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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄105
 翌朝、海人は眠気覚ましがてら中庭を散歩していた。

 気温はそれほどでもないが、時折吹き抜ける風がやや冷たい。
 あと一時間もすれば程よい空気になりそうではあるが、海人はあえてそこに身をさらしていた。
 歩いていても僅かな眠気がしつこく付きまとう今なら、この冷たさはかえって好都合。
 軽い運動で眠気が完全に飛ぶまで、微睡みから引き揚げ続けてくれる。

 そんな事を考えながら、庭を見渡す。

 侘び寂び情緒溢れる良い庭だが、これぐらいの空気だと寒々しさが際立つ。
 とはいえ下手に明るい花など取り入れようものなら、折角の雰囲気がぶち壊し。
 
 となれば、解決策などそう多くはない。 

(……周辺の土地も買った事だし、今度西洋風の庭を作ってみるかな。
少し地面を掘り下げて作れば、中庭から見えないようにする事もできるだろうし)

 軽い気持ちで考えながら、腰を下ろす。

 周辺の土地を買った主目的は地下室の拡張だが、地上部分を活用しない理由はない。
 むしろ地上部分に別の物が作られている方が、有事の際目くらましになるだろう。
 なにより、景観に悪影響を及ぼさずに済むなら折角の土地を使わないのは勿体ない。

 以前は鳥小屋の設置も検討していたのだが、リレイユを飼い始めた事で現状頓挫している。
 躾が行き届いているリレイユが食べる事はなくとも、近場で飼っていると鳥が狂死する恐れがあるのだ。
 少なくとも、魔物に関しては中位ドラゴンの近くで飼われ、逃げようとして逃げられず衰弱死した例がある。

 だからこそ、庭園の作成は土地の有効活用という点で悪い案ではない気がしていた。


(とはいえ、手入れが大変だとそれはそれで困るか。
手入れ用のロボットを使おうにも、誰かに見られたら事だしな)

 どうしたものか、と考えていると、ふと海人の周囲が暗くなった。
 おや、と海人が顔を上げると、

「おはようございます、カイト様」

 ローラの顔が、すぐ間近にあった。
 相変わらず、海人をして一瞬目を奪われるほどに美しい顔が。
 
「おはよう、ローラ女士。ん? その皿は……」

「よろしければ、味見していただけませんか?」

「そういう事なら喜んで」

 サンドイッチを受け取ると、海人はぱくりとそれを頬張り、目を見開いた。

 具材それ自体は、捻りも何もないハムサンド。
 たっぷりのハムにアクセント程度に入ったキュウリ、それだけだ。
 
 が、食べてみるとそこらのハムサンドとはまるで違う。

 中には極薄のハムがたっぷりと挟まれているのだが、これが凄い。
 ハムの隙間に所々挟まれている酸味の効いたソース、これがハムの旨味をこれでもかと引き出している。
 それゆえに主張が強すぎるハムの味を適度に緩和しているのが、キュウリ。
 それら全てを挟み込みながら味を受け止め、香ばしい香りを加えているのがトーストされたパン。
 パンにうっすら塗られたバターが水気を防ぎつつ力強さを与えている点も見逃せない。

 サンドイッチを噛めば噛むほど旨味が染み出していき、飲み込むのが勿体なくなる。
 それでも名残惜しみながら海人はサンドイッチを飲み込むが、無意識に手が空の皿へと伸びていた。
 
 常人には分からない程うっすらと笑っているローラに、海人は軽く咳払いをしてから感想を述べる。

「…………うむ、美味い。おそらく今まで食べた中で一番美味いハムサンドだ。
しかもしみじみと美味いタイプの味だから、毎日食べても飽きそうにない。
これで飲み物に美味いコーヒーがあれば――――」

「どうぞ」

 海人の言葉を遮るように、ローラは皿とは逆の手に隠し持っていた小さなグラスを差し出す。
 僅かながら笑みを深めたローラに苦笑しつつ、海人はアイスコーヒーを一気に煽った。
 
「ふう……文句の付けどころがないな。後味が綺麗に消え、またサンドイッチが食べたくなる」

「朝食に出しますので、御辛抱を。気に入っていただけましたか?」

「ああ。これは本当に美味い。いやはや、流石だな。チーズケーキだけでなく、こんな隠し玉まであったとは」

 思わず、手放しで称賛してしまう海人。

 ローラの料理自体は良く知っているしどれも美味かったが、このハムサンドは頭一つ抜けている。
 チーズケーキはさらに別格だが、このハムサンドも十二分に格が違う。
 食への興味が薄い海人をして、このままだと胃袋を掴まれかねないと戦慄するほどに。

