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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット22
 番外編106



 
 海人の屋敷の地下室。
 引っ越し当初は研究機材が置かれるだけで殺風景だったここだが、
最近はすっかり明るくなっている。

 理由の一つは、照明。
 改装に伴い適度に配されたそれは、地下という事を忘れる程に明るく、
また部屋の風景に溶け込んでいる。

 もう一つの理由は、内装。
 元々隠し倉庫として作られた部屋だけに内装も簡素、というか寒々しかったのだが、
今は全体が明るく温かみのある色調に変わり、照明の効果を高めている。

 そして最後の一つが、

「毎度のことですけど――――なんですかこれぇぇぇぇぇえっ!?」

 海人の世界のゲームをやりながら頻繁に悲鳴を上げる、雫だ。

 彼女の名誉の為に記しておくと、腕前自体は非常に良い。
 RPGなどは普通だが、アクション系などではその反射神経の良さが存分に発揮され、
ゲームを始めて数ヶ月とは思えない腕前を見せつける。
 分野を限定すれば、その道のプロと呼ばれておかしくない次元だ。
 
 ではなぜ悲鳴を上げるのかと言えば――――概ね海人のせいである。

 長じて自分で作った自作のゲームは勿論、子供の頃に物足りなさを感じて改造した市販のゲームさえも難度がトチ狂っているのだ。
 RPGでの例をいくつか挙げると、雑魚戦でさえ戦略を練らねば全滅の危険があり、やっとの思いでボスまで辿り着けば初見殺し。
 幾度とない全滅の果てにボスを倒したかと思えば、今度は時間制限・雑魚出現付きの脱出劇。無論、クリアできなければやり直しだ。
 一応時間制限付きの場合は運要素は概ね排除されており、道中の雑魚戦の回数は固定、
出現敵もランダム要素が少なく最適な戦略を作っておけば多少余裕を持ってクリア出来るのだが、
それゆえに諦めるに諦められないという鬼畜仕様である。
 これで一番最初のダンジョンだというのだから、笑う他ない。

 ちなみに、今回は海人が昔改造したロボット物のアクションゲーム。
 好きなパーツを組み合わせた自分好みのロボットを作り、それを使ってミッションをクリアする内容だ。
 どのパーツも一長一短あり、これが最強と呼べる機体は存在しないが、それだけにプレイヤーの個性が出やすい。
 雫は機動性優先で機体を組んでおり、その反応速度で縦横無尽に戦場を駆け回り、多くのミッションを事もなげにクリアしていた。
 『あたし天才!』とガッツポーズを決める程に調子に乗っており、実際それに相応しい成果を出していたのである。  
 
 が、それは幼い頃の海人が悪ふざけで追加したミッションに挑む前の話。
 それに挑んだ雫は、今や頭を掻きむしり、血走った目で画面を睨みつけている。
   
 挑んだミッション内容自体は、単純だ。
 ある施設を破壊し、そこに隠されているアイテムを指定場所まで運ぶだけ。
 施設が破壊するまで一時間かかるとか、アイテムのダミーが山ほどあるとかいうこともない。
 今までの経験から警戒心バリバリだった雫が、思わず脱力してしまったほどだ。

 しかし、アイテムを持ち上げた瞬間、事態は最悪に向かって爆走し始めた。
 地下から次々に敵ロボットが出現し、まるでイナゴの群の如く襲い掛かってきたのだ。
 一機一機はそう大した事は無いのだが、数が洒落にならない。
 一機倒すごとに二機増加する勢いで増えていき、雫が第一波を打ち破った時には目的地上空が敵機の黒でほぼ埋まっていた。
 それでも雫は諦めず果敢に無数の敵機に挑んだのだが、最後には敵機の海に呑みこまれ何をやっているのかさえ分からない状態でゲームオーバー。

 雫が悲鳴を上げるのは極めて当然の話だ。
 むしろコントローラーを粉砕しなかった事を称賛するべきだろう。
 
「ああ、懐かしいなそのイベント。クリアは可能だが、初見では難しいんだよなぁ……」

「ってかどうやったらクリアできんですかこんなもん!?」

「不可能ではない、というか知っていればクリア自体は容易だぞ、それ」

「……クリア自体は容易?」

「うむ。ちょっと考えて試してみるといい。クリアできたら白玉ぜんざいをこの場で御進呈だ」

「乗りました! クリア自体は容易って事は、あのウジャウジャした敵機の中に、
撃破と同時に他を巻き込んで爆発する機体がある……いや、確か出てきたのはどれも同じ形だったし、それじゃ簡単じゃない。
敵機の増加を食い止める方法がある……近場に止める為の物っぽいのはなかったし、遠くまで行くなら敵機が増えてこれも簡単とは言えない。
いや、そもそも根性悪くて人の裏かく事に生きがい覚えてるような海人さんがそんな分かりやすい手段を出すはずがない……」

「酷い言われようだが、それはそれほど捻った内容ではないぞ」

「海人さんの捻ってないは信用できません。いや、待てよ……そうだよ、海人さんが作ったんだ。
目の前に答えぶら下げといて、それを見逃し続けるのを見て馬鹿にするぐらいは平気でやる……となれば、近場で盲点が……」

(……事実、これは捻くれてないんだが……まあ、今の私の性格を元に考えればそうなるか)

 苦笑しながら、あーでもないこーでもないと頭を悩ませる雫を見つめる。

 今雫が悩んでいるギミックを作ったのは、海人が十歳の時。
 その頃の彼は、はっきり言って非常に素直で純粋な性格だった。
 今の海人を見て将来の自分だと知れば、泣いて殴りかかってきそうな程に。 
 そんな性格の世間知らずが、それほど凝った仕掛けを用意するはずもない。
 考えはしても、これはあまりにも酷いと案を破棄してしまっただろう。

