ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄97
 とある森の中で、コグラスト三姉妹は難しい顔で唸っていた。

 割り振られた仕事は、既に終わっている。
 分量を見た時は惨いと思ったが、終わってみればさほどキツくはなかった。
 無論多少の手傷は負ったが、かつてを思えばどうという事はない。
 骨折打撲裂傷の三セットが逃れえぬ隣人だった頃に比べれば、
足や腹を軽く斬られたり打たれたりした程度、怪我の内に入らない、

 また、後輩達への救援も必要ないと分析している。

 三年ぶりに会った彼女らは、見違えるほどの成長を遂げていた。
 かつては全く動かなかった戦闘力上位十一人の中に割って入れそうな者までいたぐらいだ。
 これまで戦った敵の感触からして、後れを取る事はまずないだろう。
 今後の成長を考えれば、むしろ助力しない方が良いはずだ。
  
 ではなぜ唸っているのかと言えば、

「……勘違い、じゃないわよね?」

「三人同時に感知して、三人全員同じ経路での移動を確認したわけだしねぇ。
まあ、どう転んでもそれはないでしょ」

「ついでに言えば、彼方に消えてく銀色の物体もかろうじて確認したわね。
で、どうする? 追いかける?」

 チェルシーの問いに、姉二人が再び唸る。

 現在三人が頭を悩ませているのは、先程彼女らの警戒区域を突っ切っていった飛行物体。
 それは尋常ならざる、という言葉すら生温い速度で彼女らの警戒区域に侵入し、
瞬く間に遥か彼方へと一直線に突き進んでいった。

 飛行物体の正体は、ほぼ確信している。

 移動の軌跡からして、あれがやってきた方角は現在色々とお世話になっている人物の屋敷。
 さらに、飛び去って行く後姿を遠隔視の魔法でどうにか確認できたのだが、銀色の翼と尾が見えた。
 速すぎて質感までは正確に掴めなかったが、形からするとドラゴンだ。
 ついでに、銀色の背に小さな異物らしきものが見えた。
 ――――間違いなく、天地海人御一行だ。

 数度授業を受けた程度の短い付き合いだが、彼の性格は概ね把握している。
 家族を、友人を何よりも愛する彼が向かう先は間違いなく今回の中心地。
 そこに救援へ向かったとみて間違いないだろう。

『追いかけたい……! 追いかけたいけどっ……!』

 ギギギ、と揃って歯噛みするコグラスト三姉妹。

 自分達が主要人物になるのは願い下げだが、脇役としてなら激戦の中心地は望むところ。
 勇猛な戦士達の気迫、戦場に満ちる渦潮の如き戦意の奔流、磨き抜いた技のぶつかり合い、
強き信念同士の衝突、無念の内に死する悲嘆や絶望。

 ありとあらゆる要素が、新曲のインスピレーションを生み出しうる。
 
 しかも今回は集まる戦士達の質も極上に違いない。
 イナテア神官戦士団の最精鋭、エアウォリアーズ上位の超人に、それと同格の戦士。
 極めつけは災厄の化身の如きプチドラゴン、そしてあのローラが認めるほどの化物だ。

 おそらくは、過去最高レベルの刺激が得られるだろう。
 これを逃すなど、音楽に魂を売った人間としてありえない。

 が、リスクも甚大だ。

 ローラ直々に、海人への迂闊な詮索は厳禁とされている。
 度が過ぎた場合、最悪直々に処刑して彼に首を差し出す可能性すらもあると。
 謎多き彼の戦う場面を見るというのは、その度が過ぎるに該当しかねない。

 さらに言えば、彼らが向かったのはエアウォリアーズの担当区域。
 必要もなく出張るのは些か問題があるし、戦闘になるとなおまずい。
 コグラスト三姉妹は普通に戦っても弱くはないが、それでも力が格段に落ちる。
 かといって本来の戦い方をすれば自分達の正体を喧伝するに等しく、その程度まで計られかねない。
 当分服で隠れる部分全てが紫色になるぐらいは覚悟する必要がある。
 
 たっぷり五分ほど悩んだところで、タチアナが口を開いた。

「……こうして悩んでる間にも、戦闘は進んでるはずよね。
この子分解して使えば速度出せるっつっても……さっきの速度じゃ、
距離によっては追いつくまでかなり時間かかるだろうし」

『うっ!?』

 静かな長姉の呟きに、妹二人が呻く。

 確かに、こうして悩んでいる間にも状況は動いている。
 先程敵を壊滅させた時に再生成したドラゴンを使えばまだ間に合う可能性が高いが、
あまり迷っているとその間に戦いが終わりかねない。
 
 ――――数瞬の沈黙。

 その果てに、三人は自らの行動を定めた。

『―――――後の事なんか知るかぁぁぁっ! いざ行かん! 英雄たちの戦場へっ!』

 かくして、かつて己が欲求を貫いた果てに一国を滅ぼす首魁となった者達は、最大の激戦地へと突撃していった。  
 
  
  





 雄々しく名乗りを上げたシリルを見て、メルヴィナは軽く鼻を鳴らした。

「今日この日に再び甦る、か。出来すぎだな、まったく」

「どういう意味ですの?」

 槍を扱うには邪魔になる弓と矢筒を捨てながら、シリルは問う。 

「……ただの感想だ。特に意味はない」

 シリルの問いにメルヴィナは一瞬片眉を上げたが、すぐさま槍を構えた。
 例えシリルがどう変わろうと自分のやるべき事は変わらない、そう示すかのように。

「……まあいいでしょう。カイトさん、一つお願いがありますわ」

「聞こう」

「露払いをお願いいたします。恥ずかしながら消耗が激しく、有象無象まで相手取る余裕はありませんので」

「よかろう。が、その前にその槍の特性について説明しておく。耳を貸せ」

 シリルの耳元に口を寄せると、海人は何事か囁き始めた。

 ほんの数秒で、シリルの表情に戦慄が走る。
 次の数秒で口元が激しく引き攣れ、最後の数秒で頭痛を堪えるように頭を抱えた。
 
「…………まあ、カイトさんですものね。それぐらいやってもおかしくはないでしょう。
ええ、今更いちいち叫んでたまるものですか」

「褒め言葉と受け取っておこう。
が、そこまで言われるような槍を持ったんだ。
くたばったら顔に愉快なデコレーションを施されて葬式に出されても文句はあるまいな?」

「あらあら、それでは死んでも負けられませんわね――――では、任せましたわよ」

「任された。存分に暴れてこい」

 短く答えると海人はシリル以外の仲間と共に垂れていたリレイユの頭に乗り、それを伝って背へと向かう。

 当然ながら、敵にそれを見逃す理由はない。
 下位攻撃魔法の一斉射撃が、海人達の背を狙った。

 ――――が、それらは全て無為に終わる。

 海人が振り向きもしないまま展開した、無属性魔法の巨大な障壁によって。
 炎が、氷が、雷が、風が、次々に散っていく。

 ならばと中位魔法を放つが、それすらも儚く弾かれてしまう。
 それどころか大量の攻撃魔法を受けたにもかかわらず、障壁は全くの無傷。
 一瞬の軋みすらも、存在しなかった。

 神官戦士達が慄く中、海人達がリレイユの背に辿り着き、飛翔する。  
 そして、あいさつ代わりとばかりにリレイユに乗って敵軍へと突撃した。
 
 超高速で飛来する化物の爪撃に、神官戦士達は見事に反応する。
 ある者は身を伏せてかいくぐり、ある者は武器を生贄に直撃を免れ、
またある者は跳躍して飛び越え、見事生き残った。

 が、その突撃はただの囮。

「――――大いなる風よ、その狂乱をもって矮小なる者共に暴虐を知らしめよ≪カオティック・ヴォルテックス≫!」

 間髪入れず放たれた雫の風魔法が、周囲の大気を巻き上げ、敵兵を吹き飛ばしていく。
 器用にもメルヴィナだけを避け、他の敵兵は残らず弾き飛ばしている。
 放たれた風は精兵の身すら容易く引き裂かんばかりの威力で、神官戦士達は脱出もままならず、
ただ生き延びる事に専念せざるをえなかった。
  
 そしてダメ押しとばかりに海人は無属性魔法の障壁によるドームを作り上げる。
 極めて広大なドームだが、中にいるのはシリルとメルヴィナのみ。
 思う存分暴れられる決闘場が、瞬く間に出来上がった。
   
 背にある光壁を軽く叩き、その強度を確かめるメルヴィナ。
 味方から引き離されたにもかかわらず、その表情に動揺はない。

「大きさもだが、強度も凄まじそうだな。
これなら邪魔は入らんか……こちらとしては望むところだが、愚かだな」

「あら、なぜですの?」

「貴様は所詮気力で復活したにすぎん。体力が回復したわけではない。
あの男の言葉通りその槍が現代最高の槍だとしても、体力は補えん」

 問い返すシリルに、メルヴィナは客観的な分析を述べる。

 気力での復活は見事だが、痛めつけられ消耗した体力はさして回復していないはずだ。
 先程までのやり取りで多少時間を稼がれたが、あの程度では回復の度合いもたかが知れている。
 あのドラゴンマスターが言うようにシリルの槍が最高の物であったとしても、それは補えない。
 
 そんな状態でわざわざ一騎打ちなど、愚かしいと言う他ないだろう。
 あのまま総力戦に入っていれば、シリル達の勝利はほぼ確実だったのだから。

「その通りですわね。体力は補えません、ええその通りですとも」

「……含みがあるな?」

「言っても信じないでしょうし、この場では言葉より武器で語るべきでしょう」

「もっともだな」

 腰を落とし槍を構えたシリルに応じるように、メルヴィナも槍を構える。

「では――――参るっ!」

 鋭い声音と共に、シリルが突進した。
 そしてメルヴィナの喉元めがけて、突きを放つ。

 その刺突は、なんとも見事。
 速度は当然ながら、描く軌道が凄まじい。
 一切のブレがなく、しかもメルヴィナの視覚からは認識しづらい軌道。
 常人なら―――否、多少名の通った戦士でも何が起きたか分からぬまま喉を貫かれるだろう。

 が、所詮突きは突き。
 メルヴィナの反応速度であれば、打ち払う事は容易い。 
 
「甘――――なっ!?」

 打ち払った瞬間、メルヴィナが驚愕の声を上げた。

 打ち払った槍が、逆方向から凄まじい速度でメルヴィナの側頭部に迫ってきたのだ。
 咄嗟に左腕で防御するが、その衝撃は腕を突き抜け、メルヴィナの頭蓋まで響いてきた。
 幸いにして脳を揺らすほどの衝撃ではなかったが、それでも動きは止まる。

 そこを逃さず、シリルは怒涛の攻めを展開した。

 全身を使い止められた槍を瞬時に引き戻し、打ち下ろす。
 それを槍で止められるも、その瞬間槍に更なる力を込めてメルヴィナの後ろに飛び、
振り向く事無く石突による刺突を放つ。
 それも身をよじって回避されるが、そのまま全身で回転し柄で思いっきり薙ぎ払う。
 吹っ飛んでいくメルヴィナに攻撃魔法で追撃しつつ、自らも再び突撃。
 魔法を回避したメルヴィナの死角に回り込み、脇腹へと突きを放つ。

 ほぼ無防備になっていた箇所への攻撃は事実上回避不能のはずだったが、

「なめ、るなぁぁぁっ!!」

 メルヴィナは凄まじい反応速度で強引に体を倒しながら突きを避けると、槍を支えにそのまま蹴りを放った。
 シリルはそれを槍の柄で受け流しつつその衝撃で回転しながら、華麗に着地する。
  
「……流石ですわね。とはいえ、私の最も得意とする技をお忘れになったのは間抜けですが。
十年前にも同じ手で不覚を取りましたのに」

 流れるように槍を構え直し、シリルは不敵に微笑む。

 シリルが最も得意とする槍技は、返し技。
 相手に先に打たせ、それを捌きつつ相手の力を乗せて叩き返す技こそが本領。
 先程は突っ込んだと見せかけメルヴィナの攻撃を誘い、カウンターを狙ったのだ。

 そして、十年前はこの技でメルヴィナを制したと言っても過言ではない。

 兄を辱めた者達を誅殺し、襲い掛かってきた神官戦士達を返り討ちにし、父母の脇腹に風穴を開け、
その勢いのまま姉に襲い掛かる。
 そう見せかけて攻撃を誘い、初手で大打撃を与えたのである。
  
 あれがなければ、今ほど鍛えていたわけではない肉体でメルヴィナを下す事は出来なかった。

「よもや十年槍を握れなかった貴様の技が、ここまでの冴えを見せるとは思わなかったのでな」    
  
 シリルを静かに睨みながらも、メルヴィナの内心は戦慄に満ちていた。  

 先程のシリルの槍技は、どれも凄まじい完成度だった。
 とても、十年槍を握っていなかった人間の技とは思えない程に。

 その最たるものが、初撃のカウンター。
 
 やられた内容自体は、言葉にすれば至極単純。
 メルヴィナが打ち払った瞬間、それに逆らわず体ごと槍を回転させ石突側の柄をぶつけただけ。
 体力の消耗を押さえつつ威力も上げられる、今のシリルなら使って当然の技だ。

 だが、実現は至難。

 メルヴィナとて、黙ってカウンターをさせるわけがない。
 打ち払う際は必要以上の威力は乗せなかったし、シリルのカウンター自体も警戒していた。
 十年前の苦い敗北の記憶は、未だに生々しく脳裏に焼き付いているのだから。

 それでもなお防げなかったのは、完璧なタイミングの見極めと体捌きだ。

 メルヴィナの槍がシリルの槍に触れ力が伝わるその瞬間の見極め、
メルヴィナの力を一切の無駄なく活かしつつ自分の力をたっぷりと上乗せする完璧な回転、
そしてなによりそれを実現する為の絶妙な槍の握り。

 どこかに僅かでも淀みがあれば、メルヴィナは対処できた。  
  
 その後立て続けに繰り出した技にも、動きの淀みは一切なし。
 絵空事の如き完璧な動きを華麗に繋げ、見事な戦舞を舞って見せた。

 体力を大きく消耗している今でさえ、あの動き。
 もし万全であればどれほどの域なのか、背筋が寒くなる。

 が、だからと言って諦める気は毛頭ない。
 メルヴィナは気勢を上げ、再び槍を構え直した。

(……やはり反動は見受けられない。まったく、どんな手品ですの?)

