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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット16
 番外編76





 ルミナスの家のリビングのテーブルに、様々な和菓子が所狭しと並んでいた。
 
 皿には上生菓子もあれば、最中もあり、羊羹や餅菓子などもある。
 一種類の菓子でもバリエーションは豊富で、上生菓子は勿論の事、
最中も菊の形や桜の形など多くの種類があり、見ていて飽きない。

 そんな菓子の一つを手に取り、ルミナスが喜びの声を上げた。
 
「ん~……美味っしいわねぇ~~~♪」

 手に取った菓子―――最中を持ちながら、歓喜に震える。

 少ししっとりとしつつも香ばしい皮。
 濃厚でありながらくどくはない上品な餡。
 どちらも単独で食べられる素晴らしい美味だ。
 
 だが、なによりもそれらを同時に噛みしめた時の混然となった味が素晴らしい。
 
 まず香ばしさが鼻に抜け、それが抜けきる前に舌に餡が触れる。
 軽く舌で押すだけでさらさらと溶けていくその味は、重厚にして軽快。
 咀嚼していくと皮の味と餡の味が程良く混ざり、また良い味わいになる。

 そして嚥下した後緑茶で流すと、最早魔性の魅力。
 綺麗に味を流しつつも余韻を残すそれは、気が付けば次の一口へと手を動かしている。 

「綺麗ですわねぇ……食べるのが勿体無いぐらいですわ」

 うっとりと、桜の花を象った上生菓子を見てシリルが呟く。
 
 単に見て美しいというのもあるが、作ったであろう技が見事だ。
 花びらの淵の形状には、僅かな乱れもない。

 腕の良い職人がその技巧を存分に振るった傑作である。
 食べ物だから当然とはいえ、これを崩すのは美を愛する者としては少々躊躇われる。

 が、それでも未知の美味への誘惑には抗えない。
 シリルは恐る恐る花びら一枚を切り取り、口に運んだ。
 
 まず広がるのは、ほのかに甘い上品な香り。
 この大陸で嗅いだいかなる菓子とも違う、だが魅惑的な香りだ。
 舌で押してみると、少し重い感触を残して溶けていく。
 嚥下しても強い甘味が残っているが、緑茶を飲むと綺麗に消えていき、後には残らない。
 
 茶菓子、その名に相応しい逸品だった。

「とりあえず、気に入ってもらえたようでなによりだ」

 言いながら、海人は水羊羹を頬張る。
 
 瑞々しく爽やかな甘味が口に広がり、なんとも心地良い。
 その清涼感に満ちた味わいは、暑い時期にこそ真価を発揮するのだが、
今の穏やかな気温でも十分に美味く感じられる。

 また、その味わいゆえに御茶を飲まずとも後味があまり残らない為緑茶の消費量が減り、
その分結構な勢いで和菓子と緑茶を交互に味わっている二人に渡してやれる。

「いやいや、これ気に入らないってありえないから。
味のベース自体は餡子で共通してるんだけど、餡子の味の傾向が一つ一つかなり違うのよね。
いや、勉強になるわ」

 ふむふむ、と頷きながら、どんどん味見していくルミナス。

 この場にある菓子の大半は、餡子がベースになっている。
 形状も豊富だし餅でくるむなどの工夫もあるが、ベースはあくまでもそれ。
 
 だが、この短時間で大量に食べても飽きる事は無い。
 質の良さそれ自体もあるが、菓子の餡一つ一つ傾向が違うのだ。
 濃厚さを強く出した味、甘味を強く出した味、後味の清涼感に重きを置いた味、
どれも個性的で、食べていて実に楽しい。

 基本材料は同じであってもここまで味を変え、飽きさせない事が出来るというのは、勉強になる。

「デザインも良いですわね。こちらの大陸の菓子に比べると地味ではありますが、
落ち着いたしっとりとした魅力がありますわ」

 菊の花を象った最中を手に取りながら、語る。

 デザインそれ自体は、こちらの大陸の菓子に比べれば非常に地味だ。
 人によっては田舎臭いと揶揄する者もいるだろう。

 だが、これらの菓子のデザインには共通した美意識を感じる。
 心に安らぎを与える、穏やかな美意識。
 豪華なデザインがもたらす感激には欠けるが、その分心にしみじみと沁みる物がある。

 どちらがが素晴らしい、というのではなく全く別系統の美なのだ。

「絶賛だな。作った甲斐があるというものだ」

「こっちも作ってもらって感謝感謝よ。
ただ、ちょっと聞きたいんだけど……この餡子の作り方って分かる?」

「基本的な作り方はな。材料も良い物を用意できるが、自分で作りたいのか?」

「あー、いや、そうじゃなくて、ちょっと試してみたいの。
パンに餡子乗っけて一緒に食べたら美味しいんじゃないかって思って」

「……今日食べたばかりでそれを思いつくか。大したものだ。
君の予想通り、相性はかなり良い。だが、大福の餡子を抜くなりなんなりすればいいだけじゃないか?」

「そりゃそうなんだけど……どれも完成度高いから、それだけ抜いて食べるの勿体無い気がして」

 まだ残っている菓子群を見ながら、答える。

 海人が創造魔法で作った菓子はどれも完成度が高い。
 それ一つとっても全ての材料が合わさってこそ真価が味わえる物だ。
 勿論材料が良いので餡子を抜いた物だけを食べても美味いには美味いだろうが、勿体無いという思いが拭えない。

