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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット27



 番外編131


 ロンドの酒場。
 それはカナールにある、そこそこ人気のある酒場だ。

 良質な酒と料理が揃い、価格も良心的。
 更には事前に頼んでおけば、特注の料理にも対応してくれる。
 記念日などにはちょっとしたサービスなども行っているため、
繁盛店とまではいかないが、しっかりと固定客を掴んでいる店だ。
 地味なようだが、この競争の激しい町でそれが出来ている店はそう多くない。

 ゆえに儲けもかなりの物と思われがちだが――――実情はそれほどでもなかった。

「お父さん? もう一回説明してもらえるかしら?」

 ロンドの酒場の看板娘、レアーナ・フレグタスが厨房に鎮座する食材を指差す。
 常連客に人気の笑顔はそのままだが、何故か纏う空気が禍々しい。

「……今は祭り中だ。当然、客の気分も良くなってるし、財布の紐も緩くなる。
そこに高級素材を使った料理があれば、飛びつくだろう。
そうなれば儲けものだ。高級素材は元値が高いから他の料理より利益を乗せやすいし、まして今は祭り中だから、
ほんの僅かなら相場より高くても頼む客は多いはずだ」

 店主であるロンド・フレグタスは娘の顔を見据えながら、己の戦略を説明する。

 ガーナブレストとの友好条約締結。
 それによって、今町は湧きに湧いている。
 最高レベルの軍事力を誇る国と、事実上の同盟を結んだ事への安心感で。
 
 相手がグランベルズや十年以上前のガーナブレストならむしろ不安を煽られたかもしれないが、
現在のガーナブレストは誇り高き騎士達の国。
 無闇に条約を破棄するとは思えない。

 これでこの国は当分安泰、一般市民がそう思うには十分すぎる材料だ。
 さらに、それを煽るような町を挙げての祭り。これで人々が湧き立たぬはずがない。

 ゆえに―――今は市民の財布の紐も緩んでいた。 

 全体的に家の食事が豪華になり、外食する頻度も増えている。
 普段はさして人が多くない高級料理店に予約が殺到し、服屋も普段より高価な注文が増えていた。

 これならいける。
 そう思い、ロンドは思い切って高級食材をたっぷりと仕入れたのだ。
 次があるかは疑わしい絶好の商機を、逃さぬ為に。

「うんうん、間違ってはいないね。確かに高級食材なら利益も出しやすいわよね。
それに、お祭り中は全体的にお金を落としやすくなるのも当たってると思うわ」

「だろう? ほれ、納得したらさっさと仕込み手伝え。
メニューはさっき説明した通んぎゃ!?」

「この食材のレベルと種類とこの店の客層考えなければ、だけどね?」

 笑顔で語りながら、身を翻そうとした父の後頭部を右手で握る。
 日々酒瓶やら酒樽を抱えて忙しなく動き回っている彼女の握力は、一般女性のそれよりはかなり強い。 
 
「ぎぎぎいぎぎっ!?」

「うちのお客さんって、ほとんどは平均的な収入かそれ以下のはずなのよね~。
ヘルオクトパスのフライは、ブラックティアー使わないと独特の香りが味わいの邪魔になって普通のタコの方がマシ。
エンゼルピッグのソテーはクラウンソルト使わないと、繊細な旨味を生かしきれないから普通の豚の方がマシ。
他のもかなりの値段取らないと出せないか元が取れない物ばかり。
最高級チーズ五種は切るだけだし保存利くけど、全部大きな塊で仕入れたから、全部売れるのはいつになるか事やら。
なにより――――こんだけ沢山の種類あって全部売り切れるわけないでしょうがぁぁぁぁぁっ!!!!
ってかせめて相談しろおおぉぉぉおっ!!!!」

「ぎゃあああああああああああああああああああっ!?
すんませんすんません! 勢いで仕入れました! 反省してますぅぅぅぅうっ!」

 ついに怒りをぶちまけた娘の握撃に悲鳴を上げながら、ロンドは全力で謝罪の言葉を口にした。

 実際、レアーナの言葉はこの上ない正論なのだ。
 この店の一番の売りは、庶民に手が届きやすく良質な品揃え。
 当然客は一般庶民が多く、高級食材などなかなか手が出ない。
 
 とはいえ、ただ高級食材を使っただけの料理ならば祭りの熱気で売れるだろう。
 ロンドにはそれだけの信用を築いてきている自負があったし、事実その通りであった。

 が、今回はそうはいかない。

 最初からどんな料理を出すか決めて仕入れてしまったせいで、高価な香辛料や調味料を同時に仕入れているからだ。
 しかも性質の悪い事に、どれも保存が難しく短期間で風味が落ちてしまう物ばかり。
 特にクラウンソルトの保存は難しく、気を抜けばただの塩水と化す。
 最悪、これだけで大赤字だ。

 ゆえに最悪でも祭りが終わるまでに大半を売らねばならないと言うのに、
予定しているメニューの種類が豊富すぎるせいでどれかが売れ残る可能性が高い。

 レスティア牛のローストビーフなら超高級牛肉として知られているし、
薄切りにして一枚一枚を売れるので売り切れる可能性もあるが、
スカイエンペラーの半熟卵のクラウンソルト添えは、知らずに聞けばただの半熟卵に塩が添えられているだけだ。
 普通の卵より大きいが、定番メニューの平均価格の五倍出して食べようという豪気な人間は滅多にいないだろう。