 仕事の能力だけでも万能超人でありながら、料理もずば抜けている。
 その裏にどれほどの努力があるのか、海人でさえ想像がつかない。 

 が、当のローラはゆっくりと首を横に振った。

「これについては誇れる話でもありません。母のレシピをほぼそのままなぞっただけですので」

「……君の母上の?」

「はい」

「ひょっとして、今の君より―――」

「今の私など比較に値しないレベルで、料理の上手い人でした。
ハムサンドを含め幾つかの料理は合格点をもらいましたが、当日中にさらに上の味の物を同じ材料で作られて味見させられましたね」

「ちなみに、何歳の時の話だ?」

「最後は八歳です」

「……そうか」

 ローラの言葉の意味を悟り、海人は痛まし気な視線を向ける。

 母について語ったローラの表情と口調には、分かりにくいながらも誇らしさと懐古があった。
 今の年になっても慕うに足るような、良い親子関係だった事は明白。
 これにローラの性格と能力全般、特に戦闘能力を加味すると、彼女の過去が多少透けてくる。

 少なくとも、思い出したくもないであろう記憶がある事は。
 
「お気遣いなく。古い話ですし、私が勝手に話しただけです」

「と言われてもな……」

 唸りながら、海人は頭を掻く。

 ローラの思いを受け入れるつもりはない。
 にもかかわらず、そのつもりなくしては知るべきではない事を知らされている。
 ローラの立場からして、本来僅かでも弱味となりうる情報を漏らすはずがないのに。
 いずれ海人の判断を覆させる、その意思表示を見せつけるかのように。 
 
 その思いの強さが、なんとも心苦しかった。 

「本当に問題ありません。こうして微妙な罪悪感を与えるのも戦略の一つですので。
律儀で義理堅い貴方がいつまで耐えきれるか、実に楽しみですね?」

「性質悪いなホントに!?」

 さらに笑みを深め、弾むような声で言ってくるローラに思わず叫ぶ海人。
 それに対し、さらに言葉を返して海人をいじるローラ。
 そんなしょうもないやり取りを、二人は延々繰り返す。

 傍目から見れば一方は無表情、一方は喜怒哀楽激しすぎて疲れ顔、と楽しそうには見えないはずだが、
二人の間には不思議と和やかな空気が漂っていた。
 
 ――――少なくとも、屋敷の窓から覗き見ている人間から見れば。

 ローラはちらりとそちらに視線を向けると、軽く手を振った。
   















 ローラに手を振られた刹那は、残っていた牛乳を居心地悪そうに飲み干した。

 最初は、覗き見するつもりだったわけではない。
 鍛錬後に風呂で汗を流し、そのまま部屋に戻ろうとしたらたまたま見かけただけだ。
 
 が、あまりに仲睦まじく見える二人に、思わず足を止め気配を消していた。
 興味と、なんとなく抱いていた疑念が形になってきたために。

「……むう」

「どしたんお姉ちゃん? あたしはともかく、お姉ちゃんが察知されんのは不思議でもなんでもないと思うけど?」

 コーヒー牛乳をくぴくぴ飲みながら、雫が首を傾げる。

 一応気配は消しているのにローラが明らかに二人の位置に気付いているが、今更だ。
 雫はともかく、刹那はさして気配を消すのが得意ではないので、一緒にいれば勘付かれるのは必然。
 雫だけでも、あの化物の感知を逃れ切れると断言はできないのだから。

 刹那はそれに軽く頷くと、雫を伴って再び歩き始めた。

「ああ、それは分かっている。気になっているのは別の事だ」

「別の事?」

「海人殿にローラ殿の気持ちを受け入れるつもりはない。それは分かるな?」

「そりゃ明言してるしねぇ」

「その割には、海人殿はローラ殿を突き放されない―――いや、突き放そうとして突き放しきれない御様子だ」

「そりゃしょうがないんじゃない? 海人さん悪意は嬉々としてぶっ潰しにかかるけど、好意にはメチャメチャ弱いもん」

 仕方ないとばかりに肩を竦め、雫は軽い調子で答えた。

 海人は、悪意を向けられる事に対しては滅法強い。
 町で美女を侍らせている事に嫉妬する男にも、女の敵認定して罵倒してくる女にも、
一切合切容赦なく、むしろよくぞ喧嘩を売ってくれたとばかりに叩き潰しにかかる。

