ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄102
 夕食後、刹那と雫は驚愕に打ち震えていた。

 原因は、今しがた口にしたばかりのショートケーキ。
 
 香りは良いが、些か酸味が強すぎるイチゴ。
 ふわりと軽い香りと後味だが、その分濃厚さと甘みに欠けるクリーム。
 甘みと旨みは強いが、香りが弱いスポンジ。

 一つ一つは、正直大した味ではない。
 美味いには美味いが、それだけ。感激する程の味ではない。
 料理上手なローラが作ったとはとても思えない出来だ。

 しかし、それら全てを一緒に食べた時はまるで別物。
 
 イチゴの鮮烈な香りとクリームの香りが程よく混ざった素晴らしい香りが鼻に抜け、
生地とクリームの合わさった甘みとイチゴの酸味が釣り合い、
口に含んでいる間はそのバランスの良い味わいに満たされ続ける。
 そして名残を惜しみながら飲み込むと、ほのかなスポンジの良い香りが追いかけるように現れるのだ。

 全ての材料が互いの足りない要素を補い合い、美味しいケーキに仕上がっている。
 しかもこれに使った材料はかなり安上がりだったので、普通の家庭で毎日作っても懐はさほど痛まない。
 恐るべきコストパフォーマンスを誇る逸品と言える。

 が―――――カナールの菓子店全てを上回るかというと、そうでもない。

 確かに美味いが、その質はカナールの店で出している物と極端な差はない。
 海人達がよく行っている店などと比較しても横並びする質ではあるが、それ止まり。

 ローラにしては珍しい大言、そう思いながら宝蔵院姉妹がコーヒーを飲み、 

『……美味ぁっ!?』

 広い食堂全体に響き渡る声で、叫んだ。
 コーヒーが、異常なほどに美味い。
 口に残ったケーキの味の名残、それがコーヒーの味を引き立てている。 
 思わず再びケーキを口に入れすかさずコーヒーを流し込むと、更なる衝撃を受けた。

 ケーキの甘さ、香り、それら全てがコーヒーの味と絶妙に絡み合う。
 コーヒーの苦味とケーキの甘味は互いに引き立て合いながら混ざり合い、至福の旨味を生み出す。
 イチゴの香りはコーヒーの香ばしい香りで消し飛ぶが、代わりにスポンジとクリームの香りが主張を始め、
コーヒーの香りと混ざり合い、えもいわれぬ蠱惑的な香りへと昇華している。
 
 ごくりと飲み込めば、残るのは味の残響とコーヒーの香ばしさのみ。 
 その儚さが、次の一口へと食べる者の手を誘う。

 結局、瞬く間にショートケーキのホール一つが消えた。
 そして、なんとはなしに次に用意されていたチョコレートケーキに視線が移る。

「少々お待ちください。そのケーキにつきましては、また別のコーヒーを淹れますので」

 そう言ってローラは全員のカップを回収すると、新しいコーヒーを淹れ始めた。
 先程淹れていた時よりも強い香りが、室内に広がっていく。

 結局、最終的に四種のケーキとそれ用のコーヒーが出され、夕食後のデザートは終了した。

「……すっご……良い材料だから良いとは限らないってこういう事かぁ……」

「全て極上の材料ではああいったコーヒーの味にはならない、という事ですね?」

「はい。良い材料はそれだけ食べても成立する程に美味しい物が多いですが、
それで料理を作るとなるとその質の良さが裏目に出る事がございます。
逆に質が落ちる材料でも、上手く使いこなせれば美味しく仕上げる事が可能です。
料理において最重要なのはあくまでも最終的なバランス、という事です」

 感心しきっている姉妹の言葉を、淡々と肯定する。

 全ての材料を一番良い物で揃える。
 それ自体は悪くないし、心がけとしては推奨される事だ。
 
 しかし、良い素材というのは往々にして主張が強い。
 その主張の強さを御しきり、ケーキとしてのバランスを維持するにはかなりの腕と工夫が必要となる。
 それが不足しているなら、いっそ多少質の落ちる材料で揃えた方が美味しくできるのだ。

 加えて言えば、最高の素材だけで上手くバランスを整え美味しいケーキが出来ても、それが良いとは限らない。

 無論ケーキ単独で食べるなら、そちらの方が美味しくなるだろう。
 主張の強さは食べ飽き易さにもつながるが、1カットでも食べる者に十分な満足を与えられる物とも言える。

 が、主眼をコーヒーを引き立てる事に置くとなれば話は別だ。

 良い材料を使ったケーキは、その分主張も非常に強くなる。
 コーヒーはそれを受け止める強さのある飲料だが、それでも印象の低下は避けられない。
 今淹れたような軽いタイプの味わいのコーヒーであれば、余計に。

