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ラノベを目指してみよう
グース・カピーこと九重十造が人様を楽しませられるレベルの文章を目指して色々書き連ねる場所です。          軽く楽しく読める話を書ければいいなと思ってます。
白衣の英雄113
 海人は宿に戻るなり自室からバッグを持ち出し、そのまま厨房に入っていった。

 レザリア達は何か手伝うか申し出たが、大した作業ではないとあっさり断られ、
大人しく食堂で待つ事にした。

「しかし、何を作られるんでしょうねぇ……これといった食材は買ってらっしゃいませんでしたが」

「おそらく、今日食べ残していた菓子を使うのではないかと。
手を付けていない物がいくつかありましたから」

 レザリアの疑問に、刹那が答える。

 今日は道中で食べようと海人は色々菓子を持ってきていたが、消費は少なかった。
 主に馬車で食べるつもりだったのだが、同乗者と雑談をしていたら思わず話が弾み、食べ忘れてしまったのだ。
 一番消費しそうだった雫も、海人の膝に頭を乗せて熟睡してしまったので、ほとんど丸々残っている。

 帰り道で海人が買ったのは油と小麦粉だけで、他には何もなかった。
 となれば、残っているそれを使う可能性は非常に高い。

「あたしはそっちより海人さんの言ってた飲み物の方が気になるかな。
口の中の油綺麗に流せるなら、普段使いにも良いだろうし」

「もっともだが、おそらく今回は持ってきておられんだろう」

 刹那達がそうこう話している間に、海人が厨房から台車を押して戻ってきた。
 その上には、艶のある茶色の菓子が乗った皿と、紅茶よりも深い茶色の液体が入ったカップがそれぞれ四つ載っている。

「ほい、待たせたな。揚げ饅頭と飲み物だ」

「なーるほど、御饅頭を油で揚げたんですか。これは考えなかったなぁ……」

「熱々の方が美味いから、早めに食べた方が良いぞ」

 海人がそう促すと、雫達は一斉に目の前の菓子に手を伸ばした。

 そして、揃って目を見開きながら固まる。
 たかが油で揚げただけで、こうも変わるものかと。


 普段しっとりと舌に吸い付くような食感の皮は、カリカリと心地良い歯応え。
 その下にあるふんわりとした生地の食感はそのままだが、油によって生地の旨味がより際立っている。
 そして中核たる餡子は、出来立てのあつあつ感と油によって力強さを増した甘味が暴力的なまでに美味い。

 比較的上品で軽い味わいの饅頭が、油で揚げた途端こちらの菓子の如く上品かつどっしりとした味わいに変化していた。 

「おー……これはこれは、良い具合ですね。
御饅頭の味に外側のカリカリ感と香ばしい香りが加わって、こっちの御菓子みたいな感じです」

「ああ、普通の饅頭とはまるで風味が変わるな。
のんびりしたい時の茶菓子には向かなそうだが、食後の締めには良さそうだ」

 饅頭を食べ慣れた宝蔵院姉妹は、揃って高評価だった。
 饅頭は決して食べ飽きる味ではないが、こういう味の変化は楽しい。
 
 が、レザリアは少し不満を抱いていた。

「うーん、唯一の欠点は油ですかね。美味しいですけど、ちょっと残ります。
これだと、あたしはケーキの方が良いですねぇ……」

 むう、と唸るレザリア。

 饅頭は海人の授業を受けた時の茶菓子で食べた事があるが、その時に比べると不満があった。
 上品に、そしてあっさり食べられて綺麗な味わいだったそれに対し、この揚げた物はやはりくどさがある。
 それもまた魅力ではあるが、その系統の味であればレザリアとしてはケーキの方が良い。
 食べ慣れているし、何より華やかな見た目の楽しさがある。

 が、そんな酷評を、海人は怒るでもなく素直に受け入れた。

「なるほど、そういう評価もあるわけか。参考になる。
では、そちらも飲んでみてくれるか?」

「これは?」

「お茶の一種だ。まあ、とりあえず飲んでみたまえ」

 海人が促すと、レザリアはカップの中身を軽く口に含んだ。

 ふわり、と爽やかな香りが鼻に広がる。
 紅茶のような甘い香りではなく、緑茶の香りとも違う。
 強いて言えば紅茶寄りの香りだが、比べると当たりが数段柔らかい。

 味は、不快ではない程度に苦味が強い。
 甘さもあるので味わいは豊かだが、苦手な人は苦手だろう。
 とはいえ、嫌いという人は少数派、そんな味でもある。

 が、何よりも特筆すべきは、飲んだ後の口内。

 残っていた揚げ饅頭の油が、見事に消えていた。
 餡子の後味なども綺麗に流れ、また新鮮な感覚で揚げ饅頭を食べられる。 
 揚げ饅頭を食べ、茶を飲む。その繰り返しをしてもまるで苦にならない。
 むしろいくらでも続けられそうな印象さえあった。 

