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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット11
 番外編51


 シェリスの屋敷の使用人は、一人の例外もなく武の鍛錬が義務付けられている。
 その鍛錬は長く続いた平和に弛んでいるこの国の軍隊は勿論、
隣国ガーナブレストの精鋭軍でさえ及ばないような過酷さで、終わる頃には毎回へとへとである。

 とはいえ、彼女らはそれに慣れてもいるのであまり辛いとは思わない。

 なんのかんので何年も続けて習慣化している為、苦しいには苦しいがさして負担ではないのだ。
 屋敷に入った当初は誰もが一度は本気で泣いて逃げ出したくなったものだが、今となっては笑い話。
 最近など決められた鍛錬を終えてから自主練に励む猛者までいる程だ。

 何でここまで苛烈な鍛錬を、とも思わない。

 今までこなしてきた仕事を考えると、あの鍛錬がなければ多数が死んでいた。
 最初こそ鬼教官達が悪魔のように楽しんでいるとしか思えなかったが、
今思い返せば実戦で死ぬ事が無いよう、かつ鍛錬で体を壊さぬよう細心の注意を払って鍛えられてきた事が分かる。
 鬼教官の一部は実際半ば趣味でやっていたかもしれないし、いずれにせよ生かさず殺さずという地獄を体験させられたわけだが、
結果的に身になっている事は事実だ。

 ゆえに、総じてこの屋敷のメイド達は地獄のような鍛錬に感謝すら抱いているのだが、思うところがないわけでもない。  

 
(……思えば遠くまで来たものよね)

 ふ、とシャワーで汗を流しながらニヒルに笑うシャロン。

 その視線の先にあるのは、鍛え抜かれた自らの体。
 この屋敷に勤める前はややぽっちゃりしていた体だが、
今となっては女性らしさを失わない程度に贅肉が消えている。

 おかげで少し前に里帰りした際、家族や幼馴染から凄く綺麗になったとの評判をいただき、
同性の友人からはどうやってそのスタイルを手に入れたのかしつこく訊ねられたが、とても真実は語れなかった。

 最大の要因はシェリスから秘匿を命じられているからだが、
片鱗を語っただけでも昔の友人の腰が引ける事が目に見えているという理由もある。
 
 まさか昔は男の子に虐められがちだった自分が、
ハルバードの一振りで中位の魔物を容易に薙ぎ殺せる戦士に変貌しているとは誰も思わないだろう。
 まして、両親へのお土産に持っていった肉が町で買った物でなく、
道中で襲ってきた魔物を返り討ちにして自分で捌いた物だなどとは想像もできないだろう。

 というか、シャロン自身こんな自分の将来は想像していなかった。

 なにせ、彼女の昔の夢は村の小さなお菓子屋さんだったのだ。
 それが何をどう間違えたのか、今や国家の大事に関わる事もある諜報員兼戦闘員。
 今の自分を過去の自分が見たら、きっと自分の未来に何があるのか全力で問い詰めるだろう。 
     
(……その場合、お菓子屋さん開けるぐらいのお金だけは絶対に貯まるって答えるかしらね)

 過去の自分と遭遇した状況を想像し、苦笑する。

 仕事は過酷だが、この屋敷は給金も破格だ。
 故郷の村なら菓子屋の二、三軒は今の貯金でも開けるだろう。
 残念ながら生き延びる事に必死で菓子作りの腕は幼い頃から大して進歩していない為、繁盛は到底望めないだろうが。 

「どしたん、シャロン?」

 隣で頭を洗っていたハンナが、動きを止めた同僚に声を掛ける。

「ちょっとね。昔に比べると随分強くなったのよねぇ、と思ってただけよ」

「あー、確かにねー。屋敷入った当初の私達じゃ低位の魔物も危うかったもんねぇ。
ほんと、私達どーしてここまで鍛えられちゃってんだか。
こないだ実家帰った時の山賊団も一人で余裕だったしねぇ……」

 乾いた笑い声を上げるハンナ。

 シャロンやハンナに限らず、この屋敷の使用人はここに勤めるようになってから強くなった者が多い。
 中には元々幼い頃から山で狩りをしていた者などもいるが、元々はただの村娘が多かった。
 おそらくここに来る事さえなければ、生涯平凡という言葉から逃れる事は無かっただろう。

 それが、この屋敷に務めた為に現在進行形で思いっきり人生が明後日の方向に向かっている。

 悪い事では、ない。
 過酷な業務に適応する為ではあるが、力を付けられた事はむしろ良い事だ。
 この近辺では粗方排除されて存在しないが、普通はどこの村や町にも魔物や山賊などの脅威がある。
 里帰りした時などに親兄弟や近所の人間がそれらについて真剣に話し合っている姿を見ると、
全く脅威と感じなくなるほど強くなれた事がどれだけ素晴らしい事なのかよく分かる。

 が、それでも、それでもだ。

 故郷で山賊が出て困っているという話を聞いて最初に浮かぶのが、
どう潰すかになってしまっているのは激しく間違っている気がする。
 この平和ボケした国の山賊、それも少数の集まりなど大した相手ではないとはいえ、
それでも一般女性とは程遠い思考だろう。

