FC2ブログ
ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄15
 翌早朝、海人は家の外に置かれた椅子に座りながら、朝食がてら蜜柑を頬張っていた。
 十分ほど前にルミナス達が朝の鍛錬に近くの森へと下りていったため、今は家に一人である。
 正直寒いので、再びベッドに戻って惰眠を貪りたいところではあったが、シェリスの使用人が何時に来るか分からないため、彼はあえて肌寒い外の空気に身を晒していた。 
   
「ま、肌寒いが日差しは気持ち良いし、良い朝か」

 冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み、吐き出す。
 それと同時に伸びをすると、気だるかった気分が徐々に覚めていく。
 
 軽く筋トレでもしようと準備体操を始めたその時、遠方からこちらに飛行してくる人物が見えた。
 速度は速いのだが、そのわりには軌道が安定せず、微妙にふらついているように見える。
 その様子を訝しく思いながらしばらく観察していると、豆粒のようにしか見えなかった姿が判別できるようになった。
 体型から判断すると女性。服装はエプロンドレス。なかなか可愛らしい印象の女性だが、妙にやつれている。
 その顔を確認し、海人は警戒を解いた。親しいとまでは言えないが、知った顔であった。

「……おはよう、ござい、ます……主が注文した品を受け取りに来たのですが」
 海人の目の前に降り立つと同時に、女性――シャロン・ラグナマイトは丁寧に一礼した。
 ただ、余程骨の髄まで染み付かされているのか礼の仕草は優雅なのだが、声に疲労が滲み出ている。
 声だけ聞けば、今にも倒れそうな様子であった。  

「清々しい朝を汚し尽くすかのようなおどろおどろしい声と表情だな。
若い女性がそんな事ではいかんぞ。ほれ、これでも食って少し気分を晴らせ。
その様子だと朝食もろくに取らぬまま来たんだろう?」

「ううっ……ありがとうございます」

 海人に手渡された蜜柑を涙ながらに頬張り、シャロンは頭を下げた。
 昨日シェリス達が逃亡した後の惨劇がどれほど凄まじかったのか、彼女の様子がこれ以上無いほどに物語っていた。

「昨日はそんなに大変だったのかね?」

「はい……具体的には、私の書類作業が……三倍に」

「それは気の毒だが……シェリス嬢とローラ女士は普段どれほどの仕事をこなしてるんだ?
全員で分割して仕事量が三倍など、尋常な量ではあるまい」

「いえ……単純に残った者で処理能力の高い私やオレルスさんにしわ寄せが来たのです。
文句を言いたくはありましたが、実際他の人間に任せていたら終わらなかったでしょうから……」

 だばだばと涙が流れる。それもそのはずで、昨日から彼女は一睡もしていない。
 なにせ主と上司が何時に帰ってくるか不明だったため、昨日の分の書類は全てその他の人間で処理する事になったのだ。
 とは言っても、休んだのがシェリスだけならばどうにでもなる話だった。
 書類仕事が多いとはいえ、屋敷の人間で手分けすれば多少の増加で済んだはずなのだ。

 が、昨日は実質的に一人で屋敷の取りまとめを行っているローラまでもが逃亡してしまった。
 彼女に所用があっての不在時なら前もってスケジュールの調整も行われているが、唐突にいなくなられてはどうしようもない。 
 清掃の最終チェック、実力的に下位の使用人達の戦闘訓練の指導役、翌日やってくる来客の好みに合わせて掛ける応接間の絵の選定、廊下の随所に配された花瓶と花の選定、他にも数多の業務が突然発生したのだ。
 最終的には人手の不足を補うために料理長達までも動員しての大作業となった。
 
 そんな中で書類仕事の負担が事務処理能力の高い者により重く圧し掛かるのは当然の成り行きであった。 

 それに加え、今朝シェリス達が帰還した直後に誰かが果物を取りに行くよう命が伝えられた。
 そして、運の悪い事にその時起きていた人間はシャロン一人。
 他の者は疲れきって朝の戦闘訓練が終わった直後に夢の中だった。
 無論、上司に抗議しつつ疲労困憊を理由に取りに行ってもらおうとはした。
 が、普段から二人でこなしている作業を全員に分割しただけと反論されてはぐうの音も出なかった。

 実際のところ、ローラが超人すぎるだけで、彼女らに非があるとまでは言えないのだが。
 
「悲惨だな。ま、私にも一因はある事だし、少しばかり気持ちを上乗せしよう。多少の時間はあるな?」

「あ、はい……というか、少し時間がかかったことにしてください、お願いします」

「分かっている。注文の品を用意する間に、中で軽く仮眠を取るといい」

 そう言うと海人はシャロンを家に招き入れ、ソファーに横に寝かせた。
 余程疲れていたらしく、すぐに深い寝息が聞こえてくる。
 そんな彼女に毛布をかけ、海人は昨晩魔法で作った緑茶の茶葉と和菓子の残りを戸棚から取り出した。
 その後自分の部屋に用意しておいた果物を取りに行き、リビングまで持ってくる。

 しばしリビングでぼんやりとし、シャロンの寝息が浅くなってきたあたりで ライターで薪に火をつけてお湯を沸かし始めた。
 お湯が沸騰する前に火から外し、茶葉を入れた急須にお湯を注ぎ、しばし蒸らす。
 その間に陶器の小皿に和菓子を移し、湯飲みを用意した。

