威力は乗せきれていないが、それでも十分な威力。
 狙い通り頭部に命中すれば雫の意識は刈り取られるだろう。   

「甘いっ!」

 蹴りを放ってきたシリルに、雫は左拳を叩き込んだ。
 蹴り足の軌道が拳で大きく歪められ、彼女の頭上を通過していく。
 その隙に、雫はすかさず蹴りを放った。

「今度こそ、とどめっ!」

「ぐはっ!?」

 悲鳴を上げ、崩れ落ちるシリル。
 地面に落下する彼女を抱き留め、雫は拳を高々と掲げた。

「勝利ですっ!」

「順当だな」

 海人はおもむろに頷くと、障壁を一面解除し雫を中に受け入れた。

「いやー、やっぱシリルさん強いですねー。弓使いでこんだけ接近戦強い人ってあんまいないんじゃないですかね」

「ま、エアウォリアーズ第一部隊副隊長の名は伊達ではないという事だろう。
お、あっちもそろそろ決着が着くか?」

 言いながら、海人はルミナスと刹那の方を見る。

 二人の戦いは、一見すれば完全な互角。
 ルミナスが剣の腹で薙ぎ払おうとすれば刹那は鞘で受け流し、
刹那が拳を叩き込もうとすれば、ルミナスはそれを腕で受け流す。
 どちらも甲乙つけ難い技巧を用いて戦っている。

 が―――その実はルミナス優勢だった。

 技巧自体は互角なのだが、どちらも相手の攻撃を完全に流せているわけではない。
 時折攻撃が入り、相応のダメージを受けている。
 その一回に受けるダメージが、刹那の方が大きいのだ。
 
 最大の原因は、膂力。
 刹那よりルミナスの方が力が強く、一撃が重いのだ。
 ほぼ互角の技量では、勝てる可能性は少ない。
 それを証明するかのように、ダメージが蓄積した刹那の動きがあからさまに鈍くなってきている。

「そろそろ限界みたいね? 悪いけど、勝たせてもらうわ!」

「――――それを、待っていました!」

 止めを刺すべく若干大振りになったルミナスの攻撃に合わせ、
刹那はカウンターで鞘を放った。

 そしてその一撃は、ここ数合の攻防が嘘のように鋭い。
 真っ向勝負では分が悪いと悟っていた彼女は、序盤から徐々にわざと動きを鈍くしていく事で、
ルミナスの誤認を誘い、カウンターの為の機を強引に作りだしたのだ。

 仕込みに仕込んだその一撃は、完全に決まるはずだったが、

「ん、分かってたわよ」

 いつの間にか引き抜いていた鞘で、ルミナスは刹那の鞘を受け止めていた。
 そして刹那に驚愕する間も与えず、拳を叩き込んで意識を刈り取った。

「ふむ、やはり刹那の演技に気付いていたか」

 障壁を解きつつ、海人はルミナスに話しかけた。

 刹那の演技はなかなかに上手かった。
 徐々に疲れが蓄積していくように見せかけるやり方も、
その実逆転の為の力を溜め込んでいる事を悟らせないよう、少しずつ動きを荒くしていく仕草も中々の物。
 観察力に優れる海人も遠目に見ていたから分かったものの、
接近した状態であれをやられれば見抜けなかったかもしれないと思わされるレベルだった。
 
 が、いかんせん相手が悪い。

 穏やかで優しく実直な女性だが、ルミナスは立派な歴戦の戦士。
 十代前半から家族の為戦争の最前線で体を張ってきた彼女の目を誤魔化すには、
刹那の演技ではまだまだ不足。
 かと言って完全な真っ向勝負では膂力の差からジリ貧がほぼ確実。

 この結末は、当然と言えば当然だった。

「まあねー。セツナさん搦め手得意じゃないみたいだし、あの程度の演技ならね。
さ、勝者の特権、思う存分カレー食べるわよ!」

 そんな歴戦の超人である事など微塵も感じさせない笑顔で、ルミナスは微笑んだ。
    

 
 

