ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄84

 夜、海人邸の食堂にてローラとメイベルの料理対決の結果が発表されようとしていた。

 勝敗の判定は、それぞれが作った自信作5皿の優劣。
 前菜、スープ、魚料理、肉料理、そしてデザート。
 コース全体の評価ではなく、あくまでも同じ分類の皿同士の対決で、
一皿ごとに投票形式で勝敗を決めているのだが、現在食べ終えられたデザートに到るまでは、
まさに一進一退だった。

 まず、前菜ではメイベルが勝利した。
 どちらもサラダを作り、材料は違えど味はほぼ互角だったのだが、
一票差で彼女が勝利を収めたのだ。
 
 次に出されたスープでは、ローラの勝利。
 ローラは枝豆のポタージュスープ、メイベルは鳥肉の出汁をベースにしたスープを作ったのだが、
ここでは実力の差が顕著に出て、全員一致でローラの勝利が確定した。

 続く魚料理は、メイベルの勝利。
 どちらも同じ魚の切り身を使ったポワレで調理法も似通い、火加減もほぼ互角だったのだが、
ソースと魚の身の味の絡み方がメイベルの方が一段上で、全員一致で彼女の勝利となった。

 その次の肉料理はローラの辛勝。
 どちらも今朝ローラが狩ったエンペラー・カウの肉を使い、
ローラはステーキ、メイベルはローストビーフを作ったのだが、どちらも甲乙つけ難かったのだ。
 ステーキは表面は香ばしく、中は絶妙なレアに焼かれた肉はほのかな塩が振ってあり、
そのまま食べても美味いのだが、切った際に零れた肉汁と若干甘めのソースを絡めて食べると、言葉を失う美味さになる。
 薄切りにされたローストビーフは一見肉汁があまりなさそうに見えたが、実際食べてみれば噛みしめる度肉汁が迸り、
付け合せの野菜と交互に食べていると、比喩ではなく手が止まらない美味だった。
 結局一票差でローラが勝利したものの、どちらが勝ってもおかしくはない対決だったのだ。
 
 ゆえに、その時は審査員の誰もがデザートも激戦になるだろうと思っていたのだが、

「満場一致か―――デザートは、ローラ女士の勝利! よって三対二で勝者ローラ女士!」

「あーあ、負けちゃったわねぇ……」

「いや、でもあれは仕方ないですよ。最後のデザート、凄かったですもん。
ってか、あれ面倒じゃありませんでした?」

 ローラのデザートを思い出しながら、ルミナスが訊ねる。

 内容自体は、非常に単純だった。
 生クリームと果物と少し厚めな一口サイズのクラッカー。
 それも一枚のクラッカーに付き果物は一種である。
 デザートというよりはおやつと言った方が適切な程に単純な料理だった。

 が、食べてみればその味は絶妙そのもの。

 フルーツの種類ごとに生クリームの濃さ、固さ、甘さなど全てが調節されており、
一見何の変哲もないクラッカーも同様に調節されて総合的なバランスを整えていたのだ。   
 口に入れて噛みしめれば、果汁の旨味と生クリームの濃厚さとそれらを受け止めるクラッカーの滋味が合わさり、
なんとも言えぬ幸福感が体に満ちていった。
 単純であるがゆえの、濁りなき美味と言えよう。

 とはいえ、ローラが掛けた手間も並ではない。
 時間が経てば風味が変わる、と生クリームは食べる直前に調味し、ホイップ。
 果物も果汁が流れすぎないよう、この場でカットして盛り付けていた。

 美味い事は間違いなかったが、手間がかかった事も間違いなかったのである。

「面倒でも、美味しい物を作りたければやむをえません。
それに、折角あれだけの材料が揃っているのです。活用せねばあまりに勿体無いでしょう」

「そうねー。もっとも、私の場合それが思いっきり裏目に出たんだけど」

 あーあ、とメイベルが天を仰ぐ。

 ローラが言うように、ここの厨房に揃っていた材料は素晴らしかった。
 どれもこれも紛れもない一級品で、全てを揃えるには強力な人脈と相応の資金が不可欠な品揃え。
 特に果物は素晴らしく、毎回授業後にここで食べている物が全て揃っていた。
 
 これは思い切って活用せねば――――そう思ったまでは良かったのだが、その後判断を間違えた。

 色とりどりのフルーツを盛り合わせたクレープを作ったものの、
初めて扱う食材まで混ぜてしまった事で味のバランスが上手く保てなかったのだ。
 結果、余計な事はせず一つ一つの素材の良さを引き出す事にのみ注力したローラのデザートに遠く及ばなかった。

 仮にまともな判断をしていたとしても実力差で負けていただろうが、
こうも見事な大敗を喫する事は無かっただろう。
    
「いや、メイベルさんのクレープも凄い美味しかったですよ?
ローラさんのあれと比べるとバランスが崩れて感じられるってだけで」

「いいのよ、デザートまでいった段階で負けは覚悟してたから。
ま、次は勝つから問題ないわ。この子得意の肉料理でかなり迫れたしね」

「そういえば、あのローストビーフは美味かったな。
ローラ女士のステーキも美味かったが、個人的にはあちらの方が好みだった。
色々試すのが楽しかったしな」

 肉料理の味を思い出し、海人の頬が僅かに緩む。

 ローラのステーキは肉の味を楽しむ事を第一としており、付け合せは口直し以上の意味がなかった。
 対してメイベルのローストビーフは、薄切りの肉と付け合せ各種を組み合わせる事で味が多様に変化し、
どう組み合わせるかを食べ終わる最後の最後まで楽しめたのである。

 その為、味的にはローラの方が上ではあったが、海人はメイベルに票を入れたのだ。 
  
「あらそれは嬉しいわね。食べたいならまた今度作ってあげるわ。
今日はなかったけど、あれ本当はレスティア牛で作るのが一番美味しく出来るの。
付け合せも時間があればもっと良い物用意できるから、期待していいわよ」

「ほう、それは機会があれば是非頼みたいな」

「喜んで。ところで、代わりと言っては何だけど、
できれば明日の朝食べたい物があるんだけど、いいかしら?」

「物によるが……和菓子でも食べたいのか?」

「ふふ、それも美味しいけど、授業の時に食べられるじゃない。
私が食べたいのは、前この子がお土産にもらってきた料理よ」

「……ああ、そういえばこの間野菜カレー持たせたんだったな。
構わんぞ。ただし、作ってるとこを見るのは禁止だ」

「それは残念。でも作ってはくれるのね?」

「客をもてなすのは当たり前だろう?」

 何を馬鹿な事を、と海人は不思議そうに首を傾げた。
 そんな彼を見てメイベルは一際楽しそうに笑みを深め、話を続ける。  

「ふふ、それなら相談なんだけど……今度の授業の時、お昼にカレーを出してもらう事は出来るかしら?
この間のは皆で分けたんだけど、凄い好評でまた食べたいって意見が多いの。あ、勿論お金は別途支払うわよ」

「作るのは問題ないんだが……材料の都合上ちと値段が張るぞ?」

 難しい顔で、海人が唸る。

 言うまでもなく、海人の場合材料費自体は0か肉の値段のみ。
 なので創造魔法の事を知っている人間ならば、カレーを超激安で提供できる。
 
 が、事情を知らない、また今後一切明かすつもりがないシェリスのメイド相手となると話が変わってしまう。

 海人のカレーに使われている香辛料はこの大陸では栽培されていない物も多いため、買えば相当な価格になる。
 これを安値で提供すると、物価に疎い人間か相当厚かましい人間以外はかなりの後ろめたさを感じるはずだ。
 そして、シェリスのメイドの大半はどちらも当てはまらない。
 彼女らは仕事柄総じて物価に詳しく、明らかに大幅な原価割れをしている料理を何の躊躇もなく平らげられる精神の持ち主は少数派だ。
 
 使っている香辛料が分からなければ問題ないかもしれないが、スカーレットの料理で舌が肥えている彼女らが、
まったく分からないという可能性は低く、また特徴的な物を2、3理解するだけでもその費用は察せられてしまう。
 そればかりか、全体像を把握できなければ実際の費用より更に高く見積もってしまう事も考えられる。 
 
