ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット23


 番外編111



 カナールの路地裏。
 一般に路地裏というのは人目につきにくいものだが、
この町においてはそういう場所はそう多くない。
 町の創設者達が、治安維持の為に意図してそういう場所を減らしているためだ。
 
 とはいえ、それでも人目につきにくい場所というのはある。
 賑わっている地区同士の僅かな継ぎ目、味や品揃えの変化で客足が遠のいた店の近辺、
近くの店舗が倉庫代わりに物を置いている場所などだ。

 そんな場所で、海人は三人の男達に囲まれていた。

「話は分かった。要は、毎度のように美女を連れている私が気に入らんという事だな?」

「ふん、金持ってんだかなんだか知らねえが、気に入らねえんだよ。
痛い目にあいたくなきゃ何人かよこしな。なぁに、ちょっと指定した場所に――」

「従う義務も義理もないな。寝言は寝て言え、不細工面。
そんな性根だから醜い顔が更に醜くなって女性が寄り付かんのだ」

 禿頭の男の言葉を遮り、淡々と罵倒する海人。
 男の顔に一瞬猛烈な怒気が浮かぶが、彼はそれを堪えてさらに海人の胸ぐらを掴む手に力を込めた。

「立場分かってんのか、ひょろひょろ野郎。俺らがその気になりゃ、てめえなんぞ……」

「脅す言葉も芸がないな。思いっきりおまけして五点だ。
どうせ、いつでも殺せるとか骨を砕けるとかいった内容だろう?
顔も悪い、性格もカス、話も駄目……生きてて辛くないか?」
 脅しになんら臆することなく、海人は更に罵倒した。
 その表情には苦しみなど微塵もなく、ただただ相手への嘲弄が前面に出ている。
 それは彼の悪の貴公子然とした顔立ちと相まって、さらに相手の怒りを煽った。

「人が親切に話で済ませてやろうとしてりゃ図に乗りやがって……!」

「アホか。罠にでもかけんと彼女らには敵いそうにないからこんな脅しをしとるんだろうが。
必要がなければ、貴様らのような手合いは背後から襲うなりなんなりしてこんな事はしとらんだろ。
子供でも三秒でも見抜ける嘘しか吐けんおつむで、生きてて恥ずかしくないか?」

「んの野郎……! もういい、くたばぐげえっ!?」

 ついに怒り狂って海人の顔面に拳を叩き込もうとした男が、突如悶えながら崩れ落ちた。
 倒れた男は、ぶくぶくと口から泡を吐き、死人のような顔色で白目をむいている。

「とことん馬鹿だな。あの状態で私を殴るなら、胸ぐら掴んだ手でそのまま顎を打ち抜けばいいだけだ。
それをわざわざ左拳でぶん殴ろうとするなぞ、本気で救いようのない馬鹿だな。
おかげで余裕をもって反撃できたんだから、感謝すべきなのかもしれんが」 
  
 地面に崩れ落ちた男の頭を踏み躙りながら、嘲笑する海人。
 その表情には罪悪感など一切ない。
 ただただ愚者を蹂躙する暗い愉悦が浮かんでいる。

「て、てめえ、何しやがった!?」

「これを見て分からんのか? 単に股間を攻撃しただけだ。
加減など分からんから、ひょっとすると潰れたかもしれんがな」

 食ってかかる頬に大きな傷を持つ男に、解説する。

 海人がやった事は、至極単純。
 言葉通り、股間を強打しただけだ。
 それで足元に転がっている男はこの有様になったのである。

「素人じゃあるめえし、ボルズが股間打たれるわきゃねえだろうが! なにしやがったんだ!?」 

「実際打たれたんだがな。つまり、この男は素人以下という事なのだろう」

「ふざけんな! 俺らはもうすぐ冒険者ランクDになるんだぞ!?
そのリーダーが手前みたいな貧弱ヤローに股間やられるわきゃねえだろうが!」

「……その程度で威張られても困るんだがなぁ……」

 割と本気でぼやく海人。

 冒険者ランクDというのは、決して高くはない。
 平均的な冒険者なら、遅くとも三十代前半で到達するという程度のレベルだ。
 また、依頼を着実にこなして成果を出していればさして労なく到達できるランクでもあり、強さの証明とは言い難い。
 
 見たところ、目の前の男達はもうすぐ四十代に突入する年齢だ。

 これでもうすぐランクDに昇格となると、一般的な冒険者より数段弱いと見るのが妥当だろう。
 刹那や雫のような特殊極まりない例がそこらに転がっているとは思えないし、
そもそもそんな人間が近接戦で海人の攻撃など受けるはずがない。
 むしろ、彼らは長年仕事を続けてようやくお情けでランクDへの昇格が許されたと見るべきだろう。

 それで威張られたところで、哀れんでやる事ぐらいしかできない。
 無論、海人は哀れむ気など毛頭ないが。
  
「その程度、だと……! もう許せねぇ! ぶった斬ってやらぁっ!」

 怒り狂った頬に傷のある男が、剣を抜いた。
 そしてそのまま海人に斬りかかろうとするが、

「や、叫ぶ前に斬りかかりましょーよ」

 可愛らしい声と共に、男の意識が断絶した。
 意思の力を失った肉体は、仲間と同じく力なく地面に崩れ落ちていく。
 下手人である少女――――雫は、呆れたように足元に転がった男を見下ろしていた。

「なっ、てめ……」

「狼狽する前に武器を抜く、あるいは拳を構えるというのも初歩だ」

 涼やかで怜悧な声と共に、最後に残っていた男も地面に崩れ落ちた。
 倒れ伏した男に彼女―――刹那は目をくれる事もなく、己が主に視線を向ける。

「お怪我はございませんか?」

「見ての通りだ。小細工したとはいえ、少々弱すぎたな。
これでは並程度の冒険者に通じるかどうかが分からん。
折角君らに手出しを待ってもらったのに、あまり意味がなかった」

