ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄93
 深夜、屋敷に戻ってきたルミナスとシリルは、思わず目を丸くしていた。

 海人達がまだ起きている、というのは予想していたが、
彼らの前にある物は少しばかり予想を超えていたのだ。

「えっと……いいわけ?」

 木箱の中身を検めながら、ルミナスが訊ねる。

 ルミナスの前にある木箱の中身は、投げナイフ。
 それも全て品質どころか状態にすら一切の差異がない上物だ。
 以前ルミナスが見せた投げナイフを、創造魔法でコピーしたのだろう。  

「あった方がいいだろう?」

「そりゃまあその通りだし、ありがたい事この上ないんだけど……」

 当然のように返す海人に、ルミナスは思わず頭を抱えた。

 この手助け自体は、非常にありがたい。
 ルミナスにとって投げナイフの使用頻度は多いわけではないが、
それは使い勝手が悪いからではなく、単に消費コストが大きいからだ。
 
 なにせ、投げナイフは相応の品質でなければ最悪敵に刺さりすらしない上に、その性質上使い捨てが前提になる。
 これだけの物を遠慮の欠片もなく使い捨てられるのなら、ルミナスの戦術の幅はかなり広がるだろう。

 が、海人が気負った様子もなく差し出してきたこの木箱一つの価値は、一般庶民の平均年収をゆうに超える。

 常日頃からこれでもかと創造魔法の恩恵に与っていながらあまりに今更だと分かってはいるのだが、
それでも貧乏性なルミナスとしては、なんとなく手を伸ばすには気が引けてしまう。

「受け取ってくれなければ場所塞ぎなだけなんで、消すしかない。君は私の魔力を無駄にしたいのかね?」
「……分かったわよ。ありがと、きっちり活用させてもらうわ」

「よろしい。で、さっきからそこで固まってるアホ娘もなにか文句があるのか?」

「い、いえ文句などあるはずもありませんけれど……流石に多すぎますわよ?」

 そう言って、シリルは眼前にある木箱の山を見上げる。

 木箱は三列七段という量を誇り、全てにシリル愛用の矢が詰め込まれていた。
 ありがたいにはありがたいのだが、これを持って行くとなるとルミナスと分けても一苦労だ。 
  
「いちいちここまで補充に来るのも面倒だろうし、なにより時間が無駄になるだろう?
どこを拠点にするのか知らんが、そこで保管しておけばいろいろ省けるはずだ。
無論、日時と場所を指定してもらえれば届けるのもやぶさかではないが?」

「……いえ、確かに今日貰った方が合理的ですわ。
ありがたくいただきます」

「結構。とりあえず今回の補給分はこれで全てだが、足りなければ連絡してくれれば追加しよう。
今日は泊まっていくということでいいのか?」

「そのつもりよ。アンリの話じゃまだ時間に余裕ありそうだし、無駄に睡眠時間削る意味ないもの。
それに、準備自体まだ終わってないしね」

「分かった。では、ゆっくり休んでくれ。おやすみ」

 海人は軽く頷くと、踵を返そうとした。
 そんな彼の背中に、静かな問いが投げかけられる。

「……何も聞きませんのね? 全てを知れたわけではないでしょうに」

「言いたくない事だろう? ならば無理に聞こうとは思わんよ。
何があったのか気にはなるが、それで感情が暴走して無謀な特攻でもされたら目も当てられんわい」

 軽い口調で返すと、海人は後ろ手を振りながら自分の部屋へ戻っていった。


















 自室で一通りの準備を終えたシリルは、ベッドに腰掛けていた。

「……ふう」

 物憂げに息を吐き、コップに入れておいた水を一気に飲み下す。
 適度に冷えた水が喉を潤しながら、若干の疲れで緩んだ気分を引き締めていく。

(人員の不足は痛いですが……状況それ自体は悪くない。
いえ……むしろ現実的には最高レベルの状況ですわね)

 宙を睨みながら、思う。   

 今回、珍しくアンリの計算外が起きたせいで兵力が集まらなかったらしいが、
それでもシリルにしてみれば最高の好機だった。

 イナテアの兵力は、決して侮れない。
 神官戦士団もそうだが、あそこに攻め入れば一般市民すら武器を取って襲ってくる可能性が高いのだ。
 そうなると仮にエアウォリアーズの総力でかかったところで、勝率は五分と言ったところだろう。
  
 なにより、それをすれば殺すべきでない人間までも殺す羽目になりかねない。
 
 シリルが憎んでいるのは、あくまでもかつて兄を貶めた者達だ。
 教会の権威保持の為に、あらぬ罪を着せ兄を汚した教会上層部。
 保身の為に、散々守られた事すら忘れそれに加担した神官戦士達。
 少し考えれば分かる程度の情報操作に乗せられ、おぞましい行為に走った市民達。
 
 情報操作に躍らされはしたもののおぞましい行為には走らなかった者達、
ましてその後に生まれた幼子などはシリルの憎悪の対象外だ。
 正確には憎しみ自体はあるが、外すべきと考えている。

 だからこそ、憎むべき者達にイナテアから出てきてもらう必要があった。
  
 そして、今回それについては概ね理想的な状況になっている。
 長年殺したくてたまらなかった者達の大半が、シリルを狙って来ているのだ。
 碌な事情を知らず公になっていない背神者という情報だけで連中に協力している者達もいるようだが、
殺しに来る以上殺される覚悟はしているだろうし、していなかったとしてもシリルの知った事ではない。
  
 惜しむらくは、母が来ていない事。
 別に娘を殺す事に忌避感を示しているわけではなく、丁度教皇庁の守りについているとの事だ。
 教皇や枢機卿と違って出張ってくる可能性の方が高い人間なだけに、それが口惜しい。