 そうこうしているうちに、シャロンがもそもそと目を覚ました。
 
「んぅぅ……よく寝ました……あの、どれぐらい寝てました?」

「三十分強といったところだ。まあ、とりあえずそこに座りたまえ」

 シャロンの問いに答えつつ、椅子を勧める。
 そして彼女が素直に席についたところで、果物を詰め合わせた箱と和紙に包まれた和菓子を差し出した。

「これが注文の品、こちらが先程言った気持ちだ」

「ありがとうございます……あの、これは一体?」

「菓子だ。和菓子」

「これが……!? よろしいんですか、そんな貴重な物を?」

「ああ、どうせまた調達できるからな。それと同じ物だが、味見がてらこれを食べて行け。お茶もある」

 和菓子の乗った皿と緑茶を注いだ湯飲みを差し出す。
 海人の素っ気無い態度ではあるが手厚いもてなしに、シャロンは深々と頭を下げた。

「な、何から何までありがとうございます」

 シャロンは勧められた和菓子を恐れ多そうにフォークで切り、一口頬張った。
 最初に感じたのは口当たりの柔らかい甘味。彼女が今まで味わった事が無いほどに優しい甘さだ。
 その味にうっとりとしながらも舌で餡を押し潰すと、さらさらと溶けていくような心地良さを感じる。
 数度それを繰り返すと清冽な後味だけが残り、終いにはそれもすうっと消えていく。
 今まで体感した事の無い種類の美味に、シャロンは思わず目を輝かせた。

「お、美味しいです! こういう味のお菓子は初めて食べました!」

「気に入ったようで何よりだ。ほれ、食べた後でこのお茶を飲むとまた違った幸福感があるぞ」

 嬉しそうに菓子を頬張るシャロンに緑茶を薦める。
 彼女は軽く鼻を鳴らしてその心地良い香りを確認すると、優雅に一口啜った。

「はふう……味が綺麗に流され、残るのはこのお茶のほのかな甘味……しかも、飲み終えるとこのお菓子をまた食べたくなる。
素晴らしいです。今までの疲れが一気に吹き飛ぶかのような心地です!」

「それは良かった。そっちは休憩の時にでも食べるといい。仕事は大変だろうが、頑張ってな」

「はい! ありがとうございました!」

 なんとも愛らしい表情で笑いながら、シャロンは屋敷へと戻っていった。
 その顔はここに着いた時とは別人のように晴れやかな活気に満ちていた。
 菓子を上げた甲斐があったと思い、海人なんとも満足気な表情でシャロンを見送った。

 ――――彼は知らなかった。
 
 この後にシャロンが同僚達の前で食べようとしてしまい、羨望の視線に耐え切れず差し出してしまう事を。
 その直後に昨日と同等以上の仕事量になる事が発覚し、二重のショックを受けるという悲劇を。

 善意が必ずしも良い結果に結びつくとは限らないという、見事な実例であった。





 





 

 時刻は移り、昼のカナール。
 昨日と同じくフレイムリザードの肉の販売を行っていたゲイツは悲鳴を上げていた。

「た、たしかに繁盛すると嬉しいな、とは思ってたけどよ……これは異常だろ!?」

「愚痴ってる暇があるのならさっさと肉を切り分けてくださいませ!
あ、少々お待ちください。すぐにご用意いたしますので」

 弱音を吐き始めたゲイツに激を飛ばし、待たせている客に丁寧に頭を下げる。

 開店時には客の呼び込みを行っていたシリルだったが、それから一時間と経たぬ今では接客が専業になっていた。
 なにせ店を開けて十分とかからず行列ができたため、呼び込みどころではなくなってしまったのだ。
 それどころか捌いても捌いても減る様子の無い客の数に、接客に専念するだけで精一杯である。  

「割符をお持ちの方ですね。では少々確認を……はい、合致しました。
こちらのお客様は一割引です!」

 割符を確認すると同時に、大声で海人がシリルに客の割引を伝える。
 彼はお世辞にも大声を出すのに慣れているとは言い難いが、並んでいる客の話し声や野次馬の声などのせいで、
大声でなければかき消されてしまう以上、そんな事は言ってられなかった。

「分かりましたわ! はい、お待たせしました~」

 海人に負けず劣らずの大きな声で了承した後、可愛らしい笑顔と共に紙に包んだ肉を客に手渡す。
 その営業スマイルはなかなか様になっており、嵐のような客捌きの合間にも崩れる事が無い。
 
 一方、屋台のすぐ横の小さなスペースでは、多くの見物人に囲まれたルミナスが野菜スープを作りながら解説をしている。
 やはり見物人は彼女の容姿に惹かれた若い男が多いが、丁寧な料理の解説に惹かれてやってきた主婦も多い。

「で、ここで塩加減が大事です。多すぎてもいけませんし、少なすぎてもいけません。
ただし、多すぎた場合に水で薄めるよりは、少なかった場合に塩を足す方が簡単ですから、少しづつ味を見ながら加えていきましょう。
それと、あまり煮込みすぎると野菜の食感も消えてしまいますので、作る時は必要量を見極めて小まめに作った方が味が良いです」

「ふんふん、なるほど。ところで君、この後暇?」

「色々と雑事がありまして、暇は無いんです」

「そう連れない事言うなよ。いい酒場……」

 にやにやと笑いながらルミナスの肩に手を回そうとした男が、ふと目標を見失った。
 いつの間にか横にずれていた美女に困惑していると、

「申し訳ありませんが他のお客様のご迷惑になりますので、離れていただけますか?」 

 優しい口調で諭された。
 美しい顔立ちとその柔らかな言葉に不埒な思いを一蹴され、男は若干うろたえた。
 無論それで素直に引き下がろうとしたわけではなかったが、解説を遮られた主婦達や、
抜け駆けをかまされた他の男性客の怒りの視線に耐え切れず、結局男はコソコソと去って行った。

