ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄22

 数日後。ルミナス宅の夕食の席は異様な雰囲気に包まれていた。
 普段ならば食事中も楽しげな会話がなされているのだが、今日は一切の言葉が無い。
 その代わりにガツガツと食事を貪り食う音と、スプーンが皿に当たる音が絶え間なく響き続けている。
 この家では極めて珍しい、会話の無い食事が粛々と進行し、やがて終わりがやってきた。 

「……美味かった」

 スプーンを置いた海人が、呆然とした様子でそんな言葉を漏らした。
 その視線は名残惜しげに、ピカピカに綺麗になっている空き皿に固定されている。
 大食漢には程遠い海人だが、今日は違った。
 たっぷりめのシチューを計五杯もおかわりし、皿に残った汁も一滴残さずパンに付けて食していた。
 腹が苦しく、もう水一杯すら入らないと分かっているのに、もう一杯だけ食べたい。
 理性が強い海人をしてそう思わせるほどの、圧倒的な美味であった。

「凄まじい美味でしたわね……あの馬鹿な材料費が安く思えるほどでしたわ」

 次いで食事を終えたシリルが、唖然として呟く。
 
 なるほど、費用に加えてこの味まで考えれば盗み食いしようとして首を飛ばされかけた事も納得できる。
 普段ならば淑女の嗜みとしての料理研究のために味の分析を行うのだが、今回はそれもできなかった。
 味のバランスだの濃厚さだの滋味だの色々単語は浮かぶのだが、何よりも先に美味いという単語が現れ、他全てを塗りつぶしてしまう。

 真なる美味に言葉は不要。そんな陳腐な言葉しか思い浮かばないほどの、絶品であった。 

「でしょ? まー金はかかるし時間もかかるけど、それでも味わう価値があると思わない?」

「確かに。とりあえずこの料理に限って言えばいつぞや食べたスカーレット女士の料理の味を上回っている」

「あはは、ありがと。でも、あの人が同じ食材使ったらもっと美味しいと思うわよ」

 海人の評価に照れくさそうに笑いながら、付け加える。

 実際、もしスカーレットが同じ材料を与えられれば、それこそ今日のシチューの比ではない物を作り上げるだろう。
 調理法そのものは比較的単純だが、それでもやはり味付けから何から技量の差で味の差が生じる。
 ルミナスの調理技術は玄人はだしではあるが、流石にプロのトップクラスとは比較できない。 

「本当に凄かったですわね……材料には些か問題がございますけど……」

「ストームドラゴンの骨の事?」

「そうですわ。普通、高級武具の材料を食材にしようなどと考える傭兵はおりませんわよ?」

「たしかに。一回煮込んじゃったらもう素材に使えないしね」

 ストームドラゴンの骨は、極めて軽く頑丈な素材である。
 その性質上、本来ならば良質な剣や鎧の主材料として用いられる。
 極度に珍しい物ではないため武具のオーダーメイドを受注している鍛冶屋に行けば手に入るが、価格は高い。
 調理に使うのは比較的安い、骨の中でも小さな部位だが、それでもかなりの高額である。
 
 しかも、今回のように料理の素材に用いるためには高火力で何日もかけて煮込む必要があり、
その過程で骨は溶けてボロボロになって使い物にならなくなるため、使った後に転売するような事もできない。
 さらに言えば、これから良い出汁を取るためにはそれ相応の腕が必要になるため、
下手な人間だと折角の材料を無駄にしてしまう。 

 そのため、食材として最高級である事は有名なのだが、使う人間は少ない。
 それこそ大きな国の宮廷料理人ぐらいである。

「いや、しかし本当に美味かった。流石にここまで美味い物を食べたのは生まれて初めてだ」 

「気に入ってもらえたようでなによりだわ。
あんたがあんなに食べるなんて、珍しいわよねえ」

「ああ……いくらなんでも食べ過ぎたな」

 食べ物を詰め込みすぎた自分の腹を見下ろしながら、そんな事を呟く。
 普段はそれなりに引き締まっている腹部が、ぽっこりと膨らんでいた。

 そんな海人の腹を面白そうにポンポンとはたきながら、シリルがささやかな助言をした。
 
「凄い勢いで食べてらっしゃいましたものね。
今日は軽く運動なさってから寝る事をお勧めしますわ」

























 調子に乗って食べすぎた事を反省しつつ、海人はシリルの忠告に従い軽く腹ごなしの運動をしてからベッドに入った。
 動いた事で程よく腹の圧迫感が消え、体も疲れたのでぐっすりと眠れる。
 が、眠りに入ってから一時間もしないうちに、目覚める羽目になった。
 きっちり布団を被っているというのに、なぜか寒い。
 ふと耳を済ませると、窓から緩やかな風が入ってくる音が聞こえた。 

(……窓は閉めてあったはず)

 目を閉じたまま、今一つ目覚めきらない意識で海人は寝返りを打つフリをして枕の下に手を入れた。
 そこには肉体強化を行った一流の兵士も殺傷可能な強力な拳銃がある。
 身じろぎするように装いつつ、海人は銃の安全装置を外した。
 
 この部屋は遮熱性が低いため、海人はあまり窓を開けない。
 空気の入れ替えのために一日一度は開けるが、夜になる前には締めている。
 なにより、先程までは寒さを感じていなかった。

 目を閉じたまま、いるであろう相手の出方を待つ。
 海人には人の気配を察知するような技能は無い。 
 呼吸音も足音も、窓を開けた事さえも感じさせないような相手となれば、危険を覚悟で触られた瞬間を狙うしかない。
 あくまで自然に狸寝入りを決め込みながら引鉄に指をかけていると、

