ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット18


 番外編86

 
 
 海人は、現在の生活が非常に気に入っている。

 これといって命を狙ってくる者がいないこの世界。これだけでも珠玉の宝物だ。
 夜中に警報で起こされる事は無く、その直後に殲滅完了の電子音声を聞いて溜息を吐く事もない。
 これと言って準備を整える必要もなく町に出れ、好きな店を訪れのんびり過ごす事が出来る。
 かつて当たり前のように享受していたものの、失って久しかった環境だ。

 時折町で絡んでくる連中がいるが、かつてに比べれば実にお手軽な排除が可能。
 その際洗脳ついでに色々と仕込みをして便利に使える事も考えれば、むしろ利点とさえ言える。

 そして何よりありがたいのが、身内の存在。

 護衛として同居している姉妹は、見ていて飽きない。
 対照的な性格の姉妹ゆえか、日々小競り合いを繰り返しており、
それが下手な漫才より余程面白い。
 付け加えるなら姉は生真面目な性格ゆえにからかいやすい上に反応が楽しく、
妹の方は性格が似通っているがゆえに話が弾みやすい、と直接触れ合っても楽しい姉妹だ。

 ――――これほどの生活環境は、長らく望んですらいなかった。

 自らの能力への無自覚ゆえにいらぬ災厄を大量に招きよせ、
それに対処する度新たな問題を招くという悪循環。
 それはもはや日常と化して久しく、たまに禍根を根ごと断って問題が減っても、
実は見えないところで問題が生じているのではないかと疑心暗鬼に駆られる程。
 結婚後は日常生活こそ豊かになったものの、出来上がってしまった周囲の環境には特に変化はなく、
これはもはや世界を滅ぼしでもしない限りは一生逃れられない、本気でそう思っていた。 
 
 
 かつての、それこそ荒んでいた時期の海人が知れば妬みで殺しにかかりそうな、
あるいは希望を捨てず今ほど歪んだ人格にはならなかったかもしれない程の、幸福。

 至高の幸福と呼ぶには一人不可欠な人物が欠けているが、それはもはや取り返しのつかない事。
 自業自得とはいえ諦めきれるものではないが、どうにもならない事だ。

 だが、現時点の海人が手に入れられる幸福としては最上級。
 これ以上を望むのは贅沢を通り越し、強欲でしかない。 
   
 そう常々思ってはいるのだが――――海人は少々現状に困ってもいた。

(贅沢な悩みどころではないんだろうが……これは、ちょっとなぁ)

 真横にある頭を眺めながら、海人は内心で溜息を吐く。

 頭の主は、護衛の一人にして吸血族の刹那。
 海人の血は彼女に奇跡的な程適合しており、一口でその能力を爆発的に上げる事が出来る。
 時間制限こそあるものの、その間は元々一流の武人である彼女の身体能力が数倍になり、
頭部を破壊されない限り腕が無くなろうが足が無くなろうがあっという間に再生する回復能力まで発現するのだ。
 これに海人開発の魔法が加わるのだから、短時間ながらまさに天下無敵の超越者と化す。
 
 が、一点だけ問題がある。

 それは海人の血が刹那の嗜好に合いすぎるあまり、飲み始めると我を忘れてしまう事。
 強めに殴れば正気に戻るので余裕のある状況ならいいのだが、緊急時には恐ろしい隙を晒してしまう。 
 前もって危険だと分かっている場所に赴くならあらかじめ飲んでおけばいいのだが、突発的な事件ではそうもいかない。
 また能力発動には直接口をつけて飲まねばならない為、小瓶に少量入れておくなどの手段も不可能。
 
 なので、その味に慣れるよう一番美味とされる首筋から定期的に飲ませているのだが、
これが非常にまずいのだ。

(普通の男だったら絶対押し倒してるぞ……その後の結末が見えていても) 
  
 一心不乱に首筋に吸い付く刹那に、そんな感想を抱く。

 元々、刹那は類稀な美女だ。
 顔立ちは凛として整っていながら、明確に女性と分かる柔らかさも兼ね備えている。
 髪も艶やかな漆黒で、結った部分から下がる髪はまるで黒い滝のようだ。
 体つきも武人らしく引き締まりながら女性特有の柔らかさを損なっておらず、
またスタイルの凹凸も文句のつけようがない程にバランスが良い。

 こんな女性に抱きつかれては、健全な男としてはたまったものではない。
 例えその直後に、否、実行しようとした瞬間に首をへし折られるとしても、
刹那を押し倒そうとしてしまうだろう。
 
 が、これだけなら海人は特に問題視しなかった。

 彼はそのやたら豊富な人生経験において、女性を使った籠絡も見飽きている。
 刹那ほどの美女は決して多くはなかったが、それでもいなかったわけではない。
 魅力は感じても、理性が揺らぐような事は一切なかったはずだ。
 もしそうであれば、海人はとうの昔に死んでいる。
 
 問題は、吸血時の刹那の雰囲気の変化。

 普段の刹那はその性格通り清廉で見る者の背筋を伸ばすような雰囲気を纏っているのだが、
吸血時の刹那は形容しがたい程に妖艶で、理性を直接強酸に放り込むような艶がある。
 その艶は海人ですら体感した事がないレベルで、かつて彼が返り討ちにしてきた女性達の誰も足元にすら及ばない。
   