 なので、生徒相手にあまり気は進まないが、それなりの値段を取らざるをえないのだ。  

「あの味なら多少の出費は安いものよ。それに、私達これでも高給取りだからね」

「……分かった。ただ、使う材料によって費用が変わるからな。
詳しくはシェリス嬢とまた交渉だが……好評だったなら、話が君からくるというのが妙だな?」

「ふふ、可愛い後輩達や御主人様は皆遠慮しちゃうからね。厚かましい人間が話を切り出しただけよ」

「どちらかというと後輩思いな先輩だと思うがな」

「私が食べたいのが第一だもの。そのついでであの子達も喜ぶならより良い事じゃない?」

「ま、その通りだな。ん~……しかし、そうか。確かにこっちで食事出した方が良いという場合もあるな。
それなら出来たての温かい物が用意出来るし、冷たい物も冷たいまま食べられる。
スカーレット女士の腕を考えれば差を容易く埋められそうだが、物珍しいメニューなら……
折角休暇を使って受けに来てるんだし、少しでも楽しんでもらう方が……だが、
それだとコストがかかりすぎて向こうの負担が……いや、楽しんでもらうのが主目的なんだから原価のみでいけば……いや、
そもそも向こうから金をとってしまうとゲイツの奴も今度から払うと言いだしかねん気が……どうした、メイベル女士?」

 思考を中断し、何やらクスクスと楽しそうに笑っているメイベルに話しかける。

「あーごめんごめん、いやついつい笑いがね……うん、やっぱり良い男だわ貴方」

「……今のやり取りにそんな判断材料があったか?」

「そりゃもう山のようにね。でも自覚はなさそうだし、詳しくは秘密よ♪」

「かなり気になるんだが」

「だーめ。良い男って言われてるんだから、素直にそれだけ受け止めなさい」

「前に都合の、とか使い勝手の、とか付いとらんか?」

「単純に素敵な男性って意味よ。ちょっと性悪だけど、他には性格的に目立った欠点もないしね。
むしろ、私にとっては性格も魅力的よ?」

「あー……いや、多分君が思っているより性格悪いし、他にも性格の欠点はあるぞ。それも、かなり致命的なのが」

「あら、そうなの? どんな点?」

「……自分で言うのも何だが、私は独占欲が強くてな。
好きな物は何でもかんでも独り占めしたいタイプなんだ」

「へ? あんた、あんまそういうイメージないんだけど?」

 海人の言葉に、ルミナスが不思議そうに首を傾げる。

 どちらかというと、海人は執着心が薄いタイプだと思っていた。
 物には執着しないし、町中でルミナスやシリルが彼の知らない人間と親しく会話しても嫌そうにしている様子もなく、
雫が屋台でオマケしてもらう為にちょっと媚を売ったりしていても、気にしている様子はなかったのだ。

 物だけなら創造魔法のせいで説明がつくが、人間についてはこれまで気付かなかった説明がつかない。

「まあ、一応の常識は持っているつもりだからな。表には出さんよう努力はしている。
が、現状でも例えば君らが誰かと付き合うとか付き合ってると言って連れてきたら、
力をもってその愛を証明しろ、ぐらいの事はやりかねんぞ」

「……えーっと、当然戦力は自重しますわよね?」

「無論、私もその程度は弁えている。
そもそも、例え身内だろうと幼稚な感傷で人の恋愛を妨げる事自体見苦しい事この上ないんだからな。
醜態を晒すのは不可避としても、可能な限り傷は浅くしたいところだ」

 シリルの問いに、海人は静かに答える。 

 海人の心情としては、身内だろうが恋愛事に口を出していいのはせいぜい助言まで。
 気に入らないからといって無理矢理に引き裂くような真似は、見苦しい事この上ないと思っている。
 ルミナスあたりが惚れた男を連れてきたとしても、変な男ではないか態度から見極める程度に止めるべきだとは思うのだ。 

 が、己の独占欲の強さを考慮すればそれはまず不可能。
 大事な身内の相手と認めるに足るものを示されなければ到底納得できないし、
そもそもそれを自重しようという思い自体も希薄なのだ。
 
 とはいえ、それが見苦しい事も重々承知。
 ならば己の恥を極小化する為にも、納得できる最低ラインを求めるべきで、
あまりに惨たらしい無茶を吹っ掛けるべきではない。   
 それが海人の結論である。 
 
 無論、相手がどうしようもないろくでなしであれば、話はまるで違ってくるのだが。

「なるほど、感情に流されてもある程度は理性を保っているという事ですわね? 安心しましたわ」 

「なぁに、私も一応恥は知っているというだけの事だ」

 ほっと息を吐くシリルに、軽快な笑顔を返す海人。
 和やかになった空気の中、ローラが静かに口を開いた。

「……ちなみに、具体的にはどの程度の事を課すおつもりですか?」

「具体的に……ん~そうだな……全力のリレイユから十分生き延びてもらうぐらいかな?
あ、勿論可愛いペットに傷など付けようとすれば私も参戦するぞ」

「それ普通死にますわよ!?」

 胸を張って無茶苦茶をほざいた馬鹿を、シリルは思わず怒鳴りつけた。

 たとえ十分でも、プチドラゴンに襲われて生き残れる人間なぞ世界を見渡してもそう多くはいない。
 ましてこの歩く非常識の影響か、リレイユは異常に知能が高く人語を解している節さえある。
 そこらの一般人はおろか、ルミナスの部下でさえ何人生き残れるかという次元だ。

 さらにリレイユに反撃しようとした段階で海人が参戦となれば、生き残れる人間がいるかどうか自体怪しくなる。
 海人の障壁で動きを止められ、直後にブレスで炭化する光景が目に見えるようだ。
 ルミナスの部下どころか、ルミナス本人でさえクリアは至難だろう。
 正直、シリルでも単独で挑めば自殺行為と言う他ない。 

 友人どころか、家族の選んだ男を試すにも明らかな過剰戦力である。
 これが一度でも関係を持った相手ならどれほどの戦力を叩き込んでくるか、想像もできない。
 
 あまりにも過剰すぎて正直冗談にしか聞こえないのだが―――海人の目は思いっきりマジである。

「な~るほど。それは確かに困ったものね。
そうなると、一度肉体関係持った相手はかなり束縛しちゃうタイプかしら?」

「ああ、その通りだ。まだ諦めていないなら、他を当たった方が賢明だぞ。
リスクの大きさに対して、見返りがあまりに少ない」

 からかうように訊ねるメイベルに、右手をひらひらと振りながら苦笑する。

 一応、海人としては親切心のつもりだ。
 海人の独占欲とメイベルの生き方はこれ以上ない程見事に対立している。
 ゆえに彼女の要望が叶うことはまずないだろうし、万一血迷って叶う事があったとしても、
それと同時に背負う面倒まで考えれば、割に合わない事この上ない。

 面倒なだけで何の実りもない事にはさっさと見切りをつける方が賢明。
 そう思っての提案である。

「ふふふ、忠告ありがとう――――でも、私はそういう事で損得なんて考えないのよ。
欲しいから手に入れる。ただそれだけ。後で付き纏われようと、背後から刺されそうになろうと、
それらは全て私が選んだ結果。笑って立ち向かうまでよ。
むしろ、今回は覚悟が出来る分楽とも言えるわね」

 妖艶な、それでいて堂々とした笑顔で言い切るメイベル。
 その目には一切の迷いも嘘もなく、いっそ純真とさえ呼べる光があった。

「ふむ、豪気だな。些か欲望に忠実すぎる気はするが」

「欲望満たさずに何の為の人生かしら?
でもまあ、ある程度の取捨選択をする程度には自制も出来るわ」

「ほう、例えば?」

「そうね―――今の話で一生貴方一筋に生きる、という一手も考慮に入ったわ」

 艶然と微笑みながら、メイベルは何気ない口調で答えた。

 海人のいう独占欲は極めて厄介だが、実のところ解決策は極めて単純だ。
 他の男に目をやれば何をするか分からないのなら、やらなければいい。
 それだけで、危険は0になる。 

 だが、それはメイベルのようなタイプの人間が実行できるはずもない策だ。
 欲望に忠実であり、それを恥じる気がない人間にとって、一人に縛られるなど耐えられるはずもない。
  
 ―――――にもかかわらず、周囲はメイベルの言葉に思わず息を呑んでいた。
 
 普段と変わらず軽い、飄々とした口調。
 内容も、いかにも悪女が語りそうな吹けば飛ぶほどに軽そうな言葉。
 これまでの彼女の言動からしても、本気とは思えない発言。

 だというのに、今の言葉はこの上ない本気を感じさせた。
 そしてそれは、この場にいる一部にとっては、非常にまずい事態であった。

(―――いや、まだ分かんない。この人レベルならあたしらの目をごまかせてもおかしくない)