 そう言ったリスキーなメニューが実に十数種類。     
 レアーナがブチ切れるのも当然である。  

 怒り狂う娘の暴威にロンドが諦めかけたその時、救いの声が響いた。

「あらあら、騒がしいと思えば……駄目よレアーナ、そんな事しちゃ」

 いつの間にかやってきていたロンドの妻、レミオラ・フレグタスがやんわりと娘を止める。
 優しい声といい、穏やかな表情といい、人の毒気を抜く要素に満ちた態度であった。

「っ……でもお母さんこれ見れば分かるでしょ!? いくらお祭りでもこんなの絶対に売りきれないって!
大赤字が目に見えてるじゃない! 私こんな馬鹿な事で今月の給料無しなんてやだよ!?」

「確かに高そうな物がたくさん揃っているけど、そんな事にはならないから大丈夫よ。ねえ、あなた?」

「あ、ああ、どうにか売り切るから問題ないぞ、うん」

「だそうよ。だから、大丈夫」
 
 どこからどう見ても根拠のなさそうな夫の言葉に、うんうんと頷くレミオラ。
 当然ながら、レアーナは食ってかかった。

「そんなのハッタリに決まってるじゃない!」

「もう、分かってないわねぇ……いい? お父さんぐらい素敵な男の人はね、自分の言葉に大きな責任を持つのよ。
口に出した事を実現しないなんてありえない。ハッタリなんてありえないのよ」

 娘の目をじっとのぞき込み、真摯に諭す。
 断固とした意志を感じるその目にレアーナは気圧され、渋々ながら父の頭を解放する。

「……お父さん割といいかげんだけどなぁ……」

「大丈夫よ。きっと売り切るわ。それに万一できなかったとしても――――」

 レミオラは一端言葉を切ると、痛みに蹲っている夫に視線を向ける。
 その顔には、相変わらず穏やかで優しげで母性に満ち溢れていた。
 
 そしてレミオラはそんな慈愛に満ちた表情のまま―――夫の股間を踏みつけた。

「へそくりを全て吐き出し、赤字補填するまで禁酒を続け、小遣い無しと確約してでも他には影響を出さないはずよ。
そうよね――――あなた?」

 ぐりぐりと足蹴にしたものを踏み躙りながら、悲鳴を上げる夫の顔を覗き込む。
 あくまでも優しそうな表情のまま、確認するように。 

「は、ははははいぃぃぃぃっ! 頑張りますっ!」
 
 実は娘以上にぶちぎれていた妻に慄きながら、ロンドは今日からの営業に全力を尽くす事を誓った。

 


 番外編132




 カナールのリトルハピネス。
 ここは早く美味く満腹になると評判の大衆食堂だが、食後のデザートにも定評がある。
 料理は少な目にして、デザートをがっつり食べる女性客もいる程だ。

 そんな場所で、シリルは密かに溜息を吐いていた。

(……本当に、嘆きたいし嘆くべきなのでしょうが、微妙に違うんですのよねぇ……)

 苺のタルトを頬張りながら、そんな事を思う。

 現在、シリルの周囲にはすっかりお馴染みとなった面子が揃っている。
 ルミナス、刹那、雫、そして海人だ。

 ルミナスは濃厚なチョコレートケーキに頬をほころばせ、
刹那は爽やかな風味のオレンジシャーベットを微笑みながら味わい、
雫は大きなチョコバナナパフェに喜々として挑み、
海人はぷるぷると震える柔らかなプリンをゆっくり味わっている。

 食べながらも話は弾み、時折一斉に笑い声を上げる。
 傍目には楽しそうな光景だろうし、実際楽しい。

 が、シリルにとっては現在進行形で大問題がある。
 今この場で起きた問題ではなく、以前から長々と続いている特大の問題が。

(……お姉さまの目、完全に恋する乙女なんですのよねぇ……)

 物悲しい気分を飲みこむようにもう一口タルトを頬張るが、気分は晴れない。

 ルミナスに自覚はないが、彼女の海人への態度は強い愛情に満ち溢れていた。
 さして多くはない彼の表情の変化を余さず楽しみ、自分に話を向けられるとさらに機嫌が良くなる。
 自覚がないゆえかそう大きい変化ではないのだが、長年共にいる身としては一目で分かってしまう変化だ。
 
 これまで数多の告白者を袖にしてきたルミナスが、恋をしていると。

 メイン料理を食べていた時もそうだ。
 それぞれ別の料理を頼んで各自味見をするのは昔からで、
団の仲間との食事でもよくやるが、今日海人の取り分けた物を食べた時のルミナスは一際機嫌が良かった。
 その味を気に入ってもう一口、とお願いしてもらった時など、鼻歌まで出掛かっていたぐらいだ。
 向かいで暢気に微笑む羨ましすぎる馬鹿野郎の顔面に拳を叩き込むのを我慢したのは、
我ながら素晴らしい忍耐力だったと思う。

 それでも相手が並の男であれば、一時的な気の迷いと断じて余裕を持てたのだが、
生憎現在ゆっくりとプリンを味わっている男は、並には程遠い。

(あくまでも客観的かつ総合的に見れば、お姉さまの方が大きく見劣りしてしまうんですのよねぇ……)

