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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄111
 翌日の早朝。海人は欠伸交じりに屋敷の中庭でくつろいでいた。

 すっかり見慣れた景色だが、不思議と飽きず心がくつろぐ。
 緑豊かな木々と晴れ渡る空の青のコントラストもさる事ながら、流れてゆく雲が良い味を出している。
 緩やかに吹き抜けていく風が周囲の木々の香りを鼻孔に届け、それがなんとも心地良い。
 持参した緑茶をすするとやや冷たい空気に冷えた体が温まり、なんともいえない心地良さが生まれる。
 
(……贅沢なものだな)

 和菓子を一口頬張りながら、そんな事を思う。

 元の世界の屋敷にも中庭はあったが、なかなかこういう楽しみ方は出来なかった。
 警備システムで除去されはするものの、日常的にどこかしらから襲撃があったため、ゆったり楽しめなかったのだ。
 爆散したヘリの墜落音だの、野太い男共の悲鳴だのを聞きながらでは折角の風景も台無しだったのである。

 ここでは、その最大の悩みが見事になかった。

 強いて言えば裏の川の音がうるさい程度だが、この風景と合わせればむしろ風流。
 時折刹那の怒声やら雫の悲鳴やらリレイユの欠伸やら聞こえてくるが、それも平和なもの。
 迎撃システムの人工音声も、その直後に響き渡る破壊音も一切聞こえる事はない。

 かつてはどれほど願っても手に入らなかった、平和な一時だ。

「この上観光旅行か。いやはや、贅沢すぎて罰が当たりそうだな」

 呟きながら、穏やかに微笑む。

 海人にとって、観光旅行などもはや何年ぶりかも分からない。
 他国に出向く事は多々あったが、大概物騒な案件とセットだったので観光などしている暇はなく、
あった時も別件で海人を狙ってくる者達を警戒して早々の帰還を余儀なくされていた。
 
 一応新婚旅行は行ったのだが、観光というより敵対組織殲滅ツアーと呼ぶのが相応しい内容。
 意図したわけではないが、海人達夫妻に恨みを持つ個人との遭遇率がやたら高く、結果的にそうなったのだ。

(強いて文句を言うとすれば企画する楽しみがない事だが……)

 緑茶で和菓子の余韻を消しながら、そんな事を思う。

 旅行はそれ自体も楽しいが、企画という過程も楽しいものだ。
 限られた日数の中、それぞれが行きたい場所を主張し、日程に押し込む作業。
 当然ながら自分の希望が叶わない事もあるが、なかなかに楽しい時間だ。
 海人にとっては、幼い頃両親と意見をぶつけ合ったのも、良い思い出なのである。

 が、今回はシェリスが全てのお膳立てを整える。

 王都の魅力を存分に味わってもらいつつ、海人の要望も取り入れた観光計画。
 その上で強行軍と感じさせない、楽しめる日程を組むとなれば、全部任せてもらった方が確実。
 シェリスはそう言って、海人に提案してきたのだ。

 そして、海人も受け入れた。
 書籍から得た知識しかない自分より、裏の裏まで知り尽くしているであろうシェリスの企画の方が面白かろうと。
 
(ま、今なら次の機会も期待できるしな。今回はお手並み拝見といこう) 
   
 不敵に笑うと、海人は軽く伸びをし――――直後響いてきた怒声に顔を顰めた。

「だから無駄遣いをするなとあれほど言っただろうがぁぁぁぁっ!」

 刹那の雄叫びと同時に、雫が海人の目の前に着弾する。
 それを追いかけるように刹那が着地した直後、雫が跳ね起きた。

「使っちゃったもんはしょうがないでしょ!? お願いだから、今回だけだからぁぁぁぁっ!」

「……何の騒ぎだ?」

 刹那に縋り泣く雫を見つめ、海人がなんとなく呟く。
 特に答えを期待した言葉ではなかったのだが、刹那が迅速に返事をした。

「いえ、大した事ではありません。拙者が片を付けますのでご安心を」

「え、貸してくれるの?」

「ああ、トイチでな」

「暴利っ!?」

「……まあ、概ね事情は把握したが……妙だな、雫はそこまで散財してないはずだろう?」

 不思議そうに、首を傾げる海人。

 前は金遣いが荒かったらしい雫だが、海人の見ている限りではそんな様子はなかった。
 物欲が基本的に食事にしか向いておらず、服や装飾品の類も一切興味なし。
 むしろそんな物を買い漁る人間の気が知れないと不思議がるぐらいだ。

 そして、唯一興味が向いている食事でもさして散財しているわけではない。
 屋敷にいる時は三食ついでにおやつも完全支給だし、カナールに出掛ける時もメインの食事代は海人持ち。
 使っているのは屋台の食べ歩きぐらいだが、それとてさしたる額ではない。

 海人の知らないところでという可能性はあるが、基本的に雫は彼の側にいる。
 刹那に金を借りなければならない程、散財する暇があったとは思えない。
 大金ではないが、海人はそれなりの額の月給を支払っているのだ。
  
