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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット26



 番外編126



 海人は、屋敷の地下室でパソコンと向かい合っていた。

 やっているのは、先月見出した理論の論文作成。
 これを活用すれば既存の電池よりもはるかに薄型軽量で発電効率も比較にならない太陽電池が出来上がる。
 住宅の屋根は勿論壁面にも張る事が可能で、一軒家の屋根全面に張るだけでも、
夏場の冷房や冬場の暖房の電力消費すら余裕で賄える代物だ。
 環境の変化にも強く、風雨は勿論激しい温暖さにもビクともしない汎用性まで持ち合わせている。
 しかも製造に稀少材料を必要とせず、コストも安く大量生産も容易と良い事尽くめだ。
 
 これが世に出れば巷で騒がれている電力の問題など、ほぼ解決するだろう。
 
 全人類の福音、そう言ってもおかしくない程の論文を作成しながらも――――海人の顔は暗い。

 ほんの数年前までの無邪気で優しい色はそこになく、あるのは無情のみ。
 喜びも、怒りも、悲しみも、何もかもが消え失せた、十代の少年とは思えぬ無機質だけである。
 
 ふと、海人が手を止めキーボードの左脇に置いてある携帯電話に目を移す。
 先程まで怒鳴り声がうるさかったそれから、いつの間にか息切れするような音が響いていた。

 溜息を吐きながら、海人は電話を手に取る。

「失礼、あまりにも聞き苦しい雑音だったので聞いていませんでした。
それで、御用件は何でしたか?」

「若造ぉぉぉっ! 貴様これだけの事をしておきながら罪悪感がないのか!?
今すぐあの新会社を解散し、新薬の特許全てを公開して他の会社に使用権を与えろ!
貴様の勝手な行動でどれだけの人間が路頭に迷うと思っている!」

 電話口から激しく響く、怒鳴り声。

 自分の母国語ではないその醜い声に一瞬使い慣れた言語で返してやろうかと思うが、
海人は小さく肩を竦めながらも相手の母国語に合わせて答えた。


「さあ? 顔も知らない相手に興味もありませんから。ああ、当然ですけどその要求は却下です。
いいじゃないですか、これまで治らなかった病が格安で治るようになったんですから。
ま、たかが十代のガキ一人にあっさり出し抜かれるような無能な研究者達を雇っている方が悪いですね。
間違えないように。僕はただ薬を開発しただけで、社員が路頭に迷うのは貴方方の無能ゆえです」

「わが社の研究開発部が無能だと!? 極東の子猿如きが大きな口を叩きおって!」

「ふむ、では御社の研究開発部は子猿にも劣る能力しかないという事ですね。
僕に怒鳴る前にせめて人間らしい知能を持った社員を雇ってはいかがですか?」   
 
「貴様ぁぁぁぁあっ!」

「そもそも、最初に別の薬の製法諸々を渡した時の約束を守らなかったのはそちらでしょう。
そしてそれに対する謝罪もなく、僕を騙された馬鹿なガキと嘲笑った。
この事態を予見できず、目先の利益と優越感を取った人が一番馬鹿だと思うんですけどね」

 淡々と、海人は相手の落ち度を語る。

 既に設備が整っている規模の大きい会社の方が迅速に、安く患者に届けられる。
 折角の新薬なのだから、より多くの病める者に渡るようにしたい、そう諭され新薬の製法を渡したのだが、
実際に行われた事はそれとはまるで異なっていた。

 画期的な新薬と銘打ち大々的に売り出された薬は、高価でなかなか手が出ない物だった。
 多くの病める者に渡るどころか、手に入れられる者の方が少数だったのだ。
 製造コストは少なく、その時点で会社が費やしていた開発費用もたかが知れていたというのに。

 そして約束が違うと問い詰めた海人を、今電話口で怒り狂っている老人は嘲笑した。 
 あんな話真に受ける方が悪い、低能な猿で助かったと。 
  
 とはいえ、海人にはその事について怒りも悲しみも感じていない。

 それを想定した上で、あらかじめ同じ薬の別製法を準備していたからだ。
 そして、老人の運営する会社が開発中だった新薬の製法を確立させ、いつでも特許登録できるよう準備をしていた。
 裏切られた場合、それまで会社が費やした莫大な研究開発費を全て無に帰してやるつもりで。

 予想していたパターンの一つでしかないのだから、今更感情が揺らぐはずもなかった。  

「儂を侮辱するか! 
見ておれよ、我が国の政界に多大な影響力を持つ儂を怒らせればどうなるか、思い知らせてくれる!
貴様の住むちっぽけな島国に圧力をかけ、貴様の身柄を差し出させてくれるわ!」   

「左様ですか。ま、確かに弱腰外交な母国ですから子供一人差し出すくらい平気でやるでしょうが。
それが可能かどうかは別の話なんですよねぇ……」

「……どういう意味だ?」

「そっちの国の情報部だのなんだのを散々退けてますからね。
平和ボケしたこっちの警察ぐらいどうにでもなるでしょうって事です。
ま、万一の場合逃げ足にも自信がありますので御心配なく」

「……ふ、愚かなガキだ。既に詰んでいる事にすら気付かんとはな」

「おー、詰んでるんですかーそれは怖いなー。
ちなみに、具体的にはどう詰んでるんです?
まさか、さっきここの山を取り囲んだ警察の面々の事じゃないと思いますけど」
 
「何だと!?」

「ま、御安心を。一人も死んではいませんから」

 壁面のモニターに映るボロボロの警察官達を眺めながら、不敵に笑う。
 軍隊も退けるこの屋敷の防備に、たかが警官隊を差し向ける愚かさを嘲弄するように。

「ええい、イエローモンキー共め役に立たん!
ガキの分際でわしを侮辱してこのまますむと思うなよ!」

「怖い怖い。そうそう、世間知らずのガキの戯言ですが、そちらも安全には気を配られた方が良いと思いますよ。
権力任せで強引に事を推し進めるそのやり口では敵も多いでしょうから」