 内心で焦りを感じつつも、雫は努めて冷静さを維持した。

 メイベルの演技力は極めて高く、本気で演じれば雫ではそれを見抜く事は叶わない。
 実際、彼女の素の性格は海人が暴露するまで想像すらせず、暴露された後もそれを己の目で見るまで半信半疑だったのだ。 
 となれば、今の言葉も熱の入った演技である可能性は十分ある。
    
 が、その儚い希望はあっさりと打ち砕かれた。
  
「……本気のようだな。しかし何故だ? 正直能力含めても私にそこまでの魅力はないと思うが?
というか、そもそもこの短期間の付き合いでそこまで思いきれるほどの根拠があるとは思えんのだが」

「言ったでしょ? 私が良い男と思えばそれが全て。
それに、そもそも恋に根拠を求めるなんて無粋だと思わない?」

 いかにも不可解といった顔をする海人に、艶然と微笑む。
  
 あまりに堂々とした態度に、流石の海人も若干気圧された。

 欲望に忠実な人間も、それを隠さない人間も、海人にとってはそう珍しくはない。
 嫌になる程無駄に膨大な人生経験において、それなりに見てきている。
 そういう人間の多くは穢れとも言うべき淀んだ雰囲気を纏っているのが常だ。
 そして、それはえてして相対する者に不快感を呼び起こす。
 
 が、メイベルの場合それが極めて薄い。
 粘つくようなドロドロの情念は感じるのだが、どこか爽やかさがある。
 彼女のような女性は断じて好みではないし、関係を持とうとは微塵も思わないが、好ましいと思えるのも事実だ。
 なかなか珍しいタイプの人間に、思わず笑みが零れてしまう。

 海人のそんな反応に気をよくしたのか、メイベルは笑みを穏やかなものに変え、

「―――ま、あくまでも最終手段だけどね。貴方にはそれぐらいの価値を感じてるって事よ」

 あっけらかんと、そんな言葉で締めくくった。
 先程までの艶やかさはどこへやら、今は普通の軽いお姉さんといった感じだ。

「はっはっは、それが最終手段になってしまう、という段階で成功率はほぼゼロなんだがな。
とはいえ無駄な事に労力を割かせるのも哀れだし、とりあえず過大評価は正しておくとしようか」

 海人は言いながら不敵に笑うと、横に視線を向けた。
 視線を向けられた者―――シリルは、不思議そうに首を傾げる。
 
「なんですの?」

「いやなに、仮にも生徒に馬鹿な勘違いで無駄な労力を費やさせるのは忍びないからな。
私の性格を教える為の生贄が欲しいわけだ。そしてそれは、何度無惨に叩き潰されても懲りない人間が望ましい」

「ほほう……目的を考えれば適任ではあると思いますが、生贄というのは語弊がありますわね?
調子に乗りすぎて無様を晒す姿を見せて幻滅させるわけですから、処刑人が適切ですわ」

「ふむ、その調子だと戦う気は満々のようだな。
いや良かった。実は断られたらどうしようかと思っていたんだ。
毎度懲りずに恥を晒している君と言えど、それを見る人間が無駄に増えては流石に辛かろうからなぁ?」

「ふ、ふふ、ふふふ……ホント、調子に乗りまくってますわねぇ……!
今日こそは敗北を教えて差し上げます! 観客を増やした挙句無様な姿を晒す事になる愚かさ、後でたっぷり後悔なさい!」

「くっくっく、敗北がかさみ過ぎて現実を見れなくなった友人を正気に返すのも友情というものか。
いかんな、これでは友情に厚い男と思われてかえって評価が高まってしまうかもしれん」

 かたや獰猛に、かたや不遜に睨み合う二人。
 そんな二人の横で、ローラが雫に話しかけていた。

「御二人は何の話をしてらっしゃるのでしょうか?」

「ディルステインですよ。いつもどーりなら海人さんの性格の悪さが嫌になる程分かると思います」

「……そんなに酷い戦い方なのですか?」

「百聞は一見にしかず。すぐ始まりますし、見てりゃ分かりますよ」

 雫の言葉に合わせるように、シリルが戸棚からディルステインを取り出し、手近にあった小さな机に乗せる。
 そして二人は机を挟んで向かい合うように海人が用意した椅子に腰かけた。
 特に話し合う事もなく、シリルが先手の対局が始まる。
  
 二人の対局を初めて見るローラとメイベルはどんな戦いが繰り広げられるのかを、
見慣れている人間はシリルがどう足掻くかをそれぞれ楽しみにしながら観戦を始めた。

 唯一人――――別の思考に没頭してしまっている人間を除いて。























 シリルと海人の対局を視界の端に収めながら、ルミナスは己の状態を分析していた。

(……なんだろ、この感覚……?)

 初めての感覚だ。

 体が燃えるように熱いのに、芯が氷のように冷たい。
 心臓がバクバクと破裂しそうな程に脈打っているのに、今にも止まりそうな程に頼りなく感じられる。
 得体のしれない焦燥感のようなものが胸を焦がしているように思えるのに、それが絶望的な諦観にも思えている。
 
 体に、心に、相反する何かが生じて引き裂かれていくような、気が狂いそうな程に、嫌な感覚。
 このままでは発狂するかもしれない、そう切実にそう思うのに、原因が分からない。
 ゆえに解決策の糸口さえ見えず、気分が悪化していくのみ。

 ――――否、原因自体は明白だ。

 先程の海人とメイベルのやり取り。それ以外には考えられない。
 肉体強化でも治まらないこの不調は、どう考えても精神的なものだ。
 
 だが、なぜ気分が悪くなるのかが理解できない。

 海人が恋をする、それは望ましいはずだ。
 いかに彼の中で亡き妻の存在が大きくとも、生きている彼には未来がある。
 それを考えれば、他の女性と愛し合うのはむしろ友人として歓迎すべき出来事。
 問題があるとすれば相手が尻の軽そうなメイベルという点だが、
それも先程の言葉を、その中に込められた本気を考えれば必ずしも悪いとは言えない。

 そのはずなのに―――酷く、不快だ。

 普段は安らぎさえ感じる海人の顔が、憎たらしくてたまらない。
 暢気にしてるんじゃない、と殴り飛ばしたくなる。
 彼が笑って過ごせるなら、それが一番のはずなのに。
 
 ――――何か、見落としがある。

 気付いて当然の事実、そんな何かを見落としている気がして仕方ない。
 一度気付いてしまえば、どうして気付かなかったのか不思議になりそうな程単純な事実。
 それが見えていない気がする。

 だが、考えれば考える程分からない。
 まるで何かが自分の思考から、その答えだけを意図的に隠しているかのように。

(……やめやめ、別の事考えよ)

 どんどんどす黒くなっていく感情を、思考ごと断ち切る。

 気にはなるが、これ以上考え続けていても答えは出そうにない。
 しかも考えれば考える程感情が沈み、どす黒い何かが心の底から湧き出てくる。
 考え続けていれば、場の空気を破壊しかねない。
 この場には、不穏な空気に敏感な人間が多いので、尚更だ。
 
 別の事を考えて早急に思考を切り替えるべきだった。

(……あー、そういやカイトの独占欲の話は面白かったわね。
ま、大事にする以上執着心が強くなるのも当然だし、んな大それた欠点とは思わないけど)

 そんな事を考え、苦笑する。

 海人自身は恥じているようだが、別に独占欲が強いのは悪い事だとは思わない。
 何かを大事にする以上、それに対する執着が強くなるのは当然の話だ。

 付け加えれば、自分はそれをとやかく言える立場ではない。
 海人が他の人間と仲良くしていれば腹が立つし、時に感情の制御が効かなくなり剣に手が伸びかける事さえある。
 実行していないだけで問答無用で排除に移りそうになるのだから、海人より自分の方が余程性質が悪い。

(でも、シズクちゃんとセツナさんは大変よねぇ……最低でも私と互角以上の男じゃなきゃ、恋人も作れないじゃない)

 護衛二人の未来を思い、思わず同情してしまう。

 あの時の海人の様子からして、二人が恋人を連れてきたら本当にリレイユをけしかけかねない。
 それを掻い潜って生き延びられる男など、世界を見渡してもそう多くはないだろう。
 何の制約もなくとも恋人を見つけるには相応の苦労が伴うはずだというのに、
そんな極限条件まで付け加えた日にはまず相手がいないはずだ。 

 折角の美人姉妹だというのに、生涯独身が確定したようなもの――――そこまで考え、ルミナスの思考が一瞬止まった。

(……あれ? 今、何か引っ掛かったわね。えーっと、シズクちゃんとセツナさんがほぼ生涯独身確定……ん?
って、他人事じゃないわよ!? あの条件私にだって適用されるじゃない!?)

