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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット14

 番外編66


 唐突だが、シリル・メルティは意外に優しい女性だ。
 
 ルミナス命のあまり彼女に寄る男に殺気をぶつけたり、
彼女を逆恨みした敵を本人が手出しする前に半殺しにしたりもするが、
彼女さえ絡まなければ割と優しい性質ではある。

 周囲の実力に気圧され萎縮している新人をやんわりと激励したり、
恋人にフラれ落ち込んでいる部下をたまたま町で見かけた際に酒一杯分の代金を握らせてやったり、
マナーを身につけていない部下が高級レストランにいても恥をかかないよう最低限の物を仕込んでやったり、
その優しさが出る場面はそれなりに多い。 
 
 が、彼女は時としてその優しさを地平の彼方に投げ捨てる事がある。

「よくも私のプリンを……! 
この性悪陰険腐れ馬鹿男! 今日という今日は許しませんわよ!?」

「寝ぼけて間違えたんだ! 悪かったと謝ってるだろう!?」

 襲い掛かってくるシリルの眼前に、海人が無属性魔法障壁を作る。

 かなり頑強な障壁なのだが彼女は拳一発で事もなげに破壊し、
その勢いのまま海人に迫っていく。

 それに対し海人は更なる障壁を展開するが、今度は蹴りで粉砕されてしまう。
 同じように何枚彼女の動きを阻害する形で出しても、鈍い音と共にすぐさま破壊され、
海人は着実に距離を詰められている。
 このままいけば、遠からず海人はシリルの攻撃をその身で受ける事になるだろう。
 ―――事の発端は、十分前。

 冷蔵庫に入れておいたシリルのプリンを、海人が食べてしまった事。
 決して悪意を持って食べたわけではなく、寝ぼけた海人が昨日の夜自分の分を食べた事を失念していただけだ。
 彼は食べ終わった後にそれを思い出し、それとほぼ同時にシリルが居間に顔を出してこの状況である。 
 
 無論、海人は即座に頭を下げた。
 悪気がなかったとはいえ、人の物を食べてしまったのだ。
 性格に難が多い男ではあるが、明白な己の非ならば認めて頭を下げる程度の倫理観はある。
 
 が、シリルはその謝罪が終わる前に制裁に移った。
 謝罪は不要、その命で償えと言わんばかりに。

 一見するとただ短気で過剰な反応だが、ある意味仕方のない側面はある。
 
 海人が食べたプリンは、ルミナスが昨夜作った自信作なのだ。
 腹が膨れていたシリルが今日の朝食の楽しみにと取っておいた貴重な一品であり、
海人も珍しく意見を求められる前に美味いと声を上げた逸品でもある。

 それが朝起きたら、目の前で食われていた。
 我を忘れるのも、当然と言えば当然だ。 

「そ、そうだこうしよう! 今日カナールに行ったらアイスを好きなだけ奢―――ぬおっ、掠った!?」

 後頭部めがけて放たれたシリルの蹴りを、前に転がって避ける。
 ごろごろ無様に前転しながらではあるが、それでも適切な位置に障壁を展開し、シリルの動きを阻害する。
 それで数瞬稼げた時間を使い、海人は立ち上がり全速力で駆け出した。
   
