ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄13
 稀代の万能天才科学者。人類の文明を数百年分発展させた男。楽園の果実を食い尽くした者。
 これらはとある科学主体の世界において、十代で多数の歴史に残る研究成果を残したある男の呼ばれ方の一部である。 

 彼の研究内容は節操がなく、ある時は作物の味を保ったまま倍の収穫量が期待できる品種改良を行い、
ある時は当時不治と呼ばれていた病の特効薬を開発し、またある時は二足歩行ロボットにプロ並の格闘技をさせられるような姿勢制御プログラムを作っていた。
 
 彼の研究に関する才能はその能力はおろか範囲にすら限界は見当たらず、良くも悪くも世界を発展させたが、妻を研究途中の事故で失って以来、その男はまるで抜け殻になったかのように新たな研究をする事はなくなった。
 
 そして今。
 
 研究に関しては紛れもなく空前にして絶後の才能を持つ男、天地海人は、

「おっ金っ、おっ金っ、おっ金っがたっくさ~~ん♪」

 何の因果か唐突に放り出された魔法主体の世界で、札束を両手に抱えながら小躍りしている女性を冷や汗を垂らしながら眺めていた。
 傭兵という過酷な肉体労働で鍛え上げられた肢体は美しく、さり気なくしっかりリズムに乗って踊っているため目の保養にはなるのだが、彼女が動くたびに背中に生えた大きな漆黒の翼も揺れ、周囲の埃を巻き上げている。
 居候の役目として白衣が汚れる事も厭わず掃除を行っていた海人はそれにもめげず埃を集め直していたが、集めても集めても散らされてしまう埃に、ついには手を止めた。
 
 幸いと言うべきか、掃除は粗方終わっており、飛ばされているのは掃除の最後に残った僅かな埃のみ。
 とりあえず小躍りしている家主――ルミナス・アークライトが落ち着いてから集め直しても遅くは無い。
 
 そう考えた海人が椅子に座った時、目の前に温かい紅茶が差し出された。
 淹れたてらしく、気品のある茶葉の香りが彼の鼻腔をくすぐり、疲れていた体を優しくほぐしていく。

「ありがとうシリル嬢。ところで、ルミナスのあの喜びようは一体なんなんだ?」

 海人は紅茶を手渡した人物――シリル・メルティに礼を言いつつ、ルミナスの奇行の理由を尋ねた。 

 二週間ほど前のエルガルド兵との戦いの最中に海人が手に入れた戦利品を売り、その半額を受け取った事を喜ぶのは理解できる。
 それをさらにシリルと折半したとはいえ、それでも凄まじい大金なのだ。
 朝起きて昨日手に入れた大金を改めて確認し、思わず踊りだすのは不思議というほどではない。
 
 だが、いくらなんでも一時間踊りっぱなしというのは喜び過ぎな気がした。

「予想していた額の倍で売れましたから、喜ぶのは当然ですわ。
私も弓をもっと良い物に買い換えられますので、カイトさんには感謝ですわね」

 可愛らしい微笑を浮かべながら、シリルは紅茶を啜った。
 その仕草は極めて上品。とても傭兵とは思えないほど洗練された優雅さである。

「別に感謝はいらんがな。私の方もかなりの額が入っていることだし。
この調子で行けばこの家を出るための費用は直に貯まる。そろそろ物件を探し始める頃合だな」

 軽く肩を竦めつつ、海人は物件を探す手順に思考を走らせ始めた。

 この魔法の世界に来て以来、海人は無一文の状態からトントン拍子で金を稼いでいる。
 
 その最大の要因が彼が持つ伝説の魔力属性の一つ《創造》である。
 これは基本属性の魔法が一切使えないが、その代わりに一部の例外を除き一度見た物全てを作り出せるという魔法だ。 
 
 ここ数日途絶えてはいるが、海人はそれを使って元の世界の高級フルーツを作って売却し、
短期間で稼ぐには多すぎるほどの金を稼いでいる。
 
 それに加え、昨日ルミナス達に売却に行ってもらった品も大金で売れたため、今海人が手にしている金は非常に多い。
 なにせ、小さな家一軒程度なら即金で購入できるほどの額なのだ。
 これならば大きな家の頭金にも十分すぎるため、もはやルミナスに迷惑をかける必要は無い。

 ただそれだけの、海人にとっては他意は一切無い発言だったのだが 、
 
「って、ちょっと待った! あんたもうこの家出てくつもりなの!?」

 小躍りしていたルミナスは、なぜか慌てて海人に詰め寄った。
 その勢いに加え、両手に抱えたままの大量の札束が妙な迫力を醸し出している。

「いや、金が貯まるまではいさせてもらいたいが……どのみち早く出て行くに越した事は無いだろう?
私の食費もばかにはならんだろうし、何より君に仕事が入った場合、その時点で出て行かねばならんからな」

「そ、そりゃそうなんだけど……う~……」

 海人の理路整然とした言葉に、ルミナスは何か言いたげにしながら押し黙った。
 どうやら彼の言葉に何らかの不満を感じているらしいが、上手く言葉にならないようだ。

 その様子から、海人は彼女が何を言いたいのかしばし考え、

「……ああ、なるほど。別にこの家を出る事は生活に不満があるわけじゃない。
むしろ君に拾われて以来、手厚く扱ってもらって感謝してもしきれんほどだ。
だが、仮にもいい年の大人が独身女性の家に長々と居候というのはまずいだろう?」