 ゆえに、今の海人の性格を元に考える事は正解を自ら遠ざける事になる。
 そう思っていたのだが、

「そうか、これだぁっ!」 
 
 叫びながら雫が始めたプレイを見て、海人は目を見開いた。

 最初は、特筆すべき点はない。
 向かってきた敵機五体を攻撃を一切受ける事無く全て撃破。
 脆い設定になっているとはいえ凄まじい技量だが、雫の場合これで平常運転だ。
 周囲からやってきた敵機を撃破しながら施設を破壊する手際も見事だが、これも雫の場合は普通。

 驚いたのは、アイテムを手に入れた後。
 
 雫は続々地下から湧き出てくる敵機を適当に撃破すると、敵機が出てきた穴に向かって飛び込んだのだ。
 そしてそのまま、地下を通りながら目的地の方向へと突き進んでいく。
 途中敵機に幾度となく遭遇するが、彼らは無防備に雫の攻撃を受け、次々に撃破されていった。

 そして、

「いよっしっ! クリア!」

 ミッション完了の文字を見て、雫が手を叩いて喜んだ。
 画面を見る口元には満面の笑みが浮かんでおり、そしてそれは間髪入れず海人へ向けられた。

「おめでとう。にしても良く気付いたな?」

「ふっふっふ……よくよく動きを思い出せば、目的地周辺に増える敵機はどれも上空に向かってました。
そしてアイテム近辺の敵の増加速度は他の半分程度。そこまで考えればピンときますよ~」

 約束通り手渡された白玉ぜんざいを頬張りながら、胸を張る。

 最後の上空を埋め尽くす敵機に気を取られてしまったが、
よくよく考えてみればあれだけの敵機全てが雫が戦っている場所に向かっていれば、
第一波を打ち破る事もなくゲームオーバーだっただろう。
 周囲の増加敵が向かってきていたので惑わされていたが、あれは上空に陣取り向かってきた敵を迎撃するだけだ。

 ならば、上空から攻撃が届かない場所――――地下を進めばいい。
 
 とはいえ、入口らしきものは見当たらなかった。
 だが海人の言葉からしてアイテム入手地点近辺にあるはず。
 そう考え、敵機が出て来る穴こそが入口である可能性に気付いたのだ。

 そしてその考えは見事的中し、今こうして勝利の味を噛みしめているというわけである。

「うむ、よくぞ当てた。君もなかなか読むようになってきたじゃないか」

「あっはっは、海人さんの超絶難度のゲームにどんだけ挑戦したと思ってんです?
あんなの余裕ですよ。よ・ゆ・う♪ ひょっとすると、そのうち他のゲームも超絶難度に感じなくなっちゃうかもしれないですね~」 

 けけけけけ、と不敵に笑う雫。

 最高の気分だった。
 ようやく、ようやく海人の作ったゲームを短時間でクリアしたのだ。
 しかも、ギミック主体の内容にもかかわらず、それをあっさりと見破って。
 これはもう調子に乗っても当然、否むしろ調子に乗るべきだろう、そう思わずにはいられない。

 そう有頂天になっている雫に、海人が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ほほう……では折角だ。そのゲームの新ステージと新ミッションを作ってやる。
三日以内にクリアできたら……そうだな、カナールで一日食べ放題、さらに一ヵ月魔力の続く限り好きな物を作ってやろう」

「そりゃいい条件ですねぇ~♪ 受けました!」

「うむ、では早速作業に取り掛かる。刹那に今日の昼食と夕食は抜きで良いと言っておいてくれ」

「了解です。頑張ってくださいね~」

 からからと笑いながら、雫は地下室を後にする。

 雫は、知らない。
 この後伝言を姉に伝えた途端、拳骨が飛んでくる事を。
 そしてその後忙しい海人に余計な時間を使わせるような真似をした事について、一時間程正座で説教をかまされる事を。
 挙句の果てに『現在』の海人が自重を捨て去り、悪意全開で構築した新ステージと新ミッションに、
果てしない徒労感と絶望感を植え付けられる事を。

 今後は調子に乗るまい、遠からずそう深く決意する羽目になる事を、この時の雫はまだ知らなかった。 

 


 番外編107




 海人はがつがつと餌を貪る愛犬を、微笑みながら見つめていた。

 一心不乱に食事にふけるその姿に、拾ってきた時の面影はない。
 ぼさぼさになっていた毛並みは整えられ、茶色にちょっと艶が出ている。
 やせ細っていた体も栄養満点の餌で適度にふっくらとし、犬らしい逞しさが出ていた。 

(ほんと、良かった~……最初拾ってきた時は大変だったもんね)

 山の中で弱っていた子犬を拾ったのは、三年前。
 弱り切って動く事もままならぬ彼女を、押し車に乗せて屋敷まで運んだ。
 虚弱な彼にとってはそれでも大変だったが、このままでは死んでしまう、と必死で運んだのである。

 屋敷まで運んでからも、大変だった。

 一生懸命な介護の末にまともに動けるようになったが、最初はまったく餌を食べなかった。
 そればかりか、近づこうとすると吠えて威嚇してくる始末。
 根気強く餌を自分で食べてみせたり色々工夫する事で、誰もいないと確認できてから食べるようになったが、
そこから今のように目の前で餌を食べるようになるまでは、一年近くかかった。