「私の清々しい朝をぶち壊しといてそんな物でごまかせるとでも思ってますの!?
殺しはしませんから、大人しく脳髄ぶちまけなさい!」

「脳髄ぶちまけたら死ぬだろう!?」

 発言が思いっきり矛盾しているシリルに突っ込みつつ、海人は尚も走る。
 
 とはいえ、ここは地上からはるか離れた絶壁の頂上。
 飛翔魔法を使えない海人にとって、逃げ場は限られている。
  
「ふふふ……追い詰めましたわよ?」

「くっ……!」 

 絶壁の縁に追い詰められ、海人は思わず呻いた。

 これ以上下がれば、地上に真っ逆さま。
 当然、空を飛べぬ海人の命はない。

 普段のシリルならなんのかんので助けてくれるはずだが、
冷静さを失っている状態では絶対とは言い切れない。

「さあ、こちらにいらっしゃいませ。ちょっと顔面に拳がめり込むだけで、命は助かりますわよ?」

「そのまま突き抜かれそうだから、激しく遠慮したい……なっ!」

 何を思ったのか、海人は後ろに飛んだ。

 背後は変わらず、何もない虚空。
 海人が飛翔魔法を使えない事も、翼がない事も変わらない。

 が、そんな彼にも一つだけ空から落下しない方法があった。
 
「無属性障壁を足場に!?」

「ふはははははっ! 私でもこれぐらいの足掻きは出来る!」

 高笑いしながら、海人は背後に作成した障壁を踏み台に思いっきりシリルの頭を飛び越える。
 そして再び駆け出そうとするが――――突然すっ転んでジタバタもがき始めた。
 
「……どうなさいましたの?」

「………………足首捻った」

 問いかけるシリルに、無念そうに答える海人。
 
 着地の際間髪入れずに駆け出そうとした海人だったが、
下手な着地姿勢から走ろうとした為、そのまま右足首を捻ってしまった。

 とはいえ肉体強化をし続けていれば短時間で回復できる程度ではあったのだが、
シリルがそんな暇を与えてくれるはずもない。

「そうですの―――――では、おやすみなさいませ♪」

 軽やかな声と共に、海人の腹に拳がめり込む。
 その強烈な衝撃に、彼の意識は耐える間もなく闇に沈んだ。

 その様子を見てシリルは満足げに頷き家へと踵を返そうとし、止まった。
 彼女の視線の先には、鳥形の魔物の姿。
 低位で比較的大人しい魔物ではあるが、稀に人間を食う事がある。

「……仕方ありませんわねぇ」

 溜息を吐いて海人の左足を掴む。
 そしてそのまま、引き摺って家の中へと運び込んだ。
 
 


 番外編67



 天地月菜は、息子―――海人の研究室に入るなり溜息を吐いた。

 そこに広がるのは、びっしりと文字が書き込まれた紙の海。
 広めに作られている部屋なのだが、それでも床がほとんど見えない。
 所々見えている所もあるにはあるのだが、それも近場にある紙が少し崩れただけで儚く消え去る程度でしかない。

 とはいえ、海人は散らかし癖があるというわけでもない。
 
 自分の寝室だとゲーム機は使い終われば所定の場所に片し、ソフトもしかるべき場所にしまう。
 漫画や小説なども読み終われば本棚に綺麗にしまい、
週刊雑誌なども部屋の片隅に用意した場所にきちんと積んである。
 服なども洗濯物をまとめておく場所を決めていて、脱ぐとちゃんとそこに放り込み、
溜まったらちゃんと洗濯機の所まで自分で持っていく。
 
 ―――――八歳の子供としては、むしろ異常なほど良く整頓している子供だと言えるだろう。
  
 が、この研究室では例外だ。
 研究のアイデアを思いつくまま手近な紙に書き連ねるせいで、しばしばこんな惨状になる。

(……かと言って紙取り上げてもああなるわけだし、どうしようもないのよねぇ)

 紙の山を掻き分け歩きながら、苛立たしげに頭を掻く。
 
 一度、月菜は思いつきで海人から紙を取り上げてみた事がある。
 書く物がなければこんな惨状にはなるまい、そう考えて。

 ――――甘かった。

 紙を取り上げてから一時間後、月菜は思いつきの成果を確認すべく息子の様子を見に行った。
 当然ながら、紙が床に散らばっているような事は無かった。
 また、代わりに床や壁に書いているという事も無かった。

 が――――代わりに、息子が見るも無惨な姿に変わり果てていた。

 愛用している白衣にまるで何かの呪文のようにびっしりと文字を書き込んだばかりか、
腕はおろか自身の頬にまで鏡を使って書いていたのだ。
 慌てて服を脱がしてみれば腹や足など手が届く範囲全てが同じ有様。
 器用な事にかろうじて読み取れる程度の小さな文字で書いており、まさに歩くアイデア帳と化していた。 
 
 即座に息子を風呂に叩き込もうとしたが、
普段素直な彼はせめてパソコンに全部書き込むまで待ってと必死で抵抗した。
 泣き叫びながら、ちんまく脆弱な手足で絶対に連れて行かれるまいと机にしがみついたのだ。
 
 結局息子の要望通り待ってから風呂に連れて行って洗ったのだが、中々心臓によろしくない光景だった。
 その後も色々案を考えたものの、全て無駄どころか状況悪化を招いた為、
好きなようにやらせておく事にしたのだ。
  
(さてさて、我が可愛い馬鹿息子は……うん、熟睡してるわね)

 部屋の奥ですやすや寝息を立てている息子を見て、苦笑する。

 色々アイデアを考えている最中に寝てしまったのだろう。
 手にはペンが握られたままで、その下にある紙に描かれた図が思いっきり乱れている。
 夢の中で続きを書いているのか、まだ手は小刻みに動いていた。

 まるで研究一筋すぎる駄目人間そのものな姿だが、そこはまだ幼子。
 むにゃむにゃと呟く寝言も、机に押し付けられて歪む頬も、
どこか満足げな表情も全てが可愛らしい。
 海人は顔立ちも整っているので、尚の事愛らしさが倍増している。