 タルトの上に盛り付けてあった、大粒の苺をぱくりと頬張り、そんな感想を抱く。

 海人は、この上ない優良物件だ。

 顔は一応とはいえ美形と言って異論が出ないレベル。
 背も高く、女性としては高身長のルミナスと並んで見劣りしない。
 体つきは貧弱だが、それでもガリガリなわけではなく、適度に引き締まって見栄えはする。
 腹立たしい事だが、ルミナスと並んで歩いていたところで、
お似合いと称されはしても不釣り合いと言われる事はそうそうあるまい。
  
 それだけの外観を持ちながら、能力はそれが霞んで消える程の規格外。
 史上これほどの研究者はいなかっただろうし、これ以後も出るとは思えない。
 更に研究以外でも多才で、身につけている技能は数多く、どれもレベルが高いときている。
 唯一の欠点は武力だろうが、それも総合的に見れば決して弱いわけではない。
 彼について何も知らなければ、ルミナスでさえ敗北しかねないレベルだ。

 ルミナスも万能超人に類する人間だが、海人は次元が違う。
 客観的に、かつ総合的に判断すれば、ルミナスでは不釣り合いと言われてしまうだろう。

 もっとも――――人間としては完全無欠というわけではないのだが。

「じー……」

 海人の手元を見ながら、雫がそんな声を出す。

 彼女の視線の先には半分程に減ったプリンがある。
 適度に濃厚でありながら、プルンとした滑らかで心地良い舌触りを保った逸品が。
 少し強めの甘味と旨味を持つプリンと、程良い苦みと香ばしい香りを併せ持つカラメルソースの相性が抜群な一品が。
 量は少な目ながらも、確実に食べ手を幸福に誘う素晴らしいデザートが。  
  
 あからさまに食べたいなー、という態度の雫をよそに、海人は更に一口食べ進めた。
 若干緩んだ表情と噛みしめるように味わう口の動き、そしておもむろに呑みこむ喉の動きが、
あからさまに見る者の食欲をそそる。  
  
「じぃぃぃ~~~~……」

 先程よりも声を大きくしながら、雫は海人の手元に顔を近づける。
 その際ちらりと己が主君に媚びるような上目遣いを向けていた。

 それを受けた海人は一口分匙に乗せると、おもむろに雫の双眸の前にちらつかせる。
 近い場所ではあるが、身を乗り出して食べてしまうと雫の体がテーブルにぶつかって大惨事になる位置だ。
  
 そのまま、海人は匙を上に上げる。雫の視線も、上に上がる。
 匙を下に下げる。雫の視線も下に下がる。
 ゆっくりと円を描くと、雫の目もくるりと回る。

 そんな雫の反応に海人は満足げに頷くと、

「うむ、美味いな」

「酷っ!?」

 何のためらいもなくパクッとプリンを頬張りやがった主に、思わず非難の視線を向ける。
 そんな彼女の目尻では、ちょっぴり液体が光っていた。
  
「やるとはいっとらんぞー? というか、君にはその量感たっぷりのパフェがあるだろうが」 
   
「これも美味しいですけど、ものすっごく美味しいですけど!
プリンも好きなんですよっ!」

「私もここのプリンは結構好きでな。やるのはちと惜しい気がするわけだ」

 言いながら、海人はもう一度プリンを一口分掬う。
 適量のカラメルソースが絡んだ、なんとも美味しそうな一口だ。

「む……なら、これと交換でどうです?」

 主の動きに応えるように、雫もパフェを一口分掬った。
 何気ない仕草だったが、生クリーム、コーンフレーク、バニラアイス、チョコレートソース、
それら全てが丁度良いバランスで乗せられている。

 が、海人はちっちと指を横に振ると、そのまま指をパフェ本体の一点に向ける。

「なっ!? の、残り2枚しかないバナナまで要求しますか!?」

「バナナがなくては片手落ちだろう? ま、嫌なら構わんぞ? 交渉が決裂するだけだ」

「くうっ……いたいけな美少女相手になんて鬼畜っぷり……!
しかし、プリンは惜しい……! ええい仕方ありません! 
割に合わない気もしますが、大サービスです!」

 雫は意を決したように叫ぶと、匙にバナナを一切れ加え、海人の口に運んだ。
 少し大きめの一口が海人の口に吸いこまれ、やがて飲み下された。
 そして、雫の口にも海人の匙に乗ったプリンが運ばれる。

「ん~♪ やっぱ美味しいですね~。カラメルの香りが鼻に抜けた後に卵の香りが押し寄せてきて、
それと同時にほんのりとした苦味と甘くて濃厚な味が口いっぱいに広がる……相変わらず凄い美味しいです!」

「そうか、それは良かった。じゃ、残りも食べるといい」

「……ほえ? さっきのは一口分でしょ?」

「私はんな事一言も言っとらんぞ? 君が交換といったからそれを受けただけだ。
ま、いたいけな美少女に鬼畜っぷりを発揮するならば一口分で済ませるべきかな?」

 ニヤニヤと笑いながら、プリンの器をこれ見よがしに自分の下に引き寄せる。

「あっはっは、やだなーもう。冗談に決まってるじゃないですか~!
海人さんはあたしにとって最高に優しい御主人様なんですから~」

 揉み手などしながら、媚び媚びの笑顔を浮かべる雫。
 現金な護衛に苦笑しながら、海人はプリンの器を雫に差し出した。

「あんたも飽きないわねぇ……ってか、セツナさん今日はシズクちゃん怒らなかったわね?」

「海人殿にからかわれるのは目に見えていましたので。
まあ、最後に甘やかされた事には苦言を呈したいところですが」

 ルミナスの疑問に答えつつ、主に咎めるような視線を向ける刹那。
 それから逃れるように視線を動かしつつ、海人は答えた。

「そう言わんでくれ。私が全て食べるには少し多いんだ」

「……まあ、今回はそういう事にしておきましょう」
 
 ばつが悪そうに目を逸らす主に、刹那が苦笑する。
 あまり雫を甘やかされるのは困るが、この性格自体は好ましいのだ。

 ――――そんなやり取りを眺めながら、シリルは思う。

(……悪戯好きで根性悪、でも根っこは甘い。実際は性格も強烈な欠点とは言えないんですのよねぇ……。
まったく、どうしたものやら……)