 優しく、諭すように言葉をかけた。
 誤解させてしまったかもしれない、と思っての言葉だったが、
 
「ん~……確かにそうだけど……ほら、あんたが出てっちゃうとシリルと二人っきりになっちゃうし」

 ルミナスはなにやら口ごもりつつ、自分に同性愛的思慕を抱き、隙あらば夜這いまで企む部下を指差した。
 
「分かった。良い住居が見つかっても、とりあえず君に次の仕事が来るまでは厄介になろう」

 ルミナスの言葉に、海人は即座に前言を翻した。
 思考時間実に零コンマ一秒未満という、脊髄反射的な即答だった。
 
「御二人共えらい人聞きが悪いですわよ!?」

 あまりと言えばあまりな言われように、シリルは思わず抗議した。
 とはいえ、実際それ用の下着まで用意している人間が言っても今ひとつ説得力に欠ける。

「ほう、違うのかね? 私という第三者がいなくなった状態で理性を保てると?」

「まさか。そんな素晴らしい状況で保てるわけがありませんわ」

 海人の質問にシリルは絹糸のような金髪をかき上げながら、迷う事無く即答した。
 その堂々とした断言は、いっそ清々しささえ感じさせる。 

「ほれみろ。だが、しばらくここに住まわせてもらうにしても住むべき住居を見つけておく事は必要だろうな。
何か良い物件があると良いんだが……」

「それでしたらちょうど良いですね。シェリス様に相談なさればよろしいかと」

 頭を悩ませている海人の背後から、唐突にハスキー系の美声がかけられた。
 
「ぬおわっ!?」

 海人が反射的に振り向くと、そこには銀髪の女性の姿があった。
 服装は質素。いっそ安っぽいといっても差し支えない濃紺のワンピースだが、
彼女の絶世と形容して差し支えない美貌は、その印象を打ち消して余りある。
 
 その馴染みのある顔を見て、戦闘体勢に入っていたルミナスとシリルは警戒を解く。

「……ローラさん。玄関のドアぐらいノックしてから入ってきてくださいよ」

 ルミナスは嘆息しつつ、女性――ローラ・クリスティアに苦言を呈した。
 
 が、彼女から帰ってきた返答は意外な物だった。

「十回ほどいたしましたが、誰もお出になられませんでしたので。
おそらく、ルミナス様がなにやらドタバタとなさっていたために聞こえなかったのかと」
 
「うっ……そ、それで今日は何の用ですか?」
  
「とりあえず、お約束していた謝礼の支払いです。色をつけまして三千万ルン。どうぞお納めください」

 ローラは手に持っていた皮製の鞄を開け、先日のエルガルド兵達との戦いによって発生したルミナスへの報酬を見せた。
 札束がぎっしりと詰め込まれ、なんとも壮観な眺めだ。

「おお~……気前が良いですね~」

 ルミナスは思わず感嘆の声を漏らす。
 元々約束されていた額は二千万。働き次第で色をつけるとは言われていたが、ここまで増えるとは思っていなかった。
 が、海人から貰った金でさんざん喜んだせいか、今度は先程のように小躍りするまでには至らなかった。 

「働きに対する正当な対価です。それより、カイト様が住居をお探しなのでしたら話が早くて助かります。
今日参りましたのはルミナス様への報酬の支払いと、その件に関してですので」

「どういう事だ?」

「はい。ルミナス様の家に居候し続けているわけにもいかないだろうとの事で、
住居探しを手伝うつもりがある旨を伝えるよう命じられました。
それと、カイト様は飛翔魔法が使えないとの事ですので、必要があれば送り迎えをするように、とも言い付かっております。
御要望とあれば今すぐお連れいたしますが、いかがいたしましょう?」

「……どうせなら早い方がいいな。ルミナス、ちょっと出かけてくる」

「あ、私も付き合うわ。昨日時間がなくて服買いに行けなかったから、今日もカナールに行こうと思ってたし」

「私も行きますわ。カイトさんがどんな物件を選ぶのか、いささか興味がありますので」

 海人がローラと一緒に歩き出そうとすると同時に、ルミナスとシリルも席を立った。

「いや、何もそんなつまらん事に付き合わんでも……買物の時間が減ってしまうぞ?」

「いいのいいの。それとも私達が一緒に行っちゃまずいわけ?」

「なにか疚しい事でもおありですの?」

「そんな事は無いが……まあ、いいか」

 む~、とルミナスだけでなくシリルにまで拗ねたような目で睨まれ、海人は困惑しつつも了承した。




















 二時間後、海人達は時折出されたハーブティーを啜りながら、淡い緑色のドレスを纏った女性と対面していた。
 女性はややおっとりして見える顔立ちで、身に纏う空気もどこか柔らかい。
 美人という言葉も、可愛いという言葉も同時に当てはめられそうな不思議な女性。

 ローラの主にして、国内有数の大貴族の令嬢シェリス・テオドシア・フォルン。
 海人の作る高級フルーツを買い取っている唯一の人物である。

 彼女は海人から告げられた条件を笑顔のまま、時折頷きつつ耳を傾けていた。
 黙ってはいるが、彼女の頭の中では提示すべき物件の仕分けが行われている。
 自分の知識の中にある不動産と海人が望む条件を照らし合わせ、物件の数を絞り込んでいく。

 一通り海人の話が終わったところで、シェリスは口を開いた。   

「はい、承りました。確認しますが、人里からやや離れ、できるだけ広い地下室付きの物件。庭があるとなお望ましい。そして価格は問わない。この条件でよろしいですか?」

「ああ。無論私が払える額であれば、だが」

 ハーブティーを啜りながら、海人は念を押した。 

「そこもちゃんと考えてますから大丈夫ですよ。それに、万が一返済が滞りそうでしたら、仰ってくだされば私の方でも手段を考えます。
ローラ、不動産ファイルの四十三番、七十二番、八十四番、九十一番、百五十二番 百八十三番を持ってきて」

 シェリスは笑顔で答えつつ、背後に控えるローラに指示を出す。
 
「かしこまりました。少々お待ちください」

 ローラは一礼し、部屋を辞した。
 彼女の足音が遠ざかっていく事を確認し、シェリスは再び口を開いた。

「さて、ローラが戻ってくるまでに伺っておきたいのですが、実際に引っ越すのはいつ頃にするおつもりですか?」

「ルミナスに次の仕事が来た時だな。それまでは居候させてもらう事になった」

「う~ん、早いか遅いか読めませんね……というか、早く引っ越さないといつまでたっても果物の仕入れが出来ないのでは?」

 シェリスは海人に咎めるような視線を向けた。

 海人は揉め事に巻き込まれるのを嫌って自身の魔法について徹底的に秘匿しており、
既にそれを知っているルミナスとシェリス以外の人間に知られる可能性を極力排除している。