 海人の膨大な経験すらも、吸血時の刹那の前ではさして役に立たない。
 毎度毎度理性を保っているのは、偏に彼自身の事情によるものである。

(……今理性崩したら、それこそエグどく君二十号飲んだ状態で腹でも切らねばならんからな。
いや、そもそも理性崩していいはずがないんだが)

 ぼんやりと天井を見ながら、そんな事を考える。

 今の海人は、まだ亡き妻への最低限のけじめすらつけていない。
 そんな状態で他の女性を押し倒したりすれば、海人はもはや言い逃れしようもない下衆へと堕ちる。
 それこそ、昔自身が開発した一番苦しむ猛毒を服用した状態で、
致死時間ギリギリまでかけて自らの腹を錆だらけの刃で切っても足りない程の罪状だ。
 
 加えて、刹那には一切の他意がない。
 あくまでも彼女は己の仕事をより万全にすべく、純粋に吸血の練習をしているだけだ。
 その仕事とは海人の護衛なので、彼の為の努力と言っても差し支えない。

 無論この世の何よりも美味いというその味を楽しめるという事もあるだろうが、
彼女の性格からしてその主目的はあくまでも護衛力の強化にあるはずだ。
 もし海人が理性を崩して押し倒せば、どれほど傷つくか想像すらできない。
 
 どれほど気力を要すとしても、理性を崩していいはずがなかった。

「……っと、刹那。そろそろ止めろ」

「ごくごく……」

 ぐいっと頭を押しのけられそうになったにもかかわらず、腕の力を強めて吸血を続行する刹那。
 まさに一心不乱といった様子で、海人の声が聞こえた様子もない。

 海人は一度溜息を吐くと、両手に力を込め刹那の肋骨辺りに当てた。

「……でいっ!」

「あだぁっ!?」

 肉の薄い部分を両側から思いっきり圧迫され悲鳴を上げる刹那。
 彼女は一瞬恨めしそうな目を海人に向けるが、直後に我に返り彼の足元に土下座した。

「も、ももも申し訳ありません!」

「いやまあいつもの事だし良いんだが……どうしたもんだかなぁ」 

 困ったように頭を抱える海人。

 刹那の艶美にも慣れてきたので理性を保つ自信はあるのだが、
正直に言えばあまり続けたくはない。
 慣れたといっても精神力の消耗はかなり激しいので、疲れるのだ。

 かと言ってここまで続けて成果が出ないから止めよう、
というのも刹那が落ち込みそうなので好ましくない。

 が、細やかな抵抗ぐらいはしておきたい、そう思った海人は冗談めかしながら口を開いた。

「……そういえば、君は男の首に噛みつくのに抵抗はないのか?
傍から見たら凄い大胆な体勢だと思うんだが」

「正直、好んで殿方の首に噛みつきたいとは思いませんが……海人殿ならば問題ありませんよ?
不埒な事をされる御方でもありませんし」

「やれやれ、信用されたものだが……私も男なんだし、その内血迷うかもしれんぞ?」

「海人殿が血迷われる事があるなら、是非見てみたいですね。
そんな事があれば、ですが」

 呆れたような主の言葉に、刹那は柔らかく微笑みながら答えた。
 その表情には、強い信頼が滲み出ている。

 それを見た海人は、表情はそのままに内心で落胆した。

 海人に答える刹那の表情には、徹頭徹尾一切の嘘が含まれていなかった。
 刹那は主の理性を疑ってすらおらず、遠回しに疑念を抱かせるのは無理、そう判断せざるをえなかったのだ。
 かと言って事実を正直に言えば関係を悪化させる恐れもあり、言う気にはならない。

 となれば、当面は説得を諦める他なかった。

(……ま、私が理性保っていればいいわけだし、ちっと頑張ればいいだけか)

 些か純真すぎる護衛に呆れつつも、海人はそう決意した。
 刹那が無防備でも自分がしっかりしていればいい事、そう考えて。  

 ――――海人は気付かなかった。

 刹那の言葉、それに含まれている意味に。
 嘘はなくとも、必ずしも信頼だけから生まれた言葉ではない事に。
 いかに素直な刹那でも、主の理性に一片の疑念すら抱かないのは難しいという事に。 
 
 ――――刹那が誰にも悟らせず秘めている感情に、この時の海人もまた気付く事は無かった。


 
 

     




 番外編87




 

 とある夜、シェリスは自らのベッドで仰向けにぶっ倒れていた。

 直前にシャワーを浴び寝巻に着替えている為姿は小奇麗なのだが、
その顔に浮かぶ表情はもはや死者のそれに近い。
 体の方もそれを強調するように、何分経っても指一本すらピクリとも動かない。
 
 精も根も尽き果てた状態で、シェリスはぼんやりと考える。

(……我ながら、よく生きてるわね)

 ふ、と心の中で自嘲する。

 仕事が多忙、これはまあ仕方ない。

 新流通網開拓の計画やら街道に現れる盗賊・魔物対策やら、
僻地にある農村の良質な特産品の売り込みやら、この国の公爵家令嬢の仕事とは言い難いとは思うが、
自分がやらない限りは、最悪非効率な流通網は改善されず、街道で荷馬車が襲われ続け、
王宮に卸しても恥じる事のない作物を作っている村は遠からず後継者不足で廃村になりかねない。
 
 他の人間がやってくれと言いたいのは山々だが、
確実に将来大きな利益が見込める新流通網開拓の費用を渋り続ける馬鹿貴族やら、
盗賊団から賄賂を受け取って見逃し続けている下衆貴族、
丹精込めて育てられた素晴らしい果物と他の村から買った質の悪い果物を同じ値段で買い取り、
やはり同じ値段で販売してしまう三流商人などには、とても任せられない。