「わーお……本当にきれいに油が流れますね。しかも香りが爽やかな上に残らない。
なるほど、これはあそこの薬茶より圧倒的に良いなぁ……これ、うちを通してあそこに売れませんか?」

「貴重品でな。すまないが、繁盛店の人気料理に合わせるような量は確保できん」

「あー……だから言い淀んでらしたんですね。でも、なんで今回の旅行に持ってらしたんです?」

「紅茶はこちらでも調達できると踏んでいたが、緑茶は無理だろうからな。
だから屋敷にある茶筒を持って来たんだが、その中に混ざってた」

 しれっ、と虚実入り交ぜた理由を語る海人。

 緑茶入りの茶筒を持ってきたのは事実だが、中身は全て緑茶。
 先程自室に戻った際、一つだけ創造魔法で作った烏龍茶の茶葉にすり替えたのだ。

「へえー、飲めたあたしは幸運ですね。ところで、これシェリス様には……」

「……教えてないな。だが当分教えたくないなぁ……また襲われそうだし」

「ルミナスさん達戻ってきたらそっちも怒りそうですしねー」

「ルミナス殿達が戻ってきた時に、シェリス殿に教えるのが最善かと。一度で済みますから」

「どのみち襲われるのは確定か。困ったものだ」

 苦笑しつつ、肩を竦める海人。
 言葉とは裏腹にあっさりとした主君の態度に、宝蔵院姉妹は思わず笑みをこぼす。
 そしてそのまま、特に意味もない雑談に興じ始めた。

(状況からして、茶葉は手元にあったものの存在を忘れていた、か。
うーん、今後も何が出てくるか分からないなぁ)

 笑いあう三人を眺めながら、レザリアはそんな考察をする。

 海人の様子からして、身内には理由あって隠していたわけではない。
 にもかかわらず、それなりの期間一つ屋根の下で過ごしているようなのに、誰も知らなかった。 
 となると、立ち入りを禁じられている海人の屋敷の地下に普段使わない貴重品の保管スペースがある可能性が高い。
 厨房にはシェリスの屋敷の人間も入った事があるが、その際珍しい食材に目がない料理長がさしたる反応を示していなかったからだ。

 であれば、これからも何かしら出てくる可能性は高い。

 となると、主君思いの部下としてはとりあえず今回見た物は黙っておくべきだろう。
 シェリスが海人を襲う以上、あの姉貴分が何も手出しをしない事はありえない。
 自制心が弱い、と容赦なく暴虐を振るって諫め、骨身に愚かさを刻み込むはずだ。
 
(……メイドに毎日のようにぶっ飛ばされる公爵令嬢なんて、シェリス様ぐらいだろうなぁ……)

 憂さ晴らしと引き換えに半死半生になるであろう主を思い、レザリアは静かに黙祷を捧げた。
 
  

























 翌朝、刹那と雫は部屋のバルコニーに立っていた。
 
 下を見下ろせば、なんとも壮観な王都の街並みが見える。
 建造物の高さはおろか区画ごとの色調まで厳密な制約をかけ、整えられた光景。
 それを維持すべくテキパキと効率的に清掃を進めていく業者と、王都の住人達。
 その光景は忙しないが、それだけに変化に富みなかなか見飽きない。

 が、二人はそんな光景など視界に入っていなかった。  

「はっ! せっ! でやぁっ!」

「踏み込みが深すぎる! 足元の注意が足りん! 総じて隙が多すぎる!」

 両手の白刃を振るい、切り結ぶ宝蔵院姉妹。

 高速で一気に仕留めにかかる雫を、刹那は罵声を浴びせながら軽やかにいなす。
 そして己の言葉の正しさを証明するかのように、事もなげに雫の頭に刀の峰を叩きこんだ。
 
「っっだぁぁぁっ!?」

「まったく……攻撃に転じる時の悪癖は一向に直らんな」

 頭を押さえて転げまわる妹を見下ろしながら、刹那は溜息を吐く。

 雫は攻めに転じた時、攻撃の意識が強すぎるあまり隙が増える。
 そこらの三下に突かれるほどの隙ではないが、やや格下程度には不覚を取りかねない。
 なのでどうにか矯正したいと毎日試行錯誤を重ねているのだが、一向に良くならなかった。