 つまり、シリルが一緒に住んでいる現状では果物を作れず、自分の屋敷への納入も出来ない。
 それがシェリスの認識だったのだが、

「それに関しては解決してますわ。先日、カイトさんがボロを出しましたので」

 何でもなさそうに放たれたシリルの言葉でそれをあっさり覆された。

「ええっ!? もうバレちゃったんですか!?」

「私も聞いたときは驚いたわね~……その時にちょっとした騒動もあったし」

「どこがちょっとだ!? 再骨折しなかったのはほとんど奇跡だぞ!?」

 乾いた笑顔を浮かべるルミナスに海人が即座に反応した。

「お、怒らないでよ。あんたが言うの忘れてたせいもあるんだからさ」

 ルミナスは気まずそうな表情で海人から目を逸らす。 

「……まあ、確かに非は私にあったがな。次からはもう少し穏当な手段を頼む」

 嘆息しつつ、海人は数日前の騒動を思い返した。
 肉体強化による回復力向上で完治寸前だった肋骨が再びへし折られかけた時のことを。

 その日、海人はシリルにバレた事をルミナスに伝え忘れたまま、リビングで創造魔法を使おうとした。
 そして間の悪い事に、二階で弓の手入れをしていたシリルがちょうど階段を下りてきていた。
 事情を知らなかったルミナスはその時作っていた料理を放り出し、慌てて海人の詠唱を止めた。

 その時手近にあったまな板を投げつけて。

 肉体強化こそしていなかったものの、ルミナスの素の腕力も非常に高い。
 当然ながら投げつけられたまな板も相応の威力を発揮した。
 
 とはいえ、そこは一流の戦士。咄嗟でありながら手加減を加えた上、完治寸前の肋骨は避けて腹を狙っていた。
 その狙い通りに当たっていれば、海人の呼吸が一瞬止まる程度で済んだだろう。

 が、海人がそれに中途半端に反応できた事がまずかった。
 さらに言えば痛みがほとんど消えていたために、その日は鎮痛剤を使っていなかった事も災いした。
 
 折角ルミナスが腹を狙ってくれたというのに、反射的に倒れながら避けたせいで見事肋骨に的中。

 しかも座っていた椅子ごと全力で倒れたため、体を強く打ちつけ、ダメージ倍増。

 さらに海人を心配して慌てて階段を駆け下りたシリルが足を滑らせ、痛みに悶えている彼の上に落下。
 押し潰す寸前で飛翔魔法で浮いたものの、運の悪い事に反射的に着地体勢を取っていた彼女の踵がこれまた肋骨に直撃。

 トドメに、台所から出てきたルミナスがもはや呼吸もままならぬ激痛に悶えている海人を目にして、
シリルが浮き損なって踏み潰し、一時的に呼吸が出来なくなったと勘違い。
 慌てて海人の体を起こし、背中をかなり強めの力でバンバンと叩いた。
 当然、強烈な振動は肋骨にも伝わる。
 
 最終的に、強靭な精神を持つ海人も呪いじみたアクシデントと激痛の連続に意識を刈り取られた。

 リビングの果物を補充しようとしただけでここまでの目に遭う人間は滅多にいないだろう。
 
 元々の原因は海人のミスとはいえ、アクシデントの起点となったルミナスに批難がましい視線が向くのは、
仕方ないといえば仕方ないかもしれない。 

「えっと、何があったんですか?」

「……話す気も起こらんほど間抜けな事だ。ま、いずれにせよもはや果物の納入に関しては問題ない。
いくらでも、とまではいかんがそれなりの量を調達できる。注文があるなら聞くぞ」

「そうですね……それではマンゴー十個、メロン二個、キウイ十個、それに蜜芋を二十個お願いします。
それと配達ですが、今回は値段も決まっていますし、誰かに取りに行かせます。
ですので、明日の朝までに用意しておいていただけますか?」

「分かった」

「では、お願いします……どうやらローラが戻ってきたようですね」

 シェリスが呟くと同時に『失礼します』と声が響き、ドアが開いた。
 入ってきたローラの手には銀のトレイがあり、その上に紐で綴じた書類が十冊ほど乗せてある。 
 
 手近まで運ばれたそれを受け取り、シェリスは机の上で書類を二つに分けて海人に差し出した。 

「カイトさんから見て右にあるのが、地下室付の物。左が庭と地下室両方が付いた物になっています。
それと全ての物件共通で、トイレの回収は週一回無料でお願いできます。
見取り図が付いていますので、どうぞご覧になってください」

 シェリスに短く礼を言いつつ、海人は書類に目を通し始める。 

 まずは地下室付の物。用意された数は多いが、どれも普通の家より若干広い程度で、
地下室は申し訳程度の広さ。
 単に住んで生活するだけならば問題は無いが、元の世界で行っていた研究の続きをやるには手狭だった。
 悪くは無いが、当面は保留である。

 次いでその両方が付いた物。こちらは数が少なく、全部で三つだ。
 これらは全ての条件を申し分なく満たしているが、どれも一人で住むには広すぎる。
 とはいっても、元の世界で住んでいた屋敷と同じ程度の広さなので、彼にとっては実害は無い。
 ただ、当然ながらどの物件も前者と比較すれば高額。
 
 条件的にはこの中から選ぶ事が最善だが、とても即決は出来なかった。
 
「……うーむ、難しいな」

「やはり両方付いている方は広すぎますか?」

「いや、この程度の広さなら悩むほどではないんだが……こっちの方と価格を比較するとどうしてもな。
だが、後々の事を考えると広い方が良い……となると、こっちになるか」

「分かりました。では、その三つに関して何か質問はありますか?」

「……この物件だけが明らかに不自然に安いのはどういうわけだ?」

 三つの中で一番安い物件の書類を示し、訊ねる。
 安いには安いのだが、広さはさほど変わらないのに他二つと比較すると半額以下というなんとも不安を煽られる物件だった。

「あ、それはですね建物の老朽化と立地条……そうだ、折角ですし、これから物件を全てご案内しましょう。
それほど遠くありませんので時間もかかりませんし、見取り図を見るよりもそちらの方がより的確な判断を下せるはずです」 

