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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄86
 その日、シリル・メルティは海人の屋敷の中庭で軽い肩慣らしをしていた。

 まず、空に向かって右拳を放つ。
 そこから流れるように体を回転させ、左回し蹴り。
 そのまま軸足となっていた右足で飛び、敵の顎に見立てた部分にそれを叩き込みつつ宙返りして着地。
 この間動きに一切のブレがなく、時間も僅か一秒にも満たない。
 
 並の戦士が見れば感嘆する他ないであろう華麗な戦舞を体現した彼女だったシリルだが、表情には不満が滲んでいる。
  
(やはり、昨日よりも僅かに体が鈍いですわね……)

 呼吸を整えた後、溜息を吐く。

 さして得意ではない体術だが、それでも性能の低下は実感できる。
 この状態では、本来互角の相手でも勝率五割にはならない。
 戦いを生業とする身としては、問題のあるコンディションだ。

(とはいえ、お姉さま一人を仕事に送り出すわけにもいきませんし……まったく、困ったものですわね)

 地面に腰を下ろし、肩を落とす。

 不調の原因は、ここ数日上司にして最愛の人間であるルミナス・アークライトの仕事に付き合っている為だ。
 連日朝早くに出かけ、夕方までたっぷりと副業である冒険者の仕事をして帰ってきている。
 一つ一つの仕事は大した難度ではないのだが、いかんせん量が多く全てをこなすのはしんどい。
 一、二箇所で全てが終わるのなら良いのだが、大概は数箇所回り、
場合によっては魔物を探し回って仕事をこなしている為、体力消費も魔力消費も相当に激しいのだ。
 それでもルミナスは後に残していないが、シリルはその小柄な体躯ゆえに負担の度合いが違い、
僅かずつ翌日にダメージが残ってしまっている。

 が、やめるわけにもいかない。

 当のルミナスが始めから付き合う必要はない、むしろ付き合うなと言っているとはいえ、
あのこなせるならば問題なしと言わんばかりの仕事量は、流石に放置できないのだ。
 普段のルミナスならば問題点を指摘して注意すれば素直に従ってくれるのだが、
今の状況ではあまり期待できない。

 なにしろ、最強最悪と言って差し支えない恋敵が出現したのだ。

 ただでさえ勝ち目が薄いというのに、思いを告げられる傭兵引退の日を気長に待っていては僅かな勝率すら消える。
 少しでも引退の日を早めるべく、可能な限り稼げるときに稼いでおきたいというのは無理もない。
 本人的には、尻に火がついたどころか全身丸焦げで焼死寸前の気分なのだろうから。    

 とはいえ、一応救いもあった。

「……カイトさん、完全に振る事前提で考えてますものねぇ」

 ここ数日の羨ましすぎる超絶鈍感男の様子を思い返し、苦笑する。

 誰もが認めざるをえないであろう絶世の美女のキスを進呈されたあの男は、正気に返った後頭を悩ませ始めた。
 期間限定の屋台の営業方針を考えていた時や、植物の栽培法を執筆していた時など比べ物にならない程、真剣に。 
 
 が、それはおそらくキスを進呈した孤高の美女の望みとは真逆の思考だろう。

 なんせ、食事中の雑談にそれとなく混ぜてくる話題が、いかに女性を傷つけずに本音を語るかなのだ。
 かなり遠回しで真意が分かりにくいよう工夫はしていたが、それの取っ掛かりになりそうな言葉を返した時の反応が少し大きかったのである。
 食事の空気を悪くしないよう配慮しつつ苦心して情報を集めているのが窺えて、少し微笑ましく思ってしまった。
 
(まあ、無駄な悩みだとは思いますが。
それが分からない程に取り乱すなんて、あの方も意外に可愛い所ありますのね。
ま、幸福税としてもう少し悩んでいただきましょう……どうせ今日解消されてしまうでしょうし。
別の悩みは増えるでしょうが)

 そんな事を思いながら、シリルは立ち上がった。
 今日も今日とて、ルミナスの仕事に付き合わねばならないので、
早めに準備を整えて門前に集合しなければならないのだ。

 客観的に考えるとシリルがいなければ総合的な仕事量は減るし、報酬を折半する必要も無くなる為、
おそらくルミナスの収入も増えるだろうが、それはできない。
 ルミナスが引き受けるのは討伐系の依頼が多く、情報に誤りがあった場合などは一気に危険度が増大する。

 そもそも単独行動自体、命の危険がある仕事では望ましくないのだ。
 単独行動では一人やられてしまえば、そこで終わりなのだから。

 勿論、二人であれば安全が保証されるというわけでもない。
 何人いようと、命の危険がある場では常に危険が伴う。
 ならばこそ、万全を期すべきだと思うのだ。

(そう、千単位の集団で動いている時でさえ、どんなに強く素晴らしい人間でも……)

 一瞬、シリルの顔に深い陰が落ちた。
 日頃元気の良い彼女とは思えぬ、陰鬱な表情だ。

「……っと、いけませんわね。さてさて、今日も頑張らねば!」

 シリルはパンパンと頬を叩くと、笑みを浮かべ気合を入れるように両手を振り上げた。 


 


















 昼頃、海人の屋敷に交渉に赴いたシェリス・テオドシア・フォルンの心は凪いでいた。
 もとい、凪ぐように努めていた。

 今日の交渉相手は極めて厄介なのだ。

 まず、山のようにあるはずの手札の出し惜しみが凄まじい。
 けち臭いというわけではないが、警戒心が強く秘匿主義の傾向が極めて強いのだ。
 それ自体はむしろ好ましく、むしろそれゆえに自分達だけが恩恵に与れているので喜ばしいのだが、
もう少しだけ譲歩して欲しいと思わずにはいられない。