(でも、本で読んだのよりは楽だったんだよね。コロ、僕を一回も噛まなかったし)

 うんうん、と頷く海人。

 この愛犬―――コロは、一度も海人を噛んだ事が無い。
 噛もうとした事は幾度となくあるのだが、毎回寸前で止めて走り去ってしまったのだ。
 最初は噛まれても大丈夫なように全身を防御用の素材で覆っていたのだが、結局意味はなかったのである。

 そして、躾自体も楽ではあった。

 元飼い犬だったのか、お手やお座りといった基本的な動作はあまり教える必要がなかったのだ。
 海人を飼い主と認識し、威嚇しないようになってからは、見事な機敏さで命令に従うようになった。
 今となってはたまにやってくる友達などにも愛想を振りまき、芸を見せる立派な飼い犬だ。

「まったく、こんな良い子を捨てるなんて、飼い主さん何考えてたんだろ。許せないよ」

 ぷりぷりと怒り、唇を尖らせる。

 海人がコロを拾った時、彼女は首輪をしていた。
 ネームプレートまで付いていたが、削れて読めなくなっていたのだ。
 捨て犬と判断するのに、時間はかからなかった。
 そもそも海人が拾った場所は両親所有の私有地であり、入るにはフェンスを越えなければならない。
 当然、犬が自分だけで入れるはずもないのだ。

 つまり、わざわざ前の飼い主がフェンスの中に放り込んでいった事になる。
 海人からすれば理解できない事だ。
 山の中に放り込んで、飼い犬が長く生きられるはずがない。
 家族だった者を、そうやって捨ててしまえる事が理解できないのだ。     

「……僕は、最後まで一緒にいるからね」

 餌を食べ終えて自分を見るコロを、海人は優しく撫でた。
 それに安心するように彼女は身を摺り寄せ、鼻を鳴らす。

 少しして海人が地面に座ると、それに追従するように身を伏せ、彼の小さな膝に顎を乗せる。
 また頭を撫でてやれば、嬉しそうに目を細め、頭を完全に預けてしまった。

 そんな仲睦まじい息子と飼い犬を、月菜が庭の片隅で見守っていた。

「まったく、なーんも知らないで気楽なんだからあの子は」

 踵を返しながら、月菜は前の事に思いを馳せる。

 海人は知らない事だが、コロは幾度となく海人に本気で噛みつきにかかっていた。
 きちんと防備は整えていたが、それでも本来なら痛い思いをしていただろう。

 それを押し止めたのは、他ならぬ月菜とその夫である神明。  
 噛みつきにかかる度、二人が思いっきり睨みつけて威圧し、退散させていたのだ。
 おかげで未だに二人の前では震えながら腹を出す。

 もっとも、そのせいで一番優しくしてくれる海人により懐いたのだが。

(……ま、馬鹿飼い主が許せないのは私も同じ、と。
さて、よーやく見つけた事だし報いは受けてもらいましょ)

 にい、と獰猛に笑う月菜。

 敷地内にペットを捨てる馬鹿は、過去一人や二人ではなかった。
 一応監視カメラは設置しているので大概の場合犯人特定後、速やかに叩き返すのだが、
今回は無駄に周到な相手だったため調べるのに時間がかかったのだ。

 余計な手間をかけさせた罪。
 飼い犬を死んでも構わないとばかりに人の敷地に捨てて行った罪。
 なにより可愛い息子に一時でも悲しい顔をさせた、大罪。
 今は犬を可愛がって幸せそうとはいえ、それで帳消しにできるような罪状ではない。
  
 本音を言えば、一家全員嬲り殺しにしてやりたい。
 調べたところ、捨てた理由は大きくなり始めて邪魔になったからという胸糞悪いもの。
 しかも今は新しい子犬を買っているという。このままでは、その子犬もいずれ捨てられるだろう。
 そんな悲劇は未然に防ぐべきだし、それを罪悪感すらなく起こす馬鹿を生かしておくのはなんとも腹立たしい。

 が、残念ながらこの国には法律というものがある。
 そして、それを執行する為の組織まで存在するのだ。
 
 親子三人皆殺しとなれば大ニュースになるだろうし、そうなれば後ろに手が回る可能性は低くない。
 単に一家行方不明というだけでもワイドショーで取り上げられる可能性が高く、やはり官憲に追われかねない。
 なんとも腹立たしい話だが、それが現実である。
 
 とはいえ、それならそれで手の打ち方を変えるのみ。
 幸いにして親の方に余罪があるようなので、社会的に破滅してもらう事は可能だ。 
 その為の手筈は既に整っており、後は一回電話をかけるだけ。
 そうするだけで自分達が関わる事なく全てが進み、勝手に終わる。
 
 息子の姿が完全に見えなくなった事を確認し、月菜は携帯電話を取り出した。


   

 番外編108





 海人の屋敷の厨房。
 屋敷の住人一同によって多くの極上素材が揃えられたここは、作れない物はあまり存在しない。
 特に野菜などの創造魔法で製造可能な食材は、足りなくても海人に言えば即出てくるので、好きな物を好きなだけ使える。
 
 ゆえに、普段は何を作るかで揉める事はあまりない。
 せいぜい量に限りのある肉でステーキにするか、煮込みにするか、はたまた丼物にするかで口論になる程度だ。

 なのだが、今日は些か趣が違っていた。

「……やっぱりすき焼きが良いと思うんですよね。鍋っていったらやっぱりこれですよ、うん」

 雫がうんうんと頷きながら、牛肉の塊を見つめる。

 物は、レスティア牛のリブロース。
 見るからに美味そうな、見事な霜降り肉。
 薄切りにしたこれの上にたっぷり砂糖をまぶし、醤油をかけて焼く。
 そしてそれを溶き卵につけて食べながら、炊き立てのご飯を頬張る。
 ひとしきり肉を食べ満足したら、野菜。
 水気の多いものから先に入れていき、頃合いを見て卵につけて食べる。
 鍋に出た肉汁が良いアクセントになり、これもまた堪えられない美味だ。
 想像しただけで、よだれが出そうになる。