 かと言って信を置ける人間は皆忙しく手が塞がっており、他の事に手を出す余裕はない。
 結局、シェリスやその部下が動くのが一番適切なのである。

 ――――問題は、その合間を縫って繰り広げられる鍛錬という名の地獄。

 一応、割り切ろうと努力はしている。
 そもそも最初に望んだのはシェリスであり、彼女はそれに忠実に応えてくれているだけだ。
 また、貴族として最低限己の身を護る為、また必要とあらば自ら前線で民を護る為に、
戦闘における力は不可欠だと思っているので、避けられぬ試練なのだとも思っている。
 結果も悲しくなるぐらいに出ており、始めた時は中位の魔物に成す術すらなかった自分が、
たかが三年程度で手傷を負いつつも確実に仕留められる程に力をつけているのだから、
感謝こそすれ文句を言うべきでないとも思う。
 
 が、それでも、それでも――――だ。

 毎日朝から基礎鍛錬でナイフの素振りを型一つにつき千回、
打撃の型一つに付き千回、全て合わせると両手両足を一万回を軽く超える回数振らされたり、
それでへとへとになった状態でもパッと見は平常状態を取り繕えるよう拷問のような罰を交えて仕込まれたり、
たまに実戦訓練として魔物の群の中に投げ込まれたり、というのは些か酷いのではと思わずにはいられない。

 月に一度行われる屋敷最強の怪物との実戦訓練にいたっては、明確に酷過ぎると思う。
 気絶も許されず、動かぬ事も許されず、諦める事も許されず、ただただ無駄な足掻きを続ける事を求められる。
 足掻いても酷い目に遭うが、足掻かねば真の地獄が待っているという、惨たらしい鍛錬だ。
 その分効果も最大で、まさに生まれ変わるような上達が体感できるが、
命と心を削って武力に変換している気がしてならない。
 
 実のところ、今日もその実戦訓練のせいでシェリスは動く気力もなくベッドにぶっ倒れているのだ。

「……贅沢なんだろうけど、もう少し手加減を望みたいわね」

 ようやく動くようになった喉を使い、ぼやく。

 そもそもシェリスのスケジュール自体が、殺人的なのだ。
 日にもよるが、国内を東西南北縦横無尽に駆けまわり、仕事を処理するのが日常。
 仕事量自体も多く、父である公爵の倍量の仕事を毎日こなしている。
 はっきり言って、国内で一番忙しなく働いている貴族だろう。
 
 とはいえ、実のところ他の貴族ではシェリスと同じ芸当は不可能だ。

 能力的に同じ仕事量をこなせたとしても、絶対に無理なのである。
 なぜなら、その一日でその距離を移動できる乗り物がないからだ。
 それを可能にする乗り物を作るには、それこそドラゴンでも使わなければ話にならず、
そんな物を飼い慣らしている貴族はこの国には存在しない。
 
 その点において考えれば、仕事をこなせる環境があるだけ幸福なのだとも思う。
 おかげで迅速に処理しなければ死人が出るような案件も、大概の場合はその前に片づける事が出来る。
 今のところ、移動時間の関係で間に合わなかったという案件は少数で済んでいるのだ。 
 
 それを可能にしている部下こそが、毎日シェリスに地獄の鍛錬を課しているとしても、感謝はすべきなのだろう。

(実際、贅沢な悩みなんでしょうね……) 

 くあ、と可愛らしい欠伸をしながら、そんな事を考える。

 シェリスには、自分程恵まれた状況にいる者はほとんどいないと確信があった。
 爵位継承権こそないが、公爵家に生まれた段階で随分恵まれている。
 多くの教養を得る機会を持ち、易々と得られぬ広大かつ強力な人脈のベースもあったのだ。
 加えてそれらを活用できるだけの才を持ち、容姿にも恵まれている。
 これほど好条件に恵まれた人間は、そうそういないだろう。

 が、一番の理由は現在いる部下達。

 中でも最古参のメンバーは、全員が得難い逸材。
 個性的な性格の者が多いが、それを差し引いても余りある程に能力が高い。
 雇う際には紆余曲折あったのだが、今にして思えばあの程度の苦労で雇えたのは幸運という他なかった。
 特に最も有能な部下は、本来シェリス程度に仕える人間ではない。
 契約の際は色々と条件を付けられたが、それでも破格の幸運だ。

 これだけの状況下で文句を言うなど、贅沢極まりない話だとは思う。   

「ま、それでも愚痴は出てしまう、わけだけ、ど……早く、布団に入らない、と……」

 ぼやきながら鉛のように重い体を動かして布団に潜りこもうとするシェリス。
 
 が、疲労とそれ由来の眠気は彼女から動く力を瞬く間に奪っていき、
枕に手がかかったところでシェリスの意識は闇に沈んだ。
 未練がましく、枕を指先で引き寄せようとしながら。

 ――――それから数分後。

 うつ伏せの状態で、シェリスはすーすーと寝息を立てていた。
 布団をかぶっていない為か、寒そうに身を縮こまらせている。
 無意識に布団に潜り込もうと動いているが、体の下敷きになった布団の中にはなかなか入れない。

