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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット21
 


 番外編101
 

 とある日の早朝。
 空は晴れ渡り、鳥たちが心地良さそうに飛翔している。
 空気はやや肌寒いが、それが気分を引き締め心地良い清涼感を生み出している。

「ん~、ホント今日は良い天気ね~」

 開けたばかりの窓から新鮮な空気を吸い、ルミナスは軽く伸びをした。 

 彼女は朝の鍛錬を終え、すぐさま朝食の準備に移行しているのだが、その表情に疲労感はない。
 それどころか、鼻歌など歌いながら楽しげに三人分の食材を調理している。
 
「お姉さま、紅茶の茶葉が切れているようなのですが、どうしましょう?」

 ルミナスの背後から、シリルが良く通る声で訊ねてきた。

「あれ? まだ一回分ぐらいは……あ、そうか。鍛錬行く前に淹れたんだった」

 あちゃー、とルミナスは頭を抱える。

 シリルと鍛錬に向かう前、体を軽く温める為に一回紅茶を淹れたのだ。
 そして、それで茶葉が綺麗に無くなってしまったのである。 
 
「どうなさいますの? 食後の紅茶なしも辛いですが、かといってカイトさんを起こすのは流石に……」

 シリルの言葉が終わる前に、ルミナスが頷く。

 普段ならば、茶葉の補充は海人に頼む。
 彼の創造魔法であれば、あっという間に極上の茶葉が手に入るからだ。
 
 が、現在の彼はぐっすり夢の中だ。
 
 普段なら早起きで、ルミナス達の早朝鍛錬時間に起きている事も珍しくない男なのだが、
シェリスに果物の栽培法を伝える為の本を書き始めて以来、
夜遅くまで書き続け、遅く起きるという生活リズムになってしまっているのである。

 現在の時刻を考えると、そんな彼を起こすのは忍びない。

「じゃ、今日は緑茶淹れましょ。そっちはまだ残ってるでしょ?」

「はい。淹れるとすれば、煎茶でしょうか」

 紅茶缶の横にある缶の中身を確かめ、軽く頷く。

 海人が作り置きしている緑茶は、三種類。
 気軽に美味しく飲める煎茶、強い旨味をじっくり味わう玉露、
そして和菓子に合わせるのぴったりな抹茶である。

 どれも美味しいし淹れ方も海人から教わっているが、
朝食後に飲む事と味の好みを考えれば煎茶一択。
 玉露は少々味わうのに力が入ってしまうし、
抹茶は和菓子がない為片手落ちになってしまう。

「うん、それでいいと思うわ。じゃ、ちゃっちゃと作るから準備しといて」

 
 
 
 
  



 朝食後、ルミナスとシリルはのんびりと緑茶をすすっていた。

「にしても……すっかりお米にも慣れてしまいましたわね」

「美味しい上にパンより手間かからないからねぇ……」

 緑茶を飲みながら、二人揃って苦笑する。

 海人がいるからこそ手に入る、極上の米。
 これは、ある種麻薬のような魅力があった。

 第一に、味。

 噛めば噛むほど甘味が増し、もちもちとした食感が心地良い。
 更には大概の物と相性が良く、肉だろうが魚だろうがなんでもござれ。
 塩をまぶすだけでも十分に美味いという万能性まである。    

 第二に、調理の単純さ。

 極論、米というのは砥いで火にかけるだけだ。
 上手に米の持つ旨味全てを引き出し、かつ焦げ付かせないような炊き方などとなると難しいが、
いずれにせよさしたる手間はかからない。

 これがパンだと材料を混ぜ、こね、発酵させ、そして焼くと手順が多くなる。 
 なので前日から準備をしておくのが一般的だが、米だとその手間がいらない。
 疲労で仕込み忘れて寝ても、問題なく炊けるのだ。
  
 慣れ親しんだ味である為、やはりパンも捨てがたいのだが、
大した手間がかからずあの味となると、どうしても米に傾きやすくなってしまう。

「とはいえ、たまにはお姉さまのパンも食べたいですわね」

「ん? 食べたいんだったら作るわよ?
カイトのおかげで小麦だけじゃなくバターとかも良いの揃ってるわけだし。
チーズ練り込んだりとかしてみても面白いかもね」

「……つくづく、カイトさんには感謝ですわねぇ」

「まったくね」

 現状を顧みて、ルミナスは思わず目を細めた。

 海人を拾った日には、こんな事になるなど想像もしていなかった。
 話からして宿無し文無し、ついでに体力無しという絶望的な状況の彼の生活基盤作りに協力するだけのつもりだったのだ。

 そして、それはそこそこ難航するだろうとも見積もっていた。
 一番手っ取り早いのは冒険者を始めとした肉体労働系なのだが、どう見ても向いていない。
 頭は回りそうだったが、それを生かせる職場はある程度の信用が必須。
 現実的にはミッシェルにでも相談して、彼女の伝手でウェイターなりなんなり特別な能力を必要としない職を見つけるべきだろうと考えていたのだ。
  
 それが、会った翌日から早々に覆された。

 なにせ、とりあえず人並み出来るという事で家の修繕を任せれば、その仕事は完璧。
 絵具を使って用意した材料の色の調整まで行い、元々そうだったかのように仕上げていた。
 更には壊れていたテーブルや椅子の修理も同様のレベルで、これなら職も相当探しやすくなると思ったほどだ。 
  
 そしてさらに翌日、魔法についてまるで知らないという事で属性検査や魔力量測定の為に魔力判別所に連れていったら、創造属性が発覚。
 ついでに運良くそこにあった気が狂ったような術式をあっという間に覚え、伝説を実証してみせた。
 そして図らずも検査員がシェリスだった事で、彼が作れる極上の果物などを卸す事による収入がほぼ確定した。 
 
