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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄110

 シェリスの言葉に海人はふむ、と軽く頷き、ソファーにかけ直した。

「王都か。目新しさという点では悪くあるまいが……実際どうなんだ?」

 僅かに身を乗り出しながら、海人は尋ねる。

 シュッツブルグ王都セルトリティア。
 言うまでもなく、この国の中心である大都市だ。
 食事に限らず高品質の商品が集まる場所でもある。
 目新しく、かつ良い物を求めれば普通はそこにいきつくだろう。

 が――――普段海人達が行っているカナールと比較すればどうなるかは分からなかった。

 カナールはこの国にある四つの大商会の創業者達が一から作り上げた町。
 彼らが各々の商人としての目利きや人脈を活かした結果、あの町には最高品質の商品が数多出回っている。
 食事においても例外ではなく、高級店から大衆店までハイレベルな店が軒を連ねているのだ。 
 
 雫の要望的に目新しさは大事だが、普段行っている場所より質が落ちるとなれば話は別。
 海人のそんな懸念を見透かし、シェリスはたおやかに微笑む。
 
「ふふ、御心配なさらずとも王都は王都の名に相応しい店が揃っており、料理店も例外ではありません。
それにカナールの店はどれも素晴らしいですが、王都に比べれば広さで劣りますし、どちらかと言えば商業都市。
賑やかさや活気では劣りますが、街並みを含めた華やかさにおいては王都が上です。
目新しさを加味すれば、貴方達にとってはカナールよりも訪れる価値がある場所でしょう」

 静かに、だが確かな自信を感じる口調でシェリスが語る。

 カナールは確かに国内有数の素晴らしい町だが、非の打ち所が一切ないというわけではない。
 町の歴史がまだ短く、街並みにも町を運営している長老達の影響が強く出すぎているのだ。

 街並みは考えられてはいるが、どちらかと言えば美しさよりも清潔感重視。
 もっと言えば、常に町全体の清潔感を保つ為、掃除のしやすさが重視されている。
 その為、実用美は文句なしだが少々華やかさに欠ける仕上がりになっているのだ。

 対して王都は国の象徴としての側面が強く、風格と造形美が重視されている。
 歴史ある街並みの風格はそのままに、それに馴染ませるよう徐々に取り込まれていく最新の美意識。
 住まう人間が不便を感じない程度の実用性を残し、残り全てを造形美につぎ込んだそれは、カナールでは及ばない。

 そして、そこに軒を連ねる料理店もその風格に相応しい店になっている。
 店の内装や接客は言うまでもなく、出される料理も高品質。
 大衆店であっても例外ではなく、何も言わずとも観光客に再訪を促せる店ばかりだ。

「なるほど……とはいえ、大衆料理店では流石に味で分が悪いんじゃないか?」

「そうですね。大衆料理店ならカナールは王都を上回ります。
ただし高級料理店であれば、王都が上回るでしょう。
中にはカナールの長老方でも口説けなかった料理人もいますので」

「ほう? かなりの好条件を出されただろうに」

「理由は様々ですが、お子さんを王都の学校に通わせる為だったり、
カナールとの緊張感の違いを理由に蹴られたという事もあったようです」

「……王都は貴族の客相手がメインだからか?」

「ええ。カナールでも良い食材は揃いますが、高級料理店でも大半の客層は貴族ではなく庶民層です。
常に死を覚悟するぐらいの緊張感をもって臨まねば、高みには昇れないと言われたとか」

「言わんとするところは分かるな。それで保守的な料理に偏ってなければ完璧だ」

「……御明察です。王都の高級料理店は、どこも伝統料理に偏りがちです。
美味しく美しい料理でも、伝統料理から大きく外れると貴族によっては邪道だとそれだけで憤る者もいますので。
ですが、その分伝統料理は磨きに磨き抜かれていますし、近年では挑戦的な皿も少しずつ増えていますよ」

 海人の言葉に、シェリスは思わず苦笑した。

 常に死を覚悟して、とのたまう料理人も死にたがっているわけではない。
 それだけの覚悟をもって臨む、あくまでそんな心構えだ。

 そして王都の高級料理店の主要客層である貴族には、伝統から外れた料理を嫌う者も多い。
 酷いと伝統料理こそがシュッツブルグ料理であり、それ以外は伝統を汚そうとする不純物だとのたまう者までいる。
 今は流石になくなったが、かつてある貴族に創作料理を出したら味見もされぬまま店を潰されたなどという話もあったぐらいだ。

