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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット25



 番外編121


 
 荒野に、うら若き乙女の悲鳴が響き渡る。

 あまりにも切実で、極めて悲痛な、助けを求める声。
 喉も張り裂けんばかりの声量で放たれたそれは、
本来美しいと思われる声を割り、聞き苦しさを生み出している。

 が、彼女の叫びを聞き届ける者など誰一人としていない。

 周囲にあるのは、動かぬ人間と物言わぬ無機物のみ。
 時折鳥系の魔物がやってくるが、彼らは彼女の近辺にやってきた途端、死骸へと早変わりしている。
 爆破魔法に巻き込まれ、あるいは目にも留まらぬ斬撃を浴び、はたまた神速の打撃で吹っ飛んでいるのだ。
 
 そして、襲撃者は変わらず健在。
 既に数十人の戦士と夥しい数の魔物を殲滅しているというのに、呼吸すら乱れていない。
 まるで何事もなかったかのように、彼女へと歩を進めていた。

 恐怖に震えながらも、彼女は待機させておいた術式を発動させる。

「炎精よ、連なりて獄を生め《フレイムプリズン》! 雷精よ、踊り狂いて蹂躙せよ《サンダーカーニバル》!」

 詠唱と共に、魔法が吹き荒れた。

 襲撃者を炎の檻が包み込み、その中を雷撃が縦横無尽に暴れ回る。
 雷撃は、中位の弱い魔物程度ならば触れた瞬間感電死する威力だ。
 そして定型を持たず、術者にも範囲内でどう暴れ回るか分からないがゆえに、回避も至難。
 よしんば回避できたとしても、そこは炎の檻の中。
 雷撃と同程度の威力の炎が、周囲をくまなく覆っている。


 大概の戦士ならば、この魔法を発動させた段階で勝利が確定する。
 それほどの魔法攻撃だったのだが、

「――――ゆえに我は求む、滅びもたらす大嵐を《ルストツイスター》」

 詠唱の完成と同時に生み出された竜巻が、全てを吹き飛ばした。
 雷撃も、炎も、まるでゴミのように大嵐に消し飛ばされてしまったのである。

 が、それは彼女も想定していた。

「地精よ、大地の力を今ここに《アースブラスト》! 風精よ、天の拳を今ここに《ストリームフィスト》!」

 待機させておいた残りの魔法を起動する。

 襲撃者の足元が硬化し、標的を吹き飛ばさんと勢いよく隆起していく。
 それを上に飛んで回避しようとする襲撃者だったが、そこに上空から突風の一撃が襲い掛かる。
 風と言えどその威力は凄まじく、大岩すらも砕ききる程だ。

 が、襲撃者は空中で軽く拳を引くと、

「はあぁっ!」

 とんでもない勢いで繰り出した拳の拳圧で、突風を打ち消した。

「……は?」

 思わず、間抜けな声が漏れる。

 使った魔法は、上位寄りの中位攻撃魔法だ。
 上位の魔物相手に止めの一撃として使える、そんな魔法である。
 人間がその拳圧で打ち消せるような威力ではない。
 名の通った武人だろうと、普通ならそのまま押し潰される。

 呆気に取られている間に、襲撃者は次の行動に移っていた。

 まず、隆起した大地に拳を叩き込み、がらがらと崩していく。
 けっこうな高さがあった上に硬化しているので、降り注ぐ地面はえげつない武器と化す。
 そこから必死で逃げ惑う標的を見下ろしながら、

「炎よ、我が意に従い炎熱の力を与えよ《メルティングヒート》」
      
 降り注ぐ大地全てを、灼熱の溶岩へと変化させた。

「いいいいぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁあっ!?」

 本気の絶叫を上げながら、必死で逃げ惑う。

 先程までは、逃げるのは難しい程度だった。
 全てを避けきれはしないが、かする程度に被害を抑え、その衝撃もある受け流す事は一応可能だったからだ。
 攻撃を最後までしのいでも、十か所程度の打撲で澄んでいただろう。 

 が、全てが溶岩と化した今では無理だ。
 
 受け流しなどしたら、その部分が大火傷を負う。
 しかも回避に専念しようにも、あの超高温のせいで先程より大きめに避けねばならず、
最後までしのげる可能性は皆無に近かった。 
 
 防御魔法を起動させたいところだが、この極限状況でそんな事をする余裕はない。
 試みようとした瞬間、黒焦げになってしまうだろう。

 絶望的な思いを抱えながら、彼女は針の先よりも細い未来を掴む為、全ての神経を回避に向けた。














 溶岩が降り注ぎ終わった大地の横で、息を切らせながら突っ伏している女性がいた。

「ぜえ……ぜぇ……し、しのいだ……生きてるわよ私!」

 生の喜びを噛みしめながら、両手を突き上げる女性。
 生存率一割にも遠かったはずの挑戦を、どうにか乗り越えたのだ。

 が、彼女は忘れていた。
 襲撃者は相変わらず健在であるという事を。

「そうね。正直あれを全部避けきるとは思ってなかったわ」

「……えーっと、ローラ? 私、頑張ったと思うのよね。
あんな死ねと言わんばかりの攻撃の嵐を見事にしのぎきったじゃない?」

 引き攣った表情をどうにか笑顔に変え、女性―――メイベルは、背後の親友を振り返った。
 
「ええ、頑張ったわね。無駄な努力だけど」

「……そこらへん酌量して、ちょーっと軽くならない?」

「最初の切っ掛けの男爵とその私兵団、逃げる途中に山賊団三つ、
ついでに町の警備兵まで何人か差し向けられた報復を多少軽くしたところで、
普通に考えて死刑は覆らないと思うのだけど?」