「私はみぞれ鍋ですわね。今日はさっぱりと美味しくいただきたい気分ですわ」

 シリルがしれっと語りながら、厨房の片隅にある大根を見る。

 太く大きく、ある意味不格好な野菜だが、味は抜群。
 特に大根おろしにすると雪のような美しさを手に入れた上で、
個性が強い食材を柔らかく受け止める万能の調味料になる。

 各種具材を突っ込んだ鍋の仕上げに山のような大根おろしを上に乗せると、
見目も美しく味も抜群なみぞれ鍋が完成する。
 食べているうちに大量の大根おろしは姿を消し美しさは消えてしまうが、
それはいくらでも食べられるさっぱりとした美味の証明でもある。

 今日の気分と合わせて考えると、みぞれ鍋以外にはありえなかった。

「……拙者は、しゃぶしゃぶが良いのではないかと。
これほどに見事なレスティア牛です。シンプルに肉の良さを引き出せるしゃぶしゃぶが一番でしょう」

 控えめに、だがはきはきと語りながら、妹と同じ物を見る。

 確かに、この霜降りはすき焼きにしても美味いだろう。
 濃いめに味をつければ、それだけで米との相性は抜群。
 醤油の香ばしい香り、醤油と砂糖が織りなす絶妙な甘辛さ、それらを包む卵の美味。
 きっと、食べ始めたら止まらない程に美味いはずだ。

 が、折角の極上肉を使うならば素材の味を徹底して味わうべきではないか。
 すき焼きは肉以上に醤油や砂糖が強く出てしまい、往々にして肉の良さが霞んでしまう。

 対してしゃぶしゃぶはポン酢、ごまだれ、薬味、そういった肉を引きたてる最小限の素材を用いるに止め、
肉をひとしきり味わった後、肉汁がたっぷり含まれた出汁に野菜を潜らせて食べる。
 それだけの料理だからこそ、肉の味を存分に味わえる。

 さらに、これなら食後に残るのは肉と野菜の旨味が溶け込んだ出汁のみ。
 そのまま雑炊にしても良いし、うどんや葛切を締めにしても良い。
 すき焼きは確かに美味いが、この締めの自由度の高さや純粋に肉を味わうという点において、
しゃぶしゃぶに大きく劣る。

 すき焼きは嫌いではないが、これほどの肉ならしゃぶしゃぶ一択であった。 
 
「ん~……私は寄せ鍋が良いんだけどね~」

 最後に、ルミナスが主張する。
   
 基本的にはみぞれ鍋と同じだが、大根おろしは上に乗せない。
 後で個々の好みに合わせて使用するのみだ。

 ルミナスとしては、大根おろしは加熱するよりも薬味として使った方が好きなので、みぞれ鍋より寄せ鍋なのである。
 なにより、みぞれ鍋では大根おろしが強すぎて締めの味わいが損なわれる気がしてならない。
 米で雑炊、あるいはうどんや蕎麦を潜らせて食べるにしても、大根おろしが鍋に入っていると邪魔なのだ。

 なお、今日に限ってはすき焼きやしゃぶしゃぶという選択肢は初めからない。
 どちらも美味いが、使う具材の種類に限りがある。
 今日は魚介もたっぷりある事だし、可能な限り多くの素材を使いたいのだ。

 また、具材の種類の多さはメリットでもあり、締めの雑炊やうどんの旨味は頭一つ抜けている。
 肉・魚介・野菜・あらゆる種類の旨味が一つの鍋に集い、濃縮されるからだ。
 その濃密で重層的な味わいは、思わず言葉を失うほどの美味だ。

「……見事にばらけましたね~。さて、どう決めますかね」

 雫がぼやく。

 この場で出来る一番単純な解決策は、各々が好きな鍋を作る事だ。
 それが可能なだけの素材も揃っている。

 が、鍋は同時に突く人数が増える程美味くなるもの。
 一人一種類の鍋では味が落ちるし、何より侘しい。
 可能ならば周囲を説得して皆で同じ鍋を食べたいところだ。

 とはいえ、説得は難しい。
 各々今日の気分と好みで決めているので、簡単には覆せないのだ。
 かといってジャンケンなどで決めるのは安直すぎてしこりが残りかねず、
殴り合いで決めるなどは不毛な上に無粋。
 本当なら一発で後腐れなく決まる手法もあるのだが、今はない。  

 仕方なく、各自説得しやすそうな相手から攻める事にした。

「う~ん、シリル、どうしてもみぞれじゃないと駄目?」

「あの真っ白な美しさを目で楽しみ、そしておもむろに食べ始めたいんですわ」

「大根おろし山盛りにしたお皿横に付けるとかは?」

「それで満足できるとは思えませんわね。お姉さまこそ、みぞれは駄目なんですの?」

「やっぱり大根おろしで汁薄まっちゃうのがねぇ……」

 う~ん、と唸る上司と部下。

 シリルとしては本来ルミナスに譲りたいところだが、今日の気分はみぞれ鍋一択。
 味は近いが、あの美しさを楽しんだうえで食事を楽しみたいのでルミナスの提案は受け入れられない。
 