 いったいどうした事かと思っていると、刹那から答えが出された。

「それが毎度の食べ歩きで結構な額を使っているようで……今度高級店に行く時のドレスが買えないかもしれないそうなのです」

「だってこんな一気にお金使う時来るなんて思わないじゃん! 金額としてはそこまで大きくないんだよぉっ!」

「いつ使う事になるか分からんから節約するんだろうが馬鹿者がぁっ!」

 ドゴン、と妹の頭に拳骨を叩きこむ刹那。
 そのあまりの威力に雫は目を回すが、気絶はせずにそのまま反論し、口論に突入する。
 
 そして二人の争いが言葉から武器に変わろうとした時、海人が口を開いた。

「そこまでだ。二人とも落ち着け」

「ですが海人殿!」

「いいから聞きたまえ」

「……御意」

 強い眼差しで一瞥された刹那は、一瞬迷うも素直に口を閉ざした。
 雫も大人しくなったのを確認し、海人は話を始める。

「結論から言ってしまうが、今回君らの服の費用は私が出す。
ゆえに、出費を気にする必要はまったくない」

『はっ……!?』

 あまりに予想外な話に、姉妹揃って目を見開いた。
 海人は二人の反応など気にした様子もなく、淡々と話を続ける。

「理由としては、護衛である君達が一緒に店に入る為の衣装だからだ。
仕事上必要な物を雇い主が必要経費として払うのは道理だろう?」

「し、しかし……!」

「原則として仕事上必要な物は用意する。契約書にもそう記してあるぞ」

 反論しようとする刹那を制し、淡々と告げる海人。

 当然ながら、海人が二人を雇うにあたっては契約書を作成してある。
 全体としては一般的なそれに比べれば割とファジーな内容にしてあるが、海人側の義務はかなりガチガチだ。
 その契約内容の一つに仕事に必要な物の用意が含まれており、今回はそれに該当する。

 相応しい服が無ければ店に入れず、護衛の仕事に多大な支障をきたすのだから。

「で、でもああいう高級店に入る為の、それもシェリスさんが紹介するような店の物なら価格は相当……!」

「シェリス嬢がその程度の事を計算に入れんはずがあるまい。それに、仮に高くとも必要経費は必要経費だ。
仕事上必要な物なのに、値段が高いから金は出さないなどという話がまかり通っていいはずなかろう?
まして、きちんと契約書まで作ってあるんだぞ?」

 雫の反論も、海人は事もなげに叩き潰す。
 口調こそ静かだが、その瞳には不退転の意思が見える。
 
 それを感じ取った刹那が、最初に白旗を上げた。 

「……かしこまりました、お言葉に甘えさせていただきます」

「お姉ちゃん!?」

「一度こうと決めた海人殿の意見を翻せると思うか?
それに、今回は海人殿の為に絶対に翻さなければならない類の話でもない」

「う……そりゃそうだけど……はあ、まあいいか。御主人様の優しさに甘えさせていただきます」

 姉の言葉に、不承不承といった様子で頷く雫。

 この国で高級店に行く為のドレスとなれば、決して安い事はない。
 それもそんじょそこらの店ではなく、王都の高級店だ。
 素材にも相応の物が求められる事は想像に難くない。

 が、海人からすれば大した痛手ではない事も事実。
 
 海人の収入は授業料諸々で既に尋常ならざる領域に達しており、臨時収入も洒落にならない金額が度々入っている。
 刹那達のドレスを十着や二十着買ったところで、比率としては大したものではない。
 さらに言えば、海人はそこまで稼ぐ気がないから稼いでないだけで、その気になればいくらでも金を稼げる。
 あくまでも現状は彼の気前の良さと面倒事を厭う気質ゆえの話である。
 
 そして、海人は一度決めればまず意見を翻す事がない。
 色々と緩い点が多い主君だが、それだけに締める時は絶対譲らないのだ。
 締め方が激しく間違っている気はするが、そういう主君である。
 ならば、無駄な口論をするよりも素直に厚意を受け、感謝を述べるのが最善だ。
 
 とはいえ、ただ唯々諾々と従う程、雫達は無芸でもない。
 海人の視線が和菓子に移った瞬間を見計らい、宝蔵院姉妹は一瞬でアイコンタクトし、
    
「ちなみに選択肢は提示されるだろうが、一番安いという基準では選ぶなよ?
あくまで君らが一番気に入った物を選ぶように」

『っ!?』

 ギクリ、と体をこわばらせる宝蔵院姉妹。
 海人はやはりか、と呟きながら話を続けた。

「当然だろう? 折角金を出すなら、君らが気に入った物でなければ意味がない。
それに仕事上仕方なく着られるというだけでは、服も仕立てた職人も気の毒というものだ」

「うぐ……」

「あとは、私個人が着飾った君らを見てみたいというのもある。
普段から美しいが、着飾ればまた違った美しさが出るだろうしな。
つまり、男の下世話な好奇心も含まれている。深く考えず、遠慮なく搾り取ればいい」

 肩を竦め、軽い口調で付け加える海人。
 それを受け、雫は一瞬きょとんとした後、不敵な笑みを浮かべた。

「ほほう、つまり御主人様はこの超絶美少女がさらに魅力を増した姿をご覧になりたいと?」

「はっはっは、否定はせんがどちらかと言えば刹那だな。
着飾った時の印象の変化は彼女の方が大きそうだ」

 にやにやと覗き込んでくる雫の頭を撫でながら、海人はからからと笑う。

 雫もだが、海人としては刹那が着飾った時の変化の方が楽しみだった。

 雫は美少女を自称してるだけあり、普段から可愛らしさを意識している。 
 服装自体はほぼ固定だが、時折暗器を仕込んだ髪飾りをつけたり、
些細な仕草に気を使ったりで、あざとくない程度に可愛らしさを演出しているのだ。 
 