「ふむ、そういう事であれば餡子を鍋で用意しよう」

 そう言うと、海人は創造魔法を使い、餡子がたっぷりと入った鍋を作り出した。  
 ゆうに二十人前はあろうかという量である。
 
「えっと、さすがに多すぎない?」

「今の君の発言で思い出したんだが、餡子と相性の良い物は幅広いからな。
とりあえず試せるだけ試してみるのも面白かろうと思ったんだ」

 苦笑しながら、答える。

 餡子と相性の良い物は、かなりの数に上る。
 ルミナスの言うようにパンと合わせても美味いし、アイスクリームに乗せても美味い、
かき氷と一緒に食べてもまた美味い。

 あらゆる食材と合わせるのなら、これぐらいあった方が良かろうと思って用意したのだ。

「……というか、もう夕食が入るかどうかも怪しくなってきているのですが」

 シリルが、冷や汗を垂らしながら鍋を見つめる。

 既に、結構な量の和菓子を食べている。
 御茶と交互に食べていたので気付かなかったが、我に返ってみれば夕食が入る隙間が無くなりかかっていた。
 この上でこの鍋の餡子まで食べるとなると、流石に厳しい。

「なに、残ったら消せばいい。創造魔法で作った物だからな、消すのはすぐだ」

 事もなげに言いながら、肩を竦める。

 創造魔法で作った物は、海人の意思一つで消せる。
 それは食べかけであっても変わらず、物も完全に消えるので片付けの手間もない。
 作るには莫大な魔力が必要だが、消すには消費がない為、何のデメリットもないのだ。

「……それもそうね。んじゃ、早速パンとの相性から確かめますかね」

 そういうと、ルミナスは台所に今朝焼いたパンを取りに行った。







 番外編77






 とある夜、海人の屋敷の食堂。

 そこではずずーっと、蕎麦を啜る音だけが響いていた。
 誰一人として、口を開く者はいない。
 蕎麦を濃いめのつゆに三分の一程つけ、啜る。
 あるいは勢い余って半分ほどつけ、啜る。
 やっている事は本当にそれだけ。

 誰もがただ一心不乱に蕎麦を平らげていた――――ただ一人を除いて。

「……そんなに景品が欲しいのか?」

 海人のそんなポツリとした呟きに、四つの頷きが返ってきた。
 それと同時に、蕎麦が無くなったざるが一斉に突き出される。

 海人は丁度茹であがった蕎麦をそれぞれのざるに盛り付けながら、思った。

(思いつきで言った言葉でこんな事になるとは……)

 それぞれに重さを量った蕎麦を手渡しながら、若干後悔する。

 事の発端は、本当にただの思いつき。
 昼食に蕎麦を食べている時に、誰が一番食べられるのだろうかと思っただけだ。

 まず、蕎麦好きの刹那が手を挙げた。
 彼女は本当に蕎麦が好きで、メニューが蕎麦になると結構な量を食べる。
 この場にいる女性は全員大食いだが、蕎麦に関しては確かにその通り、と海人も納得しかけた。

 が、それに異を唱えたのが雫。
 彼女も蕎麦好きだが、温かい蕎麦が好きでいつもつゆまで飲み干す。
 そのせいで蕎麦の量が少なくなっているだけで、蕎麦だけなら姉以上に食べられるはずだと言った。

 仲は良いが意地の張り合いをする事が多い姉妹を、
ルミナスとシリルは海人と共に微笑ましく見守っていたのだが、
この時海人が思いついてしまった事が状況を変えた。 
 
 彼はこう言ったのだ。
 そういう事なら、大食い勝負でもしてみるか、と。 

 無論、これだけなら問題はなかった。
 屋敷の女性陣全員が一心不乱に蕎麦を平らげ続けるような事態にはならなかっただろう。
 
 問題は、折角だからと提示した景品。
 一度だけ、海人に好きなカレーを好きなだけ作ってもらえる権利だ。
 材料費の制限もない為、作った当日のカレーも熟成したカレーも食べ放題という事になる。
 いつもは全員で食べる事もあって熟成したカレーは良くても少量しか残らない為、かなり魅力的だ。