「……その小細工なのですが、一体何をなさったのですか?
拙者共が見ていた限り、海人殿の体は微動だにしておられませんでしたが。
一応、見当はつくのですが……」

「ふむ、言ってみろ」

「おそらく、服の裏に溜め込んでおられた魔力を使用した魔力砲でしょう?
瞬間的に制御を緩め、服の外側に魔力を露出させてから撃ったなら、服も破れませんから」

「正解だ。ま、相手が油断している事が前提の小細工だな。
油断さえしてなければあんなしょーもない不意打ちはそうそう通じんだろ」 

「や、零距離であれやられたら防げるかは怪しいですよ?」

 海人の言葉に、雫が異を唱える。

 海人が使った戦法の最も恐ろしい点は、察知が難しいという事だ。
 なにしろ体が全く動かないので、一般的な攻撃準備の兆候が全くない。  
 強いて言えば魔力を溜めている間に服の裏から発光がある事ぐらいだろうが、
それも今回のように至近距離で使えば気付かれる事は無いだろう。

 少なくとも、至近距離用としてはかなり有効な戦法だ。
 あそこまで器用に魔力を操作できる人間は、かなり少ないだろうが。

「かもな。だが、無駄話しながら魔力を溜め込んでる事ぐらいは気付くだろう。
となれば警戒するのが当然だし、警戒してればあんな溜めの少ない魔力砲ではそうそう痛手にはなるまい。
ま、強者相手ならせいぜい土壇場での悪足掻きの一手といったところか」

 軽く肩を竦めながら、海人はこの戦法の弱点を語る。

 確かに至近距離用としては有効な戦法だが、服の裏に魔力を溜めておく必要がある為、
溜められる魔力量に限度があり、それゆえに威力もさしたるものにはならない。
 きっちり肉体強化さえしていれば、海人でも痛手にはならない程度の威力だ。

 今回は、相手が海人を舐めきって肉体強化をしていなかったが為に、あの結果となったのである。
 強化をしていたところで余程の強者でなければ一瞬怯ませるぐらいは期待できるが、
頼りきれるほどではないのだ。

 そんな事を考えている海人に、刹那が頬を緩めた。

「相変わらず、しっかり分析なさっておられますね」

「あくまで仮説だから、優秀な専門家の意見が欲しいところだな?」

「その認識で問題ないかと。悪足掻きとしてなら有効だと思いますので。
それで、いつも通りの対応でしょうか?」

「ああ。すまないが、人が来ないよう見張っていてくれ」

「承知いたしました」

 恭しく頭を下げると、刹那は路地の入口まで足を進め、遮音魔法を使った。
 ここは行き止まりなので、これだけやっておけばそうそう見つかる事は無い。

 表通りの喧騒が聞こえなくなったことを確認し、雫が口を開く。

「さてさて、毎度おなじみ処理のお時間ですけど……なんで生かしとくんです?
こーいうあからさまな野盗まがいの冒険者だと、いなくなっても気にしない人間の方が多いでしょうし、
この場で灰にしちゃった方が確実な気もするんですけど」

「それは悪手だな。灰にできるような火魔法を使えば路地裏といえど目立つから、
それの隠蔽をするには視界・音・余波の遮断など手間が多くなるし、途中で通行人に見つかった時が面倒だ。
この手法なら万一見つかったところで、倒れていたのを介抱してますと言い逃れできなくはない。
しかも処理ついでに色々実験もできるし、善人的な行動をとるよう仕込めるからここの治安維持にも役立つ。
なんだかんだで、これが一番便利なわけだ」

「なーるほど。毎度ながら、海人さんも悪党ですねぇ?」

「おやおや、心外だな。将来の犯罪の芽を摘み取り、あまつさえ治安維持にも協力しているというのに。
しかも処理された人間も善人になる事で幸せになれるかもしれないんだぞ?
うむ、まったく隙のない素晴らしい善行ではないか」

「処理された人間を本人と呼べるかはさておき、でしょ?」

「肉体的には紛れもなく本人だぞ。精神的にはともかく、な?」

 あっはっは、と朗らかに笑い合う主従。
 どちらもこれから悪魔も真っ青な処理を行うとは思えない程に、爽やかな笑顔だった。  

 ――――なお、余談だがこの時処理された男達は、その後の人徳によってささやかな幸せを掴む。

 一人は美人ではないながらも優しい妻と可愛い子供に恵まれ、
一人は結婚は出来なかったものの多くの友人に囲まれ、
一人は長年軋轢のあった家族との不和を解消し、それぞれ温かい生活を手に入れる事となる。
 能力ゆえに周囲から侮蔑され、性格ゆえに多くの者に嫌われていた処理前では考えられない生活だ。

 結果だけ見れば、海人達は三人に幸福を与えたと言えるだろう。

 ――――あくまで元の人格を粉砕された彼らを本人と考えれば、の話ではあるが。 
 

  


 番外編112



 
 
 ガーナブレスト王国。
 十年前までは当時の王の悪政により国力が低下の一途を辿っていたが、
父親を打倒した現女王一派の尽力により、以前の国力を取り戻しつつある国だ。

 女王は、多くの国民には概ね救世主のような存在と捉えられている。
 
 先王の時代は増えはすれども減る事は無い税負担、酒場の愚痴でも体制批判が許されない締め付け、
それでいて税金は貴族の生活は豊かにしても庶民を豊かにしない、と実に無惨な生活だった。
 それが現在では、他国と比べても安めの税負担、酒場などであれば多少口が滑っても誰も聞きとがめない空気、
そして全てではないが、ある程度は税金の使い道も公表され概ね民の納得を得ている。

