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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄14
 シェリスが勤める魔力判別所フォレスティア支部は、非常にオンボロな建物だ。
 貴族の令嬢が勤めるどころか、まともな職員が勤めそうにも見えないほどに。

 とはいえそれでも客が通る場所だけはそれなりに補修がなされているのだが、職員用のエリアでは話が変わる。
 歩けば木の床板がギシギシと不吉な音を立て、座っていてもそこかしこから隙間風が吹きつける。
 夏場はそれほどでもないが、冬場はまさに極寒地獄である。

 そんな職員用エリアだが、唯一休憩室だけはまともな部屋である。
 ここだけは床板も比較的綺麗で、隙間風が入ってくる場所は上手くソファーなどで塞いである。
 それでも快適な空間とは言えないが、普通に過ごす分には問題は無い。

 そんな場所で、海人達はローラの淹れた紅茶を楽しみつつ、談笑をしていた。 
 海人としては男が自分一人という状況がいささか落ち着かなくはあったが、それでも十分に楽しめていた。
 話には積極的に参加できずとも、目の前に出された紅茶と茶菓子が僅かな疎外感など遥か彼方に吹き飛ばしてしまったのだ。

 
 ローラの淹れた紅茶は実に見事で、極上の茶葉に秘められた鮮烈なまでの高貴な香りが惜しげもなく引き出され、甘味、渋味、苦味、それら全てが秀逸に調和している。

 口に含めば爽やかでほのかに甘い香りが口に広がり、その味と相まって脳に至福を伝える。
 横に置かれた茶菓子との相性も良く、それを口に含んでから紅茶を飲むと、両者の味が絡まり合ってまた別種の快楽が生まれる。
 そして最後に紅茶を飲み下すと、優雅な香りとなんとも言えない爽快感が残る。

 さらにそれらの味をさらに引き立てているのがティーセット。
 彩り鮮やかな薔薇が描かれたそれは、それ単独でも素晴らしいが、紅茶を注いで初めてその真価を発揮する。
 注がれた紅茶の色と茶器のコントラストは飲むのが躊躇われるほどに美しく、それがより一層紅茶の味を引き立てるのだ。

 全てが極上であり、それらを高い次元で調和させたからこそ実現しえる、至高のティータイムであった。

「素晴らしいな。さすがにこれほど美味い紅茶を飲んだ経験は無い」

「お褒めに与り光栄です」

 海人の手放しの賛辞にローラは恭しく一礼し、無くなりそうであった海人のカップに紅茶を注ぎ直した。

 それを合図に再び他愛も無い雑談が始まるが、当然ながら紅茶は無限にあるわけではなく、
この後は買物に行く予定なので、あまり長居も出来ない。
 二回目に淹れたポットが底を尽いた時にカナールに向かおう、と誰とも無く話が持ち上がった。  

 そして名残惜しげに全員が紅茶を飲み干し、片づけを終えて休憩室を出た直後、

「ほげぶあぁぁぁぁぁっ!?」

 聞きなれない絶叫が響くと同時に、近くの壁が爆発した。
 否。正確には爆発ではない。壁に超高速で何かが激突したのだ。
 そのあまりの威力に老朽化している壁が一瞬で吹き飛び、爆発したかのように見えたのである。

 誰もが何が起こったのか分かっていない中、ローラが淡々と呟いた。
 
「オーガスト老。シェリス様に狼藉を働くなと何度言わせるおつもりです?」

「あ、足があまり上がらんかったから下着も見えんかった……蹴られ損じゃ……
というか、軽いスキンシップだというのに普通ここまでするかのう?」

 瓦礫と化した壁の中から、一人の老人が現れた。 

 彼の髪は白く、顔に刻まれた皺も深いが、肌に張りがあり、その目には老いを感じさせない活力が宿っている。
 髭もきっちりと整えられ、その老いを感じさせぬ精悍な顔を引き立てている。
 体の方も小柄ではあるが筋骨隆々としており、それだけを見れば三十代でも通用しそうである。

 まさに歴戦の老戦士といった風情の人物だった。

「老い先短い老人の冥土の土産に見せて差し上げるほど、私の下着は安くありません。
そして貴族の女性の尻を撫でようなど、世が世なら問答無用で斬首刑です。
むしろ蹴り一つで済んだ事を感謝するべきかと」

 苦情に対し、老人にミドルキックを叩き込んだ美女は淡々と答えた。
 ちなみに彼女のキックは、かつて鎧を纏った盗賊の胴体を引きちぎった事があったりする。
 
「いや、今はその時代から数百年経っとるんじゃが」

「いえいえ、いつの時代も不埒な男は裁判無用の死刑で問題ありませんよ、局長。
ましてそれが仕事をサボって王都の娼館で三十人抜きに挑戦しに行っていた者ならば尚の事」

「シェ、シェリス嬢ちゃん、何でそんなに怒っとるんじゃ!? というかこのままじゃとわし死ぬ!?」

 笑顔を浮かべつつも目が笑っていないシェリスに慄きながら、老人はジタバタと足を動かす。
 いつの間にか彼の体はシェリスに首を鷲掴まれ、宙吊りになっていた。 

「怒ってはいませんよ? 誰かさんが仕事をサボってる間にエルガルドの侵略行為があった事はある意味不可抗力ですし。
局長がおられればもう少し楽に片をつけられたとは思いますが、終わってしまった事をどうこう言っても仕方ありませんしね。
ですが、長期間仕事をサボっていたトップにはそれなりの制裁が必要でしょう?」

 笑顔のまま、シェリスは老人の首を締め上げる。
 鍛え抜かれた極太の首に、彼女の華奢な指が見る見るうちにめり込んでいく。
 あからさまに殺意十分な御令嬢を眺めながら、海人は誰にともなく呟いた。

「……放っておいて良いのだろうか」

「良いのよ。むしろ可能なら今この場で息の根止めておくべきね。あのエロ爺は本気で懲りないから」

 冷や汗を垂らしている海人に、ルミナスは軽く肩を竦めた。
 
 この老人はルミナスがここに来るたび、ある時は尻、ある時は胸と毎回気軽にセクハラをかまそうとしてくるのである。
 無論触れる事を許した事など一度もなく、その度に拳で撃沈しているが、それでも懲りないのである。
 
