ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄98
 メルヴィナが目を開けると、辺りは真っ暗だった。

 夜、というわけではなさそうだ。
 この場には闇魔法の闇で覆われたかのように、一片の光もない。
 一応体は動くが動いている感覚がなく、まるでイメージトレーニングをしている時のようだ。
 
(……となると死に際の夢。あるいはここが既に地獄か、だな)

 その場に腰を下ろし、メルヴィナはなんとなく思索を始めた。

 思えば妹についてはいつも間違えてばかりだった、と。
 
 鍛錬を嫌がる妹を上手く説得できず、結局強引にやらせた。
 結果は大失敗。ますます鍛錬を嫌がり、本当に最低限しかしなくなった。
 それがなければ、あの天賦の才は今頃もっと大きく花開いていただろう。

 兄の亡骸に縋りつき泣き喚く妹を、抱きしめなかった。
 自分自身目の前の現実が信じられなかったとはいえ、許されない事だ。
 例え意味がなかったとしても、姉として妹を少しでも慰めなければならなかった。
 あの腐れた両親は、妹に追い打ちをかける事はあっても慰める事はないのだから。

 兄が貶められようとしている事を知った時、妹に知らせなかった。
 何日も引きこもり、食事にすら碌に手を付けないあの状態では、自殺しかねないと思ったからだ。
 鍛錬が嫌いなだけで、心は強い子だと知っていたはずなのに。

 妹が教会に乗り込んで来て兄を冒涜した者達を殺害した時、思わず槍を構えてしまった。
 兄を超える才による槍技と憤怒由来の凄絶な殺気にあてられたとはいえ、最悪だ。
 義が妹にあった事もだが、あの状況でも構えさえしなければ戸惑いで止まってくれた可能性はあった。
 あの時無抵抗で脇腹辺りを貫かせて出血を見せれば、話ぐらいは聞いてくれただろう。
 己が天賦を無意識に封じる程人を傷つける事を厭っていた、優しい子なのだから。

 ――――そうして間違え続けた末に、この結末。
 相容れぬ姉、分からず屋の姉、この場で殺さなければならない姉。
 そう思い込ませ、全ての憂いを断ち切らせるつもりで挑んだこの戦い。
 誰よりも気高く正しかった妹の糧となり全てのけじめをつける、一世一代の茶番劇。
 十年がかりで仕込んだのに、よりにもよって最後の最後で気付かれてしまった。
 
 つくづく間違え続ける宿命らしい、メルヴィナはそう自嘲した。

(いや、仕上げ自体は上手くいった、か)

 ふ、と笑う。

 最後に受けたシリルの一撃は、間違いなく致命傷だった。
 傷それ自体は即死する程ではなかったが、あれだけ抉られれば失血死は必定。
 仮にあの場に医者がいたとしても、助かる事はない。

 予定とは違い妹に悔いを残してしまったが、心配はしていない。
 あれだけの素晴らしい友人達に恵まれているのだ。
 こんな愚かな姉の自殺など、いずれは風化するだろう。

(他力本願というのは情けないが、な)

 メルヴィナは、そんな事を思いながらゆっくりと立ち上がった。

 先程から結構な時間動かず思索を続けていたが、意識が遠のく感覚もどこかに移動した感覚もない。
 これが今際の際の夢であるなら、そろそろ死んで何らかの変化があるはずだ。
 つまり自分はとうに死に、地獄に落ちたのだろう、そう思ったのである。

(もっと悍ましい場所だと思っていたのだが……ん?)

 しばらくあてもなく歩いていると、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。
 内容はよく聞き取れないが、一人二人の声ではない。

 メルヴィナはその声の出所を探ろうとして―――――夢から覚めた。  

 





  

 シリルは、海人の屋敷の客間でとても朗らかに微笑んでいた。

「カイトさん、今回は確かに助かりました。
馬鹿な意地を張ったにもかかわらず気にする事無く助けて下さった事、感謝してもしきれません。
特に私の為にこれほどの槍をこしらえてくれた事は、お姉さまの嘆願があったとはいえ、伏して拝むべきところでしょう。
姉の命も、貴方の協力がなければ助ける事は叶わなかったでしょう。
ええ、感謝しています。本当に感謝しています。とてもとても感謝していますのよ?」

「言葉と行動がまるであっとらんぞ!? 何故に私が締め上げられにゃならん!?」

 誠意溢れる言葉を述べながら胸倉を掴みあげる器用な友人に、抗議する。

「毎度毎度常識爆砕しまくるからでしょう!? これまでも十分非常識でしたが、今回は極まりすぎてますわよ!?
確かに非常に助かりましたしこれからも物凄く助かりますが、一度限度という言葉を身につけなさいっ!」

 シリルは般若のような形相で、ぶんぶんぶんと海人を前後に激しくシェイクした。
 込められた力と剣幕により、流石の海人も反撃できず目を回すばかりだ。

「シリルさん、猛り狂ってますねぇ……」

「あれは流石にしょーがないでしょ。正直、私も最後のシリル見た瞬間卒倒しかけたし」

「ですね。凄まじい槍だとは思っていましたが……まさか聖槍だったとは」

 三人揃って、頭を抱える。

 海人が今回開発した槍は、世間一般では聖武具と呼ばれる物だ。
 担い手に絶大な力を与える、この世の武具の頂点。
 古代魔法帝国時代にごく少量だけ生産されたという、伝説の武器である。

 聖武具は、外見的には決まった特徴はない。
 武器の種類だけでも槍に限らず、剣、刀、大鎌、盾などがある。
 材質も全て金属製ではあるが、色は確認されているだけで赤、青、茶、緑、黄、黒の六種。
 それぞれ性質も異なり、靭性に優れた物もあれば、剛性に優れた物もある。
 
 にもかかわらず総じて聖武具と呼ばれるのは、幾つか全てに共通する点があるからだ。

 まず、現代において破壊手段が一切見つかっていない事。
 聖武具は歴史の転換期に関わり続けた物が多く、縁起が悪いと時の権力者が破壊しようとする事はままあったが、
これまで一度たりとも欠けた記録すらない。 

 が、最大の特徴は条件付きながらも使い手に絶大な力を与える武器だという事。

 ひとたび選ばれた使い手が聖武具を握れば、その力は天下無敵。
 全身に千軍を薙ぎ払ってなお有り余る活力が漲り、深手の傷すらも瞬時に癒えるという。
 御伽話では溢れ出る力を束ねて伸ばし、刃の一振りで数百の兵を両断したとさえ言われている。

 とはいえ、聖武具が与える絶大な力はあくまでも伝承の話。

 少なくとも、現代の使い手はここまでド外れてはいない。
 せいぜい国家随一の怪力で知られた戦士の剛拳を、当時十四歳の少女が拳をぶつけて粉砕した程度だ。
 先程の戦いでシリルが見せた力は、間違いなくそれと同等以上だった。
 また、聖武具は力を発揮する際に武器の色と同じ燐光を放つのだが、これもシリルの武器と合致する。

 ここまで揃えば、違うと考える方が不自然。
 少なくとも、何も知らない人間が見れば確実に聖武具と断言するだろう。

 それ自体も当然大問題なのだが、今回は別の問題もあった。

「大体最後の機能は知らなかったって何事ですの!?
物凄く使える機能なのに再使用不可なんて笑い話にもなりませんわよ!?」

「それは全面的に私の非で申し訳ないが、使った君がもう一度使えない事だって問題だろうが!
無我夢中だったので何も分かりませんなんて舐めとんのか!? 
いくら私でももう少しとっかかりがなければ解明しようもないわい!」

「それについては大変申し訳ありませんが、覚えてないものは覚えてないんですのよ!
日頃常識ぶっ壊しまくってらっしゃるんですから、今回も何とかしてくださいまし!」

 怒鳴りあい、睨み合うシリルと海人。

 最後にシリルが使用した機能は、海人も把握していない機能だった。
 それどころか、原因究明以前に再現すら出来ていない。

 使った本人であるシリルは、無我夢中で力を求めた事しか覚えていなかったのだ。
 力を求め続けている間に槍から力が流れ込み、全身に活力が満ちた。
 覚えているのはそれだけだったのだ。

 なので詳しく知るべく海人に尋ねたら、あの機能は知らないとの事。
 それどころか、現実味のありそうな仮説すら立てられていないという。

 シリルからすれば製作者がなぜ知らないという話だし、海人からすれば使った当人がなぜ碌に覚えていないという話。
 それも焦点となっている機能は極めて役立ちそうであり、使えないなどあまりに勿体ない。
 互いに己の非は認めつつも、相手の手落ちを抉りあうのは無理もない事だろう。

 無言の睨み合いの末、先に口を開いたのは海人だった。
 
「むう……一つだけ手はなくもないが」

「ほら、あるんじゃありませんの」

「肉体強化の限度引き上げという点では、君の姉が使ってた技術も同様だ。
同じものかどうかは分からんが、それを知れれば取っ掛かりになる可能性は高い。
だから、起きる前に薬物投与と催眠暗示諸々使っでぇっ!?」

 海人の外道な説明は、途中で悲鳴に変わった。
 烈風の如き速度で放たれたシリルの鉄拳によって。

「人の姉になにさらすつもりですのこのクソ馬鹿!
というかそれなら起きてから普通に聞けばいいでしょう!?」

「君の言葉を信じるなら、起きた瞬間自決する可能性もあるだろうが。
そもそも、伝える気があるなら戦いの最中に伝えてておかしくなかろう」

「む……」

 海人の淡々とした言葉に、シリルの勢いが止まった。
 やろうとしている内容はともかく、理由は正論だったのだ。
 
「納得してくれたなら、今のうちに情報を絞り出そう。
どのような技術なのか、修練で強化限界をさらに伸ばす事が可能なのか、習得に必要な事は何か、
素質があるなら個々のそれはどの程度影響を及ぼすのか……いや、そもそも何がどう影響しているか分からんのだし、
日頃の食事や生活習慣、性癖も含めてありとあらゆる情報を引きずり出だだだぁぁぁぁぁぁっ!?」

「だ・か・ら人の姉に何するつもりですの!? 回答によっては本気でぶっ殺しますわよ!?」

 もはや胸倉などと生温い事は言わず、シリルは海人の頭を両手で締め上げる。
 その気になれば、いつでも脳髄ぶちまけられる構えだ。 

「い、いや、未知の技術だし集められる限りの情報は集めぇぇぇぇぇっ!?
わが、わがった! 今回は諦める! 諦めるから放してくれぇぇぇっ!?」

 パンパンパン、と激しく腕をタップする海人に、シリルの腕が緩められた。
 とりあえずそれで手打ちとなったのだが、騒がしかった為かベッドで寝かされていたメルヴィナの瞼が上がり始める。