 そんなこんなで時折トラブルを交えながらも、店はその賑やかさを増していく。
 今日は昨日の倍以上の肉を用意してあったが、この調子では日が高い内に完売してしまいそうだった。

 そんなにわかに大繁盛店となった屋台を、今日も仕事を部下に押し付けた主従がやや離れた広場から眺めていた。
 
「凄い盛況振りですね。しかも皆様思いの外精力的に働いてらっしゃいます」

 無表情のまま、ローラが手元のコーヒーを啜る。
 容器はこの町のテイクアウト用の安っぽい粗製濫造の土器。
 これは専用ゴミ箱に捨てておけば、後で業者が魔法で近くの森の土に返してくれる。
 街中でゴミが散乱しないようにするためのアイディアの産物である。

「そうね、しかし商売でもこれほどの能力を発揮するあたり、カイトさんって本当に万能ね」

「……それで思い出しましたが、カイト様の本職は何なのでしょう?
シェリス様との関係性から考えれば商人以外にはありえないと思うのですが、
昨日の皆様方の驚きぶりからして違うようですし」

「前に聞いた話では研究者だと言っていたわ。色々不審な点は多いけどね」

 軽く目を閉じ、シェリスは紅茶を啜る。
 
 シェリスは海人に短い付き合いとしては破格の信用を置いているが、彼に対する疑念は少なくない。
 なにせ彼に関するどの情報を分析しても不可思議な点が多すぎる。
 能力が高い事だけは明白だが、それにしたってまるで背景が掴めないのは不気味である。

 まだ付き合いが浅いので仕方ない、と割り切ってはいるが、少し愚痴っぽくなるのはやむをえないだろう。
 
「不審な点、ですか。そう仰るわりにはあまり心配しておられないようですが?」

「ああ、不審という言い方は不適切だったわね。不可思議、と言った方が適切だわ」

 困惑した様子のローラを見て表現が悪かった事に気づき、訂正する。
 
「信用は置けても、本人に謎が多くその実態を掴みきれない、という事ですか?」

「そういう事。それと、あまり詮索はしないようにね。
今の段階でカイトさんの機嫌を損ねるのは得策では無いわ」

「承知しております。ちなみにオーガスト老。その手を僅かにでも伸ばせばその瞬間に手を斬り飛ばしますので」

 淡々とした宣告に、いつの間にかシェリスの背後にいたオーガストは硬直した。
 当然、シェリスの慎ましやかな膨らみへと伸ばされていた手も、止まっている。

「流石はローラ嬢ちゃん! よもや全力を費やした気配断ちが見破られるとは!
いや、実に見事じゃった! ということでわしはこのあたりで失れ……」

 すかさず身を翻して逃げようとするが、その前にシェリスの華奢な指がオーガストの頭部を捕らえていた。
 ミシミシとオーガストの頭蓋骨で不協和音を奏でながら、シェリスは微笑んだ。

「局長。いったい今、何をなさろうとしたんですか?」

「いや、小さな胸の良さを確かめようかと……って痛い痛い! 指が! 指がめりこんどるぞ!?」

「そういう事はそういう事をさせてもらえるお店に行って確かめてください」

「いや、ここらの店じゃとあまり客受けが良くないんで、シェリス嬢ちゃんほど薄い胸の持ち主はんぎゃあああああああ!?」

「ふ、ふふふ、言うに事欠いてそれですか。素晴らしい覚悟です。ならば全力をもって誅殺するのが礼儀というものですね」

 ビキビキと頬を引き攣らせながら、さらに握力を強める。
 その力は歴戦の老戦士たるオーガストをして真剣に慄かせる程の域にまで達した。
 
「死ぬ! 本気で死ぬ! 頭が潰れたトマトになってしまう! というか殺すんならせめて死ぬ前にその胸触らせてくれい!」

「老い先短いクソボケジジ……もとい、ド変態エロボケカス老害如きに触れさせるなど、千億ルン積まれても御免です」

「言い直したのに余計に酷くなっとるぞ!? ってぎゃあああっ!? お慈悲を! お慈悲をぉぉぉぉっ!」

 もはやからかう余裕もエロトークを放つ余裕もなくなり、オーガストはひたすらに命乞いを始めた。
 恥も外聞も捨て去ったその行動に毒気を抜かれ、シェリスは手を離した。 

「……まあ、まだ死なれては困りますしね。
《サランディアの聖水》を取りに行けるのは未だにこの国では局長だけですし」

「ひ、酷いのう。あれがなければわしは用無しかの?」

「さて、どうで…………あら? 本当に他では要らないかもしれませんね」

「酷っ!? ほ、ほれ、冒険者としての仕事ならどんな仕事でも一流にこなせるとか色々あるじゃろ!?」

 真剣に頭を悩ませ始めたシェリスを見て、オーガストは号泣した。
 
「《サランディアの聖水》採取以外の仕事をこなされては後進が育ちません。
むしろその点に関しては引退してもそれなりに依頼を引き受けている分、害ですらあるんですよね」