 ゆえに、彼らが作るのは大概が堅実な最高の一皿。

 伝統を大きな土台とし、その中で味を突き詰めた皿を作るのだ。
 革新を起こす独創性はないが、代わりに誕生したばかりの料理にはない骨太さがある。
 余所見少なく絞った皿を突き詰めたその味は、歴史の浅い料理では滅多に辿り着けぬ領域だ。

 そして、近年では世代交代により固定観念が薄れ始め、新たな料理に挑む店も増えている。
 伝統料理を磨くだけではいずれ化石となるだけ、伝統を基礎としてその発展に挑まねばならないと。
 長年の蓄積ゆえかやはり大胆な変化には欠けるが、それでも素晴らしい皿が生まれ始めているのだ。

 誇りを感じるシェリスの言葉に、海人は興味深そうに笑った。
  
「君にそこまで言わしめるか。なるほど、面白そうだが……紹介状とか必要だったりしないか?」

「店によっては。ですが、私の紹介状ならどこでも問題ありませんので、御心配なく。
それにおすすめの料理店は沢山ありますから、その気があれば食べ歩きする事も出来ますよ?」

「ほほう、それは楽しみだ。ぜひ食べ歩きをしてみたいな」

「……あのー、ちょっといいですか?」

 おずおずと、雫が小さく手を上げた。

「ん? どうした?」

「その、言い出しといてなんですけど、そこまでしてくれなくても……かなりお金かかりそうですし……」

 申し訳なさそうに、雫は意見を述べる。

 雫としては、そこまで御大層な御褒美を願っていたわけではなかった。
 確かに女としてのプライドはボッキボキにへし折られたが、修復はさして難しくない。
 屋敷の地下室で普段は遠慮している動作の大きいゲームでも遊ばせてもらえれば気が済んでしまう。
 
 その程度の事の為に、高級料理店食べ歩きはあまりに気が引ける。
 王都の高級料理店となれば、一食でも一人当たり最低数万の金が飛んでいくのだ。
 
 が、海人は気にした様子もなく、雫の言葉をからからと笑い飛ばした。

「んなもん気にしなくてよろしい。
今は仕事上美的感覚を磨く必要があるからな、王都の街並みを見るのは良い刺激だ。
料理についても、シェリス嬢がここまで自信を持つとなれば興味が尽きん。
が、一人で食っては折角の美味い物の価値も激減してしまう。
ちゃんと料理を味わって君の御機嫌取りも出来れば一石二鳥。何か反論はあるかね?」

「……いえ、ありがとうございます」

 軽く、だが毅然と尋ねる主君に、雫は一礼して頷いた。
 まだ別の懸念もあるのだが、この主は譲らないと決めたら絶対に譲らない。
 ならば、この場は素直に好意を受け入れるべきだった。

「ふふ、もう少し付け加えますと、今回の旅行にあたっては私の部下からガイドを一人用意させていただきます。
王都では、何か揉め事が起きた時いつも通りの対処も難しいでしょうから。
どうぞ、気兼ねなく観光をお楽しみください」

 まだ何か含みのありそうな雫に視線を向け、シェリスは語る。
 雫が懸念しているであろう事は、対策を用意する、と。

 海人という男は、非常に揉め事に巻き込まれやすい男だ。
 普段訪れるカナールでさえ、妬みなどから絡まれる事が多々ある。

 そういった揉め事も容易く弾き返す海人だが、その手法は非常に強引。
 目撃者が生じない場所に相手を誘い込み、武力で殲滅。
 しかる後洗脳して後顧の憂いを断つというものだ。
 
 が、王都ではその手法を使うのは難しくなる。

 王都にも裏道の類はあるが、カナールに比べれば少ない。
 人の多さも相まって、目撃者が確実に存在しない場所というのは稀だ。
 土地勘が無い事も踏まえれば、海人達がそこに誘い出すのは不可能だろう。
 
 加えて、カナールと違い王都では貴族子弟が絡んでくる可能性も高くなる。
 そこらの冒険者とは違い、彼らに洗脳を施してしまうと後々面倒が生じかねない。
 かと言って海人達に絡んでくるような品性の貴族子弟をただ殴り倒しても火に油だし、
前後の記憶のみを消しても再び絡んでくる恐れがある。

 ゆえに、シェリスはこの話を考えた段階で、そういった手合いの対処を的確に行える人間をつけるつもりだった。
 海人達が観光を楽しめなくなる可能性もだが、怒りで王都ごと叩き潰されたらたまったものではない。