 なにしろ、今まで見せられて手に入っていない手札だけでも全てが垂涎ものだ。

 既存術式の何十倍だか数値化する気にもならない程の遠距離の光景を映し出す、遠隔視魔法。
 遠隔視の距離だけでも規格外すぎるというのに、その光景を空中に映し出すなど夢物語と一笑に伏されるレベルだ。
 魔法学の最先端と言われるミュルツガンフェでもあんな魔法が実在するなど想像もしないだろう。

 それとセットで使うらしい伝声魔法も、同様。
 映し出した光景の場所でなければ正確に届けられないらしいが、
そもそも視界に収まっている範囲なら映し出す事が出来るらしいので欠陥でもなんでもない。
 それこそ、飛翔魔法で空高く飛べばそれで済んでしまう話なのだ。  

 彼が使っているらしい洗脳技術にしても、異常極まりない。
 町で襲撃した人間にはほぼ例外なく使用されるらしいそれは、
施された人間を全くの別人格に変えてしまう事も、都合の良いように記憶を改変する事も自由自在だという。
 おかげで最近彼が良く行くカナールの治安はおそらく世界でも稀な次元になり、
この間来ていたらしい隣国の公爵達も折角得た情報全てを忘れ、こちらの都合の良いように記憶を捏造されていた。
  
 正直、どれか一つでも手に入るなら例え対価が自分の貞操でも迷いなく差し出すだろう。
 政略結婚という手札が消えたとしても、その程度なら安すぎる買物になる。
 性格上、絶対にそんな話には乗ってこないだろうが。

 とはいえ―――本来なら、厄介であると同時に素晴らしい交渉相手でもある。

 己の譲れぬ範囲以外に関しては極めて寛容で、むしろ気前が良いからだ。
 最低限の礼節さえ守っていれば、それだけで好条件での取引が出来る。
 そして、得られる成果も全てが他では得られない極上ばかり。
 同様の人間ばかりなら、自分の苦労はほぼ消滅するだろうと思ってしまう程に素晴らしい交渉相手だ。  
  
 なのだが、今日はシェリスの精神状態に問題がある。

(……ふ、ふふ……あれだけ念押ししたにもかかわらず、あんな彫刻が出てくるなんて、ねぇ?
まったくもう、カイトさんったら、お茶目なん、だ、か、らぁっ……!)

 ギリギリと握り締めそうになる拳を渾身の精神力で押さえつけ、優雅に紅茶を飲む。
 
 先日部下が持ち帰ってきた彫刻は、素晴らしい出来だった。
 精緻な彫り込み、生命感溢れ観賞の死角もほとんどない構図、そして手の平に隠せてしまうそのサイズ。
 あれを作るには余程優れた美的センスと職人的な勘、あるいは美すら解析する魔王的な知能に加え、
それを作り出す卓越した技術が不可欠だ。 

 あれは、間違いなく使い勝手の良い交渉材料になる。
 
 貴族というのは往々にして見栄を張りたがる傾向があり、珍しい物、良い物に目がない。
 中には何かを集め始めると止まらない収集癖を持つ者も多いのだ。

 そういう者達に対して、あれは最高の餌になる。
  
 海人に自覚は無いようだが、あれはそこらの職人ではまず作れない。
 あれの寸法をそのまま倍にした物ぐらいなら作れるかもしれないが、あのサイズは無謀だ。
 おそらく、真似て作ろうとすれば彫った溝がくっついたりして全体が台無しになる。
 以前国内最高の彫刻師にどの程度まで小さい物が出来るか訊ねてみたので、間違いないはずだ。 

 あんな技能を忘れていたどころか、自覚すらしていなかったのは許し難い。
 そのせいで、少し前に美術品好きの貴族相手に少々奮発しすぎた物を渡してしまったのだ。
 もっと大きな交渉にも使えるカードだったのだが、他に使える物がなかったのである。

 海人の彫刻能力を知っていれば、わざわざあんな勿体無いカードを切らずに済んだのだ。
 彼に悪気はなく、当然非もない事は重々承知だが、怒りをぶつけずにはいられそうにない。

(まあ、それも品がない事だし、少しだけ貸しを作って溜飲を下げると……)

 そこまで思ったところで、シェリスは気付いた。
 屋敷の中の気配が、普段より少ない事に。
  
「今日は気配が三つしかありませんね。何かありました?」

 首を傾げながら、眼前の誰もいないソファの後ろに立つ少女―――宝蔵院雫に問いかける。

「ああ、ルミナスさんとシリルさんが冒険者の御仕事で出てるんですよ。
リザードランナーの群の討伐依頼って言ってましたねー」

「ああ、あの近隣に出現したランナーキングが率いる群ですね。
なるほど、ルミナスさん達が引き受けたなら安心ですね」

 軽く頷き、微笑む。

 リザードランナーは、走力に特化したトカゲ型の魔物だ。
 暗い色彩の青い鱗と細長い体躯が特徴で、危険度はさして高くない。
 主食が虫系の魔物で、彼らが走っている時に進路上にいるのでもない限り、人間を襲う事は滅多にないからだ。 

 が、近くに頭頂部が赤い、ランナーキングと呼ばれる個体が現れると話が変わる。

 通常五匹程度の群しか作らないリザードランナーだが、ランナーキングが現れるとそれを頂点に三十匹近い群を作る。
 同時に多くの餌が必要になる為か凶暴性も増し、人間を襲う事が多くなる為、早急な討伐が必要になるのだ。
 また、かの魔物は決して戦闘力が高い魔物ではないが、
助走をつけた時の突進力だけは厄介でそこらの冒険者では轢き殺されてしまう為、依頼を受けられる者も限られる。
 安心して任せられる冒険者となると、この国ではかなり限られてしまう。