「それはありがたいが……忙しいんじゃないのか?」

 海人は親切心やサービス精神で言っているにしてはやたら積極的なシェリスを不審そうに見やる。
 すると、やはり疚しい事があるのか、彼女は急に早口になった。
 
「いえいえ今日は暇なんです今そう決めましたさあ、早速行きまぐぎゅ!?」

 さっさと立ち上がってドアへと向かおうとした瞬間、シェリスの首が絞まった。
 いつの間にか彼女の前に回り込んでいたローラの右手によって。

「シェリス様、その日の分の書類はきっちり片付けていただかないと、また私の睡眠時間が短くなります。
具体的に言えば、私の右手が下克上万歳と叫ぶほどにです」

 既に年間の平均睡眠時間が五時間を切っている美女は、主を無表情のまま淡々と諭す。
 だが、その内心がどれほど荒れ狂っているかは、シェリスの首から奏でられる不協和音がこれ以上無いほどに示している。 
 というか、このままいくとシェリスの首が握り潰されそうである。

「ちょ、ローラ、落ち着いて! ちゃ、ちゃんと理由があるんだから!」

「聞きましょう」

 必死なシェリスの言葉に、ローラはあっさりと手を離した。

 が、空中に浮いた状態で離されたため、シェリスは強かに尻を打ちつける羽目になった。 
 痛みに顔を顰めながらも、シェリスは理由を説明し始める。

「い、いい? 貴女だけじゃなく私の毎日の仕事も過酷。これは分かるわね?」

「分かりたくありませんが、よく分かります」
 
 嘆息しながらシェリスの言葉を肯定する。
 
 ローラは超武闘派な使用人達の訓練メニューをその日の体調などに応じて適宜変え、
さらにはシェリスの書類仕事や事務作業の一部代行、交渉の代理などに出向く事もあるため、非常に忙しい。
 そして、その主であるシェリスはほぼ毎日のように山積みになっている書類と格闘し続け、戦闘訓練も欠かさず行っている。
 さらには屋敷から遠くないとはいえ、魔力判別所の職員としての勤務もある。
 しかも意外に暇な時間も多い職場で息抜きをする事もあまりなく、その時間は主に外に持ち出して問題ない事務書類の処理に当てている。

 どちらもうら若き美女とは思えない重労働な毎日を送っており、お互いそれをよく知っているのである。

「これは私達にしか出来ない仕事が多いせいもあるけど、ちょっと難しいぐらいの案件も私達が処理してるせいで部下が育ってないという理由もあると思うわ」

「ふむ、それで?」

「幸い、今日の書類で私達以外では処理できない物は片付けてあるわ。
それに書類処理のやり方は全員に一通り仕込んであるんだから、大きな失敗も無いはず。
ならば、良い機会だし残りを皆にやらせてみるのも悪くは無いでしょう?」

「なるほど、皆の成長のためにあえて仕事を丸投げすると。なかなかの大義名分です」

「でしょう?」

 あくまで無表情を貫きながらも、口調が楽しげになっているローラに、シェリスはほくそえんだ。
 
 実際のところ休みが欲しいのは二人共共通している。
 
 しかもローラは完璧な仕事ぶりと無表情さで部下には誤解されがちだが、生真面目というわけではない。
 それどころか、時と場合によっては主であるシェリスにすらそれを向けるほどの悪戯好きである。
 
 こじつけであっても皆が納得せざるをえない理由さえできれば、悪戯じみたシェリスの提案に乗らないはずが無いのだ。

「では、早速皆に伝えて参ります。おそらく阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されるかと思いますので、
早急に逃ぼ……もとい外出のご準備を」

 言葉の端に本音を覗かせながら、ローラはそそくさと部屋を辞していく。
 そしてシェリスは手早く使った書類をまとめ、手近にあった封筒の中に放り込んでいった。












 一時間後、五人はとある山の中腹部にやってきていた。
 目の前にはまるで砦のようにも見える形状の屋敷があり、周囲の森林の中に見事に溶け込んでいる。
 だが、どうやら相当古い建物らしく、ところどころ外壁の一部が崩れている箇所が散見された。

「さあ、ここが一軒目です!」

「ホ、ホントに良かったのかしら……」

 実に生き生きとした笑顔で屋敷を示すシェリスを、ルミナスは冷や汗混じりに眺めていた。

 ローラが部屋を出た直後、やはりと言うべきかメイド数名の悲鳴が屋敷に響き渡った。 
 それと同時に、ローラが神速とも呼ぶべき素早さで部屋に舞い戻り、ドタドタと部屋に近づいてくる足音を背にし、
全員で窓から逃亡したのである。
 
 背後から無理です、とか逃げないで下さい、とか縋るような絶叫が聞こえてきたが、
それはすぐさま逃がすな、とか書類さえ書ければ痛めつけてもかまわん、といった物騒な雄叫びへと変化し、
さらには実際に攻撃魔法まで飛んできた。

 追手を撒いた後屋敷で何が起こっているのかは、ルミナスでなくても気になるだろう。
 
「やっちゃった以上気にしても仕方ありません! それじゃ早速中に入って解説しましょうか」

 いつになくハイテンションなシェリスは、軋むような音を立てるドアを開けて屋敷の中に入って行く。
 
 窓から日差しは差し込んでいるが、灯りはついていないため、屋敷の中は少し暗い。
 そのため内装の色合いが分かりづらく、正確な雰囲気は掴めない。
 
 もう少し良く見ようと海人が目を凝らした瞬間、シェリスの短い詠唱が響き、廊下の蝋燭に一斉に灯が点った。

 蝋燭に照らされた中に浮かび上がったのは、床に敷かれた古びた小豆色の絨毯、長い年月で汚れが定着してしまった白塗りの壁、
廊下の随所に配置された錆が浮いた金属製の蝋燭立て、年季の入った木製のドア、とホラー映画の撮影にそのまま使えそうな光景。

 比較的図太い神経の持ち主である海人も、毎日ここで生活するのはキツイものがありそうだった。
 
 が、今の段階で決めるのは早計、と先導するシェリスの背後を黙ってついていく。
  
「ここは昔この国が頻繁に侵略を受けていた時代に、ある貴族がルクガイアからの侵略に迅速に対応するために作った屋敷です。
そのため、立地がルクガイアの国境に程近いこの位置になっています。
なにぶん古い屋敷ですので、ある程度改修が必要な事と、
現在では可能性は低いとはいえ、ルクガイアに攻め込まれた場合に危険な位置に建っている事で値段はかなりお安くなっています」

