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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
番外編セット29



 番外編141



 その日、ラバック・アズボーンは上機嫌だった。

 借りたばかりの広い部屋で、買ったばかりの高級ソファーに背をあずけながら、
先程買ってきた上物の酒を浴びるように飲み、前々から食べてみたかった極上のつまみを頬張っている。
 その周囲では彼の仲間も同様に高級な食物を食い漁っている、とまるでランクAの冒険者のような贅沢ぶりだ。

 ――――本来、こんな状況はありえない。

 彼も冒険者だが、そのランクはC。
 それも、どちらかと言えばその中でも下位のグループに入る。
 三流ではないが、十把一絡げ、掃いて捨てる程いる人間の一人だ。
 周囲の仲間も同様で、全員集まったところでランクBの冒険者にすら届かない。
 高い報酬の依頼を受ければ良くて違約金、最悪あの世行き。
 そんな程度でしかないのだ。
  
 それがこんな事が出来ている理由は、ひとえにラバックに入った臨時収入のおかげ。
 前々から仕込んでいた事が成就し、上手く大金を手に入れる事が出来たのだ。
 それも並の大金ではなく、慎ましくなら一生働かずに暮らせる額である。

 その一番の功労者である女―――サロメ・アランガルは、ラバックの隣で呆れたように肩を竦めていた。

「……ラバック、贅沢するっつっても限度があると思うわよ?」

「なーに馬鹿言ってんだ。全体から見りゃほとんど使ってねえだろうが」

「そりゃそうだけどねぇ……仲間にまで贅沢させたら、いくらお金があっても足りなくなるわよ?」

「んな心配しなくても今日限りの贅沢だし、仕事やめるわけじゃねえよ。
明日良い武器揃えたら、残りの金は貯めて普通に稼ぐんだし、大して影響ねえさ」

「良い武器ってのは高いんじゃないの? 買って元取れるわけ?」

 サロメは心配そうに訊ねる。

 一見堅実に聞こえなくもない言葉だが、冒険者が良い武器を買うというのは一種の博打だ。
 良い武器というのは総じて高価な為、元を取る為には高報酬の、
つまりは難度の高い依頼を多く受けなければならない。
 当然死のリスクは跳ね上がり、生きて帰ってこれない可能性は高くなるだろう。

 ランクCに長年燻っているラバック達では、元を取る前に死んでしまうとしか思えなかった。 

「当ったりめえだろうが! 俺らが長年Cランクに甘んじてんのは武器が悪いからだ!
武器さえ良いのがありゃあ、今年中にはBランクにだって昇格してやるぜ! なあ、みんな!」

 ラバックが呼びかけると、おおっ! と威勢の良い声が返ってきた。

 これまでは、安い武器で戦う他なかった。
 自分達の手が出る範囲の高級武器では定期的な専門店による手入れと慎重な取り扱いが要求され、
維持費もかかり、少しミスをしただけで武器が壊れる恐れがあり、
使い捨てのつもりで安い武器にした方が稼げたからだ。

 が、今手元にある金があれば、素晴らしい武器が買える。
 
 例えば、ドラックヴァン鋼の剣だ。
 大型の魔物の一撃を受けても折れず、曲がらず、中位ドラゴン相手に振るっても滅多に刃こぼれもしないと聞く。
 しかも重量があるため、威力も凄まじく高いという。
 そしてその強靭さゆえに、手入れも簡便で自前で手入れしているだけで一生使えるらしい。
 かの《黒翼の魔女》も愛用しており、彼女の得物は何年もそれから変わっていないと聞いている。

 それほどの武器があれば、これまでと違い武器の耐久度を気にする事無く全力で戦えるはずだ。
 余計な事に気を回さなくて良くなり、その分戦闘力だって高くなる。
 今年中にランクBというのも十分現実味があり、いずれはランクAに達する事も夢ではない。
 ラバックは、そう確信していた。

 自身に満ち溢れたラバックの姿に、サロメはほっと息を吐き、彼の胸に頭をあずける。 

「それなら私も安心だわ。頑張って稼いでね?」

「おう、任せとけ! はっはっは!」

 頼もしそうに笑うラバックにつられ、彼の仲間たちも豪快に笑い始める。
 部屋中に大きな笑い声が響き熱気が満ちていくが、、

「いやいや、それは無理っすよ?」

 突如割って入った声が、それを冷やした。

 ラバック達が慌てて声のした方向に視線を向けると、微笑みながらチーズを摘まんでいる人間の姿。
 一瞬前までそこにいなかったはずの人間が、暢気に酒とつまみを楽しんでいた。

 その姿は、控えめに言っても美しい。
 凛々しい顔立ち、穏やかな微笑み、すらりとした体躯。
 食べる仕草も洗練されており、動きの一つ一つに気品がある。
 そして軍服のような衣装が、その貴公子然とした印象をさらに強めていた。 

 町を歩いていれば女性に声を掛けられること間違いなし、そう思える姿だ。

「てめえ何者だ! いつのまに部屋に入りやがった!」

 仲間たちと共に武器を抜きながら、ラバックが問う。
 
 いくら気を抜いていたとはいえ、自分達は冒険者。
 魔物が跋扈する野外の寝泊りも日常茶飯事であり、警戒能力は高い。
 そんな人間が六人もいるのに、この男はいつのまにか部屋に入っていた。

 まともな人間であるはずがない。

「や、ふつーにそこの窓から入ってきたんっすけどね。
ま、どーでも良い事ですし、本題入らせてもらうっすね。
エアウォリアーズ第二部隊隊長、アンリエッタ・マーキュレイっす。
そこの女が盗んだ同僚の金を返してもらいましょうか?」

 言いながらくいっと残っていたグラスを一気に干すと、男―――もとい、男装の麗人はゆっくりと立ちあがった。

『っ!?』

 ラバック達の目が、思いっきり見開かれた。驚愕と、恐怖で。 

 盗んだ、それは事実だ。
 ケルヴィン・マクギネスの恋人だったサロメが、彼から預かっていた金を持ち逃げしたのである。
 彼女は随分前にラバックに心変わりしており、ケルヴィンの金をかすめ取る機会をうかがっていたのだ。

 しかし、実行したのは三日前の話である。
 当然ながら逃げる際は極力痕跡を消すようにしており、追いつく事自体が至難のはずだ。
 それがこの短期間で追いついてきたなど、到底信じられる話ではない。