 思わず抱きしめて可愛がりたくなる衝動を必死で抑え、
月菜は幸せそうに寝ている息子の体を起こさぬよう優しく抱き上げ、背負った。

「こうしてるとただの可愛い子供なのにね……」

 一切の邪気のない息子の寝顔を見て、寂しげに呟く。

 本当に、今の姿だけを見れば海人はただの子供だ。
 親の贔屓目を抜いたとしても標準より可愛らしいだけの、ただの子供。

 だが、その実態は違う。

 なにせ、研究に必要だからと自分で機材を作るような子供。
 材料さえ調達すれば設計も行い、自ら必要な機材を作り上げる。
 もし自分の手では作れずとも、それを可能にする機械を作り上げる。
 月菜達が市販の機材を買い与える事もあるが、彼の研究室にある物は多くが自作なのだ。

 また、床全面を覆っているアイデアが記された紙の山も凄まじい代物だ。
 実のところ月菜には記されている内容の半分も理解できないが、
どれもこれも実現すれば世界がひっくり返る代物ばかりだという事ぐらいは理解できる。
 そして、月菜は息子が今のように床に散らかしていたアイデアを実現させてきたのを何度も見ている。
 おそらく、今床にあるこれらもいずれ実現する物なのだろう。 

 子供どころか、世界を見渡しても海人のような存在が他にいるとは思えない。
 だからこそ、将来が不安なのだ。

 能力面のみで判断するなら、間違いなく金に困らない生活を送れるだろう。
 今まで海人が作り上げた機材の一つでも特許を取得すれば、それだけで莫大な収入が約束されるのだ。
 付け加えるなら悪用を恐れて自らの研究の公開をせずとも、海人の知力は絶大。
 現代の先進国であれば稼ぐ手段などいくらでも見つけられるだろう。

 しかし、海人は優しすぎる。
 それこそ、将来悪意ある何者かに利用されかねない程に。
 それでも懲りずに人を信じ続け、やがて自壊してしまいそうな程に。

 無論親として夫共々可愛い息子がそんな事にならないよう色々と育て方を考えてはいるが、
それが完遂する前に自分達夫婦に万一の事があれば、懸念は高確率で現実になるだろう。

(……いいえ、万一なんて起こさせない。
仮に起きたとしても、それでこの子が不幸になんなら……閻魔ぶっ殺してでも生き返ってやる……!)

 強い決意を秘めた瞳で、前を見据える。

 そう、万一などあってはならない。
 それが起きれば、息子の人生は台無しになる。
 多少の悲しみや嘆きは人生につきものだが、それでも限度があるべきで、
海人に降りかかるそれは、間違いなくその限度を大幅に超える。

 それは、絶対に許せない。

 もしそれを防ぐ為に必要だというのなら、相手がなんであろうが叩き潰して見せる。
 仮に神、あるいは運命とやらがそれを海人への試練だとほざいたとしても、
そんな物を自分の息子に強要するものなどこの世に不要。
 いかなる手段を用いてでも、叩き潰してみせる。

 そんな強い決意を新たにしていると、背中の海人がもぞもぞと動いた。   
 
「……ふみゅ? おかーさん……?」

「あら、海人、起きちゃったの?」
      
「んー……まだ眠い……」

「そ、じゃ寝てなさい。ちゃーんとベッドまで運んであげるから」  

 優しく微笑むと、月菜は海人の頭をあやすように撫でた。
 それに安心したかのように海人の瞼は再び落ち始める。

 少しして海人は再び熟睡し―――翌朝母に起こされるまで、安らかに眠り続けていた。 






 番外編68







 天地月菜は仕事から帰ってくると、荷物を置いてすぐに厨房に向かった。

 今日は予定外に仕事で時間がかかった為、すっかり遅くなってしまった。
 下拵えは出掛ける前に一通り済ませたとはいえ、急がねば夫の帰宅に間に合わない。
 空腹を満たせれば温かい手料理を食べられずともあまり気にしない男だが、
日頃から頑張っている彼にはやはり良い物を食わせてやりたい。

 そんな事を思いながら腕時計で時間を確認し、作業手順を整理しながら厨房に入ると、

「あ、おかーさん、おかえりなさーい!」 
 
 息子が、小麦粉に塗れながら手を振って出迎えた。

 その笑顔は、まさに天使。
 最近の子供にありがちなこましゃくれた様子など微塵もなく、ひたすら無邪気。
 それに加えて母譲りの整った顔立ちと幼子特有のつるつるすべすべした肌が魅力を激増させている。
 そこに同年代と比べても小柄な体格と華奢な手指を懸命に振る仕草が加わると、
その愛らしさはまさに破壊的。