「ふ、この屋敷の防備を潜れる賊な―――――」

 言葉の途中で唐突に轟音が響き、通話が切れる。
 それを確認した後、海人は携帯を元の位置に戻す。 

「たーまやーってね。防備を潜れないなら防備ごとふっ飛ばせばいいだけなのに、そんな事も分からなかったのかな?
ま、出来るとは思ってなかっただけなんだろうけど」

 くっくっく、と嗤う。

 彼の屋敷の防備は、確かに完璧だったかもしれない。
 警備システムは最新式の金がかかった物であったし、
数多いる警備兵は全て長年かけて信用を築いた熟練者のみ。
 少数しかいない使用人も同様で、全て住み込みの人間。
 なにより全員がこれまで彼の関わった犯罪に加担しており、
彼が殺されるような事があればたちどころにその情報がばら撒かれる為、裏切れば自身も破滅する。
 付け加えれば、屋敷に持ち込む物は食料を含め屋敷前に設置された検査場で厳重にチェックされ、
警備システム設置に携わった外部の人間も既に殺されているので穴らしい穴はない。 

 が、それらはあくまでも内部への侵入を防ぐ為の物でしかない。

 屋敷周辺の山林ごとふっ飛ばすような超高火力の爆弾を使われれば役に立たない。 
 全てが根こそぎ消し飛んでしまうのだから、防備もへったくれもないのだ。
 洗脳した人間に海人の開発した爆弾を抱えさせ、屋敷外部で自爆させればそれで終わりである。

「でも、駒が一つ減ったのも事実なんだよね……どうせまた増えるだろうし、別にいいか。
でも、こっちはどうしたものかなぁ……」

 再び、壁面のモニターに映る警官達に視線を移す。

 昨日集めた情報からすると、彼らはあくまでも凶悪犯を逮捕するつもりでこの屋敷を取り囲んでいた可能性が高い。
 ならば与えられた職務を忠実に遂行したに過ぎず、騙された被害者とも言えるだろう。
 本当にそれだけなら、殺すのも洗脳するのも少しばかり気の毒な気がする。
  
「……とりあえずこれまでに汚職したかどうか吐かせて、それ次第で洗脳かな」

 言いながら、海人は警官達が収容された室内に自白用のガスを送り込むスイッチを押す。

「あとはこっちの論文を翻訳……いいか、めんどくさいし」

 うーん、と伸びをしながら、海人は書き上げた論文を閉じた。
 わざわざ他人の為に翻訳するのも馬鹿馬鹿しい、と。
 かつてなら考えもしなかった事を思いながら。
    



 番外編127





 新年初日の朝、ルミナスは朝の鍛錬後海人の屋敷の中庭に退屈しのぎで向かっていた。

 先程まではシリルと一緒だったのだが、彼女は引き続き弓術の鍛錬を行うと言って別行動になった為、
話し相手がいなくなってしまったのだ。
 
(ま、朝食までそんなに時間あるわけじゃないし、ここの庭眺めてりゃすぐよね)

 懐中時計を確認しながら、屋敷の屋根に飛び乗る。
 少々はしたないが、外からならこれが一番早いのだ。

 そうしてルミナスが中庭の一角に着地すると、妙な光景が視界に飛び込んできた。 

 屋敷の主である海人が柄の長い木製のハンマーのような物を持ち、
雫が手を突っ込んでいる木製の容器に向けてひたすら振り下ろしている。
 幸いというか当然というか、ハンマーが振り下ろされる直前に雫は手を引っ込めて別の容器に手を入れているようだが、
見ていてかなり危なっかしい。

 新種のゲーム、あるいはヒノクニの遊びだろうかと思い、近づいてみると、

「あ、ルミナスさん。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしまーす」

 いち早くルミナスに気付いた雫が手を止め、元気よく挨拶した。
 その額にはほんのりと汗が光り、健康的な愛らしさを醸し出している。

「あけましておめでとうルミナス。今年もよろしく」

 海人を手を止め、ルミナスに振り向く。
 雫とは違い、彼の顔にはかなりの汗が浮かび疲労感が滲み出ている。
 
「おめでとう。で、それはいったい何の遊び……ん?」

 海人が叩いていた容器の中を覗き込み、首を傾げる。

 その中には、ふっくらとした白い物体があった。
 その表面はとてもつやつやとしており、非常に綺麗だ。
 
「遊び……? ああ、そうか。君は知らんのだな。
これは餅つきといって、餅を作っているんだ」

 一瞬怪訝そうにする海人だったが、すぐさま原因に気が付いた。

 今二人がやっていたのは、餅つきである。
 木の臼に入れたもち米を木の杵でつき、水に濡らした手でひっくり返し、
それをひたすらにそれを繰り返していく餅作りだ。
 知らずに見れば、遊びのように見える可能性もなくはない。
 
 そして餅やそれに類する菓子は幾度となくルミナスに食べさせているが、
つきたての餅を食べさせた事は無い。
 それを作る為の作業である餅つきを知らなくても、不思議はなかった。

「お餅? ああ、言われてみりゃお餅ね。わ、柔らかいし凄い熱い……!」

「熱々で突かねばならんからな。が、つきたての餅の味はまた格別だぞ」

「へえ~……って、そういえばセツナさんは? 
あの人があんたにこんな作業やらせるとは思えないんだけど」 

 一人あるべき姿が欠けている事に気づき、周囲を見回す。

 刹那は、かなり生真面目な性格をしている。
 体力に欠ける自身の主に、こんな力仕事を任せるとは思えない。
 危ないとかより効率的だからとか言って、自分でやろうとするだろう。

 そんな当然の疑問に、海人は溜息を吐きながら答えた。

「うむ、実際その通りで、最初は刹那が餅をついていた。
というかつこうとした……いや、一回だけついた、むしろ一回だけしかつけなかったと言うべきか……」 

 うーん、とらしくもなく必死で言葉を選ぼうとしている海人。
 そんな主の背を軽く叩きながら、雫が殊更に爽やかな笑顔で口を開いた。  

「んもう、海人さん。あんな大馬鹿姉に気遣いは無用ですよ。
正直に事実を言っちゃえばいいんですよ――――最初の一撃で臼砕いて杵折って、昨日から仕込んでたもち米を地面に叩き込んだって」

