ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット19



 番外編91



 唐突だが――――天地月菜は、息子である海人をとても可愛がっている。

 愛する夫との間に生まれた一人息子。
 これだけでも可愛がるには十分な要素だ。
 己の血を引き、愛する人間の血も引く子供。
 これが愛おしくならないはずがない。

 加えて、海人は超の付く良い子である。

 赤子の頃は夜泣きに散々苦しめられたし、
馬鹿高い能力を表に出さないよう躾けるのは現在進行形で苦労させられているが、
それらを差し引いて尚、海人は可愛すぎる息子なのだ。

 まず、容姿。
 母親似の整った顔立ちは、将来性を感じさせつつも、幼子特有の愛嬌が満ち溢れている。
 そして本人は気にしているが、同学年の平均よりも小柄な体は、
顔を合わせるたび抱きしめたくなるのを我慢しなければならない程に愛らしさを倍加させているのだ。
 実際海人が同級生の保護者に抱きしめられたのも、一度や二度ではない。
  
 次に、能力。
 知力系の能力が高すぎて困るのは事実だが、それゆえに手間がかからない。
 他の子の親の宿題をさせるのに苦労しているとか、一向に成績が上がらなくて困っているとか、
いくら教えても理解してくれないとか、そんな悩みとは完全に無縁だ。
 運動能力は低すぎるが、こちらは成長すれば変わるかもしれないし、
変わらずとも多少の欠点はあった方が人間味はあると言えるので、問題ない。


 そして――――性格。

 これが本当に良い。というか、良すぎる。
 仕事で頻繁に何日も家を空けても、仕事という理由と期間さえ言えばすんなり受け入れてくれる物分かりの良さ。
 仕事であまり構ってやれない両親にもかかわらず、一途に両親を慕う純真さ。
 更には誰かが困っていたら迷いもせずに手を差し伸べる優しさまで持ち合わせ、
駄目な事は駄目とはっきり言える意志の強さまで持ち合わせている。
 意志の強さには躾で困る事も多々あるが、それは主に彼の能力の高さゆえであって、
本来的には紛う事なき美点だ。

 とまあ、そんな自慢の息子なのだが――――ちょっと問題もある。

『あ、お邪魔してまーす!』

 月菜が息子の部屋に入った途端、幼い声の大合唱が出迎えた。

 声の主は、海人の同級生達。
 ゲームをしていたようだが、ポーズをかけて全員で月菜に向かって頭を下げている。
 小学校低学年にしては、きっちり躾が行き届いているお子様達だ。
 
「いらっしゃい、みんな。お菓子と飲み物持ってきたから、好きに食べてね」

 優しげな笑顔で、持っていたお盆を部屋の中央に置く。

 すると子供達は嬉しそうに笑い、お礼を言ってそこに群がり始めた。
 好きな菓子が被って足りない場合でも、特に揉める事無くじゃんけんで決めている。
 多種多様なお菓子と違い、飲み物は麦茶だけなのだが、それもやはり笑顔で飲んでいた。  
 
 そして、月菜の息子はというと、
 
「おかーさん、今日お仕事で帰ってこれないんじゃなかったの?」

 きょとんとした顔で、母の顔を見つめていた。

 無理もない反応ではある。
 本来今日は何の予定もなかったのだが、昨晩臨時の仕事が入り急遽出掛ける羽目になった。
 海人に明日は一緒にゲームをしようと約束した矢先の連絡だったのだが、
断りにくい相手だったので、結局は引き受けざるをえなかった。
 それを聞き、一瞬物凄く寂しそうな顔をしながら、即座に『仕方ないね、お仕事だもん』
と笑って見せた息子への罪悪感で死にそうになりながらも。

 が、実際出向いてみれば仕事はあっさり終わった。
 息子への申し訳なさを全て仕事にぶつけた結果、予定よりも早く終わったのである。
 鬼神の如き仕事ぶりに、同じ仕事に当たっていた者達を怯え慄かせながらも。  

 海人からすれば、あまりにも意外な母の帰宅だっただろう。

「お仕事早く終わらせて帰ってきたのよ。
さて、約束通りゲームしようと思ってたんだけど……こんなに友達来てくれたなら、お邪魔かしらね?」

『いえ、そんなことないです!』

 声を揃え、月菜の言葉を否定する海人の友達一同。

 その言葉を証明するかのようにゲームの前の席を一つ空け、
ついでに部屋の隅から座布団を持ってきて、コップに麦茶まで注いでくれた。
 一人ではなく、全員で連携して、である。

 これほど友達同士の絆が強い中に息子がいるのだから、本来喜ぶべきところではある。
 だが、月菜は素直に喜べなかった。
 
「ありがとう。ところで海人、明君とか真一君とか栄太君とかは今日はいないの?」

「うん。あきら君はサッカー、しんいち君は野球、えーた君はスケボーやりたいからってこなかったんだよ。
よっぽどやりたかったみたいで、みんな急いで帰っちゃったんだ」

 月菜の横に座りながら、朗らかに答える海人。

 海人としては友達が来なかった事は残念だったが、仕方ないとも思っていた。
 運動音痴な自分とは違い、彼らはみんな好きなスポーツが上手い。
 彼らにとってゲームとはたまにやるものであり、優先順位はスポーツにある。
 少なくとも、この遠い屋敷まで足を延ばしてやりたい事ではないのだろう。
 いつも、ここでゲームをしようというと断られてしまう。

 が、それでも海人は落ち込みはしなかった。
 来てくれない友達もいるが、毎回誘うと律儀に来てくれる友達も多い。
 少なくとも、誘った友達全てに断られた事はいまだ一度もないのだ。

 さらに、スポーツ好きな友達もここ以外でゲームをやろうという事なら乗ってくれる事が多い。
 ここが一番広く多くの友達を誘えるのでここで遊べるのが理想的だが、
ここ以外で遊ぶのが嫌というわけではないので、彼らと遊びたい時は他の場所を選べばいいだけだ。

 能天気にそんな事を考えている息子を見て、彼女は思わず頭を抱えそうになった。

(……純真なのはいいけど、どうしてこう特定方向だけ鈍感なのかしらね。
まあこの年で敏感でもおかしいと思うけど……いや、むしろこの年でそこまで考えるこの子達がおかしいのかしら?)