 何もかも素晴らしい国とまではいかないが、女王が王位を簒奪してくれた事によって救われた、そう思う国民は数多い。
 誰が見ても絶対的不利の中立ち上がり、見事その不利を粉砕したという事もあり、
その武勇から一部では戦女神と謳われていたりする。

 そして、今日もそんな彼女の武が振るわれていた。

「ぐああああああああぁぁぁぁぁっ!?」

 絶叫と共に、男の体が吹き飛ぶ。

 その勢いは凄まじく、空気を切り裂き、軌道上の羽虫を弾き殺し、地面に叩きつけられて尚止まらない。
 人体と地面で重々しい音を奏でながら、まるでゴムボールのように飛んでいく。

 そして、その先にあった城壁に激突してようやく止まった。

「くっ……おのれ、親殺しの大罪人めが……!」

 非現実的な衝撃を受けながらも男は意識を失わず、壁を支えに立ち上がろうとする。
 浅黒い肌にびっしりと汗を浮かび上がらせ、荒い息を吐きながらも、その眼光に陰りはない。

「……主がそれを言うか? というか、あの状況で余がやらねば王族失格じゃったろーが」

 呆れ混じりに言葉を返しながら、ガーナブレスト女王―――ティファーナは、ゆっくりと歩みを進める。

 その歩みに漂うは、圧倒的なまでの風格。
 一歩ごとに空気が軋み、側に寄れば常人は思わずひれ伏す、それほどの覇気に満ちている。
 野性的なその容貌と相まって、まさに覇王と呼ぶに相応しい姿だ。

「それだけではないだろう……! 貴女は戦時中あまりに多くの罪なき兵士を無慈悲に葬った!
例えこの場で僕を葬ったとしてもいずれ天が裁きを下すだろう!」

「いや、戦で兵が死ぬのは宿命じゃし、余は逃げる者は追っておらんかったじゃろうが。
まあ、敵前逃亡する数はあまりに少なかったがの」

 言いながら、僅かに顔を顰めるティファーナ。

 あの王位簒奪戦争について、後悔はほとんどしていない。
 かなりの犠牲が出たが、それでもあそこで動かねばより多くの犠牲者が出たはずだ。
 数字の上で見れば、自分の行動は何ら間違っていなかったと断言できる。

 が、その犠牲を仕方なかったなどと嘯くつもりもない。

 国軍の兵士であれば、反逆者であった自分に武器を向けるのは当然。
 例え大義が相手にあると分かっていても、職務は職務であるし、
首都に家族を残している者などは相手につけば家族にどんな災厄が降りかかるか分からない。
 まして、戦争開始当初は客観的に見て国軍の圧倒的有利であり、
こちらが勝つなどとは大半の人間が想像もしていなかっただろう。 
 普通に考えて、武器を捨てたり寝返ったりなどそうそう出来るはずがなかったのだ。

 にもかかわらず、自分は彼らを虐殺した。
 説得や降伏勧告を毎回無視された為とはいえ、それ以外の選択肢などなかったはずの人間を、だ。
 
 兵士であればその覚悟もあって当然とは思うが―――やはり、苦々しい思いがあったのも否めない。

「ふ、そんな悔やむような表情をしても無駄だ!
事成った今でさえ、貴女は我欲の為に弱者を甚振り弄んでいるではないか!
過去を省みても何ら変わらぬ人間に、天は微笑まない!」

「…………何の話じゃ?」

 不思議そうに、首を傾げる。
 
 これまでの話は、まあ一応理解は出来た。
 色々と反論はあるが、言い分が間違っているとも言えなかったのだ。

 が、我欲の為に弱者を甚振り弄んだ、などと言われると理解不能である。

 基本的にティファーナの戦いは一撃必殺。
 意識してやっているわけではないが、普通に戦うと必然的にそうなってしまうのだ。 
 特に意識せずとも並の兵士では反応できない速度、防御ごと引き裂く攻撃力、
ついでにまぐれも許さぬ圧倒的な防御力を発揮してしまうのだから、それ以外の戦法はかえって難しい。

 まして、弱者をわざわざ甚振るとなるとかなり神経を使った肉体強化をしなければならなくなる。
 普通に考えて、面倒極まりない。
 
 なにより、ティファーナは弱い者いじめが嫌いだ。
 本気でかかってくる弱者なら返り討ちにもするが、甚振るのは好きではない。
 より長く戦いを楽しむ為の手加減はするが、それは甚振る為ではないのだ。

 そしてその事は――――この男も重々承知のはずである。

 はて、と数瞬考え、彼女は答えに到った。

「ああ、なるほど。要はこう言いたいわけじゃな、自分は弱者だと。
謙虚なのはお主の美徳じゃが―――《守護三公》の一角がそれはどうかと思うぞ、ラムサス?」

「弱者だからね!? 僕はどうしようもない弱者だからね!?
少なくともティファに比べれば蟻とドラゴンぐらいに差があるからね!?」

 男――――ラムサスは口調を素に戻し、思いっきり抗議した。
 未だ全身を貫く衝撃のせいか、城壁に背を預けたままで。

「まあ、確かに余に比べれば弱者じゃろうが――――あんだけ余の打撃を受けて、
まだ心理的な揺さぶりかけて最後の力で反撃かまそうとするのは弱者とは呼ばんじゃろ。
ああ、後ろの短剣は見えておったから、やるだけ無駄じゃぞ?
ま、らしからぬ口調でなにやら語り始めた時は若干動揺したから、悪い策ではなかったと思うがの」