 どう考えても今更シェリスに易々と絞殺されるような老人ではない。

「同感ですわね。いつあの手がこちらに伸びてくるかと思うと、気が気じゃありませんわ」

「待てい! シリル嬢ちゃん、今の言葉は聞き捨てならんぞ!」

 シリルの言葉に反応し、老人は完璧に首吊り状態であるにもかかわらず、部屋中に響き渡るほどの大声を上げた。
 感情の高ぶりによるものか単に首が圧迫されて鬱血しているだけかは不明だが、
彼は顔を真っ赤にしてシリルにビシッと指を突きつけている。

「何がですの?」

「このオーガスト・フランベル! まかり間違っても女性未満の体に欲情などせぬわ!
まったく、シェリス嬢ちゃんでさえ胸は全く魅力を感じんというのに、
どこから見てもつるぺったんなシリル嬢ちゃんに手を伸ばすはずがなかろうが!」

 老人――オーガストは宙吊り状態のまま胸を張り、雄々しくも聞こえる咆哮を放つ。
 そして最後にシェリスのとある部分とシリルの体を見ながら、やれやれ、と思いっきり肩を竦めた。

「……シリルさん、手伝っていただけますか?」

「言われるまでもありませんわ」

 不吉な笑顔で微笑み合い、胸の隆起が寂しい貴族の御令嬢と外見的には発育前な傭兵は、
こめかみに井桁を浮かび上がらせつつ、不届きな老人の処刑を開始した。

「ぎょえええええええええっ!?」










 十分後、不届きな老人は全身を真紅に染めて倒れ伏していた。
 一方でその惨状を作り出した二人はやたらと晴々とした顔で汗を拭っている。
 顔だけを見れば運動後の女神達という題名の芸術品にでもできそうなものだが、
その爽やかさを打ち消すかのように、両者の手から赤い液体が滴っている。

 あまりにも容赦の無い処刑を目の当たりにした海人は、恐る恐るシェリスに訊ねた。

「あ~……その、あの御老人は一体なんなんだ?」

「この判別所の局長ですよ。御心配なく、残念ながらこの程度で息の根を止められるような方ではないので」

「……大した物だな。おそらく私が同じ目に合わされたら百回は死ねるぞ」

 シェリスの指差す先にある老人の体を見て、海人は感嘆の息を漏らした。

 相変わらず惨殺死体のような有様だが、どういうわけかすでに呼吸が寝息の如く穏やかになっている。 
 改めて見れば、全身を赤に染めている液体も既に乾燥している事も分かった。
 見た目は凄惨だが、どうやら命にはまるで別状が無いらしい。

「昔はこの国最強の冒険者だったらしいからね。
ああ見えて、今でもそこらの冒険者程度じゃ比較にもならない実力者よ」

 血達磨で転がっている老人を指差しながら、ルミナスは嘆息した。

 《大いなる孤狼》オーガスト・フランベルと言えばこの国の冒険者ならば誰もが知り、畏敬の念を抱くほどの人物だ。 

 現役時代に仕留めた上位ドラゴンの数は実に十体。とある病の特効薬の原料となる水が沸く泉を発見したのも彼だ。
 他にも数多の盗賊団を壊滅させたり、依頼で目的の品が重なった国の軍隊と一戦交えて全滅させたという逸話もある。
 しかも、現役時代の彼はフリーの一匹狼。己の力のみでそれだけの事を成し遂げたのである。

 今でこそ現役を退き、こんなオンボロの魔力判別所の局長になっているとはいえ、業績が消えるわけでは無い。
 若い冒険者達の中には彼に一目会ってみたいとわざわざこの判別所を探して訪れる者もいる程だ。

 が、その実態はエロ老人。
 一応は一流の戦士と言って差し支えないシェリスの背後を取れるだけの力を、セクハラ以外には用いないのだ。
 ルミナスでなくとも、その実力をもっとマシな方に使えないのか、と思わずにはいられないだろう。

「ほっほ、まだまだ若い者には負けんよ」

 何事もなかったかのように、オーガストがムクリと起き上がる。
 起きるついでに彼はポケットから小さなタオルを取り出して、水の魔法で湿らせた。
 それで肌にへばりついた乾いた血を拭き取ると、浅黒い健康的な肌が現れる。
 裂傷も打撲も一切なく、文字通り何事もなかったかのような体であった。
 
 肉体強化の効用を考慮に入れても十二分に人間離れした回復力に、海人は思わず拍手を送った。
 
「素晴らしい回復力です……っと、失礼。自己紹介がまだでしたな」

 海人が会釈しつつ名乗ると、オーガストは嬉しそうに目を細めた。

「お若いのに礼儀正しいのう。わしはオーガスト・フランベル。
さっきシェリス嬢ちゃんが言っとったように、この判別所の局長をやっておる」

「頻繁に仕事をサボる人間がトップというのはどうかと思いますけどね」

「どうせ仕事は少ないし、わしがおらん方がシェリス嬢ちゃんの顔繋ぎにはちょうど良かろう?」

 シェリスからさらりと放たれた毒舌に、オーガストは老獪な笑顔で答えた。

 実のところ、シェリスのような大貴族の令嬢がこのオンボロな魔力判別所に勤めている理由は、オーガストの存在にある。
 より正確に言うと、彼のネームバリューに惹かれてやってくる若手の冒険者達だ。
 
 シェリスはその中からこれは、と目をつけた相手に顔を繋ぎ、それとなく援助を行って恩を売っている。
 その恩は金という形で返されずとも、別の有望な冒険者を紹介させたり、
はたまた冒険に行った際に得た有用な情報を一早く手に入れられるというメリットも見込める。 
 彼女は同じ事を何年も続け、既に広大な人脈を構成してはいるが、どこにどんな人材が転がっているかなど分からない。
 そのため、昔に比べれば頻度は減らしているものの、ここへの勤務をやめてはいないのだ。
 