 これにルミナスとシリルまで食いついてしまった。
 その景品は欲しい、と血走った目で参戦を表明したのだ。

 そんな事を思い出していると、シリルの手が止まった。

「くっ……これ以上は、無理ですわ……」

 言いながら、椅子に背を預けるシリル。

 一番早い脱落だが、実際は大健闘である。
 彼女が平らげた蕎麦は三十人前を越えているのだ。
 むしろ、この小さな体のどこに入っているのか甚だ疑問である。

「では、シリル嬢は脱落。ほれ、胃薬。飲んで一時間もすれば楽になってくるはずだ」

「ありがたくいただきますわ……」

 殊勝な顔で薬を受け取り、水で飲み下す。
 そして、それで力を使い切ったかのように無言になった。

 その後少しして、次の脱落者が出る。
 
「ぐぅ……あ、あたしも無理です……」

 ぱたん、と雫が倒れた。
 最後の力で平らげたざるの上に突っ伏し、動く気配がない。
 シリルよりも更に多く平らげているが、かなりの無理をしていたようだ。
  
「雫も脱落、と。薬飲めるかー?」
 
 海人のお気楽な声に雫の手がゆっくりと上がり、横に振られた。
 どうやら、もはや薬を入れる隙間も残っていないらしい。

「ふふ……セツナさんと一騎打ちね」

 ずずーっと蕎麦を啜り、ルミナスが不敵に笑う。
 その表情に陰りはなく、脱落した二人とは違いまだ余裕に見える。

「ですね。まあ、負ける気はございませんが。
蕎麦好きの矜持もありますし、景品は拙者も欲しいのです」

 澄ました顔で蕎麦を啜り、刹那が答える。
 彼女の表情にもやはり陰りはなく、まだまだ余裕のようだ。

「……大したものだな。こっちの二人なんかえらい事になっているというのに」

 言いながら、脱落した二人に目を向ける。

 二人共普段引き締まっている腹部が、ぽっこりと盛り上がっていた。
 シリルの方は最初腹筋で引き締めようとしていたが、
やればもっと悲惨な事になると判断し、今は雫と同じくその腹を隠すような姿勢になっている。

 が、いかなる仕組みによるものか、未だ争っている二人にはその傾向が見当たらない。
 
 どちらも普段と変わらぬ引き締まった腹部。
 無論多少変化はしているのだが、それは海人の観察力あればこそ見分けられる程度の変化。
 食べ物を即座に消化して全てをエネルギーに変えて放出しているとしか思えない状態である。
  
「ふっふっふ。傭兵は仕事中いつでも食べられるとは限らないからね。
ある程度食いだめするコツを知ってんのよ」

「拙者も、美味い物なら限界を超えてでも食いだめする習慣がありましたので、まだ余裕です。
なにより、拙者は蕎麦が好物ですので」

「あら、私も蕎麦は好きよ?」

「そのようですが、好きの度合いが違います。
薬味で多少口直しをしても、そろそろ飽きが来ておられるでしょう?」

「……大丈夫よ。多少飽きても十分美味しいし、景品考えれば我慢も出来るわ」

 顔を顰めつつも、刹那の言葉を肯定する。

 確かに刹那の言うとおり、既に味に飽き始めていた。
 山葵などで時折口直しをしているが、それでも厳しい。
 いくら美味くとも、食べすぎれば飽きるのは避けられないのだ。  

「我慢、と仰っている段階で拙者の勝利は揺るぎません。
拙者にとってこの勝負は、好物を存分に食べられて景品もいただける、という勝負なのですから」

 静かに、だが自信を感じさせる笑顔で蕎麦を啜る。
 
 ルミナスとは違い、刹那はまだまだ飽きる気がしなかった。
 元々ざる蕎麦が好物だった彼女にとって、この勝負は圧倒的有利。
 食べても食べても飽きる気はせず、まだまだ何枚でも飽きずにいられる自信がある。
 
「……うー……ホントにまだまだ余裕そうね。しょーがない、私も降参!」

「良いのか?」

「よかないけど、勝てそうにないからね。
それならまだ普通に美味しいと思ってる間に降参する方が良いでしょ」

 残念そうに、ルミナスが答える。

 勝てる見込みがあるなら続けるが、刹那の態度を見る限り限度は遠そうだ。
 それならば、まだ美味しいと思って食べられている内に降参した方が良い。 
 ただの意地で折角の美味しい物を不味く感じるようになってしまうのは、あまりにも勿体無い。

「そうか……では、勝者刹那!」

「……ふう、御馳走様でした。ルミナス殿が降参してくださって助かりました」

 勝ち名乗りを受けた刹那が、安堵の息を漏らした。
 
「へっ……?」

「いえ、味には飽きていないのですが、お腹がそろそろ限界でして。
あそこで降参していただけなければ、後二枚が限度だったでしょう」

 彼女にしては珍しい悪戯っぽい笑顔で種明かしをする。
 
 そう、実のところ刹那の限界は近かった。
 いかに好物とはいえ、食べられる量それ自体には限界が存在する。
 その限度において、ルミナスが上回ってくるだろうと思い、一芝居打ったのだ。

 見抜かれればもはや降参する他ない博打だったが、刹那は見事賭けに勝った。 
 
「ええっ!? ちょ、私あと五枚ぐらいはいけるわよ!? カイト、降参取り消―――」

「一度降参した以上、負けは負けだ。刹那の作戦勝ちだな」

「あああああああっ!? 牛のカレーたっぷり食べたかったのにぃぃぃぃっ!?」

 本来勝てたはずの勝負を落としてしまったルミナスは、頭を掻きむしって絶叫した。 





   
 番外編78







 室内に、声が満ちている。

 折れた両足を抱えてのたうち回る声。
 砕けた肋骨の痛みに悶え苦しむ声。
 手足の関節を破壊され呻く声。

 全てに共通しているのは、苦悶。
 室内は並の精神では五分と滞在できない程の苦悶の声で満たされている。
 
 そんな地獄のような風景の只中で、シェリスが口を開いた。

「ローラ、何人かまずそうなのもいるみたいだけれど、大丈夫なのかしら?」

「御心配なく、命には別状ありません。
この程度の輩に加減を間違える事はありえませんので、御安心を」

 主の問いに粛々と答えるローラ。

 そう、この程度の連中に加減を間違える事などありえない。
 現在地を這っている者達は、この地では少しばかり名の知れた盗賊団。
 狙うのは主に小規模で碌な戦力を持たない村だが、それでもしくじって仲間を失う事がある程度の連中だ。