 そんな事を考えながら、月菜は本日の来客の顔ぶれを見渡す。

 これと言って、特に新顔はいない。
 短い人間で去年から、長い人間で三年程前から知っている顔だ。
 海人と仲良くしてくれている、礼儀正しい良い子達。

(……これで全員女の子でさえなければ、普通に微笑ましかったんだけどねぇ)

 前途多難そうな息子の交友関係を思い、月菜は心中で頭を抱えた。  
  
 




 番外編92






 ラクリア・ベルゼスティアード・トレンドラ。
 この名は、旧ルクガイア王国においてあまりにも有名だ。

 国が亡ぶ元凶となった王の娘。
 亡国の道を突き進む父を諌め続け、その為に半ば監禁されてしまった王女。
 それでもどうにか城を抜け出し、持ち出した物を民の援助に惜しみなく振る舞った女性。
 ついに王城が他国の軍により落とされようとした時も、
城内の使用人を人質にしようとした貴族を騎獣と共に狩りつくし、
その後彼らに危険が及ばぬよう一箇所に集め、城内の一般人の被害を皆無にした立役者。

 そういった行為により、彼女の評判は滅びた王国内においても概ね高い。

 無論全てが好意的なわけではなく、中には讒言にかこつけて刺し違えてでも王を殺すべきだった、
城を抜け出す事が出来たなら王の暗殺も可能だったはずなのにしなかった、
結局最後の最後まで碌な手を打っていないなどと言う者もいる。
 
 だが、それでも彼女がいなければもっと犠牲が増えていた、という事を否定する者はいない。
 例え最善の行為でなくとも民の為に足掻き続けた、それだけは誰も否定しなかった。

 ゆえに――――王城陥落以来、何も情報が出てこない彼女について心配する者も多い。

「なあ……王女様、どうなったと思う?」

「さあな……発表を信じるなら、今はシュッツブルグの王城で沙汰を待ってるはずだが、な」

 友人の問いに、酒を煽りながら投げやりに答える男。

 実際、ラクリア王女の現在は分からなかった。
 戦争終了後発表されたのは彼女が王城で捕らえられた事と、裁きを待つ為に隣国の王城に移送された事のみ。
 それを鵜呑みにするなら、移送先で静かに決が下るのを待っていると考えるべきだ。

 しかし、その後かなりの時間が経過するというのに決が下ったという話は出てこない。

 王城陥落直後、多くの助命嘆願が寄せられた事から裁きの決定が難航している、そう考える者もいる。
 当初死罪にするつもりだったのが、それをしてしまうと旧ルクガイアの民から大規模な反発を招く恐れがあると悟り、
落としどころを探っているという考えだ。

 これであれば、正直男達は安心できる。
 少なくとも、死罪になる可能性は低いからだ。

「だがよ、いくらなんでも時間かかりすぎだと思わねえか?
まだ発表を俺達が耳にしてねえだけかもしれねえけど……」

「まあ、な。だが、そうは言っても何が出来るわけでもねえ。
助命嘆願の署名にはサインしたが、結局俺らに出来る事なんざその程度でしかねえからな。
ランクAの冒険者だったらもっとでっかい訴えも出来るかもしれねえが」

「俺らはしがない三流冒険者。ってかこの国にゃランクAいねえしなぁ……はあ、出来る事ありゃいいんだが。
あん時の恩ぐらいは返してぇよなぁ」

 二人が、揃って溜息を吐く。

 ラクリア王女は二人にとって恩人だった。
 それも比喩ではなく命を救ってくれた、大恩人である。

 とある夜、二人が商隊の護衛として街道を進んでいた時の事。
 他の護衛達と無駄話などしながら周囲を警戒していたのだが、
ふとした拍子に周囲が不自然に静かになった。

 話をやめ周囲を見渡すが、何も見当たらない。
 魔物の息遣いもなく、地面を見ても毒蛇もおらず、危険らしい危険は感じられなかった。
 だがそれでも間違いなく何かがおかしい。

 そう思った何人かが揃って遠隔視の魔法を使い遠方を見た途端、絶句する羽目になった。
 自分達が置かれた、絶望的な状況への恐怖に。

 まだ距離はあったが、狼系の魔物の群が商隊を取り囲んでいたのだ。
 それも十匹二十匹ではなく、百匹近いような数が徐々に包囲を狭めていたのである。
 どこか穴はないかと探すが、どこを駆け抜けても間違いなく二十匹近くに襲われてしまう。
 命あっての物種と馬車を捨てて逃げるにしても、逃げ切れるかは厳しい数。

 魔法で一角に先制攻撃を仕掛け、そこから突破していくのがまだ現実的ではあったが、
それでも攻撃と同時に他の魔物達が集まり始める事は確実で、
集結前に突破できる可能性は極めて低い。
 当然、集結してしまえば馬車も護衛も商人も何もかも食らいつくされて終わる。
 この商隊はそこそこの護衛を揃えてはいるが、それでもあんな狼系の魔物の群相手に生き残れる程ではない。