 困ったものだった。

 ルミナスが海人に恋した事は、シリルとしては嘆きたい。
 自身の想いが破れる確率が高くなってしまったのだから。

 また、同時に嘆くべきでもある。
 海人ほどの優良物件なら、誰が争奪戦に参戦してもおかしくない。
 今はそんな素振りはないが、立場的に一番有利な刹那や雫が参戦してもおかしくはないし、
究極的なスペックを誇るローラでさえ参戦する可能性が否定しきれないのだ。
 確実に苦労する道を無意識に選んでいるのだから、ルミナスを想うシリルは嘆くべきだろう。

 が、実際に嘆くかというと微妙に違う。
  
 確かに嘆きたいし、嘆くべきだが、海人が超の付く優良物件であるのも事実。
 とんでもなく苦労はするだろうが、どんな結末になろうと得る物は大きいだろう。
 ルミナスの幸せを思えば、他の誰に惚れるよりも適切な相手と言える。
 悲しい思いはしても、不幸になる確率は極めて低いだろう。

 また、相手が相手なので一概にシリルの想いが破れるとは言えなくなってもいた。
 極端な話だが、それこそローラが参戦してきたらそれだけでルミナスの勝率は激減してしまう。
 能力的にはルミナスでさえ霞んで吹っ飛ぶ完璧超人だし、性格面でも海人と随分気が合っているようだからだ。 
 
 望んでやまなかったルミナスの愛を掻っ攫われた、その心情を抜きにすればまだシリルが嘆くには早いのである。
 
(……まあ、しばらくはこの現状を受け入れるしかありませんわね) 

 そう結論を出すと、シリルは速やかに気分を切り替える。

 想い破れつつあるも、楽しく穏やかな日常。
 いつまで続くか分からない現在を、楽しむ為に。  
   

  
 
    
 番外編133






 海人の屋敷の中庭で、激しい戦いが繰り広げられていた。

 戦っているのは、二人。

 一人は幼い外見に見合わぬ超戦闘力を誇るシリル・メルティ。
 彼女は鍛え、磨き抜いた体技を存分に活用し、次々に攻撃を繰り出している。
 手刀を放ったかと思えば蹴り、蹴りを放ったかと思えば体当たり、
そのまま肘打ちを放つのかと思いきや、頭突き。
 流れるようなその連続技を放つ技巧は、一流の傭兵の名に恥じぬ物である。

 もう一人は、屋敷の主である天地海人。
 シリルの見惚れる様な連続技に対し、彼がやっているのは回避と無属性魔法障壁を作り出す事のみ。
 その回避の仕方も御世辞にも華麗とは言えず、どちらかと言えば無様だ。

 ゆえにそこらの素人が一見すると防戦一方なのだが――――その実ちゃんと戦いになっている。

 回避の仕方こそ拙いが、防御は見事という他ないのだ。
 あくまでも防御障壁を張るだけだが、その配置は実に巧み。
 ある時はシリルの手刀の威力を最小限に抑える位置に発生させ、
またある時は蹴りを放った彼女の向う脛がぶつかる位置に発生させて自滅を誘う。
 挙句、距離を詰めるため加速しようとした彼女の腹部正面に障壁を発生させて加速を封じている。

 もっとも、どちらが不利かと言えば、圧倒的に海人だ。
 
 というのも、海人にはシリルの自滅を誘う以外に有効な攻撃方法がないのである。
 彼女が油断している時なら海人の拳などでも魔力量任せの強引な強化で防御を貫けるが、
戦闘態勢に入っている彼女にダメージを与えるのは流石に無理という他ない。
 それどころか、迂闊に攻撃を仕掛ければこれ幸いと組技に持ち込まれて投げ飛ばされるか、
絞め落とされる事が確定してしまう。
 そしてその自滅狙いさえも、彼女は直前で察知して回避する率が高い。
 元が百戦錬磨である事に加え、これまで散々海人に自滅させられた経験がこの上なく察知率を高めているのだ。

 ではシリルが嬲っているのかというと、それも違う。

 攻撃手段には欠けるが、海人はそれでも侮れない相手だ。
 一気に勝負を決めようと焦れば、その途端自滅の道へノンストップで御招待。
 ゆっくりと動けば自滅の可能性はそこそこ低くなるのだが、それも善手とは言えない。
 その場合喉元に横幅の広い障壁を発生させて喉を狙ってきて、
それを下がって避けようとしても後頭部に発生させれれた障壁に頭をぶつけるのだ。
 最初など後頭部をぶつけた衝撃で前につんのめり、喉元の障壁にまで衝突する羽目になった。 
 ならばと身を低くしたり、飛んで避けようとしても無駄に高い動体視力と思考力で察知して、
顎をかち上げられるか、脳天を障壁に叩き込むかの二択になる。
 ゆえに、性格もありシリルは海人を相手にする時は速攻による撃破を心掛けているのだ。