 その後も衝撃的な出来事が続き、いまやすっかり立場が逆転しかかっている。

 家主と居候という関係は変わっていないが、既に家も見つかり、海人はその気になればいつでも出ていける状況。
 それでも留まって欲しいと言ったら嫌がらずにそうしてくれ、挙句創造魔法で作れる食料は完全無償提供のまま。 
 おかげで今に至るまでルミナスの食費は激減しっぱなしである。 

 仕事が入り、海人が出ていくようなことになっても問題ないよう心構えはしているつもりだが、
正直彼がいなくなったら食糧事情は一気に悪化する。
 本来あるべき姿に戻るだけではあるが、元が天国すぎるだけにショックは大きいだろう。

 また、強烈な存在感を放つ彼がいなくなると、家がかなり寂しくなる事も確実だ。
 性格上色々と欠点もあるが、基本穏やかな性格で共に暮らしていても心が安らぐ相手だという事もそれを加速させる。
 シリルや部下が来れば軽減されるだろうが、それだけでは物足りなさを感じずにはいられない気がして仕方ない。

 つまるところ―――いまや、ルミナスにとって海人はいないと困る存在になってしまったのだ。

「まあ、何を考えてらっしゃるのか想像はつきますが、仕事が入っても問題はないでしょう。
身内大好きな方ですから、遊びに来るのは大歓迎だと思いますわよ?
私としてはお姉さまと二人っきりが一番好ましいので忌々しいかぎりですが」

「……んなに分かりやすい?」

「ふっ、他の有象無象ならば分からないでしょうが―――侮っていただいては困りますわね。
このシリル・メルティ、お姉さまの変化であれば大海の水一滴程度の変化も見落としません!
さらにあの歩く非常識の情報と現状を考えれば、この程度の推察など朝飯前ですわ!」

 おーっほっほ、と胸を張り高笑いするシリル。
 どこまでもブレない副官にルミナスが苦笑していると、

「……おはよう。朝っぱらから元気だな、シリル嬢」

 寝ぼけ眼をこすりながら、海人がリビングにやってきた。

「あらカイトさん、おはようございます。根を詰めてらっしゃるようですが、作業はどの程度進みましたの?」

「とりあえず一冊仕上げた。暇潰しにでも読んでくれ」

「……何故ですの?」

「この間っから書きかけのを読みたそうにしていたように見えたんだが、違ったか?」

「……相変わらず、よく見てらっしゃいますわね。
ええ、ありがたく読ませていただきますわ。意見もあった方が?」

「勿論、言ってくれた方がありがたい」

「分かりましたわ。ふふ、あれだけの挿絵をどう活用したのか、楽しみですわ。
ま、出来が悪いなら悪いで貴方を罵倒できる楽しみがありますし、退屈しのぎには最適ですわね」

「はっはっは、君如きに罵倒されるような出来に仕上げたつもりはないぞ」

「あら、ならば賭けでもしましょうか? 負けた方が罰ゲーム、という事で」

「構わんが、あまり過激なものにしない方が良いぞ? やるのは君だからな」

「あら、意見が一致しましたわね。もっとも、やるのは貴方ですけれど」

(……楽しそうにしちゃって、まったく)

 憎まれ口を叩きあう二人に、ルミナスが呆れ混じりの視線を向ける。

 先程はああ言っていたが、シリルとて海人がいなくなればかなりの寂しさを覚えるはずだ。
 毎日のように海人と殴り合ったり罵り合ったりしてるが、そもそもシリルは認めない相手には滅多にそんな事はしない。
 争う時は一気に仕留めるのが彼女の性格である。
 海人が気に入らない相手であれば、それこそ口で争うのは時間の無駄と拳一発で沈めているだろう。
 もっとも、それは海人側も同様だろうが。 
    
(結局、私やシリルにとって今の生活ってすごく楽しいのよね……多分、カイトにとっても。
出来れば、少しでも長くこの生活が続いてほしいわね……) 

 仲良く口撃し合ってる二人を眺めながら、ルミナスはそんな事を祈った。
 近々この生活が終わる事は、確信しつつも。




 番外編102






 シェリスは、力なく大地に倒れ伏していた。
 洒脱なドレスは薄汚れ、自慢の髪も土に塗れ、
先程まで両手に握っていたナイフさえも地面に虚しく転がっている。

 立ち上がろうとしても、もはや足が動かない。
 先程までは渾身の気力を込めればどうにか両の足で立つ事が出来ていたが、
今となってはそれでも微かに震えるのみ。
 ならばせめて、と腕でどうにか体を起こそうとするが、それも叶わない。
 ナイフを二本とも弾き飛ばされた際の衝撃が、未だに両腕を貫いている。

 完全な、死に体。
 もう何をされようが、抗う術はない。
 魔力もほぼ使い果たし、低位魔法を放つ余力もないのだから。
 出来ることなど、唯一動く喉を使っての力ない罵倒ぐらいだ。
 
 ――――これが鍛錬でなければ、悲惨な末路が待っていただろう。

 そんな事を考えながら、止めを待っていたシェリスだが、ふと違和感を感じた。
 普段ならとうに止めの一撃が放たれているはずだが、この状態になってから一分程は放置されている。
 この状況を作り出したローラの気配は、すぐそばで見下ろしているようだというのに。

(……鍛錬終了、にしては妙ね。どうにか意識あるし、終了も宣言されてない。
でも終わりでないなら、追撃がしないはずもないでしょうし……)

 どうにか繋ぎ止めている意識の中、シェリスはそんな事を思う。

 鍛錬の終了宣言がなされていない以上、ローラが手を止める理由はない。
 終了宣言はシェリスの体が動かなくなったと判断された瞬間行われるが、
それまでは甘えるなと言わんばかりの追撃が叩き込まれるのだ。
 稀に追撃がない時もあるが、その時もシェリスが立ち上がらざるをえないような言葉をぶつけ、
奮い立たせるだけだ。