 オーガストの縋るような声にも感慨を示さず、シェリスはむむむ、と腕を組んで考え込む。

 オーガストは一応引退したという触れ込みになってはいるが、実際は今でも時折依頼を受けている。
 と言っても古い付き合いの貴族などの依頼のみであるため数自体は少ない。だが、どれもこれも高難度高報酬の仕事だ。
 これはオーガストの老いて尚衰えぬ信用と実力の証明だが、言い換えればその分若手から難度の高い依頼を受ける機会を奪っているという事でもある。

 冒険者稼業の将来を考えれば、素直に完全な引退をして有望そうな若手に依頼を譲って欲しいところであった。

「あの~、魔力判別所の給料だけじゃわし生きていけんのじゃが」

「毎日のように娼館に通い、酒を二樽空にしたりしなくなれば十分悠々自適の生活が送れるでしょう」

 おずおずととんでもない事をのたまうオーガストに、冷たい視線を向ける。
 確かに彼の給料は高くは無いが、普通の老人が余生を過ごすには十分な額である。
 どこの馬鹿貴族だ、と言いたくなるような金の使い方を改めれば問題は無いのだ。

 が、無論そんな提案を受け入れるようなオーガストではない。 

「酒と女無しなど、わしに死ねというのか!?」

「どっちも無いと死ぬんですか!? というかその年で酒と女に明け暮れる生活をどうして反省しないんですか!」

「何を言うか! 反省しとるから昔に比べればどちらも凄い控えめにしとるんじゃろうが!」

 シェリスの驚愕交じりの怒鳴り声に反論し、胸を張る。

 ちなみにこの老人、若い頃は仕事が無い日は朝から晩まで女を抱き、その合間に空にする酒樽の数が五個という
とんでもない生活を送っていた。
 彼の言うとおり、それに比べれば現在はかなり生活が改善されているのである。
  
「どこが控えめですか!? うちの屋敷の人間は私を含め全員普段は酒一滴すら飲まないんですよ!?
少しは見習ったらどうですか!」

「シェリス嬢ちゃんトコは過酷な通常業務と地獄のような戦闘訓練で酒飲む暇も無いだけじゃろうが!
あれだけ年若い使用人を酷使しとる屋敷は他には無いぞ!?」

「好きで酷使してるわけじゃありません! って、ローラ、どこへ行くの?」

「……少々野暮用です。早めに戻りますので」

 ローラはそう答えると、近くにあった専用ボックスに飲み終えたコーヒーの容器を捨て、
スタスタとその場を歩き去った。 


















 ふとした拍子に、喧騒を極めていた屋台の周囲が急に静まり返った。
 怪訝に思い、海人達が顔を上げると、後方に並んでいる客や野次馬の視線がどこかに集中していた。

 自分達には関係ない、と彼らは接客に専念するが、どの客も視線を後方に奪われてやや回転が落ちていた。
 客の囁き声を聞いている限りでは、どうやら列に並んでいる客の中にとてつもない美女がいて、
それに視線が集まっているらしいのだが、ちょうど店員である海人達からは客と野次馬で遮られて視認は出来ない。

 そして好奇心を抑えながら接客にしているうちに、周囲の視線を独占していた女性が海人の目の前に現れた。

「いらっしゃいませ。何に……いたしましょうか?」

 見知った顔に思わず営業用のスマイルと口調を崩しかけるも、海人は渾身の精神力でもって一瞬どもるだけに止めた。
 そんな彼にしてやったりとばかりに唇の端を軽く吊り上げ、絶世の美女――ローラは注文を始めた。

「尾肉のステーキ用はこの場に出ているだけでしょうか?」

「いえ、まだ在庫がございまして、この場に出ている分の他に六十枚まではご用意できます」

「では、全部で五十枚お願いします」

 淡々と注文を行いながらポケットから札束を取り出す。
 その厚さを見て、周囲の客は目を剥いた。
 気軽に取り出された札束の厚さは、実に通常の倍に達している。
 どう考えても街中で持ち歩くような金額ではない。
 
「かしこまりました。こちらのお客様、尾肉ステーキ用五十枚お買い上げです!」

「はーい。尾肉ステーキ用五十枚。ただいまご用意いたしますので左にずれて少々お待ちください。お次のお客様どうぞー!」

 あえて一際明るい声で客を捌きながらも、海人とシリルは内心気が気ではなかった。
 尾肉のステーキ用を五十枚買った、という言葉に反応し、明らかに客が動揺しているのだ。

 それも当然で、尾肉のステーキ用は商品の中で一番割安に設定してある、いわば目玉商品。
 一気に大量に買われてしまうと困るのだが、販売枚数の制限を設定していなかったため、多くを買い占められても文句は言えない。

 迂闊だった、と海人は内心で歯噛みしていた。
 尾肉のステーキ用は確かに一番割安だが、尾肉自体が高額なため決して値段は安くない。
 有り体に言ってしまえば、大半を買い占められるなど夢にも思っていなかったのだ。

 分かっててやったんじゃあるまいな、と彼がローラに恨めしげな視線を送ると、彼女は不思議そうに軽く首を傾げた。
 表情を見る限り不自然さはなく、惚けている様子も無い。
 運が悪かったのだ、と海人は諦め、リヤカーへと注文された肉を取りに行った。 

   















 ローラが用事を終え、主達のいた広場へと戻ってきたとき、広場はなぜか戦場と化していた。
 否、厳密には戦場じみた勢いで、己の目を疑いたくなるような事が行われていたのだ。
 