 その点話題に出た二人の本職は傭兵だが、この仕事にはうってつけの人材だ。
 専門知識には欠けていても、持ち前の高い戦闘能力で強引に片付けてしまう事が可能だからだ。

「ゲイツさんでも余裕だと思いますけどねー。で、そっちこそ何かありました?」

「少しばかり気になる情報が入ってきているので、
伝えようかと思っていたんですが……本人がいないのに、口に出すのは問題がありますね。
まだ気に留めておくべき、程度の情報ですし、危険そうなら後日お知らせいたしますよ」

「まだ大丈夫なんですね?」

「ええ、どう状況が動こうとあと一週間ほどは暢気に構えていて問題はないですよ。
それはそうと、約束の時間にはまだありますが……カイトさんにしては遅いですね」

 壁際にある置時計に目をやり、首を傾げる。

 時刻としてはまだまだ約束まで間があり、急いで来てもらう必要はない。
 早く来すぎたのはこちらなので、待つのは当然とも言える。

 が、海人という男は基本律儀で相手の都合を斟酌して合わせるだけの度量と能力を持っている。
 客が早く来たと聞けば、作業を中断するなりさっさと終わらせるなりして待たせないようにするだろう。
 実際、これまで彼が出迎えに現れなかった時も、部屋に通されてから長く待たされた事は無い。
 
 それがこの時間となると、少しばかり心配になる。
 研究作業に熱中して倒れでもしたのだろうか、と。

「すみません。ここ何日も考え込んでたみたいで……顔色整えてから来ると思います」

「カイトさんが考え込む、ですか? お困りでしたら、助力しますけど?」

 首を傾げつつ、とりあえず協力の意思を告げておく。

 今何を考え込んでいるのかは分からないが、海人といえど対処が難しい案件はある。
 圧倒的な才能を持つ男だが、表に出たがらぬがゆえに制限も大きいのだ。
 そしてその制限を受けている内容はシェリスの領分と大いに被る可能性が高くもある。

 ならば、貸しを作る機会は逃すべきではない。 
 些細な内容でも律儀にそれを忘れず返そうとする性格なので、貸しを作る利益は計り知れないのだ。 

「いえ、助力の必要はないって言うか、しようがないと思います……ってか話してないんですね?」

「私事ですので。仕事の関連であれば報告もしたでしょうが」

 雫のどこか恨めし気な問いに、シェリスの背後に控えていたローラ・クリスティアが答える。
 その反応に雫が不満気に鼻を鳴らしていると、屋敷の主―――天地海人が護衛と共にやってきた。

「……すまない、待たせた」

 頭を下げながら、シェリスの体面に座る海人。
 髪や衣服など身なりはきちんと整っているのだが、妙に疲れた様子に見える。

「いえ、早く来たのはこちらですし、大して待っていませんよ。
ところで、ローラが何か失礼をしましたか?
もしそうであれば謝罪させていただきますが……」

「いや、失礼などではないんだが……そうだな。
シェリス嬢、すまないが交渉の後ローラ女士と少し―――」

「不要です。何を仰るかは分かっておりますし、それで私の行動が変わるわけでもありません。
いずれは別の言葉を紡いでいただくわけですから、今わざわざ分かりきった不快な言葉を聞く理由はありません。
そもそも、あれは宣言代わりですので」

「……諦める気はない、と?」

「諦めぬ理由はあっても、諦める理由は全く見当たりません」

 海人の言葉に、当然のように答えるローラ。
 あまりにも迷いのない返答に、海人が再び頭を抱える。
 ここ数日必死で考えていた内容が、全て無為に終わったと悟って。

「はぁ……まったく、ローラ今度は何をやったの?」

 呆れ混じりながらもリラックスした態度で問いかけ、カップを傾ける。

 海人は本気で悩んでいるようだが、表情の深刻さがやや薄い。
 おそらく切羽詰まった話ではなく、対応に困る程度の内容なのだろう。
 ならば緊張は解いても問題ない。
 
 そう思っていたのだが、
 
「いずれカイト様と結ばれるつもりだと宣言代わりにキスしただけです。
初めてではありましたが、なかなか良い感触でしたね」

 ローラの爆弾発言に、甘い認識を粉々に爆破された。
 
 驚きのあまり、嚥下する途中だった紅茶を噴出しかける。
 逆流した紅茶が口ばかりか鼻からも出そうになるが、シェリスはそれを全精神力で抑え込んだ。

 ――――自分は、淑女なのだ。

 それもただの淑女ではなく、公爵令嬢。
 全ての民の模範となるべく、生まれた時よりその為の教育を受けてきた人間だ。
 鼻から紅茶を噴きだすような無様など、晒せるはずがない。
 吹聴するような人間がこの場におらずとも、そんな事態だけは避けなければならないのだ。

 誇りにかけて、逆流した紅茶を全て静かに体内に戻す。
 もはや物理的に不可能そうな気もしたが、それすらも気合で覆して。

 公爵令嬢にあるまじき修羅の形相で最悪の事態を避けたシェリスは、一つ咳払いすると部下を睨んだ。

「……ローラ、冗談にも程があるわよ?」

「本当だ。さっき君に言った言葉にも、嘘の色はなかった」 

「えええええええええっ!?」

 大真面目な海人の言葉に、シェリスは素っ頓狂な声を上げた。

 だって、ローラなのだ。
 口説かれればばっさりと断り、しつこければ超高速の拳で黙らせる、そんな女。
 仕事上大概側にいるので知っているが、これまでどんな男に口説かれても眉一つ動かすどころか、
返事のタイムラグさえ碌になかった不動の女なのである。

 それが、自分からキス。
 もはや天変地異にも等しい大事件だ。
 屋敷に知らせれば、間違いなく阿鼻叫喚の嵐が吹き荒れるだろう。

 が、立場上驚いてばかりもいられない。

 ローラが恋愛の意思を明確にした以上、どう足掻いても仕事に支障が出るだろう。
 この三年の仕事量に比べれば格段に軽減されてはいるが、それでも彼女が仕事量は他の追随を許さない。
 そんな彼女が恋愛という多大な労力を要する事柄にまで手を伸ばせば、余波でも十分すぎる悪影響になる。