 それを見ながら――――部屋の片隅に佇んでいた女性が動いた。

 ゆっくりと足音一つ立てずにベッドに歩み寄ると、
 起こさぬよう繊細な手つきでシェリスの体を持ち上げ、
迅速に布団の中に放り込み、枕に頭を乗せてやる。

 そして静かに寝息を立てるシェリスの顔を数秒見つめると、
物音一つ立てず、部屋をゆっくりと出て行った。

 部屋にいた時と同じく、最後までシェリスに存在を気付かせぬまま。







 番外編88





 唐突だが、雫は自分の主はなんだかんだで心が広いと思っている。

 まず、多少の我儘は笑って聞き入れてくれる。

 何か食べたい物があると言えば大概は創造魔法で作ってくれるし、
その使用を厭う事も特にはない。
 絶大な彼の魔力を持ってしても消費が大きい魔法だというのに、奇特な話だ。
  
 失敗についても、寛容だ。

 刹那が掃除の練習と称して屋敷を破壊しようが、すぐロボットを使って修復。
 自らの手で修復するよりは楽とはいえ、毎回必要なデータを入力するのはかなりの手間のはずだ。
 夕方に始めても夜には平然と終えているし、その間巧みに刹那を地下室に近寄らせないようにしている為彼女は気付いていないが、
毎回毎回結構な作業量をこなしている。
 にもかかわらず、刹那に練習をやめろと言った事は一度もない。
 
 皮肉屋で性格も捻くれてはいるが、基本的には甘い主。それが雫の海人に対する評価だ。
 なのでついつい、色々と甘えてみたくなる。

「海人さ~ん、そろそろ一緒にお昼寝しませんか~?」

「後でなー。うーむここは……アルスルト図形とストライア系魔法文字の併用……いや、
それだとここのキウランス系魔法文字が使えなくなる……ストライア系ではなくメルズベルク系なら……」

 真剣な面持ちのまま雫の言葉を軽く流し、ぶつぶつとモニターに向かって呟く海人。

 現在彼がやっているのは、魔法術式の改良。
 光属性の攻撃魔法術式を、より高威力で消費魔力が少ない物に変えようとしているのだ。

 もっとも、元となっている術式はやはり自らが開発・改良した術式なので、既に十分すぎる性能がある。
 なにせ、攻撃範囲一つとっても他の人間が開発した術式の三倍以上。
 しかも意思一つで攻撃範囲の形状を変化させる事も可能で、
込める魔力量次第では最大範囲を更に倍まで拡大する事も可能という出鱈目っぷり。 
 威力にいたっては十倍近いので、海人という理不尽を知らない敵なら発動と同時にこの世から消える事になる。
 
 とはいえ、それで十分と考えないのが海人という男だ。
 術式を開発・改良して達成感に浸っていたと思いきや、それを元にさらなる向上を目指す。
 それを繰り返す事でどんどん魔法の性能を飛躍させる。

 護衛としては非常にありがたい話だが、その作業にかかりっきりで何時間もほったらかしにされては、
個人としては複雑であり、つまらない。

「三時間前にもそー言ってたじゃないですかー。一息入れるのも大事だと思いますよー?」

 言いながらつんつん、と主の頬をつつく。
 拗ねているのか、微妙に強い力が込められている。 

「分かってい……三時間?」

「そですよ。昼食後からもう三時間たってます」

「ふむ、もうそんな時間か。キリも良いし、軽く休憩するか」

 軽く伸びをしながら、雫に向き直る海人。
 先程までとは違い、その表情には穏やかさがある。
 
「やーっとその気になってくれましたか。んじゃ、上に行きましょう」

「いや、出来ればここで短時間休憩するだけにしたいんだが……まだ途中だし」

 言いながら、モニターを見る海人。

 先程までの作業は、まだ終了していない。
 せいぜいが工程の半分といったところ。
 できれば今日中に終わらせたいので、一息入れるにとどめたいところだった。

「えー? さっき後でって言ったじゃないですかー。
休むんだったら昼寝に付き合ってくれてもいいんじゃないですかー?」

「うぐ……そ、そうだ昼寝じゃなく対戦ゲームはどうだ?
昨日はやってる間に夜遅くなったから、不完全燃焼だっただろう?」

「今の気分はお昼寝なのです。あったかいお日様の下でぐーぐー惰眠を貪りたいのです」

 主の提案を、迷う事無く切り捨てる雫。
 海人との対戦は惜しい気もするが、今の気分は昼寝。
 暖かな陽光の下でのんびりと眠りたいのだ。

「君一人でというのは……」

「却下です。ってか、一人でもいいならこんな長々と待ってません。
素直に付き合ってくれないと、作業再開した瞬間後ろからほっぺた引っ張っちゃいますよ?」

 ぷう、と頬を膨らませながら主を睨む雫。
 上目づかいのその表情は、容姿と相まってなんとも愛らしい。  

「やれやれ……分かった分かった。昼寝に付き合うとしよ―――って、どわっ!?」

 肩を竦めて溜息を吐きかけた海人が、突然悲鳴を上げる。

 その原因は、一瞬で背後に回り込みおぶさってきた雫。
 彼女は両腕を海人の首に絡め、満足げに目を細めている。 

「中庭までのおんぶを要求します。
後でと言いながら三時間も放置されたんで、昼寝に付き合ってもらうだけでは足りなくなりました♪」
  
「君は軽いし、別におんぶするぐらい構わんが……飛びつくのはやめてもらえんか?
危うくこけるところだった」

 文句を言いながら、雫を背負ったまま歩き出す海人。
 が、口とは裏腹に彼の口調には諦観が滲んでいる。
 
「以後前向きに検討させていただきます」

「……そこは素直にやめると言うべきところじゃないか?」

「ふ、あたしの信条は『いついかなる時も好き勝手』です。
あたしの自由を束縛するなんて、何人たりともできないのです。
やめる気皆無でも一応検討すると言ってるだけ感謝してください」