 白いシャツに付着した埃を払い落しながら、冷たい言葉を返す。
 表情は無いが、その声には怒気が滲み出ている。

「ん~……男爵の持ってた剣とか、山賊たちが持ってた宝石とか、良い収獲はあったでしょ?」

 悪戯っぽく、微笑む。

 差し向けたのは事実だが、その相手は全てローラにとって益になるはずの相手でもあった。
 息子を誑かしたと怒り狂う男爵が携えていた剣は、希少金属を使った名剣。
 山賊団の頭領達が持っていた宝石は、どれもなかなか見られない大粒の物。
 
 ローラにとっての労力を考えれば、それも減刑材料になるはずだった。 

「……そうね。誰かさんのおかげで有意義な収穫が得られたのは事実だわ。
その分は軽くするべきでしょうね」

 ふ、と息を吐き拳を下ろす。
 その様子にメイベルが安堵の息を吐いた瞬間、彼女の右腕が捻り上げられた。

「あだだだだだっ!? ちょ、折れる折れる折れる!?
てか千切れる、千切れるからぁっ!?」

「――――まあ、そこで倒れてるレザリアの溜飲が下がる程度にしてあげるわ」

 地面に這いつくばりプスプスと煙を上げながらも、実姉をボコれとサインを送る妹分の要望に応えるべく、
ローラはメイベルの処罰を開始した。
 
  
 
    
 番外編122



 

 とある朝、雫は鼻歌など歌いながら朝食の準備をしていた。

 準備する物は大体決まっている。
 昼以降は色々と節操が無くなるが、朝食はお定まりのメニューが多い。
 ルミナスやシリルなど客人がいる時は彼女らの要望に合わせるが、
屋敷に主従三人しかいない時は自然とそうなってしまうのだ。
 
 まず、熱々の炊き立て御飯。

 屋敷に備蓄されている最高の米を、美味しい水を使って朝食時間ピッタリに合わせて炊き上げる。
 単純極まりない品だが、炊き立ての米が持つ輝くような白さはうっとりする程綺麗だし、
もちもちとした食感が噛む事で悦楽を与えてくれ、更に噛めば噛むほど甘味が増していくと非の打ちどころがない。
 また、各々の御飯茶碗の底に入れておくおこげの食感と香ばしさも捨てがたいものがある。

 次に、味噌汁。

 海人の用意した出汁を使い、具材を入れて、極上の味噌を溶く。
 やはりシンプルな料理だが、さっぱりとしつつも強い芯を持つその味は、
何時間も牛肉や骨などを煮込んで作ったスープの味に勝るとも劣らない。
 更には具材も多種多様な物を入れる事が出来、定番の豆腐と油揚げなどは勿論、
季節の野菜を入れても美味しくいただける。
 なにより、炊き立ての米に最も合う汁物だというのが大きい。
 姉には怒られるが、御飯の上にじゃぶじゃぶかけて食べるのも最高に美味いのだ。
 
 そして、焼き魚。

 作り置きしてある自家製の干物、或いは裏の川で獲ってきた新鮮な川魚などを焼き上げた物だ。
 塩焼きにして醤油を添えるのが基本だが、時としてそこに山葵も添える。
 脂が程良く乗った魚を汁気たっぷりに焼き上げ、醤油をちょいとつけて御飯に乗せて食べると、堪えられない旨味だ。
 時々山葵を摘まみながら食べると、あの辛みと香りが味に変化を加え、更に口直しもしてくれるので、
ついつい追加で魚を焼いてしまう。  

 最後に、冷蔵庫に常備されている各種漬物だ。

 これは作る必要すらなくただ取り出すだけなのだが――――絶品だ。
 
 どれも塩気と酸味のバランスが見事で、米と一緒に食べても合間の口直しに食べてもいける。
 海人の世界で有名な料理店で使われていた物だそうだが、あんな絶品の漬物はヒノクニでもそうそうないはずだ。
 この大陸に住んでいた期間の方が長い自分だけでなく、姉も言っていたので間違いないだろう。 

 これらに日毎の気分でほうれん草のお浸しなどの皿を加えて、朝食は完成する。
 そして、食後にはこれまたその日の気分で和菓子なりフルーツなり、デザートも用意するのだ。
  
「ホント、豊かな生活になったもんだよねぇ……」

 魚を皿に移しながら、しみじみと呟く。

 ここに雇われるまでの生活は、本気で酷かった。
 仕事を引き受けても報酬が得られない事は日常茶飯事。
 ある時は姉の御人好しで、またある時は依頼主の家が主諸共火事で全焼して報酬無し、
またある時は受け取った直後に荷物を魔物に齧られて、そこにあった財布があっという間に消化された。
 その為主食は狩った魔物などを調理した物で、酷いと香辛料どころか塩すらない有様。
 あまりの不運に思わず流れた涙を肉の切り身にこすり付け、それで得た僅かな塩味に嬉し涙を流した事もある。
 
 寝床も、基本は野外。
 宿泊費なんて贅沢な物が手元にある事はそう多くなかったのだ。
 冬場になると厚い毛皮のある魔物を狩り、それで暖を取るのが常だった。

 そして衣服は、家を出た時に持っていた服の使い回しだ。
 頑丈で動きやすい衣服なので長持ちしていたが、徐々に数は減っていった。
 ある時は魔物の爪に裂かれ、ある時は魔物の炎に焼かれ、ある時は姉の洗濯という名の破壊活動によって、
母に作ってもらった服はその姿を消していったのだ。
  