 とはいえ何もしなければ、やはり食らいつくされるだけ。
 絶望的な気分のまま雇い主に状況と最善と思われる手を打つ事を手短に説明し、行動に移した。
 生き残る勝算がないわけではない、そう己を奮い立たせながら。
 
 が、悲しいかな現実は非情だった。

 無詠唱で攻撃魔法の準備を始めたにもかかわらず、危険を察知した魔物達が一斉に襲ってきた。
 最初の一匹が到着するまでまだ距離はあったが、それでも魔法の発動より速い。
 魔法を中断し、護衛達は各々武器を構えたが、明らかに分が悪かった。

 恐るべき連携で次々に襲い来る魔物。
 それらの牙をどうにか装備や荷を犠牲にしつつしのぐが、それにも程なくして限界が訪れる。
 攻撃をしのぐのが精一杯で、ほとんど倒せていなかったのだから当然だ。  
 
 ついに一人の首に回避不能なタイミングで魔物の牙が襲い掛かろうとした時――――奇跡が起きた。

 途轍もない速度で駆け抜けた銀色の巨体が、その魔物を引きちぎったのだ。
 救われた人間が呆気に取られている間にも、その銀色の生物は電光石火の速度で次々に魔物を駆逐していく。
 そして仕上げとばかりに、銀色の生物の背から高らかな魔法詠唱が響き渡り、数多の氷槍が出現した。
 それは魔物達の体を次々に串刺しにしていき、あっという間に魔物の数は当初の三割を切ってしまった。
 
 程なくして慄いた魔物達が撤退していき、後にはどうにか助かった商隊と謎の救世主だけが残されたのだ。
 その救世主達は何も語らず、重傷者がいない事を確認するとすぐに走り去ってしまったが、
誰もがその正体を悟っていた。

 当然のことだ。あの銀色の巨体はまぎれもないカイザーウルフ。
 それを騎獣にしていて、人助けをするような人間はこの国に一人しかいない。

 そう――――夜な夜な城を抜け出しているという王女しか。
 
「まあ、あの王女様なら能力は抜群だからな。
生かして使う道を選んでくれるだろうよ、どっちの国も。
きっと、どっちが取るかで揉めてんじゃねえのか?」

「そう願いてえもんだ。はぁ……圧政が無くなってようやく明るい生活が見えてきたってのに、
どうして気がかりが残るかねぇ……」 
  
「そう思ってんのは俺らだけじゃねえさ。王女様、随分とあちこち駆けずり回ってたみてえだからな」

「ホントになぁ……なんとか幸せになって欲しいもんだが」

「そりゃ俺もそう思うが……なんかお前、妙にこだわってねえか?」

「あー……分かるか?」

「そりゃあな。何か理由でもあんのか?」

「いやまあ、大した事じゃねえんだが……王女様、先々代の頃に一度俺の故郷に来た事があってよ。
超綺麗だわ優しいわで、すんごかったんだわホントに」

 懐かしむように、宙を見つめる。

 それはもう、十年以上も前の話。
 辺鄙な小さな村に王女様がやってきた時の事。
 当時幼かった彼にとって、それは衝撃的な事件だった。

 馬車から降りてきた王女様の姿は、まさしく物語に出てきそうな可憐さ。
 おっとりとした優しげな顔に、煌びやかな白いドレスが良く似合っていた。
 あまりに綺麗で、思わず時間が止まったかのように思ってしまったほどだ。 

 そして出迎えた村長が彼女に歓迎の言葉を述べようとしたのだが、
緊張からか普段は老人とは思えない程一音一音はっきりとした声を出す彼が、
珍しく何度もどもり、噛んでしまっていた。

 その無様な姿に王女御付の兵士が顔を顰め始めたその時、当の彼女が口を開いた。

 『歓迎ありがとうございます。ささやかですがお礼をさせていただきます』そう言って、
彼女は村長に対し安心させるように優しく微笑みながら両手を広げ、
無詠唱で魔法を使い、手から手にかかる虹を出した。
  
 その虹はとても綺麗で、今でも鮮やかに思い出せるほど印象に残っている。
 緊張していた村長も、怒りが見え始めていた兵士も、他の人間も全てが我を忘れてそれに見入っていた。

 やがて虹が消える頃には村長の緊張も程良くほぐれ、兵士も冷静さを取り戻し、
それを見た周囲も胸を撫で下ろし、と緊迫しかかっていた空気が雲散霧消していたのである。

 当時は王女様凄いとしか思っていなかったが、今思えばあの年齢で凄まじい気遣いだ。
 先々代の王の教育もあったのだろうが、やはり元が優しいのだろうそう思える。
 
「そういう事か……そうなると、余計に歯痒いよなぁ」

「そういうこった。でもまあ、お前が言ってた通りもう何もできる事はねえ。
あの王女様が幸せになれるよう祈るぐらいしか、な」

 気遣うような友人の言葉にそう答えると、男は残っていた麦酒を飲み干した。
 幼い頃に見た、あの優しくて綺麗な少女がどうか幸せになれますように、と祈りながら。 






 番外編93






 天を見上げれば、突き抜けるような青空。
 周囲を見渡せば一面の小麦畑が広がり、地平線の先には森が見える。
 風光明媚と言えなくもないが、率直に言えば無数にある農村の一つ。 