「手を離して落としてやろうかね、この悪ガキは」

 苦笑しながら、雫の右足を固定している手を離してみる。
 すると、彼女の右足は海人の腹の前へと回された。 

「ふっふっふ、離したところであたしは両手両足でしがみつくだけです。
落とされないようしっかりとしがみつきますんで、痛いと思いますよ?」

「ったく、しょうのない……それじゃ、さっさと……」  

 海人の言葉が、止まった。
 地下室から出た瞬間、聞こえてきた音のせいで。

「また花瓶ついでに床板も壊れたみたいですねぇ……我が姉ながら、進歩ないなぁ」

「いや、進歩はしとるだろ。前は十分で全壊だったのが、今は三十分で全壊になっている」

「そもそも掃除で部屋を破壊するって事自体理解不能ですけどね。で、どうします?」 
 
「……このまま刹那誘って昼寝。で、起きたら修理用のデータ入力だな。
まったく、忙しい事だ」

 海人はそうぼやくと、何事もなかったかのように歩き始めた。
 おぶさっている雫がホント甘いなぁ、と苦笑している事には気付かぬまま。







 番外編89






 
 宝蔵院雫は基本的になんでもこなせる。

 料理・掃除・洗濯全て平均以上。
 料理はそこらの家庭の主婦より上手く、掃除もなんのかんのでしっかりした性格が反映され丁寧かつ迅速、
洗濯も冒険者時代姉には任せられなかったせいで結構な技量がある。

 武においても、元より人に羨まれるだけの才を持ち合わせている。
 そしてそれは姉に施される地獄の鍛錬によってこれでもかとばかりに開花し、
中位程度の魔物なら相手にもならない。

 が、世の中往々にして上には上がいるもので、

「ありゃ、どうしたのシズクちゃん? 美味しくなかった?」

「いえいえ、いつも通りすんごい美味しいですよー」

 心配そうに声を掛けてくるルミナスに、朗らかな笑顔を返す雫。

 御世辞ではなく、非常に美味い料理だ。
 食べているのは一見ごく普通のオムレツだが、焼き加減から何から絶妙極まりない。
 ふんわりと焼き上げられた卵は、口に含むとほわほわと溶けていく。
 それに伴って広がる味は、卵の旨味と僅かに混ぜられた生クリームの濃厚さが溶け合い、
思わず陶然としてしまう域。
 僅かに加えられた塩がその味を更に引き立て、いくら食べても食べ飽きない。

 が、これの調理過程を思い出すと思わずへこんでしまう。

 なんせ、ルミナスは鼻歌混じりに非常にお気楽そうに作っていたのだ。
 厳格にこの分量を混ぜると決めている様子もなくぱっぱと材料をボウルに放り込んで混ぜ、
このぐらい火を入れると注視している様子もなく、ただ家庭料理を普通に作っていたようにしか見えなかった。

 それが、食べてみればプロ顔負けの見事な味。
 才能の差なのか修練の差なのか、はたまた両方なのか。
 詳細は不明だが、二人の間に天と地ほどの技量差がある事は間違いない。

 ちなみにこれの前には一緒に掃除などもしており、その手際の良さに驚かされている。
 これと言って大きな違いはないのだが、全体的な動きの効率が良く、雫よりも迅速かつ的確にこなしていたのだ。
 本人曰く大家族の中で育てばこれぐらい身についてしまうとの事だったが、
今の雫では到底及ばない事に変わりはない。

 流石だなぁ、と感心しつつも雫のプライドはちょっぴり傷ついていた。






 少し経ち、昼食前。
 雫はルミナスと組手をしていた。
 刹那の提案で、たまには別の相手とも戦った方が良いと言われたのだ。

 戦いは、ある意味一方的だった。
 小太刀特有の小回りと二刀というメリットを存分に活かし、手数で押し切ろうとする雫。
 対して、それらの連撃を最小限の斬撃と体捌きでしのぐルミナス。

 一見すると雫が押しているように見えるが、徐々に息が乱れ始めている雫に対し、ルミナスは涼しい顔。
 事もなげに捌いているというわけではないのだが、その戦い方には余裕が見える。 

「――――うん、いい連撃ね」

 唐突にルミナスは笑みを深めると、雫の二刀を弾き飛ばし、足を払って地面に投げ飛ばした。

「でも、ちょーっと攻撃しのがれた時に焦りがちね。
格下相手……いや、多分同格でもいけると思うけど、格上には危ないわ。
後半攻撃に集中しすぎて足元の注意がおろそかになりがちだったから」

 優しく微笑みながら、忠告するルミナス。

 その言葉に、雫は苦い顔をした。
 言葉の内容は、姉からいつも言われている事。
 自覚はしつつも、攻撃をしのがれ続けると顔を出してしまう悪癖だ。
 
「それと暗器の類の技量は高いけど、使い方にやや難ありね。
その技術は活かすべきだけど、もうちょっと使い方考えた方が良いわ」

「え? 使いどころは間違ってないと思うんですけど……?」

 ルミナスの言葉に首を傾げる雫。

 雫の戦い方は、攻め手の種類の豊富さが最大の売りだ。
 主戦力は小太刀だが、暗器の類の技術も磨いており、その練度も高い。
 それゆえにどんな場面で使うのが効果的かも理解している。
 小太刀の太刀筋など、別の何かに注意を逸らした瞬間などだ。