 対して、刹那は性格通りそういった意識が一切ない。
 時折服装の色を変えたりもしている雫に対し、刹那はまったくの無頓着。
 服装は白の半着に紺の馬乗袴、それに髪をまとめる緋色の紐で完全固定だ。
 完全に制御された姿勢と清潔感が凛々しい魅力を高めているが、面白みに欠ける。
 
 そんな刹那が普段とはまるで違う、人に見せる為とも言えるような衣装に身を包んだ時どう変化するか、
海人にとっては実に興味深い話だった。
 とりあえず、不満げな雫に両頬を引っ張られても気にならない程度には。

 うにうにと頬を引っ張られる主君を見つめながら、刹那は苦笑した。

「ふむ、着飾ったところで中身は変わりませんのでご期待に沿うかは分かりませんが……楽しみにして下さるのですね?」

「ああ、勿論だ。君の好みも知りたいところだし、楽しみに――――」

「何か?」

 唐突に言葉を切り、何事か考え始めた海人に、刹那が問いかける。

「いや、考えてみると君らの服の好みを聞いていなかったと思ってな。
漫然と同じ型の服を用意していたが、遠慮しているだけなら他の服も作ろうか?」

 軽く唸りながら、海人はそんな提案をした。

 刹那達の衣服は生地は海人の白衣と同じ、そして仕立ては彼女らの寸法に合わせた物。
 戦闘服としての性能は非常に高いが、そのデザインはあくまでも彼女らが元々来ていた服をベースにしている。
 着慣れた服が一番良いだろうと思いそうしたのだが、本人の意見を求める事をすっかり失念していた。

 迂闊だった、と反省している海人に刹那と雫から優しい声がかけられる。

「御心配なく、拙者はこの服が一番気に入っております」

「あたしもですね。一番動きやすいです」

 二人のその言葉に海人が小さく胸をなでおろしかけた時、

「ただ……」

 刹那が少し言い辛そうに口を開いた。

「ただ?」

「その……王都に行くにあたっては、この服は目立ちすぎる可能性が高いかと。
余計な揉め事を避けるなら、この大陸の一般的な服も用意すべきかもしれません」

 海人の問いに、刹那は控えめながらも明白に自分の意見を述べた。

 刹那と雫の衣装は、ヒノクニの民族衣装。
 どちらもこの大陸の衣服とは異質な作りで、町中を歩くとかなり目立つ。
 カナールであれば商業都市の側面が強い為、様々な文化の人々が入り混じっていて極端には目立たないが、
国の象徴としての役割がある王都では悪目立ちする可能性が高い。
 となれば、当然ながら揉め事に巻き込まれる確率も高くなってしまう。

 刹那のその発言に、海人は重々しく頷いた。 
 
「なるほど、もっともだな。なら、早速作るとするか」

「へ? デザイン考えるのに時間かかるって言ってませんでした?」

 特に気負った様子もなく立ち上がった海人に、雫が不思議そうに尋ねる。
 が、海人はなんでもなさそうに雫の疑問に答えた。

「君らに似合うデザインを一から考えればな。一般的なデザインであれば手間でもなんでもない。
着た時にここをこんな感じにしてほしいとか言ってくれれば、調整も可能だぞ。
特に動きやすさは生命線だからな、遠慮なく言ってくれ」
 
 言うが早いか、海人は二人を先導するように、ゆっくりと研究室へと向かい始めた。


















 リジャルディ・イン。
 賑やかなカナールにおいて、数少ない静かな立地の宿だ。
 病人が町を訪れた時の静養用に建てられた場所で観光用には向かないが、客足はそれほど悪くない。

 とはいえ、今日は店主――――イザベラ・リジャルディにとっては少々暇すぎた。

(お客さん全員から食事いらないって言われちまうとはねぇ……)

 帳場の椅子に腰かけ、薬草図鑑を手に取る。

 この宿は大きくない上に全室が一般客用で、サービスも同様。
 病人を前提にしている為全室清潔にしてはいるが、それもさして時間はかからない。
 本来一番時間を要するのが宿泊客への食事の提供なのだが、今日の客は全員素泊まりだった。
 飛び入りの客や気が変わった時用に下拵えは済ませてあるが、使うかどうかはかなり怪しい。

(まあ、無理もないか。ここに来たら色んな店の美味いもん食べてみたいってのが人情さね)

 パラパラと図鑑をめくりながら、そんな事を思う。

 カナールの食事の質は、評判が高い。
 殊更に宣伝したわけでもないのだが、質の高さと人の多さで勝手に評判が広まっている。
 今日の宿泊客達などまさにそれ目当てで、宿ではその余韻に浸りたいからとここを選んだらしい。 

 その事に特別文句はないのだが、不満がないと言えば嘘になる。

(……薬膳、食べてみりゃ美味いんだがねぇ)

 薬草の効用を調べながら、唇を尖らせる。

 イザベラの信条は、健康の秘訣は清潔と良質な食事にあるというもの。
 ゆえに、この宿では料理の提供にも力を入れている。
 健康に良い材料を使う事は勿論、食べて美味しい事も必須条件。
 体に良い材料であろうと、不味くては気分が沈み健康に良くない、そう思うからだ。