 この組手形式の鍛錬を始めてからかなりになるが、今回のようにシェリスが倒れ伏した状態で、
追撃も言葉もなくただ見下ろされているというのは、初めてだった。

「――――そこそこには仕上がりつつありますね」

 静かに、ローラの口から言葉が発せられた。

 その言葉に、シェリスの体が僅かに揺れる。
 何という事は無い言葉だが、あまりにも意外な言葉だった。

 ローラの組手は、ひたすらに厳しい。
 教え方は分かりやすく上達速度も速いが、褒められるという事が少ないのだ。
 一応どんな些細な上達も認めてくれはするのだが、まだまだですが、という言葉が続く。
 組手終了後総評を語られるのだが、それも一切容赦が無く改善点を山のように突きつけてくる。
 僅かに褒められる事もあるが、その後に次はそれを前提に組手をさせていただきます、と続く。
 
 総評を纏めればプラス評価だった事などなく、マイナス評価の嵐。
 マイナス評価を少しずつ0に変えているような認識だった。

 それが、ここに来てそこそこには仕上がった、との言葉。 
 せいぜい及第点に引っ掛かったぐらいの意味だろうが、これは大きい。
 
「とはいえ、過信なさってはいけません。まだまだ未熟な事に変わりはなく、
せいぜいマリア程度ならば時間を稼ぐ活路が見える、といった程度です。
言うまでもなく、まともにぶつかれば最古参の誰にも勝てません」  
  
「……それでも、嬉しいわ。貴女からそんな言葉が出るまで、何十年かかるんだろうと思ってたもの」

「努力が報われるとは限りませんが、それでも相応の成果は現れます。
とりあえず一応の及第点を出せる程度には、成長なさったという事です」

 どこまでも淡々と語るローラ。

 確かに、シェリスはまだまだ未熟で弱々しい。
 ある程度体が戦闘用に出来上がり始めているが、それだけの話。
 武技はまだまだ鈍く、足運び、体捌き、改善の余地は気が遠くなるほどに残されている。
 中位の魔物の群に遭遇すれば高確率で死が待っている、その程度の力だ。
 
 が、それでも間違いなく鍛錬の成果は現れている。

 武技が上達し、体も鍛えられた為、実力の向上は鍛え始めた時とは比較にならない。
 特に重点を置いて鍛えた防御面の向上は目覚ましく、ローラと組手可能な時間が僅かずつ伸びている。
 精神面でも強くなり、天高く殴り飛ばされようが、地面と平行に吹っ飛ばされようが、
地面に叩きつけられようが、精神力で動かせる間は即座に体を動かし続ける領域だ。
 
 最初と比べれば、雲泥の差である。

 鍛え始めた時は、本当にどうしたものかと思ったものだ。
 公爵家令嬢として嗜み程度の武芸は習っていると胸を張っていたが、まったく使えない。
 せいぜい運が良ければ野盗から逃げられる程度でしかなかった。
 
 それが低位の魔物数匹程度なら撃退できるレベルに達したのだから、成果は出ていると言えるだろう。
 
 ――――時間はかかったが、これでようやく次の段階に行ける。

 ローラがそんな事を思った瞬間、シェリスの体がびくりと大きく跳ねた。
 多少直感も鋭くなったようだ、などと思っていると、シェリスが震えた声で訊ねてくる。 

「……ローラ、何か企んでない?」

「特には。強いて言えば、これからの鍛錬の予定です。以後は、実戦も混ぜます」 

「っ!?」

 伏したまま、シェリスの目が見開かれた。

 実戦。短い言葉だが、その意味は非常に重い。
 加減などなく、相手が初手から己の命を奪わんと襲い掛かる。
 一瞬でも油断をすれば、積み重ねた武技すらも役に立たず、命を散らす事に繋がる非情の場。

 そして、シェリスの祖先達が数多の屍を積み上げ、今日の繁栄への礎とした場でもある。
 貴族として、有事には迷いなく赴かねばならない場だ。

「まだまだ甘い私が、実戦に出られるの?」

「その程度の自覚があれば、とりあえずは十分です。
まずは実戦の空気を体感していただく為、格下の魔物から相手をしていただきますので」

「……場合によっては、慢心に繋がらない?」

 ローラの言葉に、シェリスは懸念を示した。

 格下相手なら命はある程度保証されるだろうが、勝利が慢心に繋がる恐れもある。
 初めての本物の命のやり取りでそこまで成果を出せるとは思わないが、出してしまった時が怖い。
 なまじ今まで地獄を見て実力を伸ばしてきただけに、今の己を過大評価してしまう可能性がある。

「その心配はないかと。命の危機は何度も体験していただきましたが、所詮殺意の無い攻撃です。
明確に己の命を狙ってくる相手となれば、また勝手が違います。
格下相手でも、かなり梃子摺る事になるでしょう。
そもそも、容易に狩れる程度の魔物を選ぶつもりもございませんし」

「……参考までに聞きたいんだけど、候補は?」

「レッドベア、クラウンライノ、ダークリザードを考えております。
実力的には、今ならほぼ確実に勝てる相手です」

「……どれも村の付近に出たら領主に嘆願か冒険者ギルドに依頼が行く魔物なんだけど」

「そうですね。頑張ってください。
丁度近くにレッドベアの親子が出たという情報がありましたので、明日早速参りましょう」

「……明日は、メイベルから視線誘導術、レザリアから変装術の基礎を教わる予定……」

「習得速度を考えますと、シェリス様の場合戦闘訓練の方が優先されます。
予定は問題ないよう調整し直しますので、御心配なく」

 どうにか先延ばしにしようとする主の逃げ道を潰すローラ。
 相変わらず静かな口調だが、それゆえに交渉の余地を全く感じられない。

 観念したシェリスは、涙を流しながら繋ぎ止めていた意識を手放した。 
 


 