「……ここ、は……?」

「この人の屋敷ですわ。命があったようで何よりですわね」

「馬鹿な……致命傷だったはずだ」

 メルヴィナは、呆然とシリルに貫かれた腹部を見下ろす。
  
 止血はされているが、肉が抉られた痕はくっきりと残っている。
 これだけ深く抉られていれば、間違いなく死んでいたはずだった。

「このデタラメ男のイカれ具合は医学においてもですの。
彼の中ではその傷でも致命傷にはなりませんのよ」

 残念でしたわね、と軽く舌を出す。

 あの時メルヴィナを生かす為には、一度意識を奪う必要があった。
 それも打撃による昏倒などではなく、死んだと思い込む程の傷で。
 そうでもして頭を冷やさせなければ、頑固なメルヴィナは目覚めた後自決を選ぶ可能性の方が高かったのだ。

 とはいえ、メルヴィナを誤認させる傷など事実上不可能に近い。
 彼女クラスの武人であれば、致命傷か否かは受けた感覚で見極めてしまう。
 衝突の瞬間に意識を奪えればありえなくもないが可能性は低いし、メルヴィナの力を考えると極めて難しい。
 
 だから、海人を戦略に組み込む事にした。
 以前致命傷を受けたシェリスのメイド達を後遺症もなく助けた彼の医術を。
 海人なら引き受けてくれると信じ、あの時のメイド達より僅かに浅い傷を与えたのだ。
  
 そして事は上手く進み、海人も素直に引き受けてくれた為、この結果が生まれた。

「念の為治療用具一式持って行っていたからな。あの程度は造作もない。
まして君にあそこまで必死で頼み込まれては、怖くて怖くてとても失敗できんよ」

 低く笑いながら、海人はシリルに意地悪気な視線を向けた。

 頼み込んできた時のシリルの必死さは、今でもありありと思い出せる。
 メルヴィナが倒れたと同時に周囲を覆っていた障壁に突撃して槍で粉砕、そしてその場で大声で懇願したのだ。
 なんでもするから姉を救ってくれ、と。交渉している暇はないと、一瞬渋りかけた海人に土下座までして。

「お黙りなさいませ。念の為言っておきますが、無駄ですので自決などなさらないように。
どうせこの服着た理不尽が治療して命は取り止めますわ」

 にやつく性悪男を一睨みし、シリルはメルヴィナに警告した。

 一度死んだと思いこんだ事で頭は冷えただろうが、この姉の頑固っぷりは筋金入り。
 この期に及んでも無駄に命を散らす可能性は否定しきれなかった。

「……心配せずとも事を仕損じた挙句命を救われた以上、無様に意地を通す気はない。
既に十分無様ではあるが……生きて贖う道を選ぶとしよう」

「その言葉、信じてよろしいのですね? 御姉様」

「くどいぞ、ティア。善意で生かされながら自決など、許されるはずがなかろう」

 ふん、とメルヴィナは鼻を鳴らした。

 変わらぬ態度と久方ぶりに聞く愛称に、シリルは思わず笑みをこぼす。
 やはり、この人は変わっていないのだと。

「ならばいいですわ。さて、確認ですが……結局私に殺される事、
いえ私に伝えうる限りの技術を伝えて討たれる事が望みだった、という事でよろしいんですの?」

「そうだ。理由はどうあれ私も紛れもない大罪人。
感情の赴くままだろうと、誅すべき者を誅したお前に討たれるべきだろう。
とはいえ、ただ討たれても贖罪には遠い。ナーテア教の本義を忘れた連中を道連れにするぐらいはすべきだ。
あとは……まあ、一応姉としての餞別だ。私も他の連中も、良い教材になっただろう?」

「ええ、この上なく。他の方々も同じでしたの?」

「ああ。彼らは兄上への冒涜を止められなかった事を悔い続けていた。
ナーテア教上層部の腐敗を知りながら、それを看過していた事もな」

 静かに、頷く。

 今日あの場にいた神官戦士は、本当の意味でゼオードを慕い、敬っていた者達。
 十年前の事件の際、心ならずも許されざる状況を看過し、そんな自分達を恥じていた者達である。
 ゆえにこそ、感情に流されたとはいえ幼い身で唯一人戦う道を選んだシリルに討たれる事を望んだ。 

「……どいつもこいつも、自殺志願者ばかりですわね。くだらない。
そんなにナーテア教が大事なんですの?」

「無論だ。お前も良く知っているだろう。それこそが私の根幹なのだ」

 シリルの目を真っすぐ見据え、堂々と問いを肯定する。
 恥じる事などどこにもない、そう言わんばかりに。 

「そうですか……ならばせいぜい拾った命を活用する事ですわね。
生きている限り、弱者救済は可能でしょう」

「言われずともそのつもりだ」

 吐き捨てるように言う妹に、メルヴィナは一瞬の迷いもなく答えた。
 どこまでも変わらずブレない姉に、シリルは若干呆れつつ話を続ける。
 
「そしてもう一つ伺いたいのですが……結局、御姉様のあの強化はなんでしたの?」

「……それを聞きたいのであれば、とりあえずもう一度最後のあれをやって見せろ」

「それが出来ないのですわ。先程から色々試していますが、うんともすんともいいませんの」

「なるほど。一応聞くが、あの時は溢れ出る力で勝手に強化されただけで操作は出来ていなかった。間違いないな?」

「……ええ、恥ずかしながら」

「ならば、答えるつもりはない。
まだ使えないという事は、まだ知るべきではないという事だ。
今はまだ、ああいう事を可能にする力がある事だけ知っていればいい」

 シリルの答えを聞き、メルヴィナはにべもなく切り捨てた。

 メルヴィナの使った力は強力な手札だが、同時にリスクも甚大。
 使用もだが、習得そのものが大博打な技術だ。
 生半可な実力では、習得する前に死んでしまう。

 最後に見せたあの絶大な力を自在に引き出せるなら教えなくもなかったが、
そうでない以上教えるべきではない。
 下手に語れば、習得しようと無茶をしでかす事が目に見えている。 

 不貞腐れたように眉をしかめる妹に、メルヴィナは小さく溜息を吐いて言葉を続けた。
 
「少しだけ教えておくと、私の強化とあの時のお前の強化の源泉は同じ力だ。
そしてあれは魔力とは違い―――――尽きれば即死する」

「っ!?」

「もしこの先あれを操作できそうになる時が来たら、まず心を静めろ。
そうしなければ際限なく力が噴き出し、数分とかからず死ぬ事になる」

 驚き目を見開く妹に構う事無く、メルヴィナは言葉を続けた。
 その淡々とした表情と声音に、シリルの心が静まる。 

「……随分と物騒な内容ですし、詳細を伺いたいのですが?」

「あれは習得できれば使い道の多い技術だが、問題が多々ある。
下手に教えれば習得しようとして無茶をしそうな馬鹿に教えるつもりはない」

「私が慎重なのはご存知でしょう?」

「基本的には、だろうが。兄上への誕生日プレゼントにラスベルト山山頂まで花を取りに行った馬鹿は誰だ?」

「……八歳の時の話ではありませんの。私も成長してますわ」

「八歳でそれだけやらかしたから問題なんだろうが、馬鹿者。
そもそも、エアウォリアーズに入団してからの方が仲間の為に相当無茶をしているだろう。
これだけ大規模な計画を立てて、これまでのお前の行動を調べていないとでも思ったか?」

 不貞腐れたように睨み付けるシリルに対し、にべもないメルヴィナ。
 どちらも視線をそらさず、静かに相手を見据えている。

 二人の間にある緊張感が高まり始め、弾けそうになった瞬間、

「雫。そろそろシリル嬢に準備をしてもらえ。それが終わらにゃ始まらん」

 海人が口を開き、それを霧散させた。 

「ですねー。そんじゃ、シリルさん行きましょっか」

「は? 準備って祝勝会に何の準備が……」

 促す雫に、シリルは首を傾げる。

 先程からなにやら忙しなく宴の準備をしている事は知っている。
 中庭でシェリスの部下達がひっきりなしに動き回っているのだから、知らぬはずがない。
 何の宴席かは聞かされていないが、普通に考えれば今回の戦いの祝勝会だろう。
 
 が、その準備にシリルが参加する必要があるとは思えない。

 祝勝会に必要な物など、せいぜい料理と酒ぐらい。
 そしてそれらはシェリスの部下達が用意している真っ最中。 
 グラスや皿を多めに準備するにしても、人手は間違いなく足りている。
 
 困惑するシリルに、メルヴィナが半眼を向けた。

「―――――大馬鹿者め。今日はお前の誕生日だろうが」

「……へ? あれ? えーっと……ああっ!?」

 メルヴィナの言葉にシリルは一瞬間抜けな声を上げ、そして指折り日付を数え、ようやく気付いた。
 このところのドタバタで、すっかり忘れ去っていた自分の誕生日に。

「やれやれ、もう少し後で気付かせるつもりだったんだがな」

「む……それは失礼した」

 海人の言葉に、ぺこりと頭を下げるメルヴィナ。
 その仕草はシリルの姉らしく優雅だったが、不思議と愛嬌があった。

「別に構わん。というわけでシリル嬢、主役用に衣装をこしらえてある。
それを着て時間が来たら中庭に行きたまえ」

「ふむ……カイトさんお手製ですの?」

「無論。君に似合いそうな物を仕立てたつもりだ」

「なるほど。では、楽しみにさせていただきますわ。シズクさん、案内して下さいまし」

 立ち上がり雫を促すと、シリルは颯爽と部屋を出ていった。
 一瞬だけ、メルヴィナに視線を向けながら。

「……さて、質問があるんだが構わんかね?」

「なんだ? これ以上出せる情報はないと思うが……まあ、答えられる内容なら答えよう」 

「では聞くが……シリル嬢に殺される事には何か意味があったのか?」

「む……? あの会話で分からなかったか? ナーテア教徒としての矜持だ。
それ以上でもそれ以下でもない。まあ、信者以外には理解出来んかもしれんが」

「……まったく、大した役者だよ。貴女は」

 さも当然とばかりに語るメルヴィナに、海人は小さく拍手を送った。
 その顔には、呆れ交じりの称賛が浮かんでいる。

「どういう意味だ?」

「貴女は――――ナーテア教なぞ気にもしてないだろう?」

 海人の言葉に、室内にいた全員が目を剥いた。
 
「…………な、ぜ……」
 
 メルヴィナの喉から、掠れた声がこぼれる。

「私は嘘を見抜く為の技術を持っている。大抵の人間の嘘は一目で見破れるし、
演技の上手い人間相手でも多少集中すれば普通に見破れる。
貴女の演技はこれまでで十指に入るレベルだった。誇っていいと思うぞ」

 敬意を込め、海人はメルヴィナを見つめる。

 メルヴィナの演技は、ほぼ完璧だった。
 海人ですら、それなりに集中していなければ見破れなかったかもしれないほどに。
 
 が、今回メルヴィナには運がなかった。

 土下座してまで生き長らえさせた姉が死ねば、当然シリルは悲しむ。
 だから生存の意思を表明した際、それが嘘でないか確実に見極める為に海人は集中していたのだ。
 その後も気を抜いてはいなかった為、続いた会話に出た大嘘も見抜いてしまったのである。