 そんな故郷に、シャロン・ラグナマイトは帰省していた。

「お久しぶりです、アルスさん」

 馬車から降りたシャロンは、そう言って門番の戦士に微笑んだ。

 が、話しかけられた当人は目を白黒させていた。

 それもそのはずで、彼の記憶には目の前の美女の姿がないのだ。
 この村の門番を勤めてかれこれ三十年程になるが、一度もここで会った事はないはずである。
 近くの都市に出掛けた時か、とも思ったがその記憶を探っても合致しなかった。
 彼がこの村を離れる事は年に一度もない為、ド忘れという可能性も低い。

 さらに言えば、目の前の美女は彼がこれまでの生涯で見た女性の中で五指に入る容姿だ。
 これまでに会っていれば、到底忘れるとは思えない。

 そんな彼の反応を見てシャロンは苦笑した。

「もう、忘れちゃったんですか? アイリとレイジの娘のシャロンですよ」

「は……? シャ、シャロンちゃん!? なっ、嘘だろ!?
シャロンちゃんはもっとこう丸っこっかったし、どちらかと言えばどんくさかったはず……!」

「それは五年も前の話ですよ。雇い主の貴族様に恥をかかせないよう、色々と頑張りましたから。
とりあえず教育が一段落したから、帰ってきたんですけど……通っていいですか?」 
 
「そ、それはもちろん構わねえが……はあ~、言われてみれば確かにシャロンちゃんだなぁ。
変われば変わるもんだ」

 随分前に村を出た少女の姿を思い起こし、アルスは思わず感嘆の声を漏らした。

 村を出た時のシャロンと現在の彼女を結びつけるのは、正直難しい。
 実家の農業を手伝っていた少し太めな愛想良しの少女が、今やすっかり都会の垢抜けた美女。
 年齢的にはまだまだ幼いはずだが、立ち居振る舞いに気品があり、少女という言葉が不釣り合いに思えてしまう。

「ふふ、ありがとうございます。そうそう、折角ですからこれあげます。
屋敷の料理長が持たせてくれたお菓子なんですけど、とっても美味しいですよ」

「おお、こりゃありがたいな。後で食べさせてもらうよ」

 村を出た時と変わらず心優しい少女に礼を言い、アルスは仕事に戻った。








  


 
  

 その夜、シャロンは村の広場で困っていた。
 貴族の、それも公爵家の使用人として出世頭だ、と帰省祝いの宴を村全体で開いてくれたのは嬉しいのだが、
それに伴って生じた友人達の質問がなんとも答え辛かったのだ。

 質問の内容は、村を出た時とはあまりに違うシャロンの容姿について。
 肌の手入れ方法、姿勢の正し方、美しい歩き方のコツなど、根掘り葉掘り聞かれている。

 それでも大概の内容は答えられるのだが、体型の変化についてだけは言葉を濁す他ない。

 実家の農業の手伝いで動き回っても何をしてもぽっちゃりしたままだった彼女が、
いかにして現在のボディラインを手に入れたのか気になるのは分かる。
 色々と努力を重ねているという友人達は、引き締まってはいても余分な肉が取りきれていないのだから。

 が、真実は答えられない。
 秘匿事項であるし、仮に話せたとしても信じてもらえない事請け合いだ。
 最悪、何年も帰省しなかった自分に昔と変わらず親しくしてくれている友人達を失いかねない。
 
 そんな思いから嘘は言わず、されど真実とは程遠い言葉で友人達の追求をかわしていると、
不意にシャロンの母が話しかけてきた。 
   
「しっかし、あのシャロンがこんなに美人になるとはねぇ。
でもそんだけ変わると雇い主の……シェリス様だったか。あの人に目をつけられたりしてないのかい?」

「まさか。いくら私が身綺麗にしたところで、シェリス様にはとても敵わないもの。
そもそも、身だしなみを整えるのはシェリス様直々の御命令なのよ。
公爵家の使用人の名に相応しい見目を整えるようにってね」

 心配そうに見つめる母に、シャロンは笑顔で答える。

 言葉の内容は、偽りのない事実だ。
 確かに、シェリスの部下になって以来容姿は磨かれた。
 余分な贅肉はすっかり消え失せたし、毎日手入れをする事で肌も美しくなり、
また仕込まれた立ち居振る舞いもそれらをいっそう引き立てている。

 が、それでもシェリスには到底敵わない。

 そもそもの素材自体に相当な差があるし、立ち居振る舞いまで含めると本気で次元が違う。
 比喩ではなく、曇りガラスと極上のダイヤモンド程の差があり、匹敵すら夢物語だ。
 ゆえに容姿のせいでシェリスに目をつけられるはずなどないのである。

 それどころか彼女は部下が容姿を磨く事を奨励している。
 表向きはどこに行っても公爵家の使用人の名に恥じぬように、
実態は大事な部下がどこで誰に見られようと憶する事がないように。
 決して少なくない費用を費やし、部下に美の追求を促しているのだ。 

 シャロンの迷いのない言葉に彼女の母は安心したように息を吐いた。
 
 毎月の仕送りの額からして無体な扱いは受けていないだろうとは思っていたのだが、
優しい娘が仕事が忙しいからと何年も里帰りしなかったのも事実。
 手紙は毎月届いていたが、どう過ごしているのか本人の口から聞かねばやはり不安は拭えなかったのだ。
 