 番外編103





 とある日の昼間。
 海人の屋敷の中庭は、なんとも居心地の良い場所になっていた。

 適度に降り注ぐ日差しはポカポカと温かく、
時折吹き抜ける風は肌に柔らかな刺激を与えつつ、
日光で体が温まりすぎないよう心地良い冷たさも与えている。
 景色を見渡せば、光を浴びた木々の緑とどこまでも晴れ渡る青空のコントラストが素晴らしく、
芝生もその生命を示すかのように青々と生い茂り、寝っ転がりながら空を見上げれば、
さぞかし晴れやかな気分に浸れるであろう光景だ。

 そこに、刹那が茶と茶菓子を持ってやって来ていた。

「ああ、やはり今日の中庭は良いな。さて、普通に茶を淹れるか、それとも冷茶にするか……」

 後ろ手に屋敷へ繋がるドアを閉めながら、考える。

 この景色の中で普通に御茶を淹れて飲むのは、当然良い案だ。
 爽やかな風景で目を楽しませ、温かいお茶の香気を楽しみ、美味しい茶菓子を摘まむ。
 想像しただけでも、思わず頬が綻びそうになる案である。

 が、冷茶もまた捨てがたい。
 過ごしやすい環境ではあるが、日差しが心持ち強く、長時間いると暑さを感じ始めそうだ。
 それを考えると温かい御茶よりは、冷茶で涼を取るべきかもしれない。
 しかも冷茶は些か香気に欠けるが、熱がない分より御茶の味を味わいやすいという利点がある。

「……だが冷茶は時間がかかるし……いや、のんびりするならむしろそれは利点か……?」

 うーん、と悩みながら歩みを進める刹那。

 中庭にやってきた理由は単純にのんびりする為だが、
朝からそこを動いていない気配の主―――海人に差し入れをする為でもある。
 準備の良い彼の事だから、茶と茶菓子ぐらい持ってきているだろうが、
時間的にどちらも尽きている可能性が高い。
 そう思って、海人の分も持ってきているのだ。
 
 とはいえ、普段ならこの程度で刹那が悩む事は無い。

 急須は一つしか持ってきていない為どちらか一択ではあるが、
彼女としては海人の意思が最優先なので、本人に聞けば即解決だ。
 間違いようもなく、差し入れ相手に喜んでもらえる最善手である。

 なのだが、今日はちょっとばかり見栄を張りたくなった。

 というのも、毎度毎度日常生活では残念な子扱いされているので、
たまには見返してみたいという思いが出てきているからだ。
 今までの実績を思えば無理もない、というか創造魔法があるとはいえ、
未だ家事の練習すら止められないのだから平身低頭して感謝すべきと分かってはいるが、
それはそれ、これはこれである。
 両親からもこれで家事さえ出来れば完璧なのに、とか、でも家事の練習はしないで最悪一家全滅だから、とか、
せめて武才の万分の一でも家事に才があれば命の危機ぐらいは免れたかもしれないのに、とか散々言われた自分を、
寛容に受け入れてくれた事には感謝しているが、それでも捨てきれない女の見栄があるのだ。

 しかも今日は所詮二択だし、外れても変えれば問題ない。
 それでちょっとでも見直してもらえる可能性がある以上、やらない理由はなかった。
   
(……うむ、今日は冷茶にしよう。熱い御茶もお好きだが、このぐらいの気温なら冷茶を喜ばれるはずだ)

 そう決め、刹那は木陰で休む海人に声を掛けようとして―――止まった。
 すやすやと、気持ち良さそうな寝息が耳に入った為に。

「……お休みだったか」

 軽く頬を掻きながら、刹那は音を立てず海人の隣に腰を下ろした。

 横から彼の顔を覗き込むと、起きている時とはまるで違う表情が見える。
 皮肉気な笑みもなく、鋭さのある視線もなく、ただ穏やかな寝顔。
 起きている時は年に似合わぬ風格のある男だが、寝ている時はむしろ幼い印象だ。

 ――――どちらかと言えば、刹那はこちらの表情が好きだった。

 起きている時の顔も、無論嫌いではない。
 極端にレベルが高いわけではないが、それでも高水準に整った顔立ちなので大概の場合見栄えがする。
 むしろ真剣に研究作業に打ち込んでいる時の横顔など、見慣れた今でも見惚れそうになるぐらいだ。
 その絶大な能力に見合った、超越者の風格を漂わせていると言える。
 
 だが、刹那が好んでいるのはこの寝顔だ。

 邪気など一切感じられない、無垢とも言える寝顔。
 それは同時に穏やかで柔らかく、大きな包容力を感じさせられる。 
 まるで千の齢を数えた大樹の如く、頼もしくも側にいて気分が安らぐ、そんな表情だ。

「……まあ、どちらも海人殿らしいが」 

 そんな事を呟きながらしばし寝顔を観賞していると、海人が少し身動ぎをした。
 むう、と小さく呻きながら枕にしていた木の根から頭を外している。
 そのまま地面に頭を下ろすと、数瞬呻きつつも、再び静かな寝息を立て始めた。

「ふむ、感触が良くなかったのかな……?」
 
 呟きながら、海人が枕にしていた木の根に触れる。
 特別固い、というわけではないが、木の根らしい固さはあった。
 これを枕に寝ては、さして寝心地が良くなかっただろう。