 とはいえ、開戦直後に決められない限り、結局は持久戦になる事が多い。
  
「くっくっく……どうしたのかなシリル嬢、攻めあぐねているようだが?」 
  
「調子に乗ってますわねぇ……飽きてきましたし、そろそろ決めると致しましょうか」

「ほう? いかにして決めるのかな?」

「毎度おなじみ、優雅さの欠片もない方法ですわ」

 にっこりと微笑むと、シリルは海人に向かって無造作に歩みを進めた。   
 海人はそれに反応してすかさず待機させていた術式を起動させるが、

「ふんっ!」

 シリルの喉元に現れた障壁は、彼女の喉に接触する前に拳で砕かれた。
 その戦果を誇る事もなく、シリルは更に歩みを進める。

「遊びは終わりという事か。なら、こちらもペースを上げよう」

 慌てる事もなく、海人は次の障壁を発生させる。

 シリルの腹の前に現れたそれは、顕現した直後蹴り砕かれた。
 続いて膝前に現れた障壁も、ごく僅かな加速による膝蹴りで呆気なく霧散する。
 向う脛に当てようとした障壁も、少し足を高く上げられて踏み砕かれてしまう。

 ゆっくりとだが、シリルは着実に海人に近付いていた。

「ええい、相変わらず強引な……!」

「貴方相手ですと小細工を弄するよりこちらの方が確実ですもの」

「ごもっとも。が、易々と近付けると思わん事だ」

「あら、必ずしも近づく必要はありませんわよ?」

 悪戯っぽく笑うと、シリルは手に隠し持っていた小石を指で弾いた。
 何気ないながらも強烈な指の力で弾かれた石は、海人の二の腕を打ち据えんと途轍もない速度で加速するが、

「甘い!」

 衝突前に、海人が作りだした障壁に弾かれた。

 が、その後もどこに隠し持っていたのかという程の量の小石が矢継ぎ早に放たれる。
 致命傷にならぬ所ばかりとはいえ、全身のあらゆる箇所を狙って。

 その全ては巧みなタイミングで放たれており、持続時間の短い小さな障壁で小まめに防いでいては、消耗が大きくなる。
 そう判断した海人は、すかさず使う術式を切り替え、正面全域をカバーできる大きな障壁を張った。  
 激しい音と共に小石が全て弾かれ、それより若干遅れて障壁が消える。
 
 が、安堵したのも束の間、直後シリルの膝が海人の目前に迫っていた。

「ぬおおおおおおっ!?」

 思いっきり仰け反り、勢い余って後ろに転がりながらもギリギリ回避する海人。
 無様ではあるが、ド素人の反応としては上出来だ。

 が、あくまでもそれ止まり。
 一流傭兵の前では、何の役にも立たない。

「これで詰み、ですわね」

 微笑みながら、シリルは海人の胸を足で踏みつけて地面に張り付ける。
 軽そうな動きだが、海人の胸骨はミシミシと悲鳴を上げていた。

「ちっ、降参だ」

「よろしい。今の反省点ですが、言うまでもなく大きな障壁を張ってしまった事ですわね。
貴方の障壁は強固ですが、それが放つ光は視界を遮り、相手の動きを見切る精度を著しく落とします。
消耗を厭わず小まめに防いでいれば、最後ああも一気に詰められはしませんでしたわ。
折角良い目をしているのですから、その利を失う選択肢は極力避けるべきですわよ?」

「だな。勉強になった」

「ふふ……そうやって素直に受け入れられるのは貴方の美徳ですわね。
ですが、それで許されると思ったら大間違いですわよ?」

 ぐりぐりと踏みにじりながら、凄む。
 
「いや、一応ちゃんと言っただろう? 今日のは激辛にしてみたと」

「激辛と言っても限度がありますわよ!?
全員が全員、ものすごい勢いで転げ回ってたではありませんの!」 

 悪びれぬ海人の胸ぐらを掴み、激しく前後に揺さぶる。

 今日の海人とシリルの喧嘩の発端は、朝食のカレー。 
 毎度あまりにもすごい勢いで消費される為大量に作らざるをえないそれを、
比較的少量で済ませられないかという試みを行ったのである。

 試み自体は単純で、辛さをきつめにして、ひーひー言いながら食べることで、
食べる速度を緩め、水を飲む頻度を増やし、少量のカレーで満腹にさせようというものだ。

 が、どうやら辛さの加減を間違えたらしく、辛い物でも問題ないと豪語していた者達が、
一口食べた途端匙を落として水を飲みながら転げまわる程の代物になってしまったのだ。

 牛乳などで状態は改善させたものの、シリルだけは怒りが収まらずこの状態というわけである。

 なにせ、海人一人だけサラダを先に食べてたせいでカレーにまだ手を付けてなかったのだ。
 日頃の行いを考えれば、狙ったと疑われるのも無理はない。

「確かにそうなんだが……妙なんだよなぁ。確かに凄まじく辛い素材を使ったんだが、
あそこまで辛くなるような量は入れてないし、そもそも厨房で味見した時はあんなに辛くなかったんだが……」
 