「雫、やはりしゃぶしゃぶが良いと思わんか?」

「ふ、しゃぶしゃぶなんて枯れ果てた老人が食べる物だよ。
若くてエネルギッシュなあたしとしてはガツンとしたすき焼きを食べたい!」

「しゃぶしゃぶも良いぞ? 少し常道を無視するが、湯通しした肉を蒸野菜に巻けば、
美味い上に栄養もたっぷりだ」

「すき焼きの濃い味付けなら野菜でも何でも御飯と一緒に美味しく食べられる!
食欲が増してくぶん、そっちの方が栄養もたっぷりとれるんじゃないかな?」

「それは錯覚だ。実際は米の分野菜を食べる量が減る。
ついでに言うと、食べすぎると夜の鍛錬が地獄じゃないか?」

「……それでも、それでもあたしはすき焼きが食べたい……!」

 優しく説得する姉に、駄々をこねる妹。
 この姉妹にしては平和なやり取りだが、どちらも引く気配はない。 

 これは難航しそうだ、と一同が思っていると、唐突に雫が弾かれたように顔を上げた。

「よしっ! 最善の解決策が来ましたよ!」

「あら、それは良かったですわね」

「そうね。無事寄せ鍋が食べられそうだわ」

「申し訳ないですが、しゃぶしゃぶになるかと」

 各々が歓声を上げつつ雑談に興じていると、海人が厨房に顔を出した。

「おや? まだ何にするか決まっていないのか?」

「そ。私達は鍋物で意見一致してるんだけど、あんたは何が良い?」

「鍋物か……ふーむ、結構具材あるみたいだし、寄せ鍋かな」

「カイトさん!? みぞれ鍋という案はいかがですの!?」

「みぞれ鍋……いや、普通に寄せ鍋だな。大根おろしは薬味として使う方が好きだ」

「やたっ! 寄せ鍋確定!」

 シリルの足掻きが潰え、自分の要望が通った事に喜ぶルミナス。

 まがりなりにも、海人はこの屋敷の最高権力者だ。
 その彼が明確に決めた以上、この場に反論できる者はいない。
 なんだかんだで、彼の意見は常に尊重されているのだから。
 
 とはいえ、誰も寄せ鍋が嫌いというわけではない。
 もっと食べたい物があったというだけで、好きは好きなのだ。 

 要望が叶わなかった者達は若干肩を落としたものの、すぐに準備に取り掛かった。 





 番外編109





 とある森の中にある小屋。
 元々は薬師達が薬の素材となる植物採集の拠点として建てた物だが、
主目的であった薬草が安価に人工栽培可能になった為次第に利用されなくなり、
最近ではその存在すらもすっかり忘れ去られていた場所だ。

 が、最近になってそこを利用する者達が現れた。

 とある山賊団内部の権力争いに敗れた者達が、
それまでに貯めた財産を手に執拗な追手から逃げ回り、
偶然逃げ込んだ森で見つけたここに落ち着いたのである。

 財産は多く、対して人数はそう多くないのだが、それでも普通に生活すれば目減りしていく。
 そして大元が減れば、少なくなっていく財産に焦りを覚え、持ち逃げしようとする者も現れる。
 そう判断した彼らのトップは、多少のリスクは承知でここでも慣れ親しんだ稼業を始める事にした。

 人が入る事は少なくなったとはいえ、森の外周付近は荷馬車が通る事も多く、獲物には事欠かなかった。
 結果として、彼らの財産は目減りするどころか徐々に増え続けていたのだが、
その日々は些細な欲で終わりを迎えていた。
  
「ひ、ひぃぃぃぃっ!? こ、殺さないで、許してくれぇぇぇぇっ!?」

「人を狙っておいて随分ムシの良い話ね。で、私を狙うように言った女はどこへ行ったのかしら?」

 女性は表情を動かさぬまま、右手で掴んだ男の首に更なる力を込めた。
 逃げられぬよう首を締めつつ、言葉は発せられるという絶妙な力加減だ。

 本来ならこの状態でも抵抗の手段はいくらでもあるのだが、男にはなかった。
 既に両手両足をへし折られ、魔力もほとんど残っていないからだ。

「い、言えば助けてくれるのか!?」

「言わねば殺す事だけは間違いないわね」

 見苦しいまでに怯え慄く男の訴えを受け流し、更に力を込める。
 まだ致命ではないが、それでも後三回同様に力を込めれば男は絶命するだろう。
 首を、文字通り握り潰されて。
 
「あ、あの女は今朝東の村に向かった! 見送ったから間違いねえっ!」

「そう。ありがとう」

 言葉と同時に、彼女の手元でぐちゃりと音が鳴った。

 彼女は息絶えた男の服で血を拭うと、そのまま死体を放り捨てた。
 そして何かを確かめるように床を眺めると、

「ふっ!」

 強い呼気と共に、右足で床を踏み抜いた。
 砕け散った床板の下からは、なにやら安っぽい木箱が覗いている。

「……大雑把に一億といったところかしらね。
あの馬鹿のついでとしては良い稼ぎだわ」

 床下から引きずり出した箱を開け、女性は小さく頷いた。
 
 中に入っていた宝石の数は少量だが、質が良い。
 ダイヤモンド、ルビー、エメラルドなど、どれも輝きが強く、粒も大きかった。   
 町で売れば良い稼ぎになるだろう。