 つまるところ、良い料理に求められるのは最終的なバランス。
 その食材に必要な要素は目指すべき味を構築出来る事であり、極上品である事ではない。
 質の良さにばかり囚われては、かえって良い料理を作れなくなる事もある。

 ――――これらは全て、ローラが亡き母から教わった事。

 小遣いを前借してまで揃えた良い材料の大半を放置し、母のショートケーキを参考にケーキを作った時の思い出。
 出された課題の答えに及第点をもらいつつも、腕さえあれば良い材料でも美味しくできると実践して見せられた苦々しい記憶。
 日頃作らないのはコーヒーを一番美味しくしたいからよ、と頭を撫でられた屈辱と幸福の記憶。   
  
 その懐かしさに数瞬浸っていると、

「ふむ……流石に食いすぎたが、それが悔いにならんほどに美味かったな」

「ありがとうございます。コーヒーのおかわりはいかがいたしましょう?」   

「いただこう」

 ローラの申し出に、海人はすかさず頷く。
 テキパキとローラの手が動き、次のコーヒーを淹れ始め、程なくして出来上がった。

「……なるほど、抽出時間を少しだけ長くしたか」

「クリームなどがもたれたのであれば、その方がよろしいかと思いまして」

「ああ。これぐらいで丁度いい」

 クリームの名残が綺麗に消えていくのを感じながら、海人は濃いめに淹れられたコーヒーを楽しむ。
 それを横目に、ローラは宝蔵院姉妹に話を向けた。

「よろしければ、御二人もいかがですか?」

『お願いします』

 二人が揃って答えると、ローラは軽く頷いて再びコーヒーを淹れ始めた。
 海人と違って特に問題はなさそうなので、そのまま飲んでただ美味しい一杯を。 
 二人の好みに合わせた淹れ具合で。
 
 丁寧に淹れられたコーヒーを堪能し、雫がはふぅ、と息を吐く。

「しかし、コーヒーってこんなに美味しい物だったんですねぇ……」

「その感想も、無理はありません。この味はカイト様が御用意してくださった豆の品質あってこそ。
良い豆でも淹れ方が悪ければ不味く、そして質が悪い豆ではどう淹れても不味くなるのがコーヒーですから。
それに良い豆が手に入ったとしても美味しく淹れるには練習が必要なので、この大陸では美味しいコーヒーは本当に希少です」

「そういえば、なぜローラ殿はこれほどのコーヒーを?
ローラ殿はこの大陸の出身ではないのですか?」

 刹那が、素朴な疑問を口にした。

 ローラの言葉を信じるなら、美味いコーヒーを淹れられるようになるには良い豆で練習を重ねる必要がある。
 しかしこの大陸では滅多に良い豆が出回らないという事は、練習の機会自体少ないという事だ。
 いかなローラといえど、それで腕を上げられるとは思えない。 
 
 となると、ローラの出身はこの大陸ではないと考えるのが自然だった。

「いえ、私の生まれはこの大陸ですが、故郷の近隣で良質なコーヒーを栽培していましたので。
もっとも、今は誰もいなくなってただの荒地になっていますが」

「なるほど、それで馴染みがあるのか……ん? となるとコーヒーの実も食べた事があるか?」

「はい。昔は頃合に熟した物をよく食べておりまし――――まさか、実も?」

「苗木が作れるんだから不思議はなかろう? 作ろうか?」

「是非お願いいたします」

 海人の言葉に、ローラは即座に反応した。
 彼女にしては珍しく、感情的な態度だ。 

「コーヒーの実、ですか?」

「ああ。ちと食べにくいし、熟成状態で大きく味が変わるが結構美味いぞ」

 刹那の問いに答えながら、海人は創造魔法を使った。
 
 程なくして彼の手元に四つのガラスの器に入ったコーヒーの実が現れる。
 実は色鮮やかな赤に熟しており、見る者が見れば一番の食べ頃と断言する物だった。
 
「へえ~これがコーヒーの実かぁ……むぐむぐ……コーヒーの味からは想像できない味ですね。
ちょっとクセになりそう」

「そうだな。それにこう、歯でこそげるのも少し楽しい」

 宝蔵院姉妹が、笑顔で感想を述べる。

 初めて食べるコーヒーの実は甘味と酸味が頃合に釣り合った、なかなかの味。
 果肉が少ないためやや食べにくいが、それがまた妙に楽しい。
 絶賛する程の味ではないが、美味しい物ではあった。  