 反面、善意や好意には滅法弱い。
 
 とある料理店店主によるあまりの欲のなさを心配しての説教や、生徒からの好意由来の手料理の山など、
割とダメージが大きそうなのに大人しく受け入れている。
 その観点から見ると、打算のない恋愛感情という極上の好意を向けているローラを突き放しきれないのは無理もない。

 ローラにとっては残酷な事かもしれないが、雫からすれば本人が言っていた通り自業自得。
 一度きっちり突き放そうとした海人を遮ったのは、他ならぬローラ。
 まして、その後も海人は諦めた方が良いと言っていたのだから。

「そうだな。拙者も、最初はそう思っていた」

「今は違うの?」

「いや、それもあるが、それだけではない。根本的な問題だ。
先程の条件は、あくまでも海人殿が多少なりとも好感を抱いていればこそ。
なぜローラ殿がそこの枠組みに入る?」

「いや、そりゃあんだけ気が合うなら……ん? あ、考えてみりゃそこがおかしいんだ。
あたしらの中にあるローラさん像じゃ、海人さんと気が合うはずがないね」

 一瞬考えた後ぽん、と手を打つ雫。

 海人という男は、確かに性悪な悪戯好きだ。
 人を掌の上でころころと転がして楽しみ、掌の上で踊っている事に気付かぬ相手を愉悦と共に見物し、
掌の上で人がぶっ倒れても根性なしだなぁ、と煽ってくるような男である。

 が、その人格の根幹にあるのは善性。

 誰かをおちょくる事も、見下す事も、煽る事も、それに対し牙を剥ける相手にしかやらない。
 より正確には、何をやるにも相手が元気よく牙を剥ける範囲に調整している。
 なんだかんだで、相手を無闇に傷つける事はしない男なのだ。

 強いて言えばシリルが例外に思えるが、それも実際は違う。
 彼女はどれだけ差を思い知らされようと知った事かと牙を剥く、不屈の精神の持ち主。
 下手に気遣いをすればむしろ怒り狂い、問答無用で海人を物理的にぶっ飛ばしにかかりかねない人物なのだ。

 対してローラは、雫たちからすると善性はあまり感じられない。

 張り付いている無味乾燥の無表情は、あまりにも無機質。
 なまじ作りが美しいだけに、変わらぬそれは他者のそれより不気味さを増す。

 なにより、伝え聞く所業に温かみが感じられない。

 部下や主君への訓練は生かさず殺さず、かつ仕事に支障なく。
 限界ギリギリではなく、常に限界を超える事を強いられる。
 もし超えられなかった場合は、相応以上の懲罰が待っているという。
 あまつさえ、組手になると慢心を防ぐ為と身も心もへし折れるレベルで嬲る。
 その絶対的かつ圧倒的な武力をもって、弱者に身の程というものを叩きこむのだ。
 挙句、精根尽き果て気絶した部下を邪魔だからと屋根の上に蹴り飛ばすという。
 
 やっている事自体は職務として一応の筋が通っているし死者も0らしいが、
職務というよりは趣味に理由をこじつけているように感じられるのだ。

 一応受ける義理もない刹那達との組手を受けてはくれたが、海人への思いを知った今だと、
彼の心証を良くしようと考えているだけだったのではと思ってしまう。

 こう比較すると、海人とローラの気が合う理由が分からなくなる。
 性根が善良な海人からすれば、ローラは認められはしても許容はしがたいはずなのだ。
 
 まして、ローラの部下は現在海人の生徒達でもある。
 不要に虐げているのであれば、まず良い顔はしないだろう。
 少なくとも、ローラからの好意を無下にできる程度には。

「そういう事だ。加えて言えば、海人殿は明確にローラ殿を好意的に見ておられる。
何度か、そういった発言があっただろう?」

「確かに……ふーむ、興味深いけど……詮索するとヤバそうじゃない?」

「その通りだ。なにかしら事情あっての事だろうからな」

 海人がローラを好意的に見ているとなれば、それは彼女に善性を見ているからに他ならない。
 そして、それは間違いなく確信あっての事。
 そうかもしれない、程度で好感を抱けるほど、海人は勇敢ではない。

 となると海人が好感を抱くほどの善性を持つ人間が、人を人と思わぬような鬼畜の所業を行っている事になる。
 そこに相応の理由がないはずはなく、あるいは知るとまずい何かが隠されている可能性がある。
  