 実際、そのおかげで冒険者ではないが、海人というある種究極とも言える人間との関係が構築できた。
 
 だが、そんな極上の幸運の事などおくびにも出さず、シェリスは自分の上司を睨みつける。 

「否定はしませんが、サボる理由が娼館に行くためというのが一番の問題です」

「だって、いつもそうやって注意されるから娼婦を判別所に呼んだら、シェリス嬢ちゃん完全にぶちきれたじゃろ?」

「当たり前です! 大体女性をとっかえひっかえなんて下劣極まりないです!」

「ふぉっふぉっふぉ、男は良い女を数多く抱く事で己を磨くものじゃ。
それが分からんあたり、まだまだお嬢ちゃんじゃの。そんな狭い視野じゃから乳も小さいのじゃぞ?」

 ぶちり、とシェリスの中で何かが引き千切られる音がした。
 
 それと同時に彼女の脳裏に複雑な上位魔法術式が浮かび上がる。
 その属性は火。そこらの兵士など灰も残さぬ業火を発生させる焼殺魔法術式。
 いかな不死身に近いオーガストといえど、これの直撃を受ければ高確率で死に至る。
 
 が、術式に魔力を流し込もうとした所で、

「やれやれ。オーガスト老、胸の大小など女性の魅力の中では小さな物でしょう。
その年で大きな胸にしか関心がいかないとは……人生の半分を捨てているような物です。
あまりに哀れで涙すら出てきそうですな」

 予想外な海人の発言に派手にずっこけ、術式が霧散した。
 
「ほう、言うではないか若造。齢三歳でスカート捲りに開眼し、十代では覗き道を邁進し、
二十代では女漁りに明け暮れ、三十代で女殺しと呼ばれたこのわしに意見しようというのか?」

 傲慢なまでの自信を窺わせる口調で、オーガストは海人を見上げる。
 が、海人はそれ以上の尊大な態度でもって言葉を返した。

「ほほう。大した自信だ。ならば何ゆえ女性の胸は大きい方が良いのか、御教授願いたいですな」

「ふ、よいかお若いの。女性の魅力というのは乳にありじゃ。
全ての男は最終的に母性の象徴たる乳房に惹かれる。
つまり乳が大きいほど男にとって魅力的な女性だということじゃ。
薄い胸など魅力無き女性の象徴と言ってもよい。
いちいち説明せねば分からんとは……まだまだ男としての修行が足りんな」

 オーガストは海人を小馬鹿にするかのように笑う。
 己の持論に余程の自信があるらしく、その笑みは不敵さに溢れている。
 
 が、その背後では魅力が無いと断言されたシェリスとシリルが軽く肩を鳴らしている。
 その体から立ち上っている魔力量と据わった目つきを見る限り、完全に理性がぶっ飛んでいるようだ。
 持論の正否はどうあれ、それがオーガストの寿命を縮める事だけは間違いなさそうである。

「ふん……それはこちらのセリフだ。やはり貴方は無駄に年月を重ねただけのようだな」

「何じゃと!?」

「確かに全ての男は最終的に女性の乳房に惹かれるかもしれん。
だが大きければ大きいほど魅力的などというのは、性に目覚めたての若造でしかない!
女性らしい肉体の柔らかささえあれば、胸の大小など大きな問題ではない。
小さい胸には小さい胸の、大きい胸には大きい胸の美点があるのみ。
真に求めるべきは総合的なボディラインの美しさ! 胸の大小などその後に来る個人の好みにすぎん!!」  

「むっ……!?」

 海人の言葉にオーガストはカッと目を見開き、気圧されたかのように後退った。

 そのやりとりを見てシェリスとシリルが若干落ち着きを取り戻し、戦闘態勢を解く。
 そして怒りを押し殺すかのようにゆっくりと深呼吸を始めた。
 素手で殺しては手が穢れる、と恐ろしい言葉を心で何度も唱えながら次第に落ち着き始めていたが、
   
「……な、何を言うか若造が! ならば貴様は平坦な胸でも微かな柔らかさがあれば欲情できると抜かすか!?
欲情できぬ肉体の持ち主が魅力的なはずがなかろうがっ!!」

 苦し紛れに放たれたオーガストの言葉に、彼女らは黙って先程飛び散った瓦礫の破片を拾い上げた。
 たかが瓦礫と言うなかれ。物の強度はたかが知れていても、彼女らの腕力は魔力で強化され、
無詠唱で風の加速魔法術式も起動している。
 そのまま投擲すれば、並の兵士など防具もろとも粉砕する必殺の砲弾と化す。

 が、それが放たれる前に、海人がオーガストを救った。

「笑止! 魅力とは性欲を刺激する物だけにあらず! その本意は他者を惹きつける力!
さあ、目を凝らしてシェリス嬢とシリル嬢を観察してみるがいい!!
どちらも胸こそ大きくはないが顔立ちの美しさも、体形の総合バランスにおいても素晴らしく均整が取れている!
ある種の芸術とも言える彼女らよりも、吐いて捨てるほどいる胸が大きいだけの女性が魅力的だとでも言うのか!?」

 オーガストが振り向いて二人を見ると、彼女らは若干頬を染めながらそっぽを向いていた。
 二人の手の中では思わず握り潰して砂へと変えてしまった瓦礫があるが、その事にはオーガストは気づいていない。
 そのため、生きた美術品とも呼ぶべき二人の可憐な容姿と男の保護欲をこの上なくそそる表情しか視界に入らなかった。

 今まで彼が信じてきた女性の魅力とはまた別種。
 それどころか性質は正反対とさえ言える。
 だが、確かに魅力の極みに近いそれを目にして、オーガストは崩れ落ちた。

「そ、そうか、そうじゃな……お主の言う通りじゃ。
ふっ、この年になって若い者に諭されるとはな」

「人生死ぬまで勉強だ。今回はたまたま私があなたを諭しただけだ。
今度は私があなたに諭されるかもしれん」

「そうじゃな……よし! これに懲りずこれからもエロの道を極めるぞ!
手始めに小さな胸の良さをより深く学……」

 そう言って好色な笑みを浮かべたオーガストがシェリスに向き直った瞬間、彼女のハイキックが彼の脳髄を揺らした。
 猛烈な衝撃に体が傾いたところで、ルミナスが逆方向から拳を打ち込み、シリルが股間を蹴り上げた。
 仕上げにローラが股間を押さえて悶え苦しむ彼の延髄に無言で踵を叩き込み、完全に意識を断つ。
 