 今更のように気付き、ルミナスは慌てた。

 そう、海人の友人であれば、誰もが先程の条件に合致する。
 ルミナスも例外であるはずはなく、恋人を作る、まして結婚など遠すぎる夢だ。
 エアウォリアーズでさえ、あの条件を乗り越えられそうな人間は片手で足りる。
 それも性別を問わない数で、だ。

 幸せな結婚を夢見るルミナスにとっては、死活問題だ。

(……ん? でも、気付いた今でもあんま危機感感じないわね。
最悪カイト殴り倒して別大陸で結婚しなきゃならないはずだけど……んん?)

 思わず、思考に沈む。

 海人が自分の夢の最大の障害になると悟ったにもかかわらず、妙に危機感がない。
 現実的には礼儀として海人に相手を紹介し、その直後彼を殴り倒して別大陸に逃げるといった事になりそうなのだが、
そうしなければならないという憂鬱感も出てこないのだ。
 
 結婚願望が消えたわけではない。
 昔から変わらず、今も幸せな結婚をして温かな生活を営みたいと思っている。 
 むしろ年齢の関係で年々強まっているぐらいだ。

 海人が言葉だけで実行しないと思っている。これも違う。
 困った事に、海人は基本的に有言実行の男だ。
 多少手加減してくれるにしても、近い事は実行するだろう。

 では、この危機感のなさはなんなのか。
 より深く思考しようとしたところで、 

「ぬがああああああああああああああああああああああっ!?」

 突如響き渡ったシリルの絶叫に、思考を中断された。

























 シリルは、屈辱に顔を歪めながら盤面を睨みつけていた。

 その両拳は彼女の心を示すかのようにブルブルと激しく震え、
触れているテーブルをカタカタと揺らしている。
 少し突けば、今にも爆発しそうな程に危うい雰囲気だ。

 そんな彼女を嫌味ったらしい笑顔で眺めながら、海人は高らかに笑う。

「くっくっく……はーっはっはっ! どうしたシリル嬢?
少し前に勝算が見えた、とか言っていた気がするんだが、いつになったらそれを見せていただけるのかな?
私の頭脳をもってしても、皇帝を取られてからの逆転策は思いつかないんだがなぁ?
いや、ひょっとするとこの敗北も仕込みかな? だとすればなかなか念の入った策だがなぁ?」

「ぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……お、おのれぇっ……!
あれだけ罠を張り、仕込みを続け、最後の最後の逆転に懸けましたのに……!
敗北を重ねて頭に血が上っているよう見せかけましたのに……!
もう少しで上手くいくと思ってましたのに……!」

 ギリギリと歯軋りしながら、勝ち誇る怪物を睨みつける。

 純粋な盤面の知略で戦っては到底勝ち目などない。
 盤面で決まった動きしかできない駒を動かす勝負である以上、
素の知力に絶望的な差がある海人に勝てるはずはないのだ。

 が、盤外の心理戦を含めての戦いであればシリルの勝ち目が皆無とまでは言えない。
 盤外の勝負であれば、打てる手の制限が少ないからだ。
 当然そこから連なる戦術・戦略の幅も広がり、予測は至難になる。
  
 無論、海人も心理戦を仕掛けてくるし、その技能はシリルが遠く及ぶところではないのだが、
予測すべき範囲が広がる以上、見落としや判断ミスの可能性も高まり、盤面のみよりも策略の成功率は確実に高い。  
 
 ゆえに、持てる技能全てを注ぎ込んでの心理戦を挑んだのだが、結果は無惨だった。

「ふははははっ! 甘い! 甘すぎるぞシリル嬢! 
途中から冷静さを失い始めているように装い、終盤のどうにか取り返しが利く場面で愕然とした表情を作ったのは面白かったが、
あの程度の演技を見抜けぬはずがあるまい! 最後の最後で本当に予想を外された時の君の顔は実に見物だったぞ!
はぁーっはっはっはー!」

「ええいっ! 図に乗っていられるのも今の内ですわよっ!
また策を練り直し、次回は何としてでも叩き潰して差し上げますわ!」

「ふははははっ! 何度でも挑んでくるがいい!
何度でも叩き潰してくれよう! はぁーっはっはー!」

 果敢に睨みつけてくるシリルに対し、それを傲慢に嘲笑する海人。
 身長差と海人の雰囲気もあり、まるで魔王に挑む勇者のような構図となっていた。
 
「いつも、このような事を?」

「……ええ。私の家に居候してた時からずーっとやってます。
かれこれ二百回以上あんな負け方してますけど、未だに諦める気配0なんですよあの子」

「なるほど。大した執念ですね」

「ちなみに、ローラさんなら勝てそうですか?」

「まず不可能かと。恥ずかしながら、シリル様の最後の戦略は私もギリギリまで読みきれておりませんでした。
それを読みきった上で最後の最後に戦略を粉砕する一手を打てるよう盤面を誘導するような相手には、
とても勝てる気がいたしません」

 雫の問いに、冷静にローラは己の分析を語る。

 盤面だけでなく表情の変遷なども観察していたが、シリルのそれは見事と言う他なかった。
 表情から演技している事自体は読み取れていたものの、追い詰められすぎている盤面から、
盤をひっくり返したいのを堪えているのだろう、程度にしかも思っていなかったのだ。
 それが間違いだという事に気付いたのは、海人がシリルの戦略を破壊する五手前。
 正直、自分がシリルと相対していれば、負けていた可能性も否定しきれない。

 そんな彼女を始終掌の上で踊らせていたような怪物には、とても勝てる気がしなかった。

「というか、あんな相手にハンデ無しで挑むって、もはや負けず嫌いって次元を通り越してるわよねぇ……」
 
「や、結果分かりきってるのにローラさんに喧嘩売れる貴女も大概だと思いますよ?」

 自分の事を棚に上げてしみじみと呟くメイベルに、雫が思わずツッコむ。

 相当長い付き合いだろうに、未だ料理はまだしも、戦闘でローラに挑めるあたり、メイベルの負けず嫌いも筋金入りだ。
 常人、というか精神的にタフな人間でも普通ならとうに諦め、戦闘による対決だけは避けているだろう。
 知力絡みの勝負で海人に挑むよりは億倍マシとはいえ、子犬がプチドラゴンに勝てる道理はないのである。

「ふ、女には負けると思ってもやらなきゃいけない時があるのよ」

「シリルさんも毎回似たような事言ってんですよねー。
ってか、肝心の海人さんの評価は変わりました?」

「まったく。確かに思った以上に性質悪いみたいだけど、あの程度で変わるような軟な評価じゃないわよ。
というか、むしろ高まったわね。その彫刻相当良い出来だもの。
芸の多い男って、それだけで高評価よ?」

 呆れと称賛の入り混じった視線を、海人の手元に向ける。

 そこにあるのは、毛繕いをする小鳥の彫刻。
 くりくりとした目が愛らしく、嘴が翼に埋もれている様子まで精緻に彫り出している為か、
今にも動き出しそうな生気に満ちている。

 ―――これが対局中の暇潰しで彫られたなど、直に見ていなければとても信じられなかっただろう。

 そう、海人は今日の対局の途中から彫刻を彫っていた。
 最初は普通に打っていたのだが、シリルの思考時間が局面が進むにつれ長くなっていく為、暇を持て余していたのだ。
 無論それはいつものことであり、普段ならそれでも対局のみに専念するのだが、今日は少しばかり状況が違った。

 海人の芸をどの程度探れたのか、メイベルがローラに訊ねたのだ。
 ローラは今までの成果をつらつらと答えたのだが、一通りの話が終わったところでメイベルが彫刻の話に興味を抱いた。
 どうすれば早彫りでそこまでの物を仕上げられるのだろうかと。 