 次いで、今海人の頭がある地面に触れる。
 木の根よりは多少柔らかく、芝生で覆われている為感触も悪くないが、所詮地面。
 頭を置く場所としては、少々固すぎる。

 とはいえ、そこらに手頃な枕が転がっているわけでもない。
 かといって、このまま寝心地の悪そうな場所に主を放置というのも気が咎める。
 そして、枕はないがその代わりになりそうな物ならばなくはない。
 
 ならば、やる事は一つ。
 刹那はそう判断すると、すぐさま実行に移した。

「ん~……むう」

 海人は再び身動ぎをしたが、またすやすやと寝息を立て始めた。
 今度は感触が柔らかくて寝心地が良いらしく、先程より更に穏やかな表情になっている。

(うむ……お気に召したようだな)

 自分の膝上にある海人の顔を覗き込みながら、刹那は微笑んだ。

 鍛え抜いている足だが、肉体強化さえしなければ女性特有の柔らかさがある。
 いわゆる深窓の令嬢などのそれに比べれば劣るだろうが、木の根や地面よりははるかにマシなはずだった。
 
 ついでに言えば、この体勢は刹那としても珍しい海人の寝顔を間近で鑑賞できるという利点がある。
 海人の寝顔は好きだが、早起きで昼寝もあまりしない彼のそれは珍しく、滅多に見れないのだ。

 とはいえ、こんな体勢を雫に見られれば面倒な事になる。
 からかい好きな彼女は間違いなく、姉をからかうネタに使うだろう。
 いつも通りその場ではっ倒せばいいだけだが、面倒は面倒である。   
  
「……まあ、雫が帰ってくるまでまだ一時間ぐらいはあるだろうし、少しこのままのんびりするか」   

 自主鍛錬兼食料調達に行った妹の顔を思い浮かべ、刹那は柔らかく微笑んだ。  
 

 
 
 番外編104 





 とある山中にある洞窟。
 ここは入口こそ一箇所だが、内部がまるで蟻の巣の如く多岐に枝分かれしており、
多くの人間が暮らせるような構造になっている。
 また、山自体低位の魔物しか生息しておらず比較的安全で、
洞窟も魔法で明かりと温度さえ調節すればそこそこ快適に暮らせる事もあり、
近くの村では保存食等を運び込み、いざという時の避難場所として扱っていた。
 村が魔物に襲われるなどして壊滅の危機に陥った時も、何とか生き延びられるように。

 が、それゆえに最近近隣で勢力を伸ばし始めた山賊団に目をつけられた。
 なにしろ、居住設備ばかりか二ヶ月程度は一つの村の人間が飢えずに過ごせるだけの保存食まであるのだ。
 法を破り、官憲に追われるような者達がそれを欲さぬはずがない。

 結果、山賊団はこの洞窟の事を知る村の者達を皆殺しにした上で居住を始め、
その勢力を伸ばし続けていた。
 なにしろ、この洞窟は入口が山の中でも分かりにくい位置にある上に、
出入りの時以外は倒木などで入口を巧妙に隠しているのだ。
 彼らを追う騎士団なども近くまでは幾度も辿り着いていたのだが、
結局入口を見つけられずこの山を後にしていた。

 それだけに、ここを根城とした山賊団は上機嫌だった。
 騎士団に追われても、容易に相手を撒ける拠点。
 唯一の難点は食糧だが、それは山の魔物を狩るなりどこかから奪ってくるなりで賄える。
 この拠点さえあれば、いずれは大陸に名立たる大悪党として名を馳せるも夢ではない。
 そんな思いを抱いてしまう程に、増長していた。
 
 今日、この日までは。 
 
「はぁっ!」

 鋭い気勢と共に、シェリスが二人の山賊の至近まで踏み込んだ。

 小柄で可憐な容姿からは想像もつかぬ踏み込みの速度に、一瞬二人が硬直する。
 その隙を逃さずシェリスは両手のナイフを振るい、二人の首を深々と斬った。
 首を落とすほどの斬撃ではないが、それでも首の半ばまで刃を届かせ、
頸動脈を完全に切り裂いている為、死は免れようがない。

 派手に血を噴出しながら絶命する山賊達に目もくれず、シェリスはその歩みを進める。

(うーん……思った以上に手応えがないわね。
まあ、所詮は逃げ足だけが取り柄の外道ってことかしらね)

 鋭く前方を睨みながら、そんな事を考えるシェリス。

 己の武技は、まだまだ発展途上。
 むしろ、武技と呼ぶ事すらおこがましい児戯だ。
 血反吐を吐くような、というか実際に吐きながら高めているが、まだまだ技と呼ぶには程遠い。
 師達の領域は雲の上、そればかりか部下兼妹弟子達にさえ一部に追い抜かれかけているのだ。
 そんな脆弱な己一人に成す術がないのだから、さぞかしこの山賊団のレベルは低いのだろう。
  
 が、考えてみればそう不思議な話でもない。  

 ここを根城にしている山賊団はこの領の騎士団が度々取り逃がしているが、それは主に逃げ足の速さゆえだ。
 騎士団に追いつかれた者は、大概の場合その場で斬り捨てられている。
 そしてその騎士団は弱卒揃いと部下達が呆れる程。
 となれば、真っ向勝負なら未熟極まりない自分でもどうにかできる可能性は高い。

 ―――――一人で壊滅させてこいと言われた時はどうなるかと思ったが、壊滅自体は楽そうだ。

 そんな思考が一区切りついたところで、横穴から筋骨隆々とした男が出てきた。
 男はシェリスの姿を見るなり、大きな斧を苛立たしげに地面に叩き付ける。
     
「ふん、襲撃っつーからどんな大軍かと思えば……ふがいねえ連中め! 
このビッグマウンテン双戦神『爆砕の斧』メル―――かひゅ?」

「遊んでいる暇はないのよ。さっさと死になさい」

 冷たく言い捨てると、シェリスは絶命した男の背後にいた者達にもナイフを投げる。
 彼女の細腕から放たれたとはとても思えない速度で飛来したナイフは、
一本たりとも狙いを外す事無く喉に命中し、全ての命を刈り取った。