 あっはっは、と笑いながら先程の惨劇の要点を述べる。 

 ルミナスの見立て通り、最初は刹那が餅をつこうとしていた。
 しかも雫につき手を任せると手を狙って振り下ろしてくるかもしれない、という事で自らつき手になったのだ。
 また間抜けをやらかすと大失敗になるから、と止める主君や妹を押し切って。
 いくら自分でも餅つきで失敗などありえない、と。
    
 そして、全ての準備が整い最初の一打が放たれた瞬間、海人と雫の危惧は現実となった。

 まず最初に、刹那は気合を入れた。
 自分でもこの程度は出来るのだから心配ない、と見せつけるように。
 
 ――――思えばこの時に止めておくべきだった。雫は今更ながらにそう思う。

 その気になれば素手で鋼の鎧を引き裂けるのが、刹那だ。
 無論肉体強化前提の話だが、それ無しでの餅つきはかなりの重労働なので、無しはありえなかった。
 そして、気合を入れている時の刹那は往々にして力加減を間違えやすく、弱い方向に間違える事はまずない。

 これだけ条件が整っていれば、この先の結末は十分に想定できたはずなのだ。

 とんでもない勢いで振り下ろされる杵。
 雫の眼前を彼女の動体視力ギリギリの速度で通過したそれは、当然もち米に激突した。
 あっという間に衝突したもち米が押し潰されていくが、事はそれだけにとどまらない。
 臼の底を通過した杵は、押し潰されたもち米を無惨に砕けた臼の断面にへばりつけながら、地面へと到達した。
 当然杵の先端にあったもち米は土まみれになったが、ここまでならまだ大部分を削り取る事で残った部分を食えただろう。
 
 が、刹那の振り下ろした杵は、臼の犠牲など知らぬかのように地面にもち米を深々と埋め込んでしまった。
 そして、あまりの事に慌てた刹那が思わず杵を引き上げた事で、
僅かに残っていたかもしれない可食部分までもが土に侵され、無茶な力にかろうじて耐えていた杵に限界を迎えさせた。

 そうして折れ飛んだ杵の先端が、狙いすましたかのように傍で見守っていた海人の顔面に衝突。
 しかもいかなる運命の悪戯か、あるいは日頃の行いか、まだ熱々だったもち米が見事顔面にへばりついたのである。   

 それらの経緯を聞かされたルミナスは、慌てて海人の顔に視線を向けた。
 
 言われてみると、いつも綺麗な白衣が少し薄汚れている。
 まるで地面でのたうち回った後、付着した土をどうにか払ったかのように。

「えっと……大変だったわね?」

「まったくだ。ま、私にも強く止めなかった責任はあるし、本人も反省中だから別に構わんのだがな」

 言いながら、海人は少し離れた場所にある木を指差した。

 が、ルミナスがそちらを見てもそこには何もない。
 普段と変わらぬ見慣れた木が佇むのみで、変わった様子はなかった。

 訝しく思いながら木だけでなく周囲にも目を向けると、
  
「……ん? 木の下の所に……紙?」

 呟きながら、木のすぐ下に置かれていた紙に近寄ってみる。   

 数歩歩くと、それは大きな穴を塞ぐように置かれている事に気付いた。
 そして更に距離を詰めると、ルミナスの視界に大きな文字が目に入る。
 『この者、食べ物と道具を粗末にした咎により反省中』という文字が。

「……えっと、セツナさん? 助けよっか?」

 ルミナスが紙をどけると、頑丈そうな糸で両手両足を縛られた刹那がいた。
 それを取り囲むように、真っ二つになった臼、半ばからへし折れた杵、土と木片が混ざった餅が置かれている。 

「……良いのです。放っておいてください。拙者が悪いのは事実ですから……くすん」

 すすり泣くように鼻を鳴らし、刹那はがっくりと肩を落とした。

 助けてほしいのは山々だったが、刹那はその誘いに乗るわけにはいかなかった。
 許可なく脱した場合、反省の色なしとみなして海人のくすぐり十分と言い渡されているのだ。
 何時間放置されるのかは分からないが、それよりはマシな筈だろう。

 そう思ってやさぐれていると、海人が雑煮を片手にやってきた。  
 
「餅が出来たぞ、ルミナス。色々と用意してあるから、試してみるといい」

 言いながら、雫の側にあるテーブルを指差す。
 そこにはたっぷりの餅に加え、雑煮用の温かいだし汁や野菜だけでなく、
大根おろし、納豆、海苔、バター、醤油、砂糖等々多くの物が揃っていた。
 どれを食べるにしても楽しみな食卓だ。

「いやいや、流石にこれ放置して食べんのは……」

「別に刹那を除け者にするつもりはない。罰は受けてもらうがな。
ま、そこまで酷い事はせんから、早く食べてこい」

「……ホントに酷い事しない?」

「むしろ出来ると思うか?」

「……出来ないわね。分かったわ」

 海人の答えに苦笑しながら、ルミナスは頷いた。

 性悪すぎるぐらいに性悪な海人だが、身内には甘い。
 意地悪な事はいくらでもやるだろうが、確かに本気で傷つけるような真似は出来ないだろう。
 そう判断して。

 ルミナスが去った後、海人は刹那に穏やかに語りかけた。

「さて……まあ、私や雫の止め方が悪かったのは事実だ。
正直、あれでは意地になっても無理はない。
が、それでも正月早々食材を無駄にするような事をするのはよろしくない。
もっとも、君の場合十分理解して反省もしているだろうから、これ以上とやかく言うつもりはないがな」  

「はい……」

「しかし、だ。それはそれとして、事故とはいえあんな熱々のもち米を一応でも主の私の顔面にぶちまけるのはどうかと思うわけだ。
しかも折れ飛んだ杵の破壊力もなかなか強烈だったしなぁ……?」