 なので満足とは言えないのだが―――現実的な妥協点としては十分すぎる。

 なにしろ、シリルにとって一番重要な人間は来ているのだ。
 対応は色々と難しいが、最悪殺すだけでも大きな収獲になるであろう人間。
 彼女がいる事に比べれば、母がいない事など些事にすぎない。
 
 が、問題もあった。

「……買い被りすぎ、ですのよねぇ」

 目を閉じ、天を仰ぐ。

 先程の発言からして、おそらく海人は勘違いをしている。
 事情を語れば、それだけでシリルの怒りが再燃して感情制御が出来なくなるのだろうと。

 一応、間違ってはいない。
 確かに自らの口で事情を語れば、間違いなく冷静さは保てないだろう。
 それほどまでに、心で淀み続けている憎しみは強い。
    
 だが、最大の理由は違う。
  
「……久しぶりに、試しましょうか」

 シリルはそう呟いて立ち上がると手近な布袋を片手に持ち、クローゼットを開けた。

 そこにあるのは、色とりどりの普段着。
 数こそ少ないが厳選している為、組み合わせ方が豊富で飽きない服の山。
 あまり物を持たぬようにしているだけに、どれも愛着がある。

 ――――その奥に、古びた布に包まれた物があった。

 シリルはそれを引き摺り出すと布を取り去り、中身に手をかける。

 その途端、シリルの脳裏を数多の映像が駆け巡り始めた。

 初めに見えたのは、銀。
 教会の荘厳な聖堂内で光る、数多の武器。

 それを持つは、醜い笑みを浮かべた者達。
 少し前まで兄を絶賛し、屈託のない笑みを向けていた者達。
 真面目で優しい人達、かつてのシリルがそう思っていた外道共。
 それに加え、元々軽蔑していた両親も混ざっている。
 ただ一人だけ顔が見えなかったが、後姿で誰なのかは分かっていた。

 そうしてシリルがその場にいる人間全て把握した直後―――地獄が始まった。  

 それは、戦場で数多の骸を見慣れた今でさえ、吐き気を覚えずにはいられない光景。 
 人はここまで勝手に、そして醜くなれるのかと知った、絶望の記憶。 

 思い出したくもないのに、無情にその映像は流れ続ける。 

 あまりのおぞましさに数秒とたたず肌が粟立ち、血の気が引いていく。
 思わず折れそうになる膝を奮い立たせようとするが、倒れぬのが精一杯。
 手に持った物を支えにがくがくと震える全身をどうにか立たせようとしても、逆に震えが酷くなる。

 ついには何かが喉の奥から込み上げてきて、耐え切れずシリルは思わず手に持った物を床に投げつけた。
  
「うぐっ……! げっ、げぇええぇぇぇぇっ……!」
  
 シリルは激しく嘔吐し、胃の中身を用意していた袋にぶちまけた。

 胃の中身全てが空になるとシリルの嘔吐は収まったが、息は荒いまま。
 頬には両目から溢れだした涙の跡が残り、鼻水も大量に出っぱなし。
 普段の彼女なら即座に全てを拭って身支度を整えそうな状態だが、彼女は動かない。
 体内で荒れ狂う何かを必死で鎮めるかのように、小さくうずくまっている。
 
 数分後、ようやく動けるようになったシリルはゆっくりと身支度を整えた。

「前に比べればマシになったとはいえ、未だにこのザマ……嫌になりますわね」

 溜息を吐き、シリルは先程投げ捨てた物に再び布を被せてクローゼットに戻す。

 かつてに比べれば、本当にマシになった。
 布越しなら握る事が出来るし、見るだけなら何の問題もない。
 握りさえしなければ、手で触れる事も出来る。

 だが、ふとシリルは思った。
 自分は何がしたかったのだろう、と。
 自分の口から語れない理由を確認するだけなら、思い出そうとするだけでも十分だったはず。
 
 そんな事分かっていないはずはないのに、試してしまった。
 
「―――――未練、ですわね」

 拳を、強く握りしめる。

 腹立たしいが、認めざるをえない。
 無意味、むしろ害になる可能性を承知であれに手を伸ばしたのは、過去への未練。

 己の才に興味を持たず碌な努力もせず、ただ安穏と過ごしていた愚かな少女。 
 それに戻りたい、未だに心のどこかでそう思っているのだ。
  
(こんなにも幸福な現在を持ちながら、なんと罪深い)

 シリルはクローゼットの床に置かれた箱を開けた。

 その中から出てきたのは、木製の弓。
 真ん中から派手に折れており、もはや弓としては使えない。
 率直に言ってしまえば、ただのゴミと言っても差し支えないだろう。

 だが、これはシリルの宝物だった。

「……今にして思えば、本当に奮発してくださったんですのよねぇ」

 呟き、かつてこの弓を手にした時の事を思い出す。

 この弓を手にしたのは、シリルがエアウォリアーズに入った時。
 死に物狂いで鍛えに鍛え、ようやくルミナスの近くに立てるだけの技量に達した時、彼女から贈られた物だ。
 
 それまで使っていた弓ではまともな働きはできまい、と限られた金を必死でやりくりして貯め、
方々に頭を下げて買ってくれた、高級品。
 今のシリルが使う弓は勿論、その前に使っていた弓にも及ばないが、それでも実績がなかった小娘に持たせるにはすぎた物だ。

 当時は今一つ実感がなかったが、今ならルミナスがどれほど苦労して用意してくれたのか想像できる。

(そう、大事なのはこちら。過去ではなく、現在。
未練は捨てきれずとも……それは忘れてはならない。
それこそがお姉さまを始めとした多くの人に支えられてきた、シリル・メルティの証なのだから)

 表情を引き締め、再び箱を閉じクローゼットに戻す。

 そして傍にあった己の武器を、強く握る。

 これをまともに扱えるようになるまでの苦労は、正直数えきれない。
 剣術と体術をルミナスに、弓術の基礎を彼女の姉であるアリスに、徹底的に仕込まれた。
 幾度も血反吐を吐き、ガタガタになった体を振るい起こし、それでもひたすらに鍛錬を続けたのだ。
 それは妊娠したアリスが引退した後も変わらず、むしろそれまで以上に鍛え続けている。