 死骸となった男達を文字通り踏み越えながら、シェリスはすたすたと歩み続ける。

(山賊ってああいう称号に憧れるのかしら……双戦神とか三鬼神とか四天王とか七戦士とか、
今日片付けただけでも結構な数がいたうえに、実力は大差なかったけど) 
  
 しょうもない事を考えながらも、シェリスは油断なく周囲を睥睨していた。

 洞窟内は粗方、というかこの先に見える部屋以外は軒並み探り、そこにいた山賊を斬り捨ててきたが、
最後の部屋であるそこに兵力が集中している可能性もあるし、そこに辿り着く前に罠が仕掛けられている可能性もあるし、
おそらくは残っているであろう山賊団のトップがこれまでの雑魚とは桁違いに強い可能性もある。

 油断はできない、そう考えながらシェリスは道中の罠を解除、あるいは吹き飛ばし、
潜んでいた生き残りを事もなげに秒殺し、最後の部屋のドアを風の攻撃魔法で粉砕した。

「ほう、本当に小娘だな。この俺様のところまで辿り着くとは大したものだ」

 飛んできたドアを事もなげに右手で払いのけながら、豪奢な椅子に腰かけた優男が口を開いた。

 なかなか、見栄えのする男だった。
 年の頃は20代後半といったところ。
 短く整えられた煌びやかな金髪が野性味のある顔に気品を与え、
山賊とは思えぬ風情を醸し出している。
 彼が左手に携えたやや細身の剣がさらにそれを強調していた。

 彼は周囲で震える部下達との格の違いを示すかのように鷹揚に立ち上がり、

「あ、それには及びませんよ」

「っ!? がはっ……」

 その前に、シェリスが軽い口調と共に投げたナイフに命を奪われた。

 とはいえ、何もせずに殺されたわけではない。
 彼は、シェリスの放ったナイフを二本弾いていた。
 右手で喉元に飛来した一本を弾き、左手に持った剣で腹に飛来した一本を弾き、
そして時間差で放たれた三本目のナイフに心臓を貫かれたのだ。
 周囲の者達が成す術もなく首を貫かれた事を考えれば、かなりの健闘と言える。
 数秒長く生きながらえただけ、とも言えるが。
  
 敵の全滅を確認したシェリスは、懐から愛用の懐中時計を取り出した。

「……時間ギリギリだったけど、どうにか合格ね」

 時間を確認し、安堵の息を漏らす。

 今回シェリスが山賊を壊滅させたのは、試験の一環だ。  
 ローラというおそらくこの世で最も厳しい師から出された課題。
 それが山賊団をただ壊滅させるのではなく、制限時間内に殲滅する事だった。

 まだ十四の小娘に何やらせる、と思わなかったと言えば嘘になるが、
幸か不幸かローラは不可能な課題は出さない。
 全力を振り絞れば、どうにか達成出来る課題だけを出すのが彼女である。

 なので、どう考えても自分にやらせるような課題ではないと思いつつも、反論もせず素直に従ったのだ。
 多数の山賊に単独で挑むという恐怖に加え、制限時間を過ぎた場合、ローラのお仕置きが待っているという焦りとも戦いながら。
 
 が、その甲斐あってどうにかこうにか課題は達成できた。
 晴れやかな気分と共にシェリスが踵を返し、部屋を出た瞬間、

「残念ながら、不合格です」

 背後から聞き慣れた声が、最も聞きたくない言葉を紡いだ。

「ちょっ!? いつの間―――いえ、ちゃんと全滅させたでしょ!?」

 慌てて背後を振り返り、声の主―――ローラに抗議する。

 いつの間にこの部屋にいたのか、というのは今更だ。
 彼女がその気になればシェリスに悟られず部屋に入り込み、
最後まで悟られぬ事など造作もない。
 
 それより重要なのは、不合格という言葉だ。
 
 シェリスは、きっちりと一人残らず息の根を止めた。
 確実な致命傷以外は全て死亡を確認したし、進攻ルートも敵を逃さぬよう計算したので、
生き残りは一人もいないはずだ。
 気配を消してシェリスに悟られなかった者がいたという可能性も皆無ではないが、
ここにいた山賊達の練度からして、確率は非常に低い。

 不合格と言われる程の失態はしていない、シェリスはそう確信していた。

「ええ、この部屋までは」

 主の抗議を冷たく受け流すと、ローラは近くの壁を指差した。
 シェリスは数瞬とんとん、と軽く叩かれるそこを見て怪訝な顔をしていたが、突然その目が見開かれる。
 主が己の失態を悟った事を確認すると、ローラはそこに拳を叩き込んだ。
 鈍く重い破壊音と共に壁が崩れ、その場所の正体が露わになった。

「隠し通路……!」

「その通りです。そして、これを通って逃げた気配が一つございました。
ゆえに、不合格でございます」  

「ちょ、そんな事言ってる場合じゃないでしょう!? 
早く追いかけて始末しないと――――」

「シェリス様、それには及びませんよ」

 焦るシェリスの言葉を遮るように、通路の奥からマリアが姿を現した。
 
 表情にはいつもと変わらぬ聖母のような微笑みが浮かんでいるが、
その左手には初老の男が引き摺られている。

 男の有様は、一言で言えば無惨。
 手足は指の先端にいたるまで入念に砕かれ、全身から血を垂れ流し、
生きているのが不思議な程に痛めつけられている。
 比較的無事なのは顔だが、それすらも顔の原形を留めているだけで、
痣やら血やらで色彩が凄まじい事になっていた。
 常人が見れば嘔吐しそうな程に、酷い状態である。