「素晴らしい演技力ですが、まだまだです」

 良く通る声と共に、海人の両腕が押さえつけられた。その力は強固で、彼の腕は微動だにしない。
 まずい、そう思うよりも早く海人は自分に多い被さっている人間に膝蹴りを放った。
 しかし、足が上がるよりもはるかに早く、侵入者は海人に覆いかぶさって足を封じた。
 侵入者は女性らしく感触は柔らかいが、それを堪能する余裕もなく、海人は戦慄した。
 枕ごと両腕を押さえつけられているため、銃は使えず、足すらもこの体勢では使えない。
 いとも簡単に全身の抵抗を封じられてしまったのだ。

 が、そこで素直に諦める海人ではない。
 口の中に意識を集中し、そこに溜め込んだ魔力で小威力の魔力砲を放つ。
 が、その足掻きも軽く首を振っただけで避けられた。

 それでも諦めず瞬時に次の手を考えようとした矢先、
 
「その執念は素直に称賛いたしますが、そろそろ気付いていただけるとありがたいのですが」
 
 どことなく沈んだ様子の、聞き覚えのある声が聞こえた。
 
 はて、と海人は思案する。いきなり手を押さえつけたわりに、襲撃者は穏やかだ。
 どうやら害意はないらしい。冷静に思い返せば先程魔力砲を使った際、僅かに顔が照らされた。
 一瞬で良く分からなかったがパーツに見覚えがあった気がする。
 
 考えに沈んで抵抗が収まった海人の体から下りつつ、侵入者は照明魔法を使って答えを見せた。  

「……って、ローラ女士!?」

「はい。夜分遅くの御無礼、なにとぞお許しください」

 驚く海人に一礼し、謝意を示す。
 いつもの事ながら無駄がなく、実に流麗な動きである。 

「いやまあ、それは構わんが……何の用だ?」

「とりあえずは、先日いただいたクリームのお礼を。
以前差し上げましたビーフジャーキーです。どうぞお納めください」

 ローラは床に置かれた布袋を手渡した。
 開けてみると、以前もらった時の倍以上の量が入っていた。

「ふむ。礼、という事はしっかり効果は発揮したようだな」

「ええ。仰った通り、翌日にはかなりしつこく残っていた隈が消えておりました」

 海人の問いに、ローラは若干弾んだ声で答えた。
 口調も平時は淡々としている彼女にしては珍しい事だが、それも無理はない。
 
 先日海人に渡されたクリームは、ここ数年来の彼女の悩みを一気に解決してくれたのだ。
 すなわち、あまりに長期間の激務と睡眠不足で発生した、目の下の大きな隈を。 
 誰にもそれを悟られぬよう、毎朝三十分かけた化粧で肌の色を巧みに調節していたローラからすれば、形容し難いほどに嬉しかった。
 具体的には最初に鏡を見た時、驚きのあまりたまたま手をついていた愛用の化粧台を粉砕してしまったほどに。
 
 なにより、朝の化粧時間をほぼ丸々睡眠時間に当てられるようになったため、ここしばらく睡眠時間が一割弱伸びている。
 結果として体調の方もかなり改善されていた。 

「それは何より」

「ちなみに、些か礼を欠きますが、証明を兼ねまして今日はすっぴんでございます」

 僅かながら弾んだ声を出しつつ、再び魔法で己の顔を照らす。
 照らされた表情は、彼女にしては珍しくそれと分かる喜びの色を見せていた。 

「……ふうむ、本当に化粧いらずの美人なんだな君は」

 暗闇に浮かび上がったローラの顔を見て、海人は感嘆の声を上げた。
 淡い光が照らし出した彼女の顔は至近距離で見てもシミ一つ無く、艶々としている。
 色もなんとも活力と気品を感じる白みがあり、化粧無しとはとても思えない。
 むしろ、これがすっぴんだと言うのなら化粧など邪魔でしかない、海人をしてそう思わせるほどに美しかった。 

「お褒めいただき、ありがとうございます。
それでですが、あのクリーム、これから定期的に売っていただきたいのですが」

 じっ、と海人の瞳を覗き込み、頼み込む。
 クリームはまだ沢山残ってはいるが、これから先一生使える量ではない。
 忙しさのせいで結局今日まで海人の元を訪れられなかったが、できる限り早めに交渉しておく必要があった。
 主に自分の健康のために。

「構わんが、売るとすれば一個十万だぞ。ちなみにこれでも原価に近いので値切りは不可」

「買わせていただきます」

 法外な値段を聞いても、ローラは一瞬たりとも迷わず即答した。
 冗談抜きに懐に痛い価格だが、その効果とそれによってもたらされる恩恵を考えれば惜しくは無かった。

「それと、一つ注意がある。あれは効果の反面一度蓋を開けたら一ヶ月が使用期限だ。
それ以降は急速に劣化が始まり、三日もすれば普通のクリームと大差無い」

「……となると、かなりのクリームが無駄になってしまいますね。
何か方法はございませんか?」

「劣化を防ぐ方法は事実上無いから、目の下以外にも塗るのが一番合理的だ。
全身どこに塗っても肌の状態の改善が期待できるから、損にはならんと思うぞ」

「なるほど、それならば大丈夫ですね。では本題ですが、先日の主との……」 

「めでたく話は終わりだな。それでは、お休みなさい」

 ローラの言葉を遮るように早口で会話を打ち切り、海人はそそくさとベッドに戻った。
 そのまま何事もなかったかのように、素人目では判別がつかないであろう狸寝入りを始める。
 が、流石にそんな手で誤魔化されてくれるほど、相手は間抜けでもお人よしでもなかった。