 そして、追手がアンリエッタ・マーキュレイというのは最悪だ。
 《黒翼の魔女》には及ばないらしいが、それでも戦場で数多の屍を積み上げてきた超人。
 その戦闘力は並の騎士団では到底歯が立たないと言われ、性格はエアウォリアーズで最も残酷だと言われている。
   
 さらに、彼女が傭兵というのも状況を悪化させている。
 
 傭兵というのは、基本的に対人戦の専門家だ。
 魔物と戦う事の方が多い冒険者とでは、対人の経験値が圧倒的に違う。
 万が一のまぐれも期待できないだろう。

 絶望感に覆われていたラバック達だったが――――そこで気付いた。

 アンリが、丸腰である事に。
 服装こそ動き易そうなものだが、純然たる素手。
 これならば武器を持つ自分達がリーチで勝り、勝ち目もあるはず。

 そう思った彼らは目配せをすると、一斉にアンリに襲い掛かった。

「おやおや、随分と無謀っすねぇ」

 小さく肩を竦めると、アンリは手近にあったステーキナイフを手に取った。
 特に何の変哲もない普通の物で、切れ味も良くはない物である。

 ――――が、それは普通の人間が手にしていればの話。

 アンリは、剣で襲い掛かって来た男に向かってナイフを振るった。
 肉体強化で強靭化していたはずの彼の指が切断されるが、その代償のようにナイフが折れる。

 しかしアンリはすかさず握りの甘くなった剣を奪い取ると、
続いて襲いかかってきた男達に向かって振るった。

 剣が、槍が、斧が、槌が、まるで温めたバターのように切断されていく。
 あまりにもあっさりとした武器破壊に驚く間もなく、男達はすれ違いざまに打ち込まれたアンリの拳に意識を断たれた。

 最後に残ったラバックとその背後に隠れるサロメを見て、アンリは微笑む。

「とまあこんな感じで、武器がヘボでも戦い方なんていくらでもあるんっすよ。
こんぐらいのなまくらでも、腕がありゃ中位ドラゴンもギリギリやれない事はないっす」

「……何が言いてえ」

「安物の武器だから低ランクで燻ってるなんてのは違うって事っすよ。
単に腕がないから上に行けないだけ。良い武器持ったって宝の持ち腐れっすね」

「てんめぇぇぇえええっ!」

 激昂して剣で襲い掛かるラバック。
 怒りゆえか、その速度は普段の彼よりも数段速い。 

「遅すぎるっすね」

 アンリは、ぽいっと剣を捨てると拳でラバックの剣をへし折った。
 そして逆の拳ですかさず彼の顎を打ち抜き、意識を打ち砕く。

 その隙に逃げようとするサロメだったが、
その瞬間折れ飛んだラバックの剣の刀身が彼女の眼前に突き立ち、腰を抜かした。

「さーて、実行犯のあんたはどうするっすかね?」

「ひっ……!」

「まーまー、そんなに怯えなくていいっすよ。
まだ大して散財してないみたいっすから、全員の資産吐き出させて売れる物売りとばせば、
盗まれた額は全部戻ってくるっすからね」

 軽い調子で笑うアンリ。
 その態度にサロメが安堵の息を吐きかけた瞬間、

「だから、命だけは見逃してやるっす」

 ぞっとする程冷たい声と共に、サロメの意識は闇に消えた。



















 一時間後、アンリは同じ町の酒場で部下と一杯やっていた。

「にしても、隊長の予想通りの結果になりましたねぇ……」

「あんだけ条件が揃っててならない方がおかしいっすね。
とはいえ前もって準備しといたおかげで結果として金銭的被害はなし、むしろプラス。
何ら問題はないっすね」

 もうけもうけ、と言いながら、グラスを傾ける。

 なかなか、上物の酒だ。
 先程の連中が開けていた酒には及ばないが、寝酒としては上等すぎる。
 取り立てた余剰分で飲んでいる酒なのだし、文句のつけようもない。

 上機嫌そうな上司に、アンリの部下は呆れ混じりの視線を向ける。

「それにしちゃあ、随分と罰が苛烈だと思うんですけど?」

「そっすかね? あの懲りないフラれ虫が毎度のように浮気されただけなら罰与える意味もあんまりないっすけど、
今回は貯金の持ち出しやらかしてるんっすよ?」 

「……まあ、確かにその通りですね。こっちの手回しで被害がなかっただけで、
連中が出そうとした被害は凄まじかったですわけですし。
命取られなかっただけマシとも言えますか」

「そーいう事っすよ。何の問題もないっしょ。
あ、このお酒もう一杯くださーい!」

 本気で気にした様子もなく、追加注文するアンリ。
 その笑顔を見ながら、アンリの部下はこの上司には逆らうまいと思いを新たにしていた。
 
 アンリが連中に与えた罰は、非常に厳しい。
 男も女も強い薬でしばらく眠りっぱなしだが、目覚めた時が地獄だ。
 なんせ治安が非常に悪い上、異性、あるいは同性に飢えている連中がうようよしている場所に、
彼らの嗜好をそそる姿にされて身動きできない状態で放り込まれるのだから。

 その気になれば官憲に窃盗犯として突き出せたのにそれをしなかった理由は、
この国だと実害がなかった事で罰が軽減される可能性が高いからだが、
そこでこれ幸いとばかりにあんな罰を下す精神性も、下せる人脈もあまりに恐ろしい。
 
(つーか、つくづくケルヴィン隊長はお気の毒だよなぁ……どうかいつかは幸せになれますように)

 酒を飲みながら、心の中で別部隊の隊長に祈りをささげる。
 この先も色々と苦難が続くであろう彼に、幸あれかしと。
 
 ―――この上司がいる以上無理だろう、とは思いつつも。
      
 

  
 
   
 番外編142  
  





 雫は、屋敷の地下室の片隅でまったりとゲームをしていた。

 やっているのは、RPG。
 それも非常にスタンダードな作りなので、のんびりできる。
 敵と戦いながらポテチを齧り、ダンジョンを進みながら御茶を飲み、
開けた途端赤く発光し始めた宝箱から避難しつつ煎餅を齧る、そんな事をする余裕があるのだ。

 ヘッドホンから鳴り響くドォォォンッ、という爆発音を聞きながら、雫は思う。

(あー、やっぱ海人さんの世界のゲームは面白いなぁ~。
こーいうのんびりしたのも良いけど、格ゲーとかシューティングも良いんだよねぇ)