 というか、最悪知ったが最後、この世から消されるような理由かもしれない。
 そんな事を想像し、雫の体がぶるっと震えた。

「……これって、解決策ないよね?」

「少なくとも、拙者には思いつかんな」

「どしてそんな興味そそられる上にヤバそうな話、あたしにしたかな?」

「気付いてしまうと、一人で抱えるにはちと重い。それに、お前が早まってくれれば拙者も思いとどまれる率が高くなる」

「妹生贄にする気満々!? 海人さんの悪影響受けてない!?」

「お前一人ならどうにか耐えきれていたが、敬うべき主君もああでは拙者とてちと道を踏み外したくなると思わんか?」

 愕然とする妹に、朗らかに笑いかける刹那。
 雫の見慣れた笑顔だが、そこにはかつてない程の悪戯っぽさが滲んでいる。
 まるで、雫や海人を彷彿とさせるようなそれが。

「うわーん! お姉ちゃんがグレたぁぁぁぁ! 海人さん! 海人さん! 助けてぇぇぇぇぇっ!」

 半泣きで駆けだし、海人に助けを求める雫。
 作った表情を崩した刹那は、その背を無言で見つめる。 

(……とりあえず、理由自体は一応の見当はついているんだがな)

 妹の背を見送りながら、そんな事を思う。

 推測止まりではあるが、筋の通る理由は思いついている。
 至極真っ当かつ単純明快で、分かりやすいにも程がある理由。
 そしてそれは海人がローラをあそこまで許容してしまう理由にもなる。

 とはいえ、正直未だに半信半疑だ。

 もし当たっているのであれば、ローラの思いの強さはもはや狂気。
 本人でもどうしようもない何かに突き動かされているとしか思えない。
 なにより、常に張り付いているあの無表情が、彼女にそんな人間味があるのかと疑念を抱かせる。
 海人が唯一の例外なのではないか、と。
 
 が、刹那の推測を補強する事実がある。
 
 一昨日ローラの言葉から一瞬感じた、激しい熱。
 あれが気のせいでないとすれば、普段隠しているそれが滲み出たという事。
 今にして思えば、最後の海人ならば、という言葉は強引に付け足したような印象もあった。  

「もしそうであれば……いや、いずれにせよ詮索は良くないか。当たっていれば、尚更」

 そう呟くと、刹那は再びゆっくりと歩き出した。








 
 










 メイベルは、一人執務室で黙々と書類を捌いていた。

 書類を手に取り、目を通して、サインをする。
 書類を手に取り、目を通して、修正してサインをする。
 書類を手に取り、目を通して、却下箱に放り込む。
 書類を手に取り、目を通して、却下箱に叩き込む。

 そのうち目が疲れてきたのか、手を止め、肩を回し、なんとなく低位の火炎魔法を発動させる。
 目線よりも高く積み上がった未処理の書類にぶち込みたい衝動をなんとか堪え、魔法を解除した。

 そして作業に戻ろうとしたところで、ノックと共にドアが開く。

「姉さん、追加の書類持ってきたよー」

「………………」

 妹の声を無視して、書類の処理に戻るメイベル。
 が、レザリアが机の前に書類の山を追加した際はギリ、という歯ぎしりの音を返した。
 
「あ、さっき持ってきた書類まだ未処理じゃん。早いとこ片付けないとまた徹夜だよ?」

「……………………」

 軽い調子で一時間ほど前に持ってきた書類を叩く妹を、あくまでも無視する。

 口調こそ軽いが、レザリアの負担はメイベルと同等以上。
 昨日はハロルドの送迎で多少免除されたが、根が真面目な彼女は夜に挽回したので楽にはなっていない。
 これは虚勢の一種であり、姉に心配をかけまいという気遣いなのだ。

 まかり間違っても八つ当たりでぶっ飛ばしてはいけない、メイベルは己にそう言い聞かせながら書類を捌き続ける。 

「おーい姉さん、おーい」

「っだあああああああああああああああああああっ! 聞こえてるわよ!
何なのよこの書類の量は!? 読んでも読んでも、書いても書いても終わらないじゃない!?
むしろ一日ごとに量増えてるわよねこれ、絶対!」

 ぼすぼすぼす、と書類の山を叩くメイベル。

 ローラ不在初日は、まだよかった。
 今朝死人のような顔色でひたすら書類に向かっていたコグラスト三姉妹はノックアウトされたが、それだけ。
 彼女らを叩き起こして総力で処理すれば余裕はなくとも間に合う範囲だった。