「その御様子ですと説明は不要のようですね」

 言葉と同時に、ローラの手が海人の顔に伸ばされる。
 そして、鼻を柔らかく、だが空気が僅かにも抜けぬようしっかりと摘む。 
 直に寝息の演技などできなくなり、海人は目を開けた。

「……一つ言わせてもらうが、過保護が過ぎるぞ」

 自分の鼻をつまんでいるローラの指をぞんざいに払いのけながら、溜息を吐いた。

 この状況、シェリスの考えによるものとは考えにくい。
 彼女の性格上、望む成果が得られなかったとはいえ、一度終わった交渉を蒸し返すとはとても思えない。
 万が一どうしても必要と感じて蒸し返したにしても、期間は開けるだろうし、なにより自らも交渉に出てこないはずが無い。
 
 つまり今回のローラの行動は彼女の独断。
 主を思うがゆえの行動ではあろうが、海人としてはあまり愉快では無い。
 過保護な母親ではあるまいし、いちいちしゃしゃり出てくるな、と言いたくなってしまう。 
 
「承知しております。普段ならば私も主の失敗をチクチクと突いて楽しむのですが――今回は珍しく落ち込みが酷かったもので」

「む、何があった?」

 海人が怪訝そうな顔を向ける。
 その問いに今度はローラが溜息を吐いて説明を始めた。

 要約すると、シェリスは仕事は普段通りこなしているものの、それ以外では落ち込みっぱなしだという事だ。
 普段ならば残す事など無い食事も今一つ喉を通らずスカーレットを心配させ、
休憩時間には趣味の読書もせずにひたすら落ち込んでいる、と。
 肉体的・精神的コンディションを整えるのも仕事の内、と考えている彼女にしては極めて珍しい事らしい。
 連日の主の姿を使用人一同が痛ましく思っていたところ、ローラが帰還した。
 そして事情を聞いて、現在に至るというわけである。
 
「……そんなに落ち込むようなことか? 一応の成果は渡したのに」

「どちらかと言うと、とりつく島もなく断られた事が堪えているようでした。
もう少し信用してもらえていると思っていたのに、と随分嘆いておりましたので」

「むう……」

 ローラの言葉を聞き、海人はシェリスに悪い事をしたと若干反省していた。

 実際のところ、あの時完全な隠蔽がありえないなどと持ち出したのは、
オーバーテクノロジー全開な器具を教えるわけにはいかなかったためだ。
 シェリスの隠蔽が失敗する率が高いと本気で思っていたわけではなく、単に教えないための口実を付けただけなのである。
 
 それが彼女を落ち込ませてしまったのであれば、申し訳ないという他無かった。
 無論、真実を教えるわけにはいかないが。

「本題に戻らせていただきますが、おっしゃる通り主の隠蔽工作も完璧ではございません。
ですが、極めて高水準であるという事は断言できます。
関わる人数が多くなったところで、貴方様の存在の隠蔽だけに徹すれば露見する確率は低いですし、
屋敷の医師を替え玉として立てればほぼ零に近くなるでしょう。
あの子は口も固いので、あらかじめ口裏を合わせていただければより万全です」

「かもしれんな……それで?」

「これだけではいささか弱いと思いましたので、
対価を別に――おおよそお望みであろう物を御用意いたしました」

「具体的には何だ?」

「一つの保証を。貴方様が明確に敵対なさらない限り、私の方から命を戴きには参りません。
例え危険だから殺せと主から命が下されようと、無視して逃がすべく動きましょう」

 淡々と、用意しておいた交渉材料を述べる。
 
 ローラは海人の一番の望みが保身であると確信している。
 そして、現状海人の保身において一番恐ろしい人間が、他ならぬ自分である事も確信している。

 海人の性質上、保身において一番恐ろしいのは暗殺だ。
 ある程度距離があれば手持ちの武器での撃退も可能だろうが、接近された場合は脆い。
 海人の武器に関する前知識が無ければ接近されても撃退出来るかもしれないが、ローラは前知識を持っている。
 しかも、彼女はルミナスをはるかに上回る化物じみた戦士であり、
主であるシェリスの命は勿論、危険と感じれば独断専行で海人を殺しかねない人間だ。
 
 自分からの暗殺の可能性を激減させられるこの案は、海人にとって相当な好条件。
 ローラはそう考えていた。    
 
「なるほど……だからこそ、ああいう侵入方法を取ったわけか」

 ふう、と肩を落とす。
 
 会話を始めてから少し時間が経っているが、ルミナス達が部屋にやってくる様子は無い。
 騒ぎの音は遮音魔法で消しているにしても、侵入時、そして海人の抵抗時の気配を察していないのはおかしい。
 ベッド限定とはいえかなり派手に動いたため、振動ぐらいは他の部屋にも伝わっているはずなのだ。
 が、どんな手段でそれを遮っているかは不明ながらも、一つだけはっきりしている事実がある。
 例えルミナスやシリルに護衛されたとしても、目の前の女性はそれを容易に掻い潜って海人の寝首を掻けるという事だ。

 いつでも殺せる、という証明で交渉のカードの価値を高めつつ、今のところはその気が無いという意思表示も兼ねている。
 
 些か不愉快ではあったが――――ある意味では都合が良かった。

「どうかなさいましたか?」

「なんでもない。で、その保証とやらだが、それこそ守られる保証が無い。
いざとなれば前言を翻して即座に殺される可能性はある。死人に口なしというやつだな」

「これは私の個人的な契約でございます。違える事などございません」

 ローラはすぐさま淡々と海人の言葉を否定した。
 予想できない展開ではなかったが、彼女にとっては少々心外だった。
 非道も外道も躊躇わない彼女だが、それでも矜持やプライドはある。
 自分からした約束を守らない、という行為はそれらを著しく傷つけるのだ。 