 とてとてと駆け寄ってくるその姿など見た日には、心を強く持たねば思わず抱き殺しかねない。
 そんな事を思いながら月菜は渾身の精神力で自制し、息子を優しく抱き上げた。

「ただいま海人。何してたの?」

「クッキー作ってたんだよっ!」

 むん、と何やら誇らしげに胸を張る海人。

「クッキー? どうして?」

 息子の言葉に、小さく首を傾げる月菜。

 クッキーが作れる事それ自体は、不思議でもなんでもない。
 海人には一度作り方を教えた事があり、この規格外な息子は一度で全行程を詳細に記憶できる。
 強い筋力が必要な工程も難度の高い工程もあるわけではないので、
彼にとってはクッキー作りなどさして難しくはないだろう。

 ただ、作る理由が分からない。

 海人はまだ七歳だが、超絶的な研究馬鹿。
 生み出す成果もさる事ながら、のめり込みっぷりが尋常ではない。
 それを放って、さして好きでもない料理をするなど少々考えにくい。 
 
「明日ホワイトデーって日なんでしょ?
バレンタインデーでチョコ貰った人におかえしする日!」
 
「あー、なるほど……って、待ちなさい。それならどうしてこんなにたくさん作ってるの?」

 元気の良い返事に思わず頷きかけたが、その寸前で海人が作業していた台に視線を移した。
 
 そこにあるのは、焼かれるのを今か今かと待っているクッキー生地。
 それはまるで菓子屋の作業場の如き様相で、とても子供の手によるものとは思えない。
 整然とした並べ方や整った形もそうだが、数が明らかに個人が作る量ではないのだ。

「えっ? みんなに返すにはこれぐらいないと足りないよ?」

「……待ちなさい海人。あなた、バレンタインデー何人から貰ったの?」

「ちょっと待ってね。みよちゃん、ちーちゃん、あいちゃん……」

 指折り数えながら、名前を読み上げていく海人。
 その声に淀みはなく、思い出しているのではなくただ確認しているだけという事がありありと分かる。

 次々に挙げられる名前を聞きながら、月菜は眩暈を感じていた。
 ある程度貰っているだろうとは思っていたが、ここまで多いなど予想外だ。
 義理ばかりだったとしても、この年でその数は将来が心配になる。

 ついでに、最初の方は馴染のある名前だったが、後半になるにつれて明らかに知らない名前が混ざり始めている。
 知らない人から物を貰っては駄目と躾けてあるから知り合いなのだろうが、
いつの間にそんなに交友関係を広げたのかが分からない。

 気になってその旨を問い質してみると、
 
「学校の大掃除の時に仲良くなったおねーさんたちだよ。
えっと……あとお母さんだから、全部で十八人だね!」

「……か、海人、あなた貰ったチョコはどうしたの?」

 あっけらかんと語る海人に、引き攣った顔で尋ねる。

 息子がそんなに大勢から貰うなど考えてもいなかった為、
月菜が渡したチョコレートは多くはないが少なくもない量だった。
 その上でそれだけの数から貰ったとなると、息子の性格上えらい事になっていた事は想像に難くない。

 そして、事実その通りであった。

「時間かかったけどちゃんと全部食べたよ! 
おかーさんのチョコが一番美味しかった!」
 
「そう……ありがとね。お母さん凄く嬉しいわ」

 予想通りの返答を返した息子を哀れみつつ、愛おしげに抱きしめる。

 つくづく、良い子すぎると思う。
 ただでさえ少食な海人に、十八人分のチョコは厳しすぎる。
 それを残さず自分で食べ尽くすなどかなり過酷だっただろうに、
その間も海人はそれをおくびにも出さず母の作った食事を残さず平らげていた。
 
(そんな子だからそんだけの数貰ったんでしょうけど……はあ……ん?)