「バレてたぁっ!?」

 あまりにもあっさりとした指摘に、ラムサスは思わず絶叫していた。

 先程地面をバウンドしながらも、土煙に紛れてどうにか鞘から抜いて背に隠した短剣。
 正真正銘最後の余力を振り絞った反撃手段が、使う前に見破られていたのだから、無理もない。

「当然じゃ、馬鹿者。というか、そもそもお主も甚振ってはおらんじゃろーが。
お主が巧みに打点を逸らしたりしてダメージを軽減しとるから、一撃で仕留められんだけじゃろうに」  
  
「軽減しなきゃ場合によっちゃ骨折れるついでに内臓も破裂するからね!?」

「きっつくやってくれという頼みじゃったからな……流石の余も、怒ったあやつの頼みを断る気にはなれん」

「……えーっと、参考までに聞くけど、レイチェルどんぐらい怒ってる?」

 怖々と訊ねる。

 カナールで確保され、そのまま国境を越えて王城に連行され組手にもつれ込んだので、ラムサスはまだ領地に帰っていなかった。
 当然、弟と入れ替わって仕事を投げ出した夫に対する妻の怒り具合も、想像止まりで正確に量れていない。

「分からぬが……あやつの手紙の後にこれが届いた」

 ほれ、とポケットに入れておいた便箋をラムサスに投げ渡す。
 ラムサスはそれを怪訝そうに受け取ると、手早く中身を読み始めた。

 中身は、ラムサスの弟であるエリオットからティファーナに宛てた物だった。

 内容自体は、要約すれば罰の軽減の嘆願だ。
 十年も義姉の教育を受けながら公爵を続けたせいで、そろそろ限界だったのだ、と。
 渋る兄を強引に説得して入れ替わったのは自分であり、責任の多くは自分にある。と。
 自分はいかなる罰でも受けるから、どうか兄の罰は軽くしてほしい、と。 
 
 そんな必死さと兄への心配が溢れる文面が―――震える文字で、所々どす黒い赤の染みがついた紙片に綴られていた。
 
「エリオットォォォォォ!?」

「廃人になっておらんといいんじゃがのう……」

 しみじみと呟くティファーナ。
 そんな彼女にラムサスは抗議の視線を向けると、

「なに他人事みたいに言ってるのさこの脳筋女王!
ええい、こうしちゃいらんない、早く帰らないと!」

「いや、組手まだ物足りないんじゃが……」

「今度いつもの倍の時間相手するよっ! 今はエリオット救出が最優先! じゃあね!」

 言い捨てると、ラムサスは服についた土を払い捨て、城壁を飛び越えて去っていった。

「……やれやれ、今の消化不良はどうにもならんのじゃがな。
仕方ない、暇そうな騎士団員を何人か見繕って相手させるかの……ま、手加減の練習と思えば悪くはないか」

 そんな規格外すぎる事を呟きながら、ティファーナは貸し切っていた鍛錬場を後にした。
  
 


 番外編113




 
 ゲイツは、首を傾げながら地面に転がっている襲撃者達を見下ろしていた。
 その目には襲われた怒りよりも、どちらかと言えば困惑の色合いが強く出ている。

 数にして、二十三人。
 男女比は半々程度だが、装備に節操がない。
 冒険者らしい軽装備を身につけた者もいれば、馬鹿かと言いたくなるほどごつい重甲冑に身を包んだ者や、
露出の高い煽情的な衣装と双剣を装備した女、果ては普段着に鍬や鍬を装備しただけの者達もいる。

 仕事中に他者から襲撃をかけられる事は珍しくないが、ここまで節操のない構成は初めてだった。 

「あー……結局、お前ら何だったんだ?」

 愛剣の切っ先で手近にいた女の顔を器用に上げさせながら、訊ねる。

 この連中は、構成もさる事ながら襲撃方法自体も妙だった。
 
 まず、ゲイツが依頼の対象であるブルーリザードの群を壊滅させ、
全ての首と売れそうな部位を回収終わったところで煽情的な服装の女が声を掛けてきたのだが、この時点で色々とおかしかったのだ。
 
 商人が通るような比較的安全な街道ならともかく、ここは街道からかなり外れた魔物の生息域である。
 そこに露出度の高い衣装の女が現れる、という事自体珍しい事この上ない。
 一応冒険者の中には動きやすいようにあえてそんな服装を選ぶ者もいるが、女は身のこなしからして素人同然で、
ブルーリザードに襲われれば例え相手が一体でも食事になってしまう程度の力しか見受けられなかった。

 普通に考えれば色仕掛けを使い、かかったところで周囲に潜んでいる連中と共同での獲物の横取りと言ったところだが、
それをやるにはあまりにタイミングや場所が悪い。
 やるならばゲイツが荷をまとめて街道に向かいだした後、もう少し身を潜めやすい場所を選んで行うべきだ。
 街道までの通り道には襲撃には都合の良い場所が幾つかあったので、難しい話でもない。 

 そんな事を思いながらゲイツは熱っぽい表情で褒め称えてきた女から距離を取ったのだが、
その瞬間潜んでいた連中が一斉に武器を持って襲い掛かってきた。

 これも、悪手だ。
 相手が警戒しているのが分かったのなら、一度引き下がるのが正しい。
 無論諦めるのではなく、諦めたフリをして適当な場所に先回りして襲撃を仕掛けるのだ。

 何らかの事情でこの場で仕掛けるにしても、武器での直接攻撃はいただけない。
 折角魔法という便利な技術があり、味方の数があり、潜んでいる場所から距離も多少あったのだから、
一斉に魔法攻撃を叩き込むのが正しい。 
 無論その場合でも軽くあしらえただろうが、今のようにその場を動かず全てを薙ぎ払う事は出来ず、
多少なりとも体力を消耗していただろうし、時間もかかっただろう。