 ローラにとっては、生殺与奪は当然ながらどう生かしておくかも選べる程度の虫けらでしかない。

「ぐうぅっ、て、てめえら、こんな事してただで済むと……」

 両足を折られた男―――盗賊団の頭領が、憎悪も露わに二人を睨みつける。

「その言葉そっくりお返ししましょう。我が国において強盗は重罪。
死者を出せばその段階で死刑がほぼ確定する程に。ただで済むと思っていたのですか?」

 憎悪に満ちた男の声に動じる事もなく、シェリスは淡々と訊ね返した。

 この盗賊団の強さは大した事がないが、それでも無辜の民に死をもたらす事ぐらいは出来る。
 これまで襲った村で死者の数は五十を超えており、裁判に掛けられれば全団員の死刑が確定する。
 付け加えると、弱体化しているこの国の騎士団でもこの程度の盗賊団の討伐は十分可能なので、
騎士団が派遣された段階で末路は決まってしまう。

 だというのに、この盗賊団は活動に慎重になるどころか狙う村の規模を大きくし始めていた。
 よしんば上手く進み続けたとしても、ただで済むはずがないというのに。

「はっ……俺達にゃあ、強力な後ろ盾が、あんだよ……へへっ、後で覚えてやがれよ……?」

「ふふ……たかがこの地を治める子爵の後ろ盾如きで粋がるあたり、つくづく三流ですね?」

「なっ!?」

「その程度の調べがついていないとでも思いましたか?
ローセン子爵に略奪品の半分を上納する事で、貴方達は今まで摘発を免れてきた。
たまに事情を知らぬ騎士が捕らえても、その後彼の圧力で解放される……まったく、下らない」

 これ見よがしに肩を竦め、近くに転がっていた粗末な木製の椅子に腰かける。
 その態度にはあからさまな侮蔑の念が表れていた。

「てめえ……何もんだ……?」

「シェリス・テオドシア・フォルンと申します。意味、お分かりになりますね?」

「な、なんだと……!?」

 男の顔に、驚愕が浮かんだ。

 シェリス・テオドシア・フォルン。
 フォルン公爵家の一人娘で爵位継承権こそ持たないが、ある意味現当主以上に危険な人物だ。
 爵位継承権こそないが、この国の社交界において聖女とも謳われる淑女。
 老若男女問わず人望が厚く、数多の貴族からの求婚を袖にもしているという。

 彼女がその気になれば、言葉一つでローセン子爵を破滅させる事も可能だ。
 数多いる有力貴族の求婚者を唆す、あるいはその人脈で追い詰めていく。
 彼女の人望なら、そう難しい事ではない。
 
「私が捕らえたとなればローセン子爵ももはや庇う事は出来ません。
貴方達の末路は既に確定しています……ですが、一度だけ救われる機会を与えて差し上げましょう」

 慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、シェリスが人差し指を立てる。

「な、なんだ!? 何をしろってんだ!?」

「子爵との契約書です。いざという時の切り札として、持っているはずですね?」

「……契約書を差し出せば、見逃してくれんのか?」

「貴方達を救って差し上げる、そう言いましたよ?」

「……そこの椅子の、クッションの中だ」

 頭領が、観念したかのように部屋の隅にある椅子を指差す。

 シェリスはそれを聞くと、ローラに目配せをする。
 ローラは軽く頷くと、椅子のクッションの表面をナイフで切り裂いた。

「契約内容、サイン共に問題なし。本物のようです」

「そう、ならば私も約束を守らねばならないわね」

 そう言うとシェリスは微笑みながらゆっくり立ち上がった。

 その態度に、盗賊達の顔に安堵が広がる。
 どうやら約束は守ってくれるようだ、と。

 それに応えるかのようにシェリスはまず頭領の元に歩み寄る。
 ゆっくりと歩み寄るその姿は、まるで罪人に許しを与える聖女のようだ。

 そして頭領の前で立ち止まると―――ナイフで彼の首を刎ねた。

 ゴトン、と重々しい音がして、首が床を転がっていく。
 ほぼ同時に体も床に衝突し、思い出したかのように鮮血が噴き出した。
  
 何が起きたのか分からず男達が唖然としている間に、今度はローラが動く。
 愛用の二本のナイフを構え、目にも留まらぬ速度で部屋中を駆け回る。
 そして彼女の動きが止まった時、生きていた男達の首が一斉に床に転がり落ちた。

 全ての首が落ちた事を確認すると、ローラはゆっくりと口を開いた。

「今回はあまり上策とは言えませんね」

「あら、約束は守ったわよ? これ以上苦しまず死なせてあげたじゃない。
悶え苦しみながら死ぬ運命から救ってあげたでしょう?」

「仰る通りです。今回は話の進め方がよろしくありません。
相手が低能であったからよかったものの、多少頭の回る人間なら勘付かれたでしょう」  

 淡々と、シェリスの失敗を語るローラ。

 社交界におけるシェリスの評価は、聖女。
 それは立ち居振る舞いなどからも来ているが、清廉潔白なイメージに拠るところも大きい。
 そして、それは今までシェリスが表向きには荒事と関わっていないからこそ作れたイメージでもある。
 こんな血生臭い事態に関わったと知れれば、そのイメージは脆くなるだろう。