「言葉でいくら言われたところで信用できるわけなかろうが。
まして部下や主を救ってもらった礼に、躊躇いもなく三千万などという大金を支払うような君だ。
いざとなれば誇りも矜持も捨てて私を殺しに来る可能性は否定できまい」

 が、海人はローラの言葉をにべもなく却下した。
 
 基本的には目の前の女性は約束は守るだろうと思っている。
 が、シェリスや彼女の部下が関わってきた場合を考えれば信用しきれない。
 本人もそれは自覚しているらしく、海人の言葉に一瞬表情が強張る。

 が、彼女もさる者。すぐさま反撃に転じた。

「では、どのような条件であればよろしいのですか?
貴方様の性格からして、どんな条件でも断るおつもりなのであれば、初めにそう仰っているはずかと思うのですが」 

「さすが。話が早くて助かるな。
なに、簡単な話だ。今君が言った条件に加えて、教えるまでにしばらくの時間が欲しい。
そうだな――まあ、どんなに時間がかかったにしても一年後までだ」

 パチパチと白々しい拍手をしながら、会話の過程で考えておいた条件を突きつける。
 
 実のところ、開発するという手法を思いついた段階で、海人はいずれ折を見てシェリスに製法を教えるつもりだった。
 自分の知らないところで何人死人が出ようが知った事ではないが、自分への害さえなければ進んで見捨てたいとも思わない。 

 そういう点では、普段交渉の機会の無いローラから何かを得られるこの状況は幸運だった。
 さらに言えば、先程の条件は信用しきれはしないが、それでもある程度彼女が牙を向く危険を減らせる。
 棚から牡丹餅的な交渉の成果としては、まず妥当だ。 

「願っても無い好条件ですが――その期間は何の意味が?」

「秘密だ。ちなみに受け入れた理由の詮索も不可。
大した理由ではないが、教える気分でもないんでな」

 なんとも意地悪そうな笑みで、ローラの質問を潰す。
 案の定、不満そうな視線が返ってくるが、海人はそれを無視した。
 
 ちなみに、受け入れた理由を教えない事は単に安眠妨害された仕返しであり、深い意味は無い。
 だが、ローラはそれが海人の狙いだとも気付かず、深く考え込んでいる。

 しばし満足気にそれを見ていた性悪男だが、ふと言い忘れた事を思い出し、付け加えた。
 
「それと、当然だが教える際にはシェリス嬢からも条件を引き出すからな」

 ローラの独断でここに来た以上、シェリスにはこの交渉の存在は知らせられない。
 が、製法を教えるにあたって無条件では怪しまれてしまう。
 交渉の存在を秘匿したまま教えるためには、結果としてシェリスから何かしら条件を引き出さねばならないのだ。

 それはローラとて理解しているため、即座に頷いた。
 その後シェリスにどうやって自然に薬の話を切り出すかを二人で相談した後、ローラは遮音魔法を解いた。
 
 そして、海人に礼を言って窓から去ろうとしたところで――ふと、足を止めた。 

「どうかしたか?」

「いえ、今回は少々警戒が強まっておられたと思いまして……何かございましたか?」

「――別に何も。強いて言えば、気が緩みすぎていたから少し締め直しただけだ」

 ローラの言葉に虚を突かれつつも、海人はぶっきらぼうに答えた。
 言葉に嘘は無い。これまでは気が緩んでいた、それだけの話である。
 ただ、それこそが今の海人の最大の悩みであった。
 今日のローラの剣呑な提案のおかげで、多少はマシになったが。
 
「緩みすぎていた、ですか。たしかにそうなのでしょうね。
貴方様のような御方が、不運も重なったとはいえ、ああも容易く尻尾を掴まれるというのは油断と言えば油断です」

「まあな。まったく、我ながら愚かしい」

 海人は自嘲するように笑う。 

 この世界に来て以来、海人の警戒心は緩み続けていた。
 以前は誰かに狙われてそれの対策を立てる、あるいは狙われる前に対策を立てて封じるかという生活だった。
 結婚後は合法非合法問わず安全確保に全力を注いだためかなり平和だったが、それでも週に一度はどこかの組織に狙われていた。

 それが、こちらに来て以来完全に無くなった。強いて言えばシェリスが該当するが、それはまだ穏やかな交渉の範囲。
 あの御令嬢は怖いには怖いが、腐った人間を山ほど見てきた海人からすればまだまだ真っ正直で可愛らしい。
 しかもルミナスとシリルという優しい同居人が毎日のように裏の無い笑顔を向けてくれる。
 気が緩むには十分過ぎる条件が揃っていた。

 それを何より如実に証明しているのが、ゲイツの屋台の手伝いとリリーの治療だ。

 別に命がかかっていたわけでもないのだから、ゲイツの屋台を手伝う必要は無かった。
 親切心で手伝うにしても、以前ならば陳列法を使うようなミスはしなかっただろうし、もう少し表に出ない方法を考えただろう。 
 
 リリーの病に関してもそうだ。
 彼女には治さないという選択肢は無かったが、二週間あったのだから一度の薬の量を減らして完治までの期間を調節するべきだった。
 それでも発覚していた可能性は高いが、以前ならば僅かながら可能性を減らせるとそれぐらいの手は打っていただろう。
 