 そんな事を思いながら宝石を荷物にしまい、小屋を出たのだが、
その矢先に眼前に槍が突きつけられた。

「貴様、ここで何をしていた!?」

「襲ってきた山賊を始末しただけですが、何か?」

 厳しい表情で睨みつける騎士風の男に、女性は淡々と言葉を返す。
 嘘は言っていない。襲われたのがここではなく、始末ついでに財産も奪っただけだ。

「何を馬鹿な事を。素直に吐かねば女といえど容赦はせんぞ!」

 騎士甲冑に身を包んだ男は、更に槍を突きだし、女性を威嚇する。
 その背後では、同じく騎士甲冑に身を包んだ男達が各々武器を抜いていた。

「……山賊の死体がある事は小屋を改めていただければ分かるかと。
どうぞ、存分にお調べください」

 すい、と横に避け、空きっ放しのドアを示す女性。
 
 ――――その瞬間、槍を突きつけていた男は驚愕した。

 いつの間に移動したのか、全く分からなかったのだ。
 不審な動きをすればその瞬間串刺しに出来るよう、警戒していたというのに。
 
 警戒心を強めながらも、彼は部下に顎で中を調べるよう促した。

 促された者達は警戒しながらも女性の脇を通り、中に入っていく。
 
 薄暗くて見えないので照明魔法を使おうと思いながら部屋に足を踏み入れたその時、
足元からぴちゃりとどこか粘度のある液体の音が聞こえた。   

 何だろうと思い、発動した照明魔法を床に向けると、

「……ひっ!?」

 思わず、悲鳴が上がった。

 足元にあったのは、血の海。
 足の踏み場がない程ではないが、床の大半が赤に染まっている。
 出所に目を向ければ、あまりにも無惨な死体の山。
 千切られた首、斜めに両断された胴、バラバラになった手足、そんな物から血が流れていた。  

「どうした、何があった!?」

「さ、山賊の死体です! どれもこれも一撃で殺されています!」

 悲鳴じみた返答に、女性に槍を突きつけている男の背筋が凍った。

 今日彼らがここに来たのは、とある大きな山賊団の権力争いに敗れた一派が潜伏しているとの情報を得た為だ。
 それらの殲滅を目的として、ここに辿り着いた。

 が、激戦が予想された相手でもある。

 敗残者と言えば情けなく聞こえるが、仮にも大規模な山賊団で上位にいた者達だ。
 数は少ないとはいえ一人一人が相当な手練れで、
実際所属していた山賊団からの追手は何十人も返り討ちにあっている。 

 にもかかわらず、それらを全て一撃で殺したらしい眼前の女性は、なんら手傷を負った様子がない。
 本当に彼女がやったのであれば、まさしく怪物だ。

「とりあえず、行ってもよろしいでしょうか?
あの山賊達の仲間でない事は御理解いただけたでしょう?」

「う、うむ……」

「隊長大変です! こいつらが持ち逃げしたという宝石がありません!」

「……お前が持っているな? 出してもらおう。あれは民に還元されるべき物だ」

 槍を右手で握ったまま、男は女性に手を差しだす。
 その表情は威圧的で有無を言わさぬ迫力があったが、
彼女は動じず、表情を変えぬまま静かに言葉を返した。

「民に還元されるべき物、ね。そう言えば素直に渡すとでも思っているのかしら?
騎士に扮した山賊は、随分と浅はかな事ね」

「な、何を馬鹿な事を! 我らは正当なトートレッ―――」
 
「トートレッタ王国の騎士甲冑は去年デザインが刷新され、既に全ての騎士に支給されているわ。
貴方達が纏っているのは、旧式。仕事中に纏っている人間はまずいないでしょうね」
  
「くっ……! おい、全員で一気に―――?」

 見破られた事に焦って指示を出そうとした男が、途中で困惑した。

 どういうわけか、言葉が続かなかったのだ。
 理解不能な事態ながらも後ろに飛びずさろうとするが、足も動かなかった。
 かと思えば、急に景色が逆さまになり、何やら落下していくような感覚がある。
 地面に衝突し見上げてみれば、見覚えのある体が倒れていく光景。
 
 何が起こっているのか――――最後まで分からぬまま、男の意識は断絶した。


 














 数分後、全ての敵を解体した女性は彼らの装備品を検分していた。 

「……あら、今度も儲けものね」

 男達が身に纏っていた武器を見て、小さく頷く。

 防具の方は旧式の騎士甲冑でこのままではかさばる割に売っても利益が少ない。
 素材が悪いわけではないが、持って町まで売りに行く労力と合わせると割に合わないのだ。

 が、武器は違った。

 質の良い素材がそれを存分に活用できる技術によって作り上げられた逸品。
 剣は切れ味と頑丈さを両立させ、槍も握り易さや重量配分が申し分なく、
斧も威力を重視しつつ扱いやすく仕上げたなかなかの品だ。 
 極上品でこそないが、どれも良い品である。

 甲冑と違い嵩張らないため持ち歩きやすく、かつ高値で売れる良い収穫だ。

「……東と言っていたわね。となると……」

 女性は呟きながら、地図を広げる。

 現在追っている人物は、決して間抜けではない。
 追われていると分かっていて、まして確実に全滅すると分かっている連中に正確な情報など与えるはずがないのだ。
 それが東に行くのを見送ったというのなら、東以外の可能性が極めて高い。
 
 それでも他の方角の中から向かった方向を絞り込むのは本来至難だが、
生憎と付き合いが長いゆえに思考パターンはある程度読めており、向かった先も見当をつけやすい。

 今までのパターンからして、とりあえずどこかの方角の一番近い村や町で一休みするはずだ。

(……西のジェイオ村はないわね。小さい村では追いつかれたら終わり。
南のラスティーグの町は……規模はそこそこだし、空き家も多いから潜伏しやすいけど、活気がない。
他も似たり寄ったりだけど……一番可能性が高いのは、北西のルスティーオ村ね。あの馬鹿なら、ほぼ確実だわ) 

