ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄106
 朝食後、雫はあまりにも無情な現実に打ちのめされていた。

 先程垣間見た姉の、性悪さたっぷりの笑み。
 見た瞬間海人の元に駆け出し、それを訴えたのだが全然信じてもらえなかった。
 正確には嘘ではないとは信じてもらえたものの、錯覚じゃないかと言われてしまったのである。
 
 必死で訴えている間に時間が経ち、続きは朝食後という事で再び訴えているのだが、結果は先程とまるで同じ。 
 むしろ、食後のコーヒーを優雅に楽しんでいる分より状況が悪くなっていた。

「信じてくださいってば! 明らかにあんときのお姉ちゃんの表情はヤバかったんですってば!」 

「作った表情だと何度も言っているだろう? いくらなんでも取り乱しすぎだぞ、雫」

 砂糖を多めに入れたコーヒーを楽しみながら、刹那は呆れ交じりに妹を諭した。
 言っている事は紛れもない事実なのだが、激しく思い込んでいる雫には通じない。

「自覚がない方が余計に怖いよ! ねえ海人さん信じてくださいよぉ……!」

「いや、これだけ繰り返して言われれば流石に多少信じる気にはなっとるぞ?
が、元々刹那は私から見ると真っ直ぐすぎるぐらいだからな。私としては若干擦れてくれた方が付き合いやすい。
実利的にも誰かに言葉巧みに丸め込まれて利用されるよりは……いや、それは現状でも難しいか」

 雫に返す言葉を、海人は途中で修正した。

 愚直すぎる程に真面目な刹那だが、決して猪突猛進ではない。
 戦闘中は言うに及ばず、日常生活においても察しが良く、そこから思考を巡らせている。

 護衛として雇ったばかりの頃は、正義感の強さと騙されやすそうな点を心配もしたが、今は違う。
 普段は真面目すぎる性格の裏に隠れて目立たない、そのしたたかさな性質が見えている。


「そーですよ! お姉ちゃんは場合によっちゃ私よりよっぽど頭回るんです!
金があるのに依頼完了後に報酬値切ろうとしてた村長の時は、追加で内臓から骨までみじん切りにしといた魔物の死骸も持ってって、これも買い取っていただけませんかって血まみれの目玉差し出して値切りの言葉自体封じて追加報酬もぎ取ったぐらいです!
仕事の協力持ち掛けてきた冒険者に襲われた時なんか、前もって過剰なぐらいの物資準備させといて、丸ごと巻き上げたんですよ!?
こんなお姉ちゃんがあたしぐらいに性格悪くなったらどうなっちゃうと思ってるんですか!?」

 我が意を得たり、とばかりに言い募る雫。

 刹那は雫にとって真面目でからかいやすい姉だが、それはあくまで平時の話。
 戦闘時や仕事の交渉の時などは、普段のお間抜け具合は地平の彼方にすっ飛んでいく。
 特に騙そうとする人間には敏感かつ悪辣で、最低でも回避、最高で利用して更なる利益をもぎ取る。
 性格ゆえに結果として台無しになる事もままあったが、大概の交渉事は任せて問題なかったのだ。

 そんな姉が自分と同等の悪辣さを持ったら。
 そのあまりに恐ろしい想像に雫の背筋が凍るが、目の前の二人は暢気なものだった。

「うむ。金の交渉だと本当に頼りになりそうだな、刹那は。
ちなみに、その時はどうなったんだ?」

「……村長が自発的に差し出してきた倍額の依頼料は、翌日会った飢え死にしかかってた親子にあげて消滅。
巻き上げた物資は、帰り道に地面から襲ってきた巨大ワームに食われて消失。
死体の始末は必要なくなりましたけど、ついでに仕事の依頼品まで食われました。
ええ、見事なぐらい綺麗さっぱりお金は消えていきましたとも」

 海人の見透かすような問いに、荒んだ目で答える雫。
 冒険者時代の彼女らにとって、お金というのは使う前に消える事が常だった。

「……親子に騙された、という可能性は?」

「演技であんだけガリッガリに痩せられるんなら、その芸で食ってけると思います」

「……それはまた不運でしたね」

 平坦な声で返ってきた雫の言葉に、ローラの目に僅かな憐憫が宿った。
 本当に僅かで、海人以外の誰一人として気付かないレベルではあったが。

「ええ、不運でしたとも。でもそんな不運は海人さんに雇われてから消えたんです!
今はまったりだらだらとっても幸せなんです! この生活が脅かされるなんて、断じて許せません!」