 だがそれでも――――シリルは自分の苦労などたかが知れている、と思わずにはいられない。

 あからさまに厄介事の塊であった瀕死の自分を拾って治療してくれた、ルミナス。
 それを許容して匿い、国境を越えて逃げる手段を考えてくれた、アリス。
 当時後ろ盾もなく、今と同じく実家に仕送りをしていた二人にとって、それがどれほどに重い決断だったか。
 
 ましてシリルは、迷惑をかけるからと何度も出て行こうとしていたのだ。
 それをその度小細工まで用いるシリルに先回りして潰す事が、どれだけ大変だったか。
 その際に何十回も食らった拳骨は非常に痛かったが、彼女らの負担に比べればカスのようなものだ。
  
 一生かけても返しきれぬであろう、大恩。
 そしてそれは、それ程の愛情をかけてもらったという証明でもある。

 先程の海人だって、そうだ。
 あれだけ頑なに拒まれたのだから、怒って見捨てる方が普通だ。
 それなのに見捨てるなどという考えは思考にすら上らず、シリルも受け入れられる手助けを提案してくれた。

 つくづく――――今の自分の周囲は善人で溢れかえっている。
 
(……ならばこそ、今回で私の心に決着をつけましょう)

 透き通った眼差しで、窓の外を見つめる。

 正直に言えば、今回で自分の心の全てに決着を着けるのは無理だ。
 全ての元凶であるナーテア教上層部は、未だイナテアで安穏と過ごしている。
 今回の敵を叩き潰したところで、それだけでは連中自身は精々恐怖を覚える程度だろう。
 兄に行った大罪に値する罰には、あまりにも不足だ。

 が、アンリから聞いた敵戦力を考えると、今回の敵を潰せば次の派兵はまずない。

 各国から強いナーテア教信者の戦士を集めているし、イナテア神官戦士団の主力もかなり派遣されている。
 確かにおそるべき強大な戦力だが、逆に言えばこれで仕損じれば次に打つ手はない。

 今度こそシリルを公に背神者として手配するという手もあるが、それはあまりにも悪手。
 本当の理由で手配すればどうなるかは言うまでもなく、嘘の理由でもあちこちの諜報員の好奇心を煽る。
 これまで名すら忘れ去られていた娘が唐突に手配されるのだから、当然だ。
 
 そうなれば、今回集めた戦力とそれが撃退されたという情報も露呈する。
 そして、その情報はゼオードの時と同様、場合によってはそれ以上に致命的だ。
 各国の敬虔な信者どころか、紛れもないイナテアの神官戦士の多くが背神者一味に返り討ちにあった事になるのだから。
 彼らが謳う戦いの女神の加護の実在を疑う声が大きくなるだろう。

 そしてイナテアのあるプロイムス共和国にはナーテア教以外の宗教も多数あり、それぞれ勢力拡大の機会を窺っている。
 アンリ曰く情報網も優れているらしいので、今回の戦いの情報を掴み、
更にアンリからもたらされるであろう十年前の真実も加えて公表し、自分達の勢力拡大を試みるだろう。

 そうなれば、あとは火を見るよりも明らか。
 ナーテア教の権威はこれ以上ない程に失墜し、教皇達もただではすまない。
 最悪、自分達が踊らされた事を棚に上げ、騙されたと怒り狂うイナテア市民に処刑される。

 保身しか考えていない連中が、そんな悪手を選ぶはずがない。

 かと言って他に有効な手などあるはずもなく、無意味な会議を幾度も開く事になるだろう。
 いつ襲ってくるかも分からない超戦力に、怯えながら。  

 罪に相応しい罰とは言い難いが、いずれ無惨な死をくれてやれれば、それでいい。
 教皇達は全ての元凶だが、シリルにとってはその程度の存在だ。

 シリルに心に大きな影響を与えているのは、ただ一人。
 だからこそ、その一人と決着をつけられれば、シリルの心には一応の決着が着けられる。

 今のようにイナテアの人間を見ただけで憎悪に支配され、周囲に心配をかける事も無くなるはずだ。

「……私は、貴女を乗り越えます。例えそれが、どんな形であったとしても」 

 決意を胸に、シリルは呟く。
 かつて兄と同じぐらいに憧れ、慕った女性の姿を思い浮かべながら。
 

 
  
 
  
   
 

   
     
 
   
 




 翌朝、ルミナス達を見送った海人は、地下の研究室へ向かっていた。
 昨日ルミナスに頼まれた事、それを行う為に。
 
 幸いにして、その為に必要な準備自体は整っていた。

 シェリスから周辺の土地を買い取って行った、地下室の拡充。
 それは建築用ロボットによる昼夜問わぬ作業により、非常に良い物が完成している。
 元々あったこの地下室を地下一階として最深地下五階まで掘り下げ、
広さも屋敷周辺の土地一帯にまで広がっている為、当面は十分すぎる。
 また全部屋を強固な作りにし、遠隔操作による実験も可能にしたので、危険の伴う実験も比較的安全に行える。

 さらに、必要な素材も既に用意してある。
 カナールに行くついでにちょこちょこと集めた多種多様な素材。
 それらを小まめに創造魔法で大量に複製していた為、消費量も気にはならない。

 また、魔力も十二分。
 海人は、一日が終わると残魔力の大半を大粒のダイヤモンドに移すようにしている。
 概ね八時間程熟睡すれば魔力が全回復する為、何かあった時の為に保管していたのだ。
 こつこつ溜め続けてきたその数は、海人の絶大な魔力が一つでは収まらない事もあり、実に百を越えている。 
 