 ナーテア教が、メルヴィナの根幹であるという大嘘を。

「ま、運が悪かったと思って諦めてくれ……話を続けるが、そうなると他は何とでも理由は考えられても、シリル嬢に殺される理由がなくなる。
仮に話を聞いてもらえない、信じてもらえないと決めつけていたとしても、シリル嬢が気付いた時点で手を止めるだろう。
殺されない方が、シリル嬢への心の負担は間違いなく少ない。となると、別の理由があった事になるが……それが分からん」

「……答える気はない。が、確かに意味はあったとだけは言っておこう」

「それはシリル嬢の為、という事で間違いないか?」

「当たり前だ。……私には、他に何もない」

 海人の問いに答えるメルヴィナの声は、弱々しい。
 今にも、消えてしまいそうなほどに。 

「兄上の事件で信仰心を失ったから、か?」

「……いいや、元々私はナーテア教を信じていなかった。
姿も見た事がない、声も聞いた事がない、そんなものを信じる人間の気が知れん。
もっとも、弱者救済を始めとする一部の教義は人道として正しいとは思っていたがな」

 海人の問いに、メルヴィナは真っ正直に答える。

 本気で女神ナーテアを含めてナーテア教を信じていた兄とは違い、
メルヴィナは教義に記された行動規範は守るべき、ぐらいにしか思っていなかった。

 それもあくまで目指すべき理想像にすぎず、完全に体現する必要はないとも。 

「……まさか、シリル嬢を健全に教育する為に敬虔な信者を装っていたのか?」

「イナテアでは、ナーテア教徒でないと生き辛いしな。
子供に細かい事をあれこれ口で教えるより、自分を真似させた方が効果的だろう?
もっとも、演技の度が過ぎてティアには怖がられていたがな。
その分兄上を見習ってくれたから、問題はなかったんだが」

「教育する為、というのならそれが貴女の役目だったんじゃないか?
貴女の兄が飴で、貴女が鞭。違うかね?」

「……どこまでも見透かしてくれるな。意地の悪い男だ」

 ふん、と息を吐きながら唇を尖らせる。
 その表情は、不貞腐れた時のシリルにとてもよく似ていた。

「やはりか」

「誤解のないように言っておくが、兄上は本来鞭の役目をされるつもりだった。
会える頻度は多くないから自分が鞭をやるべき、とな。渋る兄上を、私が説得したのだ。
あの子の教育上は飴より鞭が多くなければならない、と」

 当時の事を思い出し、メルヴィナは弱々しく微笑んだ。

 渋る兄を説得するのは、本当に骨が折れた。
 嫌われやすい鞭役は、普段接触の機会が少ない自分がやるべきと譲らなかったのだ。
 当時はシリルにそっぽを向かれただけでこの世の終わりのような顔をしていたというのに。

「考え方は分かるが……断定する程か? 教育法など星の数ほどあるだろうに」

「両親が腐っていたからな。
私は覚えていないが、兄上の話では私の食事の仕方が気に入らん、祈りの姿勢が見れたものではない、
そう言って家で思いっきり引っ叩くのは日常茶飯事だったそうだ。
考えられるか? たかが二歳児に成人貴族レベルの作法を要求するんだぞ?」

 忌々しげに、メルヴィナは美しい顔を歪める。

 メルヴィナ達の両親の教育は、完全に歪んでいた。
 グラウクス家の名をさらに高める為、と子供が幼い頃から厳しい躾を行っていたのだ。
 
 ゼオードの時はまだマシだったらしいが、メルヴィナの時はより完璧にとさらに厳しくなり、
本人は覚えていないものの、三歳時点で既に一度腕が折られていたという。

 そこでゼオードがメルヴィナを教育したのだが、成長した彼女はゼオード程優秀ではなく、
両親は原因がゼオードの手緩い教育にあると思い込んだ。

 そのせいでシリルの教育は初期のメルヴィナよりさらに厳しくされるはずだったのだが、 
それではシリルが殺されかねないと思ったゼオードとメルヴィナによってそれは阻止された。
 もしそうするのであれば、メルヴィナへ行っていた教育も含め、全てを白日の下にさらすと脅したのだ。

 半ば形骸化しつつあるとはいえ、ナーテア教が弱者救済を謳っている事に変わりはない。
 我が子に躾という名の虐待、まして殺人未遂をしたなどという話が広まれば、二人の名誉は消し飛ぶ。
 当時のゼオードの言葉なら信頼性は抜群なうえに、グラウクス家の名を貶めたがっている者達も山ほどいるので、
二人が無事で済む事はまずない。

 が、それでも万全とはいえなかった。
 
 約束が履行されているか確かめるにはシリルから目を離せないが、
ゼオードは既に神官戦士団の部隊長、メルヴィナも三年以内に神官戦士団入りが確実だった。
 どうしても目を離さざるをえない時が想定でき、その間に両親がシリルに手を出さない保証はなかったため、
メルヴィナは予防策を打ったのだ。  

「……親の暴走を防ぐ為の鞭の分量か」

「その通りだ。私の教え方もやりすぎだったが、それでも両親よりははるかにマシだった。
それに必要な作法を身に着ければあとは普通に育てても問題ない……そのはずだったんだがな」

「シリル嬢の槍術の才能か?」

「ああ。正確に把握していたのは兄上だけだったが、六歳で片鱗は見えていた。
あの両親が自分達の名誉を高める為の道具にしようと思う程度にはな」

 ちっ、と忌々し気に舌打ちをするメルヴィナ。

 イナテアでは、毎朝町の一角で集団鍛錬が行われる。
 どこかが主催しているというわけではなく、ナーテア教徒が朝の鍛錬に勤しんでいたら御近所同士が集まり、
いつの間にか集団になっていたものだ。

 シリルが六歳の時、そこで一つの事件があった。
 意地の悪い十歳の少年が、メルヴィナが離れた隙を狙ってシリルを小突いてすっ転ばせたのである。
 理由は憧れているゼオードに可愛がられている彼女が気に入らなかったという、くだらないもの。

 普通なら、シリルが泣かされて終わっていただろう。
 性根はどうあれ、相手は多少なりとも鍛錬を積んでいる十歳の少年。
 槍を握ってさして経っていない少女が抗える相手ではない。 

 が、結果は怒ったシリルが無傷で少年をぶちのめして終わった。

 基礎もろくに身についていないはずなのに突きを流し、振り下ろしは半身、薙ぎは屈んで避け、
全ての攻撃に強烈なカウンターを叩きこんだ。
 あまりに見事な動きに、周囲にいた大人が止める間もなかったという。   

「……鍛錬となれば、作法の教育の比ではない可能性が高くなる、か」

「だから、私が鍛える事にした。渋っていたが、あの時はもう両親より私の方が強かったし兄上も賛同したからな。
ティアも嫌がっていたが、十年もかければ実力で黙らせられる程度には伸びるはずだから、それまでの辛抱……と思っていた」

「その前に兄君が亡くなり、例の事件か」

「いや、その前にも一悶着あってな……ティアが七歳の時、現代のナーテア教そのものに対する疑義を口に出した。
切っ掛けは『梟の御子』だったのだが、教皇や枢機卿制度に対する疑念までな。
本人からすれば糾弾などではなく、ただの疑問だったのだろうが……」

「……腐った両親にとっては、看過できるものではなかったか」

 メルヴィナの言葉の先を想像し、海人は頭を抱えた。

 シリルに一切の非はない。
 知恵の回る子供が、子供らしく疑問を口に出しただけの事。
 むしろ、その年でそこまで深く考えられた事を賞賛すべきかもしれない。

 が――――家庭環境を考えれば、招く結果は最悪だ。 

「やはり私の教育が悪いからだと言い出してな。
ティアに対して徹底して現代ナーテア教の教えを叩きこもうとした。
しかも私の脅しに引いたと見せかけ、留守を狙うなんて小細工までしてな」

「の割には、シリル嬢は随分自由人だな。信仰心が砕けたにしても、名残ぐらいは残ってそうなものだが」

「実行される前にイナテア神官戦士団に体験学習という名目で一月放り込み、その間に表向きは取り繕うよう教育したからな。
もっとも、ティア自身まずい事をしたという自覚はあったらしく、元々2度と口に出すつもりはなかったようだが」

「……愛されてるなぁ、シリル嬢は」

 さらっと語られたメルヴィナのやった事に、海人は苦笑する。

 イナテア神官戦士団はイナテアにおける英雄集団。
 限定的でも体験学習などやっていれば、その存在は知れ渡っているだろう。

 が、海人の知る知識の中には、イナテア神官戦士団の体験学習など存在しない。
 シェリスの屋敷で読んだ本の中には、年間行事まで詳細に記されていたのに。
 
 となると、強引にねじ込んだと考えるのが妥当だ。
 兄の協力があったにしても、間違いなくメルヴィナは方々駆けまわっている。
 こんな特例を認めさせるには、一人二人の説得で済むはずがない。 

「当たり前だ。美しく才に溢れ、芯が強く、心根も優しい自慢の妹だぞ」

「……そこまで思うなら、最初から生きて共に歩む道を探してもよかっただろうに」

「どの面さげて、そんな事が出来る。
日頃から鍛錬を、そして宗教を強要する、優しさの欠片もない鬼のような姉。
あまつさえ敬愛してやまなかった兄を、家族を貶める事に加担した。
到底信じてもらえるはずはないし、原因を考えれば信じてもらう資格もない」

「いや、原因って……シリルの為なんでしょう?
お兄さん亡くして悲嘆にくれてたあの子を傷つけない為に、あの子に何も教えなかった。違うんですか?」

 メルヴィナの言葉に、ルミナスが思わず反論する。

「無論、そのつもりだった。
だが、それが裏目に出たのは私がティアの心の強さを信じなかったからだ。
あの子をもっと信じていれば、二人で機会を窺うなり、一緒に逃げるなり、道はあっただろう。
少なくとも、幼い身で絶望のどん底に突き落とされ、瀕死の重傷を負うなどという事態にはならなかった」

 ルミナスの言葉を肯定しつつも、メルヴィナは首を横に振る。

 どんな動機であろうと、結果としてシリルは地獄を味わった。
 そしてその結果に至った原因は、自分が妹を信じてやれなかったから。
 メルヴィナにとっては、それが全て。 

 そして、シリルにとっても地獄を見たという結果が全てだっただろうと思っている。 

「一つ聞きたいんだが……私とティアの姿を見比べて、どう思う?」

「ここまで似てる姉妹も珍しいな」

 メルヴィナの問いに、海人は素直に答えた。

 メルヴィナとシリルの容姿は、驚くほどよく似ている。
 シリルが普通に成長していれば、瓜二つになっていたのではないかという程に。

「そう、多くの人間によく言われていたし、ティアもそう言っていた。
だから……正直、今日直にティアの姿を見た時は絶望した。
報告は受けていたが、本当に何もかもがあの日のままの姿。
私に似るぐらいなら成長なぞしたくない、そう言われているようで、な」