 そして、今の組手もそれに基づいて使っていたと自負していた。

「うん、基本的な使い方としてはいいのよ。
でも、シズクちゃん器用だから飛び道具含めて色々使うでしょ?
それは凄いし攻め方としても有効なんだけど、あれだけ使ったら当然暗器も警戒されちゃうわよ?」

 やんわりと、忠告するルミナス。

 雫の攻め手の豊富さは称賛に値するが、色々と使いすぎるきらいがある。
 あれで駄目ならこれ、といった具合に手を変え品を変え攻撃を続けるのだが、
それゆえに相手に対し次に何どんな武器が出てくるか分からないという警戒感を与えやすい。
 それは、暗器を使うに当たっては確実にマイナスになる要素だ。
 暗器というのは、心理的な死角を突いてこその物なのだから。

 勿論時間稼ぎ、あるいは小技を印象付けて一番技量の高い小太刀による攻撃で一気に仕留める為などならばいいのだが、
そういった様子は一切見受けられなかったので、忠告する事にしたのだ。   

「んー……あたしの場合暗器も勝つ為の一手段ですから、これで良いと思うんですけどねー」

 居心地悪そうに頭を掻きながら、反論する。

 雫にとって、暗器は必殺の技ではない。
 あくまでも飛び道具や小太刀と同じ、攻撃手段の一つだ。
 それで決まれば良し、決まらずとも次の攻撃に繋げられれば良し、といった具合の。

 無論暗器の成功率を高めつつ戦えるのならそれが一番なのだが、
格下相手ならともかく、同格以上となると辛くなる。
 暗器を使わねばならない相手は大概が格上である事を考えれば、
今の戦い方に問題があるとはあまり思えなかった。

「ふむ、それも一理あるわね。でも、それならこういう攻撃法も使ってみると良いかもしれないわね」

 言いながらルミナスは剣を収め、拳を構えた。
 そして、雫に攻撃を仕掛けてくる。 

「おっと、よっ、はっ!」

 唐突な攻撃に驚く事もなく、雫は軽やかにルミナスの攻撃を避けていく。
 上段蹴りを屈んで避け、足払いを後ろに飛んで避け、正拳突きを片手で受け流し、
といった具合で攻撃をいなしながら、反撃に転じるべくルミナスの動きを注視し、

「ほいっと」

「にゃあっ!?」

 その瞬間、いつの間にかルミナスが拳の中に握り締めていた土の目潰しの直撃を受けた。

 突きと共に放たれたそれはごく少量だったが、隙を作るには十二分。
 怯んだ瞬間、ルミナスの投げ技によって雫は地面に叩きつけられた。

「あれだけ道具を使いこなせるシズクちゃんなら、今みたいにそこらの物を使った不意打ちももっと有効だと思うわ。
ちなみに、今のは足払いで地面に伏せるついでに土を軽く握っといたのよ」

「うぐぐぐ……まさかルミナスさんがあんな手段を使いこなせるなんて……」

 背中の痛みをこらえながら、呻く。

 今のルミナスの攻撃は、単純なようで難しい。
 普通に土による目潰しを当てようとすれば、雫は造作もなく避ける。
 自身が暗器使いである為、不意打ちの可能性は常に想定しているからだ。

 が、ルミナスのそれは非常に練度が高かった。

 雫がルミナスの動きに集中しようとした瞬間を狙う、機の読み方。
 土を握りつつも普通と変わらぬ突きの放ち方。
 そして雫の対応が間に合わない位置での絶妙な拳の開き方。

 どれをとっても、相当な修練が窺える。
 それこそ、雫が真似しても同レベルにはならない程の修練が。

「あら、私は傭兵よ? 勝つ為なら何でも使うわよ。
それに昔は今と違って弱っちかったから、色々考えて練習したのよ。
少しは参考になった?」
  
「はい……」
 
 がっくりと肩を落としながら、雫は頷いた。

 確かに、参考にはなった。
 同じような手段を考えた事はあるし使った事もあるが、あの練度は見た事がない。
 当面目指すべき領域が見られたのは、かなりの収穫だ。

 だがしかし、

(……せこい手段が得意なあたしよりもっと練度が高いなんて……つくづく凄い人だなぁ)

 心の中で、ぼやく。

 年齢に差があるのだから、練度の差は当然と言えば当然だ。  
 実際、素手の技術など他の武技での差はこれ以上に大きい。
 
 が、よりにもよって雫の得意分野。
 それも性格的にルミナスが一番苦手そうな分野の練度で負けるなど、屈辱という他ない。

 あらゆる分野で負けを認めるしかない超人に、雫は落ち込まざるをえなかった。 
    
  




 番外編90





 海人の屋敷の地下は、広大だ。
 元々広かったのだが、成長した海人が存分に研究するには手狭だと拡張し、
地下一階だったのを二階に変え、かつての倍の広さになっている。
 
 地下一階部分は、主に研究室と海人の両親のコレクション部屋。

 昔から使っていた研究室は今入っても落ち着く為、部屋の位置すら変えていない。
 研究の手を広げに広げた今の海人には手狭だが、それでも研究に取り掛かる部屋は大概ここだ。
 必要な機材が多くなってきた時にここを出て、地下に新設した研究室へと移る事にしている。