 このままいくと、いずれは致命的な失態をやりかねない。
 そんな事を考えていた海人が半ば苛立ち紛れに頭を掻いていると、ローラが口を開いた。

「――僣越ながら、少しは御自分の才覚を自覚なさるべきかと。
貴方様のようにあまりに逸脱した能力を持つ御方は、節度を弁えねば即座に人の輪から弾かれます」

「分かっている。ここしばらくで忘れかけていたがな」

 ローラの言葉に、海人は憂鬱そうに天井を見上げた。
 彼女に言われるまでもなく、海人もその程度の事は良く知っている。

 海人はその才能ゆえに、親の庇護から離れて以降、色々と疎外されてきた。
 たまたま気紛れに大学時代に同輩の研究を手伝いその男が一年前から悩んでいた課題を三日で解決した時、
時折暇潰しがてら考えていた百年以上証明がなされなかった懸賞金付きの数学の難題の証明を十代初期で終えた時、
不治とされていた病の特効薬を開発した時でさえも、彼に向けられたのは称賛以上に嫌悪の視線が多かった。

 曰く、あっさりと人の苦悩や苦労を嘲笑う成果を上げて、さぞ満足だろう、と。

 当時はそんな意思などまるでなかった海人だが、結果として十代半ばで孤独になった。
 己の知力という隠し事のせいで付き合いは浅いながらも同じ年の友達がいた生活から、二年もかからず誰もいなくなった。 
 元々普通の子供のように安穏と育てられていた海人にとって、それはあまりに辛かった。
 
 とはいえ、海人はそれをこれまでの人生で紆余曲折の末に解決してはいた。
 才能を振るうならば極力誰にも悟られぬようにすればいいと。
 
 だが、ルミナスとシリルという、素性の知れぬ胡散臭い自分をあっさりと受け入れてくれる人間と一つ屋根の下で暮らし、
自分の命を狙う者もあからさまな悪意を向ける者もいない環境で、その自制が徐々に緩んでいた。
 
 折角手に入れた平穏を失うわけにはいかない、と海人が改めて気を引き締めなおした矢先、
ローラから心配そうな、それだけに残酷な言葉が突きつけられた。

「……余計かもしれませんが、ルミナス様とシリル様は努力を積み重ね続けた秀才です。
凡百の人間など比較にもならない方々ではありますが――それでもいずれ、貴方様を厭う可能性は否定できません」

「それも、分かっている」

 寂しげに、目を伏せる。

 二人共優しい女性である事は間違いないが、どちらも数多の努力を積み重ねて今がある人間。
 それでも、さして年が変わらないであろうローラに大きく水を開けられているのだから、天才というよりは秀才だろう。
 現状は厭われていない、むしろ親しくしてもらっているが、将来的には分からない。
 
 特にルミナスは傭兵をやっている経緯から何から、海人に嫉妬を抱く要素は数多い。
 いずれ疎まれる可能性は、否定できなかった。

「それがお分かりであるのなら、もう少し私に心を開いていただけませんか?
いささか不遜ではございますが、私も頻繁に化物と呼ばれるような類の人間です。
私であれば、貴方様の苦悩は理解できます。
状況次第での敵対は否定できませんが、それもシェリス様に仕えていただければ直に消える心――!?」

 言葉を途中で切り、ローラは鋭い表情で部屋のドアへ視線を向けた。
 何事かと思い海人がそちらを見るが、誰もいない。

 が、数瞬後、廊下の方から唐突に足音が聞こえ始めた。
 徐々にその音はこの部屋へと近付いてくる。
 そして足音が止まると同時に、部屋のドアが開けられた。

「バレちゃいましたか……ま、二人の世界作るのは勝手ですけどね。
無断侵入ついでにぶん殴るのは褒められた事じゃありませんよ?」

 痛そうに顔を顰めながらルミナスが入ってくる。
 その後ろにはシリルも付いてきていた。

「いつ、目を覚まされたのですか?」

「僣越ながら、ってとこからですよ。咄嗟に打点ずらさなきゃ、あと十分はおねんねでしたけど」

「私の方はそれも無理でしたわ。お姉さまに活を入れていただかなければ朝までぐっすりでしたわね」

 二人は部屋に入るなりローラを睨みつけた。
 どちらも既に武器を構えており、いつでも攻撃に移れる体勢だ。

「……まさか、私の部屋に来る前に二人を気絶させてたのか?」

「はい。お二人に聞かれてはまずいだろうと思いましたので。
少々手荒ながら確実な手段を取らせていただきました」

 冷ややかな眼差しで自分を見据える男を何でもなさそうに見つめ返す。

 ローラは海人の部屋に来る前に二人を襲撃していた。
 どちらも未だ寝入っていなかったため極めて難度が高かったが、結局抵抗もさせずに各一撃で眠らせる事に成功した。  
 とはいえ、流石にこの短時間で起きてくるとは思っていなかった。

 自分の予想以上に腕を上げているらしい二人に、ローラが評価の修正を加えていると、
彼女にとっては予想外の苦情がぶつけられた。
 
「一応言っときますけど、リリーの件なら私もシリルも知ってますよ。まったく、殴られ損だわ」

「……少々お待ちください。カイト様から直接お話を?」

「いいや。シェリス嬢との交渉を読唇術で解読していたらしい」

「なるほど――どうやら御二方は予想以上に腕を上げていらっしゃったようですね」

 ローラは平静を装いながらも、内心でかなり驚いていた。

 彼女の主は海人が秘密にしたのはルミナスに心配をかけないためもあると読んで、あえて海人一人の時に交渉を行ったと言っていた。
 そして、その際の護衛に付いていたシャロンは、二人が来た時に備えてずっと気を張っていたと言っていた。
 つまり、全力で警戒を行っていたにもかかわらず、彼女は二人が見ている事に気づかなかった。
 