 そのイメージを守る為には、シェリスが捕らえたなどと誰かに喧伝できるはずがない。 
 
 そこまで考えられれば、後の推測は容易。
 同じ理由で目撃者である盗賊団を生かしておくとは考えられず、交渉後殺す事は明白。
 契約書の在処を探す為、希望らしき物を見せているだけだと見当がつく。

 どうせ交渉するのであれば、シェリスの身分は隠した上で話を進めるべきだった。
 
 例えばローセン子爵に個人的な恨みを持つ人間として振る舞っていれば、
恨みを晴らす事だけが目的なら見逃してもらえる可能性は高いと考えただろう。
 少なくとも、素性を明かした場合よりは見逃す気がない事を見抜かれる可能性は低かったはずだ。  
 
 とはいえ――――仮にシェリスが見逃さないと気が付いたとしても結末は大差なかったが。
 
 その場合、シェリスの言うとおり苦しみながら死ぬ羽目になっただけだ。
 契約書の在処を吐くまでローラが痛めつけ、吐かせていただけである。
 
「……そうね。まだまだ未熟だわ」

「それを補う為に、また貴女を成長させる為に私がおります。
とはいえ、成長には厳しさも重要です。帰りましたら、マリアと組手をしていただきましょう。
一撃入れられれば合格ですが、合格するまで何度でも叩き起こします」

「今まで一撃入れられた事ないんだけど!?」

 無情な罰に、思わず抗議するシェリス。

 ローラに鍛えられ始めてから二年程経ち、以前とは比べ物にならない程強くなった。
 それは事実であり、実感してもいる。
 魔物と戦っても、以前より倒す速度が明らかに早くなっているのだから。  

 が、それでも未だ最古参のメイド達には手も足も出ない。
 
 組手をする度ボッコボコにされ、一撃入れる事すら叶わず地に沈む。
 最古参の中では下位でしかない実力のマリア相手でさえ、それは同じ。 
 最近ようやく彼女に防御させる事に成功したと喜んでいたぐらいである。  

「では、今日中に入れられるようになって下さい。
私の見立てでは、そろそろマリア相手なら一撃だけはなんとかなる領域に入っているはずです」

 そう言うと、ローラは契約書を持って部屋を後にした。
 決定事項だから諦めろ、と言わんばかりに。

 その後ろ姿を見て、シェリスはがっくりと肩を落とした。   







 番外編79







 とんとんとんとん、と小気味良い音が響く。
 軽快かつリズミカルなその音源は、刹那の手元にある包丁。
 それが玉ねぎを綺麗にみじん切りにしている音だ。

 それを聞きながら、ルミナスがうんうんと満足げに頷いていた。

 事情を知らぬ者が見れば玉ねぎをみじん切りにしている程度で大袈裟な、と思うだろうが、
実際は革新的な進歩である。
 なんせ、ついこの前まで時折まな板までバラバラにしていた人間が、玉ねぎだけをみじん切りをしているのだ。 
 
 教える側としては、少しばかり感慨深くもなるというものである。

「みじん切り、終わりました。次は何を?」

 ボウルに放り込んだ玉ねぎを見せ、次の指示を求める刹那。
 粛々とした態度だが、心なしか誇らしげに見える。
 
「うん、それじゃ次はそれをバターで炒めて。ほんのり茶色がかるぐらいで良いわ」

「分かりました」

 刹那は頷くとフライパンを取り出し、火の魔法で加熱し始めた。

 ルミナスはその何気ない仕草を見て、再び頷きながら微笑む。

 これも以前に比べれば格段の進化を遂げた点である。
 最初はフライパンを取り、調理台に乗せようとした瞬間すっぽ抜けてルミナスの顔面に飛んできた。
 彼女は咄嗟に手で上に打ち払ったそれを注意しつつ手渡したのだが、
その直後刹那は火にかける際中位魔法を使ってフライパンを溶かした。
 それから比べれば、凄まじい進歩である。

 とはいえ、油断はできない。

 以前に比べれば飛躍的な上達を遂げているとはいえ、相手は刹那。
 バターを切り分ける際にすっぽ抜けたナイフが飛んできたり、
フライパンに移す際に手を滑らせて玉ねぎのみじん切りがこちらに飛んできたり、
炒めている途中に熱々のフライパンが飛んできたりといった可能性も否定しきれない。

 常識的にはありえない事態なのだが、それでもその可能性を切り捨てさせてくれないのが調理中の刹那なのである。
 
 が、幸いにして炒めの作業は無事に終わる。
 バターを切り分ける時も、フライパンに食材を移す際も、
炒めてる最中も特に異常が起こる事は無く、無事に美味しそうな色に炒め終えられた。
 
「……こんなところでよろし―――あっ!?」

 ルミナスに焼き色を確認してもらおうと振り返った刹那が、悲鳴を上げる。

 振り返った勢いが強すぎて、炒めた玉ねぎがフライパンから飛んで行ったのだ。
 よりにもよって、ルミナスが立っている方向に。

「ひょいっと」

 突然の事故にもルミナスは慌てず騒がず、手に持ったボウルで玉ねぎを受け止めた。
 そしてそのまま、何事もなかったかのように玉ねぎの色を確認する。

「うん、これぐらいでいいわ。でも、しつこいようだけど慌てないようにね」

「は、はい……その、毎度申し訳ございません」

 恐縮しきりといった様子で、頭を下げる刹那。
 普段ピシッと伸びた背筋は丸まり、全身が縮こまっている。
 見ていて哀れになる程、申し訳なさが溢れている態度であった。