「そうね……しかもそれだけ鍛えたのに、総隊長どころか先輩方にも一矢報いられないのよね」

「そうなんだよねぇ……」

 はあ、とシャロンとハンナが揃って溜息を吐く。

 凄まじく、鍛えた。
 いっそ殺してと懇願したくなる地獄の鍛錬を潜り抜け、
実戦も幾度となく経験し、果てにそこらの山賊などものともしない力を手に入れた。

 だが、それでもローラを筆頭とするこの屋敷の最古参にはとても歯が立たない。
 唯一最古参最弱たるオレルスだけは遠からず抜けそうだが、彼の年齢を考えれば威張れる話ではない。
 彼の長い年月をかけた研鑚にこの短期間で追いついた、と考えれば評価に値するかもしれないが。

 ついでに言えば事務処理能力においても、最古参の大半には及ばない。
 あれに届かせる為には、おそらく思考速度が今の倍にしならなければ無理だろう。
 昔に比べれば、戦力として数えてもらえるようになっただけ凄まじい進歩ではあるのだが。
  
 女性として、というか一般人として何か大切な物を失った気がする割に、
これといって突き抜けた力というわけでもない、なんとも中途半端な立ち位置。

 そう考えると、妙に物悲しい気分になってくる。

「……うん、この話はやめましょう。話せば話すほど鬱になりそうだわ」

「そーだね。あ、そういえばこないだカナールに新しく美味しそうなケーキの屋台が……」

 どんどん沈んでいきそうな話題を切り上げ、二人は体を洗いながら楽しそうに談笑を始めた。
 食べ物の話題で盛り上がるその光景は、年相応の乙女らしい風情である。

 ―――二人は、知らない。
  
 平均的な騎士でも、少数と言えど単独で山賊団壊滅など出来ない事を。
 一般的には二十代後半で中位の魔物一体葬れれば有能と言われる事を。
 それだけの戦闘力に加えこの屋敷の事務処理を戦力と称される程にこなせる能力まであれば、
どこの国に行っても超高待遇が約束されるという事を。 

 ―――自分達も十分突き抜けているという事を、二人は知らなかった。




 番外編52



 その夜、スカーレットは屋敷の厨房の片隅で息を潜めていた。
 全身全霊で自らの気配を殺し、遮音魔法で息遣いすらも消滅させている。

 料理長である彼女が己の城でこうもこそこそしているのには、わけがある。 
 今日行われるはずの、ローラのチーズケーキの調理工程。
 一向に教えてもらえない、その見込みすら絶望的なそれを覗き見る為である。

 ――――そもそもの原因は去年のとある夜。

 ローラから厨房を借りたいと頼まれた事に始まる。
 スカーレットはそれを特に考える事も無く後片付けさえきっちりしてくれるなら、とあっさり承諾し、
翌日賃料代わりと作った物の分け前を貰った。

 その分け前が、料理人たる彼女に火をつけた。

 物は、パッと見何の変哲もないチーズケーキ。
 素人仕事とは思えない程に綺麗な形だったが、添えられたブルーベリーソースを含め、
見た目は王都辺りの店にならいくらでもありそうな物であった。

 しかし、それはあくまでも外見のみ。
 
 肝心要の味は、スカーレットが未だかつて体験した事が無かった美味。
 王都の菓子店に勉強に行った時に味わった最高峰の甘味すら足元にも及ばない。
 それどころかこれまでに味わった最高の菓子と比較して尚、遥か高き至高と言わざるをえなかった。

 是非レシピを、と頼んだが返事は冷たい拒絶。
 何度頼んでも駄目だったので、結局スカーレットは味の記憶を頼りに再現を目指す事となった。

 とはいえ、スカーレットとて本職の料理人。
 主の許可で手に入る最高の材料を惜しげもなく使えた事もあり、
ついに先月にはこれまで作った物の中でも最高の物を作り上げた。
 
(………けど、全然届いてない。あれはただの劣化品でしかないね)

 屈辱感に、表情を歪ませる。

 スカーレットが最後に試作した物は、確かに良い出来だった。
 最高の材料の持ち味を余さず引き出し、その上で全体を調和させる事に成功した絶品。
 値段は高くなるが、それを差し引いても王都の店で売れば完売させる自信がある程の味だ。

 が、それでも以前食べた物とは比較にならない。
 味のバランスだけは再現しつつも、代わりに全体的な質を落としたような仕上がりになってしまっている。

 おそらくその最大の原因は、材料。
 生地の土台の味など、単なる製法の違いだけでは説明が付かない差が幾つもあった。
 おそらく、この国では手に入り辛い、あるいは入手不可能な材料を幾つか使っているのだろう。
 
 しかし、製法にも違いがあるはずだ。
 心地良い歯応えを保ちつつ、ほろりさくりと蕩けていくような生地の食感といい、
クリーム部分の心地良いと感じるギリギリの濃厚な舌触りなど、
材料だけでは説明が付かない差も沢山あった。
 
 と、このようにある程度の分析は出来るのだが―――――手詰まりであった。

 なにせ、一年も研究してこの有様。
 自らの努力は勿論、師にも協力を求めたりと打てる限りの手は打ったが、
それでもまだオリジナルの足元さえ見えてこない。
 
 なので先日再び平身低頭して教えを乞うたのだが、却下という冷たい一言で断られた。
 その追いすがる暇もない簡潔極まりない拒絶にもめげず何度も頭を下げたが、
十回目は粘る事すら許されず手刀で昏倒させられた。
 
 ゆえにこそ、彼女は今夜の博打を決意したのだ。
 
(………なに、見つかってもいくら総隊長だってケーキのレシピの為に殺しゃしないだろうし、
ぶん殴られても……覚悟しときゃあ、一撃ぐらいは耐えられる……かもしれない)