 これだけならまだ盗賊見習いのド素人、と思えなくもなかったが、
襲撃者の中に一人だけ多少腕の立つ男が混ざっていた。
 ゲイツからすれば大した強さではないが、中の下の冒険者ぐらいの腕はあったはずだ。
 あの男ならば、こんな杜撰を通り越して自殺行為な襲撃計画を立てるとは思えない。
 そこまで頭の弱い男なら、あのレベルに到る前に誰かに殺されているはずだ。

 なんというか、色々と理解不能な話だった。 

「か、かかか街道で見かけたあんたの装備が良さそうだったから、奪って売ろうと思ったんだよ!
強い冒険者なんだろうけど、こんだけの数揃えりゃ大丈夫だろうと思って……!」

「いやいや、ねーだろ。そこで内臓ぶちまけてんのは、そこそこの腕だったかんな。
あんな奴がいんのに、そんだけの理由でこんなしょーもねー襲撃作戦実行させるわきゃねーっての」

「あ、あいつは止めたんだよ! 分が悪いって! でも皆で大丈夫だからって押し切って……」

「……ふーん。参加者の女のどれかにでも惚れてたのかね? ま、死んだ今じゃどーせわかんねーか。
で、てめえらはこの近くの人間か? 動きが素人すぎんだが」

「うっ……」

「言いたくねーなら言わなくてもいいけどよ、このまま首刎ねんぞ?」

「ま、待って! アンサイズ村の人間だよ!」

「アンサイズ……ああ、向こうの山にある村か。生活にゃ困ってねーと思うんだが」

 記憶を探り、首を傾げる。

 アンサイズというのは小さな村だが、貧しい村でもなかったはずだ。
 村がある山中は魔物が少ない上に食材が豊富で飢えに縁遠く、
村で栽培されている果物の味にも定評がある為、安定した収入がある。

 少なくとも、これだけの数の人間が盗賊紛いの真似をしなければならない程困窮しているはずはなかった。

「確かに生活にゃ困ってないさ! でもね! あたしらは農作業だけで一生終えるなんてまっぴらなんだよ!」

「なるほどな――――っと!」

 ゲイツは唐突に目を鋭く細めると、背後に向かってナイフを投げた。

 その軌道上にあったのは、いつの間にか身を起こしていた一人の女の右手。
 一瞬前まで握られていた吹き矢は弾かれ、代わりにゲイツのナイフが刺さっている。

「があああああああああああっ!?」

「はっはっは、よーやく尻尾出しやがったなぁ?
暗殺者……つっても、さっきの体捌きとか考えっと、こういう一芸特化か?
あの男は囮、本命は気を抜いたところでの吹き矢による毒殺。なかなかえげつねえなぁ」
 
「……なぜ、分かった」

「この女があの男は止めたなんて言ってくれたもんだからな。
自分まで襲撃に付き合う程思い入れのある連中なら、そもそも全員殴り倒して止めてんだろ。
ま、状況が不自然すぎんで元々警戒はしてたんだがな」

 にやり、と不敵に笑うゲイツ。

 ゲイツがこの場で唯一斬り捨てた男の力なら、他の人間を全員叩き伏せるなど容易いはずだった。
 そして、それだけの実力がある者がゲイツの力を見抜けなかったなどとは考えにくい。
 どんなに仲が良かったとしても、襲撃に付き合ってフォローしてやろうと考えるより、
とりあえず殴り倒して別の相手を狙わせる事を選んだだろう。
 
 あの男は止めた、などという話が出た段階でまだ何か隠されているのは確定事項だった。

「くっ、忌々しい奴だ……」

「そーかい。んで、どうして俺を狙った?」

 憎悪の籠もった視線を受け流し、訊ねる。

 正直、狙われる心当たりが有りすぎて雇い主は見当がつかない。
 いつぞや専属契約の誘いを断った商人かもしれないし、
この間獲物がかち合った貴族出身の冒険者かもしれないし、
ゲイツ級の戦力がこの国にいると都合が悪いどこかの国という可能性もある。

 潰せるなら元を潰しておきたいので、訊ねないわけにはいかなかった。

「言うと思うか?」

「言った方が良いと思うぜ? 俺は吐かせる手段なんて知らねぇからな。
当然、専門家に預ける事に――――おっと」

 言葉を切り、ゲイツが女を殴って昏倒させる。
 そして自害を計ろうとした女は、力なく地面に崩れ落ちた。

「さってと……んで、お前らは本当にただのアンサイズの村人か?」

「そ、そうだよ! その女とそこの男が、協力したら一人二十万ルンやるって……」

「あー、金目当てってのはマジか……ま、いっか。
これに懲りたら旨い話にゃ気を付けな。多分この二人、成功したらお前ら殺すつもりだったぜ?」

 語りながら、昏倒させた女にアーマーシルク製の布で猿轡を噛ませ、手足を縛る。
 これならば目覚めたところで自害は出来ない。

「なっ!?」

「当たり前だろ。この手の話は先々付き合う相手じゃなきゃ、協力者も始末しとくのが無難だ。
ついでに言うと、その手の話を持ちかける奴は大概殺しをなんとも思ってねぇからな。
そこらの害虫潰すような感覚であっさり殺すぜ」

 言い終えると、ゲイツは女を転がし――――その両手足をへし折った。

 激痛に女が跳ね起きるが、猿轡に加え手足を縛られているので、芋虫のようにうごめく事しかできない。
 更には声にならない悲鳴、激痛に歪む表情、溢れる涙、あまりにも惨たらしい有様だ。 