「気にしない気にしない。最初から比べればミスも減ってるし、確実に進歩してるんだから。
さ、それより続きよ。昨日取ったスープの残り、冷蔵庫にあるわよね?」
  
「はい、これを使うのですか?」

「ええ。そのスープをフライパンにぶち込んで、へらで底をこそげながら中火にかけて」

「分かりました」

 言われるがまま、刹那は器に入っていたスープをフライパンに入れた。
 フライパンに残っていた油と反応し、じゅわっと音が鳴る。

「はい、ここで少し味見」

 そう言うと、ルミナスは小さなスプーンを差し出した。
     
 刹那はそのスプーンでフライパンのスープをすくい、口に含む。
 このスープは、昨日ルミナスの指示に従い刹那が作った物。
 牛肉の旨味は引き出しつつも、滋味が溢れる穏やかな味のスープだったが、
フライパンに残った玉ねぎの香りと甘味が加わる事で力強さが増している。

「なるほど、こうするとまた味わいが変わりますね」

「でしょ? で、次はこの炒めた玉ねぎ本体を投入。そのまましばらく加熱」

 言うが早いか、ルミナスは先程ボウルで受け止めた玉ねぎをフライパンに投入した。
 そのまましばし、二人はぐつぐつと湯気を立てるスープを見つめる。

「はい、ここで塩を一つまみ入れてからもう一回味見」

「……ふむ、これは美味しいですが……ひょっとして、御飯にかけるのですか?」

 再び味見した刹那は、数瞬考え込んだ後口を開いた。

 今のスープは、先程味見した時よりも味が更に強くなっている。
 このまま飲んでも美味いには美味いが、米に掛けて食べるとさらに美味くなりそうだった。
 
「当ったり~♪」

 明るい調子で、刹那の言葉を肯定する。

 今使っているスープは、海人がルミナスの家に居候していた時に考えた物。
 本来はそのまま飲むものだが、バターで炒めた玉ねぎを加える事でコクが強まり、米との相性が良くなる。
 御飯にかけて食べるとシャキシャキ感をあえて残した玉ねぎが良いアクセントになり、食べていてなかなか飽きない一品だ。
 
「となりますとやはり御飯が欲しいところですが……」 
  
 言いながら、米櫃に視線を向ける刹那。

 今朝まではそこに昨日の残りがあったのだが、生憎現在は雫の胃袋に収まっている。
 早朝の鍛錬で疲れ果てていた彼女が、おむすびにして全て平らげてしまったのだ。

 今昼食に備えて炊いている真っ最中だが、炊き上がるにはまだ少し時間がかかる。

「ふふふ、まだ早いわよ? このままご飯にかけても美味しいけど、
昨日出し殻になったお肉を醤油で味付けしたでしょ?」

「ああ、あれも御飯との相性が素晴らし……そうか、あの肉を混ぜればさらに米との相性が……!」

「そういう事。それでいて、スープに混ぜるからさっぱりめに食べられるってわけ。
他にも、このスープは単に人参とか細かく切った具材足して飲むだけでも美味しいし、色々応用が利くのよ。
覚えとくと便利だと思うわ」

「はいっ! 頑張って練習しようと思います!」
   
「良い心がけだけど……これそこそこ良い肉使わないと美味しくないから、練習するにしても材料費には気をつけてね?」

 威勢の良い刹那に、軽く忠告をする。

 スープのレシピは刹那に教えられるだけあってそう難しくはないが、
材料となる良質な肉を揃えるのは少し難しい。
 カナールに行けば手に入るには入るのだが、値段がけっこう高いのだ。
   
「御心配なく。拙者の練習用なのですから材料費は自分の給料から出すのが筋というものです。
海人殿には一切御迷惑をおかけするつもりはありません。付け加えるなら、拙者の数少ない特技の見せどころでもあります」

「……いやまあ、それはわかってるんだけど」

 頬を掻きながら、言葉を濁すルミナス。

 刹那の性格は重々承知なので、練習用の材料費を海人に負担させるとは思っていない。
 海人が強引に申し出たとしても、刹那が渋る可能性の方が高いぐらいだ。

 ルミナスが心配しているのは、刹那。

 劇的に改善されて尚先程のような可能性の低いはずの事態を招く人間。
 自分が側にいて見ている時は良いが、そうでない時はどれだけ無駄な出費が増えるか想像しづらい。
 鬼神の如き値切りも知ってはいるが、どうにも刹那の場合それを上回る失態をやらかしそうな気がするのだ。
  
(……まあ、大丈夫よね、多分。いくらセツナさんだって……労働条件考えればお給料も良いんだし)

 ルミナスはそんな事を思いつつ、少しばかり天に祈った。
 願わくば、自分の嫌な予感が外れてくれますように、と。

 ――――自分の予感はよく当たる、という事を強引に記憶の片隅に追いやりつつ。
 
  
  


 



 番外編80






 ドースラズガンの森。
 ここに生息する魔物は比較的弱い種族が多い。
 その割に鳥系から猪系まで幅広く食用になる種族が存在し、
また生えている植物も食用になる物が多い為、
腕の立つ冒険者であれば食料調達にはもってこいな場所だ。