「も、申し訳ございませんでしたぁ!」

 凄まじく凄味のある笑顔でにじり寄る海人に、瞬時に土下座する。
 両手両足を縛られた状態で跳ね起きて地面に額をこすり付けてしまう程、今の海人には迫力があった。
 
「いや、それ自体はいいんだ。うん、杵の威力で肉体強化していたのに意識を奪われかけた事とか、
ほぼ同時にもち米の熱で意識を引き戻された事とか、もち米に付随していた土が喉に入った事とか、もう気にしてない。
直後は一年ぐらい毎日くすぐりの練習台にしてやろうかと思ったが、今は頭が冷えている、うん」 

「凄まじく恨まれている気がするのですが!?」

「はっはっは、大丈夫だ。ちょーっと嫌がらせをするだけだ。くすぐりもしないから安心したまえ」

「くすぐりよりも酷い罰ですか!?」

「さて、君次第だな。まず、この熱々の雑煮を残さず食べてもらおうか」

 言って、持っていた雑煮を刹那の前に差し出す。
 いまだに湯気が立ち上るそれは、いかにも熱そうだ。

「ま、まさかこの状態でそれを食べろと……!?」

 たらり、と冷や汗が流れる。

 今現在、刹那は両手両足を縛られており自由がきかない。
 この状態で食べるとなると、かなり恥ずかしい事になる。
 まして残さずとなれば、最後は歯で器を咥えて傾ける羽目になるだろう。
 加減を誤れば、鼻の奥に熱々のスープが突撃する。

「いやいや、そんな酷い事は言わんとも。ちゃんと私が一口ずつ手ずから全て食べさせてやる」

「へ……?」

 拍子抜けしたように、刹那が間抜けな声を漏らす。

「が、誰かさんのように加減を誤る可能性はあるなぁ?
例えば口に運んだつもりの熱々の出汁が絡んだ餅が鼻の穴に入るとか、
優しく口に出汁を運んでやるつもりが喉奥に投げ込んでしまったりとか」

 くっくっく、と低く嗤う。
 悪戯心満載の、嫌な笑顔である。

「んな……!? い、いえ、かしこまりました。では、一口目お願いいたします」

 覚悟を決めた表情で、催促する。

「よろしい。では……どうした?」

 いざ食べさせようとした海人は、刹那を見て首を傾げた。
 食べさせる下準備をしたところで、彼女はきょとんとした表情をしていたのだ。

「い、いえ……その、穴から出して、しかも起こして下さるとは思っていなかったので」

「……流石に食事するのに埋めたままはどうかと思うし、犬食いしてる美女というのはあまり見たくないからな。
そうしたいと言うならそうするが?」

「いえ……では、お願いします」

「うむ、ではさっそく……おっと」

 言いながら、早々に海人は匙から刹那の鼻の穴に向けて汁を飛ばした。
 が、彼女はそれを読んでいたかのように首を伸ばして口で受け止める。

「こく……ああ、美味しい出汁ですね」

「雑煮用の特性出汁だ……が、良い度胸だな?」

「くすぐりなどの酷い事はなさらない、と仰いましたので。
無駄に緊張感のある食事も罰と言えば罰でしょうし、この程度なら多めに見てもらえるのではないかと思いまして。
海人殿の場合、対応を読みきられて裏をかかれる可能性もありますし」

「……いいだろう。君の反射神経が勝つか、私の読みが勝つか、試してみようではないか……!」

 珍しく悪戯っぽく舌を出している刹那に、海人は闘志を燃やした。

 匙や椀の動きだけでは足りぬと考え、彼女の背を自らの足にあずけさせ、
必要に応じて彼女の体勢を崩せるようにする。
 これで、咄嗟の判断だけで対応しきるのは難しくなる。
 海人の力でもこの状態ならば少しバランスを崩すだけなら難しくはなく、
今回はそれが決定的な結果を生むからだ。

 この珍しく挑戦的な護衛に一泡吹かせてやる、そう思う海人の目は獰猛な戦意に満ちていた。

 が、この状況――――少しばかり問題があった。

 というのも、海人自身は駆け引きに戦意を燃やしていても傍から、
それも遠目に見てそう見えるとは限らないからだ。

 なにせ、海人は自らの足に刹那の背をあずけさせているのだ。
 この極めて近しい距離感は、見方によっては恋人のようにも見える。
 まして、手足の使えぬ刹那に椀と匙を持って手ずから口に運んでいるのだ。
 誤解を加速させるには十分な要素が揃っていると言えるだろう。

 そしてそれは、海人に思いを寄せる人間であれば、彼にそんな気が微塵もないと分かっていても、
極大級のイラつきを生産する光景だ。

「あっはっはー……あれのどこが罰なのかしらねぇ?」

「ル、ルルルルミナスさん落ち着いて! 箸が砕けてお椀に罅入ってます!
ってか手にどばどば汁かかってますけど熱くないんですか!?」

 慌てる雫の前でぐしゃり、と漆塗りの御椀が粉々に握り潰された。


  
  

 番外編128





 
 その日、シェリスは久しぶりに自らの屋敷の図書室を利用していた。

 とはいえ、これといって調べ物があるわけではない。
 珍しく面会予定が一つキャンセルになって時間が空いた為、
多少なりとも知識を増やそうと思って足を運んだだけだ。
 たかが一時間程度の空き時間だが、それでも読んだ知識の片鱗ぐらいは頭に残るだろう、そう考えて。
 
 屋敷の主であるシェリスが身につけねばならない知識の幅は広く、深い。
 
 部下達もそうだが、シェリスは彼女ら以上に交渉においてミスが許されない立場にある。
 部下達ならば多少しくじっても上司が出るという手段を使えなくはないが、
トップであるシェリスが失敗すれば後はないからだ。

 そして交渉を円滑に進める際に効果的な手の一つが相手の好きな、
あるいは得意な話題を振って好感を得るということなのだが、これが意外に厄介なのだ。

 それで好感触を得る為には、最低限話についていける知識が必要になる。
 よく分からずただうんうん頷いているだけでは、最悪話を聞いているのかさえ疑われかねない。
 また、そういう態度はそれだけで教養を侮られかねない為、どうしても所々知識を見せる必要があるのだ。
 