 アイコンタクトすらしていないというのに、実に見事な連携であった。

「無惨だな。しかし……流石に死んだんじゃないか?」

「この程度で死ぬなら苦労は無いわね。にしても、あんた随分熱弁振るってたけど、実は結構女好きなの?
怒らないからお姉さんに教えてみなさい」

 うりうり、とルミナスは海人の頭をヘッドロックしながら問いかけた。
 オーガストへの対応とは随分異なり、締め付けも口調も優しい。

 どのくらい優しいかというと――脇で見ているシリルが海人を射殺しそうな視線で睨みつけているほどである。

「これでも一応男だからな。美しい女性が嫌いなはずは無い。
が、今回はどちらかと言うと美的感覚の問題だな。
胸が大きい女性ならばそれで良いなど、美意識が無いとしか思えん」

 答えながら、海人はさり気なくルミナスの腕から逃がれた。
 殺意溢れる笑顔で瓦礫をお手玉し始めたシリルがよほど怖かったようだ。
 
「そうそう、大きければ良いというものではありません。
美術品の彫刻にしても胸が極端に大きな女性をかたどった物は少ないですし。
むしろ美という観点から見れば程々の大きさが良いのです」

 うんうん、とシェリスは噛締めるように頷くが、彼女の胸は程々と言うにもいささか足りない。
 が、命が惜しい海人はその思考を口に出さず、受け流した。

「ま、そこは個人の好みだろうが……いずれにしてもオーガスト老はあれだな、
実際はどうだか知らんが美人局に簡単に引っかかりそうなタイプだ」

「御名答です。オーガスト老は若い頃に幾度となく美人局に引っかかり、
それを返り討ちにしている間にいくつかの町から美人局という犯罪を消し去ったという武勇伝がございます。
なんでも全裸で数十人のならず者を叩きのめした事もあるとか」

 海人の何気ない呟きに、ローラが律儀に答えた。
 まさか返ってくるとは思わなかった答え、しかも予想の斜め上を行くそれに、海人の言葉が一瞬止まる。

「……それで懲りとらんというのは本気で大した物だな……で、これからどうする。
行くにしてもオーガスト老を医務室にでも放り込んでから行った方がいいんじゃないか?」

「いえ、放っておきましょう。どうせその程度のダメージならば十分ほどで目を覚ましますから」

 シェリスは白目を剥いて昏倒している自分の上司に一瞥もくれず、歩き始めた。














 
 海人達がカナールに着くと、町は非常に賑やかだった。
 荷を積んだ馬車や旅人が次々に門を行き来し、遠くの方では店の呼び込みの声が聞こえる。
 さらには菓子をねだる子供の声、それを即座に却下する母親の声。
 どれもこれも少し前に壊滅の危機に晒された町とは思えない、活気に満ち溢れた物だった。 

「さってと……そんじゃ、私らは自分の服見に行くけど……カイトはどうする?」

「特に用事は無いからな。そこらで適当に待っている事にするさ。
私の事は気にせず、じっくりと楽しんできてくれ。
幸い屋台は多いから、食べ歩きでもしていれば時間は潰せるだろうからな」

「悪いわね。そんじゃ、四時間後ぐらいにこの広場で待合わせって事で。後で味の感想聞かせてね~」

 手を振って人込みへと消えていくルミナス達を見送りながら、海人は彼女らと逆方向に歩き始めた。
 時間的に小腹が空いている人間が多いのか、何かしら食べながら歩いている人間が多い。
 木の串に刺した肉と野菜を食べながら歩く冒険者、生クリームたっぷりの甘そうなクレープを頬張っている女性、
大きな緑色の飴を舐めながら歩いている子供もいる。

 そんな光景を眺めながら、海人は数日前にこの町の長老の一人から教わったお勧めの屋台を回り始めた。
 海人は味見を主軸に置き、量を少なめに頼む事にした。
 その甲斐あってか、数十分もしない内に彼は教えられた屋台の半分近くを制覇していた。 
 
 流石に町の管理者の一人の御推薦なだけあって、どの屋台も個性豊かで美味しい。 
 さほど食事にこだわりが無い海人も、嬉しそうな表情で料理を頬張っていた。

「ふむ、これは白身魚の淡白な味とバター系と思わしきソースが良く合っている。
こちらの肉は……若干香辛料が効きすぎているが、噛めば噛むほど味が出る。それに歯応えもあるから満腹感も得やすい。
なるほどなるほど、お勧めの屋台というのも頷けるというものだが……流石に苦しくなってきたな」
 
 海人は自分の腹を軽く撫でながら、そんな事を呟いた。 

 量は少ないとはいえ、種類は多い。元々大食漢というわけでは無い彼は、次第に腹が苦しくなり始めた。
 あまりの味の質に夕飯の事を失念していた海人は、自分の迂闊さに小さく舌打ちをした。

「しくじったな……時間はまだまだあるだろうし、散歩でどうにか消化するか」  

 そう呟くと、腹ごなしがてら今度は町を足の向くまま散歩し始めた。
 とりあえずは満腹なので食べ物系の店が多い場所を避けていたら、主にアクセサリー系の店が集まっている場所にいた。
 雑な作り、丁寧な作り、精緻極まりない細工、まさに玉石混交の場所を歩いていると、
他に比べてやや人通りが少ない区画に入った。 

 立地の問題なのか店の質の問題なのかは不明だが、この近辺は他と比べて人が少なかった。
 とはいえ、一応賑やかではあり、閑散としているというよりはピークが過ぎたというような印象である。
 
 が、そこそこ賑わっている屋台の中で唯一、まったく人が寄り付いていない箇所があった。
 この店は肉屋らしく《高級食材フレイムリザードの肉、各種部位販売》と看板がかかっている。
 それを目にしてふと屋台の背後にあるリヤカーを見ると、掛けられた布の隙間から大量の肉が覗いている。
 どうやら人が寄り付いていないのは今に始まった話ではなさそうだ。 

 が、それも無理は無い。陳列されている肉はどれも各々の部位名と値段を書いた立て札の横にぞんざいに置かれているだけ。
 しかも、周囲を見る限りではこの店は呼び込みすらしていないようだ。
 店の人間と分かる者はただ一人。暗くて顔はよく見えないが、獣人族のハーフと思しき大柄な男が屋台の奥でデンと構えて据わっている。