 が、割と食べてもらえる率は多くない。
 体に良い料理と聞くだけで、尻込みしてしまう者が多い為に。
 ここで食べざるを得ない病人達からは好評なのだが、折角だから一般客にも食べてほしいものだった。

 とはいえ、もし一般客が食べて気に入られても、それはそれで困ったりもする。  

(病人用の宿としちゃ、今ぐらいの客入りが最適だからねぇ……)

 ぱたんと図鑑を閉じ、溜息を吐く。

 この宿の目的は、町に来た病人がゆっくり静養できる環境を提供する事。
 その為には観光目当ての宿泊客があまりたくさん来ても困るし、料理目当てで殺到されてもまずい。
 
 世の中ままならない、そんな事を思いながら天井を見上げていると、玄関から声が響いた。
  
「こんにちはー」

「はい、いらっしゃ……なんだ、あんたかい」

 入ってきた顔を見て、イザベラは嘆息した。
 間違いなく宿泊客ではなく、料理を食べていく人物でもない。 
 落胆を癒すかのように自分用に薬茶を注ぎ、それをくぴくぴと飲み始める。
 
「なんだとは酷いですねー。一応シェリス様直々のお仕事の真っ最中なんですけど?」

 そんざいな扱いに、レザリアは苦笑しながら軽く抗議する。
 荷物から、厳重に封をした書類を取り出しつつ。

「ほう? 例の薬の製造拠点の企画書持ってきたってとこかい?」

「あっはっは、御明察です」

「あいよ。ふむ……結構調達する物が多いが、これなら問題ないね。
となると問題になんのは機密保護の手回しだが……なるほど、良い人選だ」

 書類に目を通しながら、感心する。

 書類の内容は、新型の肺死病特効薬の製造拠点の構築。 
 拠点の位置や設備に必要な材料調達の手筈、実際に製造する人員やその集め方まで。
 情報漏れを起こさぬ対策は勿論、起きた時に迅速に処理する為の態勢も記されている。   
 
 一代で大商会を作り上げたイザベラの目から見ても、隙のない計画だ。

「これならすぐに手配にかかれるよ。王都の方にも連絡しなきゃならんから、時間はかかるがね」

「ありがとうございます。そのついでで一つお願いがあるんですが」

「ん? なんだい?」

「今度ある方々を王都への観光旅行に招待する事になりまして。
料理店巡りを主体に、鍛冶場の見学や芸術家のアトリエ見学も予定しているんですが……よろしければ長老方からの紹介状お願いできませんか?」

「あん? それぐらいなら、どれもあんたらの人脈だけで十分手配できるんじゃないかい?」

 怪訝そうに問い返すイザベラ。

 イザベラを含むこの町の長老は、この国に根を張る四大商会の創始者。
 当然ながらその人脈は王都にも及び、影響力はそこらの貴族とは次元が違う。
 彼らの紹介状一つあれば、王都での交渉は一気に楽になる。
 
 が、シェリスの人脈も負けず劣らずだ。

 全てではないが四大商会に縁のある有望な場所には、かなりの影響力を持っている。
 ある時は融資、ある時は貴重品の融通、ある時は公爵家の後ろ盾を与えるという具合で。
 
 わざわざイザベラ達を頼らずとも、どうにでもなるはずだった。  

「ええ。ですが、万全ではありません。特に芸術家の方はシェリス様の庇護下ではない方も多いので」

「……そこまで念入れるって事は相当な大物か。だが、今ハロルドがいないからねぇ……芸術系はあたしらの紹介状じゃちと弱い。
ポール坊やに頼む事になるが……それでも紹介状じゃ不安が残る。どうしたもんかね」

 ふぅむ、と腕を組んで考え込むイザベラ。

 芸術系の手配であれば、本来は現在留守にしているハロルド・ゲーリッツが最適だ。
 彼が創設したゲーリッツ商会は、国外にまで手を広げる芸術品販売の大手。
 一線を退いたとはいえその影響力は非常に大きく、彼の紹介状一通あれば国内の芸術家のアトリエはほぼ交渉なしで巡れる。 

 その義理の息子であるポール・ゲーリッツも仕事の大半を引き継ぎ影響力が大きいが、まだ若い事もあり少々侮られがちだ。
 引き継いでからかなりの時間が経過し、その優秀性も示してはいるのだが、少しばかり堅実すぎるのだ。
 幾度となく紛争地帯のど真ん中を商品抱えて突っ切った命知らずと比較するのは、少々気の毒だが。

 無論ポールの紹介状でも効果は高いのだが、それでも気性の激しい芸術家などは、彼の紹介状では断る可能性がある。
 直々に出向けばそんな事にはならないが、多忙な彼にそこまで余分な時間を割かせる事は非常に難しい。

 が、言い換えれば招待する人間の重要性次第ではポールを動かせる。

「ちなみに、どこのお貴族様だい?」

「あー……まあ、悪影響あるわけじゃないし、構わないか。カイト・テンチ様御一行です。
ハロルド様とお付き合いがありますから、御存知ですよね?」

「ぶっ!?」

 思わぬ名に、イザベラは飲んでいた薬茶を噴出しかけた。

「あれ? どうしました?」

「なんでもないよ。そーかいそーかい、あの坊やか……安心しな。
それなら四大商会の全面協力得られるよ」

「はいぃっ!?」

 素っ頓狂な声を上げるレザリア。

 当然と言えば当然の反応だ。
 この国の四大商会は、もはや経済の大半を握っていると言っても過言ではない。
 一つの商会が全面協力するだけでも、かなりの無茶を押し通せる。
 それが四つ。もはや王権にも匹敵する程の大権力だ。