 攻勢に転じたメルヴィナの槍を捌きながら、シリルは頭の片隅で考察する。

 シリル渾身の射撃を防ぎきった時もだが、先程の反応速度も明らかにおかしい。
 メルヴィナがいくら鍛え上げているとはいえ、所詮は人間の女性だ。
 肉体強化の限度越えならあれほどの力を出す事も不可能ではないが、反動は避けられない。
 ルミナスでも、あそこまでの力を出せば最低ラインで骨に罅は覚悟する必要があるだろう。   
 そして、そうであれば影響が出ないはずはない。
 
 今のように、変わらず槍で攻め立ててこれるはずがないのだ。

 シリルがメルヴィナの実力を見誤っている、という可能性も極めて低い。
 矢を防ぎきった時のような無茶苦茶な力を反動なしで出せるベースがあるなら、とうにシリルは屍になっている。
 それほどまでに、とんでもない力を発揮していたのだ。

 つまり、メルヴィナには反動なしで肉体強化の限度越えを行う手段がある。
 そしてそれは恒常的に使えるものではなく、回数、あるいは時間など限定的にしか使えない手法である可能性が高い。
 常識的には考えにくい話だが、古代遺産の類なら可能性はある。
  
(いずれにせよ、謎を解き明かすまで迂闊な攻めは悪手ですわね。
カウンターに専念するとしましょう……実りも大きい事ですし)

 繰り出されるメルヴィナの猛攻をことごとく捌き続ける。

 なぎ払いを下がって避け、打ち下ろしを受け流し、突きにカウンターを放つ。
 槍の隙を埋めるように放たれる拳や蹴りに柄をぶつけ、至近距離で放たれる魔法を跳躍して裏に回って避ける。
 
 流石と言うべきか、先程のように痛烈なカウンターを当てる隙はない。
 カウンターに対応できるだけの余裕と、シリルを仕留めるに足る十分な威力を両立させた攻め。
 敵ながら、感心せざるを得ないほどに見事な技量だ。
 
 が、だからこそシリルにとっては良い糧となる。

 槍を握る事もままならなかった十年の空白。
 それを埋めるには、メルヴィナは最適の教材だった。

 なぜなら―――シリルの槍術の師は、他ならぬメルヴィナだからだ。

 ゼオードにも稽古をつけられていたが、多忙な彼はさして多く時間を取れなかった。
 その為、比較的時間がとりやすいメルヴィナがシリルに稽古をつけていたのだ。
 得意とする戦法は攻撃型のメルヴィナ、反撃型のシリルと真逆だが、槍術のベースはグラウクス家に伝わるもの。
 発展の方向性は違えど基本は同じなので、非常に取り込みやすい。

 実際、今戦っている間にもメルヴィナの技を取り入れている。
 少し前に放った自分の技が返されて驚愕する姿は、なかなかに痛快だ。

(……まあ、この槍あってこその話ですが)

 手の中の感触を確かめ、苦笑する。

 通常の槍ならば、ここまで立ち回れなかった。
 いかに才能があろうと、槍を握れなかった期間が長すぎる。

 その間メルヴィナは、日夜絶える事なく精進を続けてきていたはずだ。
 十年前とはまるで違う技の数々が、それを雄弁に語っている。
 シリルの知らない技がやたらと多く、知る技はかつてとは比較にならないほど鋭い。
 いかに才能があろうと、十年も槍を握っていなかった人間がそれに追随するのは至難の技。
 
 それを拮抗―――否、僅かながら逆転させているのは他ならぬ海人製の槍だ。
 
 槍の柄の感触はまさに吸い付くようで、体の一部の如く楽に振り回せる。
 握るとほんの僅かに沈む極薄の黒い皮膜が抜群のグリップ性を誇り、同時に手の当たりを木製の柄よりも柔らかくしているのだ。
 おかげで柄の握りを持ち替える時の隙が最小限になり、受け止めるにも打ち込むにも手への負担が少ない。
 そればかりか金属製らしからぬしなりがあり、振るう時に威力を乗せやすくなっている。
 ダメ押しとばかりに、シリルの為に吟味を重ねたであろう槍の長さと柄の細さが専用武器と呼ぶ他ない一体感を生む。

 これがなければ、最悪初手で返り討ちになった可能性もある。
 それほどに、今のメルヴィナは強い。 
 
 ならばこそ、負ける事など許されない。
 強き思いに加え、これほどの力まで与えられたのだ。
 シリル・メルティの名に懸けて、敗北など許されようはずがない。

「ちっ……! ならばこれでどうだっ!」

 メルヴィナの叫びと同時に、それまでとは比較にならない速度のなぎ払いが放たれる。

 シリルは慌てず下がって避けようとしたが、咄嗟に動きを変え前に出て槍を盾にした。
 なぎ払いの速度からして、下がると最悪両断されかねないと判断した為だ。
 それよりはまだ、柄で吹っ飛ばされた方がマシだろうと。

 その判断自体は正しかったが、

「ぬうううううぅぅおおりゃあああああああああああっ!」

 大地を揺るがすような雄叫びと共に、メルヴィナの攻撃がさらに加速した。

 軌道は変わらなかった為、シリルの狙い通り槍を盾にはできた。
 問題は、その速度と威力の増加が桁外れだった事。

「きゃああああああああああああああっ!?」

 咄嗟に跳びはしたものの、衝撃を逃がすタイミングが狂ったシリルは玩具のように吹っ飛ばされた。
 
 完全には宙を舞えなかったシリルは、途中で地面に叩きつけられる。
 大地を転がり地面を抉り、進行先の地形がみるみる変わっていく。
 それでも止まらず転がっていたが、進行先にあった障壁に叩きつけられたところでようやく止まった。

 予想外のダメージに再び意識が遠のきかけるが、よろめきながらもシリルは両の足でしっかりと立ち上がる。

「ぐ、ううぅ…………」

「……その槍、いったい何で出来ている?」

 立ち上がるシリルが支えにしている槍を見て、メルヴィナが慄く。

 メルヴィナの槍は、ドラックヴァン鋼製。
 それもイナテアで一番の鍛冶師がメルヴィナの為に作り上げたオーダーメイド品。
 重量がある為扱いは難しいが、その分強度に優れ、重さも威力増強に一役買う名槍である。 

 それを限界ギリギリの全力で叩きこんだのに――――シリルの槍はビクともしていない。

 若干跳ばれて威力が殺されたとはいえ、同じ材質なら確実にへし折れたはずだ。
 まして、シリルの手にある槍は普通の槍より細身なのだから強度もその分落ちる。

 にもかかわらず、シリルの槍はボロボロの使い手とは真逆の美しい佇まいを保っていた。
 当たった瞬間しなる感触はしたが、へし折れるどころか罅も僅かな歪みも見当たらない。
 手に残った衝突の感触すら錯覚に思えてくるほどに。
 
「知りませんわよ。私が注文したわけではありませんもの。
まあ、現代最高の槍なのは間違いないでしょうが」

 絶対の確信を持って、シリルは断言する。

 仮に、現代最高の職人が現代最高の金属で槍を作ったとする。
 それもただ全ての技術を漫然と注ぎ込むのではなく、ただ一人の使い手の専用武器として作った逸品。
 他の職人全てがあれほどの物は作れない、そう断言するような槍があったとしよう。
 
 ―――――そんなもの、あの化物の前ではただのガラクタだ。

 普段の出鱈目具合もだが、この槍自体がその証明になっている。

 当然ながら、シリルは海人に槍を使っていた事など一言も話した事がない。
 今回の一件の前に他者から知らされる機会があったはずはないのだ。

 ――――にもかかわらず、この槍は完璧にシリルに最適化されている。
 
 柄の太さは、シリルの手のサイズから判断したとすればまだ理解が及ぶ。
 手を直に握らせた事など一度もないが、目測で不可能な事とまでは言えない。
 化物じみているとは思うが、一応可能そうな理屈は思いつくのだ。
 
 が、槍の長さはどう考えても予想できるはずがない。

 一口に槍と言っても、長さは様々。
 剣と大差ない長さの物もあるし、身長の倍以上という物だってある。
 そんな幅広い選択肢の中で、シリルにとっての究極とも言える長さを割り出す。
 これはもはや、いかなる予測の果てか想像の及ぶ事ではない。

 イナテア神官戦士団で一般的に使われている長さから予測したというのは要素としてはあるだろうが、
それだけでこの槍の長さは絶対にない。
 
 なぜなら、この槍はかつてシリルが使っていた槍より僅かに長いのだ。
 そしてそれが決定的な差となって桁違いの使い勝手を生み出している。
 
 考えられるのはシリルの日頃の動きを全て記憶し、他のあらゆる情報と統合して割り出した可能性だが、
それでもこの奇跡の一振りを生み出すには情報が足りなすぎる。
 槍を振るう姿を一度でも見せていればまだ分からなくはなかったが、それはなかったのだ。

 長さ一つとっても、その出鱈目っぷり。
 先程耳打ちされたこの槍の機能にいたっては、もう完全に理解不能だ。
 それが事実である事だけは先程から体感しているが、何をどうすればこんな機能を持たせられるのか分からない。

 この一振りにどれだけの叡智が詰め込まれているのか、もはや想像すら不可能。

 どんな名職人が腕を振るおうと、どんな材料を使おうと、あの化物の前では無価値。
 それを嫌になるほど思い知らせてくれる槍だ。   
 
「この障壁といい、随分ととんでもない男のようだな」

「少なくとも、私の知る限りこの世で一番の出鱈目ですわね。
ま、それはそれとして……一撃返しますわよっ!」

「ふん、その程度――――!?」

 振り下ろされたシリルの穂先を受け止めようとした瞬間、メルヴィナの背筋が凍った。

 特に明確な危険が見つかったわけではない。
 小柄な体躯とは思えない速度の振り下ろしだが、それだけ。
 むしろ受け止め、カウンターを叩きこむ絶好の好機と言える。

 そのはずなのに―――――受け止めれば死ぬ、そんな確信を抱いた。
 
 メルヴィナは下がって避けると、その勢いのまま大きく後ろに飛びずさった。

「……カウンターが来ると思ったのですが、随分と臆病になられましたのね?」

「……はぁっ!」

 怪訝そうなシリルの言葉に取り合わず、メルヴィナは地面に転がっていた仲間の武器を槍の穂先で引っ掛け、
シリルに向かって複数投擲した。
 そして自分もそれを追うように、間合いを詰めていく。

「今更この程度の小細工が通じると思いますのっ!?」

 次々に飛んでくる武器を、事もなげに叩き落とすシリル。
 
 侮れない威力だが、所詮投擲目的の武器ではない。
 シリルの技量であれば、全て打ち落とす事は容易だ。
 
 とはいえ、全てに最善で対応できるわけではない。
 速度と威力が尋常ではないうえに数も馬鹿にならないので、頑丈な柄だけでの迎撃には限界がある。

 仕方なくシリルは強度の低い穂先で斧を叩き落とそうとして――――唖然とした。

 斧に槍が当たらなかった、というわけではない。
 シリルの狙い通り、槍の穂先は正確に斧の刃を捉え、最小限の力で叩き落とせるはずだった。
 なのに、実際にはそれが出来なかったのだ。