 ある意味潔いとも言えるその店を見て、海人は屋台の中を覗きこむ。
 すると、陰気でやる気のなさそうな屋台とは裏腹に、威勢の良い声が掛かった。

「へい、らっしゃい! ……って、カイトかよ」

「ゲイツか。冒険者の仕事はどうしたんだ?」

 自分の顔を見た途端落胆した店主――ゲイツ・クルーガーに苦笑いを返しつつ、海人は訊ねた。 

「いや、仕事がねえんだよ。で、この間狩ったフレイムリザードの肉を売って稼ごうってわけだ。
依頼されたのは頭部だけで、肉は好きにしていいって契約だったんでな」

「ん? 仕事が無いはずは無いだろう。この間の一件があったんだから、むしろ仕事は余ってるはずじゃないのか?」

 海人はゲイツの言葉に困惑した。
 先日のエルガルドの襲撃の際この町にいた冒険者の多くがかの国に雇われ、最終的に皆殺しになっている。
 そのためにこの町の冒険者の数は大幅に減っているはずで、仕事が無いというのは考えにくかった。

「ああ、安い仕事はな。が、安い仕事ってのは簡単だが一週間以上かかる物が多いんだ。
そっちを受けてる間に高い仕事が来て、他の冒険者に掻っ攫われる事も珍しくねえ。
仕方ねえから大口が来るまではこの町で待機ってわけだ」

「大変だな。だが、そんなに大口の仕事が欲しいのなら、王都にでも行ってはどうだ?
都市が大きい分、大口の依頼も多かろう」

「あー、そりゃ駄目なんだ。王都の方とか特に大きな都市ってのは、そこを根城にしてる冒険者パーティーが優先的に仕事を回されるから、他所者には大口の仕事は滅多に来ねえんだよ。
率で考えりゃ、俺がこの町で大口の仕事取れる可能性は王都の十倍以上だぞ?」

「そうなのか。ま、信用の側面などで考えれば仕方ないな。
しかし……本職で無いとはいえ、あまりにも閑散としてないか?」

 海人はまったく人の寄り付く気配の無い屋台を見渡しながら、慎重に言葉を選ぶ。
 考えに考え抜いた末にこの屋台の状態ならば、あまり酷い事を言うのは憚られたのだ。

「ああ、朝からずーっと店開いてるんだけど、ちっとも客が来ねえんだ。
実は家にもまだ大量の肉が残ってるから、売れねえと困るんだよ。
物はここ二週間塩漬けにしといたフレイムリザードの肉だから、良いと思うんだけどなあ……」

「……それなら塩漬け肉と明記しなければ駄目だろう」

「おいおい、フレイムリザードの肉ってのは一週間以上塩漬けにしないと硬くて全然食えねえんだぞ?
わざわざ書く意味無いだろうが」

 何を馬鹿な事を、と言わんばかりのゲイツに、海人の表情が引き攣った。
 おそらくゲイツからすれば、売る以上は万全の状態で販売するのが当然という認識なのだろう。
 その点は素直に評価しても良い。

 が、あの看板の書き方では、既に塩漬けにされた状態で販売されているとは捉えにくい。
 むしろ、肉は売るが塩漬けは自分でやってくれと捉える者の方が多いはずだ。 

 商売の基本以前に、ゲイツは深く考える事に慣れていないと悟り、海人は彼に協力する事にした。
 彼自身も客商売は生涯初だが、今の状態よりはマシに出来る。
 そう判断し、まずは売り物に関しての情報を集め始めた。
  
「ちなみに、この肉はどうするのが一番美味いんだ?」

「調理法としちゃ色々あるが、ほとんどの部位はステーキが一番美味いな。
すねの部分はステーキじゃ硬いが、シチューにすれば絶品だし、細切れにして野菜スープに放り込んでも美味い。
しかもすぐに良い出汁が出るから、野菜スープだと短時間で出来るんだ」

「……念の為に聞くが、血抜きなどの処理は?」

「おいおい、これでも料理屋の息子でプロの冒険者だぜ? 抜かりがあるはずねえだろ」

 胸を張り、自信満々といった風にゲイツは笑った。
 が、その明け透けな笑いは、それだけ良い品が何故売れないか、という所に頭が回っていない証明でもある。 
 
「…………良く分かった。ちょっと待っていろ」

 海人は頭を抱えながら、ちょうど客がいなくなった近くのクレープの屋台へと向かった。
 そこでクレープを買い、しばしその店の店主と思われる若い女性と何やら会話をした後、ゲイツの所へ戻ってきた。

「何やってたんだ?」

「この辺りの屋台の商取引のルールを確認してきた。値引きの制限から何から一通りな。
店を繁盛させるよう協力するから、今からしばらく私の指示に従ってくれ」

 海人は面倒臭そうに答えながら白衣を脱ぎ、まずはゲイツに屋台の中を光の魔法で明るく照らすよう指示を出した。















 買物を終えたルミナスは数着の洋服を放り込んだ布袋を抱えながら、満面の笑みを浮かべていた。
 彼女はシェリスの目利きと交渉によって、上質な生地を使った仕立ての良い服を割安で購入している。
 スキップしそうなほどに浮かれるのも無理は無い。

「ん~、大漁大漁♪ やっぱシェリスと来ると買物が凄い楽しくなるわね~」

「お役に立てたようで何よりです……あら、あの人だかりは一体?」

 前方の屋台に一際大きな人だかりを発見し、シェリスは困惑した。
 この町では屋台を含めた全ての店舗の配置が町に管理されているが、この近辺の屋台は不定期出店の屋台。
 主に別の町からやって来た商人や不定期でしか仕入れられない稀少品を扱う者達のための区画だ。
 店の並びが安定しない分、時折目を疑うような掘り出し物がある時も多い。 
 
 が、彼女の知る限り、未だかつてここまで繁盛していた屋台は無い。
 別の町から来た商人は、店がある程度繁盛すればもっと人通りの多い区画への移動許可が得られるし、
不定期の店は物品の少なさゆえに繁盛すると呼べるまで店を開いている事が無いためだ。
 