 それに比べて、今はどうか。

 衣食住完備。
 これだけでも、望外の幸福だ。
 残り少ない服をいかに長く持ち堪えさせるか、魔物の皮で服を自作出来ないかと頭を悩ませる必要がない。
 周囲に毒持ちの魔物しかいないからといって、肉体強化で毒を無効化しながら不味い肉を食べる必要もない。
 冬場に温かそうな穴に潜り込んで、その先で熊を殴り倒す必要もない。
 ついこの間まで、自分達にとっては夢物語でしかなかった話だ。
 
 装備の支給。
 これも仕事上必要とはいえ、嬉しい事この上ない。
 戦闘で主武器が折られる事を必要以上に恐れる必要はなく、飛び道具も気兼ねなく使える。
 赤字の可能性に怯えながら仕事をする必要がないのだ。

 それら全てのグレードが考えうる最高峰とくれば、もはや天にも昇る心地だ。
 綺麗で頑丈で好きなデザインの服を好きなだけ着れて、他所では食べる事すら叶わぬ美味に舌鼓を打ち、
良い作りの個室で柔らかいベッドで温かい布団にくるまってぐーすか寝られる。
 そして仕事は最高級の装備品で、金銭的な問題は考える必要なく、実力を最大限発揮すればいい。

 これでお給料までそこそこの金額をいただけているのだから、どれだけ天国な職場だろうと思う。

(しかも、地下でやるゲームなんてここ以外じゃ絶対にないしっ!
海人さんの世界じゃ一般的な物だったって言うけど、どんだけ娯楽に溢れた世界なんだろうねぇ……)

 まだ碌に知らぬ異世界に思いを馳せ、ほぅ、と息を吐く。

 地下で海人がやらせてくれるゲームは、どれもこれも素晴らしい。
 派手で綺麗な画面、ついついのめり込んでしまう中毒性、物によっては魅力的な物語まで付いている。
 本を読んで想像を楽しむといった娯楽の、超発展系とも言うべき遊びだ。 
 
 あれが一般的というのなら、海人のいた世界はどれほど楽しい遊びに満ち溢れていたのだろうかと思ってしまう。

(そーいや、まだまだやってないのあるけど、いずれソフトはなくなるよね。
となると、海人さんにおねだりして新しいのを作ってもらう……うーん)

 漆塗りのプレートの上に皿を乗せながら、頭を悩ませる。

 海人が用意したソフトはまだまだ残っているが、いずれは尽きるだろう。
 その時一度やったソフトをやり直して満足出来るかと言われれば、答えは否。
 新しい物がやりたくてたまらなくなるのが目に見えている。

 が、海人に作ってもらうというのは流石に気が引けた。  

 本人は平然としているが、あれで忙しい身の上だ。
 頼めば刹那が止めても二つ返事で引き受けてくれそうだが、やはり好ましい話ではない。
 
 それでも新しいソフトは絶対に欲しくなる。
 最悪、禁断症状が出かねない程に。

 となれば、選べる道は唯一つ。

「……海人さんに習って、あたしがゲームを作る、かな。
基礎覚えるのは時間かかるだろうけど、そこを越えれば大丈夫だろうし。
あっちの知識だから教えてもらえるかは微妙だけど、
受け入れてもらえれば海人さんなんだかんだで教えるの好きみたいだし……うん、試す価値はある!」

 全ての料理を並べ終えると、雫は名案とばかりに手を叩いた。

 善は急げとばかりに全てのプレートを配膳台に乗せ、厨房を後にする。
 朝食を食べながら海人にお願いしてみよう、そう考えて。
 
 結果から言えば、このお願いは受け入れられる。
 雫は思わず海人に抱きついてしまう程、喜んだ。
 彼が妙に居心地悪げにしている事には気付かず。

 ―――――そして朝食後、雫は現実を知る事となる。

 雫が求めるレベルのソフトを一つ作るのにどれほどの知識と技術が必要になるのか、
海人謹製の製作ツールを使って尚多大な労力を要するその凄まじさを。
 仮に作れるようになったとしても、雫ではどう考えても遊ぶ時間より作成時間の方が圧倒的に長くなることを。

 なにより、そんな物を研究の片手間で作ってしまえるという自分の主。
 その化物ぶりを、雫は骨の髄まで思い知らされることとなるのだった。   



  
 番外編123




 
 レザリア・ハーロックは、澄み渡った空を見上げながら、その美しさに見惚れていた。

 どこまでも広がっていそうな、雄大な蒼。
 所々散らばる純白の雲が良いアクセントとなり、それを際立たせている。
 見上げる、ただそれだけで心の中に爽やかな風を生み出してくれる、愛すべき風景だ。

 ふと、視界に鳥の群れが現れた。

 伸び伸びと自由に美しい空を飛びまわる彼らに、少しばかり羨望を抱く。
 飛翔魔法を使えば自分も飛び回れるが、自前の翼がなく魔力で飛ぶ他ない自分では、
毎日楽しく好きなように飛び回るというわけにはいかない。
  
 せめて一時でも仲間に入れてもらおうか、そんな事を思い飛翔魔法で浮いた瞬間、

「こらこら、逃げるんじゃないの」 

 そんな声と共にぐわしっ、と足首を掴まれて地面に引き摺り戻された。

「逃げるんじゃないよ! お空で楽しそうな鳥さん達の仲間に入れてもらうだけだよ!
あたしは鳥さん達の仲間になるのぉぉぉっ!」

 足首を掴む姉―――メイベルの手を必死で振りほどこうとするも、効果がない。

 振りほどく事自体はあっさり出来るのだが、次の瞬間には掴み直されているのだ。
 振りほどいた手を蹴り飛ばして隙を作っても、今度は逆の手で掴まれてしまう。
 残っている足で顎を蹴り飛ばしてやろうとするが、それも軽く避けられてしまう始末。