 これまで淡々と話していたメルヴィナの声が、僅かに震えた。

 覚悟は、していた。
 エアウォリアーズのシリル・メルティが妹だと知った時から。
 彼女がまるで幼子のような容姿だと知ったその時に。

 が、今日実際に目にして、心が折れそうになった。
  
 かつては、大きくなるのが楽しみだと言っていたのに。
 容姿に関しては姉そっくりになるのは望ましいと言ってくれていたのに。
 二十一歳という花の盛りにもかかわらず、可愛らしい蕾のまま。
 鍛えられて引き締まってはいたが、本当に十歳のあの日から変わっていない。
 
 そんな事出来るはずもないのに――――シリルが自らの意思で成長を止めたとしか思えなかった。

 お前に似るぐらいなら、成長なんてしたくない。
 例えどれほど不便があろうと、お前に似るよりははるかにマシ。
 そう言われている気がして、仕方がなかった。
 
 つ、とメルヴィナの瞳から一筋涙がこぼれる。

「っ……!」

 咄嗟に涙を拭くが、次から次へ溢れ出てきて止まらない。
 それどころか、どんどん量が増えていく。

 ――――どうして、こんな事になってしまったのだろう。

 生まれたばかりの妹が差し出した自分の指を握ってくれた時、守ろうと誓った。
 無茶な遠出をした妹を思いっきり叱った帰り道、おずおずと手を繋いできた感触に大切さを再確認した。
 姉を恐れつつも毎年きちんと選び抜いた誕生日プレゼントを贈ってくれる妹が、愛おしくてたまらなかった。

 それでもあの両親から妹を守る為、心を鬼にして厳しく接した。
 姉の思想が自分に近いと知れば気が緩んで教育に支障が出る恐れがあったので、完璧な作法が身に染みつくまではと頑固なナーテア教徒を演じ続けた。
 妹の泣き顔に幾度となく心を引き裂かれつつも、いずれ妹が成長すれば全てを明かし共に笑いあえる未来がやってくると信じて。
 それだけを支えに、苦しい鞭役を貫いてきたのだ。
 
 だが、もはやかつて望んだ未来が訪れる事はない。

 妹の心をいたずらに傷つけない為には、真実を悟られてはならない。
 例え姉の自業自得と分かっていても、あの優しい妹は心を痛めてしまうだろうから。
 分からず屋で頑固で融通が利かない狂信者の姉、そう思われて生きていく他ないのだ。
   
 正直、メルヴィナにとっては死んだ方がマシだった。

「やれやれ……今日のシリル嬢を見る限り、ただの考えすぎだと思うがな。
というか、そこまで辛いならとりあえず全て明かしてみるのが最善だと思うんだが?」

「今更信じてもらえるものか。そもそも、ティアにこれ以上負担をかけていいはずがない」

「だそうだが……どう思うかね?」

「……誰に言っている?」
 
 海人の言葉に、メルヴィナが怪訝そうな顔をする。
 
 それも当然。
 問いかけているのに、海人の視線はこの部屋の誰にも向いていない。
 何もないはずの壁の方へ視線が向いている。

 また、その視線には明確な意思が感じられ、意図があってそちらを向いている事は明白。
 にもかかわらず海人は苦笑するだけで、メルヴィナの問いに答える様子はない。 

 そしてしびれを切らしたメルヴィナが重ねて問おうとした瞬間、部屋のドアが激しく開け放たれた。

「ごめんなさい、ごめんなさい御姉様……!
何も、何も分かっていなかった……! そんなに愛されていたなんて、想像もしなかった……!
私が、ティアが馬鹿でした……!」 

「ティ、ティア……どうして……」 

 飛びつき自分の胸に縋り泣き始めた妹に、メルヴィナが呆然とする。

 シリルの気配は、間違いなく離れた別の部屋に移動していた。
 さらに言えば、無詠唱で遮音魔法の結界を張っていたので、仮に近くの部屋にいたとしても盗み聞きできるはずがない。
 
 混乱するメルヴィナに、海人が種明かしする。

「お察しの通り、先程からの会話は全部筒抜けだった。
そこでこれ見よがしにぶら下げられとるのから、この部屋の音声が流れるようになっている」

 無線機を掲げる雫を顎で指すと、海人はルミナス達を伴って部屋の外へと向かった。
 これ以上部外者がいるべきではない、そう判断して。















 海人と共に部屋を出たルミナスは、歩きながら愚痴っていた。

「やっぱ姉って凄いわよねぇ……私じゃとても代わりは務まらないわ」

「君とて姉だろう? しかも大量の弟妹を抱えている」

「どっちかっつーと私は姉さんの妹なのよね。
そりゃ弟や妹達にとっちゃ姉だけど、私がやってんのは金稼いでるだけだもの。
あとは実家に帰ったら適当に遊んでやるぐらい。あそこまで覚悟決まった事はしてないし、やれる自信もないわ」

「あれは家庭環境が特殊すぎるだろう。それに、出来んとは思わんよ。
実際、シリル嬢の為に5年分の稼ぎ投げ打とうとしたわけだしな」

「あの子拾った責任があるもの。それに、実際はタダでしょうが。
まあ、あんたの言った条件守れなかったんだけど」

 微笑む海人へ、申し訳なさそうに言葉を返す。

 槍の代金がルミナスの5年分の稼ぎ。
 それは、あくまでもルミナスが提示した条件だ。
 実際には海人はそれを退け、別の条件に変えた。

 暴走しそうなシリルから目を離さない事、と。

 そして、結果としてルミナスはそれを守れなかった。
 シリルが語った手紙の内容を鵜呑みにしたばかりか、寝ている間にまんまとシリルに出し抜かれてしまったのだ。

「おおよそ守ってはいたんだろう? 確かに最後は問題あったが、間抜けなだけだ。
そう、シリル嬢のごまかしに気付かず出し抜かれたのが間抜けなだけだ。
出発するシリル嬢に気付かずぐーぐー寝てたのが間抜けなだけだ。
結果としてシリル嬢は無事なのだから問題ない。間抜けだが」

「間抜け間抜け連呼しないでよ! 確かに間抜けだったけど!」

 愉し気に嗤いながら責めてくる海人に、ルミナスは反射的に抗議した。
 事実であり自覚もあるとはいえ、連呼されるとダメージが大きい。

「冗談だ。さっきも言ったが、結果は上手くいったんだから、それでいいだろう」

「そりゃそうなんだろうけどさ……やっぱ申し訳ないわ」

「そう思うなら、今度何かあった時は私を下手に除外するのではなく、素直に頼ってくれ。
今回は変わらなかったかもしれんが、使える手札は使った方が合理的で安全だ。
目減りしにくいのがあるんだから、使わん手はなかろう?」

「……使っていいわけ?」

「乱用は禁止だが、遠慮は不要だ」

「……ありがと。本当に世話になりっぱなしね」

「そんな事はない。今回は私にとっても良い切っ掛けになったからな。
これまでどうしても踏ん切りがつかなかったが――――これで、刹那と雫に武器を作ってやれる」
 
 しみじみと、万感の思いを込めて呟く海人。

 これまで、何度となく護衛二人に武器を作ろうとした。
 雫の小太刀も、刹那の刀も、それを超える物は作れそうだったからだ。
 その為の研究もちゃんと行っていた。

 が――――どうしても製作には移れなかった。

 いざ製作しようとすると、次から次に疑念が湧きだすのだ。
 本当にこれでいいのか、何か見落としはないか、今使っている武器より確実に上か。
 その強迫観念に背を押されてさらなる改良案を考え今度こそと思うが、そこでも手が止まる。
 万一何か致命的な見落としをしていれば刹那も雫も命を落としかねない、その恐怖に。

 結果何度も何度も改良を繰り返しながらも、立往生していた。
 理屈の上では問題ないはずなのに、どうしても作れない。
 作った方が良いと分かっているのに、恐怖に手が止まる。

 それを、今回のシリルの一件が解決してくれた。
 
 友が本来の力を取り戻す、またとない好機。
 握れぬ理由を考えれば、自分以上に最適な人材がいないという状況。
 期限をどうしても区切らざるをえない、時間の切迫。
 これらが海人に踏ん切りをつけさせ、友の為の武器に製作に取り掛からせた。
 
 今回の件がなければ、どれほど堂々巡りを繰り返していたか分かったものではない。  
 
「――――ごめんね。酷い事頼んじゃって」

「馬鹿を言うな。君のおかげで、やっとやるべき事をやれるんだ。本当に、感謝している」

「……ありがと」

「まだ少し先になるが、君にも約束通り剣を贈りたい。受け取ってもらえるかね?」

「あんたがくれるなら、喜んで。どんな名職人の武器より、あんたの武器の方が安心して命預けられるわ」

 問う海人に、満面の笑みを返す。
 その笑顔には一切の陰りがなく、全幅の信頼をこれでもかと示していた。
 
 この信頼は、なにも性能面の話だけではない。
 天地海人という男の誠実さを、そして友への思いの強さを知っているからだ。
 彼の性格からして、ルミナスに贈る剣は間違いなくその時点での最高傑作。
 いずれ自分に向けられるとしても、絶対に手は抜かないだろう。

 惚れた男が自分の為に精魂込めた、世界最強の武器。
 これ以上に命を預けるに足る武器が、この世に存在するはずがない。
 
「……そうか。では、気合を入れねばな」

 ルミナスの確かな信頼を感じ、海人は穏やかに微笑んだ。













 一時間後、海人の屋敷の外周でシリルの誕生祝兼祝勝会が始まっていた。

 開始の合図は、言うまでもなくシリル。
 ライトブルーのドレスで着飾った彼女が、事の顛末の要約とその場に集った皆への感謝を述べて始まった。
 姿はまるで妖精のように愛らしかったが、語る態度はいつもと変わらぬ堂々たる戦乙女。
 
 大将首と目されていたメルヴィナの実態が明かされた時は全員言葉を失ったが、それもつかの間。
 戦い終われば恨みは持ち越さぬが鉄則の傭兵達と、日頃から理不尽だの不条理だのに慣れ親しんでいるシェリス一同。
 もはや害がないならそれでよし、とあっさり割り切ってしまった。

 そして始まった大宴会。

 賑やかで楽しく、気分を盛り上げる音楽が流れる会場。
 料理も酒もたっぷりと用意され、空腹の戦士達が思いっきり飲み食いしても尚余裕がある。
 自然、客たちは盛り上がり、あちこちで楽し気な声が響き渡っていた。 

「うーん、うめぇもんばっかで目移りすんなぁ……」

 もぐもぐとステーキを食いちぎりながら、ケルヴィンが呟く。

 今日の宴会、場こそ野外だが料理は王宮晩餐会と同等以上だ。
 肉料理、魚料理、野菜料理、果てはデザートまで当たりしかない。
 何を食っても十分以上に美味く、どれか一品でも出す店があるなら通うレベルだ。

 現状特に気に入っているのは、ローストビーフ。
 レスティア牛の腿に近い部位に塩をまぶして丹念に焼き上げた物だが、これが美味い。
 そのまま食べても、薄味ながらしっかり主張する塩と肉の旨みが調和が堪らない味。
 酒のつまみにはいささか味が薄いが、立派な一皿だ。