 緊張に顔を強張らせながらも、全精力を気配消しに傾け続ける。

 正直、楽観しすぎだと思わなくはない。
 あの無表情の下の人格を推し量れる程人生経験は豊富ではないし、
多対一の試合の時でさえ全く全力を出していない怪物の一撃に耐えきれない可能性の方が圧倒的に高いのだ。

 が、スカーレットには多少なりとも勝算があった。

 忙しい身でありながら、一応今回は九回まで煩わしかったであろう嘆願を言葉で流してくれたし、
十回目も苦しまず気絶させるという手段を取ってくれたのだから、いきなりぶち殺される可能性は低い。
 また、スカーレットは元々幼い頃から幼馴染の少年と一緒に遊ぶ為に体を鍛えていた上に、
今は地獄の鍛錬にさらされて超強化されている。
 今の自分ならば、全身全霊を注げば一撃ぐらいは気絶せずに耐えられる希望も持てなくはない。
 ついでに言えば気配消しの技量も上達しているので、もしかすれば気付かれぬまま覗き見できるかもしれない。
 
 まだまだ相手を甘く見ているスカーレットが死地で息を潜めていると、

「料理長ー、無謀な事はやめた方が良いわよー?」

「――――っ!?」

 入り口から響いた声に思わず悲鳴を上げかけるスカーレット。
 
 が、幸か不幸か、の声は彼女が目的とする人物のものではない。
 この屋敷の最古参の一人にしてローラの親友、メイベルの声だ。

 ゆっくりと、スカーレットは調理台の下から顔を覗かせる。  

「……バレてたかい?」

「まあ、そのぐらいの気配消しじゃあね……一応確認するけど、
チーズケーキの調理工程覗き見るつもりなのよね?」

 悪戯っぽく、笑う。

 今日親友が久しぶりにチーズケーキを作ろうとしている事は、メイベルも知っている。
 その製法を教えてもらうべく、目の前の料理長がここしばらく奮闘していた事も。
 そこにこそこそ調理台に隠れている姿なんて要素が加われば、もはや言い逃れの余地はない。

「……あんだけ頼んでも駄目じゃ、仕方ないじゃないか」

「そ。でも、一応忠告はしておくわね。今日はすぐに部屋戻って寝なさい。
痛いだけでなーんも得る物ないから。じゃ、おやすみなさーい」

 おざなりな忠告をすると、メイベルは後ろ手を振りながら去って行く。
 彼女の姿が厨房から消えるとスカーレットは深く息を吐き、
 
(……痛みですむんなら、安いもんさね)

 折角の忠告を無視して、再び隠れる事にした。

 総隊長と特に仲が良い彼女がああ言うなら、とりあえず命だけは保証されるだろう。
 ならば、料理人としてここで止める理由はない。
 己が料理の更なる発展の為ならば、億分の一の成功率であろうと痛み程度のリスクで怯む気はないのだ。

 足の震えを精神力で抑え込み、スカーレットは再び調理台の下に隠れた。

 ――――結果として、この日スカーレットは多くの知識を得る。

 まず、総隊長に関する知識。
 彼女の前では気配を消そうが防御に全身全霊を費やそうが、
全て察知され防御も粉々に砕かれてしまう事が身に沁みて良く理解できた。
 そして、彼女が厨房に入ってきた瞬間寸胴が飛んできた以上、 
少なくともケーキのレシピに関する詮索はかなり怒りに触れると見ていいだろう。

 次いで、自分の体の頑丈さに関する知識。
 特注の極めて頑丈な寸胴を超高速で叩き込まれても、へこんだのは寸胴の方だった。
 その直後意識が半分飛んだ状態で寸胴ごと頑丈な調理台の奥に叩きつけられても咄嗟に身を守れた事からして、
肉体強化の練度も跳ね上がっていると言えるだろう。
 というより、あんな一撃を受けて生きているだけで十分に凄いはずだ。

 そしてなにより、人の忠告はちゃんと聞いておくべきだという事。
 冷静に考えればメイベルに見つかった段階で、ローラに見つかる事も確定事項。
 もはや博打云々ではないのだから、あの場で素直に帰って寝るべきだったのだ。
 覗き見る事にばかり集中し、気付いて当然の事に気付かなかった。
 何事もなく終わらせる、最初で最後の大チャンスだったのに。

 スカーレットは翌朝目覚めた時、それらの知識をしかと胸に刻んだ。

 ――――悲しいかな、その後もその知識が活かされる事はあまりなかったが。


 

 番外編53




 とある人里離れた荒野。
 その中心部で、激戦が繰り広げられていた。
 
「シャアアアアッ!」

 甲高い叫びと共に、フレイムリザードが炎を纏った爪を振るう。

 高い機動性と重量に炎まで加わったその一撃は、実に恐ろしい。
 完全な回避には相当な敏捷性が求められ、シルバーウルフ級のそれが必要となる。
 またその威力は盾で防ごうとしても盾ごと切り裂き、その先に鎧があっても鎧ごと切り裂いてしまう。
 回避は至難、更に余程の高級武具でもない限り防具も役に立たず、
仮にそれを纏っていたとしても装備者が弱ければ衝撃で即死という恐るべき攻撃だ。