 そんな事を思いながら追及しようとした時、ローラが再び口を開いた。

「重ねて申し上げますが、あれは宣言です。
今すぐどうこうというのは、カイト様の性格的にも私の状況的にも無理でしょう。
無論、いずれは宣言通りにいたしますが」

「やれやれ……出来ると思うのか?」

「どのみちやる事に変わりはありませんし、勝算も十分ございます。
それはカイト様とて十分ご承知かと思いますが?」

 あくまでも淡々と、確定した事実であるかのように語る。
 まるで、全て見透かしていると言わんばかりの口調だ。

「……まあ、な。だが、仮に成功したとしても時間はかかるだろうし、
私の手札の隠し方が緩くなることもないし、労力に見合わんと思うが?」

「生憎ですが、私は貴方の心が手に入ればそれで満足です。
貴方の能力、研究成果、そういった余剰は何もいりません。
害はないのですから、潔く諦めるのが最善かと――――私が本気になる以上逃げ道は与えませんので」

「……熱烈だなぁ」

「私としても、これほどまでに入れ込むのは想像しておりませんでした。
まあ、決まりきった話はこの程度にして、そろそろ交渉なさった方がよろしいでしょう。
その顔色からして私の事でたっぷりと悩んでいただけたようですから、眠りも浅かったでしょう?」

「……今冷静に考えてみれば、君が結果を分かってなかったはずもなかったがな。
まったく、我ながら随分と取り乱していたようだ」

 はあ~、と肺の酸素を全て吐き出しそうな勢いで溜息を吐く。

 そう、冷静に考えてみればローラが今の段階で答えなど求めているはずがない。
 海人の心には未だ亡き妻への思いが強く残っているし、ローラとはそれを押しのける程深い関係があるわけではないのだ。
 彼女に好感を抱いているのは事実だが、それはあくまでも友人としてであって、男女のそれではないのだから。
 つまり、どう考えても今の段階での海人の答えは断る以外にありえない。

 ならば、あのキスに宣言と愛情表現以外の意思がない事は明白だ。
 ローラともあろう者が、断られると分かりきっている段階で答えを求めるはずがないのだから。

「そこまで取り乱し、傷つけない断り方を必死に考えて下さる程度には好感を抱いていただけているようで何よりです。
この調子で、いずれはあなたの方から私が欲しいと仰っていただくと致しましょう」

「……敵わんな、まったく。まあいい、さっさと交渉を始めようか」

「正直交渉後にしてでも続きを聞いてみきゃああああああああああああああああああああああっ!?」

 年頃の乙女らしい好奇心に満ちていたシェリスの声が、突如身も蓋もない悲鳴に変わる。
 背後から頭を鷲掴んできた部下の、途轍もない握力によって。
 
「部下の私的な話に首を突っ込むのは些か品位に欠けるかと存じます。
なにより、他の予定も詰まっているのですから早急に終わらせるべきでしょう。
折角増えた私の睡眠時間が再び削られてしまいます」

 淡々と諭しながら、事もなげに主の体を持ち上げる。
 普段より二割増しで容赦が無くなってそうな部下の暴挙に、シェリスはたまらず降参した。

「分がっ、分がった! 分がったから放じでっ! 頭が砕けぢゃうぅぅぅぅっ!?」

 必死の懇願の甲斐あってか、シェリスの頭からローラの指が離れる。
 が、余程の威力だったのか彼女は頭を押さえ、うんうんと悶え苦しんでいた。

「ふむ、また睡眠時間が長くなったのか?」

「おかげさまで」

「……カイトさん、心配してくれてもいいと思うんですけど」

「言い訳の材料になるダメージ与えてくれるほど、甘くはなかろう。
で、彫刻と彫刻刀の話、ついでに楽譜や楽器の話だな?」

 恨めし気なシェリスの言を静かに切って捨て、海人は本題に移る。
 にべもない態度にシェリスは軽く首を竦めると、気分を引き締めた。

「ええ。まず前半ですが、見せていただいたサンプルは非常に素晴らしい物でした。
彫刻は引く手数多でしょうし、彫刻刀もあれならば欲しがる職人は山のようにいます。
彫刻刀の製法については、お譲りいただけますか?」

「駄目だ。あれの製造工程は色々と秘匿事項が絡むんでな。
ただし、特殊な形状の物を注文で作成するぐらいは応じよう。
一週間も貰えれば、多少無茶な形状でも作れるはずだ」

「なるほど。ちなみに、彫刻の製造ペースはどれぐらいで応じていただけますか?」

「……状況にもよるが、ローラ女士に渡したあれで製作時間五時間程度だ。
同程度の物を作るのは集中力維持を考えれば、其れのみに専念しても一週間で十個が限界だろう。
書類の処理、授業の準備、私の個人的な研究時間諸々含めると、平時は一週間で最大二個といったところか。
どうしても緊急を要するというのであれば十個の生産ペースにも応じるが、その場合気力が保つのは一月だな。
すまないが、それ以上は品質の維持を考えるととても約束できん。
無論、創造魔法でコピーをという事であれば大量生産可能だが……手札として使うなら稀少性があるに越した事は無かろう?」

「そうですね。一点物というだけで価値は跳ね上がりますから、コピーは無い方が望ましいです。
製造ペースもその速度なら期待以上ですので、何ら問題はありません」

 どこか申し訳なさそうな海人に、シェリスは寛容そうな微笑みを向ける。

 確かに手札の数が多いに越した事は無いが、聞いた通りの製造ペースなら十分すぎる。
 あのレベルの物を必要とする交渉は決して多くないし、使い方次第では一つで複数の交渉を纏める事も可能だ。
 