 しかし、その真価を発揮するのは脇に添えられたソースや薬味と合わせた時。

 特に良かったのはポン酢という調味料。
 細かく切ったネギを薄切りの肉に乗せて巻いてからつけるのだが、これが美味い。
 肉の油の強さがポン酢の酸味で程良く緩和され、柑橘系の香気が加わって堪らない味わいだ。
 
 唯一苦手だったのは、醤油というヒノクニの調味料と山葵という薬味の組み合わせ。
 味自体は良かったのだが、いかんせん山葵という薬味の香気は強すぎた。
 周りは非常に美味そうに食べているので、嗅覚が鋭い狼系獣人族にはキツすぎただけなのだろう。
 
 が、他の物も例外なく美味いので、ついつい色々と試してしまう。
 準備に時間がかかる料理も多いのか、時折種類が追加されるので本当に飽きない。

 しかも隅の方に皿洗い番がいて、皿を持っていくと綺麗な皿と取り換えてくれる。
 これのおかげで料理の味を混ぜる事無く、純粋に楽しめるのだ。
 料理の種類が多いだけに皿洗い番は働きっぱなしだが、慣れているのか動きの遅延はない。

 ワインをぐびぐび飲みながら感心してると、アンリがやってきた。 
 
「いやー、凄いっすねー。この宴会、結構金かかってるっすよ。
というか、金じゃ手に入りそうにないのもポツポツあるんっすよねぇ……」

「へえ、そうなのか?」

「そーなんすよ。あんたががぶがぶ飲んでるそのワインとか、かなりのレア物っすよ?
値段だけでも一本三十万ぐらいはかかるっすかねぇ」

「ぶっふぉっ!?」

 アンリの言葉に、ケルヴィンは思わず噴き出しかけ、寸でのところで全てを飲み込んだ。
 激しくむせる同僚に視線を向ける事すらなく、アンリは言葉を続ける。

「財力凄そうとは思ったっすけど、ここまでとは。うーん、お近づきになっといて正解っすね」

「げほっ、ごほっ、そのレベルのワインっつったら手に入れんのも一苦労じゃねえか!」

「そっすよ。なんで、多分上物の酒の追加はないっす。ちゃんと味わって飲むように」

「……そうします。そういや、流れてる音楽も良いよな。
なんつーか、陽気で聞いてるだけで楽しくなってくる」

 言いながら体を動かし、リズムを取るケルヴィン。

 流れているのは聞き惚れてしまうような演奏ではないが、聞いてるうちに楽しくなってくるのだ。
 横笛が、小鼓が、竪琴が、それぞれ違う心の琴線に触れ、気分を盛り上げる。 
 時折混ざる歌も、これまた情熱的なフレーズと音色で楽しさを増幅させていく。

 非常に、ケルヴィン好みの音楽であった。 

(そりゃあ、ほぼ確実に『英雄楽団』でしょうからねぇ……良くないはずがないっすよ)

 呑気な同僚に、先程からぶっ続けで演奏している三姉妹について心の中で解説する。

 『英雄楽団』コグラスト三姉妹。
 旧トートレッタ王国において、娯楽禁止の法に反発して抗った大英雄。 
 武器らしい武器は一切持たず、音楽と踊りのみで戦い抜いたキワモノ中のキワモノ。
 どれほど激しい戦いの後も必ず演奏会を開いたという、筋金入りの音楽狂でもある。
 
 崩壊させた王城の上で開かれた勝利の演奏会は、未だ吟遊詩人の間で語り草になっている。

 勝利を祝う陽気な演奏はその場にいる人間を残らず笑顔で躍らせ、
勝利の余韻に浸る静かな演奏では厳かな空気と共に物思いにふけらせ、
それまでの戦いで散った全ての人間への鎮魂歌では涙を溢れだせさせた。

 半ば伝説となっているその演奏会に参加していた者は、口を揃えてこう言う。
 未だあの日のコグラスト三姉妹の演奏に匹敵する音楽には出会えない、と。

(でも、今回一番の収穫はシリルさんっすね)

 アンリは、主役としてあちこちを動き回っているシリルを見て微笑んだ。

 実姉と共に動き回るシリルの表情は、かつてない程に明るい。
 長年の憂いが晴れた事で、色々身軽になったのだろう。
 友人として、素直に喜ばしい。

 が、仲間としての最大の収穫は戦闘能力の向上である。

 というのも、シリルの身のこなしが完全に槍使いのそれになっているのだ。
 それも、アンリでも対峙するには多大な危険が伴う次元に。

 十年のブランクがあるとはとても思えない化物っぷりだが、それだけに頼もしい。

(つーか、また第四部隊設立が持ち上がりそうっすねぇ。
シリルさん説得するにしても、他を説得するにしても、厄介極まりないってのに)

 つまみのチーズを味わいながら、表情を歪める。

 エアウォリアーズ第四部隊設立。
 これはかなりの頻度で持ち上がる重要案件の一つだ。
 
 現在は、第一部隊に戦力が集中しすぎている。
 隊員個々の能力が全部隊ひっくるめても上位に位置する者達で構成され、
隊長であるルミナスは三隊長最強、そしてなにより実質隊長級の実力者であるシリルが副隊長にいる事が大きい。

 ゆえに、シリルを隊長とした第四部隊を設立するべきではないかと話が持ち上がるのだ。
 ルミナスには及ばないながら彼女も人望厚い為、士気が高い隊員を集める事は十分可能。
 個人の戦闘力も十分高く、なにより戦術・戦略に長けている為指揮官としての能力が高い。
 
 なのだが、毎度毎度持ち上がった直後に立ち消える。
 本来一番渋るべきルミナスは、どちらかと言えば推進派だというのに。

 最大の理由は、シリルがルミナスの元を離れたがらない事だ。
 隊員ならまだしも、隊長にやる気がない者を据えてはむしろ他の部隊の足を引っ張りかねない。
 それに加えこれまでの第一部隊の実績自体、知略に長けたシリルあればこそという事実などもあるので、
なんだかんだで消えてしまうのだ。

 ただ、それでも諦めきれない人間がいるからこそ、頻繁に持ち上がる。
 あれだけの能力を持つ以上、副隊長止まりでいるべきではない、そう思う人間も多いのだ。
 今回シリルが槍術で力を増したとなれば、数はますます増えるだろう。  
 
 毎回そういった者達を陰で説き伏せているアンリとしては、頭が痛い話でもあった。

「おいおい……しけた顔してんじゃねえよ。何考えてんのか知らねえが、今は楽しむのが最優先だろーが?」

「……そっすね。ケルヴィンにしちゃ珍しく正論っす」

 ケルヴィンに差し出されたグラスを一気に傾け、アンリは中身を全て飲み干した。

「あ、こらてめぇ! 最後の一杯だってのに全部……ん? あっちになんか人だかりが出来てんな」

「お、ホントっすね。ちょっと行ってみましょう」

 二人が揃って少し離れた人だかりの方へ行くと、威勢のいい声が聞こえてきた。

「さーさー寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
本日限定特別料理っ! 他じゃあ食えない絶品ですよーっ!
今なら出来立てが味わえますからさらに美味しいですよーっ!」

 両手に持ったヘラを掲げ、雫は客を呼び込んでいた。

 興味を持った人間がある程度集まりだしたところで、雫は調理に取り掛かる。
 鉄板に油を引き、温まったところで刻んでおいた野菜と肉をヘラを使って炒め始めた。
 焼きあがった材料の香ばしい香りに客が引き寄せられたところで、おもむろに麺を投入。
 具材と絡めながら手早く麺を炒め、程よく火が通ったところで、横に置いてあった缶からお玉で黒いソースを一掬い。

 何だろう、そう思った客たちの前で、雫は笑顔でそれを炒めていた物の上にぶちまけた。

 程なくして漂い始める、なんとも食欲をそそる香り。
 様々な素材の香りが溶け合った刺激的な香りが、瞬く間になんとも豊潤で魅惑的な香りへと変わっていく。
 なんとも抗いがたいほどに食欲をそそるその香りは、客たちの喉をごくりと鳴らした。
  
「さあ、これで出来上がり! 当屋敷特製ソース焼きそば! 
そっちにあるのと組み合わせて食べるのもおすすめっ! さあ、早い者勝ちですっ!」

 雫が声を張り上げると、周囲に待機していた客が一気に殺到した。
 
 それを、雫は慌てる事もなく捌いていく。
 まとめて作った焼きそばを手早く分け、差し出される皿へと次々に盛る。
 速度も手際も見事だったが、押し寄せる客の集団に肝心の焼きそばが尽きてしまった。  

 が、雫は慌てる事無く材料を取り出し、追加を作り始める。
 作る量は客の量に合わせたのか、先程よりもさらに多い。
 混ぜるのも一苦労なそれを、雫は二本のヘラで器用に炒めていく。

 そんな名人芸じみた調理を遠目に見ながら、アンリは確保した焼きそばを味わっていた。

「おっ、言うだけあって凄い美味いっすね、ケルヴィン……ケルヴィン?」

 アンリが横にいるケルヴィンに話しかけるも、返事はない。
 彼はただひたすらに無我夢中で焼きそばを食らっていた。

(うめぇっ! 美味すぎるっ! なんだこの料理はぁぁぁぁっ!)

 焼きそばの魅力に、ケルヴィンは虜になっていた。

 麺には甘く濃厚な味わいのソースがしっかりと絡み、なんとも蠱惑的な味わい。
 ソースの旨みだけと勘違いしそうになるほど濃厚だが、良く味わうと上等な小麦を使った麺の旨みあればこその味だと分かる。
 主張はしないだけで力強い味わいの麺と絡み合っているからこそ、これほどの味なのだと。

 具材の豚肉もまた素晴らしい。
 これにも当然ソースが絡んでいるが、肉の味が強いため麺ほど持ち味が隠れない。
 それでいてソースの味による統一感がある為、肉の豊潤な旨みが麺の濃厚な味わいと上手く絡み合っている。
 この豚肉で、この料理の完成度が跳ね上げられているといっても過言ではない。

 普段はあまり食べないが、この料理では野菜も素晴らしい役割を果たしていた。
 ニンジン、キャベツ、玉ねぎ、どれも名脇役だが、ケルヴィンは特にキャベツに感激している。
 少し大きめに切られたそれは汁気もたっぷりと含まれており、噛むと口休め代わりになるのだ。

 これに加え、屋台の隣に設置されたトッピング群がまた素晴らしい。
 赤い色の生姜と思しき物はケルヴィンにはいささか刺激が強かったが、そのピリッとした味わいは焼きそばとよく合う。
 マヨネーズをかければ濃厚さが増し、フライドガーリックを乗せればその香りとカリカリとした食感が食欲を倍増させる。
 濃緑色の細かい物も、見逃せない。かけすぎると青臭さが強くなるが、適度に乗せればこれまた美味い。
 食欲を煽る香りだが、フライドガーリックほど刺激が強くないので、ケルヴィンはこちらの方が気に入った。
 他にも多様な物が用意されており、全て試すのは一苦労しそうだ。