 そんなレザリアの反応を見て、イザベラの目が僅かに細まった。

「私含めたこの町の長老全員かなりの恩義があって、まだ返せてないんでね。
正直、返礼の機会を窺ってたとこなのさ」

 さらりと詳細をぼかし、肩を竦めるイザベラ。

 先程の言葉で驚くという事は、レザリアが海人の詳細を知らされていない何よりの証明。
 なにせこの町がエルガルドの攻撃を受けた際に退けた立役者といっても過言ではない男なのだ。
 
 しかも、彼はその途中でハロルドの娘と孫娘を救っている。
 他の長老全員が実のそれと変わらぬ程に可愛がっている二人を。

 加えて、ポールも妻子の溺愛っぷりでは負けていない。
 生真面目で融通が利き辛い堅物で仕事にも厳しいが、妻子には駄々甘。
 その溺愛っぷりたるや、義父であるハロルドが人前で接触するなと苦言を呈する程。

 当然ながら妻子を救ってくれた英雄の話は彼の耳にも届いており、
機会があればぜひ直接お礼をしたい、とハロルドに未だ週一で手紙が届いているらしい。
 
 そして表沙汰には出来ない事だが――――新型肺死病の特効薬とその製法の提供も間違いなく彼だ。

 シェリスは口を閉ざしているが、最近提供された特効薬の出所が彼であるのは前後の状況から明白。
 つい先日提供された製法についても、彼が出所と考えるのが自然だろう。
 つまり、遠くない将来失墜していただろうこの町の特効薬の信頼を維持してくれた恩もあるのだ。

 本人の気質を慮ってあからさまな礼は控えていたが、機会があれば逃すつもりはなかった。
 そして、今のイザベラはよりその熱意が高まっている。 

「ハロルドの奴め、帰ってきたらさぞ歯軋りして悔しがるだろうねぇ……!」

 飢えた狼もかくやという形相で、イザベラが嗤う。

 先日、ハロルドは素晴らしいコーヒー豆を仕入れられるかもしれないと悪友と国外へ出かけて行った。
 御丁寧に、仕事を押し付けられると分かっていても止めるに止められないだけの口実と理屈をきっちりと用意して。
 それはまだよかったのだが、彼の所の若い者の能力が足りず、今はその不足分まで他の長老に圧し掛かっているのである。
 しかもイザベラの所に仕事が回ってくるのは、一番忙しい夜の時間帯が多いのだ。
 その意趣返しをしてやりたかったのだが、これは実に都合が良かった。

 実の家族を救ってくれた大恩人に、直接恩を返せる好機を失った事実。
 しかも自分の不在の穴をきっちり埋めた、文句のつけようがない完璧な仕事。
 あの義理堅く誇り高い男なら、行き場のない感情にさぞ愉快な反応を見せてくれるだろう。

 その姿を想像したイザベラがさらに笑みを深めると、レザリアがおずおずと口を開く。  

「えーっと、私怨混ぜられると微妙に困るんですが……」

「安心しな。恩人の歓待に悪影響出す程耄碌しちゃいないよ。
準備整えておくから、明日の正午以降にまた来な」

 ひらひらと手を振ると、イザベラは宿を出て跳躍した。
 そして近場の屋根に飛び乗ると、そのままどこかへと走り去っていく。

 レザリアは御年七十二歳とはとても信じられない御老人を見送り、

「……カイト様、何やったの?」

 ポツリと、そんな事を呟いた。
 休暇同然なはずの仕事に、漠然と不安を感じつつ。







 夕方。シャーリー・ライラックは自室で一段落した仕事の達成感に浸っていた。

 気に入っている銘柄の茶葉を用いて淹れた紅茶。
 食堂から失敬してきた、料理長お手製のクッキー。
 だいぶ前に奮発して買った、座り心地の良いロッキングチェア。

 そしてなにより夕食前に自分の仕事が終わったという事実が、素晴らしく優雅な一時を与えてくれている。

(復帰するなりこの改善っぷり……やっぱりこの屋敷は総隊長がおられてこそよね) 
 
 ゆらゆらと揺れながら、そんな事を思う。

 先日ローラが唐突に臨時休暇を取った時は、こんな時間は想像もできなかった。
 より正確には、休憩時間中すらも仕事の手筈を思考しなければならず、余計な事を考える暇がなかったのだ。

 それが、ローラが復帰するなり一気に余裕が出来た。
 
 起床時に就寝時までみっちり詰まったスケジュールを確認する必要もなく、化粧の簡略化も不要。
 鍛錬後のシャワータイムも実に十分という大量の時間を確保できる。
 夢の中で数字が合体した謎の化物を殴り倒す事もなくなった。 

 今日にいたっては、シャーリーだけでなく他の同僚も一足先に今日の割り当て分を終えている。
 恐ろしい事この上ない上司ではあるが、つくづくそのありがたみを痛感せずにはいられなかった。

(もっとも、仕事量の増大自体あの方が原因なのだけど)