 番外編49





 シェリスは、少し困っていた。
 今朝起きて以来、部下達がひっきりなしに同じ用件で訪れている現状に。
 
 不快、というわけでは断じてない。
 彼女らが訪れる用件はとても嬉しいものであるし、その気持ちも実にありがたい。
 ついでに言えば実益的な意味でも嬉しい物が得られるので、全く非の打ち所がない。
 毎年の事だというのに、これほど周囲に恵まれている人間はそうはいないのではないだろうか、
と思わず頬が緩みそうになるほどだ。

 仕事にも、現状支障は出ていない。
 全員自身の休憩時間、あるいは別の用事のついでで訪れている。
 今日のシェリスは比較的暇が多く、用事そのものが精々数十秒で終わる事もあり、
本当に見事なほど支障は出ていないのだ。
  
 ――――問題は、まったく別の所にある。

 大事な部下達が忙しい合間を縫って懸命に選んでくれた贈り物。
 シェリスにはこれを無下に扱えるような神経の持ち合わせはない。
 一つ一つ丁寧に受け取り、笑顔で礼を言い、その後それが次の客に見えないよう、
相手の死角となる場所に保管する。
 その死角となる場所、というのが問題なのだ。

 部下達は気を遣って一つ一つ小さめの物を用意してくれているが、いかんせん数が多すぎる。
 なので毎年この日は広いスペースがある仕事用の机の下に台を置いてそこに隠すようにしているが、
毎度のように溢れそうになって冷や冷やしているのだ。
 かといって別室に置きに行くほどの暇はなく、またその日限定で隠し場所専用のスペースを設けるわけにもいかず、
毎年毎年嬉しいながらも困ってしまうのである。

 本当に毎年この日――――シェリスの誕生日は嬉しくも悩ましい一日なのである。

 とはいえ、今日はそろそろプレゼント攻勢は終わるので一安心だ。
 今年は崩れそうになったプレゼントの山を無属性魔法の障壁で強引に抑える必要もないだろう。
 残るは本日遠出している部下か、毎年最後に渡すローラぐらいなのだから。

 シェリスが一息吐こうとしていると、軽いノックの音が響いた。
 彼女が背筋を伸ばし入室許可を出すと、すかさずドアが開く。 

「はーい、シェリス様誕生日おめでとう」

「ありがとうメイベル。でも、帰りは夜の予定じゃなかったかしら?」

 礼を言いながら、首を傾げる。

 シェリスの記憶が確かなら、メイベルの帰還予定は今日の夜だった。
 今回の仕事は、得意の色仕掛けでとある人物から情報を引き出してくる事。
 彼女の得意分野なのだが、シェリスから与えられた前情報から判断して、
少々慎重に攻めたいという事だったので時間をかける事にしたのである。

 メイベルは軽い態度とは裏腹に仕事の見積もりは正確で、滅多に短くなる事も長引かせる事もないので、
いささか意外であった。

「ええ。でも、ちょっと町で掘り出し物見つけたから、さっさと終わらせて帰ってきたのよ。
さ、開けてみて」

 楽しそうに勧めてくるメイベルに言われるがまま、シェリスは梱包を解いた。

 中から出てきたのは、透明な瓶に入った茶色の液体。
 やや重たく、軽く揺らすとその粘性を示すかのようにゆっくりと揺れる。
 蓋を開けて匂いを嗅いでみると、微かに甘い香りがした。 
 
「樹液系のシロップ?」

 言いながら、不思議そうに瓶をしげしげと眺める。

 掘り出し物、という割にはかなり一般的な物だ。
 勿論高級品と呼ばれる物は数多く存在するが、この屋敷では日常的にそれが用いられている。
 それを知らぬメイベルではないし、またその上で誕生日プレゼントにするような女性でもない。