「こういう味もたまには悪くなか……どうかしたか?」

 刹那と雫の反応に微笑んでいた海人が、ローラに怪訝そうな目を向けた。

 一見すると、普段通りのローラ。
 目を閉じじっくりと味わってはいるが、不自然なところは何もない。
 一粒一粒ゆっくりと味わっている姿は、普段よりも優雅とさえ言える。

 が、海人の観察眼だけでは異変を捉えていた。
 ほんの少し、そうほんの少しだけローラの睫毛が常にない震え方をしている事に。

「いえ、なんでもございません。
随分久しぶりに食べる物なので、ついついじっくり味わってしまっただけです」

「……そうか。ならいい。もし他にも食べたい物があれば言うだけ言ってくれ。
作れずがっかりさせてしまう可能性もあるが、今みたいに作れる可能性もあるからな」

「承知いたしました。ありがとうございます」

   

  



















 気付くと、ローラは茂みに身を隠しながら周囲を窺っていた。
 足音を消し、衣擦れの音を消し、こそこそと動き回る。
 数日前から狙いをつけていた物を手に入れる為に。

 その為の障害らしい障害はただ一つだが、これが厄介だ。

 先程から視界の端に時折現れる、年のいった禿頭の偉丈夫。
 ローラの二倍以上はありそうな身長で、それと同サイズの戦斧を背に括り付けている。 
 鎧などは付けていないが、服越しにも分かる膨大な筋肉は鎧も同然。
 実際、鳥型魔物による嘴を用いた突撃を筋肉で止めたのを見た事がある。
 捕まれば、まず逃げられないと見ていいだろう。

 それでも鈍ければいくらでもやりようがあるが、この男は勘が異常に鋭い。
 息を止め完全な停止状態になっていても、いつの間にか伸びてきていた手に捕らえられた事がある。
 
「ふぅむ……今日は異常なしかの。ま、三日前に追っ払ったばっかりじゃしな。
時間も頃合じゃし、昼食にするか」

 老人はそう呟きなら軽く伸びをすると、左手に持っていたバッグを漁り始めた。
 
 それを確認した瞬間、ローラは一気に動く。 
 勘の鋭い老人だが、荷物を漁っている時は周囲への警戒がおろそかになる。
 ごちゃごちゃと色々な物が入っている荷物を漁る為、多少不自然な音もかき消される事も見逃せない。
 体術で消せる限りの音を消し、目的地へと一気に駆ける。
 途中枯れ木の破片などを踏みそうになるが、それすらも軽やかに回避しながら。

 目的の物が見え、あと一歩で手が届く。
 そう思った瞬間、ローラの首が茂みの隙間から伸びてきた手に握られた。

「ぴょわあああああああああああっ!?」

「ふぉーっふぉっふぉ! 甘いのうローラちゃん!」

 高らかに笑いながら右手にぶら下げたローラの顔を覗き込む老人―――フォグ・ダンチェスト。

 その厳つくも懐かしい顔を眺めながら、ローラは思う。
 片手で六歳児の首を鷲掴むこの様は、控えめに言っても犯罪的だったのではないだろうかと。
 この頃はまるで気にしていなかったが、彼の外見と相まってまるで大虐殺を繰り広げた戦果を周囲に誇示する戦鬼のようだったはずだ。
 ローラがぷーらぷーらと力なく揺れている事も、それに拍車をかけていただろう。

 とはいえ、この時のローラにとっては毎度の日常でしかなかった。

「むー……フォグお爺ちゃん、どうして分かったの?」

「枯れ木を避けた時、高く飛びすぎたのう」

 豪快に笑いながら解説する。

 今日の昼食を取り出すべく荷物を漁っていたフォグだが、周囲の警戒を完全に解いていたわけではない。    
 音は分からなかったが、視界の端で見慣れた自分の畑の上からこれまた見慣れた銀色が飛び出ていれば流石に気付く。
 とはいえ、もう少し首を竦めて飛んでいれば見逃していた程度の話ではあるが。

 解説を聞き終えたローラは、不満そうに唇を尖らせた。

「ちぇー……今日はいけると思ったんだけどなー」

 不貞腐れたように呟くローラ。

 フォグに捕らえられず畑の熟したコーヒーの実を食べられたら、お咎めなし。
 ついでに母が欲しがっているフォグ秘蔵のコーヒー豆もプレゼント。
 そんな言葉に乗せられて挑戦する事、実に十回目だったが未だ成功ならず。