 なぜか―――――おそらくはドラックヴァン鋼製であろう斧の金属部分を、穂先が両断してしまった為に。

 強度においては現代最高の素材で出来ている物が、まるで薄紙のように斬られる。
 そんな異常な光景を目の当たりにしたメルヴィナは思わず足を止め、身を震わせた。
 そして震えを振り払うかのように、叫ぶ。 
  
「なん、だ……一体なんなのだそれはぁぁぁぁあっ!?」

「こっちが聞きたいですわよぉぉぉっ!? 
どこまでとんでもない物作ってますのあの馬鹿ぁぁぁぁあっ!?」 

 戦闘中とは思えない姉妹の間抜けな叫びが、戦場に響き渡った。    












 リレイユの背からドーム内部の様子を観察していた海人は、ほくそ笑んでいた。

 あれぐらい驚いてくれるのであれば、心血注いだ甲斐があるというもの。
 大雑把な機能の説明のみで詳しいスペックまでは口にしなくて正解だった。

 海人が根性悪な楽しみに浸っていると、
 
「……あのー、御主人様?」

「なにかね、雫君」

「マジでなんなんです? あのトンデモ兵器」

 愉しそうな主君に、半眼を向ける。

 兵器、シリルの槍はもはやそう表現して何らおかしくない。
 遠目から見ても、先程のメルヴィナの一撃は凄まじかった。
 もし雫の小太刀で防御していれば、2本まとめてへし折られていたと確信できてしまうほどに。

 それが、完全な無傷。
 シリルの反応速度に助けられた面があるとしても、桁違いの強度だ。
 まして、一瞬たわんだだけで今は歪みすらないのだから。

 が、それもあの穂先の切れ味に比べれば可愛いものだ。
 シリルの動きからして、叩き落とすつもりだった事は明白。
 斬ろうと意識したわけでもないのにドラックヴァン鋼をぶった切るなど、規格外にもほどがある。
 
 戦場に持ち込めば、事もなげに死者を量産するのは間違いない。
 穂先の軌道上に入ったが最後、腕が立つ戦士でも命を絶たれてしまうのだから。
 それにシリルの槍術まで加わるとなったら、一騎当千どころの騒ぎではない。  

「さっき言った通り、全力費やして作っただけの槍だ。
驚くことはなかろう、途轍もなく頑丈で若干しなりがあって、穂先の切れ味が鋭い程度」

「……ちなみに、途轍もなく頑丈ってのは?」

 色々と物申したい気持ちを押さえ、尋ねる。
 とりあえず情報を集めねばなるまい、そう思って。

「一分間にルミナスの全力の斬撃を二百発一点集中させても耐えきれる強度だ。
そして多少大きく曲がってもすぐに元の形に戻る性質もある。
ついでに熱変化にも強く『ラグナレク・ブレイズ』と『コキュートス・ヘイル』を交互に百回浴びせても問題なし。
もう一つ関係している要素があるが、これは秘密だ」

 事もなげに答える海人だが、その返答に雫は唖然とする他なかった。

 ルミナスの斬撃の威力は、洒落にならない。
 剣の素材と本人の膂力が相まって、下手な防具は中身ごと軽々と打ち砕く。
 少しでも受け流し損ねれば雫の使っている小太刀どころか、どこぞの名将が使っていたという刹那の刀すら小枝のようにへし折るのだ。
 それを一分間に二百発。そんな超威力を一点集中させても耐えきるなど、聖剣でも可能かどうか怪しい。

 そして熱変化の例に出した魔法は、どちらも海人開発の攻撃魔法。
 『ラグナレク・ブレイズ』はドラックヴァン鋼を跡形もなく蒸発させる火炎魔法。
 『コキュートス・ヘイル』はその炎を相殺できる冷却魔法。
 常識的な金属なら片方受ければ終わり。交互に浴びる事など、そもそもできないだろう。

 このうえ大きく曲がってもすぐに元に戻り、まだ何かしらの要素があるという。
 もはや敵に御伽話の邪神でも想定しているとしか思えないレベルの代物だ。 

「……秘密も気になりますけど、穂先の切れ味って?」

「私が振るっても、全力ならルミナスの剣が斬れるぐらいだな。
ちなみに油の類を弾く性質もあるから、百人ぐらいは斬っても切れ味が落ちる事はあるまい」

「……じゅーぶん驚くっつーか、もはや言葉が出ません」

 飛んできた火炎魔法を風魔法で叩き落としながら、肩を落とす。

 海人の言葉を分かりやすく言えば、こうなる。
 穂先がぶつかった瞬間ほぼ確実に敵の武器を両断し、大概はそのまま斬り殺せます。
 ついでに、百人斬っても切れ味は落ちません。

 ド素人でそれなのだから、シリルが振るえば上位ドラゴンも容易く狩るだろう。 

「それぐらいでなくては、私が全力を注いだなどと恥ずかしくて言えんわ。
というか、目玉機能はまた別に……っと、刹那とルミナスが一カ所に誘導されているな」

 眼下を見て、海人は軽く目を見開いた。

 リレイユの背では戦い難い、とルミナスと刹那は先程から別行動していたのだが、
いつのまにかバラバラに戦っていた二人は誘導され、敵に包囲されつつある。
 ルミナスの機動力を削ぐ為に、上空も重力魔法で塞いでいるようだ。

「あの質と数じゃそういう事もありますよ。ま、あの程度なら全く問題ないですけどね」

 飛んできた火球を風魔法で逸らしつつ、感想を述べる。

 確かに包囲は完成しつつあるが、その程度で倒せるほどあの二人は甘くない。
 ルミナス一人なら危うかったかもしれないが、刹那もいる以上力尽くで打破できる。
 敵の質は高いが、あの二人はそれを軽々上回る達人なのだ。

 さらに言えば、それでさえ刹那が手札を切らなかった場合の事。
 もし彼女が海人製の魔法を使えば、その段階で敵の包囲など崩れ去る。
 加速魔法なら手数が倍加、攻撃魔法なら一撃で十人程度はあの世行き。
 どう転んでも、包囲した連中に勝機はない。
  
 むしろ、二人にとっては囲まれた事で敵が集まり仕留めやすくなったぐらいだろう。  

「だろうな。とはいえ、あの光景は私の精神衛生上よろしくない。
リレイユ、あちらへ『ゲヘナ・ライン』だ」

「グルルッ!」

 主の命に応え、リレイユが自分の背にある術式盤の一つに魔力を通し始めた。
 瞬く間に術式盤に魔力が満ち、数秒おいて刻まれた術式の発動時間も満ちる。
 
 そしてリレイユは口を大きく開けた。
 その口内は、何もかもが白く光り輝いている。牙も舌も口蓋も、何もかもが。
 唯一光っていないのは、喉の奥で今か今かと解放の時を待っている灼熱の焔のみ。
 
 一瞬の間を置き――――リレイユのブレスが放たれた。

 赤く燃え盛る灼熱が、大地を駆け抜ける。
 軌道上にあった大地を瞬く間に焼き尽くし、瞬く間に標的へを迫っていく。
 その速度は一流と呼んで差し支えない神官戦士達にすら、回避を許さない。
 悲鳴を上げる間もなく十人もの戦士が呑み込まれ、焼け死んでいった。
 灰すらも残さず、まるで初めから存在しなかったかのように。
 
 直線状に放たれた死の焔線が消えていく様を見届けると、雫はギギギ、とぎこちなく主君に顔を向けた。    

「……あの、幅が狭まった代わりに威力上がって射程距離もえらい伸びてません?」

「そういう調節をした術式だからな。出来ればもう少し範囲狭めて精密射撃できるようにしたいんだが、
今まで考えついた手法では、これ以上範囲狭めると放った直後に制御が崩壊して通常のブレスになってしまう。
別のアプローチを考えんとなぁ」

 困り顔でぼやく海人を見て、雫は思わず乾いた笑いを浮かべる。

 雫の知る限り、リレイユのブレスの強化などという案は出ていなかった。
 無論海人の研究内容なぞ一割も理解できていないのだが、戦闘絡みの話であれば海人は専門家である自分の護衛に意見を求める。
 それも可能な限り多くの意見を、という事で二人共に。
 事実これまで与えられた魔法術式も、二人の意見がある程度反映されている。
 
 となると、雫の不在中――――シリルの槍を開発している時の片手間にやったのだろう。

 ドラゴンのブレスをコントロールする術式の研究は、数百年前から各国で行われている。
 ドラゴンのブレスに干渉して自滅に導ければドラゴンという凶悪生物への有効な手段になるし、
ドラゴンマスターやそれを擁する国にとっては戦力の大幅な強化に繋がるからだ。
   
 が、少なくとも表向きには成功した例はない。

 ドラゴンのブレスに含まれる芳醇な魔力が、制御用の魔法の干渉を弾いてしまうのだ。
 風魔法などの魔力で引き起こした物理現象ならば干渉できるのだが、それでは魔力の消費と効果が見合わない。
 海人のようにドラゴンマスターが自らのドラゴンに術式盤を使用させてその問題をクリアしようとしたケースもあったらしいが、
吐き出されるブレスに含まれる魔力は少し変質しているらしく、やはり干渉を受け付けず失敗したという。
 この数百年数え切れぬ学者がその難題に挑んだらしいがことごとく破れ、失意の中で生を終えた者も多い。 

 そんな多くの人間の努力を嘲笑うようなトチ狂った術式を、海人はこの短期間で開発したのだ。

「でも、槍はしゃーないとしても、ルミナスさんとシリルさんがいるところでこんな手札見せてよかったんですか?」

 不思議そうに首を傾げる雫。

 海人は、過剰とも言えるぐらいの秘密主義だ。
 必要がなければ、友人と言えど僅かな手札も見せようとしない。
 それが数百を越える彼の手札の中で、一番弱い札であっても。

 そんな海人が、あんな手札をルミナス達に晒すのはあまりにおかしい。

 先程のリレイユの焔線は、知らなければローラレベルでもない限り間違いなく初見で死ぬ。
 範囲こそ狭くなっているが射程は十倍近く、威力は炭化を通り越し灰すら残らない域、
しかも発射からわずか数秒で有効射程限界まで届くときている。
  
 改善の余地があるとはいえ、極めて強力な手札だったはずなのだ。

「別に構わんよ。なまじさっきのブレスを知っているとかえって危険になる術式を幾つか思いついとる。
時間が足りなかったんで流石に術式盤は作れなかったが、理論上は問題ない。
ついでに言っとくと、今度作る予定の君らの刀もあの槍を超える出来に仕上げるつもりで、既に腹案もある」

「ぶっ!? ちょ、海人さん今回絶好調すぎません!?」 

「ああ、昨日刹那のおかげで長らく燻ってた迷いが晴れてな。
といっても絶好調と言う程ではないんだが……なかなかに好調だ」

 そう言って海人が穏やかに微笑むと、雫の目が軽く見開かれた。

 一見、普段と何も変わらない見慣れた笑顔。
 見ていると思わず安心してしまう、不思議な魅力がある表情。
 雫が好んでいる表情の一つだ。

 が、今の微笑みはそれだけではなかった。

 抱く安心感の中に、途轍もなく力強い芯がある。
 まるで数千年の樹齢を経た大樹の如くどっしりとした芯。
 それによって、普段の笑顔とは桁外れの頼りがいが生じている。
 漠然とした安心感ではなく、ここなら安心だと確信してしまう程のものが。 

(やっば……! マジで心奪われかけた……!
ってか何があったの!? いくらなんでも進化しすぎだと思うんだけど!?)