 シェリスの見立て通りだったらしく、雫ばかりか刹那も表情が僅かに緩んだ。
 
「それはありがたいが、君の所で一人抜ける穴は馬鹿になるまい?」

「ええ。ですが、これまで貴方がこの国に貢献してくださった事を考えれば安いものです。
表彰も何も出来ない分、せめてこれぐらいはさせていただけませんか?」

「……別にこっちの都合でやった事なんだから、気にしなくていいんだがな。
まあいい、そういう事ならお言葉に甘えさせていただこう」

「ありがとうございます。
ただ、基本的に高級料理店はドレスコードがありますので、服を誂える必要があります。
カイトさんは白衣を脱いでジャケットを着ていただければ十分ですが、御二人には新しい服を用意する必要がありますね」

 眼前の主従の姿を改めて一瞥し、シェリスはそんな意見を述べた。

 海人も背後に控える護衛二人も、その服装は清潔感と気品という点では申し分ない。
 上質な生地が体に合った見事な仕立てにより、それぞれの魅力を際立たせている。

 が、この国の高級料理店に着ていくにはそぐわない。
 
 料理店におけるドレスコードは、店の雰囲気も含めて楽しむ為のもの。
 海人の白衣も宝蔵院姉妹の民族衣装も素晴らしい服だが、どうしても周りから浮いてしまう。
 余計な揉め事を避けるためにも、服はこの国の方式に倣ってもらう必要があるのだ。

 気に障る可能性もあるか、とシェリスは考えていたが、それは杞憂だった。
 海人だけでなく宝蔵院姉妹も当然とばかりに頷いたのだ。

「もっともだな。折角だし、服屋も良いところを紹介してもらえるか?」

「それは構いませんが……カイトさんが仕立てなくてもよろしいんですか?
シリルさんに仕立てたドレスのような物であれば、どこも問題ありませんよ?」

 不思議そうに、シェリスは首を傾げた。

 少し前に海人が友人の為に仕立てたドレスは、素晴らしい出来だった。
 妖精のように華やかでありながら、全体としては落ち着いた風情。
 可憐な容姿と高潔な人格を併せ持つ彼女に、良く似合っていた。
 
 シェリスとしては、海人の性格からして部下の為に自ら仕立てると思っていたのだ。
 創造魔法によるコスト削減という側面から見ても。

「出来なくはないが、デザインからやると時間がかかる。
シリル嬢のドレスにしても、かなり頭捻る事になったからな。
それに、凝ったデザインになると作るのにまた時間がかかるんでな。今回は既製品が最善だろう」

「凝ったデザインは難しいのですか?」

 海人の言葉に、ローラが反応した。

「出来なくはないが、時間がかかるし手間もかかる」

「となりますと、念の為先程お渡しした袋の中の紙を確かめていただけますか? 少々注文が多いので」

「多分大丈夫だと思うが……まあいい」

 ローラの言葉に促され、海人は袋を開けて中に入っていた紙を見る。

 ――――その瞬間、海人は硬直した。

 紙を袋から取り出す事もなく、己の額をコツコツと指でノック。
 そして腕を組んで数秒唸り、最後に頭を抱えた。

「……………………すまん、無理ではないが寸法を私が取り直していいか?
この要望全部満たすとなると、流石に追加データが必要になる。
ただし、さっきの寸法を基準にできるから服を脱ぐ必要はないぞ」

「かしこまりました」

「ではシェリス嬢、すまないがしばしローラ女士を借りるぞ」

 自分の言葉にシェリスが頷くのを確認すると、海人はローラを伴って部屋を出ていった。
 シェリスは二人が去っていったドアを数瞬見つめると、ニヤリと唇を吊り上げる。
 
「ふふ、気になりますね」

「何がでしょう?」

「より詳細な採寸という事で、カイトさんが直々にやるのは分かります。
ですが、わざわざここを出る必要はないと思いませんか?」

 シェリスの言葉に、刹那と雫がなるほどと頷く。

 先程雫が部屋を出たのは、海人がローラの下着姿を見ないようにだ。
 今回は脱いでもらう必要もないと言っているのだから、わざわざこの部屋を出る必要がない。
 シェリスに採寸キットを見せたくない可能性もあるが、あれはあくまで効率的な採寸が出来るだけなので理由としては弱く思えた。

 そんな二人の反応に気をよくしたように、シェリスは話を続ける。  

「しかも恋する女とそれを袖にした男が二人っきり。
そして男の方も決して女を嫌っているわけではなく、好意的に見ている。
どんな会話が交わされるのか、興味ありません?」