 また、同じデザインの物が複数存在するというのは出来れば避けたい。
 収集家というのは見せびらかしたがる者が多い為、一点物の方が訴求力が高いのだ。
 複数存在する事を知っていれば別に手に入れる機会があるかもと思われてしまう可能性があるし、
仮にその事実を隠蔽して渡したとしても、渡した収集家同士が出会って複数あった事実が発覚する恐れがある。
   
 正直これだけでも十分過ぎる情報だが、シェリスはさらに深く切り込んだ。

「ちなみに、こちらが指定したモチーフを彫っていただく事は可能ですか?」

「勿論対応する。それとどんな物にしたいかデザイン案でも描いてもらえれば、大体の要望には応えられると思うし、
大雑把なイメージを言葉にしてもらうだけでも作れなくはないと思う」

 海人の返答に、ついにシェリスの口に隠しようもない喜びの笑みが浮かんだ。

 当然ながら、相手の好みに合った物を用意出来れば交渉の成功率は跳ね上がる。
 相手の好きなモチーフを好みのイメージで彫り上げた超高品質の彫刻ならば、その効果は計り知れない。
 しかもシェリスは交渉相手を調べ尽くす過程でそれらを確実に把握しているし、
海人の製造ペースなら必要になりそうな時に急遽彫り上げてもらう事も可能だ。
 
 愉悦に心躍らせながら、シェリスは話を続ける。  
 
「ふふ、やはり素晴らしいですね。では、独占契約を結んでいただく事は?」

「構わんが、多少例外は認めてもらうぞ。身内相手のプレゼントにも使えないのでは窮屈すぎる」

「その辺りは心得ています。では、細かい条件を詰めていきましょうか。
まず契約金ですが――――」

 自信たっぷりな笑みを浮かべ、シェリスは用意してきた条件を提示し始めた。
 
















 ローベルク山。
 ここは緩やかな傾斜と緑豊かな風景、そして危険な魔物がいない事で、シュッツブルグ国内でも人気の観光地だ。
 この時期―――最も景色が映えるになると、商魂たくましい商人達が朝から軽食などの商品を担いでそこかしこに陣取っている。
 家族連れが様々な軽食を食べながらここを登る光景は、ある種の名物でもある。

 が、今日は趣が違った。

「ほいほい、お疲れ様~っと」

 軽い声と共に、ルミナス・アークライトが剣を振るう。

 暢気な口調とは裏腹に、放たれた一閃は速く鋭い。
 彼女に向かって来ていたリザードランナー三体は瞬く間に、胴を両断され、
首を落とされ、頭から真っ二つにされて絶命した。
 
 周囲に敵の気配がない事を確認すると、ルミナスは剣を布で拭い鞘に納める。

「……これでランナーキング含めて三十五体か。とりあえず依頼達成ね。
シリル、後はなんだっけ?」

「ローベルク山頂上の湧水の採取一瓶分、そしてベッティス茸の採取一籠分、
それと少し離れますがラークイグの森に現れたレッドマンティスの討伐ですわね。
時間に余裕があれば、同じくラークイグの森のブラッディベアの番の討伐もなさった方がよろしいかと」

「ベッティス茸はリザードランナー誘導するついでに集めなかったっけ?」

「依頼された量は集まりましたが、ギルドで聞いた話では今回の依頼者は気前が良く、
状態の良い物ならば多く集めた分増額してくれるそうですの。大した手間でもありませんし、
山頂に登りながら集めた方が効率的だと思いますわ」

「んじゃそうしま――――誰?」

 ルミナスは急に冷たい声で振り返り、剣を構える。
 その視線が向くのは木々が生い茂り中が見えない場所だが、ルミナスはそこに生物の気配を感じていた。

「う~ん、また鋭くなったっすねぇ?」

 暢気な声で、隠れていた人間が姿を現す。

 現れたのは、美しい人間だった。
 髪の色は、赤が混ざった茶色。
 温かみのあるそれが怜悧な顔立ちの印象を和らげている。
 背はそこそこで、すらっとした体型をしているが、全体的に鍛えられていた。

 仕草にも気品がある為、町に出れば多くの女性が寄ってきそうだ。
 上質な繊維を用いたセンスの良い衣服と優れた職人技が施された軽装鎧も貴公子然とした雰囲気を強めている。 

「はぁ……アンリか。毎回言ってるけど、いちいち気配消して近付かないでよ。
そのうち間違えて叩っ斬っちゃっても知らないわよ?」

 姿を現した同僚―――アンリエッタ・マーキュレイに、呆れ混じりの忠告をする。 

 この男装の麗人は、毎度毎度こういった悪戯を行う。
 本人曰く抜き打ちで相手の練度を確かめるという仕事の一環だそうだが、団で信じる者は一人もいない。
 より正確には、悪戯をしたいと言う欲求がまずあり、それに口実をつけただけだと断言されている。

「ルミナスさんならまずないから大丈夫っすよ。
しっかし、さっきから見てましたけど、剣技の冴えが一段と増したっすねぇ~」

「ん~、まあちょっと迷いが消えて強い目的が出来たからね。
その分動きは良くなってると思うわ」

「ふむ、迷いが消えて強い目的が……?
ひょっとして例の男の人に対する感情、自覚したんっすか?」

「ま、そういう……ってちょっと待ちなさい! なんであんたがそんなこと知ってんのよ!?
私が自覚したのついこないだなのに!?」

「いや、何でも何も、見てりゃ一目瞭然っすよ。
最近のルミナスさん、恋愛で問題抱えてる人間独特の反応出てましたんで。
でも、嘘とか照れ隠しって感じもなかったんで、自覚ないだけだろうなってのはすぐに見当ついたっすよ」