 そんな森で、海人は頭を抱えていた。

「よくもまあ、ここまで……もはや一種の天才だな」

 目の前に積まれた植物の山を見て、溜息を零す。

 見栄えは悪くない。
 視界の大半を占めるのは緑だが、所々にカラフルな色彩の花やキノコが有り、
それが良いアクセントになっている。
 積み方を工夫すれば、絵の題材にも使えそうなぐらいだ。
 
 が、そんな事は正直海人にとってはどうでもいい。
 絵は描けるが特に芸術に興味はないという事もあるが、
そもそも目の前にある山は観賞用に集められたわけではない。

 本来はまったく別の目的の元に集められた物であり、
その目的には全くそぐわないのである。
 むしろ、目的に真っ向から喧嘩を売っていると言ってもいいだろう。

「まったく同感ですねー。念の為聞いておきますけど、判定は?」

 うんうん、と頷きながら、雫が促す。
 海人は仕方なさそうに頷き返し、
 
「無論死け……有罪」

「今死刑と言いかけませんでしたか!?」

 当然のように海人の喉から出そうになっていた言葉に、刹那が反応する。
 そこまで酷くはないだろう、そんな感情が顔に張り付いていた。

「……刹那嬢、一応聞くがこれは何用に集めた物だ?」

「無論、食用ですが……その、多少毒の類が混ざっているにしてもそれを除けば食べられるのでは?」

 最後の方は小声で、自身なさげに呟く刹那。

 今彼女らの前にある植物の山は、刹那が食用に集めた物だ。
 元々彼女はやたら毒物に縁がある上に知識に乏しい為、
この森に入る前に海人と食料調達には関わらない約束をしていたのだが、
初日の海人の地獄のような授業で毒物系に関して僅かなりとも自信をつけ、
知識を忘れていないか確認する為も兼ねて集めさせて欲しいと懇願したのである。

 当然海人は迷ったのだが、初日の授業で図鑑に載っていたこの森に生息する毒草の類は網羅していたし、
知識を実践で使いたいという生徒の熱意を無にする事も憚られたので、
チェックは厳しく行う、チェック前には絶対に使用しないなどを条件に、許可を出したのだ。  

「……毒の類を除けば食べられる、か。雫嬢、どう思うかね?」

「んー……食べられる量、三割ぐらいですかね?
あたしでも毒だって断定できるのが五割ぐらいですから」

「ぶっ!?」

 さらっと放たれた雫の言葉に、刹那が噴き出した。

 ひょっとすると一割ぐらいは間違えて毒草が混ざっているかも、
とは思っていたが、五割は完全に計算外だ。 
 なにしろ、昨日習った毒草の類は細心の注意を払って避けたはずなのだから。

 まさか間違えて記憶してしまったのか。
 あるいは見分けたつもりで特徴を見間違えてしまったのか。
 となるとまたしてもくすぐり地獄の餌食になるのか。

 そこまで考え、刹那の全身からぶわっと汗が噴き出した。

「ああ、刹那嬢。そう怯える必要はない。
昨日教えた植物に関しては、一つも間違いがないからな。
ちゃんと私が教えた物全てを覚えているという事だ」

「……え? で、ではなぜ死刑などという言葉に?」

「思わず口から出ただけだ。集めた内容は確かに酷いが、君に非があるとまでは言えん。
授業の成果、という一点に限って言えば、屋敷に帰り次第追加の御褒美を出しても良いぐらいだ」

 やるせなさそうに、海人は胡乱気な瞳を刹那が集めた物に向ける。
 
 ここには、昨日教えた毒草は一つも入っていない。
 それどころか比率としては少なかったはずの薬草の類が全種類混ざっている。
 死に物狂いで覚えた甲斐あって、きっちり身になっているという事だろう。

 ――――それだけなら、本当に手放しで称賛できたのだ。

「あの、どういう意味でしょう?」

「……例えば、そこのティオントラ草の下になってる葉っぱだが」

「ああ、この葉っぱですか? これもなかなか清涼感の強い香りの葉っぱでしたので摘んできました」

「それはメルチリアと言って、食べると大人でも肉体強化をして二十分は麻痺が抜けない毒だ。
君が言ったように清涼感の強い香りなんで、知らずに冒険者が食材のアクセントとして使い、
痺れてる間にブラウンライオットの餌になったなんて話もあるぐらいだ」

「んなっ!?」

「で、そのさらに下にあるその一見地味な茶色のキノコだが」

「……食欲をそそる香りがしたので取ってきたのですが」

「一つでシルバーウルフが泡吹いてぶっ倒れる毒キノコだ。
遅効性だし肉体強化による対処が容易だが、
それでも普通の人間なら毒の効果が表れる前から肉体強化しておかないと確実に死ぬだろうな」

 怖々と口を開く刹那に、残酷な現実を突きつける。

 シルバーウルフに限らず、魔物は全般的に毒に強い。
 それが泡を吹いてぶっ倒れるとなれば、並の人間では生き延びる事すら難しい。

「……で、ではこの花はいかがでしょう!?
ほのかな柑橘系の香りがしますので磨り潰して料理の香りづけに―――」

「それはルオンティルの花。香りを嗅ぐ分には無害だが、
食べると花びら一枚でも強烈な腹痛に襲われるらしい。
しかも、焼こうが煮ようが蒸そうが毒性には一切変化なし。
他にも多種多様な毒物が揃ってるが、全部解説すると流石に時間がかかりすぎるな。
ちなみに、食べられるのは全体の一割弱だ。というか、昨日教えた薬草の類以外は全部毒だぞ」