 今日の作戦と動きで駄目だったとなるとどうしたものか、とこの時のローラは本気で悩んでいた。

「ふぉっふぉ、修行が足りんわ。
前から言っとるように、ちゃんと鍛えればわしの目を免れるなぞ造作もなくなるぞ?」

「私は強くなるより、美味しいケーキ作れるようになりたいんだもん」

 ぷーっと頬を膨らませるローラ。

 今思えば、この老人はいつもこうだった。
 紛れもない天賦の才があると断じ、事あるごとにローラを武の道に誘う。
 褒められているのは分かっていたが、普通の女の子としては複雑だった事を覚えている。

 そう懐かしんでいると、ローラの右手が勝手に動いた。
 腰から投げナイフを引き抜き、流れるような動きで接近してきていた鳥型の魔物の群れに向かって投擲する。

 まずは狙い通り、先頭にいた個体の喉にナイフが突き立つ。
 続けてそのすぐ後ろにいた三匹に投擲したナイフは回避されたが、それも狙い通り。
 避けた先に放っていた別のナイフが三匹の喉を貫き、息の根を止める。

 残りの魔物は二手に分かれ、ローラとフォグに襲い掛かってくるが、ローラは身を伏せて回避。
 そして彼らの真下からナイフを投げて二匹を串刺しにしつつ、残りの獲物を追いかけて跳躍。
 そのまま解体用のナイフで、全ての首を叩き落とした。 

 そして、器用に一回転して見事に着地する。

「あ、さっすがフォグお爺ちゃん! すっごーい!」

 顔を上げて真っ先に見た光景に、ローラはパチパチと拍手する。

 フォグは嘴からの突撃を受けながら、被害はその衣服のみ。
 凄まじい事に、突撃した魔物の嘴の方が砕けていた。 
 そして肉体という鎧に弾かれた三匹の獲物を、見事に素手で仕留めている。

 そしてローラとフォグは、仕留めた魔物の処理を開始した。
 手早く血抜きを行い、皮をひっぺがし、食肉に変えていく。

「美味しそーなお肉だねー。これなんて魔物だろ?」

「……ソルジャーバードという魔物じゃよ。肉の味が濃密で美味いんじゃ」

 好奇心満載なローラを見て、フォグが溜息を吐きながら解説した。

 今のローラなら、この時の彼の心境も推測できる。
 母から多少は武の手解きを受けていたとはいえ、ソルジャーバードの群れを造作もなく仕留める六歳児。
 それに武の道を進む気が皆無となれば、武人としては確かに惜しく感じるだろう。

 が、この時のローラにはそれを知る由もない。
 能天気に、何も考えず仲の良い老戦士に肉の一部を差し出す。

「はい、これはフォグお爺ちゃんにあげる!」

「……よいのか?」

「私とお母さんだけじゃ食べきれないもん」

 にぱっと笑い、ローラはずずいと肉を差し出す。

「そうかそうか。とはいえ、礼はせねばなるまいな。ほれ、持っていきなさい」

 そういうと、フォグは腰に下げていた小さな袋をローラに手渡した。
 ローラが袋を開けると、そこにはぎっしりと詰まった完熟のコーヒーの実。

「わあ……! こんなにたくさんいいの!?」

「構わんよ。肉の礼じゃからな。中身だけ後でよこしなさい。
美味~~いコーヒー豆に仕上げてやるからのう」

「やったー! フォグお爺ちゃんありがとー!」

 満面の笑顔を浮かべ、フォグに抱きつくローラ。

 それを受け、フォグは厳つい顔に穏やかな笑みを浮かべる。
 ローラが下から見上げたそれは、顔立ちとは裏腹に優しさに満ち溢れていた。
 続いて見えた、大きくゴツゴツとした手が頭を撫でる感触と同じように。
 
 そこで、ローラの目が覚める。

「……また、昔の夢」

 髪を軽くかき上げ、溜息を吐く。

 懐かしい夢。
 黄金色に輝く、幸福の記憶。
 今も色褪せぬ、温かな時間。

 それだけに――――失ったものの大きさを思い知らせてくれる夢だ。  

 ローラは軽く頭を振ると、ベッドから出て身支度を整え始めた。


  
  

 

  

 











 着替え終えたローラは、中庭で鍛錬を行っていた。

 全ての基礎となる足運び。
 いかなる事態にも臨機応変に対処するための体捌き。
 それらを軸に多種多様な攻・防の動きを繰り返し、その精度を上げていく。
 目覚めたばかりの鈍い動きから、集中しきった戦闘時の動きへと。
 