 敵を迎撃しながらも、雫の心臓はドキドキとやかましく拍動していた。

 この主君の笑顔には今までも心奪われかける事があったが、今日のはこれまでで最も危険だ。
 なにせ、今まで雫が心奪われかけたのとは全くタイプが違う。
 暴悪な魔性は一切なく、ただただ絶対の安心を与える笑顔。
 
 海人を知る者であればあるほど、その効果は大きい。

(まったく、危ないなぁ……もしあたしまで参戦したら、今度こそルミナスさんぶっ倒れちゃうっての)

「ん? どうした雫、手が止まってるが?」

「なんでもありませんよー。そろそろ飽きてきましたし、まとめてやっちゃいますねー」

 ぺろっと舌を出すと、雫は魔法の詠唱に取り掛かった。
 先程から懲りずに集っている神官戦士達をまとめて片付ける為に。   


 
 
  

  



 









 シリルの手にした槍の圧倒的性能に自失していたメルヴィナだったが、
一度頭を振ると気を取り直して槍を構えた。

「……どれほどの切れ味だろうが受けなければいいだけだ!
その程度で生き延びられると思うなっ!!」

「そこまで、私を殺したいんですの?」

 一向に戦意を衰えさせないメルヴィナに、シリルが問いかける。
 その声には、どこか悲し気で切ない響きがあった。
 
「当然だ! 兄上の心を汲めず、心弱く扇動されてしまっただけの者達を無慈悲に虐殺した馬鹿者めが!」

 答えながら、シリルの頭めがけて槍を振り下ろす。
 それをシリルは受け流しながら払い、怒鳴り返した。

「あれだけお兄様の恩を受けながら、容易く扇動されたのは罪ではないとでも仰いますの!?」

「確かに罪だ! だがそれは殺されるほどの罪ではない! 
真実を知り悔いて善行に励めば、贖えない罪ではなかった!
それを貴様は、贖う機会すら永遠に奪い去ったのだぞ!?」

「ふざけるのも大概になさいまし! あの場にはお兄様に直接命救われた者も多くいましたわ! 
お兄様の優しさに甘え、退治した魔物を安く買い取り儲けていた者達も!
お兄様が出張る程の事ではない案件にすら、他の人では不安だからと強引に頼み込んでいた者達も!
全員が! 全員がそれすら忘れあのおぞましい行為を楽しんでいましたのよ!?
あれが死罪にならずして何が罪になると仰いますの!?」

 竜巻の如きメルヴィナの連撃に対し、シリルもまた連撃を返していく。
 激しくぶつかり合う槍が絶え間ない金属音を戦場に響かせ、火花を散らす。

 技巧では、既にシリルの方が上回っている。
 短い戦闘時間だが、それでもメルヴィナの動きはシリルにとって至上の教材だった。
 シリルの槍術の才能があれば、十年の空白を埋め、さらに追い越せる程に。
 
 が、メルヴィナは膂力とリーチで上回っている。
 
 いくら鍛え上げているとはいえ、シリルとメルヴィナでは体格の差が大きすぎるのだ。
 リーチは言うまでもなく、膂力においても体格に見合った、あるいはそれ以上の差が表れていた。

 結果として、両者の力はほぼ互角。

 ただし、総合的にはシリルの方が有利だった。
 普通に槍を振るえばいいシリルに対し、メルヴィナは穂先を極限まで警戒しなければならない。
 刃をまともに受け止めれば、よくて武器破壊、最悪武器ごと真っ二つだからだ。
 
 しかし、シリルも油断はできない。

 そもそも現在は体自体は限界が近く、気力で無理矢理動かしている状況。
 カウンター主体で消耗を押さえているとはいえ、残り少ない体力がじりじり削られている為、
どれほど優勢でも安心はできない。

 それに、二度見せられたメルヴィナの尋常ならざる強化。
 あれを使われると武器の差すらもひっくり返されてしまう。
 限度越えをすればシリルも追い縋れるが、短時間で仕留めきれねば敗北が確定する。 
 
「たわけが! 教皇達に睨まれれば彼らは途端に危うくなる!
それを防ぐ為の行為でもあったとなぜ考えられん!」

「それならば戸惑い黙すという道もあったでしょう!?
本来お兄様の人望を考えればむしろそうなるのは必然!
おそらくは教皇庁もそれを強く責める事は出来なかったはずですわ!
少なくとも、お兄様の遺体を墓から引きずり出し冒涜するなんて事をする必要は皆無だったはずでしょう!」

 激しく武器を交えながら罵倒してくるメルヴィナに、それ以上の勢いで反論するシリル。

 やはり相容れない、そう思わざるにはいられなかった。

 弱者を救済する、それこそがメルヴィナの行動規範。
 そしてそこから外れれば、実の妹であろうと容赦なく叩きのめす。
 かつてシリルが一方的に喧嘩を売られて応戦し、相手をボコボコにした時でさえ、
かなりの勢いで引っ叩かれた。
  
 話が分からない人間、というわけではない。
 
 シリルが喧嘩を売ってきた高位司祭の孫をボッコボコにした際も、叩かれはしたが非がどちらにあったかは分かってくれた。 
 話を聞いた上で状況を把握し、やりすぎてしまえば同類に堕ちる、と咎めたのだ。
 実際、翌日怒鳴り込んできた司祭の謝罪要求を毅然とはねつけ、最終的には孫諸共稽古という名目でぶっ飛ばした。
 ついでに、それを聞いて激昂した両親もその後同じ末路を辿らせている。

 優しさがない人間、というわけでもない。

 笑ったところなど見た事がないが、行動には優しさがにじみ出ていた。 
 兄の為に作ったケーキを転んで潰してしまった時も、溜息を吐きながら作り直しを手伝ってくれたぐらいだ。
 最終的には無理矢理鍛錬させるしかないという結論になってしまったが、
毎度鍛錬から逃げ回る妹をどうにか自分の意思で鍛えさせる方法はないか、方々相談していた事もある。
 
 だがそれを上回るほどに――――メルヴィナはナーテア教の教義に執着している。

 だからこそ、相容れない。
 愚直に信じる彼女と昔から懐疑の念を抱いていたシリルでは、根本が違いすぎる。
 ゼオードの件さえなければ、あるいは価値観が違うだけの仲が良い姉妹でいられたかもしれないが、
こうなってしまった今関係修復は不可能だ。

(まったく、昔から弱者を守る弱者を守ると馬鹿の一つ覚え……?)

「……どうした、まだ限界ではなかろう」

 大きく弾いて距離を取ったシリルに、メルヴィナは怪訝そうな目を剥けた。

「……伺いたい事ができましたわ。そう弱者弱者と喚くのなら、なぜ捨て駒を?
偽情報を流す為に弱者を死地に叩きこむのは、教義に触れると思うのですが?」

「それか……単純な話だ。元々、奴らは後々死んでもらう予定の人間だった。
正確には、奴らに限らず今回集めた連中。この場にいる人間以外全員だがな」

「っ!? どういう事ですの!?」

「現在、ナーテア教内部では二つの主張が対立している。
現在の教義を堅持し続けるべきと主張する保守派と、一度史料を調べ直し始まりの教典を見つけて原点に戻るべきと主張する回帰派。
もっとも、対立と言っても保守派が圧倒的で勝負にはなっていないがな。他の主張よりは広まっている、その程度の話だ。
そして私達は保守派を装った回帰派。将来に備え、保守派の勢力は削いでおく必要がある」

「……己の主張を通すために、対立しているとはいえ弱者を利用し捨て駒にする?
随分と融通が利く事ですわね? とても私の命を狙っている人間の言葉とは思えませんわ」

「たわけ。それだけなはずがなかろうが。
保守派最大の問題点は、信仰の対象が半ば以上教皇や枢機卿などナーテア教上層部になっている事だ。
だからそこからの指示を受ければ、ろくに確認も取らず盲目的に従う。
枢機卿の孫からの求婚を断った娘を背神者扱いして、守ろうとした恋人諸共殺害したりな。
そのくせ、普段は教義通り人助けをしているから始末におえん」

 吐き捨てるように語る。
 その表情は、苦々しさに満ちていた。

「……腐ってますわね、まったく」

「だからこそ、さっさと膿を取り除かねばならん。
とはいえ、準備が整っていない状態でこちらに疑いをかけられてもまずい。
力及ばず戦死、というのはなかなか良い理由だろう?」

「まったく……よくもまあここまで仕組みました事。
敵同士を潰し合わせ、かつ自分に嫌疑がかからないこの状況。
おそらく、ここ以外ではこちらが勝てるように戦力分散も計算しましたのね?」

 シリルは、敵ながら思わず感心してしまった。

 今回の戦い、メルヴィナにとっては利点が多すぎる。
 打倒すべきシリルを確実に潰しつつ、ナーテア教の膿を潰す。
 潰せる量は総数から考えれば大きくはなかろうが、それでも効果は高い。
 
 十歳に満たぬ少女との組手中に落とし穴へ誘導されて腰まではまり込んでいた人間とは思えない。

「その通り。今回、狂信者を警戒して『傀儡師』は助力すまい。
アンリエッタ・マーキュレイならば私達が来る北方を各個撃破し、その後南方を潰そうとするだろう。
あえて幾つか情報を漏らしておけば、誘導する事はそう難しくはない。
時間を稼いでいる間にお前を、という手筈……だったのだがな」
 
「致命的に運がありませんでしたわね。ええ本当に」

 一瞬状況も忘れ、思わず同情してしまうシリル。

 結果としては狙い通りに動いたし実害はないが、メルヴィナの予想とは違いシェリスは助力している。
 シリルの為というわけではなく、他ならぬ海人の為に。

 つくづく、メルヴィナの描いた構図は海人にぶち壊されている。

「ふん、運がない分は力で補うまでだ」

「……生憎、補えませんわ。こういう言い方はあれですが、どのみち貴女方に未来はありません。
あの馬鹿があそこまで手札を見せている以上、仮に私を殺しても貴女方の口は封じられるでしょう。
一番の元凶共が生き残ってしまうのが難点ですが……まあ、そちらは機を見て片付けましょう」

「ほう……? どうやら、貴様は本当に知らされていないようだな」

「どういう意味ですの?」

「当初の私達の計画では、もう少し時間をかける予定だった。
それを早めたのは、貴様の仲間たちの動きを察知したからだ。
あのままイナテアにいれば、私達も諸共に片付けられていただろう。
まあ……貴様の手でなんらかの決着を着けさせるためにあえて見逃された可能性もあるがな」

「は……? え、まさか!?」

 メルヴィナの言葉の意味を悟り、シリルの双眸が大きく見開かれた。














 プロイムス共和国の都市、イナテア。
 ナーテア教の総本山という点が一番有名だが、ここは観光都市でもある。
 ナーテア教巡礼者からの人気は語るまでもないが、自然豊かな美しい景色と季節ごとに取れる上質な果物が一般人にも人気で、
季節を問わず結構な数の人間が訪れる都市だ。
 
 それゆえに揉め事なども日常茶飯事だが、イナテア神官戦士団が巡回している為、
殴り合いの喧嘩などはすぐさま鎮圧されている。
 
 なのだが―――――今日は、違った。

「がぁーはっはーっ! どうしたどうしたぁ! その名も高きイナテア神官戦士ってなぁこの程度かぁ!?」

 地面に倒れ伏して動かない神官戦士の頭を踏みつけながら、前方にいる十人近い神官戦士を挑発する一人の男。

 その風体は、控えめに言っても異様だった。
 まず顔だが、金属製の道化師の仮面を被っている為見えない。
 白い髪を短く切り揃えているが、清潔感よりも野性味が強い髪型だ。

 だが何よりも特徴的なのは、筋骨隆々とした巨体。
 身長がやたら高い事もあるが、手足が大人の頭ぐらいに太く、全身くまなく無駄な贅肉がない。
 首、胸筋、腹筋、果ては臀部の筋肉まで、よくぞここまでと言いたくなるほどに引き締まっている。
 古傷があちこちにあるが、それすらも勲章にしか思えないほどに強烈な筋肉だ。

 そしてそれらを思いっきり引き立てているのが、服装。
 自らの肉体に、何ら恥じる事なしとばかりに露出が多い。
 むしろ、隠してないところの方が圧倒的に少ないだろう。

 なにせ――――ふんどし一つしか身に着けていないのだから。

 ちなみに一番目立っているのはこの男だが、彼の背後には同様の格好をした男が二十人ほどいる。
 彼らも全員鍛え抜いた肉体の持ち主なので、なんとも言い難い迫力がある集団だった。

「ぐっ……こ、こんな変態が……!」

「はっはっはっ! 変態たぁ、えらい言われようだなぁおい!
ってえか、たかが変態ぐれえさっさと取り押さえて見せろや。
ナーテア様とやらの御加護を授かったうえで毎日鍛錬してんだろ?」

「ぐっ……!」

 ギリギリギリ、と悔し気に歯を食いしばる神官戦士達。

 なんとしても暴言を撤回させたいところだが、それは至難。
 最初から今に至るまで何人もの神官戦士が挑んだが、ことごとく返り討ちになった。
 それも凄まじい格闘術とかではなく、ほぼ身体能力頼みのトンデモ武術によって。

 武器を振り下ろせば、当たるより前に懐に出現しパンチ一発で遥か遠方。
 魔法で攻撃すれば、大半を拳圧で相殺しつつ、その余波で魔法使いをぶっ飛ばす。
 極めつけは、槍で突いたら歯で止めた挙句、がっちんがっちんと歯で槍を細切れにされた。

 そしてこのリーダーらしき男ほどではないが、背後に控える男たちもまた凄まじい。
 放たれた矢を造作もなく手で払い、振るわれる槍を掴んでそのまま投げ飛ばし、
魔法も倒した神官戦士を盾にして防ぐ、と本気で手が付けられなかった。
  