 せめてもの抵抗と恨めし気に睨むが、それも軽く流された。  

「はいはい、後で遊んであげるから今は後片づけ手伝ってってば。
さっさと証拠隠滅しないと、また追われるかもしれないじゃない」

 仕方ない子ね、と言わんばかりに肩を竦め、周囲に転がっているものを目で示す。

 そこにあるのは、数体の死骸。
 どれもそこそこ値の張りそうな装備品を身につけており、武器を握り慣れたごつい手をしていた。
 各々が身にまとった武具のどこかに必ず共通の紋章が刻まれており、いわゆる野盗とは違う事が一目で分かる。

「そもそも追われるような事しないでって何回言ったよ!?
あたしは逃げ回んなきゃいけないような事ほとんどしてないのにどーしてこーなんの!?」

 いつもと変わらずお気楽な姉を、思いっきり怒鳴りつける。

 清廉潔白には程遠いながら、自分は密やかに生きているはずだ。
 近くで揉め事が起きればこそこそとその場を離れ、町で男に口説かれればそつなく断り、
しつこい男に追いかけられても上手く撒く。
 普通なら、こんな生き方で揉め事に巻き込まれる事などそうそうないだろう。 
 
 にもかかわらず、毎回笑顔で特大級の揉め事を運んでくる馬鹿がいる。
 貴族の子息に色目を使って誑かしたり、町の顔役の男を誑し込んだり、
町の冒険者の大半を色香で夢中にさせたりして遊ぶ馬鹿姉が。
 
 おかげで、公権力に追われた回数だけでも遠からず三桁に突入しかねない勢いだ。
  
「そこはそれ、罪な女を姉に持った不運を嘆きなさい」

「このクソ姉、いっぺんぶっ倒して被害者に差し出してやりたい……!」

「はいはい。ほら、さっさと火炎魔法を……? あちゃー……動きが早かったわね」

 ガシガシと頭を掻きながら、北の方へ顔を向ける。
 すると程なくして、馬に跨った騎士達が数人やってきた。
 
「こ、これは……!? 貴様らの仕業か!?」

「はあ……仮にそうだとしても、非があるのはそちらよ?
私はクレイグ君と時々お茶してただけなのに、毒婦呼ばわりして殺しに来たのは貴方達なんだから。
話し合いをしようともせず、問答無用で罪のない女を殺すのがこの国の騎士様なのかしら?」

 肩を竦め、目の前の騎士達に問いかける。

 今回メイベルがやった事は、この地を治める伯爵の長男と御茶をしただけだ。
 それも見聞を広める為と町にやって来ていた彼に声を掛けられたからで、
メイベルから声を掛けたわけではない。
 その後彼が町に来るたび御茶に付き合ったが、全て彼からの申し出を受けただけで、
メイベルは受け身の姿勢を貫いていた。
  
 にもかかわらず、伯爵は可愛い息子を誑かす毒婦を始末しろ、
と明らかに過剰戦力な数の刺客を送り込んできたのである。

 常識的に考えれば、メイベルに非はない。
 
 実際は町にやってきた彼の目に留まるよう工夫を凝らし、
話術で不自然でない程度に心地良い気分にさせて次も会いたくなるよう促し、
どんどんのめり込むよう仕向けていたのだが、この場でそれを知るのはメイベル本人と、
彼女の性格をよく知るレザリアのみ。 

 どのみち、目の前の騎士に責められる謂れはない。

「黙れっ! クレイグ様は将来この地を治める御方!
貴様如き下賤の女が気軽に話をしていい御方ではない!
それだけで万死に値する大罪だ!」

「あら、それなら断れば良かったのかしら?」

「クレイグ様の誘いを断るなぞ許されるはずがなかろうがっ! 万死に値する!」

「それじゃ、彼に声を掛けられた段階で殺されるのが決まるのねぇ……酷い話」

「口の減らぬ……もはや問答無用! 地獄の底で己が罪を悔いるがいい!」

 男がそう言って槍を構えた瞬間、背後の男達も一斉に武器を構えた。


 
 
 






 十分後、レザリアはパンパンと軽く手を叩いていた。

「まったく、毎度毎度姉さんはどーして懲りないかなぁ?」

「そう言わないでよ。大した相手じゃなかったんだし」

 鼻息荒く怒る妹を、苦笑しながら宥める。
 
 巻き込んだのは悪かったが、大した相手ではなかったのも事実だ。
 完全武装でやって来ていた為防御は堅かったが、それしか褒めるべき点がなかった。
 攻撃はこちらに掠りもせず、速度であっさり翻弄され、防御も多少堅い程度。
 せいぜい実戦訓練に都合の良い実験台程度でしかなかったのだ。
  
「そりゃそーだけど、武器使ってりゃ間違い起こる可能性もあるんだから」

「ぎ、ぎざまら……こんな事をして、タダで済むと思っで…………」

 顔がボコボコに腫れ上がった男が、大量の血を流しながら呻く。
 
 けして、負け惜しみではなかった。
 自分達があの毒婦を成敗しに来たのは、主たる伯爵の命令。
 非公式の命ではあるが、自分達がこのまま帰らなければ伯爵が動く。
 それもおそらく、今日の比ではない数の戦力を揃えて。 
 化物じみた強さだが、たかが二人の女でその超戦力から逃げ切れるはずがない。