「今更戻ってきおってこのクソジジイがぁぁぁぁっ!」

「お主がおれば建物の損壊ももっと少なかったはずじゃぞぉぉぉぉっ!?」

「建て直すのにいくらかかったと思ってるんじゃぁぁぁっ!」

「反省せんか、くぉのボケがぁぁぁぁっ!」

 周囲を揺るがすような怒声と共に、四人の老人が妙な肉達磨を間断なく蹴り続ける。
 まるでピンボールの玉の如く老人達の間を激しく跳ね回っている肉達磨は、やけに元気な悲鳴を上げていた。
 広場の中心部で行われているある種超人じみたその芸当は、冷静に見れば間違いなく凄惨な光景を作り出しているのだが、 
なぜか広場の人間は誰一人として怯えていない。
 それどころか、多くの者が少し離れた場所にあるチップ入れに硬貨や紙幣を放り込んでいる。

「シェリス様、状況の説明を願います」

「大した事じゃないわ。どこぞの屋台の急激な繁盛を聞きつけてこちらへやってきた長老方が、
先日の大騒ぎの時に仕事をサボって王都の娼館に遊びに行ってた貴重な戦力を発見しただけ」

 ローラの問いに軽く肩を竦めながら答え、シェリスは再び目の前の光景へと視線を向けた。

 何も知らない一般人が見ても異様な光景だが、目の前の人物達の事を知っているシェリスからすれば笑いすらこみ上げてくる。
 なにせ、国内屈指の商会の創業者である四人の偉大な商人が、生きる伝説とも言われる冒険者を玩具のように蹴り飛ばしているのである。
 しかも当事者全てが七十を越える老人。もはや悪いジョークとしか言いようが無い。

 言葉だけ聞いても面白くもなんとも無いだろうが、実際に目にすると笑いがこみ上げてくるのだから面白い物である。

「……あそこのチップ入れは?」

「こんな見事な見世物、ただ放置しておくのは勿体無いと思わない?」

 チップ入れを用意した貴族のご令嬢は、従者に向かってたおやかに微笑みかけた。
 
「流石ですシェリス様、感服いたしました。しかし、皆様にしては対応が遅かったですね」

「昨日の段階で繁盛は把握してたみたいだけど、書類仕事を片付けている間に全員帰ってしまっていたらしいわ」

 そうこう話している内にオーガストが天高く打ち上げられ、ラリーが終わる。
 さすがに疲れたのか、四人の老人は汗を拭いながらシェリスの元へとやってきた。 

「ふう、少しはすっきりしたわい。で、先程お引止めなさったが、なぜですかのシェリス様」

 四人の長老達の紅一点であるイザベラ・リジャルディがシェリスに微笑みかける。
 
 その笑みはなんとも華やかで、齢すでに七十半ばだというのに年老いたという印象を与えない。
 しかも彼女の背筋は猛々しいまでに伸びており、肌の色艶も若々しく、全体的に皺も少ない。
 多少無理をすれば三十台後半でも通用しそうな女性だ。

 こういう風に年をとりたいものだ、などと思いながらシェリスは話し始めた。

「件の屋台を繁盛させた方は商人ではありませんし、目立つ事を好まないのです。
どうせ期間限定の屋台ですから、放っておいて差し上げた方がよろしいかと」

「いやいや、あの立地、しかも調べたら屋台を始めたのは昨日からという話。
商人でないのであれば尚の事、それほどの才覚を放っておく事は出来かねますぞ」

「それも一理あるんですよねえ……ハロルド老」

 すかさず返されたイザベラの答えに頭を抱えつつ、シェリスはその横にいた老人、ハロルド・ゲーリッツに話を向けた。

「なんですかな?」

「もし何らかの交渉を行うのであれば、貴方お一人の方がよろしいでしょう。
顔見知りではありますから、警戒も多少緩いでしょうし」

「顔見知り?」

「ああ、そういえばまだ言ってませんでしたか。あの屋台を繁盛させたのはカイトさんですよ」

「なんと!? ぬう……商人としては放っておけんが、人としては……」

 先日の騒動の際に自分の娘と孫娘の命を救ってくれた恩人と聞き、ハロルドは悩む。
 他の長老達もその事は聞いていたのか、唸り声をあげて考え込み始めた。
 
 偶然であれ何であれ、一夜で屋台をあそこまで繁盛させられる人間というのは本当に稀少だ。
 多少強引な手段を使ってでも商業の世界に引き入れたくはある。

 が、それがハロルドの恩人となると話が変わる。

 彼らは仲間内の連携が強く、仲間の家族も自分の家族と同様に扱う。
 言い換えればハロルドの家族を救った恩人は彼らの恩人でもあるのだ。
 
 ならば強引な手段は使えない。むしろ、本人の意思ならば何も言わず引き下がるべきかもしれない。
 皆がそう考え始めていたところに、シェリスが助け舟を出した。

「いえ、今あの方には確たる定期収入がありませんから、皆様の助力を得られる事自体は有難いでしょう。
それに、観察している限りでは接客が嫌いなわけではなさそうです」

「となると、なし崩しに商売に愛着を持たせる方向にもって行けば可能性はあるというわけじゃな?」

 自分の言葉にシェリスが軽く頷くのを確認し、ハロルドは思考の海に沈んだ。
 最初に前提条件を決める。それは法に触れず、真の意図が発覚しても海人の気分を害さずに済む範囲での計略である事。 
 次に使えそうな情報をまとめ、頭の中で整理する。
 その末に一つ使えそうな手法を思いつき、ハロルドは周囲の長老に情報の確認をとり始めた。