 悔しく腹立たしいが、平の神官戦士では手も足も出ない。  
 それこそ、イナテア神官戦士団の中でもトップレベルの人間でない限り。

 そう思っていた矢先、彼らの後方から援軍が到着した。
 それも現在のこの国において、最強の戦士達が。

「……凄まじく強い変態達が暴れていると聞いたが……なるほど、正しいな」

 イナテア神官戦士団長――ルーウィン・ポルタガイズは、そう言って部下達を倒した男達を睨み付ける。

 姿形は変質者そのものだが、その立ち姿は紛れもなく一流戦士。
 パッと見呑気に腕を組んでいるだけなのに、その実隙が無い。
 迂闊に攻め入れば、外見通りの強烈な打撃で返り討ちだろう。

 一筋縄ではいかないと見たルーウィンは周囲の団員に目配せで合図を出すと、男に語り掛けた。

「それで、君達はなぜそんな姿で暴れている?
世の中に何か不満があるのなら、まずは話から始めるべきだと思うが?」

「なぁに、大したことじゃねえさ。神なんてもんを信じてる連中が気に食わねえ。
だから見た事もねぇ神の加護なんてもんの力があるなんて信じてるカス共に、現実ってもんを教えてやろうと思っただけだ。
神の加護とやらを受けてるはずの神官戦士団が軒並み潰されりゃあ、ちったぁ人間らしく生きるようになるだろうよ」

「その主張どこかで……そうか! 神滅立人教徒だな!?」

 ルーウィンの視線が鋭く細められ、周囲の殺気が増す。

 神滅立人教とは、近年になった興った新興宗教だ。
 その主たる主張は、この世に神はおらず人は人として立って生きるという事。
 彼らは宗教無き頃の人間は今よりもはるかに強く、神などという虚ろな偶像に縋るようになって、弱くなったのだとしている。
 それゆえに神を崇める既存の宗教全ての根絶を唱えており、過激な者になると宗教者の殺害すら厭わない。
 
 この男は、間違いなく過激派。
 そう判断したルーウィンは、迷わず槍を構えた。

「おっとっと、まだ答えてもいねぇのに御挨拶だなぁ、おい。
ま、神なんぞ信じてる連中はこんなもんだろうが――――いいのか? その程度の人数でよ?」

 ふんどし姿の変態はそう言うと、背後の屋根の方へと拳を数度振った。

 言ってしまえば素振りしただけだが、その効果は劇的。
 屋根の上から男を狙い撃つべく待機していた神官戦士達は、残らず風圧の餌食になった。
 あまりの風圧に、全員体だけでなく意識まで吹っ飛ばされている。

 が、それはルーウィンにとって最高の好機でもあった。

 背後に拳を振ったため、背中が無防備に自分にさらけ出されている。
 このまま体の中心に突きを放てば、どれほどの猛者だろうと回避は出来ない。
 自分は、イナテア神官戦士団最速にして最高の突きの使い手なのだから。 
  
 そんな確信を抱き、自身の最高最速の突きで男に突進したが、

「……折角背中見せてやったのに、その程度じゃなぁ?」

 小馬鹿にしたような声と共に、男の体が高速回転した。
 見えていた背中が、みるみる腹筋や胸筋へと変わっていく。 

 が、ルーウィンはそれに構わずそのまま突っ込んだ。

 凄まじい反射速度だが、それでも間に合わない。
 拳圧によるカウンターを受ける可能性はあるが、同時に槍が男の体を貫く。
 毎日欠かさず磨き上げている、ドラックヴァン鋼製の愛槍。
 この一撃は、中位ドラゴンの鱗すら易々と貫くのだ。

 そしてルーウィンの槍の切っ先が男の体に触れ――――止まった。

「……は?」

「くっくっく、己の力一つで立って生きてる本物の男にゃあ、そんなもん通じねえよ。
そして――――これが本物の男の攻撃だっ!」 
 
 硬直しているルーウィンの顎に、男は拳を一発叩きこんだ。

 その威力は尋常ではなく、ルーウィンは瞬く間に回転しながら上空へと消えていく。
 比喩ではなく、ものの数秒でルーウィンの姿は見えなくなった。

「戦士団長でこんなもんか……やはり神を崇めているようじゃあ軟弱だな。
よろしい! この俺様が貴様らをその愚かしい束縛から解放してやらぁっ!」

 大地を揺るがすような男の叫びに、神官戦士団の腰が引ける。

 ルーウィンは、現イナテア神官戦士団において最強の男。
 彼に匹敵するのは過去の家族の事件を理由に、団長や副団長の座を辞退したメルヴィナのみ。
 その彼女も現在休暇中でイナテアにはおらず、他の有能な戦士の多くも同様。
 残っている人間もいるが、彼らは現在教皇庁の守りについている為、やってきたとしても時間がかかる。

 絶望的、というのも生温い状況。    
 ゆっくりと歩み寄る男の一歩一歩が、死神の声に聞こえる。

 そして男が神官戦士達の眼前に到達した直後――――数多の布切れが宙を舞った。

『へ……?』

 ひらひらと舞い散る布切れを、呆然と見つめる神官戦士達。

 見覚えのある布だった。
 独特の艶と気品からして、アーマーシルク。
 神官戦士団の制服に採用されている、頑丈で気品のある素材だ。

 そこまで気付いたところで、悲鳴が轟いた。
 特に、女性神官戦士の甲高い悲鳴が。

「ではここで俺らの正体を名乗り布教を始めるとしようっ! 我らは≪人裸至高教≫の教徒! 
人は全て裸で生まれてくる! 何故か! それこそが完成された姿だからだ! 
人は天から生まれるのではなく人から生まれてくる! 何故か! それは人の誕生に神など関与していないからだ! 
世に数多の宗教・信者あれど、世界から悲劇はなくならない! 何故か! 神などこの世にいないからだ!」

 イナテア全域に響きわたりそうな大声で、高らかに主張する男。
 突っ込みどころ満載の主張だが、その声の力強さにその場の全員が思わず聞き入ってしまう。
 
 そうした演説が実に十分ほど続き、ついに話が終わった。 

「……以上だ! とはいえ神などという虚像に縛られた貴様らには実感できまい!
ゆえに、手始めに服がないという事がいかに素晴らしい事なのか実感させてやるとしよう!
野郎共っ! 哀れなナーテア教徒共に我らが教義の素晴らしさを叩きこめぃっ!」

『押忍っ!』

 リーダーらしき男の叫びに仲間が応え――――阿鼻叫喚が始まった。 






   
 セシリア・グラウクスは久方ぶりの教皇庁警備の任に、神経を尖らせていた。

 現在、イナテアの戦力は大幅に低下している。
 背神者たるかつての娘、シリルティア・グラウクス討伐の密命に多くの人員が出払っているのだ。
 その中には彼女の夫や娘も含まれているため、正直心許ない。

 にもかかわらず、現在はさらにここの警備が手薄になっている。

(……弱者に優しいのは結構だけど、優先順位をはき違えるのはいただけないわね)

 ふん、と鼻を鳴らすセシリア。 

 先程聞いた話では町中で起きた騒ぎの鎮圧に神官戦士団長自ら向かったという。
 町の治安維持は確かに大事だが、それでも優先順位というものがある。
 ここの警備以上に重要な仕事などない、帰ってきたらその事を先達として現神官戦士団長に諭してやるべきだろう。

「……まあ、あの出来損ないのせいで戦力が減っているのだから、強くは言えないわね」

「――――聞きしに勝るクソっぷりね」

 静かな声と共に、セシリアの背後の扉が突如吹き飛んだ。

「ぐあっ!?」

「折角声をかけてあげたのに、あれくらいも避けられないの?
一線を退いたとはいえ、随分と情けない神官戦士ね」

 扉の下敷きになったセシリアに、ゆっくりと歩み寄る女性。

 それを見て、セシリアは戦慄した。
 金属製の狼の仮面にタイトなデニムの上下という、緊張感の欠片もない服装。
 腰に帯びた刀だけが剣呑な雰囲気を放っているが、それ以外はまるで買物に行くような格好。
 おおよそ戦闘向きでも暗殺向きでもない姿だ。

 にもかかわらず、隙というものが皆無。
 槍と刀というリーチの差があるのに、どこからどう攻めてもその直後自分の命がある気がしない。
 それどころか、逃げると仮定しても直後に斬殺されるイメージが湧いてくる。

(いくらなんでもそんなはずが……!)

 恐怖を振り払うように、セシリアは自分にのしかかっていた扉を投げつけた。

 これで隙を作り、すかさず突き殺す。
 そのつもりだったのだが、それは無為に終わった。

 ―――――投げつけた扉が、突如として真っ二つになり女性を避けて飛んでいった為に。

 刀で斬った事は間違いない。
 そうでなければ、あんな現象は起こりえないはずだ。
 それなのに刀は抜かれた様子もなく女性の腰にあり、先程は鍔鳴りの音さえも聞こえなかった。

「き、貴様何者だ……!」

「ただの通りすがりよ。気に入らない人間を片っ端からぶったぎるのが趣味なだけのね」

「……ふざけた女だ。まあいい、この神聖な場所で暴れた事を……」

 己を鼓舞するように脅そうとしたセシリアは、そこで気付いた。
 女性の背後から、おぞましい程に強い血の臭いが漂っている事に。

 そして、思い出す。
 自分が背にしていたドアの先に、誰がいたのかを。

「あら、今更気づいたの? 少しばかり鈍すぎないかしら?」

「貴様、教皇猊下達をどうした……?」

「全員斬殺したわ。見るに堪えない醜悪な容姿、聞くに堪えない悍ましい声、
そして存在を許せない腐った性根……どれも気に入らなかったから」

「き、貴様ああああああああああああああっ!」

 激昂して女性に襲い掛かるセシリア。

 怒りに任せた一撃はそれだけに速度と威力に優れていたが、
この場においては何の意味もなかった。

「―――――それでも私が一番気に入らないのは、貴女」

 静かな、それでいて強い怒気を孕んだ声音が響き、セシリアの槍がバラバラになった。

 ドラックヴァン鋼製の槍が、完膚なきまでに斬られている。
 武器破壊も事実上不可能、そう言われている素材の槍が。
 ほんの、瞬き程の間に。

 あまりの事に呆けていると、突如セシリアがバランスを崩し床に倒れた。
 何が起きたのかわからぬままセシリアが足元を見ると、右足がなくなっている。
 襲ってきた恐怖と痛みに悲鳴を上げそうになるが、それも叶わない。

 女性の足が、セシリアの頭を踏みにじった為に。

「子を愛さない母親……まあ分からなくはないわ。我が子がいる喜びが分からない哀れなゴミもいるでしょう。
自分の事しか考えられない母親……それも仕方ないでしょう。どんな女も孕めれば子を産めるのだから。
でも、善良に育った我が子を殺そうとする母親――――これは許せないわ」

「うっ、ぐっ……!?」

 徐々に強まっていく女性の足の力に、セシリアは慄く。
 このままでは間違いなく頭蓋骨を踏み砕かれてしまう、と。

「まして愛さず、手もかけなかったにもかかわらず、真っ当に育った子供。
死したその子を自ら貶め保身にはしり、あまつさえそれに激昂した別の我が子を殺そうとする。
気に入らない、ええ実に気に入らないわね―――――我が子を守らぬどころか殺そうとする母親なんて、生き地獄も生温い」

 仮面越しにも伝わる凄まじい怒気が、セシリアの心を恐怖で締め上げる。

 あまりの圧力に、呼吸すらままならない。
 かすれた呼吸でどうにか空気を取り込むも、体は動かず震えるばかり。
 どんどん強くなっていく踏みつけから逃れる事さえできない。
 
 みしみしと鳴り始めた己の頭骨に怯え、セシリアの目から涙がこぼれた。

「ぎ、ああっ……や、やめ!?」

 言いかけた命乞いが、セシリアの最期の言葉となった。
 女性の靴が、ついに彼女の頭を粉々に踏みつぶしたのである。

「……こちらの時間が押してた幸運に感謝する事ね。それで、どんな問題が起きたの?」

 女性は吐き捨てるように呟くと、窓から入ろうとしていた部下に視線を向けた。

 問題が起きない限り、ここには来ないように言っておいたのだ。
 部下達はそれなりに強いが、それでも未熟で自分と違って他者に見つかるリスクが大きい。

 にもかかわらず来たという事は、予期せぬ、それも部下達では収拾できない事態が生じたという事だ。
 
「いえ、作戦自体は大成功なんですが、その……」

「歯切れが悪いわね?」

「その……団長を筆頭とした男連中が悪ノリしまくって、目につく人間片っ端から素っ裸にしてるんです。
人は裸で生まれてきた、ゆえに裸こそが原初にして至高の姿とか言い出してまして、
現在イナテアでは老若男女問わず裸の人間ばっかになってます」