(もっとも、前よりははるかにマシになったが……)

 痛みが治まり睨み始めてきた妹を睨み返しつつ、そんな感想を抱く。

 以前の雫は一度攻撃に転じたが最後、多少己の身が危うくとも敵を仕留める事を優先していた。
 攻撃は最大の防御。攻撃する敵さえいなくなれば、それこそが一番安全であると言わんばかりに。
 そのせいで雫は程度は軽いながら不要な負傷が多く、特に多数に囲まれた時は凄惨な姿を晒していた。
 酷いと最大の悪癖である殺戮狂が目覚め、敵味方関係なく切り刻みにかかる狂戦士と化す事もあったのだ。

 それに比べれば、今の雫は劇的な進化を遂げている。

 攻撃に転じても過度な攻撃性を出さず、冷静に機を見て防御に転じる精神。
 的確な攻防の振り分けこそが両方を最大限に活かし、より確率の高い勝利に繋がるはず、と。
 明らかに無駄な負傷が激減し、多数に囲まれた時も肉体強化で五分以内に完治する程度の怪我しか負わない。
 なにより、最近は一度も殺戮狂が目覚めず刹那が必死で止める必要が無くなった。
 以前ならば、これだけで手放しで喜び手持ちの金でパーティーでも開いただろう。 

 いつの間にか多くを望んでいる事を自覚した刹那が苦笑していると、建物の方から拍手が響いた。 

「いやはや、御二人共凄いですねー。特にセツナ様」

「いえ、拙者もまだ未熟です」

「御謙遜を。よろしければ、あたしとも一手お願いできませんか?
刀使いとは戦った事あるんですけど、二刀使いはないんですよ」

「それは構いませんが……武器はどちらに?」

「御心配なく。あたしは素手が一番の得手です」

 レザリアの返答を聞くと、刹那は彼女と距離を取りつつ雫に目配せをした。
 そして両者が構えたところで、雫の号令が響く。

「始めっ!」

「せいっ!」

「っとぉ!?」

 雫の声の余韻が消える前に迫っていた刃に対し、レザリアは下がる事で回避を選んだ。

 とはいえ、回避したのはあくまで一刀。
 間髪入れずもう一本の刀がさらに深い踏み込みと共に繰り出される。
 しかもその速度は、初撃よりも一段速かった。

「おわったったったぁぁっ!?」

 悲鳴を上げつつも、レザリアはどうにか避けきった刀の背につま先を叩きこむ。
 しっかり握り込まれた刀は刹那の手を離れるような事はないが、それでも僅かに態勢が崩れた。
 隙が生まれた刹那の脇に向かって、レザリアがすかさず左の拳を放つ。

 が、刹那は目の端でレザリアの挙動を見た瞬間、刀が蹴られた方向に飛んでそれを回避する。
 あまつさえその勢いのままに身を翻し、その加速を乗せたまま斬撃を放った。
 それすらもレザリアは自ら横に倒れ込む事でどうにか回避しきる。

 そうしてお互い再び距離を取り、本格的な組手が始まった。

(……わーお。お姉ちゃん相手に素手であそこまでしのぎきるかぁ)

 二人の組手を眺めながら、雫は内心レザリアに感心する。

 速度こそ加減されているが、それでも刹那の攻撃はえげつない。
 真正面から叩き潰さんと一気呵成に斬撃を放っているかと思えば、
時折思い出したようにレザリアの死角や反応しづらい箇所を狙う。
 それをレザリアにしのがれても気にした様子もなく攻撃が続き、
ある程度の攻撃パターンをレザリアが覚えそうになったところで、拳や蹴りを叩きこむ。
 そして新しく組み直した攻撃パターンで攻め立てる。

 ゆえにレザリアは防戦一方なのだが、これがなかなか侮れない。
 
 完璧な対応でこそないが、それでもレザリアは刹那の攻撃を素手でいなし続けている。
 どころか稀に組技に持ち込み、刹那を投げ飛ばそうとさえしているのだ。
 その度に手痛い反撃で大ダメージを受けてはいるが、それでも倒れてはいない。
 刹那の反撃を悟った瞬間、咄嗟に華麗さの欠片もないダメージ軽減を試みる事で。