 が、シェリスはそれを見てもまるで動じず、鋭い目で観察していた。

「……この顔どこかで……あ!? 指名手配中のログナス・ワイズベルじゃない!」

「そうみたいですね。これが裏にいたのであれば、ここの騎士団が裏をかかれ続けたのも頷けます。
単独でもあちこちで盗み続けて捕まらなかった男ですから、捨て駒がいればもっとやり易かったでしょう。
もっとも、先程の手応えからして本当に逃げるだけが取柄だったようですけれど」

「ぐ……あう……うぅ……」

「確か、殺人も何件かやっていたはずね?」

「判明している被害者数のみで二十五人です。
被害者はいずれも平凡な一般市民。内十人がまだ十に満たぬ子供だったかと」

「……最後に顔が分かる状態で騎士団の詰所に放り込んでおけば、好きにしていいわ。
ああ、勿論死ねないようにしておいてね」

「承知いたしました」

 主の言葉に恭しく一礼すると、マリアは隠し通路の方へと戻っていった。 
 涙をダラダラと流し、声にならぬ声で命乞いをする男を引き摺りながら。

「……不合格、か。確かにそうね。私だけなら、完全に取り逃がしていたんだから。
でも聞きたいんだけど、今回制限時間に意味はあったの?
時間をかけても山賊団を確実に全滅させる事が優先されるべきだと思ったのだけど」

「制限時間の意味は、時間が限られた状況でまともな判断を下せるかどうか試す為です。
限られた時間の中で、冷静に、そしていかに迅速な判断が行えるか、それを見極める為でした。
そして、それについては合格です。付け加えますと、ログナスは制限時間内に仕留められずとも合格にするつもりでした。
私とマリアは隠し通路の出口に気付いておりましたが、現在のシェリス様にそれを求めるのは無理ですので」

「つまり不合格になったのは……」

「はい、最後の最後で部屋の観察を怠り、そのまま部屋を出てしまわれましたからです。
観察していれば気付けた事は、もうお分かりでしょう?」 
 
「ええ……」

 予想通りの言葉に、がっくりと肩を落とす。
 
 確かに、怠慢としか言えない話だった。
 ローラが指で示していた時に気付いた、という事は自力で気付く余地は十分にあったという事。
 それが出来なかったのは、最後の部屋でこれ以上は何もないという馬鹿馬鹿しい先入観を抱いてしまった為。
 隠し通路など定番中の定番なのだから、考えない方がどうかしていた。 

「何度も説明しておりますが、事が終わった後も見逃しがないか油断なく確認する。これは極めて重要な事です。
特に最後、終わったと思った時ほど気が緩み、見逃しをしやすくなります。
むしろ最後にこそより強い警戒を抱き、気を引き締めねばなりません」

「……反論の余地もないわね。はあ、もうちょっと成長見せられると思っていたのに……」

「成長自体はしておられます。まだ不足しているだけです。
ですので、更なる成長を促す為、帰ってからの組手は一つレベルを上げます」

「はい……」

「とはいえ、一定の成果を挙げたのもまた事実です。
ですので、今日の組手で相応のものを示す事が出来れば、
ささやかながらプレゼントを御用意いたしましょう」

「プレゼント!? え、どういう風の吹き回し!?
……いや、もっと厳しい鍛錬っていうオチね?」

「それでも構いませんが、食べ物です。
普通に期待してくださって問題はありません」

 さらっと疑念を否定するローラに、シェリスは猜疑心に満ちた視線を向ける。

 この鬼教官は、本気で容赦が無い。
 今まで何度あの世を垣間見たか分からないし、淡い期待を打ち砕かれた回数も数知れず。
 まして、今回は不合格という言葉をいただいてしまっているし、食べ物と言っても、最大魔力を高められるという噂のゲテモノ料理という可能性だって十分ある。
 そう思っていても、組手に手を抜くわけにはいかない。
 その場合、冗談抜きに死んだ方がマシな程に痛めつけられるからだ。

 憂鬱な気分を引き摺りながら、シェリスは覚悟を決めた。 

 ―――シェリスは、知らない。

 ローラが言葉通り、後日最上のデザートを振る舞ってくれる事を。
 それを見た最古参メイドの一部が暴走しかける事を。
 シェリス自身もその後、似たような反応をするようになる事を。
  
 ローラ特製チーズケーキ。
 それによって受ける衝撃を、彼女はまだ知らなかった。




 番外編105




 ゲイツ・クルーガー。

 シュッツブルグ国内で活動する冒険者でこの名を知らぬ者は、まずいない。
 年はまだ二十代前半であるにもかかわらず、中位ドラゴンを単独で退治できる戦闘能力。
 仕事先でいかなる不測の事態に巻き込まれようと、重傷を負う事無く生還する不死身っぷり。
 専門家でも見分けられる者が少ない、毒草と良く似た薬草を見分ける鑑定能力。
 そして熟練冒険者が舌を巻くほどに豊富な、冒険絡みの知識。

 まさしく万能無敵と呼ぶに相応しい超人。
 現役を退いて尚世界に名を轟かす、オーガスト・フランベルの後継と目されるのも当然な傑物。
 むしろ一部では後継程度では収まらぬのではないかとさえ噂される男だ。