 しかも、気配察知限定ならシャロンの技能は屋敷で三本の指に入る。
 海人との会話に意識がかなり傾いていたとはいえ、ローラの気配察知をも掻い潜っていた事から考えると、
少なくとも気配断ちの技能はかなりの高水準に達している事が窺える。

 ローラは先程修正した評価を、もう一度修正し直した。

「褒めてもらってありがとうございます。で、まだ話続くんですか?」

 褒め言葉に淡白な反応を返しつつ、ルミナスは訊ねた。
 その態度には苛立ちが表れており、早く帰れ、と雄弁に語っている。

「……いえ、本題は既に終わっていますので、これにてお暇させていただきます。
無断侵入のお詫びはいずれ日を改めて……では、夜分遅くに失礼いたしました」  

 優雅に一礼し、ローラは窓から外に出た。
 家から少し距離をおいたところで、彼女の詠唱の声と共に暴風が吹き荒れる。
 風に乗って超高速で屋敷の方へと飛んでいくローラの姿が消えた事を確認した後、二人は海人に向き直った。 

「さて、邪魔者もいなくなったことだし……」

「お仕置きとお説教ですわね」

 は? と海人が間の抜けた声を上げる間もなく、二人の手が霞む。
 直後、甲高い音が部屋中に重く響き渡った。
 二人のビンタでサンドイッチされた海人は衝撃で一瞬気絶しかける。
 が、同時に両頬から伝わってきた激痛と、不機嫌そうに睨みつける二人の顔に意識を引き戻された。

「――先程の会話で気分を害したのなら謝る。君らが確実に厭うようになるとまでは思っていない。
が、昔から色々あってな、どうしても心配は――ぐっ!?」

 最後まで言い終える前に、再び海人の頬が鳴った。
 
「言っとくけどね、あんたと生活してたら殴り殺そうかと思うぐらいむかっ腹立つ事は山ほどあったわよ!
私が創造魔法の使い手だったら、もっと安全で良い暮らしができたかもしれないって!
あんたみたいに頭が良ければ仕送りと生活両立させてなおかつ安全な仕事に就けたかもしれないって!
どうしてあんたは沢山有り余るほどの才能持ってんのに私は殺し合いがちょっと上手い程度の才能しかないのかって!
そんな最低な事を、何回も何回も考えたわよ!」

 頬を押さえている海人に向かって、ルミナスは怒涛の勢いで捲くし立てる。

 嫉妬しなかったわけではないし、世界の不平等さを呪わなかったわけでもない。
 今まで海人が見せた能力の一つでも自分にあれば、そんな事を考えた事が無いはずがなかった。
 この不条理としか形容の仕様が無い才能の塊の男に、何の不快感も持たなかったわけではないのだ。 
 
 だが、だからと言って、海人を嫌えるはずなどなかった。

「でもね、そんな嫉妬なんか霞んで吹っ飛んじゃうぐらいあんたは大事な友達なのよ!
そうでなきゃこの間みたいなお願いしないわよ! そうなったら嫌われて当然って素直に諦めてそれで終わりにしてるわよ!
どんなに理不尽でも何でも、あんたの友達でいたいからあんな無茶なお願いをしたのよ!
私の方から嫌う事なんてできるはず無いじゃない!」

 怒涛の如く一気に言葉をぶちまけた後、ルミナスは息を切らせる。
 よほど感情が収まらないのか、肩で荒い息をしている。
 
 そんな彼女を見ながら、海人は呆然としていた。
 無論、彼女がここまで激しい感情を表すのは初めて見た、という驚きもある。
 だが、それ以上に語られた言葉そのものに強烈な衝撃を受けていた。

 嫉妬していた、というが海人の見る限りではそんな素振りは無かった。
 強いて言えばいつぞやワインを大量に出す事になった時の原因が、今にして思えばらしくなかった。
 彼女の性格からして、先に悪口を言ったのは自分なのだから文句も言えない、とそっぽを向いて拗ねる方が自然。
 海人の中の冷静な部分が、そんな今更な分析を語る。

 だが、一番衝撃を受けたのはそこではない。
 目の前の女性は、かなり激しかったであろう嫉妬すら大した物ではないと断言した。
 それを軽々と超えてしまうほどに、海人を大事に思っていると。
 良くも悪くも嘘は吐けないタイプの彼女が、そう言ったのだ。     

 自分の予想以上に強い親愛を抱いていてくれた事に海人が呆けていると、今度はシリルが口を開いた。

「……カイトさん、私はお姉さまほど苛烈な思いは抱いておりませんけれど、同感ですわ。
貴方に色々と嫉妬を覚えた事は一度や二度ではありません……それでも、一緒に暮らしていてとても楽しいですわ。
私もお姉さまも……妬み嫉みを抱く以上に貴方を気に入っておりますわ」

 ルミナスとは対照的に、シリルの言葉は静かだった。
 だが、そこに込められた感情は荒く、重い。

 ルミナスとはベクトルが違うが、シリルとて海人への嫉妬はある。
 目の前の男は自分の一割にも満たぬ期間の付き合いで、ルミナスとえらく親しくなってしまった。
 嫉妬のあまり衝動的にぶち殺したくなった事は片手では足りない。
 それを抑えているのは主に彼女の人間としての誇りと武人としての矜持だが、間違いなく海人自身に対する大きな親愛もある。

 が、海人はあまり実感できていなかったらしく、あからさまに首を傾げた。  

「……ルミナスはまだしも、シリル嬢に気に入られていたのは少々意外だな」

「言っておきますけれど、私基本的に不快感は我慢しない性質ですの。
相応に好感を持っていなければ、お姉さまもおられるとはいえこれだけの長期間一つ屋根の下で暮らしたり出来ませんわ。
気に入っていなければ、少なくとも追い出すための試みぐらいはしていましたわよ」