 そしてそのどうにか決定打を避ける多才な手法は、雫にとっても非常に勉強になる。   

(総合的な実力はともかく、しぶとさは素直に感心しちゃうなぁ……) 

 目を皿のようにして、レザリアの動きを注視する雫。

 華麗さの欠片もないと言えば聞こえが悪いが、実際のところ足りない実力で決定打を避ける為の反応だ。
 つまるところ、実力で及ばない相手に追いつめられ、その場しのぎでもどうにか生き延びる動き。
 そしてそこから、やはり不格好だがその場しのぎに終わらせない為の動きに繋げる。
 そのまま流用するには危険すぎるが、きちんと自分用に改良すれば有効そうだった。
  
 とはいえ、あくまでレザリアはしぶといだけであって、限界はある。
 刹那の斬撃がついにレザリアの胴を捉え、あと一瞬で彼女の胴を刀の峰が薙ぎ払う位置まで届いた。

「どわったぁああああっ!?」

 悲鳴を上げながら、レザリアはわざと足を滑らせ、そのまま全力ですっ転んで刹那の斬撃を避けた。
 お世辞にも美しいとは言い難い動きだが、それでも刹那が決めたと思った一撃を回避している。

 予想外の挙動に刹那の目が軽く見開かれるが、レザリアの態勢は崩れに崩れきっていた。
 半ば以上生存本能に突き動かされたが故の反応だったので、体の細かい制御などする余裕はなかったのだ。
 レザリアが態勢を立て直す前に刹那は彼女が転がっていく方向に駆け、顔を上げたその瞬間首元に刀を突きつけた。     
  
「拙者の勝ち、ですね?」

「そうですねぇ……いやー、参りましたね。まともに反撃できないんですもん」

「拙者としては、あそこまで追い込まれて粘り続けたレザリア殿も大したものだと思いますが」

「あっはっは、なんせ生き汚いもので……っと、もうこんな時間!?
申し訳ありません、ちょっとシャワー浴びてきます!」

 言うが早いか、レザリアは建物の中へと駆けて行った。
 一応仕事でもあるので、海人の前に出る時ぐらいは身なりを整えておかなければならないのだ。
 
「ふぅむ……」 

「お姉ちゃん、どうかした?」

「雫、傍から見ていてレザリア殿はどう思った?」

「強いは強いし技量も高いけど、二十分あれば確実かな」

 聞きようによっては冷淡に聞こえる程あっさりと、雫は答えた。

 レザリアのしぶとさには感心させられたが、それは彼女の実力と比しての話。
 速度は勿論、動きのキレ、反射的な対応手法、どれも雫には及ばない。
 海人の恩恵というアドバンテージがなくとも、戦えば確実に勝てる。

「それだけか?」

「……ん~、確かに妙な感じはするね。
なんとなくだけど、分析間違ってないはずなのに、今の分析投げ捨てた方が良い気がする」

 刹那の念押しに、雫はその目を鋭く細めた。

 分析としては確実に勝てる。
 余程の間違いがなければ、まず負ける事はない。
 そのはずなのだが、妙に勘に引っかかるものがあるのだ。

 とりあえず、敵対する事があれば逃げ場のない広範囲攻撃で仕留めようと思う程度には。

「……となると、勘違いではなさそうだな。メルヴィナ殿と同じ力を使えるのかもしれん」

「あー……あれかぁ……」

 姉妹揃って肩を落とす。

 つい最近知った、謎の力。
 本来体が自壊するレベルの強化すら可能にするそれは、使われると厄介極まりない。
 なにせ、敵と相対した時の戦力分析が全く当てにならないのだ。
 それどころか、下手に分析すると意表を突かれて命を落としかねない。
 
 習得自体に多大な危険が伴うという話ではあったが、武人としては手を伸ばしたくなる力だ。

「まあ、習得方法も何も分からん現状では、ない物ねだりだ。
とりあえずはやれる事をやるしかあるまい」

「だね」

 頷きあうと、宝蔵院姉妹は自分達も汗を流すべくシャワー室へと歩き出した。
























 朝食を終えた海人達は、王都の中心部に来ていた。
 
 流石は王都と言うべきか、開けた広場であるにもかかわらず人が溢れている。
 広場を囲むような立地の飲食店はどこも満員で、店によっては行列すら出来ていた。
 テイクアウトもやっているらしく、そこで購入したサンドイッチを食べながら歩いている者も多い。
 