 ふと、月菜は視界の片隅になにやら怪しげな物がある事に気付いた。

 息子を抱き上げながら近寄ってみると、どうやら包装用の道具。
 お洒落なリボンにクッキーを入れる為と思しき透明フィルム、そして箱と包装紙。

 それだけ聞けば、年に似合わぬ手の込みようではあるものの、おかしくはないのだが、
  
「……海人、どうして包装紙が全部違うのかしら?」

「え? だってみよちゃんは猫好きだし、ちーちゃんは鳥が好きだし、
あいちゃんはお花が好きだし……みんな、好きな物描いてある方が嬉しいでしょ?
あ、勿論おかーさん用はその桜のだよ?」

「……うん、好きな物覚えててくれたのね。お母さんとっても嬉しいわ」  
 
 何かを諦めたかのような儚い笑顔を息子に向ける月菜。

 よくよく見れば、クッキーの形も実に様々。
 猫の形もあれば兎の形もあるし、花の形などもある。
 優しい息子らしい、実に誠意溢れる手のかけ方だ。
 それだけに、貰う人間によってはある意味残酷なのだが。

 海人が陰のある母の表情に首を傾げていると、月菜は気を取り直すように首を振った。

「頑張ったわね。きっとみんな喜んでくれるわ。
そうそう、お母さん今から夕飯の準備するけど、それオーブンに入れた後で手伝ってくれる?」

「はーい! じゃあすぐ入れてきちゃうね!」

 大きな声で返事をすると、海人はクッキーを抱えてオーブンの前へと歩いていった。
 月菜は小さな体でえっちらおっちら運ぶ息子の背中を見ながら、

(素直で優しくて、言われれば家の手伝いも嫌がらずにやる。
私が仕込んでるから料理の腕も悪くはない……これだけなら良い旦那さんになりそうなのにねぇ)

 非の打ち所は少なくも問題が山積みな息子の将来を憂い、密かに溜息を吐いた。  

 
 



 番外編69






 緑生い茂る地面に、一人の少女が倒れ伏していた。
 彼女の服は、見るも無惨なまでにボロボロ。
 元は高級生地を使った良い仕立てだったドレスが、いまやただのボロ布だ。
 
 そして服の損壊具合に負けず劣らず、少女自身もズタボロだった。
 体のあちこちに出来た青痣は艶やかな肌に毒々しく映え、
所々散見される裂傷から流れる血もその痛々しさを助長している。

 遠目に見れば、それこそ魔物に襲われた死体と間違えられてもおかしくない。
 そんな有様ではあったが、少女はとりあえず生きていた。

 体はもはや思い通りに動かない。
 ギリギリで意識を覚醒させ続け気絶を許さない巧みな激痛に悲鳴を上げる余力すらない。
 ただ体が勝手に粗い呼吸をするのを地べたに這いつくばりながら感じている。
 それだけしかできないが、意識はかろうじて保っていた。

 そんな彼女に、頭上から声がかかる。

「立ちなさい。まだ訓練は終わっていません」

 若干ハスキーな、女性の冷たい声。

 少女には、記憶を探るまでもなく誰だか分かる。
 先程から自分を一方的に叩きのめし蹂躙し続けた鬼神だ。
 こんな状態になってもまだ起き上がれと言うあたり、本気で容赦がない。

 せめて立ち上がって睨みつけてやりたいところだが、それも出来ない。
 なんせどうにか顔を上げようとしても、体が軽く震えるだけなのだ。

「……もう一度言います、立ちなさい」

 先程より更に低い、恫喝するような音色で女性が声を掛ける。

 少女は無理に決まってるでしょ、と怒鳴り返したかったがそれも無理だった。
 怒鳴ろうとした喉は、ただ虚しく荒い呼吸を繰り返すのみ。
 怒鳴るどころか、声らしい声すら出て来ない。

 無為に気力だけが消耗していき、和らぎ始めた激痛の中少女は意識を手放しかける。
 諦めなどではなく、気力で抑制していた強烈な疲労による眠気が抑えきれなくなった為だったのだが、

「……守るべき民が背後にいる時も、そんな体勢でいていいのですか?」

 どこか失望したような声音に、少女の意識が一気に覚醒した。
 再び立ち上がろうと気力を振り絞って体を震わせ始めた少女を見下ろしながら、女性は更に言葉を続ける。

「飽きるほど言った言葉ですが、訓練で出来ない事が実戦で出来る可能性はあまりにも低いのです。
少なくとも、訓練で出来た事が実戦で出来なくなる可能性よりは確実に。
そして――――実戦の敵は私のように手加減などしてくれません」

 静かに語りながら、女性は少女の体を蹴り飛ばした。

 立ち上がる力さえ碌に残っていない体は玩具のように飛んでいき、
少し離れた場所にある地面で仰向けになる。

 力なく天を眺めながら、少女は考えた。

(……そう、ね。実戦は、こんなに優しいはずがない)

 今しがた叩き込まれた蹴りの痛みに喘ぎながら、自戒する。

 そう、これは所詮訓練だ。
 散々打撃で痛めつけられナイフで肌を掠められたが、それでも治療に時間のかかる傷はない。
 異常なまでに痛いし辛いが、絶対に立ち上がれないという程ではないはずなのだ。