 小一時間程黙々とそれを続けた後、ローラは二本のナイフを抜いた。
 そしておもむろに裏の森から伐採してきた木を天高く蹴り上げ、それを追う。

「はあぁぁっ!」

 周囲を震わせるような気勢と共に、ナイフが振るわれ始めた。

 まず皮が剥がれ落ちていくかのように削がれる。
 むき出しになった幹が現れるが、それは瞬く間に二十程の木片に分解された。
 そして、その木片はカンナ屑のような物を零れ落とし、見る見るうちに小さくなっていく。
 超高速のナイフが薄皮を剥くかのように表面を滑り、その身を削っているのだ。
 
 あっという間に木がただの削り屑の山となって落下していくが、
その先にあった無詠唱で作られた上位火炎魔法の火球に全て飲み込まれ消えていく。
  
 それを横目に見ながら、ローラが着地した。

「……乱れてるわね」

 一つだけ炎に飲み込まれなかった削り屑を拾い上げ、呟く。

 見れば、狙った厚さより若干厚い。
 しかも炎に飛び込ませたはずが、地面に落ちている。
 刃の動きに乱れが出ていた証拠だ。
  
 溜息を吐くと、ローラはその削り屑を火球に放り込む。

(精神状態が安定していない、か……なんとも情けない話だわ)

 ナイフを納め、腰を下ろす。

 大元の原因は、分かりきっている。
 封じたつもりでも、まだまだ未練がくすぶっているのだ。
 海人が作ったという、聖武具への未練が。

 それへの渇望はかつてとまるで変わらず、強烈。
 むしろ、理由が変化した今の方がかつてより強くなっているかもしれない。

 とはいえ、それだけならどうにでもなった。
 抱いたところで最悪レベルの害悪にしかならない渇望。
 それが分かっている以上、意識から外し続けて静かな心を維持する事は十分可能だ。

 問題は、かつての記憶。
 
 海人が淹れてくれたコーヒーを飲んでから、随分と想起する事が多くなった。
 これまでの人生で一番楽観的で、幸福感に満ち溢れ、平和だった日々。
 それが消える事など、想像もした事がなかった頃の記憶。

 あまりに古い話であり決着もつけたが、今も悔恨は根強い。
 数千の敵に囲まれても動じぬローラの精神を、大きく揺るがすほどに。

 唇を噛みしめながら、ローラが踵を返したその時、

「……カイト様」

 いつの間にか気遣わしげな表情で立っていた男に、思わず呆ける。
 思考に没頭しすぎていたせいで、気配察知が切れていた事に気付いたのだ。

「やはり気付いてなかった、か。
らしくないな、まったく。まあ、原因であろう私が言えた事でもないが」

「お気になさらず。貴方の選択は極めて当然の事です。
それで心が荒ぶる私の方にこそ問題があります」

 申し訳なさそうな海人の言葉を、ローラは静かに否定する。

 確かに海人が大元の原因だが、彼に責任はない。
 彼は大事な友の為、心血注いで槍を作っただけだ。

 その過程で生まれたであろう金属が、自分が長年追い求めていた物であっただけの話。
 その譲渡や購入が期待できないのも、保身を考えれば当然の選択。
 何一つとして、海人を責められる要素はない。

 自分には作らず他の女に心血注いだ武器をという思いも多少あるが、これも筋違いだ。
 現状は自分が勝手に海人に恋慕しているだけであり、彼はそれをきっぱりと断っている。
 
 海人には、何一つとして問題はないのだ。
   
「かもしれんな。とはいえ、友人として差し入れの一つぐらいはすべきだろう」

 肩を竦めると、海人はローラに小さなグラスを差し出した。
 昨日の朝ローラが海人に出した物と同じく、冷えたコーヒーの表面にクリームが浮いている。  
  
「では、ありがたくいただきましょう」

 小さく頭を下げると、ローラはグラスをゆっくりと傾けた。

 そして、軽く目を見開く。
 てっきり創造魔法で昨日作った物と同じ物を再現したのかと思っていたが、違った。
 
 昨日出した物より僅かにコーヒーの酸味が強く、より飲みやすい。
 クリームの風味も昨日出した物より軽やかで、口当たりが優しい味わいになっていた。
 ローラの作った物と優劣はない味だが、朝の軽い運動後にはこちらの方が適している。
 
「これは……」

「ん? 鍛錬後だろうし少し軽めの方が良かろうと思ったんだが……ああ、
昨日君が買った生クリームを勝手に使ってしまったな。悪かった」

「それは構いませんが……わざわざ、作ってくださったんですか?」

「……大した手間ではない。
昨日様子がおかしかったし、少しでも気が和らげば、と思っただけだ」

 表情に喜色が浮かんだローラに、海人は言葉を濁す。

 ローラの思いを受け入れる気がない以上、必要以上の気遣いは良い事ではない。
 それは相手に期待を抱かせ、諦めを断ち切れにくくしてしまう残酷さを孕む。
 問題が長期化すると考えれば、海人にとっても悪手だ。 