 ――――そんな攻撃を、ゲイツは愛用の大剣で真っ向から迎え撃った。

 狙うは、振り下ろされた手の手首。
 相手は全身が炎で覆われドラゴン系には程遠いながらも強固な鱗を持つ生物だが、
関節部分は炎の勢いが弱く、鱗や骨の強度も比較的弱い。
 カウンターで攻撃を当てればこちらのダメージは最小限に抑えられ、
かつ最低でも当分そちらの爪は振るえなくなる。
 片手を封じた程度で安心できる相手ではないが、それでも大きく戦力を削れるだろう。
 カウンター自体が一種の博打だが、リスク以上の成果が期待できると言える。

 とはいえ超高速で振り下ろされるそれに正確に当てるには、相応の基礎能力と技量が必要なのだが
 
「おりゃあああああああああああっ!」

 ゲイツは、雄叫びと共にその難行を成功させた。

 鱗を砕き、その先にある骨までも砕いた感触がゲイツの手に伝わってくる。
 御世辞にも心地良い感触ではないが、勝利に一歩近づいた感触だ。
 若干の喜びを感じながらゲイツは間合いを取り直すべく、後ろに飛びずさる。 
 
 ―――が、その瞬間フレイムリザードはそれを待っていたかのように大きく息を吸い込んだ。

 時間にすれば一秒にも満たぬ短い吸気。
 少しでも気を抜いていれば見逃していただろうそれに気付いたゲイツは、
咄嗟に発動待機させていた風の魔法を使用した。

「強き風、我が意に従い突き抜けよ《エアブラスト》!」

 早口の詠唱が完了すると同時に、ゲイツの眼前が炎で覆われた。

 その炎の熱量はドラゴンのブレスにこそ程遠いが、常人を焼き尽くすには十分すぎる火力。
 超人たるゲイツとて、直撃すればかなりの痛手になる。

 また、首を振りながら吐かれたそれは攻撃範囲も広く、一度飛んだ直後ではゲイツと言えど回避しきれない。
 このままでは、即死はせずとも致命的な隙を作る事になるだろう。

 が――――それはゲイツが使用した魔法が無ければの話。

 フレイムリザードの口に向けて放った風の攻撃魔法は、火炎のブレスが彼に到達する前に横に薙ぎ払った。
 無論ブレスはその間も絶え間なく吐き続けられている為、視界が開けたのはほんの一瞬。
 
 しかし、その一瞬があればゲイツにとってブレスの攻撃範囲から逃れる事は難しくない。 

「とっとと……! あーぶね危ね。危うくこんがり焼かれるとこだったぜ」

 ふう、と安堵の息を吐きながら、フレイムリザードを油断なく睨む。

 なかなか、厄介な魔物だ。
 さして知能が高いというわけではなさそうだが、
どうも本能的にどう戦うのが有効か理解している節がある。
 先程までもさっきのブレスのように、こちらの意表を突くような動きをする事がままあった。

 加えて、ダメージを与えるのも一苦労な巨躯、迂闊には近寄る事も出来ない炎を纏った体、
巨躯に似つかわしくない機敏さ、巨躯に相応しい膂力と本気で厄介な要素が揃っている。
 魔法を使ってこないのが救いと言えば救いだが、あの炎のブレスは下手な魔法より余程脅威なので、
あまり意味がない救いとも言える。

 が、臆するわけにもいかない。

 ゲイツは、もう二年も婚約者に結婚を待ってもらっている。
 彼女に恥じぬ男になる為、と言ったところで所詮は下らぬ男の意地。 
 早急に冒険者ランクを上げて約束を果たさねば、捨てられても文句は言えない。

 フレイムリザードは、その約束を果たす為の過程として最高の獲物だ。
 討伐によって得られる評価が高く、かつ今のゲイツで打倒できる魔物。
 しかもこの国では滅多に現れない魔物でもあるので、この機は逃せない。
 
 ゲイツは約束成就の為、気合を入れ直して強大な魔物に再び挑みかかった。



 

    






 しばらくして、ゲイツの横にはフレイムリザードの亡骸が転がっていた。

 首と胴体が見事に切り離され、体を覆っていた炎も既に僅かな残り火となっている。
 骨が砕けたり肉が潰れたりしている箇所も多少あるが、概ね良好な状態の死骸。解体して売れば、かなりの値が付くだろう。
 一番値の付く頭は依頼主に収めなければならないが、それを差し引いても十分な収穫。
 鱗などは薬の材料として売れるし、肉も売って良し自分で食べても良し。
 この依頼の完遂で冒険者としての評価がどれだけ上がるかも考えれば、まさに破格の結果だ。

 そんな諸手を上げて喜ぶべき状況だったが、当のゲイツは疲労で地面に倒れていた。
 体を見ればあちこちが焼け焦げ、打撲が残り、服にも生々しい血の跡が残っている。
 命に別状はなく、まだまだ余裕もあるが、傍から見れば満身創痍にしか見えない有様だ。
 
「……はっはっはー……やったぜこんちくしょおっ!」

 倒れたままながらも、満足げに腕を掲げるゲイツ。

 当然ながら、討伐する自信はあった。
 そうでなければこんな依頼を受けるはずがない。
 客観的に見て勝率が相応に高かったからこそ、この依頼を受けたのだ。
 
 が、それでもやはりこの強大な魔物を葬ったという達成感は抑えきれない。
 一応実力的に十分可能だという事は偉大なる先達から保証されていたが、実際に達成するとしないでは大違いだ。
 まだまだ未熟ではあるが、それでもこれほど強力な魔物を打倒しうる男になったという事実は、
武人として何にも代えがたい充実感を与えてくれる。