 両親のコレクション部屋は、本当に何一つ変えていない。
 二人が失踪したその日から時折入って手入れはしていたが、それだけ。
 コレクションの位置はおろか、照明や手入れ道具などの置き場所も何一つ変えていない。
 二度と部屋の主達が帰ってくる事は無いだろう、そう思ってはいるが、海人は頑なに現状維持していた。

 この地下一階は、海人にとって安らぎの場所だ。

 両親の愛の半分も理解せず、ただ鳥籠の中の幸せを享受していた日々。
 そんな当時の自分を殴り殺したくなる記憶を想起させられる場所だが、同時に心の拠り所でもある。  

 自分の全てを知った上で、愛してくれた人達は確かにいた。
 それを忘れずにいる為の大事な場所だ。
 
 だが、地下二階は違う。
 海人が成長してから作られたここは、両親失踪後の彼の象徴とも言える場所だ。
 
 両親に施された枷を外し、才能を無節操に発揮し続けてしまった研究成果が詰まる研究室。
 さらには、人の道を踏み外し続けた果てに生まれた悪魔の部屋と言うべき一室がある。
  
「目が覚めたかね、御二方」

 地下二階の一室で、海人は椅子に座りながら、鎖に繋がれた男女に声を掛けた。

 対する二人は、無反応。
 手枷を嵌められた両腕も、足枷を嵌められた両足も動かない。
 顔も項垂れたままで、力を微塵も感じない。
 そればかりか痛々しく裂けた服の布すら碌に動かず、弱い呼吸に従って微かに揺れ動くのみだ。
 
 普通なら、意識がないと断ずるところだろう。

「……無視か。先程一瞬身を強張らせたのを見逃すほど私は甘くないぞ。
ついでに言えば、私を狙って来た馬鹿共の舐めた態度を許す程御人好しでもない」

 そう言うと、海人は手元のリモコンのスイッチを入れた。

『があああぁぁぁあああっ!?』

 手足に嵌められた枷から流される高圧電流に、狸寝入りしていた二人が絶叫する。
 程なくして電流が収まると、二人は再び黙り込んだが、その体は荒い息と共に激しく動いていた。

「さて、おはよう。と言っても、実を言えばこんばんはなんだが……早速、君らの所属を教えてもらおうか?」

「……殺せがぁぁぁああああっ!?」

 俯きながら言い終える前に、男を再び電流が襲った。
 先程より弱いが、苦痛を与えるには十分な電圧だ。

「舐めた態度を許すほど御人好しではない、と言ったはずだがな。
まあいい。で、そっちのお嬢さんの方はどうする?」

「……殺しなさがぐぁぁぁぁあっ!?」

 男と同じ言葉を吐こうとした女を、やはり電流が襲う。
 やはり最初の電圧よりは弱いが、十分な威力がある。

「やれやれ、殺せ殺せと揃って自殺志願者かね、君らは?
素直に吐けば助かる道もあるかもしれんと言うのに」

 これ見よがしに肩を竦め、呆れたように語る海人。
 そんな彼に、女が反論した。

「今まで貴様に捕らえられて生きて帰って来た者はいない!
そんな奴の戯言に耳を貸すと思うかっ!」

「おや、心外だな。生きて帰した者もそれなりの数がいるんだが」

「ふん、そいつらも例外なく一月以内に死んでいるだろう……この悪魔が!」

 白々しい海人の言葉に、憎悪を込めた言葉を返す男。
 
 確かに、この屋敷を襲って生きて帰った者は皆無ではない。
 満身創痍な状態で、あるいは廃人一歩手前の状態などで帰された者はいる。
 
 が、彼らがその後長生きする事は無い。
 大半が己の国でテロを起こし、確実に死んでいる。
 それが知れ渡ってから、解放された者を隔離しようと試みた国もあったが、
その場合も隔離作業を担当した者諸共、服に仕込まれた爆弾で自爆する始末。

 いかなる手法で操っているのかはまだ断定されていないが、誰が仕組んだ事かだけは明白だ。     

「悪魔、ねぇ……? 君らのような手合いがやってる事を考えればまだ可愛いと思うが。
武器の売買で稼ぐ為に小国の争いを煽り、戦争に発展させる。
挙句、それを収めようとする動きが出ると主要人物の暗殺さえする。
麻薬組織を立ち上げて稼ぎつつ、国力の低下を図るようなのもいるな。
それに比べれば、私でさえ多少は人道的だろうに」

「黙れ! 国益の為に他国を犠牲にするなど当然の事だ!
煽られた事にすら気付かず、たかが一人二人死んだ程度で破滅に向かう連中が愚かなのだ!」

「そうよ! 食い物にされる方が愚かなのよ!」

「それを言うなら私の方も、成功率がほぼ0だという事にすら気付かず、
何人死んでも懲りずに自殺に向かわせる連中が愚か、という事になると思うがな。
ま、それに従って碌に考えず自殺に来る連中も馬鹿だと思うが……君らのようにな?」

 激昂する男を、不敵に嘲笑する海人。
 その表情はあまりにもあからさまな侮蔑に満ちており、見る者の怒りを誘発する。
  
「今に見ていなさい……! 私達が殺されても、いつか必ず同朋が貴様を討つ!
その時が来るのを、あの世で楽しみに見物させてもらうわ!」

 言い捨てると、女は思いっきり舌を出す。

 そしてそのまま思いっきりそれを食い千切ろうとし―――止まった。

 幾度力を込めようとしても歯がふるふると震えるだけで、舌に傷一つ付けられない。
 それを見て怯えと受け取ったのか、男が率先して自らの舌を食い千切ろうとするが、結果は同じ。