 なので、暇を持て余していた海人は万一負けたらシリルに土下座の上、
彼女の為に全身全霊で好きな物を彫るという条件付きで、対局しながら彫刻を始めたのである。
  
 当然シリルは燃え上がったが、結果はこの通り。
 あからさまに対局以外の事に注力して尚、海人は圧勝した。
 彫刻を、早彫りとは信じ難い高品質に仕上げながら。  

「やはり、貴方の目から見てもそうかしら?」

「ええ、多少粗雑だけど良い出来よ。もし値段を付けるなら、三万。
好みに合致した買い手が複数いれば三割増し……売り方次第で倍も狙えるってとこかしらね」

「なるほど、貴女が言うなら確実でしょうね」

「あれ? メイベルさんってそんなに目利きなんですか?」

 メイベルの評にあっさり納得したローラに、雫が不思議そうな目を向ける。

 器用そうなメイベルの事だから芸術品の目利きが出来ても不思議はないが、
完璧超人たるローラが迷いもなく鵜呑みにするほど、というのは少々意外だった。

「美術品の目利きに関しては、私共の中でも群を抜いております。
彼女が言った以上、それには最低三万ルンの価値はあると断言して問題ありません」

「あら、そうなんですの。では、これにはいくらの値を付けられます?」

 ローラの言葉を聞き、シリルが懐からこの間買い取った彫刻を取り出す。
 それを見た瞬間、メイベルの双眸が大きく見開かれ、次の瞬間には鋭く細められた。

「……ちょっと貸してもらっていいかしら?」

 メイベルはシリルから彫刻を受け取るなり、つぶさにそれを観察し始めた。
 忙しなく視点を変え、全方位余す事無く虱潰しに視線を這わせていく。
 その表情からは普段の軽薄さがなりを潜め、代わりに抜身の刃のような鋭さが漂っている。   
 
 やがて一通りの観察を終えると、メイベルは小さく息を吐き、評を下した。

「……最低ラインで二十、いや三十万ね。彫り込みが凄い細かい上に、雰囲気を際立てるだけで損ねてない。
しかも手の平に乗せて観賞する限りは、どの距離・どの角度から見ても楽しめる。
もしこの良さを保ったまま彩色出来れば、五倍、場合によっては十倍も狙えるかも。
でも、これもカイト様が? 作風とか彫り方の特徴からするとそれっぽいけど……」

「これはあくまで暇潰しの即興、それは手見せとはいえ構図はしっかり練り、一切手を抜いていないものだからな。
しかし疑うわけではないが、そこまで値を付ける程の物か?」

「ええ、素晴らしい出来よ。私の知識の中でもこれだけの出来の彫刻はそう多くないもの。
技術もそうだけど、切り取ってる場面が絶妙なのよね。シェリス様が知ったら、きっと大暴れするわよ?」

 くすくす、と悪戯っぽく微笑む。

 木彫りとは思えぬ程にリアリティを感じさせる精緻な彫り込み。
 どの角度から見ても力強い躍動感を感じられる、見事な場面の切り取り。
 そしてそれらを手の平サイズに収めてしまう計算。

 間違いなく、海人は彫刻職人としても名を馳せられるポテンシャルを秘めている。
 それこそシェリスが知れば、再びなんで黙っていたのかと大騒ぎするレベルのものを。

 断言するメイベルの表情に嘘がない事を確認すると、海人はローラに向き直った。

「……ローラ女士、物は相談だがやっぱり―――」

「シェリス様に報告するな、というのであればお受けできませんので、あしからず」

 海人の言葉を先読みし、封殺するローラ。
 むぐ、と珍しく怯んだ彼に、彼女は更に言葉を続ける。

「どのみち楽譜などの件で八つ当たりを受けるのは確定ですし、素直に諦めた方がよろしいかと。
一度で済ませた方が面倒もないでしょう」

「……そんなしょーもない八つ当たりのせいで私の機嫌損ねたらとか思わんのか?」

「その程度で機嫌を損ねるような方なら、私共ももう少し神経質な付き合い方をしております。
付け加えますと、シェリス様にはそんな相手に八つ当たりできるほど生温い教育はしておりません」

 不貞腐れたように訊ねる海人を、ばっさりと切り捨てる。

 ローラ達の対応は、あくまでも相手が海人だからこそ。
 彼が特に実害もない未熟な小娘の八つ当たり程度で機嫌を損ねるような相手なら、もっと慎重に臨んでいる。
 なんだかんだで彼が寛容であるからこそ、気軽に接していられるのだ。

「やれやれ、舐められてるんだか気を許されてるんだか」

「良い方に取っていただければよろしいかと。
しかし、メイベルまであそこまでの高評価とは……失礼ですが、彫刻技術は本当に磨いておられないのですか?」

「ああ、年一回、十年以上ほぼ毎年続けてはいたが、それだけだ。
その時は全力を注いだが、それ以外では技術向上の努力なぞしとらんと断言できる。
ま、最初の年は諸事情あって他の年より力を注いだがな」

 軽く肩を竦め、説明する海人。

 実のところ、大した技術だと思っていなかった最大の理由はかけた時間だ。
 絵画以外の余技に比べれば磨いていた部類だが、それでもかけた時間は短すぎる。
 年に一度、それも最初の年を除けばせいぜい三日程度であり、全て合計しても二ヶ月には届かない。
 しかもその最初の年以外は海人最大の持ち味である理論的な研究を行っておらず、
感覚的な技術を磨くにはあまりに一度のブランクが長すぎる。

 改めて他と比較するような事もなかったので、本当に趣味の一環としか認識していなかったのだ。

「毎年一回、ですか?」

 ローラが、首を傾げながら問い返す。
 それに合わせたように、周囲の人間も不思議そうな表情になっている。

 ――――それを見て、海人は思わず顔を顰めかけた。

 ついつい、余計なことを口走ってしまった。
 その情報開示自体は問題ないが、この場で語るにはそぐわない話題でもある。
 なんだかんだで気の優しい人間が集まっているので、明るい雰囲気を崩しかねないのだ。

 とはいえ、言葉を濁してもそれはそれで角が立つ。
 ならばなるべく明るい態度で話し、印象を和らげる他ない。

 そう結論を出した海人は、努めて明るい口調で種明かしをした。  

「なに、元々母への誕生日プレゼントに始めた事でな。
と言っても既に母はいないわけだが、とりあえず毎年の誕生日には作るだけ作ってるんだ」

 微笑みながら、昔を思い出す。

 それは、海人が十一才の時のこと。
 毎年のように母への誕生日プレゼントを何にするか悩んでいたら、当の本人から頼まれたのだ。
 仕事に持って行くお守り代わりに、海人手製の何かが欲しいと。

 正直、悩んだ。
 仕事に持って行くというのだから、嵩張る物は駄目。
 かと言ってお守り代わりと言っている以上、毎日持ち歩くはずなので、服装に制約を加えかねないアクセサリーも駄目。
 
 そこで考えたのが、根付だ。
 性質上電話のストラップにもできるし、それが目立つというならポケットに入れておくこともできる。
 また、派手派手しいのは嫌いな母の好みに合わせる事も容易とうってつけだった。

 その思いつきは功を奏し、完成品を渡した母は比喩ではなく泣いて喜んでくれた。
 特に彩色無しの木彫りで仕上げた点が大層気に入ってくれたようで、窒息しかかる程熱烈に抱きしめられたのである。

 それが嬉しくて海人は来年もまた作ると約束したのだが―――翌年、完成した彫刻が手渡される事は無かった。
 母の誕生日にはきっと帰ってくる。そう思って寝ずに待ち続けたが、父も母も帰ってこなかったのだ。

 ――――それ以降もずっと、何年経っても連絡一つなく。  

 以来、海人は母の誕生日が近づくと毎年のように彫刻を作っている。
 もはや渡すべき相手はいない、それを悟ってからもずっと。
 唯一、この世で最も大切な人間を喪い、完全な抜け殻と化していた時期を除いては。

 とはいえそんな思いは一切表情に出していなかった。
 少なくとも海人自身はそのつもりだったのだが、
 
「……立ち入った事をお聞きしました。お許しください」

「いやいや、そんな謝るような事じゃない。
古い話だし、今それが役に立ってるんだから良かったという話だ。
最初は苦労したが、その分の甲斐はあったという事だな」  

 深々と頭を下げるローラに、海人は軽い調子で答えた。
  
 実際、もう十二年も昔の話だ。
 かつては思い出す度涙が止まらなかったが、今は乗り越えている。
 少なくとも、当時の事を思い出して懐かしめる程度には。

 ――――そう思っている海人を、彼に近しい者達は哀れむように見つめていた。

 海人は表情の取り繕いが上手いが、それでも毎日付き合っていれば違和感は感じ取れる。
 その違和感がどういう時に生じるかも、だ。
 そこから内心を推し量る事は、そう難しくない。
 そもそも、彼は未だ両親に対し深い愛情と感謝を抱いているのだから。