 シェリスが怪訝そうな視線をメイベルに向けると、悪戯っぽい笑みが返ってきた。

「ま、御行儀悪いけどちょっと一口舐めてみなさい」

「……美味しい! ええ!? 清々しい甘味といい、爽やかな香りといい、こんなシロップ初めてよ!?
それに食べ終わった後になんとなく力が湧いてくるような気も……!」

 一舐めした途端、シェリスは思わず叫んでいた。

 素晴らしい食材であった。
 色こそ濃いが、味わいは実に軽快。
 舌に乗せた瞬間爽快極まりない甘味が広がり、ほのかに甘い香りが鼻に抜ける。
 口に入れて数秒も経つとその残滓も失せてしまうが、代わりに体に力が満ちるような感覚がある。
 美味しい物を食べた後の充足感からだとは思うが、この感覚は実に心地良く、思わずもう一舐めいきそうになってしまう。

 公爵家の令嬢としての矜持でどうにか思いとどまったものの、
人目さえなければ瓶が空になるまで素手で舐め続けてしまいそうな味わいであった。

「ふふ、それがユグドラシルの樹液よ。
その味で滋養強壮にも効果絶大って優れ物。
で、折角だから午後のティータイムに間に合うように仕事終わらせてきたってわけ。喜んでいただけたかしら?」

「ええ、すっごく嬉しいわ! でも、仕事は急いで終わらせて大丈夫だったの?」

「あー、それなんだけど、あれ堅物装ってるだけのむっつりスケベだったから楽勝だったわよ。
ま、シェリス様達じゃ分からない程度の演技力はあったけどね。はい、これ報告書」

 肩を竦め、まとめ上げた報告書をシェリスに渡す。

 中身は、今回の仕事内容。
 まず引き出した情報が分かりやすく簡潔に、かつ漏れなくまとめられている。
 次いで次回から使えるよう相手の行動パターンなどの分析結果が記され、
その為に用いた手段なども一切の漏れなく記されている。
 
 が、メイベルが用いた手法は成人女性でも頬を赤らめかねないもの。
 それが一切包み隠さず、しかも分かりやすく記されているとなれば、
まだ十代前半で少々潔癖なシェリスにはいささか刺激が強すぎる。

 それでも気丈に報告書に目を通すシェリスを、メイベルは楽しげに見つめていた。
 その目には妹をからかう姉、あるいは年頃の娘をからかう母のような、慈愛と悪戯心が満ちている。
 なんというか、楽しくてたまらない、といった表情だ。
 
 シェリスはそんな悪戯好きな部下の視線にもめげず報告書を吟味し終えると、真っ赤な顔のまま口を開いた。  

「え、ええ確かにこれなら堅物装っているだけで間違いなさそうね。
み、見抜けなかったのは私もまだまだ未熟って事かしら」

「あら、その歳でこんだけ手を伸ばしてるんだもの。上出来よ。
というかもう、その平静取り繕おうとする姿の可愛らしさとかだけでふぐぅっ!?」

 あまりにも可愛らしい主ににじり寄ろうとしたメイベルを、どこからか飛んできたコインが撃墜した。
 余程強烈な威力だったらしく、武人としても一流の彼女が悲鳴も上げられずのたうち回っている。

 それを投擲したのは、部屋の隅で黙々と書類を処理し続けていたローラ。
 彼女はメイベルが話を聞ける程度に回復したところで、ゆっくりと口を開いた。

「遊び過ぎよメイベル。時間が空いたならシャロンの書類処理でも手伝ってきなさい」

「いったたたた……先に口で言いなさいよ」

「言って素直に聞く貴女でもないでしょう。いいから仕事に戻りなさい」

「はーい」

 痛む額をさすりながら立ち上がり、肩を落として部屋を出ていくメイベル。

 シェリスから見るとその姿は怖い上司の命に渋々従っているようにも見えたが、すぐに違う事に気付いた。
 どういうわけか、先程まで床に転がっていたはずのコインが見当たらないのだ。
 どこにあるのかなど、考えるまでもない。