 母の安堵の表情を見てシャロンもまた嬉しそうにするが、直後僅かに引き締まった。
 宴の片隅で、水を差さぬよう静かに小声で行われている会話を耳にして。

「ここんとこの作物の被害はやっぱ洒落になんねえな……」

「……もう、冒険者ギルドに依頼するしかねえだろ」

「だが、この村で出せる額は限られてっし……その額じゃ引き受け手が出るかどうか。あの山は他の魔物も多いからな。
もし誰か引き受けてくれたとしても、遅いんじゃ作物が……」

「分かってらぁ。だが、領主様の対応待ってたんじゃ、それこそいつになるか分からねえだろ」

「だな……ったく、よりにもよってブラッドベアなんぞが……」

「しっ、声がデカくなりかかったぞ。話はここまでだ。
今日はシャロンちゃんの帰省祝いなんだからな」

「……そうだな、こんな席で無粋だった」

 その言葉を最後に、話題が変わる。
 特にどうという事は無い、無駄話に。

 そんなどこか無理をしているような明るい言葉を聞きながら、シャロンは小さく溜息を吐いた。 










 深夜、シャロンの実家付近の山中。
 人はおろか、動物の気配すら碌にしない静寂に満ちた場所。

 そこで、シャロンは一匹の魔物と対峙していた。

 眼下にシャロンを見下ろすそれは、ブラッドベアと呼ばれる魔物。
 その名の通り血のように赤い毛で覆われた、熊型の魔物だ。
 身の丈はシャロンの倍近くもあり、腕の太さは彼女の胴程もある。
 名の由来が毛の色ではなく常に獲物の返り血を浴びているからという説がある程凶暴で、
獲物を見つければ地の果てまでも追いかけるという執念深さも兼ね備えている、性質の悪い魔物だ。
 戦闘能力も高い為、危険度は中位ドラゴンの一ランク下という高さを誇る。

 そんな魔物を前にしながらも、シャロンは自然体だった。  
 
「思ったより、早く釣れたわね」

 呟きながら、近くで狩ったブラウンライオットの肉入りの袋を投げ捨てる。
 そして、おもむろに愛用のハルバードを構えた。
 
「グオオオオンッ!!」

 ブラッドベアの咆哮が響き、シャロンめがけてその爪が振り下ろされる。
 重さと速さを兼ね備えたその一撃は、並の戦士など反応する間もなく鎧ごと裂き潰す。
 
 が、シャロンはそれを横に飛んで難なく回避した。
 彼女のいた場所の地面が大きく抉られるが、その威力の余波すら届いていない。
 そしてシャロンは間髪入れず爪を振り下ろした事で空いたブラッドベアの脇めがけて、ハルバードを振りかざした。

「……流石に反応が早いわね」 
 
 前方で唸り声を上げている魔物を見て、そんな感想を漏らす。

 勝負を終わらせるつもりで放った一撃だったのだが、ギリギリで致命傷を避けられてしまった。
 そればかりか、かなり警戒されて距離を取られてしまっている。
 このままでは最悪逃がしてしまいかねない。

「まあ、そんな事させないけれど」

 呟きと共に、ブラッドベアの足元がぬかるんだ。
 無詠唱で放たれたシャロンの魔法が、魔物の足元を沼に変えたのである。

 それで出来る隙は、決して大きくはない。
 短時間で放った無詠唱魔法である為沼は浅く、せいぜい足が滑る程度でしかないのだ。
 姿勢制御にも優れている魔物ならば、一秒かからず体勢を整えられる。

 が、シャロンにはそれで十分だった。

「はあああぁぁぁぁっ!」

 全速力の踏み込みと共に、ハルバードが振り下ろされる。
 回避する間もない突進速度と腕力を乗せたその一撃は、
狙いを外さずブラッドベアの頭部へと吸い込まれ、それを粉々に打ち砕いた。  

 ずしん、と重々しい音を立てブラッドベアの巨体が地に沈む。
 それを眺めながら、シャロンはハルバードに付着した血を拭った。

「おしまいっと……さて、後はどうやって下手人を悟られずに討伐された事を知らせるか、ね」

 ハルバードをしまいながら、思案する。

 シャロンに限らず、シェリスの部下の戦闘能力については秘匿事項。
 ブラッドベアを討伐したなど、万に一つも悟られるわけにはいかない事だ。
 とはいえ死体をただ放置しては冒険者ギルドに依頼が行ってしまい、
訪れた冒険者に肩透かしをくわせたり、キャンセル料を支払ったりという事になりかねない。

 何らかの形で、ブラッドベアの死を村人に知らせる必要があった。 

「うーん、難題だわ……」

 困ったように頭を掻くシャロン。
 案自体は色々と思いつくのだが、これだ、という程確実性の高い方法が思いつかない。   

 結局、あっさりと危険度の高い魔物を討伐した少女は、
その後始末に討伐の十倍の時間をかける事になった。

  
  

 

 番外編94  
 


 

 

 海人は、悩ましげに唸っていた。
 普段の思考中でさえ消えない尊大な雰囲気はなりを潜め、ただ目の前の問題に頭を悩ませている。
 
 一応、手っ取り早い解決方法もないわけではない。
 結果も、そう大きくは変わらないだろう。
 この難題を持ちかけた人物にとって一番重要なのは、海人にそれをやってもらう事。
 既にこの問題に結構な時間を費やしているので、彼女としては満足しているはずだ。

 そう――――妥協して最高を諦めさえすれば、この問題は今すぐにでも解決する。

 が、それは海人自身が許せない。
 この問題を持ちかけてきたのは、彼がこの世で最も愛する人間。
 彼女の要望を叶えるのに、妥協など出来るはずがないのだ。
 例え彼女に分からない程度の差でも、他ならぬ海人自身はそれが妥協の産物だと知っているのだから。