 それが日を追うごとに書類の量が増え、ついに許容量を超えた。
 目を通しても目を通しても尽きる事のない書類。
 サインしてもサインしても終わらない書類。
 
 優先順位をつけて期日には間に合わせているが、このままではそれも怪しい。
 もしこのまま増え続ければ、三日後には期日を守れない書類が出てくる。 

「しゃーないじゃん、ナーテア教絡みの農村の処理方針決まったし。
移転手続きから何からやる事一気に増えたんだもん」

「分かってるわよそんぐらい! ああお肌が荒れる! 唇がかさつく! 髪の艶が失われる!
このままの生活続いたら私の本業の方に差し障り出るわよ!?」

 ガルルルッ、と獣の如く唸るメイベル。
 
 私的に容姿が損なわれる事が我慢ならないというのは事実だが、実際そうなれば仕事にも支障が出る。
 メイベルの本分は色仕掛けを用いた篭絡、容姿と話術を活用した交渉など。
 容姿が損なわれれば、当然悪影響は甚大。
 
 書類仕事を苦手とする者達、具体的には戦闘馬鹿の同僚約二名を連日徹夜させてでも負担を減らす必要がある。
 メイベルの容姿が損なわれる悪影響と、彼女らの疲労による戦闘力減少では明らかに後者の方がマシだ。
 その程度良いハンデだと不敵に笑うような連中なのだから。
 
「確かにそうなりそうだねぇ……んじゃ、これあげる」

「……これは?」

 手渡された円柱状の金属ケースを見てから、レザリアに再び視線を向ける。

「出掛ける前にローラさんから渡された美容クリーム。
寝る前に肌にまんべんなく塗ればそれだけで十分なお手軽製品って言ってたよ。
ただし他の子には絶対に秘密にするように、特にシェリス様には、だってさ」

「……あの子が美容クリーム? ふーん……面白そうね」

 先程までの荒れ具合はどこへやら、メイベルはにんまりと笑う。

 メイベルの知る限り、ローラは美容に興味がなかった。   
 元々絶世の美貌な上に、手入れをしなくても肌荒れ知らずとなれば無理もないが。
 女の嗜みという事でメイベルが化粧と手入れを叩きこみ習慣化させたが、それを変えようとした事は一度もない。

 そんなローラが推す美容クリーム。
 興味を抱くなという方が無理というものだ。
 加えて、どうしてそんな物にローラが興味を抱いたのかを考えればメイベルの頬も緩む。
 
(良い恋してるみたいじゃないの。となると、親友としてはもう少し頑張らなきゃいけないかしらね)

「そうそう、昨日言い忘れたけど、コーヒーも念願の豆手に入ったみたいだよ。休暇終わったら飲ませてくれるってさ」

 姉が活力を取り戻し始めたのを確認し、レザリアは駄目押しをする。
 もう十分だとは思っていたが、念のためだ。

「え? コーヒー豆? 美食家の侯爵から手に入れた物でも満足しなかったあれ?」

「そ。王家からかっぱらった物でも却下くらったあれ」

 呆気にとられた姉に、レザリアは苦笑する。

 かつてローラが求める次元のコーヒー豆を探した時は、本当に色々と手を尽くした。
 ある時はメイベルが美食家で知られる侯爵の秘蔵の豆を手に入れる為、篭絡。
 またある時はレザリアが王族しか飲む事を許されないというそれを手に入れる為に、潜入・窃盗。
 
 不正を暴いて爵位剥奪させるついでだったり、仕事の過程で王城が焼かれる前に確保する為だったり、
何かしらのついでではあったが、間違いなく高品質の物を集めてはいたのだ。

 が、どれもローラには却下された。
 こんなものなら、あえてコーヒーを飲む価値はないと。

 ローラの求める物がいかなる美味なのか、メイベルが気になっていなかったはずがない。
 ましてそれをもうすぐ飲めるとなれば、どんな反応を示すかは明白。

「……いよっし! そんじゃ、あの子が帰ってくるまできっちり留守守りましょうか!」

「その意気その意気。んじゃ、あたしも仕事に戻るねー……そろそろシェリス様泣きそうだし」

 肩を竦めながら部屋を後にするレザリア。

 困った事に、可愛らしい主君は限界間近。
 なんせローラが抜けた影響を一番受けているのが、彼女なのだ。
 重要度が極めて高い案件の決定を下せるのは、ローラ以外には主君たるシェリスのみ。
 まだまだ善良な主君には精神的に負担が大きい案件が、普段の倍以上のしかかっているのだ。