 実戦でこんな状態になる可能性は、極めて低いと言って差し支えないだろう。
 打撃で何箇所か骨を砕かれる、ナイフで深く斬られて大量出血など、
余程の格下相手でもなければ、これより悪い状態になる事の方が多いはずだ。

 ここで立ち上がれないなら、実戦で立ち上がる事が出来ない可能性は高い。
 訓練ゆえに危機感が薄いという事もあるかもしれないが、それは言い訳にならない。
 貴族たる者、常に双肩に自らの民の命がかかっている事を自覚していなければならないのだから。

 ならば、立ち上がれないなどあっていいはずがない。
 それが許されるのは、せいぜい自らの命が尽きた時だけだ。  
 
 思考を終えた少女の体に、僅かな力が戻った。
 震える両腕を強引に支えにして頭を上げ、少しずつ体を起こし始める。

「意思は戻ったようですね――――ですが、問題は山積みです。
あの程度の事は常に考えて訓練に臨むべきであり、あれで力が戻った事自体恥ずべき事。
これだけ時間を与え、気力も回復して尚まだ立ち上がれずにいる事も問題です。
そしてなにより、あれだけ手加減してもまだ五分の組手にも耐えられない脆弱さ―――これは一刻も早く改善せねばなりません」

 静かに酷評しながら、少女に歩み寄る女性。

 その瞳には、何の感情の揺らぎも見当たらなかった。
 一方的に少女を甚振っている事に対する罪悪感も、
ボロボロの彼女が立ちあがろうとする姿に感心した色も、まったくない。
 ただ冷徹に、頑張っても未だ立ち上がれずにいる少女を見つめていた。

 そして、女性は最後通牒のように言葉を締めくくる。    
 
「さあ、早く立ちなさい。貴女にはこんな所で倒れている暇はないでしょう?」

 言い終えると同時に、女性は足を止めた。

 そのまま、静かに待つ。
 未だ体を震わせている少女を。
 瞳に普段の力を戻した少女を。

 なにより――――自らの矜持に懸けて、立ち上がれずにはいられない少女を。

「うぅぅぅっ……あぁぁぁぁああぁっ!!」

 裂帛の気合いと共に跳ね起きる少女。

 無理矢理動かした全身に激痛が走るが、涙を零しながら悲鳴を堪える。
 限界まで酷使した体が再び倒れそうになるが、気力で奮い立たせる。
 渾身の根性で両足を踏ん張り、気合で首を固定し、強い意思を込めた眼差しを女性に向ける。
 握力が抜けまともに握れなくなった拳をどうにかそれらしい形に整え、構える。
 
 実際は、立っているのがやっと。
 体を僅かに動かしただけでもかなりの痛みが走り、戦闘は至難。
 それでも少女は拳を構え、自らの闘志を示した。

「よろしい。では、訓練再開です―――好きにかかってきなさい」

 少女のその姿に傲然と頷き、女性―――ローラは手招きをした。
 まだ13歳の主の力を、少しでも早く成長させる為に。
  





 番外編70
 
  

 

 とある王国の辺境に存在する密林。
 比較的穏やかな環境が多いその王国において、ここは数少ない例外だった。

 一歩足を踏み入れれば、絶えずぬかるんだ地面に潜む粘液状の魔物を警戒せねばならず、
あちこちの木陰に潜む魔物や木に擬態した魔物などへの警戒も怠れない為、休憩場所の確保も一苦労。
 また薬草に良く似た外見の毒草があちこちに生えており、迂闊に摘み取ればそれに生えた微細な棘から毒に冒され、
平均的な冒険者が肉体強化を行っても真っ当に動けるまで一時間はかかる。
 挙句、あちこちに点在する泉にはその毒草の成分が溶け込んだ物が存在し、
迂闊に飲めばこれまた動けなくなり、それを狙った魔物の餌となってしまう。

 一般人なら入るどころか、近くにも寄りたくない程の魔境。
 それでも、この密林には多くの冒険者が訪れる。
 
 理由は、奥地に存在する薬草と鉱石。
 薬草はとある重い病を治す為に必須の素材で、高く売れる。
 鉱石も他ではなかなか手に入らない強靭な金属の素材で、
高く売れるし自らの武具の素材にも使えると非常に利便性が高いのだ。

 さらに、この森は厳しい環境ではあるものの魔物の強さ自体はさしたるものではない。
 不意打ちさえ受けなければ、中堅の冒険者なら難なく対処できる相手ばかりで、
常に注意を怠らずに進んでいればそうそう不意打ちを受ける事も無いのだ。