「うぬぬ……このままでは本当に誕生日に間に合わん……」

「いや、さっさと描いちゃいなさいってば。
別に絶対最高の物じゃなきゃ嫌だ、なんて言うつもりないんだから」

 キャンパスを前に悩む夫に、呆れたように声を掛けるエミリア。

 かれこれ五日は、この調子だ。
 大量の知識を元に研究を重ね、さらなる技術を生み出し、
それを理論通りに使いこなす為大量の試作を行い、
ようやく本命に取り掛かろうとした途端、この有様。

 幾つか生み出した構図の候補はどれも良い物で甲乙つけ難いのだが、
海人はこれが、いややっぱりこれが、違うこれこそが、などと延々考え続けている。
 挙句その亜種の構図を試しに作り、これでは駄目だと全部破棄する始末。

 そんな事を何度も何度も繰り返している。  

「何度も言ったが、お前の誕生日プレゼントに最高の物を贈らんなどできるか。不実にも程がある」 
 
「私の為って言うんだったら、そろそろ御飯ぐらいまともに食べてってば。
頭が働かなくなるからって食べてる量いつも以上に少ないじゃない。
今のあんた、絶対栄養足りてないわよ?」 

 唇を尖らせ、夫に抗議するエミリア。

 答えの出ない思考を何度も繰り返している事自体も心配だが、
それ以上に彼女は夫の体が心配だった。

 普段の研究に没頭しすぎた時と違い、今回はそこそこに食べてはいるが、
それでも元々少食な海人の食事が更に少なくなっている。
 そのうち倒れてしまいそうで、見てられないのだ。

「ふう……仕方ない。そういう事なら、今日はきっちり食事をしよう。
うむうむ、最愛の奥様にそんなに心配してもらえるとは、私は幸せ者だなぁ。はっはっは!」

 皮肉っぽく笑いながら、海人はこれ見よがしに語る。

 嘘は言っていないが、これで時間稼ぎぐらいは出来るだろう、そう思っての態度だ。
 エミリアは意外に照れやすい性格なので、これだけあからさまに言えば照れ隠しをする可能性は高い。
 どのみち今日中にしっかり食事を摂る時間を設けざるをえないだろうが、
かっとなった彼女が反射的に否定すれば、あと一時間ぐらいは稼げるはずだ。
 そして、それだけあれば打開策が見つかる可能性もそこそこにある。

 そう思っていたのだが、

「はいはい、からかっても無駄だから諦めなさい。
てーか、私の誕生日プレゼントの為にあんたが体壊したら、私マジで大泣きするわよ?
あんたが二度としませんって泣いて謝るまで、もう鼓膜が破けても叫びまくるからね」

 海人のからかいをあっさり受け流し、エミリアは彼の顔を覗き込んだ。
 自分は本気だ、と示すかのようにその眼光は強い。
 
「むぅ……理解されすぎているのも考えものだな。
分かった分かった。今日は心配性の奥様の為に作業を休ませていただきます」

 何度となく見た妻の表情に、海人はようやく諸手を上げて降参した。

 困った事に、こうなったエミリアは絶対に引き下がらない。
 例え命の危険があろうとも、一歩も引かず突き進む。
 障害があっても破壊しながら前進し続け、強引にでも目的を遂げる。
 
 今回であれば殴り倒してでも食堂に連行し、無理矢理にでも食事をさせるだろう。
 場合によっては、ここまで食事を持ってきて強引に作業中の海人の口に突っ込み、
自分でちゃんと食事をすると言うまでそれを延々続けかねない。  
 
 エミリアの誕生日が間近に迫っている現状で中断は好ましくないが、
ここで逆らってしまうと残り時間がますます少なくなる可能性の方が高いのだ。
 
「よろしい。じゃ、上行きましょ?
美味しい物たくさん用意してあるから、たっぷり食べるように」

 不遜に笑いながらも、エミリアの顔には安堵が広がっていた。

 夫は変に意地っ張りなので、説得が上手くいかなければそれこそ強硬手段以外にはありえなかっただろう。
 それならそれで仕方ないが、やはり折角頑張って作った料理なのだから気分良く食べて欲しい。
 そもそも今のエミリアの料理は全て海人の好みに合わせてあり、彼が喜んでくれなければ意味がないのだ。

 諦めて苦笑しながら立ち上がった夫の腕を引きながら、エミリアは思う。
 
(まったく、手のかかる夫持つと大変なのよねー)

 そんな事を思いながらも、彼女の顔には幸福感が溢れている。

 それもそのはずで、普段はともかく今回に関しては海人のエミリアに対する愛情ゆえに生じた問題。
 大事だからこそ誠実でありたい、愛しているからこそ用意できる最高を、
そんな思いから派生した問題なのだ。

 妻として、これが嬉しくないはずがない。

 無論それで自分の体をないがしろにされては、夫が一番大事な妻としては本末転倒もいいところだ。
 それならば、むしろ誕生日プレゼントは夫の健康で元気な姿と要望したくなるほどに。
 それが何故分からないのか、罵倒したくなるほどに。

 だが、それはそれとしてやはり気持ちは嬉しいのだ。

 ――――世の中にどれほど、ここまで妻を愛する男がいるだろう。そう思う。

 まして、その気になればこの世の栄華は思いのまま。
 金も、地位も、女も、何もかもを片手間に手に入れられるような能力。
 そんな物を持ちながら、ここまで一途に妻を愛する男など他にいるだろうか。