「察知されて聞く前にぶっ飛ばされるのが目に見えてますけど」

 下世話な好奇心に目を輝かせるシェリスに、雫が忠告する。
 話が聞ける距離でローラの気配察知をかいくぐるのは、至難の業。
 そして失敗すれば確実に拳という名の鉄槌が飛んでくる。

「ふっふっふ、そんな事は分かっています。ですが、幸いにして二人が向かった別室の方向にはトイレがあります」

「事故で耳にしても不思議はない、と。そもそもローラ殿の事ですから、遮音魔法が張られていると思いますが?」

 刹那の指摘に、シェリスが硬直した。
 聞かれたくない話をするのであれば遮音魔法は当然。
 先走りすぎた好奇心ゆえに、そんな初歩的な事実を見落としていたのだ。

 が、諦めきれないのか往生際悪く話を続ける。 

「……そこはそれ、たまたま通りかかったシズクさんが運悪く転んでドアをぶち破ってですね」

「あたしに死ねと!?」

「大丈夫です。シズクさんにはカイトさんという防壁があります。
いかなローラとて、その程度で愛する男性の身内を殺したりはしないでしょう」

「ちなみに、シェリス殿だと?」

「……知ってます? 頭からリベンジビーの死骸の体液ぶっかけられて巣に行くと、巣総出で出撃して仕留めに来るんですよ?」

 刹那の何気ない問いに、シェリスは死んだ魚のような目で答えた。

 シェリスの脳裏をよぎったのは、かつてローラの素性が気になってしつこく詮索した時の記憶。
 当時のシェリスの身長の三倍程もある蜂の魔物の集団に襲い掛かられた時の事。
 泣き叫んで許しを乞うシェリスの前で、拳圧一つで全てを駆逐した部下への戦慄。

 あの恐怖は分からないだろうなぁ、と諦観した様子のシェリスに対し、刹那は深々と頷く。  

「……存じています。その隙を狙えばリベンジビーの蜂蜜を簡単に採れるのでしょうね」

「一応美味しかったけどね。あの蜂蜜」

「どれぐらい倒したかも分からん程に戦う羽目になったがな」

 ふ、と揃って虚ろな目になる宝蔵院姉妹。

 偶然蜂型魔物の巣の近くを通ってしまった為に起きた激戦。
 斬っても斬っても減った気がしない長時間戦闘は、二人の心に大きな爪痕を残している。 
 美味で知られる蜂蜜の味すらどうでもよくなるほどに。

「御二人も、相当過酷な体験をなさっているようで……」

「昔の話です……ところで、一つ伺っても?」

「何でしょう?」

「カイト殿を王都に、という話の意図は分かります。
ですが、打算以外にも何かありそうに見えるのですが」

 すっと目を細め、シェリスを見据える刹那。

 先程の会話の流れからして、シェリスの主な狙いは海人に王都への愛着を持たせる事。
 もし彼の逆鱗に触れるような事態が起きたとしても、短絡的に王都ごと壊滅という事態にさせない為だ。
 
 が、刹那はなぜか引っかかるものを感じていた。
 なんとなくではあるが、シェリスの態度に海人への労わりのような色が滲んでいる気がしたのだ。

 シェリスは一瞬虚を突かれたかのように目を見開き、

「秘密です。ですが、彼にとってもそう悪い事にはならないと思いますよ?」

 直後、穏やかな微笑みで内心を覆い隠し、刹那の問いに答えた。


















 別室に移った海人は、ドアのカギをかけるとローラに向き直っていた。

「……で、御要望通り二人っきりになったわけだが、何か言いたい事でも――――」

 居心地悪そうな海人の言葉が、途中で途切れる。
 ふわりと、意識の間隙を縫うような動きで抱きついてきたローラによって。

 海人は一瞬その身を硬直させるが、すぐに力を抜いて彼女の気が済むまで抱きしめられ続ける事にした。
   
「……とりあえず、こうしたかっただけです。
言いたい事はいくらでもございますが、私の自己満足にしかならないでしょうから。不快でしたか?」

 ゆっくりと海人から身を離しながら、ローラが口を開く。
 後ろめたそうにしている海人の目を、じっと見据えながら。

「これで気が済んだのなら、それでいい」

「そうですか。それで、本当に採寸の必要はございますか?」

 視線を逸らしながら答える海人の横顔を眺めながら、ローラが尋ねる。

 先程の袋に入っていた紙には二人っきりになりたいとも記していたが、
実際に布地を使った衣服についての注文も記しておいた。 

「念の為、程度だがな。君らぐらい激しく動くなら念を入れて入れすぎる事はあるまい。
体型の変化はほとんどなかろう?」

「ええ。安定した能力を発揮する為、変わらぬよう心がけております」

 淡々としたローラの返答に軽く頷くと、海人は一言断ってから彼女の採寸に取り掛かった、

 粛々と、何かの宗教儀式の如く採寸を進める。
 胸の張り出し具合、腋からウエストそして腰骨までの微妙な角度など、
雫が採寸したデータを元に、服越しに緻密な計算を行い算出していく。
 そんな丁寧ではあるが無遠慮とも言えるほど隅々まで調べる海人の採寸に、ローラは無言で身を任せる。