 となれば、補ってやる他ない。
 こんなところで崩壊されては、ローラのこれまでが報われなすぎる。 
 
 自分が特大の時限爆弾をぶん投げた事を知らぬまま、レザリアは気合を入れ直した。




















 ≪エレガンス・タイム≫事務室。
 応接室になる事もままあるこの部屋に、コーヒーの香りが漂っていた。
 香ばしく、蠱惑的で、心奪われるその香り。

 ランフォードも幾度となく嗅いだ香りだが、飲むと香りと味の落差に落胆する事が多かった。
 香りの魅力と飲んだ時の味が、釣り合っていない事が多すぎたのだ。
 なまじ、全てが釣り合う完璧な一杯を知っていたからこそ、その落胆は大きかった。

 が――――今日は違う。

「……おお、これじゃ……そう、こういう味じゃった。
まだまだ届かぬが、それでも姿が捉えられた……そうか、豆が違ったのか」

 震えながら、思わず涙をこぼすランフォード。

 これまでどれほど努力しても、足元にも及ばなかった味。
 いかなる手法を用いればあのような美味が生まれるのか、考えに考え抜いても分からなかった。
 大金を費やし、膨大な時間を費やし、それでもまるで似た物にすらならず、己の能力に絶望を抱いた事もある。
  
 それが今日ついに、味が手の届く所まで及んだ。

 以前一度だけ飲んだコーヒーには、まだまだ程遠い。
 あの日飲んだコーヒーが、どれほど完璧であったかつくづく思い知らされる。
 かの店主や看板娘の美貌を思い出すと、あるいは天上の女神が気まぐれに地上に出した店だったのでは、とさえ思う。 

 しかし、どう足掻いてもかすりもしなかったかつてに比べれば、希望に満ち溢れている。
 あの一杯が幻ではなかった、それを確信できただけでもこれまでの人生が報われた気がした。

 そんな感激しきりのランフォードに対し、ハロルドは頭を下げる。 
 
「すまんな。わしがかえって足踏みさせてしまったようじゃ」

「何を言うか。お主で仕入れられねば、他の誰が仕入れられる。
なにより、こうして調達してくれたじゃろうが」

 申し訳なさそうな友人の言葉を、きっぱりと切り捨てるランフォード。

 この友人がどれほど有能で、どれだけ自分の頼みの為に駆け回ってくれたかは良く知っている。
 それで調達できなかったという事は、この豆がここにある事自体が奇跡に近い。そう確信できるほどに。 

 こうして時間はかかっても答えを用意してくれた事に感謝こそすれ、恨みなどあるはずもない。
 
「そう言ってくれればありがたい。が、先程も言ったが追加仕入れは……」

「期待は出来ん、じゃろ。仕方あるまい。お主がこれまで見つけられなかったような豆じゃ。
見つかっただけでもありがたい。無論、次を心待ちにはさせてもらうがの」

「努力はするがの……ん?」

 ハロルド達の会話の途中で、ノックの音が響いた。
 どうぞと促すと、ドアが開き老人―――オーガスト・フランベルが入ってきた。

「すまんな、邪魔するぞランフォード。ハロルド、ちと頼みがある」

「なんじゃオーガスト。改まって」

「……いや、ちょいと今月金が足りんでな、何か良い仕事ないかの?」

「やれやれ毎度毎度金欠じゃなぁ……丁度頼もうと思ってた案件が幾つかある。後で出そう」

「すまんの。しかし、またコーヒー研究か。凄まじい執念じゃな、まったく」

「ふ、今日の一杯を飲めばわしの気持ちも分かるはずじゃ。飲んでみるか?」

「ほう? では、いただこうかの」

 ランフォードに促され、オーガストは席につく。

 なんとはなく、オーガストはランフォードの所作を見物する。
 火属性魔法で湯を沸かす手際、それを挽いた豆に回しかける動き、
全てが流れるように繋がり、まるで演舞を見ているかのようだ。  

 やがて一杯のコーヒーが入り、オーガストの前に差し出される。
 熱々のそれを飲んだオーガストは一瞬目を大きく見開いたが、直後首を傾げた。

「どうかしたかの?」

「いや、美味いには美味いんじゃが……いつじゃったかなぁ……うーむ……」

 ランフォードの問いに答えつつ、オーガストは再びコーヒーを口に含みながら唸った。
 非常に美味いコーヒーなのは間違いないのだが、なぜか味が記憶の琴線に引っかかったのだ。