 やはり間違っていたか、そんな思いを抱いていると、ローラが海人の鼻を軽く指で弾いた。

「……まだ分かっておられないようですので、はっきり申し上げましょう。
酷い男に惚れた私の運が悪いのではなく、しつこい女に惚れられた貴方の運が悪いのです。
私を散々に傷つけて諦めさせようとするぐらいの気概で丁度いいのですよ」

「それ、そのまま鵜呑みにしたら私が本気で救いようのない最低男になるんだが?」 

「私としては、競合相手が減りそうなので好都合かと。
もし周囲の人間全てに見放されれば、寂しさで私になびく可能性も高くなりますし」

「おぉいっ!?」

「流石に冗談です。ですが、本当に私の事を気になさる必要はありません。
実際、日頃の仕事による精神的な負荷の方が余程重いので」

 すっ、と視線をシェリスの屋敷の方角へ向ける。

 これは海人を気遣っての言葉ではなく、純然たる事実だ。
 海人の態度は残酷かもしれないが、ローラにとっては気遣ってもらえている喜びの方が大きい。
 日頃の仕事でかかる精神的な負荷に比べれば、せいぜい小石がぶつかった程度のものだ。 

「……色々と、気苦労が多かろうからな」

「ええ。ですが、自分で決めた事ですので。
それに、今回はここに来る前に一暴れして多少すっきりしています」

「一暴れ?」

「ええ。普段全力を出す機会がないので、なかなかすっきりしました。
もっとも、少しばかり被害を出しすぎましたので、次はやめておくべきでしょうが」 

 静かに語るローラをよそに、海人は彼女の部下達に黙祷をささげた。

 全力のローラの相手なぞ、命が幾つあっても足りない。
 ただ数を揃えたところで、圧倒的実力という名の単純暴力に蹂躙されるのみ。
 実力者をそれなりに混ぜたところで、相当レベルが高くなければ大差はない。
  
 ローラの部下達一同といえど、おそらく少なくない被害を被った事は想像に難くない。
 まして、被害を出しすぎたと言っているのだ。シェリスの屋敷が原形を留めているかも不安が残る。

(とはいえ、彼女の気分がすっきりしたというのは大きかろうな。
どうにか被害を出さずに全力で暴れられる手段でもあれば……ん?)

 ふと、海人は一つの案を思いついた。

 ローラが全力を出し、かつ被害を出さずに済むかもしれない方法。
 些か博打の要素もあるが、試して失敗したところで犠牲者は海人一人で済む、そんな方法。
 だからこそ、リスクは最小限とも言える方法。

 結果につながるとも限らないが、試してみる価値ぐらいはありそうに思えた。
  
「確認するが、全力を振るって暴れられれば、かなりすっきりするのか?」

「お恥ずかしながら、効果は認めざるを得ませんでしたね」

「では……効果があるかどうかは分からんが、私が考えた鬱憤晴らしはいかがかね?
上手くすると、鍛錬としても効果的だと思うんだが」

 言いながら、悪戯っぽく笑う海人。
 やや不穏ながらも彼らしい茶目っ気がたっぷりの笑顔。
 
 その顔で何を考えているのかに興味を抱き、ローラは静かに頷いた。
 



   

  

 

  
    












 朝の鍛錬を終えて屋敷の中庭に戻ってきた時、刹那と雫は己の目を疑った。

 その中心で、ローラが荒い息を吐いて動き回っていたのだ。
 表情こそ普段と変わらぬ無表情だが、汗で髪が顔に張り付いている。
 それどころかシャツも僅かに透けており、下から白の下着が浮き出つつある。
 かつて見た事がない程に、ローラが疲弊していた。

 その疲弊の原因は、海人。

 海人は、なぜかローラを砲撃していた。
 彼女の四方八方を魔力球で埋め尽くし、これでもかと砲撃を浴びせかけている。
 計算し尽されたその軌道はローラの動きを見事に制限し、対応を遅れさせていた。

 極めつけは、ローラの周囲に突如生じる無属性魔法の障壁。
 砲撃を迎撃しようとしてもその攻撃の軌道上、力が発揮される前の地点に障壁が生じ、迎撃を許さない。
 回避しようとしても、足が動く途中の場所に障壁が生じてそれを防ぐという徹底ぶり。
 それが、常人では目視できぬほどの速度で行われている。
 