 愕然としている二人の耳に、海人の嘲りが滲んだ笑い声が響く。

「くっくっく……自害できないのが不思議かね?
ガロック・べラスト、リリアナ・エスメラルダ両名」

『!?』

 海人の言葉を聞いた二人の表情が、驚愕に染まる。

 それもそのはずで、海人が語ったのは二人の本名。
 数多ある偽名に紛れ、本人もすっかり忘れかけていた物だ。

「実を言えばな、とうの昔に素性から何から調査を終えているんだ。
君らに暗示をかけ、自白させてな」

「なっ……う、嘘よっ! それならわざわざ素性を聞く意味なんて……!」

「あるとも。自分でベラベラ喋った事すら知らず、死ねば情報は漏れないなんて考えた馬鹿を嘲笑う為だからな。
ついでだし、証拠も御見せしよう」

 言いながら、海人は再び手元のリモコンを操作する。

 途端に、空中に映像が浮かび上がった。
 映っているのは、虚ろな目をしている男女の姿。
 もう一度海人がリモコンを操作すると映像が動きだし、音声が流れ始める。
 自分達の名前、所属、誰から命令を受けたか、どんな手筈でここに襲撃をかけたか、
他にも漏らしてはならない機密事項などを事細かに語る二人の声が。

 目を見開き震え始めた二人を眺めながら、海人が言葉を続ける。

「どんな気分かな? 掌で踊らされていた気分は?
それにすら気付かず、憎むべき相手に滑稽劇を披露してしまった気分は?」

「おのれ、下衆がっ……!」

「この外道っ……!」

「下衆も外道もお互い様だと思うがな。まあいい……飽きたし――――死ね」

 冷たい眼差しを二人に向け、海人はリモコンにある唯一の赤いボタンを押した。
 
 一瞬の間を置き、二人が悶え苦しみ始める。
 口から泡を吹き、目を血走らせ、喉を掻きむしろうと動かした手が枷にこすれて出血していく。
 喉からほとばしる絶え間ない絶叫、理性を感じない暴れ方、それはまるで地獄で苦しむ亡者の如し。
 そうして十分ほど苦しみ続け――――二人は絶命した。
 
 それを見届けた海人が再びリモコンを操作すると、空中に浅黒い肌の中年男性が映し出された。
 厳しい表情をしている彼に、海人は静かに語りかける。

「こんなもので良かったか?」

「ああ……我が国を現在の混乱に陥れた連中に報いを受けさせてくれて、溜飲が下がった。
無論これで今の戦乱が収まるわけではないが……貴殿の配慮に、深い感謝を」

「感謝の必要などない。今までの経歴を吐かせた際にそちらの国の名が出てきたから、一応連絡を取っただけだ。
そちらの要望に従って多少手間をかけはしたが、丁度新しい薬の実験もしたかったから大した事でもない。
そもそも、この連中は実行犯の一部な上に所詮下っ端にすぎん。ただの憂さ晴らしにしかなるまい」 

 深々と頭を下げる男性に、海人はそう言ってぞんざいに手を振る。
 照れ隠しなどではなく、心底どうでもよさそうに。
 
「それでも、だ。元凶の一部でも報いを受けた、と知れたのはありがたい。
礼と言っては何だが、今度資材の調達を頼まれた時には、最優先で請負おう」

「感謝する。ま、そちらの情勢がもう少し安定するまでは頼まんと思うがな。
では、機会があればまた会おう」

 最後に軽く手を振り、海人は通信を切る。
 そして惨たらしい二体の亡骸を眺めながら、呟く。

「……これを見ても、もはや何も感じんか……我ながら、本当に外道に堕ちたものだ」
 
 物憂げに、天井を見上げる海人。

 歩んだ道に後悔がない、と言えば嘘になる。
 そもそも両親の言いつけを守ってさえいれば、ここまで堕ちずには済んだはずなのだから。
 世界の残酷さを碌に知らないだけだろうが、知らない方が幸せという事は世の中に腐るほどある。
 両親が失踪した時、頑なに二人の言いつけを守り続けていれば、そう思った事は数えきれない。 

 とはいえ、今更真っ当な道に戻る気があるかと言えば、断じて否。
 いつどこから降りかかってくるか分からない悪意に怯える気はなく、真っ当な手段でそれを退ける事は至難。
 それどころか、真っ当な手段を使ったばかりに余計な被害を生む可能性さえ否定できない。
 どう考えても現状が変わらない以上、このまま人の道から外れ続けていく以外にはありえないだろう。

 そして、一人唯一の趣味である研究だけを拠り所に生きていく。

 そうしたいわけではないが、そうなるだろうと確信があった。
 こんな自分が心許せる相手など現れるはずがないのだから、と。
 
 ――――海人は、知らない。

 この先に待ち受けている想像もしなかった幸福も、それを失う事による絶望も。
 ましてその先にまた新たな幸福や希望が待っている事を、この時の彼は知る由もなかった。




 
   
コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


トラックバック
トラックバック URL
http://nemuiyon.blog72.fc2.com/tb.php/526-2041cc5c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

九重十造

Author:九重十造
FC2ブログへようこそ!



最新記事



カテゴリ



月別アーカイブ



最新コメント



最新トラックバック



FC2カウンター



検索フォーム



RSSリンクの表示



リンク

このブログをリンクに追加する



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



QRコード

QRコード