 その広場の入口に、海人達は立っていた。

「はい! というわけであちらが王都一番の名物、初代シュッツブルグ王の彫像になりまーす!」

「ほう……造形もさることながら、この大きさは迫力があるな。
確か、作者はエンリコ・プレットラードだったか?」

 巨大な石像を見上げ、海人は感嘆の息を漏らす。

 遠くにそびえ立つ石像のサイズは、まさに巨人。
 広場の周囲にある三階建ての建物すら見下ろす程で、近くに寄りすぎると全貌が見えなくなる。
 近くから見ればやや彫りが荒いが、遠方から見るとその荒さが迫力に変貌する見事な作りだ。

「はい。この彫像は彼の中期の作品になります。
ちなみに長らく彼が製作指揮をして他の彫刻家と共に作り上げたと言われてきましたが、近年違う事が分かりました。
これは、彼が独力で誰の手も借りずに彫り上げたそうです」

「ほう? 違うと分かったという事は、何か新発見でもあったのか?」

「ええ。これを製作していた頃のエンリコの手記が見つかりまして。
そこには、共に製作したと言われていた彫刻家達への怨嗟の声がこれでもかと書きなぐられていたそうです。
なかなかバリエーション豊かな罵倒だそうですが、共通するのはこんな大仕事自分一人で出来るわけあるか、という恨み言だとか」

「……下手な物を作ると、初代国王の怒りに触れかねんからかね?」

「少なくとも、エンリコはそう思っていたようですね。
ただ、現在は他にも色々説が出ています。名を上げ始めていたエンリコへの嫉妬、
エンリコの頼み方があまりに無礼だったので拒絶した、エンリコの才を寵愛していた初代国王がエンリコのみが作るよう根回しをしていた、
他にも色々出ていますが、まあ憶測の域を出ませんね」

「なんだ、そっちは証拠の類は出てないのか」

「ええ。ちなみに、あたし個人は頼む相手を間違えすぎていた、という説を推します。
もっとも、当時頼むべき相手が彼の近くにいたかというと否だと思いますが」

「ん? どういう……ああ、なるほど。当時は自然主義全盛だったな」

「御明察です」

 即座に看破して苦笑した海人に、レザリアも苦笑を返す。

「どういう事でしょう?」

「ああ、この場合の自然主義というのは、大雑把に言えば自然にあるがままの姿が一番美しい姿という思想だ。
人間の場合は、布どころか葉っぱ一枚身に付けない完全な全裸が美しいとなるわけだ。
対してエンリコは当時としては珍しく人間は飾る事でより美しくなるという思想の持ち主だった。
思想がまるで違う人間に協力を求めても、応えてくれる可能性は高くなかろう」

 刹那の問いに、海人は石像を見上げながら軽く解説をする。

 エンリコが生きた時代の芸術は、ありのままを愛する価値観が流行っていた。
 人間は言うまでもなく、生きた動物や魔物を題材にする時も現地で直に見ながら命懸けで作品を仕上げる者が出るほどに。 
 そのせいか装飾は悪とみなすような風潮があり、美術史に名を刻むエンリコも若き日はその思想ゆえに不遇だった。
 長く作品が売れず、食うにも困る日々が十年以上続いたという。

 が、エンリコの作品がシュッツブルグ初代国王に認められたのを境に、潮流が変わった。

 エンリコが生み出す、どれほど鍛え抜いても肉体だけでは決して生まれない、着飾った事による多彩な色彩と形状が融合した美。
 それが衆目を浴びる頻度が増え、その思想に同調する者もそれに伴って増えていったのだ。
 やがて当時主流だった価値観は廃れていき、今では数ある価値観の少数派程度である。

「へえ~……あれ? でもこんだけ服の皺とかもリアルな石像彫れるなら、多分裸の像も作れますよね?
単にその時限定でそっちの方向で作ればよかっただけなんじゃ……やっぱ芸術家ってこだわり強いんですかね?」

「あー……実は初代国王は頭と股間に割と深刻な悩みを抱えていたというのが有力な説でして。
まあ、こだわりもあるとは思いますが、それやると最悪処刑台送りのリスクが、ね」

 雫の疑問に、レザリアは言葉を濁しながら解説する。

 刹那と雫は一瞬怪訝な顔をするも、すぐにハッとした顔になった。
 兜はすっぽりと頭部を多い、ちょっとやそっとでは外れそうになく、
目鼻口以外がどうなっているかは分からない。
 鎧も妙に重厚で、特に股間のある部分が若干不自然に厚く見える。
 