 また、ややぶっきらぼうだが温厚な人柄ゆえに、冒険者ギルドは勿論、
行きつけの酒場や情報屋、武具屋の間でも非常に評判が良い男でもある。
 
 とはいえ、何もかもが順風満帆というわけでもない。

「……悪い。俺、婚約者以外の女は考えらんねーんだ。すまねえ」

「……そう……」

 申し訳なさそうな、だがきっぱりとしたゲイツの言葉に、女性が俯く。

 告白を断られる事は、分かっていた。
 彼が積極的に語る事はなかったが、冒険者ギルドではゲイツの婚約者の存在はあまりにも有名。
 彼女以外は考えられない、その言葉で全ての女が玉砕している話もまた有名なのだ。

 が、それでも思いを告げずにはいられなかった。

 身の丈を越えた討伐対象の魔物に返り討ちにされかかっていたところを助けてもらい、
その礼として酒を奢ったのが、始まり。
 それから徐々に交流が増え、仕事の相談に乗ってもらったり、愚痴を聞いてもらったり、
場合によっては仕事を手伝って貰ったり、逆に手伝ったり、親密さを増していった。
   
 最初は命を助けられた恩による一時的な思いだろうと思っていたのだが、
会う回数が増える度、思いは弱まるどころか強まるばかり。
 
 秘めていようと思ったが、これ以上は思いが暴走して何をしてしまうか分からない。
 そう思い、今日の告白に到ったのだ。

 ――――僅かなりとも、受け入れてもらえる事を期待しつつ。 

 だが、結果はその他大勢と同じく、玉砕。
 周囲の、そして自らの予想通りの残酷な結果だ。

 受け入れるしかないが、それにも手順がいる。

「ねえ……その婚約者の、どこが好きなの?」

「ん……まあ、全部なんだが……そうだな、強いて言やぁ……笑顔、かな」

 友人の問いに、真剣に悩みながら答えを出すゲイツ。

 どこが好き、と言われても本来は全部としか答えようがない。
 嫉妬深い所も、優しい所も、勝気な所も、全部ひっくるめて愛しているのだから。
 欠点も多々あるが、それも含めて彼女だと思っているので、それすらも愛おしく思えるのだ。
 
 だが、強いて今の問いに答えを出すとすれば笑顔である。

 馬鹿話を聞いて豪快に笑う時。
 半死半生で帰って来たゲイツを労わるように微笑む時。
 デートで美味しい物を一緒に食べた時。
 料理の新レシピが完成して喜んでいる時。
 
 そのどれもが、ゲイツの心を温めてくれる。
 見る度に彼女と共に生きていく為に頑張ろう、そう思える。
 過酷な仕事で力尽き生を手放しそうになる時も、それを思い出せば体を動かせる。 
 
 彼女と幸せになりたい、自然とそんな強い欲求を抱かせてくれるのだ。

「そっか……」

 ふ、と溜息を吐く女性。

 不思議と、今のゲイツの返答で思いはかなり吹っ切れた。
 完全に諦めるにはまだ時間がかかりそうだが、不可能ではないと思える程度に。

 理由は、答えた時のゲイツの表情。

 その表情は、あまりにも穏やかだった。
 冒険者に似つかわしくない程の、穏やかさ。
 それは語る言葉があまりにも当然で、同時に世界で一番大事な事なのだと雄弁に語っていた。
 
 ゲイツのこんな表情を見たのは、初めての事。
 それは自分がこれまで一度たりともそんな表情を引き出せなかったという事であり、
敵わない、と思うには十分すぎる表情だった。 
   
 だからと言ってすぐに切り替えられる程、軽い思いでもないのだが――――それでも、女性は微笑んだ。
 
「――――ありがと。真剣に答えてくれて」

「すまねえな」

「いーのよ。これを踏み台にして、あんたがフった事後悔するぐらい良い女になるんだから、ね」

「ははっ、そいつぁ惜しい事したかな?」

「後悔しても遅いですよーだ。いつかあんたよりももーっと素敵な男見つけて、幸せ見せつけてやるんだから」

 べー、と舌を出すと、女性は身を翻して去っていった。
 己の思いを、少しでも断ち切ろうとするかのように。

 後味の悪さを感じながら、ゲイツはぼやく。

「はあ……距離感は保ってるつもりだったんだがなぁ……どうしてこーなんだか」

「まあ、ゲイツ様は普通に超優良物件ですし、仕方ないんじゃないでしょうか。
隙があるのは否めませんけど」 

 突如背後から掛けられた声に、ゲイツの肩がビクリと跳ねた。
 そして、ギギギギ、と軋む音がしそうな程にぎこちなく振り返る。
 その先には、見慣れたメイド服を纏った女性がいた。   
 
「……ハンナ、さん? いつから、そちらに?」

「ここにゲイツさんが来た直後です。しかし勿体無いですねー。
あの人も普通に優良物件ですよ? 確か冒険者ギルドでも思い寄せてる人が多いとか」

「それ言ったらスカーレットだって負けてねえし、そもそも恋愛ってそういうもんじゃねえだろ?
究極的には、惚れるか惚れねえかだ」

「ま、その通りですね。料理長もその言葉聞けばきっと喜びますよ」

「うん、ちょっと待とうか。経緯を説明されたら多分鉈が飛んでくると思うんだが」

「まあ、そこは愛情パワーで何とかなるんじゃないでしょうか」

「……単刀直入に聞こう。どうすれば黙っててくれる?」

「私ってヘイベル菓子店のクッキー食べると物忘れしやすくなるんですよね。
美味しいから前に出されるとついつい食べちゃうんですけど」

「よし、大袋三つ買うから、屋敷の皆で分けてくれ」

「あら、よろしいんですか?」

「なーに、ここで会ったのも何かの縁だろうからなー」

 白々しく笑うメイドに、棒読みで返すゲイツ。
 彼は内心で呪詛を吐きながら、突然の出費を賄う為、明日の朝食を諦めた。
  

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更新お疲れ様です。
[2017/01/23 01:00] URL | iru #NqNw5XB. [ 編集 ]


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