 ついでに言えばローラの視線がコインが落ちていたはずの場所を見て、なんとなく鋭くなっている気がする。
 そのまま視線がドアの方向に向いたものの、すぐに視線を書類に戻して作業を再開したが、
心なしか先程より空気が圧迫感を増した気がした。

(……素直にお祝いだけなら大感激だったんだけど……メイベルにそこまで望めないわよねぇ)

 がくっ、と肩を落とす。

 メイベルがお祝いしてくれた事は、純粋に嬉しい。
 すぐにからかってくる為苦手ではあるが、一応尊敬もしている女性だ。
 用意してくれたユグドラシルの樹液も、購入したなら相当金がかかったはずなのだ。

 というのも、ユグドラシルの樹液の相場は一瓶最低百万。
 その稀少性ゆえに上流階級でも話題にすら上らない為、すっかり存在を失念していたが、
過去にはどこかの国の王族が一瓶三百万で買ったという話もある。

 正直稀少性を考えると本当に偶然手に入れたのかすら疑わしいが、いずれにせよ、
これだけの品を贈ってくれるというのは、ちゃんと親愛を抱いてくれているという事だろう。
 あれだけの人物にそう思われている事は、素直に嬉しく、誇らしい。 
 
 が、それを考慮してもからかわれた挙句、若干機嫌の傾いたローラと二人っきりにさせられるというのはかなりキツい。 
 しかもあんな些細な事で怒るとは思えない彼女が、なぜか未だ怒りを持続させているようで空気は重くなる一方。

 シェリスの心が悲鳴を上げ、冷や汗が流れ始めた時、ローラが口を開いた。

「シェリス様」

「ひゃいっ!?」

「……申し訳ありませんが、数分席を外してよろしいでしょうか?」

「え、ええそれは構わないけど……」

「ありがとうございます。では、失礼いたします」

 淡々と挨拶すると、ローラは部屋を出た。

 ――――昨日から用意しておいた、シェリスの誕生日プレゼントを変更する為に。
 
 



 番外編50





 スカーレットは悩んでいた。
 いつぞやローラが持ち帰った海人のカレーという料理。
 あれの再現が、どうしても出来ないのだ。

 否、再現が出来ないだけならここまで悩まなかっただろう。
 一度しか食べていない料理、それも多様なスパイスが用いられているとなれば、
全ての解析が出来なかったとしても、口惜しいというだけで済ませられた。

 問題は、それを目指して試作した物がどれもオリジナルに遠く及ばない事。

 オリジナルは気品と中毒性を非常に高い次元で両立させていたが、
スカーレットの試作品は気品を同程度に引き上げれば中毒性に欠け、
中毒性を同程度に引き上げれば気品に欠け、と片方しか一つの料理に出す事が出来ていない。

 と言っても、美味いには美味い。
 カナールの激戦区の店で出しても売れる、と確信できる品質には仕上がっている。
 割と高価な材料も使っている為値段は高めになるが、
それでも食べてもらえれば半分以上はリピーターになりそうな出来だ。

 しかし、それでもオリジナルとは比較にならない。
 あのある種究極とも言える味わいには、遠く届かない。
 
 これが料理人の作だというなら素直に負けを認め一層の精進に励めるのだが、
悲しいかなあれを作ったのは味にさしてこだわりの無い学者。
 あれ一品の超特化のようではあるが、流石に敗北は認めにくい。 
 
 なので休日を使ってこっそり自宅で試作を繰り返しているのだが、
着実な進歩は見られても先行きが見えない。
 というか近づくにつれ進歩が小さくなっているので、その内止まりそうな印象だ。
 