 その二カ所の悩みと言えば、察しもつく。
 悩んでいたなら、全裸像を作られたら怒り狂うだろうというのも。  

「エンリコの才を寵愛したというより、案外望んだ物を作ってくれるのが彼しかいなかったのかもしれんなぁ……」
 
「いえいえ、そうとも限りませんよ」

 しみじみと語る海人の背後から、そんな声がかかる。
 振り向くと、そこには身なりの整った中年の紳士が立っていた。

「と、仰いますと?」

「当時のエンリコは確かに異端児でしたが、彼と同様の思想の持ち主は国内に何人かおりました。
特にボジュラス・クリーベルはその技巧もさる事ながら、知名度も当時からエンリコと同等以上。
ならば、エンリコに作らせたのは、やはり初代国王が彼の才を寵愛した為と言えると思いませんか?」

「ボジュラス・クリーベルは当時色々自棄になってやらかしたでしょう。
流石に、建国記念とも言うべき石像は任せられないのでは?」 
 
 紳士の言葉に、軽く肩を竦めながら答える海人。

 ボジュラス・クリーベルはエンリコと同世代の画家で近年の評価も高い傑物だが、
生前の彼の行状はなかなかに衝撃的である。
 思想を広めようとするより、自分にとって良い作品を作る事を優先させていたエンリコとは違い、
ボジュラスは自分の思想を世間に認めさせる為、あらゆる手段を取った。
 穏当なところでは、依頼された作品とその中の人物に自分が美しいと感じる作品を並べ、評価を迫る。
 少々過激なところでは、当時大作家と呼ばれていた画家のアトリエに忍び込み、作品の人物に服を書き加えるなど。
  
 そしてそれら全てが無為に終わった末期では、そんなに全裸が好きなら望み通りにしてくれん、と他の芸術家はおろか、
貴族にいたるまで服を脱がして回る狂気の犯罪者と化してしまった。
 そんな事が長く続くはずもなくやがて投獄されるが、依頼通りの絵も仕上げて画家としての評価自体は当時から高かった為、
権力者達がその腕を惜しみ、投獄中にエンリコの作品がシュッツブルグ初代国王に認められた事と相まって、どうにか釈放されたのだ。

 当然ながら、王都の中心に置く王を象った石像作りなど任せられるはずもない。 

「はっはっは、それもその通りですね。いやはや、よくご存じです」

「いえ、所詮書物で読んだ知識です。ボジュラスの作品を実際に見れば意見も変わるかもしれません」

「なるほどなるほど。己の結論は持ちつつも、それに過度に執着しない。
なかなかその若さで到れる境地ではありませんよ」

「職業柄、考える事をやめられないだけですよ」

 そう言って、からからと笑いあう海人と中年紳士。
 彼らはさらに話を続けようとしたが、その前に横からレザリアが口を挟んだ。

「……あのー……ちょっとよろしいですか?」

「なんですかな?」

「色々言いたい事はあるんですが、とりあえずなぜこの時間にこの場所に?」

 レザリアは、目頭をもみながら中年紳士に訊ねる。
 己の手際に何か落ち度があっただろうか、と。

「ここ数日、近々大恩人が王都にいらっしゃると聞いたのに、何もできないという事で少々仕事が手につかなかったのです。
このままでは大きなミスをやりかねない、そう判断し自主的な休憩を取り、散歩をしていたら貴女の姿を見かけたのですよ。
本当に完全な偶然ですので、御気になさらず」

「こんな偶然あってたまりますか!?」

 どうやら事実らしい中年紳士の返答に、レザリアは思わず叫んだ。

 絶対に無いとまで断言はできないが、可能性は皆無に近い偶然。
 この広大な王都で、あえて人が混む時間帯を狙って訪れた初代国王像。
 仮に大まかに予見していたとしても、この人ごみの中で見つけるのは至難。
 偶然ではまずありえない話だ。

 が、偶然でしかありえないのも事実。

 是非海人に直々に挨拶したいというこの紳士を警戒し、情報は徹底的に封鎖した。
 脱走する恐れがあるから、と彼の部下全員に根回しを行い、情報が行かないよう手を打ったのだ。
 加えて日常的に仕事漬けなので、表に出てくる事はそうそうない。
 一応朝昼晩の食事時は出てくるが、訪れる店のパターンは把握し、避けられるよう旅程を組んだ。