 勿論知識があれば良いというものではなく、相手の知識量を分析しながら侮られぬよう、
そして相手が気分良く話せるよう知識の見せ方を工夫せねばならない。
 それこそ、相手によってはあまり知識を持っていないように見せかける事もあるが、
やはり汎用性という点においては知識を持っている方が圧倒的に有利だ。
 そしてミスが許されない立場である以上、それは広さだけでなく深さも不可欠となる。

 ――――持っていない知識を持っているように見せかけるより、持っている知識を持っていないよう装う方が容易。

 そんな随分昔に部下に言われた言葉を胸にシェリスは勉学に励んでいると、入口のドアが開いた。

「あ、シェリス様、お疲れ様です。魔法学ですか?」

 ハンナ・トリーティアは、言いながら本と睨めっこをしている主の横に紅茶を差し出した。
 そしてそのまま手持ちの茶器で自分の分を用意すると、主の向かいの席に腰かける。 

「ありがとう。ええ、比較的話を転がしやすい分野だから。
でも、やっぱり高等理論の理解は難しいわね。
この水属性術式構築理論なんて、半分も理解できないもの」

 紅茶を一口含むと、シェリスは開いているページを指先で軽く叩いた。

 多大な知識が求められる立場にあるが、自分は公爵令嬢だ。
 幼い頃から人の上に立つ為の教育を施され、それに相応しい教養を身につけてきている。
 ゆえに大概の書籍は知らぬ内容でも一度読めばある程度理解できるのだが、
魔法学の高等理論となると、正直お手上げになる事が多い。

 魔法学の歴史自体極めて長いものであり、その膨大な知識を元に生み出された高等理論も当然複雑化していく。
 専門家でも、例えば火属性の攻撃魔法系の配置法の高等理論しか分からないという人間の方が多いぐらいだ。
  
 それを考えれば、むしろ専門家でもない自分が基本属性の高等理論を二十も三十も理解できている事を誇るべきなのかもしれない。
 そうも思うのだが、身近に何人か自分の十倍以上の数を理解している人間がいるので、素直に割り切れない。

 いっそどこぞの白衣がトレードマークの化物クラスに次元が違っていればまだ諦めもつくのだが、
生憎彼女らは一応同じ人類と認められる程度の知識量ではある。

 才無き己の身を嘆き、シェリスは深~く溜息を吐いた。

「あの……よろしければ解説いたしましょうか?」

 シェリスの溜息を理解できぬ事への嘆きととり、ハンナはそんな事を提案する。

「……解説できるの?」

 おずおずとした申し出に、シェリスは怪訝そうな目を向ける。

 確かにハンナは水属性系の術式構築理論を得意としているが、
以前本人に聞いた時は高等理論を活用しての術式構築なら出来なくもないが、
人に教えるとなると色々と粗が出るだろう、という話だった。

 が、出来ない事を出来ると言う人間でもない。
 それがいかに愚かな事か、かつて上司達に魂の髄まで刻み込まれているはずだ。 

「ええ、ついこの間カイト様に教えていただいたばかりなので。
今なら、どこをどう訊ねられてもお答えできると思います」

「そう……なら、お願いするわね」

 自身に満ちた表情で言い切る部下に、シェリスは穏やかに微笑んだ。













 そして五十分後。シェリスは先程まで読んでいた本を横に、机に突っ伏していた。
 その姿は、まるで精根尽き果てたかのように生気がない。

 なぜこんな事になったのかと言えば、ハンナの解説だ。

 といっても、理解できなかったわけではない。
 決して上手ではなかったが、要旨を押さえた的確な解説ではあったため、
シェリスの知力をもってすれば理解は難しくなかったのだ。

 ならば万々歳ではないか――――確かにその通りだろう。

 理論の理解という目的だけを考えれば。

「あ、あのシェリス様、私何か粗相を……?」

「いいえ、ハンナ、貴女は何も悪くないわ。いえ、誰も悪くないのよ。
強いて言えば現状、そしてそれを仕方ないと諦めた私に非があるのでしょう、ええ……」

 心配する部下に、シェリスは突っ伏したまま答える。

 そう、誰も悪くなどない。
 ハンナは一生懸命に勉強し、成果を出した。
 彼女に教えた化物教師は、自らの仕事を完璧以上にこなした。
 ただそれだけで、悪い事をした人間など誰もいない。

 だが、シェリスはショックを受けた。
 先程の理論に留まらず水属性魔法理論全般の知識において大差をつけられてしまった事を、
解説の過程でさらっと出てきた別の理論の数々によって理解してしまったが為に。
 それらの理論についても軽い調子で解説された事がそれに拍車をかけた。
   
 ――――少し前まで、ハンナの水魔法系知識はシェリスより少し下ぐらいだった。

 ハンナのそれは得意分野で、シェリスは万遍なく身につけている知識の一つなので、総合的にはかなりの差があったと言える。
 そしてこの差は当然で、埋める事は至難のはずだった。
 公爵令嬢として幼少時から高等教育を受けてきたシェリスと、元々はただの村娘だったハンナでは土台が違いすぎる。
 むしろ得意分野だけとはいえ、シェリスに食らいつけるハンナに感心していたぐらいだ。  
  
 それが、この短期間で逆転した。
 無論、仕事的には喜ぶべき事だし、シェリスも喜んでいないわけではない。
 また、あくまでも一分野の知識が逆転しただけで、総合的に見ればシェリスの圧勝だろう。
 それは、シェリスも自覚している。

 ではどうしてここまでショックを受けているのかと言えば――――ひとえに己の迂闊さだ。

 大差がつけられた理由は明白。
 天地海人という規格外の教えを受けているか否かだ。
 ハンナは休暇を利用してそれを受け、自分は休暇が無いので受けていなかった。
 それが、このとんでもない逆転劇を生んだ。

 海人の教授能力が規格外なのは知っていたのだから、なんとしても時間を作るべきだった。
 彼ならば誠意を持って頼めば仮にこちらの都合に合わせた時間で呼びつけても嫌がる事なく受けてくれるだろうし、
それが無理でも彼との交渉のついでに少しでも授業をしてもらえば良かったのだ。
 海人の教授能力なら、例え十分や二十分でも十分な効果が望めるのだから。