 ふ、と軽く鼻を鳴らすシャーリー。

 三年の長期任務を終えて戻ってきたシャーリーが見たのは、かつてとは比較にならない膨大な書類量。
 広げた情報網などに対し、人材の育成や収集が追いついていないせいで起きた悲劇だ。
 手を広げる機を一つ残らず活かした結果でもあるが、いささかやりすぎていた。
 
 普段ならローラ不在でも気合でどうにかなる程度ではあるのだが、先日のナーテア教絡みの案件のように、
完全に予想外の膨大な仕事が追加されると、最古参まで含めて死ぬ気で頑張ってようやく処理しきれるレベルになる。
 
 部下の育成を兼ねているとはいえ、もう少し余裕を持つべきではないか。
 シャーリーがそんな事を思っていると、部屋のドアがノックされた。
 
「やっほー、シャーリー。お邪魔するよー」

「あら、レザリア何かあったかしら?」

「ん、ちょっとお願いがあってね。
王都観光の候補地リストアップしたんで、知識軽くまとめてくんない?」

 はいこれ、とレザリアはシャーリーに持っていた書類の束を手渡す。

 そこには、観光する候補地の名前とそこについてのレザリアの知識が大雑把に記されている。
 その量は並ではなく、通常の観光案内ならばこれで十分とレザリアも思っていただろう。

 が、今回案内する相手は天地海人。
 
 知識人揃いのこの屋敷の人間全員に、例外なく完璧かつ分かりやすい解説を行える男だ。
 観光案内するという事は王都の知識量はさして多くないはずだが、念には念を入れておく必要がある。
 案内人が逆に訂正されたり返答に詰まったりすれば、後で身の毛もよだつ懲罰が待ち構えていておかしくない。

 なので、この屋敷で最も知識量豊富なシャーリーに協力を求める事にしたのだ。
 彼女なら書物に載っていない知識だけでなく、それを元にした独自の考察も持っている。
  
「……今からでも私に代わる気ない? 観光案内なら私以上はいないでしょう?」

 休憩中に手間のかかる仕事をぶん投げに来た同僚に、半眼を向ける。

 今回レザリアが任命された任務。
 それはシャーリーにとっては羨ましすぎる内容だった。
 実質休暇同然という事もだが、それ以上に案内する相手が海人というのが妬ましい。
 相手が彼であるならば、観光案内それ自体がシャーリーにとって最高級の娯楽になりそうなのだ。
  
 が、それはそのまま彼女が今回の任務から外された理由でもあった。

「筋金入りの解説魔兼議論魔でしょうが。カイト様は案外楽しんでくださるかもしれないけど、護衛の御二人は無理でしょ」

 バッサリと切り捨てるレザリアから、シャーリーは素知らぬ顔で目を逸らす。
 非常に、痛い所を突かれてしまったが為に。
  
 シャーリーの知識量は屋敷随一。
 書籍の知識は当然ながら、現地に行かねば得られない知識も多数所持している。
 それはこの国の王都とて例外ではなく、観光案内も完璧以上にこなすだろう。

 ――――筋金入りの解説魔で議論魔という欠点さえなければ。

 一応シャーリーもその悪癖を自制出来るが、一度興が乗ってしまえばその限りではない。
 自前の知識を時間を忘れて解説し、質問や反論を受ければ嬉々としてそれに答えてしまう。
 とある国で学者と議論した時など、三日三晩絶好調で語り続けたぐらいだ。
 観光案内などさせたら、一カ所で何日費やすか分かったものではない。
 
 反論が返ってこない事を確認したレザリアは、笑みを深めて再度要求する。

「って事で、不足分補う為に知識ちょーだい」

「……いいけど、対価は?」

「これでいかがでしょ?」

「アールド・べトランク著の『古代遺跡についての考察』の下巻!? どこで見つけたの!?」

 ぽいっと軽く投げ渡された本を見て、シャーリーは目を見開いた。

「こないだの休暇中に、カナールの雑貨屋で見つけたんだよ。
読むには面白いけど、トンデモ本だから超お買い得でした♪」

「学術書としては論外だけど、そう思って読まなければ良い本よ?
上下巻共に発想力という意味では凄いし、上巻を舞台設定、下巻を物語と考えて読めばむしろ名作ね」

 身も蓋もないレザリアの言葉に、シャーリーは思わず苦笑した。

 古代遺跡についての考察、というといかにも学術書のような印象を受けるが、実態は娯楽本だ。
 推論に推論を重ね、そこからさらに妄想を膨らませて常人には思いつかない内容に仕上がっている。
 それでも上巻は一応学術書の体裁を取っているのだが、下巻はもはや完全な娯楽本。
 上巻で出したかっとんだ結論を元に古代魔法帝国時代にはこんな事があったのではないか、
という物語を無駄に高い筆力で書き、読んだ者の心を引き付けるのだ。

 この著者の本はほぼ例外なく同様の中身なので、一部読書家の間では就く職業を間違えた悲劇の娯楽作家として知られている。
 なにせ娯楽作品としての出来は良いのに、学術本として世に出した為に国家から学問への冒涜としてかつて多くが焼き捨てられてしまったのだ。
 元々発行部数が少なかった事もあり、いまや彼の名を知る者さえほとんどいない。