「うえぇえぇえっ!?」

「あ、御心配なく。自分以外は全員まだ疑念の段階でしたんで。
団長と副団長はそもそもそこまで興味持ってらっしゃいませんでしたし、
我が不肖の部下共は分析を確信できるほどの眼力がなく、他の人間はそれ以下でしたからね。
ま、シリルさんは違ったようっすけど」
 
「お姉さまの事で私が分からぬなどありえませんわ。で、今日は仕事の招集ですの?」 

「半分当たりで半分外れっす。次の仕事は決まったんっすけど、まだ少し先なんで。
ここに来たのは……まあ、色々と他の用件があったからっすね」

「次の仕事決まったの?」

「ええ。ちなみにこの国を相手取るわけじゃないんで御安心下さいっす。
今回ルミナスさんの御相手と殺し合うような事はないっすよ」

「お、御相手……うう、嬉しいけど現実が残酷すぎる」

 アンリの言葉に頬を赤らめるつつも、頭を抱える。
 嬉しい言葉だが、現実はそれとはあまりにも遠いのだ。

「は? まさかまだ付き合ってないんっすか?
どんな相手だか知らないっすけど、ルミナスさんなら告白すりゃ一発でしょーに」

 本気で意外そうに、アンリは目を見開いた。

 ルミナスは指揮官に相応しい理性の持ち主だが、基本直情径行だ。
 愛を自覚すれば、そのまま突っ走って即日告白してもおかしくない。
 そして、彼女に告白されて受け入れぬ男など少数派なはずだ。
 容姿、性格、技能、全て非の打ちどころがなく、好みでなくとも付き合ってみようとは思うだろう。

 まあ、既に恋人がいたりすれば別だろうが、その場合ルミナスは潔く引き下がりそうなタイプだ。 

「……高い評価ありがとう。でも、現実は告白したところでフラれる可能性の方が圧倒的に高いのよ。
ってか、こないだその可能性が一気に跳ね上がったんだけど」

「手強い競合相手でも現れたってとこっすか?
大丈夫っすよ。ルミナスさんならまともな趣味の男なら――――」

「競合相手がローラさんで、性格もお互い凄い相性が良さそうでも?
ちなみに、あの人料理もめちゃくちゃ上手いわよ?」

 ルミナスが言った瞬間、アンリの表情が笑顔のまま凍りついた。

 この国でルミナスがローラ、というと思い当たるのは唯一人。
 だが、それは到底恋愛などしそうな人物には思えない。
 というか、そもそも人間と呼んでいいのかも分からない怪物だ。
 
 ならば別人だろうと、数多ある脳裏のデータベースからローラという名前の人物をピックアップし、
その中から現在この国付近にいる人物に絞り込んでいく。

 結果、該当者がいた。
 若干の安堵と共に、アンリは口を開く。
  
「……ふむ、ローラさんとはローラ・クランドルさんかローラ・エルスティオさんですか?
なら大丈夫っすよ、容姿から何から負ける要素がないっす」

「誰よそれ。ローラ・クリスティアさんよ。シェリス最強の手札のあの人」

「……短い恋でしたねぇ。大丈夫っす! ルミナスさんならいくらでも良い御相手見つかるっすよ!」

「まだ負けてないんだから慰めんなぁっ!」

 力強い笑顔で鼓舞する同僚に、ルミナスは全力で抗議した。

「いや、でも分が悪すぎるっしょ。欠陥0どころか全てが長所みたいな怪物ですもん。
唯一の難点は性格でしょうけど、それも相性が良さそうなんでしょ? どう考えても無理っすよ」

 居心地悪げに頭を掻きながら、現実を突きつける。

 一応、アンリはルミナスを尊敬している。
 一度も勝てたことがない戦闘能力や曲者揃いの部下を見事にまとめあげる人徳は無論の事、
自分には劣るものの傭兵としては極めて豊かな教養もだ。
 貧しい平民に生まれながらここまでの物を身につけた才能と精神性には、本当に頭が上がらない。

 それでも今回ばかりは相手が悪い―――悪すぎる。

 直に会った事は数える程だが、ローラ・クリスティアはそれでも分かってしまう程に桁外れの化物だった。
 容姿はまず並ぶ者が想像できず、武力は団長達をしてヤバい事は確実だがどの程度か読みきれないと言わしめるレベル、
知力も片鱗を覗いた程度だがおそらくシリルや自分と同等以上だ。
 あれの前では、流石のルミナスも霞んで吹っ飛ぶ。
  
 ルミナスが勝てそうな点は性格と料理ぐらいだろうが、それがアドバンテージにならないのであれば、
もう諦めて次の恋を探す方が賢明だ。

 が、ルミナスとてそんな事は重々承知だった。  

「んなもん分かってるわよ! どう考えたって勝ち目薄すぎるわよ! 
でもその程度で諦められる程度の恋じゃないのよ! こんちくしょおぉぉぉぉっ!」

 ぬがあああっ! と頭を掻きむしるルミナス。

 客観的に見れば、勝ち目など0と言って差し支えないレベルだ。
 基本スペックで完敗してる上、ルミナスは仕事の関係上告白までも時間がかかる。
 だというのにローラはキスという強烈な意思表示をかまし、超絶鈍感野郎な海人もその意味を理解してしまったのだ。
 現在の彼に応える意思は皆無のようだが、それでも時間が経てば揺らぐ可能性は十分にある。

 が、それでも諦めなぞ欠片もよぎらない程に、ルミナスは海人が愛おしいのだ。

 自分の料理を食べて喜んでくれる顔、ちょっと学問について訊ねた時の態度、
馬鹿話をして笑い合っている時の空気、特に何もせず一緒の空間にいるだけで味わえる安心感、
全てが愛おしく、更なる上を求めたくなる。