 自分は間違いなく世界一幸せな女、エミリアにはその自信があった。

「なにをニヤニヤしとるんだ?」

「なんでもないわよ。ほら、さっさと行きましょ。
今日の御飯は、いつも以上に気合入れて作った自信作なんだから」    

 確かに自分の手元に海人がいる、それを確認するかのようにエミリアは腕の力を強めた。

 



 番外編95






 その日、ゲイツはズタボロの状態でシェリスの屋敷の庭に転がっていた。

 ズタボロというのは比喩ではなく、文字通りの意味だ。
 全身のあちこちに打撲痕が見受けられ、殴られていない箇所を探す方が難しい。
 また服もズタズタに切り裂かれており、そこかしこから素肌や肌着が覗いている。
 一応下半身の服は無事だが、足そのものは倒れている今でも生まれたての小鹿の如く震えており、
しばらくは歩くどころか立ち上がる事さえできそうに見えない。
 
 ――――彼の名を伝聞でしか知らぬ者が見れば、まず己の目を疑うだろう。

 時として同性代の冒険者の中では三指に入るとさえ言われる、優秀な冒険者。
 冒険者としての仕事は一通りこなせるが、中でも得意とするのは大型の魔物討伐。
 流石にまだフレイムリザードなどは無理だろうと言われているが、
その領域には二十代前半で到るだろうとも言われている、超人。
 
 そんな人間がここまでボロボロになるのは、なかなか想像しにくい話だ。
 なにせこのレベルの人間だと、寝込みを魔物に襲われても、平然と返り討ちにして朝食に変える。
 それがこうもズタボロとなると、余程凶悪な生物に襲われたとしか思えない。
 ましてここは傷一つない瀟洒な屋敷のど真ん中。
 そんな怪物がいるはずも、いたはずもない。

 が―――――ここの使用人にとっては、割と日常的な光景だったりする。

「ゲイツ君、立てる~?」

 暢気な声で、レザリア・ハーロックが倒れ伏すゲイツに声を掛けた。
 態度ものんびりしたもので、右手に持ったアップルジュースをごくごく飲んでいる。

「……無理っす。つーかせめて治療してくれません……?」

 レザリアに顔は向けず、恨みがましい声を返すゲイツ。
 別に拗ねているわけではなく、単に首を動かす気力すら残っていないのだ。

「見たところ必要ないからねー。気力戻ったら肉体強化、念の為今日寝る前にも十分ぐらいやっとけば、
何事もなかったかのよーに完全回復するはずだよ」

 言いながら、飲み干したグラスを無詠唱魔法で洗浄し始めるレザリア。
 水魔法の水流で洗浄し、風魔法による温風で水分を飛ばしつつ乾燥させていく。

「……思うんですけど、どーしてあの人ここまで完璧な痛めつけ方が出来るんですかねぇ……?」

 しくしく、と地面に水分を提供しながら呻くゲイツ。

 レザリアの言うように、見た目はともかく大した怪我ではない。
 上半身の服は容赦なく切り刻まれているように見えるが、斬られたのは一番上の一枚のみ。
 その下にある肌着や素肌には、かすり傷すらついていない、
 一応痣が残りそうな部位は多々あるが、それも肉体強化をしておけば綺麗さっぱり残らない程度。
 明日の朝になれば、それこそ今の状態を忘れそうな程度の怪我だ。
 これだけみると、圧倒的な力を持つ下手人がその慈愛を持って適度に力の差を見せつけただけにも見えるかもしれない。

 が、現在ゲイツを襲っている諸々は、そんな可能性を完全否定する。

 全身の骨という骨に直接加撃されたかのような鈍い痛みが響き続け、
内臓にも位置が変わったのではないかと思うほどの衝撃が残り続け、
限界を越えた酷使を誘導された足には、もはや力が入らない。

 さらには打撃ついでに放たれた諸々の斬撃は肉体こそ傷つけなかったが、
ゲイツの心をズッタズタに切り裂いている。

 なにせ、全ての斬撃は刃物ではなく爪によるもの。 
 打撃一発当てるごとに、その硬直の間に実戦ならどこを斬れたのかを示す為、
打撃の代わりに爪で斬っていったのだ。
 つまり服が切られた場所は本来なら深く斬られている場所であり、
それを元に考えると本来ゲイツは開始直後に出血多量で即死していたという事になる。 

 爪で斬られた程度で、という意見もあるだろうが、今回に限ってはそれは当て嵌まらない。
 やった人間は、その気になれば手刀で肉体強化した人の首を刎ねられるのだから。
 
 ――――絶対に勝てるはずもない相手。それは分かっている。

 そもそも単独でこの化物屋敷の大半をまとめて叩き潰せる人間なのだから、
ゲイツ如きではどんなに死力を尽くしたところで足元にも及ばない。
 蚊の一刺し程度のダメージを与えられれば大健闘、
実際はそれすら叶わずドラゴンの前の子蟻の如く溜息一つ、寝返り一つで潰されてしまう。

 とはいえ、実際それを体感させられると己の無力に絶望を抱かずにはいられず、
ついでに全身を蝕む激痛まで付いてくる事まで考えればもはや呪う他ない。

 今日は組手を頼んでいた人間に急用が入ってしまったとの事だったので、
仕方なく、本当に仕方なくお願いしたが、二度とやりたくない相手だ。
 指導自体は完璧な為効果は劇的なのだが、何度も繰り返すと色々大切な何かが壊れそうなのである。