 彼女らの表情からしくじった事を悟った海人がどうすべきか悩んでいると、
重くなった空気を柔らかく押しのけるような声が響いた。
 
「ふーん、カイト様程の人が苦労ねぇ……どう苦労したの?」

「……うむ、具体的にはこの彫刻刀だ。いや、当時の手持ちの道具では彫るのに時間がかかる上に切れ味の問題で仕上がりも良くなくてな。
良い物を買おうと思ったのだが、当時の私の資金状態で手が届く範囲では良い物がなかった。
で、色々と悩む羽目になったわけだ」

 助かった、と海人は安堵しつつメイベルの問いに答える。

 当時海人が使っていた彫刻刀は、学校の授業で使っていた物。
 悪い品ではないのだが値段相応の質しかなく、海人の求めるレベルには達していなかった。
 なのでお年玉の残りを握り締めて探しに行ったのだが、良い物はどれも手が届かない。
 
 当然、海人は困った。

 長い時間をかけて彫れば道具の分を補う事も可能かもしれないが、生憎そんな時間はない。
 本命に取り掛かる前に試作する事まで考えると、絶対に時間が足りなかったのだ。
 かといって質を妥協するなど脳裏に浮かびすらしない。
 大好きな母へのプレゼントに手を抜くなど、夢にも思わなかったのだ。

 今にして思えば理由を説明すれば息子に甘かった両親は嬉々として買ってくれた気がするが、当時は思いつかなかった。
 研究用ではないから、ちゃんとお小遣いの範囲で何とかしなければと思ってしまったのだ。 

「へえ~……それで、結局どうする事にしたの?
お小遣いの前借り、あるいは……誰かとディルステインで賭けやって稼いだとか?」

「どちらも違う。小遣いの前借りは基本的に許されなかったし、当時の私は賭け事なんぞ思いつきもしなかった。
ついでに言うと、この彫刻刀は貰い物でも借り物でもない、れっきとした私の所有物だ」

「あら……じゃあどうしたの? 他に子供が短期間でお金確保できそうなのは……」

「うむ、結局金はどうにもならなかったから――――自作した」

『ぶぅっ!?』

 海人が当然のように語った、あまりにトチ狂った発言に、ローラ以外の周囲が噴きだした。
 そのローラも、よく見れば目が見開かれている。

「ちょ、ちょちょちょっと待って! は? 良い物が買えなかったから自作!? どうしてそうなるの!?
当時のカイト様どう考えても十代前半よね!?」

「正確には十一歳だ。ま、設備と材料はあったんでな。自作は十分可能だった。
で、幾つか試作して、とりあえず満足できる物が仕上がったんで、それを使って彫り上げたんだ」

「……カイト様、少しそれらをお借りしてもよろしいですか?」

「ん? 構わんぞ?」

 言われるまま、海人はローラに彫刻刀のセットと木材を手渡す。
 彼女はそれを受け取るなり、木材を彫り始めた。

 直後――――ローラの目が軽く見開かれた。

 切れ味が、恐ろしく鋭い。
 まるで温めたナイフでバターを切っているかのようだ。
 少し角度を変えて刃に負担がかかるような削り方をしても、それはほとんど変わらない。
 思考せずともするりするりと刃が通っていくこの感覚は、もはや一種の快感だ。

 とはいえ、情報収集も忘れてはいない。
 切れ味は勿論、握り易さなども重要だし、全ての彫刻刀がこの切れ味とも限らない。
 ローラは試せる限りの彫り方を試すと、別の彫刻刀に持ちかえた。
  
 程なくして一通りの彫刻刀を試し終わると、静かにその手を止めた。

「……ど、どうですローラさん?」

「恐るべき切れ味と強度です。多少刃の通し方が誤っていても支障なく切れますし、その場合も折れる気配がありません。
おそらくは、リパルスエッジ工房の最高級品と同等以上の品質かと。
以前一度だけですが、使った事があるので間違いないでしょう」

「ほう、どれほどの工房か知らんが、プロの最高級品と並べられるとは良い物を作っていたわけだな」

「このド馬鹿っ! リパルスエッジ工房ってのは彫刻刀製作の最高峰よ!
そこの最高級品っつったら、一本何十万単位だっつーのに何年も予約待ちってシロモノなのよ!?」

「……は?」

 ルミナスの叫びに、思わず間抜けた声を返す海人。
 そんな彼が正気に返る前に、ローラが言葉を引き継ぐ。

「付け加えますと、リパルスエッジ工房は後継者が育っておらず、このままでは最高級品は十年後には生産中止になると言われております。
また、他の工房では現状あそこの最高級品に並ぶ物は作れないとも言われており、
そのせいで工房から直接手に入れる以外では、現在でも正規価格の三倍の金額は必要です。
おそらく、十年後には十倍になっているだろうというのが定説となっております」

「はっはっは、驚かそうとしても無駄だぞー。
そんな、日々研鑚を積み重ねている職人が、たかが十一の子供にも及ばんなどあるはずなかろう?」

 からからと笑いながらも、海人は内心思いっきり焦っていた。

 そう、たかが十一の子供が作った彫刻刀だ。
 それも開発に半月もかけていないという、超短期間での強引な開発によるもの。
 普通に考えれば、本人の手にはそこそこ馴染む物が仕上がった、というだけでも奇跡的な成果である。
 
 が、その子供は後に空前絶後と呼ばれる化物。
 分野問わず節操なく研究を行い、その度多くの研究者に絶望を振りまき続ける魔人だ。
 しかも当時は今とは違い自重などという言葉は浮かばなかった為、全力での開発だった。

 さらに、刀のコレクターだった母の影響で刃物に関する研究自体はそれまでにも多々行っており、
ある意味この彫刻刀は当時の集大成である。
 材質は当時の海人が開発していた特殊合金、さらに彫刻刀使用にあたって力のかかる方向や位置を分析する事により、
極限まで薄く鋭い刃を構築しつつも、折れにくく刃こぼれもしにくいという反則的な製法を開発し、
結果当時から力が弱く魔力など使えなかった海人でもすいすい彫り進められる、もはや魔刀とも呼ぶべき逸品が生まれたのだ。 

 材質という点ではこの世界は色々と凄まじい素材が多いのだが、製法の差で勝る可能性は十分にある。
 困った事にこの彫刻刀に使われている特殊合金は、小型の刃物に使う分にはこの世界の高級素材とも大差はなく、
人の手だけでは魔法を使っても到底不可能な工程が幾つか存在する為、製法を再現している職人の可能性もないのだ。

 迂闊にも軽い気持ちで切れ味を試させてしまったが、そもそも衆目に晒すべき品ではなかった。
 そう反省しつつも、海人はさらに足掻く。
   
「ふむ、考えてみれば君も私に負けず劣らず性格が悪い。
大方、私が焦る姿を楽しもうとあえて嘘の評価をしたと言ったところじゃないか?」

「……ええ、仰る通り先程の評価は正確ではありません」 

 海人の指摘に、ローラはゆっくりと頷いた。
 それに鷹揚に頷きながらも内心ほっと胸を撫で下ろす海人だったが、
  
「―――――切れ味は同等ですが、握りやすさと強度は間違いなく上ですので、あれすら及びません」

 続けられたローラの言葉に、思わず逃亡を試みる。

 が、席を立とうとした瞬間眼前の怪物に片腕で頭を掴まれて止められ、そのまま元の位置に戻された。
 頭を掴む右手は、逃がす気はないとばかりにがっちりと海人の頭に食い込んでいる。