 その為多くの冒険者が訪れるのだが――――目的を果たす人間は極少数。

 一番挑む事が多いのは少し自信を持ち始めた新人冒険者だが、
彼らの大半は注意を怠っていないつもりでも注意が足らない、
あるいは魔物の擬態を見破れるほどの観察力がなく、不意打ちに命を散らす。
    
 次に多いのは中堅の冒険者だが、こちらは新人よりはるかに生存率が高い。
 彼らの多くは新人に比べ油断はなく観察力にも優れているし、魔物に不意を打たれたとしても即死に繋がる事が少ない。
 そして経験も豊富な彼らは痛い目をみれば仕切り直しを躊躇わない為、命を散らす事はあまりないのだ。
 ただ、それでも絶えず極限の緊張を強いられる環境で奥地まで辿り着ける者は稀で、
多くはその道中の困難さに諦めて目的を果たせない。

 一番少ないのは上位に位置する冒険者だが、これは生存率トップ。
 彼らは実力的にもこの密林を踏破できるだけの能力を持っており、不意打ちを受けても対処できる者が多い。
 ただし、彼らの多くは同程度の危険でもっと稼げる仕事が他にあるので、わざわざこの森に入る者は本当に稀だ。
 
 が、何事にも例外は存在する。
 地位としては中堅でも、実力は上位と遜色ない人間なども。

「ったく、しんどい森だなぁおい!」

 苛立たしげに声を上げながら、青年は近くの木に拳を叩き込む。

 動きだけを見ると、さして強力な打撃には見えないが、その一撃は重い。
 強靭な腕力と頑強な手甲が生み出す破壊力は、中位ドラゴンの鱗さえ容易く砕く。
 そしてそれを示すかのように、青年の一撃はあっさりと巨木―――に擬態していた魔物をへし折った。
  
「はあ……これで何体目だ? この森の魔物は素材売れねえってのに……」

 がしがしと頭を掻きながら、今倒した魔物の死骸を前方に蹴飛ばす。

 それは狙いを外さず前方の木の陰に隠れていたフォレストウルフの体を砕き、
更に前方にいたクレイジーバードを叩き潰して飛んで行った。
   
 そのままぶつぶつと愚痴りながら歩き始めた青年だったが、ふと足を止める。

「…………我が意に従いし炎よ、その威を示せ《フレイムフォール》」

 溜息を吐きながら呟かれた詠唱に従い、青年の前方に炎が現れた。
 それはそのまま地面に落下し、地面に潜んでいた魔物に直撃する。
 そして粘液状の魔物は回避する間もなく焼き尽され、蒸発した。

「あー、魔力の消費が激しいぜ……他はともかく粘液系は殴ると手間かかっからなぁ」

 ぼやきながら、更に足を進める青年。

 この森に入って以来、魔力の消耗は著しかった。
 彼の戦い方の主体はその肉体と手甲を使った打撃攻撃。
 魔力を要するのは肉体強化ばかりなので、本来は魔力温存に向いている。
 
 が、先程のような粘液系の魔物は攻撃魔法を使わねば効率が悪い。
 火炎魔法ならほぼ一撃だが、打撃で死滅させるには何十発も殴らなければならないのだ。
 打撃を乱発すれば魔法攻撃よりも魔力消費は軽いが、代わりに体力の消費が馬鹿にならない。
 
 なので仕方なく攻撃魔法を使っているのだが、元々青年の魔力は豊富ではない。
 目的地までのほぼ最短距離を進んでいるにもかかわらず、
あちこちに潜む粘液系の魔物のせいで既に残り魔力は三割ほどに減っていた。

「しゃーねー。今日は寝るとすっか」

 そう呟くと、青年は周囲にあった木を拳と足で薙ぎ倒し始めた。

 まるで小枝の如くボキボキと折られていく木々。
 擬態した魔物ではない、ただの木々は盛大な破壊音と共に倒れ、彼の周囲を柵のように覆う。
 青年は木々の下に隙間がない事を確認すると、満足そうに倒木の一つに背を預けた。
  
「ま、約束は三日後だし間に合うだろ……そうすりゃあ……」

 呟きながら下品な笑みを浮かべる青年。 

 彼がこんな所に来ている理由は、とある女性との約束。
 彼女は病気の弟を治す為の薬を作りたかったが、素材が足りない。
 そして危険すぎてそれを誰も取りに行ってくれないと悲しんでいた彼女を見かねて、
青年がそれを取りに事になったのだ。