 別にシリルの為に準備していたわけではないのだが、今回は好都合。
 おかげで、存分に時間を費やせる。

 これだけ万全なのだから問題など何一つない、そう思っていたのだが、

「……海人殿、どうかなさいましたか?」

 背後から付いてきていた刹那が、気遣わしげに海人に声をかけてきた。 

「ん……? 何がだ?」

「その、いつもより歩みが速いので……」

 立ち止まって振り返った主の問いに答える。

 普段、屋敷で過ごしている時の海人は歩く速度がそれほど速くない。
 むしろゆっくりとしており、なんとなく余裕を感じる歩き方だ。
 そしてその速度は体調などで多少のブレがあるものの、大きくは変わらない。

 それが、今日に限って誤差の範囲を超える速度を出している。
 あからさまに急いでいる様子ではないが、どこか焦りのようなものが感じられるのだ。
      
 刹那がその旨を伝えると、海人は軽く顔を顰めた。

「……我ながら不甲斐ないな。
緊張しとる自覚がなければ、どんなミスをやらかすかもわからんというのに」

「緊張、ですか?」

「ま、ちょっとな。しかし、私の歩く速度なぞよく把握してたな」

 答えながら、海人は再び歩き始める。
 程良く緊張が解けたのか、いつも通りの速度で。
 
「毎日見ておりますので。ちなみに、町中であれば先程の速度は少し遅いぐらいですね」

「……よく見とるなぁ。ホントに」

 刹那の言葉に、海人は苦笑を禁じえなかった。

 確かに、町中での海人は速く歩く癖がついている。
 昔散々雑踏で狙われたせいか、あまりゆっくりしているのは落ち着かないのだ。
 無論、早足になった程度では大した意味がない事は重々承知だったが、
どこから誰が狙っているか分からない状況でゆっくり歩いていられる程、昔の海人は図太くなかった。
 靴紐がほどけて屈んだ瞬間、前にいた通行人が射殺されたなんて事もあっただけに、尚更。
 
 とはいえ、それは元の世界での話。

 この世界で海人を狙う人間など、常に美女・美少女を連れている彼に嫉妬した男ぐらいのものだ。
 そして魔力のおかげでそういった手合いは自分である程度対処できるし、自分で対処せずとも一緒にいる誰かが対処してくれる為、
緊張する必要がまるでないのだ。
 
 となれば、早足になっているのはあくまで昔の名残。
 それほど大きな差異ではないはずだ。

 そんなふうに護衛の観察力の高さに感心している間に、海人達は地下室に着いた。  

 最初の部屋の隠し扉を開き、その先の部屋の網膜認証式の扉を開けると、見慣れた研究室。
 様々なアイデアを走り書きした紙の山が部屋のあちこちに点在し、早く片付けろとばかりに存在を主張している。

 海人は定位置であるパソコン前の椅子に腰かけると、パソコンを起動して何やら入力した。  

 海人の手が止まると同時に、部屋の四方の壁から箱のような物を構えたロボットが出てくる。
 彼らは心得たように大量の紙束の元へ赴くと、装備したそれで紙束を一気に抱え上げ、
床にぺろっと1、2枚残った紙を背中から出ているアームで回収すると、再び壁の中へ消えて行った。

「か、海人殿、いつの間にこんな仕掛けを、というかあの紙はどこに……?」

「何日か前だな。例によって建築ロボットで寝ている間に完成させた。
紙はここよりも下の別室に送られ、回収日ごとに区分けされている。
今度は散らかったままの部屋を全自動で片付けられるようにしたいところだな」

 刹那の疑問に答えると、海人は気分を切り替えるかのように軽く目を閉じた。

 思い浮かべるは、数少ない親友と呼べる女性。
 しょうもない事で罵り合い、睨み合い、時として殴り合う彼女。
 幾度ボードゲームで破れようと諦めずに立ち向かい続ける、不屈の気概。
 相手が化物と知りつつ、どこまでも対等な友人たらんとする彼女は、海人にある種の安寧を与えてくれている。

 色気など欠片もない関係だが――――守りたい、大事な人間だ。 

 そんな己の思いを再確認した海人は、決意する。 
 今度こそ失わぬ為に、少しばかりリスクを負う事を。
 彼女にこの急場を生き延びさせる為ではなく、その先の未来の為に。
 
(ま、リスクと言っても要は私の気の持ちようだしな―――ならば、大丈夫)

 海人は自らの両頬を軽く引っ叩くと、流れるような動きでパソコンのキーボードを操作した。

 ――――その途端、部屋の景色が一変する。

 海人の背後には、空中に浮かぶ数十もの画面。
 どこかの部屋をモニターしている画面もあれば、びっしりと文字の羅列が並んでいる画面や、
何かの設計図らしき物が表示されている画面もある。
 
 海人がそれらの方へ向き直ると、彼の両手の下に空中に投影された二つのキーボードが現れた。

「あ、あの……海人殿、これは……」

「今回は普段のやり方では流石に間に合わん可能性の方が高いんでな。
私の処理能力を最大限発揮できる状態にした」

 指を動かし始めながら、刹那の疑問に答える。
 
 今の部屋の状態は、研究の完成速度に重点を置く時のもの。
 海人が把握できる視野の範囲全てに画面を敷き詰める事で、同時に大量の作業を進められる。
 空中ディスプレイによる左右のキーボードは、左が短縮キー入力用、右が詳細なコマンドを打ち込む為の物だ。
 これにより画期的な時間短縮と高精度な作業を両立させられるようになっている。

 が、普段海人が使う事はない。

 理由は多々あるのだが、一番大きいのは単純につまらないからだ。
 これを使うと確かに研究速度は劇的に向上するのだが、面白味がない。
 徹底した合理化をしてしまう関係上、研究の楽しさが激減してしまう。