 はふぅ、と満足そうに息を吐く。

 この世界にある娯楽は、良くも悪くもシンプルだ。
 ボードゲーム等、奥の深いゲームは多いが派手さはない。
 ディルステイン系統のゲームでは駒のデザインに凝る事があるが、
それもたかが知れている上に金持ちや趣味人の楽しみにとどまっている。

 少なくとも、今やっているゲームのように色鮮やかな画面内で激しい動きによる様々な変化を楽しめる物は存在しない。
 現実さながらの立体的なキャラクターが動く物や、色鮮やかな絵が滑らかな動きで実物のように動く物など、想像した事すらなかった。
 
(つくづく、創造魔法様々だよねぇ……)

 今しがた齧った煎餅を見て、しみじみと頷く。
  
 すっかり食べ慣れたが、この煎餅はヒノクニでも食べた事がない超絶品だ。
   
 まず口に近付けると、ふわりと香ばしい醤油の香りが鼻孔をくすぐる。
 煽られた食欲に従い齧れば、そのまま何口か齧り進めてしまう小気味良い歯応え。
 それに満足しながら口の中に収まった煎餅を齧ると、醤油の旨味と塩気が米の旨味と甘みを引き立てる。
 噛めば噛むほどに旨味は混然とし、その強さを増していく。

 仕上げに御茶を啜れば後味はすっきり。
 煎餅の残骸が口の中に残ってしまう事はあるが、その程度は御愛嬌だろう。

 これだけの物を遠慮なく食べ散らかせるのも、ゲームをやれるのも、全ては創造魔法のおかげだ。
 無論海人の気前の良さもあるが、創造魔法無くしてはそもそもものが手に入らないのである。

「雫、すまんが私にも煎餅くれ」

「はいはいどーぞ♪」

 肩をほぐしながら手を出してきた主に煎餅を一枚渡す。
 そして彼がバリバリと一気に食べ終えるのを見計らい、御茶を差し出した。

「ありがとう……おや、昨日やっていたシューティングはどうしたんだ?」

「忙しない操作にちょっと飽きたんで、まったりしたこっちに浮気中です。
海人さんは作業終わったんですか?」

「とりあえずはな。ま、創造魔法のおかげで多少しくじっても問題ないし、とりあえず試作すればいい」

 煎餅をもう一枚もらいながら、苦笑する。

 海人にとってこちらでの研究は、それなりに楽だった。
 外敵への対処がほぼ必要ない事もだが、創造魔法による材料調達が何より大きい。
 以前はなんらかの見落としなどで試作品の製造に失敗すると、
最悪また手間のかかる材料調達からやり直さなければならなかったので、
その点が非常に楽な上に時間の短縮にもなっているのだ。

 勿論この世界ならではのデメリットもあるのだが、創造魔法はそれを補って余りある魅力があった。

「なるほどー……やっぱ創造魔法って便利ですけど、海人さんが基本属性だったらどうなってましたかねー?」
    
「私が基本属性だったら、か。ふむ……」

 雫の疑問に、数瞬考える。  
 そして、軽い調子で口を開いた。

「とりあえず、魔力量が同じであれば、どのみちシェリス嬢との繋がりは出来ていただろうな。
自分で言うのもなんだが、身体能力がヘボでもそれだけで脅威的な戦力になりうる」

「確かに海人さんの魔力量大概トチ狂ってますもんねぇ。
しかも基本属性ならもっと早くから色々研究してたでしょうから、
戦力としては完全に規格外でしょうしねー」

 あっはっはー、と乾いた笑い声を上げる。

 海人の絶大な魔力量と雫達が与えられている術式。
 それを彼の度胸と判断力で振るうとなれば、脅威的という他ない。
 
 遠距離戦であれば、考えるまでもなく強力無比。
 素早く動く相手だろうと、海人の動体視力と知力なら先読みするはずだ。
 それを元に超火力の魔法を叩き込むだけで、大概の相手は成す術なく潰される。
 使用するであろう術式の威力と規模を考えれば、彼単独でも軍隊すら欠伸混じりに殲滅するだろう。

 近距離戦が危なそうだが、海人に攻撃魔法が使えるならそこまで脆弱ではない。
 普通は無理だが、海人ならその気になれば攻撃魔法を常時複数発動待機状態にしておいて、必要に応じて即座に使用できる。
 体の反応が間に合わないだけで思考は常人のそれとは桁が違うので、そうそう遅れは取らないだろう。
 むしろ、貧弱な外見に油断した敵への最悪の罠と化すはずだ。
  
 勿論弱点は色々考えられるが、個人としては規格外の戦力になる事は間違いない。

「いや、パソコンがないと今の開発速度は無理だからな。
君が思っている程の戦闘能力にはならなかっただろう」

「あれ? あのパソコンって海人さんの自作って言ってませんでした?」

「自作は自作だが、こっちで調達できる材料で一から作るとなれば相当に時間がかかる。
基本属性魔法が使えればある程度問題は解決できるだろうが、十分な資金があっても二月はかかるだろう。
そしてそれを考えると、シェリス嬢とのしがらみが今の比ではない程に多くなっていたはずだ。
食糧の自給自足が難しい上に別件でも資金が必要となると、なぁ……」

「そこらへんの弱味見逃す性格じゃないですよねぇ……」

「大した利用価値がないと思えば捨て置いてくれるだろうが、
金を稼ぐ為にはそれに見合う能力を見せなければなるまいしなぁ……」

 ふ、と虚ろな視線を天井に向ける。

 シェリスは、私人としては優しく穏やかな人格者だ。
 仮にあの判別所で海人に何ら特筆すべき点が見つからなかったとしても、
職を探している事を伝えれば妥当な職が見つかるよう手配してくれたはずである。
 有能でなくとも真面目に生きようとする者には優しい御令嬢なのだ。

 が、公人としての彼女は計算高く、冷徹な判断も躊躇いなく下せる為政者だ。

 海人の能力の片鱗でも知れば、取り込みにかかる事は勿論、その為に有効な弱味も全力で突いてくる。
 自分によりかからせ、依存させ、自分の下から離れられない、それこそを理想として動く。
 無論逃げられたり能力を低下させたりしては元も子もないので、
程度は現実的な範囲に収めるが、その冷静さがまた恐ろしい。

 ただ、今の現実もあるいは基本属性だった場合でも、
シェリスと関わる事で生活環境が飛躍的に向上している事は間違いなく、関わらないという選択肢は存在しない。
 関わらない事で得られる利益より、関わる事で得られる利益の方が圧倒的に大きいのだ。
 それがまた厄介なのだが。