 シェリスはどんな屋台なのだろう、と軽く背伸びをして人だかりの中心を見ようとするが、何の店なのかすら分からない。
 町中では少しマナー違反ではあるが、飛翔魔法を使うか、と考え始めた矢先、
 
「今の肉で今日は売り切れです! 大変申し訳ありませんが、今日は店仕舞になりま~す!」

 どこかで聞いたような声が聞こえてきた。
 ルミナス達もシェリスと同じ事を感じたのか、首を傾げている。

 実を言えば彼女らの聴覚は該当人物は一人しかいないと叫んでいる。
 が、その人物がこんな愛想の良い声を出すはずが無い、と脳が聴覚の訴えを否定しているのだ。  

 その頭の混乱を一刻も早く収めるために飛翔魔法で僅かに浮いた瞬間、最後尾に並んでいたらしい女性が不満の声を上げた。

「ええ~!? 二十分以上も待ってたのにぃ~~~!」

「こちらの手落ちで、大変申し訳ありません。お詫びに、今御並びの方にはこの割符を配布させていただきます。
これを明日お持ちのお客様には一割引で販売させていただきますので」

 声の主は数字の描かれた割符の片割れを並んでいた客に配布しながら、頭を下げて回っている。
 それを見てルミナス達は確信する。頭を下げているため顔は見えないが、声が似ているだけだと。
 トレードマークの白衣を着ていないし、どう考えてもああもペコペコと頭を下げる類の人間ではない。

「うわおっ! 話せるねぇ~、お兄さん! それじゃ、明日も来るから肉たっぷり用意しといてよ!」

「はい! また明日お待ちしてま~す!」

 愛想の良い声で去っていく客達を送ると、その男は屋台の中へと入っていった。
 それと同時に、今度はより聞き慣れた野太い声が聞こえてくる。 

「おおおおおおおおおっ!? まさか持って来た肉全部売れるなんて! お前天才か!?」

 感激しているらしいその声には明白に聞き覚えがあったため、ルミナス達は一声かけようと屋台に近寄ろうとした。
 が、次の瞬間その足が凍りつく事になる。

「お前の売り方が悪すぎたんだ。ったく、呼び込みもしない、陳列は劣悪、屋台は暗い、おまけに試食も無し。
どこまでやる気がなかったんだか」

 もう一人の男の口調が客に対していた時とはガラリと変わり、なんとも尊大なものに変わった。
 ここしばらくで聞き慣れた口調を耳にして、ルミナス達の意識が一瞬遠のく。
 まさか、と思いつつ屋台に接近して中を覗くと、見慣れた男が白衣を着ながら、これまた見知った顔に説教をしていた。

「す、すまん……つーか報酬は本当に尾肉一塊でいいのか?
家に肉はたっぷりあるんだから、もっと請求しても良いんだぞ?」

「これで十分だ。元々強引に手伝ったようなものだしな……ん? どうした、みんな」

 自分の顔を見て派手にすっ転んでいる女性陣を見て、海人は首を傾げた。
 ローラだけは平然と立っているように見えるが、よく見れば彼女も目の焦点が合っていない。

「何やってんのよあんたは!?」

「何と言われても……肉の販売の手伝いだが?」

「いつから商人に転職したんですか貴方は!?」

「いや、シェリス嬢にとっては元々商人みたいなものでは?」

「へ……? あ、たしかに。って、そうじゃなく! 
私達と別行動したほんの三時間程度でどうやってこんな大繁盛店作ったんですか!?」

 海人の冷静な言葉にシェリスはポンと手を打つが、肝心な所はそこでは無い事に気付き、詰め寄った。

 三時間。そう、この屋台が繁盛に至ったのは長く見てもたった三時間ほどの間の出来事なのだ。
 競争が厳しいこの町の屋台は、それなりに繁盛させるだけでも通常数週間はかかる。
 三時間で大繁盛など明らかに常軌を逸していた。

「どうやってと言われてもな。強いて言えば値段が相場より若干安い程度だ。後は本当に普通の経営努力しかしとらん」

「それで繁盛するんだったら誰も苦労しません! さあ、一体何をやったんですか!?」
 
 平然と答える海人にシェリスは猛然と詰め寄った。
 勢い余ってほとんど密着寸前だが、彼女はその事すら気に留まらなかった。

 たしかにフレイムリザードの肉は珍重かつ美味な高級食材だし、商札の値段を見る限りそれなりに安く販売している。
 だが、その程度であそこまで繁盛させられるほど商売は甘くない。
 そこらの町の競争など比較にもならない厳しさのこの町であれば尚更だ。

 自覚していないだけで、何らかの画期的な工夫をしているはず。
 そう考え、シェリスは血走った目で海人の顔を睨み上げた。

「いや、本当に大した事はしとらんぞ。客の積極的な呼び込み、綺麗で見やすく人目を引く陳列、
後は調理法の解説とそれを使った試食だ」

 さらりと語るが、海人の呼び込み法は人間心理を活用した、9割以上の人間が悪感情を抱かず無視は出来なくなるという物。
 陳列法も見た者の購買意欲を普通に羅列した時と比較して最大十倍程度まで高めるという、もはや催眠術にすら等しい物。

 どちらも彼が昔開発した手法であり、彼の世界の商業に革命をもたらしたシロモノである。
 どう考えても普通の経営努力とはかけ離れているのだが、海人がこの手法を開発してから実に十年が経過している。
 元の世界の商品陳列のスタンダードになって久しいため、彼はすっかりその手法の特別性を忘れ去っていた。
 しかも、性質の悪い事にこの手法は商品の色や大きさなどを元に陳列していくため、それと知らなければ良い陳列ぐらいにしか思えない。

 それゆえに、シェリスは海人の言動に不自然さを感じる事も出来ず、陳列法の異常性にも気付かなかった。
 となれば彼の言葉で引っかかる内容など一つしかなく、

「試食?」

「ああ。各部位の肉を一塊ずつ細切れにして試食用のステーキにした。
すね肉だけは野菜を買ってきて野菜スープにしたがな」

「高級食材を実際に調理しての試食ですか。人を集めるには良いでしょうけど……スープは残ってますか?」

「ああ、少量だがな。ほれ」

「……なかなか良いお味ですね。これが即席で作った物とは……なるほど、これも一因ですか」

 海人から手渡されたスープを一口啜り、シェリスは軽く頷いた。
 極上のスープを飲み慣れている彼女ですら、それなりに満足できる味。
 それをごく短時間で作れるというのなら、子育てや仕事などで忙しい人間には魅力的だ。
 少なくとも売れる要因の一つにはなる。