 友人としてではなく、女として求められたい。
 どれほど絶望的な挑戦であっても、そう思ってしまう程に。

「うーん、凄い惚れこみっぷりっすけど……あの化物が惚れた事といい、
シリルさんが黙ってる事といい、それに値する男って事っすかね?」

 先程から黙っているシリルに、話を向ける。

 ローラが惚れたという話、そしてルミナスに倒錯した強烈な愛を抱くシリルが未だに苦言の一つもないという点、
これらを踏まえると件の男は相当な傑物だという事になる。
 そこらの凡人や女の扱いが上手いだけの男では、両方が成立する事はまずありえない。

「……なんともクソ忌々しい事ですが、それは頷かざるをえませんわね。
客観的に事実だけ見てしまうと、お姉さまの方が不釣り合いになってしまうような殿方ですので。
ええ、能力は認める他ありませんし、性格も性悪腐れ鈍感男ではありますが、ベースは善人よりですから。
ええ、ぶち殺したいのはやまやまですが、お姉さまが執着するに値する殿方である事は認める他ありませんわ」

 ギリギリギリ、と歯を鳴らしながら怨念混じりの声音で答える。

 非常に腹立たしい事この上ないが、客観的に海人とルミナスを比較すればルミナスが圧倒的に劣ってしまう。
 能力面においては総合すればルミナスどころかローラすら届かない空前絶後であろう化物だし、
容姿もルミナスに比べれば多少見劣りするというだけで、美形と言って差し支えない。
 欠点である性格も性悪には違いないが、なんだかんだでお人好しなので大きな欠点とは言い難いのだ。

 忌々しい上に認めたくない事この上ない話でもあるが、海人はルミナスが執着しても何ら不思議のない男なのである。
 
「ふむ……となると……」

「……余計な事は考えない方がよろしいですわよ?
放っておく分には益はあっても害がない殿方ですが、敵意を向けた途端逃れようのない死神に早変わりしますので。
戦争の際ローラさんに対する人質に使うとしても、まだシェリスさん狙う方が賢明ですわ」

 何やら考え込み始めたアンリに、釘を刺す。

 アンリは三隊長最高の情報収集能力を持ち、それを活用する立場にあるのだが、
生来の悪戯好きと相まって時折情報収集がてらやりすぎる事がある。
 シリルの知る限りでも、部下の恋人との決闘騒ぎにまで発展した事があるぐらいだ。
 
 とはいえ、そこらの相手なら放置していても問題ない。
 自分の失態は自分で雪ぐタイプでもあるので、最終的には丸く収めているからだ。

 が、相手が海人となると、団存亡の危機になりかねない。

 あの男は喧嘩を売ってきた相手に遠慮はしないし、命を狙って来れば途端に残虐無比の大魔王と化す。
 そして、そうなればルミナスやシリルがいかにとりなしても止まらないだろう。
 決闘騒ぎになどなればアンリを殺してしまう可能性が高いし、その派生で団との敵対もありえなくはない。
 護衛とペット含めてもたかが三人と一匹だが、あの歩く理不尽を含んでいる以上、正確な戦力は測定不能。
 いくらなんでも女王を含めたガーナブレスト全軍戦力以内には収まると思うのだが、断定できないのがあの男の恐ろしさだ。

 不穏な気配があるようなら、それこそアンリの息の根を止めておくことも検討しなければならない。
 そんな覚悟を固めていたシリルだが、返ってきた返答は思いのほか軽かった。
   
「あ、いえ流石にルミナスさんが惚れてシリルさんが認める様な男に下手な手出しはしないっすよ。
今の話からすると自分で自分の身を守るどころか、かなり強い人みたいっすけど……お金や物で動かす事は?」

「無理ね。あいつは収入に不自由してないし、基本的に揉め事嫌うもの」

「ただ、お姉さまや私絡みの話なら無償での助力も一応期待出来ますわね。友人には寛容なので」

「そっすか……ふむ、まあそれなら十分か。計算には入ってなかったんだし」

「……何かあったの?」

「や、ちょっとばかり気になる情報がありましてね。
場合によっては連絡しますが……連絡先はルミナスさんの家で問題ないっすか?」

「あー……実は今家にはほとんど帰ってないのよ。
ほぼそいつの屋敷に居候してる状態だから」

「……そーいう事は早めに申告してください。
んじゃ、場所教えてもらえるっすか?」

 申し訳なさそうに答えるルミナスに、冷たい声を返す。
 そして、荷物から紙とペンとインクを取り出そうとしたところで、待ったがかかった。

「いいけど、条件付き」

「条件?」

 一瞬首を傾げるアンリだったが、すぐにルミナスの意図を悟った。

 本来、この場で条件など出す理由はなく、意味もない。
 ルミナスの家に隠されている緊急連絡先には、その場所が記されているはずだからだ。
 それは明確な団の規則であり、守らねば実害も出かねない為、真面目なルミナスがそれを破るはずがない。
 多少手間だが、ここで教えてもらえなかったとしても、そちらに行って確認すればそれで済む。
 
 にもかかわらず条件を出したという事は、おそらくアンリがそこを訪れる事を許容される条件だろう。
 
 ルミナスが許さないのか、あるいは彼女の想い人が許さないのかは分からないが、
素直に聞いておいた方が無難である。

「そ。無闇にあそこの人間に喧嘩売らない、探り入れない、情報手に入っても仲間含め他言しない。
あと門前にいるペット見たらあんたでも驚くと思うけど、武器を抜かない。こんだけよ」

「……分かりました。それぐらいなら守るっすよ。ってか、武器抜きかねないようなペットがいるんすか?」

「むしろあんたの部下だったら武器抜く前に泣いて逃げ出すかもしれないわねぇ……うちの部下もだけど」

 ふ、と遠くを見るルミナス。

 別に、アンリやルミナスの部下が腰抜けというわけではない。
 勇敢であり、それでいて己の生存の為の最善手を迷いなく選べる歴戦の戦士である。
 だからこそ、海人の屋敷のペットを前にすれば即座に逃げ出す可能性が高い。