 しばしの沈黙の末に、海人が口を開いた。
 
「……そういえば不意打ちになってしまったが、あれで問題は起きなかったか?」

「メイベルに情けないところを見られましたが、それだけです。
記憶を失うまで殴るのは少しばかり気が引けましたが」

「うおいっ!?」

「冗談です。ニヤニヤした顔でからかってきたので、ボディに拳を叩きこんだだけです」

 海人の反応にどこか声を弾ませながら、ローラは先日の事を思い返す。

 海人から不意打ちのように贈られたプレゼント。
 メイベルが背後にいる事も忘れる程に感情を揺さぶったそれは最高に嬉しかったのだが、
我に返った後が非常に面倒だった。
 ドアが閉まっていた事と、メイベルが遮音魔法をかけていた事で見られてはならない姿は外部に漏れなかったが、
そのメイベルも問題だったのだ。

 振り返ったローラが見たのは、憎たらしい事この上ない満面の笑みを浮かべた親友。
 良かったわね~、とか貴女のあんな顔初めて見たわ~、とか最っっっ高に可愛かったわ~、
とかからかうように口走りながら、これ見よがしに身を捩るその姿は、ローラの殺意を刺激するには十分すぎた。
 
 あげく残った理性を総動員して行った最初で最後の警告を無視された為、
メイベルの腹部にローラの拳がめり込む結果となったのである。

 とはいえ、一時間後には妹と二人でローラの淹れたコーヒーに舌鼓を打っていた為、大した問題ではなかった。

「それはそれでキッツそうだが……まあ、問題がなかったのならいい」

「問題などあるはずがありません。感情的にも、実利的にも」

「……言っておくが、あれを贈ったのは刹那と雫に背を押されたからだぞ?」

 淡々とした、それでいて嬉しそうなローラの声音に、海人は釘を刺す。
 喜んでもらえるような事ではない、と。

「あら、本当ならば残念ですね――――歯止めを外してもらった、の間違いだとは思いますが」

 喜びに水を差すような海人の言葉にも一切動じず、ローラは穏やかに切り返した。
 まるで、聞き分けのない子供を窘めるかのように。  

「……さてな。ところで、ガイドというのは? 
こう言っては何だが、君の部下はトラブル処理はともかく観光案内は慣れとらんだろう?」

「そうですね。ただの観光客ならともかく、カイト様の案内が務まる人間は限られます。
中でも高いトラブル処理能力となりますと最古参のメイドのみ。
快適な観光、という要素まで加わると、もはや該当者は一人しかおりません」

 はぐらかすような海人の問いに、淡々と答えるローラ。

 ローラの部下は総じて優秀だが、基本的に裏で活動する者達。
 王都を訪れる事は多々あるが、観光案内などはまず行う機会がなく、総じて適正は低い。
 まして案内する相手が本に載っている知識は全て把握している海人となると、プロでも難度が高い仕事だ。

 つまり、個人的に王都に詳しい人間である必要があり、高いトラブル処理能力も求めるとローラを含む最古参メイドのみ。
 が、最古参メイドは問題児が多すぎる為、消去法で一人しか残らないのだ。

「というと?」

「知識だけなら問題ない者は四人いますが、その中にとある宗教の教会を訪れた途端布教を始めかねない者、
一つ質問を受ければ調子に乗って小一時間解説し続けかねない者、機を見て貴方に誘惑をしかけそうな馬鹿が含まれていますので」

「……なるほど。まあ、実際に誰が来るかはその時のお楽しみとしておくか」

「その方がよろしいかと。ところで、基本の観光ルートは押さえますが、他にもなにか御要望はありますか?」

「そうだな……一度鍛冶の現場を見たい気はするな。なるべく腕の良い所が良い」

「武具作りの参考に、ですか?」

「概ねどう作るかは決まったが、鍛冶の現場を見る事で何か新しい事を閃く事もあるかもしれんからな」

「カイト様でも、そういう事はあるのですか?」

「むしろそういう事だらけだ。
机上の計算だけでは見落としてしまう事というのは、それなりにある。
それに優れた職人というのは無意識に画期的な事をやっている事も多いからな。
少なくとも、時間の無駄という事はない」