「へへ……この調子ならランクアップももうすぐだ……!
ようやく、ようやく結婚できる!」

 嬉しそうに呟きながら、勢いよく起き上がる。 
 
 明るい、待ち望んだ未来を夢想し、思わず顔がにやけてしまう。
 子供は最低一人、出来れば男女一人ずつ。やはり最初は女の子が理想的。
 娘を嫁にやるなら相手は自分よりも強くなければ、などなど数々の思考が脳裏をよぎっていく。 
 
 ゲイツが近い未来に訪れるであろう想像に思いを馳せていると――――不意に周囲の空気が冷えた。

「……おーおー、浸ってるとこに無粋だなぁ。ったく、こういう時ぐらいほっといてくれっての」

 いつの間にか遠巻きに自分とフレイムリザードの亡骸を囲んていた魔物達に、愚痴をこぼす。

 標的を仕留めた後で別の魔物に襲われるのはままある話だが、今回は放っておいてほしかった。
 武人としての喜びと男としての喜びに同時に浸れる事など、滅多にないのだから。

 とはいえ、それが魔物に通じるはずもない。
 なのでゲイツは疲れた体を起こし、静かに大剣を構える。
 さっさと片付けて帰ろう、そんないつも通りの思考で。
 
 だが―――――その姿は、確実に先程よりも自信に満ちていた。




 番外編54




 屋敷の地下室で、海人はうーん、と伸びをしていた。

 攻撃魔法術式の良い改良案を思いついたので、かれこれ八時間程改良作業に集中していたのだ。
 体勢が変わったのは、せいぜい途中部屋に入ってきた雫が持ってきたサンドイッチに手を伸ばしていた時のみ。
 その間もパソコンに向かいっぱなしだった事には変わりなく、すっかり体が固まっていたのだ。

「よし、一段落した事だしそろそろ上に出るとするかな」

「あ、ちょっと待ってください海人さん。今魔王戦一歩手前なんです。倒したら一緒に出ましょう」

 部屋を出ようとする主に、待ったをかける雫。

 現在、雫はかつて海人が作ったRPGをプレイ中であった。
 海人に間食を持ってきてからずっとやり続け、ようやくラスボスまで辿り着いたのである。
 今ここで止める気にはならないし、誰もいない部屋で一人ゲームをしているのも何となく寂しい。
 
 そんな雫の我儘に、海人は居心地悪げに頬を掻いた。

「待つのは構わんのだが……多分、魔王戦負けるぞ」

「……何でです!? 魔王の弱点武器と思しい物も揃えましたし、
勇者の子孫のレベルもかなり高くしましたよ!? 相変わらず弱いですけど!?」

 海人の言葉に、雫が思わず叫ぶ。

 ここまで来るには、えらい苦労させられた。
 なんせこの魔王の迷宮を踏破するだけで、既に通算二十時間近く経過しているのだ。

 最大の原因は、迷宮に出没する二種類の雑魚敵。
 外見も他のゲームのボスを張れそうな姿なのだが、戦うと本気で鬼畜である。 
 まずダメージを与えるには、特定属性の武器が必要。
 それがなければ、碌にダメージを与えられず、まともな戦いにすらならない。
 次いで、特定属性の防具が不可欠。
 これがなければ、後衛のキャラは開幕直後の一撃で皆殺しである。
 挙句、体力が残り半分を切るとパワーアップして攻撃力が倍増するという素敵仕様。
 この状態になると体力満タンでもない限り一撃で全滅なので、やられる前にやるしかない。
 一応その時は防御力が激減しているのでそれを理解すればあっさり勝てるのだが、
初見で敵の変貌に危険を感じて回復させた直後全滅させられた時は、本気でコントローラーを叩き壊しそうになった。
 雑魚敵なので出現頻度もそれなりに高く、腹立たしい事この上ない相手だ。
 
 他にも先に進む為には特定のアイテムが幾つか必要だったり、
それが特定の場所まで踏破しないと判明せず小まめに拠点まで戻る羽目になったり、
最後の扉を開けるのは伝説の勇者の子孫のみとか言われて最弱キャラであるそれを連れに戻ったり、
他にも嫌がらせのような試練の数々を潜り抜けて魔王に辿り着いたのだ。

 そして今までの経緯からして絶対に何らかの嫌がらせ的な罠があると考え、
予想できる対策は全て打ってこの魔王戦に臨んだのだ。
 にもかかわらず、この鬼畜ゲームの製作者は負けると言う。
 
 正直信じ難く、信じたくもなかった。

「まあ、戦ってれば分かると思う。何が起こるか分かってれば勝てると思うが、どうする?」
 
「……いや、いいです。
どんな理不尽な内容でも自力で勝ってこそゲームってもんです……さてさて、今度はどんな落とし穴が待ってるんだか」

 獰猛な笑みを浮かべ、魔王戦に突入する雫。

 案の定と言うべきか、魔王もやはり鬼畜な強さだった。
 攻撃は常に三回攻撃。補助魔法をかければ即座に大ダメージ付きの解除を放ち、ついでに己の回復までしてくる。 
 普通なら、勝てるかボケと叫んでおかしくない強さである。
 
 が、雫の忍耐力はこれまでやった海人製作のゲームのおかげで非常に鍛え上げられていた。
 様々なジャンルを試したが、大概は鬼畜難度に加え後一歩というところで何かの落とし穴が待っていたのである。
 それを思えば、この魔王の強さなど大した事は無い。
  