「……たしか、あの屋台の許可を持っておるのはゲイツじゃったな?」

「うむ。正直商売に向くとは思わんかったが、信用は置けるし、ちょうど要請もなかったから許可を出した」

「イザベラ。たしか今、町の医院では《サランディアの聖水》が尽きかけているという話じゃったな?」

「そうじゃ。少し離れた町に在庫があるようじゃから、当面は心配ないが、早急に仕入れるべきじゃな」

「喜ばしくは無いが、今回は都合が良いか。……シェリス様。
この国の人間で《サランディアの聖水》を取りに行けるのが、オーガスト一人というのは心許ないと思いませんかな?」

 ハロルドの不敵な笑みで彼の企みを悟り、シェリスは我が意を得たりとばかりに大きく頷く。
 同時に風の攻撃魔法まで使われて天高く飛翔していたオーガストが、彼女らの背後で地面へと墜落していた。
 
















 所変わってその頃の海人たちは用意していた肉を見事に売り切り、乾杯していた。
 目玉商品はローラの大量購入によってあっという間に無くなってしまったものの、
思いのほか試食の成果があがり、最終的に大きな影響にはならなかった。
 それどころか予想外に早く売り切れてしまい、まだ日が高いぐらいである。

「お疲れさん! いや~売った売った! 飛ぶように売れるってのはまさにこの事だな!」

「途中色々とアクシデントはあったがな」

「たしかにね。つーかシリル、あんた大丈夫だったの?
途中で一回、妙に鼻息荒いデブのおっさんに言い寄られてたみたいだけど」

「あれは危なかったですわね。あまりの不快さに思わず素手で惨殺するところでしたわ。
ゲイツさんに感謝ですわね。猛獣の如き一睨みは効果抜群でした」

 ペコリ、と殊勝に頭を下げた。
 実際、ゲイツの睨みは非常に効果があった。
 冒険者としての力量に裏打ちされた凄味、さらに元々の顔立ちの迫力もあり、一瞬でシリルに絡んでいた男が逃げていったのだ。
 ルミナスはともかく、シリルが売り切れまで笑顔を作り続けられたのは、それに拠るところが大きかった。

「いやいや、あのままだったら流血騒ぎで屋台の許可取り上げられかねなかっただろ」

「甘いな。シリル嬢の性格を考えれば、我慢し続けた怒りも加わって最後は自警団と一戦やらかす事になっていただろう」

「あー、言えてる。つーか、私も結構言い寄られたのに、だーれも助けてくれなかったわね」

 ジトーっと本来助けに入るべきだったであろう男二人に冷たい視線を送る。

「君はあしらい方が上手かったからな。そもそも手助けする必要がなかっただろ」

「そりゃ、そうなるようにやってたんだけどさあ……ほら、女としちゃ俺の女に手を出すなー、見たいな感じの手助けとか憧れるのよ」
「それやったら俺、確実にスカーレットに殺されるぞ」

 冷や汗を垂らしながら、ゲイツは涙した。
 彼の婚約者であり、シェリスの屋敷の料理長でもあるスカーレット・シャークウッドはゲイツの事を深く、非常に深く愛している。
 その愛の深さたるや、デート中に顔見知りの女冒険者に軽く挨拶しただけで、繋いでいた手を砕きかけるほどである。
 冗談や緊急避難であっても、ルミナスを自分の女などといった事が彼女に知れれば、どうなるかは想像に難くない。