 が、メイベルはつまらなそうな顔でそれを切って捨てた。  

「思ってるわよ。どのみち貴方達、もう終わりだもの」

「何、だと……? ぐふっ……」

 疑問を顔に浮かべたまま、男は息絶えた。
 それに一瞥もくれる事無く、レザリアは首を傾げた。
 
「もう終わり……?」

「そ、もう終わり。この場に来ようがなんだろうがね」

「あー、そういう事かぁ……」

 レザリアがぼやき、天を仰ぐ。
 しばらくそうしていると、大きな袋三つ背負った女性が現れた。

「……待たせたわね。用事は終わったわ、ありがとう」

 女性――――ローラは、淡々と語るとメイベルに宝石を一つ手渡す。

「そ、良かったわ。渡した情報は役に立ったかしら?」

「ええ、おかげで目的の物はすぐに見つかったわ。流石の手管ね」

「ありがとう。他には収穫あったかしら?」

「さして大きい物はないわね。町で噂になっていた悪事の証拠書類ぐらいかしら。
首謀者の伯爵だけじゃなく、加担した騎士や使用人も全員始末してきたからあまり意味はないけど、
使い方次第では私達に調べが及ぶ可能性をさらに減らせるはずよ。
随分手広く色々な所と結びついてやっていたようだから」
 
 答えながら、荷物の一つから束になった書類を取り出す。
 この地の伯爵であった男が行った、悪事の証拠書類の一部を。 
 
「はあ……あたしに一言ぐらいあっても良かったんじゃないですか?」

「私は今回巻き込むつもりはなかったのよ。でも、巻き込まれたなら丁度良いわね。
これ、お願いするわ」

 荷物を二つ、レザリアに差し出す。
 当たり前のように差し出された物を見て、彼女の頬が引き攣った。 

「……えっと、あたしにやれと?」

「貴女なら、変装すればやりようはいくらでもあるでしょう?」

「そりゃそうですけどね……あーもう、分かりましたよ!
行ってくりゃいいんでしょ行ってくりゃ!」

 ぷんすか怒りながら、レザリアは荷物を背負った。

 ここで反論するのは容易だが、どうせ断る事は出来ない。
 これまで幾つも借りを作ってしまっているので、それを持ち出されたら終わりなのだ。
 ならば、素直に従っておくのが得策である。

 帰ってきたら菓子の一つぐらい作ってはくれるだろうし、
そんな事を思いながら踵を返した時、
 
「ありがとう。帰ってきたら、プラチナアップルのパイを焼いてあげるわ」

「へ……? ただのリンゴじゃなくて、プラチナアップル!?」

 ギュイン、と振り向き、確認する。

 プラチナアップルは、酸味と甘みのバランスが奇跡的とも言われるリンゴだ。
 生で食べても美味いが、一番美味い食べ方はアップルパイだと言われている。
 焼く事で増した蕩ける様な甘味と適度な酸味が、パイ生地に良く合うと評判なのだ。

 が、プラチナアップルはかなり希少なリンゴだ。

 歴史上これまで多くの植樹が試みられたが、プラチナアップルは非常に限られた地域にしか根付かなかった。
 その為生産数が限られており、その多くは上流階級に独占され市場に出回る事が少ない。
 稀に一般市場に出ると、とてもリンゴとは思えない価格がつく程だ。
 
 レザリアも食べた事は無いのだが、噂に聞くその美味を一度味わってみたいと常々思っていたのだ。
  
「ええ。あの伯爵の屋敷にあったから、ついでに貰って来たのよ。
見たところ、食べ頃になるまであと一週間ぐらいだから、帰ってくる頃には十分間に合うはずよ」

「了解! レザリア・ハーロック、直ちに書類を最適に処理して参ります!」

 ビシッと敬礼して、レザリアは荷物を抱えて駆け出していった。
 帰ってきたら待っているであろう素晴らしい甘味への期待に、胸を躍らせながら。

 


 番外編124





 メイベルは、屋敷に帰還するなり厨房に訪れていた。

 多くの人間が、忙しなく働いている。
 ある者は下拵え、ある者は今日予定されている調理工程の再確認、
またある者は届いたばかりの素材を厳重にチェックしている。
 全員が屋敷の主であるシェリスに、そして今日の来客に最高の料理を興じる為準備に余念がなく、
その総監督である料理長―――スカーレットは、厳しい表情で矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。

 知らぬ者が見ればただ部下に細かい命令を下しているだけに見えるかもしれないが、
実のところ彼女の脳はこの厨房でもっとも働いている。

 今日の来客の好みとシェリスの好みの摺合せ、
その上で客の体調に合わせて臨機応変に対応できるよう様々なパターンのコースを考え、
それでいてただ慣れ親しんだ味ではなく新鮮な驚きを提供出来る料理を考えているのだ。

 フォルン公爵家の名に恥じぬ、ではなく、その名を更に高める料理。
 主に期待されるそれに何としても応える為に。 
 
 そんな彼女の集中を乱しかねない物を、メイベルは運んできた。
  
「料理長、カイト様からカレー貰って来たけどどこ置けばいいかしら?」

「悪い! 今忙しいからそこ置いとい……って、カレーっつったかい!?」

 素っ頓狂な料理長の声に、厨房の人間の視線が一斉にメイベルに集中した。

 海人製のカレー、それはある意味この厨房において鬼門である。

 才に恵まれ、師に恵まれ、環境にも恵まれ、若くして一流と呼ぶ他ない腕を持った料理長。
 そんな彼女の補佐をしながら指導を受け、時として代理すら務める副料理長。
 そしてそんな二人の手足となれるだけの腕を持った部下達。
 