 それを気に留めた様子もなくゲイツは再び女を昏倒させ、骨が折れた事で若干緩んだ拘束を強化していく。

「ひ、酷い……」

「……馬鹿言ってんじゃねえよ。誰かを殺そうとするってのはこういう事だ。
失敗すりゃ相手に何されたって文句は言えねえ。まして、こういう暗殺者はな」

 思わず漏れた女の言葉に顔を顰めながら、ゲイツは言葉を返す。

 やればやり返される、至極当たり前の話だ。
 それが命を奪う行為となれば、それこそ何をされても文句は言えないだろう。
 まして暗殺者ともなれば、捕らえられれば何をされてもおかしくない。
 生半可な拘束では逃げられかねないし、雇い主を突き止めねばいつ次の襲撃が来るか分からない。    

 正直ゲイツとしてもあまり好ましい行為ではないが、必要な行為であるというのは嫌になる程知っていた。

「んじゃ、最後にもう一回言っとくが、夢見んなとは言わねえが犯罪で一攫千金はやめときな。
俺みたいに見逃してくれる奴ばっかじゃねえからな」

 言い捨てると、ゲイツは荷物をまとめて立ち去っていった。
 自分の忠告が実を結ぶよう、祈りつつ。

  



 番外編114






 刹那は、歓喜に打ち震えていた。

 長年望み続けながら、ついぞ叶う事なかった夢。
 以前は当たり前のように享受し、ありがたみなどさして感じていなかったそれ。
 得られなくなって初めてどれほど重要な物だったか思い知らされた物。

 それが、ただの昼食で何でもないように食べられる。
 その幸福を噛みしめるように、刹那はじっくりとそれを味わっていた。 
 
「くぅっ……! 海人殿の護衛にしていただけて本当に良かった……!」

「喜んでくれるのは嬉しいんだが……そこまで喜ぶほどの物か?」

 涙すら流している刹那を眺めながら、海人は魚を口に放り込む。

 確かに、美味い。
 雫が裏の川で獲ってきた魚を焼いただけだが、良い焼き具合に仕上がった。
 香ばしくも焦げ臭さはなく、それでいて身には火が通りつつも汁気がたっぷり残っている。
 醤油を一、二滴つけて食べると、旨味が倍増してなお美味い。

 が、そこまで喜ぶ事か、と言われると海人としては微妙である。
 これはあくまで海人が焼いたにしては良い焼き具合というだけで、何の変哲もない焼き魚だ。
 一流の料理人が焼けばはるかに上をいくだろう。

 他の副菜も不味くはないが、特別美味い物というわけではない。
 ちょっと頬がほころぶ程度ならともかく、涙を零すほどではないはずだった。

「あっはっは、お姉ちゃんが感激してんのは魚よりも御醤油とお米ですよ。
ま、海人さんの腕も良いと思いますけどねー。うん、美味しい♪」

 海人の疑問に答えながら、雫も頬をほころばせる。

 今日のメニューは醤油を添えた焼き魚と味噌汁に葉物三種と御飯だ。
 ここが雫達の故郷であるヒノクニならば一般的な食事だと言えただろう。

 が、この大陸ではどんな大金を出してもまず食えない超貴重品である。

 米については少数ながら作っている者がいると聞いた事があるが、
醤油や味噌については噂すら聞いた事がない。
 稀にヒノクニから持ち込まれる事があると聞く程度でしかなかったのだ。

 しかし、どちらも―――特に醤油はヒノクニの人間にとって大事な物である。
 醤油を使わないレシピが皆無というわけではないが、正直数は少ない。
   
 そして、えてして故郷の味というのは、食べられなくなってから猛烈に恋しくなるものだ。 
 実際、雫達の両親はこの大陸に渡って二年程で、たまに醤油が欲しいと頭を掻きむしるようになった。 
 
 それを考えれば、刹那の反応は大袈裟でも何でもない。
 まして、ここに使われている素材はどれもヒノクニでさえお目にかかった事がない超高品質なのだから。
 
「……そういえばそうか。創造魔法のせいか、ありがたみが薄れていたな」

 米と魚を呑みこみながら、反省する。

 創造魔法を使えるせいでつい忘れがちだが、この世界では遠方の食材は容易には手に入らない。
 海人の世界、特に海人の故郷では流通や保存手段の発達などによって、
世界中のありとあらゆる食材がさしたる労なく手に入っていたが、
本来その国で生産されていない物を手に入れるというのは、恐ろしく金も手間もかかるものなのだ。

 忘れていたわけではないが、創造魔法の利便性ゆえにありがたみが薄れていたのは事実。
 これは反省すべき事だった。

「ま、しょーがないんじゃないですか? あたしらもヒノクニにいた頃はありがたみ感じてませんでしたし」

「だな。今こちらに渡ってくる前の自分に会ったら、殴り倒しそうだ。
どうしてああも楽観していたのか……」

 雫の言葉に、神妙に頷く。

 この大陸に渡ってくる前、刹那達の一家は食事について楽観視していた。
 人間が食べられる物なのだから、時間をかければ馴染めぬはずがないと。

 ある意味その認識は間違っていなかったが、断じて正しくはなかった。

 確かに、こちらの食事には馴染んだ。
 むしろ、初期はそれまでとはまるで違う系統の味が楽しくて仕方なかった。
 ヒノクニと似たような素材を使っていてもまるで違う調理法による新たな美味は、
一家の好奇心を刺激してあまりあったのだ。

 が、ある程度味わったところで、問題が生じた。
 目新しくも馴染みの浅い料理に飽き始め、慣れ親しんだ料理が食べたいと思い始めたのだ。

 とはいえ家族が我慢している為誰もそんな弱音は吐けずにいたのだが、
ある時誰かが『茶漬けが食べたい』と小さく呟いてしまった。
 誰が口走ったのかはいまだに定かではないが、いずれにせよそれが悲劇に繋がった。