「ま、どのみちあたしはあんまり興味ないからね。面白かったけど、一度読んだらいりません。
で、引き受けてくださいますかね?」

「当然よ。睡眠時間削ってでも完璧な物を作り上げてあげるわ」
 
 極上の餌を与えられたシャーリーは理知的な眼差しに餓狼の光を湛え、獰猛に笑った。



 



 所変わって、エルガルド王国の王城。

 建国以来一切変わらない、不動の城。
 見るからに堅固そうな城でありながら無骨さはなくあるのは、威風堂々たる風格のみ。
 白く塗られた外壁は遠目に見ても美しく、エルガルドの絶景の一つとして数えられる程だ。
  
 そんな城の中心部で、怒声が響いていた。

「ええい、まだか! まだ取り戻せぬのか!?」

「陛下、どうぞ冷静に。手配は進んでおります」

 荒れ狂う王を、宰相―――オルゴン・スレフィルドが宥める。

 無論、無為に宥めているわけではない。
 王が求める物を奪い返す計画は、水面下で進行中だ。
 未だに場所すら掴めてはいないが、それも時間の問題と報告を受けている。
 王の手元に戻るにはまだまだ時間がかかるが、確実に前進はしているのだ。

 が、それを伝えられても王――――アレックス・サンダリア・べレンドスレートの怒りは収まらない。

「そう言ってから何カ月経ったと思っている!
我が国の英雄達の名誉を地に落とし、その遺品すら回収できぬなど許されると思うか!?」

「ゲルバルト様達は、全て覚悟の上で任務に当たられました。
失敗すればそれまでの名誉も何もかもが消え、残るのは汚名のみ。
ここで急いてしくじれば、皆の死も、覚悟も、全てが無駄になります」

「そんな事は分かっている! 分かっているが……!」

「なにより、計画が失敗した以上我が国にはもはや猶予がありません。
あの一件以来、シュッツブルグから我が国の食料輸入は減らされております。
口実まで作り上げられているので、このままでは値上げに応じる他なくなるでしょう」

 声を荒げたい衝動を必死に抑え、オルゴンは努めて淡々とアレックスに告げる。

 アレックスの気持ちは分からぬわけではない。

 ゲルバルト・グランザスは一線を退いていたが、若き日はエルガルドの英雄として名を馳せた傑物。
 数多の凶悪な魔物を狩り、国の安寧に大きな役割を果たしたドラゴンマスター。
 彼に救われた人々は数知れず、彼に憧れ騎士団に入った者も数え切れない。

 ギルバート・グランズも、表にこそほとんど出ていなかったが、その実績は輝かしかった。
 国内に騒乱の兆しあらば、すかさずその芽を摘みに行くその行動力。
 ただ武力で事を収めるばかりでなく、むしろ対話による無用な争いの回避を旨としたその心。
 ≪黒翼の魔女≫との闘い以来荒れてはいたが、それでも国の為に尽くし続けた男だ。

 彼らに付き従っていた者達も全員一角の人物であり、まさにエルガルドの誇りと呼ぶに相応しい者達だった。
 誰一人として、欠けていいはずもなく、まして貶められていいはずなどない。

 にもかかわらず、国外追放を受けた彼らが暴虐に走ったなどという事実無根の大嘘を公言せねばならなかった。  
 彼らが愛した、エルガルドという国を守る為に。

 せめて遺品ぐらいは祖国の地に戻してやりたい、それは理解できる。

 が――――今はそれを押し殺してでも進めねばならない事があるのだ。

 あの事件以来、シュッツブルグは徐々にエルガルドへの食糧輸出を減らしていた。
 最初は作物の不作でこれまでのような輸出が出来ないという口実だったが、
今は同盟国たるガーナブレストがより高い値で買ってくれる為となっている。
 ガーナブレスト以上の値付けをしてもらえなければ、かの国への申し分が立たないと輸出枠の拡大を拒んでいるのだ。
 明らかな報復措置だが筋は通っているし、これを強引に押し通そうとすればガーナブレストに敵対の口実を与えてしまう。

 なによりどうにか押し通したものの、つい先日国外追放になっている者達がやった事だから関係ないなどという無茶な理屈は、
周辺諸国から白い目で見られ続けており、この上無理を通そうとすればその前に危険な国とレッテルを張られて周辺諸国に滅ぼされかねない。

「……値上げに応じれば輸入量が戻ったとして、財政はどうなる?」

「非常に危うくなります。
これ以上税率を上げればこの場はしのげても、餓死者や亡命者が増え、将来的な税収が落ちてしまいます。
今はどうにか取り繕っておりますが、このままではそれも遠からず限界がくるでしょう」

 淡々と、だが明確に苦々しげに、オルゴンが答える。

 そもそもの原因は、先代の王。
 彼は騎士こそ、彼らの武勇こそ国の誇りと謳い、それに伴う産業を奨励した。
 装備を生み出す鍛冶を、魔法を生み出す魔法学研究を、そして騎士を生み出す学校を。
 それでいて華々しいそれらにばかり力を注ぎ、国の土台たる農業をおろそかにしてしまった。

 ゆえに元々低かった食糧自給率が落ち込み、徐々に食糧の多くを輸入に頼らざるをえなくなってしまったのだ。
 
 当時はグランベルズとの小競り合いが続いていたので仕方ない面もあるのだが、
そのせいで今日の食料輸入が止まった瞬間国の存亡のカウントダウンが始まる状況に繋がっている。
 