「そういう事であれば、手配させていただきます。芸術関係の工房も見学できた方がよろしいでしょうか?」

「可能ならばありがたい」

「では、そのように。折角ですから、エレガンス・タイムの支店も御覧になりますか?」

「ん? 流石にまだ建築は始まってないんじゃないか?」

 先日設計案諸々を出したばかりの店の名前を聞き、海人が首を傾げる。
 あらかじめ大工達の日程を押さえる、あるいはいつでも調整可能なよう融通を利かせていたのでもなければ、
建築が始まるには早すぎる。

「全ての準備が万端整っている状態でしたので、既に始まっております。
景観上も早めに建てるべきという事で、考えうる最高速で行われているようです」

「ふむ……まあ、そちらは遠目に見れれば十分だな。
というか、シェリス嬢達の所に戻ってから話を詰めればいいんじゃないのか?」

「折角二人っきりになったのですから、少しでも長く話したいのですが――――いけませんか?」

「いけません。ほれ、丁度採寸も終わった事だしとっとと戻るぞ」

 声音にからかうような色を乗せてくるローラをあっさりと受け流し、海人は一足先にドアへと向かった。


















 仕事を終えたレザリア・ハーロックは、上司兼姉貴分の部屋にお邪魔していた。
 先日御馳走してもらったコーヒーを、また飲ませてくれると言われたのだ。

 部屋の主はまだ戻っていないが、忙しいのは重々承知なのでじっくり待つ。
 小洒落たテーブルに頬を押しつけながら、ローラの帰還を待つ。
 仕事の疲れで眠気が襲ってくるが、心地良い微睡みだ。

「ん~……やっぱ程良い労働は良いねぇ……うん、労働ってこうあるべきだよね」

 くあ、と軽く欠伸をしながら、呟く。

 ローラが急な休暇を取っている間は、本当に酷かった。
 睡眠時間と休憩時間が等号で結ばれ、食事中すらその後の仕事で頭が一杯。
 変装術を駆使して駆けずり回っている時はまだマシだったが、戻って書類を見ると回れ右して逃げたくなった。
 無理無茶無謀への耐性が高い為、後輩達のように突然悲鳴を上げたり、数字に襲われる幻覚を見たりはしなかったが、
それでもかなり大変だったのだ。
 
 が、それもローラの臨時休暇が終わるまで。

 ローラが仕事に戻った事と大きな案件が片付いた事で書類仕事は激減し、駆けずり回る場所も減った。
 今日などはかねてより不和の種をばら撒いておいた組織に赴き、後始末をしただけ。
 同士討ち後に生き残った十人を片付けただけである。

 程良い達成感に浸っていると、ドアがノックされた。
 レザリアが返事をすると、彼女の姉であるメイベルが入ってくる。

「レザリアもコーヒーに誘われたの?」

「そだよ。今日の仕事はどうだった?」

「やっぱりローラが戻ったから随分楽になったわね。戻ってきた早々殺されかかったけど」

「そーいや、結局ロー姉復帰直前に白目剥いてぶっ倒れてた人は何やらかしたの?」

「……嬉しさと物珍しさで少し血迷ったのよ。胴体消し飛んだかと思ったわ」

 顔を顰め、己の腹を撫でるメイベル。

 先日腹に叩きこまれたローラの一撃は、恐ろしい威力だった。
 中位ドラゴンに叩き込んでも鱗を砕き、肉を抉り、内臓を爆散させるのではないかという程に。
 メイベルが使える戦闘技能全てを防御に向けたから無事だったものの、さもなくば腹部の無い惨殺死体になっていただろう。

 思い出して僅かに身を震わせる姉に、レザリアは軽く肩を竦める。 

「ふーん。ま、何だか知んないけどロー姉がかなり元気になってるから良いけどね。
コーヒー、抜群に美味しかったし。あー楽しみだなぁ……」

「そうねぇ……正直、記憶をかなり美化してるんだと思ってたんだけど。
我が親友の記憶は相変わらず正確だったわ」

 うっとりとした表情の妹に、メイベルは苦笑する。

 親友であるローラの為、かつては趣味ついでに様々なコーヒー豆を集めた。
 珍しい産地の物から、最近試しに栽培を始めてみたという地域の物まで。
 時には宝石や貴金属は渡してもこの豆だけは絶対に渡さないという貴族の物までも。
 それら全て、一言で落第点を突きつけられていたのだ。