 はっきり言って、刹那と雫が同じ状況に置かれたら三分も耐えられない。

 障壁で動きを妨げられた瞬間、数十発の砲撃を叩きこまれるからだ。
 障壁の強引な破壊もほぼ不可能。あの配置では、現れた瞬間に注げる力は一割以下になってしまうからだ。
 可能性があるとすれば、回避を諦め魔力球を耐えながら強引に突破する事だが、これも難しいだろう。
 回避を諦めたら諦めたで、それ用に障壁の配置を変えれば済む話だからだ。
 
 ローラは障壁を強引に破壊する力技と信じがたい反応速度で動きの遅れを強引に取り戻しているが、
これは彼女以外に出来る人間が存在するとは思えない対処だ。
 なにせ、刹那と雫でさえその動きのほとんどを目で追いきれないのだから。

 二人が唖然としていると海人が気付き、手を止めた。
 
「……む? おや二人共、鍛錬は終わったのか?」

「は、はい。今朝の分は……ではなく、何があったのですか!?」

「そうですよ! ローラさん相手にあんな一方的ってとんでもないですよ!?」

「なに、大した事じゃない。
あまり全力で動く機会などない彼女の為に、少しばかり運動の機会を作っただけだ」

 詰め寄る二人に、動じる事もなく答える海人。
 その背後に、息を整えたローラがゆらりとやってきた。

「……実に良い運動になりました。これほどまでに動かされたのは、本当に久しぶりです。
恐るべき戦術ですね。私情を抜きにしても、貴方とは事を構えたくなくなりました」

「心にもない事を。欠点ぐらい気付いているだろう? 今回は君にその気がなかったから私が無事なだけだ」

 ローラの称賛を、海人はあっさりと否定する。

 先程の戦術の成立には、前提条件が多すぎるのだ。

 まず、戦闘開始時の距離制限が大きい事。

 砲撃と障壁の都合上、近寄られれば近寄られるほど機能が落ちる。
 的確な砲撃と障壁の配置はある程度距離がないと難しい上、近寄られれば自滅の危険も生じるからだ。 
 
 かといって距離を離しすぎれば今度は魔力球が使えなくなる。
 魔力球は魔法とは違い垂れ流しの魔力を強引に固めているような物なので、維持できる距離が短い。
 魔力球がなければあの戦術の価値は半分以下なので、距離の離しすぎはそれだけで戦術が崩壊すると言える。

 次に、消費魔力が膨大という言葉も生温い次元だという事。

 ローラの動きを制限できるレベルの障壁を作るとなると、海人製の術式でも魔力消費が馬鹿にならない。
 まして作るべき障壁の枚数は非常に多いので、並大抵の魔力ではこの戦術は一分も維持できないのだ。
 さらにローラ相手に実用足りえる魔力球を作る為の魔力は、それを軽々上回る。
 今回だけで、海人の魔力量にして実に一週間分を消費したぐらいだ。
 
 最後に、海人の思考能力への負荷が洒落にならない事。

 超高速で動き回るローラを縛る為には、それを捉える動体視力とそれを上回る思考速度が要求される。
 それを維持し続けるのは、流石の海人でも常に頭脳をフル稼働状態にしておかねばならない。
 少しでも集中を切らせば戦術は崩壊し、距離を詰められて一瞬で終わり。
 風が吹いて小さな砂粒が目に入っただけでも、全てが崩れてしまう。

 つまるところ海人にとって最善の位置で戦闘を始め、魔力タンクたる宝石を大量に用意した上で、
相手が風魔法などで視界を塞いでこないという実戦ではまず揃わない条件が全て揃って初めて使える戦術。
 加えて言えば、仮にローラが嵌まったところで魔力球に耐えながら風魔法を使えばそれで勝利が確定するのだ。    

 お世辞にも実戦で使える戦術ではなく、使いたい戦術でもない。

「バレましたか。まあ、私情を抜きにしても事を構えたくないのは事実です。
カイト様の性格と能力からして知らなければ、あるいは知っていても対処不可能な一撃必殺が考えられますので」

「さて、何のことやら」

 ふいっとそっぽを向き、海人は白々しくとぼけた。

 ローラの懸念は、見事に的中している。 
 万一彼女と事を構える事になれば、海人は確実な一撃必殺を狙う。
 それを可能とする手札も、よりどりみどりである。

「……まあ、何はともあれ、ありがとうございます。
少々過激でしたが、ここまで体を思いっきり動かせて随分とすっきりいたしました」

「それは何より。そうそう、朝食は私が作るから君はゆっくり風呂に浸かってくるといい。
それだけの汗を風呂で流せば、きっと心地良いだろう」

「そうですね。ところで、先程から私を見ようとなさいませんが、どうかなさいましたか?」

「付き合ってるわけでもない女性のあられもない姿を凝視するのはあまりに品が無かろう」

 ローラから視線を逸らしたまま、軽く肩を竦める。
 
 現在のローラは、非常に色っぽい姿だ。
 スタイルが良いだけにシャツが肌に汗で張り付く様はなんとも艶めかしい。
 下に透けて見える下着も白ではあるが上品な飾り気があり、妙に映える。
 なにより顔から滴る汗が彼女の無表情に強い生気を与え、魅力が普段の三倍以上になっていた。