 それを証明するかのように魔王はじわじわとその命を削られていき、
やがて残っていた僅かな体力も完全に尽きた。

「……あれ? 倒したのに画面が動かない? って、ええ!?」

 倒したボスがゆっくりと起き上がる姿を見て、雫が思わず叫んだ。

 しかも何やら綺麗なアニメーションで正面に手をかざすと、
後衛にいた勇者の子孫のステータスがその中に吸い込まれていく。  
 そして何やら白いシルエットに変わり、何度か脈動を繰り返すと、
おぞましい異形だった姿が蒼い肌の美青年に変貌した。

 雫は呆然としながら、手元の紙に目を落とす。
 そこに記されているのは、海人の世界の文字とこの世界の文字の対応表。
 このゲームに使われている単語限定で海人が作ってくれた物だ。

 それと画面を交互に見ながら、流れるテロップを読み上げる。

「えっと……光の血は貰った? 今こそ我は究極王として世界を統べよう?
偉大なる王の誕生に立ち会えた事を喜びながら、死ぬがよい? ええええええええっ!?
さ、最後の最後までなんて足手纏いなんですか勇者の子孫!?」

 コントローラーを握る手に再び力を込め、再びボスに挑む雫。

 が、結果は無惨だった。
 なんとボスは毎ターン四回攻撃しつつ体力大回復を行うという理不尽極まりない行動を取り、
瞬く間に雫のパーティーは虐殺されてしまった。
 これはイベント戦というやつか、と一縷の望みを託して続きを見るが、
無情にも表示されたのは主人公一行の墓を足蹴にするボスの姿。

 そして、最後にゲームオーバーと表示され、タイトルに戻った。
 
「な、ななななな、なんですかあれええええええええええ!?」

「一応ゲーム中にヒントはあるんだがな。解説すると、あの勇者の子孫は同時に聖女の子孫でもあるわけだ。
で、その聖女は生きたまま取り込む事で魔王の力を増大させるという設定だ……でまあ、
その性質が子孫にも受け継がれていたわけだな」

「んな最序盤の話覚えてませんよ!? って事はなんですか?
あの勇者の子孫始末しとかなきゃいけないって事ですか!?」

「その手もあるが……取り込んだ後の強さは子孫のレベルに比例するからな。
実は最低レベルのまま連れていけば、変身後でも一撃で倒せる」

 肩を竦め、海人が無慈悲な事実を告げる。

 嫌らしいシステムを持つ魔王だが、実は変身後でも勇者の子孫が最弱状態であれば問題ない。
 それでは雑魚敵の一撃で即死だが、一応このゲームには蘇生魔法も存在するので、
最後の扉を開ける時だけ生き返らせれば問題ないのだ。
 ついでに言えば最大レベルまで鍛えても戦力にはならないので、鍛える意味は皆無。
 入手困難な勇者装備と称される物を装備すればとりあえずぽこぽこ死ぬ事は無くなるが、
実際は無装備無強化で放置しておくのが最善という、存在自体がトラップなキャラなのである。  

 ちなみに、死なせたままならエンディングでは蘇生魔法であっさり生き返り、
ヘタレな性格が死を越えて勇敢に変わるというハッピーエンドだが、
変身した魔王を倒してしまうと魔王と共に消えてしまうという後味の悪いエンディングになる。

 つまり、倫理的にまずやらない戦法を取らない限り、このゲームでハッピーエンドは迎えられない。
 最後の最後まで、ひたすらプレイヤーに喧嘩を売り続けるゲームなのだ。 

「……って事はあたしが念の為鍛えたのは……」

「清々しいまでに、自らの首を絞めていたわけだな」

「うぐぐぐぐ……ここまで、ここまで性格の悪いシステム作るなんて!
海人さんは鬼ですか!? 今更な気がしますけども!」

「いや、私はこれはやめた方がいいと止めただろ」

 半泣きで抗議する雫に、あっさりとした調子の反論をする。

 このゲーム、コンセプトは『クリアまでひたすらプレイヤーを苦しめるゲーム』である。
 ただ無駄に難しいだけの高難度では、クリア前に多くの人間が投げ出すだろう。
 ゆえに、このゲームはプレイヤーに数少ない活路を探させる構成になっている。
 理不尽に思えてもギリギリ我慢できなくはない程度のレベルでプレイヤーを追い詰め、
かつ美しい画面と多彩なキャラ専用スキルで飽きさせず先を見たいと思わせ、多大な時間と労力を費やさせるのだ。

 実に海人らしい、性悪なゲームだと言えるだろう。

 が、一応海人は雫を止めた。
 RPGがやりたいなら他の物の方が良いと。
 それを最高難度という言葉に興奮して押し切ったのは他ならぬ雫である。

「うう……そんな真っ当すぎる正論でごまかそうったって駄目なんですからね!?」

「真っ当な正論と認めつつ怒るとは斬新だな!?」

「女の子は理不尽なものなんですよーだ!
というわけで心がズタズタに傷つけられたあたしは、地上までおんぶを要求します!
もう脱力しきって動く気力も残ってないのです!」