「ああ、一番早く売り切れたのがすね肉だ。やはり手軽さは重要だという事だな」
 
「それに値段も一番安いですしね。しかし、これを加えても弱い……う~ん、カイトさんは素人なんですか?」

「自慢ではないが接客業は生まれて初めてだ」

「いや、絶対嘘だろ。お前が呼び込み始めた途端に客入ったし」

「実践した事はなかったが、一応どういう手順を踏めばいいかは知識としては知っていたからな。
とはいえ、最初の女性が運良く話に乗ってくれたうえに、友人まで呼んでくれたからな。幸運に助けられた面が大きい」

「そういやそうだな。皆ノリが良かったから料理の話も盛り上がったし。
それから次第に客が増え始めたんだったっけ」

「……なるほど、そういう事ですか」

 シェリスは二人の顔を見て嘆息し、ようやく繁盛の理由に納得がいった。

 自覚は薄いようだが、海人は紛れもなく美形である。声をかけられて喜ばない女性は少ないと確信できるほどに。
 しかも、荒っぽい職業の男が多いこの町では数少ない知的な顔立ちの男なので、物珍しさも加わる。
 
 そしてゲイツ。野性的な強面で美形とまではいかないが、顔は比較的整っている。
 さらに彼は怖そうな顔立ちとは裏腹に、非常に愛想が良く、話していれば人好きのする男だ。
 会話を盛り上げるのも上手い。
 
 性質の違う良い男が二人組んでいれば女性客の興味を引くには十分。
 それを引き止めるために会話を盛り上げる能力に関しても問題は無い。
 
 そして、ある程度人が集まり、楽しそうに盛り上がっていれば自然と視線がそちらを向くのが人間だ。
 視線が集まり、試食で味を知ってもらえば、物は良質で値段も割安。
 贅沢だとは思っていても、この程度の価格なら奮発する人間は少なくない。
 
 ならば一度誰かが買い始めれば、後は雪崩式。
 売り切れへの危惧、その場の勢い、割安感、他者への同調、様々な要因で我先にと買う者が増える。 
 たしかに幸運に助けられた側面も大きかろうが、海人とゲイツの元々の素養あっての事である事は間違いない。

 にもかかわらず、それをまるで自覚していないらしい二人に、シェリスは思いっきり肩を落とした。
 それですら真実からは遠いという事を知る由もなく。

 そんな彼女に構う事無く、ゲイツと海人は会話を進めていた。

「ま、最大の理由はゲイツの用意していた肉が良かったからだろう。いやはや、あの程度で大繁盛するのだから、
フレイムリザードの肉の味は実に素晴らしいとしか言いようが無い」

「おいおい、そこは漬けた俺の腕も褒めてくれよ。
下手な奴だったら塩がきつくなり過ぎるか、肉が柔らかくなる前に腐るかなんだぞ」

「そうか。ならばお前の技術も良かったんだな。
いずれにせよ今日の繁盛で基礎は作ったから、これで明日からはお前一人でも売れるようになるだろ」

「待て! 俺一人じゃ絶対無理だ!」

 肩の荷が下りた、といった様子の海人に、ゲイツが慌てて泣きついた。
 
 それも当然である。なぜなら、今日の繁盛のお膳立ては全て海人の手によるもの。
 ゲイツとしては適当に料理を作り、客と会話していただけという認識だ。
 陳列のやり方などは一応見ていたが、すぐに真似できそうにはなかった。

「今日と同じように陳列し、商品の良さを分かりやすく説明して、ある程度相手の興味を引けたところでそれを味見させるだけだ。
お前一人でもまったく問題は無い。人手は足りんかもしれんが、冒険者仲間で暇している人間にでも声をかければ良いだろう」

「だから待ってくれって! 俺みたいに大口狙いで待機してる奴なんてほとんどいねえんだよ!」

「カイトさん、手伝って差し上げては? こうも必死に懇願しているのを見放すのは流石に惨いですよ?」

 あまりに必死なゲイツの様子に、シェリスが海人を咎めるように見つめた。

「いや、私は構わんのだが……君らはさすがに三日連続でここに来る気にはならんだろう?」

「な~に言ってんの、そんな事構わないわよ。なんだったら明日から私も手伝おうか? 勿論取り分次第だけど」

 ニタリ、と人の悪い笑みをゲイツに向ける。
 基本的にお人好しなルミナスだが、金銭関係には厳しい。
 まして労働となれば友人関係だろうと相応の報酬を要求する。
 が、ルミナスの実家は武器屋で幼い頃から家業の手伝いで接客もしていたため、戦力としては心強い。

 それを知っているゲイツは悩みながらも、彼女の提案を受ける事にした。

「……カイトと合わせて純利益の一割でどうだ?」

「おやおやゲイツ。ルミナスのような美女が接客するとなれば確実に売り上げは上がる。
肉の量を五割増量しても何とか売り切れるだろう。さて、二人合わせて一割は安いと思うんだが?」

 やはり手伝うべきではないか、と海人はこれみよがしに嘆息する。
 が、その口元に浮かんでいるのは邪悪極まりない笑み。
 海人としては取り分にはさほど興味は無いはずだが、ゲイツをからかうのは楽しいようだ。