「この味に心当たりがあるのか!?」

「正確には同等の質、かの。香りなどは結構違う……うーむ十年、違う、二十年……もっとじゃな」

 ランフォードの問いに答えながら、オーガストは記憶を遡る。

 オーガストの記憶力は、極めて高い。
 過去の印象的な事件は勿論、冒険中の些細な気づきまで、多くを記憶している。
 忘れる事もあるが、直前直後に新たな美女との出会いがあった時ぐらいだ。
 
 それを良く知っているハロルドとランフォードは、思わず身を乗り出す。
 
「思い出せオーガスト! もし豆が手に入れば先程言った仕事の報酬以上に弾むつもりじゃ!」

「向こう一ヵ月ここの昼食タダも付けるぞ!」

「わーったから急かすでないわ……むう、三十年以上か……うーん……あっ! 
ああそうか、そうじゃったな! いやはや、すっかり忘れ去っておったわい!」

 ようやく該当する記憶に当たり、オーガストは満足そうに手を叩いた。

『思い出したか!?』

「うむ、三十四、五年前にフォグ先輩と見つけた豆じゃ。
試しに焙煎して飲んでみたら絶品だったんじゃが、少量しかなくてのう。
フォグ先輩が自分で栽培して増やすと言って根こそぎ持ってっちまったんじゃ」

「……フォグさんが!? おいこらオーガスト! そんな大事な事なんで今まで黙っておった!?」

 ハロルドは思わずオーガストの胸倉を掴み、問い質した。

 フォグという名前はさして珍しくないが、オーガストが先輩と付けるとなれば一人しかいない。

 ≪憤激の闘士≫フォグ・ダンチェスト。
 オーガストよりも十歳上で、一時期名を馳せていた冒険者だ。

 オーガストには到底及ばないが、彼の功績は多い。
 ラスベルトア防衛戦における千以上の魔物の撃破、新種の薬草発見数三十以上、
新種の魔物発見数五十以上、中位以上のドラゴン退治も何度かやっている。

 が、彼はある時期を境に、オーガストが言った時と同時期にぷっつりと姿を消した。
 これと言った前触れもなく、本当に唐突に。 
 
 冒険者にはよくある話なので、当時はハロルドも静かに黙祷を捧げるにとどめていたのだが、
オーガストの話が事実なら色々とひっくり返る。

「いや、丁度フォグ先輩と別れた時に、侯爵家の御令嬢に手を出した事がバレての。
ついでにその過程で公爵家の次男ぶん殴った事とか、伯爵家の長男ぶっ飛ばした事とかもバレて逃げ回る羽目になったんじゃよ。
そこから二年近くあちこち逃げ回りながら暴れ回っとる間に完全に忘れておったわ」

 しまったなぁ、と頭を抱えるオーガスト。
 
 昔、オーガストは色々フォグの世話になっていた。
 金が無くて野外で食料を調達していた頃に、町で食事を奢ってもらった事。
 色々やりすぎて冒険者資格停止が検討された時にその阻止に駆けずり回ってくれた事。
 細かい事まで数えれば、枚挙に暇がない。

 色々必死だった時期とはいえ不義理をしてしまった、とオーガストは悔やんでいた。 

「こ、今回ほどお主の女癖を呪った事はないぞ……! フォグさんの連絡先は分かるか!?」

「落ち着かんか馬鹿もん。フォグ先輩が生きとればもう八十五じゃろ。
それに、連絡先は聞いておらん。そこから土地を探すという話じゃったからな。
じゃから、栽培に成功したら連絡くれるという約束だったんじゃよ。それがないという事は、失敗したって事じゃろ。
ま、場所が分かれば挨拶か、あるいは墓ぐらい参りたいがのう」

 今にも食らいつきそうなハロルドを、オーガストはどうどうと窘める。

 オーガストでさえ、もはや同世代の平均寿命は越えているのだ。
 十も年上だったフォグが存命である可能性は、極めて低い。
 生きていても、ボケている可能性もある。

 そして、オーガストはかつてフォグと賭けをしていた。
 いつかこの美味しいコーヒーの栽培に成功した暁には、参りましたとコーヒー畑でフォグに土下座すると。
 荒っぽい自分達冒険者には農作業なんて無理だろう、と言い切ったオーガストに、そう挑戦してきたのだ。