「た、たたた、大変申し訳ございませんでしたぁっ!」

 海人の言葉に、即座に土下座を敢行する刹那。
 その勢いたるや、勢い余って額から多少地面を抉ってしまったほどである。

「いや、そこまでせんでも。さっきも言ったように、昨日の授業については成果が出ている。
だが……どうしてこの森でここまで強烈な毒物ばっかり集められるんだかなぁ」 

 刹那の後頭部を溜息交じりに見つめながら、再び毒物の山に視線を移す。

 ドースラズガンの森は、毒草の種類自体は多いが強力な毒草の類は少ない。
 百年ほど前には駆け出し冒険者が経験を積む最適な場所の一つとして名が出ていたほどだ。
 最近はもっと町に近く安全で稼ぎやすい森などが多くなった為に訪れる者は激減したが、
それでも比較的安全な場所には変わりないはずなのである。

 が、刹那の集めた毒物はどれもかなりの危険物。
 確実に即死するような物こそないが、状況と対処の仕方次第では高確率で死ねる物が多い。
 もっと言うと、一般的な駆け出し冒険者がこの中の物を二つ三つ食せば、
良くても一昼夜悶え苦しみ、最悪は生きたまま魔物の餌である。
 この比較的安全なはずの森でここまで毒ばかり集められるのは、もはや才能だろう。 

 とはいえ――――必ずしも完全に悪い事、というわけでもない。
 
 海人はそんな事を思いながら、未だ土下座を続けている刹那に対して言葉を続けた。

「まあ……食料集めという点では大失敗だが、冒険者の仕事の成果としては悪くはないと思うぞ?
君が集めた毒物は未だこの森では未発見の物だけだ。
一部にいたっては、この国に生息していないはずの物まで混ざっている。
発見した事をシェリス嬢に報告するだけでも多少報酬が得られるだろうし、
見つけた場所を正確に報告できればさらに上乗せされるだろう。ま、要は考えようという事だ」

 苦笑しながら、海人はようやく顔を上げた刹那に手を差し伸べる。

 その手を、刹那は数瞬呆気に取られたように見つめた。
 その後我に返って海人の表情を見れば、穏やかそのもの。
 困ったような色は混ざっているが、怒っている様子はない。
 
 まかり間違って食べていれば死んでいた可能性もあるのに、だ。
 
(……昨日の授業は本気で悪魔だったが、基本的には御人好しなのだな)

 そんな事を思いながら刹那は感謝を述べつつ、海人の手を取ろうとし、  
 
「あっはっは、海人さんは優しいなー……食料調達のつもりだったんだから大失敗には違いないのにねー」

 身も蓋もない妹の言葉に、思わずすっ転んだ。

「し、雫……拙者に非があるのは事実だが、少しは姉に優しくしようという気はないのか?」

「今まで何度も毒殺されかかって許してるんだから、むしろ優しすぎると思うけどねー。
ま、慈愛の化身みたいなあたしの優しさもそろそろ品切れだけど」

「……慈愛の化身にしては毎回毎回きっちり命狙ってきていると思うが?」

「愛の鞭ってやつだね。いくら言っても学習しない姉を心を鬼にして更生させようとする。
なんとも健気な話だと思わない?」

「それが健気というなら毎回拙者が組手でやってる事も健気だと思うぞ?
妹をもっと強くする為に、鍛錬に気合が入るよう心を鬼にしているんだからな」

「あっはっは、組手で気絶したふりしたら滅多打ちってのは単に鬼じゃないかなぁ?」

「毎晩急所めがけて苦無を投げたり、小太刀で頭叩き割ろうとするのは鬼を通り越して殺意しか感じんぞ?」

 にこやかに微笑みながら言葉の応酬を続ける姉妹。
 徐々に焦れてきたのか、徐々に互いの手が己の武器に伸びていく。
 
「―――そこまでだ。君らの喧嘩に巻き込まれたら私は3回は死ねる自信があるぞ?」

 姉妹の手がついに柄にかかったところで、海人が止めた。

「も、申し訳ございません!」

「あー……すみません。ついいつものノリで」

「分かってくれればいい―――とはいえ、そのままでは不完全燃焼だろう。
そこで、だ。多少なりとも穏便な勝負をしてみないか?」

「穏便な勝負、ですか?」

「うむ。これから、刹那が集めてきたこの毒の山について解説しよう。
それが終わった後にその関連の問題を20問ほど出し、正解数の多かった方の勝ち。
引き分けの場合は別の問題でもう一度。単純で、穏便だろう?」

「なるほど、勉強にもなりますし丁度良いですね。あたしは異存ないです」

「拙者も、それで構いません」

「結構。とはいえ、ただ勝敗を付けるのもつまらんな。
負けた方は擽り3分にでもするか。うん、それがいい」

『ぶっ!?』

 海人が加えた条件に、姉妹が揃って噴出した。 

 穏便なはずの勝負が、その条件一つでこの上ない真剣勝負に変わってしまう。
 体験した刹那からすれば今度こそ発狂するかもしれないと、
傍から眺めていただけの雫も死んだ方がマシ級に苦しそうだと、共にこの上なく危機感を煽られる。

 二人の顔に緊迫感が宿ったのを見て海人は小さく頷き、 

「では、早速授業開始といこうか。さて、どちらが勝つかな?」

 実に愉しそうな表情で、悪夢の授業の始まりを告げた。


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