 むう、と唸る。

 食事は楽しんでもらう事が前提なので、辛さは加減したはずだった。
 汗は噴き出るが、水と交互に食べていると止まらない、そんな加減にしていたのだ。
 それがいざ食卓に上ってみれば、阿鼻叫喚の地獄絵図。

 今日は厨房で作ってから運ぶまで多少時間があったので、
その間に入れた物の辛味成分が溶け出し広がった可能性もなくはないのだが、どうにも解せない。
 そうだとしても、計算上あんな辛さになるはずがないのだ。

 本気で不思議そうな海人に、シリルの表情から険が取れる。

「へ? 味見してましたの?」

「人に出すんだから当たり前だろう?」

「…………一つ伺いますが、その辛い素材とやら、どうしましたの?」

「何かの折に使えるだろうと思って、残りは袋に入れて厨房に置きっ放しだが……ん? まさか……」

 朝、カレーを仕上げた時の事を思い出す。

 使ったのは少量だった為、残りは袋に入れて厨房の片隅に置いておいた。
 素手で触れるべきではない食材であり、間違って使うとえらい事になる為だが、
その後別の用事で少し席を外し、帰ってきた後はその場所にあるかどうか確認していない。
  
 そして海人が席を外した時、厨房には一人だけ残っていた。

「……確かセツナさん、今日は珍しく掃除の練習が上手くいって、
感覚を忘れないうちに反復練習したいと仰って朝食にいらっしゃらなかったんですのよね?」

「ああ。ちなみに、それを私に伝えたのは厨房でだ。
出来る限り早めに終わらせるから、少しだけでも残しておいてほしいと随分頼まれた……なるほど。
状況証拠は揃ってるな」  
  
「いけませんわよカイトさん。まだ、確定ではないのですから、変な疑いは――――」

「いえ、そのとーりでしたんで疑いもクソもありません。姉が御迷惑おかけしました」

 シリルの言葉を遮りつつ、雫が海人の背後から現れた。
 その表情は笑顔だが凄まじく引き攣っており、やたらと凄味がある。

「……なんでまた、そんな事を?」

「なんでも思いっきり辛くするって言ってたのに、まだ残ってたから入れ忘れたんだろうって思ったそーです。
それは鍋の側にはなかったそうなのに、どうしてんな事しやがったんですかねー……あっはっはー」

「刹那らしいと言えば刹那らしいが……彼女は?」

「絶品料理を虐殺料理に変えやがった責任取りました」

 にっこりと微笑み、雫は食堂の方に視線を向けた。
 今まさに口一杯に超激辛カレーを頬張り、痙攣している姉がいる方向を。

 
     
 
   

 番外編134




 久方ぶりに帰郷したシャロンは、困っていた。

 なんというか、周囲の反応が色々と過激なのだ。
 日々の激務とは、まるで違った方向性で。

 まず、男性陣。
 彼らは大別すればシェリスの下で磨かれた容姿に惹かれ口説こうとしている者、
あるいは貴族の下で働いているシャロンに都会の良い働き口を紹介してもらおうとする者、
村にいた頃とあまりに違うシャロンに皮肉を向けてくる者に分かれる。

 彼らについては、そう難しい対処は必要ない。
 口説きはプライドを傷つけない程度にきっぱりと断り、
働き口の紹介はたかが下っ端使用人にそんな伝手があるはずがないと笑い飛ばし、
皮肉に関しては当たり障りないよう軽く流し、あまりにしつこければ謎の意識混濁に襲われてもらう。
 多少面倒ではあるが、日頃の仕事に比べれば片手間にもならない作業だ。

 問題は、女性陣。
 元々友達が多く、年上や年下ともそこそこ良い付き合いをしていたので、
基本的には昔話に話を咲かせたり、近況を語ったりして楽しめる。
 
 が、一つだけ、若い女性全員に共通する致命的に困る事があった。

「シャロン~! いい加減教えてってばぁ~!
お肌とかは化粧品とかだろうけど、その体型はどう考えても貴女の努力!
手取り足取り教えてとは言わないけど、基本的な運動方法ぐらいは教えてくれてもいいでしょ~?」

 少しそばかすが浮かんだ顔の女性――――レミリス・アルカオクが、シャロンに詰め寄る。

 レミリスは、シャロンの親しい友人の一人だ。
 村にいた頃は良く一緒に遊び、からかう男の子から庇われたりもしていた。
 性格はやや豪快で昔はあまり見た目に気を遣うタイプでもなかったのだが、
最近美容に目覚めたらしく、かつてに比べると随分女らしくなっている。

 ――――が、現在のシャロンと比べると流石に数段見劣りしてしまう。

 片や、やや野趣溢れる魅力があるものの、筋肉のつき方が農作業に特化しており、
体型全体を見渡すと素朴というより野暮ったい印象で、特に腰のくびれが少ない。
 胸が大きめなのでそこそこのメリハリは出来ているが、それだけとも言える。

 対してシャロンは、筋肉のつき方がとても美しい。
 全体的に引き締まっているが筋肉が過剰な箇所はなく、腰も綺麗にくびれている。
 胸、腰、尻と綺麗に流れるような凸凹が構成されており、立っているだけで見栄えがするのだ。
 立ち居振る舞いに漂う気品と相まって、貴族の社交場に紛れていてもなんら恥じる事がない姿である。