 海人は観念したように息を吐き、  

「よし、まずは深呼吸だ。深く吸って、深く吐いて、それをしばらく繰り返そう。
そして気分を落ち着けたら、何も見なかったと忘れぇぇぇぇぇっ!?」

「カイト様は冗談のセンスも素晴らしいですね。面白すぎて、思わず手に力が入りそうになりました。
とはいえ、そろそろ真面目な話に移りたいのですが?」

 ミシミシと海人の頭で不協和音を奏でながら、話を続けようとするローラ。
 その口調はみっともなく悲鳴を上げる海人が視界に入っていないかのように、淡々としている。

「分かった! 分かったから放してくれぇぇぇぇっ!」

 海人の悲鳴混じりの懇願に、ようやくローラの手が放された。
 彼が落ち着くのを待ち、彼女は話を切り出す。 

「では早速ですが、再生産可能な物なのか、そして再生産の予定があるのか教えていただけませんか?」 

「……再生産はすぐにでも可能、予定はないが条件次第、だ。
どうせ今決めるわけにはいかんし、詳しい話は今度シェリス嬢が来た時でいいだろう?」

「条件については準備もございますので、出来れば今候補を伺いたいのですが」

「実のところ今はすぐに思いつくような範囲では必要な物も欲しい物もない。素直に従うのが嫌なだけだ。
だからその時の気分で決める。その時までせいぜいやきもきしとれ」

「……頭を掴んだ事は謝罪いたしますので、拗ねないでいただけませんか?」

「い・や・だ」

 じっと目を覗き込んでくるローラに、海人は子供っぽく舌を出しながら答えた。
















 海人とローラのやり取りを周りが微笑ましげに見物する中、シリルは内心で歯噛みしていた。
 
 なるほど、微笑ましいと言えば微笑ましい光景だろう。
 普段から表情が変わらず、感情すら碌に読めないローラが心なしか楽しそうにしている。
 海人も海人で普段よりも子供っぽい面が出ており、楽しげだ。
 ある程度心を許し合っているからこその、温かい情景である。
 
 が――――それを許容できない人間もいる。 

 心の内に秘めた思いゆえに、それを許せぬ人間が。
 思いの自覚がないがゆえに、自身の荒れ狂う感情が理解できず制御しきれない人間が。
 真っ正直な人格ゆえに、不条理な怒りを抱く己を許容できず苦しむ人間が。

 そんな事を思いながら、ルミナスに視線を向けると、

(……お姉さま?)

 意外な光景に、軽く目を見開いた。

 これまでなら間違いなくやり場のない怒りに震え、それを押し隠していた彼女。
 それが、今回は非常に落ち着いている。
 いつもの穏やかな表情でこそないが、これまでと比べると攻撃性が非常に薄い。

(いえ、むしろこれは……理由を考えておられますの?)

 いつもとは違うルミナスの様子を見て、そんな感想を抱く。

 それとは分からぬ程度に胸を抑え、海人達をみるその表情には多くの感情が出ている。     
 不貞腐れたような拗ね、己を恥じるような自戒、だがなにより理解できない何かに対する探究心が強く出ていた。
  
 今まででは、ありえなかった事だ。

 これまではこんな光景を目にしたら、何よりも自戒が強く出ていた。
 最初の一瞬は怒りが強く出るのだが、その後は自戒が強く出ていたのだ。
 今強く出ている探究心も出ていない事は無かったが、それらに圧されて色合いは薄かった。
   
(……まさか、気付きかけておられますの?)

 さあっ、と顔が青褪める。 
 
 悪い事では、ない。むしろ海人の友人としては歓迎すべき事だろう。
 ルミナスが己の感情を理解すれば、彼の生活はより穏やかになる。
 
 が、おそらくルミナス自身は苦しむ事になるだろう。
 
 今まで海人が絡んだ途端、らしくない行動をとり続けていた理由。
 それが自らの無意識の逃避に由来するものだと知れば、自分が許せなくなるはずだ。
 自覚がなかったのだから仕方ない、と逃避できる精神の持ち主ではない。 

 どちらを優先すべきか、と言えばルミナスだ。
 海人には悪いが、それは絶対に変わらない優先順位である。
 例え自分が彼に殺されるような事態になろうとも、それは譲れない。
 
 しかし、この場をごまかしたとて気付きかけているなら時間の問題。
 その時間も、ルミナスが抱えている問題が解決する程には長くないだろう。
 ならば、多少なりとも傷が浅い内に自分で気付いた方が良いかもしれない。

 そうシリルがどうすべきか行動を決めかねている間にも、周囲の時間は進んでいく。

「ふむ……では、一つ質問に答えてくれれば水に流そうか」

「質問、ですか?」

「ああ。君ともあろう者が何で私が彫ってるのを見てこれの品質に気付かなかったんだ?」

 片手で彫刻刀を弄びながら、訊ねる。

 先程からずっと気になっていた事だ。
 ローラ程の達人であれば、海人の動きを見て刃物の切れ味に気付きそうに思えるのだが、
実際は先程試すまで全く気付いた様子はなかった。

 それが、妙に引っ掛かっていたのだ。
 
「それですか……一つは、カイト様の彫り方です。動き全てが理に適っており、その動きゆえの切れ味と判断いたしました。
切れ味が良いとは思っておりましたが、あそこまでとは思っていなかったのです」

「なるほど。一つは、という事は他にもあるのか?」

「ええ――――恥ずかしながら、真剣に彫る貴方の顔に些か見惚れておりましたので、注意力も落ちていたかと」

『っ!?』

 唐突な、そしてあまりにも意外なローラの発言に、周囲の目が見開かれた。
 が、海人だけは特に気にした様子もなく、話を続ける。
 
「はっはっは、それは光栄だな。ま、見惚れるような美形ではないと思うが」 

「真剣な時の貴方は魅力的ですよ。
初めてお会いした時も、そこの御二人がここに住まうきっかけとなった事件の時も。
どちらも状況が状況でしたので、のんびり観賞などしていられませんでしたが」

「……むう。どう考えても裏があるとしか思えん言葉なのに、先程から一切嘘を吐いてる様子が見当たらんな。
私の観察力が足りんのか……?」

 怪訝そうに、ローラの顔を覗き込む。

 ローラの言葉の内容は信じ難いが、嘘の色は見当たらない。
 表情の変化に乏しいとはいえ、海人に見分けられないはずはないのに、だ。 

「深読みなさらずとも、思ったままの事を口にしているだけです。
いつぞや説明したにもかかわらずまだ誤解があるようですが、
私のカイト様に対する評価は極めて高く、強い好感を抱いております」

「……なんだかなぁ。君といい、メイベル女士といい、評価が過大すぎんか?」

「能力も含めれば、まだ過小かと。ゲイツ様を卑屈と仰いましたが、私から言わせれば貴方の方が余程卑屈です。
総合的に見ればゲイツ様はおろか、この私でさえ比較に値しない能力を持ちながら、どうしてそこまで己を低く見積もるのですか?」

「自分で言うのもなんだが……男としては能力はともかくとして、性格面で問題がありすぎるだろ」

「……確かにカイト様は口は悪いですし、大人なようで子供っぽい面が多々ありますし、
先程のように圧倒的弱者を甚振り楽しむ鬼畜外道な面もあり、
そのくせ無駄と分かっていても逃げを打つ事があるぐらいに臆病でもある、と御世辞にも人格者には程遠いかもしれません。
私の性格云々言う前に自分の性格を直せ、と言いたくなるほどですから」

「……自覚してるとはいえ、流石に少し傷つくぞ?」

 遠慮など微塵もないローラの言いように、海人の唇が僅かに尖る。
 自分で言った事とはいえ、こうもあからさまに罵倒されるのは面白くないのだ。

「ですが――――その程度です。
私が知る貴方の性格上の美点を考えれば、その程度は瑕疵にもなりません」

「……いや、私の性格に美点があるかもそうだが、
どのみちあんだけ言いたい放題言っといて瑕疵にもならんというのは無理がないか?」

「まあ、信じていただけないのは仕方ありません。
ですが私は実際貴方の性格を踏まえても――――」

 ローラは、そこでいったん言葉を切った。
 そして数瞬なにやら考えた後、  

「貴方とならば生涯添い遂げてもいい、そう思っているわ」

 ゆっくりと、言葉を続けた。
 これまで海人にはしなかった、素の言葉遣いで。

 ローラの言葉に、周囲の時が凍りつく。
 あまりに意外な人物からの意外な発言に。
 シリルや刹那、雫は勿論、付き合いの長いメイベル、果ては海人までもが硬直し、目を見開いている。   
 
 だが、この場で最も彼女の言葉に反応したのは別の人間だった。

(……なに、この感情? この上なく良い事のはずじゃない。
ローラさんがそこまでカイトを思ってるって言うなら……)

 呆けた思考の中で、ルミナスは自分の感情に戸惑っていた。

 今のローラの発言は、本来この上ない朗報だ。
 話半分だとしても、それほどの思いならば海人との敵対は極力避けるだろう。
 それはつまり彼の生存率が一気に跳ね上がる事であり、友人として感激すべき事だ。  
 
 なのに――――今ルミナスが感じている感情は、焦り。

 それも尋常な焦りではない。
 心臓はバクバクとかつてない程激しい鼓動を刻み、全身から汗が噴きだしている。
 気を抜けばそれだけで倒れてしまいそうな程に、強烈な焦りだ。

 何故焦っているのか、自分でも分からない。
  
(ローラさんならカイトと気も合うんだし、能力的にも釣り合うだろうし、それこそ再婚相手としても――――っ!?)