 にもかかわらず、この有様。
 駆けずり回った時間を思うと、涙が出そうだった。

「いや、本当にこんな事もあるのだなぁ、と私自身驚いている次第です。
いやはや、妻と二人、結婚など許さんと殴りかかってきた義父さんから逃げ延びて以来の幸運ですな」

「……とりあえずこの方が誰なのかは見当がついたが、なんでまた会わせないようにしていたんだ?
別に会ったところで不利益がありそうな方には見えんのだが」

 からからと笑う中年紳士と半泣きのレザリアを見比べながら、海人は首を傾げた。

 この紳士が何者なのかは、既に見当がついている。
 存在自体は前々から知っており、人格に問題がない事も。
 こうして実際に会っても、感謝の念は感じるが害意は一切感じられず、遠ざける必要性が感じられない。
 
 困惑する海人に、レザリアは死んだ魚のような目で答えた。 

「王都全域でカイト様歓迎パレードが開かれる可能性も否定できなかった、と言えば分かっていただけます?」

「前言撤回だ。苦労をかけた、レザリア女士。ありがとう」

 心の底からの謝意を込めて、頭を下げる海人。
 そんな彼を見て、レザリアは少し救われたかのように微笑んだ。

「あの、結局この方はどなたなのでしょうか?」

「ちゃんと顔を見れば分かりやすいと思うぞ。
女の子は父親に似ると言うが、実際その通りだな」

 刹那の問いに、ヒントを出す海人。
 その言葉を受け、刹那だけでなく雫も紳士の顔を見て答えを考え始める。
    
「……あれ? 言われてみればどっかで似たような顔を……女の子……え゛?」

「あ、ああああの海人殿? 拙者の予想が正しければ、仕事抜け出すと非常にまずい立場の御方なのでは?」

 姉妹同時に、答えに気付く。

 色々と差異はあるが、目の前の紳士は目鼻立ちが知り合いの少女によく似ている。
 かつて海人がその母親共々、命を救ったという少女に。
 先程から明らかに海人を大恩人と呼んでいるのも頷ける。

 が、だとすればこの紳士は非常に大物だ。

 シュッツブルグが誇る四大商会の一つ、その現在の長。
 義理の父から引き継いだ商会を衰退させず、むしろ緩やかに発展させているという男。
 義父と比べられ色々言われてはいても、誰もその地位から引きずり下ろす事はできない人物。

 こんな時間に一人で町中を意味もなく散歩していていい人物ではない。

「む、どうやら皆様に察せられてしまったようですね。
では、遅ればせながら名乗らせていただきましょう。
ゲーリッツ商会の現会長を務めております、ポール・ゲーリッツと申します。以後お見知りおきを」

「カイト・テンチです。よろしくお願いいたします、ポール殿。
早速ですが、できれば感謝は言葉だけにしていただけますか?」

「それが貴方にとって最善な事は分かりますが、私としても矜持がございます。
あれほどの恩を受け、言葉だけというのは一商人としてとても耐えられません」

「そう言われましても、ねぇ……」

「御安心を。貴方が目立つ事を嫌うお人柄だと言うのは義父やレザリアさんより伺っております。
ゆえに妥協案として、これをお持ちください」

 人好きのする笑顔を浮かべながら、ポールは一枚の金属製のカードを差し出した。
 カードにはかなり細かい装飾が施されており、美術品としての観賞にも耐えうる物だ。
 
(おーい……最初からこの程度で済ませてくれれば、カイト様との面会も含めてセッティングしたんですけど~?)

 はあ、と溜息を吐くレザリア。

 イザベラからの手紙を携え、ポールに面会した時の事。
 彼はそれを読み終えるなり、どの程度の歓迎祭なら許されるでしょうか、と言い出した。
 しかも完全に本気の眼差しで、ガーナブレスト女王の時のように、道路規制を行い市内観光用の馬車を手配するべきだろうかとまで。
 
 他の人間でも大問題だというのに、相手は目立つ事を極端に嫌う海人。
 大量の金と伝手を使った挙句、恩人とやらに多大な迷惑をかけて恨まれるという結果になる。

 しばらく説得して妥協もしてくれたが、それでも出てきた案が公爵家に上納予定の極上の牛肉を来訪予定のレストランに回すとか、
予約で満杯のレストランを一日貸し切りにさせて海人達に出す皿だけにその日の全力を注ぎこませるとか、
毎日のように人がごった返す観光名所の美術館を貸し切りにして楽しんでもらうとか、
洒落にならない案ばかりだったので、仕方なく商会の人々と共に方々手を回し、海人との接触自体を完全カットしたのだ。