「ふむ。ちなみに、具体的には何をしろと?」

「大した事じゃありません。あまり調子に乗りすぎるとくすぐり一時間とでも言ってくれれば即解け――――」

「何を恐ろしい事をほざいているか愚妹ぃぃぃぃぃぃっ!?」

 雫の言葉を遮るようにして、それまで落ち着いていた刹那が真横の妹を蹴り飛ばした。

 叫びながら放たれた蹴撃は、まさしく奇襲。
 放たれる直前に回避態勢を取り始めていた雫ですら、回避しきれぬ一撃。
 打点をずらし直撃は避けたにもかかわらず、雫の体は壁面へと吹っ飛んでいく。
 雫は態勢を整え上手く床を蹴って勢いを殺すが、それでも止まらない。

 あわや壁をぶち抜くかというところで――――雫の体は唐突に止まった。

 海人の作った、無属性の防御障壁に叩きつけられる事で。

「っ!? っ!? っ~~~~~!?」

 超強度の障壁に叩きつけられ、悲鳴も出さずに悶え苦しむ雫。
 びったんびったんと床を跳ねる様は、まるで陸に打ち上げられた海老のようである。

「あ、あの海人殿……流石に今のは……」

「いや、あの勢いなら勢いを程良く緩和したところで砕けると思ったんだがな。
少し、魔力を込めすぎたか……すまん、雫」

「あんまりですよぉぉぉぉ~~~! 今のはあたしよりお姉ちゃんに非があるでしょう!?」

「恐ろしすぎる事を言ったお前が悪いんだろうが!」

「恐ろしすぎる笑顔見せたお姉ちゃんが悪い!」

 ぎゃーぎゃーと罵りあう姉妹。
 額を突き合わせ、というかぶつけ合いながら睨み合っている。

 あまりの騒々しさに止めるべきか、と海人は一瞬立ち上がりかけるが、
その際視界に入ったローラの顔を見て、座り直した。

 苦笑しつつ姉妹の喧嘩を見物しながら、コーヒーを楽しむ。
 そしてカップが空になる事には、言い争い続けた姉妹が肩で息をしていた。

「そろそろ落ち着け二人共。今のは加減を間違えた私が悪い。
とはいえ、室内で蹴り叩きこんだ刹那にも、叩きこまれるような発言した雫も同様に非はある。
ここはお互いさま、ということでどうかね?」

「……ちなみに、受け入れなかった場合は?」

 姉を横目で睨みながら、雫は尋ねる。
 言い分に納得はしつつも、素直に受け入れがたい程に先程のダメージが大きかったのだ。

「その場合は仕方ないな。一応客人の前で暴れてしまった君らに、社会的な上下関係を思い出させる他あるまい。
平等に、後で十分ほど笑い狂ってもらうとしよう」

『申し訳ありませんでしたぁっ!』

 手をワキワキと動かしながら嗤う主君に、宝蔵院姉妹は揃って土下座を敢行した。
 そんな二人を見下ろしながら、海人のカップに新たなコーヒーを注いでいたローラが口を開く。

「……凄まじい効果ですね。やはり、是非とも学びたい技術です」

「やめておけ。色々細かいコツがあるし、慣れた手法が一番だ」

「その言い方だと、海人さんくすぐりが一番慣れてるって事になりません?」

「正確には、慣れた技術の応用だな」

「あの、慣れた技術というのは何でしょう? もし次があった場合、試しにそちらをお願いしたいのですが……」

「秘密だ。そして、現状やるつもりはない。ただまあ、実際そろそろくすぐり以外の罰も考えておかんとな。
ワンパターンでは最悪慣れが生じてしまう。が、ツボ押しは効果が薄い。
減給も刹那の場合効果薄いだろうし、供給物を絞ってもやはり効果が薄そう……良い案がないんだよなぁ」

「ツボ押しも十分に過酷でしたが……」

 おずおずと、刹那が手を上げながら反論する。

 くすぐりもだが、ツボ押しも十分恐ろしい。
 激痛を伴う箇所だけを的確に、かつ痛みに慣れる前に抉り続ける超絶技巧。
 手が離れる瞬間は一瞬痛みから解放されるが、それはむしろ直後の激痛の味わいの鮮度を保つ口直し。
 痛みには慣れている刹那でさえ、悲鳴が止められず妹の前で泣き叫ぶ羽目になった地獄の拷問である。

 が、海人はしれっとのたまう。

「痛みには割と耐性あるだろう? くすぐり程有効とは言い難い」

「普通に暴力系でよろしいのでは? カイト様でしたら頻度も知れているでしょうし、効果的かと」

「拳骨叩きこむぐらいなら構わんが、わざわざ罰を与える程のやらかしだとその程度で済ませていい事は少ないからな。
かと言って強烈にすればこっちの罪悪感が笑えん事になる。尻叩きなら恥辱と威力の両立も可能だが、この二人にやると性犯罪者だ」