 隊長レベル以上の実力者ならともかく、他の人間があの魔物と一対一で戦えば高確率で死ぬからだ。

「……すんごい気になるんすけど」

「ま、見てのお楽しみよ。はい、これが大雑把な地図。
ま、ヤバくなりそうだったらすぐ連絡しなさい。あんま無茶しないようにね?」

 描き上げた地図を手渡しつつ、忠告する。

 滅多に引き際を誤る事がないアンリだが、それでも皆無というわけではない。
 団の情報収集の総括という役目柄、多くを求めすぎて深入りしすぎる事もある。
 それでも大体は持ち前の戦闘力で切り抜けてしまうが、瀕死においやられた事も一度や二度ではない。

「分かってるっすよ。あ、そうそうこれお土産っす」

 軽い口調で答えつつ、荷物の中から木箱を取り出す。
 ルミナスが受け取ると、手に冷たさが伝わってきた。

「へえ、ありがと。冷やしてあるって事は、溶けやすい物?」

「最近大陸のあちこちで店舗増やしてるとこのチョコレートっす。
美味しかったんで、ルミナスさんも気にいるかと思いまして」

「へえ、一つ貰うわね……うん、ちょっと甘めだけどおいしいわね。いけるいける」

 一粒チョコレートを口の中に放り込み、楽しげに何度も頷く。

 口に入れて転がしていると少しずつ溶けていき、とろける様な舌触りと甘みが広がる。
 甘味は強めだが不思議とくどさは感じず、気が付いたら全てが溶けてなくなっていた。
 決して最高級品という味ではないが、癖になる味だ。 

「……ですわね。もう少し常温に近い方が甘味が増し食感も良いのですが」

 言いながら、シリルはじろりとアンリに視線を向ける。

「そこらへんは勘弁してくださいって。ほっときゃそうなるんっすから。
んじゃ、またなんかありましたら連絡するっすね~」

 ひらひらと手を振ると、アンリは飛翔魔法で軽やかに去っていった。


コメント

ローラさんと海人の絡みに悶えました!
続きを聞きたいシェリスの気持ちがよく分かるw

音楽への反応も気になるところ……
[2015/11/02 04:21] URL | イオ #- [ 編集 ]


面白かったです。
このチョコレートはつまりそういうことなんですかね?
[2015/11/02 05:23] URL | Aaaaaa #- [ 編集 ]


なるほど、海人が悩むのはキスまでしてくれた相手を即答でフるのは不誠実なのと死んだ妻への想いが残っているからなんですね。さらに多分、気付いているであろうルミナスの想いも相まって倍率ドン!て所でしょうか。…まあ、これからも相応に悩むんでしょうね。


追伸
苦手な食べ物ネタとかいかがでしょう?
[2015/11/02 09:03] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


相手(ライバルのローラ・鉄壁の海斗)が悪すぎるルミナスの恋がどうなっていくか楽しみですね。
それとシェリスの使用人のローラの恋にたいする反応も気になっちゃいます。
気長に続きを楽しみにまってます。
[2015/11/02 17:31] URL | #dS5vVngc [ 編集 ]


更新お疲れ様でした
今回も非常に楽しめました!
ローラはやっぱりかわいいですね(´∀`*)

やはり、今回の話はまだ第8部の話なのですか??
[2015/11/02 22:23] URL | #- [ 編集 ]


カイトて鈍感……て括りなんスかね
超絶自己過少評価野郎(男として的意味)なら分かるんですが
[2015/11/02 23:38] URL | #- [ 編集 ]


カイトさん、鈍感じゃなくて『気付かない振り』してるんじゃねえかなあ。
自己評価云々は置いておいても、いつ居なくなるか(戦死するか)分からないって点に絶対怯えてる気がする。
過去に置いて来た嫁さんと生まれてこれなかった子どもへの罪悪感とか、まあ色々。
[2015/11/03 19:42] URL | #lyGym812 [ 編集 ]


ローラさん良いわ~
ハーレム系主人公がテンプレで保持する、難聴スキルをはじめとした数々の鈍感スキルを発動させない怒涛の攻めに痺れます
ただ、どうも展開的にルミナスを動かすための当て馬に終わりそうで悲しくなりますが…
[2015/11/07 03:30] URL | マイキー #- [ 編集 ]


奇数部開始ということは今後騒動が起こるのか。
今後の展開楽しみにしています。

>>女王を含めたガーナブレスト全軍戦力以内には収まる
知らないって残酷だね。
核すら個人で開発・発展させそうな化け物が自重を捨てて敵対したらどんな悲惨な光景が待つことやら…
[2015/11/07 15:44] URL | #- [ 編集 ]


今回の章から恋愛面が大きく関わってきてて、自分的にはすごく楽しみです。
ローラさんは相変わらずでしたね。自分的に凄く好みのの女性です。
次の話にも期待してます!
頑張ってください。
[2015/11/11 13:01] URL | カイン #- [ 編集 ]


傭兵団長はカイトパパなんじゃないかと思う今日この頃。。。
[2015/12/28 09:52] URL | #- [ 編集 ]


86話 誤字報告
(そう、千単位の集団で動いている時でさえ、どんなに強く素晴らしい人間でも……)、

最後の句点が衍字ですね。
たぶん句点で改行する独特の癖で時折起こってるのかも。
なんか誤字報告ばっかですけど10回以上読み直してるので、たまにはこういうこともした方がいいのかなと思ってやってます。鬱陶しかったら申し訳ないです。
[2017/07/23 06:36] URL | ムク #- [ 編集 ]


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