 ――――その総力を結集して尚再現の糸口さえ見つけられなかった美味。
    
 気高く優雅で気品に満ちながらも野太い力強さを持つ味。
 頬張った途端、興奮と恍惚に蕩けそうになる香り。
 何よりも一度食べたら皿が空になるまで止まらない中毒性。
 個性が強すぎる味ゆえにコースに組み込む事は難しいが、
それでもなんとか組み込んでみたい、そう思わざるを得ない味。

 かつて再現できなかったが、それゆえにもう一度味を確かめてみたかった一品。 
 それが今、メイベルの前にある寸胴にあるという。

「よし、早速こっちに……いや駄目だ! 今そいつを味見したら献立が狂いかねない!
悪いけど今日の夕食後まであんたの部屋で預かっといとくれ!」

「流石に真面目ね。分かった。でも、ちょっと減るかもしれないわよ?」

「……そりゃ仕方ないさね。さ、すまないけど早く持ってっとくれ。
あんまり長く目の前にあると、流石に好奇心を抑えきる自信がない」

「はいはいっと。じゃ、御仕事頑張ってね~」

 ひらひらと手を振りながら、メイベルは寸胴を抱えて去っていった。
 









 数分後、メイベルはシェリスの執務室を訪れていた。

「シェリス様、ただいま帰還しました」

「おかえりなさい。レザリアが怒り狂ってたわよ?」

「予想済みだから問題ないわね。何があろうとあの子が姉の偉大さを思い知るだけよ」

「はあ……まあいいけど。それで、何か収穫はあったの?」

「うーん、私個人の収穫はほぼないわね。カイト様がとことん手強いっていうのを再認識したぐらいかしら」

「でしょうね。それで、ローラの方は?」

「そっちは大収穫ね。とりあえず、これシェリス様に見せるようにって預かってきたわ」

 メイベルはそう言って、懐から綿に包んだお土産を取り出した。
 そして、思わせぶりにシェリスに手渡す。 

「あら、なにかしら? 随分小さい……け……ど?」

 綿を取り払ったシェリスは、中身を見て絶句した。

 中にあったのは、彫刻。
 可愛らしい、三匹の子猫だ。
 題材としてはさして珍しい物ではない。

 が、その品質はシェリスをして驚嘆する他なかった。

 木彫りの子猫達に本当に毛が生えているかのような、精緻な彫り込み。
 一匹一匹まるで異なる、それでいて間違いなく可愛らしい表情や仕草。
 一つの木材から削り出されているようだというのに、
不自然さを何ら感じずどの角度から見ても非の打ち所のない全体の造形。

 これだけでも素晴らしいが、それに止めを刺すのが彫刻のサイズだ。
 
 なんと、シェリスが手を握るだけですっぽり隠れてしまう大きさ。
 しかも適度に磨かれているらしく、手触りも心地良いときている。

 芸術品、そういって何ら差し支えない逸品だ。 
 
「……凄いわね。ローラ、どこで手に入れたのかしら」

「は……? 何言ってるの、シェリス様? カイト様から以外ありえないじゃない」

 未熟ではあれど愚かではないはずの主の寝惚けた発言に、メイベルが思わず問い返す。

 先程はローラの成果を問われて彫刻を出した。
 それだけなら分からぬ発言でもないが、彼女が現在いるのは海人の屋敷だ。
 そして休暇がてら彼の芸を探る事を明言しており、それをシェリスはその場で聞いている。
    
 となれば普通に考えて海人の芸の一環である事は明白であり、他の答えなどあろうはずがない。
 日頃忙しすぎて頭が限界を迎えたのだろうか、などと思っていると、

「ふふ……やぁねぇ、メイベル。それこそありえるはずないじゃない。
カイトさん、もう隠してる芸はないって言ったのよ? 少なくともそのつもりは全くないって。
こんなとんでもなく高度な芸を隠してるだなんて―――――そんな事あるはずがないでしょう?」

 澄んだ、どこまでも澄んだ微笑みで、シェリスが答えた。
 その笑顔はなんとも美しいのだが、どこか危ういものが滲んでいる。
 
(……目がイっちゃってるわね~) 

 主の様子に、そんな半ば現実逃避気味の感想を抱く。

 言葉はともかく、シェリスの頭脳が自らの発言を信じていない事は明白だった。
 唇の端が徐々に引き攣り始めているし、目には殺意も滲んでいる。
 なにより、先程からシェリスの左手が固く握りしめられすぎてぶるぶる震えている。
 彫刻は早急に机の上に置いたあたり冷静さは残っているようだが、長く続くかは微妙だ。 
 
 とりあえず、メイベルは更なる情報を提示する事にした。

「間違いなくカイト様の芸よ。ローラがそう言っていたし、目の前で別の彫刻を彫り上げるのも見せてもらったもの。
とんでもなく短時間で彫り上げたのに、かなりの高品質だったわよ」

「――――そう、またしてもカイトさんは私を欺いたのね」

 完全に据わった眼差しで、海人の屋敷の方角を睨むシェリス。
 その背にはどこまで出し惜しみすれば気が済むあの野郎、と言わんばかりの気迫が漂っている。

「はいはい、少し冷静になりなさいシェリス様。
カイト様の性格からして欺いたんじゃなくて忘れてただけでしょ?
あの方、芸術好きってわけでもないようだし」

「分かってるわ。ええ、分かってるわよ……あの超絶規格外が無自覚なだけだった事なんて、ねぇ」

 ギリギリギリ、と歯を鳴らしながら無理矢理に笑顔を浮かべるシェリス。

 分かってはいるのだ。
 海人は性悪だが、あまり嘘は吐かない。
 ついでに言えばシェリスには何だかんだで譲歩してくれる事が多く、
譲れぬ事柄以外ではむしろ積極的に協力の姿勢を見せてくれている。
 悪意あってやった事ではない、それは重々承知である。 