 次の案を考えるべく鍋を前にうんうん唸っていると、不意に玄関が開く音がした。
 同時にお邪魔するぞー、と陽気で大きな声が聞こえてくる。

 聞き慣れた声を耳に入れ、スカーレットは瞬時に頭を切り替えた。

 料理の事は一度思考の片隅に追いやり、ポケットに入れていた手鏡を取り出す。
 そして髪の乱れがない事を手早くチェックすると、次いで服装のチェックを行う。
 すると脇の辺りに微かな油滴の跡があったので、すかさずエプロンの位置を調節して上手に隠した。
 最後に全体を見渡して問題がない事を確認すると、スカーレットは手鏡を再びポケットに戻す。

 僅か数秒でこれらの工程をこなすと、彼女は澄ました顔で客――――ゲイツの到着を待った。

「おーっす、スカーレット。土産にサンダーリザードの尾肉持って来たぜ」

「お、あんがとね。ってか、帰りは明日ぐらいって言ってなかったかい?」

「それなんだが、受けてた依頼の一つがキャンセルになっちまってな。
誰がやったんだか分からんが、討伐対象の群が狩られて肉と骨だけ持ち去られてたんだとよ……ったく、儲け損ねちまった」

 はあ、と溜息を吐くゲイツ。

 今回彼が受けていた依頼は二つ。
 王都付近で夜な夜な農作物を食い荒らしていくサンダーリザードの討伐と、
カナールに続く街道付近に居を構えたグレイウルフの群の討伐である。
 どちらも危険な相手なので報酬は高く、片方だけでも十分な収入になるのだが、それでも減額は減額。
 サンダーリザード討伐の方が報酬がはるかに高く、減った額は当初の予定の二割程なのだが、それでも肩透かしを受けた感は否めない。

「そりゃ災難だったねぇ……ま、以前のあれに比べりゃマシじゃないかい?」

「あー、ファイアドラゴンの討伐な……あんときゃ通りすがりの冒険者だったか」

 苦い記憶を思い出し、頭を抱える。

 以前、ゲイツはファイアドラゴン討伐の依頼を受けた事があった。

 正直、それを受けた時点では思わぬ幸運に内心小躍りしていた。
 ドラゴン系の魔物は強力であるがゆえに報酬が高く、冒険者としての評価の上がり具合も高い。
 そしてゲイツはその当時でもファイアドラゴンを単独で討伐できるだけの力を持ち合わせていた。
 これだけ好条件の揃った依頼が、たまたま出張で出張った他国で受けられたのだから、本当に感激していた。

 が、いざ向かってみると当のファイアドラゴンは棲み処にいなかった。
 それに嫌な予感を覚え、慌てて森を出て遠隔視の魔法で近くの町を見てみたら、巨体が暴れ火の手が上がっている。

 なので全速力でその町向かったのだが―――辿り着いた時には既に事は終わっていた。

 なんでも、通りすがりの二人組の冒険者があっという間に片付けたらしい。
 しかもその町の復興費用の足しにとその亡骸を置いていったという。
 その後確認した限り、冒険者ギルドにも報酬が出るよう掛け合った形跡もなかった。

 一応美談ではあるのだが、おかげでゲイツは冒険者ランクを上げる絶好の好機と高報酬をふいにしてしまった。

 もっとも、支払われるはずだった報酬は名乗り出なかった冒険者の意に沿うべきだと襲われた町に支払われ、
ファイアドラゴンの亡骸と相まってかなりの被害を受けた町をあっという間に復興させたので、
やはり美談の側面が強く、ゲイツも実害が少なくて良かったと受け止めてはいるのだが。

「そうそ、あん時逃がした獲物に比べりゃ大したこたないさ。
ちっと待ってな。今元気が出る美味い料理作ってやるからね」

「ん? そこの鍋からすんげえ良い匂いすっけど、それじゃまずいのか?
腹減ってっから、出来れば早く食いてぇんだが……」

 鼻をひくつかせ、首を傾げる。

 スカーレットの手元にある鍋からは、とても美味そうな香りが漂っている。
 シチューのようにも見えるが、それにしては色々と香辛料の香りが混ざりすぎている。
 おそらく今までのスカーレットのレパートリーの中にはない料理のはずだ。
 