「あー、たしかにそれはありそうね……カイトは?」

「私程度の顔で君を自分の女だと言っても説得力がなかろう」

 ある意味幸せな悩みに涙するゲイツとは対照的に、海人は淡々と己の見解を述べた。
 そんな彼の態度を見て、ルミナスが若干不機嫌そうな顔になる。
 
「そんな事無いでしょ。あんた顔良いじゃない」

「そこそこの顔ではあると思うが、君と釣り合うほどではなかろう」

「んな事無いって。ほら、ちょっとこっち来なさいよ」

 ぐいっと海人の腕を引っ張り、強引に腕を組む。
 そしてそのまま遠心力を利用して海人ごとゲイツに向き直り、どう? と訊ねた。

「ああ、バランスは良いと思うぜ? お似合いかどうかは別としてもレベルの高さは似たようなもんだ」

「ほら、疎いゲイツだってああ言って……ど、どうしたの、カイト!?」

 腕を組んだまま海人の顔を覗きこんだルミナスが驚愕した。
 なぜか彼の顔は異様に青褪め、冷や汗がダラダラと流れていたのだ。 

「す、すまん、なんでもない……ちょっと気分が悪くなっただけだ」

 心配するルミナスを押し止めつつ、さり気なく彼女から体を離す。
 それと同時に弓矢にかかっていた手を離したシリルが、労るような表情で海人の顔を覗きこむ。

「まだ顔色が悪いですわ。少しは体を鍛えないと駄目ですわよ?」

「はっはっは、ご忠告ありがたく承ろう」

 一見心配そうな表情でシリルは海人の顔を撫でているが、
なぜか撫でられている当人は死神の鎌を首に当てられているかのようによりいっそう青褪めていた。

 そんな海人を満足気に見やりながら、シリルはふと首を傾げた。

「今思ったのですけど、ローラさん、あんな大量の肉を買い込んでどうなさるおつもりなんでしょう?」

「あの人もかなりの美食家だからな。間食にでもするんじゃねえか?
ちゃんと適量で漬けてあるから、あの肉は三ヶ月ぐらいはもつし」

「……そういえばあの人、無類の肉好きだったっけ」

「というかみんな、部下達への差し入れという発想は無いのか?」

 海人がポツリと漏らした疑問に、

『無い!』

 三者同時の断言が返ってきた。
 あまりに力強い即答に海人が困惑していると、ルミナスが優しく諭すように話しかけてきた。

「あんたね、あの人がそんな心優しい上司の手本みたいなことすると思ってるの?」

「いや、別にしてもおかしくは無いだろう」

「いーや、おかしい。あのな、あの人は部下が訓練でぶっ倒れりゃ蹴りいれるし、
気絶したら邪魔にならないようにって屋敷の屋根に放り投げるような人だぞ」

「うーむ、過激だな」

「己の辞書に情けや容赦という言葉を持たない、それがローラさんですわ。
何を血迷ってあんな妄想が出たのかは分かりませんけれど、彼女の人物評は改めた方が良いですわよ?」

「ふむ、見解の相違がありそうだが……まあいい。そもそもまだ人物評を下せるほどの付き合いでもないしな」

 ルミナス達のあまりに容赦の無い酷評に首を傾げながらも、海人がとりあえず納得していると、

「寂しいお言葉ですね。一度とはいえ共に戦場を駆け抜けた仲ですのに」

 若干ハスキーな美声が、その場の全員の耳朶を打った。
 いつの間にか海人の背後に立っていたその女性の美貌を見て、ルミナス達は硬直した。   

「……ローラ女士、心臓に悪いから急に背後に現れんでくれ」

「先程からおりました。皆様の予想以上の酷評に不覚にも涙が零れそうになりましたが」

 ふ、と目を伏せ、かすかに震えながらどこからか取り出したハンカチでそっと目尻を拭く。
 芸が細かいが、肝心の瞳には雫一滴すら滲んでいなかった。

 が、同時に不機嫌そうな様子も見受けられない。
 どうやら気に留めていなかったらしい、とルミナス達は内心で胸を撫で下ろした。

「で、何の用だ?」

「我が主よりゲイツ様へのご依頼です。詳しくはもうすぐ来るはずの主にお訊ねください」

「シェリス御嬢から? 久々だなあ……つーか、今度はどんな依頼だろ」

 ローラの言葉に、ゲイツは喜び半分憂鬱半分といった複雑な表情で考え込んだ。

 彼が今までシェリスから受けた依頼は、どれも好条件の良質な物ではある。
 与えられる情報に間違いがある事はなく、報酬も高い。
 しかも報酬が値切られる事は余程の過失がない限りは無い。
 ただ、そのどれもが高難度で、ゲイツの実力で成功できるギリギリのラインという実にスパルタな依頼なのだ。

 不安と高揚感の狭間でゲイツが獰猛な笑みを浮かべていると、シェリスがやってきた。
 その背後にはハロルドとオーガストが付き添っている。

「珍しい面子だが……仕事関係なら席を外した方が良いか?」

「いえいえ、今回はカイトさんにも関係があります。さて、ゲイツさん、早速依頼の話を始めても?」

 気を使って席を外そうとする海人を制し、シェリスはゲイツに話を向けた。

「構わねえっすよ」

「ありがとうございます。依頼内容は《サランディアの聖水》の調達です」

「無理です。死にます」

「即答ですか。きっちりと己の分を弁えておられるようで何よりです」

 内容を聞いた瞬間に一瞬の躊躇いもなく断ったゲイツに、シェリスは苦笑する。
 その笑みを見て、彼はその言葉を冗談だと思った。

「で、本当の依頼はなんですか?」

「ですから《サランディアの聖水》の調達です。報酬は一千万。
無論ギルドを通じて指名させていただきますので、ランクポイントも溜まりますよ」

「……えーっと、遠回しに報酬に釣られて死ねと?」

 重ねて死刑宣告じみた依頼をしてくるシェリスに、ゲイツの顔が引き攣った。

「まさか。そんな事をすれば私がスカーレットに殺されます。
条件付ですよ。局長と一緒に向かっていただきます。
その分依頼難度は下がりますが、おそらく第二級になるでしょう」

「オ、オーガスト爺さんとっすか……!? なるほど、それなら俺でも何とか。
でも、むしろ爺さん単独の方がいいんじゃないっすか? 自分で言うのもなんですけど、多分足手纏いっすよ俺」

 おそるおそる、といった風にオーガストに訊ねる。
 が、ゲイツのそんな弱気の態度を老戦士は豪快に笑い飛ばした。

「ふぉっふぉっふぉ、自信を持たぬか。お主は既に一流と言ってよい力量を持っておる。
それに、今回の話は将来を見据えての話じゃよ。わしももはや老齢。
いつまで取りに行けるかは分からぬ。ならばモノになりそうな若者を鍛えようと思うてな」

「……いよっし! その依頼受けました!」

 オーガストの言葉に奮起し、ゲイツは依頼を承諾した。
 煽られた、という事もあるがオーガストの冒険を間近で見れる機会というのは滅多に無い。
 なにせ、今の年に至っても彼が誰かと組んだ回数は片手で数えられる程しかないのだ。
 こんなチャンスを逃したくはなかった。

「それは良かったです。ところで言い忘れましたが、できれば明日にでも向かって欲しいのです。
なんでもこの町の医院で《サランディアの聖水》が尽きてしまったらしく、早急に必要な患者がいるそうなので。
もしも何日も後でなければ都合がつかないという事でしたら、
申し訳ありませんが、別の冒険者に話を回すかオーガスト老お一人で向かってもらう事になります」