 素材としては同レベルのはずの自分達にこの差が生じた理由をシャロンは嫌になる程知っているのだが、それは口外できない。

「そう言われても……本当に特別な事は何もしてないのよ。
仕事でお客様をお迎えする準備とか色々あって動き回る事が多いから、それじゃないかしら」

 困ったような顔でごまかしながら、シャロンは心の中で友人に頭を下げていた。
 
 嘘、というわけではない。
 確かに特別な事は何もしていないのだ。
 あくまでもシャロンの職場では、という枕詞がつくが。

 客を迎える準備とか色々あって動き回る事が多い。
 これも決して嘘ではない。客を迎える準備で動き回る事が多いのは事実だ。
 主な仕事の一つが、そんなもの運動に入らない程に激しく苛烈な運動なだけで。 

 仕事で体型が維持されている、というのは事実なのである。
 もし詳細を口外すれば、上司に物理的に首を飛ばされかねないが。  

「私だって運動してるぞー! お貴族様の所での優雅な仕事より農作業の方が大変なはずだー!」

「もう……それほど優雅じゃないのよ?
仕事は屋敷の清掃とか地味なものが多いし、年中動きっぱなしだもの。
それに万一接客中に御客様に粗相したら、それこそ首を刎ねられる可能性も否定できないのよ?」

「え……!? そ、そんなにヤバいの!?」

 さらっとシャロンから放たれた言葉に、レミリスの目が大きく見開かれた。

「そこまで極端な事をする御客様は今のところ見てないけれど、
やれるだけの権力がある御客様はいらっしゃるわよ。
所詮私はどこにでもいる平民なんだから」

「……あの、シャロン、帰ってきた方が良くない? 
私、あんたが遺体になって帰ってきたなんてやだよ?
その、収入はかなり減っちゃうんだろうけど……命には代えられないよ?」

 レミリスは一転して心配そうな表情になり、シャロンを諭す。
 シャロンはそんな友人を見て、優しく微笑んだ。

「大丈夫よ。さっきも言ったように、実際にしそうな御客様は今のところいないから。
それに……良くも悪くも慣れたわ」

 ふ、と遠くを流れていく雲を見つめるシャロン。

 実際、恐怖にはかなり耐性が出来ている。
 とりあえず上司の教え通りに動いていれば何ら問題のない接客など、苦にはならない。
 そんなものより、何をやろうと幾度もあの世を垣間見る上司との組手の方が億倍恐ろしいのだから。 

 突如死んだ魚のような目になった友人を眺めながら、レミリスは心の中で納得した。
 
(……そっか、シャロンの体型って心労もあるんだ)

 考えてみれば、貴族の屋敷で働くというのは常に緊張感を求められるはずだ。

 なにせ、相手は絶対権力者。
 シャロンの話だと彼女の主は寛容な人間らしいが、それでも圧倒的上位者である事は間違いない。
 いくら暴れないといっても、ドラゴンの横で昼寝できる人間などいるはずがないのだ。

 そう考えれば、なにもしていないにもかかわらずシャロンが見事すぎる体型なのにも納得出来る気がする。

 元々気が弱く真面目なシャロンの事。
 貴族の下で働くとなれば、さぞ日々神経をすり減らしているだろう。
 朝の寝坊一つでさえ命に関わりかねず、ミスの一つで首が落ちかねない。
 そんな思いを抱えながらも懸命に働く、その美しさが体型に現れたのだろうと。
 
 そして、心に決める。

 いつかシャロンが耐え切れずここに逃げ帰ってきた時は、温かく受け止めようと。
 折角の高給を捨てるなんてだの、やはり不相応だったんだだの言ってくるであろう輩を力尽くでも排除し、
疲れきった彼女の心を癒せる場所になろうと。 
  
 友人がそんな決意を固めているとはつゆ知らず、
いつの間にか我を取り戻していたシャロンは空を眺めながら別の事を考えていた。

(……どの程度なら問題ないかしら。レミリスは腰がくびれるだけでもずいぶん違うと思うんだけど……それなら腰使う軽めの運動、
多分一日左右二千回ずつぐらい腰入れたキックの練習……いや、駄目ね。
そもそもキックに限らずどれも体の効率的な使い方が関わってくるし、他に漏らす事自体が問題になるわ)

 友人の力にすらなれぬ己を憂い、シャロンはそっと溜息を吐いた。

 



 番外編135



 唐突だが、ミッシェル・クルーガーは一流の料理人である。

 素材を選別するその目は一瞥でその良し悪しを的確に見極め、
調理する腕は素材の味を根こそぎ引き出し、各々を組み合わせる事でその味の魅力を乗算し、
各々の食材の欠点すらも個性に変えてしまう。
 
 その腕前ゆえに、時として王都の料理人が教えを乞いに来る事がある程だ。

 とはいえ、基本的に店にかかりっきりの彼女はあまり教えるという事をしない。
 店の空き時間を利用して質問にちょこちょこと答える程度で、すぐ仕込みに戻ってしまう。
 それゆえに、更なる教えを求めてリトルハピネスに下働きとして入った者までいる程だ。

 が――――そんな彼女でも、例外はある。

「十分良い味、というかあんたが作った中でも上位に入ると思うけどねぇ……」

 空になった皿を見つめながら、ミッシェルが唸る。

 今しがた味見した料理の質は、世辞でも何でもなく感嘆に値した。
 様々な香辛料が絡み合って生まれたと思しき、心を引きつける素晴らしい香り。
 牛肉や牛骨の出汁を土台に数多の野菜を煮溶かして生まれた、力強く濃厚な味わい。
 それらを併せ持つソースが甘味が強くもちもちとした米に絡む事で、なんとも形容しがたく癖になる魅力を醸し出している。