 今度余裕がある時に海人に相談しよう、そう心に決めつつ、シェリスは別の事も考えていた。
  
(……やはり私達だけでは勿体無いわよね。
今は無理だろうけど、いずれ本格的にこの国の教育水準向上に取り組む際は何とか協力してもらわないと。
彼の存在が表に出ない範囲であの解説力を活用し、より多くのレベルの引き上げを狙うなら……)

 あまりにも有能すぎる為、現状が勿体無すぎる男を最大限活用すべく、将来の計画を練り始めた。
 
 向かいでどう対処したものか悩んでいる部下の存在を忘れて。
 十分後、戻ってくる気配のない主を連れ戻しに来た銀髪メイドに拳骨を叩き込まれるまで。

   



 番外編129







 プチドラゴン。
 それは上位ドラゴンに匹敵、地域によってはそれ以上に恐れられるドラゴンだ。
 その最大の理由である戦闘力は、まさに災厄と呼ぶ他ない領域に達している。
 
 まず、炎のブレス。
 ブレス自体はドラゴン系の魔物が例外なく使える物であり、珍しくはない。
 むしろ範囲だけを見れば、ドラゴン系の中では狭い方だ。
 
 が、その威力は上位ドラゴンのそれに匹敵、あるいはそれ以上と言われている。
 
 かの魔物が一度ブレスを吐けば、その射線にいる者の生存は絶望的だ。
 熟練の戦士が限界を超えた肉体強化をしていても瞬時に炭化し、装備すらも蒸発する。
 一定以上の高級武具ならばかろうじて蒸発は免れるが、それでも金属製ならばドロドロに融解し、木製でも炭化すると言う。
 そして、他のドラゴンに比べて持続時間が長い事を生かし、範囲の狭さすら首を振る事で補う個体も確認されている。

 次に、防御力。

 これは中位ドラゴンとほぼ同等程度だが、侮れるようなものではない。
 中位攻撃魔法程度なら大概無効化されてしまう為、そこらの兵士では戦力にならないのだ。
 その防御を貫ける者はそれなりに存在するが、それでも決して多いわけではない。
 
 極めつけが、機動性。

 これこそがプチドラゴンの脅威性を上位ドラゴンと同等に高めている主因だ。
 この魔物は図体に比してなどではなく、冗談抜きに異常な速度を誇る。
 速度自慢の魔物すらもかく乱して弄びつつ餌にしてしまう程で、
特に飛行時の速度はカイザーウルフの最高速に匹敵するのではないかとまで言われている。
 当然巨躯をそこまで加速させる筋力も相当なものであり、爪を振るうだけで地面に大穴が空く。
 さらに言えば、その風圧に巻き込まれるだけでも並の人間は確実に死ねる。
 なにより、かの魔物の超高速の攻撃には反応できる人間すら滅多にいない。

 ゆえに、プチドラゴンは時として上位ドラゴンよりも恐れられる。
 上位ドラゴンならば機動性はそれほどでもなく、縄張りをほとんど出ない為、
運が良ければ逃げられない事もないが、プチドラゴンの場合だと逃げる前に爪で引き裂かれかねないからだ。

 そんな絶望の象徴のような魔物だが――――屈服させれば話は別だった。

「ふむ、良い具合に淹れられるようになったな。えらいぞ、リレイユ」

 笑顔を浮かべ、海人は自分を一呑みにできそうなペットの頭を優しく撫でた。

 彼の手元には、今しがたリレイユが入れた煎茶がある。
 ホカホカと湯気を立てるその味は、まずまずの出来。
 口に含もうとすればほんのりと茶の香気が鼻をくすぐり、
一口啜ればきりっとした渋味とその中に漂うほんのりとした旨味と甘みが口に広がっていく。
 本音を言えば些か渋味が強すぎるが、さして気にならないレベルだ。

 まして、淹れたのはリレイユである。

 馬鹿でかい爪の先端を駆使して茶器に適量の茶葉を入れ、
そこに術式盤を使って用意したお湯を注ぎ、ちゃんと蓋で蒸らして一分待ってから、
再び爪の先端を器用に使って二つの湯呑にそれぞれ注ぎ入れたのだ。

 これだけの芸を披露したペットに褒める以外の事など出来ようはずもなかった。

「最初は絶対に無理だろうと思っておりましたが、出来るものですね。
よもや、更に進化するとは思いませんでしたが」

 刹那はそう呟くと、どこか達観したような目で茶を啜る。

 リレイユがこの芸を仕込まれた始めた時、刹那の感想は『不可能』だった。
 こんな馬鹿でかい巨体で人間の茶器を使って茶など淹れられるはずがない、と。

 が、海人の教え方か、リレイユの努力か、あるいはその両方か、
多少苦労はしたものの彼女は見事に茶を淹れられるようになった。
 
 その後もリレイユは進歩を続け、動きのぎこちなさが取れていき、今やほとんど淀みがない。
 それどころか最近は『飲める』ではなく『美味い』御茶になりつつある。

 色々と出鱈目すぎる主とペットに、刹那は一種の悟りを開きつつあった。
  
「ふ、きちんと計画を立てて頑張れば不可能はそう多くないという事だ。
そろそろ他の芸も仕込んでみたいところだが……何やるかなぁ」

「拙者としてはむしろこれ以上何を仕込めるのかと思いますが」

 楽しそうな主の呟きに、苦笑しながら答える。

 リレイユの芸の幅は、かなり広い。
 先程の茶を淹れるような超高等芸だけでなく、お手お座りといった基礎的な芸もきちんとできる。
 最近では食事前にいただきますと言わんばかりに手を合わせたり、
食事の量が足りなかったらつんつんと自分のエサ入れを爪でつついて催促し、
食事が終わったら御馳走様、とばかりに再び手を合わせ、自分のエサ入れを自分で洗って海人に返す。