「く……い、一割五分でどうだ?」

「あ、ちなみにお姉さまが手伝われるのでしたら、私も手伝いますわよ?
一人で寂しく町の散策もどうかと思いますので」

 ゲイツが細々と値を吊り上げるのを見て、シリルが動いた。 
 クスクス、と笑いながら海人に目線で語りかける。
 一気に値を吊り上げろ、と。

「ほほう、これは心強い。シリル嬢のような可愛らしい人間までいるとなれば話題性は抜群。
人手も増えることだし、倍の量でも売り切る事は可能だろう……三人で四割」

「い、いやいや足元見すぎだし、シリルはあくまでオプションだろ? 二割だ」

 大仰な仕草と共に提示されたあまりに大きな歩合に、ゲイツはどもりつつも毅然と答えた。
 だが、相手があまりに悪い。

「何を言う。オプションだろうがなんだろうが貴重な人手兼客寄せ。
見合った報酬があってしかるべきだ。三割五分」

「お、お前とルミナスはともかく、シリルは役に立つか分からねえだろ」

「あら、私も何度かお姉さまのご実家で接客の経験がございますわ。
さらに言えば私とお姉さまが接客している間は、最大で売り上げが倍にまで届きましたわよ」

「うぐっ……」

 接客に関して明確な自信を窺わせるシリルに、ゲイツは思わず呻いた。

 彼とて幼い頃から実家の料理屋を手伝っていたが、その内容は全て厨房の下拵え。
 接客にも一度出た事はあるのだが、なにぶんゲイツは体格が良い上にかなりの強面。
 愛想その物は悪くなかったのだが、客の子供が彼の外見で萎縮してしまったため、その後裏方以外の手伝いをしていないのだ。

 その時自分の姿を見て半泣きで親の陰に隠れてしまった子供の姿を思い出し、ゲイツは若干落ち込みながら折れた。

「ええいっ! 三割でどうだ!?」

「……ま、無難な線だな。さて、それでは明日の事だが……ルミナス、これが試食で出していた野菜スープだが、どう思う?」

 海人は鍋をひっくり返し、最後に残ったスープを集め、ルミナスに差し出す。
 彼女はそれをじっくりと味わい、しばしの思考の後、口を開いた。

「ん~、悪くは無いけど塩加減が今一つね。もう少し塩を足した方が味が締まるはずよ」

「ふむ、ならばルミナス、明日ここで作り方を実演してくれ。
あと、ステーキを焼く腕前に関してはどっちが上だ?」

「それはゲイツの方ね。こいつは肉好きでメチャメチャ焼き慣れてるから」

「ならば今日と同じくゲイツに。ただし、明日は今日と少し趣向を変える」

「ん? 味つけを変えるのか?」

 ゲイツが渋い顔になる。
 基本的にステーキに関しては塩胡椒に勝る物は無いというのが彼の持論だ。
 それに勝るソースを作れるのは限られた料理人のみであると。
 が、彼の心配は杞憂であった。

「いや。スープは一時間ごとに実演を兼ねて少量作り、ステーキは人の入りを見て調整して可能な限り焼き立てを味見させる。
常に出来たての試食が出来るとなれば、また客の食いつきが違うからな」

「なるほど。それで、私はどうすればよろしいんですの?」

「シリル嬢は呼び込みをメインで。ある程度人が集まったら行列の整理、あるいは私と販売に回ってもらう。
それと、試食は各部位一人二回までだ。三回目貰おうとする人間は最初やんわりと断り、しつこければ対応は任せる。
ルミナスとシリル嬢に言い寄ってくるであろう男連中に関しても同様だ。それと陳列に関しても……」

 海人は次々に案を提示し、他の三人はそれに素直に頷きつつも、時には疑念を呈している。
 真剣な話し合いではあるが、どことなく和気藹々としている。

 それを眺めながら、蚊帳の外になってしまったシェリスがポツリと呟いた。
 
「……楽しそうね」

「ええ。ちなみに、明日の面会予定も午前で終わりとなっております。
書類も重要な物に絞れば正午までには十分片付くでしょう。
それからであっても屋台の見物には十分かと」

 淡々と、だが若干口元に笑みを浮かべながら語る部下に、シェリスは嬉しそうに微笑む。

「ふふふ、話が早くて助かるわ」

 こうして、本人達の知らない所でシェリスの使用人達の二日連続の書類地獄が決定した。
  






テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

前回は感想を書き損ねましたが、今回もとても面白かったです。
それにしても、カイトさんはどんだけチートなんですかww万能すぎるw
そして、ジーサンそんなにすごい人だったんですか!!
理想郷の時のイメージはただのエロジジーだったのにw

>>魔力判別所の話だけで更新した14話全体の倍の文章量がありました
この量の2倍以上を書いていたって本当にすごいですね!
そのうち、使わなかったネタは『小ネタ、没ネタ』みたいなもので読めたら嬉しいです。

あと読み返してての疑問なんですけど、属性色についてで
風→緑  創造→純白
ってなってるんですけど他の色はそれぞれ何色なのでしょうか?
何となく自分のイメージが土が黄色、光が白っていうイメージがあったもので・・・^^;
[2009/12/14 02:22] URL | あさり #GAkJEmLM [ 編集 ]

おおぅ・・・海人家改装は持ち越し・・・・
予想は外れましたね。そう言えば、この爺さんの忘れてました・・・
改定で爺さんは海人が創造魔法を使うことを知らないんでしたね。

その後のゲイツの出店手伝い編も気になる。が、タイトルにあることも気になります。

では、毎日の執筆活動がんばってください。

誤字報告
>お前一人でもまったく問題は無い。人では足りんかもしれんが、冒険者仲間で暇している人間にでも声をかければ良いだろう」
                       ↓
お前一人でもまったく問題は無い。「一」人では足りんかもしれんが、冒険者仲間で暇している人間にでも声をかければ良いだろう」
[2009/12/14 14:25] URL | Gfess #knJMDaPI [ 編集 ]

更新お疲れ様です
 肉とかステーキとか見てたら、めちゃ食べたくなってきた・・・・・・w

 人では足りんかもしれんが→人手は足りんかもしれんが のような気がします。
[2009/12/14 16:01] URL | エーテルはりねずみ #mQop/nM. [ 編集 ]


やはり、こうした知識を生かしてのサクセスストーリーは見ていて爽快ですね。
普通と違って、海人本人がチート知識と知恵の塊ですから、どんな方法でものし上がりそうだw
オーガスト老のキャラは、海人では出来ない方面で活躍しそうですね(読者サービス的な意味で 上手くできれば、使い勝手がよくなりそうですw
[2009/12/15 01:01] URL | 鳩 #- [ 編集 ]


 しかも、性質の悪い事にこの手法は商品の色や大きさなどを元に陳列してくため、それと知らなければ良い陳列ぐらいにしか思えない。

陳列していくため
[2015/11/19 16:02] URL | あき #- [ 編集 ]


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