「……少々意外ですね。罰に関してはあまり得意ではないようで」

「男相手なら色々案も出るがな。衣服を創造魔法製にすり替えて人目のない所で全裸に強制変身、
顔に誰だか判別できる程度の愉快な落書きを施して町を散策、髪を七色ぐらいに染色して髪型もウケ狙いに一ヵ月ほど強制変更、
ふんじばってから無属性魔法の結界を展開して逃げ場を封じて私開発の各種射撃の実験台、とか」

『……お、女に生まれてよかった……!』

 流れるように海人の口から溢れた外道な罰の数々に護衛姉妹は戦慄し、安堵した。
 口に出された罰の一つでも実行されたら、そう思うと背筋が凍る。

「射撃の練習台は別に構わないのでは? 御二人なら問題なく耐えきると思いますが」

「試す射撃によっては加減をトチった場合傷が残りかねん。
男ならまったく気にならんが女性、それも美女となるとどうしても気になる」

 ふん、と軽く鼻を鳴らす海人。

 確かに射撃練習の実験台は罰としてマシな方だ。
 二人共優れた武人なので、海人が本気で殺すつもりでもなければ問題は起きない。
 息も絶え絶えな状態にはなるだろうが、それ止まりである確率は高いのだ。
 
 が、内容によっては二人の体に傷が残る可能性もある。
 身内、それも類稀な容姿を誇る女性二人に、だ。その危険は極力避けたい。
  
 かといって意図的にそういった攻撃を排除すれば緊張感の欠如に繋がり、罰としての意味が薄れてしまう。
 本気で嫌がり、もう二度と御免だと思うからこそ、罰を与える意味があるのだ。

「あら、私相手には随分と砲撃を容赦なく叩きこんでおられませんでしたか?」

「私が罰に使うような射撃があの程度の威力だと思うか?
つーか、何を改良する時の心配をしているかぐらい君は見当つくだろうに」

 ローラの言葉に、海人は軽く首を傾げた。

 ローラに使ったような魔力砲であれば、威力の心配は不要。
 そもそもが自分の魔力を意思で動かしているだけなので、調整は容易。
 その気になれば、当たる直前に霧散させる事も出来る。

 となれば、消去法でローラに見せた事がある銃器の改良であると見当をつけるはずだ。
 引き金を引くだけで使用できてしまい、調整の利きそうにないあれだからこそ心配していると。

 事実、海人のその予想は的中していた。    

「ええ、勿論。ですが――――私は身内ではないだろう、とは仰らないんですね?」

「……身内ではなくとも、友人だとは思っているからな」

 ローラの言葉に一瞬間を置き、海人は淡々と答えた。
 ほんの一瞬、カップが微かに不自然な揺れ方をした事は自覚しつつも。

「そうですか。喜ばしい事です」

 海人の言葉に返されるのもまた、淡々としたローラの声。
 しかし、それはどこか弾むような響きが感じられた。
 
 



 
  







 シェリスは書類の山に囲まれながら、思う。
 そろそろ、倒れても許されるのではないかと。

 突如起きたローラ不在。
 それに伴って発生した、大量の仕事。
 部下達の奮闘の甲斐あってシェリスの所には重要案件しか回ってきていないが、
それでも平時と比べれば増加量は馬鹿にならない。
  
 最大の原因は、先日のナーテア教絡みの後始末。
 溶け込んでいた人間があまりにも多く、それが一斉に消えた為、影響が洒落にならなかったのだ。
 あっちこっちに人を飛ばして一時をしのぐだけでも、多数の人員を割かれた。
 当然、その中にはトップレベルの能力を誇る最古参メイド達も含まれている。
 
 そのせいで、ただでさえ頭を悩ませることの多い重要案件の処理量が激増。
 判断を誤ればそれだけで多数の死者が出る、そんな案件の量が増えたのだ。
 
(……一応良い方向に話を進められたから、問題はないのだけど)

 いつもより味の落ちる紅茶を呷り、大きく息を吐く。

 結果としては、上々だ。
 特に影響の大きかった各農村に、立ち退きを迫られていた孤児院を移転。
 指導者として知識はあれど自ら農作業には出れなくなった者達を集め、孤児達に指導しながら農作物の維持を行う。
 勿論万事上手くいくとは思っていないが、本人達の話を聞く限り大きな問題はなく、孤児達の熱意次第らしい。

 そして、その孤児達の熱意に関しては問題ないとシェリスは確信している。
 
 親がいない孤児達は、元々糧を得る事の難しさと有難さを深く知っている。
 今までに孤児院の職員たちがどれほど頑張っているかを直に見せ、手伝いたいという思いも育ませた。
 現状では手伝ったところで邪魔にしかならないだろう、という無力感も。