 父がヒノクニの食材を探してくると三ヶ月ほど旅に出たものの、当然のように見つからず。   
 次に母が旅に出たところ偶然醤油が見つかりはしたものの、貴族の先約が入っていて手が出せず。
 結局は留守番をしていた姉妹が町で気前の良い行商人から売れ残ったという魚の味噌漬けを貰えたのだが、
それがまずかった。

 行商人がくれたのは、小さな魚の切り身一枚。
 姉妹二人で分けるならともかく、親子四人で分ければ一人一口とかなり侘しい事になる。
 まあそれでもいいかと娘二人は思っていたのだが、残念ながらあちこち駆けずり回って色々限界がきていた両親はそうではなかった。
 量が少なすぎればかえって不満が残る、と主張し自分が食べると言いだしたのだ。
 当然どちらも譲らず、武器まで持ち出しての大喧嘩になった。

 結果は醜い争いに怒った刹那が両親を殴り倒して雫と分け合って食べたのだが、
目覚めた両親が空になった皿を見て無言で崩れ落ちた姿は、未だに記憶に焼き付いている。
 二人用にとっておいた分を出した時の、凄まじい泣き笑いの形相も。

 正直、移住前の自分達は甘く考えていたと言わざるをえない。

「まあ、慣れ親しんだ物のありがたみは忘れてはいかんという事だな。
ああ、そういえばカナールで売ってる魚は生で食べられる物も多いから、刺身もうおっ!?」

 姉妹から向けられた視線に、思わずたじろぐ海人。
 その目は強烈な期待に爛々と輝いており、興奮ゆえか姉妹揃って瞳の色が深紅に変わっている。  

「海人殿、実は拙者刺身が好物でして……」

「うむ、その反応を見れば一目瞭然だな。明日の朝にでも魚を買いに行くとしよう。
ああ、山葵も良いのが作れるから期待してくれていいぞ」

 気を取り直し、海人は話を続けた。
 反応の良さに驚きはしたものの、喜んでくれるなら何ら問題はない、と。

「山葵かぁ……昔ヒノクニで食べた時はきっつかったんだよねー」

「あれは父上が全面的に悪い。今の年なら山葵の味も理解できるだろう」

「昔、山葵で何かあったのか?」

「酔っ払ったお父さんがこれ付けて食べると美味しいんだぞーってあたしに山葵山盛りの刺身食わせまして。
一口で食べさせられたもんだから、七転八倒しました」

「……どこの父親も似たような事をやるものなんだな」

 雫の言葉に、海人が小さな呟きを漏らす。
 頭痛を堪える様に、だがどこか懐かしむように。

「海人殿、何か?」

「いや、なんでもない。それじゃ、明日はカナールで買い物だな。
折角だし、他の食材も色々と揃えよう。何か欲しい物はあるか?」

 怪訝そうに訊ねる刹那に軽く手を振り、海人は話を進めた。  
 
 




 番外編115







 とある日の朝、ルミナスは自宅の台所で鼻歌を歌いながら朝食を作っていた。

 現在彼女の眼下にあるのは、ベーコンが敷き詰められたフライパン。
 厚めに切られたそれが焼き上がっていく香りは、朝食への期待感を一気に跳ね上げる。
 また、香りこそ強くないが別のフライパンでソテーされているニンジンなどの付け合せも彩が美しく、
ベーコンの横に添えられた姿を想像すると、それだけで涎が出そうになってしまう。

 やがてベーコンが焼き上がるとルミナスはそれを皿に移し、
すかさず溶いておいた卵をフライパンに流し込んでスクランブルエッグの作成に移った。
 肉汁がたっぷりと含まれた油と卵を絡め、手早く仕上げていく。
 あくまでもトロトロとした半熟具合、しかし食べる時無闇に皿に広がらないというギリギリの火加減。
 そんな理想的な卵に仕上げたルミナスは、一秒弱で卵を三つに分けてベーコンの横に移した。
 そして程なくして焼き上がった野菜も、同様に横に添えていく。

「……うん、上出来♪」

 出来上がった皿を見て、ルミナスは満足げに頷いた。

 極めてスタンダードな朝の皿だが、味は折り紙つきだ。

 ベーコンはカナールで一番美味い店で買った極上品。
 これまでに自家製も含めて色々と試した末に辿り着いた物であり、
脂と肉の味のバランスが良く、摩りこまれたスパイスの香りがなんとも食欲をそそる逸品だ。

 卵は、ソウルバードの卵。
 味の濃密さに定評があり、味付け無しで食べても美味いと評判の物だ。
 昨日産み立ての物をカナールで買ったので、鮮度も良い。

 野菜も、全て贔屓にしている店で選び抜いた物。
 今までその店で買って外れはないが、それでも当たりはある。
 その当たりと思しき物だけを選定して調理したのが、この野菜だ。
 
 それらの食材を、自画自賛したくなるぐらいに上手く調理できた。
 これで美味くないはずがない。

「さーて、残りはうまくいったかしらね~」

 足取り軽く窯に近寄り、扉を開ける。

 開けた瞬間漂ってきたのは、甘く香ばしい香り。
 それを放つのは、艶やかに輝くルミナス自慢のロールパン。
 日々研究を重ね、改良している物だ。

 一つを千切り、味見する。

 外側はパリッと香ばしく、それでいて中はふんわりとした食感。
 じっくりと噛みしめていると上質の小麦の甘味がじんわりと広がり、
穏やかな幸福感が体に満ちていく。

「よしよし、こっちも上出来ね。ご飯はっと……」

 呟きながら、釜の蓋を取った。

 パンとはまるで質の違う、ともすればくどくも感じる程強烈な香りが立ち上る。
 香りの元である米は、白く艶やかに炊き上がっており、まるで自ら輝いているかのように眩しい。
 かき混ぜてから一口味見すると、もっちりとした食感と同時にパンよりも穏やかだが力強い甘味が口に広がる。     
 こちらも良い仕上がり具合であった。