 シェリスは屋敷の中を案内しながら解説し始めた。
 その言葉には惑いも詰りもなく、流れるように海人達の耳に入っていく。
 どうやら彼女はそらで物件に関する情報を覚えているようである。

「……一つ聞きたいんだが、ほとんど埃が無いのはどういうわけだ?
建物が老朽化している割には、あまりに手入れが行き届きすぎているような……」

 床、窓枠、と埃が溜まりそうな場所を一通り見て、海人は首をかしげた。
 建物の老朽化具合を見る限りあまり良い扱いは受けていなさそうなのに、その割には埃が少ないのだ。
  
「年に数度ですが、私の使用人達の訓練としてここの掃除をさせているんです。
前回の清掃からそれほど時間が経ってないため、今はまだ綺麗なんですよ。
さらに言いますと、一緒に庭の方の手入れも簡単にやらせていますので、綺麗とは言えませんが、見苦しくは無いかと」

 そう言ってシェリスは近くの窓から見える庭を指差した。
 彼女の言うとおり、素人仕事らしく素晴らしいとまでは言えないが、それなりに整えられた庭だった。
 手がけた人間の真面目さが伝わってくるような光景を眺めながら歩いていくと、地下室へと続く階段が見えた。

「ここが地下への入り口です」

 シェリスは説明しつつ階段を下り、古びた鋼鉄製の扉を開ける。
 そして、暗闇に包まれていた部屋を光の魔法で照らした。
 
 シェリスの手に浮かぶ光球に照らされた光景は、なんとも寒々しい空虚な物だった。
 
 床も壁も全てが冷たい色彩の石材。部屋にあるのは使われなくなって久しい錆びた蝋燭立て。
 とりあえず清掃は行われているらしく汚らしい印象は無いが、とても陰鬱な部屋だった。

「完全に倉庫用の部屋だな。ワインセラーには使えるかもしれんが、作業場所には不向きか。
しかも建物の方が随分と痛んでいる事からして、安値で買っても改修費用を考えれば……
立地に関しても、いざという時に危険な場所というのは……」

 海人は改めて屋敷の状態を声に出して確認しつつ、数秒熟考する。

 値段は格安。改修費用も創造魔法で作れる素材を賄えばかなり安く上がる。
 地下室もそれなりの改修をすれば作業場所として作り変える事は不可能ではない。
 だが、改修には時間がかかるため、すぐには住めず、住んでもルクガイアとの戦争時には極めて危険。

 メリットとデメリットを天秤にかけ、海人は結論を出した。
 
「……シェリス嬢。すまんが、この物件は遠慮させてもらう」

「はい、分かりました。では、次の物件に行きましょう」

 海人の言葉に気を悪くした様子もなく、シェリスは笑顔で頷いた。











 二軒目の屋敷は、緑豊かな草原地帯の端にあった。
 屋敷の背にある幅広い川を挟んだ先には、深い森林地帯が広がっている。
 近くにモンスターがいないのか、森の少し奥の方ではリスらしき小動物が暢気に木の実を齧っていた。

 屋敷の建物自体は豪勢でもなく質素でもない二階建て、とそれほど印象に残る物ではないが、
周囲の景色はそれを補うかのように良い眺めである。
 しかも先程海人がシェリスから聞いた話では、今各部屋に配置されている家具はそのまま使っていいらしい。
 
 値段は先程の屋敷と比較にならないほど高いが、確実に立地条件から何から値段分以上の価値はある。 

 だが、一つだけ問題があった。

「シェリス嬢、あのとんでもない激流は何だ?」
 
 海人は屋敷の窓から身を乗り出し、ごうごうと瀑布の如き轟音を立てている川を指差した。
 現在彼らがいるのは屋敷の背の部分。使用人用の部屋として作られた区画の一室だ。

 他の地上部分の部屋は問題なかったが、この部屋は一番川に近いためか、音が五月蝿い。
 窓さえ閉めればそこそこ神経の太い人間なら熟睡できる程度の音になるが、
神経質な人間だと不眠症に悩まされかねない程度の音でもある。

「これはこの国の三大急流の一つ、アミュリール川です。
と言ってもここの土地はしっかりしていますし、建物も土台から非常に堅牢な作りになってるので、安心して住めます。
それに建物自体は5年前に建てられたものですが、施主が完成を待たずして亡くなった為に未使用です。
手入れも定期的に行っていますので、何もしなくてもすぐにそのまま住めます」

「なるほど。それはありがたいな。それに周囲の景色もなかなか良いし、悪くない」

 そんな事を呟きつつ、海人は改めてアミュリール川を見下ろした。

 眼下の激しい激流はとても魚が生息できそうな環境には見えないが、たまに元気よく川から飛び出て
そのまま川に戻る魚がいる事からすれば、どうやらこの環境でも魚は生息できるらしい。
 しかも、今飛び跳ねた魚はシェリスの図書室で読んだ図鑑に美味な川魚だと記されていたはずだ。
 この激流では釣りは無理だろうが、それでも何らかの罠を使えば魚を取る事は可能。

 さらに屋敷の両端にあたる部分の川を見ると、それぞれ頑丈そうな目の粗い金網が張ってあり、
その間で作業をする分には誤って川に落ちても一応助かりそうである。

 その二点を確認し、海人は考え込み始めた。 

「これなら魚が食える……それにこの激流ならむしろ幾つか問題をクリアすればマイクロ水力も……」

「どうかしましたか?」

 シェリスはぶつぶつと呟いている海人に訝しげな目を向けた。
 探るような視線ではなく、何か問題があったのかと心配しているらしかった。

「いや、何でもない。なかなか良い物件だと思っていただけだ」

「それは何よりです。では、今度は内庭をご案内しますね」

 海人の反応の良さに手応えを感じ、シェリスは嬉しそうに微笑んだ。









 シェリスが内庭へのドアを開けるなり、海人は絶句した。
 正直、彼はいくら丁寧に庭を作ってあっても、無駄だろうと高を括っていた。
 構造的に内庭は防音ができず、いかに美しい庭だろうと川の音で台無しになるだろうと。