 が、このカードぐらいで収まってくれるのであれば、レザリアもゲーリッツ商会の重鎮達も無駄に走り回る必要はなかった。
 
 このカードはゲーリッツ商会における最上位顧客用の割引カード。
 年間の取引金額が莫大、かつ規約に反する使用はないと信を置かれる者だけに発行される物だ。
 それだけに値引きも大きく、品によって増減はするもののなんと平均三割の割引が行われる。

 とはいえ、通常行われている取引の一環なので特別目立つ事はない。
 加えて言えば、各支店の店長クラス以上しか存在を知らず、使用する際は彼らを介しての取引する為、
海人達が支店でこれを見せたところで、貴族の使いとしか思われないはずだ。

 ポールがカードについての説明を行うのを横で聞きながら、レザリアが徒労感に襲われていると、

「とはいえ、これだけでは受けた大恩に対し、あまりに不足。
ですので、今回の王都滞在中は当商会に所属している店の品を全品七割引きとするよう手配させていただきましょう。
例外はありません、絵画でもなんでもお好きな物をご購入下さい」

『ぶうぅっ!?』

 最後の最後でポールから放たれた特大級の爆弾に、海人達は揃って噴き出した。
 レザリアにいたっては、むせたのか激しく咳込んでいる。 

「む、やはり七割引き程度では受けた大恩に対して失礼でしたか。
承知いたしました。では当初の予定通り九割引きと……」

「ちょちょちょちょちょ!? 待ってください正気ですか!?」

 さらにとんでもない事を言いだしたポールに、レザリアが思わず詰め寄る。
 
「いかにも! 受けた恩を鑑みればこれでも安い! しかし私も多くの従業員の生活を抱える身!
私の裁量では、これが限度なのです……!」

 心底悔しそうに、言葉を絞り出すポール。
 今にも自分の歯を砕きそうなほどに、歯を食いしばっている。

「……カイト様、本当に何やったんです?」

「まあ……ちょっと御伽話の英雄の真似事を。
と、それよりポール殿。恩を感じて下さっているのはよく分かりました。
ですが、そんな事をされてはかえって買いたい物も買えなくなります。
買えば買う程、貴方や御家族、さらには従業員の方々に負担がかかるのですから」

「それは、確かにそうですが……」

「どうしても納得がいかないのであれば、このカードとは別に貴方が直々に見繕った絵画用の道具をいただくというのはいかがでしょう?
王都の風景を見て、少しばかり創作意欲が刺激されまして、描いてみたくなったので」

「……本当に、そんな物でよろしいのですか?」

「ええ。そもそもが私の勝手でやった事です。生活にも困っておりませんしね」

「かしこまりました。今日中に宿の方に届くよう手配させていただきます。
レザリアさん、宿はやはり賓客用のあそこですか?」

「はい」

「承知いたしました。では、私はこれで失礼いたします。皆様、どうか良い観光を」

 深々と頭を下げると、ポールは善は急げとばかりに踵を返して歩き出し――――途中で顔を禿頭の老人に掴まれた。

 痛みのせいかじたばたもがくが老人の握力が凄まじいのか、まるで手が離れない。
 老人はポールの様子など気にも留めず海人達の方に顔を向けると、深々と丁寧に一礼して去っていった。
 顔を掴んだポールを引きずりながら。

「レザリア女士、あれは?」

「ゲーリッツ商会の幹部の御一人ですね。日頃からポール会長を支えておられます」

「……毎回思うんだが、私の周囲は上司より部下の方が強い気がするなぁ」

「本来、部下より上司の方が強いはずなんですけどねぇ……」

 海人の呟きに、レザリアは軽く肩を竦めて答えた。     

コメント

更新お疲れ様です。
返し切れない恩を受けたままというのは彼らの心情や立場的に無理なんだろうなぁ……。
とはいえこのままだと「心情を汲んで恩を返させてもらった」という謎の借りが溜まる雰囲気すらありますがw
[2018/11/26 10:12] URL | #- [ 編集 ]


まず一言、これは王都や芸術家の設定に時間をくったんだな、と。
さて、海人が芸術にやる気が出たのはいいんですが、その出来映え等でまた一波乱ありそうですね。
予想はしてましたが、烏龍茶が出ましたね、口の中をさっぱりとさせるのならまあ、それがいいでしょうね。

追伸
クレープシュゼットとかの見ても楽しめる料理ネタはいかがでしょうか?
[2018/11/26 21:05] URL | コスモ #Y2SfxCmk [ 編集 ]


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