 結論を出し、地図を畳む。

 追っている相手は慎重な性格だが、同時にかなりの快楽主義者だ。
 例え化物相手に逃げ回っている最中だろうと、何かしら楽しもうとする無駄な度胸がある。
 その観点からすれば、逃亡先は何らかの娯楽が期待できる場所以外にはありえない。
 
 ここから北西のルスティーオ村はそこそこ大きいためもし見つかっても隠れやすく、
また王都からも客が訪れるという名物食堂がある。
 見失った時間と距離を考えれば、今日はその宿屋も兼ねているという食堂で一泊し、
明日の早朝に出かけるといったところだろう。

 この予想が当たっていれば、女性にとっても都合が良い。
 ルスティーオ村からもう少し離れた場所にある町は規模が大きく、戦利品を買い取ってもらえる可能性も高いからだ。

「……男爵家との諍いなんかに巻き込んでくれた対価は、しっかり払ってもらわないとね」

 そう呟くと、女性は魔法詠唱を始めた。

 魔法が発動した瞬間、小屋と周囲に散らばる死体が燃え上がる。
 凄まじい熱量が場を満たすが、女性は眉一つ動かさない。
 ごうごうと燃え盛る自らの魔法を最後まで見届けると、彼女は荷を纏めて何事もなかったかのように歩き始めた。

 あとに残されたのは、焼けた地面のみ。
 その焼け跡も、たき火の後と言えば通用してしまう程に痕跡が薄い。
 まして殺戮が起きたなど、誰も信じないだろう。
 
 ゆえに――――この後にここを訪れた山賊を追う本物の騎士達は素通りし、一昼夜さまよい歩く羽目になった。
     




 番外編110





 リトルハピネス。
 ここは多くの質の高い料理店がひしめくカナールにおいて、常に人気を博している店舗だ。
 味もさる事ながらボリュームもたっぷり、さらにはメニューも豊富で、幅広い客層から根強い人気を誇っている。
 
 それを支えているのが、店主であるミッシェル・クルーガー。

 外見こそ元は美人であっただろう恰幅の良いおばちゃんだが、その料理の腕はカナール屈指。
 高級食材を使わずに貴族すらお忍びで訪れるような質の高い料理を次々に生み出し、
全ての客にコストパフォーマンスに優れた味の世界を満喫させている。
 また、従業員の教育にも余念がなく、日々戦場のような厨房を仕切りつつ、料理は勿論接客の指導も怠らない。
 
 しかも、店を続けながら女手一つで現在若手最高の冒険者と謳われているゲイツ・クルーガーを育て上げ、
いまだ彼が幼い頃からの上下関係を保ち続けているという、凄まじい教育の成果まで持っている。
 
 まさしく稀代の女傑で、カナールの若い女性には彼女に憧れる者も多い。
 
 そんな彼女は、現在自身の店で常連と向かい合っていた。

「……という事なんだけど、何か良い案ないかい?」

「と言われましても……貴女ほどの料理人に提示できるほどの案は流石に……というか、何故私に?」

 ずずい、と身を乗り出すミッシェルに、海人は引き攣った笑みを返した。

 話自体は、単純だ。

 リトルハピネスは人気店だが、店舗がさして広くなく、質の高い料理を提供する為、
どうしても客を捌ける数に限界がある。
 時間帯によっては行列が出来る事も多く、空腹だというのに長く待たされる客も出てしまう。
 それでも食べたい、と思ってくれる客が多いのはありがたい話だが、申し訳ない事に変わりはない。
 また、食べたいが並んでいる暇がない、と悲しげに去っていく客も多く、余計にそれが倍加する。

 一応の解決策、というか妥協策として持ち帰り用のサンドイッチも提供しているが、
同等以上の質の物を提供する店が他に存在するので、この店でやる意味が薄い。

 ゆえにこの店ならではの料理で、持ち帰り可能な物。
 それも冷めても美味しく食べられて、出来れば見栄えが良い物。

 ――――それの案を、海人が求められたのだ。 

「いや、だってあんたルミナスちゃんの料理色々と食べてたろ?
それに味覚が鋭いし、頭良いみたいだし、何か思いつかないかねー、と思ってさ。
私ら本職がかえって見逃しちまう事ってのもあるだろうしね。
ああ、セツナちゃんとシズクちゃんも何か思いついたらドシドシ言っとくれ」

「いえ、拙者はその、正直料理は不得手ですし……」

「あたしもミッシェルさんが思いつかないような事思いつくとは思えませんねー」

「そうかい……カイト君、やっぱ思いつかないかい?」

「一応伺いますが、おむすびというのは?」

「あれかい……味は良いが、華がないんだよねぇ。
美味しいけど具を入れても外からは見えないからねぇ……白一色は流石に寂しい」

 はあ、とミッシェルは溜息を吐く。

 おむすびというのは聞いた事があったし、試しもしたのだ。
 海人の卸してくれている米が美味い事もあり、確かに良い物には仕上がる。
 塩と米だけでも十分に美味かったし、色々と具材を考えて突っ込んでみたが、基本的に外れがなかった。
 味の面だけで言えば、文句など出ようはずもない。

 問題は、見た目。

 米の白い輝きは確かに美しいが、それだけでは流石に寂しいものがある。
 そして、どんな具材だろうと米に埋めてしまう為、見た目のアクセントにならない。 
 細かく切った具材の一部を三角形のてっぺんに盛ったりもしたが、
大部分が白ではやはり見た目的によろしくなかった。