 かつてこの手法を開発した時は、必要に迫られた為にやっただけの事。
 国家組織ぐるみで命や身柄を狙ってくる相手を撃退するには、様々な道具や作戦が不可欠だったが、
普段通りの研究速度では、急いでも途中であの世行きになる可能性があった。

 だからこそ、これを開発したのだ。
 キーボードを押す時の感触も、味のあるディスプレイを眺めた時の落ち着きも、
紙を手に取って読む時の心地良さも、研究におけるささやかなこだわりを全て捨て去って。 
 
 正直今でも好きではない、というか嫌いな手法なのだが、今回は他に道がない。
 間に合わなくなっては、元も子もないのだ。
 
「っと、すまないが刹那、部屋にいるならそこの椅子に座っててくれるか?
君の後ろにも三つほど画面があるんだ」

「あっ、も、申し訳ございません!」

「構わん。いきなり場を変えた私が悪い。
それとこれを使っていると普段より集中が深いんで、多分呼びかけられたぐらいでは気付かん。
食事の時間になったら、頭引っ叩くなりなんなりして知らせてくれ。別に怒らんから」

「は、はい……かしこまりました」

 主の言葉に静々と頷くと、刹那は先程指定された椅子に腰かけた。
 それを確認すると、海人は再び部屋中に広がる大量の画面に向き直る。

(さて……久しぶりだが、早めに勘を取り戻さんとな)

 鋭く目を細めると、海人は作業を開始した。
 














 
 
  
 昼前、シェリスの屋敷。
 屋敷の大部屋に、シェリスの部下の半数ほどが集められていた。
  
「さて、それでは今回の分担について説明を始めるわ。
まず、私達が受け持つのはこの屋敷から南方に集まるであろう敵。
北方はエアウォリアーズが担当する事になっています。
まだ判明していない敵の情報が入った場合も原則お互いの領域に専念する事としています。
ただし数の偏りは考えられるので、状況によっては互いに人員を融通する事になっているわ」

 広い室内に、シェリスの澄んだ声が響き渡る。
 耳触りの良い声だが、はきはきとして非常に通りが良い為、一字一句はっきりと聴衆の耳に届く。 
 人の上に立って指示を出す者に相応しい、見事な声だ。

「今集まっている情報からすると、個々の戦力において我々が負ける要素は無いでしょう。
ただし数においては敵が圧倒的に上なので、普通にぶつかれば討ち漏らしの発生率は極めて高いと言わざるをえません。
ですが、幸いにして敵は兵を複数の箇所に集めた上でそれぞれ移動させ、最終的にカナール付近で全戦力を揃えるつもりのようです。
ですから、戦力がある程度まとまる前、複数の集団が出来上がったところを叩きます。
それぞれの集合日時はバラつきがあるようなので、上手くすれば余裕が出来るでしょう。
ちなみに割り当てや戦術については、既におおよそ決まってるわ。
今からその資料を配るから、各自目を通すように」

 片手を上げ、ローラに指示を出す。

 全員に資料が行き渡って、しばし。
 ぱらぱらと忙しなく紙束をめくっていた手が止まった頃合を見計らい、シェリスは話を続けた。

「全員目は通したわね? これについて何か意見はあるかしら?」

『シェリス様、よろしいでしょうか!?』
 
 シェリスの言葉が終わるとほぼ同時に、三人の手が上がった。
 示し合せたのではないかと思うほど完璧に一致したタイミングで。

「……コグラスト三姉妹、何が気になるのかしら?」

 予想通りの質問者達に、シェリスが哀れみの混ざった視線を向ける。

「し、失礼ながら、私共三姉妹が担当する敵戦力を一桁間違っておられるかと。
あるいは構成人員の一部が他の割り当て分と入れ替わっているのではないでしょうか?」

 タチアナが、これ以上ない程引き攣った表情で質問する。
 胸中に渦巻く嫌な予感から強引に目を逸らし、そうであってほしいと願いを込めながら。

「いいえ、間違ってないわ。三回も確認したもの。
貴方達の割り当て分に関しては、特に念入りに」

「あの、どう考えても私達個々の力量からすれば死んでこいって命令にしかならないのですが……」

 同情を滲ませながらも自分達を地獄に突き落とす主君に、ナンシーが控え目に抗議する。
 聞き入れてもらえる事はないだろう、そうは思いつつも。

「その通りね。だからこそ、貴女達三人を揃って同じ場所に配置したのよ。
三人揃った状態で全力を出せば十分打倒可能な範囲のはずよ」

「そ、その、全力を出すのは勿論問題ないんですが、私共だけ一歩間違えば挽肉確定な難度なのはなぜなのでしょう?」

 予想通りの答えを返してきた主に、チェルシーが質問する。

 手元の資料に記されている割り当ては、コグラスト三姉妹だけ明らかに実力と難度のバランスがギリギリだった。
 他の者達は一歩どころか三歩四歩間違えても挽回可能そうなのに対し、彼女らだけは一歩の間違いが死に直結する。
 敵の数が多い上にちらほらと厄介そうな戦士が混ざっており、かなり綱渡りな戦いになりそうなのだ。

 そんな当然の疑問に対し、シェリスは淡々と根拠を説く。 

「……貴女達なら一歩を間違える事などない、そうローラが保証したからよ」

『総隊長ぉぉぉぉぉっ!?』

 予想通りの根拠に、コグラスト三姉妹はシェリスの背後に侍っている上司に猛抗議した。

 理由は、なんとなく分かる。
 屋敷で演奏をやった件での懲罰人事だ。
 少しは懲りろ、と地獄に叩き落としにきたのだろう。

 とはいえ、彼女らがやったのは僅か数分の演奏でしかない。
 いくらなんでもその程度でこんな死地に蹴り落とすような命を下すのはやりすぎだ。

 そんな必死の嘆願をする三姉妹に、ローラは静かに冷たい視線を返した。 

「騒がしいわよ。昔はもっと危険な状況も打破してたでしょう」

『うっ……!』

 痛い所を突かれ、コグラスト三姉妹は呻いた。

 確かに今回の案件は昔に、この屋敷に雇われる前と比べればぬるい。
 敵の数はせいぜい千人程度だし、質も最高で百人斬り程度。
 当時の無茶苦茶な戦闘に比べれば、どうという事はない。