「うーん、創造属性じゃないと色々問題増えてたって事ですかねー」

「それは間違いないな。
が、最大の問題は私が基本属性だったら、かなり被害が増えているという事だな。
最低でも、シェリス嬢のメイドの一部は確実に死んでいる」

「あー……そういえば、輸血で助けたって言ってましたっけ」

「失った血の量が多かったから、それなしでは死んでいたな。
そうなるとその後のカナール戦での戦力が激減だ。
私が魔法で戦える分ある程度補えるかもしれんが、それでも家屋の被害はあの時の比ではなかっただろう。
さらにその後のシェリス嬢達にも深刻な悪影響が出ただろうし、良い未来は想像できんな」

「なるほどー……ってか、その場合あたしも死んでましたしね」

「君に関しては、そもそも問題が発生しなかった可能性もあるぞ。
君らと一緒に行っても、私が基本属性魔法を使えればあの程度の連中は殲滅できただろうからな。
もっとも、その場合君らがここに住む事はなかったと思うが」 

「ん~、なんだかんだでルミナスさん達みたく入り浸ってた気もしますけどねー。
あ、でも冒険者の仕事があるから毎日は……あれ? 
ひょっとしてその場合来る余裕がない……?」

 言いながら冷や汗を掻く雫。

 海人と姉と三人でドースラズガンの森の中を探索した日々は、楽しかった。
 彼から提供された食料がなかったとしても、だ。
 あれを思うと、ここに雇われなかったとしても海人に会いに来たくなっていたことは間違いない。
 
 が、宝蔵院姉妹の金運が改善したのはつい最近の話。
 それも海人に雇われているおかげで、悪い金運が働く余裕がないだけにも見える。
  
 それまでの生活を思うと、この屋敷に入り浸るどころか生活に追われ続けている自分達の姿しか浮かばない。
 仕事をしても何らかの不運で収入を得られず、稼げてもやはり何らかの不運でお金を失う、そんな生活だったのだから。
 正直、遊びに来る余裕など微塵もなさそうだ。 
   
「前の君らの金運考えるとなぁ……ま、いずれにせよ仮定の話だ。
実際にどこがどう変わっていたかなぞ想像の域を出んし、意味はない。
そして現実は今の状況だ。何か不満でもあるかな?」

「まさか。優しい御主人様に雇われて良いお給料もらって、
毎日美味しい物たくさん食べて、面白いゲームやって、温かいベッドで寝て、
不満なんてあるはずないですよ」

「ならばよし。あ、そうそう雫、そこのダンジョンだが多分早くクリアしないと……」

 海人の言葉を遮るように、ゲーム画面のダンジョンが崩れ始めた。

 天井と思しき岩が次々に落下し、雫のヘッドホンから豪快な崩落の音が響いている。
 これはまずいと思い即座に脱出魔法を使うが、案の定かき消された。
 舌打ちしながらキャラを動かすが、どこに向かっても崩落が続いており、逃げ場がない。
 しかも落ちてきた岩で地味にダメージを受けており、体力が徐々に減っていく。

 そしてどうにか出口が見えたと思った瞬間、落ちてきた際立って大きな岩に押しつぶされた。    

「……今度は何のギミックですか?」

 ゲームオーバーのおどろおどろしい音楽を聞きながら、海人に半眼を向ける。

「近くの村でそのダンジョンの名が崩壊の迷宮というのは聞いただろう?
その名の通り入った直後から内部で三十分のカウントダウンが始まり、三分を切ると崩壊し始めるんだ。
ちなみに、外れの宝箱が爆発するたび崩落が三分早まる。
最深部にあるのは最強武器の一つだが、戦闘時間まで考えると結構ギリギリだ。
ま、オマケみたいなダンジョンだし無視して進めた方が良いと思うぞ」

「ぬがあああああああああああああっ! 
ここまで来てんなの許容できるわけないでしょうが!
意地でもその最強武器手に入れてみせますよっ!」

 ぷんすか怒りながらリセットし、煎餅を噛み砕きながら再び同じダンジョンに挑む雫。

 その横顔を見ながら、海人は穏やかに微笑んだ。
 やはり今の生活は幸せだ、そう確信して。  




 

 番外編143





 とある朝、雫は鼻歌を歌いながら食事の準備にかかろうとしていた。

 食事、と言っても朝食ではない。
 今は早朝の鍛錬を終えたばかりで、朝食までまだ時間がある。
 それまで腹をもたせる為の、いわば軽食だ。

 ゆえに、用意する物も至極単純にして軽い料理。
 材料さえあれば一分もかからず完成する料理。
 ぶっちゃけて言えば材料を混ぜ合わせるだけの料理。 

 お手軽料理の定番中の定番――――卵御飯である。

「ふんふんふふ~ん♪」 

 軽い足取りで、冷蔵庫から醤油を取り出す。

 これは創造魔法で作られた海人の世界の醤油で、かなりの高級品らしい。
 海人によると大量生産を主として行っている所が、あえて量産が難しい古典的な手法で作っている物だそうだが、
何に使ってもとても美味しい、素晴らしい醤油だ。
 
 無論、卵御飯にも素晴らしく良い味を加えてくれる。

「おっ次は、冷っやごっはん~♪」

 歌いながら、鍛錬に出かける前に冷蔵庫から出しておいた御飯入りの容器の蓋を開ける。
 昨日の夜炊いたご飯の残りな為屋敷の全員が食べるにはとても足りないが、それでも茶碗二杯分と少しはあり、
消費するには少し手間な量だ。

 言ってしまえば残飯処理のような物だが、雫にとってこれが素晴らしく都合が良かった。

 炊き立てのご飯は勿論美味しいし、それから漂う香りも捨てがたい魅力がある。
 あっつあつの御飯を美味しいおかずと共にかっ込む快感は、至福としか言いようがない。
 あの美味を否定する事など誰にもできまいし、されても雫は相手を哀れむだけだろう、それぐらいの魅力がある。
 
 が、卵御飯には誰が何と言おうが冷や御飯である。

 冷や御飯最大の美点は、米の味が良く分かるという事だ。
 炊き立ての御飯では強烈な香りや熱気に妨げられ味わいきれないその真価を、存分に味わえる。
 卵御飯というシンプル極まりない料理には、この濁りなき美味こそが最適なのだ。
 熱々の御飯だとその分卵や醤油の香りが立つというメリットがあるが、味に冷や御飯を使った時のキレがない。
 さらに、熱々の御飯では少し卵が固まってしまうが、冷や御飯ならばその心配もないのだ。
 