 そんな彼らに、農村をあてがったのだ。

 作物は既にあり、やる事はそれを育むだけ。
 そして決まった税さえ納めれば、残りはそのまま自分達の糧に出来る環境。
 それに加え彼らに無い知識や技術を補い、教授してくれる指導者。
 育まれた無力感が自分も役に立てるかもという希望に変わり、現状の士気は非常に高い。

 かつてローラの前で恐怖に震えながら語った理想。
 その実現に、僅かながら近づいたと言えるだろう。
 
 が、それでもこの書類の山は看過しがたい。
 直接交渉が必要な案件が粗方片付いた証明ではあるが、これを処理しなければならないという現実でもあるのだ。

「それだけローラに頼りっきりだって事なんだけど……夢はまだまだ遠いわね」

 ぼやきながら、新しい紅茶を自分で淹れるシェリス。
 
 幼い頃抱いた夢の実現は、至難。
 昔は自分が生きている間に実現してみせると思っていたが、
様々な経験を得た今ではそれがほぼ夢物語である事を知っている。

 少なくともたかが一代で成し遂げられる夢ではない、と。

 が、基礎を築く事は出来る。否、築かねばならない。
 かつてローラに語った夢を遠い未来で結実させる、その為に。
 世間もろくに知らぬ小娘の戯言に、破格の条件で付き合ってくれた者達の為にも。

 決意を新たにしていると、ドアがノックされた。 
 
「シェリス様、本日分の交渉一通り終わらせてきました。
全て、予定通りの条件で合意しています。契約書類はこちらに」

「ありがとう、レザリア。悪いわね、ずっと駆けずり回ってもらって」

 書類の束を差し出してきたレザリアに、シェリスは感謝を述べる。

 実際、深く感謝していた。
 なにしろ、今回一番激務を課されているのはレザリアなのだ。
 その変装技術と交渉能力ゆえに、シェリスのサインが必須の交渉以外では代替可能。 
 体力的にも非常にタフで、あちこち駆けずり回っても滅多に体力切れを起こさない。
 それでいて事務能力も非常に高く、最古参の中でも上位。

 ゆえに、今回は本当に酷使していた。

「ま、こんなもん大したこっちゃないですよ。気合で何とかなります」

「そう。本当に、いつも悪いわね……まあ、一番負担かけてるのはローラになんだけど」

「ふふ、御存知の通りあの人は超人ですからね。ちょっとやそっとじゃどうにもならないですよ」
 
「それでも負担は大きいでしょ? でも、つくづく分からないのよね……」

「何がです?」

「ローラが私に雇われてくれた理由よ。
こう言っては何だけど、今から思うと寝言は寝てほざけって蹴り飛ばされてもおかしくない交渉だったわ。
正直、未だに雇われてくれてる事自体現実とは信じきれてないわ」

 溜息を吐き、シェリスは紅茶を呷る。

 ローラ・クリスティアは極めて現実主義な女性。
 十年にわたる付き合いで、それはとことん思い知らされた。
 おかげで今は必要に応じて冷酷に徹し、理想ゆえの無駄な犠牲を出さずに済むようになっている。 

 だからこそ、分からない。

 世間を知らぬにも程がある、公爵家の一人娘。
 自分がどれほど守られ、汚い事を知らずに済む環境にいたかも知らなかった少女。
 唯一誇れなくもなかった理想を目指す意志とて、柵に守られた羊が叫んでいたようなもの。

 必死でかき集めた交渉材料も、ローラの前には塵芥。
 金は既に使いきれぬほどにあり、希少品はシェリスの手持ちなど比べ物にならない。
 権力も武力で薙ぎ払えばいい、それを実現しうる実力の持ち主。

 実際、交渉の場でローラは眉一つ動かさなかった。
 静かにシェリスの目を見据えてはいたものの、興味など欠片もない。
 気まぐれに戯言を聞いてみるか、そんな態度だった。

 にもかかわらず、なぜローラは雇われる気になったのか。
 いくら考えてもそれが分からない。

(その馬鹿さ加減をどこまで突き通せるかに興味が湧いたとは言ってたけど……) 
 
 うーん、と考え込むシェリス。

 たかが興味、そして契約が守られているという程度であの化物の手綱を握らせてもらっているというのは違和感を覚える。
 まして、ここ数年の人使いの荒さは許容限度を軽く越えていて何の不思議もない。
 未だに、よく腹いせで首が落ちていないものだと自分で感心する事がある。