 だがその考えは実物を見た瞬間に覆された。

 珍しく驚いている海人を見て、シェリスは自慢げな口調で訊ねた。

「ここが内庭です。いかがでしょう?」

「いや素晴らしい、よく考えた物だ。これなら川の音も楽しめる」

 海人が内庭の景観を眺め、感心したように頷く。

 今彼らがいる内庭は、いわゆる洋風のガーデンとは違う構成になっている。
 形式として近いのは、和風の庭園。侘び寂びを主軸とした、落ち着きのある庭である。
 どことなく静かな山奥を思わせる風景で、聞こえてくる川の音がまるで滝の音のように聞こえ、独特の味わいを出している。
 
 騒音としか言いようのない川の音を庭の風景の一部として取り込む、実に見事な演出であった。

「ええ、私も見事な手法だと思います。こういう事はなかなか思いつきませんよね」

「清々しいって気分ではないけど、なんか和むわね」

「これはヒノクニの庭園の特徴らしいですね。この庭を造る際にはヒノクニからやってきた庭師に頼んだそうです。
私達に馴染みのある庭を動とするのならば、この庭は静。質こそ真逆ですが、実に素晴らしい物です。
若干残念なのは、この景色ですと自慢のティーセットで紅茶を楽しむには向かないという点ですか」

「ここで楽しむなら湯飲みで緑茶と陶器に乗せた和菓子だろう。その方が景色に馴染む」 

 シェリスのぼやきに反応した海人の何気ない言葉は、周囲に劇的な変化をもたらした。
 具体的にはローラを除く三人に。

「……カイトさん、今仰ったのは全てヒノクニの物ですが、調達可能なのですか?」

「ああ。君の望んでいる物かは分からんが、御要望とあれば今度持って行くぞ?」

 真剣な眼差しのシェリスに、海人は軽い調子で提案した。
 かつて彼は美味しい物が大好きだった妻に付き合っている内に、元の世界の美味の大半を食べ尽くしている。
 そのため創造魔法の制約である『植物以外の生命体は作れない』という条件に引っかからない限りは作れるはずだった。  

「是非にっ! わ、和菓子と言うからにはあの餡子という物ですよね!?
あの舌の上でさらりと溶けるような極上の甘味ですよね!?」

「いや、餡子だけじゃなく干菓子から何から色々あるが。
それに餡子と一口に言っても白餡、小豆餡、栗餡と色々……多分君が言っているのは小豆餡か。
ちなみに緑茶に関しては抹茶というのもあるが……」

 海人はシェリスの剣幕に押されながら、ポリポリと頬をかく。

「そんなに!? ま、まだるっこしいですから全部持ってきてください!
何年か前にヒノクニのお客様が作って下さった美味しさが忘れられないんです!」

「いや、それは構わんが……とりあえず落ち着こうルミナス、シリル嬢。
いや、柔らかくて気持ち良いんだがな? なぜか死を感じるんだ」

 ルミナスに背後から抱きつかれ、シリルに腕を抱きしめられるという至福の状況なはずの男は、
なぜか冷や汗をだらだらと流していた。

「……言うまでもないとは思うんだけど」
「私達にも、味見ぐらいはさせてくれますわよね?」

 優しい抱擁とは裏腹に地獄の底から響くかのような暗い声が、海人の耳朶を打つ。
 
 ――――返答を間違えれば即死。

 なぜかそんな予感がした海人は、ゴクリと喉を鳴らしつつ努めて平静を装った。 

「そ、そのつもりだが、なんでそんなに怒っとるんだ……?」

 それでも微妙に声が震えるのは抑えられなかったようだが。
 
 ルミナスはそんな見事な怯えっぷりを披露する海人から体を離し、

「そんなに怖がらなくても、ただの冗談よ。
でも、私達が甘い物好きなのは知ってるんだから、もっと早く教えてくれても罰は当たらなかったんじゃない?」 

 嘆息しつつ、彼の鼻先を軽く指で弾いた。 
 その横で海人の手の甲をやんわりと抓りつつ、シリルが言葉を続ける。

「まったくです。カイトさんは色々と隠し事が多すぎますわ」

「なるほど、そういう事か。これに関しては隠していたつもりは無かったが……悪かった」

 シリルの言葉で二人の怒りの理由を悟った海人が、二人に軽く頭を下げる。
 それでも若干不機嫌な顔のままの二人に海人が困ったような顔をしていると、  

「……しかし、カイト様も人脈がお広いのですね。ヒノクニの菓子を用意するのは並大抵の事では無いでしょうに」

 ローラが唐突に相変わらずの無表情のまま、感心したような声を出した。
 どうやら彼女は海人の魔力属性の事を知らないために、純粋に海人の人脈を使って調達するのだと思っているようだった。

「ま、どんな場合でも手段はあるという事だ。ついでだし、君の分も用意するか?」

「そうしていただけると非常に有難いです」

「素直でよろしい。ところでシェリス嬢、この庭の手入れはどうなっている?
やはり専門の職人に頼んでいるのか?」

「はい。ここを造った庭師から手入れ法を教わった者が数名おりますので、その者達にやらせています。
ご購入なさった場合は継続して来てもらうようにした方が良いですか? それとも、彼らから教わって自分で手入れなさいますか?
ちなみに、来てもらう場合年二回の手入れで二十万かかります」

「ふむ……一応知識はあるから出来なくは無いと思うが、素人には違いないからな。
継続して来てもらえるとありがたい。ま、どのみちこの後次第だ。まだ買うと決まったわけではないからな」

「考えておくに越した事はありませんよ。それでは今度は地下室をご案内いたしましょう」
 
 そう言ってシェリスは再び海人達を先導し、歩き始めた。
 内庭を出てすぐに左に曲がってから直進し、二階へと繋がる階段の所で立ち止まる。
 そして階段の裏の、一見何も無い場所へと回り込み、そこを覆っていた絨毯の縁を掴み、捲り上げた。 
 
「ここが、地下室の入り口になります。少し入りにくいですけどね」

 説明しつつ、シェリスは絨毯の下から現れた木製の隠し扉を開く。
 そこには鉄製の梯子がかかっており、そこを下った先に地下室があった。
 
 内部はそこそこ広く、先程の物件とは違い、普通の部屋と同じような内装が施されている。
 色彩的にも清潔感があり、なかなか快適な部屋であった。

「と、まあこんな感じの地下室です。なかなか悪くない部屋でしょう?」

「ああ。ここなら読書部屋としても使える。しかし、こちらは随分と念の入った隠し部屋だな」

 苦笑しながら海人が一見何もなさそうな壁に両手で触れた瞬間、シェリスの目が大きく見開かれた。
 そのまま彼が壁を押すと、押された壁が若干へこみ、壁が開いて別の部屋への入り口となった。 
 予想外の仕掛けに、ルミナスとシリルが目を丸くしている。 