 料理自体はただ一つだというのに、いくら食べても食べ飽きない。
 むしろ食べれば食べる程もっと食べたくなるぐらいだ。

 が、飽きは来ずとも終わりは来る。

「……こっちも食べるっすか?」

 物欲しそうに自分の皿を見つめるケルヴィンに、アンリは苦笑した。

 気付いているかどうかは分からないが、尻尾の振り方が凄い。
 一応感情が表に出にくいよう尻尾を制御しているケルヴィンにしては、珍しい事だ。

 とりあえず皿を渡してやると、案の定凄い勢いで食べ始めた。
 一口が大きい上に速度が速いので本当に味わっているのか怪しかったが、
食べながら涙を流して打ち震えているので、味は分かっているのだろう。  
  
 程なくしてアンリの皿も空にすると、ケルヴィンの尻尾が垂れ下がった。

 彼の視線は、大繁盛している雫の屋台に固定されている。
 作る速度は速いが、あの調子では再び食べるまでにかなり時間がかかるだろう。
 それでも食べたいのか、尻尾が垂れ下がったまま、ケルヴィンは大人しく列に並んだ。

(…………レシピ教えてもらいたいっすね。さて、どう交渉したもんだか)

 近くのテーブルに乗っていたハムをつまみながら、そんな事を考える。
 
 あのソース、おそらくはかなり考え抜かれたものだ。
 多くの食材が使われている事は分かるが、それ以上は分からない。
 となると、易々と教えてはもらえないだろう。
 
 どう交渉するか思考を巡らせていると、雫の悲鳴が聞こえてきた。
 
「う、後ろで並んでる方々すいませ~ん! もう今焼いてる分で最後です! 麺が無くなっちゃいました!」

 その声に、列の後方の者達が落胆の声を上げた。

 同時に、納得の声も上がっている。
 あれだけ客が殺到して、むしろこれまで尽きなかった方が凄い、と。
 
 とはいえ、それで素直に諦める者ばかりでもなかった。 

「た、隊長!? なんでよだれ垂らしながらにじり寄ってくるんです!?
こ、これ私のなんですからあげませっきゃあああっ!?」

「ローザ!? た、隊長いくらなんでも意地汚ぁぁぁぁっ!?」

 第三部隊隊員のカップルが、上司に襲われ焼きそばを奪われた。

 慌てつつも逃れようとしていたようだが、相手が悪い。
 なにせ、身体能力のみで三隊長の座にいると言っても過言ではない男だ。
 多少理性が飛んだところで、さしたる戦力低下は望めない。

 はぐはぐと犬のように焼きそばを貪る今の姿からは、想像できないだろうが。
  
「ア、アンリさん! 隊長が品性どころか理性まで捨ててるんですけどどうにかできません!?」

「あの馬鹿はホントに……ま、うちの団員に迷惑かける分にゃ構わないっしょ。
この醜態ネタに色々楽しめそうですし、少し放置……ってわけにもいかないみたいっすね」

 協力を求めてきた第三部隊の隊員に手を軽く振ろうとしたところで、アンリは溜息を吐いた。

 周囲の団員から焼きそばを奪い終えたケルヴィンは、次の標的をメイドに定めたのだ。
 流石に身内以外に迷惑をかけるわけには、と隊員が立ち塞がるが、ケルヴィンの前では紙切れ同然。
 瞬く間に地に沈められ、空を飛ばされ、強制的に道を譲らされた。

 仕方なく、アンリはケルヴィンに向かって腰に差していた鞭を振るう。

「ギャインッ!?」

「ケルヴィン? いつから獣になったんっすか?」

 言いながら、アンリはビシィ、ビシィ、とケルヴィンに鞭を叩きつける。
 彼も避けようとはしているのだが、鞭はそれを先読みしたかのような軌道で逃げ道を塞ぎ、回避できない。
 しかも一撃一撃がかなり痛いので、だんだん身が竦み始めた。

「まあ、獣になるならそれはそれで構わないっすけど、人の中で生きる獣には躾が必要っすよね?」

 そう言いながら狙われたメイドに軽く頭を下げると、アンリは本格的に調教を開始した。 

  



 
 
  
 
  







 哀れっぽく鳴き始めたケルヴィンを遠目に眺めながら、シェリスが呟く。

「迷惑ではあるけど、ケルヴィンさんが暴走する気持ちは分からなくもないわね。
このソース焼きそばという料理、素晴らしい出来だもの」

「はい。そのせいでスカーレットが持ち場を離れかけてますが」

 言いながら、ローラはすっと静かに宴席の一角を指差す。
 
 そこには、目の前で焼いているステーキを放り出して火の消えた焼きそば屋台に突撃しようとしているシェリス自慢の料理長の姿。
 それを副料理長が首を掴んで止めながらステーキを客の注文通りに焼き上げるという曲芸を披露していた。
 近くのテーブルには、僅かに青のりが残る皿が一つある。

「……牽制しておいて」

 近くのワインをグラスに注ぎながら、シェリスは溜息を吐いた。

 若くして腕が良く研究熱心な自慢の料理長だが、情熱のあまり我を忘れる事がままある。
 それほどの情熱あればこその優秀さではあるが、もう少し落ち着きが欲しいところだ。
 
 ガタガタ震え始めたスカーレットを眺めながら、シェリスは静かにワイングラスを傾けた。

(……これもなかなかね。若いけど、その分フレッシュな味わいが魅力的。
収穫量の問題さえなければ熟成期間の分値段も下がるだろうし……ホントに抜け目がないわね)

 ワインを味わいながら、そんな評価を下す。

 客の数の多さとエアウォリアーズを呼んでいる為だろうが、今日揃っている酒には高級品が少ない。
 そして、目玉であるそれらは主役であるシリルが最も手に取りやすい位置に置かれている。

 が、そこで終わらないのが海人という男だった。

 誰もが手に取りやすい位置に置かれた酒も、良い物を揃えている。 
 それでいて、これだけの数を用意できた理由をでっち上げられるものばかり。
 単に掘り出し物で押し通すだけでも、相手が勝手に理由を想像してくれるだろう。
 
 料理も料理で、一部の目玉料理を除けば割と安価に作れる物ばかり。
 それでいて外れは皆無なのだから、大したものだ。

 特に面白いのが、天ぷらという料理だった。

 衣の材料費は言うまでもなく、具材の多くもこの辺りにある野草や山菜の類なので調達原価をごまかしやすい。
 それでいて調理法が非常にそれらの野趣溢れる風味に合っている為、味が抜群ときている。
 おまけに味付けが塩なのでどこまでも原価は安く、何より酒に合う。
 
 揚げたてを目の前で提供するというのも、良いシステムだ。
 揚げられる際の香ばしい香りで期待を高め、徐々に変化するパチパチという音で焦らし、美味そうに揚がった姿で食欲を煽る。
 毒味役が付く事の多い貴族には向かないが、一般庶民には最高峰の提供システムだろう。
 
(……ヒノクニには専門店もあるって聞くけど、頷けるわね。
カナールの屋台ででも試してみるべきかしら。上手くすればまた一つ文化を取り込めるわけだし)
 
 野草の天ぷらを食べながら、そんな事を目論む。

 天ぷらは、こちらの大陸で一般的な揚げ物とは随分と味わいが違う。
 こちらの大陸の揚げ物はザックリとした歯応えの良さが持ち味だが、天ぷらはふんわりしつつサックリしている。
 味わいも衣の主張が強いこちらの揚げ物に対し、天ぷらの衣はどちらかというと素材の良さを引き立てる事に重きが置かれているようだ。
 素材の良さを楽しむなら、おそらく天ぷらの方が適している。

 良い物は高い事が多いが、旬の具材などは安くて質が良い。
 季節ごとの食材を楽しむなら、安価で美味い物を食べられるだろう。
 肉は向かなそうだが、白身魚や海老は合うので、野菜嫌いの人間にもある程度対応できる。
 
 相当な熟練が必要な技術と聞いていたが、どこぞの化物がある程度マニュアルを確立させていたらしく、
短時間の教授でシェリスの料理人数名がある程度形にしたので、時間をかければ習得させるのは可能だろう。

 そんな計算をしていると、海人が刹那を伴ってやってきた。  

「楽しんでもらえているかね?」

「ええ、とても。シリルさんのドレスも素敵でしたし、良い誕生会だと思いますよ」

「そう言ってもらえると嬉しいな。メインイベントももうすぐ始めるから、是非楽しんでくれたまえ」

「勿論。今日はそれが一番の目当てで来たんですから」

 上品に微笑みながら、シェリスは期待に満ちた眼差しを向ける。

 今日のメインイベントに関しては、シェリスは何も知らない。
 海人に頼まれてローラが様々なところに手を回していたのは知っているが、その詳細は回ってこなかった。
 
 なので見当もつかないが、海人が自信を持ちローラが期待する以上、面白くないはずはない。   

「うむ。その関係で私達はちょっと屋敷から離れたところまでいかなきゃならんが、気にせず楽しんでくれ」

 軽く手を振ると、海人は刹那を伴ってシェリス達の元を去っていった。





 
        






「皆様、それでは今日のメインイベントです!
もうすぐ始まりますので、向こうの空に御注目下さい!
なお、音はやかましいですが物騒な事は何一つありませんので、どうか御安心ください!」

 雫がそう言いながら空を示すと、全員つられたようにそちらに視線が動いた。

 そしてそれを見計らったかのように、そちらの方角から音が聞こえてくる。
 ヒュルルル、と甲高い音が響き、客達が一瞬怪訝そうな顔をしたその時。

 ――――夜空に、炎の花が咲いた。

 それを皮切りに、次々に色とりどりの花が空に咲いていく。
 その色彩は、赤、緑、青、黄、ピンクなど節操がない程に多様。
 その形は、大輪の花が咲いたと思えば柳の枝のように流れる花が咲き、
その直後小さな花々が多数咲き誇り、まるで飽きさせない。

 次々に咲き、散っていく儚く美しい炎の花に、その場の誰もが言葉を忘れていた。 

「…………なんて、綺麗な」

 シリルが、思わず呟く。

 まさしく、芸術と呼ぶべき催しだった。
 春の花々の如く美しく咲き誇る、炎の花々。
 夜空いっぱいに広がるその光景は、なんとも力強く生命力に満ち溢れている。

 それでいて、炎の花々の命は儚い。
 一つ花が咲いたかと思った途端に空に散り、次の花が咲く。
 それに例外はなく、どんな美しい花も瞬く間に散ってしまう。

 ほんの一瞬美しく咲いて観客を魅了し、すぐに散る炎の花。
 それはどこか物悲しくも、凄まじいまでの生命力に満ち溢れている。

 命の尊さと儚さをこの上なく表現している、素晴らしい芸術。

 炎の花は、当然この世のどこにも残らない。
 何も残すことなく、ただ咲いて消えていっただけだ。
 しかし、それだけにその姿は観衆の心に強く焼きつく。 

 シリルがそうやって純粋に感動する一方、別の感動を抱く人間もいた。 

(凄い……! この催し、素晴らしいわ!)