 とはいえ、冷や御飯を使うにはリスクもある。

 あまりにも米の味が浮き彫りになる為、良くない米を使うと食えた物ではないのだ。
 炊き立てのご飯ならば香りと熱気で美味しくいただける米でも、冷や飯にすると駄目という事はままある。
 実際、雫はヒノクニに住んでいた頃、安物の米を冷や飯の卵御飯で食べて一家で涙した記憶がある。
 他の素材が良かっただけに、そのやるせなさは筆舌にし難いものがあった。
   
 が、今回使うのは創造魔法製の極上米。
 海人によるとこれまで食べた中で一番美味い米だそうだが、雫も異論はない。
 甘味も旨味も香り、全てに非の打ち所がなく、そのまま食べてもおかずと一緒に食べても最高に美味いのだ。

 これはかつて海人の母が農家から直接買っていた米らしいが、当時作っていた人は既に故人であり、
後継者もいなかった為にそのまま永遠に食べられなくなってしまったはずの米らしい。
 それを思うと、まさに創造魔法万々歳である。

「そしてぇ~~~……卵っっっ!」

 叫びながら、つい先程採ってきた卵を高々と掲げる。
 
 このためだけに先程採ってきた、卵。
 突然の襲撃に必死で抵抗しようとするグランバードを昏倒させ、幾つか失敬してきた産み立てほやほやの物である。
 偶然だが、姉にふっ飛ばされて鍛錬終了した時に産む所を目撃したので間違いない。

 グランバードの卵は、元々立派な高級卵だ。
 孵化が近づくと殻の色が茶から赤に変わっていくのだが、
産卵から数日を経た茶と赤の中間色でも結構な値で取引される。
 そして、今雫が持っている完全な濃い茶色の殻の物だと、一番の特徴である黄身の濃厚な旨味が最高に高まっており、
その稀少性と相まって一個二千ルンで取引される事もあるのだ。

 冒険者時代なら迷わずどこかに売りに行っただろうが、今の雫は衣食住全てを満たされている身。
 運良く手に入れた高級卵をわざわざ売りに行く必要はなく、その味を試そうと気軽に思う事が出来る。

「さらに、海苔! 白菜! これで完璧っ!」

 最後に常備されている海苔と白菜の漬物を脇に置くと、雫は即座に卵御飯の製作に取り掛かった。

 小ぶりな茶碗に冷や御飯を盛り、中央に僅かなくぼみを作る。
 そこにグランバードの卵を割り入れ、仕上げに卵の周囲の米に醤油をくるりと軽く一回し。
 これで準備は完了、実にお手軽だ。

 そして雫は御行儀よく、食事に向かって手を合わせる。

「いっただっきま~す♪」

 早速卵を潰し、ご飯を少しだけかき混ぜる。
 そしてまずは、白身と米だけを合わせて食べた。

 白身だけなため旨味は薄いが、つるっとした食感が心地良い。
 そして白身の味を補うかのように醤油がその香りと旨味を発揮し、米と絡み合う。
 醤油だけでは棘があるであろうその味わいが白身によって程良く緩和され、良い塩梅になっている。
 米の甘味と醤油の旨味、そして適度に残った醤油の塩気がなんとも言えない。
 米の甘味もだが、何より醤油の旨味が良く分かる一口だ。 
 
 雫はそんな一口目をごくんと飲みこむと、頬をほころばせた。

「うん、なかなか良いねぇ~」

 楽しそうにしながら、雫は次に白身と黄身が半々に混ざった部分を米と食べた。

 黄身が混ざった事で、先程より旨味が激増した。
 その旨味が先程の味のバランスを崩すかと思いきや、そうはならない。
 醤油と黄身の旨味が見事に絡み合い、米の旨味を引き立てている。
 白身の味が完全に消えているわけではなく、その強烈な旨味を穏やかに緩和し、食べやすさを演出していた。
 食感もつるりとした食感は損なわれたが、口当たりは十分に滑らか。
 黄身、醤油、米、全てのバランスが整った素晴らしい一口だ。   
     
 それを飲みこむと、雫はペロリと唇を舐めた。

「うんうん、これでも良いねぇ~」

 どこか艶めかしさを漂わせながら、雫は次に白身が全くない、黄身と米が混ざり合った部分を口に運ぶ。

 これは、旨味の濃厚さが桁違いだった。
 卵の香りが鼻孔をくすぐり、その後を追うように醤油の香りが突き抜ける。
 舌にまとわりつく濃厚な黄身を口内で米にたっぷりと絡ませ咀嚼すると、堪らない。
 食感としてはべったりとして先程までのそれに及ぶべくもないが、味わいがそれを補って余りある。
 濃厚すぎて飽きそう、このまま食べたら白身だけ残る、そんな小賢しい理屈など脳内からふっ飛ばし、
二口三口とどんどん食べ進めてしまう。   
   
 そうして気が付いた時には、雫の茶碗は白身と米、僅かに残った黄身だけが切なそうに佇んでいた。
 さらに使われていない海苔と白菜の漬物が、抗議するかのように雫の視界の端に見えている。

「む……かくなるうえは……!」

 しゃもじを握り、再び米を盛って卵を割り、二杯目に突入する雫。
 この後朝食とか色々思う所はあるが、この際無視。
 今は用意した物をしっかりと味わうのが先決だ。

 今度は万遍なく卵と米と醤油を混ぜていく雫。
 濃厚な卵の色と醤油の色が混ざり合った物が白米を万遍なくコーティングし、光り輝いている。
 混ぜた名残の小さな泡が、さあ食えと言わんばかりに弾ける音を響かせていた。

 早速雫は海苔へと箸を伸ばすと、卵御飯をくるりと巻き口に放り込んだ。

「んん~~っ♪」

 もぐもぐと食べながら歓喜の音を漏らす雫。

 卵御飯の味わい自体は、先程の黄身と白身を半々混ぜた物と大差ない。
 残っていた白身のせいか、若干味が薄くなっているぐらいだ。   

 が、海苔の存在がそれを補って余りある。

 パリッと潰れ、砕けていく海苔。
 その音と共に広がる海苔特有の香ばしさ。
 それが卵と醤油の香りと相まって、なんとも食欲をそそる。

 海苔特有の旨味も見逃せない。
 ともすれば消えてしまいそうな程綺麗でありながら、どこか野太く力強い旨味。
 濃厚な卵御飯の味にも負けないそれは、しっかりと存在感を主張している。