 そうがっくりと肩を落とすミッシェルに、海人は小さく首を傾げた。

「へ? いや、海苔とか葉物の漬物とかで巻けば見た目のバリエーションも多少……あ゛」

 海人は慌てて口を抑えるが、時すでに遅し。
 獲物を狙う飢えた獣のような眼差しで、ミッシェルが口を開く。

「……聞かせてもらえるかい? まずノリってのは何だい?」

「あー……大雑把に言うと、海藻を乾燥させた物です。
火で軽くあぶると、ほのかな旨味に香ばしさとパリパリした食感が加わり、
塩をまぶした米と一緒に食べると非常に美味いです」

「それはこっちに卸してもらえるのかい?」

「……量は限られますが、それでよろしければ」

 問われた海人は、目を逸らしながら答えた。
 いつも尊大さを漂わせている彼にしては珍しく視線が宙を泳ぎ、
声にどこか萎縮が感じられる。
 
「……そうかい、じゃあ今度味見用に持ってきとくれ。
で、漬物だがね、葉っぱの漬物ってのは聞いた事がないし、漬物じゃ酸味が強すぎて米と合わないよ?」

「あ、いえ、ヒノクニではこちらと違い塩をたっぷり使って漬物を作るのです。
適度に水分が抜けてしんなりすると、大きい葉物ならばおむすびも巻けますし、
漬物の塩味が米ととても良く合うのです」

 ミッシェルの疑問に、今度は刹那が答える。

 この大陸の漬物は、基本的に酢漬けだ。
 ゆえに酸味が強く、パンなどとは良く合うが米との相性は良くない。
 対して、ヒノクニでは漬物に塩を多く使う。
 酸味はあるがこちらの漬物程ではなく、塩分が強いため米との相性が良い。 

「ほほう……ちなみに、おむすびを巻くなら何が一番良いんだい?」

「白菜じゃないですかねー。ちょっと塩味薄目の」

 ごくん、と茶菓子を飲みこみながら能天気な声で答える雫。
 その頬は、今しがた食べたチョコレートの味に緩んでいる。 
 
「初めて聞く野菜だね……それは手に入るのかい?」

「…………量は限られますが、それでよろしければ」

 先程と同じ言葉を返す海人だが、視線は先程より更に落ち着きが無くなっている。
 まるで一部の隙もない笑顔であるミッシェルを、一瞬でも視界に入れたくないと言わんばかりに。
 
「うんうん、ありがたい話だねぇ。ま、それはそれとして……カイト君?」

「な、何でしょう?」

「二人も養う事になったってのに、なーんで商売っ気出さないんだい!?」

 笑顔から一転して般若の如き形相になり一喝するミッシェル。
 太めの全身から発せられた大声量が、店全体にビリビリと響き渡っている。
 今が休憩時間でなければ、阿鼻叫喚の大騒ぎになっていただろう。
 
「い、いえその、単純に忘れていただけなのですが……」

「言い訳すんじゃない! ってか本当に忘れてたんならもっと問題だよ!
あん時あんだけお説教したのにもう忘れちまったのかい!?
もっかい説教すっから覚悟しなっ! 今度はあん時みたいに温い説教じゃないからね!?」

 海人の言い分をバッサリと切り捨て、宣言するミッシェル。

 なんとも頭の痛い話だった。
 海人には、商売っ気というものがない。
 なんせ、今この店で使っている上物の米を卸す時も、最初はそれより劣る米の六割程の価格で卸そうとしたぐらいだ。
 勿論そう申し出てくれた彼の心は嬉しかったが、未来ある若者の選択としては大問題だった。
 
 この世の中、いつどこで何があるのかなど分からない。
 特に金の問題はいつどんな時に大金が必要になってもおかしくない側面がある。
 それを考えれば稼いで稼ぎすぎる事は無く、稼げる機会は極力逃すべきではない。
 まして稼ぐ手段が手元にあるのに気付かなかったなど、言語道断である。

 無論稼ぎすぎてやっかみを受けて命が危険に晒される事もあるだろうが、
ミッシェルの経験上それよりも金がない事による問題の方が大きい。
 
 息子の話からすると商才はむしろ有り余っているぐらいのようだが、
商売っ気がないのではそれも宝の持ち腐れ。
 どんな良い包丁も、使われないのではただの飾りでしかない。

 それでも、まだ彼が一人の時は容認できなくはなかった。
 仮にも成人した男なのだから、無欲ゆえに何が起ころうと己の責任。
 なので、お金を稼ぐ大切さを頭に刻み込んで忘れられないよう延々説教するにとどめた。

 が、現在の彼は護衛二人を養っている。
 ならば、きっちり商売っ気を出して稼げるところで稼いでおかねばならない。
 いまや彼の稼ぎに三人分の生活がかかっているのだから。

 無論、護衛姉妹も選んだ主が悪かった自己責任と言ってしまえばそれまでなのだが――――そうもいかない。

 そもそも、眼前の主従は三人共非常に良い子なのだ。
 三人共礼儀正しく、それでいて人当たりも柔らかい。
 また、今時珍しい程に仲が良く、特に食事風景は見ていて和む為、
ついついデザートをおまけしてしまう時もある。
 出来る事なら幸せになって欲しいのだ。
 
 ミッシェルはそう思い――――心を鬼にして、こんこんとお金を稼ぐ大事さを説き始めた。
  
 ――――まさか、海人の収入が平均的な同年代よりはるかに上だなどとは夢にも思わず。






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