 ふん、とそっぽを向く。
 
 実際、海人は知らない事ではあるが、ここしばらくのシリルは彼女の部下が見たら目を疑うほどに大人しい。
 普通ならばルミナスの方からとはいえ、何度もただの友人とは思えない距離でのスキンシップを行えば無事では済まない。
 少なくとも、彼女の部下が同じ事をしていれば問答無用の飛び膝蹴りで顔面をぶち抜かれる。
 
 海人がいまだに無事である事は、シリルがそれだけ海人を気に入っているという何よりの証左。 
 そうでなければ、海人本人がどうとも思ってなかろうがなんだろうが、一度ぐらいは渾身の一撃がぶち込まれているはずなのだ。
 
「そうか……」

 物憂げな溜息を吐き、海人は俯いた。
 それはまるでこの期に及んで信じきれない自分を責めているかのようにも見える。

「……私も嫌われるのが怖くて嫉妬してた事隠してたから大きな事は言えないけどさ、
もうちょっとだけ、私達を信じてほしいかな」

「いざとなれば殺す、と宣言してる相手を信じろというのは少々無理がある気がするんだが」

 嘆息しつつ右手で顔を押さえ、冷たい視線を向ける。
 口元を手の平で隠し、指の隙間から覗いている片目がいかにも迫力がある。
 元々悪人系の顔であることが、その効果をより高めている。

「うぐ……そりゃそうだけど」

「相変わらず性格悪いですわね。
お姉さま、この不謹慎男の口の端、ニヤけてますわよ?」

 軽く溜息を吐いて海人の手を顔から引っぺがす。
 抵抗の間もなく外された手の下には、笑みの形に歪んだ唇があった。
 慌てて口元を引き締めるが、あまりに遅かった。

「――――まさか、からかった?」

 じっとりとした眼差しで、海人を睨みつける。
 その眼光はあまりに強烈で、そこらのならず者であれば財布を置いて逃げ出すほどに怖い。
 どうやら彼女はかなりご機嫌斜めのようである。
 真剣な話をしていたというのに茶化されたのであれば当然だが。 

「さてどうだろう。というか夜も遅いし寝よう。うん、それがいい」

「誤魔化されるかこのお馬鹿! ええい、そこに直りなさい! 珍しく人が真面目な話してるってのに!」

 ベッドに戻ろうとした海人をひっとらえて正座させようとするルミナスだったが、
海人は体を限界まで仰け反らせ、ギリギリ伸びてきた腕を回避した。
 往生際の悪い男を取り押さえるべくルミナスが飛びかかるが、今度は枕を盾にして視界を塞ぎつつ逃げた。
 
 が、流石にこの狭い部屋ではそうそう逃げ回れるものではない。
 しかも、身体能力の差は比較する事も馬鹿馬鹿しい次元である。
 程なくして、やたら楽しそうな顔で荒縄を持ってきたシリルにグルグル巻きに縛られ、ルミナスの前に正座させられる。
 
「……で、からかったって事は、一応は理解してもらえたって事で良いの?」

 ジロリ、と足元の男を見据える。
 海人は性格は悪いが、不謹慎というような男ではない。
 それがあの場面でからかったという事は、理解した上での照れ隠しだろうと予想は出来る。
 それが許せるかどうかは別の問題だが。  

「ま、一応はな。予想以上に大事に思っていてくれた事は素直に嬉しい」

「そりゃ良かったわ。で・も・真剣な話の最中にからかうとは何事か! お説教よ!」

 ビシッ、と指を突きつけながら、ルミナスのお説教が始まった。
 シリルはベッドに腰掛けて叱られている海人を楽しげに眺めている。 

 ルミナスの懇々としたお説教を浴びせられ、シリルの嗜虐的な笑みを向けられながら、海人はそれでも笑っていた。

 幼い彼が何の疑念も持たずに享受していた生活。そして、両親の失踪以降取り戻したくてたまらなかった生活。
 妻と共に暮らしていた時期とは比べるべくもないが、間違いなく幸せな生活。
 それが異世界に飛ばされた今、実現されている。
 それも、嫉妬は抱きつつもそれ以上の親愛を抱いてくれる人間ができるというおまけ付きで。

(……ひょっとしたら、この間の不運はこれのツケだったのかもしれんな) 

 説教を聞き流されている事を察したルミナスの平手で頭を軽く叩かれながら、そんな事を思う。
 それほどに、現在の環境は恵まれていた。

 無論、生きるか死ぬかの世界で生きる同居人二人がこの先死なない保証は無く、
二人がこの国に弓引く立場になり、海人の命を狙うことも考えられる。

 だが、前者は残念な事に二人の人生であって海人が関知すべき事ではないし、彼女らもそれは望まないだろう。
 まさか二人が仕事に行くたび付いて行ってこっそり手助けするわけにもいかないのだから。  

 海人が関われる問題があるとすれば後者だが――それも、彼の中でとうに結論は出ている。
 というよりも、選択肢は事実上一つしかなかった。
 ルミナス達に敵対する気もなく、シェリス達を潰す気にもなれない以上、取るべき道は一つ。
 
(その時が訪れるのであれば――全力で運命とやらを叩き潰すまでだ)

 薄く笑みを浮かべ、海人は決断していた。
 それが不可避であるならば、後先も人道も全てかなぐり捨ててでも、自分にとって最善の結果を掴むと。
 自分の関知領域であれば、いかなる手段を用いてもどちらも死なせる事無く終わらせてみせると。