 が、それはかつてが異常だっただけで、今回の任務の難度が低いわけではない。

 三年見ぬ間に飛躍的な成長を遂げた後輩達。
 ガーナブレストの騎士団でもやっていけるんじゃないかというぐらいに強くなった、自慢の妹分達。
 それに加え、死の淵に片足を踏み出した程度なら普通に戦闘を続けられるような胆力まで与えられてしまった彼女達。

 それが、敵戦力を見た瞬間に間違いなく回れ右して全速力で疾走するであろう難度。
 死の淵に足を踏み入れるどころか、そこに落とされ奈落の底から断崖絶壁を執念で這い上がらねば命がない難度。
 先日試しに若干矮小化して今なら何人かいればそれぐらい出来るんじゃないかと言ってみたら、総隊長じゃないんですから、と一笑に伏された難度。

 そんな難度の戦いと、比べる方が間違っている。
 生き残っておいてなんだが、あれで生きている方がおかしいのだ。 

 ゆえに三人は人間として至極当然の抗議を行おうとしたのだが、その前に動きが凍った。  
 僅かに怒気が滲んだ、ローラの視線によって。

「まさか……昔なら多少余裕を持って出来たであろう事が今できない、などという戯言をほざくつもりではないでしょうね?」

『滅相もございませんっ!!』

 自分達の心臓をぶち抜いてきた強烈な殺気に、三人は思わず背筋を伸ばして敬礼する。
 その瞳に、今にもこぼれそうな大量の液体を湛えながら。

「ならば問題はないわね。失礼いたしましたシェリス様、どうぞ続きを」

「……他には意見ないかしら?」

 シェリスが念の為問うと、案の定手は上がらなかった。

 当たり前と言えば、当たり前だ。
 ローラにもチェックしてもらったこの分担には、ほとんど隙がない。
 唯一の問題がコグラスト三姉妹の担当だったのだが、それはあっという間に封じられた。

 これ以上、異論など出るはずがない。
 
「では、これで解散します。配った資料は頭に叩き込んだ後焼き捨てるように。
もし忘れた場合は、私の部屋に一部だけ保管してあるから見に来なさい。以上です」

 シェリスが言葉を切ると同時に、彼女の部下達は一斉に動き始めた。
 
 どの担当も日時はまだ余裕があるが、移動時間も考えればのんびりとはしていられない。
 全力で走れば余裕はあるが、魔力消費と不慮の事態を考慮すればそれは愚策。
 現実的には近場の町から乗合馬車に乗って移動し、そこから目標地点に向かう事になる。
 
 なのですぐに全員が部屋からいなくなるはずだったのだが、

「まだ何かあるのかしら?」

 ローラが、傍に寄ってきたコグラスト三姉妹に訊ねる。
 相変わらずの無表情だが怒っている様子はなく、純粋に疑問を抱いているようだ。

「思ったんですけど……これ、私達よりソニアの方が適任なんでは?
あの子は遊撃役って事になってるみたいですけど、相手がこのレベルなら私達3人が分散してそっちに回った方が効率的じゃないですか?」

 タチアナが、先程は口にしなかった疑問をぶつける。

 敵の数がやたらと多い以上、確かに自分達をぶつけるのは適切だ。
 自分達の得意分野は、突出した個人を相手取るのではなく、千の雑兵を相手取る事。
 適材適所、と言っても間違いではない。

 が、今回割り振られた敵に関しては、もっと良い適任者がいる。
 突出した個人だろうが千の雑兵だろうが、ただ一人で鼻歌混じりに片づける怪人が。
 
 どうも彼女は遊撃役に回されるらしいが、戦力を各地に散らさねばならぬ現状では、
いくら強かろうが一人でカバーできる範囲は限られる。
 それよりは彼女に大軍を担当させ、自分達は三人別方向に散って遊撃役として働いた方が合理的に思えた。

 ローラは納得したように頷くと、部下達の疑問に答える。
 
「今、彼女にはもう一つ任務があるから、時間の都合上遊撃役にしか回れないのよ。
そしてこの状況であれだけ大きな集団を潰すとなると、ソニア以外では貴方達が最適。
むしろ、他の適任者はいないでしょう?」

『うげぇ……』

 淡々とした宣告に、揃って嫌な顔をする三姉妹。

「代わりと言っては何だけど、今回の仕事が終わったらすぐに別の仕事があるわ」

『この上仕事重ねるんですかぁっ!?』

 あまりにも残酷な上司の言葉に、三姉妹は悲痛な表情で叫んだ。
 ただでさえ死地直行の任務だというのに、その直後に更なる任務。
 そう言われては、もはや自分達を殺しにかかってるとしか思えなかった。
 
「嫌なのかしら? 次の任務はカイト様の屋敷での演奏会丸一日。
更に観客もそこそこ予定されているようだし、食事も用意されてるだろうから貴女達好みだと思ったのだけど」

『へ……?』

 しれっとのたまったローラに、三人揃って間抜けな声を漏らす。

 口を半開きにしたまま、脳内で言葉を反芻する。
 演奏会、確かにそう聞こえた。それも、丸一日。
 更に観客が多く食事も用意されているとなれば、宴会の席なのだろう。
 求められるのは、間違いなく明るく賑やかな音楽だ。
 