 ついつい先程の反省も忘れバクバク食べてしまうが、今度は半分程で理性を取り戻した。

「ふ、理性的なあたしにかかればこの程度の自制は朝飯前だよ」

 そんな信頼性皆無の戯言をほざきながら雫は白菜の漬物に手を伸ばし、海苔と同じようにして食べた。

 しんなりとした白菜だが、食感はシャキシャキと心地良い。
 卵御飯のつるりもちもちとした食感とは別種だが、それだけに良い対比になって心地良い。
 さらに旨味の面でも白菜の漬物のさっぱりとした味わいが素晴らしいアクセントになっている。
 一噛みすると白菜の汁が卵御飯の濃厚な味を一時的に覆い隠し、その直後再び卵御飯の旨味が広がり、
また一噛みすると覆い隠され、また現れ、とまるで水と辛い物を交互に食べている時のような中毒性だ。
 さっぱりしているだけに一気にかっ込んでしまうような力はないが、これはこれで夢中になる味である。

 そんな感想を思っている間に雫の茶碗は空になる。
 そして雫は仕上げに白菜の漬物を一切れ食べ、御茶を飲んだ。 

「ふぅ~……御馳走様でした!」

 パンと手を合わせ、片付けを始める雫。
 その動きは手慣れたもので、実に無駄がない。
 
「よし終わりっと! さ~て、次は朝食か。楽しみだなぁ~」

 ふんふ~んと鼻歌を歌いながら、厨房を去っていく雫。

 思いのほか食べ過ぎてしまったが、朝食には支障がない。
 なにせ、今日の当番であるルミナスの料理は非常に美味いのだ。 
 多少腹が膨れていても出された物を全て平らげる自信がある。

 姉に一杯だけと約束していたのを破った事がバレたら大目玉だろうが、
冷蔵庫に入っていた御飯の正確な量などあの姉が覚えているはずもないし、バレる理由はない。
 というか今日の朝食は普通に新しくご飯を炊く為、このご飯は再び冷蔵庫に戻すのでどう考えてもバレないだろう。
 卵の個数でバレる可能性はあるが、それもついつい二つ使ったで誤魔化せる。
 
 そんな暢気な事を考えながら、雫は朝食に思いを馳せていた。
   
 ――――よもや、海人が久々に冷えた御飯を食べたがっているなど思いもせずに。

 そのせいで海人が肩を落とし、本当の消費量がバレ、文字通り姉の雷が落とされるなど想像もせずに。


 

  
  
 
 番外編144






 宝蔵院雫の一日は存外暇な時間が多い。

 そもそも、彼女の仕事は海人の護衛である。
 その海人が外出する頻度が少ない以上、暇な時間が増えるのは自明の理。
 自慢の察知能力で屋敷周囲の警戒は常に行っているが、それは完全な日常の一部。
 熟睡状態でも姉の倍以上の警戒圏を誇る彼女にとっては、呼吸するようなものだ。
 
 勿論毎日の鍛錬は欠かしておらず時間も割かれているが、それも密度が濃い分全体としての時間は短い。
 時間だけ聞けば熱心な戦士などは嘲笑するかもしれない程だ。
 勿論、内容まで聞けばその表情は青褪めるだろうが。
 
 ともあれ、中身はともかく全体として空き時間が多いのが雫の生活だ。
 それ潰す為に地下でゲームをやったり、新しい料理に挑戦したり、
屋敷全域の掃除に勤しんだりと動き回ってはいるが、それでも潰しきれない。

 ゆえに、雫は最後の切り札を切る事にした。

「……ってわけで、なんか良い暇潰しの方法ないですか?」

「ふむ、暇潰しの方法か……」

 雫に相談された海人は、軽く唸った。

 海人の場合、あまり暇潰しというものを考えた事がない。
 子供の頃からひっきりなしになんらかの研究を続けており、暇を実感する事があまりなかったからだ。
 数少ない実感があったのは小学校時代の授業や校長の朝礼など、暇だが碌に何も出来ない時ばかり。
 そういう時の時間潰しの手法ぐらいは知っているが、日常的に続く雫の暇を潰せるとはとても思えない。

 とはいえ、折角相談された以上は力になってやりたかった。

「……念の為聞くが、やりたいが何らかの理由で出来ない事などは?」  

「ないでーす。ってか、それだったら相談じゃなくてお願いしてますよ~」

「だろうな。この間はゲームが少し飽き気味で料理に挑戦してたんだったか?」  

「そですね。色々新料理試してみましたけど、いまいち上手くいかなかったせいか飽きが早かったです。
そもそもあたし、料理の知識自体結構少ないですしねー。
まあ、前も似たような感じで飽きましたんで正直予想出来てましたけど」

 肩を竦め、ぼやく。

 ルミナスほど熱心ではないが、雫も気が向いた時は料理研究に取り組む事がある。
 裏の川で川魚、裏の森で肉類、そしてその他は創造魔法で何でも揃う、
と非常に試す自由度が高いので楽しいのだ。

 とはいえ、料理である以上美味しくなければ意味がない。
 まして最初に自分が試食するのだから、不味く仕上がった時は泣きたくなる。
 見ただけで危険を感じるような時は素知らぬ顔で姉に食わせて悶絶する様を楽しむ事も出来るが、
常識的な失敗ではそんな楽しみすらない。

 また、雫の料理の知識はさして豊富なわけではない。
 元々冒険者時代に姉に料理を任せる危険が大きすぎたがゆえに増えた知識。
 さらに言えば生活が困窮していた為、調味料すらない時も多かった。
 ゆえに雫の料理知識は限られすぎた選択肢の中でいかに食える物を作るか、
あるいは選択肢そのものをどうにか増やすかという事に注力されており、 
一般的な料理のそれとは方向性が違うのだ。

 ゆえに、食材に溢れるこの屋敷では選択肢が多すぎて逆に難度が高くなってしまう。
 また、舌がルミナスの料理に慣らされてしまった為、そこそこ美味しい程度では満足できないというのも大きい。