 それをどうにかすべく動いた結果が、ゲルバルト達による作戦。
 シュッツブルグの商業に致命傷を与え、その混乱に乗じてかの国を占領する計画。
 不安材料は山のようにあったが、かの国の騎士団の脆弱さとこの国の現状が、それを押しのけた。 

 そして――――失敗。

 結果として、国の滅亡へのカウントダウンを早めただけに終わってしまった。
 この国に多大な貢献をしてくれた者達の名誉を貶めてさえも。

「くっ……!」

「それに加え、反乱の恐れもあります。ゲルバルト様達に汚名を着せた事が、民の反発をかっています。
無謀な計画に英雄達を参加させ、失敗したら切り捨てるなど許される話ではない、と」

「……余も逆の立場であればまったく同じ事を言ったであろうな」

 気が抜けたように、玉座に背を預けてぼやく。

 平民はおろか、貴族の多くも計画の真相を何一つ知らない。

 それでも、否――――だからこそ、推測は出来てしまう。

 表向きなんと押し通したところでどう見ても明白な、そしてあまりに無謀な計画。
 有能であった彼らがそんな事を立案するはずがなく、好んで実行するはずもない。
 また、彼らほどの者達に強要できる者など限られている。

 ならば彼らが逆らえない頂点――――国王の命令だったのではないかと。

 どんどん悪化している国の状況を肌で感じている平民ならば、尚の事。
 能無しの王が、無謀な計画を立てて英雄達を無駄死にさせ、それを隠す為彼らを貶めたのではないかと考えるだろう。

 真実が異なるというのは、当事者だから分かる事。

 無謀すぎる計画ではあるが、もはやその大博打に勝ちでもしなければ、この国の未来はない。
 徐々に首が絞まっていき、最後には悶え苦しみながら死に至ってしまう。
 そうゲルバルト達が己の首を賭して必死に訴えた事など、余人に分かるはずがない。
  
 己の財産全てを投げ打ちあの計画に賭けた、その覚悟を王が止められなかった事など、想像もできないだろう。
 まして計画自体、ここまでは成功すると見込んでいた段階で失敗した事など。

(なぜだ……!? なぜ失敗した!? 厄介な女一人不在ならば、確実にそこまではやってみせると断言したではないか!
いや、この際失敗は構わん……! なぜ全滅するまで足掻いてしまったのだ!? 
お前達が生きていれば、まだ道は残っていたかもしれんというのに……!)
 
 激情に震え始めた主君を落ち着かせるように、オルゴンは殊更に静かな声で語り掛ける。

「陛下。残酷かもしれませんが、残った我らは現在を考えねばなりません。
差し当たっては、どういたしますか?」

 オルゴンの言葉にアレックスは一瞬激しかけるも、すぐに鎮まった。
 彼の言う事は正しく、間違っているのは悔いで時間を無駄にしている自分。
 理性では、それが分かってはいるのだ。

「……税を上げねばこの場すらしのげそうにない、だが上げれば反乱が起きる可能性が一気に高まり、
将来の税収も減ってしまう事が目に見えている、か……どう転んでも碌な話ではないな」

「はい。ですが、選ばねばなりません」

「……そうだな。とりあえず、関連資料を持ってきてくれ」

 まるで光明の見えない現実を嘆きつつも、アレックスは頭を必死で巡らせ始めた。 

 

 
コメント

ドレスコードが必要な店に行くための服は必要経費…海人らしいですねぇ、確かに護衛が離れちゃ本末転倒ですな。
海人が作った薬はなかなか街の役に立ち、長老達への大きな借りになっているようですね。

追伸
マシュマロネタはいかがでしょうか?
[2018/09/24 07:34] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


更新ありがとうございます。この国王陛下はデススパイラルに陥っていますね。
[2018/09/25 00:58] URL | ロボット三等兵 #- [ 編集 ]


面白い。けれど時間が経ちすぎてどの国がどの国でこの国がなにをやらかしたか忘れてしまった
我儘だけどもう少し説明的なものを導入部に入れてもらえたら嬉しかった
読み直します
[2018/09/25 02:45] URL | #- [ 編集 ]


これがカナールを攻めてきたエルガルド王国の事情。
賭け事じみた無茶な作戦を行わざる得なかったのか。

王都に観光にいくだけの海人とどう関係していくんだろ?
[2018/09/29 19:16] URL | リゼルグ #- [ 編集 ]


エルガルド国王達には申し訳ないが、先王の事があったとしても無能の代償としか・・・(汗
食料自給率の低い国が、一か八かで食料供給もとの国を攻めるなんて無謀と言うか、何も考えていないと言うか・・・
攻めるなら、ほぼ100パーセントに近い状態じゃないと失敗したら滅亡のカウントダウンってわからない時点で駄目ですな。

まあ、もうカウントダウンを気にする必要は無いかもしれないけれどね~
[2018/09/29 20:47] URL | 飛べないブタ #t50BOgd. [ 編集 ]


ここへ来て第1部の裏話ですねw
既に固有名詞が記憶に残っていないので、人物紹介や国名などのプチwikiがほしい所です。
[2018/10/03 00:40] URL | shumin #- [ 編集 ]

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このコメントは管理者の承認待ちです
[2018/10/15 21:42] | # [ 編集 ]


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