 部下の報告に、女性は思わず頭を抱えた。

 あちらの作戦の本分は、陽動兼ナーテア教の権威失墜。
 こちらから人員を剥がしつつ、敵に成す術なく蹂躙される神官戦士団という醜聞を作り上げる事だ。
 効果を高める為変態っぽい恰好をさせ、出来るだけ頭がおかしい馬鹿っぽく振る舞うように言ったのだが、
演技が過ぎて頭のネジが外れたらしい。

 向こうのリーダーの性格を考えれば十分考えられる事態だったので、女性は猛省した。 

「ホントにあの馬鹿亭主は……いいわ、私がなんとかするから、貴女達は先に合流場所に向かいなさい」

 溜息を吐き、女性―――クレイア・アスガルドは部下に指示を出した。
 
























 驚くシリルに、メルヴィナは冷たく語り掛ける。

「仲間に恵まれたようだな。自覚がないようでは仲間も報われんが」

「……まったくですわね。私には過ぎた仲間ですわ。
少しでも報いる為、何としても貴女を倒さねばなりませんわね」

「そうやすやすと倒せると思うな!
汝は終わりの焔、等しく死をもたらすものにして……」

「こっちのセリフですわ! 
あまねく全てに等しく死をもたらす凍獄よ……」

 詠唱しつつ、メルヴィナとシリルは槍を凄まじい勢いでぶつけ合う。

 術式構築に意識を割きながらも、二人の技に淀みはない。
 常人なら割って入ろうとした瞬間死が確定する、壮絶な槍戟。
 まさしく死の竜巻とも呼ぶべき戦いだが、流れは非常に美しい。

 二人の戦いを一言で表現するなら、舞闘。
 舞い踊るように華麗な技の数々が繰り出され、捌かれる。
 人を魅了するに足る、素晴らしく高度な戦いだ。 

 やがて術式が完成すると、二人はほぼ同時に相手を弾き、詠唱を終える。

「汝始原にして終焉の焔よ、我が敵を焼き尽くせ≪メギドブレイズ≫!」
「汝死の象徴たる氷獄よ、我が敵を永久に捕らえよ≪コキュートスロック≫!」

 二人の魔法が同時に放たれ、中央でぶつかり合う。
 
 メルヴィナの炎がシリルの放つ吹雪とぶつかり、共に打ち消しあっていく。
 その光景は、まるで炎と吹雪の喰らいあい。
 どちらも一歩も譲らず、その身を削っていく。

 そして、二人の魔法は完璧に相殺された。

「ふん……怠け者がよく上位魔法まで会得したものだ」

「そちらこそ……上位魔法は役に立たないなんて言ってらしたのが随分変わりましたこと」

 会話しながら二人は再び駆け、槍戟を繰り広げる。
 どちらも先程と動きのレベルは一切変わらず、譲らない。
 そのまま、何十合と打ち合い続ける。

「使いどころを思いついたから習得したまでだ。貴様と違って、これでも勤勉なのでな」

「生憎、術式だけは昔から覚えてましたわ。どこぞの誰かが勉学では敵わない、なんていじけないよう隠していましたが」

「相変わらず、口の減らんやつ……だ!」

「くっ!? また強く……!?」

 突如として放たれた強撃を、どうにか受け流す。

 が、威力の大部分を逸らしてなお強烈なその一撃は、シリルの体を易々とふっ飛ばした。
 飛ばされた勢いを利用して、回転しながら着地するが、それでもシリルの両足が大地を線上に抉る。 
 
 崩れた体勢を強引に立て直し追撃に備えるシリルだったが――――追撃は来なかった。

 なぜかメルヴィナは、シリルをふっ飛ばした場所で槍にもたれかかりながら俯いていたのだ。
 よく見れば息が非常に荒く、肩が目で見て分かるほどに上下している。

「ちぃっ……使い、すぎた、か。持ってきて、正解だった」

 槍を支えに立ち上がると、メルヴィナはポケットからガラスの小瓶を取り出した。
 その中には、黄金色の液体が満たされている。

 それを、メルヴィナは一気に飲み下した。

「っ!?」

 メルヴィナの喉が鳴った瞬間、シリルの顔に戦慄が走った。
 
 先程まで槍を支えにしていたメルヴィナが、何事もなかったかのように両の足だけで立ちあがったのだ。
 よく見れば呼吸も整い、全身から滲み出ていた疲労感も消えている。
 むしろ、生気に満ちていると言うべきかもしれない。

「さて……分かっているだろうが、これで多少差は埋まった。
その消耗した体で、いつまでも余裕でいられると思うなっ!」

 裂帛の気合と共に、メルヴィナは再びシリルに襲いかかった。

 











 その頃、シリル達の上空ではコグラスト三姉妹が遠隔視魔法で戦いを見物していた。

 彼女らがいるのは、海人達よりもさらに高空。
 普通ならば、短時間で意識を失う危険地帯。
 『死の天空』と呼ばれる高度だ。

 ここならば、誰にも見つかる心配はほぼない。
 三人はそう思い、ここに陣取っていた。
    
「うわーお……今飲んだのって、どう見てもあれだよね?」

「でしょうね。それにあれだけの回復となると、使い手なのも間違いない。
ってか、そもそもあの要所での超強化やって動けてる時点で使い手確定よね。
シリル様の技量も得物も凄いけど、互角……いえ、分が悪いわね。
今の一回でかなりの無茶が出来るようになったでしょうし」

「……私達も参戦するべきかしらね。
現場にいながら見物してたせいでシリル様がお亡くなりなんて、バレたら流石に首が飛ぶだろうし。
多分、物理的に」

 タチアナの言葉に、妹たちが揃って頷く。

 シリルの強さは素晴らしいが、今回は相手が悪い。
 メルヴィナの使っている技は最悪即死の危険を伴う技だが、
後先考えない短期決戦ならば使い手とそうでない者には大きな差が生まれる。

 そして先程メルヴィナが飲んだ液体は、その危険を極限まで減らすもの。
 いかにシリルの技量が優れ槍も強力だとはいえ、消耗が著しいこの状況では圧倒的に不利。 
  
 三人が楽器を構え、戦闘態勢に移ろうとしたところで、 

「その必要はないですよー」

 聞き覚えのある軽い声が、響いてきた。
 同時に、空中に見覚えのある顔が映し出される。
 その背後には、彼女の主君である海人の姿もあった。

『っ!?』

「覗き見は褒められた事ではないな、ソグアウト三姉妹。
見るならちゃんと下まで降りてきたまえ」

 驚愕するコグラスト三姉妹にそう言うと、海人は軽く指を鳴らした。
 それと同時に、三姉妹を強烈な下降気流の渦が襲う。

『ひゃわああああああああっ!?』

 悲鳴を上げながら、地上へと乗っているドラゴン諸共高速落下していく三姉妹。 
 流石と言うべきか、そのさなかにあっても三人は楽器を構え奏でながら、短い歌を歌い始めた。

「命の竜は再び世界に還る……」

「還りし命は力となりて世界に満ちる……」

「満たされし力は流れ揺蕩い再び命を紡ぐ……」

『かくして力は生命の輪を逃れ、命の詩を紡ぎゆくっ!』

 三人の歌が唱和した瞬間、彼女らが乗っていたドラゴンが光の粒子となった。
 その光は三つに分かれて三姉妹の体へ飛んでいき、そのまま体内に吸収された。

 そして三姉妹は右足を引くと、直後凄まじい勢いで回転し、雫の風魔法を強引に抜け出した。
 その回転の勢いを物語るかのように、脱出ついでに風圧で眼下の大地が軽く抉られている。

 そのまま落下位置を調整し、三姉妹は無事リレイユの上に着地した。
 
「カイト様ぁ~……私らに非があるのは重々承知ですけど、流石に今のは酷いのでは?」

「下手したら地面にどっか~んでしたよ?」

「総隊長じゃないんですから……」

「いや、無理に脱出せんでも加減してここに来てもらうつもりだったんだが……随分興味深い事をしていたな?」

『うげっ!?』 

 興味深そうに自分達を見る海人に、三姉妹の背筋が凍った。

 反射的に使ってしまったが、あの技は秘匿事項だ。
 三姉妹の正体に直接結びつく技ではないが、奥の手の一つではある。
 友好関係にある相手とはいえ、易々と見せていいものではない。
 バレれば、間違いなく懲罰ものだ。

 が、彼女らの認識はまだまだ甘かった。

「見たところ、魔力の竜というわけではなかったようだな。
しかし分解しておそらくは君らの強化にあてる事が可能……ふぅむ、何だか分からんが有用そうだな。
演奏を使った技法というのも実に興味深い。魔法の一環だとすれば、歌唱魔法の一種……いや、楽器を使っていた事も考えると、
演奏魔法か……いずれにせよとうに失伝したはずの技術の可能性が高いが……魔力ではないとなると、
まったく別の系統の可能性が高……いや、操作だけは魔法という可能性もあるし、
記述にあった演奏魔法の性能の理由が先程のあれと絡んでいるという可能性も考えられる。
まあ、いずれにせよ情報がないから仮説とも呼べん、むしろ妄想の類か……すまんが、先程の技についてちょっと教えてもらえんか?」

 海人の言葉に、コグラスト三姉妹の顔から一気に血の気が引く。

 ドラゴンを分解・吸収したところは見られたとしても、演奏を見られ聞かれたとまでは思っていなかった。
 あの凄まじい風の中、高速回転でぶん回される姉妹の姿を、海人が捉えているとは思わなかったのだ。
 まして音まで聞こえているなどとは、夢にも。
 
 あまつさえ、推測にかなり正解に近い内容が混ざっていた。

「あ、ああああああの、カイト様! ど、どうか、どうか今御覧になった事は何卒総隊長達には内密に!」

「冗談でもなんでもなく、ガチでぶっ殺されかねないんです!」

「それどころか、一生監視下に置かれて奴隷労働って可能性もあるんです、どうか勘弁してください!」

「……む、それは流石に哀れだが……こっちも手札を見られてしまっているしなぁ」

 必死で泣きつく三姉妹に、海人が困った表情になる。

 海人にとっては、三姉妹も大事な生徒だ。
 こうまで必死に懇願するのを切り捨てるのは、気が進まない。

 が、ただ見逃すという事も出来なかった。

 運が良いのか悪いのか、この三姉妹は雫が集っていた神官戦士達を攻撃魔法で一掃したところから来ていたのだ。
 つまりは海人製の魔法の性能を見てしまったという事であり、ただで帰すわけにはいかない。
 それ以上のものを開発する自信があるとはいえ、自発的に見せたのと覗き見されたのでは意味合いが違うのだ。 

「お、お願いですから! 絶対に喋りませんから!
なんでしたら例の洗脳技術で記憶を抹消していただいても構いませんから!」

「そこまで言うなら、と言いたいんだが、多分素直に懲罰受けた方がマシだぞ?
記憶には残らんが、おそらく殺してくださいと土下座で懇願したくなるぐらいの苦痛を味わう事になる」

『そんなぁあああああああっ!?』

 絶望的な宣告に、三姉妹が絶叫する。
 あまりに哀れな姿に、海人がやれやれと溜息を吐いた。

「……確認するが、シェリス嬢の言ってた音楽狂というのは君らで合ってるか?」  

『あ、はい。それは間違いなく』

「では、今日の夜うちで演奏してもらう事になるはずだ。
その演奏を私が気に入れば、今回ここで知った情報の黙秘を条件に見逃す。
そして凄く気に入れば、定期的な演奏を条件に黙秘もなしで見逃してやろう」 

『本当ですか!?』

「嘘は言わんよ。ただし、出来が悪ければ隠蔽しようとしたことも含めローラ女士に報告する」

『了解しました! 我ら楽団三姉妹の演奏、存分に御堪能下さい!』

「迷わんな?」

 一瞬の逡巡もなく快諾した三姉妹に、海人が首を傾げた。
 条件的に、数秒ぐらいは悩むだろうと思っていたのだ。

「当然です。人の心を揺り動かす演奏こそが我らの本領」

「いかに厳しかろうとただの一人に気に入っていただける演奏が出来ないならば、それは万死の屈辱」

「音楽に魂を売った我らには、受ける以外の選択はありません」

「結構。楽しみにさせてもらう」

 誇りと自信に満ちた三姉妹の言葉に、海人は満足そうに頷いた。

「存分にご期待ください。ところで、シリル様の援護は本当によろしいんですか?」

「ああ、そもそも横槍なぞシリル嬢が許すまいし―――こっちもこっちで小細工してるんでな」

 事もなげに言うと、海人は不敵に笑った。
 














(……どういうわけだ? なぜまだこれだけ魔法を使える?)