 つまり、コグラスト三姉妹にとって――――年間の給料を返上してでも受けるべき任務。

「まあ、嫌なら仕方ないわね。仕事ついでに別の楽団を手配―――」

『お待ちください総隊長ぉぉぉぉっ!』

 どこか悪戯っぽい声で続けられたローラの言葉を、三姉妹の絶叫が遮った。

「やるのね?」

「無論です! 音楽が! 音楽が求められているとあらば!」

「我ら三姉妹、いつ何時いかなる場所においても!」

「最高の演奏を提供させていただきます!」

「よろしい。それと今回で気に入られれば、カイト様に年何回か頼まれるかもしれないわ。
せいぜい気合を入れる事ね」

『いいいいいいっやっほぉぉぉぉうっ!!』

「うるさいわよ」

『は、申し訳ございません! では、早速任務に向かわせていただきます!』

 ビシッと敬礼すると、先程までの弱気っぷりはどこへやら三姉妹は凄い勢いで部屋を出て行った。
 部下達が開けっ放しにしていったドアを眺めながら、シェリスが呟く。

「……今日までカイトさんの所の仕事を黙ってろってこういう事だったのね」

「はい。良くも悪くも、あの三人は精神状態で強さが激しく増減しますので。
まあ、これであそこは大丈夫でしょう。あれだけの餌で釣った以上、あの程度の兵力は問題にもなりません」

 淡々と、だが確信に満ちた口調で答える。
 彼女にしては珍しく、強い信頼を感じる声音だ。
  
「あのムラっ気自体はどうにもならないの?」

「…………出来るなら、とうの昔にしております」
 
 主の問いに、ローラは珍しく深い溜息を吐いて答えた。

















 エルガルドのとある場所にて、数人の男達が歩いていた。
 見る者が見れば、彼らが高名な傭兵団の人間である事に気付いただろう。

 集団の中に一人、立ち上がった大型の熊ほどもありそうな体躯の大男がいる。
 ボロっちい大きなマントを羽織ってはいるが、その巨躯は隠しきれていない。
 体格に相応しい、むしろ過剰とも言えるぐらいに筋肉がついており、それが更に男を大きく見せている。

 世界広しと言えど、これほど大きい人間は傭兵団アーバルベイン団長ザゲルド・バーリオンのみだろう。
 
「……機嫌良さそうですね、団長」

「くっくっく、当然だ。背神者の討伐は我らナーテア教徒にとってその信仰を示す最高の機会。
しかも、その過程であの忌々しい連中に身の程を教えてやれるのだぞ?」

 部下の言葉に、ザゲルドは愉しげに答えた。

 現在、傭兵業界ではエアウォリアーズが最強と言われている。
 いかなる戦場に赴いても常に最大の戦果を挙げ、その上で自分達を雇った側に勝利をもたらす。
 彼らが参戦した段階で戦いの勝敗は決まり、戦果のトップも確定する。
 彼らが味方の時はまず己の命を守り、敵であれば全てを投げ捨てて一目散に逃げろ、そう言われているのだ。
  
 ―――――まったく、ふざけた話だった。

 ザゲルドからしてみれば、エアウォリアーズの強さなどまやかしだ。
 常に雇った側に勝利をもたらすのは、強い側に雇われるだけの事。
 当然の事だが、強い方に加担していればそうそう負ける事などありえない。
 常に最大の戦果を挙げるのは、雑兵との戦いを極力避け、大物首だけを狙っているだけの事。
 雑兵千の首より大物の首一つの方が価値が重いのだから、不思議はない。

 自分達だって、やろうと思えばその程度の事はいつでもできる。
 それをやらないのは、あくまでも堅実な戦闘をしているからだ。
 犠牲を出さぬ事を優先し、無闇に博打を打たない、だからこそ安定した強さを維持している。

 エアウォリアーズの戦いなど、自分達から見ればたまさか博打に勝ち続けているだけに他ならない。
 どこかで少し歯車が狂っただけで一気に団全滅もありうる、愚かな戦い方。
 安定性がなく、信頼には程遠い傭兵団と言える。

 だというのにエアウォリアーズばかりが評価され、自分達はそれほど評価されない。
 その戦いの華々しさで誤魔化される者が多いせいだと分かってはいるが、やはり忌々しかった。

 なので、機会があれば一度身の程を教えてやりたいと思っていたのだ。
 勿論、教えたところで役立てられる機会は来ないだろうが。 

「それは同感ですが、くれぐれも油断はなさらないでくださいよ?
エアウォリアーズが強大な相手である事自体は事実なんですから」

「ふん、強大なのはトップ二人だけだろう。他の若造なぞ、私の相手にもなるまい」

 嘲弄するように、大きく鼻を鳴らす。

 流石のザゲルドも、エアウォリアーズの団長と副団長の実績は認めざるをえない。
 なにしろ、かつて革命戦争を実質二人で終結させた筋金入りの化物。
 その時の戦果を聞くだけで、冷や汗が止まらない程だ。

 が、その下である三人の隊長は違う。

 そもそも、三人中二人が女という段階でふざけている。
 戦いにおいて、特に近接戦においては筋力で勝る男の方が本質的に有利。
 出せるパワーが違うし、女並に力を制限すれば魔力の消費が少なく、持久力にも優れる。

 そもそも、戦いの女神であるナーテアの加護は男にこそ強く与えられると教典に記されているのだ。   
 女が男に勝てる事など、そうそうあるはずがない。

 それが起きている、しかも二人共近接戦型という事を踏まえれば、
その部下達など自分の部下達の足元にも及ばぬ弱兵だろう。

 戦果は挙げているそうだが、団長や副団長のおこぼれを上手く拾っていると見るのが妥当。
 ならば、ザゲルドの相手になどなるはずがない。  

「そりゃ団長はアイスドラゴンも軽く仕留められるぐらいなんですから、そうでしょうけどね。
俺らはまだまだそんな領域にゃ程遠いんですよ?」

「私に直々に鍛えられていながら、情けない事を言いおって。
分かった分かった、お主らがやられんよう気を配って戦ってやろう」

 がっはっは、と豪快に笑うザゲルドに、周囲は頼もしそうな視線を向ける。

 これだから自分達はこの団にいるのだ、と。
 中位ドラゴンを軽く一捻りする程強いが、弱者を守る優しさも持ち合わせている。
 それゆえにそばにいれば安心感があり、多少しくじってもフォローしてもらえると思いきった戦いが出来るのだ。 