 胸に走った激痛に、顔を顰める。
 
 胸が、酷く痛い。
 極限まで加速した心拍で、胸が張り裂けそうだ。
 体が、燃えるように熱い。
 加速した全身の血流が燃え上がっているかのように。
 
 だが、それ以上にルミナスの脳裏を占めるのは、

(駄目駄目駄目! 嫌だ嫌だ嫌だ……っ!)

 まるで子供のような、曖昧だが強烈な拒絶感。

 そんなのは嫌だ、と。
 認められるはずがない、と。
 ただひたすらに強烈な拒絶感が脳裏を占めている。

 体調すらも無視して思考を全て染め上げる程に強烈な拒絶感。
 その果てに、

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……っ! だって、そこは、その場所は私が―――――――っ!?)

 脳裏に浮かんだ言葉に、ルミナスは目を見開いて硬直する。

 その瞬間、先程まで荒れ狂っていた感情が、嘘のように鎮まった。
 灼熱のようだった体は冷え、心臓の鼓動も平時に戻っている。
 代わりに、氷のように冷たい静寂が心中を満たしていた。

 ――――――ようやく、分かった。

 なぜ、海人が絡むとあんなにも感情が乱れたのか。
 なぜ、一定条件を満たした人間が海人に近付くと腹が立ったのか。
 なぜ、海人の独占欲の話を聞いても危機感を感じなかったのか。

 全てが、一つに繋がった。

 それは、あまりにも当たり前の事実。
 本来ならば、もっと早くに気付いてしかるべきだった結論。
 自ら辿り着かねば自覚できなかった、無意識に目を逸らし続けていた、大事な想い。

 それを自覚したところで―――――ルミナスの膝が崩れた。

 ずっと悩んでいた答えを得て気が抜けたのか、と遠のく意識で分析する。
 突如倒れた自分を心配する声が聞こえるが、喉が動かない。
 それでも、ルミナスは一際大きく自分を心配する海人の声にどうにか言葉を返そうとした。

「……ごめん、なさい……」

 擦れる様なその言葉は、誰の耳にも留まる事なく消えていく。  



 

  




 
    

  



コメント

遂に気がついてしまったか……ああなっては仕方ないですね、問題は恋心を自覚したルミナスがどうするかですが。
しかし、まさかローラも明確に恋心を口に出すとは予想できなんだ。

追伸
質問ですが、もしかしてローラの海人への思いって初恋ですか?
[2015/07/13 07:36] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


死ぬほど面白い。というか悶え苦しみました。
ローラさんキタアアアアア
[2015/07/13 08:30] URL | #- [ 編集 ]

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[2015/07/13 11:57] | # [ 編集 ]

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[2015/07/13 13:27] | # [ 編集 ]


ローラやメイベルは流石というか、ちゃんと大人の恋愛になっているのですが、ルミナスは実質初恋?であるせいか、ちょっと子供っぽい恋愛になっている感じですね。
キャラごとに相応の経験値の差が出ていて、脱帽です。

ローラ推しなので、今回の進展は嬉しかったです。
主人公の隣は彼女が一番似合う!

刹那はどう出るのやら...
彼女も意外に大人というか、ルミナスが子供すぎるのか……



[2015/07/13 17:44] URL | ショウ #- [ 編集 ]


おおっ、ローラさんから生涯添い遂げてもいいといわれるとは予想外。
割と直接的なことは言わなさそうだったんで驚きですな。
やっぱりローラさんが一番相性いいよね、これから出番がもっと増えてくれるといいなあ。
ルミナスも自覚したけど個人的にはメインヒロインにはちょっと……
正直ローラ>>ルミナスだと思うんでやめてほしいなあ。
ローラさんは海人以外に相手いなさそうだけど、ルミナスは他の人でも別によさそうなんだよなあ……
[2015/07/14 08:10] URL | #- [ 編集 ]


あまずっぺぇー!?
[2015/07/15 20:08] URL | #- [ 編集 ]


ルミナスの感覚はこれ、恋愛に根ざす感情じゃなくて、そばにいて当たり前っていうところがスタートになっている気がします。
家族愛ですね。

団長がカイトの父親の生まれ変わり、副団長が同母親の生まれ変わり、
ルミナスが生まれてくることのできなかったカイトとエミリアの子の生まれ変わり、という解釈でも面白そうかも?(そうなるとエミリアはどこに行ったんだ…)
[2015/07/16 06:17] URL | 技枠 #oB0FRrCU [ 編集 ]


更新お疲れ様ー
面白かったです。
[2015/07/18 05:45] URL | あああ #- [ 編集 ]


「……ああ、そういえばこの間野菜カレー持たせたんだったな。
構わんぞ。ただし、作ってるとこを見るのは禁止だ」

確か60話で野菜カレーは作るのに丸一日かかると言っていたと思うのですが、創造魔法でつくるのですか?
普通に作ったら間に合わないはずだし地下室を封印するくらい情報を隠蔽しているのにあっさり創造魔法を使ってまでカレーを作るのは違和感がありますね。

エアウォリアーズでさえ、あの条件を乗り越えられそうな人間は片手で足りる。
正直随分多いってかんじですね。
前の方の文章だとエアウォリアーズ縛り無しで生き残れる人間がいるかどうか自体怪しくなると言っているのに片手で足りると言っているということは、エアウォリアーズにクリアできそうなのが5人近くいるということですか?
正直団長と副団長以外にクリアできる人物がいるのか気になりますね。


それにしても完璧超人にみえたローラにも各分野なら意外と肉薄できるのがいてびっくりというか意外な一面が見られて良かったですね。
[2015/07/18 22:54] URL | シャオ #xDU5tAck [ 編集 ]


正直、ルミナスじゃ役不足だし
ローラが一番お似合いだと思う。
[2015/07/19 13:54] URL | #- [ 編集 ]


キャラクターの数が増えてきて自分の記憶力が追いつかなくなってきました(汗)登場人物紹介のようなページを作って頂けたら幸いです
[2015/07/19 23:30] URL | #- [ 編集 ]


いきなりのローラの告白。ローラ推しとしては嬉しいけど、ルミナスも恋心に自覚したっぽいから揉めそうですね。
[2015/07/26 08:33] URL | ten #iWfHidvU [ 編集 ]


遂に来た!
っと思うが、この後の展開がなんとなく読める分、
ローラには幸せになってほしいな、カイト以上に過去苦労してそうだし

役者不足云々は置いといて
[2015/07/27 01:59] URL | #.rEgMis2 [ 編集 ]


ルミナスはどう転んでもヤンデレヒロインにしかならなそう……
(というよりもう既に完全に片鱗を(ry)
普段の太陽云々をそのまま反転させた極めて禍々しいヤツ

最終的には私のものにならないカイトなんか死んじゃえとか(ry
このお話には独占欲だの嫉妬深いのがぎょーさんいてますがその中でも断トツでトップクラスにはいりそうな
[2015/07/28 02:03] URL | #- [ 編集 ]

ローラさん最高!
ローラさんの出番を楽しみにここまで読み進めてきましたがついにこの時が!!衆目の前で告白するローラさん素敵過ぎる!!
憎きはルミナス!なぜローラさんのせっかくの出番で倒れたりするんだ!そんなに目立ちたいのか!
ルミナスは作者さん一押しのヒロインなのだと思いますが、ごり押しされればされるほど他のヒロインの方が魅力的に見えてきます
ここまできてローラや刹那が単なる当て馬でルミナスの引き立て役に過ぎなかったなんてことは本当に勘弁してください。お願いします
[2015/08/16 10:47] URL | はじめまして #Ypu6lp9k [ 編集 ]

すごく面白いです!
最近このブログを見つけたんですが数日でここまで来てしまいました(^_^;)
続きが楽しみでなりません!!
[2015/08/30 14:54] URL | asi #- [ 編集 ]


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