 メルヴィナは、攻勢を続けながらも疑問に苦しめられていた。

 メルヴィナと戦う前の連戦で、シリルの魔力は激減していたはずだ。
 弓で戦っていた為加速魔法などの出番は少なかったが、攻撃魔法は使っていたし、
そもそも肉体強化でかなりの魔力を使っていたはずだ。
 
 魔力が枯渇はしないまでも、とうに攻撃魔法は撃てなくなっているはずだったのだが、
現在もシリルは槍を振るう合間に攻撃魔法を使っている。
 しかも、表情からしてまだまだ余裕がありそうだ。

 メルヴィナが怪訝に思っていると、シリルが槍を受け流して弾き、そのまま間合いを開けた。

「不思議ですか? なぜ私の魔力が尽きないのか」

「……当然だ。お前の魔力量は多い方だったが、それでも桁違いではなかった。
見えない位置に宝石を複数身に着けているとしても、とうに限界のはずだ
どんな手品を使っている?」

「そちらの手品を教えていただければ、と言いたいところですが、特別に種明かしをしてさしあげますわ。
武器性能に差がありすぎますし、今なら変な疑いもかからないでしょうから。
この槍に、魔力の貯蓄・増幅機能が付いているんですの」

「………………は?」

「結構な勢いで増幅されますので、槍に流した魔力をしばらくしてから吸収するだけでかなり回復しますの。
まあ、限界はあるでしょうけれど」

 呆けた顔をしているメルヴィナに、憐れむような視線を向ける。

 驚くのは、至極当然。
 魔力貯蔵機能、それだけでも驚天動地の武器だ。

 現代において、魔力を貯蔵できるのは宝石のみ。
 だからこそ戦士達は武器の柄などに宝石を埋め込み、いざという時の予備魔力タンク兼魔法強化具にしているわけだが、
これはどうしても大きなリスクが伴う。
 魔力を迅速に吸収する為にはある程度宝石をむき出しにしなければならないのに、
宝石は破壊されれば溜め込んでいた魔力を霧散させてしまい、かつ破壊されやすい物質なのだ。

 優秀な戦士であれば誰もが頭を悩ませる問題なのだが、
武器の金属そのものが魔力を溜められるなら、それは一気に解決してしまう。
 武器破壊という技もあるが、質の良い武器を優秀な使い手が振るえばそうそう壊せるものではない。
 一定以上の強度の武器で実力が拮抗しているなら、むしろ使い手を仕留めた方が合理的だろう。

 通常の金属でもそれなのに、この槍はメルヴィナの全力でもビクともしない。
 事実上破壊が不可能に近い、まさに理想の武器と言えるだろう。
    
 だというのに、これには魔力増幅機能なんて狂った機能までついている。

 現代の常識として、魔力の回復手段は原則睡眠のみ。
 それも、8時間ほどかけなければ最大までは回復しない。
 古代遺産の飲料を飲んだら即座に回復したなどという話もあるが、怪しい話だし、
仮に事実だとしてもそもそも希少すぎて手に入らないだろう。
 
 なので、戦闘中に魔力が回復するなどという事はありえない。
 それゆえに、戦闘中は常に魔力の消費量に気を配り続けねばならないのだ。
 どの局面でどれだけの魔力を使用するか、これは全ての戦士の生命線と言っても過言ではない。 

 その常識を粉々にぶっ壊しているのだ。この槍は。 
 
 しかも、回復量がこれまた馬鹿にならない。
 シリルが使った感触からして、魔力を注ぎ込むほど増幅量も増えるらしい。
 おかげで、しばらく攻撃魔法を使わなかっただけでこの槍を握る前から一割ほど回復している。
 もっと時間をかければ、全回復もそう難しくはないだろう。
 
 メルヴィナからすれば、たまったものではないはずだ。
 体力を削り、魔力を削り、着実に仕留めるはずが、台無し。
 体力は削れた代わりに、魔力は回復なんてどんな悪夢だろうか。

 ありがたいのだが、あまりに凄すぎて敵であるメルヴィナがだんだん哀れに思えてきた。
 
「ええいっ……! 本当に何なのだその槍は!?」

「こっちが聞きたいですわよ。唯一の欠点は強力すぎて慢心や依存に繋がりそうという事ですわね」

「……ちっ、割には合わんが、そちらの手札を開示されてだんまりを続けるわけにはいくまいな。
貴様がしているであろう勘違いを正してやる」

「あら余裕ですわね?」

「ただの礼節だ。先程の小瓶だが、ある技術を使える者が飲んでこそ真価を発揮する。
貴様が飲んでも多少体力は回復するだろうが、それだけだ。
私ほどの回復は行えないし、肉体強化の限度も変わらん。
予備を奪ったところで、労力には見合わんぞ」

「あら、奪えば回復は出来なくなるのですから十分甲斐はありますわ。
しかし―――――やはり解せませんわね」

「なにがだ」

「貴女は、頑固で融通が効きませんわ。
今のように、自分の不利となっても礼節を守ろうとしてしまう程に。
そんな貴女が―――なぜ、あの日あのクソ虫共が罪を犯す前に止めませんでしたの?」

「言ったはずだ。私がどう動いたところで―――」

「そもそも、そんな柔軟な行動が出来る性格ではないでしょう?
むしろ、あの時の私の行動は貴女がとっていた方が自然なぐらいですわ。
それに仮に出来たとしても、それならそれで私の情状酌量ぐらいは考えるでしょう。
扇動されようが何だろうが彼らが大罪を犯したのは事実で、看過したのは貴女方。
貴女の行動は、明らかにこれを無視していますわ」

「…………」

「付け加えるなら、貴女の仰った保守派の罪もナーテア教上層部の扇動を受けた、あるいは受けやすいだけ。
それを利用し死に至らしめる事は良しとしているのに、扇動を受けお兄様を冒涜した者達は死罪には値しないという。
どう考えても矛盾していますし―――――貴女はそれが分からぬ馬鹿でも、それから目を背けられる性格でもありませんわ」

「ふん、知った風な口を……」

「ごまかそうとするとき、右の眉が少し上がる癖も変わってませんわね。
いったい、何を隠していますの?」

 シリルは強い視線で真っすぐにメルヴィナを見据える。
 メルヴィナはそれを真っ向から受け止めたが、問いに答える事はなかった。

「……おしゃべりはここまでだ! 下らん会話で時間を稼がせはせんぞ!」

(……やはりおかしいですわ。明らかに焦っている。
今思い返せば、そもそもあの日の事件自体おかしい事だらけ。
あの時のこの人ならば、普通ならもっと別の道を選んでいたはず……)

 先程よりさらに勢いを増した槍の乱舞を捌きながら、シリルは思考を始めた。

 兄が陥れられている事に気付かなかった。これは事実だろう。 
 当時のメルヴィナなら不思議はない話だし、そもそも気付いていれば絶対に止めている。
 
 おかしいのは、その時のメルヴィナの行動だ。

 信仰心厚く、頑固で融通が利かない猪突猛進。
 武勇に優れど策略に弱く、組手でも妹の罠に何度もかかってしまう。
 罠にかかってなお勝利を掴む程に強かったが、罠にかからないというのはまずない。
 いっそ純粋と言っていいほどに己が道をひたすら貫き、それゆえに気高く美しい。
 それこそがシリルの知っていたメルヴィナ。
  
 そんな彼女が――――負けが目に見えているからと機を伺うだろうか。

 答えは、断じて否。
 敗北が目に見えていようが、神敵を滅するべく教皇庁に乗りこむ方が自然だ。
 かつてのメルヴィナは、策は自分に向かないからと真っ向からねじ伏せる事しかしなかったのだから。
 まして敬愛する兄の遺骸の冒涜に加担など、出来るはずがない。
 兄の思いを汲んだと言っていたが、あの状況でそんな冷静な判断が出来る程器用な性質ではないはずなのだ。

 だからこそかつてのシリルはその事実に絶望し、憎しみに染まったのだが―――疑問を抱くべきだった。

(……そう、らしからぬ行動であったなら、理由があるはず。
考えなさい、シリル・メルティ……! 彼女の行動を変えさせる要因があったとすればそれは何か!
この頑固な直情馬鹿が、自らの意思を曲げてまであの愚行を見逃した理由を……!)

 どんどん鋭く速くなるメルヴィナの攻撃をしのぎながら、シリルは思考を続けた。

 危険だとは、分かっている。
 武器と技で優位に立とうと、余裕など持てる相手ではない。
 速度を増した分荒くなった攻撃の合間を縫い、早急に仕留めるべき。

 そんな事は分かっているのだが―――――ここで思考をやめれば一生後悔する、そんな確信があった。
 
(両親による説得……その場でぶっ殺していないはずがない!
お兄様が生前言い含めていた……私が聞いていないはずがない!
他の神官戦士や町人による説得……耳を貸す人ではない! 他の候補は……!?)

 最後に思いついた可能性に、シリルの槍捌きが一瞬淀む。

 メルヴィナはそこを逃さず、シリルに突きを放つ。
 咄嗟に身をよじって回避するも、左肩が軽く抉られる。
 槍を振るうのに大きな問題はないが、痛みは馬鹿にならない。

 が、シリルはそれすら忘れるほどに導き出された答えに慄いていた。
 
 否定したくて思わず思考を反芻するが、悲しいぐらいに否定材料がない。 
 メルヴィナはシリルにとって恐ろしい教育係であったが、同時に憧れの女性でもあった。
 厳しくはあったが理不尽ではなく、むしろシリルの模範たらんと自ら努力を重ね、目指すべき道を示す。
 頑固で融通が効かなすぎるがゆえに、優しい態度は見た事がないが、それでも行動の端々に示されていた。

 そう――――愚妹愚妹と言いながら愛情をかけてくれていることはよく分かっていた、そのはずだったのに。
 
 気付いてしまえば、今回の戦いの端々におかしな事があった事にも気付けた。
 
 戦場において、都合よく武器が手元に来る事など滅多にない。
 それなりに腕の立つ者なら、そうならないよう位置を調整するからだ。
 実力差があればなおの事。まして、同じ武器が2度も転がってくるなどありえない。
 ピンチの時にたまたま手元に転がっているなど、尚の事だ。

 さらに、一対一の連戦。
 本当に身内の始末をつけるなら、メルヴィナはまず己が出るはずだ。
 部下を当てて疲弊させ嬲り殺しなど、許容できる性格ではない。
 ナーテア教徒としての矜持というのなら、尚の事。
 しかも今にして思えば全員技が豊富で、色々と勉強になった。

 しつこく槍を使えと言っていたのも、そうだ。
 仲間を犠牲にしている状況で、得意武器を使えなどおかしな話だ。
 使わぬのはこちらの勝手なのだから、全力を出す前に殺してしまえばいい。
 実際、かつてメルヴィナはシリルにそう教えていた。
 どんな敵でもまぐれはあるのだから、敵は全力をもって早急に潰せと。 

 そして、先程からのメルヴィナの槍術。技が、あまりにも多彩だ。
 グラウクスの家に伝わる槍術を元に、数多の流派の技を組み込んでいるのだろう。
 通常戦う時は特に磨き抜いた技が多くなるものなのに、メルヴィナの技は偏りがほとんどない。
 わざわざ、幅広い技を見せつけているかのように。 

 そう、この戦いは――――あまりにも、シリルにとって都合が良い事が重なりすぎているのだ。  

「先程からなめているのか!? 何を考えているのかは知らんが、そんなに死にたいならさっさと死ぬがいいっ!」

「……御姉様」

 激昂するメルヴィナに、シリルは静かに言葉を返す。
 かすかに俯いているその表情は、メルヴィナからはまったく見えない。

「……なんだ? もはや貴様は妹ではないし、お前にとっても私は姉ではないはずだが」

「十年前……なぜ、私は当日あの場に行くまでまったく状況を知りませんでしたの?」

「っ!?」

 シリルの問いに、一瞬メルヴィナの目が大きく見開かれた。
 今日で最も、動揺したかのように。

「本当に先を見据えての行動であれば、私に知らせた方がより確実だったでしょう……?」

 メルヴィナの反応に確信を深めながら、シリルは言葉を続ける。

 本当に先を見据えてあの蛮行を見過ごしたのであれば、シリルにも話を通すべきだった。 
 受け入れるのであればそれで済むし、受け入れないのであれば殴り倒して事が終わるまで拘束すればいい。
 あの時のシリルとメルヴィナの実力差なら、それが難しいと判断するはずはなかった。
 また、策に弱くはあったが頭が悪いわけではなかったので、それに気付かないはずもない。

 その機会も、十分にあった。

 部屋に引きこもっていたシリルに、メルヴィナは毎日食事を差し入れていた。
 とりあえず食事ぐらいはとれ、そう短く言い捨てながらも朝晩欠かさず。
 伝えようと思えば、いつでも伝えられただろう。 
 
 それをしなかったのは、なぜか。
 あの時の状況では、一つしか考えられない。
 兄の死を嘆き悲しみ引きこもっていたシリルに、追い打ちをかけられなかったのだ。
 だからこそ何も語らず、シリルの知らぬ間に事が進んでしまった。

 そう考えれば、メルヴィナが教皇庁に突撃しなかった理由も見当がつく。

 兄の死だけでも引きこもり食事すら取らなかったのに、彼が背神者の汚名を着せられ、
挙句姉までもそれに憤って無謀な突撃をして殺され、背神者の汚名を着せられてしまったらどうなるか。

 道は様々だが、いずれにしてもまともな人生は歩めなくなるだろう。
 最悪、訳も分からぬまま教皇庁に捕らえられ、非業の死を遂げかねない。 
    
 ―――――それを避ける為にメルヴィナは信条を曲げ、シリルに何も語らなかった。

 仮にシリルがあの日、まだ引きこもっていればあの事件は起きなかっただろう。
 姉に怒りをぶつけはしただろうが、感情のままに動けば無駄死する事ぐらい理解できたはずだ。
 それを諭し、機を伺う、その予定だったのだろう。

 が、シリルの行動が全てを粉砕した。

 その後残った結果は、激情に流されたとはいえ罰すべき者達を罰したシリル。
 信仰を曲げて兄への冒涜を看過し、その果てに幼い妹を絶望に塗れた地獄に突き落としてしまったメルヴィナ。

 信仰心厚く、生真面目な彼女なら―――おそらく選ぶ道は一つ。
 
「……答える必要はない! これ以上の時間稼ぎはさせんぞ!」

「御姉様っ!」

「黙れっ! もはや姉妹ではないと何度言わせるっ!」

 シリルの言葉を断ち切るかのように、勢いを強めるメルヴィナ。
 シリルはその態度に確信を強め、だからこそ焦り始めた。  

(力が、力が足りない……! この馬鹿な人を! どうしようもなく不器用なこの人を助ける為の力が……!)
 