 材料費は高くつきそうだが、どこに出しても恥ずかしくない味。
 それこそ、王都で店を出してもやっていけるのではないかと思える程の味だ。

 だというのにこれの作り手――――もうすぐ義理の娘になる女性は、足りないと言うのだ。

「これですら、まったく! 全然! 微塵も! 届いてないんですよ!
一応食べた事のある他の連中にも味見してもらったんだけど、全員迷うことなく肯定されちまったんですよ……!」

 がしがしがしっ、と頭を掻くスカーレット。
 
 海人のカレーを食べて以来、暇をみてはその再現に挑戦し続けてきた。
 懐に痛い価格の香辛料を幾つも自腹で仕入れ、試行錯誤を繰り返していたのだ。
 にもかかわらず、出来たのは本家に及びもつかぬ劣化品のみ。
 既に自身が持つ知識はほぼ全て吐き出し、過程で新たな手法を幾つも見つけたにもかかわらず。

 なので、スカーレットはミッシェルに助けを求めたのだ。
 自分の師であり、近く義母となる女性に。
 
「具体的にどこがどう上かって分かるかい?」

「……まず香りですけど、本家はこれよりもっと香りが強く、複雑でした。
味についてはもう少し辛味と濃厚さが強かったけど、後味はこれよりさっぱりしてました。
でも、何よりの差は中毒性……! 本家は気ぃ抜くと一口食べたが最後、皿が空になるまでガツガツ食っちまうんです!」
   
「香りや辛味だけならまだなんとかなりそうだけど……これより濃厚で後味はさっぱり、か。
さらに我を忘れて食べちまうほどの中毒性……こりゃ難題だねぇ。
全部成立させる手段がさっぱり思いつかないよ」

「ミッシェルさんでも?」

「残念ながらね。多分、あんたも同じじゃないかい?
どれか一つ、いや二つならなんとかなりそうだけど、それ以上は全部を崩壊させちまう」

「あたしは一つが限界ですね。
香りだけなら、時間かければどうにか他のレベルを維持したまま高められると思います」 
 
「あたしは中毒性と香りならいけると思うよ。本家の中毒性がどの程度か分からないが、これもかなり強い。
んで、この料理は味もだけど、香りの影響が凄く大きい。
あんたの言う中毒性を香りで高める事は出来るはずだよ。
もっとも……味はこれが限度になりそうだけどね」 
      
「……味は無理ですか」

「ああ。香辛料増やしゃ、当然味にも影響が出る。
かといって調理法だけで香りを高めんのは多分これが限界さね。
配合比率で引き立てるって手もあるが、これも味への影響が大きい。
こう言っちゃなんだけど、本人に聞くのが一番じゃないかい?」 
 
「いや、間違いなく教えてもらえないと思いますよ……」

 ふ、と遠くを見るスカーレット。

 ミッシェルの言葉はもっともだが、それが出来れば苦労はない。
 ローラが各種あるレシピの一つを手に入れたと聞いているが、
その対価として差し出したのは彼女が厳重に秘匿しているチーズケーキの製法の一部。
 探ろうとしただけで常人ならオーバーキル確実な攻撃を受けたり、
死んだ方がマシ級の拷問にかけられたりしたそれを、一部とはいえ譲ったという事は、
それ以外の手段がないとローラが判断したからに他ならない。
 
 そしてスカーレットの手持ちでそれだけの物があるかと言えば、無い。
 正確に言えば3つぐらい揃えればそれに値するであろうレシピはない事もないのだが、
それらは屋敷でシェリスが賓客をもてなす時の手札の一つでもあるので外部に漏らせないのだ。 
 
「……今度あの子達が来た時、聞くだけ聞いてみようか?」

「いや、いいですよ。仮にも本職が素人のレシピ暴けないってのはどうかと思いますしねぇ……」

「……それもそうだね。よし、あたしの方も暇みて色々考えておくよ」

「ありがとうございます、ミッシェルさん」

「いいさ。ってか、そろそろお義母さんって呼んでくれないかい?
式の日取りだってそろそろ決まるんだろう?」

 少し不満気に唇を尖らせる。

 もうじき義理の親子になると言うのに、スカーレットのミッシェルに対する態度は昔と変わらない。
 自分に料理を習い始めたその頃から、全く同じだ。

 嫌なわけではないのだが、折角念願かなって息子の嫁になってくれるのだから、
気が早いと言われてもそれを実感できる呼び名を期待したいところだった。

「いや、その、ちゃんと式挙げるまではちょっと……順番が」

「別に構わないだろ? ってか、何の順番だい?」

「……やっぱり、その、ミッシェルさんの呼び方変えるより先に、ゲイツの事あなたって呼びたくて……」

 顔を赤らめながら俯き、両手の指を突き合わせる。
 大柄な彼女だが、その仕草はなんとも微笑ましいものだった。
 
(ったく、ゲイツにゃ勿体無いねぇ……こんな良い娘さんもらう以上、
結婚祝いに解き明かしたレシピあげるぐらいはしなきゃあね)

 そんな事を想いながら、ミッシェルは明日から定期的に仕入れるべき材料を考え始めた。    

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