 床に大の字に寝そべり、駄々っ子のようにジタバタと手足を振るう雫。
 そんな様子を見ながら海人は苦笑し、

「そんだけ暴れて動く気力がないはありえんだろ。
……まあいい。ほれ、さっさと乗れ」

「はーい♪」

 なんのかんので甘い、兄のような主におぶさり、雫は嬉しそうに笑った。




  
 番外編55




 海人の屋敷の地下室。
 本来常に空調が働き快適な温度が保たれているそこは、今日はやたら冷え込んでいた。
 
 と言っても、寒々しさに身を震わすほど、というわけではない。
 寒いには寒いが、その場を離れる必要も魔法で室内を暖める必要もない、その程度の温度。

 つまり慣れれば気にならぬ程度の冷えでしかないが、それでも寒い事は間違いない。
 普段であれば、この部屋の主が早々に空調で最適な温度に変えているだろう。

 が、今日に限ってはそれが行われていない。
 別段空調設備が壊れたわけでもなく、部屋に人がいないわけでもなく、
また自己鍛錬の一環として寒さに身を置こうとしているわけでもないのに、である。

 では何故今日は室内が冷えているのか。
 それは、他ならぬこの部屋の主の思いつきゆえであった。

「どうかな雫? 炬燵の味わいは。なかなか馬鹿に出来んだろう?」

「すんごい良い感じですぅぅ……」

 ふにゅう、とだらしなく突っ伏す雫。

 冗談抜きに、至福だった。
 冷え気味の室内とぽかぽか温かい炬燵の落差。
 これがここまで心を蕩かす魔性を秘めているとは思わなかった。

 一応、雫の生まれ故郷であるヒノクニにも炬燵は存在する。
 かつて魔法がまだ未成熟でどの魔法も消費魔力が大きかった頃に、
少ない魔力で効率的に暖を取る方法として開発されたのだ。
 
 が、それも随分と昔の話で、魔法学が発展し室内全体を少量の魔力で温める事が可能になって以来、
炬燵の使用頻度はどんどん減り、見る機会すら減っている。
 雫がヒノクニにいたのは五歳までだった為もあり、話には聞いていたが見た事は無かった。

 そして、それゆえに雫は炬燵に対して昔は大変だったんだなぁ、程度の認識しかなく、
海人が炬燵を使ってみないかと提案した時もあまり気乗りはしていなかったのだが、
いざ使ってみると、それまでの価値観がひっくり返った。
 
 冷えた室温から逃れようと足を突っ込むと、そこはまさに別世界。
 足からぽかぽかと温まっていくその快感に引きづり込まれるかの如く、
どんどん炬燵の中に身を沈めていってしまう。
 置炬燵ゆえに体を収められる範囲に限界があるが、
掘り炬燵であれば首だけ残して全身を取り込まれていたのではないかという程の快楽だ。
 
 いっそ永遠にこの場から動かず朽ちていきたい、そんな思いがよぎる程の至福感。
 生まれてこの方、ここまでまったりとした気分に浸れた事があっただろうか、
そんな事さえ考えてしまう程に居心地が良い。

 そんな幸福感に浸り、雫がゴロゴロと猫のように喉を鳴らしていると、海人は思わず苦笑した。

「うーむ、予想以上に気に入ったようだな」

 言いながら、目の前に山積みになった蜜柑に手を伸ばす。

 丁寧に皮を剥き房を分け、一房口に含む。
 柔らかな皮に歯を突き立てると、途端にたっぷりの果汁が溢れ出してきた。
 その果汁はやや甘味が強めだが、適度な酸味があり、実に清涼な味わいをしている。
 それがぽかぽかと温まった体に良い感じに染み渡り、ついつい次々に手が伸びてしまう。
 
 黙々と食べていた海人だったが、ふと前を見ると、雫がこれ見よがしに口を開いていた。
 何を求めているのか言われるまでもなく悟り、海人は雫の口元へ蜜柑を運ぶ。

「ん~、美味しい~♪」

 溢れ出る果汁がもたらす味わいに、思わず顔を綻ばせる。

 なんというか、堪えられない味わいだ。
 蜜柑自体は今まで何度も食べてきているが、これまでとは比較にならない程に美味く感じる。
 ただ美味いだけでなく、妙に食べたくて仕方ない衝動を駆り立てさえするのだ。
  
 その衝動の赴くまま、雫は雛鳥よろしく再び海人に向かって口を開ける。
 そこに蜜柑を運んでやりながら、海人が呆れたように呟く。  

「自分で剥いて食べた方が早いぞ?」

「こーやって食べさせてもらう方がより幸せなんですよー♪」

 苦笑する主に、そう言って悪びれる事も無く次を催促する。

 護衛にあるまじき不遜な態度ではあるが、海人はそんな細かい事を気にする気性ではない。
 我儘な妹をついつい甘やかしてしまう兄のような表情で、次の蜜柑を剥き始めた。

 ――――が、生憎海人は素直にただ甘やかすような性格でもない。

「ていっ」

「もぎゅっ……!?」

 口に放り込まれた物体に、思わず間抜けな声を漏らす雫。

 と言っても、おかしな物を入れられたわけではない。
 物自体は、先程までと同じく蜜柑。
 味も変わらず、噛んだ瞬間果汁が溢れ出す絶品だ。

 が、その量が先程までとは全然違う。
 皮を剥いた蜜柑が、丸々一つ口に突っ込まれたのだ。
 それも、実の大きさ自体が先程より一回り大きいサイズの物が。
 さして口が大きいわけでもない雫には、はっきり言って大きすぎる。

 そんな物を口に突っ込まれたせいで、雫の頬はリスの如く大きく膨らんでしまった。

「むぐぐ……むっぎゅむっぎゅ……もっぎゅもっぎゅ……ぷはぁっ!
うー、海人さん酷いですよぅ」

 どうにかこうにか口に突っ込まれた蜜柑を食らい尽くした雫は、恨めし気な視線を海人に向けた。
 流石というか、かなり無茶な量を一口で食らい尽くしたというのに、果汁の一滴たりとも口から零れていない。