「おや、こっちの方はかなり広いな」

 海人が覗き込んだ先には、かなり広大な空間が広がっていた。

 部屋の作りは小さい方の地下室と似たような物だが、広さは比較にならない。
 雑魚寝であれば百人は余裕で寝泊りできそうな広さだった。

 その広さに素直に感心している海人に、シェリスが問いかけた。

「あの……なぜこちらの隠し部屋の事がお分かりに? 
こっちの地下室と違ってここは完全に隠し部屋なので、あの見取り図には描いてないんですけど……
しかもあの壁、ピンポイントで二箇所押さないと動かないはずなのに」

「あの程度なら一目見れば分かる。扉の境目は塗装の継ぎ目に見せかけていたようだが、いささか雑。
押すべき場所は他の場所と微妙に色が違う。比較的分かりやすい仕組みだったと思うが?」

「カイトさんが異常なんです! ローラもそうですけど、いったいどんな観察力してるんですか!? 
私なんてここ買ってから一週間気付かなかったんですよ!?」

 シェリスは事も無げに語る男に思わず絶叫した。
 彼女がこの物件を買ったとき、扉の継ぎ目には気が付いたが、何をしても動かないので結局目の錯覚だと思っていたのだ。
 購入から一週間後にローラがチェックした時までは。 
 
「ですから、申し上げたでしょう。この程度の仕掛けならば一目で見破る人間は少なくないはずだと」

 微妙に自慢げな口調で胸を張っているが、シェリスだけでなくルミナスとシリルもその言葉に首をぶんぶか横に振っている。
 三人とも場所が分かっている状態で目を皿のようにして眺めれば色の違いは分かるが、一目で見破るのは不可能と断言できた。
 
「……むう、ローラ女士、私らは異常なんだろうか」

「そんな事は無いかと。
皆様の修練が足りないだけです。とはいえ、カイト様が一目で見破ったのは予想外でした。
シェリス様も私の部下も全員見破れなかった事を考えますと、素晴らしい観察力かと存じます」

「……一通り見終わった事ですし、そろそろ次の物件に行きませんか?」

 自分達の異常さに自覚の無い超人二人を眺めながら、シェリスは疲れたように肩を落とした。


















 三軒目に案内された屋敷は、第一印象としてはいたって平凡だった。
 否。正確には平凡とは言い難い。一応屋敷と呼ぶに相応しい外観はあり、そこそこ威容も感じられる。
 この屋敷が平凡だというのは、普通の人間が屋敷と言われて想像しそうな、典型的な屋敷なのだ。

 周囲には草原が広がっていて、風が心地良いが、言い換えればそれだけである。
 近くに森もなければ川もなく、少し離れたところにポツンと細長い樹が一本生えているのみ。

 屋敷の方は二軒目と広さも作りもさほど変わらない。
 強いて言えば、先程の屋敷が周囲の景観に合わせて濃い目の色の外壁だったのに対し、
この屋敷のそれは比較的明るい青みがかった白であるぐらいだ。
 
「先程までの二軒と比べると随分癖が無い屋敷だな」
 
「そうですね。ここは三年程前にある貴族が手放した屋敷で、過ごしやすさをテーマに建てられたそうです。
立地は町から極端に遠くはなく、かつ人は滅多にこないという絶妙な場所。
特に問題らしい問題もなく、前の所有者が残した物ですが家具も一通り付いています。
中古という点を差し引いてもかなりに割安な物件です」

 そう言ってシェリスはドアを開け、内部の案内を始める。
 
 素っ気無い外観や周囲の景色とは異なり、内部の装飾はそれなりに整っていた。
 備え付けてある家具などもそこそこ質の良い物で、試しに触ってみても使い勝手は悪くなさそうだった。
 寝室、客間、応接間、厨房、どれもこれも良い造りで、彼女の言うとおり住みやすそうな場所である。
 内庭も綺麗に整えられた緑豊かな庭で、見る者の目を楽しませる。
 地下室もそこそこ広く、使いやすそうな物だった。
 
 が、案内が終わった後の海人の反応は鈍かった。

「……ふーむ。良い屋敷だが、つまらんな。どれもこれもそつはないが面白味も無い」

「同感ですわね。しっかり作ってはありますけれど、何一つ遊びがありませんわ」

「あんまり遊びすぎても問題だけど、ここまで極端だとちょっとね~……」

 海人の言葉に同調するように、ルミナスとシリルもそんな評価を下す。
 実際、彼女らの言う通りこの屋敷には何一つ面白味が無い。
 無骨とか素っ気無いというのを通り越し、もはや無機質にさえ見える面白味の無さだった。

「実を言いますと、この屋敷はとある建築家の作なんですが、その建築家の最後の作品なんですよ。
元々シンプルで過ごしやすいをコンセプトに設計してらしたようですが、晩年はこんな感じで若干行き過ぎたようです。
と言っても、こういう方が好きな方も多いので、それなりに人気はあるんですけどね」

「う~ん、住んでいれば気にならなくなるかもしれんが……」

 海人はシェリスの言葉に考え込みながら、屋敷を出た。

 その途端、昼の柔らかな日差しが降り注ぎ、季節柄やや冷たい風が吹きぬけた。
 今日の天気は抜けるような晴天であるため、透き通るような青空を楽しみながらならば、やや肌寒い風はむしろ心地良いが、
周囲の草原ばかりの光景を眺めながらでは若干物悲しく感じる。

 そんな空気を感じながら海人が考えをまとめていると、シェリスが声をかけてきた。

「さて、これでとりあえず三つ全て回りましたが、ひとまずの感想はいかがですか?」

「既に言ったが、最初の山奥の物件は駄目だな。改修費用から何から考えると結果として割に合いそうにない。
次の川を背にした屋敷は川の音は若干気になるものの、特に大きな問題はなく、庭も味のある良い庭だ。
そして最後の物件は堅実と言えば堅実だが味気ない……結局消去法で一つになる。あそこは結構気に入ったしな」