 酒を飲みながらの他愛ない話だったが、律儀なフォグが忘れるとは思えない。
 今にいたるまで連絡がないという事は、単純に失敗したか、途中で寿命が尽きたかだ。
  
「むう、それもそう…………待て。お主に連絡? 女癖のせいでつい最近まで定住してなかったお主に?」

「いや、ずいぶん大昔に買ったボロ家があるじゃろ? あそこに……む? 考えてみると二十五年ぐらい前からあそこ戻っておらんな」

「こんの大馬鹿者がぁぁぁぁぁっ! それじゃ分からんし、あのボロ家の郵便箱で二十五年も放置されとったらもう手紙腐っとるじゃろうがぁぁぁっ!」

 老人とは思えぬ怒号を放つハロルド。
 あまりの声量に、コーヒーカップがカタカタと揺れている。

 オーガストの言うボロ家は、まさしくボロ。
 全てが安物の木材で出来ており、屋根に穴が開いていた。
 さらに言えばそこから入ってきた雨で床板も一部腐敗していたという筋金入り。
 郵便箱も小さな木製で、一部腐っていた。

 それが、二十五年前の話だ。
 もし手紙が届いていたとしても、無事だとは思えない。
 そもそも郵便箱の容量が少なすぎる為、溢れて外にはみ出ていた可能性もある。
 そうであれば、風雨にさらされもはや原形すら留めていないだろう。
 
「その点は大丈夫じゃ。長期不在当たり前だったんで、郵便箱はメルべリス鋼製のデカいもんに変えといたからの。
雨さえ入ってなきゃまだ読める可能性高いぞ」

 ハロルドの懸念を、あっさりと否定するオーガスト。

 元々、ボロ家を買った理由は土地が安かったから。
 女絡みの嵐が通り過ぎたら自分で適当に家を組み立てるつもりで買ったのだ。
 結局建てぬまま忘れ去ってしまったが、連絡先としての機能はあった方が便利、と郵便箱だけは頑丈な物に変えていたのである。

「威張れた事かっ! ええい、確かあのボロ家の場所は……」

「覚えとるし、必要なら連れていくぞ? 郵便箱の鍵はないが、まあ、ぶっ壊せばよかろう」

「ならば今すぐ行くぞ! ランフォード! 吉報を待っておれ!」
 
 ハロルドはオーガストの襟首をつかむと、そのまま外へと駆け出して行った。


コメント

ローラさんと海人の絡みが相変わらず良い感じで、ニヤニヤしてしまいました
初めて二人きりで朝食を摂った時から、なんとなく夫婦っぽい雰囲気はあったのですが……
最近は内助の功的な場面もあったりで、より夫婦っぽさが強くなってきた印象です
[2018/01/29 06:52] URL | #- [ 編集 ]


こう…本人達の知らぬ間に過去の何かが暴かれていくのは群像劇の醍醐味と言えなくはないですねぇ。
刹那は…恋心の自覚があるのだろうか?
ローラは…何だろう、自分の感情が面に出ないように封印?あるいは無理矢理押さえ込んでいる?そんな感じがしますね。

追伸
なかなか旨いらしいコーヒーおでんネタはいかがでしょうか?
[2018/01/29 07:59] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


更新、お疲れさまです。
ローラの過去が少しづつ語られる一方、シェリス邸の戦い、コーヒーと話が多岐にわたり読みごたえがあって面白かったです。

今のところ、仲は深まりつつも関係性は停滞中に見えるカイトとローラがどうなるのか、楽しみです。
執筆活動、頑張って下さい。
[2018/01/31 23:01] URL | ガリナオ #- [ 編集 ]


更新ありがとうございます。オーガスト老のテキトーぶりはすごいですね。
[2018/02/01 09:34] URL | ロボット三等兵 #- [ 編集 ]


>絶対に秘密にするように、特にシェリス様には

この子はあれかな?無自覚ボンバーマンかな?ああ、見える!カイトの首を絞めてのろっているお嬢様が見えるぞ!

んで、爺さんs。そうだよな、オーガスト翁がハチャメチャだから想像つかないけど、先輩とかいるんだよね。
・・・・・・・・・こいつの先輩。
常識人なんだろうか(汗
[2018/02/04 10:53] URL | 飛べないブタ #t50BOgd. [ 編集 ]


第十部はローラの出番が多くてとても幸せです。
ただ、幸せな分、滑り台の階段を上っているような気がして胸が苦しい…
[2018/02/04 17:56] URL | ローラ好き #Ypu6lp9k [ 編集 ]


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