「はっはっは、私相手にあんな大口開けて油断する方が悪いな」

「うう、こんな美少女を甚振って悦に浸るなんて、海人さんの鬼畜……」

 悪びれぬ主を半眼で見つめながら、手を伸ばし蜜柑を手に取る。
 その手が皮を剥き始めたところで、海人は不敵に笑った。

「……鬼畜か。私が本当に鬼畜なら蜜柑がいきなり消えるかもしれんぞ?」

「やだなぁもう、軽ーい冗談じゃないですか。心優しい御主人様♪」

 表情を一転させ、思いっきり媚び媚びの笑顔を作る雫。
 わざとらしく揉み手までしているが、嫌味ったらしくは見えない。

「よろしい。では追加で煎餅と御茶も作ってやろう」

「わーい♪」 
 
 なんだかんだで甘やかす主に雫が歓声を上げたその時、部屋の扉が開いた。
 そして、一礼しながら刹那が入ってくる。

「失礼いたします。雫、そろそろ鍛錬の―――こ、炬燵!?」

「む? 何かまずかったか?」

「い、いえ……炬燵自体は問題ないのですが……その、雫が入ってる事が」

「ほえ? なんで?」

「……体感したなら分かるだろう? 冷えた日の炬燵の恐ろしさが……!」

 不思議そうに首を傾げている妹に、重々しく声を掛ける。
 その目は真剣そのもので、まるで上位ドラゴンを相手取っているかのような緊張感に満ちていた。
 
 が、雫としては姉の態度が不思議でならなかった。

「気持ち良いだけじゃないの?」

「……そう思うなら、そこから出てみろ」

「はーい……?」

 元気よく返事をして炬燵から出ようとした雫が、固まった。
 
 足を僅かに炬燵から引き出しただけだが、恐ろしく冷たかった。
 あくまでも温度差による錯覚で一時的な感覚にすぎないと頭では理解できているのだが、
とても足を引き抜く気にはなれない。
 というか、思考の途中で思わず足を戻してしまっている。
 
 それに気付いた雫が戦慄しているところに、刹那が厳かな声で語りかけた。

「……それが、炬燵の恐ろしさだ。一度その魔性に囚われたが最後、抜け出すのは至難。
鍛錬すっぽかしてでも炬燵に齧りつきかねん」

「や、やだなぁお姉ちゃんあたしだってそこまで怠け者じゃ――――」

「ならば、すぐに出ろ。もう鍛錬の時間だぞ」

 引き攣った表情で抗議しようとした妹に、冷たい視線を向ける。

 雫はむっとして炬燵から這い出ようとするが、
先程と同じく僅かに足を引き摺り出しては再び戻し、を無為に繰り返している。
 それどころか繰り返す度、僅かずつだが確実により深く炬燵に身が沈んでいっていた。
  
 やがて姉の言葉が事実であると認めざるをえなくなり、雫は観念したように肩を落とした。 

「……今日は寒いから鍛錬中止って事でいいんじゃない?」

「駄目に決まってるだろう! ほら、さっさとそこから出ろ!
長居すればするほど出る気が失せていくぞ!」

「いやぁぁぁぁあっ!? か、海人さん助けて下さいぃぃぃっ!」

「……やれやれ、仕方ないな」

 ふう、と海人は物憂げに溜息を吐く。

 そして、いかにも仕方ないと言った風情で刹那に視線を向け―――炬燵を消した。
 炉はおろか、化学繊維で出来た布団も一緒に消えている。

「ぎゃあああっ!? 寒っ!? 海人さん助けてくれるんじゃなかったんですか!?」

 一気に襲いかかってきた寒気に悲鳴を上げる雫。
 抗議の意味を込めて海人を睨みつけるが、彼は小さく肩を竦めるだけで意に介した様子もない。
 
「人聞きが悪いな。助けたじゃないか――――刹那を」

 その発言の直後、雫から薄情者っ、との御言葉をいただくが、やはり海人はどこ吹く風。
 それどころか、ひらひらと手を振って見送る仕草さえ見せている。

「御協力、感謝いたします。ほら、さっさと行くぞ!」

 主に深々と一礼し、妹の襟首を掴んで引き摺って行く刹那。

 それでも雫は往生際悪くジタバタと暴れていたが、
業を煮やした刹那の手によって、瞬く間に意識を奪われてしまう。
 流石の手並みというべきか、間違いなく一流の武人であるはずの雫が、碌に反応すらできていなかった。

 そして妹を担ぎ上げた刹那は、再び海人に一礼すると地下室を後にした。
 彼女らを見送り、一人になった海人がポツリと呟く。

「相変わらず真面目な事だが……雫は炬燵を碌に知らなかったのに、なんで刹那は詳しく知っているんだ?」

 当然ながら、答える者は誰もいない。

 海人は、知る由もなかった。

 雫が生まれる前、刹那の家には炬燵が存在していた事を。
 それが幼い刹那が類稀な武才と生真面目な性格を併せ持ちながら、冬場になると炬燵のせいで鍛錬を怠けたがる為に、
遠方の友人の家にプレゼントされてしまった事を。

 そして言うまでもなく――――幼き日の刹那が炬燵に執着するあまり、両親をぶちのめしてしまった事も、知る由はなかった。 
 
  
 
  

   





 
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