 もはや現段階でも十分にペットの芸という領域を逸脱しているのだ。

 これ以上何をどう仕込むのか、そう思わずにはいられないが、
海人ならばまた何かしら仕込むものを考えつきそうだとも思う。

「確かにもう仕込める限りは仕込んだからなぁ……そうだ、料理をやらせてみるのも面白いかもしれん」

「料理ですか!? そ、それは流石に無理があるのでは……」

 主の発言に、おずおずと異を唱える。

 御茶を淹れるのも難しいどころの騒ぎではないが、料理となるとさらに難度が上がるはずだ。
 御茶は爪を使う場面がある程度限られ、時間もそう長くないが、料理となれば頻度も時間も激増し、
使い方まで増えてしまう。
 
「勿論、リレイユ用の道具一式を作ってからだがな。
現状リレイユのエサを用意するのはかなりの手間がかかっている。
何らかの工程を一部やってもらえるだけでも随分楽になるだろう……うむ、思いつきだが悪くなさそうだな」

 ふむ、と考え込む。  

 リレイユは、言うまでもなく凄まじい巨体である。
 そんな彼女を満足させるだけの量となると、用意するのはかなりの手間だ。
 厨房の広さだけで言えば賄える範囲なのだが、いかんせん人手が圧倒的に足りない。
 飼い主の責任として海人が主体となり、他の住人も協力して作っているが、かなりの重労働だ。

 が、多少なりともリレイユが自分でやってくれれば非常に楽になる。
 例えば混ぜご飯なら、リレイユが特大の米櫃で混ぜる作業をしてくれれば、
仕込んだ材料を特大の米櫃に放り込むだけでよくなり、
今のように人間用の米櫃を大量に用意してそれぞれを混ぜる作業が要らなくなる。
 チャーハンでも、炒める作業をリレイユがやってくれるなら海人達の作業は材料を切ったり味付けのベースを作ったりだけで済む。
 ついでに言えば、米を炊けるようになってくれれば今のように海人が毎度創造魔法で炊き立て御飯を大量に用意する必要も無くなる。
   
 むしろ、仕込めるならば早急に仕込むべき作業と言えた。

「となると、早速リレイユ用の調理器具の設計を始めんとな。
とりあえず優先すべきは使いやすさだから、リレイユの手の形状と動きを詳細に分析して……」

(……リレイユに料理、か。海人殿なら出来てしまいそうな気もするが……拙者としてはまずいかもしれん) 

 ぶつぶつと呟きながら思考に没頭し始めた主を見て、刹那は内心冷や汗をかいていた。
 
 確かにリレイユのエサの負担が減るのは喜ばしい。
 自分のペットだからと毎回頑張って大量の料理を作っている海人は見ていて大変そうだし、
手伝いながらその様子を見ている自分としても少々辛いものがある。
 それが軽減されると言うなら、むしろ歓迎すべきだろう。

 が、刹那としては別の危惧があった。

 リレイユの学習能力と海人の教授能力。
 それらが合わさり、さらに海人がリレイユ専用の調理器具まで作るとなれば、
リレイユが料理を習得する可能性は十分にある。
 こちらの負担軽減どころか、自分の食事は自分で作るようになる可能性すらあるだろう。
 あるいは、その先へと進んでいく可能性すらも否定できない。

 そこに、考えたくもない可能性がある。
  
(……その果てに、拙者がプチドラゴンに料理で負けた女という称号を得る事になるかもしれん……!
それは、それは流石にまずい……! いくら才能が無いとはいえ、魔物に料理で負けては立ち直れん!
こ、これまで以上に努力せねば……!)

 かつてない焦燥に駆られながらも、決意する。
 これまでゆっくりと頑張っていた料理の上達に、更なる労力を割く事を。
 万に一つもなさそうだとしても、絶対に安心すべきではないと己に言い聞かせて。
 
 近しい距離でそれぞれ思考に沈む主従――――それを眺めながら、リレイユは軽く欠伸をした。
        
 そして身を地面に横たえると、ゆっくりと目を閉じる。
 その顔はどこか穏やかで、微笑んでいるようにも見えた。




 


 番外編130






 ある日の朝、雫は門前で茶を啜りながら屋敷唯一のペットの顔を眺めていた。

「……これが幸せそーだなーと思えるあたり、あたしも慣れてきてるよねぇ……」

 煎餅を齧り、苦笑する。

 現在、リレイユは睡眠中であった。
 巨体を丸め、目を閉じて安らかに寝息を立てている。
 その有様は実に静謐で、外見の美しさも相まって神獣と言われれば納得してしまいそうな姿だ。

 が、それはすっかり見慣れ、安全をほぼ確信している現在だからこそ。
 もしもこれが海人のペットでなければ、見た瞬間全力で殲滅するか全力で逃亡するかの二択である。
 
(ま、今でも普通のペットには程遠いわけだけど。
正にしても負にしても要素が強いからねぇ)  
 
 口の中に残った煎餅を御茶で洗い流しながら、雫は思う。 
 リレイユは、正負両方の要素を備えすぎていると。

 まず正の要素だが、一番大きいのは屋敷からの移動が楽になったという点だ。

 これまでは貧弱な主を刹那が背負うかルミナスが抱えるかしながら運んでいたのが、
全員まとめてリレイユの背に乗って移動できるようになった。
 これによって、外出時の体力・魔力の消費が劇的に軽減されたのである。
 
 さらに、現在のリレイユの飛行速度は海人作の術式盤によって陸のカイザーウルフすら上回り、
ここからカナールまで全速力で飛び続けても彼女は疲労の色さえ見せないため、
これまでとは比較にならない高速移動も可能になった。
 
 しかも、ドラゴン系の特性ゆえに道中魔物に襲われるどころか遭遇すらしない。
 これまでは陸路でも空路でも最低片道一回は戦っていた事を考えれば、非常に快適な道中だ。 
 
 難点としては災害の象徴とも謳われる種族ゆえにあまり人目にさらせない事だが、
海人がリレイユの外出用に作った装備を着せれば遠目には中位の魔物であるエンシェントロックにしか見えないので、
人の来ない森の中か、あるいは高空に待機させておけば問題ない。
 