「心配しなくても、総隊長は約束は絶対に守りますよ。その点に関してはあたしが保証します」

「……メイベルに次いで付き合いが長いらしい貴女が言うなら、そうなのかしらね」

「ええ……まあ、契約破られた場合はこれまでのツケも含めて楽には死ねないでしょうけど」 

「ちょっとぉっ!?」 

 ぼそっと呟いたレザリアの不吉な言葉に、思わず身を乗り出すシェリス。
 
 契約を破る気は微塵もないが、それでも恐ろしすぎる話だ。
 ちょっとの気の緩みで、想像を絶する地獄にひとっ飛びなど。

 そんな涙目で詰め寄る主君を宥めながら、レザリアは思う。    

(……やっぱり綻び始めてる、か。複雑だなぁ……)

 表情を変えぬままシェリスに揺さぶられつつ、レザリアは心の中でぼやいた。

 ローラの願いを、思いを知っている身としてはこの綻びはどうにかしたい。
 これまでの彼女の努力、犠牲、それら全てが無に帰す可能性に繋がるからだ。

 一方で、妹分としてはこの綻びは歓迎したいぐらいである。

 普通なら青春を謳歌しているはずの年齢を、憎悪に身を焦がしながら地獄を駆け抜けた女性。
 全てが終わった今でもその身をあえて苦境に置き続ける道を選んだ、姉貴分。
 このままでは、彼女があまりにも救われない。

(せめてカイト様がロー姉を支えてくれればいいんだけどなぁ……)

 主君を宥めながら、レザリアは祈る。
 どうかあの姉貴分に幸福を、と。
 
  
   

 


  
 










 とある深い森の中で、ハロルドは息を荒げながら舌打ちしていた。

 オーガストがかつて連絡先の一つとしていた家に向かったはいいが、道が想像以上に険しい。
 そのせいで先程森に入ってから随分進んだのに、どのあたりなのかもわからなかった。

 最大の理由は、年月を経て成長した草木が本来の道を隠している事。
 ハロルドが最後に来た時は整えられた道が森の奥まで続いていたが、もはや見る影もない。
 知らずに訪れれば、未開の森林と断言されそうな惨状である。

 本当ならば飛翔魔法で空から行きたいところだったが、長年の放置の間に鳥系の魔物が住み着いたらしく、
森の上空を飛ぶとそれらが群れなして襲ってくる。
 オーガストなら余裕だが、ハロルドがそのルートを選ぶにはリスクが大きすぎた。
 
(……このクソジジイ、女以外の護衛は油断ならんからな)

 ギリ、と歯を鳴らすハロルド。

 オーガストは護衛の腕も一流だが、護衛対象が女性であればという条件付きだ。
 老若美醜問わず女性であれば油断せずきっちり守るが、男となると信用は危ない。
 女性を護衛する時なら絶対にやらないような気の抜き方をして、格下に抜かれる事すらあるのだ。
 
 かと言って、森の入り口で待っているというわけにもいかない。
 オーガストが力づくで開けるとなれば、それは特に配慮もない拳の一撃。
 郵便箱を破壊する余波で手紙の一部が吹っ飛ぶ恐れがある。
 離れた所で監視しておかねば、とても安心できない。

 結局この面倒な道程を進む以外、道はない。
 その事実を再認識し、ハロルドは苛立たし気にオーガストへ怒鳴った。    

「ええい、仮にも自分の所有物件なんじゃからしっかり管理せんか!」  

「面倒だから嫌じゃ。つーか、あくまでもこの国での連絡先用に買っただけじゃろうが。
配達物さえ届きゃ問題なかったじゃろ」

「アホか! こんな魔境じみた場所、配達業者も嫌がるわ!」

「嫌がるだけで届くじゃろ?」

 かっかっか、と豪快に笑うオーガスト。

 流石に名だたる危険地帯やその近隣ならば配達業者も持ち込まれた段階で仕事を断れるが、
著名ではないものの踏み入るには危険、程度の場所ならそれこそ星の数ほどあり、網羅は不可能。
  
 ゆえに、こういった人里離れた場所の担当は概ねそれなりの実力者が配される。
 町や村担当の人間に比べると危険が多い分給料も高く、冒険者、傭兵、騎士など、
そういった者の引退後の収入源として人気がある職種だ。

 当然ながら、彼らはこの程度の道は恐れない。
 現役時代に潜った危険に比べれば、弱い毒持ちの蛇が噛みついてくる程度なんともないのだ。
 加えて言えば、先程見たレベルの魔物であれば彼らは大概撃退しながら悠々と空路を進める。

 が、面倒は面倒なので、嫌がられる事に変わりはない。

「お主というやつはまったく……!」

「ほれ、そう怒るでないわ、見えてきたぞ」

 そう言ってオーガストが指差す方向には、これまでの道が嘘のように開けた場所があった。

 地面は草で覆われているが、大きな木々がないため非常に明るい。

 その中で異彩を放つのは、巨大な金属製のボックス。
 薄汚れてはいるが、それでも陽光を思いっきり反射している。
 見れば上部に細長い穴が開き、その下に『オーガスト・フランベル宛』と彫られていた。   
 