「分かってるなら宝石に手を伸ばすのやめなさいね?
今あそこに突撃してもローラにぶっ飛ばされるだけなんだから、ね?」

 諭しながら、机の引き出しを開けたシェリスの手を掴んで止める。 

 そこにあるのは、有事の為に魔力を溜めてある宝石。
 屋敷に襲撃をかけられた時や、魔力が消耗している時に戦いに赴かねばならなくなった時、
あるいは考えうる全力で臨まねばならない戦闘の為などに準備しているものだ。  

「あらやだ。この程度で自制できなくなるなんて、我ながらまだ未熟ね」

「そう言いながら投げナイフに手を伸ばさないの」

 別の引き出しを開けたシェリスの手をぺしっと叩いて止める。
 
「……駄目ね、私は。この調子では公爵令嬢なんてとても恥ずかしくて名乗れないわ」

「言ってる事とやってる事、いい加減一致させましょうね?」

 全力戦闘用の衣服が入っているクローゼットに向かうシェリスの足を払い、取り押さえる。
 この調子では、本当に後先考えずに海人の屋敷に突っ込んでいきかねない。

 仕方なく、メイベルは切り札を切る事にした。

「カイト様からカレーを貰って来たんだけど、少し食べる?」

「カレーですって!?」

「そうよ。この間持って帰ったのが皆に好評だったって話したら、折角だから持っていけって用意してくれたのよ。
でも、彼に危害を加えようとする人間に食べさせるのは、ねぇ?」

「………」

 メイベルの言葉に、シェリスは無言で深呼吸を始めた。
 それを十数回程繰り返して気持ちを落ち着けた後、止めとばかりに頭を床に打ち付ける。

「よし、落ち着いたわ。カレーはどこかしら?」

「とりあえず私の部屋に運び込んであるわ。さ、行きましょ」

 まだ荒んだ目をしてはいるもののどうにか自制心を取り戻した主に、メイベルは穏やかに微笑みかけた。 

 



 番外編125





 
 ハロルドは、先日海人から買った絵画を前に唸っていた。

 物は、確実に良い。
 安らかに眠る茶色の犬も、それに群がる元気いっぱいな三匹の猫もなんとも言えない魅力が溢れている。
 能動的な動きをしている猫達は勿論、眠っている犬にも呼吸音が聞こえてきそうな生命感があり、
かつ背景として描かれている庭も鮮やかな緑と程良い花々の色彩が動物達を引きたて、
全体としてなんとも心和ませてくれる出来に仕上がっているのだ。

 問題は、買い取った値段の安さである。

 ハロルドなら百万ルンを超える額で売れる品でありながら、彼は三十万しか受け取ってくれなかった。
 必要経費などを考慮しても五十万は出せる品である、ときちんと説明したにもかかわらず、だ。   
  
「……過去描いた物の複製、それも暇潰しに描いた物と言っても、あの額はのう……」

 ふう、と溜息を吐く。

 確かに、値を下げる理由にはなるだろう。
 一点物と量産物では稀少価値の差で値が違うのだから。
 
 が、暇潰しに描いたというのはハロルドからすれば理由にはならない。

 いかなる事でもそうだが、求められるのは結果だ。  
 数年かけて描いた物でも出来が悪ければ二束三文だし、
暇潰しで描いた物でも物が良ければそれに見合った値が付けられる。
 どの程度の労力を費やしたかなど、所詮描き手側の話で買い手には関係がない。
 手抜きだろうと何だろうと物が良ければそれで良いし、
むしろ早く仕上げられる能力があるならそれは称賛されるべきだろう。

 しかもこの絵の場合、売るならばちゃんと仕上げるべきだ、
と細かい部分の調整を行っており、ハロルドが最初に見た時より質が上がっている。

「まったく……時間をかけただの良い絵具を使っただので高く売ろうとする連中は山のように相手してきたが、
時間がかかってない、普通の絵具しか使ってないと安く売ろうとする相手なぞ初めてじゃ」

 どっかりと椅子に腰かけながら、天井を見上げる。

 一応、これまでも安い値で売ろうとした画家が今までいなかったわけではない。
 己の絵のレベルに自覚がない新人画家や、質に自負はあってもそれまで安く買い叩かれすぎて低い額を提示した者達はいた。
 そういった者にハロルドが信じる適正額を提示し、飛びあがって喜ばれた事は一度や二度ではない。

 が、ハロルドが提示した額から下げようとした人間は流石に初めてだ。

 普通ならば、人間売る時は高く売りたいものである。
 仕入れ先のその欲求を適度に満たしつつ、販売先にも満足してもらうのが商人というものだ。
 そのバランスを取りつつ自分の利益をきっちり確保する事こそ、商人の腕の見せ所。

 その当たり前の思考が、通じない。
 困ったものだった。

「金の大切さが分かっとらんのであれば、説教で考えを改めさせる事も出来るんじゃろうがなぁ……」

 金など大した価値はない、と言わんばかり海人の態度だが、
実のところ彼は金の重要性を良く知っているようだった。

 護衛二人を養うにも金がかかるし、生活するにも金がかかる。
 病にかかって高価な治療薬が必要になる事もあるだろうし、
老いてまともに動けなくなった場合を想定すればやはり金が必要になるだろう。
 さらに言えば金がない事による不自由よりは、金がある事による不自由の方が圧倒的にマシだろうとも言っていた。