 業を煮やしたルミナスの手が平手から拳へと変わった事を頭で感じながら、海人は真面目な決意をしていた。  

 



テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

コメント

更新お疲れ様です。今回も楽しく読ませていただきました。

ローラが随分柔らかくなった気がしますね。良く眠れているおかげでしょうかw
カイトに話した天才故の孤独と、カイトへの勧誘は、少なからずローラの胸の奥に有った寂しさだったりとか妄想したり。
ルミナス達を気絶させに侵入→外へ→窓から侵入してたとしたら、ちょっとシュール。

それと今回後半を読んでいて思ったのが、作品全体に関してになってしまうのですが、カイトの視点が多い分、その他の行動や感情の動きが結果としてに出て来るまでいまいち伝わってこないのではないかと言う事です。
書き方として、伏線や隠し事、カイトの驚きとの連動がし易かったりと言ったメリットがあるのかと思いますが、仕様頻度が高いと「CMの後、衝撃の事実が!」に似た印象を受けます。
実は~。実は~。と言った後出し感とも言えるかもしれません。
前回の不運の連続についても、作者様の中で組み立てられた流れ、因果が読者(と言うか私w)に伝わって無い部分が多く、その為にご都合的な感覚を覚えた様にも思えます。
伏線の関係で多くを描写出来ないなど、難しい部分ではあるかと思いますが、個人的に感じたことを書かせて頂きました。

自身の読解力不足を棚に上げた発言かと戦々恐々しつつ、白衣の英雄カイトの行く末を楽しみにしています。
また、更新は大変嬉しいのですが、作者様も時節柄ご多忙のことと存じ上げます。
健康その他、無理を為さらぬ様お気をつけ下さい。
長文乱文失礼しました。
[2010/04/05 01:41] URL | ナリ #RFphBmaY [ 編集 ]


更新お疲れ様です。

ローラさんのお礼参り(?)怖いわwwww
同居人を気絶させましたし・・・カイトが一般人じゃなかったからいいけど
一般人だったら錯乱して襲いかかって返り討ちにあっていたことでしょう・・・加減はされるで
しょうがwww
それにしてもビーフジャーキー・・・
なんかローラさんが常にビーフジャーキー持ち歩いてるイメージが定着してきましたwww
[2010/04/05 03:13] URL | ズー #B1FehmyE [ 編集 ]


更新お疲れ様で。
ローラ女士は思っていたより脳筋キャラ?
個人対組織の交渉に、武力を持ち出したらすでに交渉ではなく脅しと理解できないのか・・
個人の独断?組織の№2が動いたら組織の相違でしょうに。
信用失墜してしまったシェリス嬢との関係を切るのか?
時限式の大量破壊兵器などによる、抑止力によって対等の力関係に戻すのか?
はたまたシェリス&ローラのハーレム入りよる関係改善か?
今後の展開に期待して次回の更新を楽しみにしています。
[2010/04/05 07:40] URL | フラッシュ #JalddpaA [ 編集 ]


更新お疲れ様です。


ローラ女士自重しませう…というか…使用期限1ヶ月のクリームが10万…

これは安いと見るべきなのか判断に苦しみますが…睡 眠 時 間 には変えれないと…
これで下克上万歳な左手も収まると…(マテ


そしてローラ女士のビーフジャーキーはもはや予定調和な一品になってきてますね。

ルミナスやシリルの嫉妬はある意味当たり前だけれどもそれを超えて大切…

これはある意味告白!?(違?)


このお話で2部は終了との事で3部からは戦闘解禁…そして海人の最後の方の台詞…

いざとなったら核シェルターでも造りそうですね…


続きが非常に気になります。

最近は季節柄気温の変化等で体調を崩しやすいので体調管理等、是非ともお気をつけ下さい。
[2010/04/05 10:08] URL | リョウ #- [ 編集 ]

今回も面白かったです。
おつかれさまです。

今回、海人ふっきれるの巻ですかね。

すでにルミナス&シリルも創造魔法を初めとして、それなりに隠していたほうが良いことも知ってますから海人も自重をある程度やめるんでしょうか。

二人を死なさないために海人お手製の武具作成をするとか…
途轍もなく恐ろしいものになりそうな予感…

ローラ女士、そんな言い方じゃ相手を警戒させるだけじゃないだろうか?
自分も海人と変わらず化け物なんていえば、海人としても対抗策を用意せざるを得なくなってシェリス嬢の不利益になる気がする。
[2010/04/05 19:52] URL | とある人 #- [ 編集 ]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2010/04/08 00:20] | # [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2010/04/08 14:39] | # [ 編集 ]


更新お疲れさまです。

ローラ女士が素敵だなぁ、一瞬夜這いかと思った自分が情けないwww

戦闘解禁になったら軍師的な役割+完全武装でそれなんて曹躁?状態になりそうだ。
[2010/04/08 17:09] URL | ばしょう #t9o2p9aU [ 編集 ]


更新お疲れ様です

次回から新章ですか
これからの海人の生活がどうなるのか楽しみです

ローラ女史と海人
いろんな意味で相性はよさそうですね
そして自分は以前も言ったようにローラ女史は大好きです
……なのにローラ女史が海人とひっつくようなイメージが想像できないという不思議
無理だ、あの人が誰かにデレる様子が全く想像できません
まあ、今のようなクールさ(?)があってこそのローラ女史ですが

次回の更新も楽しみです
[2010/04/08 21:50] URL | #zR7lJLBY [ 編集 ]


ローラ様ファンクラブ受付かつ試験会場はどこでしたっけ?
[2013/12/21 15:24] URL | #- [ 編集 ]


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