 エアウォリアーズが相手だろうと、彼がいる限り負けはない、そう思える。
 つくづく良い団に入れた、そんな安心感に浸っていると、前方に何かが見えた。

「む……! 馬車が襲われているぞ!?」

「って、護衛がやられてるじゃないですか!」

「いかん! 先に行くぞ!」 

 言うが早いか、ザゲルドは愛用の戦斧を構え、凄まじい速度で馬車の方へ突進していった。
 そして、瞬く間に馬車を襲っていたノーブルウルフに肉薄する。
 
「ぬんっ!」

 気合と共に斧を振り抜き、ノーブルウルフが真っ二つになる。
 そしてその勢いのまま背後に迫っていた別のウルフを斧で両断した。

 それとほぼ同時にザゲルドの部下も駆けつけ、彼の後方に陣取る。
 再びザゲルドが魔物に襲われるが、またも斧で真っ二つにしてしまう。
 今度は振り抜かず力尽くで強引に別の魔物に狙いを定めるが、その間に別の魔物が三体も迫っていた。

『焔の槍よ、我が意に従い敵を討て《フレイムランス》』
 
 一斉に攻撃魔法の詠唱が響き、ザゲルドに襲い掛かろうとした三体の魔物を炎の槍が貫く。
 
 するとザゲルドは近場で燃え盛った魔物を慌てもせずに高速で蹴り飛ばし、別の魔物にぶつけた。
 衝突の衝撃で怯んだ隙に炎が燃え移り、魔物は悶えながら焼け死んでいく。

 結局、全ての魔物が倒されるまで五分もかからなかった。

「大丈夫だったか?」
 
「は、はい、ありがとうございました! そ、そうだ、護衛の方が……!」

 ザゲルドに声をかけられた女性が、礼を言いつつも馬車から降りて護衛の冒険者達に駆け寄ろうとする。
 が、ザゲルドはそれを片手で制し、護衛達の状態を確かめた。

「……心配はいらん。全員衝突の衝撃で気絶しているだけだ。すぐに目を覚まそう。
とはいえ、馬がやられてしまっているようだな……」 
 
「ああ……そうでした……どうすれば……」

「馬車の向きからして、目的地はスロラスロの町か?」

「は、はい……」

「であれば、私達の通過点でもある。私が引いていこう」

「そ、そんな! そんな事をしていただくわけには!」

「気にする必要はない。我らはナーテア教徒。弱者救済こそが教義だ。
力なき御婦人方を放置しては、ナーテア様に顔向けが出来ん」

 誇らしげに言うと、ザゲルドは気絶している護衛達を馬車の中に入れ、馬車の縁を掴み軽々と引き始めた。
 その動きは実に軽快で、なんら負担を感じさせないが、彼の部下達も馬車を背後から押していく。
 
 何度も礼を言う女性に、ザゲルドとその部下達は苦笑を向けていた。 

 自分達の後方に、人が一人いる事には気づかぬまま。

(……なるほど、ザゲルド・バーリオンが突出して強いが、他も悪くはない。
足手纏いにはならず、むしろ上手くサポートに回っている――――彼らは強さも移動速度も総隊長の見立て通り。
とりあえず、ここは十分ね。次に行きましょう)

 馬車襲撃の前からザゲルド達の近くにいながら最後まで気付かれなかった女性は、静かにその場を後にした。






コメント

敵方も着々と戦力が整ってきてますね。色々と厄介そうですね。ここからどういうふうになるかが非常に楽しみです。
やっぱりトラウマになっているようですね。これをどう乗り越えるのかが重要になりそうです。

追伸
今まで設定したキャラの中で我ながら良くできたと自画自賛できるキャラは誰ですか?
[2016/09/19 07:04] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


規格外の研究速度をさらに高速化するのか・・・・・・
一体どんなものが作られてしまうんでしょうね。
[2016/09/19 09:17] URL | リゼルグ #XAUl15Aw [ 編集 ]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2016/09/21 01:12] | # [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2016/09/23 02:28] | # [ 編集 ]

更新お疲れ様です
他の方も指摘しているかもしれませんが脱字報告を

今話半ばでの海人の回想シーン
靴紐がほどけて屈んだ瞬間、前に通行人が射殺されたなんて事もあっただけに、尚更。

前に"いた"通行人が ではないでしょうか?
[2016/09/24 13:52] URL | 名無しの権兵衛 #y2a4lNMg [ 編集 ]


正直なところ思ったより厄介そうというかイナテアに他の宗教さえいなければ狂信者どもを町ごと皆殺しにすればいいだけなのにそれもできないしましてほかの国にまで散らばっているのじゃあテロリストや予備軍を殲滅するのは難しそうですね。

それにしても復讐とか言っているのに随分シリルは、甘ちょろい考えをしているな。

普通に考えて犯罪者どもと上層部の命令があれば法なんか無視してなんでもする犯罪者予備軍を区別しても意味がないというか両方とも大した違いがないし区別する意味がないと思いますね。

大体そんな腐っていて閉鎖的な連中なら信仰のためにどんな卑劣な真似でもしそうだし一般的に知られていない戦力の1つや2つありそうですね。

ということで今回の敵を叩き潰したところでナーテア教の連中は変わらず好き勝手やるのだろうし反撃しないで返り討ちにしただけの防戦一方というのもなめられる原因になりそうだから最低でもイナテアにいるナーテア教の主要な連中は、拘束するなり皆殺しにするなり対抗手段をとるべきだと思いますね。
[2016/09/25 06:24] URL | シャオ #xDU5tAck [ 編集 ]


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