 他には、見事に何もない。
 一応家の形をしていたはずの建築物も。

「…………まあ、必然じゃな」

「うむ。壊れされてるだけマシじゃろ」
 
 家の残骸と思しき木片を視界の隅に捉え、オーガストは軽く頷いた。

 これは魔物が森に住み着いていた段階で予想されていた事だ。
 多くの魔物は建築物に長らく人の出入りがない事を確認すると、そこに巣を作るか破壊する。
 巣を作られていた場合、建築物丸ごと焼き払わない限りかなりの手間なので、壊されている方が面倒がない。

 手間が省けた事を喜びつつ、オーガストは風魔法で周囲の草を一気に切り払う。
 そしてそれが地面に落ちる前に全てを風魔法で森の木々へと吹き飛ばした。
 実に見事な加減で地面スレスレを刈った為、もはや地面には僅かな草の痕跡が残るのみ。

 念の為地面に潜む生物がいない事を確認すると、オーガストは地面に布製の大きなシートを広げ、郵便箱へと歩み寄る。
 そしてその上に飛び乗ると、下に背面の蓋がある床に思いっきり拳を叩きこんだ。
 鈍くも甲高い音を立てて蓋が歪み、大きな隙間が出来る。
 オーガストはそこに手を突っ込むと、そのまま蓋を力任せに引きちぎった。 

「……お主、前は金庫開けるのに扉を正面からぶん殴っておらんかったか?」

「あれは一度金庫の中身を粉々にしてから懲りたわい。この方法なら問題ないんじゃ」

 唖然としているハロルドに答えながら、オーガストはシートの上で郵便箱をひっくり返す。
 ドン、という音と共に堆積していた郵便物が落下し、シートの上に広がっていく。

「……物凄い量の手紙じゃなぁ」

「まあ、二十五年以上じゃからなぁ……ま、地道に探せばよかろう。
ああ、言っておくがお主も手伝えよ。中身見ても怒らんから」

「ちっ……先手を打ちおって」

 プライバシーを盾にオーガスト一人に分別させるつもりだったハロルドは、苦々し気に舌打ちする。
 が、特にごねる事はなく、郵便物の山へと手を伸ばし、分別を始めた。
 
「……果たし状が結構な割合じゃな」

「そうじゃな。おっ、これはエルガルドの元将軍ではないか?
日付からすると、手紙出した年に流れ矢で死んだはずじゃが」

「……間違いないのう。ん? これは……なんか覚えがあるような名じゃな」

「二十年前に潰れたベモラコン教の聖女じゃな。
彼女は親元から逃げたがっておってな……最高の報酬前払いでもらえたんで、きっちりと逃がしてやったんじゃよ」

 ハロルドから渡された手紙の筆跡を見て、オーガストは懐かしそうに目を細めた。

 手紙の送り主は、新興宗教の教祖をしていた男の一人娘。
 物心ついた頃には聖女として祭り上げられ、二十年近く親の操り人形として過ごしていた人物だ。
 幸か不幸か幼い頃から儚げで美しい容姿の印象は変わる事無く、教団のシンボルとして崇められていた。

 が、本人は次第に自分に美貌を賜わったという神に疑問を抱き始めた。

 無理もない。父には聞こえるという神の声を一度も聞いた事がないのだ。
 実在するのだろうか、そう思ったことも一度や二度ではなかったらしい。
 その疑念を口に出した途端、父である教祖から激しい叱責と鞭打ちを受けたが、神罰は下らなかったという。
 そのくせ敬虔な信者達からは、肌荒れやシミが消える事はなく、病に倒れた者さえいた。
 そんな疑念が積み重なり続けた末。彼女は一度教団を離れてみたいと思うに到った。
 
 そこに、一人の男が彼女の寝室に現れた。
 評判の聖女とやらの美貌を間近で拝み、あわよくば一晩お相手願いたいという下心満載の男が。
 
 そして彼女は厳重な警備網を潜り抜けたオーガストに、願った。
 報酬と引き換えに、自分をここから連れ出してほしいと。

 そこから始まった逃避行を思い出しオーガストが頬を緩めていると、ハロルドが深々と溜息を吐いた。

「……潰れた切っ掛けはその聖女の失踪ではなかったか?」

「そうじゃな。ま、女一人消えた程度で潰れる宗教なぞ、所詮その程度のもんじゃろ」

 悪びれた様子もなく、オーガストは返答する。

 ハロルドの言う通り、ベモラコン教の崩壊は聖女の失踪が発端だ。
 神の加護を賜わったという女性の、前触れもない失踪。
 それは新興の教団に亀裂を入れるには十分な衝撃だった。 
 