 結果、料理研究は最初こそ楽しいのだが飽きが早くなってしまっている。
 ゲームと違って色々頑張っても今一つ先が見えず、多少上手くいっても不満が募ってしまうからだ。
 
「料理の知識か。なら創造魔法でレシピ本でも……駄目だな。君には読めん」

 思いついた案を即座に却下する海人。

 この世界には、料理のレシピ本のような物は極めて少ない。
 師から習うかその仕事を見て盗むか、自分で見出すというのが一般的だ。
 数少ないレシピ本も料理人が自分だけに分かるように書かれた走り書きのような物が多く、
料理を学ぶと言うよりは暗号を解読しているような形になってしまう。

 ならば、海人の世界の本――――というわけにもいかない。

 この世界、言葉はどういうわけか海人の母国語と共通だが、文字は数字を除いてまるで違う。
 雫がRPGをやっている時も、海人に作った翻訳用の紙を片手にやってもらっている状況だ。
 読めないレシピ本など、作ったところでただの場所塞ぎにしかならない。

 と海人は思っていたのだが、

「それです! それですよ海人さん!」

 パン、と手を叩き、雫は天啓を得たとばかりに喝采をあげた。

「いや、読めなきゃ意味なかろう」

「違いますよ! 海人さんの世界の文字教えてくれればいいんですよ!
そうすれば今度からどんなゲームやってても普通に文章読めますし、
海人さんの世界の本読んで暇潰しだってできます!
ああもう何で気付かなかったんだろ! むしろ真っ先に習得すべき技能じゃん!」

「あー……雫、盛り上がってるとこ悪いんだが……かなり時間かかると思うぞ?」

「へ? 何でです?」

「いや、確かに習得出来れば君にとっては非常に便利だろうが、内容的に教師は私以外にありえん。
極力時間を取れるようにはするが、授業や研究などの事も考えると、大した時間は取れんだろう。
文字の種類も非常に多いし、文法も多々あるから、君の場合十年単位で考えねばならんかもしれんぞ」

「な~んだ、そんな事ですか。暇潰しなんだから、時間がかかるのはむしろ望むところです。
お勉強自体はそんな嫌いじゃないですしね。
むしろ、忙しい海人さんに時間とってもらって良いのかが一番の問題ですよ」

「さっきも言ったが、時間を取るのは問題ない。
だが、ん~……一回二時間、週一……いや週二までならなんとかいけるか。
ただ、あくまで現状からの推測で減る可能性は十分ある。それでも良ければ教えよう」

「十分すぎます! 是非お願いします!」

「分かった。それじゃあ、早速明日から始めようか」

「ありがとうございます!」

 穏やかに微笑む主に、雫は満面の笑顔で頭を下げる。

 ――――この時の雫は、言葉の選択を誤った事に気付く由もなかった。

 《海人の世界の文字》を教わる。
 これは他の人間が相手なら何の問題もなかった。
 なぜなら普通の人間は使えて2、3種類の言語しか習得していないからだ。
 それでも十分大変だが、雫の予想範囲の苦労に収まっただろう。
 
 が、相手は海人だ。

 幼い頃に母国語だけで得られる知識量では物足りない、と世界の主要言語を全て習得した怪人。
 長じては世界中どこにでも逃げられるよう、マイナーな言語も数多習得した怪物である。
 さらに言えば、その言語能力ゆえにあらゆる国の娯楽作品を知り尽くしており、
その中には面白いが特定の言語でしか発売されていない物も多々含まれていた。

 そして、海人は可愛い護衛の為なら無駄に張り切る男でもある。
 お薦めの作品を楽しめるよう、全力で様々な文字を習得させてやろうとするだろう。
 一切の悪意はなく、心の底からの善意で。

 ゆえに雫はこれから度々頭がショートする羽目になるのだが――――今の彼女は、それをまだ知らない。

 

 

 
 番外編145

 

 

 
 海人の屋敷の中庭で、雫はのんびりと御茶を飲んでいた。

 今の茶菓子は、芋羊羹。
 一口頬張るだけで芋の甘く香ばしい香りが鼻に抜け、
強くも穏やかで丸い甘味が広がっていく逸品だ。
 今のように淹れたての煎茶と合わせると、尚良い。

 御茶を飲み下し、雫は満足げに息を吐く。

「ああ、平和だなぁ……」

 呟きながら、飛んできた光弾をはたき落す。
 そして何事もなかったかのように、再びお茶を啜った。

「さて、次のお菓子はどれにするかな~」

 ふんふんと鼻歌を歌いながら、膝の重箱を見下ろす。

 そこにあるのは、お菓子好きには堪らない光景。
 見事な漆塗りの器の中が仕切りで16の区画に分けられ、その一つ一つに和菓子が収められている。
 既に結構な量を食べてしまっているが、それでもまだまだ残っており、
さらには下の段にまた別の菓子が16個詰められているのだ。

 数秒の逡巡の後に、雫は楊枝を使って餡団子を別の器に移した。

「おっと」

 移した直後に飛んできた物体を左手で薙ぎ払い、別方向にふっ飛ばす。

 その物体から、んきゃあ!? と悲鳴が聞こえてきたが、聞こえなかった事にした。
 直後に弾き飛ばした方向から、ぐはっ! げはっ! ふぐぁっ!? と、
断続的に可愛らしい声に似合わぬ悲鳴が聞こえてきたが、それも無視して餡団子を頬張る。

 ――――すっかり食べ慣れたが、やはり素晴らしい美味だ。

 団子の上に乗った、ぷっくらとした粒がたっぷりのつぶあん。
 それは滑らかな餡の食感の良いアクセントになりつつも、
舌で容易に潰せる柔らかさを保っている。
 甘味の質も、濃厚でありながら軽快で実に美味しい。

 団子本体も、これまた素晴らしい出来だ。
 もちもちとした食感は噛んでいて飽きる気配を感じず、
淡白だが骨太の味わいはしっかりと餡の味を受け止めさらに高い次元に引き上げる。
 
 その素晴らしい余韻が綺麗に消える頃合いを見計らって御茶を啜っていると、海人がやってきた。

「楽しんでいるようだな、雫」

「そりゃもう、思いっきり。いや~、おねだりした甲斐がありました。ありがとうございます」

 心底嬉しそうな笑顔で、海人を見上げる。

 今日のお菓子は、海人におねだりして特別に用意してもらった物。
 種類が豊富で味が素晴らしいだけでなく、各菓子の色彩に合わせた配置を行い、
見ているだけでも楽しいという非の打ちどころがないセットである。