「ま、総隊長は規格外だからねー」

「……あなたやあなたのおねーさまも十分規格外だと思いますがねぇ」

 ようやく戻り始めた気力を持って、グラスの輝きを観賞しているレザリアに半眼を向ける。

 他人事のように言っているが、ゲイツからすれば目の前のメイドやその姉も規格外だ。
 本人達曰く『自分達は対人戦特化、ゲイツは対魔物戦特化』だからだそうだが、
どちらもゲイツを一方的にボコれる体技を会得している。

 パワーもスピードもゲイツの方が上なのだが、大概の攻撃が受け流されてしまい、
酷い時にはゲイツの攻撃の勢いを乗せて反撃を叩き込まれてしまう。
 挙句、待ちに徹すればゲイツが反応しきれない速度のヒットアンドアウェイを繰り返し、
じわじわ着実に摩り潰される。     
 技巧派としては良くいるタイプだが、ゲイツ相手にそれを実行するなど、本気で規格外だ。
 
「あっはっは、まだまだ分かってないねぇゲイツ君。
あたしも姉さんもせいぜい達人止まり。規格外には程遠いよ。
そうだね、例えばあたしだったら今のままでもゲイツ君に五年ぐらいで逆転されちゃうんじゃないかな」
   
「そうですかぁ……? 正直想像できねーんですけど。ま、どのみち気の長い話ですけどね」

「そりゃあ、年季が違うからねぇ……あ、ちなみに逆転しても調子に乗っちゃ駄目だよ?
そもそもあたしは真っ向勝負苦手なんだし、勝てても自慢にならないからね。
それ以外なら勝つ手段はいくらでもあるわけだし、相手の力に対する予想が外れるってのも、
予想もしなかった事が起きて危険になるってのもよくある話。
仕事にせよ他の事にせよ、常に臆病さを保ち、少しでもヤバいと思ったら即逃げるぐらいで丁度良いんだよ」 
  
「……しょーじき、レザリアさん越えたら大概の状況なら生き抜けると思いますけど」

「甘いっ!」

 レザリアの叫びに、ゲイツの体がピクリと跳ねた。

「―――甘いっ! 甘すぎる! 世の中にはね、多少強くなった程度じゃ逃れられない災害ってのがあるんだよ!
具体的には総隊長とあたしの姉の喧嘩の巻き添えとか! あれは下手に巻き込まれるとあたしでも死ぬよ!?」

「……は? いくらあの二人とはいえ、たかが喧嘩の巻き添えでっすか?
そもそも、ローラさんだったら一撃でメイベルさん沈めて終了でしょ」

「あのボケ姉の生存能力は凄いからね。総隊長相手でも手段選ばず逃げれば何日か耐えられるんだよ。
そのせいで、ただの巻き添えで今まで計二十以上の盗賊団を壊滅させたり、とある国の子爵が率いてた軍を皆殺しにしたり、
二千匹以上の魔物を一夜で全滅させたりしてるんだよ……」

「それもうほとんど戦争規模じゃないっすか!?」

「そのとーり。ま、二人共仕事中に喧嘩するような事はないだろうけどね。
二人共、仕事中はすんごく自重してるから……」

「あ、あれで……?」

「そーだよ。今までゲイツ君が体感した程度なら……まあ、遠からず慣れて諦めつくと思うよ。
でも、あの二人の喧嘩については慣れんの無理だろうねぇ……付き合い長いあたしでも無理だったんだから。
慣れたいとも思わないけど」

「そ、そこまでっすか……って、待てよ? 
仕事中はって事は、仕事中でなければその限りではない、と?」

「そうだね……もし、休暇中に二人揃ってるのを見かけたら迷わず逃げなきゃだめ。
喧嘩する確率は元々かなり高いのに最近はまったく喧嘩してないから、鬱憤が溜まってる可能性があるし。
もしそれが一気に解放されてしまえば……」

 ぶるっ、と身を震わせる。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、過去に起きた凄惨な事件の一つ。
 攻撃魔法が飛び交い、銀閃が縦横無尽に駆け回り、どこか余裕がありそうな悲鳴が響き渡る戦場。
 そこでは魔物の体はおろか、人の体さえも千切れ飛び、枯葉の如く砕けていった。
 更にはその砕けた体は攻撃魔法の余波を受け、跡形も残らない始末。

 そして全てが終わった後、その近隣に残っていたのは、ようやく落ち着いた破壊神と半殺しにされた姉、
ついでに余波だけでボロ雑巾と化した自分のみ。
 他には、雑草一つ残っていなかった。

 カタカタと震え始めたレザリアを見て、ゲイツの背を冷たい汗が伝う。  

「……へ、下手するとこの国が滅んだり……?」

「いや、毎回被害の大半は総隊長が生み出してるからそこまではならない……と、思う。
ただ、どのみち近くにいると碌でもない未来が待ってるのは確実だから、速やかに逃げる事だね。
これが、あの二人と関わって長生きする秘訣だよ」

「……分かりました。忠告ありがとうございます」

 首をどうにか動かし、目を伏せて礼を言うゲイツ。

 常識的には、レザリアの言っている事は妄言にも程があるだろう。
 たかが人間二人がそこまでの災害を巻き起こせるなど、まずありえないのだから。

 が、その二人の実態を知るゲイツにはこの上ない忠告だ。

 あの二人なら、ありえないと断言して良い話ではない。
 というか、ローラが起こした惨劇というだけなら問答無用で納得できてしまう話だったりする。
 メイベルとの喧嘩の巻き添え、という話が信じ難かっただけで。
  
 そんな事を考え、ゲイツは最古参では珍しい常識人なメイドの言葉を胸に刻んだ。
 これから先何が起ころうと、絶対に忘れまいと。
  

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