 ままならぬ現実に、シリルは歯噛みする。

 メルヴィナの狙いは、読めた。
 そして、それは実現させるわけにはいかない。
 分かってしまった以上、そんな事が出来るわけがないのだ。

 だが、このままいけばメルヴィナの狙い通りになってしまう。

 メルヴィナの力はさらに増している。
 武器と技量というシリルのアドバンテージを覆しかねないほどに。
 この消耗した体では、手加減などする余裕はない。  

 力が足りないばかりに、救えない。
 多大な力を友から与えられながら、数多の人の思いに支えられながら。
 自分が不甲斐ないばかりに、見合った結果を出せない。

(認めないっ! 絶対に認めませんわ! この場で燃え尽きてもいい! 
この人の企みをぶち壊せるだけの力を……力をっ!)

 歯を食いしばり、シリルは博打に出る。

 肉体強化の限度越え。
 メルヴィナとは違い、リスクの高いそれ。
 それでも、限界が来る前に倒せる可能性は十分ある。
 
 が、メルヴィナもそれに合わせたかのように強化を強め、応戦してきた。
 その為、実力は完全に拮抗。決め手が見つからない。
 
(足りないっ! これでは届かないっ! もっと、もっと力を……!)

 限界を越えた体が悲鳴を上げるが、シリルは気にも留めない。

 この程度の痛み、なんでもない。
 十年、否それ以上に苦しんでいたであろうメルヴィナを思えば。
 賢しいくせに臆病で真実を見極められなかった馬鹿が、多少の痛みに耐えられないなど許されない。

 が、限界というのはどこまでも無慈悲。
 心で痛みを耐えようと、肉体そのものの異常は止められない。
 筋肉が裂け始め、骨からも不吉な音が響き始める。

「そこぉっ!」  

「っあああ!?」

 動きが鈍った隙を突かれ、シリルが吹っ飛ばされる。

 激しくバウンドして転がっていくシリル。
 先程までの無茶の反動が重なり、全身にとんでもないダメージが広がる。
 勢いが止まる頃には、体がガタガタで痙攣が止まらなくなっていた。

「……愚か者め。勝負を急ぎおって」

 倒れたシリルに、メルヴィナは歩み寄っていく。
 余裕を見せるように、あるいは時間をかけるようにゆっくりと。

 それの意味するところを悟り、シリルの感情が沸騰する。
 
(……足り、ない……このままでは……! なんでもいい、私に、私に力を……!)

 ままならぬ悔しさにシリルが歯噛みしたその時、彼女の槍が光を放った。

「今度はなんだっ!?」

 メルヴィナが後ろに下がり、警戒したように槍を構える。

(……これは、鼓動……? まるで、心臓のような……)

 シリルは手から伝わってくる不思議な感覚に、戸惑っていた。

 槍が、脈動している。
 目で確かめると動いてなどいないのだが、そんな感覚があるのだ。
 まるで人の心臓の鼓動のようなリズムが、シリルの手に刻まれている。 
 
 その脈動はどんどん強くなっていく。
 まるで何かを急いているかのように。

 そして、それに連れてシリルの身に異常が起きた。
 
(……回復、している?)

 脈動が加速するに従い回復していく体に、シリルは驚いた。

 先程までの痛みは、すでに消えている。
 軽く動かしてみるが、筋肉にも骨にも異常は感じられない。
 それどころか、メルヴィナに貫かれた脇腹や肩さえもみるみる再生していく。
 さらには疲労感すらも抜け、代わりに全身に力が漲り始める。
 
 その力の漲り具合はどんどん加速していき、ついにはシリルの絶好調時すら超えた。

(……力が、漲る……! ですがまだ! まだ足りませんわ……!)

 さらなる力を求めたシリルが槍に視線を向けると、発光の色が変わった。

 それは深く、重く、それでいて透き通るような蒼。
 見る者を引きずり込むかのような引力があるのに、見ていると何故か安堵する。
 まるで美しい海のような色彩の発光だ。

 その光は次第にシリルの体にまで及んでいく。

「ふぅ……ふぅ……はああああああああああああああああっ!」

 シリルの雄叫びと共に、彼女の体を包んでいた光が弾けた。
 光からは神々しいばかりの眩い輝きが失われたが、まるで羽衣の如く薄くシリルの体を包み込んでいる。
 その蒼光の羽衣からはふわりふわりと燐光が立ちのぼり、それが一際神秘的な雰囲気を引き立てていた。

 そして――――最大の変化はもう一つ。

「……まさ、か……まさか、まさかそれは……!」

 シリルの槍に起きた変化を見て、メルヴィナの顔が青ざめた。

 穂先の色が、白から蒼に変わっている。
 まるで海の色を思わせるような、深い蒼に。
 そればかりか、脈打つかのように仄かな光が膨張と収縮を繰り返している。

 それはおそらく、武人であれば誰もが知る武器。
 そうでなくとも、一度ぐらいは昔話で聞いた事があるだろう。
 現在では片手で数えられる程しか存在しない、超希少武器。

 選ばれた使い手に絶大な力を授けるという、古代魔法帝国の最高傑作。
 与える力があまりに膨大な為、使い手にどれほどの技量差があろうと
同様の武器でなければ、勝負にもならないと謳われている物。

 現実にはそれ程の効果はなく――――誇張だとされている、いた物。
  
 その真偽を、メルヴィナは今現在嫌になるほど実感していた。

 メルヴィナの奥の手である技術。
 優れた武人であれば、僅かではあるが誰もが無意識に使っているそれ。
 その源泉とも呼ぶべき力が、シリルの中で膨れ上がっている。
 意識的に操作する技術がなくとも、メルヴィナに対抗できるほどに。
  
 シリルもそれは実感しており――――ゆえに、静かに槍を構えた。
 在るべき未来を、その手に掴むために。 

「…………参るっ!」

「くっ、おおおおおおっ!」

 突進するシリルに応じるかのように、メルヴィナも吠えて駆ける。

 二人の槍が交差し、凄まじい勢いで衝突を繰り返す。
 金属音がひっきりなしに鳴り響き、火花が散る。
 常人の目では到底見えもしない、高次元の闘い。
 
 どちらも、一歩も譲らない。

 姉に技で勝り力でも迫ったシリルだが、メルヴィナは膂力をさらに上げてその差を埋める。
 体の負荷が限界を超えているらしくメルヴィナの表情に苦痛が浮かぶが、動きは鈍らない。
 気力でもって全ての苦痛を押し殺し戦い続けている。

 まるで、ここで燃え尽きるつもりであるかのように。

(決め手がない……! このまま長引けば余裕は完全になくなる! 何か、何かありませんの!?)

 鬼気迫るメルヴィナの乱撃に応戦しながら、シリルは歯を食いしばる。

 ただ勝つだけなら、十分可能。
 しかしそれではシリルの望む結末にはならない。
 多くの人に支えられ、力まで与えられながら、喜べない結末を迎えてしまう。

 ――――そんな事は、許されない。

 ここまでお膳立てされた以上、許されるのはハッピーエンド唯一つ。
 事情を知らない海人達なら素直に喜ぶはず、などとは思えない。
 敏い彼らが、シリルの悔恨に気付かぬはずがないのだ。

 だからこそ、さらなる力が必要。
 そう思った時、シリルの視界にある物が目に入った。
 迷う暇はない。シリルは即座に決断すると、メルヴィナを思いっきり弾き飛ばし辺りを駆け回った。

「――――いきますわよっ!」

 弓を拾い矢を三本集めたシリルは、突進してくるメルヴィナに即座に射撃を行う。

 肩を狙った一本目は、軽く身を傾け避けられた。
 足を狙った二本目は、膝に叩き落とされた。
 腕を狙った三本目すらも、槍で払いのけられた。 
     
 ――――が、今のシリルにとってはそれで十二分。

 最後の矢を放ったシリルは弓を放り捨て、槍を構え全力で突撃する。
 矢の攻撃によって、僅かに体勢が崩れているメルヴィナへと向かって。
 この一撃に全てを込めるべく、肉体強化も限度を大幅に越えて行う。
 
 対するメルヴィナも強引に体勢を整え直し、全てを込めた全力の突撃に移行する。
 体の負荷を無視した無茶な強化によって、その速度は初動が遅れて尚シリルと互角の域。
  
 どちらも、超高速の突撃。
 進路上にあった小石を踏み砕き、大地を抉り、二人の速度が最高速に達する。
 瞬く間に二人の槍が交差し、互いの肉体を貫いた。

 ――――つかの間の、硬直。

 その末に、メルヴィナの体がぐらりと傾いた。
 彼女の脇腹からは、多くの血が流れ出ている。

 そのままメルヴィナは地面に崩れ落ち――――戦いが終わった。

コメント

遂に色々と拗れた姉妹の戦いは決着か。
この先どうなるのかな~。

そして明かされる槍の性能、この世界の基準をはるかに越えてますね。
さすが覚醒したカイト作です。
最後に槍が変化は次回明かされるのかな?
[2017/03/13 08:03] URL | リゼルグ #dS5vVngc [ 編集 ]


うむ、遂に決着がつきましたね。
妹を思ったがゆえに八つ裂きにしても足らない連中を庇い、さらには妹に討たれることも場合によっては辞さないとは、随分と不器用ながらも立派な姉妹愛ですねぇ。
後、団長は自重。真っ裸って何だよ…。それにしても随分と海人の両親そっくりな話し方ですね、まるで本人か生まれ変わりみたいに。ところで、最初の予定通りにこのあたりで団長、副団長共に話させるつもりだったんですか?

追伸
この世界ってアンデッド系列の怪物っているんですか?
[2017/03/13 08:30] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]

誤字報告
悪い点
あの槍を越える出来に仕上げるつもりで
超える



一言
>その威力は尋常ではなく、ルーウィンは瞬く間に回転しながら上空へと消えていく
飛んでいくなんてめっちゃ加減されてるなw
[2017/03/13 11:04] URL | 黄金拍車 #79Ss0voc [ 編集 ]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2017/03/16 18:16] | # [ 編集 ]


リレイユが内閣総辞職ビームを習得する日は近い!?
[2017/03/19 02:10] URL | くろえ #OARS9n6I [ 編集 ]

更新お疲れ様です
いろいろ書きすぎて収拾がつかなくなったので全部消して一言に

お待ちしておりました(歓喜)
[2017/03/19 11:52] URL | 名無しの権兵衛 #y2a4lNMg [ 編集 ]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2017/03/31 15:15] | # [ 編集 ]


何回か読み直してからやっと気づいたんですけど、団長と副団長ってカイトの両親ですかね?

母親は刀の収集趣味もあったみたいですし、父親はマッチョですし

というか何回も読んでるのに今まで気付かなかった自分がやべぇっすわ

それともミスリードですかね
[2017/04/01 18:35] URL | #- [ 編集 ]


団長さん達、何やってんの!?
しかし、本当に腐った母親だったな。
良くこんな親から生まれてあんなにまっすぐに育ったな・・・
良い仲間にも恵まれたようで何よりだ。
[2017/08/27 17:09] URL | 飛べないブタ #t50BOgd. [ 編集 ]


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