 最初に信仰への疑念が広がり、次第に特に根拠もない噂が広がり始めた。
 噂の内容自体は多種多様な井戸端話程度のものだったが、広まりすぎた事で猛毒となる。

 実は金を貯め込んだ教祖に意見した聖女を、教祖が殺害したのではないか。
 教祖の部屋に、秘密裏に高級酒が運び込まれていくのを見た者がいる。
 ある高級娼館で教祖らしき姿を見かけた。

 そういった噂が積み重なった果てに教祖は信者の一人に殺され、
死後その自室から大量の隠し財産が見つかった事で、教団は崩壊した。

 切っ掛けこそ聖女であったが、崩壊の兆しは十分にあったのだ。
 
「そこを発端に暴動が起きて、最終的に国まで崩壊したんじゃが?
ついでにその影響で仕入れ先が潰れて、わしもえらい損害被ったんじゃが?」

「それこそ知った事ではないわ。わしはあくまでも仕事をこなしただけじゃからな。
元聖女一人、穏やかな幸せを掴めただけマシじゃろ」

 親友の恨み言を、軽く笑い飛ばす。

 オーガストからすれば、今手元にある手紙の内容こそが全て。
 元聖女がオーガストの紹介した人間のおかげで定職に就き、幸せにやっているという報せ。
 返信すら帰ってこないのに毎年一通律儀に送ってきてくれているらしく、一番新しいのは去年の日付になっている。 

 オーガストからすれば、この成果以上に求める物などない。

(……今度、手土産持って顔でも見に行くかの)

 そんな事を思いながら、オーガストは次の手紙に手を伸ばす。
 明らかにかなりの年月を経ている便箋へと。

「おっ? おお、あったあった。これじゃな。
フォグ先輩からの手紙じゃ……うーわ、日付が二十年前じゃ」

「おおっ! なんとある!?」

「そう急かすでないわ。ふむふむ……」

 身を乗り出してきたハロルドの顔を手で押しのけ、手紙に目を通し始める。
 読み進むにつれ表情が軽い驚き、呆け、そして強い興味へと変わっていく。
 そして全てを読み終えたオーガストの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
 
「どうした?」

「読んでみい」

「……ほほう、あのフォグさんがのう。良い事じゃ。それに、これで希望も繋がったわい」

 穏やかに微笑み、ハロルドはオーガストに手紙を返した。

 フォグ・ダンチェストという男は、天涯孤独だった。
 ハロルドが聞いた限りでは、幼い頃に両親を戦争で失い、親類も戦火に消えたという。
 それ以来どうしても家族を持つ気になれない、そう話していたのを覚えている。
 事実、彼は友人は多く、様々な人間に慕われてはいたが、恋人は一人もいなかったのだ。
 
 この手紙には、そんな彼に娘と孫娘のような存在が出来たと記されていた。
 無骨な彼らしい不器用で素っ気ない文章だが、端々に彼女らへの愛情が滲み出ている。
 ついでに、もしオーガストが手を出そうものなら股間の物を引きちぎってやるとも。

 これだけでも顔が綻ぶ情報だったが、ここに来た主目的についても大きく期待できる事が記されていた。

 なんと、オーガストが言っていたコーヒーの安定栽培に見事成功。
 それを使って娘が淹れたコーヒーは超のつく絶品で、衝撃を受ける事間違いなしだという。
 オーガストに今から地べたに頭をこすりつけて敗北宣言をする準備をしておけ、と書かれていた。

 ならば、既にフォグが故人であったとしても、その娘と孫娘とやらが栽培を引き継いでいる可能性はある。

「じゃな。折角じゃし、わしはこのままこっちの住所まで行ってくるとするか。
判別所の方への言い訳、頼むぞ?」

「馬鹿もん、お主だけ行かせたらその娘さんと孫娘さんに何するか分かったもんじゃないわ。わしも行くわい。
行くための手配するから、それまで待っとれ」

「いや、無理じゃろ。流石に国外出れる程の時間は作れまい?」

 至極当然のように語るハロルドに、オーガストが待ったをかける。

 フォグからの手紙に記された住所は、この国ではない。
 当然ながら往復には相応の日数がかかり、その間カナールの運営に穴が開く。
 老いた今でもなお、若い人間の何倍も働いている男の穴が。
 