 ある、一つの条件と引き換えに。

 彼女はその条件を聞いた時即座に青年の頬を張ったが、客観的に見れば破格の条件だ。
 さして裕福でない彼女には、本来素材調達の資金は作れない。
 なので、多額の借金を前提に素材を取りに行く人間を探していたのだ。
 それでも割に合わないと引き受け手がなかったらしいので、
金は不要な青年が引き受けなければ、彼女は遠からず身売りする事になっていただろう。

 現実的に見れば、青年は最善の選択肢を与えたとも言える。

(ま、弱味につけ込んだのは事実だけどな。
あんな素晴らしいもんぶらさげて俺に弱味見せる方が悪い。うん)

 約束した女性の姿を思い出し、だらしなく笑う。

 顔は、はっきり言って標準だった。
 美人ではないが、不細工でもない。
 穏やかな表情を加味すると若干標準の上になるかもしれない、と言った程度だ。

 しかし、体のある一部だけは素晴らしかった。
 本人は大きすぎて恥ずかしいと言っていたが、男から見れば至高。
 一度揉ませてもらえるなら、その後死しても悔いはない、青年にそう思わせる程だった。
 
 約束を思いながら青年がにやけていると、

「ぐおっ!?」

 いつの間にか死角から寄ってきていた粘液状の魔物が、襲い掛かってきた。
 魔物に包まれた足が、ミシミシと不吉な音を立てる。

「ちいっ……!」

 足を振って魔物を払おうとするが、しぶとく離れない。
 かと言って炎の魔法を使えば自らの足も焼けてしまう。

「なめてんじゃねえぞ、雑魚がぁっ!」

 青年は感情の赴くまま魔物に手を突き刺し、握り潰しながら引き裂いた。
 
 粘液状の魔物の厄介な点は、潰れようが何しようが一定の大きさ以下になるまで死なないという点だ。
 だからこそ打撃ではなかなか倒せず、攻撃魔法が最高効率と言われている。

 当然青年が握り潰しても変わらず動き続けるはずだったが、

「……なに?」

 力なく足や腕から剥がれ落ちた魔物を見て、呆けた声を上げる青年。

 新たな行動パターンかと咄嗟に自分に付着した粘液を振り落すが、
そのまま身構えても魔物が再び動き出す様子はない。

「どういうこった?」

 首を傾げながら、何とはなしに先程魔物を握り潰した手を開いて見る。

 そこにあったのは、小石や枯れ木の破片などのゴミ。
 あの系統の魔物がよく体に取り込んでいる物で、別段珍しくもなんともない。 
 
 が、少しして青年はある事に気付いた。
 強靭な握力で握り潰された小石。
 その中に小さな薄赤い石があり、共に砕けている事に。

「……まさか、これが弱点なのか!?」

 画期的かもしれない発見に、思わず叫ぶ。
 
 もし自分の考えが正しければ、この赤い石こそがあの魔物の弱点。
 これが指令を出し、粘液を操っていたと考えれば動かなくなった事にも納得がいく。
 今まで発見されなかったのは、ただのゴミに紛れて、否ゴミに隠れるよう擬態しているからだろう。

 とはいえ、所詮まだ一体で根拠には乏しい。
 この魔物がたまたまそういう個体だった、という可能性もある。
 だがもし正しければ、以後粘液系の魔物の討伐は格段に楽になるだろう。
 強力な酸を持つ種族もいるので万能とはいかないが、それでも凄い発見だ。
 
 そして、この森は酸を持つ個体がいないので実験には最適の環境でもある。

「くっくっく……いいねえ、運が向いてきたじゃねえか!
確かめる為にもさっさと突き進んでやるぜぇぇぇぇっ!」 
 
 威勢よく叫び、粘液状の魔物を探しながら突き進み始める青年。
 その姿には、先程まで残っていたはずの疲労の色は微塵も見当たらない。

 ――――その後、青年の考えは正しかった事が証明される。

 ついでに彼は赤い石が入った小石にあるちょっとした特徴も見つけた為、
以後大半の粘液系の魔物の危険度は下がった。
 現在もこの知識によって冒険者だけでなく騎士や戦士も多くの人間が助けられている為、
冒険者の発見の中でも特に偉大な事の一つとされている。

 ―――――この青年の名はオーガスト・フランベル。

 後に『大いなる孤狼』と呼ばれる冒険者、その若き日の姿であった。
 
 
コメント

番外編66と番外編57がかぶってませんか?

多分[2014/05/12 01:05]のはかぶってないと思うからそっから先のを追加したほうがいいきがしますね。
[2016/10/10 22:22] URL | シャオ #xDU5tAck [ 編集 ]


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