 シェリスは、思わず目を瞠っていた。
 芸術としてみた場合もだが、この催しは単純に視覚効果が凄い。

 広々とした夜空を花壇として咲き誇る炎の花々。
 それは単純に美しく迫力があり、深読みしない人間にも感動を与える。
 老若男女はおろか、身分さえ問わずその魅力は伝わるはずだ。

 これだけの催しであれば、集客効果は絶大。
 この国の各地で定期的に開催出来れば、観光客の量も確実に増える。
 話が伝われば、各国の有力貴族もこぞって訪れるだろう。
 そうなれば更なる人脈の拡大と増強が見込める。

 そこまで一瞬で考え――――シェリスは肩を落とした。

 海人に言われていた事を思い出してしまったが為に。

(技術の提供は勿論、定期的な開催もするつもりはない……あああああああもったいない! もったいない!
これの定期開催だけでどれだけ経済が潤うか! こうなれば却下されるの承知で交渉するしかないわ……!
聞くだけならタダだし、カイトさんも気を悪くはしないだろうし!) 
  
「シェリス様、とりあえず落ち着かれるべきかと。目が血走っておられます」

「……こほん。貴女がやった手配、これが騒ぎにならないようにしたのね?」

「はい。この近隣に人が寄らぬよう手配いたしました。
もっとも、時間帯と地理条件上念の為以上の意味はございませんでしたが」 

「万一見つかれば騒ぎになりそうだものね。
私の誕生日に開催してもらって、お客様がたまたま大量の有力者だったってダメかしらねぇ?」

「最悪二度と開催されなくなり、現在の取引全て打ち切られかねないかと」

「そうよねぇ……うう、惜しいわ」

 シェリスがさめざめと嘆いていると、最後の花火が消えていった。
 余韻が消えた頃合を見計らい、雫が再び客に呼びかける。

「さて皆様、先程のイベントは楽しんでいただけましたか?」

『オオオオオオオォォォォッ!!』

「お褒めに与り恐悦至極。では皆様、この後もどうぞごゆるりとお楽しみください」

 大歓声に頬をほころばせた雫は、一礼して壇上を降りた。


















 宴が終わり、辺りがすっかり静まり返った時。
 海人は一人中庭で清酒を飲んでいた。

(……達成感と共に味わう酒か……悪くないな)

 杯を傾けながら、月を眺める。

 今回は、本当に色々と重なった。

 始まりはシリルの誕生パーティー用の準備。
 美しい物を好む彼女の為に、花火大会を思い立った。
 彼女の好みに沿った色とりどりの炎の花々は、きっと喜ぶだろうと。
 
 本格的に取り掛かろうと思ったら、ナーテア教の一件。
 シリルは意地を張って助力を受けようとせず、好都合だったとはいえルミナスもなかなかにキツい要求。
 これらを解決するだけでも頭が痛かったが、シリルの誕生パーティーへの参加者追加も少々難題だった。
 時期的にナーテア教の一件の祝勝会を兼ねる可能性が高かったので、考えないわけにはいかなかったのだ。

 友の誕生日なのだから、大盤振る舞いは確定。
 とはいえ資金力程度ならまだしも、入手経路を勘繰られるような物が多いのは好ましくない。
 妥協案として創造魔法で作った珍しい物は少なめに、程々の品質の物は大量に用意した。
 勿論、目玉の品やシリルの好物である極甘口のワインはシリルに最優先で渡るような配置にしつつ。

 そして先程宴が終わり、ようやく一息ついた。
 ドタバタ具合では、おそらく過去最高の一件だっただろう。
 何か開発して終わり、どこか潰して終わり、それに比べれば随分と疲労感が大きい。

 が、同時に達成感も大きかった。
 酒は皆で飲む方が好きだったが、たまには一人浸りながら飲む酒も悪くない、そう思う程に。

 とはいえ、誰もいない中飲むのはだんだん虚しくなってくる。
 そろそろ引き上げようか、そう思った時、海人の背後から声がかけられた。
  
「おやおや、粋ですねぇカイト様」

「お楽しみの中無粋とは存じますが」

「お邪魔してもよろしいでしょうか?」 
 
 海人が振り返ると、コグラスト三姉妹の姿。
 先程まで浴場で汗を流していたらしく、仄かに洗剤の香りがする。

「もちろん。この杯でもよければ酒も飲みたまえ」

『お言葉に甘えまして』

 海人から杯を受け取ると、コグラスト三姉妹は順番に杯を煽り始めた。
 それを見ながら、海人は穏やかに微笑む。
 
「言うだけあって、素晴らしい演奏だった。
誕生祝いという点を忘れず、盛り上げ役に徹していたのがなお素晴らしいな。
正直、あの条件だと主張しすぎる可能性もあるかと思ってたんだが」

「ふふ、音楽はあくまでも楽しむもの」

「楽しい場が既にあるならば、それを潰さず引き立て盛り上げる事こそ音楽の本領」

「ましてれっきとした主役がおられるのに喰ってしまうなど、音楽家の風上にも置けません」

「うむ、素晴らしい信念だ。とても気に入った。今日あの場で見た情報全て、君らの上司に伝えるといい」

『ありがとうございます!』

 鷹揚に頷く海人に、コグラスト三姉妹は揃って頭を下げた。
 命拾いしたという事もだが、これだけの称賛を得られた事が素直に嬉しい。

「追加で少し何か渡したいところだが――――ふぅむ、何にしたものか」

「お気になさらず。定期的に演奏を御依頼いただけるのでしょう?」

「ならばそれこそが至上の報酬」

「何よりの賛辞でございます」

「と言われても、それだけでは収まりが悪くてな……さて、どうしたものか」

「本当に結構ですよ、カイト様。今回は色々と新曲のインスピレーションを得られましたので」

「そうそう、シリル様が体現した伝説に」

「メインイベントの炎の花々! あれだけ良いもの見せてもらって、この上なんかもらっちゃあ罰が当たります」

「……そうか。ならば押し付けはすまい。ん? もういいのか?」

 急に立ち上がり始めた三姉妹を見て、海人が首を傾げる。
 腰を落として座っていた割には、飲んでいた時間が短い。

「いえ、私共としてももう少し語らいたいところでしたが」

「今宵の主役がお出ましとあらば、端役は大人しく引っ込むが筋というもの」

「というわけで、本日はこれにて失礼いたします」

 三人揃って一礼すると、コグラスト三姉妹は少し離れた所から歩いてくるシリルを示し、去っていった。
    
「ふむ、御姉様の側でべったり甘えるのはやめたのかね?」

「これでも良い年の大人ですので。ここ、座ってもよろしくて?」

 シリルの問いに海人がどうぞ、と返すと、彼女はゆっくりと海人の横に腰を下ろした。

「……改めて言いますが、今回の件、本当に感謝していますわ。
貴方の力がなければ私は今頃、御姉様の真実を知らぬままあの人を殺していたでしょう。
愚かにも――――愛されている事も、守られていた事すら知らぬまま」

「気に病むのは無理もないが、メルヴィナ女士がそう振る舞ったからこそだろう?
あくまでもすれ違いの結果であって、君に非があるとは思わんがな」

「客観的に見れば、その通りなのかもしれませんわね。
ですが、当人としては――――御姉様を全否定する名を名乗っている身としては、割り切れませんの」

「……元の名を一部残した事に何か関係があるのか?」

「ええ。かつて私は御姉様からはティア、お兄様からはシリルと呼ばれていました。
そしてメルティの由来はメルティ・チョコレート……お兄様がよくお土産に持ってきてくださった、
私が大好物だったチョコレートの名からとったもの。
お兄様だけの妹、その意思表示としてシリル・メルティを名乗っていたのです」

「その上で、君の外見か。さぞかしダメージが大きかっただろうな」

「そういう事ですわ……本当に、救いがたい愚かしさですわね」

 夜空を見上げながら、シリルは自嘲した。

 傷つけたのは、姉だけではない。
 すれ違い続ける妹達に、優しかった兄もさぞ悲しんでいただろう。
 ましてそれを解決できぬまま逝ってしまうなど、どれほど無念だっただろうか。
 
 自分が情けなさすぎて、今にも消えてしまいたいぐらいだ。

「……自分を責めるのも無理はないが、それでもそこまで落ち込む話でもないと思うがな。
知らなかった、気付かなかった、それは事実だとしても――――土壇場で挽回したのは君自身だ」

「え……?」

「例えルミナスの嘆願があろうと、普通なら私はここまで手間はかけん。
それこそ、槍など作らず私達が勝手に介入して全てを片付けた方が確実で手間がなかった。
それをしなかったのは私が君という人間に敬意を払い、君の手で決着を着けるというリスクを許容したからだ。
意図はせずとも君がこれまで培ってきたものが君の姉を救う機会を生み――――見事その機会を活かした。
これもまた紛れもない事実だ」

「…………それ、は」

「ま、私が言えた事でもないが、悔やみすぎるな。
度が過ぎると、動くべき時にすら動けなくなる。
それにメルヴィナ女士も君の兄上も、一番の望みは君の幸せだろう。
ならば、悩むより笑っている方が二人の想いに報いれるとは思わんかね?」

 冗談めかして、微笑む海人。
 普段の意地悪気なものではなく、人を安心させるような穏やかな笑顔だ。 

 それが、シリルの記憶にある兄の笑顔とかぶった。

(またですの……? いったいなぜ――――ああ、そうか。そういう事でしたのね)
 
 思わず思考を巡らせたシリルだったが、程なくしてすとんと腑に落ちた。
 なぜ、兄と海人の笑顔がかぶるのか。

 ――――似ているのだ、二人は。

 兄も海人も他者の笑顔を望み、その為に身を削る。
 そのためならば多少の労苦は勿論、多大な労力さえも厭わない。
 顔のつくりや性格などという表面的な事ではなく、その精神的な根幹が似ているのだ。 