 ゆえに、メイベルは要求の高さを記憶の美化と考えていた。  
 四方八方手を尽くし、それでも及第点にすら遠いならそれしかあるまいと。

 が、先日ついにローラの記憶の正しさが証明された。
 
 飲んだ今なら、あれほどまでにこだわっていた理由も分かる。
 現在市場に流通しているコーヒーとは、まるで次元の違う美味。
 もはや別物と言う他ない程の味だったのだ。

 さらに、つい数日前に飲ませてもらったコーヒーの亜種もまた素晴らしい味だった。

「あのエスプレッソっていうのも美味しかったわねぇ……朝に一杯飲むと気力が湧いてきそう。
稀少品じゃなければいいのにねぇ……」

「……待って。そのエスプレッソって何?」

「え? とても濃いコーヒーにミルクと砂糖たっぷり入れて飲むやつよ?」

「あたし、飲んでないんだけど」

「……親友特権かしらね?」

 恨めし気に睨んでくる妹に答えながら、自分で首を傾げるメイベル。
 そんなものがあるなら、これまで幾度も殺されかかってないのでは、と。

「うううう……ロー姉の薄情者ぉぉぉぉっ……!」

 おーいおいおいとこれ見よがしに嘆くレザリア。
 遮音魔法がかかっている為外には漏れないが、その分中はうるさかった。

 そんな中、部屋の主であるローラが戻ってくる。

「今度は何をしたの、メイベル?」

「生憎、今回は貴女のせいよ。あのエスプレッソってコーヒー、まだこの子に飲ませてないでしょ?」

「……そういえばそうだったわね。分かったわ、今度の大仕事を片付けられたら飲ませましょう」

 コーヒー豆を挽きながら、ローラが静かに呟く。

「……大仕事?」

 ぴくり、とレザリアの耳が跳ねた。
 ほぼ同時に寝てる場合じゃない、とばかりに勢いよく顔を起こす。

「ええ、かなりの大仕事よ」

「……ちょーっと誰かさんが休暇取ってる最中の負担が洒落にならなかったんで、
出来れば後回しか他の誰かに回してほしいんだけどなー?」

 念押しされた言葉に、レザリアは冷や汗を流しながら拒絶を示す。

 ローラが大仕事と言う事は、滅多にない。
 そしてその時は決まって特大級の厄災が振りかかってくる。

 記憶に新しいところでは、とある国の王城に忍び込み合図に従って城門解放させられた事。
 潜入の段階でも碌な下調べをする暇もなく使用人と入れ替わる羽目になって危険だったが、本番はその後。
 革命軍が攻め入ろうとしてる時だったので、周囲の兵によって危うくミンチになりかけた。
 門が僅かに開いた瞬間ローラが突撃してこなければ、さぞや無惨な最期だっただろう。

 他にもローラの言う大仕事には碌な記憶がなく、可能ならば今すぐ逃げ出したかった。  

「そう? 貴女が最適なのだけど……」

「潜入任務ならキャサリンでもいいでしょ。あの冷酷女、能力は馬鹿高いんだから」

 まず、一番どうでもいい同僚を売る。
 嘘は言っていない。気に食わない相手だが、潜入任務であればある意味レザリア以上に優秀だ。

「今回に関してはキャサリンは論外ね。最低条件すら満たしていないわ」

「情報操作はマリアさんなら余裕じゃない? あの人の外面、ある意味あたしの変装より性質悪いし」

 二番目に、色々問題のある同僚を売る。
 これも嘘ではない。人格はともかく、能力は優秀だ。
 特に情報操作においては、一切嘘は吐かずとも数多の人間を謀殺した実績がある。

「最低条件は満たしているけど、他の条件で論外ね」

「となると……えーっと、えーっと……」 

「ちなみにローラ、その大仕事ってどんなお仕事なのかしら?」

 言い淀み始めた妹に、メイベルが助け舟を出す。
 どこか皮肉気な視線を、ローラに向けながら。
 
「カイト様御一行の王都観光案内。高級料理店巡りにも同席して、支払いはシェリス様持ち。
ただし、あの方は揉め事に巻き込まれやすいから、そちらの無難な対応を行う必要があるわね。
そして、主目的は観光だから快適である必要もある。だから、最適はレザリアになるというわけ。
仕事の難度はともかく、あの方の重要性を考えれば私達にとっては大仕事なのよ」