「……へ? いやいや、無理っすよそれ! コンディションは整えられますけど、
屋台の営業許可は俺に出されてるんですから、明日から屋台出せなくなっちまいます!
今日の繁盛具合考えりゃ大騒ぎになりますよ!?」

 シェリスの言葉に、ゲイツは慌てた。
 今日は上手く行列を制御できたが、それでも列の最後にいた数人に割引用の割符を配る事になった。
 これでもし明日店を出さなかったなどとなれば、当分町を歩けなくなってしまう。
 だが、この依頼はぜひとも受けたい。

 そうやって煩悶しているゲイツを眺めながら、海人がポツリと呟いた

「なるほど、そこでハロルド老の出番というわけですな?」

「物分りが良いのう。営業許可の事は元々は信用の問題じゃからな。
わしとしてはカイト殿になら許可を出しても問題は無い。
お主がこれからも続けるのであれば、問題ないように取り計らおう、という事じゃ」

「ふむ……少々お待ちください。内輪で相談がありますので」

 海人はルミナスとシリルに目配せをし、ゲイツを屋台の陰へと連れて行った。
 なにやら揉めているらしく、ゲイツの素っ頓狂な声が聞こえてくる。
 しばらくゴシャゴシャと話し合いが続けられた後、海人が屋台の陰から出てきた。

「話は着きました。では、明日からも続けさせていただけますか?」

 なんとも爽やかな笑顔で海人はハロルドに一礼した。
 好青年の見本とも言うべき実に見事な態度だが、その背後からガックリと肩を落としながら出てきたゲイツを見る限り、中身がそれとは正反対である事は明白である。
 それを尻目に手を取り合って喜び踊っているルミナスとシリルも似たようなものだが。

「うむ。新たな許可証は明日の朝この屋台に届けさせよう。
では、早速手続きを行ってくるので、わしはこれで失礼するよ」

 なんとも嬉しそうに笑いながら、ハロルドは悠然と去って行った。


テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

どもです。
15話追加お疲れ様です。
無性に和菓子と緑茶が欲しくなりました。
にしてもローラさんが無類の肉好きだとは・・・
大量の肉を貪るローラさんって想像できませんわ。
人は見かけによらないってことですかねえwww

[2009/12/28 00:58] URL | ズー #B1FehmyE [ 編集 ]


サランディアの聖水…秘薬的なものか。
これをカイトが作れるようになったりしたら価値が暴落しそうだな。
[2009/12/28 01:52] URL |   #SFo5/nok [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2009/12/29 10:08] | # [ 編集 ]

更新お疲れ様です
 オーガストの爺さんはどれだけお盛んなのかw
 酒と女が大好きで荒事にもメッポウ強いって、何か鬼が居たら仲良くできそうなステータスだw
[2009/12/29 14:23] URL | エーテルはりねずみ #mQop/nM. [ 編集 ]

お大事に
更新お疲れ様です。
一足早いお年玉ありがとうございます。
個人的には、ルミナス達が和菓子を始めて食べるシーンが見たかったですね。
お身体に気を付け、執筆頑張ってください。

追伸
また、目次に追加するの忘れてますよ~。
[2009/12/31 14:27] URL | V.F. #SFo5/nok [ 編集 ]

気づくの遅れた~!!
一週間近くも気づくのが遅れてしまうなんて…(涙)
今回も面白かったです。
久しぶりに和菓子食べたくなってしまいました。


お大事に
[2010/01/03 00:06] URL | あさり #GAkJEmLM [ 編集 ]

シャロンとゲイツに敬礼!
更新お疲れ様です。今回もおもしろかったです。

今回の話で、一番気になったのは「ローラの肉好き」設定です。
ローラさんがステーキを頬張っている姿を期待してます。

後、カイト商売人化計画の一環である屋台責任者ゲイツとの引離しで使われた「サランディアの聖水」調達の仕事がどんなものなのか非常に気になりました。

いったい最後の交渉で何が決まったんでしょうか? ゲイツががっくりって・・・

では、次回の更新を楽しみに待ってます。
[2010/01/03 18:42] URL | Gfess #knJMDaPI [ 編集 ]


ローラは長門並の男顔負け大食漢なのか?
[2010/03/31 12:37] URL | とある通りすがり #- [ 編集 ]


「昨日の段階で繁盛は把握してたみたいだけど、書類仕事を片付けている間に全員帰っていまっていたらしいわ」

帰ってしまって
では?
[2011/02/07 04:47] URL | #- [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2011/07/06 20:52] | # [ 編集 ]


数年ぶりに最初から読み直していたのですが、こんなところでローラがコーヒーを飲んでいるシーンがあったんですね。
第十部を読んだあとだと、とても不思議な感じがします。このときのコーヒーをローラはどんな気持ちで飲んでいたんだろうかと、いろいろと想像しつつあらためて楽しく読ませてもらっています。
久しぶりに読み返してみると忘れていたり新たな発見があったりしてとても面白いです。
すばらしい作品をありがとうございます。
[2018/07/28 22:24] URL | ライラック #hvAQF8HE [ 編集 ]


コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://nemuiyon.blog72.fc2.com/tb.php/44-dd173737
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

九重十造

Author:九重十造
FC2ブログへようこそ!



最新記事



カテゴリ



月別アーカイブ



最新コメント



最新トラックバック



FC2カウンター



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QRコード