 違うのは、見知らぬ人々すらも愛した兄に対し、海人は自分の周囲にのみそれを向けているという事のみ。
 向けられている身から見れば、それは兄とかぶりもするだろう。

 辿り着いた答えに、思わずシリルの口元がほころぶ。
 
「……そうですわね。ええ、確かにその通りでしょう。ありがとうございます」

「なぁに、礼には及ばん。偉そうな事ほざいて無様に転がる君という愉快な光景も見れたしな。
見物料としては安いものだ。ま、ディルステインだといつもの事だが」

 そう言って意地悪気に嗤った海人に、シリルのこめかみが引きつった。

 分かっては、いる。
 この憎まれ口が、彼なりの照れ隠しだと。
 清廉だった兄と違い、捻くれた性格の彼は素直に感謝を受け止められないのだ。
   
 そんな事は重々承知なのだが、こんな時ぐらい少しは素直になれと思わずにはいられない。
 こういう男なのだから仕方ないとは思いつつも。

 なので、シリルは少しだけ反撃してやる事にした。

「……そうですわね。今回は随分と無様を晒しましたわ。
貴方なくしては、再び槍を手に取る事すら叶いませんでしたもの」

 海人の目を真っすぐに見つめ、悪戯っぽく微笑むシリル。

 真正面から突き付けられた言葉に、海人は若干戸惑う。
 冗談めかしてはいるが、シリルの表情に嘘の色は一切なかったのだ。

「おい……間違えるなよ? 私は槍を作っただけ。
それを握り、心の傷を乗り越えたのは紛れもない君の力なんだからな?」

「とも言い難いんですのよねぇ……なにせ、だめ押しがありましたので」

 クスクス、と悪戯っぽく微笑むシリル。

 海人の槍を握った時、シリルは再び嘔吐するまであと一歩だった。
 そこから引き戻し、槍を振るえるようになったのは、最後の一押しがあったからこそ。

 そしてそれはおそらく、海人によるものだ。
 態度からして、槍の最後の機能と同様自覚はなさそうだが。

「ん? あの時誰かが声援を送っていたとかはなかったと思うが?」

「……『今回私は手を出せない。だから、君が守ってくれ』そんな言葉が聞こえましたの」

「……………………な、なぜ……それを……?」

 シリルの言葉に、海人はらしくもなく一瞬自失した。

 それは、シリルどころか海人以外の誰も知らないはずの言葉。
 ついに完成した槍に、思わず心で願った言葉。
 願っただけで、声にすら出していない言葉だ。

「やはり、ですか。正しく魂の込められた槍、という事なのでしょうね。
まあ、そんな言葉が誰かさんの縋るような声で聞こえてきたので、少しばかり気合が入りましたの」

 くすくすと笑いながら、槍を軽く握る。

 聞こえてきた海人の言葉の響きは、あまりに切実だった。
 今にも泣きそうな、不安で押し潰されそうな、か弱い声。

 空耳であっても、関係なかった。海人の事はよく知っている。
 身内を大事にするからこそ、失う事を何よりも恐れる男だ。
 その気になれば全てを独力で片付けられるであろう化物でもある。
 
 そんな男が、友に槍を託すだけに留めた。
 あの場では太々しく振る舞っていたが、本音は聞こえてきた声と大差ないはずだ。
 どれほどの苦悩の末の決断だったか、想像するに余りある。

 それが分かったからこそ――――シリルは心の傷を乗り越えられた。

「……それはなにより」

「あら? もしかして、照れてますの? らしくもなく、照れてますの?」

 そっぽを向いた海人の正面に、強引に回り込もうとする。
 ほんの一瞬だが、頬が赤らんだのが見えたのだ。
 
「あえて気付かんフリをするという気遣いはないのか!?」

「他の方ならともかく、カイトさんにはやる気になりませんわね。
なにせ、こんな機会は滅多にないですもの。さあさあお見せなんがぁぁぁぁぁっ!?」

「甘いわたわけが! この私がやられっぱなしだとでも思ったか!」

 シリルの鼻に指を突っ込んだ海人が、獰猛に嗤う。
 当然ながら、乙女としてありえない顔にされたシリルが黙っているはずはない。  

「乙女の顔にこの狼藉っっっ! 躾が必要ですわねぇぇぇっ!?」

「やってみろ根性悪がぁぁぁぁっ!」

 互いに叫び、掴み合いを始める海人とシリル。

 頬を引っ張り、脇腹をつねり、髪を引っ張り、噛みつく。
 肉体強化を使っていないあたり理性は残っているようだが、控えめに言っても子供の喧嘩である。
 少なくとも、二十代男女の喧嘩ではない。

 三十分ほどそんな不毛な争いを続けているうちに、どちらも消耗で動きが鈍くなる。

「はあ、はぁ……なんで私らは争ってたんだったか?」

「ぜぇ、ぜぇ……覚えてませんわ。というか、早く参ったなさいませ。
今日は動きすぎたせいか眠気が凄いんですのよ……」

 海人の髪を引っ張りながら、シリルが睨み付ける。 

「奇遇だな。私も久方ぶりに本格的な研究をしたせいで疲れが溜まっていたようだ。
気を抜くと眠りそうなんで、さっさと降参しろ……」

 シリルの頬を両手で引っ張りながら、海人が睨み付ける。

「格下相手に勝ちを譲る、ほど、優しく、ありませんのよ……」

「奇遇だ、な、私も大人げない格上に、すんなり負けてやれる、ほど、諦めはよく、ない……」

 最後まで憎まれ口を叩きあい、二人が同時に倒れ込む。
 そしてそのまま、同時に熟睡した。

 遠くからそれを見つめる視線には、気付かぬまま。








 遠隔視の魔法でシリルの寝顔を確認したメルヴィナは、軽く頷くと踵を返し門へと向かった。
 誰にも見つかるまいと思っていたが、門には一人だけ待ち人がいた。

「……行くんですか?」

「ああ。今回集められなかった連中もいるのでな。
とりあえず、判明している限りは掃除してこようと思う」

 問いかけるルミナスに、頷きながら答える。

 今後シリルに牙を剥く可能性のある保守派の多くは今回の戦いで謀殺できたが、まだ一部各地に点在していた。
 エアウォリアーズが対処しきれない数を集めるわけにはいかなかったからだ。

 死ぬと決めていた為そちらはシリル達に任せるつもりだったが、
生き残った以上は自分の手で片をつけたかった。 

「挨拶もなしじゃ、シリル寂しがると思いますけど……」

「……もし引き留められた時、振り切る自信がなくてな」

 居心地悪そうに、メルヴィナは頬を掻く。

 長年怖がられていたせいか、どうも甘えられると弱かった。
 もう少し毅然としなければ、と思ってもついつい甘やかしてしまう。
 宴の時も仲間同士話すべきだろうと離れようとしたら、その都度引き留められ、結局最後まで一緒にいる事になった。

「伝言ぐらい預かりますよ?」

「……では、今度会った時は一緒に買い物にでも行こう、と伝えておいてくれ」

 そう言って薄く微笑むと、メルヴィナは改めてルミナスに向き直る。

「――――ルミナス殿。妹を、どうかよろしくお願いいたします」

 ルミナスに向かって深々と頭を下げると、メルヴィナは再び歩き始めた。
 いつか夢見た、妹と笑いあえる未来を思い浮かべながら。
コメント

更新、お疲れ様です。
しかし、魔力ではなく使いこなさなければ死に至る…もしかして、いわゆる気や生命力ですかね?
ソース焼きそばかぁ…ソースを一から自作した場合、材料にもよりますが、深みのある味わいになるそうな。
海人とシリルは…あれがあの二人なんでしょうね(笑)まあ、今回の件で求められれば拒みはしない程度には愛があるんでしょうが。

追伸
海人の渡した楽器や楽器で狂喜乱舞する三姉妹ネタとかはいかがでしょうか?
[2017/04/17 08:24] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


ケルヴィン、焼きそばと運命の出会い
伊賀野カバ丸と化すのであった
[2017/04/17 19:20] URL | #N1OpTHoY [ 編集 ]


久しぶりに感想書きますがなにはともあれめでたしめでたしで終わって良かったなーって感じています。
しかし相変わらずこの作品はお腹が減るよぅ・・・。
[2017/04/17 20:31] URL | きぎたな #qjsITxmk [ 編集 ]


途中ちょい退屈な気もしましたが、なかなかのお手前でした
[2017/04/18 21:48] URL | #- [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2017/04/19 01:00] | # [ 編集 ]


毎度楽しみにしています。

>遠くでドアが勢いよく開け放たれる音がした。
遮音魔法 「あるぇ~?」


遮音魔法って一方通行だったのですね。
[2017/04/19 06:30] URL | k-har #- [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2017/04/19 06:45] | # [ 編集 ]

書き込みするのは久々です
どうもお久しぶりです。
今回の本文中の下記部分なのですが、

>「ローザ!? た、隊長いくらなんでも意地汚ぁぁぁぁっ!?」
> 第二部隊隊員のカップルが、上司に襲われ焼きそばを奪われた。

>「ア、アンリさん! 隊長が品性どころか理性まで捨ててるんですけどどうにかできません!?」
> 協力を求めてきた第二部隊の隊員に手を軽く振ろうとしたところで、アンリは溜息を吐いた。

確かアンリが第二部隊隊長で、ケルヴィンが第三部隊隊長だったと思うのですが、
第二部隊隊員がケルヴィンを「隊長」と呼び、アンリを「アンリさん」と呼ぶのは不自然だと思うので、
上記で襲われて助けを求めているのは「第二部隊」隊員ではなく「第三部隊」隊員ではないでしょうか。


さて、98話も楽しく読まさせて頂きました。今回で第九部も終わりですかね。
メルヴィナの真実には驚きました。和解できた今となっては妹大好きシスコンお姉ちゃんとしか思えなくて・・・すっかりいいキャラになりましたね!
海人特製のシリルの槍も科学技術によって作られたはずなのに、シリルの想いに応えて機能を開放したり、海人の魂が込められてたりとすっかりオカルトですねw
つーかシリルはこの槍これからも戦場で使っていくなら絶対騒ぎになる気がする・・・。
いずれは聖槍だってばれるだろうし、どうやって手に入れたのか国家規模で探られそう。
[2017/04/22 13:24] URL | なまけもの #eODBluyE [ 編集 ]

更新お疲れ様です
脱字報告 序盤シリルと姉の会話にて
>どうせこの服着た理不尽が治療して命は取り止めますわ」
どうせ、この服を着た理不尽が

親しい間柄に対して砕けた感じで話かけてるのなら元の文でも大丈夫かもしれませんが、少し気になりましたので一応のご報告を

作者様の小説はどんなに悲しい展開であっても、必ず最後は大団円を迎えるから読んでいてこちらまで楽しくなりますね。
次章からはどんな物語となるか楽しみです。
[2017/04/23 10:12] URL | 名無しの権兵衛 #y2a4lNMg [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2017/04/23 10:37] | # [ 編集 ]


ほぼきれいにまとまった状態で言うのもどうかと思うけど結局語られなかった≪人裸至高教≫の教徒!と名乗る連中がどうなったのかと弱者救済を騙る偽善者の集まりであるナーテア教の連中がどうなったのかがついきになるから短編でいいのでどっかで知りたくなりますね。
[2017/04/23 19:40] URL | シャオ #xDU5tAck [ 編集 ]


今回は出てくるキャラが全員活き活きとしてて読んでて凄く楽しかった
[2017/04/24 10:05] URL | h #- [ 編集 ]


今回も中々面白かったです。
次章辺りで両親と再会する気がするのは気のせいかな?(誰とは言ってない...色んな意味で
[2017/05/31 21:20] URL | k #- [ 編集 ]


あ~本当に、シリルは愛されてるんだな。
やっぱり、カイトとシリルはこんなやり取りが良いですね~
あとシェリス嬢ちゃん。少しは貴族的考えから外れて楽しめ!
[2017/08/27 17:10] URL | 飛べないブタ #t50BOgd. [ 編集 ]


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