「へ……?」

 呆けた顔で、レザリアは姉貴分の顔を見る。
 相変わらず無表情だが、どこか楽しそうに見えた。

 硬直しているレザリアをよそにローラはコーヒーを淹れ終え、それぞれのカップに注いでいく。
 そしてレザリアが我を取り戻した瞬間を見計らい、話を続けた。 

「とはいえ、そこまで嫌がるなら仕方ないわね。
まあ、シャーリーならあらかじめ言い聞かせておけば大丈夫でしょう。
悪かったわね、今の話は忘れていいわ」

「ちょちょちょちょちょーっと待ったぁぁぁぁっ!」

 折角淹れてもらったコーヒーに目をくれる事もなく、レザリアは叫んだ。

「あら、どうしたのかしら?」

「……観光が主目的ってのは本当? カイト様達に協力してもらって王都滞在中の貴族暗殺とかじゃない?」

「頼んでも協力してもらえないわ。揉め事は極力避ける方だもの」

「じゃあカイト様餌にして素行の悪い連中片っ端から片付けるとか?」

「同じね。結果としてならともかく、初めからそれを意図して狙えば現在の取引全てを打ち切られかねないわ。
疑われる事も避けたいから、なるべく揉め事自体を未然に防いでほしいところね」

「……つまりカイト様達に快適な観光を提供していれば、そのおこぼれに与れるお仕事?」

「要約すればそうなるわね」

「――――総隊長。このレザリア、その任務を是非とも拝命させていただきたく思います」

 恭しく頭を垂れるレザリア。

 あまりにも当然の話だった。
 確かに海人は超の付く重要人物だが、人格は極めて真っ当かつ温厚。
 普通に接していれば問題が起こる可能性はなく、観光案内は極めてやりやすい。
 問題は揉め事に巻き込まれる可能性だが、こちらの対処はレザリアの得意分野。
 貴族子弟が相手だろうと、いくらでもやりようはある。
 なにより、高級料理店巡りという最高のおまけ。

 つまり――――実質休暇に近いお仕事だ。

「よろしい。これがカイト様の要望と料理店の候補よ。
これに標準的な観光ルートを加えて、日程表を作りなさい」

「ははっ! ではレザリア・ハーロック、早速任務に取り掛からせていただきます!」

 直立不動で敬礼すると、レザリアはコーヒーと渡された資料を持って自室へ戻っていった。
 彼女が消えていったドアを眺めながら、メイベルが愉しげに笑う。

「あらあら、見事に踊らされちゃって……で、本当に裏はないの?」

「ええ。強いて言えば、もしもの保険と――――私の甘さかしらね」

 短く答えると、ローラは話は終わりとばかりにコーヒーを飲み始めた。
  
コメント

平穏な観光案内(意図してないトラブルが起きないとは言っていない)ですね、分かります。王都なんていう規模がでかい都市にイケメンな男性と美人姉妹を連れて案内していたら、まずトラブルが向こうからやってくるだろうしなぁw
ローラのにやけ顔…見てみたいけど身の危険がなぁ…

追伸
カフェオレやカフェラテネタはいかがでしょうか?
[2018/08/27 07:25] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


レザリアさん、突如の実質的な休暇に浮かれる。

フラグにしか思えない。
王都でなにがおきるというんだ。

あと宝蔵院姉妹と同じような不幸にあっているシェリスに笑いました。
あんた貴族でしょ?
[2018/08/27 07:45] URL | リゼルグ #- [ 編集 ]


シェリスさんのメイドは相変わらず可愛いですね。(音楽狂や腹パンも可愛い)
お姉ちゃんとローラさんに弄られるレザリアちゃんをもっと涙目にしたい。(サディスト)
あとローラさんが相変わらず可愛い、登場時からこの印象は1度も変わらないな。(癒し)
作中では美人だ綺麗だとよく言われているけど、ローラさんは絶対に可愛い。(断言)
是非海斗さんの前で泣いて慰められてほしい、そしてそんなのが見たい。(希望)
まぁ、そんな事がこの2人の間で起こるなんて9割以上の確率で無いでしょうけどね。(現実)

ところでルミナスさん、最近名前も出ませんね。(番外編のメインヒロイン……?)
なのでちょっと最初から読み直してきます。(7週目)
[2018/08/27 16:38] URL | ディス #- [ 編集 ]


積極的なローラさんはどこか可愛いですね
二人のもどかしい関係は読んでて楽しいです
[2018/08/29 03:44] URL | #- [ 編集 ]


更新ありがとうございます。なんかレザリアさんが可哀想になってきました。
[2018/08/31 23:32] URL | ロボット三等兵 #- [ 編集 ]


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