 その上で、彼は絵を安く売ると言ったのだ。

 現在は他の仕事で将来を見越しても十分な収入があり、早急に金が必要なわけではない。
 ならばあくまでも片手間程度の作業で楽に稼ぐ事を覚えるのは良くないと。
 それこそ粗製濫造に繋がり、やがて自らの堕落を呼んでしまうかもしれない。
 多少金を得られる機会を逃す事よりもそちらの方が恐ろしい、と。
 
 そう言われてしまっては、ハロルドとしても食い下がりにくい。
  
「己の能力に自負があり、実際それで稼げてるからじゃろうな。
シェリス様の所に重用されているというのなら過信ではなかろうし……まったく、付け入る隙がないのう」   

 何日か前に訪れたシェリスの部下を思い出し、ぼやく。

 絵画の販売などに関してとやかく言うつもりはないが、くれぐれも海人の仕事に支障が出ない範囲でと念押しされた。
 シェリスからの伝言という事だったが、伝えに来た人間の表情からして屋敷の人間の総意と捉えて差し支えないだろう。
 間違いでも加減を誤って海人が倒れたら、その瞬間暗殺者に変貌しそうな目だった。

 シェリスに相当頼りにされている事の証明であり、またかなりの収入を持っている証明でもある。
 彼女が優秀な仕事には報酬を惜しむ事などありえないのだから。    

 なので海人の生活面においては全く心配していないのだが、やはり買取額がハロルドの適正額を下回っているのは気分がよろしくない。
 普通の仕入れ先でも引っ掛かりそうだというのに、相手は娘と孫娘の命を救ってくれた大恩人なのだ。

「ま、あんまり考えても仕方ないじゃろうな。
とりあえず売って適正価格との差額を貯めとくかの。
いずれ還元する機会もあるやもしれんし」

 そんな先延ばしともとれる結論を出すと同時に、部屋の入り口がノックされた。

「おじいちゃん、入ってい~い?」

「おお、ファニルか。うむ、入ってきなさい」

「失礼しま~す。おじいちゃん今日の夕食なん……」

 ファニルの言葉が切れ、視線が海人の絵に固定される。

 そして、彼女はそのまま無我夢中で絵の観察を始めた。
 間近まで近寄り、一筆一筆のタッチを確かめるように視線を動かし、
一通り確かめ終えたら今度は距離を離し、部屋中を動き回りながらベストアングルを探し始める。
 余程集中しているらしく、ハロルドが邪魔にならない位置に移動した事にすら気付いていない。

 そんな孫娘の反応に、ハロルドは頬をほころばせた。 
 
「この絵がそんなに気に入ったかの?」
 
「……うん。どの子もすっごい可愛いし、お庭も凄いきれー……おじいちゃん、これいくらで売るの?」

 きらきらと目を輝かせながら、訊ねる。

「額縁付きで百三十万ってとこじゃな」

 視線を逸らしながらも正直に答えたハロルドの前で、ファニルががっくりと崩れ落ちた。

 安いとは思ってなかったが、全く手が届かない。
 大人になって稼げればと思うが、以前聞いた祖父の部下のプライベートの話からするとそれも厳しいものがある。
 思いきって行った高級レストランで支払いが一人五万だったから、しばらく節約しなきゃとか言ってたのだ。
 多くの人を束ね、高い給料を貰っているはずの商会の幹部がである。 
 
 自分が大人になっても、そこまで稼げるとは思えなかった。 

「ほっほ、そう落ち込むでない。
ファニルがちゃ~んと真面目に勉強して知識を身につけていれば、二十歳前に買えるようになるはずじゃ。
それまでは待ってやっても良いぞ」

 項垂れる孫娘の頭を、優しく撫でる。

 気休め、というわけではない。
 将来様々な道を選べるようハロルドや彼の娘夫婦はファニルの教育に力を入れており、その成果はきちんと出ている。
 そして現在特にファニルを後継にするつもりはないが、それでもゲーリッツ商会創業者の孫という立場は色々有利だ。
 能力さえあれば、ちゃんとそれに見合った給料を得られる地位に就けるだろう。
 まだ本人は自覚がないだろうが、順調に進めば将来は明るいのだ。

 たかだか百三十万程度の絵一枚、将来的に買えないという事は無いだろう。 
   
「ザボックおじさんでも難しそうなのに?」

「ザボックは金を貯めるのが趣味のようなもんじゃからな。
あやつが普通の生活しとりゃ、こんぐらいの金額は金貯める必要もなく出せるわい。
で、どうするかの?」

「……頑張る! 一生懸命お勉強して、この絵買うの!」

「よくぞ言った。それでこそ我が孫じゃ」

 むん、と気合を入れる孫娘を優しく見つめる。

 流石に、今のやる気が何年も持続するとは思っていない。
 他に比べればしっかりしているとはいえ、まだまだ移り気な子供だ。
 一枚の絵の為だけに果てなく努力を続けるというのは無理だろう。

 が、それでもいいのだ。

 心の底から何かを欲し、努力をする。それこそが重要なのだ。
 途中で諦めたところでその努力は無にならず、確実に糧となる。 
 そんな積み重ねこそが、明るい未来を切り拓くのだから。

 孫娘の未来を想いながら、ハロルドは穏やかに微笑んだ。

 
コメント

レザリアは相変わらずそんな役回りですね、あとカレー食べたくなってきました。
明日はカレーにします。
[2017/05/01 01:14] URL | 最高にアホ #5J9Mc3vk [ 編集 ]


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