 それを米櫃に移すとルミナスは、台所からリビングへ顔を出した。

「シリル、悪いけど食事リビングに運んどいて!
私はカイト呼んでくるから!」

「承知いたしました」

 リビングで紅茶の準備をしていたシリルは、すかさず立ち上がり台所へと移動した。






 





 コンコン、とルミナスは海人の部屋のドアをノックする。 

「カイトー! 朝食出来たわよー!」

 ドア越しに声を掛け、数秒待つ。
 しかし、返事はおろか部屋で動いた気配すらない。

 もう一度、今度は先程よりも強くノックして声を掛けるが、やはり反応はなかった。
 念の為もう一度やるが、やはり反応は同じ。 

「はぁ……入るわよ?」

 断りながら、ゆっくりとドアを開ける。

 そして慎重に室内の様子を伺い――――ルミナスは溜息を吐いた。

 そこに広がっていたのは、ある意味圧巻な光景。
 すっかりインクの乾いた大量の紙がそこかしこに吊り下げられている。

 紙に記されているのは、植物の栽培法と思しき何か。
 あらゆる事態を想定し、解釈による間違いの余地さえ残さない、徹底的な解説が記されている。
 解説とはかくあるべき、そんな記述である。

 そんな叡智の海の中で、部屋の主が倒れていた。

 否、倒れていたというのは正確ではない。
 自身で書き上げた紙を避けながらベッドに向かい、途中で力尽きたのだ。
 その証拠に、彼の上半身はベッドでうつ伏せになって寝息を立て、
下半身は半分膝立ちのような状態でベッドの下に投げ出されている。
 
 ルミナスは乾いた紙を端に記されたページ数順に手早くまとめると、海人の背中を軽くゆすった。

「カイト、朝食出来たわよ!」

「んむぅ……ぐぅ……」

 直接体をゆすられて尚、海人は目覚めなかった。
 僅かに身動ぎして寝息が途絶えはしたものの、すぐに元通りである。

「あーもう……早く起きないと朝食冷めちゃうわよ!?」

 先程よりも強く、体をゆする。
 ずりずりと頭が揺れるが、それでも海人は起きない。

「……しゃーないわねぇ」

 ルミナスは一際大きな溜息を吐くと、再び海人の体に手を伸ばした。









 戻ってきたルミナスを見て、シリルは首を傾げた。
 
「あら、カイトさんはどうなさいましたの?」

「全然起きないのよ。多分、明け方までずっと書いてたんでしょ。
しょうがないし、先に食べちゃいましょ」

 苦笑しながら、ルミナスは席に着き食べ始める。
 それに倣うように、シリルもフォークを手に取った。
 
「勿体無いですわねぇ……折角のお姉さまの料理を」

 食べ進めながら、愚痴る。

 ルミナスの料理の腕は、並ではない。
 それこそ傭兵を引退したら料理屋を始めてもいいレベルだ。
 今日の朝食もとても美味しく、出来たてを食べられないのはあまりにもったいない。

「ま、しゃーないわよ。とりあえず昼食前までは寝かせといてあげましょ。
その前に起きたらカイトの分作り直したっていいし」

「……冷めた朝食を食べさせれば十分かと思いますわ。勿体無いですし」

 妙に刺々しい声で答えるシリル。

 正直、彼女としては海人に色々と言いたい事がある。
 海人用にわざわざ米まで炊いたルミナスの気遣いを無駄にするとは何事だ、とか。
 そもそもルミナス直々に起こされて起きないとは何事だ、とか。
 わざわざ温かい食事を作り直してもらえるその至福に自覚はあるのか、とか。
 羨ましすぎるその立場を自分に譲れ、とか。

 見苦しい嫉妬心由来なのは自覚しているので口にはしないが、
多少彼への当たりが冷たくなるのは仕方ないだろう。 
 
「朝食終わるまでに起きなきゃ、カイトの分は私が食べるから大丈夫よ」

「……朝はあまり召し上がらないお姉さまが、ですか?」

「ん~、理由分かんないけど、最近は朝もしっかり食べた方が体調良い感じだからね。
ま、カイトの分食べるぐらいは問題ないわよ。その後の鍛錬もあるんだしね」

 何ら気にした様子もなく微笑むルミナス。

(おのれ、あんの羨ま腐れ馬鹿男めがぁぁぁぁ~~~~!)

 ルミナスの笑顔を見てシリルの嫉妬心は更に燃え上がり、
暢気に寝ている馬鹿野郎に心の中で呪詛を送っていた。




 一方海人はというと、

「くしゅんっ……ぐう……」

 何かに反応したかのように、くしゃみをしていた。
 数瞬むずがるように顔を顰めていたが、すぐにまた穏やかな寝息を立て始める。

 ベッドの上で、布団を巻き込んで寝返りを打ちながら。
 ゆっくり寝られるよう、カーテンを閉め切られた部屋の中で。
 部屋中にあった紙が机にひとまとめにされている事にも気付かず、安らかに。 
 
 



コメント

番外編112 衍字報告
 まして、弱者をわざわざ甚振るとなるとかなり神経を使った肉体強化をしなければならなくなる。
 普通に考えて、面倒極まりない。
 、


句点のみの行です。
[2017/07/22 09:24] URL | ムク #- [ 編集 ]


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