 新作料理なら是非食べてみたい、そう思っての言葉だったが、

「……まだ試作品なんだよ。まあ、味は良いんだがね……」
 
 スカーレットは、そう言って溜息を吐く。

 折角の恋人の願いだが、これは未完成品だ。
 美味いには美味いが、スカーレットが普通に得意料理を作った方が美味い。
 今から作るのは多少手間ではあるが、愛する男の為ならその程度は何でもない。
 
 が、彼女がカレーを脇に避け、他の食材を取り出そうとしたところでゲイツが待ったをかけた。

「味が良いんだったらそれで構わねえよ。
それに、試作品なら素人の意見も聞いてみた方がいいんじゃねえか?」

「あんたが素人なら世の中プロは少ないっての。
ま、そこまで言ってくれんなら味見してもらおうかね」 
 
 苦笑しながら、カレーを盛り付ける。
 
 本人は謙遜しているが、ゲイツの舌は素人のレベルではない。
 料理の腕は一部を除いて素人に毛が生えた程度だが、
プロである母親の料理を幼い頃から食べ慣れているのだ。
 
 そんな彼が意見をくれるのであれば、実にありがたい。
 
「あんがとよ……ん? おい、これ試作品って言ってもめちゃくちゃ美味いぞ!?
やべえ、一皿じゃマジで足りねえ……!」

 一口食べた途端絶句し、直後称賛しつつがっついて食べ始めるゲイツ。

 試作品、と言われたがこれは実に素晴らしい味わいだ。
 ソースの濃密な旨味を米が柔らかく受け止め、かつその甘味との相乗効果で更なる旨味を生み出している。    
 香りも刺激的な香りではあるが、なんとも食欲をそそる素晴らしい香り。
 全体的な味の傾向としては下品な部類に入るだろうが、そんな事は気にならないレベルの美味だ。

 冷静に考えると普段スカーレットが手をかけて作る料理の方が美味いが、
それでも試作品という言葉は疑わしい出来である。

「やっぱあんたもそう思うよねぇ……! ああ、美味いんだよ! 確かに美味いんだよっ!
でもこれでさえカイトが作ったってオリジナルには全然届いてないんだよ!
あー! ホントにどうやって作ったんだあの学者ぁぁぁぁっ!」 

「……あー、成程これが例のカレーって料理か」

 頭を掻きむしって絶叫する恋人を見て、ゲイツは納得した。

 あの謎の天才学者が作った料理の再現に頭を悩ませているというのは、前にも聞いている。
 全然再現できないからしばらく考えないようにするとも言っていたが、なにせ料理にかける情熱は人並み外れた女性だ。
 完全には頭から離れず、挑戦せずにはいられなくなったのだろう。
 
(……今日は食い終わったらデート誘うつもりだったんだがなぁ)

 今日中に作り直さずにはいられないであろう恋人を見て、ゲイツは再び溜息を吐く。

 予期せず仕事が早く終わり、それがスカーレットの休暇と重なっていたので全速力で帰ってきたのだが、
この調子では恋人同士の甘々な雰囲気は望めそうにない。

 海人は色々世話になり、今は絵画まで教えてもらいと恩義がある相手だが、
今回ばかりは余計な事をしてくれる男だ、と心の片隅で思わずにはいられなかった。

 ――――より正確には余計な事をしてくれる主従だったりするのだが、彼がそれを知る由もなかった。


 
 

 



 
コメント

まさか、グレイウルフやファイアドラゴンの件がここに繋がっているとは…きっと他にも色々やらかしてるんでしょうね。
[2014/02/03 22:05] URL | sana #YjTMmlic [ 編集 ]


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