「アミュリール川の屋敷ですね?」

「ああ。あの程度の問題なら気にならんし、何より庭が気に入った。あれを売ってもらえるか?」

「喜んで。めでたく商談成立ですね。ですが、正式な契約は引っ越される日に改めましょう。
そうすればその日まで使用人に定期的な清掃を行わせる口実になりますので」

「ありがとう、助かる」

「いえいえ、これもサービスの一環ですから。それと、使用人の方はどうなさいます?
私にお任せいただければ責任をもって質の良い使用人を数人手配しますが?」

「それはありがたいが、当面はいらん。
一人でもそれなりの事はできるし、しばらくはその方が都合が良い事も多いんでな」

 屋敷の広さを考えるとシェリスの提案は本当にありがたかったが、海人はあえて断った。
 創造魔法、優れた科学技術、どちらもこの世界の衆目に曝すには危険すぎる物である。
 とりあえずあの広い地下室に自分以外入れないようにする仕組みを作るまでは、一人暮らしをする必要があった。

「……分かりました。必要になったらすぐに仰ってください。
手配するにもそれなりに時間が必要ですので」

「ああ、ありがとう」

「お気になさらず。……さて、話は一段落したわけですけど、まだ正午過ぎですか。
今日はどうしましょうか」

 シェリスは懐から取り出した懐中時計を見ながらぼやいた。
 
 今日の午後の仕事が無くなった、というか放棄した分、丸一日暇になっているのだ。
 かといって、今日一日ぶらぶらと散歩しているのも時間の無駄だ。
 
 折角の休みなのだからもっと有意義に過ごしたい。彼女はそう思っていた。

「やる事ないんだったら、私らと一緒にカナールに買物行く?」

 ルミナスがそんな提案をする。
 ちなみに、この提案は彼女にとってもメリットが大きい。
 
 今日の目当ては服だが、シェリスの目利きは尋常ではないため、服の素材や職人の腕を一目で言い当ててしまう。
 物は良くてもぼったくっている店では適正価格まで値引きが可能、安い店での掘り出し物の類もすぐに見つける、
一定レベル以下なら見向きもしない、と実に頼もしいのだ。

 シェリスにしても目利きをする事は楽しく、思わぬところで知られざる名職人を知る事もあるため、
ルミナスの提案は悪い案ではない。
 
 だが、シェリスはしばし逡巡し、
 
「それもいいですが、その前に一息つきたいところなんですよね……そうだ、魔力判別所に行きませんか? 
あそこなら一式置いてありますし、ローラもいますから美味しい紅茶をご馳走できますよ」

 自身の勤め先がある方向を指差した。
 もっとも勤め先とは言っても、他の仕事で多忙な彼女が勤めているのは週に二回程度。

 しかし、その程度の頻度でしか足を運ばない場所でありながら、彼女は自慢の紅茶セットと極上の茶葉を常備している。
 そしてローラの紅茶を淹れる技量は屋敷の料理長すら上回る。  

 紅茶愛好家のルミナスは即座に反応した。

「行く! 絶対行く!」

 目を輝かせているルミナスに苦笑を向けつつ、シェリスは残りの三人を見回す。
 海人とシリルはルミナスを微笑ましげに眺め、ローラは無表情のまま軽く肩を竦めている。
 
 全員特に異論は無い事を見て取り、シェリスは満足そうに頷いた。


テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント
更新お疲れ様でした
ヒノクニ最高!

といった具合で、新しい住居が決まりましたね。
これから物語がどうなるのか楽しみです。
[2009/11/30 02:02] URL | 通りすがり #3/VKSDZ2 [ 編集 ]


思ったんですけど、引越したらしたらで、
ルミナスとシリルが移住してくるなんてオチが見えてきたんですが。
[2009/11/30 12:08] URL | DDq #5ddj7pE2 [ 編集 ]

更新待ってました
次回は和菓子食べるシーンを是非。
食べ物食べてる所凄く好きなんです。
[2009/11/30 22:12] URL | k #EBUSheBA [ 編集 ]

お疲れさまです。
更新お疲れさまでした。

居候続行ですか、残念です。
今後の展開の決め打ちな感がヒシヒシと。
[2009/12/01 04:05] URL | ミ #- [ 編集 ]

更新お疲れ様です
 和菓子には果実やその他の菓子に無い、独特な美味しさがありますよね。
 ましてや入手が困難なら購買意欲も価値もグンと上がりそう。

 読んでたら漉し餡が食べたくなってきましたw
[2009/12/01 10:54] URL | エーテルはりねずみ #mQop/nM. [ 編集 ]

目が金貨になってるルミナス・・・
       一時間踊りっぱなしなルミナスが見たいっっ
       ハッ、第一声に心からの希望という名の欲望の声が出てしまった・・・

更新お疲れ様です。Gfessです。
まずは、阿鼻叫喚なシェリス家メイド達に敬礼っっっ

今回は、海人の家探しな話。

激流な川の側の家と聞いて、私が想像したのは、ズバリ水力発電っ!
前フリに稀代の発明家とあった海人ですが、発明もなにも、発明施設がないとお話にもならない。
機械や発明機器等は海人の創造魔法でどうにかなりそうですが、日々消費する電力は創ってられませんjからね~・・・と考えていたら、聞きなれない「マイクロ水力」という言葉?
どういう意味なのか、楽しみにしてます。

あと、和菓子関連での一コマ。
>ルミナスに背後から抱きつかれ、シリルに腕を抱きしめられるという至福の状況なはずの男は、なぜか冷や汗をだらだらと流していた。
・・・
なにも悪くないはずなのに、誤る海人・・・
海人って、意外と要領いいな・・・と思ってしまった。後、イイナ・・・という欲望が・・・

では、続きの更新を待ってます。
コツコツ執筆活動を頑張ってください。

[2009/12/05 17:16] URL | Gfess #knJMDaPI [ 編集 ]


ルミナスかわいい。ルミナス、シリルが甘い物に味をしめてワガママになってきた気が...。
[2015/07/25 08:39] URL | ten #- [ 編集 ]


 一時間後、五人はとある山の中枢部にやってきていた。

中腹部 ではないですか?
[2015/11/19 11:17] URL | あき #- [ 編集 ]


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