 礼節の問題も無論大きいのだが、それ以上に海人とて直視しすぎれば理性が危ぶまれる姿なのだ。

「私は構いませんが? どうせいずれは全て見られるのですから」

「私にそのつもりはないからな」

「つれないお言葉ですね。まあ、いつもの事ですが。
では、お言葉に甘えてお風呂をいただかせていただきます」

「ああ。ゆっくりするといい」

 海人はそう答えると、目線は逸らしたまま彼女の方へと軽く手を振った。

 そして、ドアが閉まる音を聞くと同時に思いっきり息を吐く。
 内部で高まりかけていた、やましい熱を根こそぎ排出せんとばかりに。

 背後にいる二人から向けられている視線に、気付く事無く。 


 
コメント

今は誰も居なくなった荒れ地…盗賊か、魔物か、はたまたどこぞの軍か、いずれにせよ強者っぽい爺さんに何かあったっぽいのですからかなり厄介な奴ですかね?
聖武具への未練から過去への思いが涌き出てきてスッキリしない…か。まあ、海人がスッキリさせたのはいいのですが、まだ燻っている気がしますね。

追伸
豚肉と白菜の重ね蒸しのようなそれ単体では味が薄いけどポン酢などのタレに付けるとうまい料理ネタはいかがでしょうか?
[2017/10/02 07:22] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


更新、お疲れさまです。
カイトとローラ、実にお似合いでルミナス危うし!といった気持ちをいだきました。
ローラの運動と汗、お風呂からの流れで、サウナと水風呂があればなおよし!ですね。
どんどんローラが攻めてきますが、どこまで秘密が開示され、関係がかわるのか楽しみです。
執筆活動、頑張って下さい。
[2017/10/02 07:27] URL | ガリナオ #mQop/nM. [ 編集 ]


>内部で高まりかけていた、やましい熱を根こそぎ排出せんとばかりに。
>内部で高まりかけていた、やましい熱を根こそぎ排出せんとばかりに。
>内部で高まりかけていた、やましい熱を根こそぎ排出せんとばかりに。

ルミナス…哀れなり…勝機が無くなってしまったよ…
[2017/10/02 07:54] URL | 親ルミナス派 #- [ 編集 ]


今更ですがコーヒー関連の件でストーリー上必須の描写なんですよね?
読み飛ばす程度にはつまらないというより無関心だったのでなるたけ省けるなら省いてほしいんですが
[2017/10/02 13:50] URL | #- [ 編集 ]


ローラさんの色んな面が見られて楽しい話でした!
手汗で海人の手を掴み損ねたこともありましたし、今回でも意中の相手に案外不器用なアタックをしていたりと、仕事面以外ではなかなかに完璧ではない部分が垣間見えますね(だが、それがいい)

それにしても、ケーキが食べたくなる……
[2017/10/02 16:20] URL | #- [ 編集 ]


更新楽しみにしています。ローラさんは結構面倒な女性ですね。
[2017/10/03 01:25] URL | ロボット三等兵 #- [ 編集 ]


更新いつも楽しみにしてます!

毎度思うんですが、カイトを好いてるのはいい子ばかりだから皆幸せになって欲しいなあっと。
[2017/10/03 09:23] URL | ぷー #zcVv2R7k [ 編集 ]


あれ?ローラさんってこんなに可愛い人だったっけ?
そして、そのローラさんの汗濡れのお姿が見たいのだが!
[2017/10/04 21:12] URL | 飛べないブタ #t50BOgd. [ 編集 ]

ひさびさに読みなおしました。
いつ更新するかわからなくて気づけば年に一回最初から読み直してます、何度でも最初から読める良い作品です。
感想を書くのは数年ぶりです。

カイトの万能ぶりが相変わらずで何よりです。
できるなら九重さんの納得のいく最終話を読める日が来ること待っています。
自分が死ぬ前に読めると良いです。
[2017/11/04 19:42] URL | 煉恋々 #h2YGRmSs [ 編集 ]


4年ぶり位に読みに来ましたが、とても面白かったです。今後のストーリーが楽しみです。
[2017/11/08 22:46] URL | Alice #- [ 編集 ]


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