 そう言った事に疎いオーガストでも、その大きさが洒落にならない事は想像がつく。

「他の長老連中と若い連中がいるから作れない事はないわい。
むしろ、これは完全な世代交代を始める良い機会なんじゃよ」

 オーガストの言葉に、ハロルドは否定を返す。 

 カナールはハロルドとその仲間達が理想とした町を目指した場所。
 成果は出ているが未だ道半ばであるし、やりたい事、やるべき事もたくさんある。
 
 しかしそれでも、ハロルドは既に高齢。
 正しく理想を目指し続ける為にも、そろそろ完全な世代交代を始めねばならない。

 彼らの理想の根幹は、商売を通じてより豊かな未来を作り続けていく事。
 その為には、大きな仕事をこれから伸びていく者達に任せていく事が不可欠。 

 無論能力のない者に任せる気はないが、ハロルド達は任せられるだけの能力を持った者達を育て上げてきた。
 既にある程度大きな仕事を任せてもいて、実績も出している。

 ――――問題は、最終判断をハロルド達長老に伺ってしまう悪癖がある事。

 ただの確認であればまだいいのだが、彼らの場合は違う。
 己の判断に自信を持てず、失敗を恐れ、それゆえに偉大な先達につい意見を求めてしまう。
 今のままでは、ハロルド達が生を終えた途端、どんな悪影響が出るか分かったものではない。

 それゆえの、ハロルドの長期不在。
 ハロルド一人いなくなれば、当然意見を求められる案件の数は減る。
 その分、彼らが己の判断で己の責任を持って仕事に当たる案件が増える。
 完全な世代交代に向けての第一歩としては、悪くない。
  
「ふむ、本音は?」

「さっさと完全に隠居してのんびり花屋だけやりながらファニルと遊びたいからに決まっておろう」

「お主だけ一足早く抜けるなぞ、他の三人が黙っとらんと思うがのう」

「くっくっく、だから良い機会と言ったじゃろう?
これまでのコーヒーの概念を徹底破壊する程の豆の流通ルート確保の為という口実。
さらに、わしらの中で最もフォグさんと縁が深い人間がわしだという事実。
今回は、奴らを黙らせる十分な材料が揃っておるわい」

 けっけっけ、と嗤うハロルド。

 意図せずして生まれた口実だったが、最高の材料だった。
 他の長老も例外なく商人気質であり、新たな、それもこれまでの常識を覆すような物には目がない。
 その情報を誰よりも早くつかんだという事実、それをより確実に確保する為という正当性。

 ハロルドの真意は分かっていても、恨み言はこぼしても止めはしないだろう。  

「やれやれ、相変わらず性質の悪い事じゃ……かなり険しい山じゃが、途中でくたばるでないぞ?」

「ふぉっふぉ。ファニルの花嫁衣裳見る前に、わしが死ぬと思うか?」

「ないな。よし、それではさっさと帰るとするかの。
お主が準備しとる間、手紙読みながら時間潰しとるしよう」

 そういって立ち上がると、オーガストは手紙をシートに包んで背負う。
 そして来た時と同じように、ハロルドを先導するように歩き出した。
 



 
コメント

ハロルドとオーガストのコーヒー探し。
これがローラの過去に繋がっていくのかな?
[2018/03/05 08:00] URL | リゼルグ #- [ 編集 ]


危うい一面が見え隠れするローラさん……
思えば色々と怪物スペックの彼女を支えられるのって、それ以上の怪物スペックな海人ぐらいなんじゃ……
[2018/03/05 10:27] URL | #- [ 編集 ]


すいません。言っていいですか? ……今章は今までで一番つまらないです
特に今回はなんというか……番外編セットと言われても違和感無い気がします

……もういいっすわ。一年後くらいにまたのぞきにきます
でも今まではほんと楽しませてもらいました
[2018/03/05 12:13] URL | #- [ 編集 ]


くすぐり、つぼおしと来たら、次はマッサージでしょうか?
綻び…ローラに頼りすぎているという所でしょうか?まあ、その辺は街の長老連中にも言える事ですが。

追伸
前のシェリスに拾われたIfのメインヒロインはローラやシェリスでしょうか?…恋愛ゲームてかでいうサブヒロインに古参のメイド達がいそうですが
[2018/03/06 07:01] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


更新ありがとうございます。ローラ殿はシェリスさんにとってなんなんなのでしょうね。
[2018/03/08 08:13] URL | ロボット三等兵 #- [ 編集 ]


「日常」の章にしては、章末まで読まないと楽しめないように構成してませんか?
伏線も印象に残らずつまんなくなっちゃう人も無理はないかと。

爺さん二人だけのシーンで萌えるかというのも疑問です。
主人公格でもない喫茶店のオーナーたちがハッスルしてメイド喫茶つくろう、というのを読みたくてカイトたちのファンになったわけではないです。
[2018/03/12 07:37] URL | #cDQ6hjbA [ 編集 ]


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