 他にも、雫にとっては仕事が楽になったという点がある。

 雫の主な仕事は、屋敷周辺の安全確保。
 一応この屋敷程の大きな建造物だと元々さして魔物は寄ってこないのだが、
それでも万一を考えると屋敷から一定距離に入った魔物は駆除しておく必要があるのだ。
 そのため常時屋敷を中心として広範囲に警戒網を張っているのだが、ここ最近引っ掛かる魔物の数が激減した。
 リレイユの持つ種族特性ゆえに、近場に魔物がまるで寄ってこないのだ。
 特に雫が定めている迎撃範囲には全く入ってこないため、身体的にも精神的にも極めて楽になった。
 
 海人が楽しそう、という点も見逃せない。
 
 昔ペットを飼っていた時の事を思い出すのか、最近の海人はかなりご機嫌だ。
 リレイユが美味しい餌に喜んでいる時、芸を褒められて嬉しそうな時、甘えるように鼻を摺り寄せる時、
実に優しく穏やかな表情で見つめている。
 客人に怖がられぬよう色々と芸を仕込んでいる時さえも、大変そうだが楽しそうなのだ。
 あまり趣味らしい趣味を持たない主が満喫しているのを見るのは、護衛二人にとっても嬉しい。

 これだけならば手放しで喜べるのだが、

「欠点が地味に無視できないんだよねぇ……」

 二煎目の御茶を淹れながら、ぼやく。

 リレイユの欠点の一つは、食事だ。
 この巨体からすれば至極当然ではあるのだが、とにかく食べる。
 それはもう、普通の家どころか伯爵クラスの貴族でも飼えそうにないレベルで。
 幸いにして雑食な為、食事の多くは海人が創造魔法で作った食材で賄っているが、
それがなければ人目につきにくい深夜辺りに自分で餌を取りに行く事を覚えさせなければならなかっただろう。
 さらに言えば、創造魔法による食材生産も海人の負担は馬鹿にならない。
 創造魔法の消費魔力は、彼の超魔力を持ってしても侮れないのだ。

 もう一つの欠点として、雫の仕事を楽にしたドラゴン系の特性がある。

 一部を除き同格以下の魔物を寄せ付けずその範囲も広いのだが、それが仇となっているのだ。
 というのも、この屋敷の肉類の供給は主に刹那が裏の森で狩ってくる魔物の肉なのだが、
その魔物達がリレイユのせいで生息域を奥の方に変えてしまったようなのである。
 それどころか、一部の魔物は森での生息を諦め他の地に逃げたかのように見つからなくなっているという。
 それでも刹那はきちんと食材を確保してきているが、やはり狩りの時間は伸びてしまっている。
 今は大した問題ではないが、いずれ生息域を追われた魔物達の同士討ちなどで獲物が減ってしまう可能性は否定できない。

 他にも最近改善された欠点ではあるが、寝返りのような尾撃で門を破壊したり、
寝惚け気味に吐いたブレスで屋敷の門前を焼野原にしたり、
時折くしゃみで主をふっ飛ばしたり、少し前まで色々と問題があった。

「……ま、今なら海人さんが上機嫌って事に勝る欠点じゃないか」 
 
 御茶を飲みながらそんな結論を出し、雫は最後に取っておいた大福に手を伸ばした。
 とほぼ同時にリレイユが目を覚まし、雫の手元に視線を向け、顔を近づけてくる。

「グルルルル……」

「えっと……食べたいの?」

「ギャオンッ!」

 いかにもその通り、と言わんばかりに返事をするリレイユ。
 その口の端からは微かに涎がたれている。

「……こんぐらいじゃ味分かるかも怪しいと思うけど」

 手元の大福を眺めながら、頭を悩ませる。

 大福は二個あるので一つ分けてやるのは構わないのだが、リレイユのサイズが問題だ。
 雫には十分な量だが、リレイユでは舌に甘い物が乗ったっぽいぐらいにしか思えない可能性が高い。  
  
 が、本人が食べたいと言うのなら構うまいと思い直し、彼女が伸ばしてきた舌の上に大福を乗せてやる。 
   
「グルルルッ♪」

 リレイユは大福を口の中に放り込むと、ありがとう、とばかりにお辞儀をした。
 海人に仕込まれた芸の一つだが、妙に心が籠もっているように感じられる。

「意外にただの躾じゃなくて本当に感謝してるのかもねー……ん?」

 ふと、雫は屋敷の中庭にいた気配二つがこちらに向かっている事に気付いた。
 程なくして、雫の予想通りの人間が姿を現す。

 屋敷の主である海人と、雫の姉である刹那が。

「珍しいな、雫。君がここでお茶をしているとは」

「いつも中庭ってのも芸がないかと思いまして。
そうそう、さっきリレイユ、あたしに大福おねだりしてお辞儀しましたよ」

「お、そうか。しっかり身についているようだな、偉いぞリレイユ」

 そう言って、海人は微笑みながら鼻を摺り寄せて来たリレイユの頭を軽く撫でてやる。
 大きさからして大した感触ではなかったはずだが、彼女はどこか嬉しそうに喉を鳴らし、目を細めていた。
  
「……うーん、やっぱプラスの方が大きいねぇ」

「なんの話だ?」

 妹の呟きに、刹那が首を傾げる。

「いや、さっきまでリレイユ飼った事の利益と不利益考えててね。
やっぱ主に食料関係とかで欠点多いけど、プラスの方が大きいかなって」

「……そうだな。海人殿が楽しそうなのは良い事だ」

「ん? どうかした?」

 どこか含みのある姉の返答に、今度は雫が首を傾げる。

「いや、何でもない。気にするな」

 穏やかに微笑みながら、軽く手を振る刹那。
 その内心では、少しばかり複雑な思いが渦巻いていた。

(……拙者にとっては、不利益も馬鹿にならんのだがな) 

 心の中で、肩を落とす。

 別に、狩りの手間が増えたのは大して気にならない。
 むしろ移動距離が伸びた事で鍛錬に丁度良かったとも言える。
 感謝する程ではないが、刹那にとっては問題ではない。

 彼女にとって唯一最大の問題は、

(……ルミナス殿がいない時の移動時間、毎回楽しみだったのに)

 主たる移動手段がリレイユに変わってしまった事により、
密かな楽しみが減ってしまった事であった。



  
  
   

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