 記念日でもないのに主君におねだりするな、と姉から強烈な拳骨を食らいはしたが、
その痛みを忘れる程に素晴らしい逸品だ。

「なに、喜んでくれたなら私はそれでいい。刹那は少し固すぎるからなぁ……」

「まったくです。あたしはお菓子を存分に楽しめて嬉しい、
海人さんはあたしみたいな超絶美少女の笑顔が見れて嬉しい。
どっちも得しかない話なのになぁ……」

「美少女なのは認めるが、超絶までは付かんと思うぞ?」

「ほほう、あたしレベルの容姿がどれぐらいいると思うんです?」

「ま、確かに稀少だな。が――――君にんな形容詞つけたら、ローラ女士はどう表現すればいいんだ?」

「うぐっ……!」

 痛い所を突かれ、雫は呻いた。

 確かに容姿に自信はあるが、ローラは別格すぎる。
 顔、スタイル、ありとあらゆる要素が神の芸術の如き完成度でありながら、
全体のバランスさえも奇跡的に整っているという完全な規格外。

 雫を超絶美少女などと表現してしまえば、ローラを表現すべき言葉は到底思いつかない。

「ついでに言うと、刹那も総合的には君より上じゃないか?
ま、容姿の方向性がまるで違うから比較自体間違ってると思うが」

「それ言ったらローラさんも同じじゃないですか?」

「彼女は完全にレベルが違いすぎるからな。
極端な話、君とローラ女士並べてどっちが魅力的か百人に聞いたらどうなると思う?」

「ぶう……」

 唇を尖らせ不満をアピールしつつも、雫に反論はなかった。

 刹那との比較であれば、海人の言ったような状況でも雫が勝利する可能性は低くない。
 その前に海人が言ったように容姿の方向性がまるで違う為、
聞いた人間の好み次第では勝てる可能性があるのだ。

 が、ローラは無理と言わざるをえない。

 別系統とはいえ、そもそものレベルが違いすぎる。
 完璧の権化たるあれと並べられては、どんな系統の容姿であっても欠陥の方が目立ってしまう。 
 どう足掻いても、横に並べられた段階で引き立て役にしかなれなくなってしまうのだ。
 
「そうむくれるな。さっきも言ったが、君が稀少なレベルの美少女なのは事実だ。
とりあえず、美女を見慣れている私がついついおねだりを聞いてしまう程度にはな」

「ま、そーですね。つっても、海人さんは相手の容姿で対応変えないでしょうけど。
さっきからそこで痙攣してる人だって、外見的にはすんごい美少女ですよ?」

 くすくすと笑いながら、雫は先程からあえて無視し続けていた人物に視線を向ける。

 なかなか、酷い有様だった。
 普段から手入れを欠かさない自慢の髪は土にまみれ、
動きやすくも見栄えの良い衣服も薄汚れ、体は悔しげに痙攣するのみ。
 
 先程海人と喧嘩してボコボコにされた、御年20歳の外見美少女シリル・メルティの姿である。

「その通りだが、シリル嬢はまた特別だな。やり合う時に手を抜いては後で怒られる」

「だから地面に落下した時に容赦なく魔力砲連射で追撃をかけた、と」

「うむ。シリル嬢相手に躊躇などすれば、間違いなく逆転される。
それが分かっている以上、追撃の機会は逃さず、過剰なレベルでの集中砲火を浴びせる他ない。
勝負にこだわるシリル嬢への、最大限の敬意だな」

「ちなみに本音は?」

「滅多にない勝機だったからな。ついでに日頃の負け分もちょっとだけ返した」

 はっはっは、と高らかに笑う。

 シリルとの喧嘩はしょっちゅうだが、海人の勝率は非常に低い。
 魔法の性能という意味では属性の不利を差し引いても海人の方が有利なのだが、
そもそもの身体能力に歴然たる差がある為、それは容易く覆されてしまう。
 そこを知略で補っているが、それもシリルの膨大な戦闘経験による反応の良さで覆される事が多い。 
 大体の場合は海人が善戦しつつも、じりじりと追い詰められて仕留められて終わるのだ。

 が、今日のように海人が勝てる事もあった。

 莫大な魔力にあかせた魔力砲の乱射は、シリルすら打倒しうる性能を誇る。
 そしてある程度の距離を確保されてしまうと、シリルとて海人の知略からは逃れられない。
 身体能力差に物を言わせた強引な突破すら敵わず、火力で一気に押し切られてしまうのだ。 
  
 とはいえ、その機会はこれまでの通算でも片手で数えられる程に少ない。
 距離を離される程海人が強敵になるのはシリルも重々承知なので、
まず距離を離されない事を最優先に行動するからだ。
 そして、基礎能力の差ゆえに海人がそれを阻害できる事は非常に少ない。
 
 なので、海人は日頃大人気なくボッコボコにしてくる友人に報復できるこの機会を最大限に活用したのだ。

 海人が滅多にない勝利に浸っていると、シリルが片腕で体だけをどうにか起こし始めた。
 
「お、おのれ……まさか、まさか私がこの貧弱男に負けるとは……!」

「ふははははっ、いいなぁそのセリフ! 実に負け犬っぽくて勝利が実感できるぞ!」

「笑っていられるのも今の内ですわ……! 次にやり合う時はいつも通りに、
いえいつも以上に圧倒的に磨り潰して差し上げますわ。覚悟しておきなさい……!」

「くははははっ! ならばしばらくは大人しくしていようか!
君が借りを返す機会もなく屈辱を抱え続ける姿はさぞかし見物だろうからなぁ!」

「ふふふ、性悪すぎて口を滑らせやすい貴方では頑張っても三日が限度でしょう。
堪え性のなさゆえに折角の貴重な愉悦を台無しにした貴方の姿、今から楽しみですわ……!」

 調子に乗って笑いまくる海人に、シリルも不敵な笑みを返す。
 まるで傲慢な魔王とその足元を掬う気満々の三下のようだ。
    
 そんな二人を眺めながら、雫は肩を竦めた。

(ほーんと仲良いんだよねぇ、この二人)

 みたらし団子を頬張りながら、雫は苦笑した。

 二人の喧嘩の頻度は非常に多い。
 ある時は海人がおちょくりすぎてシリルの怒りをかい、
またある時はシリルが挑発して海人が乗り、とお互い喧嘩の原因を量産している。

 しかし―――――二人共一度決着が着いたら後には残さない。

 どちらも今のように憎まれ口を叩きながら、笑っているのだ。

(見てるとちょーっと羨ましくなるんだよねぇ……)

 懲りずにじゃれ合い続ける二人に僅かな羨望の眼差しを向けながら、雫は団子を飲みこんだ。  
   

  

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